果南「名もなき想いを胸に載せ」
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「終点、東京、東京です。ご乗車、ありがとうございました。お忘れ物をなさいませんよう、ご注意下さい」
マイクのスイッチを切ってから、ふうっと息を吐き出す。
凝った首と肩を軽く回してホームに降り立つと、夜の冷たい空気が身に染みた。
これから今日最後の仕事として、各車両に忘れ物や異常がないかまわって確認しなければならない。
人が降りたのを見計らって、さっさと済ませちゃおうと早足で歩き出した。 七号車の前で、足を止めた。
人の姿があった。椅子に座って首が垂れたまま動かない女性は、多分眠ってるらしい。
指さし確認で振り回していた腕を下ろして、彼女のもとに歩み寄った。
果南「あの、お客さん」
東京周辺では金髪もさして珍しくないけど、毛先に少しクセのあるポニーテールには見覚えがあった。
まさかね、って思い直して、中腰の体勢でもう一度声を掛ける。
果南「お客さん、終点ですよ」
「……あ、すみません」
返ってきたのは流暢な日本語。
そっと上げられた顔は白くて端正で、開かれたのは透き通るようなアイスブルーの瞳。
息を呑んだ。
私の知る人に間違いなくて、高揚して、どうしようって思う。
けど、今は仕事中。選択肢はない。
話し掛けたい衝動を振り切るようにその場を立ち去る。 果南「……いえ」
逃げるように、一刻も早くと奥の車両の方に進んでいく。
しかしその私を、追いかけてくるような忙しない足音があった。
私を、絢瀬絵里さんは、呼び止めた。
「あの、一つお伺いしても」
果南「どう、されました?」
「突然で申し訳ないですけど、松浦果南さん、ですよね」
心臓が止まりそうになる。
「私も以前スクールアイドルをやっていたんです。もしこの後お暇でしたら、私と少し、お茶しませんか?」
声も出せずに、こくりと首だけ動かした。
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