果南「名もなき想いを胸に載せ」
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「終点、東京、東京です。ご乗車、ありがとうございました。お忘れ物をなさいませんよう、ご注意下さい」
マイクのスイッチを切ってから、ふうっと息を吐き出す。
凝った首と肩を軽く回してホームに降り立つと、夜の冷たい空気が身に染みた。
これから今日最後の仕事として、各車両に忘れ物や異常がないかまわって確認しなければならない。
人が降りたのを見計らって、さっさと済ませちゃおうと早足で歩き出した。 七号車の前で、足を止めた。
人の姿があった。椅子に座って首が垂れたまま動かない女性は、多分眠ってるらしい。
指さし確認で振り回していた腕を下ろして、彼女のもとに歩み寄った。
果南「あの、お客さん」
東京周辺では金髪もさして珍しくないけど、毛先に少しクセのあるポニーテールには見覚えがあった。
まさかね、って思い直して、中腰の体勢でもう一度声を掛ける。
果南「お客さん、終点ですよ」
「……あ、すみません」
返ってきたのは流暢な日本語。
そっと上げられた顔は白くて端正で、開かれたのは透き通るようなアイスブルーの瞳。
息を呑んだ。
私の知る人に間違いなくて、高揚して、どうしようって思う。
けど、今は仕事中。選択肢はない。
話し掛けたい衝動を振り切るようにその場を立ち去る。 果南「……いえ」
逃げるように、一刻も早くと奥の車両の方に進んでいく。
しかしその私を、追いかけてくるような忙しない足音があった。
私を、絢瀬絵里さんは、呼び止めた。
「あの、一つお伺いしても」
果南「どう、されました?」
「突然で申し訳ないですけど、松浦果南さん、ですよね」
心臓が止まりそうになる。
「私も以前スクールアイドルをやっていたんです。もしこの後お暇でしたら、私と少し、お茶しませんか?」
声も出せずに、こくりと首だけ動かした。
──
── 駅前の広場で待っている絵理さんのところへ駆け寄ると、絵理さんはぺこりと頭を下げる。
絵理「こんな夜中に、いきなり呼び出すような真似をして、大変ご迷惑だったと自省しています。ごめんなさい」
びっくりしてぶんぶん手を振った。
果南「いえ、とんでもないです!」
絵理さんは顔を上げて、更にとんでもないことを言い出す。
絵理「もし無理して付き合わせてしまっているのなら松浦さんの予定を優先……」
果南「無理なんてとんでもないですって!むしろこっちが感謝してるんです。μ'sの絢瀬絵里さんですよね?会いたくないはずないですって」
必死になって否定すると絵理さんはくすりと笑った。
絵理「そう言ってもらえて嬉しいです」
年齢にして十歳近く離れているはずの絵理さんは、とても綺麗で、老けたようには全然見えなかった。
写真や映像で見る高校三年生だった絵理さんと違うとすれば、一層増した色気かもしれない。 絵理「寒いですし、どこかお店に入りましょう。希望はありますか?とはいっても、この時間では場所は限られてしまいますけど」
絵理さんに気を使わせるのも悪いと思って、辺りを見渡す。
と、喫茶店のチェーン店を発見。
果南「あ、あそこがいいです。近いですし」
絵理「そうですね。そうしましょうか」
果南「はい」 自然と絵理さんの後ろについていくようにして喫茶店へ向かう。
広場を進み、青や白のLED、暖かな電球色といったクリスマスのイルミネーションに照らされると、絵理さんの金色の髪は色鮮やかに反射した。
きらびやかな美しさを見せつけつつも派手さをまるで感じさせないのは、多分えんじ色のコートにグレーのマフラー、クリーム色のセーターのカジュアルな格好と、特有の大人びた雰囲気の織りなす業。
指先とか、時折マフラーからちらっと覗く首元、顔は、夜闇の中じゃさらに白くて、幻想的にすら思わせた。
横顔の碧い瞳がこちらを向いた。
絵理「見惚れてたんですか?」
ぎくっとして慌てて目を逸らす。
果南「それは、まあ、なんというか」
また絵理さんはいたずらっぽく笑う。
絵理「なんて、冗談です」
その横顔には、やっぱり色気があった。
大人っぽさの中に残る無邪気さのようなものがそう感じさせるのかも、なんて思いながら喫茶店に入った。
──
── コーヒーの薫りに包まれた店内はあたたかくて、緊張と相まってがちがちだった体はいくばくか解れた気がした。
手頃なテーブルに腰掛けて、コートを脱いだりしながら、ちょっと深呼吸。
というのも敬語を使うのは海未さんだけでいいと思うんだ。
堅苦しくてモヤモヤするし。
果南「あの、絢瀬さん」
絵理「なんですか?」
果南「話し方なんですけど、普通の喋り方っていうか。絢瀬さんさえ良ければなんですけど、敬語とか堅苦しいの無しでいいです。こっちとしてもなんか悪い気しちゃうんで」
絵理さんは顎に手をやる。
絵理「……そうね、そういうことなら」 「ご注文はお決まりでしょうか」
すぐに店員さんが来た。
絵理「ホットココアで」
果南「あ、マキアート下さい」
「かしこまりました」
店員さんが行くと、何やら勿体ぶるように片目を瞑って人差し指を右の頬に当てた。
絵理「絢瀬さんより、絵理、の方が、私としても気が楽ね」
思わぬ交換条件に息が詰まる。
初対面の先輩をいきなり名前呼びってどうなの。 果南「それは、私からしたらほんと高嶺の花みたいな存在なのでキツいものがあるっていうか」
絵理「あら。それは残念です、仕方ありません」
ぬぐう。
果南「ぅ……り、さん」
絵理「……」
果南「ぇ……絵理さん。で、いいですか?」
絵理「ふふ。まあ及第点、かしら」
結構お茶目かもしれない。
これがキューティーパンサーなんて感想を抱いてると、絵理さんが興味津々な風な視線を向けてくる。
絵理「では、敬語抜きで話させてもらうわね。早速だけど質問してもいい?」
果南「はい。もちろんどうぞ」
絵理「甘いもの、好きなの?」
果南「え?それはまあ、割と」
マキアート頼んだけど意外だったかなと首をひねる。
絵理「いえ……こう言っては失礼かもしれないけど、果南さんのプロフィールに記載されている好物ってさざえとわかめでしょう?もっと渋いものを選びそうなイメージがあったの」
言われてみれば。
うん、あながち間違ってはいないね。 果南「あー、喫茶店に入るようになったのが最近なんですよ。東京に出てくるようになって。それでマキアート美味しいなって飲んでるんです。それより私のことそんなに詳しいんですね!」
一度大会で優勝したといえど、μ'sに比べたら知名度なんて全然だし、私はあんまり可愛かった方でもないのに。
絵理「ええ。それはもう、Aqoursの大ファンだったもの。公開された情報なら大抵のことは知ってるんじゃないかしら」
嬉しい。
すっごく嬉しくて、憧れのμ'sの絵理先輩が応援してくれていたって事実があんまり嬉しくて、勝手に口元が緩んじゃう。
でもすぐに今はもうスクールアイドルじゃないことを思い出して、その笑顔も引っ込む。
絵理「……」
さっと取り繕う。
切り替えるのは得意だからね。
果南「私もそれに関しては負けてないですよ。好きな食べ物はチョコレート。で、嫌いな食べ物は海苔と梅干し」
絵理「正解。で、あなたの嫌いな食べ物は、梅干し、よね?」
果南「はい、そうなんです。海苔はすごく美味しいと思うんですけど、梅干し。同意です」
絵理「梅干しって塩辛くて酸っぱくて、口に入れたら最後、いつまでもヒリヒリとした感覚と特有のにおいが残るのが苦手なの」
果南「それすっごい共感できます。梅干しと一口に言っても硬いものから柔らかいものまであって特に……」 梅干しの不味さについて語っていると、白いカップが二つ、運ばれてきた。
「ごゆっくりどうぞ」
湯気立つカップからは、甘いキャラメルのような香り。
そこに混じって、普段嗅ぐことのないチョコレートのこれまた甘い香り。
色んなしがらみから離れた、寛ぎの時間を与えてくれる。
絵理「いただきましょう」
果南「はい」 ちょうどツイッターでかなえりネタ見てたとこなのでタイムリー 両手で包み込むとあたたかさがじんわりと伝わってきた。
そっと持ち上げて口に運ぼうとすると、こっちを見つめて微笑む絵理さんと目が合った。
手には取っ手に指を掛けたカップ。
絵理「乾杯、なんて下品かしら」
果南「いいですね、やりましょう」
私も片手に持ち直して、目で合図する。
「乾杯」
控えめに、チンと二つの水面が揺れて、それぞれの口に運ばれた。
あたたかさが体内に染みてゆく。 果南「お酒、飲まれるんですか」
絵理「ええ。結構好きよ。あなたは?」
果南「私も飲みますね。好きな食べ物はおつまみみたいなのばっかりですし」
絵理「喫茶店じゃなくて、居酒屋にでも行くべきだったかしら」
果南「いえ。駄目ですよ。このこと、しっかりと覚えときたいですから」
絵理「あら。嬉しいこと言うのね」 ほうっと息を吐いて、よぎった質問を口にしてみる。
果南「……μ'sの八人の誰かと、飲みに行くことってありますか?」
絵理「行くわ。予定が思うように合わないことも多いけどね」
それを聞いて、少し安心した。
あれから、バラバラになっちゃうんじゃないかと、恐れてた。
心が軽くなって、躊躇ってたことも尋ねてみる。
上品で知的なオーラのある絵理さんが目を伏せてカップに口を付ける姿はとても絵になっていた。
果南「絵理さんって、お仕事何やられてるんですか?」
絵理「経理の仕事をしているの。小さな食品会社のね」
果南「経理、ですか?小さな、食品会社の」
さっきのマキアートじゃないけど、私の抱いていたイメージとはかけ離れてて、オウム返しをしていた。
ぶっちゃけ、感想として、ものっそく地味。 果南「いや、でもなんでそれを選んだんですか?親戚との関係が絡んでたりするんですか?」
絵理「いえ、違うわよ?自分が就きたいと思った職場を選んだだけ」
そう質問されても、当然と言わんばかりにそっけなく答える。
へーそうなんですかと納得できる訳もない。
だってあの絢瀬絵里さんだよ?
果南「その、絵理さんの選択が間違いとは思いませんけど、もっと選択肢って広くありません?アイドル……はないにしても、絵理さんなら、絵理さんしか選べない道があったんじゃ」
絵理さんはなおも愉快そうに微笑みながら考える仕草をとる。
その余裕さが私を混乱させる。
絵理「んー。後悔したことはないし、いいんじゃないかしら。居心地の良い会社なの。福利厚生はしっかりしているし、見ての通り服装の縛りもなくて、終電に乗ってこそいれど、出勤時間はお昼前だもの」
そういうことじゃないんだけど。
どう伝えるべきか分からない。 言葉を探しているうちに、絵里さんが別の話題を持ち出した。
絵里「私、というよりは元μ'sメンバーは全員そうだけど、ずっと秋葉原に住んでるの。家から片道四十分くらいの職場だから、そこそこ楽ね」
果南「他の皆さんって何やられてるんですか?」
絵里「ええと、まず凛と希はお母さんしてる。海未は家を継いで、真姫は医者になって、にこはアイドルのマネージャー。
穂乃果は家の穂むらの手伝いとアルバイトを頑張ってる……もう間もなく結婚するらしいわ。ことりはファッションデザイナーのプロをやってる。
花陽は小さなお花屋さんを開いたんだけど、時々歌を披露したりして、ちょっとした街のアイドルよ。アイドルと言えば、穂乃果もたまに路上ライブ開いてるの」
なんだろ。
微笑ましいような、煮え切らないような。
ううん、他のみんなはまだいいとして、問題は絵里さん。
なんもないじゃん。 果南「絵里さんは、もうお子さんいたりとかは」
絵里「いえ。結婚もまだだから、当分先の話ね」
果南「……じゃあ、恋人って」
絵里「全然。多分、私自身、今の生活が気に入ってるの」
恋人がいないのはそれはそれでいいんだろうか。
いやでも、華がない。
あの絵里さんの今に、華が見つけられない。 果南「休日は、じゃあ、何してるんですか」
絵里「元メンバーの誰かと遊ぶこともあれば、家で映画鑑賞したり、妹の亜里沙とショッピングしたり、あとは、最近ことりに教わった裁縫に凝っててね。今も毛編みのセーターををつくっているところ」
果南「……」
平和だ。
普通で、平凡で、陳腐で、刺激がなくて、華がなくて、地味だ。
こんなにも地味だ。
絵里さんの嬉しそうですらあるそんな態度が、私の色んなものを壊していくようで、つい、我慢が効かなくなってしまう。
マキアートを一気に飲み下して、大きく深呼吸した。 果南「あの」
絵里「ええ」
果南「ぶっちゃけ言いますけど、それって、すっごく地味じゃないですか?社会現象巻き起こすレベルで表舞台に立って輝いてた人が選ぶべき道じゃないと思うんですよ」
絵里「どうして?」
果南「どうしてって」
全く動じることなく落ち着いて聞き返してくる絵里さんにたじろぐ。
果南「それは、だって、絵里さん本人からしても、周囲の人からしても、勿体ない選択なんじゃ」
絵里「私は、満足しているのだけど」
後悔したことはないって言葉がよぎる。
なら、残った周囲の人の「勿体ない」は押し付けなんじゃないか。
それは、絵里さんに渦巻いているかもしれない苦悩に加勢するようで、視線が下がってしまった。 気まずい沈黙を保った後、棘をとったような優しい声が囁かれた。
絵里「夢を、壊してしまったかしら」
果南「……ごめんなさい。こっちの理想を押しつけちゃっただけですね。絵里さんの人生なのに」
その人の人生を、周囲の人の都合によって枠に嵌めさせようとするのは、ひどく残酷なことに思えた。
行動、欲求、意思、全部を拘束しようとする行為に他ならない気がした。 絵里「いえ、こちらこそ悪かった。そういうことを言わせたかったんじゃないのよ。そうね。私がどうして現状に満足しているか、わかる?」
果南「……不満のない会社に入れて、自分の仲間と楽しくやれてるから、ですか?」
申し訳なさで、口調が弱くなりつつも、絵里さんは受け止めるような優しい表情で聞いてくれる。
絵里「そうね。けれど、それは最低条件。それだけじゃ足りないの。──あくまで私に必要なもの」
そこで一瞬言葉を止める。妙に窓の外のイルミネーションが眩しくて、仄かなチョコレートの香りが鼻を擽った。
絵里「それはね、あなたのようなファン。ひいては、自分の過去よ」
過去って、どういうことだろう。
聞かずとも、教えてくれる。
絵里「あなたみたいな私達を想ってくれたファンに出会うと、嬉しくなるの。私は人の心に、思い出を残せたんだなって感じる。だから私は、美しく輝いてたんだって思い出せる」
広場のクリスマスツリーに施された青と白のLEDが点滅を繰り返す。
この時期限りのイルミネーションは、空間を飾ろうと懸命に輝いていた。 絵里「だから、それでいいかなって思えちゃうの。誰か一人の心にでもμ'sが、私が残り続けてくれるのなら、きっとμ'sはなくならない。
なんて、そんなのは言い訳で、無くなった悲しみから逃れようとしてるだけなのよね。悪く言えば、過去の栄光に縋ってるだけ。
でも、それでも、嬉しい気持ちも過去の輝きも本物だから。これでいいかなーって、考えるの」
……そっか。
絵里さんなりに考えて、その場にいるんだ。
私も絵里さんにファンであってもらえて嬉しい。
けど、そう思えないのは、私が、子供だからなのかな。 絵里「劇場版、観てくれたかしら」
果南「え?はい、もちろん観ましたけど」
絵里「限られた時間の中で、精一杯輝こうとする、スクールアイドルが好き」
絵里さんのメールを受け取った穂乃果さんが答えを出したあのシーンだ。
スクールアイドルへの思いの全部が込められたあの台詞はよく覚えてる。
絵里「スクールアイドルとして輝けたあなたになら、きっと分かってもらえるんじゃないかしら。本当のところは、きっと黒々としてて醜い、人間らしい感情を、言葉を並べて誤魔化しているだけなんだと思うけど。
でもきっと、最高の姿で終わらせることで、思い出に、最高の状態で保存されるんだと思うから。だから、私は最高の自分を自分の中に残した、この現状が、好きなの」
冷えたホットチョコレートから香りはしない。
私は、言葉が出なくて、ただ、点滅するイルミネーションを感じるだけだった。
──
── 少しすると絵里さんがなんか注文しまくった。
絵里「ホットチョコレートとマキアート二つ、あとティラミス二つにチーズケーキ。それからワッフルのチョコレートソースがけも」
「かしこまりました」
……。
果南「全部食べるんですか?!」
絵里「ああ、マキアートとティラミスは果南さんの分だから安心してね」
やっぱりこの人お茶目だ。
果南「いやいや、絵里さん太らないんですか?スタイル抜群ですけど」
私といえば大学出て仕事就いて泳ぐ時間無くなってからというものお腹のお肉が順調に蓄えられて……。
多分まぐろあたりだと脂がのってて美味しい。
さかなかなんになりたいな。
絵里「私、食べても太らない体質みたい」
果南「うわいいなあ、超羨ましいですよー」 他愛もないことを話してると、店員さんが何回かに分けて商品を運んできた。
机いっぱい。
やたら甘い香りに包まれる。
私の前にティラミスと二杯目のマキアート(正直少し重い)が並べられ、それ以外のスペースはわちゃわちゃしていた。
絵里「食べたいのがあったら遠慮なくつまんでもらって構わないから。ふふっ、私もマキアート頼んだの♪あなたが飲んでるところ見たら飲みたくなっちゃって」
うきうきで食べ始める絵里さん。
こんなギャップもまた魅力だなと思いつつ私もティラミスにフォークを入れた。 大方片付いたところで、最後のワッフルを食べながら絵里さんが聞いてきた。
絵里「電車の運転士、やってるの?」
そうだ、話してなかった。
果南「はい。なんとなくかっこいいなーと思っていただけで、それ以上の理由は自分でもよくわからないんですけど」
絵里さんが経理の仕事を選んだ理由もそんな程度のものかもしれない、なんて身勝手に思った。
絵里「いいじゃない。運転士格好いいし。楽しい?」
そう問われると、返答に悩む。
私の悩みだから。
ちょっと考えてから答えた。 果南「いやいややってるわけじゃないですし、それなりに充実感も感じます。けど、スクールアイドルやってた私がこのままでいいのかなって……。私は、まだ、思っちゃいます」
絵里さんのように考えることはできない。
広げられた選択肢の中から間違えた選択をしてしまったんじゃないかと疑ってしまう。
絵里「これはあくまで私なりの考えだけど、選んだ道に間違いなんてないの。どの道もハッピーエンドにもバッドエンドに繋がってる。
じゃあなにがそれを決めるかって言うと、それは本人の捉え方よ。だから、現実から離れ過ぎちゃいけないけど、考え方を変える。それで、見えてくるものってあると思う」
マキアートを一口飲むと続けた。
絵里「まあ、私のように過去に縋る人のやり方になっちゃうから推奨はしないけど、過去の自分を否定しない事って大切な事だと思う。
過去は如何様にしても取り戻せないし、その場、その瞬間に自分の意志があって動いてて。なら、あなたが正しいと思う道を選んできたはずよ。そうして創られてきた自分を、誇るべきだと、私は思うの」 果南「……そうですよね。今の私が、今の自分ですもん」
絵里「ええ。ゆっくりでいいから、こんな風に自分なりに考えていれば、そのうち楽になるはずよ」
一口大サイズのワッフルを突き出してきた。
気持ちはありがたいんだけど、お腹が。
果南「気持ちだけで十分です、もうかなりお腹いっぱいで」
絵里「遠慮してる?」
果南「いや全然ほんとにお腹いっぱいです」
絵里「そう」
きょとんとした顔されても。
絵里さんがブラックホールなんですよー。 絵里「そういえば、果南さんってここの近くに越してきたの?」
終電も過ぎたこの時間にここにいるから疑問を抱いたらしい。
今日はたまたま。
果南「今日は普段こっちまで運転してきてる人の分の穴埋めで。で、明日休みなんで、今日この辺りで一泊して明日ゆっくり帰るんです」
絵里「ふむ」
視線を外して何事か考えると、すぐに私に向き直った。
絵里「あなたさえ嫌じゃなければだけど、私の家、泊まりに来る?駅からもそう遠くないわ」
おおーって感じにその提案に惹かれるも、どうなのと問い直す。
本来であれば手の届かないような存在の人だ。すごく気さくで忘れてたけど。
それに何より、一人でぼーっとしたい気持ちがあった。
果南「それはありがたいですけど、いくらなんでも悪いですから」
絵里「そうね……。初対面の人のうちに一晩泊まるなんて常識的にありえない。……では、代案といってはなんだけど、車で送っていくことも出来るけど、どうかしら。運転、結構好きなの」
どれだけ距離があると思ってるんですか。そう言いかけて、やめた。
もしかしたらこの人は、私ともっとお喋りがしたいんだと、そう誘ってるんだと思ったから。
けど、だからこそ。
楽しい時間、美しい時間は、その時に終わらせなくちゃいけない。
だからこそ、最高の存在で在り続ける。 果南「遠慮しときます。ただでさえお世話になったのに、これ以上お世話になったら申し訳が立たないですって。罪悪感で死んじゃいますよ私」
何やらおかしそうに口元を緩めた。
絵里「そう?けれど、変ね。私、まだお世話なんか何もしていないでしょう」
私こそ絵里さんの言葉の意味が分からず、失笑にもにた笑いを顔に浮かべてしまう。
果南「何言ってるんですか。お茶しようって誘ってくだっさったのに、結局私が一方的に相談に乗ってもらっただけじゃないですか。ほんと、助かりましたもん」
絵里「相談、ね」
すると、遠い目をして、背もたれに背中を預けて、アイスブルーの瞳で何かを見つめた。
果南「絵里さん?」
その体勢のまま、言葉が紡がれる。 絵里「私ね、あなたが羨ましいと思った」
果南「う、羨ましい?」
突然の告白にびっくり。
絵里「自分の気持ちに素直で、言いたいことを包み隠さずいえるあなたに。私は、逃げる言い訳を考えて、嘘をついてばかりだから」
果南「不器用なだけですよ」
私からしたら絵里さんが羨ましい。
考えて、自分なりの答えを導き出せるのは凄いことだと思う。
切り替えるのは大の苦手だから。
絵里「誰よりも、自分の現状に後悔しているのは私自身なのにね。言葉と思考でもって見えないところへ追いやって、本当の気持ちを忘れて。
だから心のどこかに軋轢が生まれてて、きっとそれを人に話したくて仕方なかったのよ、私は。相談に乗ってもらったのは、他の誰でもない、私」
──
── 一足先に店のドアを開けると、コーヒーの薫りと暖かな空気は一変、真冬の冷え切った夜の空気が体温をいたずらに奪う。
……さっむ!東京なのにさっむ!
ベージュのコートのポケットをがさごそやってミトンを探る。なかなか出てこない。
おっかしいなと振り返ると、絵里さんがお会計を済ませて出てくるところだった。
ちなみにせめて自分の分は払うと言ったものの「誘ったのは私だから」と出られると反論の余地がなくてしぶしぶ。
私に気付いた彼女は片手を上げてぶんぶんと振る。
ああいう子供っぽさも魅力だな、と思ったりして、よく見るとその手には私のミトンが握られていた。
情けない。
絵里「はい、忘れ物」
果南「あ、ありがとうございます……」
恥ずかしさに俯く私を見て楽しくなったのか、追い打ちを掛けにかかってくる。
私の声真似をしてこんなことを言う。
絵里「えー、ご入店、ありがとうございました。お忘れ物をなさいませんよう、ご注意下さい」
果南「聞いてたんですか?!っていうか起きてたんですか?!」
いや、想像任せに言ってるだけって可能性も……。
絵里「さあねー」
起きてたんだとして、車内アナウンスの声で検討付けたんだとしたら、これは相当キューティーパンサーだね。 受け取ったミトンを嵌めてると、絵里さんが声を上げた。
絵里「あ」
果南「どうしました?」
絵里「雪」
顔の前を、小さな欠片が舞い落ちる。
見上げれば、たくさんの白い雪が、ゆっくりと、美しく、どこか儚げに、空を舞っていた。
滑空の旅を楽しんだ雪は、やがて私達に辿り着いた。
そして、その姿かたちを水へと変えていく。
絵里「珍しい。ホワイトクリスマスね」
今日はクリスマスイブ。
小さい子達は、サンタさんを心待ちにして眠っていることだろう。
真姫さんはまだ信じてるのかな。まさかね。
絵里「この時期に東京で雪が降るなんてそうそうないけど、そっちは?」
果南「こっちも基本あり得ませんよ」
絵里「そう、良かった。この瞬間を、共有できるわ」 雪は、儚い。
純白の美しさを見せるのは、ほんの一時。
自然に、熱に、人に、汚されて、すぐにその美しさを失って、いずれ溶け消え去って忘れ去られてしまう。
いくら時間を掛けて降り積もったところで、結果は同じだ。 イルミネーションがパターンを変える。
果南「不思議だね、いまの気持ち 空から降ってきたみたい」
絵理「……特別な季節の色が ときめきを見せるよ」
果南「初めて出会ったときから……なんて、きりがなくなっちゃいますね」
絵理「あら。一曲丸々歌っても構わなかったのに」
絵理さんがクリスマスツリーに向く。
光を求めるようにポニーテールが揺れる。
絵理「私の切なさ。この醜い感情に、意味なんて、あるのかしら」
果南「案外、そういうどうしようもない感情をひた隠しにするために、Snow halationって名前つけてるのかもしれないですよ」
絵理「……そうかもね」
いつか失われてしまう美しきもの。
それでも、美しかったことには変わりない。
今この瞬間を、誰も間違いとは呼べない。
本物の気持ちだから。
いずれ醜くその姿を変えてしまうとしても、忘れ去られてしまうとしても、輝いている今を、覚えていてくれる人がきっといるから。
そんな幻想に、クリスマスの雪の夜、今くらいは、身を浸してもいいんじゃないか。
私は美しかったんだもの。だから、何も間違ってはいないよね。 絵理「想いを〜乗せて〜 ハッピーハッピートレイントゥゴー!」
果南「絶対言われると思ってずっと覚悟してました」
絵理「なにそれ−、つまらないじゃない」
想いを運び終えた私は、どこへ向かっているんだろう。
私の選んだこの先は、素敵な場所に本当に繋がっているだろうか。
やっぱり、正直なところ不安だから。
絵理「あの歌、好きで今もよく聞くの。本当に果南さんが電車を運転してるんだもの、驚いたわ」
絵理さんが教えてくれた胸の輝きを抱いて、私は進んでいこうと思う。
進んで、境界線を超えたその先に、何かが待ってるはずだから。
今だけは、めいっぱい、この美しさを感じていたい。 一歩先で空を見上げていた絵里さんの横に並ぶ。
おそろいのツインテールが揺れた。
果南「絵里さんありがとうございました」
絵里「お互い様、ね」
メリークリスマス。
絵里「またいつか、どうかしら。今度はお酒で」
果南「いいですね。またいつか」
メリークリスマス。
この幸せが、みんなの心の中に、いつまでも在り続けますように。
またいつか、思い出すその日まで。
今は、こうして────。
Fin くっそ頭重くて眠い
そうかあ別にイチャイチャさせなくても百合だよなあ
書けるかなあ このタイミングでかなえりssが見られるとはかなり嬉しい
不器用でめんどくさい性格な二人らしい真面目なテーマ
過去の栄光が眩しすぎてもっと華やかな世界に踏み出して行こうとは思えなかった二人なのかな
あるいはそういう世界の黒い部分に触れて思い出を汚したくなかったか
同じ悩みを抱えてるからこそ、相談に答えることがそのまま自分への答えの再確認にもなってたんだなって
言い訳なんて自嘲してたけど人生の先輩なりに答えを出してた絵里ちゃんと、まだまだ悩み中な果南ちゃんの対比が良かったなぁ
真逆の季節だけど過去の輝きを雪に例えたのも綺麗だったし、絵里ちゃんの真面目さとお茶目さのギャップも可愛かった
名前の誤字はちょっと気になったけど素晴らしいssありがとう、乙でした めっちゃ良い
でもここより渋とか向きな文章だと思う この2人ってツインテールじゃなくてポニーテールでしょ ポニーテール二人わせてツインテールって意味じゃないの? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています