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「令安かすみん物語」
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0001名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:16:53.23ID:MVO+ANVr
かすみ「今日もかすみんの配信みてくれてありがと〜〜っ!またね〜〜♪………っと」


かすみ「今日の視聴者数は――」


かすみ「よかった…減ってない」
0003名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:17:58.78ID:MVO+ANVr
人類滅亡というのは、人類がひとり残らず死んでしまった時のことをいうのでしょうか。それとも、人類が社会を機能できないくらい追い詰められた時をいうのでしょうか。

字面通り捉えれば、前者なのですけども、不思議なことに、『人類滅亡後の世界!』という触れ込みで、人類がほそぼそと生活してる映画ってけっこうあるような気がします。


どっちなんですかね?


少なくとも現代は、おおざっぱに衰退した人類ですけども、まだ滅亡はしてないみたいです。
0004名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:18:44.84ID:MVO+ANVr
この世が摩訶不思議な菌に襲われたあの日、ほとんどの人類は死ぬか、変質してしまったようです。

それはもう恐ろしいスピードでしたから、対処なんて間に合うわけもなく、現代社会がまたたく間に機能しなくなりました。

まるで寿命をごっそり刈り取られたかのように、大人から順にバタバタと倒れていく様子を映して、普通のテレビ番組は全滅しました。

いまでは何者がつくったかもわからない謎の洗脳番組が常時流れているので、うかつにテレビをつけることもできません。
0005名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:19:22.77ID:MVO+ANVr
かすみ「いやぁインターネットがなかったら退屈で死んでたなぁ」


どういうわけかこの時代でも、電気は通っているし、水も通っているし、インターネットも繋がっています。

いったい誰が供給してるんでしょうね?


とはいえ決してネット環境も決して安全ではなく、りな子特製のアンチウイルスを十重二十重に張らなくては、すぐさま洗脳されてしまうでしょう。

かすみんの超絶かわいい生放送を見ているみなさんも、何らかの対策を講じているはずです。

視聴者数が減っていないことが、無事である証ですから。


そして、この時代に残された人々の基本生態だと思われますが――外は危険だからあまり出歩きたくないとなれば、もう、引きこもってネットするしかないのでした。

しかし!かすみはただの引きこもりではないのです!


人類史が停滞した現代最後のネットアイドル。それがかすみん。

それほど誇張してないですよ?
0006名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:20:00.48ID:MVO+ANVr
インターネットの恩恵は、かすみにアイドル活動の居場所を与えてくれるだけにとどまりません。


かすみ「………」


ちらり、と時計を確認します。もう何度目の確認かもわかりません。そわそわしています。そろそろ荷物が届くはずなのです。

外出を控えたいかすみにとって、ネット通販はとても貴重なお買い物手段です。

必要なのはパン作りの材料。いまや食事も必要としない身の上ですけども、前時代からの習慣でしたからね。パン生地をこねるあの果てしない作業が、時折恋しくなるのです。

発酵して膨らんだ生地とか、案外かわいいですよ? かすみんほどじゃないですけどね!
0007名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:20:38.22ID:MVO+ANVr
今回注文したのは強力粉。ありがたいことに、このご時世に小麦粉を販売しているお店があったのです。

聞いたことのないお店でしたけど……小麦粉は小麦粉。本来ならいつも使っていた強力粉が良いのですが、そこはかすみんの腕で調整します。


同好会のみなさんも、コッペパン作りの腕だけはいつも認めてくれていた気がします。

スクールアイドルとしては……どうでしょう。認めてくれてたのかな?

……いや、それじゃただのパン屋さんじゃないですか! きっと認めてくれていたことでしょううんうんそうに決まっています。


今となってはわからないけれど。
0008名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:28:06.10ID:MVO+ANVr
――ピーンポーン…


かすみ「!……きた!」


きたきた来ました。小麦粉ちゃんです。強力粉ちゃんです。にひひ、かすみんをダメにする白い粉が来ましたね!


かすみ「はいは〜いどうぞ〜」


ぱたぱたと玄関まで小走りして、鍵を開けます。勢いよく扉を開けたそこには……。


かすみ「――へ?」


筋骨隆々の上裸男がいました。
0009名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:28:34.00ID:MVO+ANVr
思えば、この時代にこっそり生きる人間としては無警戒に過ぎたかもしれません。しかし時すでに遅し……扉は開けられていて、目の前には上裸の男。

それだけではありません。彼には首がありませんでした。


かすみ「………あ、あは」


首がない、というのは表現上の話で、より正確に形容するならば、首から上、頭部がまるごとありませんでした。

大柄で鍛えられた肉体なので、首の部分がどうなっているのか、かすみの位置からは見えません。


『……………』


首なしのマッチョは一歩、玄関に入ってきて、扉を閉めました。

頭部の有無は、彼の生命に関わりがないようです。これもまた摩訶不思議な菌の影響でしょうか。


それはさておき……これは、死んじゃうパターン?
0010名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:29:09.46ID:MVO+ANVr
と思ったのですけど、杞憂だったようです。


??『なかすさんでよろしかったですか?』


くぐもった低音。最初はなにか空耳かと思いましたが、頭の中で反芻して、自分に対する質問だと気づきました。

声の主は、首なしマッチョのようです。


かすみ「――ひゃ、ひぁい…っ」

??『ああ、よかった。……今回は小麦粉のご注文、ありがとうございます』


そう言って、彼は礼儀正しく存在しない頭を下げました。言う、というのも変ですが、どうやら口がない代わりに、身体が振動して声を発しているみたいです。


??『なぜか配達業者が集荷に来ないので、直接参りました。わたくし、グルテンと申します』


手を差し出されたので、反射的にかすみも手を出して、握手を交わします。

それで理解しました。――なるほど、無骨な彼の手は、固めのパンのような弾力をしていました
0011名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:29:47.77ID:MVO+ANVr
この時代、人が植物になることがあれば、植物が人になることもあるようで。

目の前の彼のベースは小麦でしょうか。そういうものだと思ってしまえば、もう困惑する必要はありません。

研究者も消えた現代に、客観的な事実ほど価値のないものはないですから。

上裸にジーパンというファッションは刺激的に過ぎますけど……。


アメリカ産の小麦なのでしょうか?


見た目に反して紳士なグルテンさんは、背負っていた荷物を丁寧におろします。それはまさしく、かすみが注文した強力粉でした。


グルテン『しかし、嬉しい限りです。小麦粉が求められるというのはね。ほら、最近は……グルテンフリーがうるさいですから』

かすみ「…………」


ほら、とか言われてもわかりませんが。

わずかな時間、玄関に沈黙が満たされます。どうやらグルテンさんは、昨今のグルテンフリーに対する共感をかすみから得られると思っていたようです。

グルテンフリー党どころか、人類が滅亡気味なのですけど。
0012名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:30:21.74ID:MVO+ANVr
グルテン『――っ』

かすみ「!…ど、どうしたんですか?」


突如、グルテンがくぐもった音とともに、背中をかばうような動きをしました。それは、まるで人が痛みに耐えるかのような挙動でした。


グルテン『いえ……。情けない話ですが、ここに来るまでにもグルテンフリー派に襲われましてね。何発か食らっていたようです』

かすみ「ええっ!?」


なんということでしょう。現代においてもなお、グルテンフリーは猛威をふるっていたのです。しかも発砲騒ぎ。穏やかではありません。


グルテン『すみませんが、弾を抜いてもらっても? 肩のあたりで、自分では見えんのです』

かすみ「は、はぁ」


そりゃ目がないですし、というツッコミは我慢しましたよ?
0013名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:31:00.07ID:MVO+ANVr
かすみ「………」


玄関に座ったグルテンさんの背中から弾を探します。なぜでしょう。ハードボイルドなような、そうでないような。

ターミ○ーターのどれかにこんなシーンありませんでしたっけ?


かすみ「ん?」


弾……らしきものはあっさり見つかりました。パンのような手触りの肩を軽くほじって取り出します。

ほじった穴はぎゅむぎゅむと塞がっていきました。なかなか便利な身体をしているようです。

さて、手のひらにころんと乗った、小さな黒い粒。

少なくとも、鉄砲の弾ではありません。ただ、どこかで見たことあるような……。


グルテン『っ……あぁ、それですね』

かすみ「あの、これは……?」

グルテン『見ての通り、そばの実です』

かすみ「そばの実」


さも当然のように言われても困りますが?

けれども、思い出しました。丸みを帯びた三角形のような黒い粒は、たしかにそばの実のようです。


やつら、小麦を嫌いますからねぇ、とグルテンさん。

やっぱりこれ、ハードボイルドとは程遠いですよ。
0014名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/15(日) 21:31:49.37ID:MVO+ANVr
グルテン『それでは、失礼します』


あくまでも紳士的に、グルテンさんは去っていきました。玄関をわずかに開けて、外を確認してから出ていく様子は、さらがら0○7のようでもありました。

彼とグルテンフリーとの戦いはこれからも続くのでしょう。まあ、今のところ平和的な争いに見えますけども。

ともすれば茶番にも見えるのは、気のせいでしょうか?


さて、玄関に置かれた強力粉をキッチンまでえいやと運んで、一息つきます。

目の前に置かれた強力粉の大きな袋。ふふふ、これだけあれば、しばらくパン作りに困ることはないでしょう。

若干イメージと異なる展開でしたが、粉さえ手に入ればよかろうなのです。とても幸せな気持ちに満たされています。

現代で今のかすみほど幸せを感じている人間は他にいないでしょう。……洗脳されている人を除けばですが。
0015名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/15(日) 21:32:35.78ID:MVO+ANVr
かすみ「……よし」


やはり、我慢できません。いますぐにパン作りを始めるかは置いといて、強力粉の”感じ”を確認しておきたいところです。

なにしろ、通販ですからね。期待したものかどうか、封を切ってはじめてわかります。そして、万人の理解を得られると思われますが、通販において開封の儀が最も高揚する瞬間と言ってもいいでしょう。


かすみ「ふふふ〜どうかな〜」


袋に入った状態の手触りは良好。ちょきりと上部を少し切って、こぼれるのも構わず手の上に粉を落とします。


ふむ、ふむ。

にぎにぎ。


サラサラとした感触。握っても手につかず崩れる様子は、以前使っていたものと大差ないように見えます。

いいですよ!これ。


かすみ「〜〜♪――おや?」


ご機嫌になって封をしていたところで、しかし、あることに気づきました。

袋の裏に、文字が書いてあります。
0016名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/15(日) 21:33:08.06ID:MVO+ANVr
『右足』


かすみ「………」


はて。

小麦粉の袋に、身体の部位の名称が書かれているなんて、珍しいこともありますねぇ。


ーーーーーーーーーー


後日、グルテンさんから購入した強力粉でパン作りをしました。

いつもより弾力が強く出た気もしますが、それはそれで美味しかったです。
0018名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/15(日) 21:51:39.78ID:MVO+ANVr
摩訶不思議な菌に世界が襲われてからというもの、誰もが共通して持っている常識というやつは、土台から崩れてしまったようです。

多くの人類は人間性を失い、かと思えば人外が人のように活動する。

街にあふれたワーカーたちの喧噪は消えて、代わりに洗脳を促す「幸福への勧誘」がスピーカーから流れ続けています。


いったい菌とは何なのか。洗脳しようとしているのは何者なのか。


考えてもわからないならば、玄関を閉じて、せめて今持っているモノを守るのがかすみの選択です。

もう、失うのは怖いですから。


とはいえ、そこまで孤独な状況ではありません。一部の同好会メンバーとは、今でも交流できています。
0019名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/15(日) 21:52:46.42ID:MVO+ANVr
かすみ「――それじゃぁば〜いばい♪」

かすみ「……ふぅ」


今日もまだ、視聴者数に変化はありませんでした。この数字にどれほどの意味があるのか、実際のところ定かではないですけども、かすみに計れる数値はこれくらいです。

世間と触れ合う機会のない引きこもりにとって、同じように生きている人間がいるというのは、それだけで心強いものなのですね。

それもこれも、奇跡的な可愛さのかすみんがいるおかげです。可愛いで世の引きこもりを救う女神! すごいですねぇ、かすみんって。


かすみ「………」


いえ、誰かのツッコミを待ってるわけでもないですけどね。


ピロロン♪

かすみ「ん?」


通話です。このタイミングだと……思い当たるのは一人だけですね。
0020名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:53:16.50ID:MVO+ANVr
せつ菜『お疲れさまです! 今日のかすみんも最高でしたよ〜!』

かすみ「ふふふ〜。当然じゃないですかぁ〜」


せつ菜先輩。

正体不明のスクールアイドルでしたが、学校が意味を失くした今では、立派な引きこもり仲間です。


せつ菜『おぉぉ…。かすみんのプライベートヴォイス…っっ! 私だけに向けられた脳トロヴォイスッ!! たまりません!』

かすみ「あ、あはは〜」


どういうわけか、引きこもりになってからというもの、せつ菜先輩のオタク属性が加速しているような気がします。異変以前から、身内の同好会メンバーにもファンのように接することがある人でしたけども…。

まあかすみんは可愛いですからね。仕方ないですね。


せつ菜『きのこも可愛らしく見えますよ! とても個性的です!』

かすみ「むぅ……。そうだといいんですけどぉ」
0021名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:53:58.78ID:MVO+ANVr
きのこ🍄。

大人から寿命を刈り取り、およそすべての人類を変異させた菌は、もちろんかすみにも影響を与えました。

身体が樹化するような、そんな大変容は起きませんでした。ただ一箇所だけ、ひと目でわかる変化が……。


頭にきのこが生えました。

だいたい拳くらいの大きさでしょうか。髪飾りのミニハットみたいな顔して、頭から斜めに生えています。触るとさらさら、ふにふにしています。

がっつりきのこです。菌の塊です。苗床にされてしまっております。

癒着しているのか、きのことかすみの境界が曖昧になっていて引っこ抜くこともできません。一度力を入れてみたら、痛みもなく顎が持ち上がりました。どうやら、かすみときのこは運命共同体のようです。


この身体になってからというもの、便利なこともあるにはあるのですが……。

これじゃまるでかすみの頭がジメジメしてるみたいじゃないですか。そんなことないですから。さらさらつやつやですよ? シャンプーしにくいですけど。
0022名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:54:33.91ID:MVO+ANVr
かすみ「というか、久しぶりじゃないですかせつ菜先輩。……もっと頻繁に連絡してもいいんですよ?」


せつ菜先輩とかすみの連絡は、どういうわけか一方通行になっています。いわく回線の問題だとかなんとか、よくわかりませんが、かすみからは連絡できないのです。


せつ菜『〜〜っ! いまのセリフ! 最高です! きゅんと来ました!』

かすみ「っっ!! わざわざ言わないでください恥ずかしくなるじゃないですか! もう」


オタク属性というか、単純に変態度が増してます。せつ菜先輩の変異は変態になることだったのかもしれません。


せつ菜『私もかすみん成分を摂取したいのはやまやまだったのですが、最近はちょっと忙しくて……』

かすみ「……また攻略ですか?」

せつ菜『そ〜なんですいまは「つりおつ」というのをやってまして、あ、これは略称なんですけど』


長い解説が始まりました。引きこもりになってから、せつ菜先輩はエロゲなるものをずっとやっているようです。順調にオタクの階段を登っているというべきか……。
0023名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:55:43.60ID:MVO+ANVr
せつ菜『ふと思ったのですけど……あれ、かすみさん?』

かすみ「あ、はいはい聞いてますよ〜」


いけないいけない。まったく聞いてませんでした。いやだって、解説とか興味ないですもん。普通にネットサーフィンしてました。

へぇ〜カンパーニュってこうやってつくるんだ〜。


せつ菜『よかった……ええ、ふと思ったのですけど、異変前にもっとみなさんとスキンシップをとっておけばよかったなぁと』

かすみ「はい?」

せつ菜『例えば、いま私はかすみさんをめちゃくちゃに抱きしめたい欲でいっぱいなんですよ』


なにを言っているのでしょう、この変態、いやこの先輩は。


せつ菜『ほら、今はもう簡単にスキンシップもとれないですけど、以前なら簡単だったなぁと。思えば同好会メンバーは個性豊かであまりにも恵まれていたなぁと』


ふぅ、とため息がスピーカーから聞こえてきます。


せつ菜『もったいなかったなぁ』

かすみ「せつ菜先輩気持ち悪いです」

せつ菜『はぅぅっっ』


どうやらお望み通りの言葉を差し上げられたようで、なによりです。


せつ菜『もっと!もっと!』

かすみ「おねだりしないっ」
0024名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:56:25.87ID:MVO+ANVr
かすみ「…………にひ」

せつ菜『かすみさん…?』

かすみ「ん、なんでもないですよ〜」


思わず笑いがこぼれてしまいました。だってもう、楽しくて、楽しくて。

こうしてせつ菜先輩と話せることが、なによりも幸せで。にやにやしちゃうのだって抑えられません。

どうかな。今日なら大丈夫かな?


かすみ「……あのぉ〜、せつ菜先輩?」


甘さたっぷりの媚びた声。これで釣れると良いのですが。


せつ菜『――あっっっ、あぁぁぁぁぁ……』

せつ菜『……………』

せつ菜『…………はっ』

せつ菜『ふぅ、危ない、耳から昇天するところでした』

かすみ「もぅ〜〜せつ菜先輩たら大げさですよぉ〜♡」

せつ菜『――あっっっ…』


思ったより効いてますね。
0025名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:57:28.61ID:MVO+ANVr
かすみ「えっとぉ、かすみんお願いがあってぇ〜」

せつ菜『はい!なんでも言ってください!』


はぁはぁと興奮した鼻息が聞こえます。

にひひ、これなら今日はイケるかも?


かすみ「せつ菜先輩のこと見たくてぇ、カメラつけて話したいんですけどぉ」

せつ菜『あ、それはダメです』

かすみ「うっ……!」


おかしいです……まったく効いてないじゃないですか!

嘘じゃないですか!


かすみ「なんでですか〜!」

せつ菜『あはは』


いつものことです。かすみは配信できのこ姿も見られてますが、せつ菜先輩は声しか届きません。異変以後、顔も見たことがないのです。

だから、久しぶりに顔をみて話したいのに……。


せつ菜『すみませんかすみさん、いつも断ってしまって』

かすみ「ふ〜んいいですよ〜だ」


相変わらず、せつ菜先輩は秘密主義的だというだけです。菌による影響がどの程度だったのかも教えてもらえませんし。

姿をかたくなに見せない理由も、聞きにくい雰囲気です。


かすみ「でも、そのうちせつ菜先輩の元気な姿見せてくださいね?」

せつ菜『……はい』


せつ菜『そう遠くないうちに、きっと』
0026名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 21:58:04.35ID:MVO+ANVr
せつ菜『――果林さんは健在ですか?』


会話が一段落ついたころ、せつ菜先輩がそう切り出しました。いつもの流れです。


かすみ「……ええ、変わりないです」

せつ菜『そうですか』


わずかに、沈黙します。静けさに満ちているのは、落胆でしょうか、安堵でしょうか? この問題に答えが見つからない限りは、感情の落とし所もわかりません。


かすみ「……あ」


静かになったことで、外の音が聞こえてきました。今日もまた、飛行船にのったスピーカーから声が届きます。

毒を含んだ「幸福への勧誘」。

それはあまりにも聞き馴染みのある声で、けれども、受け入れがたい声音です。


歩夢【――みなさん】
0027名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/15(日) 22:33:21.12ID:MVO+ANVr
歩夢【今日の天気は晴れ。絶好のお散歩日和です。】

歩夢【午前11時の時点で、コナプトの加入は80%を超えました。まだ余裕があります。】

歩夢【災害で家族を失い、一人残されたあなたへ。新しい生活を始めてみませんか? コナプトでは衣食住だけでなく、素晴らしい仲間があなたを待っています。】

歩夢【大丈夫、焦る必要はありません。私たちはあなたの一歩を応援しています。】

歩夢【さあ、あなたも幸せになりましょう。】

歩夢【詳しい案内はお近くの市役所、または新政府公式ホームページ、もしくは、テレビ、ラジオでもご覧いただけます。】


歩夢【――みなさん。今日の天気は……】
0028名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/15(日) 22:34:10.18ID:MVO+ANVr
せつ菜『かすみさん? どうかしましたか?』

かすみ「……歩夢先輩はいつも通りだなぁ、と思ってたとこです」

せつ菜『ああ、飛行船の時間……』


いつごろからか、空には飛行船が飛ぶようになりました。目的は一貫して、残存市民に向けた新政府への勧誘のようです。大人が消えたはずのこの世界で、新政府なるものが一体何者によって運営されているのかは、例によって不明ですが。

肝心なのは、その広告塔に歩夢先輩が使われているということです。正気ではないでしょう。生存が確認できるだけ、幸運だと思うようにしています。

哀しんでも、現状は変わりませんから。


かすみ「……もぅ」


だからかすみんは、できるだけ明るい方向に舵を取るのです。


かすみ「ほんと歩夢先輩ずるいですよねっ! ライバルが飛行船使うなんてフェアじゃないですよぉ〜」

せつ菜『……くす。いえいえ、かすみさん? ライバルというのは、自分よりも強力なものです。その上で打ち破る! これが熱い展開なんです!』

かすみ「う、なるほど。さすがはせつ菜先輩。オタク系スクールアイドルは伊達じゃないですね」

せつ菜『オタク系!? あれ、間違ってない…?』


歩夢先輩はライバル。これは今でも変わりません。

だってそうでしょ?

かすみんはネット上で、歩夢先輩は飛行船から。生き残った人類を奪い合っているんです。負けませんよ? だって、かすみんが一番可愛いですもん。


ええ、負けませんとも。
0029名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/15(日) 22:34:36.72ID:MVO+ANVr
せつ菜『すみませんかすみさん。そろそろ…』

かすみ「え、もうですか…?」

せつ菜『もうと言っても、一時間は経ってますよ』

かすみ「あ、ほんとだ」


時計を見ると、たしかに一時間はとうに話しているようでした。あっという間の一時間です。


かすみ「で、でも。かすみんまだせつ菜先輩と話したい…」

せつ菜『すみません…』

かすみ「せつ菜先輩…」


また、わがままを言ってしまいました。応えられることがないと、わかっているわがままです。せつ菜先輩を困らせるだけのわがままです。

それでも口をついてしまうのは、きっとかすみが弱いから。

だめですね。この時代を生きるには、強かでないと。


かすみ「…にひっ。ジョーダンですよ〜。ドキッとしました?」

せつ菜『…ふふっ。はい。ドキドキしすぎて、口から心臓が飛び出るかと思いました』

かすみ「それはびっくりするほうのドキドキじゃないですか!」
0030名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/15(日) 22:35:12.97ID:MVO+ANVr
せつ菜『それでは…』

かすみ「またすぐ、連絡くださいね? もうこうして話せるのは、せつ菜先輩だけなんですから」

せつ菜『もちろん。――大好きですよ、かすみさん』

かすみ「っっ! ……もう!」


ピロンと、軽い電子音を最後に、通話は途切れました。いつもいつも、油断したところで「大好き」なんて言うんだから。

まったく、大した変態です。エロゲなるものに感化されたのかもしれません。かすみんがあまりに可愛いから、攻略対象と勘違いしちゃったんですね。

ふぅ。やだやだ。


女の子同士とか、そんな常識通用しない時代なんですから。本気になったらどうするんですか。ねぇ?……なんて。
0031名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/15(日) 22:35:43.91ID:MVO+ANVr
ぼーっとしていたら、パソコンのディスプレイが切れて、暗くなりました。もともと部屋の電気はつけず、カーテンも閉じているので、周りは真っ暗に……と、本来はそうなるのですが。

かすみんの部屋にはまだ光源があり、辺りは仄かにロイヤルブルーの光で浮き上がります。


深海に沈んだ宝石のような、高貴なブルー。
0032名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/15(日) 22:36:20.86ID:MVO+ANVr
そこには、果林先輩がいます。

部屋の隅っこで、両足を抱え座り込んでいます。うつむきがちな瞳に生気は感じられず、もう何も映していないでしょう。


けれども、果林先輩は美しい。


この世のものとは思えない、という表現があります。果林先輩は異変で、大部分が向こう側に行ってしまったのかもしれません。

だからかもしれません。何も摂取せず、ただずっと部屋の隅で座っていますが、肌のハリは決して損なわれず、髪は常に艷やかで、なんかいい匂いまでします。

あまつさえ、淡くロイヤルブルーに発光しているのです。それはまったく冗談のような光景ではなく、きっと後光が差しているのと同種の神聖さを感じます。


果林先輩は美しい。けれども、神々しさほどこの世から遠いものはなく。

異変以降、果林先輩は何も反応しません。
0033名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/15(日) 22:36:51.49ID:MVO+ANVr
かすみ「果林先輩〜〜」

かすみ「今日は久々にせつ菜先輩が連絡くれたんですよ。あの人、まだエロゲなるものにハマっているようです。えっちなの苦手なくせに」

かすみ「あ、ほんとは好きなんでしょうか? アニメのちょっとえっちなシーンも見ない振りしてる人でしたけど、好きの裏返しだったのかもしれません」

かすみ「ハマってるエロゲの解説をしてくるのは困っちゃいますけど…」

かすみ「あ、そうそう、かすみんのきのこを可愛いって言ってくれました。でもあんまり嬉しくないですよねぇ」

かすみ「いや、ほんとは嬉しいんですけど…。乙女心は複雑なんですよ」

かすみ「ええ、かすみん乙女なので」

かすみ「…それから」

かすみ「今日もやっぱり姿を見せてはくれませんでした。きっと、引きこもり過ぎて裸族が板についちゃったに違いありません」

かすみ「にひひ、今度りな子に連絡ついたらせつ菜先輩のカメラを強制的にONにするようなプログラムを……」

かすみ「いや、これだと痛み分けですね…。あんまり嬉しくない」

かすみ「いつか、一緒にせつ菜先輩に会いに行きましょうね」


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0034名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/15(日) 22:37:18.05ID:MVO+ANVr
今日という日はとても良い日でした。

明日もきっと良い日でしょう。


それは祈りではありません。祈る対象をかすみんは持ちません。

それは宣言ではありません。この上自分を追い込む必要はありません。


それはきっと、もっと単純な――

………なんでしょうね?

うまい言葉が見つかりませんけど、とにかく。


ふと思っちゃうような、本音みたいな気持ちです。
0035名無しで叶える物語(東日本)
垢版 |
2019/12/15(日) 22:51:15.94ID:YJpaetH0
ディストピア系か?
続きが気になる
0036名無しで叶える物語(あら)
垢版 |
2019/12/15(日) 22:56:10.94ID:he7NWJcT
設定しっかりしてそうで続き楽しみ
0037名無しで叶える物語(SB-iPhone)
垢版 |
2019/12/15(日) 23:06:08.98ID:K1PcyUMh
Eじゃん
0040名無しで叶える物語(とうふ)
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2019/12/16(月) 00:13:16.41ID:LIEfD7bm
続きの催促とか嫌いだけどしてしまいそうなくらい気になるな、楽しみにしてる
0041名無しで叶える物語(四国地方)
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2019/12/16(月) 03:23:32.65ID:egV72wqV
グルテンさん好き
0042名無しで叶える物語(らっかせい)
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2019/12/16(月) 04:07:23.55ID:Eupek8Uv
展開に俺もドキドキした
続き楽しみ
0047名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/16(月) 23:03:31.99ID:faVwcVfx
ふと、夢を見ていると気づきました。

意識ははっきりしていませんが、どうやら自分は夢を見ていて、遊園地にいるという認識がありました。

友だちと来ているわけでもないようです。ただ、遊園地にいるというだけで、昔の記憶が刺激されるのか、幸せな気持ちが胸の辺りに滲むような気がしました。


ふわふわと、現実味のない幸福感。


ああ、これは夢だな、とわかっていても、その幸福感にしがみつくように、かすみは夢の中の遊園地を歩いていました。

その遊園地はとても静かでした。かすみ以外、誰もいないようでした。遊園地に人がいないということが不思議で、違和感も抱いたのですが、それでも人は現れませんでした。


自分がどこに向かっているのか、まったくわからないまま自動的に歩いていたかすみでしたが、気づけば、脚は止まっていました。

そうして前を見れば、いつの間にか、アトラクションの入口があります。

薄暗い入口を、かすみはくぐりました。辺りは生温かい空気が流れていて、しっとりと頬を撫でられたような錯覚までありました。
0048名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/16(月) 23:04:55.99ID:faVwcVfx
そこにはトロッコのようなアトラクションがありました。薄暗い中で、紫色っぽい光に照らされています。

自動的に、かすみはトロッコに乗り込んでいました。


「出発します〜」


どこからかアナウンスが流れました。ガタンゴトンと、トロッコが揺れながら前進します。

トロッコは何両か連なっていました。かすみは先頭ではありませんでした。

後ろのほうのトロッコに、人が乗っていることにも気づいていました。さっきまで人の気配なんてまったくしなかったのに、急に現れた彼らを自然と受け入れてしまったのは、夢らしくはあります。

かすみの一つ後ろには女性が、さらに後ろには男性が乗っていました。彼らは一様に顔色が悪く、無表情でした。


かすみ「……あれ?」


声が漏れました。急に、意識のレベルが一段落上がりました。じわりと、手のひらに脂汗を感じます。

これから起きることが、なぜか想像できました。というよりも、かすみはこれとほとんど同じ状況を聞きかじったことがありました。


その時、またアナウンスが流れました。


「次は活けづくり〜活けづくりです。」
0049名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/16(月) 23:05:49.96ID:faVwcVfx
後ろのほうからおぞましい悲鳴が聞こえてきました。振り返ると、2つ後ろのトロッコに乗っていた男性の周りに、四人のぼろきれのような物をまとった小人が群がっていました。

小人は鋭利な刃物を持って、男性を切り裂いていきます。すでにおびただしい血にまみれ、肉は削ぎ落とされ、白い骨がむき出しになりながら、男性は大声で悲鳴を上げ続けます。

てきぱきと血まみれの内蔵は取り出されていき、人としての形は失われていきました。だというのに、断末魔はいっそう強く響いています。


かすみ「――ひっ…ぁ…!」


その恐ろしい光景を見て、かすみはまともに叫び声を上げることすらできませんでした。意識は、とうに現実と遜色ないほどはっきりしています。鉄っぽい血の臭いと、生臭い臓器の臭いで胃液がこみ上げてきます。

だというのに、いっこうに夢から覚める気配がありません。心臓はばくばくと破裂しそうなほど鳴っていました。それでも、現実は遠く、夢の輪郭がはっきりするのみです。


いつしか男性の悲鳴は止んでいました。男性がいた座席は血の海のようになっていて、赤黒い物体がちょこんと置いてありました。それはまさしく活けづくりのようでした。
0050名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/16(月) 23:06:44.17ID:faVwcVfx
たまらず、かすみは吐き出しました。足元に勢いよくこぼれ落ちていく吐瀉物。まだ形の残っているその中に、昨晩のパンが混じっているのを確かに認めました。それは、現実のものであるはずでした。


「次はえぐり出し〜えぐり出しです。」


聞き覚えのあるアナウンスが流れます。今度は小さな小人が2人現れ、その手にもった鋭いスプーンのようなもので、後ろの女性の目玉をえぐり出しはじめました。

すぐ後ろで、恐ろしい悲鳴が上がります。彼女は目から血なのか脳漿なのかよくわからないものを噴き出しながら、首を反らせて叫び続けました。


もう猶予はないように思われました。次はかすみの番です。

足元からも、口の中からも酸っぱくて苦い臭いが上がってきます。溢れる涙は吐いたせいなのか、恐怖のせいなのかもわかりません。

脚ががくがくと震えていました。これは夢なのか、現実なのか。ずっと夢だと思っていましたが、現実だとしてもおかしくありません。むしろ、鋭敏な五感は現実だと強く訴えてきます。


かすみ「―――ぅ…ひっ…」


涙が止まりませんでした。嗚咽がひどくて呼吸もしずらいほどです。

逃げなければならない。とにかく、それでした。なのに、震える脚は役に立ってくれそうにありません。
0051名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/16(月) 23:07:32.98ID:faVwcVfx
「次は挽肉〜挽肉です〜」


挽肉。


かすみ「―――ぁ…ぁひっ…!」


悲鳴なのか、笑い声なのか区別のつかない音が漏れました。

どこからかあの小人が現れました。手にはなにやら物騒な器械を持っています。サメのようなぎざぎざの歯がいっぱいついている、と見えたのは一瞬で、「ウイーン」という音とともに歯全体が猛烈に回転しはじめました。

それはかすみを挽肉にする器械でした。

小人はかすみの膝に乗り、その器械を顔に寄せてきます。躊躇いはありませんでした。「ウイーン」という音はだんだん大きくなり、顔に風圧を感じます。

鉄っぽい臭いは、器械の臭いか血の臭いか。


かすみ「あ」


身体の震えがとまっていました。数秒後にミンチになっている自分が見えました。かすみはその未来を受け入れていました。

脚はやはり動きません。これまでのようです。

最後に、目を閉じました。
0052名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/16(月) 23:09:24.70ID:faVwcVfx
「だめだよ〜」

かすみ「―――え」


どこかから、間延びした声が響きました。アナウンスではありません。でも、聞き覚えのある――とても聞き覚えのある――優しい声です。

とっさに目を開けると、そこにいたはずの小人は消え失せていました。

小人だけでなく、血の臭いもしないことに気づいて、後ろを見るとおぞましい活けづくりも眼球のない女性も血の海とともに消えていました。

トロッコは止まっていて、かすみだけが乗っていました。……自分のゲロと一緒に。


かすみ「――あ」


トロッコの外に視線を向けます。聞き覚えのある声は、やっぱり聞き間違いなんかじゃなくて。


彼方「危なかったね〜。かすみちゃん」


懐かしい人が、そこにいました。
0053名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/16(月) 23:10:15.66ID:faVwcVfx
彼方「落ち着いたかな??」

かすみ「ずび……う、はい…」


泣いてしまいました。ええ、思いっきり泣きついてしまいましたよ。

でも今回くらいは仕方ないと思います。ありえないくらい怖かったですし。もうだめかと思いましたし。でも助かるし。

そしたら、異変以来、まったく音沙汰のなかった彼方先輩がいるし。


もう自分の気持ちがわかりません。恐ろしいやら驚きやら嬉しいやら、いろんなものがごちゃまぜになって、溢れた分だけ泣いてしまいました。

強かなかすみんにはまだ遠いようです……。


彼方「よ〜しよ〜し」

かすみ「………」


彼方先輩に頭を撫でられます。異変以前なら子ども扱いに怒るところですけれど……。

胸のあたりがほかほかするので、ちょっと、浸ることにします。
0054名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/16(月) 23:11:47.75ID:faVwcVfx
かすみん達はアトラクションを離れ、遊園地の適当なベンチに座っていました。ここは夢の中だったはずですが、もうほとんど現実のように思えます。ただ、起きてる間に遊園地に来た憶えはないのですが。

と思っていたら、彼方先輩が答えを見せてくれました。


彼方「あ、かすみちゃん怪我しちゃってる?」

かすみ「え? …あ、ほんとだ」


おでこがジンジンと腫れていました。触れてみると、軽い痛みと、指先に小さな血がついてきます。そういえば、吐いたとき、勢いでトロッコにおでこをぶつけた気がしなくもありません。


彼方「よ〜し。彼方ちゃんがバンソーコーをあげよう〜」

かすみ「…すみません」


なんて殊勝に頭を下げたかすみんの目の前で、まばゆい光が生まれていました。

は? と思ってよく見ると、その光は彼方先輩の手の中からあふれてきています。「え〜い」なんて軽いかけ声がして、光は急速に弱まっていき、見れば、彼方先輩の手元には大きな絆創膏がありました。


彼方「ほれほれ、おでこを見せなされ」

かすみ「いやいや! なんですか今の!?」

彼方「ん〜? 彼方ちゃん式魔法だよ〜?」


うろたえるかすみに、こともなげに彼方先輩は答えます。


彼方「だってここ、かすみちゃんの夢だもん」
0055名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/16(月) 23:12:59.82ID:faVwcVfx
彼方「彼方ちゃんはね〜、いろんな人の夢を渡れるのだよ〜」


かすみんのおでこに大きな絆創膏(ひつじ柄)を貼り付けて、彼方先輩は言います。

なにを言っているのか、とは思いません。摩訶不思議な菌に世界が覆われて以降、常識は覆るものですから。

なんだって起こりえます。


彼方「ふふふ、いまでは夢の住人なんだ〜。現実の身体はたぶん、なくなっちゃったのかなぁ」

かすみ「…そうですか」


彼方先輩らしい変異とも言えます。悲壮感も薄いようです。それがよかったかといえば、そんなことはないでしょうが。


彼方「かすみちゃん、気をつけなきゃだめなんだぞ〜? 夢で死んじゃっても大丈夫なんて保証、ないんだから」

かすみ「はい…」

彼方「さっき、諦めちゃったでしょ〜」

かすみ「う。…はい」

彼方「……昨日の夜、恐い話読んだでしょ〜」

かすみ「うぅぅ〜はぃぃぃ〜」


猿夢。

昨日読んだネットの怪談でした。まさかこんな事態になるとは思いませんでしたが…。

もう絶対! 怪談は読まないことを誓います。
0056名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/16(月) 23:13:57.77ID:faVwcVfx
それからしばらく、彼方先輩とお話をしました。

異変以降にあったこと。果林先輩のこと。せつ菜先輩のこと。りな子のこと。…歩夢先輩のこと。

頭のきのこは褒めてくれました。いや、ニヤニヤしてましたけど。

彼方先輩が渡れる夢はほとんどランダムで、誰かを選べるわけではないようです。今回かすみんの夢に来たのはたまたまで、強いて言えば助けを求める夢が多いのかも、と話していました。


彼方「遥ちゃんは見てないか〜」

かすみ「…はい」


彼方先輩は妹さんを探しているようでした。

異変以降、離れ離れになった妹さんの夢を探して、休みなく夢を渡り歩いているようです。


彼方先輩は、一人でずっと戦っていたのでした。
0057名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/16(月) 23:14:39.20ID:faVwcVfx
彼方「あ、そろそろ、覚めちゃうかも?」

かすみ「えっ!? な、なんでですか」

彼方「朝が来るからね〜」


至極もっともな理由です。朝がきたら、人は夢から覚めないといけません。

あの日から、少しだけ冷静になったかすみんは理解しています。

お別れの時間でした。


彼方「…………」

かすみ「―――へ?」


気づけば、ぎゅうと暖かく、彼方先輩に抱きしめられていました。懐かしい香りがします。柔らかで、優しい香りです。

いつかの彼方先輩からは想像できないくらい、力強い抱擁でした。そこにつまった思いで涙がこぼれそうで、負けじと、抱きしめ返しました。

でもやっぱり、泣いちゃってたかもしれません。彼方先輩には秘密ですけど。
0058名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/16(月) 23:15:33.26ID:faVwcVfx
彼方「目が覚めるとね、かすみちゃんは夢のこと忘れちゃうと思うけど」

彼方「でもね、きっと胸に残ると思うんだ〜」

かすみ「…忘れませんもん」

彼方「…ふふ、そうだね〜」


彼方「…またね、かすみちゃん」

かすみ「はい…また」


目をつぶって、小さく答えます。

暖かい感触は、夢が覚めることを示すように、少しずつ薄れていきました。

夢のまぶたは残滓を反射して、白く光りながらどこかへ溶けていきます。

重力は消えて、夢の世界は閉じて。


それから……


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0059名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/16(月) 23:16:14.05ID:faVwcVfx
夢を見た気がします。でも、夢の中身は忘れてしまいました。


かすみ「?」


なぜか、パジャマが汗だくです。恐ろしい夢だったのでしょうか?

それにしては、安らかな気分ですが。


かすみ「??」


額に違和感を抱いて、手をやります。なにか貼り付いているようです。

ぺりりと剥がすと、それは大きな絆創膏で、おでこには立派なたんこぶができていました。

昨日、こんなのありましたっけ?


絆創膏も、あまり見憶えのないものです。大きな、ひつじ柄の絆創膏。

なんとなく、ひつじを撫でます。


はて。

悲しいような、嬉しいような?
0060名無しで叶える物語(とうふ)
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2019/12/17(火) 00:20:30.92ID:F8OvTkZd
猿夢…怖いよなぁ
それにしても夢の内容忘れちゃうならもし遥ちゃんと会えても忘れられちゃうのか、辛いな
今日も面白かったよ、ありがとう
0061名無しで叶える物語(四国地方)
垢版 |
2019/12/17(火) 02:03:15.96ID:uoNC6iYR
ホラーの描写が全力すぎる
0066名無しで叶える物語(とうふ)
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2019/12/18(水) 08:50:04.32ID:Apz6msiu
保守
0067名無しで叶える物語(とうふ)
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2019/12/18(水) 12:55:56.91ID:Apz6msiu
保守
0068名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2019/12/18(水) 16:10:55.70ID:Apz6msiu
保守
0069名無しで叶える物語(とうふ)
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2019/12/18(水) 20:40:13.48ID:Apz6msiu
保守
0072名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/18(水) 23:29:29.41ID:luxrqnCb
マズローの欲求階層をご存知でしょうか?

自己実現理論とも呼ばれるもので、人の欲求を5段階の階層で理論化したものです。上から順に、

自己実現の欲求
承認の欲求
社会的・愛の欲求
安全の欲求
生理の欲求

と並んでいます。人はこの欲求を下から順に満たしていくのだそうです。これらの欲求が満たされないと、不安な気持ちになったり、孤独感を抱いたりするのだとか。

例えばかすみんのアイドル活動は、異変以前は承認の欲求から自己実現の欲求を満たしていたと思われますが、現在では社会的欲求を満たす役割も果たしています。

学校という居場所がなくなった現代で、インターネットが新しい社会的所属になったというわけです。これがなければ、不安にかられ自己同一性が損なわれてしまうでしょう。

ただ、そういった高次の欲求は、より低次の欲求が満たされてはじめて表面化します。サバンナの真っただ中で承認欲求に駆られる人は、おそらくいないはずです。

お前それサバンナでも同じ事言えんの? というやつです。あれ、違う?


………とまあ。暇をもてあましてwikiを読んだ程度の知識ですけれども。

長々と、なにを言いたいのかというと、これは言い訳なのです。

自分への言い訳。


かすみ「…右よし…左よし。…よし!」


危険な外に出てしまったことへの、言い訳です。
0073名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/18(水) 23:30:43.48ID:luxrqnCb
不安だったのです。ええ、とっても。

生放送をしようとしても、不安な気持ちが先に来て、どうにもだめでした。パソコンを前にして、マウスを動かすのですけれど、落ち着きませんでした。

不意に席を立って部屋の中をうろうろ歩き回りました。どうすればいいのかわからない、粘っこい不安が、胸に渦を巻いていました。


えたいの知れない不吉な塊が、心を始終圧えつけていたというか。


どうしようもないので、とりあえずパンを作ろうとしました。いつもと違う気持ちになったときは、いつものルーチンを試みればいいのです。賢い発想です。

でも、だめでした。パンを作ろうと、準備するまでに手がつかなくなりました。やりきれない気持ちでした。焦燥というか、嫌悪というか……いたたまれず、また部屋をうろうろ回り始めました。


とうとう、果林先輩に頼りました。美しく不浄の果林先輩。淡く神秘な果林先輩。無抵抗の果林先輩には、普段できるだけスキンシップは避けているのですが、あまりの不安に、つい触れてしまいました。

頭を撫でてみました。もちろん反応はありません。それはそれで悲しいことですが、しかし、胸の不安は薄まりません。

ぎゅっと抱きついてみました。だめでした。どうにも、無抵抗な果林先輩に触れるということ自体、自分の中で拒否感がありました。罪悪感に近い感触でした。


果林先輩に一方的に謝って、別の方法を考えます。胸でとぐろを巻く不安の正体を見極めようと試みます。


これは仮説なのですが。

頭にきのこが生えて以降、かすみんは自分をより客観的に見れるようになったと思われます。なにせ、きのこと脳が連結してそうですしね。考える部分が2つになったのかもしれません。

そうして暫く……一つの結論を導きました。


かすみ「――外に出よう」
0074名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/18(水) 23:33:14.40ID:luxrqnCb
外。

摩訶不思議な菌に支配され、前時代の常識が翻った現代。外はどんな危険に満ちているか、わかったものではありません。

人外は確実にいます。引きこもっていても、前のようにグルテンさんに出会ってしまう世の中ですから、外ではどうなるか、想像もつきません。

グルテンさんのように、危険ではない人外がいると知れたことは喜ばしいことではありますが。

基本的に菌そのものは、人類に対して敵対的に思えます。でなければ、人類史は破綻していません。


かすみんはあの日以降、一度も外に出たことがないのです。準一級自宅警備員なのです。

上級国民ともいいます。

それでも、外に出ないといけません。人外が跳梁跋扈する、危険な外へ。

なぜわざわざ危険とわかっている外に出るかといえば、危険である、それこそが理由です。


安全の欲求なのです。この不安は、安全の欲求が満たされていないことによる不安だと思われました。

異変以降、飛行船やラジオ波を通じてじわじわと安全な領域が侵されている昨今ですが、グルテンさんという身近な人外を目の当たりにして、ついにキャパオーバーを起こしたのです。


この部屋は安全なのでしょうか?
近所は安全なのでしょうか?
ずっとここにいても大丈夫なのでしょうか?


確認しなければならない。セーフティネットの確立。

それこそが、この不安を正統に解消する手段であると、そう考えたのでした。
0075名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/18(水) 23:34:06.69ID:luxrqnCb
かすみ「た、太陽……」


装備を整えておっかなびっくり外に出たかすみんですけれど、最初の敵は菌ではなく、太陽でした。

明らかに溶かしに来ています。じりじりときのこが焼けそうです。香ばしくなっちゃいます。

異変以降、四季もなくなって天候不順なこの頃ですが、本日は極めて快晴なようです。飛行船のスケジュールを考えると、今の時間帯がチャンスなのですが。

気温としてはいたって問題ないものの、太陽光、引きこもりの身には拷問もかくやといった有様です。


ちょっと元気すぎじゃないですか? というかかすみんより輝くってどういうことですか? いやかすみんだって輝けますけど。ネットでは。


ともあれ、外に出てすぐお陀仏になることもなく。

見える範囲に人外がいないことについては、幸先がいいと思うべきでしょう。


かすみ「……ふぅ」


額の汗を拭います。暑さというより、緊張によるものでした。

今回のゴールは近所のコンビニ。前時代ではよくお世話になりました。そこまでのルートが開拓できたのならば、安全を確保したとかすみんも認識できるはずです。


というわけで、レッツ&ゴー。
0076名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/18(水) 23:35:16.11ID:luxrqnCb
「あの」

かすみ「………」


気のせいでしょうか?

後ろから、声を掛けられたような。


「あのー??」


いや気のせいではないようです。ばっちり聞こえます。

幸先がいい、なんて思ってからまだ数歩しか進んでないのですが?


かすみ「…………」


とりあえず、すたすたとコンビニへと向かいます。ええ、だって振り返ったら取り憑かれる系の怪談とか、テンプレじゃないですか。

ジョ○ョで読みました。


「――いや待ちなさいよあんたっ!!」

かすみ「うひゃっ…!」


げしっと、お尻に衝撃。よろけて数歩たたらを踏みます。


かすみ「………」


いや、は?

いま、かすみん蹴られました?
0077名無しで叶える物語(とうふ)
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2019/12/19(木) 00:22:23.75ID:EKu5TzSu
保守しに来たら続いててすっごい嬉しかった。
続きも楽しみにしてるから頑張って
0083名無しで叶える物語(とうふ)
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2019/12/20(金) 21:06:55.71ID:tJQhCg86
保守
0084名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/20(金) 23:45:37.91ID:tVyex8sb
「ふん、無視するからよ」


なおも、後ろの人物はなにやらほざいております。どうやら、言葉は通じるようですが。

そうなると、ふつふつと怒りがこみ上げてきます。これが言葉の通じない人外からの攻撃ならば、不運と思うしかないですけれども、そうではなく。

ただの不条理です。不条理に対して、ただ黙っているかすみんではありません。


かすみ「――ちょっとぉっ!?」


振り返りました。それはもう全力で。


少女「ひっ……なによ」


そこにいたのは、小学生くらいの女の子でした。低学年でしょうか、小さく、幼いです。

かすみんの愛くるしさに多少驚いたと見えますが、気丈さを装ってもいるようです。ひとまず、ちゃんと人間のようで安心します。


かすみ「…………むぅ」

少女「………文句あるならいいなさいよ」


じろりと、少女が睨んできます。あまり礼儀のなっていない子のようです。どこでこんな言葉遣いを覚えてしまったのやら。

文句ならあります。文句ならありますが、しかし、思ったより相手が幼いので対応に困ります。

というか、こんな小さな子が外に一人で大丈夫なのでしょうか? この時代で。

あ。かすみん閃きました。


かすみ「もしかして、お母さんとはぐれちゃった?あとあと、いきなり人を蹴飛ばしたらいけないんだよ〜」


にっぱり笑顔。怒りを圧えた素晴らしい対応です。さりげなく教育もできる大人の女なのです、かすみんは。某テーマパークのキャストもかくやといったところでしょう。


少女「…お母さんは、いない。あと説教しないで」


…なるほど。

表情から察するに、この場合の「いない」はあまり深追いしないほうがよさそうです。
0085名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/20(金) 23:47:32.36ID:tVyex8sb
思えばこの時代、親世代がまともに機能しているほうが珍しいかも知れません。変異は大人であるほど重篤ですから。この少女もおそらく、かすみんと同じ境遇で、そういう子供が実は多いのかも。

自活する子どもたちの時代。


少女「ふん。……これ」

かすみ「?」


そっぽを向いて、少女がなにやら紙を差し出します。メモ書きのようです。それから、地図。

コンビニまでの地図でした。「ここに行きたいんだけど」と少女がモゴモゴ言います。

理解しました。少女は道を尋ねたくて、かすみんに声を掛けたようです。でも、無視されたので蹴飛ばした。

無視されたから蹴飛ばすという行動は短絡的に過ぎますが、仕方ありません。警戒してスルーしてしまったかすみんにも非が無いとは言えませんし。

気持ちを振り絞ったのに裏切られた、と受け取ったのかもしれません。自己中心的ですが、子供とはそういうものです。であれば、大人なかすみんは優しく教え、導いてあげるべきでしょう。


かすみ「わかった、ここね。お姉ちゃんも同じ所に行くから、一緒に行こ?」


慈悲深いかすみんです。後光が差しているに違いありません。これが同年代なら即ファイト案件ですが、子供ですからね。

いやかすみんはいつだって慈悲深いですけど。


少女の境遇に、思うところがないわけでもありません。


少女「子供扱いしないで」

かすみ「………」


生意気な。
0086名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/20(金) 23:48:48.36ID:tVyex8sb
というわけで、2人連れ立ってコンビニへと向かうことに。人外よりも先に、人間に出会ったことは僥倖と言えるでしょう。大人なかすみんと比べ、反抗期気味なおこちゃまではありますが。

同行者がいるというだけで、ずいぶん安心感があります。


ちらと横を歩く少女を見ます。言葉遣いは要矯正ですけれど、身なりはなかなか整っています。この時代としては、どうなのでしょう、珍しいのでしょうか?

ストリート・チルドレンらしさは全くなく、清潔な服装やよく梳かれた髪は、良家のお嬢様のような風格すらあります。まあ、かすみんほどではないですけどね。


かすみ「なにしにコンビニ行くの?」


コミュニケーションを試みます。実際、気になっている事でもありました。

かすみんがコンビニへ向かうのは単純に、安全圏のポイントとしてです。コンビニとしての機能は期待していません。

こんな世の中ですから、期待できないと言いますか。とはいえ、インフラやグルテンさんのような例もありますから、「よくわからない何者か」が営業している可能性もあります。

それはそれで困りますけど。

この少女はそのあたり、考慮しているのでしょうか?


少女「お買い物」


当たり前でしょう? という表情です。つっぱねた言い方ですが、ちゃんと会話はしてくださるようです。
0087名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/20(金) 23:49:38.15ID:tVyex8sb
かすみ「う〜ん。コンビニ、やってるかなぁ」

少女「知らないの? コンビニっていつでもやってるのよ」

かすみ「いやそうだけど…」


現代でもあてはまるかは……う〜ん。

渋い顔(それでも可愛いですよ?)をしていたかすみんとは対照的に、少女は自分のほうが物知りだと思ったのか、得意げな様子です。


少女「教えてあげる、24時間営業っていうの」

かすみ「はぁ」

少女「知ってる? セブン○レブンも24時間営業なのよ」


そんなピンポイントな。
0088名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/20(金) 23:51:16.63ID:tVyex8sb
かすみ「コンビニでなに買うの?」

少女「……雑誌」

かすみ「?」


何気ない質問のつもりでしたが、少女の表情は一転、曇ってしまいました。

あまり自分のことは話したくないのでしょうか? これも、深く聞かないほうがいいかもしれません。


けれど。

会話の途切れる直前――小さく、少女はつぶやきました。


少女「かわいい雑誌」
0089名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/21(土) 17:40:09.53ID:kaHpnw90
コンビニに到着しました。ええ、何事もなく。


かすみ「………」


周囲を確認します。特に変わったところは見られません。かつてのように、コンビニがあるだけです。

結局、遭遇したのは少女だけで、人外とは出会いませんでした。とても安全な道程だったと言えます。


まるで、異変なんてなかったかのような。


しかし、かすみんは知っています。こういう時は油断した人から狩られていくのです。数々のホラー映画が物語っています。

ふふん、引きこもりの映画消費能を侮ってはいけません。

というわけでここも慎重に……


少女「なにしてるの」


すたすたと。

電柱に隠れるかすみんを置いて、少女はコンビニに入ってしまいました。


かすみ「ちょっとぉっ!」


一人になるのもダメなんですって!
0090名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/21(土) 17:41:24.24ID:kaHpnw90
というわけで、二人揃ってまんまと入店した次第です。

外から見てもなんとなく気づいていましたが……このコンビニ、何事もなく営業しています。

眩しい蛍光灯、陳列された商品、乾き気味のホットスナック……以前来たときとほとんど変わっていないように見えます。


『〜〜それはきれいな〜♪女神様が〜いるんやで〜〜♪〜〜』


BGMも相変わらず流れております。インフラも流通も、問題なく機能しているようです。その供給源は謎ではありますが。

一点、不気味な点を挙げるとするならば、かすみ達以外に誰もいないことでしょうか。

お客はもちろん、店員も出てきません。


コンビニだけで自立しているような錯覚を覚えます。

自己管理するコンビニ。ありえなくはありません。
0091名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/21(土) 17:42:12.77ID:kaHpnw90
少女は雑誌コーナーにいました。棚を見上げて、お目当ての雑誌を探しているようです。こちらも問題なく陳列されている様子が、当たり前かのようです。

できれば早く見つけて頂いて、早く退散したいところです。元々入ることなく、とんぼ帰りするつもりでしたから。

君子危うきに近寄らず……ええ、かすみん君子なので。

上級国民でもあります。(二回目)


それにしても、少女くらいの幼さで雑誌とは、ませてるような気もしますが。かすみんが初めて雑誌を買ったのは、いつ頃でしたっけ?


少女「………」

かすみ「……どれがほしいの?」


尋ねてみますが、反応はありません。ちらちらと雑誌の表紙を眺めている少女ですけれど、手に取る様子もありません。

お目当ての雑誌がなかったのでしょうか?

ふむ、どうしようかと思ったその時でした。


少女「―――っ」


ぽろり、と少女が涙をこぼしたのは。
0092名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/21(土) 17:43:09.11ID:kaHpnw90
かすみ「えっ!? ええ?? どうしたの?」

少女「…ぅっ…っ」


さしものかすみんも狼狽します。あまりに急で、どうすればいいのかわかりません。一体なにが起きたのか。

子供をあやした経験なんてほとんどありません。とりあえず、頭とか背中とか、よしよしと撫でてはみますが、これで正しいのかどうか。

けれど。


かすみ「…………」

少女「……っ…」


そうして触れて、ようやく気づきました。

暖かいけれど、小さく軽い背中。弱々しく震える肩。

ここに来るまで、負けん気が強いかのように振る舞っていた少女ですけれど。

自立しているかのように歩んでいた少女ですけれど。


少女は、普通の、か弱い少女だったのでした。
0093名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/21(土) 17:43:54.72ID:kaHpnw90
少女「かわいくなれる雑誌がほしいの」


やがて落ち着いた少女は、ぽつりと言いました。


少女「かわいかったら、お母さんが帰ってくるから」


要約すれば、こういうことです。

少女は母親が消えた理由が、自分が可愛くないせいだと思っていました。だから、可愛くなればきっと帰ってきてくれるはずだ、と。

どうすれば可愛くなれるのだろう。ある時、クラスメイト達が教室で雑誌を囲んでいるのを見ました。少女はそれを遠巻きに眺めて、色とりどりの紙面を見て、これだ、と思いました。そうだ、雑誌でかわいいを勉強しよう。

けれど、少女は雑誌なぞ買ったことがありませんでした。いざ雑誌を前にしても、どれを買えばいいのかわかりませんでした。


かわいくなれる雑誌が買えないならば。

お母さんは帰ってこない。


その想像は、勇気を振り絞って買い物に出た少女の、ハリボテのように固めた心を挫くには十分だったのでした。
0094名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/21(土) 17:44:55.57ID:kaHpnw90
その話に、どこか違和感を覚えたかすみんですけれど。

結局その正体はつかめず、それよりも、いまは目の前の少女のほうが大事に思えました。


さて、涙の理由がわかれば、やることは一つです。


かすみ「はい、これ」

少女「?」


目をこする少女に一冊の雑誌を手渡します。


少女「これ…?」

かすみ「この中で、いっちばん! かわいいが詰まった雑誌よ」


それはスクールアイドルを特集した雑誌でした。往年の特集号なのか、やや昔のスクールアイドルが表紙を飾ってはいますが……かわいいが詰まっていることに違いありません。


かすみ「ふふふ、お姉ちゃんもスクールアイドルなんだよ。可愛いでしょう?」


ばちっと、ウインクを決めます。ついスクールアイドルと言ってしまいましたが、まあ、いいでしょう。学校のない今でも、気持ちはスクールアイドルですから。


そんなかすみんの思いはよそに、少女はじっと、表紙を見詰めていました。
0095名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/21(土) 17:45:42.46ID:kaHpnw90
店員は最後まで出てきませんでした。

普通なら少し文句の言いたくなる状況ですけれど、いまの世の中ではむしろありがたいくらいです。

レジに代金だけ置いて、ささっとコンビニを出ることにします。少女の雑誌と合わせて、ついでにかすみんはシュークリームを買うことにしました。

コンビニスイーツ! かつての放課後の記憶が呼び起こされます。せっかく虎穴に入ってしまったのですから、虎子を得て帰りましょうという算段です。

にひひ、不意なチャンスも見逃すかすみんではないのです。


コンビニからの帰り道、少女は雑誌を大事そうに胸に抱いていました。まるで母親と繋がる唯一の希望のように。


かすみ「……………」


もしかしたら、これはかすみの罪なのかもしれません。

可愛くなればお母さんが帰ってくるなんて、そんなことないとわかっているのに。


少女はこの先、ゴールのない可愛さを求め続けることになるのかも知れません。

いつか、スクールアイドルとなって。
0096名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/21(土) 17:46:48.40ID:kaHpnw90
『かすみちゃんは可愛いね』


かすみ「?」


少女をじっと眺めていたせいか。

いつかの記憶が蘇って、どこからか声が聞こえたような気がしました。その声に誘われるように振り返ると――しかし、誰もいません。

はて、と首をかしげて向き直れば。


そこに少女はいませんでした。


いつの間にか、かすみんは一人で立っていました。
0097名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/12/21(土) 17:48:19.12ID:kaHpnw90
後日。


無事に不安が解消したという記念に、例のシュークリームを意気揚々と食べようとしたかすみんですけれど、しかし、あることに気づいてしまいました。

表記のおかしな部分があるのです。どういうわけか、消費期限が十年ほど前になっていました。

印字ミスというやつでしょうか?


とりあえず、気味が悪いので捨てました。
0099名無しで叶える物語(とうふ)
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2019/12/21(土) 21:25:17.76ID:Zo7HbMVR
これはかすかすがタイムスリップしたのか世界がタイムスリップしたのかどっちだ?
せっつーとか果林ちゃん、ぽむやりな子、カナちゃんもいる(はずだ)から世界が人をそのままにタイムスリップしたのかな
0101名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2019/12/22(日) 14:58:26.44ID:5KUbMDS5
保守
0103名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2019/12/23(月) 18:17:52.38ID:4+xUsrfG
保守
0105名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/23(月) 22:19:14.79ID:DLeG1PP7
謎めいた菌が猛威をふるい、正体不明の新政府にいつの間にやら支配されているこの時代。

大規模変容や洗脳から逃れほそぼそと活動している我ら残存市民ですけれど、なにもかもが抑圧されているわけではありません。

戦場にピアニストがいるように、刑務所で芋焼酎が振る舞われるように、人類はいかな状況下でもその文化的活動を停止することはないのです。


今回はそんなお話です。たぶん。
0106名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/23(月) 22:20:10.73ID:DLeG1PP7
その日の朝、起きてすぐボイスメッセージが届いていることに気づきました。

正規のソフトではありません。どこぞの宅急便のように、黒猫が手紙を咥えた画像がデスクトップ上を歩き回っています。

とことこ、とことこと、可愛らしく画面を散歩していますが、かすみんのパソコンに本来そんな機能はありません。

ついに新政府の検閲に侵されたのでなければ……思い当たるハッカーは一人だけですね。


かすみ「りな子だ!!」
0107名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/23(月) 22:21:42.59ID:DLeG1PP7
黒猫をクリックすると、『にゃ〜ん(笑)』という鳴き声とともに手紙が開封される演出となっていました。ムダに凝っています。


璃奈『久しぶり、かすみちゃん』

璃奈『まだ生きてるみたいで、安心した』


りな子の声が再生されます。やや特徴的な、棒読み気味なあの声です。懐かしい声。

本当に久しぶりです。りな子もせつ菜先輩と同じで、かすみんからは連絡がとれないのです。ネットの深いところに潜っているという話ですが……。

しかも、りな子はせつ菜先輩と違って通話もなく、こうして極稀にボイスメッセージが届くのみとなっています。

かすみんの配信を見ているのか、もしくはそれ以外の手段で、こちらの近況は伝わっているみたいですけども。


もっと連絡くれてもいいのに、と思ったり思わなかったり。
0108名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/23(月) 22:22:40.02ID:DLeG1PP7
璃奈『今回連絡した理由は二つあるの』

かすみ「はいは〜い。なに〜?」


これは会話の練習です。たまの機会くらい、こうして疑似会話しておかないと、なまってしまいますから。

どもらず、適切な声量で、コミュ力のある……かすみんはそんな引きこもりなのです。すごいでしょ?


次に同好会メンバーが揃ったとき、かすみんが一番流暢に話せるに違いありませんね。


璃奈『まず一つ目。ゲームを作ったから、テスターになってほしいの』

かすみ「へ?」


ゲーム? 作った?


璃奈『もうインストールしておいたから。璃奈ちゃんボード「ドヤ」』

かすみ「ドヤじゃないんだけど…」


ボード見えないし。
0109名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/23(月) 22:23:49.13ID:DLeG1PP7
かすみんのパソコンが知らぬ間に改造されているのは、異変以降ままあることで、それらはすべてりな子によるものです。

基本的にはありがたいというか、命の恩人として感謝するレベルで改造してもらっています。対洗脳用アンチウイルスとか。


ただ、法の支配から放たれたりな子は、おおよそ誰にも止められない存在のようです。あとは倫理に期待するしかありません。

ネットの履歴とか、気にしたら負けなのです。


それにしたって、この時代になって、新しいゲームが世に生まれるとは思いもよりませんでした。

戦時中も芸術は存続していたようですし、人のクリエイティビティというのは不滅なのかも知れませんね。


璃奈『かすみちゃんには、ゲームでおかしなところがあったらリストアップしておいてほしいの』

璃奈『進め方は、説明しなくてもわかると思うから』

かすみ「はぁ」

璃奈『というわけで――ゲームスタート、なの』

かすみ「えっ!? 今から!!?」


かすみんの抗議は、もちろん虚空に溶けていきます。りな子の音声はそれで途切れてしまいました。なんと淡白な……。

ディスプレイは暗転し、しばらくして、じわじわと文字が浮かび上がってきます。
0110名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/23(月) 22:26:11.54ID:DLeG1PP7
『りなりぃそふと』

(暗転)


(♪BGM♪)

(背景:虹ヶ咲学園)


『にじがく! 〜スクールアイドルラバーズ☆〜』

→はじめから
 つづきから
 おまけ
0112名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/23(月) 22:27:51.08ID:DLeG1PP7
かすみ「………」


これ、エロゲでは?

いえ、かすみんもあまり詳しくないですけれど……。

せつ菜先輩に推されて、つい検索してしまったエロゲ的空気と酷似しています。りな子は一体、なにを作っているのでしょう?


かすみ「………」


マウスを動かして、まずはこのゲームを終了できないか試みます。しかし、なんとなく予想できたことですけども、閉じることはできないようです。

強制エロゲプレー。とんだサイバーアタックです。

アノニマスも物理でキーボードクラッシュするに違いありません。
0113名無しで叶える物語(らっかせい)
垢版 |
2019/12/24(火) 03:38:24.94ID:O/Mo2XQm
わくわく
0115名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2019/12/24(火) 07:01:03.42ID:tExECizq
まさかかすみんがエロゲをやる場面を見る日が来ようとは思っても見なかったわw
面白いよ、頑張ってね
0118名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2019/12/24(火) 18:57:05.25ID:tExECizq
保守
0121名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2019/12/26(木) 02:16:37.27ID:RNx5PyL5
保守
0122名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2019/12/26(木) 17:37:57.34ID:RNx5PyL5
保守
0123名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/26(木) 22:35:38.62ID:JRmWAJjs
パソコンからは軽快なBGMが流れ続けています。やるしかない。とにかく、そういうことだと思われます。


かすみ「………むむ」


→はじめから


かすみ「………」


いえ、ね?

これは仕方なくです。だって、プレーしなきゃパソコンも元に戻りませんし。

決して、エロゲをやってみたかったなぁとか、そういう気持ちは微塵もありませんよ?

せつ菜先輩の押しがすごくてちょっぴり興味を持っちゃってたとか、そういうわけではありませんよ?


かすみ「仕方ないなぁ」


つぶやいてみましたが、かえって言い訳っぽく響くのが不思議です。


では。

カチ、とはじめからを選択します。画面が暗転。はじまります。わくわく。
0124名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/26(木) 22:36:35.87ID:JRmWAJjs
(背景:通学路)
(BGM:それよりの狂奏詩)


せつ菜『遅刻するぅぅううううっっ!』

せつ菜『(私の名前は優木せつ菜! どこにでもいる地味な高校2年生!)』

せつ菜『(転校初日なのに…遅刻はまずいです!)』

せつ菜『(まさか反対方向の電車に乗っちゃうなんて!)』

せつ菜『(でもこのペースで走れば間に合う……はず!)』

せつ菜『(その角を曲がって―――)』


ドンっ!
(演出:画面クエイク)


せつ菜『わっっ!!』

??『ひゃっっ!』
0125名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/26(木) 22:37:51.60ID:JRmWAJjs
かすみ「………」


一旦ストップ。いやだって。

まさかこれ、せつ菜先輩が主人公なのですか?

友情出演どころではありません。がっつりメインに知り合いがいます。

自主制作ゲームらしいということなのでしょうか……。


それにあれ? おかしいです。エロゲというのは、男性が主人公だと思っていたのですけれど。男性とヒロインとの恋愛物だと思っていたのですけれど。

これではせつ菜先輩の百合を見るハメになります。


しかし、思い出しました。そうです、女性が主人公で、攻略対象が男性というゲームも世にはあるのです。

いわゆる乙女ゲーム。

前時代では数多くの乙女(年齢不詳)が溺れたという、魔性のゲームです。イケメンに囲まれちゃうやつです。


かすみ「………はぁ」


いやエロゲがよかったわけではないですけどね?

では、再開。
0126名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/26(木) 22:38:23.11ID:JRmWAJjs
ドンっ!
(演出:画面クエイク)


せつ菜『わっっ!!』

??『ひゃっっ!』


せつ菜『あ、たたぁ〜……』

??『ちょっとぉ!痛いじゃないですかぁ!』

せつ菜『ご、ごめんなさい!』

せつ菜『(――――ドキ!!!)』

??『もぅっ!びっくりしたぁ』


せつ菜『(そこにいたのは、私くらい小柄で)』

せつ菜『(イースト菌の匂いがする、可愛らしい女の子でした)』


かすみ『まさか、かすみんのライバルからの差し金……? 油断できないかも』

せつ菜『……へ?』
0127名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/26(木) 22:39:15.88ID:JRmWAJjs
かすみ「ちょっとぉ!」


ストップです。再ストップ。

これ、かすみんがヒロインじゃないですか!

ベタベタの王道ヒロインポジじゃないですか!

やっぱり百合ゲーじゃないですか!


正気じゃないですよ!


かすみ「ちょっ……ちょぉ…」


この気持ちをどこにぶつければいいのでしょう。果林先輩に泣きつきたい……。

叫んでも嘆いても、続けるしかできないのですけども……。
0128名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/26(木) 22:40:25.96ID:JRmWAJjs
かすみ『まさか、かすみんのライバルからの差し金……? 油断できないかも』

せつ菜『……へ?』


(BGM:ケーキがないならパンを食べればいいじゃない)


せつ菜『(あ、よく見れば同じ制服だ)』

かすみ『あなた、名前は?』

せつ菜『ゆ、優木せつ菜です!』

かすみ『ふ〜ん』

せつ菜『(じろじろ見られてる……。わ、近いっ)』

かすみ『聞いたことない名前だけど……。むむ、なかなか』

せつ菜『えと、あなたは?』

かすみ『……むぅ、かすみんの知名度もまだまだですね』

せつ菜『ご、ごめんなさい。私、今日が転校初日で……』

かすみ『ああ、なるほど。そういうことですか』

かすみ『ふふん、それなら仕方ないですね!』

せつ菜『?』
0129名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/26(木) 22:41:34.48ID:JRmWAJjs
かすみ『えへっ♪ みんなのアイドルかすみんだよー!』

かすみ『中須かすみだから、かすみんって呼んでね!』

かすみ『日本一可愛いスクールアイドル目指して頑張ってます! 応援してね〜!』

かすみ『……ふぅ』

せつ菜『(ぽかん)』


せつ菜『(通学路の真ん中、急に笑顔いっぱいで自己紹介をしたかすみさんを見て私は――)』


→『すごい!』
 『大丈夫?』
0130名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/26(木) 22:42:28.42ID:JRmWAJjs
→『すごい!』


せつ菜『すごい!』

かすみ『ふふん』

せつ菜『よくわからなかったですけど』

かすみ『え?』

せつ菜『(あんなに堂々と、自分のことを話せるなんて)』

せつ菜『(私は……)』

かすみ『わ、わからなかったって、どういう……』

せつ菜『あ、そうだ時間! 急がないと!』

せつ菜『さっきは本当にごめんなさい! 初日は早めにいかないといけないので!』

せつ菜『それでは!!』

かすみ『あ、ちょっ、ちょっと〜〜!』


(暗転)
(アイキャッチ:かすみん)
(暗転)
0131名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/26(木) 22:43:13.29ID:JRmWAJjs
-----
-------------
-------------------------


(放課後)
(背景:教室)


せつ菜『(お、終わった……)』

せつ菜『(なんだかどっと疲れました……)』

せつ菜『(さて、これからどうしましょう)』


(BGM:Chase?choice!)
(マップ:『どこに移動する?』)

→教室
 保健室
 部室棟
 職員室
 中庭
 商店街
 帰る
0132名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/26(木) 22:44:26.64ID:JRmWAJjs
→部室棟


せつ菜『スクールアイドル部……あ、ここだ』

せつ菜『(かすみさん……スクールアイドルって言ってたよね)』

せつ菜『(気になって来ちゃった)』

せつ菜『(それに今朝ぶつかったの、ちゃんと謝りたいし……)』

(ノック)

せつ菜『す、すみませーん』

せつ菜『(……いないのかな)』

かすみ『あーーーー!!』

せつ菜『わっっ!』

せつ菜『(え、後ろ!?)』

かすみ『朝の人! 敵情視察!? やっぱり敵だったんですか!』

せつ菜『えっ! えぇ!?』


→『違います!』
 『そうわよ。』


-------------------
-------------
---
0133名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/26(木) 22:45:20.05ID:JRmWAJjs
かすみ「ふんふん」


しばらく続けて話の主旨がわかってきました。


せつ菜『私も――スクールアイドルに……!』

(BGM:Chase!_offVocal)


主人公であるせつ菜先輩は内気な性格として設定されているようです。そんなせつ菜先輩が、転校先でスクールアイドルという存在を知ってしまいます。

自分の魅力をめいっぱい引き出して、人前に立つ彼女たち。

せつ菜先輩にはとても輝いて見えたようです。


スクールアイドルに惹かれたせつ菜先輩は、自分の内気な性格を変えるために、スクールアイドル同好会に入部する、という流れでした。


ただ、このゲームはやはり恋愛ADVのようで……
0134名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/26(木) 22:53:45.65ID:JRmWAJjs
(CG:遊園地withかすみ)
(BGM:12の月のパン)


かすみ『――わぁ、きれいです…』

せつ菜『――か、かすみさん!』

かすみ『ひゃわっ! は、はいっ』

せつ菜『私……! あの! かすみさんのことがっ』

せつ菜『好き――――です』

かすみ『……っっ…』

かすみ『そ! それって、その……』

せつ菜『付き合ってください!』

かすみ『……っっっ』

かすみ『―――は、はい…』

かすみ『かすみんも…大好きです、せつ菜先輩』

せつ菜『かすみさんっ……』
0135名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/26(木) 22:54:42.42ID:JRmWAJjs
かすみ「お、おぉぉ〜……」


画面の中で、かすみんとせつ菜先輩が熱い抱擁を交わしています。

かすみんに優しくする選択肢を選んでいたら、自動的にかすみルートに入ってしまいましたが……。


せつ菜『好き……大好きです。かすみさん…』

かすみ『かすみんだって、ずっと……』


かすみ「ふ、ふ〜ん」


なんでしょう。気恥ずかしさもありますけれど、なんだかドキドキしますね?

自分を攻略するというか、せつ菜先輩に攻略されちゃうというか。


かすみんが若干ちょろいような気もしますが。


せつ菜『かすみさん……』

かすみ『せつ菜先輩……』

せつ菜『んっ……ちゅ』

かすみ『ん……』


かすみ「ちょぉおおおっ!??」


なにしてるんですか!?
0136名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/26(木) 22:55:37.66ID:JRmWAJjs
画面内で2人はキスをしております。というか自分です! うそぉ、えぇええ?

キスってこうやってしちゃうんだ……。


せつ菜『んっ……ふふ』

かすみ『っ……えへへ』


かすみ「わ、わぁ…うわぁ〜〜〜」


2人は満足げに見つめ合っています。なんだか溶けちゃいそうなくらい熱いです。

これが恋愛ADV……。


なるほど、なるほど……。
0137名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/26(木) 22:56:16.61ID:JRmWAJjs
2人が結ばれた後。

なんやかんや発生した問題を協力して解決したり、ひたすらイチャイチャしたり、スクールアイドルの大会で優勝したり、それからイチャイチャしたり。

通しで見るとほとんどイチャイチャしてましたけど。

ハッピーエンドで、物語は終わりました。


付き合ってからというもの、何度もキスをしていた2人ですけれど、それ以上はありませんでした。分類としては、エロゲではなくギャルゲということになるのでしょうか。

いえべつに、期待してたわけじゃないですけど。


けっこう、ドキドキしちゃいました。

せつ菜先輩の熱量が、すこーし、理解できたかもしれません。


かすみ「……ふぅ〜〜」

かすみ「…………」


ふと、冷静になってみれば。

このゲーム、りな子がつくったんですよね……。


かすみ「ん?」


ハッピーエンドで明転したあと、画面が切り替わりました。

タイトル画面ではありません。エンディング……スタッフロールのようです。
0138名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/26(木) 22:56:58.86ID:JRmWAJjs
(BGM:ダイアモンド_offVocal)


原画:天王寺璃奈
グラフィック:天王寺璃奈
SD原画:天王寺璃奈
プログラム:天王寺璃奈
スクリプト:天王寺璃奈
サウンド:天王寺璃奈

ライター:優木せつ菜
ディレクター:優木せつ菜


かすみ「…………」


えぇ……。

真犯人いるじゃないですか……。


(暗転)
『新たなルートが開放されました。』
(暗転)
(タイトルバック)


かすみ「…………」

かすみ「ふ、ふ〜ん…?」


んん、まあ。

やらないといけませんし、ね?
0139名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2019/12/26(木) 23:30:28.94ID:RNx5PyL5
自分を攻略するってどんな気持ちなんやろか……
それにしてもせっつーはかすかすとどうにかなりたい願望でもあるのかな?
せつかす、嫌いじゃあないぞ!
別ルートも期待して待ってるから!
0141名無しで叶える物語(四国地方)
垢版 |
2019/12/27(金) 01:26:20.99ID:5ge40jHU
BGMの表記あるのすこ
0146名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2019/12/28(土) 16:12:59.66ID:usrIhBZm
保守
0148名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2019/12/29(日) 21:12:35.23ID:BfTC4Mg2
保守
0149名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/30(月) 00:41:56.97ID:Nqhb/nk4
璃奈『お疲れさま、かすみちゃん』

かすみ「あ、りな子」


ゲーム内ではありません。ボイスメッセージのりな子です。どうやら、ルートを一つ攻略するとメッセージが再開される仕組みになっていたようですね。


璃奈『ゲームの感想とか、おかしなところはせつ菜さん経由で教えてほしい』

璃奈『マスターアップは近い。璃奈ちゃんボード「メラメラ」』


なにやら燃えているようです。頑張るのはいいことですけれど、完成させてどうするのでしょう。

できればベッドの下に隠しておいてほしいです。


璃奈『せつ菜さんのことは……えっと』


璃奈『……ううん、なんでもない』

かすみ「…………」


ボイスメッセージというデータだけでは。

りな子の見せた逡巡がせつ菜先輩のオタク性についてなのか、それとも……体調についてなのか、判断がつきません。

でも――こんなゲームを作ってるくらいですから、案外、元気なのかもしれませんね。

近いうち、ほんとに再会できるかもです。きっとそう。

シナリオの文句を言わないといけません。


本物のかすみんはもっと可愛いですよ……って。
0150名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/30(月) 00:43:15.11ID:Nqhb/nk4
璃奈『それでかすみちゃん、今回のもう一つの用事だけど』

かすみ「ん?」


ああ、そういえば。

連絡した理由は二つあるんでしたっけ。


ゲームのインパクトが強すぎて忘れてました。


璃奈『そっちはスマホのほうに送っておいたから』

璃奈『ただの情報共有で……深い意味はないから。かすみちゃんに伏せておくのもおかしいって感じただけで』

璃奈『だから、そうなんだ、って思ってくれるだけでいいの』


璃奈『……それじゃ、かすみちゃん』

璃奈『ばいばい。元気でね』
0151名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/30(月) 00:44:08.10ID:Nqhb/nk4
ボイスメッセージは今度こそ終了しました。

ゲームのBGMだけが部屋の中で無邪気にこぼれています。


かすみ「………」


願わくば。

かすみんの言葉もりな子に届けたいところですけども。

難しいのでしょうね。配信にそれとなく混ぜるとか?

なんて考えながらスマホをチェックしてみると、前言通り、りな子からメッセージが届いています。


タイトルは『みんなの現在地』。

開くと、マップのアプリと連動して場所を示してくれました。


かすみんも含めて5人分の現在地。

歩夢先輩、彼方先輩、りな子、それから、しず子については書かれていませんでした。
0152名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/30(月) 00:45:42.48ID:Nqhb/nk4
果林先輩にのそのそと寄り添います。

あんまり果林先輩に甘えるのはよくないと思っているのですけども、ということを何度も自分に言い聞かせているのですけども。

そう簡単にはいきませんねぇ。


かすみんには、いま手の中にあるスマホの情報に対して、どんな感情を示せば良いのかよくわからないのです。


パソコンはいつの間にかスリープしていて、部屋はしんと静まります。

ぼんやりと、ただ座っていました。そこにはある種の平和がありました。

みんながバラバラになった現代で、こうして寄り添える以上の幸せがどこにあるでしょう。


たとえ空に飛行船がいたとしても。
0153名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/30(月) 00:47:11.03ID:Nqhb/nk4
【最終通告】

【コナプトの入居率が100%に到達いたしました】

【繰り返します】

【コナプトの入居率が100%に到達いたしました】

【これより再編フェイズに移行します】

【今後、残存市民の皆様の身体的・精神的苦痛について新政府は一切責任を負いません。ご了承ください】

【最終通告……】
0156名無しで叶える物語(しうまい)
垢版 |
2019/12/30(月) 01:54:02.69ID:00vBYiK8
かすみんは自分を人間だと認識しているけど、他人から見たら他の何かとかそんなオチだったら悲しい
0157名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2019/12/30(月) 02:54:40.36ID:ZoeLhj9L
初めからちょいちょい心のより処になってる果林先輩と再開?できた経緯はいつか明らかになるんかな
それにしても愛さん、なにやってんだろうな
0158名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/30(月) 08:20:14.04ID:Nqhb/nk4
(いつも感想、保守ありがとうございます)
(年末年始は私事のため更新・書き溜めができなくなります)
(なので、次の更新は少なくとも新年になります)

(というわけで、一足早いですが、良いお年を)
0163名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2019/12/31(火) 21:22:44.44ID:jWHmzYYX
2019たぶん最後の保守
0166名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2020/01/02(木) 17:19:13.15ID:oWP847Bu
おめ保守
0169名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2020/01/05(日) 00:27:11.72ID:icGokt8B
0172名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/05(日) 23:17:50.71ID:8lfCwwJX
かすみ「―――あれ?」


ぽつんと、かすみは立っていました。

通学路の途中でした。


かすみ「???」


なにか妙な感覚を伴っていました。なにか忘れているような気がします。

そもそも、かすみんはどうしてここに立っているのか。


かすみ「あ」


ずし、と肩にかかったスクールバッグの重みで思い出します。

そうでした。簡単なことでした。


かすみ「学校に行かないと」


今朝は良い天気でした。
0173名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/05(日) 23:20:19.83ID:8lfCwwJX
果林「あら、かすみちゃん」


学校についたところで、声をかけられました。果林先輩です。


かすみ「おはようございます、果林先輩」

果林「ふふ、おはよう」

かすみ「??」


果林先輩はなぜか、にこにこ笑顔でこちらに寄ってきます。そしてぴったりかすみんの横につきました。


果林「さ、行きましょう」

かすみ「え、ええ?」


困惑します。どういう風の吹き回しでしょう。

今日はまだイタズラしてないですよ?


果林「今日はエマが先に出たのよ、用事あるみたいで」

かすみ「?? なんの話です?」

果林「えーと。…せっかくだから、誰かと一緒に歩きたいって話よ」

かすみ「……もしかして、3年の教室まで行けなかったんですか?」

果林「試してないから、行けなかったわけじゃないわね」

かすみ「やればできるみたいに言わないでくださいよ!」


果林先輩の方向音痴。ゲームするときも発揮しちゃうくらいひどいですけど、これほどとは。


果林「あら? かすみちゃん、今日は一段と…………美人ね?」

かすみ「おだて方が適当です!」
0174名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/05(日) 23:21:02.68ID:8lfCwwJX
果林先輩にまんまとおだてられて、3年の教室まで送るハメになってしまいました。

いえ、大した仕事ではないのですけど。だからこそ虚しいというか。

だって学校内ですよ?


果林「ありがとう、かすみちゃん」

かすみ「ふふ〜ん。これくらいどぉーってことないですよぉ♡」


せっかくなので、3年の皆さんにかすみんの可愛さをアピールです。にひひ、またファンが増えちゃいますね。


果林「あらかわいい。そうだ、かすみちゃん明日の放課後時間あるかしら?」

かすみ「明日ですか? たぶん、ありますけど」

果林「よかったら、一緒にお出かけしない?」

果林「お姉さんとデ・エ・ト♡ しましょう?」


ここぞとばかりに謎の色気を発揮しています。

かすみんにアピールされても、胸部へのフラストレーションが溜まるだけなのですけど。


果林「ちょっと行ってみたかったお店があるの。かすみちゃんへのお礼も兼ねて一緒に、ね」

果林「もちろん、お金は私持ちで」

かすみ「ぜひぜひっ!!」
0175名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/05(日) 23:21:39.49ID:8lfCwwJX
果林先輩のいくようなお店といえば、オシャレなイメージしかありません。かすみんにも色気を出す手がかりが得られるかも、なんて期待しちゃいます。

しかも果林先輩のご馳走。

にひひ、たくさん頼んで、果林先輩がスクールアイドル活動にお金を回せなくしたり……。

あ、そしたらかすみんが太っちゃう? う〜ん、お店にも悪いし、常識的な範囲で……。


------------------

午前の授業はだいたいそのことばかり考えていて、すぐに過ぎちゃいました。

ふと。窓の外を眺めると、青い空。


静かだな、と思いました。
0186名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/12(日) 16:46:30.48ID:xmoqZ9VF
かすみ「あれ?」


お昼休みです。

いつものようにスクールバッグからパンを取り出そうとしたのですけれど、しかし、どれだけ探しても出てきません。

忘れてしまったのでしょうか?

思い出そうにも、どうにも記憶が曖昧でした。


そういえば、朝ごはんは何だったか。昨日の晩ごはんも……。


こういうのって、認知症とかの判定に使うのでしたっけ。

むぅ、かすみんまだ若くてキュートなのに。
0187名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/12(日) 16:47:47.35ID:xmoqZ9VF
璃奈「あ、かすみちゃん」

かすみ「あ、りな子」


食堂へ向かう途中、ばったりりな子と遭遇しました。ボードをパタパタと『にっこり』に変更しております。

こういう健気な様子は、間違いなくアイドル性といえるでしょう。本人には言いませんけど。……ライバルを褒めるみたいだから。


璃奈「食堂いくの? 璃奈ちゃんボード『にっこり』」

かすみ「うん。りな子も?」

璃奈「ううん、私は……」

愛「りなりーお待たー! ――おっ、かすかすじゃん!」

かすみ「愛先輩? ……って、かすって呼ばないでください!」


陽気なギャングもとい陽気なギャルが登場しました。

かすかすが定着したらまずこの先輩のせいですよ。


愛「あっはっは〜。ごめんごめん、かすみんが可愛くてついつい」

かすみ「むぅ」


頭をなでなでとあやされます。可愛いと言われるのは悪い気はしませんけど、ちょっとしたルーチンのようで複雑な気持ちです。


璃奈「私たちは中庭でお弁当なの。璃奈ちゃんボード『にこにこ』」


なるほど。

そういえば、部活中もそんな話を聞くような気がします。
0188名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/12(日) 16:48:14.79ID:xmoqZ9VF
愛「今日はエマっちも一緒なんだ〜」

璃奈「果林さんもくるみたい。璃奈ちゃんボード『わくわく』」

かすみ「ええっ! だったらかすみんも行きますよ!」


同好会メンバーの半分が集合!

食堂で知り合いを探そうと思っていましたが、予定変更です。

中庭で集まるなんて、ちょっとしたピクニックみたいで素敵ですし。


愛「おいでおいで!」

璃奈「先に待ってるね」

かすみ「うんっ」
0189名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/12(日) 16:48:46.23ID:xmoqZ9VF
というわけで、2人と別れて購買へ。

お昼どきですから、目的地に近づくほど、それはそれは混んでいました。

生徒の流れは牛歩のごとく、往くもの去るもの入り乱れ、押し合いへし合いなんのそのといった有様です。


かすみ「しず子?」


そんな中で、生徒が一人、混雑とは無縁の方向に歩いていく様子が見えました。

見えたのは後ろ姿ですけれど、一瞬映った赤いでかリボンは、しず子に間違いないように思えます。

どこへ行くのでしょう?


……なんて、思ったスキでした。


かすみ「あ」


いつの間にやら、かすみは購買へと向かう列を離れ、どんぶらこどんぶらこと逆方向へと流されていました。


かすみ「ま、まって」


えいやと流れを抜け出して、なんとか息をつきます。でも、購買からは遠くなってしまいました。

しず子も見失うし……。
0190名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/12(日) 16:50:51.61ID:xmoqZ9VF
はぁ、とため息をついた視線の先。

パン屋さんがありました。


かすみ「え??」


幻ではありません。

廊下の角に、まるで文化祭の模擬店のように、パン屋さんが開かれています。


かすみ「???」


冗談のような光景で、少々困惑しますが、おそらくパン屋さんです。

だって『パン』というのぼりが立ってますし。


お客はついてませんが……そろそろと近づいてみると、なるほど、出店のように机いっぱいに様々なパンが陳列されています。

間違いなくパン屋さんでした。


学校内に出張パン屋……初耳です。

と、事態を飲み込んだところで、ようやく店員さんに気がつきました。


グルテン『いらっしゃいませ』
0191名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/12(日) 16:51:39.36ID:xmoqZ9VF
かすみ「ど、どうも」

グルテン『おや、あなたは…』

かすみ「……?」

グルテン『……いえ、人違いですね』


誰かと見間違えたのでしょうか? かすみんの可愛さは唯一無二のはずですけれど。

なかなかご立派な体格をした店員さんでした。


グルテン『どうぞ、どのパンも小麦から育ててつくった自信作ですよ』

かすみ「小麦から!?」


この店員さんはT○KIOかなにかでしょうか?


グルテン『おひとつ、お味見いかがです?』

かすみ「は、はぁ」


無骨な彼の手からパンの切れ端をいただきます。

口に含むと……むむ、これは。

少々弾力が強めですが、これはこれで美味しいですね。
0192名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/12(日) 16:52:13.98ID:xmoqZ9VF
グルテン『それにしても……なかなか面白いことをしていますね』

かすみ「?」

グルテン『学校のことです。昨日気づいて、今日がはじめての出店ですが』

グルテン『わたくしとしては、愛する小麦を多くの方に味わっていただく機会が増えて、喜ばしい限りですね』

かすみ「はぁ」


よくわかりませんが、仕事熱心な御仁のようです。

悪い人ではないのでしょう。


グルテン『あ、そうそう。ソバにはお気をつけくださいね。刺さりますから』

かすみ「刺さる!?」

グルテン『最近はルールも厳しくなって、どこでも発砲できなくなりましたが、それでも危険ですからねぇ』

かすみ「発砲!?」


ほんとにソバの話ですか!?
0193名無しで叶える物語(四国地方)
垢版 |
2020/01/12(日) 19:00:45.07ID:IFOVL6G2
グルテンさん介入してくるのか…
0195名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2020/01/13(月) 02:23:47.64ID:PRSTU5Wg
乙、次もまってるぞ〜
0199名無しで叶える物語(やわらか銀行)
垢版 |
2020/01/14(火) 13:27:03.40ID:h62wQpmn
ほしゅは
0202名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/01/15(水) 23:18:15.68ID:07jpdLmn
少々予定外のことはありましたが、無事にお昼ごはんを手にして中庭に到着です。

陽当たりの良い広々とした野外。

すでに、皆さん集まっていました。


エマ「チャオ! かすみちゃん!」

かすみ「どうもエマ先輩。すみません遅くなっちゃって」

璃奈「大丈夫。私たちも果林さん探してたから」

愛「カリンが迷子でオーマイゴーってね☆」

果林「悪かったわよ、もう……」


果林先輩はバツの悪そうな顔をしています。

かすみんに気を使った冗談ではなく、どうやらマジなようです。

マジですかそうですか……。


エマ「教室で待ってて、って言ったのにー」

果林「だって……」

愛「まあまあ結局いい時間になったし、お昼にしよ〜!」

璃奈「うん。璃奈ちゃんボード『はらぺこ』」
0203名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/15(水) 23:19:49.23ID:07jpdLmn
エマ「ねえかすみちゃん、かすみちゃんが食べてるそのパンって、どこかで買ってきたもの?」

かすみ「もぐ。ええ、そうなんです。購買とは違うのですけど」

エマ「そうなんだ〜」


キラキラと、エマ先輩は曇りない瞳でパンを見詰めています。

ふむふむ。


かすみ「ふふふ〜。もぉ〜エマ先輩ってば、かすみんがいくら可愛いからって、そんなに熱心に見詰められたら照れちゃいますよ〜」

エマ「えっ、ち、ちがうの! かすみちゃんのことは見てないよ!」


んぐ。

エマ先輩を困らせようと思ったのですが、意図せぬカウンターをもらってしまいました。

悪意がないのは救いというべきか、より残酷というべきか。


とはいえ、エマ先輩を相手にするとどうにも浄化されてしまいます。

いやいつもは濁ってるとか、そういうわけでもないのですけど。


ぶちりと、パンをちぎりました。


かすみ「どうぞ、エマ先輩」

エマ「え!? い、いいの?」

かすみ「はい。その代わり、エマ先輩のと交換です!」

エマ「もちろんだよ〜! はい、あ〜ん」

かすみ「え!?」


まさかのあ〜ん方式。恥ずかしがる暇もなく、頬張ることを余儀なくされます。あむむ。

エマ先輩のBLTサンド。しゃく、と野菜の歯ごたえが小気味よいです。


かすみ「……美味しい!」

エマ「ん〜! このパンもすっごくボーノだよ〜!」
0204名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/15(水) 23:20:43.94ID:07jpdLmn
エマ「そうだ愛ちゃん。明日のことだけどね、外泊届ちゃんと出たよ〜」

愛「おっ! じゃあ明日はもんじゃパーティーだねい」

かすみ「? 明日なにかあるんですか?」

璃奈「エマさん、明日は愛さんのお家にお泊りなんだって。……私も行きたかったけど、予定合わなかった」

かすみ「なにそれ!」


お泊り会!

かすみんの預かり知らぬところで楽しそうなイベントが計画されています。


愛「明日は金曜だからね〜。放課後一緒に家いって、土曜日はエマっちに下町案内するんだ」

エマ「お江戸でござるなんだよ〜」


わいわいと、2人は盛り上がっていました。むむむ。

負けてられません!
0205名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/01/15(水) 23:21:38.78ID:07jpdLmn
かすみ「果林先輩も泊まりましょう!」

果林「え、えぇ? どういうこと?」

かすみ「明日の放課後です。一緒にお店に行って、そのままかすみんのお家でお泊り会です!」

かすみ「た〜っぷりかすみんの可愛さを堪能できますよ!」

果林「もう……なに対抗してるんだか」

果林「でも、面白そうね。わかった。お邪魔してもいいかしら?」

かすみ「ぜひぜひ!!」


果林先輩はやや呆れ顔でしたが、賛同してくれました。

ふふ、週末は楽しくなりそうです。


愛「おっ♪ いいねえ〜!」

璃奈「どっちも楽しそう。璃奈ちゃんボード『キラキラ』」

エマ「璃奈ちゃんも今度、よかったら寮に遊びにきてね」

璃奈「うん」
0206名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/01/15(水) 23:22:30.76ID:07jpdLmn
果林「それにしても、こうして外でお昼をとるのもいいものね」

エマ「うん! ポカポカするよ〜」

愛「今度は同好会みんなで集まるのも楽しそうだよね〜。中庭が好きな人もなかにはいたりして☆」

璃奈「彼方さんとか、気づけばいそう。璃奈ちゃんボード『すやぁ』」

かすみ「そうすると、せつ菜先輩が鬼門ですね。お昼に出てくるかどうか」

果林「そんな幽霊みたいな……」


むぅ、とみんなでうなります。

実際、正体不明のスクールアイドルですからねぇ、せつ菜先輩。

校内で見かけないわりに、いつも衣装でひょっこり部室に出現しますし。


菜々「中庭にいるみなさ〜ん、そろそろお昼休みが終わりますよ〜。教室に戻りましょう〜」


かすみ「あ、生徒会長」

愛「じゃあ戻ろっか! みんなまた後でね!」
0211名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/19(日) 22:53:16.88ID:8lty/YKb
せつ菜「部活の時間です!」
放課後。

風のようにというか、熱風のようにというか。

せつ菜先輩はいつものように颯爽と現れました。


せつ菜「練習です! はじめましょう!」


にこにこ笑顔です。正体不明ではあるものの、スクールアイドルが大好きだという熱量は非常にわかりやすいです。

だからこそ、ひときわ知名度もあるのでしょうね。

いやかすみんも負けてないですけど。


歩夢「ちょ、ちょっと待ってね。まだ着替えてないから……」

せつ菜「あ、そ、そうですよね。まだ放課後になったばかり」

果林「あら、せつ菜ったら、みんなの着替えをそんなに見たいのかしら?」

せつ菜「ち、違いますよっ」

愛「せっつーは意外にがっつりむっつりだねい☆」

せつ菜「ち、違いますってっ」

かすみ「もぅ〜〜かすみんの身体に見惚れちゃだめですよ〜〜」

せつ菜「え?」


その反応はおかしいですよ。
0212名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/01/19(日) 22:55:15.25ID:8lty/YKb
エマ「ごめんね〜、すぐ着替えるから」

せつ菜「ゆっくりで大丈夫ですよ! 私にもやることがあるので!」


そう言って、せつ菜先輩は一冊のノートを取り出します。

タイトルは『歌詞ノート』。


彼方「ふむふむ。いい感じ〜?」

せつ菜「彼方さん。いえ……正直あまり。みなさんから頂いた言葉をなんとか選別したいのですが」


彼方先輩がのそのそとノートを覗き込みます。ふとんに簀巻き状態で、よくもまあ器用に動けるものだと思います。

せつ菜先輩が取り組んでいるのは、同好会全員で歌う新しい歌の、歌詞作り。みんなでいろんな言葉を出し合って、あとは選りすぐって一つにするという作業なのですが……。


せつ菜「難しいです……! どれも素敵ですから」


この様子だと、もう少しかかるかも知れません。大好きを選別するなんて、せつ菜先輩からすれば身を切る思いなのかも。

けれど、そんなせつ菜先輩だからこそ、最後に出来上がる歌詞はとびきり素晴らしいものになると皆が信じ、そして本人も望み、託されました。


というのが―――

……あれ、いつの話だったっけ?


彼方「困ったら遠慮なくいうんだぞ〜。彼方ちゃんにも、お布団を貸すくらいはできるからー」

せつ菜「はい! ふふ、ありがとうございます」

愛「とりあえず、カナちゃんもそろそろお着替えね〜」

彼方「くぅ〜ん」


くるくると布団を剥がれ、気持ち悲しそうな表情の彼方先輩でした。
0213名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/19(日) 22:56:48.39ID:8lty/YKb
しずく「? お昼は教室からあまり離れてないよ?」

かすみ「あれ?」


休憩中、お昼休みに見かけたことを何とはなしに話したのですけれど。

否定されてしまいました。


かすみ「う〜んおかしいなあ。あんな大きな赤いリボンつけてるの、しず子くらいだと思ったんだけど」

しずく「そんなことないと思いたいけど……」


いやそんなことあると思いますけど。

しず子以外だとドラ○ちゃんくらいしか知りませんよ。


それかキ○ィちゃん。


まあ、見えたのも一瞬でしたから、たしかに見間違いかもしれません。

購買とは違う明後日の方向に歩いていく生徒。

しず子ではないというのなら、興味もなくなってしまって、その話は終わりました。
0214名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/01/19(日) 22:57:29.60ID:8lty/YKb
かすみ「お疲れさまでーすっ」


本日も一日が終わり。後は家に帰るだけ。

着々とスクールアイドルとしての成長を実感しています。この調子でせつ菜先輩も追い抜いて、世界一可愛いスクールアイドルになってみせます。


歩夢「また明日ね! かすみちゃん」

かすみ「は、はい」


ここにも強力なライバルが一人。

歩夢先輩の一滴も毒気のない笑顔。まさしくアイドル……なぜだか、かすみん苦手です。


歩夢「ふふっ、かすみちゃんの練習、とっても可愛くて参考になるから、つい目で追っちゃうんだよね」

かすみ「! ……ふーんっ、かすみんが可愛いのは当然です!」


歩夢先輩はそうだね、と素直に微笑んでいます。

ぬかに釘ならぬ、歩夢先輩に対抗心といいましょうか。かすみんのペースが崩されちゃいます。ライバルなのに……。

こういうとこですよね!
0215名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/01/19(日) 22:58:13.65ID:8lty/YKb
部室を出て、みんなと別れた後。

忘れ物があったので、かすみんは一人、教室へ戻りました。


かすみ「…………」


時間はすでに最終下校時刻。広い校舎ですが、人影はほとんどありません。

コツコツと、自分の足音が響くほど、とても静かです。

静かといえば、今日は、外もずっと静かだったように思えます。


まるで辺りは静止しているかのように。


「…………」


かすみ「ん?」


そんな中。

彼女は、廊下にいました。
0216名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/01/19(日) 22:59:31.05ID:8lty/YKb
「嫌気がさす」


見知らぬ生徒でした。おそらく、そうです。

面識はない、そのはずです。


「教師はいない、授業も購買も食堂も機能していないまま、形だけをなぞって」

「異常は目に映さず、ほとんどそのまま模倣し、再生している」


けれど、どこかで見かけたような容貌をしているような気もしますし、逆にまったく知らないような気も、やっぱりします。


「それは私たちの日常なのに。私たちの生活なのに」

「私たちの記憶なのに」

「私たちの、最後の一週間なのに」


彼女の言葉は、ひとり言のようで、そうではなく。

かすみに向けられていました。


「どうしてですか……」


そして――怨嗟のようで、そうではなく。


いっそ哀願のようでした。
0217名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/19(日) 23:00:07.02ID:8lty/YKb
かすみに心当たりはありません。だから……。

投げかけた言葉は、直感に過ぎませんでした。


かすみ「しず子?」


見知らぬ彼女は、ぴくりと反応します。

その動きに含まれた意味は、しかし、読み取ることができません。


「……私はあなたの考えている人ではありません」

「あなたも私の求めている人ではありません」

「まったくの別人なんです」


まるで最も言いたいことがそれであるかのように、言葉に熱がこもっています。

けれど、かすみには何ひとつ理解できませんでした。


「今はまだ、その時ではないけれど」


そして彼女も、理解を求めているわけではありませんでした。


「さようなら」
0218名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/19(日) 23:00:35.30ID:8lty/YKb
やや呆然とします。

彼女はすでに、どこかへ行ってしまいました。


はて。

いまの体験は一体なんだったのか。

七不思議とか、そういう類にしては生々しかったですけれど。


かすみ「うーん」


少々、整理を試みましたが。

考えてもわからないならば、考える必要はないでしょう。


かすみ「よしっ」


とりあえず、最終下校時刻なので、帰ります。

ええ、かすみん良い子なので。
0219名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/19(日) 23:01:08.60ID:8lty/YKb
家の近くまでくると、謎の彼女Xについてはもうほとんど忘れてしまいました。

それよりも、明日です。


かすみ「にへへっ」


明日。果林先輩と放課後デート。そしてそのままお泊り会!

いろいろ、準備しなければなりませんね。お布団とか、ご飯とか。

お父さんにも言わないと。あ、果林先輩にちゃんと外泊届? も申請してもらわないといけないですね。


楽しみです。

ふふ、とっても。
0220名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/19(日) 23:02:44.62ID:8lty/YKb
やがて家に到着しました。カチャカチャっと鍵をあけます。

とりあえず、今日のうちに部屋を掃除して……などと考えていると。


かすみ「?」


とたとたと、中から足音が聞こえてきます。

お父さんがもう帰ってきているのでしょうか? いつもより早いような気がしますけど。

娘の帰宅を迎えるとは、殊勝な心がけを覚えたものです。


なんて、思いながらドアを開いた先にいたのは。

小柄で、キュートで、最高に可愛い女の子の……。


かすみ「え?」
0221名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/19(日) 23:03:54.12ID:8lty/YKb
かすみ。

玄関に立っていたのは、紛れもなくかすみ自身でした。

自分自身と、鏡のように向き合っていました。


かすみ「え? え?」

「はぁ、また来たんですね」


混乱しているこちらとは対照的に、向こうのかすみはあっさりと落ち着いています。

そして落ち着き払ったまま、こちらに何かを向けてきます。

けれど、目に入ったのはそれよりも。


もう一人のかすみの頭に生えている、歪な物体でした。

見た目だけで言うなら、それは……。


かすみ「きのこ🍄?」


その言葉を最後に。

ぼぉ、と勢いよく、視界いっぱいに火が迫ってきて。

為す術もないまま。


中須かすみは炎に包まれて死にました。
0222名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/19(日) 23:04:36.69ID:8lty/YKb
-------------------
-------------
---


かすみ「ふぅ」


四人目でした。

飛行船が飛ばなくなってからというもの、毎日ニセかすみんが帰宅してきて、今日で四人目です。

仕留めたのも四人目。

彼女たちは一様に、かつてのかすみんの帰宅時間ぴったりにやってきます。


まるでかすみ自身であるかのように。


これが再編? とかいうやつなのでしょうか。

映画で即席火炎放射器の作り方を学んでいなければ、危なかったかも知れません。

せっかくしず子の攻略がいいところだったのに、集中が切れちゃいました。困ったものです。


やれやれ、物騒な世の中ですねえ。

ほんとに。
0231名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2020/01/24(金) 22:09:07.59ID:SBCjQ/lZ
かすかすはかすかすででもかすかすじゃなくてかすかすに焼かれてパンカスにされた…?
その四つのかすかすどうしてんだよかすかす…こえぇーよ

しかし最後を読むまでは果林パイセンが泊まりに来た日に異変が起こったのかなと思ったけどそうじゃないらしい…次もまってるぞ!保守忘れてたけど!すまん!
0233名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2020/01/25(土) 22:06:21.12ID:bOcOcgBU
ほっす
0236名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/01/26(日) 17:14:37.70ID:3zu+jGTf
かすみ「今日もかすみんの配信みてくれてありがと〜〜っ!またね〜〜♪………っと」


かすみ「今日の視聴者数は――」


かすみ「…………」
0237名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/26(日) 17:15:37.85ID:3zu+jGTf
ロード・オ○・ザ・リング、スタンド・○イ・ミー、オン・ザ・○ード……などなど。

自分がそれまで過ごしてきた環境の外に出て、いろんな出来事を体験する、というのは、物語の一つのパターンになっています。

あまりに鉄板なネタというか、むしろ考え方としては逆で、旅立つからこそ物語がうまれるというべきか……とにかく、とびきり数が多いのでとても網羅できるものではありません。

網羅する・しないは、単に映画オタとしてのマウント力にしか影響しませんけども。


また映画に限らず、文芸、美術等々あらゆる芸術において「旅」はモチーフの一つでありましょう。

彼、彼女たちは旅を通じてなにを得、そしてなにを失ったのか。

結末は様々で、とても一様には言えませんが。


共通しているのは、旅立つ必要があったということでした。
0238名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/26(日) 17:18:58.44ID:3zu+jGTf
サル・○ラダイスはロードを求めていたし、ホールデン・コ○ルフィールドは認められたかった。

執事スティー○ンスは淡い期待を抱いて、ラ○スは一つの揺るぎない目的を持って。

彼らは長い、旅に出ます。


それぞれの理由が高尚であるとか、低俗であるとかはどうでもよく、彼らにはそれまでの日々を手放すほどの必要があったのでした。


……なんて、そんなことをここしばらく考えていて、けれどそろそろ、かすみも結論を出さなければなりません。


旅立ちの時でした。
0239名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/01/26(日) 17:20:29.47ID:3zu+jGTf
かすみ「さぁで〜かけ〜よ〜ぅ〜♪」


歌いながら、必要なものをぽいぽいリュックに放り投げていきます。そういえば、パ○ーも偉大な旅立つ系主人公ですね。というかジ○リ全般そうですか。

ちなみにかすみんはアシ○カ派です。


次点でユ○様(帽子付き)。

だってモヒカンはちょっと……。


かすみ「ひとき〜れの〜パン〜♪」


もちろんパンは一切れなんてことはなく、特別にこしらえたコッペパンを積んでいきます。

それでも結局、グルテンさんから購入した強力粉は使いきれませんでしたねぇ。あぁ残念。


残念です。
0249名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2020/02/01(土) 08:23:39.46ID:PZiMLNyb
ナイフとランプは鞄に詰め込んだかい?
0253名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2020/02/02(日) 22:21:31.42ID:8lJizppm
ほうしゅう
0254名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/02(日) 22:32:54.20ID:C+bxxCkz
人類は衰退しました?
0255名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/02(日) 23:47:06.31ID:WsfnB/mT
かすみ「ナイフ、ランプかばんに〜♪ つ〜め〜こ〜ん〜で〜♪」
ナイフもランプも持っていませんが、スマホは忘れずに持っていきます。というか、パンとナイフとランプだけで出発なんてとてもできないですよ。

しかも、パズーはそれ以外も持ってたような?


かすみ「父さんが〜残した〜♪ ……えーと」


「熱い想い」でしたっけ「あのまなざし」でしたっけ。それとも「熱いまなざし」でしたっけ。

ちょっと迷いましたが、父親のまなざしなんておよそ必要ありませんね。気味悪いですし。


かすみ「熱い想い〜♪」


うん。バッチリです。


かすみ「…………」


――あのまなざしも、忘れずに。
0256名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/02(日) 23:48:18.05ID:WsfnB/mT
『あの日』といえば、摩訶不思議な菌が突如現れ、人類が敗北した日のことをこれまでは指していたのですが。

つい最近、もう一つ『あの日』ともいうべき日付が生まれてしまいました。


飛行船が最後に飛んだあの日。

機械的な声音で【再編フェイズ】とやらが宣言されたあの日です。


以来、かすみの偽物が帰宅してくるという冗談みたいな日々がはじまったことに、変化はとどまりません。

要するに、なり代わっていました。

グルテンさんのようなあからさまな人外が闊歩するだけでなく、まるで人類そのもののような見た目をした彼らが、人類そのもののように活動する。


かつての生活を再現するように。
0257名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/02(日) 23:48:57.59ID:WsfnB/mT
ここ数日、家の窓から外を覗いた程度の観察結果ですけれど。

彼らの擬態(とでも呼びましょうか)は完璧ではありません。まず、大人はいませんでした。かすみ達くらいの、高校生以下程度の個体しかいないようでした。

大人であるほど最初の『あの日』に即刻影響を受けていましたから、それが関係しているのかも知れません。


そしてまた、大人たちがいないにも関わらず、彼らはそれを気にせず、まるで大人たちがいるかのように振る舞っていました。

一方で、人外に対しては人間のように対応する。


再現とか擬態といった言葉を使うのはこのためです。彼らの行動に、心なるものが介在しているかは、ついぞ判断がつきませんでした。

心のような機構があったとして、それもただの模倣やも……とか考えると哲学的ゾンビ的な議題に発展しそうで眠くなっちゃいますが。


倫理だったか哲学だったか、選択授業で聞いたことがある程度のネタですが、ややこしいですよねえ。
0258名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/02(日) 23:49:20.07ID:WsfnB/mT
話がそれました。

いろいろ観察はしましたが、かすみは別に彼らに興味はありません。学者じゃないですから。

人類と彼らの趨勢に関しても興味がありません。ヒーローでもないですから。


重要なことは、すでに表の社会が彼らのものになっているということ。

かすみのような残存人類は、アングラ的存在であるということです。


哀れなニセかすみは4回も焼却されてしまいましたが、この生活を毎日続けるわけにもいきません。

理由は2つ。

1つ目は、すでにこの家は彼らの生活圏であり、いつまでも居座ることは不可能に思われることです。

そしてもう1つは。


みんなの家にも、彼らが『帰宅』しているはずだということです。
0259名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/02(日) 23:50:13.87ID:WsfnB/mT
観察して、気づいて、確信を得るのに4日ほどかかってしまいましたが……。


重ねますが、かすみはヒーローではありません。トム・ク○ーズやブラ○ド・ピットやジャ○キー・チェンのようにはなれません。

かすみんはただの特別に可愛い女の子で、彼らのように大切なものを守るだけの力は持ちません。


けれどそれが、何もしない理由にはなりません。


……とまあ、ちょっと格好いい風にいえばこんなところですが。

大好きなみんなに、会いたいから会いにいく。


旅立つのに、それ以上の理由はいらないでしょう?
0260名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/02(日) 23:50:35.99ID:WsfnB/mT
丁度いい時期かもしれません。

この頃は映画鑑賞にも飽きてきましたし。スター・○ォーズの旧三部作がどちらを指すのかもわかりませんし。


配信の視聴者数も減ってしまいましたし。


もとより砂上の楼閣であって、いつまでもこの生活を続けられるという認識が誤りであると、そういうことなのでしょう。


なにせ、こんな時代なのですから。


もちろん、これからもスマホで配信は行います。

かすみんは、だってアイドルだから。一人もお客さんがいなくなっても、それは変わりません。


アイドルたるもの、いつの世も笑顔! です!
0261名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/02(日) 23:51:29.95ID:WsfnB/mT
かすみ「よっこいしょ、っと」


お父さんの車に荷物を積んでいきます。

そう、車。

ひきこもり生活で多彩な映画を嗜んだかすみは知っています。極限状態における車の重要性を。


車を手に入れるためだけに1シーンを使う映画の多々あることは、今さら言及するまでもなく。

その手の映画では、車の入手と引き換えになにかしらの尊い犠牲が発生することさえあるのです。


であれば、最初から車を使用できるというこの状況を、活かさないわけはありません。

運転方法? ふふ……もちろん、学びましたとも。


ワイ○ド・スピードで。
0262名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/02(日) 23:51:53.95ID:WsfnB/mT
かすみ「ぐぬぬ……ふんっ……と」


アイドルらしからぬ声が漏れた気もしますが、聞き間違いでしょう。

ただ、果林先輩を運ぶのがちょっぴり大変でした。


果林先輩の瞳は澄んでいます。雲上の湖のように碧く凪いでいて、なにも映していません。従前どおり。

それでもいいのです。


車を使う理由の半分は、果林先輩を連れていくためです。背負っていくほどかすみは頑強ではありません。自転車も厳しいです。

果林先輩を置いていくことはありえません。家とこれからの旅、どちらが安全であるかは、微妙なラインかもしれませんが……。


かすみは、一緒にいたいです。
0263名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/02(日) 23:52:42.00ID:WsfnB/mT
カチ、っと果林先輩のシートベルトを締めます。これでよし、と。


かすみ「……ふぅ」


果林先輩の体重が重いなんてことはないのでしょうけど、部屋から車までおぶるのは、一仕事ではありました。やれやれ、きのこが汗ばみます。


背中に沈む果林先輩の重み――その重みが、どれほど嬉しいものだったか。

それは、かすみんの秘密です。


さて、絵面的にはまるで婦女誘拐のようですが、ともかく、旅立つ準備は整いました。


かすみ「あとは……」
0264名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/02(日) 23:53:47.45ID:WsfnB/mT
自分の部屋に戻りました。照明は落とされて、カーテンも閉められていますが、まだ早い時間ということもあって、薄く光は入り込んでいます。

淡く浮かび上がるかすみの部屋。


かすみ「……………」


ぽすんと、ベッドに腰掛けます。さらりとした、掛け布団の感触が手のひらに沈みました。


――――例えば、壁に掛かった上着とか。

机の上の化粧道具や、棚に仕舞われた小物の数々。

買ったものの、あまり履かなかった靴に、ゴミ箱の中のちり紙。

あまり意識することはなかったけれど、いつも目に入っていた家具の模様や擦れキズにも。


一つ一つが、かすみがここで生きた証でした。
0265名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/02(日) 23:54:18.05ID:WsfnB/mT
例えば。

これまでのすべてが夢であって。

こうしてベッドで座って夜が来ても、ニセかすみが帰ってくることなんてなくて。

ぐっすり眠って朝になれば、すっかり世界は元通りで。

もう無理しなくてよくて、この世はすべて事もなし……みたいな。


かすみ「……ふふ」


そんな幻想は心惹かれる清涼剤ですけれど――大丈夫。

甘い夢に溺れて、現を疎かにするかすみではありません。

あくまでも強かに。それがこの時代の歩き方だって、かすみは学んでいるから。


部屋の外にでて、扉を閉めます。きっと、ニセかすみも同じように、綺麗に使ってくれるでしょう。

だから大丈夫。部屋は、誰かに使われることが仕事なのですから。

かすみがいなくても、大丈夫です。


ばいばい。
0271名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/03(月) 20:21:47.73ID:LAeM5b4m
たのしみ
0275名無しで叶える物語(わたあめ)
垢版 |
2020/02/06(木) 16:45:45.12ID:4pLj3s9f
保守
0283名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2020/02/09(日) 21:36:02.91ID:IWikQmRc
果林パイセ…いや、果林先輩もつれていく辺りやっぱり一人は寂しいんだろうな
まあ、先輩を部屋に残しといて五人目偽?かすに見つかったらどうなるかな予想できないってのもあるんやろうけど
0284名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/09(日) 22:09:13.62ID:LcfBH3+l
自分の部屋を出て、一息ついたあと。

廊下を進んで、今度は別の部屋の前に立ちます。普段はほとんど入ることのない部屋。

お父さんの部屋です。


がちゃりと、扉を開いて、まずは開いたことに安心します。場合によっては動かないかも、という予想は外れてくれたようです、喜ばしいことに。

本来ならば、そこにはベッドやデスク、収納といった、まま一般的な部屋の風景が広がるのですが。

最初の異変以降、そういった普通はなりを潜めています。


そこにあるのは、ひとつの大樹。

根はベッドを突き抜け、幹は天井に迫り、窮屈そうにその枝を室内に伸ばしています。

幹だけを見れば生命力にあふれているようですが、葉っぱのつき具合を見ると、なんとも年相応といったところですね。


かすみ「お父さん」


ごつごつとした樹皮に触れ、声をかけます。反応はありません。

完全に樹化してしまったのですから、当然です。
0285名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/09(日) 22:10:09.19ID:LcfBH3+l
樹というのは不思議で、人のように血が通っていないにも関わらず、触れると温もりがある……ような気がするのです。

お父さんがまだ生きている証、かもしれません。


手を触れて……なにか、話そうと思ったのですけれど。


言いたいことはたくさんあります。

これまでのこと――男手一つで育ててくれてありがとうとか。

わがままばかりでごめんなさいとか。

なんだかんだ愛していますとか。


……そんなセンチメンタルな気持ちに混じって、よくもかすみが録画してた番組勝手に消したわね! とか、あのときの嘘気づいてるんだから! とか。

あの安寧たる日々が脳裏に浮かんで、腹の底でぐるぐる溶け合って。


うまく、言葉になりません。


それに……喉もヒリヒリと震えていたので、どちらにせよ、長い言葉は発せそうにありませんでした。

だから、いろんな気持ちをこの一言に。


かすみ「――いってきます」
0286名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/09(日) 22:11:24.15ID:LcfBH3+l
運転席に乗り込んで、エンジンをかけます。ブゥンという振動が身体に伝わって、とりあえずバッテリーが上がる? という状態ではなかったことに安心しました。

いやまぁ、初歩的操作くらいはネットで調べましたよ。さすがに映画だけだとかすみん死んじゃいますし。


マッドなマックスさんはごめんです。


車庫にあったお父さんの車の中から、この一台を選んだのは一番出しやすい場所にあったという理由が大きいですが、もう一つ。

車名を日本語に直すと『過去の遺産』になるようで。

なんとも、この時代を駆けるにふさわしいでしょう?
0287名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/02/09(日) 22:12:36.35ID:LcfBH3+l
かすみ「えーとえーと、とりあえず『R』unに入れて……」


ガチャコンとレバーを操作します。たちまちピー・ピーという音が車庫に響きました。

……おや、この音はたしか、バックするときに聞いたことあるような。


かすみ「……『D』rive!! 『D』だった!」


今度こそそれっぽくなりました。ふぅ、いきなりバック走をするところです。『走るイメージのとこに入れる』という覚え方がまずかったのかもしれません。


あとは……シートベルトよし、サイドブレーキよし、ミラーもたぶんよし!

出発です!
0288名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/09(日) 22:13:50.55ID:LcfBH3+l
車庫をゆっくり出ると、外は快晴。

とろりとろりと、自分の操作で前へ進んでいくのはちょっとした感動でした。動かしてみれば、案外かんたんですね。


昼前だからか、往来には誰もいませんでした。再編された人々も今は学校に通っているのでしょう。

人外とは今後遭遇する頻度が高まるでしょうが、いざとなれば轢いてやります。ブォンブォン。


かすみ「………」


ゆっくり、ゆっくりアクセルの踏み込みを強くします。それでも20キロちょっとしか怖くてだせませんけど。


我が家はぐんぐん、離れていきました。
0289名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/09(日) 22:14:48.77ID:LcfBH3+l
運転席から眺めるいつもの風景は、いつもより違って見えて。

助手席の果林先輩をちらと見て、それで少し、安心します。

果林先輩にとって、異変直前にかすみの部屋に泊まったことが良かったのか、悪かったのか、わからないけれど……かすみにとっては、間違いなくありがたいことでした。

ひとりじゃない。ただそれだけで。


そういえば、かすみんの初ドライブの助手席という、ファンなら垂涎のチケットを果林先輩はゲットしたことになりますね。

にひ、せつ菜先輩に言ったら、ショックを受けてくれるかもしれません。

『私も私も!』なんて言われちゃったら、どうしましょう。ふふ、かすみん困っちゃいます。


あんまり調子にのると事故っちゃいそうですけど。
0290名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/09(日) 22:16:08.06ID:LcfBH3+l
かすみ「愛〜にできる〜こと〜はま〜だあ〜るかい〜♪」


オーディオの扱いはよくわからないですし、ラジオ系は洗脳が怖いのでつけたくない……となると、歌うのが一番でした。


かすみ「僕〜にできる〜こと〜はま〜だあ〜るかい〜♪」


この旅が行きて帰りし物語なのか、それともただの逃避行なのか。

いまはまだわからないけれど、行く先に同好会のみんながいるなら、それでいい気もします。


かすみ「君〜がくれた勇気だ〜から〜♪」

かすみ「君〜のために使〜いたいんだ〜♪」


りな子の『マップ』に表示されていたのは「かすみ」、「果林先輩」、「愛先輩」、「エマ先輩」、それから「せつ菜先輩」。

かすみと果林先輩、愛先輩とエマ先輩はそれぞれ同じ位置です。お泊り会組ですね。

ピコンと、アプリが道順を教えてくれました。

さて、行きましょう。


まずは、せつ菜先輩の元へ。
0291名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/10(月) 00:17:03.51ID:BK6nqIMv
待ってた!
0294名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2020/02/11(火) 04:37:04.01ID:2XBZRxik
居場所に関していっさいがっさい情報が無いのはしずくちゃんだけ?
はてさてどうなることやら…
0304名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/16(日) 23:00:26.48ID:jTXwzPa7
(いつも保守・感想ありがとうございます)
(ナメクジ速度ですみません…)

(今回は番外編です)
0306名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/16(日) 23:01:21.44ID:jTXwzPa7
愛「エマっちこっちこっち〜」

エマ「あ、うん」

愛「どしたの? キョロキョロして」

エマ「えっとね、ここから愛ちゃんが毎日登校してるんだな〜って、想像してたんだ」


エマ「ここが愛ちゃんの地元なんだ〜って!」
0307名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/16(日) 23:01:59.98ID:jTXwzPa7
愛「へへへ〜、この週末ツアーでエマっちをとことん下町に染め上げちゃうからね〜」

エマ「ふふ、楽しみだなぁ」

愛「しかも今なら愛さんのダジャレ講座付き!」

エマ「え!?」

愛「さらにおばーちゃんのぬか漬けも付いてくる!」

エマ「ええ!?」

愛「なんと今から30分以内の申し込みで送料無料だよ!」

エマ「い、急がなきゃ〜!」

愛「なんちゃって☆」

╰*(..˘ •ヮ•..)*╯ 「?!」
0308名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/16(日) 23:02:40.20ID:jTXwzPa7
愛「といっても、今日は直帰しちゃったから下町案内は明日だねぇ」

愛「ほんとに寄り道しなくてよかった?」

エマ「うん! だって、今日は愛ちゃんのお家にお泊りするのも目的だから」

エマ「もんじゃパーティーで元気を蓄えて、明日に備えるんだよ〜」

愛「もんじゃで元気にか〜! これはもんじゃ焼き屋の腕がなるね!」

愛「どんなもんじゃ! って言いたくなるな〜!」

エマ「あはは、愛ちゃんらしいね」
0309名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/16(日) 23:03:18.62ID:jTXwzPa7
・愛の部屋・


エマ「ここが愛ちゃんの部屋……」キョロキョロ

愛「おぉっと、あんまり見られると愛さん照れちゃうよ。……変なの置いてなかったよね」

エマ「あぁ!」

愛「え!?」

エマ「璃奈ちゃんとのツーショットだ! かわいいな〜」

愛「あっはは。それね、はじめてりなりーとお出かけしたときの写真なんだ」

愛「りなりーと仲良くなれたのは嬉しかったなぁ」

エマ「愛ちゃん、いろんな人と仲良くなるの上手だもんね。ここも写真いっぱい……すごいなぁ」

愛「すごくないって。愛さんが心掛けてるのは、どんなときも楽しく! それだけ!」

愛「子どもみたいっしょ?」ニシシ

愛「さ、荷物置いたらもんじゃ焼きね! 愛さんスペシャル、美味しいぞぉ〜」


-------------------
-------------
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0310名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/16(日) 23:05:22.01ID:jTXwzPa7
エマ「……お」

愛「お?」

エマ「おいしかった……!!」

愛「おお!」

エマ「おいしかったよぉ〜〜!!」

エマ「とろっとしてて、ちょっぴりお焦げがパリっとしてて」

エマ「それだけでも美味しいのに、チーズと混ぜたらもっと美味しくて!」

エマ「スペシャルブラボーだったよぉ〜♡」

愛「えっへへ〜」テレテレ
0311名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/16(日) 23:06:11.11ID:jTXwzPa7
愛「いやぁエマっちの口に合うかなぁって、実は心配してたんだけど」

愛「まさかあんなに食べるなんて」

エマ「トッピングもまだまだ種類あったし、また食べたいなぁ〜」

エマ「……えへへ、ハマっちゃった♡」

愛「よかったよかった〜」

愛「おばーちゃんたちもエマっちの食いっぷりに喜んでたよ〜!」

エマ「そ、そうなの? ちょっと恥ずかしいかも」

エマ「食べ過ぎちゃったかなぁ」

愛「アタシは美味しそうに食べるエマっちが見れて幸せだったよ!」

エマ「ならいい、のかな?」

愛「うん! 今度はお餅トッピングもいいかもね。今日は入れなかったけど定番だよ〜」

エマ「お餅ともんじゃ! おいしそう〜」

愛「モチ美味しいよ! 餅だけに!」ニコニコ
0313名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/02/16(日) 23:07:49.96ID:jTXwzPa7
・再び愛の部屋・


愛「さてと」ホカホカ

エマ「うん」ホカホカ

愛「明日のことだけど、とりあえず浅草のほう行こうかな〜って」

エマ「そうだね、大まかな流れは愛ちゃんにおまかせしちゃっていいかな」

愛「任せて! 愛さんツーリズムがエスコートするよ!」

エマ「エモみ増し増し尊み深めマジ卍草でおねがいしますっ」キリッ

愛「え?」

エマ「あ、すこすこ追加で」キリッ

愛「えっと、愛さんツーリズムは二郎系じゃないんだけど……」アハハ

愛(誰の影響かなぁ)

エマ「あれぇ?」
0314名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2020/02/17(月) 00:34:43.92ID:k5MzgQxU
相変わらず訳のわからない日本語を…
いったい何処から仕入れてくるんだろうか
0316名無しで叶える物語(とうふ)
垢版 |
2020/02/18(火) 12:08:42.80ID:RRw7X+bT
保守
0327名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/02/23(日) 23:38:59.11ID:o1g81Hto
エマ「そうそう、あれに乗ってみたいな」

エマ「人力車!」

愛「おっいいねぇ! 愛さんも新鮮かも」

エマ「そうなの?」

愛「うん、観光用だしね」

愛「えーおほん。人力車が交通手段に使われていたのは主に明治時代でございます〜。ちなみにそれ以前は駕籠が交通手段でありました〜。以上、愛さんツーリズムからのお知らせでした〜。なんちゃって!」

エマ「わぁ、ガイドさんみたい!」

愛「えっへへ」テレテレ

エマ「あれ、明治時代ってことは……人力車でお江戸気分になるのって、もしかして間違い?」

エマ「ど、どうしよう、果林ちゃんと別れるとき『江戸にいってきます』って言っちゃった!」

愛「あっはっはなにそれ! エマっち面白い!」

エマ「つい楽しみで変なこと言っちゃったんだよ〜」アワアワ
0328名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/02/23(日) 23:40:03.97ID:o1g81Hto
愛「んーとね」スマホスマホ

愛「うん、江戸から東京に改称されて、それからすぐ明治に改元だねぇ」

愛「人力車が走るようになったのも明治になってから……だから」

エマ「人力車はお江戸じゃなかったんだね……」

愛「まあ名前は東京でも空気は江戸っぽいし! そうだ、エマっち明日は着物にしようよ」

エマ「へ? 着物?」

愛「うん! 着物で人力車に乗って下町巡り! 情緒あるっしょ?」

エマ「……すっごく良い! そんなことできるの?」

愛「もち! うちも着物持ってるから、それ着てこ☆」

愛「おばーちゃんに着付けてもらって、着崩れには気ぃつけて……なんちゃって!」

エマ「わぁ〜エモエモだよ〜♪」トウトイ!


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0329名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/02/23(日) 23:41:12.06ID:o1g81Hto
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エマ「お布団お邪魔しま〜す」

愛「あはは、いらっしゃ〜い」

愛「狭くない? 別の布団用意してたのに」

エマ「ううん、せっかくのお泊り会なんだもん♪ 一緒がいいな」

エマ「それに、こうしてるとスイスの弟妹たちを思い出すんだ〜」

愛「愛さんまさかの子供扱い!?」

エマ「ふふ、愛ちゃんあったかい♡」ギュ~

愛「あぅ〜エマっち苦しいよ〜」アハハ
0330名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/02/23(日) 23:42:08.63ID:o1g81Hto
愛「あ、言い忘れてた」

エマ「なぁに?」

愛「アタシ、たぶんいつもどおり6時に起きると思うんだけど、エマっちはどうする?」

愛「朝はぬか漬けの手入れを手伝ってるんだよね、おばーちゃんと」

エマ「ぬか漬けっ」

愛「うん、ぬか漬けに手は抜かぬ、ってね! 起こさないようには気をつけるけど」

エマ「わたしも見てみたい! いいかな?」

愛「おおっ、エマっちまさかのぬか漬けに興味津々かー! 嬉しいな〜」
0331名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/02/23(日) 23:42:39.38ID:o1g81Hto
エマ「愛ちゃんの大好きなことだもんね。手入れって、なにするの?」

愛「かき回す」

エマ「かきまわす??」

愛「うん、基本はそれだけ!」

愛「ぬか床っていろんな菌が集まってるからね。基本は乳酸菌なんだけど」

エマ「ふんふん」

愛「混ぜないでおくと表面に空気が好きな酵母菌も増えて、真っ白になっちゃうんだよねぇ」

愛「ある程度は風味と旨味になるからいいんだけど、手入れを怠ってそんな菌のバランスが崩れちゃうと……」

エマ「菌のバランスが崩れちゃうと……?」

愛「……臭くなる」

エマ「……ぷふっ」

愛「あー笑い話じゃないんだぞー! 愛さん、床分けした自分のぬか床それでだめにしちゃったんだから」

エマ「だって、なんだか難しい話だな〜と思ったら、いきなり『……臭くなる』だもん」クスクス

愛「ほんと臭いんだって!」
0332名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/02/23(日) 23:43:37.94ID:o1g81Hto
エマ「ぬか漬けも日本の伝統食って感じだよね、個性的で面白いな」

愛「エマっちのスイスだとどんなの? 発酵でいうとやっぱりチーズとか!」

エマ「うん。それ以外だとピッツォッケリが有名かな〜」

愛「ぴっつぉ、ぴっつ、……おけり?」

エマ「ピッツォッケリ。ふふ、簡単に言えばパスタの一種だね」

愛「へ〜! どんなの?」

エマ「そば粉のパスタなんだ〜」

愛「そば粉! おもしろ〜い」

エマ「美味しいよ! もんじゃ焼きのお礼に、今度どうかな? 日本でも材料があれば作れるから」

愛「え、食べたい! いいの?」

エマ「うん。一緒に食べよ♪」

愛「やった〜! そば粉のパスタをエマっちのそばで食べる……ふふふ、楽しみ♪」
0333名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/02/23(日) 23:45:07.15ID:o1g81Hto
エマ「――ふぁ」アクビ~

愛「そろそろ寝よっか?」

エマ「うん。二人で布団にこうしてると、暖かくてすぐ眠くなっちゃた」

愛「あはは、実は愛さんも」

愛「……それじゃ、電気消すね」

エマ「……うん」


電灯ピッ…


愛「おやすみ、エマっち」

エマ「おやすみなさい、愛ちゃん」


愛・エマ((……………))

愛・エマ((――ふふ))


愛・エマ((明日、楽しみだなぁ))


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――――この夜を今でも忘れない。


明くる日、地上は人類のものではなくなることになる。
0356名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/08(日) 22:06:18.50ID:pvXA8RPE
『時空のおっさん』という都市伝説を、普通に暮らしていれば知ることはかったと思われます。

これは引きこもり時代、ネットの海を西へ東へ泳ぎまわっていた折に、偶然見つけた現代の――正しくは前時代の――都市伝説です。


『別世界に迷い込んでしまった人の前に現れ、元の世界に帰るよう促す』……そんな体験談が、ネット上では散見されていました。

その振る舞いはどこか管理者のようで、不気味な空気を伴いつつも、体験者に明確な危機が迫るわけでもありません。


かすみんとしては、その時同じように知った猿夢や八尺様あたりのほうが恐ろしくて、なかなか寝付けなかった覚えがあります。

というかそちらが怖すぎるのですけども……。


まあそんなわけで、他の強烈な怪異を隠れ蓑に、ほとんど記憶にも残っていなかったのですが。

今回のお話で遭遇する『彼女』は、思い返してみれば、そういう存在だったのかもしれません。
0357名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/08(日) 22:07:15.52ID:pvXA8RPE
●REC


かすみ「――というわけでぇ、かすみんなんと! 運転中なんですよぉ」

かすみ「ふっふっふー。歌って踊れて運転もできるアイドル! そんなのかすみんだけですよね」

かすみ「ほら、見てくださいこのドライビングテクニック……ぶんぶ〜ん♪」

かすみ「えへへ〜みんな見て『ガリガリガリガリッッッ!!!


あばばばばばばば。

ストップです。ブレーキです。録画も停止です。

やってしまいました。思いっきり車の側面を擦った感触がしました。


事故ってしまいました。
0358名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/08(日) 22:08:16.86ID:pvXA8RPE
かすみ「………」


人間、事故ってしまうと慌てるよりも呆然としてしまうようで。

かすみんはハンドルを握った姿勢のまま、しばし沈黙しておりました。


かすみ「……ぷはぁ」


ようやくしぼり出せたのはそんな芝居がかったため息で、それでようやく、ハンドルから手を離せるようになりました。

手汗べっとり、冷や汗もびっしょりです。

なにごとも経験とは言いますけれど、さすがに心臓に悪いです。


寿命が縮んだかと思いました。
0359名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/08(日) 22:09:01.91ID:pvXA8RPE
助手席の果林先輩の無事を確認します。そこそこの急ブレーキでしたが、シートベルトのおかげかこれといった問題は起きていないようでした。

ただ、心なしか、シートベルトが果林先輩の豊穣(!)により食い込んでいるようにも見えますが……。


かすみ「………むむ」


児童の教育上よろしくありませんから、運転席から身を乗り出してシートベルトを調整します。やや乱れた髪も整えて……これでよし、と。
0360名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/08(日) 22:09:42.17ID:pvXA8RPE
かすみ「……あーー」


車から降りて側面をみてみると、がっつりキズがついていました。メタリックなシルバーが白く削り取られております。

ごめんねお父さん。


スマホを固定してハンドルはちゃんと握っていたとはいえ、録画しながら運転するのはやっぱり失敗だったみたいです。

あとで同好会のみんなにかすみんの新境地を自慢できるのではと期待しちゃったのですが……。


ながら運転、だめ、絶対。

法律というのは、人を守るためにあるのですねぇ。

摩訶不思議な菌によって法曹界どころか世界ごとひっくり返ったこの時代にあっても、ルールが人を守るという事実はやや興味深く思えます。


ながら運転どころか無免許運転なのですけども。
0361名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/08(日) 22:10:41.15ID:pvXA8RPE
とはいえ、事故の原因はそれだけではないのです。

かすみの言い訳を許してください。

そもそも、直線道路でガリガリと側面を削られる何があるというのか。普通の整備された道であれば、まっすぐ走るだけでぶつかるような障害物は存在しないはずです。

実際、家の前の細い道程度ならば問題はなかったのですが……。


ふいと、走り抜けた道を振り返ります。往時はこのあたりの主要な交通網として多用されていた、大きめの国道。自動車がとめどなく行き来していたことは、かすみでも知っています。

例の異変発生その瞬間にも、普段と同じような交通量だったのでしょう。

意識もしくは命を瞬時に奪われた人々は、ハンドルを明後日の方向に回したのか、アクセルを体重のままに踏み込んだのか、今ではわからないですけれど。


結果として道路上には、ぶつかりあった車の塊やら、横転したトラックやら、ひしゃげたバンパーに割れたサイドミラーもあちらこちらに転がっています。

原型もとどめていない歪んだあれは、車の燃えた跡でしょうか。

とにかく、ただまっすぐ走るだけでも何かにぶつかっておかしくないような、そんな惨状でありました。
0362名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/08(日) 22:12:20.84ID:pvXA8RPE
かすみ「………」


いや、まあ、そんな惨状ならなおさらながら運転をするべきじゃないというのはごもっともなのですけれども。

かすみんの初ドライブを記録に残さなきゃ! という使命感といいますか、ええ。


少し歩いて、ぶつかったと思われる乗用車をみてみます。それはかすみがぶつけてしまった跡がどれなのかもわからないほど、ボロボロな有様でした。

中には……誰もいません。少なくとも人のようなものは。


ハンドルから座席にかけて、緑のツルが網のように絡まっているので、それが持ち主なのかもしれません。

ごめんなさいと謝って、車に戻ります。
0363名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/08(日) 22:13:26.76ID:pvXA8RPE
車の中には、今のように元所有者と思われる生物がいたり、霞のように消えて抜け殻にようになっている場合もあります。

まあ、生き方は人それぞれですからねぇ。冗談でもなく、案外、そういうことかもしれません。


かすみ「ふぅ」


きりがいいので、路上でちょっぴり休憩です。家を出発してから、まだ30分も経っていませんが。

初めてというのもあるでしょうけど、運転って意外と、疲れるんですねぇ。かすみんびっくりです。
0364名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/08(日) 22:14:16.91ID:pvXA8RPE
さて。

最初の目的地である、せつ菜先輩までの距離を改めて確認します。

出発したばかりではありますが、もとからそう離れているわけではありません。都内ですからね。

なので、先の見えない道程とはいっても、さして時間がかかるとは思えないのですが。


かすみ「う〜ん、でも、りな子のこのマップって……」


……そうして、スマホをいじって確認していたからか。


背後から近づく気配に、かすみは気づきませんでした。



「おい」
0365名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/08(日) 22:15:25.94ID:pvXA8RPE
かすみ「っ!?」

「おい、あんた」


泡の弾けるような、それでいてしわがれた老人のような声でした。

かすみに向けられた声でした、間違えようもなく。


「そう、あんた。そこで何してる」


じりりと半身下がって、声の主を視界にとらえます。視線は、やや下向きに。

目を伏せたわけではありません。声の主が、そこにいるのです。

そう、四本脚で。


「そこをどいてくれ。甲羅がつっかえて、通れないだろう」


そこにいたのは、一匹の大きなカメ。

人語を話す、ゾウガメみたいなカメが、首を伸ばしてもさもさを口を動かしていました。
0366名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/08(日) 22:16:30.05ID:pvXA8RPE
カメ「おい、生きてるか」

かすみ「あ、はい」


あ、はい。……退廃したこの時代に、カメに生存を尋ねられ、出てきた言葉がそれ。

いやあの、なにかしらの人外と遭遇するとは思っていましたけれど、とっさの言葉って、緊張感でないものですね。

かすみん女優には向いてないみたいです。


しかしカメて。しゃべるカメて。

ニンジャ・ター○ルズだって人型ですよ?


カメはかすみが生きていることを確認すると、ふん、と鼻を鳴らしました。人のような所作です。


カメ「だったら、どいてくれ。車をどかしてくれ」

かすみ「あ、すみません」


なぜかそれほど恐怖は感じませんでした。カメという外見がわかりやすいからかも知れません。

グルテンさんは意味不明でしたからねぇ。
0370名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/10(火) 14:43:09.00ID:kutfWdS6
世界観面白いな
楽しみにしてます
0373名無しで叶える物語(しまむら)
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2020/03/12(木) 17:21:33.76ID:vOCpD6/U
ほしゅみん
0390名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:10:59.81ID:atH52j0y
車のエンジンはかけたままでしたから、すぐに動かせました。なるほど、カメさんが通れないこともない隙間でしたが、少なくとも車にぶつかる可能性はありました。

カメさんなりの気配りのようです。


かすみ「これで大丈夫ですか?」

カメ「うむ、うむ。これでベンゼン祭に間に合うだろう」

かすみ「はぁ」


なにやらお祭りがあるようです。

カメの集まる祭り……ちょっぴり気になるところですが、深追いはやめておきます。竜宮城だかベネッセ祭だか知りませんが、変な関係を持つ前に別れるのが吉であることは、おとぎ話が証明しています。


かすみん浦島にはなりたくありません。
0391名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:11:43.29ID:atH52j0y
カメ「では」


カメさんは短く別れを告げると、その場で身体を甲羅に収納し、くるくると回り始めます。


かすみ「………」


いや、形容しておいてあれですけれど、なに当たり前のように回転してるんですか。

呆気にとられたかすみを置き去りにして、そのまま、カメさんはしゅるる〜っとマリオカ○トの甲羅アイテムよろしく道路を滑走していきました。

ニンジャ・ター○ルズというよりは、ガ○ラだったようです。


それかドラ○エル。


そこそこのスピードで小さく遠ざかっていくカメさんを眺めながら、かすみは小さくつぶやきます。


かすみ「そういうこともあるかぁ……」


結局、そういうことなのでしょう。

このようにして、外に出て初めての人外遭遇は、ともすれば肩透かしにも思えるほど安全に終わりました。
0392名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:12:15.53ID:atH52j0y
と、思ったのですけれど、カメさんとの縁はもう少し続きます。


かすみ「あれ?」


運転を再開してからものの数分でしょうか。ほどなく、カメさんに追いついてしまいました。

なんという逆ウサギとカメ……というわけではなく、カメさんは足止めを食っていたのです。


そこにいたのはカメさんだけでなく、もう『一人』。

『彼女』は、行く手を遮るように、道路の真ん中に立っていました。
0393名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:12:51.84ID:atH52j0y
カメ「いい加減、離してくれ!」

「そうしたら逃げるでしょ?」

カメ「いや、逃げん。先に進むことを逃げとは言わん」

「だから通っちゃだめなんだって」

カメ「ぐえーっ! 動物虐待!」


行く手を遮るように、というか、彼女はがっつり実力行使でカメさんをその場にとどめていました。

踏みつけで。


かすみ「えぇ……」


絵面にちょっぴり引きます。
0394名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:13:29.29ID:atH52j0y
おばさん「あなたも、ここ通行止めだから」

かすみ「はぁ」


車から降りて話を聞きます。近くで見ると、彼女はやや年配の女性のようでした。作業着のような服装で、目深に帽子をかぶっているせいか、表情はよくわかりません。

人間なのでしょうか? ちょっと、いやかなり怪しいです。この時代、人の姿をしていることは、人であることの証明たりえません。例の「再編」もあったことですし。

まあ、人かそうでないか自体は些末なことですけれど。


かすみ「この先になにかあったんですか?」

おばさん「んー、うん。ある」


聞いてみるも、答えは歯切れ悪いです。けれども、会話ができそうだという点には安心しました。
0395名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:14:08.76ID:atH52j0y
カメ「おい、あんた、頼む。説得を手伝ってくれないか。このままだと会場にたどり着けないかもしれない」

カメ「大切な祭りなんだ。ケクレのベンゼン構造論発表から25年を記念したベンゼン祭を模して、有志がほそぼそ続けている裏ベンゼン祭。最近なんだか調子がいいので、今回こそ参加できると意気込んでいたのだ」

カメ「ベンゼンとはそれすなわち亀の甲である。一介のカメとして長いこと参加を待ち望んでいたのだ。だというのに……」


カメ「このババァ! 意固地に通せんぼと来た!」

おばさん「誰がババァか」

カメ「ぐえーっ!」


カメさんの熱心な主張は、けれど一つの暴言で台無しになってしまいました。通行止めされて、思うところもあったのでしょうが……。

場の様相はますます混沌としているような気もしますが、ただの小競り合いのようにも見えなくもありません。
0396名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:14:54.63ID:atH52j0y
ただ、かすみにも一点、確認したいことがありました。


かすみ「あの、見た感じ、先になにか危険なところがあるようには思えないんですけど……」


そう、ひとしきり、女性が通行止めだと主張する道の向こうを眺めてみても、これといった障害は見当たりません。

地割れが起きているわけでも、突発した集落があるわけでもないようで、何事もなく通行できそうな雰囲気です。

どういうことでしょう?


おばさん「時空がつながっているんだよ」

かすみ「……へ??」
0397名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:17:09.03ID:atH52j0y
時空。

聞き間違いでなければ、今そんなステキワードが飛び出したような。


おばさん「別のブレーンワールドとの接点が出来てるから、管理しなくちゃいけないの」


最近、そういうのが多くてさぁ――と、ため息混じりにグチっぽく彼女はつぶやきます。


おばさん「ほんとは男共の仕事なのに、私まで駆り出されちゃった」


ふふ、と自嘲気味に笑う彼女は、どこかヒロインチックな空気をまとっていましたが。

いや、まったくわかりません。

これまた、かすみんの理解の外にあるお話のようでした。
0398名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:18:14.11ID:atH52j0y
カメ「スキあり!」

おばさん「あ」

かすみ「あ」


かすみと話していて注意がそれてしまったのか、彼女の拘束からカメさんはすばやく抜け出しました。

そして、回転。こうなってしまえばもう手がつけられません。


カメ「わしは先を急ぐ! 御免!」


風切り音のなかにそんな捨て台詞を飛ばして、カメさんは通行止めという道路を先へと進んでしまいました。

またたく間にすべてが終わっていて、その機敏さはなんというか、カメという概念について考えさせられます。
0399名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:18:47.27ID:atH52j0y
おばさん「あ〜あ」

かすみ「……あの、すみません」


もしかしなくても、かすみが質問したことがきっかけになった気がします。

カメさんはすでに遠く離れていました。女性も追いかけるまではしないようです。


おばさん「まあ、いいか。カメだし」

かすみ「大丈夫なんですか?」

おばさん「日頃の行いが良ければ、あるいは」


それは管理不行き届きどうこうの話ではなく、カメさんの身の安全についての話のようでした。

悪ければ一体どうなるというのか、そこはかとなく恐ろしさが漂っていて、とても聞ける雰囲気ではありません。

カメさんお大事に。
0400名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:19:44.18ID:atH52j0y
おばさん「あちこちこんな有様なんだよ。これでも少し落ち着いてきたけど」


女性はまた話し始めます。


おばさん「ブレーンワールドがつながって混じり合うと、法則が混じり合っちゃう。あり得ることとあり得ないことの境界が曖昧になって、実際、何が起こるかわかったものじゃないんだ」

おばさん「あの日もずいぶん広く混じり合って、その場が溶媒みたいに、命とか心とかを溶かし出してしまった――あなたも、あなたも、あの子もね」


言って、彼女は車に視線を向けます。正確には、車の中の――静謐たる果林先輩を。


おばさん「溶けた後、元に戻ったか、別のものと混じり合ったか、どこかへいってしまったかは、それぞれだけれど」
0401名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:20:27.81ID:atH52j0y
かすみ「ちょ、ちょっと待ってください!」


小難しい話かと思って右耳から左耳へと聞き流していましたけれど、果林先輩を示唆されて呆けてはいられません。


かすみ「今の話はもしかして、この世の中の現状の原因というか、世界の秘密と関係ある話ですか!?」

おばさん「ええ?? ぷふっ、世界の秘密って、そんな大層なもんじゃないよ」


ぱっと熱くなったかすみと対照的に、ケラケラと、彼女は笑います。ぷふって、噴き出されちゃいました。

世界の秘密。自分で口にしておいてあれですけれど、たしかにクサいワードではあります。

恥ずかしいですけど……でも時空だって似たようなものじゃないですか!
0402名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:21:29.58ID:atH52j0y
おばさん「べつに、特別な話じゃないよ。あなた達が菌と呼んでいるものと実態は同じで、むしろこの世界ではそれが正式なカタチになっているんだから」

おばさん「管理区分が異なれば見え方も異なるというか」

かすみ「はぁ」


いや、やっぱりだめです。ややこしいです。


おばさん「例えばあのカメが固執していたベンゼン構造論の発案者・ケクレは、恩師リービッヒを敬愛しているのだけど、そのリービッヒのこんな言葉を大切にしている――――『細菌と同じように、思想の種子もつねに大気中に充満している』」

おばさん「いわば現実としてそんな状態になったんだ」

かすみ「?? よくわかりませんが、でもそれは、気持ちの話じゃないですか?」

おばさん「その通り」


彼女は続けます。それが真理であるように。


おばさん「それが全てだよ。あらゆる現象、結果は、まず気持ちから生じる」
0403名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:22:22.44ID:atH52j0y
それから彼女は目的地までの迂回路を教えてくれました。少々道のりが長くなりますが、さして大回りでもありません。


おばさん「ん? このマップ、現在地ってわけじゃないね」


りな子のマップへの指摘でした。そうなのです。かすみが家を出発しても、かすみと果林先輩のピンは動いていませんでした。

マップが示すのはあくまでも作成時の座標で、みんなが今現在どこにいるのかは定かではない、というわけです。

まあ、この時代に遠出するなんて、勇者かすみん以外にないと思いますけれど。


と思うしかないのですけれど。
0404名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:23:01.70ID:atH52j0y
おばさん「気をつけるといい。他にもここみたいな領域は発生してるから、何が起こるかわからないよ」

おばさん「中にはそれを利用して怪しげな拠点をつくってる輩までいるから、近づかないのが賢明だ」

かすみ「……あの、思い上がりじゃなければ、これ以上ないほど親切にしてもらってるような気がするのですが」


見返りの見通しのない親切というのは、時として不安さえ抱かせます。ただより高いものはない、という言葉は、小学生でさえ教えられているのですから。

そんなかすみの胸中を知ってか知らずか、彼女はなんでもないことのように答えます。


おばさん「理由はかんたん。あなた達が可愛いから」


これもまた、一つの気持ちから生まれた結果というわけだよと、彼女は微笑みました。

言われて、それでもかすみはしばし混乱していたのですが……――その言葉に一切の他意がないことに遅れて気づいて、はっとします。


誰かの優しさに触れたのは、それくらい久しぶりのことなのでした。
0405名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:23:49.02ID:atH52j0y
少しの名残惜しさを胸に秘めて、かすみ達は先へと進みます。

女性から聞いた話をちゃんと飲み込めたかどうかは微妙なところですが、それでも不思議なことに、運転席から眺める景色はほんのちょっと違って見えました。


荒れた路上も。

変異した人類も。

……果林先輩にも。


それら不条理極まりないすべての現状に、理由が当てられるだけで、見え方が異なってくるのでした。

まあ、その理由というのが理解困難で、いまいちピンときてないのですが。

それが今後どう役に立つのかも……なので、まずはみんなで集まって相談するのがやはり一番に思えます。
0406名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/22(日) 23:24:34.23ID:atH52j0y
かすみ「………」


ふと思い立って、果林先輩の手を片手で握りました。もちろん、反応はありません。

それど、そこには確かに熱がありました。


かすみ「大丈夫」


そのつぶやきに、大した意味はこもっていません。それでも、必要なことのように思われたのでした。
0420名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/29(日) 23:45:08.16ID:5QGbPbJj
せつ菜先輩の話をしましょう。


騒がしくって、オタク趣味で、なんだかんだ初心で。

暴走しがちで、トラブルメーカーで、根っからの正直者で。

いつだって、自分の大好きに一直線に向かっていて。


同好会のみんなのことが、一人のファンとして大好きなんて言っちゃう。


――――そんな、素敵な女性のお話を。
0421名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/29(日) 23:46:04.89ID:5QGbPbJj
たとえばこんなことがありました。

部室での出来事です。


せつ菜「歩夢さん! 次はこの通りにお願いしますっ」

歩夢「え、え〜?」

エマ「わくわく〜♪」

歩夢「えーとえーと、うん……おほん」


歩夢「『い、一回しか言わないんだから! ちゃんと聞いてよねっ……―――好き、だよ』」


せつ菜「ふわぁ〜〜〜〜!!」

エマ「きゃぁ〜〜〜」

歩夢「も、もう恥ずかしいよ〜」


かすみ「……なにをやっているんですか? あれは」

果林「せつ菜がエマに『萌え』を理解してほしいからって、いろいろ実践してるのよ。歩夢は巻き込まれちゃったってわけ」

かすみ「はぁ」
0422名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/29(日) 23:47:01.36ID:5QGbPbJj
エマ「これが萌え萌えなんだね〜」

せつ菜「ん、うむむ、まだ手応えが弱いです……」

歩夢「わ、私そろそろ着替えるねー……」

せつ菜「あぁ……次、次のセリフは……」


せつ菜「あ! かすみさんお願いします!」

かすみ「え、急に来た!?」

せつ菜「お願いです! このセリフにはかすみさんの可愛さが必要なんです」

かすみ「か、かすみんの可愛さ……??」

かすみ「ふ、ふ〜ん。それなら仕方ないですね〜」
0423名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/29(日) 23:48:20.53ID:5QGbPbJj
せつ菜「どうぞ!」

かすみ「ふっふっふー。いざ!」


かすみ「『ほぉら卑しい豚さん? 次はどこをぶってやろうかしら……』」


かすみ「ってなんですかこれは!」

せつ菜「い、いいっ! 良きですよ、かすみさん!」

かすみ「なにがですか!? こんなのかすみんのイメージじゃないですよ!」

エマ「あ、これがノリツッコミ! ってやつだね♪」

せつ菜「え、あの、そこではないのですが……」

かすみ「うぅ、二重に損した気分です……」


この後、果林先輩に慰めてもらいました。「予想通りだけどね」なんて言葉をもらっちゃいましたけど。

せつ菜先輩はみんなのいろんな姿を見れて、心から幸せそうにしていました。
0424名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/29(日) 23:49:03.15ID:5QGbPbJj
たとえばこんなことがありました。


せつ菜「…………」

せつ菜「……」

せつ菜「………………」


かすみ「あの、せつ菜先輩、どうかしたんですか?」

せつ菜「聞いてくれますかかすみさん!」

かすみ「いやぁ、さすがに部室でずーっと呆けられたら気になるというか……」

せつ菜「すみません、部活の時間中に。実は、昨日……」


昨日見たアニメが最終回だったという話でした。「難民になってしまいました……」とかなんとか。

盛り上がるのも全力、落ち込むのも全力。それがせつ菜先輩なのでした。
0425名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/03/29(日) 23:50:24.15ID:5QGbPbJj
たとえばこんなことがありました。


璃奈「カードゲーム?」

せつ菜「はい! 同好会メンバーを元にしたゲームなんです。自分でルールをつくってみたのですが、テストプレイに付き合ってもらってもいいでしょうか?」

璃奈「面白そう。やる。璃奈ちゃんボード『わくわく』」


璃奈「――『愛』さんに『衣装:めっちゃGoing!』を装備で歌唱力500UP、ビジュアル1000UP。プレイヤーにライブ」

せつ菜「『璃奈』さんでアライブします!」

璃奈「む、素の『私』だとポイント足りないはず」

せつ菜「その通りです。ただし、『璃奈』さんへ攻撃が通る場合にのみ手札から発動できるカードがあります―――『衣装:猫耳』を特殊発動! 『璃奈』さんに装備です」

璃奈「ねこみみ……」

せつ菜「『愛』さんから『猫耳』装備の『璃奈』さんへの攻撃は成立しないので、無効となりますね」

璃奈「そ、そんな……!」

愛「仕方ないよ、りなりー」←観戦組

彼方「うんうん、わかるなぁ」←観戦組

璃奈「複雑な気分……いや、負けない!」

せつ菜「次は私のターンですね。ドロー!!」


結局、このゲームは同好会メンバーの力関係がややこしい上、気恥ずかしいということで流行りませんでした。

最後は彼方先輩が家に持ち帰って、妹さんとローカルルールで楽しんだのだとか。


そんなゲームの結末を聞いて、せつ菜先輩は嬉しそうにしていました。

自分の創作が一つの形として受け入れられるというのは、常に大好きを放出しているせつ菜先輩にとって、これ以上ない幸福だったのかもしれません。
0426名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/03/29(日) 23:51:57.79ID:5QGbPbJj
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運転席の横を電柱が一本また一本とすり抜けていく度に、ヴェールがめくられていくように、せつ菜先輩の記憶が少しずつ浮かび上がってきます。

そういえばこんなこともあったな、なんて、思い出してみれば忘れていたことがおかしなほど奇天烈な出来事だったり、やっぱり忘れていたかったくらい恥ずかしい出来事だったり。

思い出話にもならないような、なんてことないただの日常の記憶が、いまとなっては一つ一つ、握りしめずにはいられないほどまばゆく輝いていました。


もう忘れることのないように。

これ以上失うことのないように。


思い起こしては頭の中で反芻して、大事に、大事に刻んでいきます。
0441名無しで叶える物語(しうまい)
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2020/04/08(水) 17:46:44.44ID:kTZwGW2t
めっちゃ引き込まれて追いついてしまった...
ちなみにかすみんが乗ってる車ってレガシィであってます?
どの年代のものか想定していらしたら教えて頂きたい🙇
応援してます!
0443名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/09(木) 18:13:15.47ID:XHcpLqTn
(レガシィであってます。が、年代指定まではしてないのでご自由に想像ください、ということで)
(ちなみに1は>>287をやっちゃうくらいなので、その辺りはお察しです)

(みなさん保守ありがとうございます。週末には更新できると思います)
0449名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/12(日) 18:37:54.07ID:pAtxlW2Z
車を止めて、たどり着いた場所はとある都市部。周囲一帯はひろく栄えていて、ありし日は人の往来が途切れることのなかったと思われるほど文明的です。

容易にイメージできるかつての喧騒と、しんと静まり返った今現在とのギャップがやや不気味に感ぜられますが、不思議と恐怖はありませんでした。


その中でもひときわ目立つ、のっぺりとした高層マンションを見上げます。

りな子のマップによれば、その一室にせつ菜先輩はいるようです。


かすみ「………」


マップを確認したついでに、通知バーも確認してみるものの、表示されているのは常駐のセキュリティアプリのみ。

再編以降、せつ菜先輩からの連絡は来ていないのでした。
0450名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/12(日) 18:39:08.38ID:pAtxlW2Z
かすみ「こんなところに住んでたんだ……」


独りごちずにはいられません。せつ菜先輩は新進気鋭のスクールアイドルでありながら、その正体は露として知られていませんでした。

同じ学校の生徒のみならず、同じ同好会のかすみ達ですら詳細は知らず、曖昧模糊とした噂すら流布していたほどなのです。

それがこうして、一つのマンションに住んでいることが示されるとなると、妙な感覚に囚われてしまいます。


さんざん伝説化したアナキン・スカイウ○ーカーを辺境の星で見つけた感じといいますか。

レ○ドさんをシロガネ山で見つけた感じといいますか。


手の届かなかったはずの存在が、不思議な巡り合わせで目の前に現れるという事態は、どこか現実味の喪失を伴います。


これが平時であれば、単純にわくわくしていたのかも知れないですけれど。

なにせ、状況が状況ですからねぇ。
0451訂正(もんじゃ)
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2020/04/12(日) 18:42:26.77ID:pAtxlW2Z
>>450
かすみ「こんなところに住んでたんだ……」


独りごちずにはいられません。せつ菜先輩は新進気鋭のスクールアイドルでありながら、その正体は露として知られていませんでした。

同じ学校の生徒のみならず、同じ同好会のかすみ達ですら詳細は知らず、曖昧模糊とした噂すら流布していたほどなのです。

それがこうして、一つのマンションに住んでいることが示されるとなると、妙な感覚に囚われてしまいます。


さんざん伝説化したルーク・スカイウ○ーカーを辺境の星で見つけた感じといいますか。

レ○ドさんをシロガネ山で見つけた感じといいますか。


手の届かなかったはずの存在が、不思議な巡り合わせで目の前に現れるという事態は、どこか現実味の喪失を伴います。


これが平時であれば、単純にわくわくしていたのかも知れないですけれど。

なにせ、状況が状況ですからねぇ。
0452名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/12(日) 18:43:50.72ID:pAtxlW2Z
とはいえ、やっぱり、わくわくに近い感情は大きいです。

誰もしらないせつ菜先輩のプライベート。その本丸にこれから乗り込むから……というのも理由の一つではありますが。

なにより、久しぶりにせつ菜先輩に会えるという期待が、胸を高鳴らせます。


『最悪』の想像を、しないなんてことはないですけれど。


相手は、あのせつ菜先輩です。摩訶不思議な菌や自分の偽物なんて倒しちゃって、世界を救ってもおかしくありません。

かすみんはヒーローにはなれないですけれど(かすみんの可愛さはヒロイン側ですからね!)、せつ菜先輩ならあるいは……なんて、見ている人に思わせる王道さがあります。


だから、連絡のないことも、通話で姿を見せてくれなかったことも、きっと些細なことなんです。
0453名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/12(日) 18:45:11.62ID:pAtxlW2Z
かすみ「よし、と」


胸元の結び目をきゅっときつくします。両手を空けるために、いつか浴衣に使っていた兵児帯で、果林先輩をおぶって固定しているのでした。

『赤ちゃん 紐 結び方』で方法を検索したという不名誉な事実は、果林先輩には内緒ですよ?


さて、マンションのインターホンを前にします。部屋番号を入力して、居住者に解錠してもらうスタンダードなタイプなようです。

夕方には早いこの時間、部屋にいるのは本物のせつ菜先輩だけのはず。

番号は、りな子のマップですでに把握していました。


かすみ「………」


いろんな『もしも』が脳裏をかすめます。……けれど、それらを文章化して、確かなものにしたくはありません。

不安の種が成長する前に、すばやく、番号を入力しました。


少しの後、ノイズ混じりの向こう側から届いたのは――――確かに憶えのある、懐かしい声音。
0454名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/12(日) 18:46:20.04ID:pAtxlW2Z
『………うそ』

かすみ「!! せつ菜先輩!? せつ菜先輩ですか!?」

かすみ「か、かすみんですよ〜! ほら、本物! 本物のかすみんです」

『あ、いや、あの』

かすみ「果林先輩も一緒なんです。えへへ」

『………あ』

かすみ「……せつ菜先輩? ですよね、せつ菜先輩の声、ですよね?」

『は、はい。かすみさん』

かすみ「〜〜っ!!」


せつ菜先輩! 間違いないです、せつ菜先輩。

久しぶりに名前を呼ばれて、ついつい嬉しくなっちゃいます!
0455名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/12(日) 18:48:11.58ID:pAtxlW2Z
かすみ「えへへ、せつ菜先輩! かすみんが来ましたよ!」

かすみ「会いに来ました! ふふ、生かすみんですよ」

『あぁ…ええ、かすみさん……。まさかそんな』

かすみ「びっくりしました〜? ふふ、せつ菜先輩!」

『びっくり、はい、びっくり……』

『いや……とりあえず、えっと、そうですね、上がってきてください』

かすみ「はい!」


かすみんの突然の訪問に驚いているせいか、声が小さめではありましたが、せつ菜先輩らしいはっきりした発音は健在で、それだけでどうしようもなく懐かしく思っちゃいます。

優れた歌詞の一語一語を慈しむように、せつ菜先輩の発声一つ一つが、かすみの心を震えるほど癒やしてくれるようでした。
0456名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/12(日) 18:48:56.43ID:pAtxlW2Z
逸る気持ちをなんとか抑えながら、エレベーターで上階へ。

いったい、かすみの家からマンションまでの道のりと、エントランスからせつ菜先輩の部屋の前までの道のりと、そのどちらが長かったのか。

気づけば息を切らしながら、玄関のインターホンを鳴らしていました。


かすみ「………っ」


応答があるまで、何秒でしょうか。これも、実際は二秒と経っていなかったかも知れません。それでも、感覚としてはカップラーメンの出来上がりを待つ以上ではありました。


『あぁ、本当に、かすみさん』

かすみ「せつ菜先輩! よかった、せつ菜先輩……」


この扉たった一枚向こう側に、せつ菜先輩がいる。その事実の心強さを、どう表現すればいいのやら。


かすみ「うぐ……あれ、あはは」


涙が勝手にこぼれていました。だめです、やっぱり、せつ菜先輩が近くにいると思うと、強かなかすみんは保てないみたいです。
0457名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/12(日) 18:49:35.31ID:pAtxlW2Z
『かすみさん、かすみさん?』

かすみ「ずびっ……はい、はい! かすみんですっ! えへへ」

『いま、玄関を開けますね』

かすみ「は〜い!」

『ただ……ひとつだけ、お願い……じゃないですね、その』

かすみ「ぐす……せつ菜先輩?」

『もしかしたら、びっくりするかも……いえ、すぐ、開けます』

かすみ「へ?」


ぷつりと、インターホンは切れました。ちょっぴり困惑します。どういうことでしょう。

けれど、その場でじっくり考える暇もなく、かちゃりと響く解錠の音。

扉が開かれます。
0458名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/12(日) 18:51:36.21ID:pAtxlW2Z
「あぁ! かすみさん」

かすみ「せつ菜先ぱ……い?」

「……どうぞ、まずは中へ」

かすみ「え、あ、はい……」


すばやく促され、玄関は5秒と開かなかったでしょう、するりと中に入って、かすみと果林先輩はせつ菜先輩のお家に初訪問を果たしました。

せつ菜先輩のお家……そのはずです。


小綺麗に整頓された玄関に立ち、照明に照らされる彼女は、けれど……かすみの知る優木せつ菜の姿をしていませんでした。


「よく、こんなところまで来てくれました」

かすみ「せつ菜先輩……? あ、いや、たしか……」


せつ菜先輩の声を出す、その人物をかすみは知っていました。

黒髪の三編みで眼鏡をかけている、時代錯誤といってもいいほど生真面目な風貌。まさしく彼女は、虹ヶ咲学園の……


かすみ「――生徒会長?」

菜々「はい。優木せつ菜は、中川菜々の芸名なんです」


……例えば、ルフ○にはじめて攻撃したエ○ルのような顔を、かすみはしていたと思います。
0459名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/12(日) 18:52:36.83ID:pAtxlW2Z
菜々「ひとまず、私の部屋に入りましょう」

かすみ「は、はい……え?」


生徒会長……もといせつ菜先輩が背中を向けて、かすみはようやく気づきました。

それから、思い出します。通話していた頃、姿を見せてくれるよう頼むたびに、頑なに断っていたせつ菜先輩の、申し訳なさそうなあの声を。


菜々「あ。……あはは、もう、見られちゃいましたね」


樹の根っこ、でした。玄関から入った先、廊下の壁や天井にまで、歪な血管のように、暗く硬質な根っこが張り巡らされていました。

そして、その根っこが太く絡まり、集まったものが、ずるりと、せつ菜先輩の背中に伸びています。

恥ずかしそうに苦笑するせつ菜先輩の、その頬にも、よく見ればガサガサと細い根が覗いていました。


菜々「あまり、見られたくはなかったのですが……でも、かすみさんに会えたことのほうが、よっぽど大事です」

かすみ「こ、これって……?」

菜々「私の、両親です」


こんなに寂しく微笑むせつ菜先輩を、かすみはこれまでも、これからも見ることはないでしょう。

変異によって、ずるずると蠢き、強張りながらも生存するご両親。

それはせつ菜先輩に寄生しているようでした――――それはせつ菜先輩を規制しているようでした。
0460名無しで叶える物語(家)
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2020/04/12(日) 22:40:07.37ID:Oe1mZSk+
せつ菜がとりあえず元気で読んでて思わずホッとした
きせいされてるのが気になるけど次回どうなるやら
0461名無しで叶える物語(四国地方)
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2020/04/13(月) 04:29:22.98ID:IFl0BavA
お前もキノコに寄生されとるんやで…
0462名無しで叶える物語(茸)
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2020/04/13(月) 09:44:09.98ID:1XGMlR+6
せつ菜自身にって変異起きとるんだろうか...
これからどうなるんだろう
わくわく
0467名無しで叶える物語(しまむら)
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2020/04/16(木) 17:11:59.73ID:dce7w1Ob
保守
0473名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:09:00.00ID:PNQZ7S+s
菜々「両親は少し、厳しい人たちで、スクールアイドル活動は秘密にしていたんです」


手短に説明すると、そういうことになるようです。優木せつ菜はスクールアイドル活動限定の、中川菜々の理想の姿。どうりで、学校で見つけることが難しいわけでした。


菜々「今もこうして菜々でいることを強制されていて、家に縛り付けられて……でも、そんなこと、いまはどうでもいいんです」


かすみを自室へ招いて、せつ菜先輩はこちらに振り向きます。


かすみ「せつ菜先輩……わっ」


気づけば、ぎゅっと、せつ菜先輩に抱きしめられていました。


菜々「うっ…うぅ…よかった、かすみさんっほんとにっっ……」

かすみ「あ……」
0474名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:10:36.55ID:PNQZ7S+s
視界が滲んでいくのを見ました。いくらかショッキングな光景で引っ込んでいた涙が、また堰を切ったようにこぼれていました。

かすみさん、かすみさん、と精一杯につぶやくせつ菜先輩のひっくり返った声が、どうしようもなく涙腺に響くみたいで。

かすみも必死にせつ菜先輩の名前を呼んで。


涙でなにも見えなくても、お互いなにを言っているのかわからなくなっても。

腕の中の暖かさだけは、ずっと確かな現実で。


せつ菜先輩と一緒にいるなんて、そんな当たり前の事実が尊くて。


泣いて、泣いて、泣いて、それでも涙は止まらなくて。

自分でも、忘れていました。いつの間にこれだけの涙を我慢していたのやら。


ああ、どうか。

今だけは、残酷なこの時代から切り離して。
0475名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:11:35.92ID:PNQZ7S+s
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菜々「えぇっ! 車でここまで来たんですか!?」

かすみ「ふっふっふー。大人なかすみんを尊敬してもいいんですよ〜?」


しばらく経って落ち着いて、そんな話になりました。

積もる話はいろいろとありますが……にひひ、やはり一番の自慢ポイントですからね。

頭文字K! こんなにキャッチーなアイドルはかすみん以外にいないでしょう。


菜々「まさかオトナ帝国の覚醒したマ○オくん並のドライビングを!?」

かすみ「へっ?」


またなにをいっているのでしょう、この人は。


菜々「ああ、すみません。オトナ帝国というのはクレ○ンしんちゃん嵐を呼ぶモーレツオトナ帝国の逆襲のことで、その中の……」

かすみ「あわわ」


説明がはじまってしまいました。

まったく興味の湧かない弾丸トーク……もう、変わりませんねぇ、せつ菜先輩は。
0476名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:12:37.43ID:PNQZ7S+s
菜々「それで、果林さんも一緒に来れたんですね」


せつ菜先輩が部屋の奥に視線を向けます。果林先輩はそこで背中をベッドに預けているのでした。

いつもと同じく、深海のような沈黙を保って。


菜々「果林さん……今日も素敵ですね」


それは果林先輩に投げかけた言葉だったかも知れません。もちろん、反応はありませんでしたが。

せつ菜先輩の表情には、なにかしら満たされた感情があるように思えました。


菜々「ふふ、こうして三人集まれたのは、かすみさんのおかげですね。ありがとうございます、ほんとうに」

かすみ「ふ、ふ〜ん。もーっと褒めてくれてもいいんですけどね〜」


思い返してみれば、誰かに褒められるのなんて、いつぶりでしょう。


菜々「ええ、ほんとうに。かすみさんはすごいです」

かすみ「……っ!」


せつ菜先輩はさらに、頭をなでなでしてくれました。

やばいです、褒められたい欲が暴走しちゃいます。


菜々「ふふ、ふにふに」

かすみ「あれ?」
0477名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:13:44.68ID:PNQZ7S+s
なでなで、なでなでと、せつ菜先輩がなでているのは頭ではなく、そこに生えているきのこに移っていました。

これは違いますよ。


かすみ「あの、せつ菜先輩、それは……」

菜々「ああ、すみません。一度触ってみたくて、つい。こんな感触なんですねぇ……ふふ、ふふふ」

かすみ「せ、せつ菜先輩……?」

菜々「ああ、あぁ、くんくん……生かすみん! 最高です! かわいい〜!!」

かすみ「ぎゃー! もうっ耳元で大きな声出さないでください!」

菜々「はわー! プンスカかすみん激萌えです!」

かすみ「えぇ……」


ドン引きです。

そういえば、引きこもり仲間になってからというもの、せつ菜先輩の大好きは加速しているのでしたね……。

まあ、悪い気はしないのですけども。
0478名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:14:50.27ID:PNQZ7S+s
菜々「うーん、なんとなく懐かしい感触だったのですが」

かすみ「なに言ってるんですか、まったく。人が苗床になっているというのに」

菜々「苗床……うーんもっとこうイメージは」

かすみ「??」


せつ菜先輩はまだ空中をふにふにと揉む動作をしています。

その動作を見ると思い出す……果林先輩の唐突な胸揉みよりは、まあ、マシですか。


それから、話は『例のゲーム』へと移りました。


菜々「ど、どうでしたか!?」

かすみ「ど、どうって……」


シナリオライターせつ菜先輩の『百合ゲー』。しかも登場人物は同好会のメンバー。その上せつ菜先輩が主人公。

控えめにいって気持ち悪い一品なのですけども、なんだかんだやり込んじゃったんですよねぇ。


かすみ「ま、まぁ、よかったと思いますよ……?」

菜々「!! ……よかった。じゃ、じゃあエロスケでいうと中央値どれくらいになるでしょうか!」

かすみ「えええ、えろすけっ!?」

菜々「あぁ、エロスケというのはer○gamescapeというエロゲ評価サイトのことで、でも全年齢対象も扱っていて……」

かすみ「す、ストップですせつ菜先輩!」


このままじゃスクールアイドルがいっちゃいけない言葉もいっちゃいそうですよ!
0479名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:16:28.63ID:PNQZ7S+s
かすみ「というか同好会メンバーの百合ゲーな時点でほぼアウトですからね」

菜々「いえ、同性であるという葛藤を描いていないので、厳密には百合ではないと考えます。弱い百合かもしれませんが」


なんですか弱い百合って。


かすみ「よくわかんないですけど……その、き、キスだってしてましたしっ!」

菜々「あ、あれは……っ」


もじもじと、せつ菜先輩は頬を染めています。

あなたが書いたのでしょうに。


かすみ「りな子まで巻き込んで……あ、そういえば」

菜々「あ、そのことで」


ふと、二人同時に次の話題へと移ろうとしたところでした。

ざわざわと、わずかな喧騒が届いたのは。
0480名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:17:41.74ID:PNQZ7S+s
菜々「ああ、もうそんな時間なんですね」

かすみ「外、ですか?」

菜々「はい。『新しい人たち』の帰宅時間です」


『新しい人たち』。再編された彼らに、せつ菜先輩はそんな言葉を使いました。


菜々「今日でもう、5日目ですね。たぶん、金曜日です」

かすみ「金曜日?」

菜々「はい。いまのところ、異変発生前の一週間を再現しているようですから」


なんと。再現や模倣らしいとは思っていましたけれど、そこまで正確な追従だったとは。

それからはっと気づきます。異変発生前最後の金曜日……つまり、今日かすみの家にはかすみだけでなく、果林先輩もやってくる、ということです。


かすみ「………」


ぞっとします。あと一日でも出発が遅れていたら……。

自分自身ならまだしも、果林先輩の偽物を、かすみは対処できていたでしょうか。
0481名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:18:54.67ID:PNQZ7S+s
かすみ「明日からは、どうなるんでしょうか」


ガラス戸から外を眺めて、かすみはつぶやきました。これだけ高い場所から見ると、たしかに、再編された人々の動きがよくわかります。


菜々「想像しかできませんが……一つは、また月曜日から繰り返すパターン。『新しい人たち』に知性が無いならそうなります」

菜々「もう一つは、私達も知らない明日に進むパターン。これまでの五日間はいわば助走で、これから本格的に彼らの世の中になる場合です」

かすみ「………」


難しい話でした。できるだけ、考えたくない話です。

だからかすみは、話の方向を変えることにしました。


かすみ「再編があってから連絡くれなくなったのはどういうワケなんですか? まったく、心配したんですから!」

菜々「そ、そうなんです! 急にかすみさんに繋がらなくなって……でも、こうしてかすみさんが無事だということは、璃奈さんが……」

かすみ「りな子……?」

菜々「かすみさんへの通信は特別に固いセキュリティで、璃奈さんが仲介してたみたいで――」


その言葉の意味を考える前に、話は中断されました。

「がちゃり」と、玄関の開く音が響いて。
0482名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:20:19.69ID:PNQZ7S+s
かすみ「せ、せつ菜先輩……ですか!?」

菜々「そうですね。たしか金曜日はこのくらいの帰宅時間でした」


うろたえるかすみとは対照的に、なぜかせつ菜先輩は落ち着いています。


かすみ「せつ菜先輩……?」


そういえば。

単純な疑問――――せつ菜先輩は自分の偽物を、どう『対処』しているのでしょうか?


菜々「………」

かすみ「………あ」


せつ菜先輩は動きません。けれど、代わりに動く存在が、この家には残っていたのでした。

――――せつ菜先輩のご両親。
0483名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:21:27.32ID:PNQZ7S+s
短い悲鳴が聞こえました。

その声は、たしかにせつ菜先輩と同じもので。


あとはずるずる、ずるずると根のこすれあう音が響いていました。

事は、それでお終いのようです。


菜々「両親は中川菜々を求めているんです」


せつ菜先輩は語ります。


菜々「優木せつ菜ではなく、中川菜々を。新しく生まれた中川菜々も、私と同じように取り込もうとしているみたいなのですが」

菜々「私と違って、どうやら消滅しちゃうみたいですね」


感情を抑えているような、感情が空っぽのような、そんなせつ菜先輩を見たくなくて。

かすみはあえてはっきり、言いました。


かすみ「まあかすみんは燃やしましたけどね!」
0484名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:23:04.45ID:PNQZ7S+s
そして、夜。


菜々「ふふ、ふふふ……」

かすみ「せつ菜先輩気持ち悪いです」

菜々「ふふ、ふふふ……」

かすみ「聞いてない!?」


いろいろあったこの一日。最後は、せつ菜先輩と一緒のベッドで眠ることになりました。

にやにやしてるせつ菜先輩が気持ち悪いような可愛いような複雑な感じですが、こんなに暖かい寝床は久しぶりです。


菜々「ふふ、すみません。あまりに幸せで幸せで、ふふふ」

かすみ「はぁ〜かすみんの可愛さは罪ですね〜」


もちろん、幸せすぎて、にやけたくなるのはかすみも同じだということは秘密です。

負けたような気分になりますからね、我慢しないと。


菜々「……果林さんの光、綺麗ですね」

かすみ「……はい」


夜になれば果林先輩の青い燐光が目立ちます。

静謐な青色に、部屋は満たされていました。
0485名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:24:18.78ID:PNQZ7S+s
菜々「かすみさん、その……抱きついてもいいですか?」

かすみ「……いいですよ」


布団の中で、お互い向き合って、かすみ達は夜を分け合います。


菜々「すみません、年上だというのに、こんな有様で」

かすみ「……いいんです」


こうしていると、気づいたことがあります。気づいた、というより、思い出したというほうが正しいでしょうか。


せつ菜先輩の身体はかすみと同じか、それより小さいのでした。
0486名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:25:33.36ID:PNQZ7S+s
淡く青色に浮かび上がるせつ菜先輩の部屋。

本棚には参考書の類がところ狭しと詰め込まれ、なにかの表彰状やトロフィーも几帳面に飾られています。

はたから見れば優等生そのものの部屋のようですが……けれどそれらは中川菜々のものであり、優木せつ菜のものは何一つとして見受けられません。


あれほど自分の大好きを全面に押し出しているせつ菜先輩だというのに、ラノベも、DVDも、見えるところには置いてありませんでした。


かすみ「…………」


腕の中のせつ菜先輩の、その背中に手を伸ばせば、ごつごつと硬い樹皮がご両親の存在を嫌でも伝えます。

それは地面に縛る根というよりも、ほとんど鎖のようでした。
0487名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:27:00.44ID:PNQZ7S+s
かすみは反省しなければなりません。

まずはせつ菜先輩のもとへと、そう決意して出発したあのとき。

せつ菜先輩ならヒーローみたいに、世界を救っちゃうんじゃないかなんて冗談でも考えたあのとき。


心のどこかで、せつ菜先輩と一緒にいればあとは任せていいと思っていたこと。


かすみは間違っていました。一介の女子高生にヒーロー像を期待すること自体、おかしなことだったのでした。

優木せつ菜は正体不明のヒーローなんかではなく。

みんなのよく知る中川菜々という一人の生徒で。


こうして抱き合うほどよくわかる……かすみより小さな身体をしている、普通の女の子なのでした。
0488名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:28:26.80ID:PNQZ7S+s
とても良い夜でした。

せつ菜先輩の暖かさと柔らかさ、それから、ごつごつした硬い根の感触。

果林先輩の淡い光。


それら全てが大切な現実で、ひとつひとつが幸せを形作っています。

腕の中のせつ菜先輩は落ち着いたのか、すーすーと、優しい寝息が首元にくすぐったいです。


とても良い夜でした。これ以上ない夜でした。

だからかすみは、もうすっかり安心して……一つの決意と共に明日を迎えることにしたのでした。
0489名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:29:46.12ID:PNQZ7S+s
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菜々「ど、どうしてですか……」


翌朝。かすみはせつ菜先輩に出発することを伝えました。

出発といっても、また都内ではありますけれど。


菜々「危険です。なにがあるかわかりません、特に今日からは! ここにいれば、多分安全ですし……」

かすみ「はい。だから、果林先輩のことはお願いします。ほかの連絡の取れなくなったみんなのことは、かすみんに任せてください!」

菜々「でもっ……かすみさんが危険で……!」

かすみ「ふふん。心配ご無用です。かすみん――『無敵』ですから」


せつ菜先輩は困りきっていました。理由はわかります。

ご両親に縛られているせつ菜先輩は、外に出ることができないから。

みんなのことが心配でも、自分からなにかできることはないのでした。
0490名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:31:16.87ID:PNQZ7S+s
せめてもう少し留まってというせつ菜先輩の願いにも、かすみは応えませんでした。

だって、すぐにでも出発しないと、もう出れなくなっちゃいそうなくらい心地よかったのですから。


菜々「――これを」

かすみ「お守り?」


問答の末、怒っているのか、泣いているのかわからない表情のせつ菜先輩は、一つのお守りをかすみに手渡しました。

なんともせつ菜先輩らしい、二次元的古風な餞別かと、最初はそう思ったのですが。


菜々「ある朝起きると握っていたんです」

かすみ「へ?」


それはどこかで聞いたことのあるような話でした。

それから、せつ菜先輩は続けます。


菜々「歌詞を、いまでも書いています。みんなで歌う、新しい歌の歌詞を。だからきっと――――」
0491名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:32:25.29ID:PNQZ7S+s
外に出て、空を見上げます。

せつ菜先輩の部屋はどれだったでしょうか。下からではちょっと、見つけるのは難しいです。


かすみ「………」


正直な話。自分でもこの選択が正しかったのか、ただの思いつきに意固地になってしまったのか、よくわからないのですが。

脳裏に浮かぶ、みんなと一緒に笑い合う未来を目指そうとすると、自然と、この選択になるみたいです。


結末に保証はできないけれど。

胸を張って歩める選択には、違いありません。


さて。

今度は一人になってしまいましたし、景気づけに一つ、やっておきましょう。
0492名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/04/19(日) 23:33:41.21ID:PNQZ7S+s
かすみ「やっほ〜! みんなのアイドル! かすみんだよ〜!」

かすみ「えっへへ〜みんな元気〜? かすみんは元気だからね〜!!」

かすみ「実はぁ……大切な友だちに会えてすっごくハッピーなんだ〜!」


車の中で、かすみの声が反響します。

果林先輩がいなくなった分、響き方が異なるような気もしますが、気の持ちようかも知れません。


行き着く先はまだ不明瞭ですけれど。

この車にはもう少し、頑張ってもらうことになりそうです。


というわけで……次は、愛先輩とエマ先輩の元へ。
0494名無しで叶える物語(四国地方)
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2020/04/20(月) 03:26:06.17ID:2M3yAU9N
果林ちゃんがついに倉庫に預けられるアイテムのように…
0501名無しで叶える物語(らっかせい)
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2020/04/23(木) 14:57:33.02ID:F0lp191K
🚘 🍄
0516名無しで叶える物語(光)
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2020/05/01(金) 23:54:42.67ID:VHNyfDen
東京都心で一番高い地点というと、誰もが東京スカイツリーだと即答するのではないでしょうか。

新しく巨大なランドマーク。高いという観点で、これほど象徴的な建築物もそうそうないのですから。

では一方で、一番低い地点はというと、いったいどれほどの人が答えられるでしょう。


東京の地下について。


水道ガス管各種インフラ、暗渠となったかつての河川も飛び越えて、東京の地下には私鉄や高速道路まで蜘蛛の巣のように張り巡らされています。

それらはまるで地層のように、時代が下るにつれてお互い干渉することのないようにと、深く深くへ開発が進んでいます。

たとえば深いイメージのある大江戸線などは、地表から40mにも達する箇所すらあるのだとか。
0517名無しで叶える物語(光)
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2020/05/01(金) 23:55:26.99ID:VHNyfDen
深度の話だけにとどまりません。

地下というのは存外広大な空間を持っていて、「地下を舞台にバトルすることもあるんですよ!」とはせつ菜先輩の弁です。

「『み○るひと』で読みました!」とかなんとか。


誰もが身近な地下空間。けれど、その全貌は露として知れず。

日常と隣り合わせの非日常空間として、それこそ異変発生前からすでに、まるで底が見えません。


であれば、地上にさえ人外が跳梁跋扈するこの時代。地下でハードボ○ルドなワンダーランドが展開されたとて、さして不思議ではないのかもしれません。

地下。地の底。……あるいは根の国。

そこははるか昔から、異界とされてきたのですから。


夢か現か、その境界に、きっと意味はないのです。
0518名無しで叶える物語(光)
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2020/05/01(金) 23:56:08.62ID:VHNyfDen
かすみ「――ひぃっ」


ぴちょん、と首筋に水滴が一つ。思わず飛び上がって冷たい壁際ににじり寄ります。おそるおそる天井を見てみれば、そこから水滴が滲み出しているだけのようでした。

ふぅ、と一安心。いえ、まったく安心できる環境ではないのですけれど。


かすみ「うぅ……どうしてこんなとこに」


意気揚々とせつ菜先輩と別れたかすみんですけれど、ぼやかずにはいられませんでした。

りな子のマップに案内されて、あれよあれよと進むうちに、どことも知れぬ地下空間へ誘われるなんて、想像の埒外だったのです。


かすみ「……ほんとうに、愛先輩とエマ先輩いるのかなぁ」


つぶやきはエコーとなって、どこか遠くへ離れていきます。

薄暗く湿った地下道。ざりざりと自分の足音さえ目立つ閉鎖空間。

照明が設置されていることから、かつてはなにかしらの通路だったと思われますが、今となっては用途不明な迷宮です。


限定ジ○ンケンも借金すらもしていないのに、まさかいきなり地下送りになるとは……。
0519名無しで叶える物語(光)
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2020/05/01(金) 23:57:07.27ID:VHNyfDen
お父さんの車、無事に残ってるといいなぁ、なんて思いながら進むことしばらく。いつの間にかかすみは、湿った通路を抜け出して、開けた空間に出ていました。


かすみ「んぅ」


狭い通路に比べて明るいその場所に、わずかに目を細くしちゃいましたが、依然として地下にいることは変わりなく。

けれど、広くなった視界を見渡して、なるほどと理解しました。


壁際に立ち並ぶ真新しいテナントの数々、まだブランド名もついていないままのそれらは、内装すら未完成でハリボテのお城のような印象を与えます。

埃っぽくて、ちょっぴり薬品っぽい臭気……どうやらここは工事中の地下商業施設のようでした。


世に出ることなく停止した人類の遺跡。拠点としてはたしかに良さそうです。
0520名無しで叶える物語(光)
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2020/05/01(金) 23:57:37.29ID:VHNyfDen
「お客さん」

かすみ「!!!」


心臓が飛び出るかと思いました。すっかり油断していたかすみのそばに、ぼろ布を被ったトカゲだか人間だかわからない存在が寄っていました。

びっくりしすぎて、声も出なかったのは幸運でしょうか。


「お客さん……悪いがもう品切れだよ」

かすみ「は、はい?」


砂利をすり潰したような声でした。ぼそぼそと、じゃりじゃりと、それは押し殺した立ち話。

いったい何の話でしょう?
0521名無しで叶える物語(光)
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2020/05/01(金) 23:58:17.45ID:VHNyfDen
「DDDはもうないよ……Mならまぁ、ないこともないが」

かすみ「???」


でぃーでぃーでぃー? と頭の中で思い浮かべてみても、まったく見当がつきません。

黒衣の売人はかすみの返答を待っていたようですが、すぐに合点したようでした。


「なんだ、冷やかしか。結構、結構」


そう言うと、元から目深に被っていたぼろ布を、いっそう深く被り直します。わずかに見えたその体表は、乾いた鱗でぎらついていました。


「DDDもいずれまた手に入る。それまでは……しゅる……手頃なガスでも使うといい」


ちろりと覗いた蚯蚓のような舌は口元を湿らせるためでしょうか。……いや、そんなことはどうでもよくて。

なんとなく、不穏な空気です。できれば関わり合いになりたくない類の。
0522名無しで叶える物語(光)
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2020/05/01(金) 23:58:48.94ID:VHNyfDen
黒衣の売人。ベースは爬虫類か、それとも人か。ぼろ布で全身を覆っているせいもあって、正確なところはわかりません。


「……しゅる……またご贔屓に」


彼はそう言い残して、暗がりへと戻っていきました。


「………うぎゅぷフ」

「……かぶ……かぶ……」


よくよく見ればこの地下施設、テナントをそれぞれ縄張りのようにして住み着いている人々がいます。

明らかに毛むくじゃらだったり、目の数が尋常でなかったり、人と呼ぶには人間性に乏しいような方達ばかりのような気がしますが……。

不穏な空気はさっきの売人だけではなくて、このフロア全体に満ちているようでした。


気だるくて重く、息詰まる緊張感。

それはまるでアングラとして当然のように。


かすみ「………」


ごくりと生唾を一つ。もう一度思わずにはいられませんでした。

愛先輩とエマ先輩は、ほんとうにここにいるんでしょうか?
0523名無しで叶える物語(四国地方)
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2020/05/02(土) 02:53:11.51ID:51lw9wRW
ヒエッ
0527名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:43:24.17ID:YzdBEsIm
とはいえ探すしかありません。マップの案内は完了したようで、これ以上の助言はありませんでした。

この近辺にいるか、もしくはいたのか。そういうことなのでしょう。

大声で呼ぶというのは、この雰囲気では避けたほうが良さそうですが、フロア全てを静かに見回るだけならそれほど時間もかからないでしょう。


かすみ「……よし」


大丈夫です。可愛いは無敵。可愛いはかすみん。かすみんは無敵です。

開店前の特別なウィンドウショッピングといきましょう。ちょうどこのところの異変続きで、オシャレなお買い物なんてご無沙汰だったのですから。
0528名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:46:41.88ID:YzdBEsIm
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かすみ「……いない」


不満を叫びたいところを抑えて、ぽつりとつぶやきます。ええ、かすみん冷静なので。

見つかりませんでした。ひと通りフロアを見回ってみたものの、テナントに住み着いているのは人モドキの人外たちだけ。

この地下商業施設への正規の入口と思われる扉は、厳重に封鎖されていて出入りすることができず。あとはかすみが通ってきた抜け道と……。


かすみ「ここ……」


締め切られた大きめの飲食店らしきテナント。施錠はされていないようですが、なんとなく不気味で避けてしまいました。

これを開けるか、人外たちに居場所を尋ねるかなのですが……どうやら無気力な方ばかりのようで、まともな答えは返ってきそうにありません。

どころか、意外なことに、側を通ろうとするだけでよろよろと隠れようとする有様なのでした。こんなに可愛いかすみんを避けるなんて、やっぱりまともじゃないですよね?


襲われる心配がなさそうという点は良かったのですけれど。あの売人や活力に満ちていたカメさんなどとはどうも勝手が違うようです。
0529名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:47:40.40ID:YzdBEsIm
となるとやっぱり、残された手は一つしかないみたいで。


かすみ「……うん」


最後に残した扉に手をかけます。結局、すべて調べずに帰るなんて、できるわけもないのですし。

名前もついていない飲食店。頭皮のぴりつくこの不気味な感触は、いったいどこからくるのでしょう。

どこか違和感を抱きながらも、それを振り切るようにして、かすみは扉を開きます。


抵抗なく開いた先の薄暗い店内。暗がりに潜む内装を見凝らそうと一歩、足を踏み入れてすぐ……とある匂いに包まれていました。


かすみ「ん……ぅん?」


不思議な香り。懐かしい香り?

鼻腔を満たすその芳香、どういうわけか、視界はすみれ色に狭まって――――


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0530名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:48:13.07ID:YzdBEsIm
愛「かすみん遅いよ〜」

エマ「かすみちゃん! こっちこっち」

かすみ「あ、愛先輩……? エマ先輩?」


熱望した二人が、目の前に立っていました。……『熱望した二人が』?


璃奈「次、かすみちゃんの番。お客さんたち待ってるよ」

かすみ「りな子……お客さん?」


そこはステージ脇。暗がりから視線をそらせば、ライトアップされたステージ中央が光り輝いていました。

客席からでしょうか、ざわざわと、熱気も伝わってきます。
0531名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:48:42.68ID:YzdBEsIm
ああ、そうだ、そうでした。

今はライブの時間。次はかすみんがステージに上がって、みんなのハートを掴む番でした。


果林「あら、かすみちゃんもしかして……緊張してる?」

かすみ「ひゃぁっ」


果林先輩が後ろからほっぺをつまんできて、思わず飛び上がります。


果林「ふふ、緊張ほぐさないとね」

彼方「あ〜彼方ちゃんもやりた〜い」

かすみ「やーふぇーふぇーくーらーはーいー」


むにむにと左右から、かすみんの超絶キュートなほっぺたで遊ばれちゃいます。そこをほぐしてどうするんですか、もう。

元から羽二重餅くらいもち肌ですよ?
0532名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:49:17.94ID:YzdBEsIm
しずく「かすみさん、頑張ってね!」

歩夢「かすみちゃんの可愛いところ、いっぱい見せてね!」

かすみ「ふふん、お客さんと一緒に、み〜んなまとめて魅了しちゃいますよ!」


みんなから確かに背中を押されて、かすみはステージへと進みます。

ほどよい緊張感。コツコツと、衣装のヒールが響くたび、高まる集中。

見ていてくださいね。世界一可愛いかすみんのライブ、スタートです。
0533名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:50:56.75ID:YzdBEsIm
かすみ「あぁ、ヒカリ――――♪」

観客『――――!!』


客席のみなさんの盛り上がりが、これでもかと伝わります。暗闇に浮かぶ一面イエローのペンライト。キラキラときれいな星々が、かすみんの歌に合わせて波になる。

ああ、すごいです。こんなに調子のいいライブは初めてかもしれません。

このまま最後まで全開でいきますよ!


かすみ「L・O・V・Eかすみん! いきますよ〜〜……せーのっ!」

かすみ「L・O・V・Eかすみん!」

観客・せつ菜『L・O・V・Eかすみん!』

かすみ「L・O・V・Eかすみん!」

観客・せつ菜『L・O・V・Eかすみん!』

かすみ「――合格っ♡」

観客・せつ菜『わぁああああああああ!!』


みなさん完璧なレスポンス! いや、せつ菜先輩が客席にまぎれていたような気もしますが。たぶん気にしたら負けです。
0534名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:51:41.01ID:YzdBEsIm
かすみ「あぁ、きらり――――♪」


勢いに乗ったままラスサビへと、最高のままライブが終わろうとするところで……異変は起こりました。


かすみ「――――え?」


バキバキと、足元が揺らぐほどの衝撃。

客席を暗がりに覆っていた天井が、音を立てて崩れていきます。


かすみ「え? え?」


混乱してわっと逃げ出すお客さんたち。光の差し込むその隙間から、現れたのは巨大な怪物。

ごつごつと暗い体表を震わせて、唸り声を上げながらステージへと近づいてきました。


怪物『GRURURURUU……』

かすみ「ひっ……」


なんでしょう、これは、いったいどういう……?
0535名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:52:21.14ID:YzdBEsIm
せつ菜「かすみさん! 下がってください!」

かすみ「せつ菜先輩!?」


颯爽とステージへ上がったのは真紅のライブ衣装に身を包んだせつ菜先輩。怪物とかすみの間に、立ちふさがるようにして構えます。


かすみ「ちょ、ちょちょ、危ないですよっ」

せつ菜「任せてください――――はぁ〜〜『せつ菜☆スカーレットストーム!!!』」

かすみ「え?」


なんということでしょう。振り絞られたせつ菜先輩の拳から、赤い竜巻が発現して怪物を貫きます。


怪物『GUUUUUUU……!』


苦しそうな叫びを上げる謎の巨体。その声だけでもステージ全体が震えます。
0536名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:53:23.50ID:YzdBEsIm
せつ菜「くっ……パワーが足りません!」

かすみ「いやあの……」

エマ「私に任せて〜」


ステージ脇から、今度はエマ先輩がふんわり登場します。困惑するかすみは置いてけぼりに、手のひらを掲げ、またも技名のようなものを紡ぎます。


エマ「『マイナスイオン放出』〜」


とってもゆるいその言葉とは裏腹に、エマ先輩の手のひらからは青っぽいビームのような何かが確かに放出されていました。

プラズマク○スターよりは明らかに出ていたと思いますよ?


怪物『GUAAAAAAAA!!!』


効果はばつぐんのようで。
0537名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:53:51.63ID:YzdBEsIm
せつ菜「さぁ、あとはかすみさん!」

かすみ「えぇっ!? かすみんそんな必殺技持ってないですけど!?」


というかこれは何なのでしょう? 茶番? 茶番と言っちゃっていいのでしょうか?


璃奈「大丈夫、かすみちゃん、これあげる」

かすみ「りな子、これって……?」

璃奈「女性でも扱える謎の超重量武器……その名も1○0トンハンマー」


りな子にひょいと手渡されたそれは、普通なら手に余るほどの巨大な木槌。なんだか、せつ菜先輩に勧められたアニメで見たことあるような……。

あれ、いつ勧められたんだっけ……?


怪物『GURURURURURURU……!!!』


疑問をはさむ余地もなく、怒れる怪物はステージへとにじり寄ってきます。

ズシンズシンと天井を壊しながら……ああ、なんでそんなに打ちやすい高さに頭があるのでしょう。
0538名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:54:28.29ID:YzdBEsIm
怪物『…………!!!』

かすみ「え〜いっ!」


吹っ切れたように、かすみはハンマーを振り下ろします。ずしりと、重い感触。

ハンマーごと地面に埋まった怪物の頭は、もはやなにも唸ることなく沈黙しました。


歩夢「やったねかすみちゃん!」

かすみ「は、はい……ん?」


なんだかあっけない、と思う間もなく、どこからかステージに流れ始めるBGM。このしっとりとして、それでいて胸の震える前奏は……?


せつ菜「Get W○ld! エンディングですね」


いや、もう意味がわかんないんですけども。
0539名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:54:59.60ID:YzdBEsIm
わいわいと、戻ってきた観客たちと盛り上がる同好会のみんな。大団円と、そういうことなのでしょうか。


かすみ「う〜ん」


せっかく、かすみんの最高のライブ中だったのに、全部忘れられちゃったみたいです。


かすみ「え? よかった?」


そんなかすみんを気にしてか、声をかけてくれた優しい人がいました。


かすみ「か、可愛かったって……ふふん♪ 当然じゃないですか〜! かすみんが可愛いのは当たり前ですから」

かすみ「えへへ、でも、言ってもらえると嬉しいです。ずっと見ててくださいね――――先輩」


ーーーーーーーーーー
0540名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:56:11.00ID:YzdBEsIm
かすみ「――――ふぇ」


暗がりに天井が見えました。壁紙も貼られていない、建材むき出しの天井です。

あお向けに倒れていると気づくのに、そう時間はかかりませんでした。


かすみ「…………」


むくりと身体を起こすと、ぐわんぐわんと頭の中が揺れるみたいでした。なんだか気持ち悪い。

休みの日に昼過ぎまで寝ちゃったときくらい気持ち悪いです。


かすみ「寝てた……?」


ひとりごちてみても、納得いきません。もっと、摩訶不思議ななにかに巻き込まれたような……?
0541名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:56:33.00ID:YzdBEsIm
かすみ「ここは……」


場所はさっき扉を開いた飲食店で間違いありませんでした。それも、入口付近でかすみは倒れていたみたいです。

中に入ってすぐぱたり、ということでしょうか。


かすみ「う〜ん?」


よくわかりません。狐につままれたような。まあ、この時代にそんなことはいくらでもありそうですけれど。

店内は少々荒れていました。というよりも、この未完成の地下商業施設にあって、この飲食店は荒れるだけの荷物が運ばれていたようです。

机や椅子、それらは使われたような痕跡があるものの、倒れていたり壊れていたりで、乱雑としています。


少なくとも、愛先輩やエマ先輩はいないみたいでした。
0542名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:57:04.14ID:YzdBEsIm
??「可愛いきのこ、お目覚めかい」

かすみ「………?」


ぽそぽそと、老人のような乾いた声。店の外からでした。


??「可愛いきのこ、夢を見たね。扉を閉じて、離れなさい」


かすみに声をかけているのだと、ここで気づきました。可愛いきのこって、そこ本体じゃないのですけれど。


かすみ「………」


ひとまず、店を出ることにします。声の言う通りにして大丈夫かは置いておいて、店内にいつまでもいるわけにはいきませんし。

それに、気のせいでなければ、ここの空気は少し淀んでいました……すみれ色に。
0543名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:57:26.77ID:YzdBEsIm
壁さん「可愛いきのこ、よく来たね」

かすみ「はぁ」


声の主は通路に出てすぐわかりました。作りかけのこの地下施設の壁に、オブジェのように彫られた人の顔。それがモゴモゴと動いて、声を響かせていました。

黙っていれば見落としちゃいそうです。


壁さん「可愛いきのこ、人を探しているね」

かすみ「……あなたは?」

壁さん「ただの壁だよ。でも完成すれば、待ち合わせ場所の一つ、だった」


いまではただの壁、と壁さんは繰り返しました。


壁さん「いけふくろうみたいになるはず、だった」


そこはかとなく残念そうなのが、おかしいような、なんとも。
0544名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:58:25.28ID:YzdBEsIm
壁さん「可愛いきのこ、DDDの残滓を吸ったね。あの店にまだ、残っていた」

かすみ「DDD……?」


同じワードを、確かあの黒衣の売人も言っていました。いや、それよりも、この言葉の通じる壁さんに、聞かない手はありません。


かすみ「あの! 聞きたいことが……もしかして、宮下愛とか、エマ・ヴェルデという名前に聞き覚えないですか!?」

壁さん「愛……エマ……。知っているよ、この地下で、太陽みたいに輝いていた」

かすみ「!!」


手がかりが、ここにきて現れました。りな子のマップは正しくて、ここがゴールで間違いなかったのです。


かすみ「じゃ、じゃあいまはどこに」

壁さん「まだほんの数日前。この地下にたくさん人がいたころ」

かすみ「え?」
0545名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:58:49.35ID:YzdBEsIm
耳を疑う内容を、壁さんは語ります。


壁さん「生まれ変わった多くの人が、不安でただ立てこもる中、二人は歌で和ませた」

壁さん「太陽みたいに輝いていた。不安は消えて、落ち着いて、みんな結束していた……外からDDDが来るまでは」


またよくわからない、その単語。


壁さん「DDD、誰かが言った……DayDreamDrop。ある特殊な人間の体液から精製した、とろける夢を見る薬。すみれ色に揮発して、千の夢に落ちる飴」

壁さん「二人が気づいたときにはもう手遅れで、現実を忘れた人々が争いはじめた。地下は安全じゃなくなって、人はみんなどこかへ消えた。……だから、いまはもうわからない」


怖かった、怖かったと、壁さんは何度もつぶやきました。いったい彼は何を見たのでしょう。

いったい愛先輩とエマ先輩は、この地下で何に巻き込まれたのでしょう?
0546名無しで叶える物語(光)
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2020/05/04(月) 23:59:15.71ID:YzdBEsIm
壁さん「可愛いきのこ、会えてよかった。ここにはもう、怯えたもさもさしかいないから」


その言葉を最後に、言うべきことは言ったのか、壁さんは口を閉ざしました。もとからただのオブジェだったように。

ひとつだけ安心できたのは、愛先輩とエマ先輩がこの地下で、みんなに希望を与えていたということ。それはまさしく、かすみの知っている二人だったから。

ただ、それ以外は……。


かすみ「わかんない……」


重要な事実……愛先輩とエマ先輩はもうここにはいない。いまはどこへ?

DDD、夢に落ちる飴。どうしてそんなものが?

それに……。


かすみ「なにか、大切なことを忘れているような――――?」
0569名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/05/17(日) 23:41:04.03ID:SPZ7abCj
摩訶不思議な菌によって人類のほとんどが人間性を失い、その他動植物が人間のように振る舞うこの時代。

ひと目で人外とわかる存在もいれば、再編された人々のように普通の人間とまったく同じに見える存在もいます。

かすみんのような前時代の生き残りからすれば、その二種類の生物はひとまとめに人間以外なのですけれど、どうやら生活圏は異なるようで。

再編された人々などは何事もなかったかのように前時代の生活を踏襲しているみたいですが、変異した人外たちはまったくやりたい放題です。


例えばグルテンさんは自分で商売を初めていますし、カメさんは進みたい方向にまっしぐら。

地下ですれ違ったあの黒衣の売人も、変異した人外の一つの生活例といえるかもしれません。
0570名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/05/17(日) 23:41:41.68ID:SPZ7abCj
商売、売人……よくよく思い返してみれば彼らの中で流通と商業が行われているのは明白でした。

であれば、ひとところに店舗を構えた人外がいても当然だったのです。

例えば戦後いたるところで闇市が発達したように、異変以後のこの混乱の中で、彼らが集い怪しげな商いを繰り広げる……。


いわば『人外たちのマーケット』。


今回の舞台はそんなところになるみたいです。
0571名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/05/17(日) 23:43:04.90ID:SPZ7abCj
かすみ「……わぁ」


みんなの居場所の手がかりを失って、あてもなくドライブをした先に、その『マーケット』はありました。日も暮れてきた時間のことでした。

辺りが暗くなってきたから、『マーケット』の青白い光に気づけたのかもしれません。


ざわざわとした喧騒。それはけして誰かが暴れているとかではなく、単純に人が多いためでした。……人というか、人外のようですが。


かすみの記憶では東京湾沿いの公園や商業施設があった場所のはずですが、元の形がわからないほどに賑やかな屋台が並んでいます。
0572名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/05/17(日) 23:43:57.67ID:SPZ7abCj
見える範囲に純粋な人はいないようでした。これだけの人外を見たのは、なんだかんだで初めてです。

それでもあまり恐ろしくないのは、これまで数人の人外と普通に会話?しているせいでしょうか。

無軌道に見えてもルールがあるのか、少なくとも襲われたことはないんですよねぇ。


視界の先には赤い提灯の果てが見えないほどの『マーケット』。どんちゃん、ちんどんと、どこかお祭りめいた音楽も響きます。実際、お祭りなのかもしれません。

恐ろしさを感じにくいのは、そのざわめきに、かつてみんなと楽しんだ屋台を想起したせいでもあるのかも……。


かすみ「………」


いつかのお祭り。またみんなと行けたらいいな、なんて思うのは甘い考えなのでしょうか。
0573名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/05/17(日) 23:45:25.31ID:SPZ7abCj
店主A「お嬢ちゃん、これに興味があるのかい」

かすみ「……え?」


『マーケット』の入口の屋台の店主に声をかけられました。ぼーっとしていたのが、商品を眺めていたと勘違いされたみたいです。

店主はつり目のゾウでした。二足歩行の人型ではありますが。


店主A「これはすごいよ。水を一定量、その場に留めておくことができる。移動させることだって簡単だ」

かすみ「はぁ」


店主が勧めているのはただのガラスのコップでした。


店主A「今なら特別に安くするよ」

かすみ「いりませんけど」
0574名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/05/17(日) 23:46:14.25ID:SPZ7abCj
店主A「あ、そ」


思わずはっきり断ってしまいましたが、あまり気にしていないみたいです。

ここでかすみん閃きました。会話ができるということは、情報収集できるということです。


かすみ「あの、人を探してるんですけど」

店主A「人探しか。それなら情報屋に頼むといい」


店主はその長い鼻を『マーケット』の奥深くへ指しました。このどこかにいると、そういうことでしょうか。


店主A「おめでとうお嬢ちゃん。ここはよすがら市、異界につながるマーケット。望むものはなんでも手に入る魔法の市場だ。人探しであっても同じこと」


ただし対価があるならば。……店主はそういって、他のお客の相手に移りました。
0588名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/05/24(日) 23:23:09.99ID:aXeRdl8V
かすみ「むむむ……」


視界の先に広がる得体のしれない『マーケット』。海が近いはずという記憶を裏付けるように、どこからか潮風は香るのですが、海岸線は見えません。それほどに屋台がひしめき、重なり合っています。

このどこかに「情報屋」がいるという、その情報自体が信頼できるものなのか微妙なところではあります。でも、不思議と受け入れている自分がいました。


なにせ、なにが起こってもおかしくないこの時代です。人外たちのマーケットだなんて、ちょっとした奇跡でも起きそうじゃないですか?


単にわらにもすがるなんとやらに過ぎないのかもですけども。

他に手段もないですし。


かすみ「……うん、みんなを見つけるんだから」


そう自分を鼓舞して、かすみは『マーケット』に進むことにしたのでした。
0589名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/05/24(日) 23:24:17.23ID:aXeRdl8V
……この判断が正しかったのかどうかは、最後にならないとわからないのですけれど。

少なくともこの時かすみは、よく知られた当たり前の法則をすっかり忘れていました。


――なにかを得るためには、なにかを失わなければならないということを。


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0590名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/05/24(日) 23:25:03.57ID:aXeRdl8V
『マーケット』の出店形式はお店によって異なるようでした。入口のほうでは地面に布を広げるだけやお祭りの露店のようなつくりが多かったのですが、奥に進むほどバラック様のお店が目立ってきます。

柱に屋根を通しただけの仮設店舗。とはいえ店舗ごとのしきりははっきりしているのか、ちょっとした住居のようでもあります。

いたる所につるされた赤い提灯は煩雑にコードをぶら下げていて、スーツ姿のシカなどは頭をくぐらせながら歩いていました。角が立派すぎたようです。

お店とお店の間にめずらしく隙間があると思ってひょいと覗くと、その向こうにも『マーケット』は広がっていました。いったいどこまで続いているんでしょうか。


無限に? いやいやまさか。


右には河童、左には件が歩いています。史実伝承を超越して、いろんな生き物が乱雑に行き交っている『マーケット』は獣臭さや香辛料の匂いで鼻がつまりそうでしたが、どこかレトロで懐かしい香りもするのが不思議でした。
0591名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/05/24(日) 23:25:40.59ID:aXeRdl8V
店主B「やぁ嬢ちゃん」


声をかけてきたのは色が反転したパンダでした。店先には特徴的な形の鉄板が火にくべられています。


店主B「どうだい一つ。今川焼きに大判焼きに七越焼き、なんでもあるよ」


色が反転したパンダは手先が器用なようで、鉄板の取手をぐるぐるまわして上下を返したのち、ぱかりと蓋を開けました。

熱気と一緒にふわりと甘い香りが飛び出します。


店主B「おぉいい感じ」

かすみ「全部いっしょじゃないですか」


そこにあるのは出来たての今川焼きでした。
0592名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/05/24(日) 23:28:29.76ID:aXeRdl8V
店主B「そうともいう。しかしどうかね? 名前と実物と、どちらが本質に近いかね?」


店主は今川焼きを鉄板から保温ケースへぽいぽい落としていきます。それから一つとって手際よく紙に包みました。


店主B「特に名前のないものに名前をつけるときなんか、いっそうの注意が必要だ。本質を外すと……おお怖い」


そういいながら店主はもぐもぐ今川焼きを食べていました。


店主B「ほふっうむ、七越焼きはうまい」


いや自分で食べちゃうんですか。
0593名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/05/24(日) 23:29:01.81ID:aXeRdl8V
店主B「はいサービス」

かすみ「え? あ、ありがとうございます?」


自分で食べるだけかと思いきや、かすみにも一つ譲ってくれました。

あれ、無警戒に受け取っちゃいましたけど大丈夫でしょうかこれ。


店主B「見たところ新入りさんのようだし……この時期に入ってきたのが不憫でねぇ」

かすみ「え」


パンダは優しく目を細めています。いや、物騒なこといわないでくださいよ。


店主B「ちなみにそれは大判焼き」

かすみ「はぁ」


違いはやっぱりわかりませんでした。
0594名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/05/24(日) 23:29:37.26ID:aXeRdl8V
店主B「情報屋? もふもぐ、正確な場所は知らんなぁ」

かすみ「はふもぐ、そうですか」

店主B「ただこの『マーケット』にはルールがある。奥へ進めば進むほど、中心に近づけば近づくほど、この世ならざるものが手に入る。『泉』だか『接点』があるとかなんとか」


接点。はて、よくある単語ではありますが、最近聞いた気もするような。


店主B「情報なんて触りにくいもの、こんな浅い場所にはないね。もっと奥にあるだろうさ」


店主は食べ終えた紙袋を大きな手でくしゃりとつぶし、またせっせと今川焼きつくりをはじめました。

カチョカチョと、銀色の器具の音が鳴るたび黄色い液が鉄板に落とされていきます。


ごちそうさまでした――お礼をいって、かすみはさらに『マーケット』の深くへと進むことにしました。
0620名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:19:43.80ID:prTgmNzK
奥に進むほど『マーケット』は姿を変えるようです。

風呂敷一枚の青空市場からバラック小屋へ、それからさらに店舗は頑強になって背が高くなり、いびつな2階建てが増えました。

にぎやかな人外で溢れているのは変わらず、道をはさんで2階同士が紐を通して洗濯物を干しているあたり、『マーケット』というよりちょっとした『街』のようでもあります。


不思議だなぁとぼんやり思いました。外から見たとき、こんなに広かったかな?

まあニジガクの校舎も最初は迷いますしね。それと同じ感覚かもしれません。


果林先輩なんかいつも迷ってるし。……懐かしい。
0621名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:21:24.27ID:prTgmNzK
店主C「さぁらっしゃい」


このあたりまでくると、商品は特殊なものが増えてくるようです。

たとえば『心残り』を扱っているお店がありました。


かすみ「?? どういうことですか?」

店主C「言ったとおりさ。基本的にはお客さんの『心残り』をひょいと抜き取ってあげるんだよ。スッキリハッピー! ってね。リラクゼーションみたいなものかな」

かすみ「むむ、なるほど?」

店主C「どうだい、ひとつ?」


なかなか魅力的なお店ではあります。やり方は謎ですけれど。

ただ遠慮しておきました。いまのかすみには『心残り』が多すぎますし。


店主C「そうかい。まあ空っぽになっちゃ元も子もないわな」
0623名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:22:15.31ID:prTgmNzK
客「あの、おねがいします……」

店主D「うし、取引成立」


ウツボカズラのような人外が店主のお店は『記憶』を扱っていました。楽しい記憶やつらい記憶を売買しているお店です。

かすみが通りかかったとき、ちょうどお客の相手をしていて様子を見ることができました。


客「ありがとうございます!」

店主D「今後ともご贔屓に」


悲壮に暮れた表情でお店に入っていったお客は、ものの数秒で笑顔で出てきました。

代わりに店主の手(というかツル)には白い小瓶が握られています。そこに『記憶』が詰まっているのかもしれません。
0624名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:23:01.62ID:prTgmNzK
『矛盾』を扱うお店がありました。『矛盾』を買うことによって以降はその『矛盾』を征することができるのだそうです。意味はわかりません。


『夏の時間』を扱うお店がありました。『夏の時間』は人によっては胸を焦がす危険な代物です。店頭ではデュワー瓶に封じられていました。ひとたび開けば夜との温度差で一気に気化してしまうでしょう。

『雪の降る音』を販売するお店がありました。『雪の降る音』は観測が難しく捕らえることは困難です。虫籠の中で『雪の降る音』は小さく震えていました。とても人気で、予約は十年先の冬まで埋まっているとのことです。
0625名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:23:50.53ID:prTgmNzK
『三年前の窓』がありました。『三年前の窓』を覗いてはいけません。『窓』の向こうに映る三年前の情景に耐えられるモノは存在しません。その上『窓』の表面に反射する『現在』に気づいてしまえば、誰にも救うことができなくなります。
『失われた時』は投げ売りされていました。なぜなら誰もが気づかないうちに持っているものだからです。持っていても扱いに困るので、望んで求めるヒトは少ないでしょう。紅茶とマドレーヌさえあればいいのですが。
『不条理』の人気には驚きました。誰かに投げつける武器としてではなく、自分用に購入するヒトがほとんどとのことです。どうやら一部でカルト的人気を誇っていると知りました。シーシュポスに憧れるヒトは、それほど多かったのです。
『MAOあり〼』という宣伝が貼られたお店がありました。『MAO』が何であるのか、略称しか書かれていないので実態はわかりません。ヒトによって漫画にも、声優にも、酸化酵素にも、オレフィン重合の助触媒にもなるのでしょう。
『お手持ちの烏口』があるとは思いもよりませんでした。それは幻の実体化といってもいい奇跡でした。かつて誰もが求めた未来の暗号! 雨と硝煙の匂いのするそれは、けれど電気式の偽物でした。当然といえば当然です。
『感情の逆空間』は便利な代物でした。実空間の目には見えない混沌とした感情を逆空間に映すことで隠れた規則性を見出すことができるのです! ただし、映し出した感情を解読するためにひと手間かかります。逆空間の情報を読み取るには優れた散乱屋が必要ですから。
『月末』は取り扱いに注意しなければなりません! 30℃以上の温度で爆発してしまうからです。それでも必要なモノなので、みな冷蔵庫で保管しています。停電の際は慎重に取り出し、『月初』と混合し中和させてから早めに使用することが推奨されるようです。
『非晶性の祝福』はみなに配られていました。もとはみなが持っていた『祝福』を回収して溶かし一枚にしたのち、手で裂いて再分配しているのでした。ただし、溶かしたあとの冷却過程で相分離が発生し格差が生まれているようです。仕方のないことでした。
『鳥居の卵』がありました。見てみると鳥居にはこれほど種類があったのかと驚かされます。神明、明神、山王、三輪……材質だって様々です! 一番人気はオーガニック製でした。健康に良いみたいです。
0626名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:25:18.55ID:prTgmNzK
「大丈夫?」

かすみ「……………へ」


……あれ?


「ほら、しっかり」

かすみ「あわわ」


ぐわんぐわんと、肩をゆすられていました。それはわかるのですけど。


かすみん、何してましたっけ。
0627名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:26:24.76ID:prTgmNzK
きょろきょろと辺りを見回します。場所は変わらず『マーケット』……のようですが、いつの間にやらずいぶんと背の高い建物が多くなっていました。

仮設住宅とはもう違う、明らかな生活臭がします。どれくらい深いところまで来たのやら。


??「あ、気がついた」

かすみ「えぇと?」


となりから誰かが顔を覗き込んでいました。『マーケット』では珍しく、人の姿をしています。

作業着で帽子を目深にかぶった女性でした。


??「あなた、ずっとウチの店先でぼーっとしてたのよ」


言われてお店の方を見ます。そこはどうやら本屋さんのようでした。
0628名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:26:53.97ID:prTgmNzK
かすみ「ぼーっと、ですか?」

本屋「そう」


そう、と言われて思い返そうとしても、うまく思い出せません。

なにか変な商品がたくさんあったような気はするのですが……。


なんでしたっけ?


かすみ「う〜ん?」

本屋「『マーケット』に酔っちゃったみたいね」


やれやれ、と本屋さんは肩をすくめました。
0629名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:27:25.97ID:prTgmNzK
かすみ「酔っちゃった??」

本屋「そう、『マーケット』はいろんな欲が集まってできてるから、慣れてないとそれに当てられちゃうのよ。場酔いみたいな感じで」


場酔い。と言われてもあまり馴染みがないですけど。

ライブでのりのりになっちゃうようなものでしょうか。


本屋「気をつけないと『マーケット』に呑まれちゃうからね」

かすみ「呑まれちゃう……」

本屋「うん」


つまりどういうことなのかと、聞く勇気はかすみんにはありませんでした。

なんだか恐ろしいことを言われているような気もしますが、実際、声をかけられないとどうなっていたのやら。


あまり、想像したくないです。
0630名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:27:51.00ID:prTgmNzK
本屋「『マーケット』に入ったからには欲しい物があるんだろうけど、まずはそれを強く思い浮かべること。そうすれば、自然とたどり着くから」


本屋さんは最後にそうアドバイスして、店内に戻っていきました。


かすみ「あ、お礼いいそびれちゃった」


妙に親切なこの感触と、あの作業着にはどこか馴染みがある気がしますが……ひとまず置いておくとして。


かすみ「欲しい物……」


かすみんが望むモノ。そんなの、わかりきっていました。

……同好会のみんなに会いたい。居場所を知りたい。見つけたい。


そのために、かすみは家を飛び出したのでした。
0631名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:28:44.02ID:prTgmNzK
かすみ「あ、あった」


情報屋はほんとにすぐ見つかりました。『マーケット』内の十字路の角に面した事務所のようなお店がそれでした。

教えてくれた道端のヒトにお礼を言います。いやはや、助かりました。


だって、『会いたい会いたい』と思いながら一人で歩くのはあまりにも寂しかったのです。


かすみ「よかったぁ……」


どうやら、強かに振る舞って欲を抑えるのは『マーケット』の性質に適さないようだと思い知ります。

それがこれまでかすみんの心を守っていたことも確かなのですけれども。


強かなかすみんもいいことばかりじゃないですねぇ。
0632名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:29:19.13ID:prTgmNzK
情報屋「いらっしゃい」


情報屋は赤毛の狐でした。眼鏡の奥の視線はこちらに向いておらず、手元の書類に落とされていました。


かすみ「あの、人を探してるんですけど……」


おそるおそる声をかけますが、情報屋が見つかったとなると、今度は別の不安がやってきました。

『マーケット』の入り口の店主にいわれてまんまとやってきたものの、人外のの情報屋に人の情報を尋ねるというのは、お門違いだったりするのでしょうか。


なんとなく、目の前にいる獣の姿をした情報屋を見ると、そんなことを考えてしまいます。

異変以前の世の中で、電信柱に迷いインコの張り紙が貼られていたことを思い出しました。


見分けつかんわ、とかいわれたらどうしましょう。
0633名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:29:51.14ID:prTgmNzK
そんなかすみの心境を知ってか知らずか、なんでもないことのように情報屋はいいました。


情報屋「名前は?」

かすみ「え?」

情報屋「探してる相手の名前だよ。あと、できれば写真。それを置いてってくれれば順番に調べるさ」


ぶっきらぼうに、情報屋はいいました。


かすみ「それが、かすみの友だちというか、人間、なんですけど」


自分の中で人外と呼んでいる彼らをなんと呼べばいいかわからず、モゴモゴとした返答になってしまいましたが……。

それでも、情報屋は気にしませんでした。


情報屋「人探しの対象はたいてい人間だよ。ほら」


情報屋の毛むくじゃらの指が示す壁にはいくつもの写真が貼り付けられていました。それは確かに、ほとんどが人間のようでした。

意外です。かすみと同じ目的で『マーケット』にやってきた人がいるということでしょうか。

それにしては、人間らしい人間をあまり見かけない気がしますが……。
0634名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:30:16.68ID:prTgmNzK
情報屋「で、名前は」

かすみ「えと、『宮下愛』と……」


壁に貼られた『実績』をみたことで、かすみの不安は減っていました。これならほんとにみんなを見つけられるかも。

……そう思って愛先輩の名前を出したところで、気づきました。


かすみ「――彼方先輩?」


たくさんの写真の中の一枚。よくよく見ればその中に彼方先輩の写真があります。

見間違いではありません。あのモコモコとした茶髪とゆるい表情はまさしく彼方先輩です。


これは、いったい……?


情報屋「ふん? コノエカナタを先輩と呼ぶやつは珍しいな。コノエの大将と呼ぶやつはいるが」

かすみ「……え?」

情報屋「あれも探してるのか? やめたほうがいい、なにせ一日一体なのだから」

かすみ「はい?」


『一日、一体』?
0635名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:31:06.31ID:prTgmNzK
情報屋「競争は激しいよ。お上からのお達しで価値が跳ね上がってるからな。逆に、コノエカナタの情報があるなら買い取るが」

かすみ「ど、どうしてそんなことに……いや、なにをいっているんですか?」


かすみの言葉に、情報屋は顔を上げました。なにをいまさら、とでも言いたげな表情だと、人外であってもわかりました。


情報屋「誰もが知ってることだから無償で教えるが……コノエカナタはDDDの原料だ。そりゃ価値も上がる」


コノエカナタはDDDの原料。

その言葉の意味をくみとるのに、時間がかかりました。

DDD――地下で聞いた夢を見る薬――愛先輩とエマ先輩の居場所がわからなくなった元凶。


その『原料』が彼方先輩?
0636名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:31:49.43ID:prTgmNzK
情報屋「それで探し人は『宮下愛』と?」

かすみ「あ、えと」


背中に嫌な汗を感じました。頭のきのこまでヒリヒリする気がします。

続きを催促する情報屋の視線に、ほんとうに他意はないのでしょうか?


かすみ「……それだけです」

情報屋「そうか」


情報屋は視線を切りました。それでも嫌な汗は止まりませんでした。

なにか、得体の知れない巣に足を踏み込んだ感触がじわじわと上ってくるようでした。
0637名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:32:20.78ID:prTgmNzK
その後、少なくとも今持っている情報はない、しばらくあとでまた来るようにと言われお店を出たかすみんですけれど。


かすみ「うぅ……」


まずい気がしています。人外たちの『マーケット』。たしかに危険がないほうがおかしいのかもしれませんが、予想外の方向から殴られた気分です。


かすみ「原料……?」


穏やかな単語ではありません。しかも、その単語以上の意味を込めていなさそうな雰囲気が、かえって恐ろしく感じます。


かすみ「どうして彼方先輩が……」


いや、『一日一体』ということは、彼方先輩の偽物でしょうか? それでも、大した慰めにはなりません。

情報は欲しいですけど、いったん『マーケット』から出るべきかも……。
0638名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:32:56.10ID:prTgmNzK
かすみ「……?」


嫌な想像を振り払いたくて、『みんなに会いたい』と、また強く願ったせいでしょうか。

直感がありました。『マーケット』にかすみが求めるものがまだあるという直感です。


情報屋があっさり見つかったように、そのお店も歩いた先に自然と現れました。


瓶売り「お、いらっしゃい」


商品棚に並べられているのは小さなガラス瓶でした。ガラス瓶には気体のようなものが封されていて、色鮮やかに光りながら揺らいでいます。

夕焼けのような赤色や、澄んだ空色に輝くガラス瓶は幻想的でとても綺麗だというのに……なぜか、ひどく不安な気持ちにさせます。


店主は耳ざといコウモリでした。


瓶売り「どうだい嬢ちゃん、どれも一級品だぜ」

かすみ「なにを売っているんですか……?」

瓶売り「ご覧のとおり、ここは『魂』が商品だ」
0639名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:33:56.36ID:prTgmNzK
かすみ「魂?」

瓶売り「そうとも。あの日に溶けた魂を『泉』からすくい取って、丁寧に瓶詰めしたのがこれだ。まぁ、混じりものも多いが」


あの日というのは、あの異変の起きた日のことでしょうか。

魂が瓶詰めできるというのは初耳ですが、そんな口上にはまったく興味がなく……かすみは一つのガラス瓶に釘付けになっていました。


嫌な汗は、まだ止まってくれません。


かすみ「あの、あれは……?」

瓶売り「ん? おお、お目が高いね」


かすみの指差した先のガラス瓶は青く光っていました。青色、もっと正確には……ロイヤルブルーに。


瓶売り「あれはウチでも随一、イレブンナインの純度を誇る正真正銘の『人の魂』だよ」
0640名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:34:30.67ID:prTgmNzK
瓶売り「しかし純度が高すぎてね、瓶詰めするのに苦労した。もとの器に帰ろうとする力があまりに強い」


まさか、と思います。『魂』なんてどうかしてると。

けれど、夜の『マーケット』でロイヤルブルーに輝くガラス瓶と……かすみの暗い部屋で、淡く青色を纏っていたあの先輩の姿がどうしても重なります。

そして、なぜ『みんなに会いたい』と願ってこのお店にたどり着いたのか。


いろんな疑念を晴らしたくて、聞かずにはいられませんでした。


かすみ「――――果林先輩?」


呼びかけに……ガラス瓶は青く揺らいで応えました。
0641名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/06/06(土) 23:35:03.58ID:prTgmNzK
かすみ「嘘……」


なんで?

どうしてこんなところに?


瓶売り「ははぁ、知り合いか」


にやりと、瓶売りは汚く笑います。

足元が揺らぐ感じがしました。


嘘です、嘘、そんなわけない。

ありえない――そう思いたいのに。


かすみ「どうして……」


頭のどこかで、小さな納得がありました。

かすみの部屋で神秘に沈んでいた果林先輩。深く澄んでなにも映していないうつろな瞳。

言われてみればその姿は……まるで『魂』が抜けたような、なんて言葉があまりにも的確でした。

でも、だからって。


どうして『ここ』に?
0642名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/06/06(土) 23:38:04.79ID:prTgmNzK
それを考えるだけの時間を、『マーケット』は与えてくれませんでした。


??「『宮下愛』を探しているという人間はお前か?」

かすみ「はひっ」


びくりとして振り返ると、そこには複数の人外がいます。

彼らはみな、爬虫類型の人外で……かすみはすでに、取り囲まれていました。

無秩序に思われた『マーケット』の中で、その動きは明らかな秩序の現れでした。


??「情報屋から言伝だ。『宮下愛』は見つかった。居場所はこの封筒の中に書かれている」

かすみ「え?」


見つかった?

聞き間違いでなければ、目の前の人外はたしかにそう言いました。暗いうろこ状の皮膚で覆われた指には、白い封筒。その中に居場所が書かれていると。


ついさっきまで、情報がないといっていたのに?
0643名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/06/06(土) 23:39:09.73ID:prTgmNzK
私はここを取り仕切っているものでね、と彼は続けます。


管理人「まあ、管理人みたいなものだよ。お前への要件は一つ、この封筒を渡すために対価となる仕事をしてもらわなければならない」


ついてくるように、と促され、彼は歩きはじめました。

有無を言わさぬ一方的な会話はもとより、統率のとれた彼らに取り囲まれているかすみに選択肢はなく、素直に従うほかないようでした。


漠然と、かすみの知らないところで話が進んでいるような気持ち悪さを感じます。

DDD、彼方先輩、果林先輩、それからみんなの居場所……わからないことが多すぎて、なにもかも整理がつきません。

足元からせり上がる不安も払うことができないまま。


『マーケット』編、つづきます。
0644名無しで叶える物語(茸)
垢版 |
2020/06/07(日) 00:19:51.04ID:pmhqwOKa
かなり状況変化してきたな
0646名無しで叶える物語(茸)
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2020/06/07(日) 00:47:45.63ID:FrSQr3iv
気になる所で続いたけど大量投下ありがてぇ
まさかここにきて果林さんの話が出てくるとは…次も楽しみ
0677名無しで叶える物語(しうまい)
垢版 |
2020/06/21(日) 23:30:46.24ID:E4x9dJt0
●REC


かすみ「――というわけでぇ、かすみんなんと! お仕事中なんですよぉ」

かすみ「ふっふっふー。歌って踊れてお仕事もしちゃうアイドル! もうプロって呼べちゃいますよね」

かすみ「ほら見てくださいかすみんのお仕事風景……ふんふ〜ん♪」

かすみ「えへへ〜みんな見て

「新入りうるさいよ!!」


あわわわわわわわわ。

ストップです。ステイです。録画も停止です。

やってしまいました。


怒られちゃいました。
0678名無しで叶える物語(しうまい)
垢版 |
2020/06/21(日) 23:31:40.88ID:E4x9dJt0
蝶女先輩「みんな疲れてんだから、静かに仕事しなさい」

かすみ「はい……」


お店の2階から降りてきた教育係の先輩は眠そうな顔をしています。

それもそのはず、このお店のメインの営業時間は夜なので、お昼はみなさん休みたい時間なのです。

2階の寝室とは離れているから大丈夫かと思いましたけど……だめだったみたいで。


反省です。


蝶女先輩「はぁ。掃除は……いいみたいね。じゃあ早いとこ買い出し行ってきなさい」

かすみ「了解です!」
0679名無しで叶える物語(しうまい)
垢版 |
2020/06/21(日) 23:32:10.18ID:E4x9dJt0
かすみんの仕事は、一言でいえば雑用でした。

『マーケット』に入ったあの夜。管理人を名乗る人外に招かれるままについた先がこのお店です。


管理人『――そういうわけだ』

ママ『ま、いいけどね』


ママと呼ばれる牝牛のような店主と話はついたらしく、管理人はどこかへ去りました。

次にママが呼んだのが教育係の女性でした。美しい蝶の翅をもった人外でした。

彼女を呼ぶとママもお店の中へ消えてしまっていました。
0680名無しで叶える物語(しうまい)
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2020/06/21(日) 23:33:35.88ID:E4x9dJt0
蝶女先輩『まったく』

かすみ『あの、ここって飲食店、ですか……?』


またたく間にヒトからヒトへと引き渡されて、なにがなんだかわからなくなっているかすみでしたが、ザワザワと賑わう店内を見ると食事をしている多様な人外たちがいるとわかります。

なので、当たり前のように飲食店かと思ったのですが。


蝶女先輩『半分はね』

かすみ『半分??』

蝶女先輩『もう半分は娼館』


しょーかん。しょうかん。召喚?

はて、と思いもう一度お店を眺めると、お客らしき緋色のネズミが蜘蛛型の女性と手をつなぎ、暗い階段を上っていくのが見えました。


蝶女先輩『ああやってお客をとって、対価をもらうのが私たちの仕事』


これも引きこもり時代の知識の蓄えのおかげといいますか。

ぱっと気づきはしなかったものの、しょうかんが『娼館』だと変換されるまで、それほど時間はかかりませんでした。


まあちょっぴりびっくりはしちゃいましたけど。
0681名無しで叶える物語(しうまい)
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2020/06/21(日) 23:35:01.17ID:E4x9dJt0
かすみ『しょ、娼っっっ!?』

蝶女先輩『あ、ちょっと』

かすみ『あわわわわわわ……いや、あわわわわわわわわっっっ』

蝶女先輩『落ち着きなさいって』

かすみ『ひやぁあああああ!!!』

蝶女先輩『ちょ、うるさい!』


という感じにお勤めが決定したのが、もうすでに5日前のことでした。


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0682名無しで叶える物語(しうまい)
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2020/06/21(日) 23:36:14.30ID:E4x9dJt0
家を出てからというもの、せつ菜先輩に出会えたころをピークにして、地下に潜ったり怪しげな展開に突っ込んでしまったりと良いとこなしです。

いよいよ薄幸の美少女と呼んでもいいかもしれません。


いや薄幸はいらないんですけども。


かすみ「えーと野菜野菜」


とはいえかすみのお仕事はもっぱらサポートで、お客をとる、ということはないのでした。

今日も掃除洗濯をすませてお昼を過ぎたこの時間、あとは食材を買い込んで夜の飲食店側の対応をする流れになります。


『マーケット』は昼間もやっています。夜はよすがら市、昼はひねもす市として、24時間営業というよりは一個の街のように機能しているようです。

夜は妖しく不透明だったこの場所も、昼は拍子抜けするほど現実的です。夜の異界じみた空気は、暗闇に浮かぶ提灯や店の明かりがもたらしているせいと言えなくもないですが、それだけではないようで。
0683名無しで叶える物語(しうまい)
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2020/06/21(日) 23:37:29.59ID:E4x9dJt0
例えばこんな会話がありました。


お客『みんなくたびれてるんだよ』


それはしおれたサボテンのような人外でした。


お客『だから夜に紛れようとする。夜になれば境界があいまいになって、溶けこめる気がするから、少し落ち着く』


しみじみとつぶやいて、あとはメタノールを煽って気分が最高にハイ! ってやつになったのか、陽気に帰りましたが。

思い返せば、そういった陰鬱な気分も、夜の『マーケット』特有の雰囲気を構成する一つの要素なのかもしれません。
0684名無しで叶える物語(しうまい)
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2020/06/21(日) 23:45:33.98ID:E4x9dJt0
そしてそんな客たちの欲求に対応してか、昼と夜では開いているお店も異なるようで。


かすみ「……閉まってる」


目の前には幕の下りたお店があります。ここ数日、お昼に見にくるといつもそうです。

初日の夜、ガラス瓶が色とりどりのステンドグラスのように並んでいたお店。

果林先輩を見つけた場所……どうやら瓶売りは夜しかやっていないのでした。


これも、かすみがなんとかしなければならないことでした。
0685名無しで叶える物語(しうまい)
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2020/06/21(日) 23:47:17.29ID:E4x9dJt0
かすみ「こーんにーちわー」

本屋「あら、いらっしゃい」


初日の夜に見つけたお店で昼もやっているところといったら、この本屋さんくらいでした。夜の『マーケット』の歩き方を教えてくれた本屋さんです。

目深にかぶった帽子と作業着のような服装、なんだか路上でカメと一緒に出会ったおばさんと似たような格好をしているとおもったら、やっぱりその類のヒトだそうです。

いわく、『マーケット』は『接点』由来の商品に溢れているのだとか。

『マーケット』の人外たちが『泉』と呼ぶその根源。それを閉じたいけれど、占領されちゃってすぐにはできないから、商人にまぎれて様子見とのことです。

相変わらずなんのことだかという感じではありますが。


かすみんが買出しのたびに本屋さんに寄るのは、単に彼女が人間の見た目で安心するからなのですけれど。
0686名無しで叶える物語(しうまい)
垢版 |
2020/06/21(日) 23:47:54.83ID:E4x9dJt0
本屋「そうだ、新しい本を入荷したんだよ」

かすみ「ふむふむ」


得意気に本屋さんが紹介したのは『徹底考察! ワンピ○スの正体』というタイトルでした。

少なくともかすみんは要りません。あれ、今後判明することがないなら実は貴重なのでしょうか?


かすみ「あ、そっちの本は知ってますよ」

本屋「これ?」


本屋さんが持っている文庫本は『涼宮ハ○ヒの消失』でした。せつ菜先輩が部室に隠していて、かすみんが「りょうぐう」と読んだら真顔で訂正されたのを覚えています。


本屋「これは私の愛読書用だからダメ」


いや欲しくはないですけども。
0687名無しで叶える物語(しうまい)
垢版 |
2020/06/21(日) 23:49:28.51ID:E4x9dJt0
本棚には他に『ナッドサット言葉辞典』、『非A式戦闘術概論』、『ナイロンの発見』などなどよくわからない書物でみっちり詰まっています。


かすみ「そういえば、ここって本屋なのに意外と『マーケット』の奥まったところにありますよね」


『マーケット』は奥へ進むほどこの世離れしたモノが売っています。そのルールでいくと、本という実体のあるものがこの場所にあるのは意外に感じられるのでした。


本屋「本そのものなら不思議かもしれないけど、本の中身はカタチのない体験だったり知識だったりするから」

かすみ「はぁ、そういうものですか」

本屋「読む人によって得るものも違うしね。『視点』の数だけ物語が広がるんだよ」


私たちなんかはただのバランサーに過ぎないけど、と本屋さんは続けます。


本屋「この先、あなた達っていう『視点』がどんな物語を選択するのかも自由だと、覚えておいてもいいかもね」
0688名無しで叶える物語(しうまい)
垢版 |
2020/06/21(日) 23:50:06.11ID:E4x9dJt0
かすみ「海……?」


本屋さんで道草を食って、買出しもすませた後のこと。

風向きのせいでしょうか? お店に戻る途中で、『マーケット』に入る前にたしかに感じた潮風を鼻に受けました。

自然と足が向かってしまいます。特に理由はないですけれど、海ってそういうものですよね。


方向としては『マーケット』の入り口から反対をずっと進んだ先、冗談でも無限なのではなんて思っちゃった『マーケット』でしたが、当たり前のように果てはありました。

コンクリートで固められた海岸線。東京湾の入り口も入り口の港に、暗い水面が揺れています。


かすみんの興味は、海の向こう側にありました。


水上に架かっている巨大な白い橋……レインボーブリッジ。その先にある広大な商業地区。

お台場です。
0689名無しで叶える物語(しうまい)
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2020/06/21(日) 23:51:41.29ID:E4x9dJt0
不思議な感じがします。ニジガクまでは見えないですが、どこか懐かしい気もします。

ただ一つだけ、見慣れない建造物が……。


かすみ「なにあれ……」


思わず素で呟いちゃいます。レインボーブリッジの向こう側、お台場のちょうど海岸沿いでしょうか?

真っ黒い羊羹みたいな建造物がでかでかと居座っていました。この位置からだとフジ○レビが完全に覆い隠されちゃっているほどの大きさです。いつの間にあんなものが。

しかも、その建物の一番上にある白い物体、あれは……歩夢先輩の飛行船?


見た目のシュールさは海馬コ○ポレーションだって躊躇しそうなレベルなのですけれど。

この時代にアサヒビ○ルのウ○コビル並に異彩を放ってるのですが。


かすみ「歩夢先輩……」


空から響くあの無機質な声を思い出します。

そこに、いるのでしょうか。
0690名無しで叶える物語(しうまい)
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2020/06/21(日) 23:52:54.05ID:E4x9dJt0
ちゃぷちゃぷと波の砕ける音がどうしてか心地よくて、どれくらい海際でぼーっとしていたのか。

そろそろと、誰かが近づいてくるのに気づいてはっとしました。


女「ちょっと、邪魔なんだけど」


若い女性でした。どこか小綺麗な外見で、けれど疲れた目をしている女性でした。袖から伸びる腕にはわずかに鱗が見えます。


女「ここに立っちゃダメでしょ」

かすみ「え、え?」


ここ、と言われて足元を確認しても、ただのコンクリートで変哲もありません。

けれど、女性は変わらずプレッシャーを与えてきます。


よくわかりませんが、そろそろお店に戻ったほうがいいかも。
0691名無しで叶える物語(しうまい)
垢版 |
2020/06/21(日) 23:53:23.15ID:E4x9dJt0
蝶女先輩「あ、新入りいた」

かすみ「へ!?」


今度は背後から蝶女先輩まで現れました。

これはあれです。完全にサボりがバレた形です。


蝶女先輩「なかなか戻ってこないと思ったら……まったく。早くしなさい」

かすみ「は、はい!」

女「…………」

蝶女先輩「……悪かったね。この子まだ疎いから」

かすみ「……?」


蝶女先輩は女性にひと言残したようですが、特に反応はありませんでした。
0692名無しで叶える物語(しうまい)
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2020/06/21(日) 23:57:08.17ID:E4x9dJt0
『マーケット』の路地をお店に戻りながら、蝶女先輩は教えてくれます。


蝶女先輩「あそこはあの子らの仕事場だから立っちゃダメなのよ」

かすみ「仕事場、ですか?」

蝶女先輩「そ。人の子はあそこでお客とってるの」

蝶女先輩「橋の向こうにおっきな黒い建物あったでしょ? 一時期妙な飛行船に誘われて、コナプトって呼ばれてるあの建物に人がいっぱい集まっていったけど、海岸にいるのはそうしなかった人たち」

蝶女先輩「その上『マーケット』にも深く馴染めなかった人たちが、いつの間にかあそこに立つようになったの。いつもあの建物を眺めるみたいに」

かすみ「人……」


かすみと同じ、変異を受けた人間ということでしょうか。それなら若い外見は当然です。そもそも大人たちはほとんど残っていないのですから。

もっとちゃんと話せばよかったかも。
0693名無しで叶える物語(しうまい)
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2020/06/21(日) 23:58:52.18ID:E4x9dJt0
蝶女先輩「『マーケット』の光に誘われて、結局馴染めなくて、でも生活のためか欲のためか、離れられない人の子たち」

蝶女先輩「……新入りもああならないうちに、はやく出たほうがいいよ」


それは先輩としての気づかいの言葉でした。

はやく出たほうがいい、そんなのかすみんだって同意見です。……けれど。


かすみ「……大切な仲間を探してるんです。信頼できない細い糸かもしれないですけど、それでもすがりたい情報がここにあるんです」

かすみ「大切な仲間そのものだって……だから、手に入れるまでは、まだ」

蝶女先輩「……そ」


人の子はみんなそうね、と蝶女先輩はつぶやきました。
0694名無しで叶える物語(しうまい)
垢版 |
2020/06/21(日) 23:59:28.53ID:E4x9dJt0
蝶女先輩「ちょっとまってて」


お店に戻る途中、蝶女先輩はたびたびそう言ってまわりのお店に声をかけにいきました。

最初はこれが井戸端会議かぁと思ったのですが、ものの数分で話を切り上げるということを、すでに何店も繰り返しています。

お友達が多いのでしょうか。


かすみ「なにしてるんですか?」

蝶女先輩「ん。情報収集」


どこか後ろ暗いような雰囲気がありますが、かすみん相手に隠すことでもないようです。


蝶女先輩「地下上がり組はここじゃ立場弱いから」


地下? と聞き返す間もなく、ぱたぱたとまた別のお店に声をかけにいきます。

どういうわけか忙しそうな蝶女先輩です。かすみと海岸で出会ったのも、むしろオマケだったのかもしれません。
0695名無しで叶える物語(しうまい)
垢版 |
2020/06/22(月) 00:01:20.70ID:0Fp1gREs
蝶女先輩「もう一回言うけど」

かすみ「? はい」


話のためにたびたび足を止めながらも、そろそろお店が近くなってきたころ、蝶女先輩は言いました。


蝶女先輩「早めに出たほうがいいよ、ほんと」


妙に言い切る彼女の視線の先には、かすみではなく。

初日の夜、管理人と名乗った彼に付き添っていたのと同じ爬虫類型の人外がいました。統率のとれた動きをしていたあの一体か、はたまた似た別人か。


そこで気づきました。蝶女先輩がお店に話をするときは、周りに彼らがいないことを確認していたと。

彼ら……『マーケット』の秩序的存在。それを避けての内緒の相談。

あらゆる欲が闇鍋で煮込まれているような『マーケット』も、どうやら単純ではないようで。


ふと見上げると、ぽつぽつと頭上の赤い提灯が灯っています。

いつの間にか日は暮れてきて、客層も変わり始めていました。

潮風は遠く、特徴的な獣臭と香辛料の匂いが下りてくる。


『マーケット』にまた、夜がきます。
0696名無しで叶える物語(しうまい)
垢版 |
2020/06/22(月) 00:08:11.20ID:0Fp1gREs
(いつも保守ありがとうございます)
(更新おそすぎですみません)
(おそすぎなんで今さらですけど、無敵級PV最高じゃあないですか?グレートですよこいつはァ……)
0698名無しで叶える物語(茸)
垢版 |
2020/06/22(月) 07:06:44.13ID:dPrSBork
>>696
更新お疲れ様です
一番楽しみにしてるSSなのでいつもわくわくしながらまったりお待ちしております
無敵級の雰囲気が今作にマッチしてて驚きました
0707名無しで叶える物語(四国地方)
垢版 |
2020/06/25(木) 20:06:54.87ID:zhgHls97
かすみんってこんなかわいかったか
0728名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/07/06(月) 02:07:29.95ID:PZY8uVi5
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6日目の夜ともなれば仕事にも慣れがでてきます。

もともと家事だって苦手ではありませんし、食事の仕込みや給仕はすでに手早くこなせるようになっています。

そんなわけで、時間が余ったのでした。


かすみ「…………」


まだ賑やかに人外たちが食事やお酒を楽しむ店内……に背を向けて、かすみは裏口に向かいます。

抜け出そうという企みです。

実のところここ数日、ずっとスキを見計らっていたのですが、仕事に慣れたおかげでようやく時間ができました。

逃げ出すわけではありません。それなら昼にやっています。


ただ、果林先輩に会えるのは夜だけみたいですからね。夜に時間をつくる必要があったというわけです。
0729名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/07/06(月) 02:08:24.70ID:PZY8uVi5
そろりそろりとスネ○クも顔負けの隠密移動で裏口に。たぶん、三十分程度なら問題ないでしょう。

それだけあれば果林先輩を連れ出すこともできる、かも。


なんてことを考えながら、裏口の扉に手をかけた時でした。……すぐ外から声が聞こえると気づいたのは。


ママ「結論はでた?」

管理人「ああ、もういいだろう」


その声はどこか暗い響きをもって耳に残っていました。

お店のママと『マーケット』の管理人。いわば『マーケット』の運営する側の二人です。

こんなところでなにを?


管理人「宮下愛の知り合いだというから慎重に様子をみていたが、問題ない」
0730名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/07/06(月) 02:08:50.07ID:PZY8uVi5
かすみ「……え?」


聞き間違いでしょうか? 愛先輩の名前が出たような気がします。

たしかに「宮下愛」という人名はあの情報屋を介して共有されているのですが。

しかし、おかしな言葉でした。「宮下愛の知り合いだというから」……それは愛先輩のことを知っているヒトの言葉でした。


少なくとも、どうやらかすみの話題のようです。


ママ「じゃあ、好きにしていいんだね」

管理人「約束どおりに。今後も預かってもらうが、生きてさえいればあとは自由だ。命があるだけでも餌になる」

ママ「ああよかった。人の子のままだとつく客もつかないから」


せめて喉に蚯蚓は移植しないと、とママはつぶやきました。
0731名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/07/06(月) 02:09:32.40ID:PZY8uVi5
ぞわりと、背筋が凍りました。

好きにしていい、生きてさえいれば、ミミズは移植……頭の中で、彼らの言葉がうつろに響きます。

かすみの話題だと思っていました。けれど、自分に降りかかる災禍にしてはおおげさすぎて、受け止めることができません。


逃げて! 心の中で誰かが叫んでいました。


それでもかすみの足は地面に根が生えたように動きません。固まっていました。

痛みが喉元を過ぎ去るのをただ待つように、かすみはじっとしていました。

けれどもちろん、それでなにかが解決するはずもなく。


裏口の扉が、ぎぃと開きます。


管理人「おや」


おやおやおや。管理人は笑いました。

人間のように笑いました。
0732名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/07/06(月) 02:09:59.27ID:PZY8uVi5
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管理人「『マーケット』はいい場所だ」


彼はそんなことから話し始めました。

かすみをお店から連行し、どこか薄暗い部屋で椅子に縛りつけたあとのことでした。


管理人「『泉』を中心に発展させたおかげで、訪れるモノの望みを見せてくれる。それにつられて皆が集まる、頭数が増えて街のようになる」


ぎりぎりと縄が肌に食い込みます。

動かせるのは、あとは口だけでした。


かすみ「……なんの話ですか」

管理人「宮下愛とエマ・ヴェルデに繋がる話だ」
0733名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/07/06(月) 02:12:33.83ID:PZY8uVi5
かすみ「!」


愛先輩だけじゃなく、エマ先輩のことまで……。


順番に話そう、と彼は続けます。


管理人「あの日、人間たちのほとんどが死ぬか原型もないほど樹化してから、地上の支配者はいなくなった」

管理人「あとに残ったのは若い人間、大変異して人間性を獲得した我々、それから新政府と名乗る何者か」

管理人「新政府は、実のところ脅威ではない。生き残った人間を集めたり、人間の偽物を放って無垢に生活させているが、それだけだ。目的がわからない以上警戒はするが、いまのところ障害にはならない」

管理人「だから……玉座が空になったこの時代、次の支配者に一番近いのは我々というわけだ」
0734名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/07/06(月) 02:13:35.60ID:PZY8uVi5
かすみ「なにそれ」


黙って聞きつづけることはできませんでした。


かすみ「支配って、なんのことですか。そんな話どうでもいいですよ、それより愛先輩やエマ先輩の……」

管理人「お前たち人間はみんなそれだ」


かすみの言葉をさえぎって、彼はふん、と鼻を鳴らします。


管理人「前時代の思い出を大切に抱いて、無事かどうかもわからない愛する相手を探して、それでどうする?」

かすみ「え?」


それは虚をつく問いでした。


管理人「運良く見つかったとして、ほそぼそと生きていくのか? 生活の基盤はどうする? いつまでライフラインが持つと思う?」

管理人「『マーケット』も無限じゃない。ここ以外の似たような『泉』はどんどん閉じている。世界の恒常性とでも言おうか、そういう力が働いて、いずれ空気中に充満した不確定性の胞子も消滅するだろう」


管理人「だが『マーケット』の街のように繋がったコネクションは今後も活きる。みな新しい役割を見つけ、雑多とした我々にも名前が与えられ、新しい世界が確立する」

管理人「いまここが黎明期だ。ここで過去にすがっているお前たち人間に未来はない」
0735名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/07/06(月) 02:16:27.26ID:PZY8uVi5
管理人「ところが人間たちの中で宮下愛とエマ・ヴェルデは特別だった。彼女らは我々の『マーケット』とは別に、独自の派閥を地下で形成していた」

かすみ「地下……?」


それは知っている話でした。壁さんから聞いた二人のお話……けれど絶対、派閥なんて打算的なものじゃなくて、もっと純粋な……。


管理人「カリスマ性というのか……『アイドル』という人種がこの時代にこれほど厄介だとは思わなかった」

管理人「我々が地上を支配していく上で彼女たちは邪魔だった。だから――内側から破壊した」

かすみ「なっ……」

管理人「DDD、夢に堕ちる薬を地下でひっそり広めさせた。『アイドル』という夢を与える人種との相性は最悪で、見事に彼女たちのコミュニティは崩壊したわけだ」

かすみ「あ、あれは……あなた……あんたが!」

管理人「知っていたのか。いや、なるほど、それで『マーケット』に流れ着いたわけか」

管理人「そのとおり。行き場を失った地下の連中も吸収して、『マーケット』はさらに大きくなった」
0736名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/07/06(月) 02:18:18.48ID:PZY8uVi5
管理人「二人を確保できなかったのは残念だが、ここにきてお前が現れた」

管理人「宮下愛を探しているという人間が来たら教える……あの情報屋とはそう契約していてね」


そういって彼は懐から白い封筒を取り出しました。あの、愛先輩の居場所が書かれていると最初の夜に告げた封筒です。

彼はそれを無造作に冷たい地面に投げ捨てます。

ひらりと舞った中の紙は……白紙でした。


かすみ「最初から……」


だまされていた。いや、骨折り損のくたびれ儲けは覚悟の上ではありました。

けれど、悪い想定よりも、よっぽどたちの悪い状況に思われました。


管理人「逆に少し調べさせてもらった。どうやらお前も『アイドル』をしていたらしい」

管理人「『アイドル』のカリスマ性が人心掌握に有用だとは理解した。だから今度はうまくコントロールして使えないかと、しばらく様子を見ていたが……」


管理人「こうしてよく見てやはり確信した。お前は彼女たちとは違う――――カリスマ性のない、普通の人間だ」
0737名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/07/06(月) 02:21:07.63ID:PZY8uVi5
よくも二人を! とか。

アイドルは利用するものじゃない! とか。

怒りの気持ちが言葉になって爆発しそうなくらい、ぐるぐる高まっていたのに――――急にしぼんでいくのを感じました。


かすみ「…………っ」


ああ、どうして、この状況で。

普通といわれて、こんなにショックを受けちゃうの。


かすみんは――――。
0738名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/07/06(月) 02:24:03.29ID:PZY8uVi5
管理人「とはいえ、まだ利用価値はありそうだ」

かすみ「え……ひっ」


薄暗い部屋のすみから、誰かがかすみに近づいてきました。

いつからいて、準備していたのか、その人外の手には注射器が構えられています。

すみれ色の液体が詰まった注射器でした。


管理人「無垢の偽物を消滅させずに利用できないか試している過程で、偶然固定化できた抽出液。普通は流通のために固体化させているが……そういえば、お前は近江彼方とも繋がっているらしいな」

管理人「この因果に意味はあるのか……いや、もう大したことじゃない」

管理人「お前には現実を忘れて、仲間を呼ぶ餌になってもらう。そのあとは店に引き渡す約束だ」

かすみ「や……いや!」


薄暗いなかで注射針の先端が鋭く反射しました。逃げようにも、荒縄がぎりぎりと食い込むだけで暴れることさえ叶いません。

つぷりと。

容赦なく、針がかすみの肌へ侵入します。
0739名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/07/06(月) 02:26:12.92ID:PZY8uVi5
かすみ「あ……あぁ……」


じんわり、じんわりと夢の結晶が血流に混じっていく。


管理人「今度は『アイドル』らしい仲間が現れればいいが……」

かすみ「違う……かすみは……かすみんは」


薄れていく意識のなかで、なにかを否定しようとして。

けれど現実は紐切れのように散り散りに解けていって。

痛みは消えて、重力は反転して。

耳鳴りの薄膜が繭のように世界を分断する。

明滅を繰り返した視界が最後に捉えたのは、白でも黒でもなくて。


すみれ色の歌がどこかから響きました。
0740名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/07/06(月) 02:28:25.83ID:PZY8uVi5
ーーーーーーーーーーーー


「かすみちゃんは可愛いね」


その声は白い情景とともに浮かび上がります。

白いシーツ、白いカーテン、清潔そうに見えるそれらは、けれども、そう演出しなければ不潔となっていく現れでもありました。

鼻をつくのはつんとした消毒液と、ねっとりした排泄物の臭い。


「かすみちゃんは可愛い」


それが彼女の口癖でした。

夕暮れの病室で、可愛い、可愛いと、いつも頭をなでてくれました。


――――かすみのお母さん。
0741名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/07/06(月) 02:30:49.62ID:PZY8uVi5
「かすみちゃんは可愛いね」


白いベッドに乱暴に乗っかって、気ままに抱きついても決して怒ることがなくて。

ただ優しく、頭をなでてくれながらお母さんはそういってくれました。


「かすみちゃんは可愛い」


物心がつく前から、お母さんはずっと入院していました。

だからかすみはそれが当たり前だと思っていて。

重い病気にかかっているなんて、知りもしませんでした。
0742名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2020/07/06(月) 02:32:54.17ID:PZY8uVi5
「かすみちゃんは可愛いね」


可愛い、可愛いと、お母さんはいつも優しく囁いてくれます。

だから、かすみはそれが一番の褒め言葉だと理解していました。

だから、いつもそう言ってくれるのを待っていました。


「かすみちゃん」


でも、いつからか、お母さんの言葉はつづかなくなりました。
0743名無しで叶える物語(光)
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2020/07/06(月) 02:35:41.76ID:lMmlFTmt
「かすみちゃん」


お母さんはかすみの名前を囁きます。ほそぼそと、口元だけを動かして。

いつからでしょう。お母さんは身体を起こしていることもなくなりました。

それから、身体が小さくなっていくような錯覚がありました。


かすみが小学生になって、少し大きくなってきたからそう感じたのかもしれません。

けれどそれ以上に、やせ細っていたのは、思い返せば明らかでした。
0744名無しで叶える物語(光)
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2020/07/06(月) 02:39:39.00ID:lMmlFTmt
「かすみちゃん」


注意深く耳を傾けなければ、ただの呼吸音にも聞こえるその中に、お母さんの囁きは混じっていました。

手を握れば不自然なほどさらさらと乾いていて、けれど驚くほど強い力で握り返してくれました。


「かすみちゃん」


可愛いねと、ただ続けてほしかった。どれだけか細い声でも、きっと聞き分けてみせるから。

でも。


「――――大好き」


その言葉を最後に、お母さんはなにもいってくれなくなりました。

その意味を、かすみは理解することができませんでした。
0745名無しで叶える物語(光)
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2020/07/06(月) 02:44:42.89ID:lMmlFTmt
かすみ「可愛くないと……」


可愛くないと、お母さんに褒めてもらうことができないんです。

可愛くないと、お母さんは頭をなでてくれません。

可愛くないと、お母さんの手は力を失ってしまいます。


可愛くないと、お母さんはどこかに行ってしまう。


かすみ「だからかすみは、世界一可愛くならないと」
0746名無しで叶える物語(光)
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2020/07/06(月) 02:46:36.29ID:lMmlFTmt
少女「うそつき」


かすみの背後で、誰かが責め立てます。


少女「スクールアイドルになっても、お母さんは帰ってこなかった」


それはいつかの罪でした。

それはいつかの罰でした。


少女「ずっと自分磨きしても、可愛くはなれなかった」


そんなことない。

そんなことないと、否定したくても。


少女「みんなのほうが、キラキラ輝いていた」


少女の言葉はかすみ自身の言葉でした。

少女は過去の、そして現在のかすみ自身でした。
0747名無しで叶える物語(光)
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2020/07/06(月) 02:47:58.98ID:lMmlFTmt
少女「可愛くない」


身体を持たない夢の世界で、少女の言葉はナイフよりも鋭利にかすみの心を刻みます。


少女「可愛くなれない……」


それは自分に諦めを促す言葉でした。


かすみ「ああ、たしかに」


きっと、溺れてしまえば楽になれるのです。

抗わず、自分を責め続けて、上を目指さないことの、なんて楽なことでしょう。


かすみ「そう、このまま……」
0748名無しで叶える物語(光)
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2020/07/06(月) 02:49:20.11ID:lMmlFTmt
「かすみちゃんは可愛いね」

かすみ「――――え?」


お母さんの声……じゃない?


「かすみちゃんすっごく可愛い!」


その声は、ああ、どうして忘れていたのか。


「よしよし」

かすみ「えへへ」


お母さんと同じように、頭をなでてくれるその人は、かすみんの大好きな――――


ーーーーーーーーーーーー
0749名無しで叶える物語(光)
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2020/07/06(月) 02:50:38.10ID:lMmlFTmt
蝶女先輩「――起きなさい!」

かすみ「――ん痛ぁっ!?」


思わず叫んで、それから視界が回りました。

ヒリヒリとほっぺたが痛みます。


蝶女先輩「やれやれ」

かすみ「へ? あれ?」


前を見れば、承○郎ばりにやれやれしてる蝶女先輩がいます。

えーと、たしかかすみん、DDDを無理やり投与されて、それから……。


かすみ「う……」


思い返そうとして、軽いめまい。まだ頭が起ききってないみたいです。
0750名無しで叶える物語(光)
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2020/07/06(月) 02:52:08.04ID:lMmlFTmt
そんなかすみを気にせず、蝶女先輩はてきぱきとかすみを拘束する荒縄を解いていきました。


蝶女先輩「おかしいと思った。管理者の連中が急に少なくなったと思ったら、新入りまでいなくなるんだから」

蝶女先輩「まったく、まさかの初指名でアフター緊縛SMドラッグプレイをしているわけじゃなけりゃ、面倒事ね」


さらっと気持ち悪い単語を羅列されるのは普通にびびります。いや、それが隣り合わせの世界で働いているのですけれど。


かすみ「どうしてここに……?」

蝶女先輩「いやこっちのセリフだけど。外はお祭り騒ぎよ」

かすみ「?……あぅ」

蝶女先輩「ずいぶんと盛られたみたいね」
0751名無しで叶える物語(光)
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2020/07/06(月) 02:54:11.95ID:lMmlFTmt
立ってみても、くらりと足元がおぼつきません。


蝶女先輩「新入り、よく聞きなさい。なにがあったかは知らないけど、『マーケット』から逃げるなら今しかない。管理者の少なくなったこのタイミングを狙って、地下上がり組が叛乱を起こした今しか」

蝶女先輩「次にチャンスがきたらって話をして、どういうわけか、まさかこんなすぐにくるとは思わなかったけど」

かすみ「え……?」


蝶女先輩のいっていることは理解できませんでした。

同じです。『マーケット』にはじめて入ったあの夜。なすがままに管理人にお店へと連行されたあの夜と。


かすみの知らないところで話は進んでいて。

かすみはまた、わからないままに『マーケット』を出るのでしょう。

なにも得られないまま……。
0752名無しで叶える物語(光)
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2020/07/06(月) 02:56:08.31ID:lMmlFTmt
蝶女先輩「なに泣きそうな顔してんの」

かすみ「っ……だって、だって」

かすみ「なにもできないっ……みんなに会いたいだけなのに……そんなこともできなくて」


なぜだかひどく悲しい気分で。

一度せきをきってしまえば、もう止まりませんでした。


かすみ「たった一枚の紙切れにだまされて……でもっ信じるしかないから……必死でっ」

蝶女先輩「…………」

かすみ「やっぱり……やっぱりかすみはっ」
0753名無しで叶える物語(光)
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2020/07/06(月) 02:58:26.92ID:lMmlFTmt
蝶女先輩「大丈夫」

かすみ「……え」


気づけば、蝶女先輩がぎゅっと手を握っていてくれました。


蝶女先輩「やれやれ、DDDがダウン方向に入っちゃったの? 教育係として言うよ。あんたは、十分働いていた」

かすみ「あ……」


暖かい手のひらに、くしゃりと何かが包まれています。


蝶女先輩「『マーケット』でなにを取引したのか、おおよそ予想はつくけど、その対価としては十分にね」

かすみ「これって……」


広げてみると、それは白い紙きれ。管理人が封筒から取り出した、なにも書かれていなかった虚偽の紙。

そのはずなのに――――じわりじわりと、黒い斑点がにじんでつながって。

やがて、意味のある文字がそこに浮かび上がっていました。


かすみ「地名……まさか」


蝶女先輩はにこりと、微笑みました。

いってらっしゃい、と。
0758名無しで叶える物語(庭)
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2020/07/07(火) 12:22:08.60ID:HjGxyIBt
ここまで一気読みした
0763名無しで叶える物語(庭)
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2020/07/10(金) 12:13:42.35ID:cKNG/3tI
ひるかすみん
0774名無しで叶える物語(庭)
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2020/07/15(水) 07:46:50.28ID:GQvLdrSV
おはかすみん
0785名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 01:31:20.81ID:CLpvr/nO
薄暗い部屋から空の下にでて、お祭り騒ぎといった蝶女先輩の言葉の意味を理解しました。

夜の闇の中で、『マーケット』の赤い提灯よりも激しく、お店がごうごうと燃えています。

それもひとつだけでなく、いくつものバラックが燃え上がり熱気と燃えカスが渦を巻いています。

どこかから叫び声や破壊音まで響きました。


叛乱、というよりも、暴動のような状態でした。

ちょっと見ない間に、アメリカドラマみたいな崩壊っぷりです。


蝶女先輩「これが起きる前に出なよって言いたかったんだけどね」


蝶女先輩はどこか楽しそうでした。

その表情と、管理人の説明がつながって、ひとつの理解が実感として染みてきます。


『マーケット』は彼らの国で、彼らの世界なのでした。

ここには彼らの人生があって、すでに前時代とは独立しているのです。


蝶女先輩「いい? DDDはある程度は吸い出したけど、まだ完全には抜けきってない」

かすみ「す、吸い出した!?」

蝶女先輩「そう、蝶らしく」


とんとんと、彼女は自身の唇を指しました。

眠っている間にさらっと吸血されていたようです。助けてもらったということなのでしょうが、なんだかムズムズします。
0786名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 01:32:11.40ID:CLpvr/nO
だけど、と蝶女先輩は続けました。


蝶女先輩「いまは意識が覚醒しているけど、たっぷり盛られたみたいだし、体内に残ったDDDはまたぶり返してくる」

蝶女先輩「ノンレム睡眠とレム睡眠を繰り返すように夢と現を行き来する……それが本来のDDDの作用だから」

蝶女先輩「だから、意識のはっきりしてるうちに素早く安全圏まで逃げること、わかった?」

かすみ「は、はい」

蝶女先輩「そ。じゃあ、元気で」


そんなあっさりとした言葉を最後に、彼女はひらりと、暴動の激しいほうへと向かっていきました。


かすみ「あの!」


その背中に、必死に叫びます。


かすみ「ありがとー!!」


周りのノイズがひどくて、ちゃんと届いたかどうか。そんな心配をよそに、彼女は叫び返しました。


蝶女先輩「うるさい! はやく行きな!」
0787名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 01:33:18.21ID:CLpvr/nO
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怒号と熱気の吹き荒れるなか、いまだ危機の渦中にあって、けれどどうしても寄るべき場所がありました。

瓶売りのお店……果林先輩を連れ出さなければなりません。


かすみ「………う?」


走りながら一歩、よろめきます。

DDDの残滓……時間がない、そうわかっていても、ここで果林先輩を見失えば二度と取り返せない予感がありました。

あのロイヤルブルーの輝きは、情報と違って明らかにそこにある実体です。

ぜったいに手に入れて、果林先輩を取り戻す。そうしてやっと、『マーケット』を後にすることができるんです。
0788名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 01:34:44.14ID:CLpvr/nO
瓶売り「ひ……っ」


瓶売りはまだ残っていました。お店にまだ被害はないようですが、急いでガラス瓶をアタッシュケースにしまっています。

ばくんとケースが閉じられる直前、果林先輩のガラス瓶も丁寧にしまわれているのを確かに認めました。


かすみ「………!」


時間がないということと、果林先輩がモノとして扱われているその様子にムカムカして……かすみは思いっきり、体当たりをかましました。


瓶売り「ぐぇ……!?」


瓶売り……耳ざといコウモリは骨格が脆いのか、簡単にくずおれました。それでも、アタッシュケースは執念深く掴んでいます。


かすみ「果林先輩を返して!」

瓶売り「!?……な、なんだ、火事場泥棒か!?」

かすみ「それはそっちでしょ! だってもともと……」


なにか感情をぶつけようとして、けれどうまく言葉を紡ぐ間もなく……目前に黒いものが突きつけられました。

瓶売りの手に握られた、まるでオモチャのようなそれは紛れもなく。


かすみ「じゅ、銃……?」
0789名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 01:35:57.90ID:CLpvr/nO
瓶売り「こ、こんな状況だ……悪く思うな」


無機質な銃口を前に、そんな角張ったセリフを投げられました。

まるで予期しなかった事態に身体が硬直します。

拳銃。わかりやすい死の形。

荒廃した世界にあって、前時代の人類の武器がこうして自分に向かう展開は、ちゃんとゾンビ映画を見ていれば予想できたな、なんて頭のどこかでぼんやり思います。


かすみ「あ……」


せめてガン=○タを見ておけば……今際の際にしては脳天気な空想が浮かぶのもつかの間。


どずんと、重い音が響きました。
0790名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 01:38:15.50ID:CLpvr/nO
瓶売り「――ぐぇ」

かすみ「へ?」


宙を舞ったのは銃弾ではなく、瓶売りでした。……強靭な足蹴で蹴り上げられて。


店主B「やぁ嬢ちゃん」

かすみ「え……あっ! 今川焼きの!」


颯爽と現れて瓶売りの横っ腹を蹴り飛ばしたのは、初日の夜に今川焼きを振る舞ってくれたあの店主、色が反転したパンダでした。


店主B「嬢ちゃんに渡したのは大判焼きだったはずだが……ともあれ、どうかね。あの日『マーケット』深くに招き入れたことで生まれたこの危機を救って、対価としてはとんとんといったところかね」

かすみ「あ、ありがとうございます……?」


彼の中では理屈があったようで、ちょっぴり困惑して思わず疑問形になってしまいましたが。

いやこのパンダ、イケメンすぎますよ。


シャバ○ニよりイケメンじゃないですか?
0791名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 01:40:58.75ID:CLpvr/nO
瓶売り「あ、あぁっ!」


暴動の喧騒の中で、瓶売りが這いつくばりながら苦しんでいました。

色が反転したパンダの筋骨逞しい足蹴がよほど効いたのかと思ったのですが、どうやらそれだけでなく。

瓶売りが手をのばす先には、アタッシュケースが開いた状態で転がっていました。


色とりどりのガラス瓶は路上に散乱し、落下の衝撃のためか亀裂が入っています。


かすみ「果林先輩!」


思わず飛び出して、果林先輩のガラス瓶を両手に抱きます。人肌のように暖かなそれは、神秘なお香のようにロイヤルブルーの光が揺れています。

けれど、果林先輩のガラス瓶にもヒビが入っていました。


店主B「なるほど、魂か」

かすみ「だ、大丈夫なんですか、これは」
0792名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 01:43:44.18ID:CLpvr/nO
うろたえるかすみとは対称的に、色が反転したパンダは落ち着いていました。


店主B「問題ないさ。あとは『マーケット』が判断する……『商品』として適切であればガラス瓶にとどまり、無理に詰めたとかで適切でなければ元の器に戻る」

かすみ「『マーケット』が……?」


『マーケット』に意思があるような不思議な言い方でしたが、かすみはそれをすでに体験していました。

ついさっき、ただの白紙に地名が浮かび上がったあれも、起源は同じなのでしょうか。


店主B「まぁ、あの瓶売りの様子を見るに……ほら」

かすみ「あ……」


ぽう、と。

手元で青い光が強まりました。
0793名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 01:45:41.09ID:CLpvr/nO
その光景はきっと忘れることがないでしょう。

ガラス瓶から抜け出た光をはらんだ弱々しい風が、『マーケット』の夜空に伸びて。

若草色や琥珀色の風が暴動の炎よりも強く輝いて、まるで自由を祝福するように妖しく震えています。

神秘の風を得た光は鳥よりも早く、それぞれの家へとひとつ、またひとつと消えていきました。


そして……最後に残ったロイヤルブルーの光は、宝石みたいにきらめいて、夜の帳を照らしています。

それは星のように、銀河のように、遠い存在のようでありながら、意外なほど近くで寄り添ってくれる温かみがありました。


かすみ「果林先輩……」


かける言葉は、ひとつだけでした。


かすみ「迷子にならずに、ちゃんと帰ってくださいね」


青い光は最後にちかちかと瞬いて――抗議でしょうか?――遠く空へと駆けていきました。
0794名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 01:49:01.31ID:CLpvr/nO
店主B「ああ、きれいだね、いいものを見た」

瓶売り「………」


放心する瓶売りを気にせず、色が反転したパンダはあっさりとした感想をつぶやきます。

それから、じゃあねと、簡単に別れを告げて、暴動の中心へと進んでいきました。


かすみ「やった……」


瓶売りとは別に、かすみも放心に近い心境にありました。

愛先輩の居場所を手に入れ、果林先輩を解放できた……いろいろありましたが、『マーケット』に入った当初の目的をおおよそ完遂しています。

あとは無事に出るだけ……。


かすみ「……あぅ」


……このすみれ色の眠気が我慢できなくなる前に。
0795名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 01:51:11.08ID:CLpvr/nO
炎上するバラックに照らされて、なお暗澹とした『マーケット』の夜空に幾条のもの魂が駆け抜けていく奇跡のような光景は、けれど『マーケット』の住人にとってさして特別ではないらしく。

すみれ色にかすむ視界の中で、なにか変わったことはありませんでした。


店舗の消火に奔走する人外や、暴動に加担する人外という相反するように見えるグループは、渦のように混じり合って『マーケット』にひとつの盛り上がりを形成していきます。

意識が揺らいでいるせいか、夢へと近づいているせいか、その光景は即物的な認識をカットして、観念的な印象としてかすみに伝わりました。

すべてが崩壊に向かうかと思われた大きな熱気は、しかし破壊を伴いながらも、より生き生きとした活力を蓄えて『マーケット』に還元していくようでした。


――――東西、東西……たったいま貰いましたる花の御礼……ちょいと読み上げ奉る――――そんな口上がどこかから届きます。

一緒に和太鼓の重い響きと、笛の音まで聞こえました。

それは祭りの儀式。

それはある意味での、『マーケット』の日常でした。


昏く沈んでいく自我の中で、反対に冴えていく直感が、ひとつの未来を想起します。


かすみは『マーケット』を出るけれど。

盛況も、貧困も、奇跡も、闇も、恵みも、破壊も、狂乱も、慈しみも――――すべてを内包して、『マーケット』はこれからも在るのでしょう。

それはひとつの可能性として。
0796名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 01:53:21.94ID:CLpvr/nO
走る。

走る。

はやく、『マーケット』の外へ。外に出れば、お父さんの車があります。

車にのって、ひとまず遠くへ。どこかで休んで、それから紙に書かれた地名か、せつ菜先輩の部屋へ。

そうしたら、かすみんと、せつ菜先輩と、果林先輩と、愛先輩と、きっとエマ先輩もいて、同好会の半分が揃います。


半分も揃うんです。果てしなく思えたこの旅で、半分も揃えば、残りのみんなだってすぐに決まってます。

かすみんが同好会を繋いでみせる。

かすみんが同好会を守ってみせる。だってかすみは……。


前にも、一度――――
0797名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 01:56:54.94ID:CLpvr/nO
かすみ「くるま……お父さんの」


『マーケット』を抜け出た先、炎上する店舗も赤い提灯もなく、真っ暗なはずのその場所に、灼熱の光源が黒く煙を上げていました。

そこにあったはずのものは、お父さんの車でした。

いま眼前で燃えているそれが、恐らくは。


管理人「一つ尋ねたいことがある」


待ち構えていた彼が、なんの前振りもなく言葉を発します。

これが当然であるように。

これがあるべき結果であるように。


周囲には彼の仲間が控えていて、とても隙は見つかりません。
0798名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 01:59:22.32ID:CLpvr/nO
管理人「巨視的には大きな問題にならないとはいえ、あまり『マーケット』を手放しにするわけにもいかないので、手短かに済ます」

管理人「目が覚めたらゆっくり聞かせてもらうが」


すみれ色の帳も、宵闇の包囲も、どちらも抜け目はありません。

瞼は重く、けれど開いてどうなるというわけでもなく。

足は重く、けれど動いてどうなるというわけでもなく。


管理人「逃げ出したお前と一緒に例の白紙も消えていたが、まさかそこに書かれていたのか?」

管理人「だが、労働の対価だとしても『マーケット』に無から有は生まれない。そこに特別な『接点』が……繋がりがない限り」


いっそ夢に落ちてしまえば楽になれるのに。

それでも最後まで、意識が夢よりも現を選んだのは、声に出して答えたい問いかけがあったからでしょうか。


管理人「お前は一体、なにに繋がっている?」
0799名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 02:01:31.05ID:CLpvr/nO
睡魔の奔流は夢と現を溶かし込み、返す言葉は自然と湧いていました。


かすみ「かすみ達が繋がっているのなんて、当然なんだから」

かすみ「だって――――バラバラなみんなを一人一人見守って、繋いでくれるあの人がいるから」


自分から出たその言葉の意味を、自分で理解するだけの余裕はなく。

それでも、すみれ色に染まる地面に踏み出した一歩は、果たして実際に踏み出していたのかどうか。


前に揺れた重心は、そのままふわりと浮き上がり。

つかの間の無重力はひどく心地よくて。


固く撚った集中の糸が水に溶けるようにほぐれる瞬間。


最後に見たのは、青色の……
0800名無しで叶える物語(光)
垢版 |
2020/07/20(月) 02:03:36.24ID:CLpvr/nO
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かすみ「にひひ」


紙袋のコッペパンを見るたび、にやにやが止まりません。

ジャムの代わりにからしをたっぷり注入したかすみん特製コッペパン……これでライバルをノックアウトです。

もちろん、かすみんが食べる分はわかるように印をつけてあります。なんて賢い! 可愛いし賢いかすみん!

KKKですね!


果林「あら、かすみちゃん早いのね」

せつ菜「お待たせしました!」


扉を開けて二人の獲物がやってきます。ふふふ、まだニヤけちゃだめ、我慢我慢です。
0801名無しで叶える物語(光)
垢版 |
2020/07/20(月) 02:05:52.80ID:CLpvr/nO
果林「コッペパン?」

かすみ「はい。活動前のエネルギー補給というやつです、ぜひぜひ」

せつ菜「美味しそうです!」


何食わぬ顔でコッペパンを手渡して、見事にからし入りを持たせることに成功します。

にひひ……いや、まだ我慢我慢。

なんだかすんなり事が運んでいますが、最後まで気は抜けません。


すんでのところでしっぺ返し、なんてありきたりですからね、注意しないと。
0802名無しで叶える物語(光)
垢版 |
2020/07/20(月) 02:09:10.45ID:CLpvr/nO
せつ菜「ではかすみさん、いただきます」

果林「私も、いただきます」


でも、二人はなんの警戒もせずコッペパンを口にして。


かすみ「あ……」


一瞬後に訪れる二人の苦しそうな表情を想像して、すごく、嫌な気持ちになって。

自分が招いた結果なのに、だめ! なんて思っちゃって。


もぐもぐと咀嚼を続ける二人の表情は……けれど、想像とは違っていました。


果林「ふふ、美味しい」

せつ菜「う〜んっさすがかすみさんですね」


口を離した二人のコッペパンに詰まっているのは、からしではなく、ありきたりなジャムに変わっていました。
0803名無しで叶える物語(光)
垢版 |
2020/07/20(月) 02:13:04.89ID:CLpvr/nO
かすみ「あ、れ……?」


変に思って自分の持つコッペパンを割ってみても、そこにはジャムが覗いていて。

まるでからし入りなんて最初からなかったかのように。

そのことが、どういうわけかとても安心しました。


果林「知っているもの、かすみちゃんが優しい子だって」

せつ菜「同好会の誰よりも、同好会のみんなが大好き、ですよね」


気づけば、二人はかすみのすぐそばにいて。

ぎゅっと、優しい抱擁で温めてくれました。
0804名無しで叶える物語(光)
垢版 |
2020/07/20(月) 02:16:16.34ID:CLpvr/nO
かすみ「果林先輩……せつ菜先輩……?」


二人の先輩の抱擁は、これ以上なく嬉しくて、幸せな気持ちにさせてくれるはずなのに。

そこに込められた意味を読み解くことが困難で、ふつふつとした焦燥が、胸の内に広がっていきました。


果林「大丈夫よ」

せつ菜「はい、すべて、任せてください」


優しくあやすようなその言葉は、安心させるためのものなのに。

どうして反対に、不安な気持ちが増していくのか。


いやだと言おうとして、けれど抱擁は強く、意思を表明することすら困難で。

すみれ色の夕暮れに、かすみは二人に守られながら、深く溶けていきます。


いつか見た、9色の虹を心に描いて。


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0805名無しで叶える物語(光)
垢版 |
2020/07/20(月) 02:20:40.89ID:CLpvr/nO
かすみ「…………う、ん?」


夢から醒めて、最初に感じたのは揺れでした。

ゆらりゆらりと、優しい揺籃。暖かなそこが、誰かの背中だと気づくのはすぐでした。

懐かしい声がしたから。


果林「……目が覚めた? かすみちゃん」

かすみ「え……か、果林先輩……!?」


すぐ目の前には果林先輩の髪の毛があります。かすみは果林先輩におぶられているようでした。

果林先輩です。


果林「ふふ、驚かせちゃったかしら」

かすみ「う、うそ……夢? これも……」


まだ空ろな頭を動かしてあたりを見回しても、そこは暗い路上で、夢にしてはどこか殺風景に過ぎます。
0806名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 02:24:28.46ID:CLpvr/nO
果林「いいえ、現実よ。彼方に夢を通して、かすみちゃんのところに送ってもらったの」

かすみ「え……?」


果林先輩は一歩一歩、かすみに話しかけながらも、暗い道を進んでいきます。

まるで立ち止まることが許されていないかのように。


果林「ごめんなさい、かすみちゃん。それから、ありがとう。私を助けてくれて」

果林「全部、憶えてるから……本当に、ありがとう」

かすみ「果林先輩……」


目頭が熱くなって、視界がにじみました。ぼろぼろとこぼれる涙を、止めることはできませんでした。

後ろから果林先輩の肩にぎゅっと抱きついて、瞼をおさえて、それでも大粒の涙は痛いほどに溢れてきます。


かすみ「ごめっ……ごめんなさい果林先輩……いま、今だけは」

果林「なにいってるのよ。かすみちゃんは後輩なんだから、本当はもっと甘えていいの」

かすみ「……っ」


久しぶりに――ほんとうに久しぶりに――話す果林先輩は、やっぱり大人で。

敵わないな、なんて心のどこかで思っちゃうことが、どうしてか誇らしくて、嬉しくて仕方ないのでした。
0807名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 02:27:59.94ID:CLpvr/nO
かすみ「…………う」


再会に水を差したのは、すみれ色の幻影。

それは再び夢に落ちる兆しでした。


でも、いまは一人じゃないから……。


果林「――かすみちゃんみたいに可愛かったらって、思ったことあるの」

かすみ「……え?」


それは想定外の果林先輩の言葉でした。


果林「本当よ。一度や、二度じゃないくらい……」

かすみ「な、なんの話ですか? 急に」


普段なら、鼻を高くして聞き入りたい話だというのに。

この時代に慣れてしまったかすみは、そこに不穏な気配を感じずにはいられませんでした。
0808名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 02:31:53.85ID:CLpvr/nO
かすみをおぶって、果林先輩は暗い道を進みます。一歩一歩、決して立ち止まることのないように。


果林「セクシーに、クールに……そうありたくなかったわけじゃないけれど、自然とそうなっただけで」

果林「他の可能性も、なんて」

かすみ「果林先輩……!?」


一歩一歩、たしかに踏みしめていた果林先輩の足は、けれどそこでくずおれました。

慌てて背中から降りて、そこでようやく気づきます。


暖かく感じていたそれは、果林先輩の血液だったということ。

対照的に果林先輩の身体は、少しずつ冷たくなっているということ。


ようやく対面した果林先輩の表情は、どうしてこんなに、安らかなのか……。
0809名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 02:33:55.63ID:CLpvr/nO
果林「ごめんなさいね、かすみちゃん……もうちょっと、頑張りたいんだけど」

かすみ「だめ、だめです果林先輩……どうして」


ショックと一緒に、夢に落ちる直前の状況を思い出します。

あの包囲から、意識のないかすみを連れて、どうやって抜け出したのか。

どうしてかすみが無事で、果林先輩が傷ついているのか。

どうして……。


かすみ「…………うぅ」


果林先輩の身体の傷口をおさえても、なにも効果が見られません。

なんとかしたいのに、それなのに……すみれ色の誘惑は、この状況下でも容赦なく襲いかかります。

いっそのこと、いまが夢なら。


これがただの悪夢なら、醒めればいいだけなのに。
0810名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 02:36:11.65ID:CLpvr/nO
暗い路上の果林先輩が歩いてきた方向からは、じわりじわりと赤い提灯が近づいてきます。

それは追手でした。新たなアイドルを求める『マーケット』の追手でした。


かすみには浅く呼吸を繰り返す果林先輩を、必死に抱きしめる以外にできることはありませんでした。


果林「かすみちゃん」


逃げてと、口元で果林先輩は囁きます。

その声は聞きたくなくて――いつかの記憶を刺激するようで――より強く、果林先輩を抱きしめます。


そのまま、追手と、夢と、どちらかが追いつくまでこうしていようと、覚悟を決めたかすみの元に先に現れたのは……意外にもそのどちらでもなく。


せつ菜「――お久しぶりです。かすみさん」

かすみ「せつ菜、先輩……?」
0811名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 02:38:25.59ID:CLpvr/nO
せつ菜「ごめんなさい、遅れてしまって……」


涙で歪んだ視界の向こう側で、悔しそうに頭を垂れるその人は、紛れもなくせつ菜先輩でした。

生徒会長の中川菜々ではなく、優木せつ菜の姿をしていました。


かすみ「ほんとに、せつ菜先輩……? でも、あの根っこは」

せつ菜「両親は今現在も、中川菜々を縛っています」


え? と困惑するかすみを横に、せつ菜先輩は果林先輩を背負います。

優しく、けれどキビキビとしたその所作だけで、記憶の中のせつ菜先輩と一致しました。


せつ菜「一言でいえば、これが私の変異なんです。中川菜々と優木せつ菜の分離」

かすみ「分離……?」

せつ菜「ええ……」


短く答えるせつ菜先輩の表情は、決して晴れていませんでした。
0812名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 02:39:36.54ID:CLpvr/nO
せつ菜「かすみさん、これを」


そういってせつ菜先輩が取り出したのは、折りたたまれたノートの切れ端です。


せつ菜「憶えてますか? みんなで言葉を出し合って、歌詞を書いていたことを」

せつ菜「完成したんです。かすみさんが出発したあの後すぐに……なぜだか、かすみさんと触れていたあの夜に、言葉が自然に繋がって」

せつ菜「まるで、元からあるべき形が決まっていたみたいに……」


せつ菜先輩はかすみを見つめていました。正確には、かすみを通してどこか遠くを見通しているような瞳でした。

でも、そんなことよりも。


かすみ「どうして、いまかすみに渡すんですか……?」

せつ菜「……………」


嫌な風が首元をなでました。

せつ菜先輩の申し訳なさそうな表情は、いったい何を意味しているのか。
0813名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 02:41:24.60ID:CLpvr/nO
せつ菜「行ってください、かすみさん」


果林先輩を背負って、せつ菜先輩は毅然と告げます。


せつ菜「分離するとはいいましたが……優木せつ菜には中川菜々が必要で、中川菜々には優木せつ菜が必要なんです」

せつ菜「両親の目を盗むような子供だまし……そう長くは持ちません」


果林さんもきっと……短く言って、せつ菜先輩は追手の方へ向きました。

その行動を、かすみはどうしても理解できませんでした。


かすみ「いや、いやですせつ菜先輩……どうして、せっかく」


身も心もボロボロで、それだけの言葉をちゃんと発することさえできたかどうか。

やめてくださいと、お願いだからただ一緒にいてよと、そう叫びたいのに。

思うほどに喉はつまって、焦るほどにDDDは血液を巡って。


せつ菜「あ……ふふ、そういえば、丁度いいセリフがありますね」


なんてうそぶくせつ菜先輩は、最後にちゃんと笑っていたでしょうか。


せつ菜「征ってください、かすみさん。手始めに世界を救うんです!」


――――そしてかすみの意識は翻り、三度目の夢に落ちる。
0814名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 02:43:17.74ID:CLpvr/nO
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せつ菜「あなたは……いえ、そう、あなたが……」

せつ菜「かすみさんのこと、よろしくおねがいしますね」


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0815名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 02:44:46.09ID:CLpvr/nO
夢を見た気がします。でも、夢の中身は忘れてしまいました。


かすみ「?」


視線の先では、果林先輩とせつ菜先輩が歩いていました。

二人の先輩。二人のライバル。


負けないと思っているけれど、二人の背中はやっぱり遠くて。

追いついてやる! と思って追いかけてみたら、実は向こうからもかすみんの方へ近づいてきていて。


三人一緒になって、どこに行くんだっけ? なんて頭をかしげて。

とりあえずその場で話していたら、それだけで楽しくて。


風の薫るその場所で、充足と平穏の下に、かすみたちは一つの歌を歌いました。

それはいつかの日常として。


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0816名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 02:48:18.86ID:CLpvr/nO
かすみ「――――っ」


目を覚ましてすぐ、自分が手を伸ばしていることに気づきました。

空に向かった手は、けれどなにも掴んでいません。


代わりに、隣から声をかけられます。


エマ「おはよう、かすみちゃん」

かすみ「エマ先輩……」


天使のように微笑むその人は、いったいいつぶりに見たでしょうか、たしかにエマ先輩で。

このあとすぐにわかることですが――――かすみは例の白紙の場所にいて。

そこにはエマ先輩と、愛先輩と、それからりな子が集まっていて。


果林先輩とせつ菜先輩の姿はありませんでした。
0817名無しで叶える物語(光)
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2020/07/20(月) 02:51:36.33ID:CLpvr/nO
(『マーケット』編、おしまい)
(次は最終、『あなたと彼女と彼女の愛』)
0818名無しで叶える物語(家)
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2020/07/20(月) 03:18:11.87ID:6bTwDXAT
おつおつ
やっと果林さん復活する!って喜んだのもつかの間だった…二人がどうなったのかすごく気になる
0849名無しで叶える物語(庭)
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2020/08/01(土) 11:55:53.71ID:kkiEfGXw
ひるかすみん
0860名無しで叶える物語(庭)
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2020/08/06(木) 15:32:02.03ID:a7lqVsew
かしゅかしゅ〜
0866名無しで叶える物語(庭)
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2020/08/09(日) 13:39:07.45ID:k8RDsdzA
ひるかすみん
0867名無しで叶える物語(庭)
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2020/08/09(日) 17:40:05.52ID:8poMnHuf
ゆうかす
0874名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 01:54:35.59ID:31F3gxeC
菌について、かすみが知っていることは少ないです。

パン作りにイースト菌が必要だということと、もやし○んで読んだふんわりした知識のみで、とても議論できるほどではありません。

しかし、憶えているでしょうか? 我が同好会には、菌を素手でコントロールし利用するスペシャリストがいることを。


ひとくちに菌といっても色々あるんだけどね、とぬか漬けの主――愛先輩は語ります。


愛「細菌、古細菌、真菌……名前は似てるけど、まったくの別ものでね」

愛「すべての生物は3つのドメイン……細菌と古細菌と真核生物に分けることができるんだけど、真菌はヒトと同じ真核生物に入る」

愛「真菌が細菌よりもヒトに近しいってのは不思議だよね」


真菌に親近感わいちゃうかも! なんちゃって、とだじゃれを欠かさない愛先輩です。
0875名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 01:55:41.82ID:31F3gxeC
愛「たとえばぬか漬けの主役の乳酸菌は細菌、表面を白くする産膜酵母は真菌に分類されるから、実はぬか漬けって複雑な生態系の一つなんだよ」

愛「乳酸菌ひとつとっても複数種が混在したりしてるし……そんなわけで、ぬか漬けは毎日手入れしてバランスを整えないといけないんだね」

愛「丁寧に面倒を見てあげれば酸味と旨味と香りが整った美味しい漬け物ができあがる……これは複雑な菌のバランスが生み出す唯一無二の味なんだねぇ」

愛「あ、ぬか漬けに話それちゃった」


てへ、と愛先輩は可愛らしく舌先を見せます。


愛「さて……細菌、古細菌、真核生物」

愛「この3つのドメインは遺伝子から進化の過程を推定して決めたものでさ、すべての生物の共通祖先からまず細菌と古細菌に分かれて、古細菌の一部がさらに細菌を取り込んで真核生物に進化した、なんて考えられてるんだよ」

愛「この進化系統樹でみると、ヒトを含めた動物や真菌、植物はずいぶん近縁な種に感じちゃう」

愛「あるいは、それが……」
0876名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 01:56:23.30ID:31F3gxeC
ぶつぶつと、その先は愛先輩の仮説なのか、まだ言葉にはならないようでした。

というわけで、ここから先はかすみんのお話です。


きのこ🍄について。


愛先輩の話に合わせると、きのこは真菌に属します。ヒトと同じ真核生物というやつですね。

また、自然界では分解者という役割を持つ、ということはうっすら憶えていて……まぁ、それ以上の知識は残念ながら出てこないのですけれど。

かすみんとしては、この荒唐無稽な現象へ理屈を当てはめることに、どれだけの価値があるのだろうと思っちゃいます。

理屈から逃げる言い訳ではないですよ?


衣装箪笥が魔法の国につながるように。

サメにチェーンソーがつきものであるように。


理解しがたい現象は、その現象そのものよりも、もっと広い視点に意味を持つことがあるのですから。

例えばきのこは、共生のメタファー、なんて。


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0877名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 01:57:27.40ID:31F3gxeC
璃奈『あれがコナプト』


ディスプレイの中、りな子の示す場所には真っ黒な建物がありました。『マーケット』からも海越しに見えた、あの建物です。


璃奈『レインボーブリッジのすぐそば、第三台場にいつの間にかできていた黒いビル』

璃奈『屋上は飛行船の係留ポイントになってて、普段は特殊なフィルムでできたドームに包まれて、雨風と紫外線から守られてるみたい。飛ぶときにドームがぱっくり開く仕組み』


半透明のドームの中に飛行船がたたずんでいるその様子は、どこか蛹のような生物的な印象を与えました。


かすみ「歩夢先輩があそこに?」

璃奈『うん、いる』
0878名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 01:58:28.09ID:31F3gxeC
璃奈『璃奈ちゃんドローン「間違いない」』

かすみ「…………」


目の前で浮かぶドローンについた小さなディスプレイが、デフォルトされたしたり顔を映します。

りな子の変異はある意味わかりやすくて、一言でいえば、身体の損失と精神のネットワーク上への移行でした。

通常はいまのように、ドローンの中に潜んでいるのだとか。

そんなことあり得るのかなんて、『マーケット』を経験したかすみんにとっては疑問にもなりません。


ただ一点、気になることはあります。


かすみ「やっぱり璃奈ちゃんドローンって語呂悪くない?」

璃奈『そうかな』

かすみ「もう略しちゃおうよ。リ○リーとかどう? 空飛べるし」

璃奈『リド○ーだと最後のリが余計。というか別物。璃奈ちゃんドローン「それはNG」』
0879名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 01:59:01.87ID:31F3gxeC
愛先輩の言うりなりーだってそうじゃん、と返そうとしましたが、りな子がそういう雰囲気でないことに気づきました。


璃奈『これはきっと報いだから』


喉ではなく無機質なスピーカーを震わせて、りな子は声を発します。


璃奈『生身の表情を隠していた、きっと報い。これはそういう病だから、私は受け入れるの。……でも』

璃奈『ねえかすみちゃん。そんな私にとってかすみちゃんは、笑ったり泣いたり表情が豊かで、目標の一つだったのに』

璃奈『再会してから、かすみちゃんが笑ってるところ、見たことない』

かすみ「…………」
0880名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:00:16.31ID:31F3gxeC
白紙に書かれた愛先輩の居場所、それはとある大学でした。

目を覚ましてからすぐ聞いた話ですが、どうやらかすみは一人で大学の敷地内に倒れていたようです。

意識の途切れる直前を思い出そうとして、瞼に浮かぶのは果林先輩とせつ菜先輩の姿。


いったいどこからどこまでが夢で、現実だったのか。

どうやってここまでたどり着いたのか。


記憶を紐解こうにも、フラッシュバックする炎と暗闇と血の臭いが、恐怖を連れてかすみの心を縛っていました。

ぽつりと、思わずにはいられません。どうしてだろう、と。


どうして、かすみだけ助かっちゃったんだろう。


不思議と涙は出ませんでした。もう枯れたのかもしれません。
0881名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:00:54.92ID:31F3gxeC
大学にいたのは愛先輩とエマ先輩とりな子の三人。かすみが意識を取り戻してから、異変以降に起きたことをお互いに話しました。

しばらく引きこもり貴族を謳歌したかすみんとは違って、愛先輩とエマ先輩の二人は外で異変発生に巻き込まれたために、例の地下商業施設で生活していたようです。

外の世界に注意を払いながらの、見知らぬ人々との生活……暗くなりがちな環境で、愛先輩とエマ先輩は明るくあろうとしました。

それがアイドル活動です。


愛「やっぱり楽しくないとってね!」

エマ「平和が一番だもん〜」


思えば、同好会の中で最もポジティブなのがこの二人かもしれません。

けれどその後の顛末は、かすみも知るところです。

『マーケット』由来の薬物DDDにより地下生活は崩壊し、人々は互いに争い、残りは『マーケット』に向かいました。

その時点で、すでに二人の居場所は残っていませんでした。


愛「ただ楽しくあろうとしただけなんだけどね」


失敗しちゃったなぁと、愛先輩はつぶやきました。
0882名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:01:40.55ID:31F3gxeC
璃奈『でも、かすみちゃんのいう薬物のせいだったなら仕方ない』

エマ「薬……気づいてあげられなかったなぁ」


りな子の慰めも、効果は薄いようでした。変異は大人ほど重篤ですから、エマ先輩にとっては地下の人々もほとんどが年下だったはずです。

迷い、悲しみ、さまよう幼い彼らと、祖国の弟妹たちを重ねることもあったかもしれません。


とにかく、地下を失った二人は地上に出て、りな子と合流します。

それがこの大学でした。いろいろな道具と環境が整っていて、しかも誰も通ってこないという点に目をつけて、りな子が導いたのでした。

ふと思いつく集合場所で言えばニジガクですけれど、そこはすでに再編された自分たちの場所になっていますから、近寄ることも難しいようです。


ネットワーク上にのみ存在したりな子の精神は、愛先輩の助力もあり専用のドローンへも移行できるようになります。


璃奈『愛さんがつくってくれたの。璃奈ちゃんドローン「にっこりん」』

愛「いやいや、りなりーに言われたとおり組み立てただけだって」


これが三人の大まかな流れでした。
0883名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:02:25.17ID:31F3gxeC
かすみのこれまでの行程についても、できるだけ正確に伝えたつもりです。

『マーケット』なりで人外と関わりことの多かったかすみの情報は、三人にとっては初めて聞くことが多々あるようでした。

摩訶不思議な外の世界の一例だとか、彼方先輩(の偽物)の事情だとか。


かすみの理解できなかったことを話し合う、という当初の目的の一部は、この場である程度果たされているのかもしれません。


それにどれほどの意味があるのか、いまではわからないけれど。
0884名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:03:26.35ID:31F3gxeC
璃奈『果林さんとせつ菜さん、見つかったらすぐ教えるね』

かすみ「……うん、お願い」


最初の話し合いは、その言葉で締めくくられました。

見方によっては、ここが終着点なのかもしれません。


あの日、再編された自分に部屋を譲って、みんなに会うために家を飛び出してから始まったこの旅路。

果林先輩を連れてせつ菜先輩に出会って、りな子のマップを元にエマ先輩と愛先輩を探した。

遠回りしつつもエマ先輩と愛先輩、それにりな子と合流を果たしたけれども、帰るべき場所……果林先輩とせつ菜先輩を失ってしまった。

正気か判断困難な歩夢先輩をおいて、あとの二人、彼方先輩としず子はりな子の情報力でも行方が知れません。


行き止まりでした。縁のない大学で、これ以上の行き先はありませんでした。

地上は再編された人々と、『マーケット』を起点とする人外になすすべもなく支配され、残されたかすみ達は、あとはできるだけ緩やかに、穏やかにいられるよう願うしかなくて。

異変が起きたあの日からずっと、無意識に張り詰めていたなにかが、すとんと落ちる音が聞こえました。

それが自分でも驚くほど楽で。


ああ、もう。

なんだか。


疲れたな――――


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0885名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:07:28.63ID:31F3gxeC
璃奈『かすみちゃん、また?』

かすみ「うん」


りな子にいって、ディスプレイの映像をコナプトから虹ヶ咲学園のカメラに切り替えてもらいます。

そこには再編された自分たちの姿が映っていました。


まるで何事もなかったかのように、あの日の続きを生きる自分たち。キラキラと、笑顔がまぶしかったり、頑張って練習してたり……そこにデジャヴはありません。

彼らはすでに再現を終えて、新しい一日を進んでいるのでした。


りな子たちと合流して、はや数週間……彼らの生活をこうして覗き見することが、かすみの日常のひとつとなっていました。
0886名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:08:03.64ID:31F3gxeC
そういえば、例の再編以後せつ菜先輩と連絡がとれなくなった原因、大元でいえばりな子とネットワークが途切れた原因は、彼らにあるようです。

突然現れた彼らは当たり前のようにインターネットも使用していました。そのため、トラフィック? が急激に増大したのだとか。

精神がネット上にあるりな子は混乱して、一時的にいわば機能不全な状態になったようです。


そうこうしているうちに、かすみはせつ菜先輩と再会したり、地下世界にDDDが持ち込まれたりします。DDDも彼ら由来であることを考えると、ずいぶん振り回された印象がありますね。

けれど意外なことに、こうして彼らを眺めていても、怒りも嫉妬もありません。

楽しそうな日常を過ごす新しい自分たちに対して、ただ純粋に濾過された『いいな』という気持ちが、澄んだ小川のようにこぼれていくのみです。

心は凪のように、ある意味でかすみは救われていました。


それが偽りだとしても。
0887名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:08:34.20ID:31F3gxeC
璃奈『はい、ストップ』

かすみ「あぁ!」


ぷつりと、映像が消されてしまいました。ちょうどカメラに生徒会長バージョンのせつ菜先輩が映ったのに……。


璃奈『画面を見るのは一日三時間まで。約束したはず』

かすみ「ぜったい短すぎると思うんだけど……」

璃奈『かすみちゃんの目の健康のためなの。約束しないと、かすみちゃんずっと見てるし。璃奈ちゃんドローン「ふんす」』


こうなってはどうすることもできません。支配権はりな子にありますし。

カレー○イスでコードを抜かれるより強力です。


絶対に「ごめんなさい。」は言わないとか決意する隙もないですよ。
0888名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:09:09.90ID:31F3gxeC
かすみ「はぁ」

璃奈『散歩?』

かすみ「うん、愛先輩かエマ先輩のとこ」

璃奈『私もいく』


お台場にほど近いこの大学は、工学系の学部がコンパクトに収まっていて、それほど広くありません。

ニジガクというマンモス校にようにいろいろ歩き回る必要もなくて、大した散歩にもなりませんが、ちょっとした気分転換に。

二人……少なくとも愛先輩は、きっといつもの研究室にいるはずです。


かすみ「…………」


歩き出して、ふと脳裏に浮かぶのは、りな子に見せられたコナプトの映像。

歩夢先輩の甘い声につれられて、生き残った人々の多くが収容された黒い摩天楼。


知らない、関係ない……そう思うだけでも、ひどい罪悪感に襲われるのが嫌で。

自分に自分で、言い訳します。


――――だって、かすみには何もできないんだから。
0889名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:09:47.55ID:31F3gxeC
愛「おっりなりーにかすかす」


愛先輩はいつもの場所にいました。この大学の中で、一番生物系の装置が整った研究室だとか。


かすみ「かすかすやめてください」

愛「もぅ〜冷たいな〜」


いいながら、愛先輩はかすみの腰あたりをぐりぐり小突いてきます。

身長差的に、自然とそこになるのでした。……いまの愛先輩は、かすみよりずっと背が低いですから。


見た目の幼児化。それが愛先輩の変異です。


見た目は子供、頭脳は大人といいますか。

ぱないの! とか言いそうな金髪ロリになってしまっています。
0890名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:10:23.44ID:31F3gxeC
璃奈『愛さん、調子どう?』

愛「う〜ん、ひとまず近くの病院で手に入った抗真菌薬のスクリーニングしてみたんだけど、うまくいってないみたい」

璃奈『うまくいってない、って?』

愛「単純に効いてないのか、それとも素人だから試験として間違ってるのかだけど、少なくとも菌は元気してるんだよねぇ」

璃奈『むむ……』


愛先輩はこの変異を『病気』として治療できないか試みているのでした。

アイ・アム・レジェ○ドを地でいっているわけです、愛だけに。


璃奈『誰かに教わったわけでもなく、本で勉強しただけだから、時間がかかるのは仕方ない。愛さんは頑張ってる、と思う』

愛「りなりーは優しいな〜」


静止したりな子ドローンをぎゅうと抱きしめる小柄な愛先輩は、見た目相応の無邪気な子供に、まぁ、見えなくもありません。
0891名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:11:19.51ID:31F3gxeC
愛「生き物ってさ、動物も植物も元はひとつの共通祖先から始まったっていうよね。それが関係ないかなってふと思ったり」

璃奈『生物としての進化の逆行と、融合ってこと?』

愛「そう。それに加えて超短期間での細胞の脱分化と再分化。植物化してる大人が多いっていうのと、植物の分化全能性は無関係じゃないと思って」

璃奈『でも愛さん、その理屈だと私みたいな場合が説明できない』

愛「うっ……そうだよねぇ、りなりーは厳しいな〜」

璃奈『私はかすみちゃんが聞いた「ブレーンワールド」も気になる。この4次元世界が膜の上に成り立っていて、そんな膜が複数あるバルク世界に収まっているっていう弦理論のシナリオ』

璃奈『あり得ないように思える現象は、別のブレーンではあり得る現象が持ち込まれたものなんじゃないかって』

愛「だとするとりなりー、お手上げになっちゃう……いや、そういう『なんでもあり得る』をこの菌が引き起こすなら、元に戻すのだってできるはずだよね」

愛「にしし〜。お手上げかと思ったらおーテンアゲー! って感じだね」

璃奈『でもその考えでいくと、ブレーンから離れられるのは重力子だけらしいけど、菌にどうやって情報が持ち込まれて、混ざったのか、よくわからない』

愛「そもそも何者なんだろうね、その人達。妖怪? あんまりこういうこと考えると、収集つかなくなっちゃうけど、ロマンだなぁ」

璃奈『妖怪……「マーケット」にはたくさんいたみたいだけど。璃奈ちゃんドローン「がくぶる」』
0892名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:12:03.99ID:31F3gxeC
愛「ひとまず、菌になにかしらの信号……情報を与えてみようかな。症状に個人差があるのも、個人の持つ情報の差なのかも」

璃奈『私はまたいろいろ調べてみる』


愛先輩はパソコンに、りな子はネットに意識を集中し始めました。

そんな二人を横目に、かすみは窓の外を眺めます。みんな黙って、静かになったからでしょうか。

窓越しに、歌声が届いてきました。


エマ先輩の歌声です。


かすみ「…………」


集中している二人にはなにも告げず、かすみはその場を離れました。
0893名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:12:50.34ID:31F3gxeC
エマ「〜〜♪ あ、チャオ! かすみちゃん」


エマ先輩はいつものように、屋上庭園で歌を歌っていました。

一日の大半をそうやって過ごすエマ先輩は、再編された自分たちを覗き見して過ごすかすみよりは、まあ、有意義に過ごしているのでしょう。

ふんわりと笑って、手招いてくれるエマ先輩の身体には、全身に蔓のような植物が巻き付いています。それがエマ先輩の変異でした。


痛々しいはずのその蔓は、けれどエマ先輩の歌唱力と合わせると木の精霊のような美しさを呈するのですから、不思議です。


エマ「ふふ、今日ももう璃奈ちゃんに取り上げられちゃったんだね」

かすみ「そーなんですよ〜」


ベンチに座って、はい、と太ももを促すエマ先輩に、かすみはいつものように体重を預けます。

ころんと、なんの躊躇もなく。
0894名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:13:30.25ID:31F3gxeC
エマ「よしよし」

かすみ「えへへ」


柔らかな体温の上で、なでなでと、エマ先輩は頭をなでてくれます。それがひどく心地良いのでした。

風がさわさわと、エマ先輩の蔓をこする音が聞こえます。お互いにしばし無言で、ゆるやかに時間だけが過ぎていく……。

『なにもしない』が許されるこの場所が、かすみのお気に入りでした。


エマ「……かすみちゃーん」

かすみ「…………」

エマ「えい、こしょこしょ」

かすみ「……くすぐったいです」


無防備な耳を蔓でくすぐられました。なんとも効果的な利用方法です。


エマ「なにか、あった?」

かすみ「…………」
0895名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:14:46.15ID:31F3gxeC
普段はおっとりしてるのに、こういうときのエマ先輩の鋭さは……今はあまり好きではありません。


かすみ「べつに、なにもないです。また愛先輩とりな子が難しい話してただけです」

エマ「そっかぁ」

かすみ「…………」


再び沈黙。こんどは居心地の悪い沈黙でした。

さっきまであんなに心地良かったのに……こしょこしょと、蔓で耳をくすぐられるのも、ひどく癇に障ります。

それが全部自分の気持ちのせいだとわかっていても、むかむかとした衝動が胸に登ってきて。


言葉が少し、こぼれてしまいました。
0896名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:15:30.46ID:31F3gxeC
かすみ「あんなに必死になって頑張っても、意味ないですよ」

エマ「愛ちゃんと、璃奈ちゃんのこと?」

かすみ「……っ」


自分が卑屈で卑怯なことをいっている自覚はあって、けれど一度こぼれると、全然言い足りない気がしました。


かすみ「どうせ、誰も助けられないのに……いいですよね、あの二人は! 頭が良いから、それっぽい行動をとることができて」

かすみ「あんなのどうせ、意味ないのに。自己満足だけです」


できるだけ強い言葉を使いたくて、自分でも思っているのかどうかわからないことを吐き出していました。

そうすれば、気持ちが楽になると思ったのに……ずきずきと、胸の痛みはかえって強くなって。


それが嫌で、どうしようもなく、言葉を続けました。
0897名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:16:04.50ID:31F3gxeC
かすみ「だからかすみん、エマ先輩といるの好きですよ」

エマ「…………」


さらさらと、優しく頭をなでてくれるエマ先輩の表情を見るのが怖くて、かすみはぐっと視線をそらします。


かすみ「あの二人はなんだか、人類のため! みたいな場違いな使命感があって、息が詰まりますけど、エマ先輩は歌ってるだけですから」

かすみ「かすみんと一緒で、なにもしてないです。こっちのほうが楽ですよね!」


嫌な言葉でした。それは攻撃する言葉でした。胸の苦しさを吐き出したくて、あえぐほどに、そんな言葉しか出てこない。


違うのに。

ほんとうに言いたいことは、そんなことじゃなくて……。
0898名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:16:31.82ID:31F3gxeC
エマ「……愛ちゃんね、地下にいるときはもう少し大きかったんだよ」

かすみ「え?」

エマ「いまはもう、10才未満の見た目かな? ふふ、可愛いよね」


唐突な話に思わず見上げると、エマ先輩は変わらず微笑んでいました。


エマ「地下ではね、んーと、璃奈ちゃんと同じくらいだったかな。元気いっぱいに歌って、みんなを笑顔にしてたの」

エマ「たぶん愛ちゃんにとって、幼い頃の楽しい記憶が大きいんじゃないかなって思うの。ほら、愛ちゃんの誰とも友達になれる特技って、子供の頃はみんな当たり前に持っていて、でも失ったものだから」

エマ「だから愛ちゃんの見た目は、心とか、気持ちに大きく影響されてると思うんだ」


微笑みながらも、エマ先輩の瞳はどこか遠くへ思いを馳せているように見えました。

それは過去なのか――――はたまた祖国なのか。


エマ「でも、地下がだめになっちゃってから、気づいたら今の見た目になっててね」

エマ「愛ちゃんは笑顔を絶やさないけど、隠してる悲しみを打ち消すみたいに、幼くなったように思えて……」
0899名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:17:21.71ID:31F3gxeC
エマ「だからねかすみちゃん、二人のしていることが、かすみちゃんの言うように自己満足だとしても、わたしはずっと見守っていたいなって思うの」

エマ「大好きな歌を歌って……わたしにできるのは、それくらいだから」

かすみ「………!」


ひどく悲しそうな言葉なのに、エマ先輩は笑顔を絶やしていませんでした。その微笑みは天使と見紛うほどに。

愛先輩も、りな子も、それからエマ先輩も。

みんな前向きで、その姿は正しくアイドルで。


この場で諦めているのは、かすみだけでした。


エマ「それにね――」

かすみ「エマ先輩は」


え? と、きょとんとした表情のエマ先輩は、いまのかすみには残酷すぎるほどに可憐に見えて。


かすみ「エマ先輩は……アイドルですね」


どこか負け犬じみたそのセリフが、不思議なほど心に馴染むのは――――きっと当然なのでしょう。
0900名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:18:11.36ID:31F3gxeC
ーーーーーーーーーーーー


わかってるんです。

ほんとうはわかってるんです。


なにもしていない自分を肯定したくて、だからなにかしている二人を否定しているだけだって。

でも、もう嫌だから。

かすみが動いて、誰かを失うのは嫌だから……。
0901名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:19:08.79ID:31F3gxeC
彼方「おやおや」

かすみ「……彼方先輩? あれ」


そこは虹ヶ咲学園の部室でした。夕暮れの日差しで照らされた室内は、机の上で誰かのドリンクが長い影を伸ばしています。

少しだけ引かれた椅子や、簡単にたたまれた上着は、ついさっきまで確かにあったはずの人の気配を帯びていました。

けれど、そこにいるのはかすみと、布団を抱いた彼方先輩だけ。


かすみ「夢……」

彼方「そうだよ〜。おひさだねぇ、かすみちゃん」


直感というより、思い出していました。

少し前、彼方先輩に猿夢から救ってもらったことを。

彼方先輩が夢の世界にいることを。
0902名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:19:49.96ID:31F3gxeC
彼方「ぬふふ……え〜い」

かすみ「あわわっ」


ぼんやり部室を眺めていると、彼方先輩が布団ごと巻き込んできました。

簀巻きは彼方先輩の専売特許でいいのに。これじゃ8番ら○めんのなるとです。


かすみ「むぐむっ……なにするんですか! 彼方先輩」

彼方「だってかすみちゃん、せっかく会えたのに暗い顔してるから〜」

かすみ「それとこれとどう関係あるんですか……」

彼方「あったかいと、元気になると思って。彼方ちゃんもびっくりしたよ〜。誰かがしくしく泣いてる夢があるなぁって思ったら、かすみちゃんの夢なんだもん」

かすみ「…………」

彼方「ほら、ぎゅ〜〜」

かすみ「く、苦しいですー」


えへへと笑いながら、彼方先輩は布団ごとかすみを抱き込みます。

わちゃわちゃと、二人だけの部室で子供みたいに転げ回って。最初はちょっと嫌だったのに、なんだか楽しくなっちゃって。


こんなこと、異変前だってしたことないですけど(しようものなら二人揃ってしず子に叱られちゃいます)、ひどく懐かしい香りがしました。

いつかの日常に似た香りでした。
0903名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:21:14.56ID:31F3gxeC
彼方「――夢の世界は不思議な場所でね〜、長くいるといろいろわかってくるのだよ」


しばらくあと、彼方先輩はそう切り出しました。


彼方「夢の世界は全部つながってるとか、そういう話もあるけど、かすみちゃんの場合は、夢の中でようやくお互いにつながるって感じなのかな」

かすみ「?? どういうことですか?」

彼方「たとえば……おやおや、こんなところに楽譜が転がってるねぇ」

かすみ「なんですか、その芝居がかったセリフは……」


ぴらりと、彼方先輩は机の上からノートを拾い上げました。確かに、なにかの曲の楽譜のようです。


かすみ「絆創膏みたいに、またなにか生み出しちゃったんですか?」

彼方「ううん、これはかすみちゃんの夢の中にあったものだよ」

かすみ「はぁ」


楽譜に刻まれたメロディをそらんじてみて、たしかにどこかで耳馴染みがあるような気もしますが、楽譜というのはあんまりかすみんのイメージではありません。
0904名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:21:49.43ID:31F3gxeC
彼方「ふふふ、彼方ちゃんにはわかるよ〜。これはね、かすみちゃんと繋がってる、誰かさんの持ち物だねぇ」

かすみ「??」


したり顔で彼方先輩は笑っています。どういうことでしょう。


彼方「……うん、そういうわけだねぇ」

かすみ「え、それ以上の説明ないんですか!?」

彼方「彼方ちゃんは全知全能ではないのだぜ」


したり顔です。言ってやったぜという顔をしております。

こういう表情の犬動画みたことあるんですけど。
0905名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:27:51.81ID:31F3gxeC
彼方「まあさ、かすみちゃんは今悩んでることがあるみたいだけど」

彼方「かすみちゃんがいい子だってことはみんな知ってるから、思うように行動すればいいんじゃないかな」

かすみ「…………」


ゆるく、ほんわかとした、いつもの彼方先輩の喋り方ですけれど、それはかすみを励ます言葉でした。

こういうとき、やっぱり三年生だなぁとか、お姉ちゃんなんだなぁとか思っちゃいます。

でも。


かすみ「……ほんとは、かすみんだってみんなを助けたいです。今度こそ助けたい」


夢だからでしょうか。それとも、彼方先輩の柔らかい雰囲気がそうさせるのでしょうか。

こらえていた言葉が、縷々としてあふれてきました。


かすみ「でも、だめなんです。元はと言えば、かすみが動いたから、果林先輩とせつ菜先輩がいなくなっちゃった。ずっとせつ菜先輩と一緒に、おとなしくしていればよかったのに、変な勇気を出したのが間違いだったんです」

かすみ「だからもう、嫌なんです。かすみが動いて、今度はエマ先輩と、愛先輩と、りな子の三人がいなくなっちゃうんじゃないかって」


かすみ「もう、嫌なんです……」
0906名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:29:30.63ID:31F3gxeC
彼方「かすみちゃんは、意外と気にしぃなんだねぇ」

かすみ「え……?」


かすみの独白を、彼方先輩はそう評しました。


彼方「そういえば、イタズラ好きなのに小心者だし、意外でもないのかな?」

かすみ「んな、なんのことですか」

彼方「少なくとも果林ちゃんは、後悔してなかったよ」

かすみ「!」

彼方「夢を通して、かすみちゃんのところまで果林ちゃんをショートカットしたのは、彼方ちゃんだから。少しだけわかるんだ〜」


ずっと身体から離れてた果林ちゃんだからできた荒技だったけどね、と彼方先輩はつぶやきます。


彼方「果林ちゃんは、後悔してなかった。だからかすみちゃんが間違ってるとは思わないなぁ」
0907名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:30:56.24ID:31F3gxeC
かすみ「そんな、都合のいいこといわないでくださいよ……」

彼方「まあ、かすみちゃんの夢なんだから、多少はホストをたてるのですよ。彼方ちゃん、えらいでしょ〜」

かすみ「ちょっ! たち悪くないですか!」

彼方「冗談だよ〜。ほんとほんと」


えへへ〜と、彼方先輩は微笑みます。

その緩んだ表情をみると、なにもかも許してしまいたくなる誘惑に駆られるのですから、不思議どころか危険です。

これもまた、彼方先輩のアイドル性がもたらすものなのでしょう。


彼方「果林ちゃんも、せつ菜ちゃんも、きっとやるべきことをやっただけで……」

彼方「じゃあ、かすみちゃんのやるべきことって、なんだろう」
0908名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:32:39.41ID:31F3gxeC
かすみ「やるべきこと……」


その問いかけはひどく重いものに感じました。それがわかれば、どれだけ楽か。


彼方「ふふふ、難しく考えてるねぇ」

かすみ「だってそんなの……」


答えようがない、そう口にしようとしたかすみに、彼方先輩は言葉をかぶせました。


彼方「簡単だよ〜。かすみちゃんはスクールアイドルなんだから――――笑顔で歌って踊る、でしょ?」

かすみ「え?」


思わず、聞き返してしまいました。あまりに単純な、そして場違いなことを言われたような気がしたからでしょうか。

それとも……自分がスクールアイドルだという、そんな当たり前のはずのことを、誰かに言ってもらえたからでしょうか。


彼方「まあ、かすみちゃんは起きたら忘れちゃうんだけどねぇ」

かすみ「う……」


猿夢の件をさっきまですっかり忘れていた例を思えば、なんとも痛い指摘です。
0909名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:33:52.93ID:31F3gxeC
彼方「じゃあ、頑張ってね、かすみちゃん」

かすみ「もう、時間なんですか?」

彼方「みたいだねぇ。ほれほれ、ぎゅ〜」

かすみ「んむむっ」


前の夢と同じような、熱い抱擁。本来の彼方先輩の趣味ではないはずですが、それを求めていたのは、かすみの方かもしれません。

誰かの体温がこれほど素敵なものであると知れたのは、この時代の唯一の美点といえるかも……なんて。


彼方「あとは、かすみちゃんに溶け込んだ誰かさんと――――もうひとりの彼方ちゃんも、きっと」


ーーーーーーーーーーーー
0910名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:35:01.52ID:31F3gxeC
愛「――この個人差が肝だとは思うんだけど、これが何起因なのか……遺伝情報だとするとSNP起因なのか、それならスイス出身のエマっちとの症状の差は……」

愛「菌なんだから常在菌の個人差も無視できなかったりして……」


ぶつぶつと、愛先輩は本日も研究に余念がありません。

なにをいっているのかも、研究が進んでいるのかも、かすみの把握するところではありませんでした。


璃奈『かすみちゃん、今日はまだディスプレイ見る時間残ってるけど、いいの?』

かすみ「ん、んー」


不思議なことに。


かすみ「うん、いい。ありがとりな子」

璃奈『?』


今日は、再編された自分たちをみる気分にはなりませんでした。

他にやるべきことがある気がして……。
0911名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:36:21.96ID:31F3gxeC
かすみ「あ」


窓の外からは、かすかに届くエマ先輩の歌声。

昨日……エマ先輩に理不尽に当たったことを思い出します。

というか、あれからずっとやってしまった感を抱いていたのですけれど……。


膝枕してもらいながら文句垂れるって、思い出すまでもなく恥ずかしすぎます。

なんというかもう、例えようがないほどに。


かすみ「……エマ先輩のとこいってくる」

璃奈『うん、いってらっしゃい』
0912名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:37:30.62ID:31F3gxeC
エマ「昨日は言い損ねたことがありますっ」


屋上庭園で顔を合わせるなり、エマ先輩はそう切り出しました。

いつになくキリッとした表情で、穏やかなエマ先輩らしくない強い意志がみなぎっています。


エマ「話すべきか一日迷ったんだけど、やっぱりかすみちゃんには言ったほうがいいと思って、二人きりになれるここで待ってたのっ」

かすみ「は、はいぃ」


すでに気圧されていました。普段優しい人が怒ると怖い、というのと、同じインパクトに襲われております。

かすみん、こんなに小心者でしたっけ。あれ、つい最近誰かにそう言われたような気も……。


いや、これもすべて体格差のせい。そう、それです。
0913名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:39:04.70ID:31F3gxeC
エマ「愛ちゃんも璃奈ちゃんも、それから、わたしも、かすみちゃんからしたら前向きに見えるかもしれないけど」

エマ「でもね、ほんとはそんなことないよ。かすみちゃんの前では弱気にならないようにしようって、三人で決めてたの」

かすみ「え?」


それは昨日の話のつづきでした。


エマ「だってね、かすみちゃんが一人でこの大学に倒れついた姿を見て、これまでの道のりを聞いて、みんな思ったんだ。すごく大変な思いをしてきたんだなって」

エマ「そんなかすみちゃんを差し置いて、わたし達が悲しんでいるわけにはいかないって、みんなでそう決めたの」

エマ「これ、秘密だよ?」


人差し指を唇にあてて、いたずらっぽく微笑むエマ先輩。

そこに秘めているのは、どんな思いなのでしょう。


でもね、とエマ先輩はつづけます。
0914名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:40:10.04ID:31F3gxeC
エマ「昨日、かすみちゃんの気持ちを少しだけ聞けて、もしかしたら変に気を使うのも良くないのかなって思ったんだ」

エマ「だってわたし達、仲間だもん。お互い正直にならないと、って」

かすみ「エマ先輩……わっ」


エマ先輩の純粋な笑顔に、どうしてか目が離せなくてぼぅっと油断していたら、重心が揺れて。

気づけば手を引かれていて、屋上庭園の中央で、二人立っていました。


エマ「ね、かすみちゃん! 一緒に歌おうよ」


青空の下、風のそよぐ緑の庭園の中心で、エマ先輩は満面に微笑みます。

繋がれた手から伝わるエマ先輩の熱が、かすみの中のなにかを融かしていくのを、たしかに感じました。


エマ「歌うとね、いろいろ、スッキリすると思うんだ!」

かすみ「エマ先輩……」
0915名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:41:55.60ID:31F3gxeC
ああ、と。


ああ、すごいな、と思います。

エマ先輩も、愛先輩も、りな子も。

果林先輩も、せつ菜先輩も、それから……彼方先輩、歩夢先輩、しず子も。


目の前でこんなに眩しいエマ先輩を通して、かすみの大好きな同好会のみんなは、すごいんだっていうことを、改めて思い知らされて。


かすみもその一員だったんだという事実が、ひどく誇らしくて。

ひと握りの力を、かすみに与えてくれていました。


吹っ切れたとは言えないけれど。

まだ自信は戻らないけれど。


肺に大きく、空気を吸い込んで。

あとはもう、思うがままに。
0916名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:43:39.74ID:31F3gxeC
「――――♪」

エマ「かすみちゃん? あ……」


口は自然と開いて、ひとつのメロディを奏でていました。

胸の奥から湧き上がってくる、初めて奏でるはずのメロディ。


センチメンタルな気分には似合わない、とっても楽しげなテンポで。軽やかに弾む音色は元気を与えてくれるようで。


エマ「なんだか、懐かしい……」


喉を震わせながら、目を閉じれば瞼に浮かぶこのキラキラとした景色は、いったいいつの景色だったでしょう。

それは大切な歌でした。いつかのかすみは知っていました。


誰かのための、そしてみんなのための歌でした。
0917名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:45:10.06ID:31F3gxeC
エマ「わぁ〜かすみちゃんすっごく良かったよ〜」

かすみ「……あ」


ぱちぱちと、拍手してくれるエマ先輩をみて、思い出してしまいました。

ステージの上で歌って踊っていたあの感動と、熱量を。

やっぱりかすみんは、スクールアイドルが――。


エマ「ね、ね、かすみちゃん。いまの曲ってかすみちゃんのオリジナルなの? 歌詞ってないのかな」

かすみ「ちょちょ、エマ先輩鼻息荒いですよ」


ふんふんとエマ先輩はかすみんににじり寄ります。このあたり、スクールアイドル好きとしてのエマ先輩は強力です。

自分でも、いまの曲をどこで聞いたのか、曖昧なのに。
0918名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:48:27.32ID:31F3gxeC
かすみ「えーとえーと……あ!」


ベンチまで追い詰められて、あっと思い当たりました。

記憶のどこか彼方から届いたその曲にぴったり合う歌詞を、かすみはすでに持っているのでした。


ポケットの中――――せつ菜先輩から手渡されたそれを取り出します。

みんなで出し合った言葉を、せつ菜先輩がまとめて出来上がった歌詞。そこには丁寧に、曲のタイトルまで記入されていて。


かすみ「ん〜――――」

愛「いまの曲なに!?」

かすみ「ひゃぁ!?」
0919名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:50:12.46ID:31F3gxeC
突然の大声にびっくりして振り返ると、息を切らした愛先輩がそこにいました。小さな肩を上下させて、走ってやってきたようです。


愛「ねぇねぇいまの曲っ! かすみんが歌ったの??」

かすみ「そ、そうですけど」


腰のあたりをぐいぐい引っ張って、どうやらひどく慌てています。

まるでミスタード○ナツに初めて来たかのような興奮ぶりなんですけど。


愛「すごいんだよ! さっきの音色が届いた途端に、菌がばーって! 反応して」

かすみ「は、はい? なんのこと……」

璃奈『愛さんの実験。菌にいろんな信号を与えてみて、反応をみてたの。そしたらかすみちゃんの歌? が聞こえてきて』

かすみ「うわっりな子もいつの間に……」
0920名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:52:05.30ID:31F3gxeC
愛「歌……そうだ波に情報が乗ってるんだ! すごいよかすみん!」

愛「やっぱりこの菌は情報の影響を受けるっていうのは正しくて……でも、サンプルに与えた変異を帳消しにした上に、菌自体は消滅するなんて」

愛「まるでこんな菌なかったみたいな」


なにかすごく良い結果が出たことは、かすみでもわかりました。それ自体はわからないなりにも、喜ばしいのですけれど。


かすみ「あの、愛先輩難しい話は……」


かすみんにはちょっと、と続けようとしたところで……傍らのりな子が、愛先輩の言葉をつなぎました。


璃奈『まるで菌の無い世界の情報を受け取ったような、そんな現象』


ブレーンを越えて、とりな子はつぶやきます。


愛「かすみん、さっきの曲、どこで知ったの?」
0921名無しで叶える物語(光)
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2020/08/12(水) 02:53:58.51ID:31F3gxeC
かすみ「どこでと言われても、自然と湧いてきたといいますか……」


二人のガチ研究トーンに押されて、しどろもどろになっちゃうかすみんですけれど。

意味深に問われて、妙な感覚にとらわれました。


思えばこの旅の中で、ありえないことが当たり前だからと、思考を放棄していたいくつかの断片。

記憶が、ひとつの人物像を曖昧に投影しました。


かすみと果林先輩を指して、「あなたも、あなたも、あの子も」と三人分言われたこととか。

地下で夢から醒めて、なにか忘れているような感触を抱いたこととか。

この大学までどうやってたどり着いたのかとか。


それから――――手に握られたこの歌詞。この歌を、異変前のかすみ達はいったい誰に向けて書いていたのか。


仮定もなく、直感もなく。

ただ浮かんだ一つの言葉を、自分の内面に投げかけます。
0923名無しで叶える物語(光)
垢版 |
2020/08/12(水) 02:58:52.57ID:31F3gxeC
かすみ「――――――」


返事はなく、問いかけは虚空に消えます。

けれど、名前のない応援が、血潮となってかすみにもう一度熱を与えてくれるのを、たしかに感じました。


視線を落とせば、そこには開かれた歌詞カード。

タイトルは――――


Love U my friends
0928名無しで叶える物語(かぶらずし)
垢版 |
2020/08/12(水) 12:12:03.87ID:vfU6HLUf
あなたは最高です
続き楽しみ
0932名無しで叶える物語(光)
垢版 |
2020/08/14(金) 02:09:15.55ID:k8j6leoh
新着レス数みて完結してしまったかと思ったけどまだまだ続きそうだな
がんばれ!
0940名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/08/18(火) 10:14:26.22ID:grk6WMo1
今日知って一気読みしてしまった
涙ボロボロ出てくる
面白いし引き込まれるし続きが気になって仕方ない
0943名無しで叶える物語(なし)
垢版 |
2020/08/19(水) 11:40:42.14ID:lEv2YwY5
ひるかすみん
0944名無しで叶える物語(えびふりゃー)
垢版 |
2020/08/19(水) 21:05:31.74ID:/ORQe5Is
保守
いやぁ今日知ったけど一気読みしちまった
0945名無しで叶える物語(なし)
垢版 |
2020/08/20(木) 08:33:31.78ID:kIreHQ6f
おはかすみん
0947名無しで叶える物語(庭)
垢版 |
2020/08/20(木) 21:42:08.26ID:5BeKBNOT
保守だけで残り埋まりそう
0954名無しで叶える物語(庭)
垢版 |
2020/08/23(日) 00:56:52.17ID:E1Cg17qg
ひょっとして>>1はこのss忘れてたり
0955名無しで叶える物語(茸)
垢版 |
2020/08/23(日) 01:23:27.17ID:VK3gdpzw
最近はだいたい二週間に一回ぐらいの大量投下スタイルだから信じて待つのじゃ
0961名無しで叶える物語(庭)
垢版 |
2020/08/26(水) 01:38:05.29ID:36xcnOaZ
区切りが良いし続きは新スレ立ててやってほしいね
0971名無しで叶える物語(庭)
垢版 |
2020/08/30(日) 23:50:58.77ID:rJQFVXuB
もう埋まりそうだが>>1来るのかね?1以外が次スレ立てて誘導しちゃ駄目なんっけ?
0976名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2020/09/01(火) 02:43:27.32ID:3R4ofofy
(いつも保守ありがとうございます。)
(こんな最後のところでさらに遅くなってすみません。)
(残り少しなのでこんなに時間かかってるのがおかしいくらいなのですが、もう少し、時間をください)
(全部書き終わったらスレ建てします。このスレが残っていれば誘導します)
0978名無しで叶える物語(もこりん)
垢版 |
2020/09/01(火) 04:19:06.66ID:yueH6/mG
お疲れ様です
次スレ立った時が完結の時と思うと嬉しいような名残惜しいような
この作品はこんなご時世の中で数少ない定期的な楽しみでした
そのときをお待ちしてますね
0994名無しで叶える物語(庭)
垢版 |
2020/09/06(日) 15:26:18.88ID:Fv+PY15w
0995名無しで叶える物語(庭)
垢版 |
2020/09/06(日) 15:26:34.59ID:Fv+PY15w
0996名無しで叶える物語(庭)
垢版 |
2020/09/06(日) 15:27:00.04ID:Fv+PY15w
0997名無しで叶える物語(庭)
垢版 |
2020/09/06(日) 15:27:31.30ID:Fv+PY15w
0998名無しで叶える物語(庭)
垢版 |
2020/09/06(日) 15:27:58.64ID:Fv+PY15w
0999名無しで叶える物語(庭)
垢版 |
2020/09/06(日) 15:28:18.51ID:Fv+PY15w
1000名無しで叶える物語(庭)
垢版 |
2020/09/06(日) 15:28:35.33ID:Fv+PY15w
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