梨子「たったふたつの愛」
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曜「・・・」
梨子「・・・」
曜「梨子ちゃん、あなたは何をしたの?」
さざ波が音を立てる。内浦の海は真っ暗だ
真夜中の浜辺で私は告白する 1月某日
私たちAqoursはラブライブに優勝した
それと同時に、解散を決意した
簡単なことだ、三年生は卒業する。9人じゃないとAqoursじゃない
寂しい気持ちはありつつも、満場一致で意見は揃った
あとは普通の学園生活を過ごすだけ。そう、地味な私は地味に過ごしていくだけなの
それが、あんなことになるなんて・・・
コンコン
梨子「曜ちゃん、入るね?」
ガチャッ
曜「・・・」
曜「帰って」 梨子「そう言わないでほしいな」
曜「私のこと、笑いに来たんでしょ?」
曜「自分じゃなくてよかったって嘲笑いにきたんでしょ!」
梨子「ちがうよ、そうじゃない」
曜「・・・」
曜「なんで私だったんだろう・・・」
曜「どうして私だけこんなことに・・・うぅっ・・・」
梨子「辛かったよね、曜ちゃん」
曜「辛いよ、早く楽になりたいよ・・・」
私はそっと抱きしめた。曜ちゃんは私の胸で泣き崩れた
可愛そうに、私が代わってあげたいぐらいだ 梨子「私はずっとそばにいるから」
曜「・・・」
曜「ありがとう・・・」
梨子「不幸の後にはね、幸運がやってくるはずなの」
梨子「だから曜ちゃん、少しずつでいいから、前を向いて進もう?」
梨子「私が支えてあげるから」
曜「・・・そんなの、無理だよ」
曜「だって歩けないんだよ!?どうやって進めばいいのさ!!」 そう、あれは不慮の事故だった。たまたま彼女にだけ降りかかった災難だった
その不幸の代償に、彼女は両足を失ってしまった
義足の選択肢もなく、彼女はあえなく一生車イスの生活を余儀なくされたのだ
梨子「・・・」
梨子「ごめんね、進めないよね」
曜「やっぱり、梨子ちゃんも他のみんなと一緒だ」
曜「みんな、根拠もなく励ましてきて・・・自分じゃなくてよかったって思って」
曜「だいっきらい!みんなも梨・・・」
彼女の言葉をさえぎるように私は言い放った
梨子「幸運の後には不幸がくるものなの。だから次の幸運が終わったら死んじゃおう?」 曜「・・・!」
梨子「最後に幸せな思い出を残して死んだほうが、きっと後悔しないと思う」
冷たい一言かもしれない。だけどそうじゃない
少なくとも私の意志では、今の言葉は彼女を救うためのものだった
だって、私は彼女のことが___ 〜〜〜
コンコン
ガチャッ
梨子「曜ちゃん、調子はどうかな?」
曜「・・・」
曜「・・・調子は最悪だよ」
梨子「曜ちゃんが好きそうな本を買ってきたの。ここに置いておくね?」
曜「・・・ありがとう」
梨子「また明日も来るから」
曜「・・・」 病院というのはやはり居心地が悪い
そんなところにずっといる彼女の気分を少しでも晴らしてあげたい
それが私の気持ち 〜〜〜
千歌「梨子ちゃん、曜ちゃんは・・・?」
梨子「うん、昨日は元気そうだったよ」
千歌「そっか、よかった・・・」
私以外のメンバーはというと、最初に拒絶されて以来お見舞いには行っていない
それは冷酷ということではなく、みんな彼女を気遣ってのことだ
彼女を心配しているのはみんな同じはず コンコン
ガチャッ
梨子「入るね?」
曜「梨子ちゃん、また来たんだ」
梨子「ごめんね、しつこくて」
曜「本当、しつこいよ」
曜「でも、嬉しいかも・・・」
梨子「曜ちゃん」
ガチャッ
鞠莉「あら、梨子も来てたの?」 梨子「鞠莉さん?」
驚いた。私以外の人がお見舞いに来るなんて
曜「鞠莉ちゃんも、本当にしつこいんだよ」
鞠莉「嫌なら追い返せば?」
曜「・・・」
鞠莉「フフッ、病人をいじめるのはナッシングかしら♪」
梨子「ちょっと鞠莉さん、そんな言い方!」
曜「・・・教育委員会に訴えてやる」
鞠莉「ジョークジョーク!ごめんね曜」スリスリ
曜「も、もぅ・・・!」 彼女の頬をスリスリと擦るこの人を見て、私はいくつか考えた
ひとつは、彼女の唯一の理解者の立場が奪われるのではないかということ
そしてもうひとつは、彼女の気持ちを奪われるのではないかということ 梨子「・・・」
鞠莉「梨子?怖い顔してるわよ?」
梨子「えっ?」
曜「梨子ちゃん、機嫌悪いの?」
梨子「そ、そんなことないよ」
梨子「じゃあ、私はそろそろ帰るね」
鞠莉「ばいばーい」
曜「・・・」
このままではまずい。彼女のあの反応___
私は負けてしまう。そんなこと許されない
いっそ鞠莉ちゃんを遠ざける・・・でもそれをして彼女はどう思うだろうか
そもそも小原家の人相手に、私が対抗できる術なんて・・・ 曜「梨子ちゃん!」
頭が混乱する私の背中に語りかけてくれた、その言葉で私は冷静になれた
曜「明日も・・・待ってていいかな?」 梨子「おはよう、曜ちゃん」
曜「おはよう。今日も来てくれてありがとう」
あれから私は毎日通った。だんだん彼女も心を開いてくれているのが感じ取れる
梨子「今日は鞠莉さんは来てないの?」
曜「ううん、さっきまでいたけど入れ違いで帰ったところ」
梨子「そっか」
あの後、私はずっと考えた。そして結論は出た
そもそも彼女が鞠莉さんを好きになるとは限らない
それに、もしかしたら既に私のことを好きになってくれているかもしれない
恋にライバルはつきもの。だからあまりヒートアップせずに頑張ろう
そう胸に決意した。だけど悲劇はすぐに___ 曜「・・・ねぇ、梨子ちゃん」
梨子「なに?」
曜「・・・大好きな梨子ちゃんに、打ち明けたいことがあるの」
梨子「曜ちゃん・・・?」
曜「あっ、えっと!大好きっていうのは友達としてってことだからね!?」アセアセ
梨子「うん、わかってるよ」クスッ ドキッとした。友達として大好きって言われただけでも大きな進歩だと思った
この勢いで・・・っと思ったけど、そもそも曜ちゃんが同性愛者の可能性は低い
っと、思っていた。ついさっきまでは
曜「梨子ちゃんが言っていた、不幸の後の幸運ってやつ」
曜「その幸運が、見つかったかもしれない」
梨子「良かった・・・見つけられたんだね」
曜「うん」 梨子「えっ・・・?」
曜「最後に好きな人と結ばれて、それでお別れのときに」
曜「私もこの世を旅立つことにする」
鞠莉さんは卒業後、海外に行くと言っていた
今は1月、つまりお付き合いをしたところで一緒にいられるのはせいぜい3か月
梨子「・・・もし、振られたら?」
曜「振られないよ。だってそれだと不幸の後に不幸がくることになっちゃう」
曜「梨子ちゃんが言ってた、不幸の後に幸運がくるって言葉を私は信じてるもん」 梨子「そう・・・応援してるわ」
曜「時間がないから、明日に告白するんだ」
曜「だから梨子ちゃん、私に成功のおまじないをかけてほしいな」
梨子「振られないってわかりきってるのにおまじない頼りなの?」クスッ
曜「ね、念のためだよ!それに梨子ちゃんの手、温かいから好きだもん//」
そう言って彼女は私の手を握り、まるでお祈りするかのような___ 梨子「それじゃあ、私は明日は来ないから」
曜「え?なんで?」
梨子「告白中に出くわしたら大変でしょ?」
曜「た、たしかに・・・」
梨子「また結果聞かせてね、曜ちゃん」
曜「うん!ありがとう、梨子ちゃん!」 キィィッと扉が閉まる
ガチャンという音と共に、私の中の歯車も狂い始めた ガチャッ
梨子「曜ちゃん、おはよう」
曜「梨子ちゃん、おはよう!」
曜「あのね、昨日の結果なんだけど・・・」
聞きたくはなかったけど、彼女の笑顔を見ると言葉をさえぎることはできなかった
曜「梨子ちゃんのおまじないのおかげだよ!ありがとう!」
梨子「おめでとう、私も嬉しいよ」
悔しい。胃が痛くなるほど悔しい
だけど、入院して以来___
はじめてだった。ここまで嬉しそうな彼女は 曜「残りの幸運タイム、めいっぱい楽しみたい」
曜「鞠莉ちゃんとのことはもちろんだけど」
曜「私は、こうして梨子ちゃんと話していられることも幸せだから」
梨子「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しい」
梨子「デートの日、教えてね?その日は邪魔をしないようにするから」
曜「そ、そんな気を遣わなくていいよ!いつでも来てね、梨子ちゃん!」
気を遣っているわけではない。イチャイチャしているのを見たくないだけだ
曜「だけど、私が歩けないからデートも限られてくるのがなぁ・・・」
梨子「星でも見に行くのは?鞠莉さん、天体観測にハマってそうだったし」
曜「私もそう思ったけど、夜は忙しいからデートは昼しかできないって言われちゃって」
梨子「そうなんだ。理事長の仕事とか忙しいのかもね」 夜は忙しい?まさか・・・
だって、よく考えてみると変だ
あと3か月で離れ離れになる人からの告白を了承するのって何かおかしい
もしかして、遊び感覚で付き合ったとか?それとも同情からきたお情け?
夜忙しいっていうのもおかしい。私たちは学生なのだから、むしろ昼のほうが忙しいはずだ
怪しい。いろいろと怪しい 梨子「・・・」
梨子「じゃあまたね、曜ちゃん」
曜「うん、ばいばい!」
ギィィッ
バタン
梨子「・・・確かめないと」 梨子「・・・」
時刻は23時を過ぎたところ。私は内浦の辺境に来ていた
何故こんなところにいるかというと、私が聞きたい
今日は一日、鞠莉さんの後を追っていたのだ
ストーカーかもしれないが、どうしても確かめたいことがある
彼女とのお付き合いが遊びではないと証明したかった
ライバルということもあるが、何よりも彼女の幸せが最優先
そして家から出てくるや否や、こんな森の中にやってきた鞠莉さんを追ってきたのだ 梨子「こんな時間に、こんな場所に来るなんて・・・」
梨子「まさか、浮気相手と星を見に行くとか・・・?」
鞠莉「・・・」
気づかれてはいない。この調子で見張っておこう
鞠莉「・・・」ゴソゴソ
梨子「・・・ふわぁっ」ウトウト
梨子「・・・」 ___
梨子「・・・はっ!」
なんてことだ。やってしまった
どうやら睡魔には勝てなかったらしい。こんな森で居眠りなど何て危険なことか
だけど今はそんなことどうでもいい
何分経ったかはわからないが、あの人は一体どこに行ったのか 梨子「・・・」キョロキョロ
音を立てずに慎重に辺りを見回す
ギコ・・・ギコ・・・ 梨子「物音・・・」
グチュッ・・・
梨子「あっちから聞こえるわね」
ガササッ・・・
ブツブツ・・・
声が聞こえる・・・鞠莉さんが何かつぶやいているんだ
ヒヒッ・・・アハッ
ブチュッ・・・ザンッ・・・
何かを切っている音が聞こえる・・・ クスクスッ・・・
アハハッ・・・
薄ら笑いが聞こえる・・・
ザンッ
ゴリ・・・バキッ・・・
梨子「・・・!!」 私は後悔した。なんてものを見てしまったのだろう
言葉を失う光景に、もはや眼をそむけることもできなかった
鞠莉「アハハッ・・・ケタケタ・・・」
そこには恐ろしい凶器を持った知り合いが薄ら笑いを浮かべながら立っていた
死体の四肢をバラバラに刻み、愉悦に浸る殺人鬼の姿が____ 〜〜〜
梨子「・・・入るね」
ガチャッ
曜「梨子ちゃん、おはよう!」
鞠莉「おはよう、梨子♪」
梨子「お、おはよう・・・」
曜「梨子ちゃん、何か顔色悪いけど大丈夫?」
昨日の光景は夢だった。そうに違いない
私は森になんて行ってないし、鞠莉さんも行っていない
梨子「・・・」
梨子「鞠莉さん、昨日の夜は何していました?」 鞠莉「え?」
ストレートすぎたかもしれない。だけどこうでもしないと気が済まない
夢であった確証がとにかく欲しい
鞠莉「別に、家でゆっくりしていたけど」
梨子「そう・・・ですか」
鞠莉「いきなり何で?」
梨子「いえ、気にしないでください・・・」 ほら、やっぱり夢だったのよ
よかった、鞠莉さんが家にいてくれて
鞠莉「変な梨子ね〜」
曜「うんうん」
鞠莉「じゃあ私はそろそろ帰るわ」
梨子「ちょっと私も飲み物買ってくるね」
曜「うん、わかった」
鞠莉「自販機が病院の入り口にあったから、そこまで一緒に行きましょ♪」
梨子「はい・・・」 ガチャンッ
鞠莉「・・・で」
鞠莉「さっきの質問、あれの意図は何?」
梨子「えっ!?」
鞠莉「とぼけても無駄よ」
梨子「そ、それは・・・」
梨子「曜ちゃんが、鞠莉さんが夜に何をやってるのか気になってるって言ってたの」 鞠莉「え?曜が?」
梨子「ごめんなさい、曜ちゃんから鞠莉さんと曜ちゃんの関係を聞いてて」
鞠莉「あらっ、曜ったら梨子に言ってたのね//」
梨子「それで、夜は忙しくてデートできないのが残念って言ってたので・・・」
鞠莉「なるほど、そういうこと」
梨子「曜ちゃん、一緒に星を見に行きたいって言ってましたよ」
鞠莉「ん〜まぁ忙しいっていうのは嘘なんだけどね」
鞠莉「病人を夜に連れまわすのはいろいろと危険でしょ?」
梨子「それは、そうですけど」
鞠莉「だからあえて昼にしかデートはしないことにしてるけど・・・」
鞠莉「星が見たいって言うなら、夜デートも検討してみるわ♪」
梨子「そうしてあげてください」 よかった、やっぱり鞠莉さんは無実だ。昨日のあれは夢だったんだ
鞠莉「それにしても、曜もロマンティストなのね〜」
よく考えてみると、鞠莉さんはあんな不気味な笑い方じゃないもんね
鞠莉「クスクスッ・・・曜がロマンティストって何か面白いわ!」
梨子「笑うと可愛そうですよ」
鞠莉「だって面白いんだもん!あの曜が星って・・・クスクスッ・・・」
鞠莉「アハハッ・・・ケタケタ・・・♪」
梨子「えっ・・・?」 鞠莉「ん・・・?どうしたの梨子?」
梨子「い、いえ・・・」
背筋が凍った。間違いない
今の笑い方はあの時の___
鞠莉「じゃあ梨子、私はここで」
鞠莉「バイバイ・・・クスクス」
梨子「・・・!」ゾクゾクッ 日常が崩れる、そんな感覚が電流のように体に染み渡った
私はとんでもないことをしてしまったのかもしれない
恐怖と後悔でその場に座り込むことしかできなかった___ 〜〜〜
冷たい風が身体を冷やす
お部屋でゆっくり本でも読んで、暖房をつけて、眠くなったら眠って・・・
そうするべきだった
だけど私はどうしても確かめたくなった
もう二度とあんな光景はみたくないのに
ここで終わったら、あれが真実になってしまう。それを恐れたから 梨子「はぁっ・・・はぁっ・・・」
昨日と同じ場所、同じ茂みに身をひそめる
時刻は同じく23時を過ぎたところだ
梨子「誰も・・・こない・・・」
根拠はないが、もしまたあれが起きるのなら同じ場所だろうと思った
なにより、鞠莉さんを尾行するなんて、とてもじゃないが恐怖でできなかった
梨子「・・・」
梨子「来ないで、このまま・・・」 つい本音が出てしまった。そう、このまま誰も来てほしくない
今日何も見なければ、昨日の光景をまだ否定できる。夢だったと思い込むことができる
だけど2日連続で見てしまったら、もう認めるしかなくなる
寒さではない何かが私の身体を震えさせる
梨子「やっぱり、帰ろう・・・」
口ではそう言いながらもなかなか帰ることができない
もし今、物音を立てて・・・それを聞かれたら
もし今、鞠莉さんが私を見つけたら
人は恐怖の前には何もできなくなる。私の足はまったく動かない
だけど、今は誰もいないのだ。帰るなら今しかない
重い足を無理やり動かし、ようやく立ち上がろうとしたその時
ガタンッ 梨子「・・・!」
一台の車がやってきて、やがて停まった
ここはいわゆる森だが、一応車道はある
もちろん車がこの車道を、しかもこんな時間に通るなんてほとんどないだろう
梨子「はぁっ・・・ふぅっ・・・」
荒れる息づかいを正す。私は茂みに再び身をひそめた
ドサッ
車から誰かが出てきた、そして重い何かを地面に置いた
少し遠い場所、さらには真夜中で暗かったためどんな顔か、何を置いたか
そこまでは見えなかった
だけど私はすぐに察した あの人影は鞠莉さんで、置いたのは・・・
生きてるか死んでるかしらないけど、間違いない
「人間」だ
梨子「はぁっ・・・はぁっ・・・」
ついに見てしまった。今日は眠気もない。はっきり意識もある
間違いない、夢じゃなかったんだ。昨日のあれも・・・
現実だと知ってしまった瞬間。恐ろしい恐怖心が私を襲う
梨子「に、逃げなきゃ・・・」
私は再び震える足を抑えて立ち上がり、車の方を見た
鞠莉さんはおそらく気づいていない。何やら作業を行っている
今なら逃げられる。早く逃げないと
見つかると殺される___ 梨子「早く、逃げないと・・・」
足がすくむ。身体が震える。だけどそんなことを言っている場合じゃない
梨子「スーハー・・・」
大きく、だけど音は出さないように深呼吸をした。考えるのは家に帰ってからにしよう
不思議と落ち着きを取り戻した私は山道を降りるためにくるりと振り返る
梨子「よしっ、かえ・・・」
鞠莉「こんばんは、梨子」
金縛りにあったときはこんな感じなのだろうか。私の思考は一瞬でフリーズした
振り返るとそこにはいたのだ
あの・・・殺人鬼が___ 梨子「あっ、あぁ・・・」
鞠莉「何してるの?こんなところで」
梨子「ほ・・・星・・・」
梨子「星を見てたの」
鞠莉「星を?たしかに、ここだとけっこう見れそうね」
梨子「う、うん・・・」
落ち着け、冷静にごまかすしかない
梨子「鞠莉さんは、どうしてここに・・・?」
鞠莉「何でだと思う?」
梨子「わかりません・・・」
鞠莉「少しは考えてみたら?」
鞠莉「ヒントあげよっか?」
梨子「ください・・・」
鞠莉「クスクス・・・あの車は小原家の車よ」
梨子「・・・!」 鞠莉「ほら、見える?あそこに人がいるの。あれは私の使用人」
梨子「こ、ここって車が通れるんですね・・・」
鞠莉「えぇ、だけどこんなところに来る人なんてめったにいないわ」
鞠莉「こんな森にくるなんて、それこそ星を見に来る人か」
鞠莉「秘密の何かをしている人ぐらい」
梨子「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 我慢の限界だった。私の嘘は完全に見抜かれている
殺される。秘密を見てしまったから殺される
私はとにかく走った。転んでも靴が脱げても走り続けた
嫌だ、死にたくない怖い助けて
梨子「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
奇声をあげながら走った。恐怖を紛らわすには声を出すしかなかった
後ろを振り向く余裕もないしそんな度胸もなかった
梨子「あうっ!」
盛大に転んでしまった。木の枝が刺さって足から血が噴き出している
だけど止まるわけにはいかない。だっているんだから
鞠莉「梨子、どこにいるの?」
鞠莉「せっかくだし、一緒に星を見ましょうよ・・・クスクスッ」 梨子「ひっ・・・!」
いる、すぐ近くに殺人鬼がいるんだ
足が痛い私は這いずるように地上を目指した
梨子「早く、早く・・・!」
民家のある道路、そこまで逃げれば大丈夫なはず
梨子「はぁっ!はぁっ!」
鞠莉「そっちは危ないよ?」
梨子「・・・!!」
はっきり声が聞こえた。いるんだ、すぐ後ろに
梨子「いやぁぁぁぁ!」
鞠莉「なんで逃げるの?マリーのこと嫌いになっちゃった?」
梨子「あぁぁぁぁぁっ!!」 死にたくない、捕まってたまるものか
そのとき目の前の景色が開けた
梨子「・・・!!」
梨子「どうして!どうしてなの!」
目の前には広大な海が広がっている。まるで崖のようなところに来ていた
必死に走っているうちに方向を誤ってしまったのかもしれない
民家のようなものはなく、とても逃げられそうにない
鞠莉「だから危ないって言ったのに」
私は恐る恐る、後ろを振り向いた
そこには___ 梨子「あっ・・・あぁっ・・・」
手を伸ばせば届く距離、そんな距離に奴はいた
鞠莉「家はあっちの方向でしょ。送ってあげるわ」
梨子「あぁっ・・・」
梨子「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
ザブン
気づけば海に飛び込んでいた。あっという間に波にさらわれる
私はどうなるのだろう・・・
どうしてこんなことに___ 梨子「ムカついて来たッ!」
梨子「なんでくそったれの『殺人鬼』のおかげで、私がおびえたり後悔したりしなくちゃあならないんだ!!?」 クスクス・・・ケタケタ・・・
アハハハハッ・・・
梨子「うわぁぁぁぁぁっ!!」
梨子「はぁっ・・・はぁっ・・・」
梨子「あ・・・れ・・・」
梨子「ここは・・・?」
知らない部屋、見覚えのない布団。ここは一体どこだろう
私は海に飛び込んで、それで・・・あぁ、気を失ったはず
ガララッ
ルビィ「あっ、梨子ちゃん!目が覚めたんだ」
梨子「ルビィ・・・ちゃん?」
ルビィ「お姉ちゃん!梨子ちゃんが起きたよ!」
タタタッ
ダイヤ「あら、よかったですわ。お身体は大丈夫ですの?」
梨子「えっと、私・・・」
梨子「うぅっ・・・」ポロポロ
ルビィ「梨子ちゃん!?どうしたの!?」 涙が止まらなかった。それは生きているからとかじゃない
ルビィちゃんとダイヤさんに出会えたからだ
昨夜の記憶は脳に焼き付いてしまった。だからこそ人と出会えたことに安堵した
梨子「本当に、怖かったので・・・すみません・・・」
ダイヤ「何があったかは聞きませんが、夜の海には気を付けてくださいね?」
梨子「はい・・・」ポロポロ
ルビィ「梨子ちゃん、大丈夫?」
梨子「うん・・・うん・・・」
今は何も考えたくない。ひたすら安心感が欲しい ダイヤ「わたくしとルビィは学校に行きますが、あなたは念のため安静にしておきなさい」
ダイヤ「ここで休養してもいいですし、自宅に戻ってもいいですが」
梨子「あ・・・れ・・・今、何時なんですか?」
ルビィ「もう朝だよー」
梨子「そっか・・・」
梨子「もう大丈夫ですので、自分の家で休むことにします」
ダイヤ「わかりました。途中まで一緒に行きましょうか」
梨子「はい、ありがとうございます」
これからどうするか。そんなことを考える余裕はなかった
とりあえず、今は家に帰りたい 〜〜〜
ダイヤ「では、わたくしたちはこれで」
梨子「はい、昨日はありがとうございました」
そうだ、ダイヤさんたちが助けてくれなかったら私はあの海で死んでいたんだ
まさに命の恩人だ。本当に感謝の気持ちでいっぱいだ
・・・でも、待って。何かがおかしい
私が海に飛び込んだのは真夜中のはず。どうしてそんな時間に
ダイヤさんたちは、海にいたの?私を見つけたのは偶然なの?
あんな広大な海なのに?あんなに暗い海なのに?
私が飛び込んだことなんて知らなかったのに?どうして見つけられたの?
ダイヤ「お礼なら鞠莉さんに言ってあげなさい」
ダイヤ「鞠莉さんがたまたま船のメンテナンスをしていたのが幸運でしたわね」 梨子「・・・えっ」
またもや背筋が凍る。口が動かず言葉に詰まる
必死の思いで発した声は震えていたに違いない
梨子「あの・・・私を助けてくれたのは・・・?」
ダイヤ「鞠莉さんがあなたを担いで、わたくしの家に預けにきたのですわ」
ゾワワッと鳥肌が立つ。私は逃げきれたと思っていた。命をかけて逃げ切れたと思っていた
だけどそうじゃなかった。私は逃げきれていなかった
私は、殺人鬼に捕まっていたのだ___ 梨子「ますます『ムカッ腹』が立って来たぞ・・・・・・」
梨子「なぜ殺人鬼のために私がビクビク後悔して『お願い神様助けて』って感じに逃げ回らなくっちゃあならないんだ?」 梨子「・・・」
気づけば日が沈みかけていた。あの後自室に戻った私はずっと部屋の隅で震えていた
恐怖のあまりもう二度と会いたくないとまで思っていた
友達だったはずなのに、どうしてこんなことに・・・
しかし、このままずっと学校を休むわけにはいかない
この事態を解決する方法を必死に考える
梨子「・・・誰かに相談しよう」
1人で抱え込むのが怖くなった私は気付くと携帯を取り出していた
プルルル
カチャッ
梨子「・・・!!」
梨子「果南さん、今から会えますか!?」
相手の返事を聞く前に私は部屋を飛び出した 〜〜〜
果南「いきなり呼び出して何?びっくりしたんだけど」
梨子「果南さん・・・うぅっ・・・」
梨子「うわぁぁん!」
ダキッ
果南「ちょっと、どうしたの!?」
梨子「果南さん、来てくれてありがとうございます・・・」
感情があふれ出す。それほど抑えきれないものがこみ上げてきたのだ
果南「何か悩みあるなら聞くからさ、落ち着いて」
梨子「はい・・・」
頼もしい身体から離れた私はゆっくり深呼吸をした
スーハー 梨子「・・・鞠莉さんのこと、です」
鞠莉という名前を口に出すだけでも怖かった。だけどちゃんと説明しなければ・・・
果南「鞠莉がどうしたの?」
梨子「はぁっ・・・はぁっ・・」
呼吸が荒れる。思い出すだけでも苦しくなる
梨子「・・・私、見たんです」
果南「何を?」
梨子「鞠莉さんが・・・」
勇気を出すしかない。言わなきゃダメだ
梨子「・・・」
梨子「人を殺して死体を切断しているところを見たんです!!!」 つい声に力が入ってしまった。握った拳は相変わらず震えている
果南「えっ・・・」
驚いた眼で私を見ている。当たり前だ、いきなりこんなこと言われても理解が追いつかないだろう
だから私は最初から丁寧に説明するつもりだった
梨子「じつは、夜に内浦の森に行く鞠莉さんを尾行し・・・」
パチーン
梨子「・・・え?」 果南「・・・あんただから軽いビンタだけで許してあげる」
何故?何故私は頬を叩かれたの?これから説明するところなのに
果南「鞠莉のことをそんな風に言うなんて許さないから」
梨子「えっ・・・あっ・・・」
果南「頭を冷やしな」
梨子「う、嘘じゃなくて私は・・・本当に見たの・・・!」
果南「ショックなのは梨子だけじゃないんだよ!」 果南さんの怒鳴り声が砂浜に響く。私はその威圧感に圧倒され何も言えなかった
果南「そりゃ、私だって自分の無力さに泣いたよ」
果南「幼馴染の危機に何もできない自分を心底憎んだし、物に当たったりもした」
果南「夢なら早く覚めろとずっと思っていた」
梨子「か・・・なんさん・・・」
果南「だからと言って、現実から目を背けたらダメなんだよ」
果南「妄想や幻想に支配されたらダメなんだって」
何を・・・言ってるの・・・
果南「曜の日常はもう戻らない。それを受け止めないとダメなんだよ」 梨子「曜・・・ちゃん・・・」
果南「混乱する気持ちはわかるけど・・・ね」
梨子「違います・・・私は壊れてなんていません!本当に・・・」
梨子「本当に・・・鞠莉さんが殺しているところを・・・」
果南「・・・そういう妄言は他の人には言ったらダメだよ」
果南「あんたも病院生活になっちゃうかもしれないから」
なんてことだ・・・想定外にもほどがある
私の心が壊れていると思われている
簡単ではないとわかっていた。だけどこれだと信じてもらえる可能性なんて・・・
梨子「・・・っ」
梨子「すみませんでした・・・頭を冷やします・・・」
もはや言い返す言葉も見つからなかった
帰り際に見た彼女の眼は、私のことを憐れむようなとても悲しい眼をしていた・・・ 〜〜〜
梨子「・・・行ってきます」
朝食はまったく味がしなかった。美味しいという感覚がなくなっていた
時間というのは無情にも過ぎ去るもの
私は重い足をひきずりながら学校に向かった
梨子「・・・」
普通の日常風景が広がっている。何事もないようにクラスメイトが出席する
授業も今まで通り、特に何事もなくホームルームが終わる
そう、みんないつも通りの日常を過ごしているのだ
だけど私は違う、私はみんなとは違う
アレを見てしまった日から、私は日常からかけ離れてしまったのだから 梨子「じゃあ、バイバイ」
放課後は千歌ちゃんに挨拶をして一人で帰る
誰かと帰る気分にはとてもじゃないがなれない
だけど私はすぐに後悔する。最近はいつもこうだ。私はことごとく選択肢を間違える
千歌ちゃんと一緒に帰るべきだった。だって校門にいたのは・・・
鞠莉「クスッ・・・お疲れさま、梨子」
ドクンっと心臓が拍動する。私は一歩下がる。涼しいはずなのに汗が止まらない
危惧はしていた。だから出会わないように細心の注意を払っていた
だけど待ち伏せされてはどうしようもできない
梨子「あっ、あぁっ・・・」 鞠莉「ねぇ、今から曜のお見舞いに行くけど、一緒に行かない?」
鞠莉「ガールズトークでもしながら一緒に・・・クスクスッ」
梨子「よ、曜ちゃん・・・」
そうだ、私は自分のことに必死で忘れていた
この殺人鬼には人質がいるんだ。だから私を殺さないで泳がせているんだ
だから私を海から助けたんだ・・・間違いない。この人は紛れもない・・・
人の心を蝕む殺人鬼だ
梨子「・・・お手洗いに行くんで、ここで待っててくれますか?」
鞠莉「うん、わかったわ」
鞠莉「逃げちゃだめよ?なんてね・・・クスクスッ」 逃げられない。日常に溶け込む悪魔からは逃げきれない
戦うしかないんだ。いや、護るしかないんだ
呼吸を整えるために彼女から離れた私は頼りない拳を握りしめて決意した
梨子「曜ちゃんを護らなきゃ・・・」
梨子「護るんだ・・・私が・・・」
梨子「あの殺人鬼から・・・」
覚悟を決めたその瞳には涙がにじみ出ていた 私はかつて、彼女にこう言った
幸運が終わったら死んじゃおうって
私は生きる希望を失った彼女を思ってそう言った。事実、彼女の心はいつまでも持たないだろう
だけどそれは幸運を手に入れてからのことだ。今の彼女には幸運なんて訪れていない
彼女は殺人鬼によって偽の幸運を感じているだけだ
本当の幸運を彼女が掴むまでは、絶対に護り抜く
だって、彼女は私の愛する人なのだから___ 曜「それでね、病院食を変更してって頼んだんだ!」
鞠莉「好き嫌いはナッシングよ?」
曜「え〜!」
鞠莉「でもまぁ、がんばってる曜に・・・!」
曜「うわっ!ケーキ?」
鞠莉「ご褒美よ、一緒に食べましょっ♪」
曜「ありがとう、鞠莉ちゃん!」
曜「梨子ちゃんも一緒に食べよっ!」
梨子「・・・」
曜「梨子ちゃん?おーい?」
梨子「あ、うん!なに?」
曜「ケーキ一緒に食べない?」
梨子「う、うん・・・いただこうかな」
鞠莉「三人でパーティでぇす!」 考えろ、もう怯える時期は終わりだ
曜ちゃんは殺人鬼を好きになっている。そんな本人に何を言っても信用なんてしてもらえないだろう
私がやらないといけないんだ
鞠莉「はい、梨子の分」
梨子「・・・ありがとうございます」
曜「梨子ちゃん元気ない?考えごと?」
梨子「ううん、そういうわけじゃないよ!」
鞠莉「何かあったら頼りなさい?」
鞠莉「マリー達は友達でしょ?」
友達・・・そうね、友達だよ
曜ちゃんとも友達、あなたとも友達 梨子「そろそろ帰るね」
曜「わかった。また来てね、梨子ちゃん!」
梨子「・・・うん」
鞠莉「じゃあ私も今日は帰るわ」
梨子「っ・・・!」
曜「そっかぁ・・・!それじゃあ二人ともまたね!」
曜「ケーキ美味しかったよ!ありがとう!」
鞠莉「どういたしまして、じゃあね」
ギギッ
ガチャン
梨子「・・・私、寄り道していくのでここでお別れしましょう」 鞠莉「あら、せっかく一緒に帰れると思ったのに残念」
梨子「・・・失礼します」
この人と二人っきりになるのは危険だ。私は駆け足気味に離れる
しかし、私の背中に語りかけてきたその言葉に違和感を覚えた
鞠莉「梨子、私の手作りケーキは美味しかった?」
梨子「はい、美味しかっ・・・」
私は何を言おうとしたんだろう。あのケーキは美味しくなどなかった
味なんてまったくしない、ただのスポンジを食べているような食感を思い出した
いや、味がしなかったわけではない。たしかしょっぱい味はした気がする
砂糖と塩を入れ間違えたんだろうとその時は思った
でも本当に?そんなありきたりな失敗をこの人がするの?
いや、しない。だとしたらあの味は・・・ 鞠莉「そっ、良かった」
鞠莉「隠し味を入れてみたんだけど、気づいてくれた?」
クスクスッ
ゾゾッと悪寒が走った。その笑い声で私は確信した
梨子「・・・っ!!」
ダダダッ
追いかけては来ていない。まずい、迂闊だった
ガチャッ
梨子「曜ちゃん!」 シーンと静まっている病室。いるはずの人がいない
梨子「はぁっ・・・はぁっ・・・」
梨子「落ち着くのよ・・・私は大丈夫。私は大丈夫・・・」
間違いない。あの人は入れたんだ。
ケーキに怪しい薬を入れていたに違いない。もしそれが毒だとしたら・・・
頭がグルグルする。何を信じればいいのかわからない
私は自分を信じるしかない。私が曜ちゃんを護るしかないんだ
梨子「ふぅっ・・・ふぅっ・・・」
私の身体に変化は起きていない。だけど曜ちゃんはどうかわからない
もし曜ちゃんのケーキにだけ毒を盛っていたら・・・ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています