ことり「夢破れ、日は沈み――」
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『――まもなく、当機は成田空港へ着陸します』
ことり「久しぶりだなぁ、日本」
見えてくる、懐かしい場所。
高校二年生の時に留学してから四年。
大切な仲間と、スクールアイドルの活動を投げ出しての行動。
この四年間、ことりは一度も日本に戻ることはなかった。
何かを成し遂げるまで、帰れないと思っていたから。
でもことりは帰ってきた。 結果を得られたわけではなく、ファッションデザイナーの道を諦めたから。
有名なデザイナーに見込まれての留学。
それなりに自信を持って海外へ乗り込んだ。
でも待っていた現実は、とても厳しくて。
そこにはたくさんの人がいた。
ことりより強烈に輝いている、素晴らしい才能を持った人たちが。
最初からあきらめていたわけではない。
大切なものをすべて捨てての留学、簡単に折れるわけにはいかなかったから。 でも、未来が見えない。先のビジョンが描けない。
努力をすればするほど、見せつけられる才能の差。
気づけばもう、最初に持っていた希望という名の光は消え去っていた。
心が病みそうになって耐え切れなくなったとき、ことりは悩むことなく帰国を決意した。
もちろん後悔もある。
でももう、これ以上は無理だったの。
ことりは日本の高校生という立場の限定の、井の中の蛙だったんだ。
だったら帰った方がいい。日本で夢破れた後の人生を過ごせばいい。
4年間、わき目もふらずに頑張ってきたんだから、それを責める人なんて、きっといないはずだよね。 海未「ことり!」
ことり「海未ちゃん!」
空港で待っていてくれたのは、大切な幼馴染の1人。
海未「帰ってくると聞いたときはビックリしましたよ」
ことり「ごめんね、急で」
海未「いえ、ちゃんと伝えてくれて嬉しかったです。元気でしたか?」
ことり「うん。海未ちゃんも相変わらずきりっとしていてカッコいいねぇ」
海未「うふふ、ありがとうございます」 少し背が伸びたかな。前よりも美人さんになってる。
海未「今日はこのまま家に帰るのですよね」
ことり「うん。その予定」
海未「では参りましょうか」
ことり「えーと、どうやって行くんだっけ。久しぶりだから忘れちゃって」
海未「大丈夫ですよ、車で来てますから」
ことり「車? 誰の?」
海未「私ですよ」 ことり「海未ちゃん、車の運転ができるようになったの!?」
海未「ええ、私も大学生ですから」
海未ちゃんが運転なんて、想像もできない。
ことり「だ、大丈夫なんだよね」
海未「やれやれ、心配し過ぎですよ」
ことり「本当に運転上手だねぇ、海未ちゃん」
車は高速道路を軽快に走る。
海未「家の用事で使うことも多いですから」 運転する姿が凄く絵になっている。
きりっとして、整った横顔。
モテるんだろうなぁ、恋人とかいるのかなぁ。
あとで聞いてみないと。
ことり「ねえ、μ’sのみんなは元気にしてる?」
海未「そうですね、理想的とはいいませんが、それなりです」
海未ちゃんとは留学中もやり取りを重ねていたので、μ’sのその後については、それなりの知識はある。
ことりが留学して、紆余曲折の上で7人になったμ'sは、それなりに有名なスクールアイドルとして、名前を残したらしい。
順調なその後も、それとなくは聞いていた。
1人を除いて。 ことり「……ねえ、穂乃果ちゃんは――」
海未「……穂乃果のことは、本人に会ってから話しましょう」
ことり「会えるの!?」
海未「よかったら今から会いに行きますか?」
ことり「うん――でもいいのかな」
海未「ええ。きっと穂乃果もそれを望んでいます」
会えるんだ、穂乃果ちゃんに。
大好きなあの人に。
最悪に近い別れから、ずっと連絡を取っていなかった。
でも気にかけていた、ことりは穂乃果ちゃんのことが大好きだから。
穂乃果ちゃんはあれからどんなふうに成長したのかな。
久しぶりに会ったことりのことを、許してくれるかな。 ――――――――――――――――――――
海未ちゃんが車を止めた場所は都心にある墓地。
ことり「ねえ海未ちゃん、ここでいいの?」
海未「ええ、ここに穂乃果はいますので」
誰かのお墓参りのついで?
夜じゃないからいいけど、待ち合わせ場所にしてはちょっと怖いかも。
海未「少し歩きます、着いてきてください」
ことり「う、うん」 ――――――――――――――――――――――
海未「さあ、着きましたよ」
十分ほど歩いたところで、海未ちゃんがようやく足を止める。
ことり「あれ、穂乃果ちゃんは?」
海未「……」
周囲には人影がない。
まだ来ていないのかな。
もう、二十歳を超えても遅刻なんて、穂乃果ちゃんは相変わらずだなぁ。
海未「ことり、先にお墓参りを済ませましょうか」
ことり「え、でも……」
海未「いいから、お願いします」 もしかしてことりの知ってる人なのかな。
手を合わせながら、石に刻まれた文字を見る――
『高坂家之墓』
ことり「えっ」
高坂、間違いない。
ことり「もしかして、穂乃果ちゃんのご両親が亡くなったの?」
それならここでお墓参りをしながら待ち合わせでもおかしくはない。
ことりも幼馴染として、散々お世話になったから。 海未「……」
でも海未ちゃんは何も言わない。
その反応に、ことりは想像力を刺激されてしまう。
まさか、ご両親じゃないとしたら。
ち、違うよね。
だってことりたち、まだ20代前半だよ。
ことり「う、海未ちゃん、何か言ってよ」
あれかな、ドッキリかな。
あんな別れ方をしたから、仕返しに少し懲らしめてやろう、みたいな。
穂乃果ちゃんの性格的に、それぐらいはやってもおかしくないかも。
海未「ことり、聞いてください」
でも海未ちゃんの雰囲気はとても冗談を言い出すような感じじゃなくて。 海未「穂乃果です」
嫌だ、聞きたくない。
ことり「な、なにが?」
海未「ここに入っているのは、穂乃果なんです」
ことり「嘘、嘘だよね」
海未「嘘ではありません。真実です」
ことり「そんな……」
海未「穂乃果が死んだのは、貴女が留学してから2年ほど経った頃でした」
そんなに前。
それなのに、みんなことりに何も教えてくれなかったなんて。 海未「以前にも話しましたが、貴女がいなくなった後、μ’sは分裂しました」
海未「にこ、花陽、凛の3人はアイドルを続け、それ以外のメンバーは活動休止」
海未「穂乃果はその事実に、酷く責を感じていました」
海未「そしてある時、その責任を取ろうと動き出したのです――誰にも相談することなく」
海未「穂乃果が取った方法は簡単なものでした」
海未「自分を悪役に仕立て上げ、自分の側にいた他のメンバーを責めたのです」
人を責める? あのやさしい穂乃果ちゃんが?
海未「ターゲットになったのは真姫でした」
海未「彼女は穂乃果の事を信頼してました。その真姫に対して心にもない言葉の数々を吐いたのです」
海未「真姫は酷く傷つき落ち込みました。とても繊細な子ですから」 前に聞いたことがある。
真姫ちゃんが、穂乃果ちゃんにどれだけ感謝しているのかを。
素直じゃない彼女が、顔を真っ赤にしながら話していた。
そんな相手から攻撃されてるなんて。
簡単に想像できる、その時の真姫ちゃんの姿と、周囲の反応。
海未「あとは簡単です。皆が穂乃果を責め、穂乃果はさらに強い言葉で皆を責める」
海未「7人の心は穂乃果憎しでまとまり、μ’sは自然と再結成されました」
海未「そしてμ’sは躍進します。例えそれが憎しみであっても、強い感情は私たちに大きな力
をもたらしました」
海未「地区予選にも勝利し、優勝こそ逃したものの本大会で入賞」
海未「そして知名度を上げるとともに、穂乃果の悪い噂も広まっていきます」 穂乃果は周りを傷つけたくないから辞めますって言ったんだけど? 海未「じきに周囲の人が皆、穂乃果を責めるようになりました」
海未「もちろん、μ’sのメンバーは誰もかばおうとしません、私も含めて」
海未「常に誹謗中傷にさらされ、いじめのような行為も受けていました」
いじめ、あの温かい音ノ木坂で。
そんな敵意を持たれるなんて、穂乃果ちゃんはいったいどれほどの行動をしていたのか。
海未「そんな環境の中、日に日に穂乃果は弱っていきます」
海未「そして音ノ木坂を卒業した数か月後、彼女は命を絶ちました」
海未「在学中では、学校や皆に迷惑がかかると考えていたのでしょう」
ことり「……海未ちゃんは、どうして穂乃果ちゃんを助けてあげなかったの」
ことりと違って、ずっと近くにいたはずなのに。 海未「私が事実を知ったのは、穂乃果が私宛に残した遺書でした」
海未「ずっと、穂乃果の言動に違和感を持ってはいました」
海未「でも私は、気づけなかったのです、何と酷い幼馴染だったのか。」
ことり「他のみんなは、穂乃果ちゃんの真意を知ってるの?」
海未「いえ、例え知ったとしても、穂乃果が死の直前に自分を正当化する為に残した言い訳程度にしか受け取らないでしょう」
ことり「そんな……」
それなら、穂乃果ちゃんは今でもみんなから恨まれたまま。
海未「それに、穂乃果が遺書を残したμ'sのメンバーは、私とことりだけでしたから」
ことり「私にも?」
幼馴染とはいえ、喧嘩別れしたような仲なのに? 海未「ええ、これです」
海未ちゃんから手渡される、『ことりちゃんへ』と書かれてたシンプルな物
海未「私も内容は読んでいません」
海未「誰かに見つかってはいけないと思い、ずっと保管しておきました」
ことり「うん、ありがとう……」
海未「ことり、貴女には責任があります」
海未「貴女は何も悪くない、私はそう思っています」
海未「しかしたとえそうだとしても、穂乃果が亡くなった時点で、その責任からは逃れられない」
ことり「うん、それは分かってるよ」
海未「……私は穂乃果に遺書で、ことりの面倒を見るように頼まれました」 ことり「私の?」
海未「はい。貴女のことを、穂乃果はずっと心配していたのでしょう」
ことり「穂乃果ちゃん……」
ことりは穂乃果ちゃんの心配なんて、ほとんどしていなかった。
それなのに、穂乃果ちゃんは死に追い込まれる直前まで、ことりのことを――
海未「ひとまず、知り合いのツテを辿り、ことりが自由に仕事をできる環境を用意しました」
ことり「……」
海未「お金の心配は不要です。先方もことりの才能に惚れ込んでいます」
海未「大丈夫です、貴女の才能は自分で考えているより、大きなものです」
海未「日本なら語学的にも、文化的にもハンデがない。本来の輝きを見せられるはずです」 ことり「……ありがとう、海未ちゃん」
海未「いえ、私もことりの力になりたいと、ずっと思っていましたから」
海未ちゃんはやさしいな。
でも知ってる?
それは贔屓目って言うんだよ。
自分のことは、自分が一番分かるもの。
海未「……そろそろ行きましょうか。どこかで落ち着いて話をするべきでしょう」
ことり「ううん、私は穂乃果ちゃんの傍にいるよ」
海未「しかし」
ことり「私は、穂乃果ちゃんといる」
海未「ことり……」 離れたくなかった、この場所を。
というよりも、離れられなかった。
ことりの身体は、ここから動き出すことを拒否していた。
ことり「ごめんね、あとは自分で帰るから、1人にしてもらえるかな」
海未「いや、そんなわけには――」
ことり「お願い。謝りたいの、ここで穂乃果ちゃんに」
海未「……強情な貴女を説得するのは、骨が折れるでしょうね」
そう、海未ちゃんは昔から、ことりのお願いを何でも聞いてくれる。
海未「満足したら連絡をください。迎えに来ますから」
ことり「ごめんね、ありがとう」
海未「いえ、私も気遣いが足りませんでした」
海未「ゆっくり、穂乃果と語り合ってください」
海未ちゃんはそう言い残すと速足で去っていく。 きっと海未ちゃんも、ずっと辛かったんだろうな。
この世で1人だけ真実を抱え込んで、死の悲しみを分かち合う事さえできずに。
ことりには気を使って、ずっと隠し通してくれた。
本当は海未ちゃんの傍にいて、一緒に泣いてあげなきゃいけなかったのかな。
でも、1人になりたかった。
ことり「ごめんね、穂乃果ちゃん」
1人で穂乃果ちゃんに謝らなきゃいけなかった。
ことり「苦しませて、辛い想いをさせて、ごめんね」
だけど謝っても、心は楽にならない。
やっぱり、直接謝らなきゃ駄目なのかな。 そうだよね、それが一番だよね。
ことりと穂乃果ちゃんの仲だもん、そうすればきっと、仲直りできるよね。
正直ね、疲れちゃった。
夢を失って、もう現実なんてどうでも良かった。
ただ二人の大切な人たちと、昔みたいにゆっくり、日本で過ごしたかったの。
でも一人はいなくなり、もう一人も実現不可能な夢をことりに要求する。
幼馴染への罪の意識を抱え、実現しないと分かっている夢を追う。
そんな風に生きる元気は、ことりにはなくて。
確か、この近くには鉄橋があった。そこに行けば、すぐに会いに行けるよね ――パサリ
決心して、立ち上がろうとすると、手元にあった穂乃果ちゃんの遺書が地面に落ちる
そうだ、これを読んでからでも遅くない。
ちゃんと内容を覚えておかないと、穂乃果ちゃんに怒られちゃうかも。
封を開くと、出てくるのは一枚の紙。
そこに書かれていたのは、シンプルな二つの言葉。
『ごめんね』
『世界で一番のファッションデザイナーになってね』
ことり「っ――」
あぁ、何でこんなことを書くのかな。
ことりに対する罵詈雑言でも書かれていたら良かった。
会いに行ったら、その言葉に逆らうことになる。
穂乃果ちゃんに許してもらうためには、夢を追わなければいけなくなる。
これじゃあ、まるで呪縛みたいに―― ことり「あっ」
そっか、そういうことなんだ。
これが穂乃果ちゃんなりの、ことりへの仕返しなのかな。
一言も話してないのに、バレちゃってたんだ。
海未ちゃんへの遺書まで利用して、穂乃果ちゃんなのに、なんて用意周到なんだろう。
これじゃあ、もう逃げられない。
凄いなぁ、穂乃果ちゃんは。
ことりのこと、何でも知ってる。
自慢の幼馴染。ことりの誇りだよ。 ことり「……よし」
海未ちゃんに連絡しなきゃ。
まだ近くに居るかな。
もしかしたら、傍で見守っていてくれるかも。
早く会って話さないと、これからのことについて、穂乃果ちゃんのことについて。
ありがとう、穂乃果ちゃん。
直接謝れるのは、もう少し先になりそう。
でも、会いに行くから。
貴女からの呪縛を解くことができたら、必ず。
だからもう少しだけ、待っててね。
了 おつおつ
本当に世界で一番になった時ことりちゃんはどうするんだろって考えちゃう そこそこの成功を収めるものの目標にはどうあっても届かなくて苦しむまで見たい 恐らく別人だろうけど夢でまた逢いましょう的な雰囲気感じた ??「世界で1番のドクターになってね」
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