月「その輝きに、ちかづきたくて」
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『―――どうして? 静真は設備を整ってるし、飛び込みを続けるのなら……』
『ごめんねっ! でもやっぱり私……千歌ちゃんと一緒がいいんだ……』
また、『千歌ちゃん』か……
曜ちゃんと会うたびに、彼女の幼馴染の話を聞かされる。曜ちゃんがそれだけ好きな『千歌ちゃん』って子が、どんな人なのか興味はあった。 きっと、ずっと続けていた飛び込みを極める事よりも、その子の事を優先したくなるほどの魅力を持った子なんだろうなって。
『早く僕にも紹介してね』
『うんっ! 月ちゃんならきっと、すぐに仲良くなるよ!』
そう言って曜ちゃんは笑う。それは、普通の人からみればいつもと変わらない曜ちゃんの笑顔なんだろう。けれど、僕にはきっと、彼女をこんな方に笑わすことは出来ないんだろうなって、そう思った。 ―――なんで?
僕らしくない、そんな失礼な言葉を寸前で飲み込み、そんな事を思ってしまった事に自己嫌悪。 千歌ちゃんと初めて会ったあの日。僕の脳裏に一つの単語が浮かんだ。
『普通』
飛びっきり可愛いというわけでも、絶世の美少女というわけでもない。身長も高いわけじゃないし、スタイルもそれほど良いわけじゃ―――あっ、でも胸はちょっと大きいかも。
でも、失礼を承知で言わせてもらうと、「どこにでもいる普通の女の子」って感じだった 。 曜ちゃんが余りにも褒めるから、僕の中でハードルが上がりきっていたのか……でも、そもそもなんで曜ちゃんはあれだけ千歌ちゃんの事に固執する理由が、僕には理解できなかった。
ただ単純に、幼馴染で仲が良いのだとしても、僕だってイタリア暮らしが長かったとはいえ小さい頃から一緒だったのに……って、これは僕の悪い癖だ。
どうも僕は、人間関係を少し合理的な観点から見てしまう節がある。人の感情ほど非合理的な物は無いというのに……。
閑話休題。
とにかく僕は、それだけ曜ちゃんが夢中になる意味を探すべく、彼女達とイタリアへ同行する事にした。
そして―――それはすぐに見つかった。
『すごい……』
気づけば、そんな言葉が漏れ出ていた。 スペイン広場でのゲリラライブ。
Aqoursの九人がそろったライブを初めて目の当たりにしたけど、それは部活報告会で見た時よりも遥かにすごかった。
九人全員がスクールアイドルであることを心から楽しんでいて、彼女たちの唄を、踊りを通して、彼女たちの『楽しい!』って想いが伝わってきて―――あぁっもうっ!!僕の足りない語彙力じゃ全然表現しきれないよ!国語は得意なはずなんだけどな……!。
……なんて、これは撮った動画を後で見て思った感想。
あのゲリラライブの日、僕は――― 『それには自由な翼でFLY AWAY―――』
僕は、千歌ちゃんから目を離すことができなかった。
理由はわからなかった。おそらく千歌ちゃんの歌もダンスも、Aqoursの中でも平均的なものだろう。
なのに、なんで――
『なんで……?』
それは曲が終わってから出た言葉で、今度は我慢できなかった。
彼女たちの歌を邪魔しなくて、本当に良かったと思う。 『……ダイスキだったら大丈夫。夢で夜空を照らしたい。未熟DREAMER。想いよ一つになれ。MIRAI TICKET―――』
MY舞TONIGHT。君の心は輝いているかい。MIRACLE WAVE。Saint Aqours SnowのAwaken the power。WATER BLEU NEW WORLD。
全部、一晩で見尽くした。気づいたら夜が明けてて、気づいたら日が沈んでた。
因みに僕のお気に入りはMIRACLE WAVE。千歌ちゃんのロンダートバク転のところは、そこだけ何度も何度も見返しちゃったよ。
何度も何度も……ほかの曲も何回も見返して。
それで、わかった気がした。なぜ僕が千歌ちゃんのことがこんなに気になるのか。
そしてそれは、あのラブライブ決勝延長戦で確信に変わった。
千歌ちゃんは―――『普通』なんだ。
そして、それを彼女は自覚している。
歌もダンスも、特別に上手なわけでもないのに……
普通なのに……いや、普通だからこそ、彼女は誰よりも『輝き』を欲している。
そんな彼女だからこそ誰よりもキラキラしていて、僕にとっては誰よりも魅力的で―――
あたらしい輝きへと手を伸ばそう―――
―――ステージで歌う彼女と目が合った。
彼女は自分の想いを伝えるために、ライブに来ている人たち全員を見ているんだ。
だから、僕と目が合うのも、特別な意味があるわけじゃない。決して、『渡辺月』に対して特別な想いを持って見たわけじゃない。
そんなの、わかってる。わかってるけど……
「勘違いしちゃうよ……」
熱くなる頬を片手で隠すように抑える。鼓動が一気に早くなるのを感じる。手の触れられない距離にいるはずの彼女が、とても近くに感じた。
……そっか、曜ちゃんはきっと、最初から気付いていたんだ。彼女の中に眠るその輝きに――― 「でも、関係ないよね?」
「ほぇ?」
昼休み。机に頬杖をついて、ポカンとした顔の曜ちゃんを見つめる。
ちゃんと挑発的に見えてるだろうか。そういえば、曜ちゃんにこうやって真っ向から勝負を挑むのって、いつぶりだろう?
結局僕が勝ったことは、一度もなかったけどさ……
「だから、先に見つけたとか。そういうの関係ないよね?」
「えっと……なんのはなs「だって―――」」
けれど、今回ばかりは譲れない。こんなにも負けたくないって、勝ちたいって思ったのは、もしかしたら初めてかもね。
曜ちゃんが悪いんだよ? 幼馴染だからって油断して、あんな魅力的な娘を放っておくんだから。
少し離れたところで、友達と話している千歌ちゃんに一度視線を向けてから。できるだけ意地悪く笑って、僕は告げる。
「―――好きになっちゃったんだからさ」 その言葉足らずな宣戦布告を、曜ちゃんはすべて理解したようで、だんだんと顔が青ざめていき、口がわなわなと震え始める。
「つ、月ちゃん、それって―――」
「二人ともー、何の話してるのー?」
「なんでもないよ千歌ちゃん。そうだ!このまえ美味しいミカンパフェがあるカフェを見つけたんだけど、よかったら今日二人でいかない?」
「ミカンパフェ!? いくいくー!!」
「ちょぉっ!? ち、千歌ちゃん!わ、私もい「曜ちゃんは今日水泳部に特別コーチをお願いされてたよね?」「つ、月ちゃぁん……」
泣きそうな顔で僕の肩を掴む曜ちゃん。だけど僕は知らん顔を決め込んで千歌ちゃんと今日の予定について話す。
千歌ちゃんは何か違和感を感じてるようだけど、ミカンパフェの誘惑には勝てないらしい。ライブの時以上に目をキラキラさせている。あぁ、そんなところもかわいいなぁ……/// ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています