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【SS】くれた言葉
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0001>>1(茸)
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2019/08/27(火) 18:39:34.83ID:T0/JLuFs
ことり「真姫ちゃん」

からり、と扉が開けられた。
鍵盤を叩いていた手を止め、そちらを見る。

海未「やはり、ここにいたのですね。教室にいないから探してしまいましたよ」

ことり「凛ちゃんと花陽ちゃんから、真姫ちゃんお昼休みはお弁当を食べた後はいつも音楽室にいるって聞いて、来てみたの」

海未と、その脇に控えたことりの姿があった。
凛や花陽はたびたび聴きにきてくれるけれど、この二人──というか、一年生組以外が訪ねてきたのは初めてのことだ。

海未「真姫。今、少しいいですか?」

いつもの、凛々しくも綺麗な笑顔で入室してくる海未。
ことりは静かに続き、後ろ手に扉を閉める。
良い伴侶ね。
0002>>1(茸)
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2019/08/27(火) 18:40:24.73ID:T0/JLuFs
真姫「構わないわよ。珍しいわね、二人が来るなんて」

小さく頷き、手近な椅子を勧める。
ことりと隣同士にちょこんと座り、海未が言う。

海未「明日の放課後、私達と出掛けませんか?」

真姫「え?私達って、海未とことりと?」

海未「それ以外にいるのですか?」

きょとんとした表情で返される。
いや、この場にはいないけれど……
疑問符だらけの会話に、さらに追い討ちを掛ける。

真姫「構わないけど、どうしてこの三人なの?」

海未「えっ」

またしても驚いて見せる海未。
0003>>1(茸)
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2019/08/27(火) 18:41:12.43ID:T0/JLuFs
海未「嫌ですか?」

真姫「い、嫌とかじゃないわよ。ただ、なかなか誘われたことのない組み合わせだなと思っただけ」

海未「それはそうかもしれませんが、同じμ'sのメンバー同士なので不都合はないかと思ったのですが……」

真姫「不都合はないけど……」

二人しておろおろしながら会話をしていると、やっとのところでことりが助け船を出してきた。

ことり「ほら、海未ちゃん。ちゃんと説明しなきゃ、真姫ちゃんだって分からないよ」

海未「わ、私はちゃんと説明したつもりですが……」

真姫「どういうことなの? ことり」

これでは埒が明かないと思い、会話の相手を切り替える。

ことり「海未ちゃんはね、作詞と衣装のことについて、一緒に考えようって言いたいんだよ」

真姫「ああ、そういうことなのね」

やっと得心がいった。
0004>>1(茸)
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2019/08/27(火) 18:42:06.18ID:T0/JLuFs
海未「この三人ならそれしかないと思って、私は……」

ことり「私や海未ちゃんからしてみれば、そのつもりで来たから分かってるけど、真姫ちゃんは突然訪ねられて話し始められたんだから、困惑して当然だよ。このお話は初耳でしょ?」

優しい調子で説くことりに、海未は納得した様子で頷く。

海未「なるほど、言われてみれば確かにその通りです。申し訳ありませんでした、真姫」

真姫「い、良いわよ。謝らなくて」

丁寧に頭を下げる海未。
下級生に対しても礼儀の手を抜かない、素晴らしい人だと思う。

話を理解できたところで、本筋に戻ることにする。
0005>>1(茸)
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2019/08/27(火) 18:43:02.52ID:T0/JLuFs
真姫「それで?出掛けるって、どこかへ行くつもりなの?放課後ってことは、練習と被るんじゃない?」

いつものように、他のメンバーが屋上で練習している間に部室や音楽室で三人集まるというわけではないのだろう。

海未「明日の練習は、私達は休むことになります」

真姫「あら。さぼりに厳しい海未にしては珍しい判断ね」

海未「これは、私達がμ'sにおける役割を全うするために必要な行為です。穂乃果や凛のさぼりとは意味が違います」

ことり「そういうことっ。たまには息抜きも良いでしょ?」

冷やかな調子で二人の名前を出した海未の肩に手を置き、ことりがにこりと微笑む。

真姫「レッスンリーダーがそう言うなら、特に異論はないわ」
0006>>1(茸)
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2019/08/27(火) 18:44:13.79ID:T0/JLuFs
海未「ちなみに明日の練習指導は、絵里にお願いしてあります」

頷きつつ、海未が言う。
咄嗟の思い付きなんかではないらしく、しっかりフォローも済ませているようだ。
ここらへんの気配りが行き届くのはさすがだと感心する。

私も、凛にさぼりだと言われたときにちゃんと説明できるよう、自分の中で整理しておかないといけないわね。

海未「どこへ出掛けるかについては、ことりと相談しているところです。真姫の希望はありますか?」

真姫「特に。二人が決めたところについていくわ」

海未「助かります」

ことり「ことりはね、刺激的で、普段と違う世界で、癒されて、静かで、可愛い衣装がたーくさん見られるところがいいなあって思うの!」

海未「ですから、ことり。そんなに多くの要望があっては、決められないに決まっています。必要最低限の条件で考えるべきです」
0007>>1(茸)
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2019/08/27(火) 18:45:08.62ID:T0/JLuFs
ことり「えー……でも海未ちゃん。ここを妥協するってことは、次の新曲そのものを妥協するってことにならない?」

海未「そ、それは確かに……」

困ったように抗議することりに、困ったように頷く海未。
なかなか決まらなさそうね。
二人とも言っていることが正しいだけに、その折衝案を見付けるのは大変そうだ。

そこで予鈴が鳴り、三人で同時に「あ」と漏らす。
ピアノの鍵盤をさっと拭き、元の状態に戻す。

ことり「明日までにはちゃんと決めておくからね、真姫ちゃん」

真姫「そんな様子を見せられた後じゃ、安心してらんないけどね」

海未「だ、大丈夫です。このくらいのことで躓いてはいられません」

溜め息を吐いて見せた私に、海未が焦ったように取り繕う。
そしてそんな海未を、ことりが鎮める。

ことり「気張り過ぎは良くないよ、海未ちゃん」
0008>>1(茸)
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2019/08/27(火) 18:46:06.15ID:T0/JLuFs
何事か言葉を交わす二人を横目に、預かってきたスペアキーで音楽室を施錠する。

ことり「それじゃ、明日の放課後、教室まで迎えにいくからね」

真姫「ええ、分かったわ。じゃあ、また練習で」

スペアキーを返しに職員室へ寄ってから教室に帰るとしたら、ちょっと急がなくてはならない。
海未達とは違う方へ踏み出したとき、後ろから呼ばれた。

海未「そういえば、真姫」

真姫「なに?」

海未「作詞と衣装のことだけで話を進めてしまっていますが、作曲の方は問題ありませんか?」
0009>>1(茸)
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2019/08/27(火) 18:47:27.01ID:T0/JLuFs
真姫「ええ。問題ないわ」

力強く頷き返す。
今回の曲はかなり自信がある。
まだ少し改編するつもりではあるものの、既に海未に渡しているデモですら、綺麗にまとまっていると思う。

海未「そうですか、さすがです。私達も負けていられませんよ、ことり」

ことり「うん! とびっきり可愛い衣装にするからね!」

改めてバイバイと言い、二人と別れた。
今回の新曲は今までの中でも特に良い曲に仕上がる。
そんな予感がし、私は弾むような気持ちで職員室を目指した。

0010>>1(茸)
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2019/08/27(火) 18:48:39.03ID:T0/JLuFs


ことり「まーきちゃんっ」

翌日、放課後。
凛と花陽を見送ってから待っていると、ことりが顔を覗かせた。

ことり「お待たせ。準備できてるなら、行こ」

真姫「海未は?いないみたいだけど、待たなくていいの?」

ことり「海未ちゃんは不用意に連れて歩くと後輩から足止めを喰っちゃうから、先に校門で待ってもらってるよ」

真姫「すごい存在ね……」

0011>>1(茸)
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2019/08/27(火) 18:50:10.56ID:T0/JLuFs


真姫「結局、どこへ行くことに決まったの?」

先導する海未に、ことりと並んで続く。

ことり「実はことりも知らないの」

真姫「えっ」

ことり「昨日、海未ちゃんから決めたって連絡を貰ったんだけど……」

海未「ことりの要望を全て叶える場所を思い付いてしまったのです!」

ことり「……の一点張りで、どこに行くか教えてくれないの」

ふふん、と嬉しそうに胸を張る海未を見つつ、ひそひそとことりが耳打ちしてくる。
0012>>1(茸)
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2019/08/27(火) 18:51:44.78ID:T0/JLuFs
真姫「なんだか、嫌な予感がするんだけど」

ことり「ことりもそう思う。海未ちゃん、頭良いのにたまにおばかさんになるから……」

海未「ことり?なにか失礼なことを言いませんでしたか?」

ことり「ぴぃっ!?い、言ってないよ海未ちゃん!」

海未は振り向いてじとりとした視線を向けてきたものの、「そうですか。それなら良いのですが」と、すぐに前へ向き直った。

海未「さあ、二人とも!時間は有限です。さっさと行きますよ!」

ことり「は、はあい……」

真姫「どこへ連れていかれるのかしらね……」

有無を言わせぬ歩調で進む海未に、私とことりは、溜め息を吐きつつ後を追った。

0013名無しで叶える物語(もんじゃ)
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2019/08/27(火) 18:51:53.82ID:u1ptAvB4
超期待
0014>>1(調整中)
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2019/08/27(火) 18:53:20.50ID:T0/JLuFs


海未「着きましたね」

途中からもしやと思っていたけれど、海未は予想を裏切らない場所で満足そうに立ち止まった。

ことり「え……」

真姫「ここって……」

海未「私達の本日の活動は、ここで行いますよ!」

真姫「活動するって、ここ図書館じゃないの!」

海未「そんなことはわかっていますが」

思わず、ことりと顔を見合わせる。

海未「刺激的で、普段と違う世界で、癒されて、静かで、可愛い衣装と素敵な歌詞がたくさん保存されている……まさに打って付けです!」

いやいや……
0015>>1(茸)
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2019/08/27(火) 18:53:48.59ID:T0/JLuFs
調整中…?
0016>>1(茸)
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2019/08/27(火) 18:55:43.19ID:T0/JLuFs
こうなってくると、昨日一任した自分が恨めしくなる。
ことりには、なんとしてでも昨日のうちに聞き出しておいてほしかったものだ。
海未に任せっ切りにしてしまったのはまずかった。

ことり「う、海未ちゃん。さすがにことり達、ここじゃなにもできないよ」

海未「そんなことはありません」

ことり「ひっ!?」

なんとか抵抗しようとしたことりに、海未が断定する。

海未「温故知新。ここには先人達が遺した、名作とも呼ぶべき数々の歌詞と衣装の例が存分に蓄えられています。それらを学び糧として、次代に生きる私達がより良いものを生み出して後世へ残し伝える。
それこそ、あるべき創作の姿。それでこそ、先人達の苦労も報われようというものです」

ことり「しゅ、趣旨が変わっちゃってるような……」

海未「つべこべ言いっこなしです。さあ、閉館までみっちりと学びますよ!」グイッ

ことり「ああっ。助けてえ、ホノカチャァ〜ン……」ズルズル…

聞く耳を持たなくなった海未と引き摺られていくことりを見て、私は何度目かの溜め息を吐いた。

真姫「……今日は休養日になりそうね」

0017>>1(茸)
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2019/08/27(火) 18:57:00.44ID:T0/JLuFs


真姫「ところで、海未。歌詞はどんな調子なの?」

海未「はい……そうですね、八割方できあがってはいるのですが……」

真姫「その言い方は、できている部分についても納得していない、って感じね?」

海未「そうなんです。真姫に頂いた曲とも、合っているとは思うのですが、いまいち決定打に欠けると言いますか……」

真姫「曲の方だってまだ改編するし、焦ることないわよ。新曲を発表する予定日までだって、まだ時間はあるもの」

海未「はい……そうですね」

表面上はにこりと笑い返しつつも、その顔には明らかな苦悩の色が浮かんでいた。
0018>>1(茸)
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2019/08/27(火) 18:58:54.41ID:T0/JLuFs
今までにもこういうことはあった。
海未は真面目な性格なので、やるからには徹底する。
自ら作ったものであっても客観的かつ冷静に分析し、悩みながらやり直しながら、最後には誰もが心から素晴らしいと思える歌詞に仕上げる。
曲と、衣装と、μ's全体の雰囲気と、全てに合った歌詞を作り上げようとするのだ。

そしてそれは必ずうまく行く。
相応の時間を掛けつつも、立派にやり遂げるのだ。

海未が私の曲に合わせて歌詞をしたため、ことりがその両方に合わせて衣装を繕う。
いつの間にかでき上がっていたこの流れは非常にスムーズで、後続する二人を信頼しているがゆえ、私も好きなように曲が書ける。
そういう意味では、流れの最初にいる私は、自分の思うまま曲を書いているので、どちらかと言えば楽をさせてもらっていると思う。

――うみの苦しみ。
ふと浮かんだダジャレを、頭を振って追い払う。
海未が悩んでいるというのに、失礼なことを考える頭だ。
0019>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:01:26.63ID:T0/JLuFs
なにか気の利いたアドバイスをしようかと思ったとき、ことりが嬉しそうに駆け寄ってきた。

ことり「海未ちゃん、真姫ちゃん!見て見てっ」

海未「こら、ことり。図書館で騒いだり走ったりしてはいけません」

ことり「あっ、ごめんなさあい……」

海未に窘められ、えへへ……と後頭部をさすることり。
こんな状態であっても姿勢を崩さない海未は、やはりすごい。

真姫「どうしたの?」

改めて私が訊くと、ことりは再びぱあっと破顔し、控えめに声を上ずらせた。

ことり「うん!すごく可愛いデザインを思い付いちゃったの!今ね、軽く絵に起こしてみたんだ」

言い、ごそごそと鞄から画用紙を取り出す。
0020>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:03:46.80ID:T0/JLuFs
入館前こそ渋っていたことりだけど、いつの間にやらすっかり図書館に籠絡され、せわしなくデザイン関係の棚を飛び回っていた。
ようやく気に入るデザインが浮かび、その場で描いてきたらしい。

ことり「はい、これっ!」

海未「わあ。可愛いです、ことり!」

ことり「えへへ……そうでしょ?」

元々ふわふわした様子で戻ってきたことりは、海未に褒められ、より一層嬉しそうに照れ笑いをした。

真姫「私にも見せて」

二人の手元に置かれた画用紙を覗き込む。

真姫「……え?」

覗き込み、固まった。
0021>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:06:23.60ID:T0/JLuFs
ことり「ことり、音楽だけを聴いてイメージに繋げるの苦手なんだけど、海未ちゃんの歌詞を読みながら聴いてたら、ぴぴって来たの!」

海未「それは良かったです。曲のイメージとも合致した衣装ですね」

ことり「ね。真姫ちゃん、どうかな?」

名前を呼ばれ、どきりとする。
その問い掛けには答えず、海未の方を向く。

真姫「う、海未。歌詞を見せてもらえないかしら」

海未「ええっ。ま、まだだめです。自分が納得していないものを見せるなんて、相手に失礼です」

真姫「良いじゃない。ことりには見せたんでしょ!」

海未「そ、それはことりの助けになるならと……」

真姫「いいから貸して!」
0022>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:07:04.97ID:T0/JLuFs
必死に私から遠ざけようとする海未の手から、歌詞の書かれた紙を引ったくる。

海未「ああっ、真姫、そんな……!」

非道を訴える海未の言葉には耳を貸さず、歌詞に目を落とす。

海未「うう……ひどいです、真姫…… 嫌がっているものを無理やりに取り上げるなど……絵里に訴えますよ」

真姫「海未。これを書き始めたのはいつ?」

海未「え…?」

何事か呟いていたのを無視し、問う。

海未「それは……真姫の曲を聴いてからですので、ええと……一週間ほど前からでしょうか」

真姫「事前に書いていたものを流用したりしてないの?」
0023>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:07:35.71ID:T0/JLuFs
問い詰める私に、困惑しながらも海未ははっきりと答える。

海未「いえ。最近はずっと、歌詞は真姫の曲を聴いてから書くようにしています。そのせいで真姫は最初の納期が短くなってしまい、申し訳なく思っていますが……」

もう一度、手元の歌詞に目をやる。

海未「なにか、変なところがありましたか?」

海未が恐る恐るといった様子で訊いてくる。
ことりも、私がなにを気にし始めたのか分からず、戸惑ったように海未と交互に見比べている。
0024>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:08:01.87ID:T0/JLuFs
真姫「…………いいえ。一週間でこれだけのものを書けるんだなって、感心しただけよ」

海未「な、なんですか、急に。いつもこのくらいのペースでしょう」

真姫「そうよね。そうだったわね」

ことり「真姫ちゃん、」

ことりの声を聞き、はっとする。
慌てて振り向いて、取り繕う。
0025>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:09:01.18ID:T0/JLuFs
真姫「海未の歌詞からイメージを掴めたって言うから、どんなものだろうって気になっただけよ。このデザイン、私も良いと思うわ」

ことり「ほんと!?良かったあ」

曇り顔が一転、ぱっと笑顔に変わる。

真姫「よし。私も海未とことりに負けないよう、細かい部分をもう一度見直すわ」

海未「その意気です。素晴らしい新曲に仕上げて、穂乃果達を驚かせてやりましょう!」

ことり「おーっ!」

ことりが力強く賛同の声を上げた。
私は、歌詞と衣装のデザインを、焼き付けるように見詰めた。

0026>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:09:36.48ID:T0/JLuFs


図書館での時間は特にことりにとって非常に有意義なものとなり、また海未にも良い刺激になったようで、二人は大満足のようだった。
帰り道、二人と別れてから、一人になった私は焼き付けた歌詞と衣装のデザインを思い出す。

真姫「……私のイメージと、全然違った……」

これまでなかった経験に、どうすればいいのかわからない。
私は悶々としたまま、自分の曲をリピートして聴き続けた。

0027>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:11:52.72ID:T0/JLuFs


ことり「ダンス、少しずつ形になってきたね」

ことりの言葉に頷きつつ、私は自らの仕事の遅れを反省する。

海未「そうですね。歌の練習に入れないのが、申し訳ないですが……」

ことり「まあまあ。もうほとんどできてるんだから、詰めるだけでしょ?近いうちに入れるよ。ことりの方もデザイン決まったから、明日はもう制作に取り掛かれるからね。頑張ろ、海未ちゃん」

海未「はい」

見慣れた幼なじみの笑顔に、安心すると同時に気が引き締まる。
0028>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:14:15.60ID:T0/JLuFs
図書館で衣装のデザインの方向性が決まってから一週間と少し。

やや時間が掛かってしまったものの、歌詞もなんとか完成が見え始めた。
真姫が曲を提供してくれてからは、二週間以上が経っている。
おかげで早めに振付を決めることができ、ダンスの練習は順調に進んでいた。

デザインが確定したということで、明日からは衣装作りにも人員を割く必要がある。
歌詞が完成すれば、歌の練習も始まる。
ここから、μ'sの活動が最も激しく、そして楽しくなる。

新曲の発表までに仕上げなければならないという緊張と、それに勝るほどの高揚感。
この感覚に、もはやすっかり虜になってしまった。
0029>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:14:42.10ID:T0/JLuFs
海未「しかし、真姫が曲を早く上げてくれるのは、やはり助かりますね」

空いた椅子を見遣り、言う。

海未「振付を決めるのも、ダンスの練習をするのも、曲があってのことですからね」

ことり「そうだね」

ことりは私の言葉に頷くと、気遣わしげな声を漏らした。
0030>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:16:23.45ID:T0/JLuFs
ことり「真姫ちゃん、疲れてるみたいだったけど、大丈夫かなあ」

海未「最短の納期で上げてくれていますからね……疲れているのも当然のことです。ですが、もう曲は完成だと言っていましたし、明日は簡単な作業についてもらって、少し休ませることにしましょう」

ことり「うん」

一足先に帰ると言った真姫に、ことりは思い出したように訊いた。

──ことり『そういえば、真姫ちゃん。曲は今ので完成なの?改編するって言ってたと思うけど』

その問いに、真姫は「完成よ」と答えた。

その声がわずかにためらっているように聞こえたのが、気掛かりと言えば気掛かりだけれど……

ことり「あっ、もうこんな時間!」

ことりのそんな言葉に、私もつられて時計を見る。
穂乃果を迎えにいく時間になろうとしていた。
0031>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:18:56.28ID:T0/JLuFs
ここ数日、穂乃果は生徒会の仕事を一手に引き受けている。

と言うのも、新曲の発表を数週間後に控えたこのタイミングに、生徒会の仕事が、偶発的な繁忙期となってしまったのだ。
当然、有志活動であるμ'sの方を後回しにしようとしたけれど、穂乃果が力強く「任せて」と言ったので、私とことりはこちらに集中することになった。

穂乃果の方は絵里がサポートに入り、ダンスについても隙を見て二人で練習しておいてくれるとのことだった。

ことり「穂乃果ちゃん、大丈夫かな」

海未「大丈夫ですよ」

短く即答した私の顔を、ことりはじっと見詰め、すぐに笑った。

ことり「そうだねっ」

海未「では、行きましょうか。今なら少し手伝えるかもしれません」
0032>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:19:56.11ID:T0/JLuFs
二人で部室を出、灯りを消したところで、ふと気付く。

海未「あ」

ことり「パソコン、消し忘れてたね。消してくる」

暗闇でパソコンの明かりだけがぼやっと光っていた。
同時に気付いたらしいことりが駆け寄ってくれたので、私は再度部室の灯りを点けた。

パソコンは基本的に、最後に使った人が消すルールにしている。
確か、今日は立ち上げてからずっと、真姫しか触っていなかったと思う。

海未「真姫も、やはりお疲れだったのでしょうね」

ことり「あれっ?」

きちんと専用のチェアに座って、起動中のソフトを落としたり、フォルダを閉じたりしてくれていたことりが、声を漏らす。
0033>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:20:53.29ID:T0/JLuFs
海未「どうかしましたか?」

ことり「このデータ、なんだろう」

海未「どれですか?」

覗くと、画面にはひとつだけフォルダが残っていた。
真姫の専用フォルダだ。

ことり「これ」

矢印がくりくりと動いて辿り着いた先は、音楽ファイル。

ことり「このデータ、今回の新曲と同じ名前だよ」

海未「では、新曲のデータではないのですか?」
0034>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:21:28.86ID:T0/JLuFs
ことり「そうかなあ……でも、最終更新日が昨日になってるの」

海未「え?曲ができたのは、もう二週間以上も前ですよ?」

思わず顔を見合わせる。

ことり「……良いかな」

海未「少しだけなら」

ことりが恐る恐るクリックすると、音楽が流れ始めた。
その流れてきた音楽を聴き、再び見合わせる。

海未「……これは」

私は嫌な予感がし、急いで携帯電話を取り出した。

0035>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:23:09.51ID:T0/JLuFs


『♪』

校門を出ようとしたところで、携帯電話から音が鳴った。
確認すると、海未からメールが来ていた。

真姫「珍しいわね」

別れたばかりの上級生の顔を思い出しつつメールを開く。

海未『まだ校内にいますか?』

ぎりぎり、校内と言えば校内だ。
だからというわけでもないけれど、戻ることにする。
わざわざメールで呼ぶということは、可能なら早いうちにしたい話なのだろう。

振り返って目を凝らすと、部室の灯りが点いているのが見えた。

0036>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:23:50.57ID:T0/JLuFs


海未「呼び戻してしまってすみませんでした」

部室に入るなり、海未が頭を下げて言った。
なぜか立っている。
その脇にはもちろんことりもいて、彼女はパソコンチェアに座っていた。

真姫「構わないけど。私、なにか忘れ物でもしてた?」

海未は小さく頷くと、すぐ傍のパソコンを指差した。

海未「パソコンを消し忘れていましたよ」
0037>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:24:18.05ID:T0/JLuFs
言われ、なんのことだか分からず、一瞬呆けてしまう。
しかし、すぐに部室利用ルールのことだと思い至る。

真姫「……最後に触ったのは私だったわね」

内心苦笑いしつつ、パソコンに歩み寄る。

真姫「わざわざ呼び戻すなんて、徹底した規則管理ね……」

海未「私が真姫を呼び戻したのは、パソコンを消させるためではありません」
0038>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:25:58.81ID:T0/JLuFs
横を通り抜けようとした私に、海未がやや強い口調で告げる。
不信感を覚え、立ち止まる。

真姫「じゃあ、なんのためなの?」

海未「ことり」

私の質問には答えず、海未は座っていることりになにかを促す。
頷いて、ことりは申し訳なさそうに言った。

ことり「ごめんね、真姫ちゃん。これ、聴いちゃったの」

真姫「聴いちゃったって、なにを……」

はっとする。
慌てて止めようとしたけれど、すでに遅く、その音楽が流れた。
私が作曲し、そして、編曲したもののひとつ。

思考が固まって冷めていくと同時に、ああ、海未には勘付かれてしまったんだろうな、と冷静に思う自分にも驚く。
0039>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:27:36.78ID:T0/JLuFs
海未「真姫。これはなんですか?」

咎めるような声で言われる。

海未「今回の曲とは違うものですか?」

真姫「じ、次回曲の案よ」

海未「それにしては、似ている部分があまりに多くはないでしょうか。イントロなど、全く一緒ではありませんか。これでは、カップリングソングとして使うことすら難しいと思います」

真姫「そうね。そこは後で直すつもりだったのよ……」

海未「真姫」

乾いた声で答えた私を、しかし、海未は逃がしてくれるつもりはないらしかった。

海未「これは、今回の新曲なのではありませんか?」
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2019/08/27(火) 19:28:04.61ID:T0/JLuFs
あっさりと真相に辿り着いたその言葉は、まるで最初から分かっていた答えをただ告げたかのように聞こえた。
反対に、ことりはやや気遣ったような声で訊いてくる。

ことり「真姫ちゃん。曲は、今練習してるやつで完成じゃなかったの?」

真姫「完成よ」

海未「では、これはなんなのですか?見れば、昨日までいじっていたようですが」

すかさず海未が突っ込む。
そんなところまで確認されていては、もう否定のしようがない。

海未「真姫」

ことり「真姫ちゃん」

真姫「……そうよ。昨日、やっと改編が終わったの」

諦めて、渋々頷く。
0041>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:28:40.09ID:T0/JLuFs
海未はある程度予想していたようで、小さく溜め息を吐いた。
ここまで来てしまったので、私も腹を括る。

ことり「真姫ちゃん、今の曲に納得してないの?」

真姫「曲に、じゃないわ」

ことうみ「「……!」」

海未「それはつまり、納得していないのは曲以外──歌詞か衣装ということですか」

ことり「で、でも……それなら、どうして曲の方を変えるの?」

海未「そうです。気になったところがあるのなら、言ってくれれば良いものを……」

ことりの指摘に海未がたじろぐ。
0042>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:30:00.55ID:T0/JLuFs
けれど、迷った表情を見せたのは一瞬だけで、すぐにいつもの凛とした顔付きを私に向け直した。

ことり「ちなみに、真姫ちゃん。なにが気になったの?」

海未「歌詞ですか?」

首を横に振る。

ことり「じゃあ、衣装?」

同じようにし、意を決して言う。

真姫「歌詞も衣装も素敵。それぞれ、すごく素敵よ」

海未「それでは、一体なにが気になっているのですか……?」

真姫「イメージと違うの」
0043>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:30:33.99ID:T0/JLuFs
脳裏に、図書館での衝撃が甦る。
衣装が曲のイメージと掛け離れていたときの衝撃。
そして、歌詞までも期待と全く違っていたときの衝撃。

真姫「私が曲に込めたイメージと、歌詞と衣装の雰囲気が……違うの」

ことり「違うって、どのくらい?」

海未「真姫」

あくまでも冷静なままの声が言う。

海未「ここまで来たのですから、はっきりと言ってください」

真姫「……全然」

思い出すだけで冷や汗が伝う。
まるで、ピアノの鍵盤を叩いてベースの重低音が鳴り響いたかのような、理解すらできないほどの違和感と不協和。

真姫「全然違ったの」
0044>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:31:21.11ID:T0/JLuFs
一人の時間にその耐えがたいずれを呑み込もうとすればするほど、どんどん気が重くなっていった。
誤った曲のデータを渡したのかと思った。
全く別の曲について話しているのかと思った。

思ったのではなく、そう願った。

真姫「私のイメージと海未達のイメージが、全然違ったのよ」

永遠にダンスの練習が続けばいい。
歌の練習はなくていい。
衣装合わせはなくていい。

日を経るにつれその思いは強くなっていき、その願いは私自身を駆り立てた。
0045>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:32:02.60ID:T0/JLuFs
海未「そう感じたのは、いつのことですか」

真姫「……図書館の日」

海未「それでは、最初に歌詞と衣装のデザインを見たときから、今までずっとそう感じていたということですか」

促されるように頷く。

海未「だから、歌詞と衣装に合わせようとして、曲の方を変えることにしたのですね」
0046>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:32:38.29ID:T0/JLuFs
好き勝手に曲作りをすればいい私。
私の曲に合わせて歌詞を作る海未と衣装を考えることり。
そのどちらが大変かは、わかっていた。

だから、曲を改編することにした。

海未「どうして……」

海未「どうしてそう感じたときに言わなかったのですか!」

突然の怒気を孕んだ声に、反射的に身が竦む。

海未「あのときに言ってくれていれば、修正は充分可能でした!なぜ今になるまで黙っていたのですか!」

ことり「う、海未ちゃん!大きな声を出しちゃだめだよ!」

踏み出し掛けた海未を、ことりが制する。
0047>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:33:46.75ID:T0/JLuFs
真姫「だって……だって……」

私は頭が混乱してきて、うわ言のように呟いた。
海未が息を吸うのを感じた。

海未「今から曲を変えるとなれば、ダンスの練習に支障が出ます!立ち位置も振付も決まって、みんなそれを覚えてしまっているのですよ!?ここで曲を変えるなんて、無茶にも程があります!」

真姫「だ、だから……曲は今練習してるやつで完成だって言ったじゃない!その曲は、誰にも聴かせるつもりなんかなかったのに!勝手に見付けて聴いたのは海未達じゃないの!」

海未「真姫は納得していないのでしょう!だから曲を変えたのではないのですか!」

真姫「良いの!あれで良いの!完成なの!」

自分に言い聞かせるように叫ぶ。

曲はあれで良いんだ。
あれで──良いんだ──

ことり 「真姫ちゃん」ギュ

不意に、ことりに抱き締められた。
黒いものが拡がり掛けていた心が、ふと穏やかなものになる。
0048>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:34:27.88ID:T0/JLuFs
ことり「海未ちゃんも。一旦落ち着こ?」

海未「……はい。そうですね」

ことり「真姫ちゃん。こっちに座って」

優しく手を引かれ、椅子に腰を下ろす。
隣にことり、斜向かいに海未が座った。

ことり「そういえばね、ことりクッキー焼いてきたの。練習のときみんなに渡しそびれちゃったから、三人で食べよ」

言うと、ことりは鞄から可愛く包装されたクッキーを取り出し、 半ば強引に私の口へ押し込んだ。
0049>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:34:58.70ID:T0/JLuFs
ことり「美味しい?」

普段は自分から味の感想を求めることなど、ことりはしない。
食べた方が自然に「美味しい」と口にする。
いつだって、そんなお菓子を持ってくるから。
さくさくと小気味良い音を立てるたびに、ふわりと生姜の香りが口内に漂う。

私が無言のまま無愛想に頷くと、ことりは嬉しそうに微笑んだ。

0050>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:36:29.60ID:T0/JLuFs


海未「真姫。今から少し話をしたいのですが、時間は平気ですか?」

控えめに顎を引いて見せる。
窓の外はすっかり日が落ちて暗くなり、わずかに見える校庭にも、もうそんなに多くの生徒はいない。

海未「なぜ、歌詞と衣装に納得していないことを黙っていたのですか?」

真姫「……時間がなかったから」

私が憮然として答えると、海未は虚を突かれたような表情をした後、情けなさそうに溜め息を漏らした。

海未「全て作り直すとなれば、余裕のない納期だったのは確かです。しかし、あの時点で言ってくれていれば、充分許容範囲でした」

今までだって、このくらい過密なスケジュールで曲作りをしたことはあったでしょう、と海未は続ける。
0051>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:39:03.12ID:T0/JLuFs
海未「真姫。本当の理由を教えてください」

それでも顔を背けるだけの私に対して、声色が咎めるような調子に変わる。

海未「私達が過ごしてきた時間の濃さは、生半可なものではありません。それが嘘だということくらい、わかります」

真姫「……嘘なんかじゃ、」

海未「真姫!」

真姫「っ!」ビクッ

ことり「海未ちゃん」

海未「す、すみません」

海未は私を咎め、そんな海未をことりが咎めた。
0052>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:40:43.55ID:T0/JLuFs
ことり「真姫ちゃん。今言ってくれたことは嘘じゃないと思うけど、もしかして、他にもっと大きな理由があるんじゃないかな? ことりに、それを聞かせてほしいな」

ことりの顔を見つめる。
穂乃果と海未、全くタイプが違う二人の幼なじみの間に立っている。
あそこまで正反対の彼女達が離れることなくずっと一緒にいるというのはなかなかすごいことだと思っていた。

けれど、二人の間に、一歩引いたところで見守ることりの姿を思い浮かべれば、そこには疑問など残らない気がした。
0053>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:41:14.32ID:T0/JLuFs
真姫「私が曲を作るのが、μ'sの曲を作る流れの最初だから。歌詞とか衣装に対して、あまり口出ししちゃいけないと思って……」

ことりが首を傾げる。

ことり「真姫ちゃんが曲を作るのが最初だったら、どうして歌詞とか衣装に口出ししちゃいけないの?」

真姫「わ、私が一番楽な立場だからよ!」

ことり「楽?」

向かいで同じように首を傾げる海未。
0054>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:42:08.17ID:T0/JLuFs
真姫「だって、そうでしょ!私はなににも縛られることなく、好きに曲を作ればいいけど、海未達は違う。そのできあがった曲に合わせて作らなきゃいけない」

海未「……そんなことを、誰かに言われたのですか?」

真姫「言われてないわよ。でも、事実じゃない。納期だって、私の曲を待たなきゃいけない分、二人の方が遊びがなくなるし…… 自由に曲を作ってるだけの私が、あなた達に口出しなんかできるわけないわよ」

ことり「真姫ちゃん……」

海未「そんな風に考えていたのですか……」

揃った二人の声は、初めて知る私の思いに驚いた、というより、落胆しているように聞こえた。
0055>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:43:16.15ID:T0/JLuFs
ことり「もしかして、今までの曲の中にも、我慢したものがあるの?」

真姫「ううん。そりゃもちろん、多少イメージのずれがあったことは、何回もあるけど……こんなに違ったのは、初めてだから……」

海未「だから、とても言い出せなかった、と?」

真姫「…そうよ。ここをこうしてほしいとかじゃない、全然違うなんて言ったら、そんなのは意見じゃなくてただの批判になるもの」

ことり「そんな……」

真姫、と呼ばれる。

海未は眉間に強く皺を寄せて、ぽつりと呟いた。

海未「残念です」
0056>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:44:18.39ID:T0/JLuFs
その言葉を聞き、一気に感情が込み上げてくる。
思うように創作活動が進められなかったことへ対する苛立ち。
通じ合えていたはずの相手と感覚がずれたことへ対する悲しみ。
そして、海未から見捨てられたのではないかという、恐怖。

真姫「な……なによ!私だって、ちゃんと考えたのに!」

それらが奔流となって、私の口から溢れる。

真姫「海未達の作ってくれたものを受け入れようともしたし、急いで曲を作り変えれば間に合うんじゃないかと思って改編もやったわ!歌詞と衣装のイメージに合うように改編を完了もさせた!
でも、さすがに遅過ぎるってわかったから、もう言わなかったじゃない!なんでそんな言い方するのよ!」

ことり「真姫ちゃん、それは違うよ。海未ちゃんは……」

海未「良いのです、ことり。私がちゃんと言います」
0057>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:44:58.58ID:T0/JLuFs
声を荒げた私を前に、少しの取り乱す様子もなく、海未は静かに続けた。

海未「私は、このタイミングになって曲を変える変えないの話が出たことを怒っているわけではありません。あなたが我慢していたことに対して失望しているのです」

真姫「が、我慢しちゃいけなかったの?それって失望されるようなこと?九人もいる中で、誰一人なんの不満もないものが仕上がるまで頑張らなきゃいけなかったとでも言うの?」

海未「そうです」
0058>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:45:25.61ID:T0/JLuFs
ほとんど八つ当たりのような責めに、端的な答えが返される。

真姫「そ…そんなの無理でしょ。できるわけないじゃない!」

海未「できます。無理ではありません」

それすらも断言し、海未は諭すように語る。
0059>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:46:32.07ID:T0/JLuFs
海未「我慢してはいけません。九人もいる中で、誰一人なんの不満もないものが仕上がるまで、頑張らなくちゃいけないのです。私達には、それができるのですから」

淡々と述べる海未の言葉を、ことりが引き継ぐ。

ことり「真姫ちゃん。私達はね、九人全員が揃って、初めてμ'sなんだよ。それで、初めてμ'sでいられるの。たとえ八人が大満足していても、真姫ちゃんが我慢してちゃだめなの。それじゃμ'sのステージとは言えない……真姫ちゃんを除いた八人のステージになっちゃうから」

はっとする。
0060>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:47:14.22ID:T0/JLuFs
私が我慢していたら、μ'sのステージは完成しない。
その言葉は、なによりもすんなりと私の心に入ってきた。

海未「今までみんなで立ってきたステージの中で、そんなものがあったと思いますか?誰か一人だけが我慢していたステージがあったと」

真姫「……いいえ。なかったと思うわ」

力なく頭を垂れた私の答えに、海未は満足そうに頷いた。

海未「私もそう思います。だからこそ、私達は今も一緒にいるのです。そしてこれからも、ずっと一緒にいたい」
0061>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:48:15.02ID:T0/JLuFs
真姫「だったら……私は、どうすればよかったのよ……」

海未「簡単なことです」

海未「思ったことを、感じたことを、隠さず言ってくれれば、それだけで良かったのです。これじゃないと、曲のイメージと全然違うと、正直にそう言ってくれるだけで良かったのですよ」

ことり「そういうことっ。歌詞と衣装のデザインを考える場に真姫ちゃんを呼んだのは、真姫ちゃんの意見も欲しかったからなんだから」

ね?と、ことりが私に向けて微笑んだ。

ことり「じゃあ、穂乃果ちゃんにメールしておくね。海未ちゃん」

海未「はい。お願いします、ことり」

真姫「え?」

突然空気が切り替わる。
ことりは手早くメールを打ち、海未は鞄からごそごそと筆記用具やノートを取り出す。
0062>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:48:47.62ID:T0/JLuFs
海未「なにをぼさっとしているのですか、真姫」

真姫「え?え??なに?」

まだじわりと濡れた瞳で、交互に二人を見比べる。

ことり「考え直すんだよ、真姫ちゃん。曲と歌詞と衣装!」

真姫「い、今から!?」

思わず素っ頓狂な声が漏れ出る。

真姫「そんなの、無理に決まってるじゃない!」
0063>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:49:15.20ID:T0/JLuFs
海未「無理でもやります。九人全員が心から納得するために」

真姫「だから、私はもう納得してるんだってば……」

海未「それでも、心からの納得というわけではないでしょう。それに、これはあなたのためではありません。私達のために考え直すのです」

真姫「う、海未達のため……?」

海未「はい」

戸惑う私に、海未は慈しむような笑顔を返した。
0064>>1(茸)
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2019/08/27(火) 19:49:44.12ID:T0/JLuFs
海未「ここで真姫の中にある小さな不協和を見逃せば、自身が楽をするため後輩に涙を呑ませたとして、私達は末代までの恥さらしとなってしまいます。園田の家を継ぐ者として、そんな不名誉には耐えられそうにないのです」

ことり「ことりもおんなじ。だから、真姫ちゃん。私達に、新曲を考え直すチャンスをくれないかな」

言葉を失う。
私も不器用だと言われるけれど、この二人だって──大概だ。
0065>>1(茸)
垢版 |
2019/08/27(火) 19:50:22.10ID:T0/JLuFs
本音で話せばよかった。
海未に諭されるまでもなく、ただそれだけのことだった。

気高く美しい海未。
清く心優しいことり。
こんなに素敵な人達に対して、なにを遠慮していたのだろう。

いつだって、想いを告げれば真正面から受け止めてくれたはずだ。
そんなことは、分かり切っていたのに。
一人で悩んでいた時間が、急にばからしく思えてくる。

表情を見て取ったか、海未が誇らしげに頷き掛けた。
0066>>1(茸)
垢版 |
2019/08/27(火) 19:51:15.23ID:T0/JLuFs
真姫「……間に合うかしら。今から」

つい弱音が漏れる。
しかし、海未もことりも、全く心配していないようだった。

海未「間に合わせます。それが、私達の希望でもあるのですから」

ことり「うん。最高の一曲を作り上げたいって思いは、一緒だもん」

海未「真姫も──協力してくれますね」

差し出される、白く細い手。
恐る恐る、その手を握り返す。
同時に、温かく柔らかい手が重ねられる。

見れば、海未もことりも曇りのない瞳を輝かせていた。
三人が互いの手を守り合うように、優しく強く握り合う。
ここから生まれる一曲に、私も携わっていたいから。
本気で向き合ってくれた二人への感謝が、胸の内から溢れてくる。

真姫「ありがとう。海未、ことり」
0067>>1(茸)
垢版 |
2019/08/27(火) 19:51:55.52ID:T0/JLuFs
海未「お礼を言うのは早いですよ、真姫」

ことり「新曲披露のステージを成功させてからだよ、真姫ちゃん」

真姫「そうね。それまでは、安心してなんかいられないわよね」

ことり「うん!」

この二人と、最高の曲を作り上げたい。
μ'sの九人で、最高のステージを作り上げたい。
揺らぐことのない想いを、自覚する。

海未「さあ、真姫、ことり。時間がありません。これまでで最速かつ最高のパフォーマンスで、新曲作りを進めますよ!」

ことまき「「おーっ!」」

すっかり静まり返った校舎で、その声だけが明るく響いた。


終わり
0068>>1(茸)
垢版 |
2019/08/27(火) 19:52:23.57ID:T0/JLuFs
疲れました
つたない部分は見逃してください
0069名無しで叶える物語(えびふりゃー)
垢版 |
2019/08/27(火) 19:54:52.11ID:S8uT31IJ
ちょっと泣きそうになった
0071名無しで叶える物語(SB-iPhone)
垢版 |
2019/08/27(火) 20:40:37.79ID:x1kNnHhW
いや泣いたよ
すごくいい
三人の心っていうのかな
気持ちいいぐらいに伝わってきたわ
素敵なSSをありがとう
0073名無しで叶える物語(光)
垢版 |
2019/08/28(水) 07:54:57.18ID:7p4tyVif
いいもの見た
0075名無しで叶える物語(関西地方)
垢版 |
2019/08/29(木) 03:50:03.87ID:Ab67Sqdc
ラブライブの創作面にフォーカスしたこういうSSを読みたかった、ありがとう
皆のためにより良いものを作ろうとする3人の葛藤と誇りが伝わってきて素晴らしい
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