梨子「やっぱり壁同人は最高ね」
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窓から差し込む陽の光で目が覚める.
長い夢を見ていた気がする.とても幸せな夢だ.
でも,内容は思い出せない.思い出そうとも思わない.
今,何時だろうか.
眠たい目をこすりつつ,枕元の携帯を手で探る.
……ん,無い.いつもはこの辺にあるのに.
反対側に置いたんだっけ?
身体を反転させて探ってみる.
……あ,あった.やっぱりこっちか. やっと手に取った携帯の画面に目を向けようと,重たいまぶたを持ち上げた.
『09:43』
ビクンッ
一瞬で意識が覚醒する.
まずい,大遅刻だ.
慌てて掛け布団をはねのけて起き上がったところで,ふと気づく.
「……土曜日だ」
安堵で身体の力が抜ける. よく考えればわかることだった.
平日ならお母さんが起こしてくれるはずだ.
それがなかったということは少なくとも学校はないということ.
数秒のうちに緊張と弛緩を行なったからだろうか,また眠くなってしまった.
もうひと眠りすることにしよう.
そう思い,また横になる.
そう,今日はスクールアイドル部の練習もないのだ.
特に遊ぶ約束もしていない.完全にフリーの日. こんな日は遅くまで寝ているに限る.
最近頑張ってたし,たまにはいいでしょう?
そうやって自分を納得させ,再び意識を手放そうとしたときだった.
『ピンポーン』
誰か来たみたいだ.
Aqoursの誰かだろうか.いや,特に連絡は来ていない.
流石の千歌ちゃんや曜ちゃんでも,家に来るなら事前に連絡をよこすだろう……たぶん……
千歌ちゃんにいたっては隣なんだし,窓から呼べばいい話だ. 『ハーイ』
お母さんが出るみたい.
もし私に用なら,きっと声をかけてくれるだろう.
呼ばれたら行けばいい,それだけだ.
まあ,念のためちょっとだけ起きて―――――
「!!!」
刹那,梨子の脳裏に違和感が灯った.
ほんの微かな,しかし確かな違和感.
「……何かを忘れている?」
確証はない.しかし,気のせいとも思えない. 作曲の〆切があったか?
「……違う」
新曲を作る予定は今のところない.そもそも千歌ちゃんは詞をくれない.
実は遊ぶ約束をしていた?
「これも違う」
昨日の練習後に誘われた覚えはある.でも私は断った.
大事な宿題がある?
「違う!これでもない!」
今週の宿題は既に全部終えている.珍しく早めに終わらせたのだ. いったいなんだというのだ.この感覚はなんなのだ.
「……?」
再び襲い来る違和感.
……今,私は何と言った?
宿題を早めに終わらせた? まだ土曜の朝なのに?
普段の私なら,1週間の宿題は土日にじっくりやるはずだ.
その私が既に終わらせた?
そうしなければならない何かがあった……そう考えれば辻褄が合う. ……いや待て,そもそもどうして私は遊びの誘いを断ったのか.
予定がないなら普通OKするだろう.
ということはやはり……ハッ!!
瞬間,走るのは一筋の光.
呼び起されるのは1週間前の記憶.
そう,あれは1週間前の土曜日だった……
―――――――――
―――――――
―――― 雲一つない青空.心地よい風.
そんな絶好の練習日和のなか,私たちはフォーメーションの練習をしていた.
私は嬉しかった.その日はいつもより上手く踊れたのだ.
何か自分にご褒美でもあげようかと練習終わりに水を飲みながら考えていたとき,ダイヤさんから提案があった.
『来週は練習を休みにしましょうか』
最近みんな頑張っているし,たまには土曜日にも休みを作っていいのではということらしい.
この提案はみんなにとっても願ったり叶ったりだったらしく,すぐに受け入れられた.
最近忙しかったので,私としてもありがたかった.
――――――――――――― その夜,私は考えていた.
せっかく1日空きができたのだ.どうせなら最近できていなかったことをしたい.
すなわち,趣味だ.
思い立ってからの私の行動は早かった.
すぐにパソコンを立ち上げ,お気に入り登録している通販サイトを開く.
そう,同人誌通販サイトだ. このところ時間が無くて同人誌を読めていなかった.
来週は1日同人誌を嗜む日にしよう,そう決めた.
そうして目ぼしい作品を次々と買い物カゴに入れていき,配達指定日を丁度1週間後の午前中に――――
――――
――――――
―――――――― 「あああああああああああああああああああ」
マズい,非常にマズい.
あのインターホンはおそらく同人誌の配達.
それをお母さんに受け取らせるわけにはいかない.中身がバレる.
今すぐ下に降りて私が出ないと『今行きまーす』
ガチャ ドタバタドタバタ
「待ってええええええ!お母さん!!私が出る!!私が出るから!!」 『あら梨子,やっと起きたの?じゃあお願いね』
はあはあ……危なかった.危うく社会的に死ぬところだった.
さてと,早く行かないと配達の人を待たせることになる.
「パジャマだけど……まあいっか」
そうして梨子は,なんとか自分の手で同人誌を受け取ることに成功したのだった.
――――――――――――― 改めて,自室.
私の目の前にはダンボールが置かれている.
発送元を見ると,やはり思った通りだ.
先ほどの私の行動は,間違いではなかったらしい.
配達員の顔が少し赤くなっていた気もするけど,きっと気のせいだろう.
「……さて」
心を落ち着ける.蓋を開けると,そこには楽園が広がっていることだろう.
生半可な覚悟でそのときを迎えるわけにはいかない.命が足りない. 「……よし」
決心をし,カッターを手に取る.
端から丁寧にガムテープを切り裂いていく.
中身を傷つけないように,慎重に慎重に.
きっと大した時間ではなかっただろう.
しかし,私にはそれが永遠よりも永く感じた. まだか……まだなのか……
そして,遂にその瞬間が訪れた.
「ああ……ああ……」
中にあるのは,紛れもない理想郷だった.
今回注文した同人誌は5冊.
1つ1つ丁寧に取り出していく. まずは1冊目.
『花ざかりの君たちへ ~壁面♀パラダイス~』
あらすじ
壁が大好きな主人公・千影.彼女には憧れの壁職人がいた.
その人は名前も所在地も不明という謎の多さ.
それでも,どうにかして会いたいと考える千影.
あらゆる手段を駆使して情報を集めた結果,なんとその人はとある学園に在籍する学生だということがわかった.
早速転入の手続きを進めようとするが,ここで大きな問題が発生する.
なんとその学園……蓮画学園は,ノンケ校だったのだ.
しかし,彼女はレズである.
諦めきれない千影は,自らをノンケと偽って蓮画学園に転入することにした.
最初は上手くやっていたが,様々なハプニングからレズだということがバレてしまいそうになり――――. 「これがカベパラ……やっと我が手元に……」
なんという感動だろう.壁同人好きとしてこれは外せない.
もっと早く読むべき作品だったのだ.
それが今,目の前にある.
「すぐ読みたい.でもまずはダンボールから全部出さないと」
そう言って梨子は,次の同人誌に手を伸ばす. 2冊目.
『プロポーズ壁作戦』
あらすじ
果波は,幼馴染の鞠里亜に想いを寄せていた.
しかし,なかなかそれを伝えることができず友達として今日まで一緒にいたのである.
そのまま年月が過ぎた結果,鞠里亜はもう1人の幼馴染・サファイアと結婚することに.
どうして早く告白しなかったのか.
2人の披露宴の最中もずっと後悔を続ける果波.
そのときだった.突如周りの人たちが一斉に停止した.
理解できず混乱する彼女の前に,1人の女性が現れる.
壁の妖精を自称するその人は,果波に対して信じられない言葉を投げかけた.
「時をまき戻してみるかい?」 「表紙が綺麗すぎる……内容も期待できそう」
噂には聞いていたけど,他の作品と比較しても画力が頭1つ抜けている.
あらすじを読む限りストーリーもなかなか斬新ね.
ん? 『壁ドンチャンス!』の掛け声で過去に戻るって?
過去に戻って壁ドンでヒロインを堕とすのかしら.
……気になるけど,次を取り出さなきゃ. 3冊目.
『リッチマン、カベウーマン』
あらすじ
若くしてある地域の網元を務めるエメラルド.
経営能力は申し分ない彼女だったが,人のアイスを盗むなどの傍若無人っぷりで周りから敬遠されることも.
そんな彼女の前に,就活生の花子が現れる.
他の人と違い自分から離れていかない花子に,少しずつ心を開き始めるエメラルド.
会社に彼女を向かい入れて一緒に仕事をこなしていくなかで,2人は徐々に魅かれあっていく.
そんな中,エメラルドは花子が他の女に壁ドンしているところを目撃してしまい―――――. 「想い人の壁ドンを目撃なんて修羅場にも程がある」
こういう住む世界が違う2人の恋物語というのもなかなか面白い.
この後NTR展開にでもなるのだろうか.
そういうのは2次元なら大好物なんだけど,3次元では心から遠慮したいわね.
……なんで2次元はOKなんだろう.
まあまあ,解けない謎なんて置いておいて次よ次. 4冊目.
『のだめカベタービレ』
あらすじ
天才飛び込み選手・曜香.
その卓越した才能は世間から注目を集め,オリンピックでもメダルは確実だろうともてはやされていた.
しかし,本人の胸中はとても暗かった.
彼女は悩んでいた.このところ,全然上達していないことに.
これが自分の限界なのだろうか.
その悔しさからがむしゃらに練習するも,体がついていけず帰宅途中に倒れてしまう.
目が覚めると,そこは知らない部屋.
周りを見渡すと,散らかった部屋で1人の少女が生放送配信をしているところだった.
彼女の名前は善恵.
その様子から善恵にあまり良くない印象を抱く曜香だったが,彼女が以前飛び込みをやっていたと知って気になってしまう.
なぜ善恵は飛び込みを辞めたのか.
そして曜香は復活できるのか.
2人の面白くも熱いハートフルストーリーが今始まる. 「……壁は?」
タイトルから壁を想定して注文したのだけど……
でも,決めつけるのは良くないわね.
確かに私は壁が好きだけど,別に壁以外が嫌いというわけじゃない.
壁が出てこなくても最高だと思う同人誌はいっぱいある.
きっとこれだってそうに違いない.
サイトの評価も高かったし.
よし,遂に最後の同人誌だ.これも期待しているのよね. 5冊目.
『逃げるは恥だが壁は立つ』
あらすじ
逃げることは恥か?
否,断じて違う.
逃げとは自らを守る手段である.
そんなに周りの目が気になるか? 自分の命よりもか?
生きよ!!!
逃げて逃げて逃げて,そうした先に新たな道が広がっているのだ.
なに,気にすることはない.
お前が逃げようとも,世界には変わらず壁は立つのだ. 「……なにこれ」
え,私注文間違ったかな.
新作で面白いとカベニスト達の間で話題になってたんだけど.
なんか『壁ダンス』?みたいなのが可愛いって.
これどちらかというと,自己啓発とか哲学の類じゃない?
それとも中身は違うの?
……まあ読んではみるけど. 「……ふう」
ちょっと雰囲気が想像とは違うのもあったけど,この5冊が今日の私のお供.
丸1日使って,隅々まで堪能するの.
誰にも邪魔はさせはしない.
携帯の電源は切った.カーテンも閉め切った.
お母さんにも声をかけてこないように言った.
ああ……楽しみだ.
これをすべて読み終えたとき,私はどうなっているのだろう.
まだ見ぬ幸福な未来を想像しながら,桜内梨子は最初の1ページを開くのだった.
終わり 千歌ハー
かなまり
ルビまる
ようよし
|c||^.- ^|| メノ^ノ。 ^リ よし!プロローグは終わりだな!
ここから各話編がスタートするんでしょ? 桜内梨子(創価学会)が読む本は人間革命
これ常識な 面白かった
細かいけど普通に句読点を使ってほしいかな プロポーズ大作戦とかなっつかしいわ…
同人誌の中身が気になるな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています