海未「なかなか冷え込んできましたね」
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もう間もなく五時ですか。
最近は暗くなるのが早いですね。
絵里「それじゃ、今日はこの辺でお開きにしましょう」
はーい。おつかれー。帰るにゃー。
絵里の一言で部室に一気に弛緩した空気が広がります。
今日も一日お疲れ様です。
軽く深呼吸をして、ぞろぞろと机のある隣の部室に移動するメンバーの後につきました。 忘れ物よし、窓よし、パソコンよし、椅子の配置よし。
穂乃果「あーっ!」
部室を出ようというところで、穂乃果は突然大声をあげました。
ドアが開けられているので、叫び声は廊下にまで響いています。
今頃驚いた六人は振り返っているに違いありません。
大袈裟な穂乃果のことですから、宿題を忘れただとかその程度のことでしょうが。 海未「どうしたのですか?」
ことり「どうしたの?穂乃果ちゃん」
穂乃果「き、今日までに出す約束した宿題やるの忘れてたー!」
海未「……はぁ、全く」
ことり「ちなみにそれって、いつまでの宿題?」
穂乃果「えと確か先週……いや先々週?」
ことり「あはは」 その程度のことであっても、穂乃果にとっては大問題です。
一体何十回、口を酸っぱくして宿題について注意したでしょうか。
時には厳しく叱ったこともあります。
正直なところ、打つ手なしなのですが、まさか見捨てる訳にもいきません。
これから社会を生きていく上で、忘れずに課題をこなすということは必要不可欠。
何とか一人でできるようになってもらえるまで、私が支えなければならないのです。
照明よし。 海未「先週か先々週と言いますと、家庭科のワークシートですか?それとも数学の問題集ですか?」
穂乃果「音楽鑑賞会のレポート。……数学の問題集ってなんだっけ」
海未「鑑賞会のレポートは約一ヶ月前に提出するはずだった課題ですよ。問題集は先週の木曜日の放課後に集めていたじゃないですか。穂乃果にも何度も確認したはずです」
穂乃果「そ、そんなあ、数学もなんて無理だ……」
ことり「そのー、課題と言えば期限が明日までの化学のプリントも」
穂乃果「ぐはっ」
練習後の程よい疲労感もどこへやら、深い溜め息が出ます。
いつになったら穂乃果は成長してくれるのでしょうか。 海未「穂乃果、これは命令です。この後、私の家に来てください。明日までには提出できるよう、宿題が全て終るまできっちりと監視してあげます」
穂乃果「き、急過ぎるよ!穂乃果にも予定があるんだもん」
海未「予定とは?」
穂乃果「あー、それはまあ……撮りためたドラマ見たり?」
ことり「あはは」
海未「……家には私から連絡しておきます。最悪私の家に泊まらせる、と」
穂乃果「そんなの嫌だー!海未ちゃんの鬼!」
海未「ならば集中して早く終わらせることです」
穂乃果「ぶうー」
鍵よし。
海未「鍵を返すついでに先生に謝りましょう。明日には必ず終わらせて持ってきます、と宣言するんです。いいですね?」 穂乃果の宣言を二人で見届けて、職員室を出、廊下を歩き、校門を後にします。
かなり暗く、風が冷たくなってました。
年の暮れを感じます。
穂乃果「さ、さっぶー……」
ことり「さ、寒いよ穂乃果ちゃん。手袋持ってくれば良かった……」
海未「なかなか冷え込んできましたね」
穂乃果「うぅ、こんなの聞いてないよ……」
……二人共、準備が足りていません。
転ばぬ先の杖、と言うではないですか。
大体今日から冷え込むと天気予報で伝えていたはずです。
そんなに頬と鼻の先を赤くして。見ていられません。 海未「はい、ことり。はい、穂乃果」
身に着けていた手袋をことりに、マフラーを穂乃果に手渡します。
ことり「あれ?海未ちゃん、いいの?」
穂乃果「海未ちゃんが持ってきたんだから、海未ちゃんが付けなよ」
海未「いいえ、私は大丈夫ですよ。それより二人共、あらかじめ準備しておくということはとても大事なことです。特に穂乃果に関しては、毎回のように傘を忘れるのですから、心掛けるように」
ことり「はーい。ありがと、海未ちゃん♪」
穂乃果「さっすが海未ちゃん、頼りになるぅ」 さて、穂乃果を連れて帰って勉強を見なくては。
ことりも来るでしょうか。
あと、今日の稽古はお休みですね。まず帰ったらお母様に旨を伝えましょう。食事の用意もお願いしたいですから。
穂乃果のお母様への連絡は一段落ついてからが妥当でしょう。
海未「穂乃果はもう少し大人になって下さい。ことり、この後一緒に来ますか?」
穂乃果「さらっと子供だって言われた?!」 ことり「うん。お邪魔じゃなければ、ことりもついていっていい?」
海未「ええ、大歓迎です」
ことり「やった♪三人でお勉強だね〜」
穂乃果「穂乃果子供じゃないもん……」
海未「かなり子供だと思いますが」
ことり「うーん……ちょっと、幼い?」
穂乃果「穂乃果高校生だもん、全然大人だもん」
海未「なら、宿題を一人で終わらせられるようになったら大人と認めてあげます」
穂乃果「そんなの絶対無理だって!できるわけないじゃん」
ことり「あはは」
海未「はぁ……」 穂乃果「あ、子供といえばさ、今やってるミクちゃんのドラマ見てる?」
ことり「見てるよ〜」
海未「あれなら私も見てますよ」
穂乃果「前回のミクちゃんがお母さんと出かけるところでさー」 それから他愛のないおしゃべりをしながら道を歩きました。
家までの中間地点。学校を出発してから十分程が過ぎた頃です。
目の前に、はらりと小さな何かが舞い落ちました。
視線を二人から前方に注目させると、それを合図にしたかのように、上空から白い雪がふわりふわりと降り出しました。 すぐに二人も気が付いたようです。
ことり「うわあ……」
穂乃果「雪!雪だよ、わーい!」
海未「初雪ですか。この時期にしては珍しいですね」
気温が相当に落ちている証拠です。
ここから更に雪の影響で冷え込むに違いありません。
あれを使いましょうか。消耗品ということで少々渋っていましたが、道具とは使わなければ腐ってしまいますから。 海未「穂乃果、転びますよ。少し待って下さい」
穂乃果「そんな子供みたいに転ばないよー」
どこかに行ってしまいそうな穂乃果を呼び止めます。
鞄を開いて、内ポケットからそれを一、二つ取り出して、それぞれの包装を破きます。
折角ですから使おうかとも迷いましたが、普段の鍛錬のおかげか私はちっとも寒くありませんので。
海未「これ、差し上げます。冷え込みますから」
カイロです。どうぞ。
なんだか趣を感じまね。季節の風物詩と呼べるくらいには定着しているのでしょうか。 穂乃果「おお、ホッカイロだ!」
ことり「凄い、準備周到だね♪手袋もカイロもありがとう」
海未「いいえ。使うために持っていたのですから。道具も喜んでいます」
家までの道のりは長くないですが、室内でもポケットに入れているだけで心地良いものです。
無駄ではないでしょう。
第一、二人の喜ぶ顔が見れたのですから。 鞄のジッパーを閉め直して歩き出そうとすると、穂乃果が立ち止まっています。
雪が彼女の髪や鼻の先、まつ毛を飾り、大きくて澄んだ瞳は不思議そうに私を見つめています。
穂乃果「あれ?海未ちゃんのホッカイロは?」
ことり「海未ちゃん、自分のは持ってないの?」
ことりは、どこか心配そうな瞳で見つめてきました。
疑問も心配もりませんよ。
海未「いえ、私は普段から行っている鍛練のおかげで寒くありませんので。心配には及びません」
無駄遣いする必要はありませんから。 乃果「……」
ことり「……」
穂乃果とことりは黙って顔を見合わせました。
どうしたのでしょう。
声を掛けようと思ったところで、穂乃果は左、ことりは右に、それぞれ私の真横に並びました。
海未「一体何を……」
穂乃果「せーのっ」
ことり「せーの」
二人は掛け声に合わせて、何をするのかと思うと、私の手をそれぞれ握ってきました。
柔らかい手の感触と、あたたかい毛糸の感触を感じます。
状況がよく理解できません。 海未「あの、これは?」
穂乃果「海未ちゃん手袋もマフラーもホッカイロもないでしょ?寒くなくてもさ、手だけでもあったまろうよ」
ことり「うん♪一緒ならことりも穂乃果ちゃんももっとあったかいから。手繋ご?」
海未「……二人共。私は親友として当然のことを下までですから。ですが、お言葉に甘えさせて頂きます」
心があたたまるのを感じました。 穂乃果「海未ちゃんさ、人のこととか考え過ぎなんだと思う。穂乃果が迷惑ばっかかけてるのは悪いけど、もっと、一緒にのんびりしようよ」
ことり「人のこと、先のことを考えられる海未ちゃんは本当に凄いと思うし、とってもお世話になってるけど、たまには力を抜いてもいいんじゃないかな」
穂乃果「親友だからね!」
ことり「親友だもんね♪」
二人は笑いました。
雪は静かに舞い、体や服に降り落ちては、そっと溶けて消えてゆきます。
私もまた、解かされたのでしょうか。
海未「……はい。手、繋いで帰りたいです」
穂乃果「うん!」
ことり「うん♪」 本当にあたたかいですね。
手袋よりも、マフラーよりも、カイロよりも。
上気した頬は、寒さのせいか、あたたかさのせいです。
海未「それはそうと、穂乃果にのんびりする暇はありません」
穂乃果「海未ちゃんひどーい!」
ことり「一緒に頑張ろう!」
穂乃果「ことりちゃんまで?!」 親友って素晴らしいです。
苦しんでいるときは、互いに助け合える。
一緒にいるだけでこれから頑張れるって、素晴らしいことではないですか?
最高に幸せですよ。
口には出せませんから、心の中に留めておきますが。 これから、更に冷え込み、寒さの厳しい時期に入ります。
けれど、私たちは寒くなんてありません。
こうして並んで歩いている限り、何が来ようとも、私達の心は繋がっているのです。
ずっとずっと、こうして、歩んでゆきましょう。
末永く親友でいて下さい。
穂乃果、ことり。
大好きですよ。
穂乃果「えっ?」
ことり「……海未ちゃん?」
海未「……ど、どうしました?」
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