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善子「スクールアイドル…ファイティングフェスティバル!?」
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0001名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 00:38:37.38ID:qJhT/LD9
格闘技SS
無茶設定、地の文まみれの小説形式
残虐な描写はしていないつもりですが、格闘技なので暴力的な描写はあります
それでもよろしいという方は読んでいただければ幸いです
0002名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 00:39:21.51ID:qJhT/LD9
その知らせが津島善子…いや、Aqoursの面々の元へ届いたのは初夏の香りを感じ始める登校前の朝であった
ラブライブ優勝、そして浦の星廃校からもう数ヶ月の時間が経ち
統合先の新たな学校での生活にもようやく慣れを感じ始めていたころである
善子も以前と変わった起床時間に違和感を感じることもなくなり
珍しく余裕を持ってマンションから出ようとした際、ふと目を向けた自宅の部屋番のポスト
そこに入れられていたのはラブライブ運営委員会から郵送されてきたやや分厚く、大きな封筒
その中に入れられた書類には突飛な文字が記されていた

「…"SCHOOL IDOL FIGHTING FESTIVAL"…って、なによこれ?」

"IDOL"の隣に記されている文字は"FIGHTING"というあまりにも不似合いな文字
その意味を理解することが出来ず善子は怪訝に眉をひそめた
いったいこれが何を意味するのか気にはなったが、今はこの微妙に分厚く束ねられた書類に
目を通しているような時間はない
自分に届いているということはおそらく他の皆にも届いているであろう
学校で確認した方が手っ取り早い
そう判断し封筒をカバンに…堕天使グッズが詰められた中にやや強引に突っ込んだ
今日はせっかく余裕を持って家を出たのだ
たまには優雅にのんびりと登校する気分を味わいたいのである
0003名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 00:40:23.76ID:qJhT/LD9
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「まーたギリギリの登校だったね、善子ちゃん」
「仕方ないじゃない!あんなことになるなんて…てかヨハネ!」

昼休み、もそもそとのっぽパンを口に運びながら花丸が言う
朝余裕をもって家を出た善子であったがようやく慣れてきた通学路の途中が
運悪く事故で通行止めになっており
焦ってスマホアプリで地図の確認もせずに初めて通る道を通ったことが間違いであった
その先は住宅地の途中で行き止まりになっており引き返さざるを得なくなり
そこから必死に走ってどうにか朝のHR前に教室に滑り込んだのだ

「あはは…災難だったね…」

落ち込む善子を励ますようにルビィが言う
善子、花丸、ルビィ
学校が変わり学年が上がっても相変わらずこの三人で集まっていた
幸いにもクラスは同じ、こうして昼休みに集まることも簡単だった

「あ、そうだ二人とも、これ見た?」

食事を終え一息ついたところで善子が朝の出来事を思い出し、かばんのなかからくしゃりとシワのついた
封筒を取り出し二人の前に出す

「ぁ、やっぱり善子ちゃんのところにも届いてたんだ」
「マルのところにも届いてたよ、びっくりしちゃったズラ」
「二人はもう見たの、なんなのよこれ一体」

善子の問いに花丸が口を開く

「簡単に言えばスクールアイドル同士で格闘技をやるお誘いだよ」
「格闘技!?なによそれ一体…」
「ルビィもびっくりしたけど、正式にラブライブ運営委員会が開催するんだって」

それならばFIGHTINGの文字にも納得はいくが、それが実施される理由が分からない
慌てて善子もまだ読んでいなかったイベントの説明に目を通す
そこには"新たなスクールアイドルたちの魅力を引き出すため"
"アイドルの精神の強さをアピール""スクールアイドルは遊びじゃないことを魅せて欲しい"
などという文章が並んでいた

「…いやそれにしても無茶苦茶じゃない」
「うゅ…ここに書いてあることも全部うそじゃないと思うけど、建前みたいなものがあると思う…」

この三人の中では最もアイドルに造詣の深いルビィが頷き、言葉を続ける

「昔からアイドルがプロレスラーになったりって結構あるんだ、そういう間口を広げるつもりなのかも」

おそらくはそういう側面があるのであろう
募集条件としてはスクールアイドルとして一定の人気がある、またはあったことで
現役では無くても過去に実績があったグループの人間でも問題はないとのことである
はたしてそれはスクールアイドルといって良いのか少々疑問符が付くが、運営側も
人気がありかつこのイベントに出場しようと言うアイドルが簡単に集まらないということを見越しているのであろう
それに現役のスクールアイドルたちは普段の練習に地区予選の準備とラブライブに向けて大忙しだ
もしかするとこれは元スクールアイドルの出場を狙っているのかもしれなかった
ここ数年間でスクールアイドルの数は一気に膨れ上がり、数多のグループが舞台で輝き、そして去って行った
その中には本格的な格闘技経験者も存在している
名目上ある程度名の知れたグループのメンバー全員に書類を送ってはいるものの
参加はほぼ期待されていないのではとルビィの考えを元に三人は考えた
0004名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 00:41:12.20ID:qJhT/LD9
「ぷろれす…本で知ってるだけでテレビとかでみたことはないなぁ…」
「最近は深夜にしかやってないから仕方ないよ、ルビィも全然見たことないんだ」
「そうなの?てっきり元アイドルのレスラーの試合とか見てるんだと思ってたわ」
「えーっと…見ようとしたけど怖くて…途中でやめたんだ」

善子の言葉に対しルビィが恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる

「むぐむぐ…そういう善子ちゃんはぷろれす見たことあるの?」
「くくく、私は人ならざる堕天使、人々の研究の一環として地上の奥義を我が堕天の技に──」
「見たことあるんだね」
「最後まで言わせなさいよ!ま、まぁ幸いこの器を得てから人々の研究を行う時間は十分にありましたから」
「ぇ…それって…」
「ルビィちゃんやめるズラ…そういうことにしておいてあげよう」

─聞こえてるわよ─と、善子が顔をしかめる
そう、あれはちょうど去年の今頃
浦の星の入学時の自己紹介でしくじり不登校になった善子は時折身もだえしながらも暇を持て余し
えがお動画や自室でも見れるネットのTVを眺めている時間が非常に多くなった
その中でなんとなーくカッコイイ…自分でもできる必殺技がありそうだとプロレスや格闘技の動画を見て
自室のリトルデーモンのぬいぐるみ相手に技を練習してみたり、そんな時間があったのである
堕天奥義である"堕天龍鳳凰縛"が生まれたのはそんな経緯があった

「まぁだからって出ないわよ私は…」
「あはは、だよねぇ…」

当たり前か、とそう言うルビィであったが、どこか残念そうな雰囲気が言葉の端から漂う
花丸もそれには気づいたらしく、問いかけるような視線をルビィに送る、善子も同じだ
その視線に気づいたルビィが俯きながら、申し訳なさそうに口を開いた

「また"Aqours"として活動できるかもって、そう思っちゃったんだ」

その言葉に、沈黙が漂う
騒がしい話し声が昼休みの教室の中、三人の周囲だけをぽっかりと静寂が包んだ
そうAqoursは解散した
ラブライブ優勝と裏の星の廃校と共に、スクールアイドルの歴史に永遠に刻まれる名前を残し、解散した
ダイヤ、果南、鞠莉、あの頃三年生だった三人は卒業から間もなく皆内浦から離れた
三人ともことあるごとに連絡はしてくれている…特にダイヤはルビィにしつこいほど連絡を送っており
未だに妹離れができていない様子であった
まるで今でも三人がいて、あの思い出の中の屋上に上がれば皆が揃っているのではと思える程だった
しかし その光景は もう 見れないのだ
千歌、曜、梨子も三年になり自分たちの未来に向かって進む道を決める時期になった
曜は飛び込みを再開、一年のブランクは相当なものらしいがするすると勘を取り戻して周囲を驚かせている
梨子も本格的にピアノを再開し、音楽の道へ進むことを決意して音楽漬けの日々を送っている
千歌はダイヤと同じく東京の大学を目指すことにしたらしい

「私ね、もっと色んな世界を見てみたいんだ」

皆の前で千歌はそう言った

「まだ曜ちゃんや梨子ちゃんみたいに目標なんてないんだ、だから色んな人と出会って
まだ知らないいろんな世界を見て…そのために、まずは色んな人が集まる東京かなって」

安直だよね──と顔を赤らめながらそう話した
しかしその目は真っ直ぐで、しっかりと未来に目を向けていた
もとより三年生だった三人がいなくなった時点で皆口にしなくとも解散は決まっていたようなものだったが
こうして正式にAqoursは解散となった
0005名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 00:41:41.94ID:qJhT/LD9
ルビィも、花丸も、善子も、この解散になんら異議はない
異議はなかった
だが──

「ううんルビィちゃん、また"Aqours"になれると思ったら仕方ないよ」
「そうね、また名乗れるんだもの"Aqours"を」

恋しいのだあの日々が
ルビィの言葉を、二人は肯定した
三人で、新たなスクールアイドルとして活動しようと考えてはいるし
今でもトレーニングやダンスの練習は欠かしていない
新しい曲は、ない
練習は主にAqoursの曲の振り付けを三人用に必死でアレンジして行っている
今の三人にはラブライブで披露できるほどの作曲ができる技術はなかった
自分の道を決めた先輩たちに対し、三人は未だ道を決められずいた
もしかすると、それぞれの未来への道を探すべきなのかもしれない
そういった不安が広がっている
ただ縋るようにアイドルを──いや、未だにAqoursをやっているというというのが正しいかもしれない
そんな中で本当にAqoursとして活動できると言われたならば、たとえどんな無茶な状況だって
迷いが生じてしまうのは当然であった

「…むぅ」
「…うーん」
「…うゅ」

ただ、無言のまま時が過ぎ、気が付けば昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響き
誰が言うまでもなくみな席を立ち自分の席に戻る
その日の授業の内容は、三人共に一切頭に入ることはなかった
0006名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 00:43:04.87ID:qJhT/LD9
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薄暗い部屋の中で、善子はじーっとパソコンの画面を見ていた
その脇には、やや分厚い書類の束
昼に話題にあがったSCHOOL IDOL FIGHTING FESIVAL──略称として"SIFF"なんて文字がある──の書類だ
ルールを確認すると、どうやらアマチュアやビギナー向きの総合格闘技ルールを採用しているらしい
そう言われてもどういうものかいまいち分からないので、ネットの動画で実際に確認しているのだ
画面の中で、二人の女性が向き合っている
なんというか、一人の女性は凄い体型をしていた
身長は平均かやや低い程度だが腰のくびれがぱっと見分からないのである
もちろん肥満である訳ではない、腹周りの筋肉と背筋がまんべんなく鍛えられているからだ
多少の脂肪はのっているがその下にある分厚い筋肉の厚みが分かる
今まで善子が見たことのない体型であった
相手の女性は背が高いせいかくびれ自体は普通に見えたし、一般的な女性の体型に近いが
それでもシルエットが明らかに常人と違う
長身であるというのに四肢の太さが一切それを感じさせないのだ
腕などまるで普通の女性の腕がそのまま拡大されたような錯覚を覚える

「すっご…」

おもわず言葉を口に出したところで画面の中の二人が動き出す
拳が、蹴りがまたたくまに交差する
低身長の人の蹴りが、長身の人の太腿にもろに叩き込まれると凄い音が鳴り響いた
破裂音の様な音、ゴムの鞭で思い切り固いものをひっぱたいたらこんな音が鳴るんじゃないかと思える
その蹴りを何度か出した後だった──

「え──?」

低身長の人がスッと足を浮かすと長身の人がほぼ同時に足を上げる、その次の瞬間一気に長身の人は地面に倒されていた
マットの上で二人がぐちゃぐちゃと絡み合う、何をしているのか善子には分からない

「え?え?あれ?」

気が付くと低身長の人が馬乗りになって長身の人に跨っていた
その状態で拳が振り下ろされる

「…げっ」

小学生の頃、同級生同士の喧嘩で見たことがある様な光景
馬乗りになってポカポカと下の者を殴る光景
そのようなものを一瞬善子は想起したが、それは一気に消え去った
もう迫力が段違いである
大人が、本気で、やっている
徹底的に、一切の反撃を許さず、拳を落とし続ける
たまらず股下の長身の人が背を向けた瞬間、その首に低身長の人の腕が滑り込んだ
首絞めだ
0007名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 00:43:54.56ID:qJhT/LD9
それが入るとやられた側がパンパンと地面を叩いた、どうやらこれが降参の合図の様で、試合が終わる

「…私、ちょっとでもこれやろうと思ったりしてたの…」

終始迫力に圧倒されたが、善子が一番恐ろしかったのは馬乗りになってからのアレであった
子供がじゃれあいの延長でやる喧嘩でポカポカやるようなものではない
まるで崖を転がり落ちる大岩のような勢いだった
ため息を一つ吐きながら試合が終わった動画を閉じようとするが、そこでひとつの光景が目に入る
二人の選手がお互いの健闘を称えあい、抱き合っていた
負けた方も握手を返し、そのまま勝者の腕を掲げて、負けたことを受け入れていた
目の前にいるのは、ほんの少し前に自分の顔を容赦なく殴り続けていた相手なのにだ
しかも彼女はプロだ
この試合の為にいったいどれほどのトレーニングや節制をしてきたのか
その常人離れした肉体が、その過酷さを物語っている
悔しいだろうに、辛いだろうに

「…」

何故かその光景から目を離せずにいるうちに、ソッと動画が終わる

「…なんか、ちょっと分かるかも、ああなるの」

善子の口から自然と漏れたのは、そんな言葉であった
その時であった
──ピロン!
善子のスマホから連絡用アプリの通知音が鳴り響いた
ちらりと目をやれば相手はルビィである、宛先は善子と花丸の二人のグループ

『遅くにごめんね善子ちゃん花丸ちゃん』
『どうしても今すぐ伝えておきたくて』

「今すぐって一体な──ピロン!

言葉を遮るように通知音が響いた、その内容は


『理亞ちゃんが昼話してた"あれ"に出るつもりだって』
0008名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 00:46:32.17ID:qJhT/LD9
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「で、どういうことなのよルビィ、理亞があれ…"SIFF"に出るって」
「うん、朝起きてビックリしたよルビィちゃん…」

翌日の昼休み、いつもの三人で集まり問いかける
今日は教室ではなく、屋上で集まっていた
然程気にならないとはいえ騒がしい教室の中で話しをする気に慣れず、自然と三人でここに足を運んだのだ

「ルビィもビックリしたんだけど、昨日連絡が来て、あれに出るって…」

まだいまいち事態を整理できていないらしく戸惑ったようにルビィが話す
どうやら細かい事情や理亞自身の感情は話されていないのだろう
ただ事実を簡潔に伝えられた、それだけの様である

「なんというか、理亞ちゃんらしいズラ…」

若干呆れるように花丸が言った
友人のルビィに何も言わないことはできない、しかし必要以上に多くを語る気もない
良くも悪くもストイックで、頑固だった
それを察したルビィも友人として深くを聞こうとしなかったのだろう

「でも、なんとなく分かるよ、理亜ちゃんも新しいアイドル活動、まだ上手く始められてないらしいから…」
「私たちと一緒ね…」

Saint SnowもAqoursと同じく解散している
理亜自身が決めたことだ
彼女の最愛の姉との二人だけの思い出、それがSaint Snowなのだと

「当たり前だよ…頭では分かってても、まだ…」

しかしまだ"Saint Snow"から抜け出しきれないでいる
かくいう三人もまだ自分たちが"Aqours"の津島善子であり、国木田花丸であり、黒澤ルビィである
ということから抜け出せないでいる
三人が自分達の新曲を未だに生み出せないでいることもそこにあった
自分達は優勝した"Aqours"のメンバーであったということが、ハードルを上げていた
怖いのである
0010名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 00:55:41.98ID:qJhT/LD9
自分達はもう"Aqours"ではないと言っても周囲は決してそう思わないであろう
あの"Aqours"の──そう思われることは確実であった
そして三人にはまだそう思われる覚悟はなかった
理亞もまた同じではないかと三人は感じたのである

「理亞って格闘技の経験はあるの、出るって言うならあると思うけど」
「ルビィもそこは気になって聞いたんだけど、教えられないって…」
「教えられないって──」
「敵になるかもしれないから…」

その言葉に、善子と花丸が息を呑んだ

「理亞ちゃんに聞かれたんだ、貴女達は出ないの?って、それに分からないって答えて…そしたらそう…」
「私たちが試合相手になる確率が少しでもあるのならってことね…」
「ほんとに理亞ちゃんらしい…ズラ」

さっきと言ってること同じよ──と善子が小さくツッコミを入れる

「むー…いたいよ善子ちゃん」
「だからヨハネ!──ったく、そっか、出るんだ、理亞…」

そういった善子の脳内に、昨晩見た総合格闘技の映像がフラッシュバックする
破裂音の様な音を響かせる蹴り
馬乗りになって打ち下ろされる岩雪崩れの様なパンチ
入った途端一瞬で相手を降参させてしまう首締め
思い出すだけで胸が苦しくなるような、とんでもない世界
その舞台に理亞が立つ
一体どれほどの覚悟があってできたことであろうか

──私には、無理──

しかし善子がそう思った瞬間、ふとあるシーンが頭をよぎった
動画の最後、試合後のお互いを称えあう場面
なんとなく目を離せなかったあの場面が、心に去来した

「──やって、みようかな」
「ぇ!?」
「よ、善子ちゃん…!?」

ぼそりと呟くようにだが、善子は言っていた
まだ見えない未来を夢想するかのようにぼんやりと空を見上げながら
たしかに善子はやってみようか、と言ったのだ
0011名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 00:56:10.77ID:qJhT/LD9
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そう決意してからの流れはトントンと進んだ
まずは皆で流し読み程度にしか呼んでいなかった書類を細かいところまで読み直す
開催日程は八月の初め、今から三ヶ月と少し、予備予選から間もない時期である
この時点でラブライブ優勝を目指すスクールアイドルの参加はかなり厳しいことが分かる
用語が分からなくてほとんど読み飛ばしていたルールをしっかり確認した
ルールは前に確認した通り打撃も、投げも、関節技も許される総合格闘技ルールで間違いはなかったが
パウンド──動画で見た馬乗りになった相手に拳を打ちこむような行為は禁止だった
流れで偶然当たってしまう程度なら反則はとらないが明らかに故意の場合は反則になる
あんな目に遭わないで済むと思うと善子は幾分か気分がマシになった
他では噛みついたり故意に眼をつくような行為は一発で反則負け
頭突きと肘で顔を打つこと、指を数本掴んで折ろうすることや髪の毛を掴むなどの行為も当然ながら禁止だった
そして参加者には防具の着用も義務付けられていた
ヘッドギアと分厚いオープンフィンガーグローブ──相手を掴めるように指が出ているデザインのグローブだ
それに加えて足の全面ををクッションで覆うような防具、レガースと膝パッドの着用が必要とされている
ビジュアルとしては良くないであろうが、経験の少ない人間同士で試合をさせることが前提である
これは当然の措置であった
練習する格闘技のジムもすんなりと決まった
沼津駅からそう遠くない場所で、善子が通いやすい場所である
ラブライブの運営委員会に参加の旨を伝えると、すぐさま委員会が周囲のジムを調べ
ここのジムはどうかと提案してくれたのだ
しかもレッスン料まで割り引いてくれるよう交渉までしてくれた
いたれりつくせりであったが、それに対してルビィはそう驚いていない様子であった

「多分、元からそういう格闘技の人たちと繋がりがあったんだと思うんだ

そうでもなければ参加者のサポートもできないし、こんなイベント開催しないと思う…多分」
最後は自信なさげにであったが善子と花丸にそう語る
むしろこのイベントを提案したのは格闘技側の人間かもしれなくともおかしくはなかった
真実は分からないが、少なくとも双方が協力関係にあるのは間違いないであろう
そうして善子──いや、花丸も、ルビィも含めた三人の、新たな目標に向けての日々が始まった
0012名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 00:57:11.20ID:qJhT/LD9
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「──ぁー…」
「ょ、善子ちゃん大丈夫?」
「だから…ヨハネェ…」

ジムに通い始めてから一週間経った昼休み、善子が机に寝そべりながらパックのイチゴジュースをストローですする
いつものツッコミにも気力が無い

「首が筋肉痛で痛いって初めてよ…」
「肉体の疲労には豚肉がいいらしいよ、お母さんにいってみたらいいと思うズラ」
「ありがとズラ丸…言ってみる」

なにも善子も運動をしていなかった訳ではないし、筋肉痛もAqoursの練習で慣れてはいた
ただでさえスパルタなダイヤの練習メニューに加えそれを理解できないペースで行う果南に皆が引っ張られるせいで
必然的に手も足もパンパンに張って筋肉痛になる
しかしこの首というのは初体験であった

「首って、本で見たけどやっぱりブリッジとかするの?」
「準備運動でやるけど、まだそんなに長い時間やってないわ…一番はあれよ、ギロチンのせいよ」
「ピギッ…ギ、ギロチン…!?」

物騒な言葉にルビィが怯える

「ギロチンチョーク──フロントネックロックだね、脇の下に相手の首を抱えるみたいに手を回して

背中を反らして前腕で相手を絞め上げる技ズラ」

「なんであんたが解説してんのよ…!」

こう──と花丸が腕を脇の下でわっかを作るように動かしながら解説する
善子が参戦することを決めてから花丸はとにかく格闘技やスポーツの本を読み漁った
今学校の図書室にあるスポーツコーナーの棚は花丸が大量に本を借りたことによってぽっかり穴が空いている

「あはは…マルにできるのはこれくらいだから…」
「とにかく、ギロチンから逃げようと思ったら胸張って顔上げて、相手の腕に隙間作んなきゃいけないのよ

その時に首と背中の筋肉使うから…それが一番の原因よ」
もう中身のなくなったジュースのストローを気怠そうにくわえながら善子が答える
その様子を見ながらルビィが言いにくそうに唇をかみ、それから口を開いた

「あ、あの…ダンスの練習メニュー少なく「それはダメよ」

その言葉を言い終えるまでもなく、さえぎるように善子が言う

「Aquorsは解散した、予備予選にも出れるような状況じゃない、でも私たちは止めたわけじゃない」
ルビィに答えると言うより、自分自身に言い聞かせるようにそう言葉を続ける
「だからダメなのよ…ダメなの…」
「…うん、そうだよね、ごめんね善子ちゃん」

少しばかり、重たい空気が三人の間に流れる
花丸は二人の様子になにも口を出せずに、ただ黙っている
今日も楽しげな喧騒の溢れる教室のなか、三人の空間だけが異質な空気を漂わせていた
0013名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 00:58:38.18ID:qJhT/LD9
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「大丈夫よ、明るい道しか通んないから」
「だからって外真っ暗よ!…もう、早く帰ってきなさいね」

母の言葉を背に受けながら、善子はスニーカーを履いて玄関を出た
服装は普段使っている練習着姿だ
マンションの階段をややゆっくり駆け下りながら外に出る
外は既に真っ暗になっていた
街灯の明かりが、少し眩しく感じるくらいである
夜──とはいっても真夜中という訳ではない
駅の方向から仕事帰りと思わしき背広姿の人間がぽつぽつと通りを歩いている程度の時間帯だ
その通りを、街灯の明かりに沿うように善子は走り出した
特に目的地はない、ただたんにランニングがしたくなったのである

──なんでこんなことしてるんだろ

ゆっくりとしたペースで足を動かしながらそう思う
今日も練習はあった、学校で普段通りダンスの練習を行い、ジムにも行った
もうくたくたに疲れている筈であるのに、自宅に帰って一休みするとなんとなく身体が落ち着かず
なんとなく走ろうとしたのである
善子にとってはかかせない儀式であるえがお動画の生放送も
放送枠をとった時間まで準備も含めても中途半端に時間があったのも大きかった
しかしそんな理由があるとはいえ練習後にランニングなど初めての事であった
なんとなく気恥ずかしい
もう初夏を迎えたとはいえまだ夜は肌寒い季節であるというのに、頬の辺りが熱く感じた
それを打ち消すように走る
またたくまに頬の熱が全身にまわった様に身体が熱くなり、息が荒くなる
さっきまで肌寒いと感じていた夜風が心地よかった
その時であった

「…あれ、善子ちゃん!?」

突然名前を呼ばれ、善子は驚いて立ち止まり周囲を見回す
その声の主は見知った人物だった

「…曜!」
「珍しいね!こんなとこで会うなんてさ!」
0014名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 00:59:20.31ID:qJhT/LD9
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軽く言葉を交わし、二人は走り出した
善子に合わせるように曜が並走する
曜の服装は使いこまれているジャージ姿だった
Aquorsの練習で着ていた練習着ではない
走る時に着なれたものなのか、飛び込みに切り替えるためにもあえてあの練習着は着ていないのか
聞くにも聞けず曜にペースを合わせて善子は走る

「ルビィちゃんから話は聞いてるよー、応援絶対行くからね!」
「う、うん」

走っているというのに余裕をもった感じで曜が言った
善子はもっとなにか──アイドル活動はどうしたとか、予備予選はとか色々言われるのではないかと
思っていたため、あっさりとした応援の言葉に少し驚いてしまった
そして無言のままランニングを続ける
リズムよく足を動かす曜だがペースは一定を保っていた
もしペースをあげられたら善子にとってキツい速さになるが、自然とペースを合わせている
そうしながら曜は時折振り返り、自分に遅れずについてくる善子の顔を見て小さく笑みを浮かべた
それから十分程だろうか、黙々と二人で走り続けたところで、不意に曜が足を止めた
明るい住宅街にある公園の前だ

「ふぃー、ちょっとここで一息つこっか!」

そう言うと善子の答えを待たずに、歩いて公園に入っていく
慌てて善子も後ろに続いた
住宅街の中にある公園だったが、流石に夜中に人はおらず二人きりだった
近くの通りから車のエンジン音が聞こえたりはするが、しんと静まり返っている
昼に遊んでいた子供が忘れたのだろうか、ポツンと砂場に放置されたスコップや物陰にあるボールが
子供達で賑わっていた時間帯の喧騒を思い起こさせるせいで、尚更周囲が静かに感じる
その空気のせいで善子はこの公園の中の空間だけが切り取られたような感覚に陥ってしまいそうだった

「ねぇ、曜」
「んー、どしたの善子ちゃん」

軽くストレッチをして身体をほぐしながら曜が返事をする

「なにもさ、聞かないのね」
「…」

その言葉に、曜が動きを止めた
善子が、ジッと曜を見つめる
曜がその視線にチラリと一瞬目を合わせ、そして考えるように目線を上げ空を見つめた

「よし!勝負しよっか、善子ちゃん!」
「…はぁ!?」
0015名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:00:18.96ID:qJhT/LD9
唐突な曜の言葉に善子が目を丸くする
そんな善子を尻目に曜は公園を見回し、その一角にある芝生が植えられた場所に向って歩き出す

「そうだねー殴ったり蹴ったりはなしでー…軽く組み合う感じでいこっか!」

問答無用でルールを決めながら芝生の真ん中に立つ
面積はジムで見た格闘技のリングの大きさより少し小さいくらい
子連れの親がゆったり座ってはしゃぎまわる子供達を見守ったり
休憩にシートを広げてちょっとしたピクニック気分でお弁当やお菓子を食べたりできる、そんなスペースなのだろう

「だからもう…はぁ…いいでしょう、堕天使たる私の力、ほんの一部ですが魅せてあげましょう」

何を言っても無駄だろうと諦め、少しヤケになった善子が曜の前に立った

「…なんかさ、今の曜って千歌っぽい」
「え、そうかな?えへへ、お褒めにあずかり恐縮ですな」

その強引ながらついつい引っ張られてしまう感覚にデジャヴを感じる善子の言葉に
照れるように曜が笑う
別に褒めたつもりはなかったが、それ以上はなにも言わなかった

「んじゃ、いくわよ、曜」
「ヨーソロー!お手柔らかにね」

その言葉と共に、善子が構えをとる
上体を曲げて前傾気味になりながら深く腰を落とし両手を胸の辺りに置いた
足は左右に広く広げ、身体の正面をほとんど相手に向けるような構えだ
ほとんどレスリングに近い構えである
これに打撃が加わると身体がやや半身を切って身体の正面を隠し、打撃でダメージをうけやすい
胴体を護るような構えになるのだが、組み合うことだけを考えるならこちらの構えの方が良い
身体が正面を向くので相手の力を受け止めやすく、左右に足を広げているため地面に踏ん張りやすい
それに答えるように曜も両手を上げ、構えた
善子とは違いそれほど前傾にはならず、軽く背を丸める程度で腰も軽く落とす程度
しかしその構えはどこか様になっていた

「…曜って経験あるの?」
「中学の頃に柔道部の助っ人に出たことあったんだよねー、授業でまぁまぁ上手い方だったから頼まれちゃって」

"まぁまぁ"などと言っているがいまいち信用ならないと善子は感じた
その柔道部にどんな事情があったのか知らないが、まぁまぁ程度で頼まれるものか
曜が組み付こうと襟元に伸ばしてくる手を善子が払う
善子が脇の下に腕を差し入れようと前に踏み込めば、曜は半歩下がる
お互いの手を昆虫の触角のように使い、動きを探り合った
互いの手が幾度も交差し、払われ、弾きあう

「──シッ!」

曜が意を決して不覚前に踏み込み、奥襟を一気に掴みに来た
咄嗟に低い姿勢の中さらに腰を落として善子がそれを避ける
そして曜の足元に向かって身体ごと跳び込むようにタックルに向かった
タックルというとスポーツや状況によっていろいろな意味があるが
格闘技──主にレスリングの技術の場合は胴や足に向かって組み付き相手を倒す意味で使われる
善子が行ったのは足へのタックルだった
両手が曜の足の膝裏に入りこむ、このまま身体をぶつけて胸で押し込むようにすれば相手は倒れる
しかし──
0016名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:02:44.28ID:qJhT/LD9
「おわっ…とぉ!!」
「ッ!?」

身体がぶつかる寸前に曜が善子の脇に左手を差し込み、勢いを殺しながら
まだしっかり抱え込まれていなかった左足を引いて腕を外してこらえた

──ちょっと遅かった…!?

外された右腕を咄嗟に曜の右足に回そうとしたが脇に腕を差し込まれたせいでそれもできない
懸命に左腕で足を抱えて逃げられぬようこらえながら善子が思う
タックルに行く際の動きが、奥襟を避けて、タックルにいくと二拍子の動きになっていた気がしていた
もしこれが避けつつタックルにいくというような、二つの動きの流れが一拍子に繋がっていたなら
地面に曜を転ばせていただろうが、そこまでの動きをすることは今の善子にはまだ不可能だった
曜がその体勢から左足を後ろに飛び退るように大きく引き、善子にのしかかるように体重を預けてくる
俗に"がぶる"と呼ばれるような動きだった
タックルに対する基本的な受け方の一つで、飛び込んでくる相手に対し足をとられないように両足を引きながら
のしかかるように身体を倒して相手を潰し、上になる動きだ

──げっ、なんでこんな慣れた感じなのよ…!

その動きに善子が顔をしかめる
たしか柔道はタックルみたいな技をあまりよしとしない傾向にあると、ジムで聞いたことがあった
故にそういった技への防御など多少経験がある程度の曜が知っている訳ないと思っていたが、実際はこうだ
そんなことを一瞬考えている間にも、曜は動きを続ける
のしかかった上半身を中心に左に…善子からだと右側に回り込むように動く
右足からまだ絡みついている善子の腕を引きはがしつつ、背後をとろうとしているのだ
背後をとられると一気に不利になる
それだけはさせるまいと腕が離れそうになる寸前、曜の動きを追うように善子が身体を回し
背後をとられることを防いだ

「こん…のぉ!」
「お──わわッ!」

そしてその動きの流れに合わせて頭を突き上げるように身体を起こし、のしかかっている曜の身体を少し浮かせる
無論それだけで相手を跳ね飛ばすようなことはできないが、善子はそのまま寝返りをうつように身体を捻った
相手の動きに逆らわず、重心を浮かせ、体幹の力を使う
そうすれば自分に組み付いている相手ごと身体の上下を反転させることは可能だった
曜の足が自由ならば横に足を伸ばして耐えることもできたかもしれないが、生憎と曜の右足には善子の腕がまだ絡んでいた
一瞬で二人の視界の上下が入れ替わり、芝生の上を転がる
転がった勢いでお互いの身体が離れると、すぐさま二人は立ち上がった  
動きに巻き込まれ引き抜かれた芝がはらはらと宙を舞う
その芝が地面に落ちるより早く、曜が地面を蹴り前に向かって踏み込んだ
踏み込みの勢いに任せて強引に右腕を伸ばし、善子の襟をとり、組む
勢いに押されて善子の身体がわずかに後ろに崩された
それを好機とみた曜がさらに前に踏み込む
このまま身体を押し付け、足を刈り、投げる
大外刈り──
0018名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:26:06.78ID:yfpMYxi8
そう考えた瞬間

「えっ…?」

曜の身体が、なにかに引き込まれるように前に向かって倒れていた
遠く感じていたはずの地面が一気に迫ってくる
目の前には善子の顔があった
自分が大外刈りで善子を投げたというのなら今の光景にも納得がいくが
まだ曜はなにもしていなかったのである
二人で地面に倒れた時には曜が善子にのしかかるような体勢になっていたが
曜の胴体に善子の両足が絡みついていた
その両足が曜の動きを封じこんでいた
横に回って横四方固めの体勢になることも立ち上がることも、がっちり絡みついた両足が防いでいた
それを感じ取った曜がすぐさま身体を起こして足をこじ開けようとするが
善子が下から左手で奥襟を掴んでそれを封じる
掴まれた手を外そうと曜が右手で善子の肩口を押さえ、体重をかけて無理矢理手を引きはがそうとした
その時だった
善子の両足が解かれ、その右足が曜の胸元に潜り込んできた
前に重心を乗せていたところに足が潜り込んできたせいで、曜の身体が傾き
バランスが崩れる

「あわわ!」

どうにか立て直さなければ、そう考えた時、曜は見た
善子がにやりと笑みを浮かべたところを

「…ギラン!」

堕天モードに入る時のお決まりの効果音を口にしながら善子の左足が、膝立ちになっていた曜の右足を背後へ押し伸ばした
ただでさえバランスが崩れていたところに、地面について支えになっていた膝を伸ばされたことで
さらに曜の身体が傾く
そこで善子が曜の胸元に潜り込ませていた右足の脛を使い、腰を回転させて曜の身体をひっくり返した
二人の身体の上下が反転し、入れ替わる
善子が上
曜が下
先程と違うのは下になった曜の両足が善子の胴に絡まっておらず
動きをコントロールする術がないという点である
馬乗りの体勢──

「──ッ!!」

曜がブリッジのように腰を跳ね上げ、善子を跳ね飛ばそうとするが腰の辺りにある重心を抑えるように
善子が馬乗りの姿勢を維持しているため上手くいかない
ならばと上半身を起こして善子の服を掴みにかかる
力づくで姿勢を崩して腰を跳ね上げ、体勢をまた入れ替え直す
そう考えて曜が伸ばした右手を、善子の両手が絡め取っていた
抱えるよう腕をとり、腰に跨っていた両足を動かして太腿で曜の上腕を挟み込むような形に入る
そして仰向けになって地面に倒れるように背中を伸ばし、曜の右腕を引き伸ばした

「堕天龍逆鱗蔓!」
「いやそんな技名じゃないでしょー!!!」

腕が完全に引き伸ばされる前に曜は芝生をバンバンと叩き、ツッコミと共に降参の意志を示した
0019名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:26:51.35ID:yfpMYxi8
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「ふえー善子ちゃん強いねー、気が付いたら地面にひっくり返ってたよ」
「ああ、スイープの事?」
「スイープ?」

先程の組み合いで火照った身体を冷ますように二人で芝生に座りながら話し合う

「さっきみたいに相手と身体の上下を入れかえる動きの事よ、それをスイープって言うの」
「へぇー…それとさ!私が地面に引き倒されたとき、腰に足が絡んでたよね、あれすっごく邪魔だった!」
「ガードポジションっていうのよ、あの足で相手をコントロールするの」

ガードポジション──総合格闘技に置いてもはやかかせない格闘技であるブラジリアン柔術の基本的な技術だ
下から両足で相手の胴体や腰を挟み込むように絡みつき
時には相手を逃さないように、時には距離を作るように、時には下から関節技を狙うようにと
相手の動きに対して瞬時に形を変えて対応し、コントロールする技術だ
先程は大外刈りを狙う曜に対し、善子はガードポジションの形に入るたうに曜に向かって跳び付き
胴を両足で挟み込みながら体重を預け地面に引き込んだのである
そして最後にはオーソドックスな関節技である堕天龍逆鱗蔓こと"腕ひしぎ十字固め"を極めたのだ

「…んふふー」
「…なに笑ってんのよ曜」
「いや、やっぱさ、真剣にやってるんだなって」

すらすらと自分の動きを解説する善子を見て曜が笑みを浮かべる

「さっきさ、なんで何も聞かないのって言ったじゃない?」
「ええ、そうね」
「真剣にやってるんだって、分かってたからさ」

笑みを浮かべたまま曜が言った

「どんな考えがあったか聞いてないけど、花丸ちゃんもルビィちゃんも一緒に頑張っててさ
それだったら私が──私たちがそれについてとやかく言うことなんてないよ」
「…」

その暖かいはずの言葉が、善子には冷たく、寂しく響いた気がした
現二年生と、現三年生が、Aqoursという一つのグループでの繋がりがなくなっていることを
再度実感させられる言葉に思えてしまったからだ
0020名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:27:23.94ID:yfpMYxi8
「でもね、正直言うと今それを後悔してるであります」
「えっ…!?」
「何があったのかとか、もっとちゃんと聞いてあげなきゃいけなかったって…ごめんね善子ちゃん」

少し俯きながら、曜が言った

「三人が自分達だけで何かやろうとしてるのに、口出ししちゃいけないかな…なんて思っちゃってさ
ちょっと考えれば、環境が一気に変わって困ることもいっぱいあるって分かるはずなのに」
「…曜が謝らないでよ、私たちだって、同じよ」

同じだった、変に遠慮をして頼るということを一切していなかった
そう分かった途端、善子は心がなにか暖かいものに包まれたような、そんな感覚がした
同じだ、同じだったのだ
皆同じように悩んで、本当は気になって仕方ないのに勝手に距離を作って
勝手に、勝手に──

「ねぇ、曜」
「ん?」
「私たちは、Aqours…だよね」

もう自分たちが、Aqoursではないなんて考えて
もうあのときの関係とは違うだなんて考えて
そんな善子の言葉に曜は自嘲するように微笑んだ後、にっこりと明るい笑みを浮かべた

「あったりまえだよ!わたしたちは!これからもずーーーーーーっと!Aqours!」
0021名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:27:53.92ID:yfpMYxi8
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話しているうちにすっかり時間が経ってしまっていた
公園を出て、通りに出るとまばらに見えていた人影はさらに少なくなり
なんとなく感じ取っていた人の動く気配や生活音が薄まり、家から漏れ出る明かりの数も減った
人気のない夜道を曜と善子が二人、帰宅を急いで少しペースを上げて走っていた
「ねぇ、曜」
「なーに善子ちゃん」
二人が別れる道にさしかかるところで、善子が問う
「また、一緒に走ってもいい?」
「もっちろん!いつもこの時間くらいに走ってるからね!」
「そう、じゃあまた明日ね」
「うん!また明日!」
互いの帰り道に分かれながら、その返事に善子は微笑んだ
0022名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:28:22.38ID:yfpMYxi8
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浦の星女学院には学食というものが無かった
購買もなく、もし昼食を忘れてしまった場合は先生によって出前がとられるシステムであり
ドラマや小説にでてくる学食での食事にどこか憧れを抱いてしまう生徒も少なくなかった
そんな学食が統合先の新たな学校には存在した
元浦の星の生徒たちは昼休みにずらりと行列が並ぶ料理の受け取り口や、人でごったがえす購買を
新入生に混じってキラキラした目で見つめ、みるからに楽しそうに食券を購入していく
善子もそんな生徒の一人であった
普段見ているマンガやアニメのような光景にウキウキとした気分で食券を購入した
購入した料理はうどんだった
理由は単純に安かったからである、日々儀式の為に堕天使グッズを購入する善子の財布の中身は乏しかった
だがそのうどんによって善子は学食に近寄らなくなった
いや、うどんのせいではなく、善子の食べ方に問題があった
受け取り口でうどんを受けとり、席に座るとテーブルに備え付けられていたあるものを手に取った

七味

人にもよるがうどんには欠かせない調味料だ、別段手に取ることはおかしくない
問題はそのかける量だった
それに最初に気付いたのはとなりにたまたま座っていた生徒だ
当然だろう、隣りの人間が腕を何度も何度も動かしていたら嫌でも視界の隅に入り、視線をむけてしまう
その動かしている手に握られたのは七味、そしてその瓶の下には既に、赤い小山が出来ていた
それでもなお隣りの人間は腕を振ることを止めない
ようやく七味をテーブルに戻した時にはその小山がさらに一回り大きくなっていた
それを箸で軽くかき混ぜて出汁に馴染ませる
透明で透き通った出汁の上にわずかにネギが載せられ、白い麺の姿が見えていたうどんが赤く染まる
出汁にまんべんなく七味が混ざり透き通っていた色が一気に赤く濁る
その光景を呆然と見ている生徒に気付いた他の生徒たちが、どんどん善子の真っ赤なうどんに視線を向け、目を丸くする
善子が七味のまとわりつく赤い麺を箸でつかみあげる
周囲の生徒たちが思わず息を呑む
善子がその麺を滑らかにすする
周囲の生徒たちが辛さを想像し顔をしかめる
善子がさらに麺をすする
周囲の生徒たちの額から汗が流れ出る
なにより周りの生徒にとって奇妙だったのは食べ方が割と上品であったところだ
麺をすするときに音は立てているがズルズルと麺を一気にかきいれるような食べ方ではなく
スムーズにつるつると口に運ぶ食べ方だった
他人からの目線を気にしてある程度マナーを身につけている様に見える
綺麗なやや青みがかった長い黒髪や綺麗に整った鼻筋も相まって一見どこかのお嬢様のようだ
しかし口に運んでいる麺の色は、ありえない赤色をしていた
それがスムーズに口の中へと流れ込んでいく
辛さに声もあげず、顔もしかめず、汗も流さず
ただ淡々と麺をすする
そして麺がなくなり真赤な出汁を善子が飲み干した時には、その席の周りにずらりと人混みが出来ていた
それ以来学食には行っていない
学校の廊下を歩いていると「あ、あの人Aqoursのヨハネちゃんだよ…!」「え?あの七味お嬢が?」
などと言われるようになったからだ
そんな善子が今日は学食に来ていた
顔には居心地が悪そうな表情を浮かべている
しかしそれは嫌な思い出を思い出しているからではなかった
そもそも今日は一人ではない、隣りにはルビィと、花丸がいる
そしてその表情も善子と同じくやや居心地が悪そうだった
原因は向かいの席に二人いる人物のうちの一人
0023名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:29:13.75ID:yfpMYxi8
「…」
「り、梨子ちゃーん、怖い顔してたら美人が台無しだよー」

無言で善子たち三人を桜内梨子がジッと見据えていた
横に座る高海千歌が表情を和らげようとしても一切効果が無かった
曜と善子が一緒に走った翌日、三人は突然呼び出され集まりやすいからと学食に集合と相成った

「…よっちゃん、私は曜ちゃんから大体の話は聞きました」

ゆっくりと梨子が口を開く
おそらく昨晩の曜との会話について聞いたのであろう
その曜は飛び込みの関係で職員室に呼ばれたらしく、今はここにはいない

「どうして何も言ってくれなかったのよ」
「あ、あのねリリー──いひゃひゃ!」

善子が口を開くと同時にスッと梨子の手が伸び、そのほっぺをギュッとつまんで引っ張った

「ルビィちゃんと!」
「ぴぎッ!?」
「花丸ちゃんも!」
「ずらッ!?」

そして残った手でルビィと花丸にデコピンを一発づつお見舞いした
二人の額がわずかに赤みを帯び、そうなってようやく善子の頬は解放された

「いったぁ…なにすんのよリリー!」
「まったく、人をそんな呼び方してるのに、変なところで真面目なんだから」
「はいはい梨子ちゃんその辺で止めなよ、私たちだって悪いんだからさ」

梨子と善子の間に入りながら千歌が二人を宥める

「ごめんね、善子ちゃん、花丸ちゃん、ルビィちゃん、私たちが先輩なんだし、色々してあげなくちゃいけなかったよね」
「ル、ルビィたちこそ遠慮しちゃってて…」
「ごめんなさいずら…」
「あはは…梨子ちゃんもね、実はすっごく気にしてたんだよ。だからこんな感じで熱くなっちゃって」
「ち、千歌ちゃん!」

千歌の言葉に梨子が顔を真っ赤にする
その顔に皆の視線が注がれ、梨子は誤魔化すように咳払いを一つ打つ

「ま、まぁその…これからは遠慮しないでなんでも言ってね、作曲のこととか…」

まだ頬を赤く染めたままそう話す
きっと自分の分野であった作曲のことで悩んでないかずっと気にしていたのだろう
実際にその通りであったため梨子の懸念は当たっていたのだ
ようやく言いたいことを言えて落ち着いた雰囲気の梨子を見て千歌が微笑み、梨子に続いて口を開く

「私も作詞の相談からお手伝いでもなんでもお願いしてね!とりあえず今は善子ちゃんの応援かな?」

──ビラ作る!?ポスター!?いや…いっそPVとか!?
言うや否やどんどん善子の試合に関する宣伝のアイデアを出してくる
0024名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:29:45.43ID:yfpMYxi8
「…宣伝なら文章とかはマルと──千歌ちゃんが一緒にやればいいかな」
「おーいいねいいね!一緒に考えよっか花丸ちゃん!」
「ル、ルビィは入場するときの衣装も考えた方がいいと思います!」
「衣装だったら曜ちゃんだけど、大丈夫かしら…無理しちゃったりしないかな」
「うーん、よーちゃんは小物とお手伝いしてもらうくらいって考えといた方がいいかも」
「だ、大丈夫です!ルビィが心配させないようにするから…!」
「おおー!ルビィちゃんが燃えてるズラ!」

流れるように会話が進んでいく、本来ならその会話の中心にいるはずの善子はまだ口を開かず
ただその光景を眺めていた
実時間だとほんの少し前だが、まるで遠い昔のように感じたAqoursの活動風景
もう見ることはないのではないかとさえ思ってしまっていた光景が目の前に広がっていた
それがどこか見ていた夢の続きの様に現実離れしているように感じて、輪に入ることができずにいた

「で、よっちゃんはどんな衣装がいいの?」

そんな善子に梨子が微笑みながら声をかける
皆の視線が善子に向いた
その視線がふわりと善子を現実に引き戻した
いつものように顔には不敵な笑みを浮かべ
いつものようにポーズをとり
いつものように話しだす

「くっくっく、このヨハネが身にまとう戦装束であれば、罪の如き漆黒の──」
「善子ちゃんのことだから黒い羽が生えたのがいいって言うと思うズラ」
「先に言うなー!てかヨハネ!!」

人で賑わう昼の学食に一際大きな声が響き渡る
しかしその声も昼食を楽しむ学生たちの賑やかな声の中に溶け、消えていく
楽しげな雰囲気が溢れる風景に、五人が見事に溶け込んでいた
0025名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:30:30.31ID:yfpMYxi8
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夜の公園
住宅街の中にある、街灯と生活の明かりに照らされた宵闇の中で一際明るくきらめくその場所に
今日も善子と曜はいた
ランニングの途中に二人で合流してこの公園まで走り
善子が曜に今日学んだことを復習するように教えて身体が冷えないように動き
周りが暗くなり過ぎないうちに帰る
それが二人の中で習慣となっていた
善子が曜に学んだことを教えることを提案したのは曜である
曜が善子にせっかくなんだからと教えを乞う形で頼んだのが始まりであったが
その実は教えることが善子にとっても為になることがあると分かっての頼みであった
曜はそのことを口にはしない
もしかすると純粋な好奇心かもしれないが、善子は自分の為に曜が頼んでくれたのだと思っている
実際に教えることは復習になり、自身の改善点にも気付くことが出来る
なにより教えることを意識すると普段の練習にもより力が入り、トレーナーに質問する回数も増えた
自身の疑問点は教えられる側の疑問点になるからだ
これに答えられるようになっておかなければ人に教えることなどできない

「えーっと、足幅はこのくらいで…こんな感じ?」
「そうね、あとは後ろ足の踵を上げて拳はあんまりギュって握らないで小指を浮かせる感じね」

今日は打撃の基本を教えていた
肩幅程度に足を横に広げ、前後の間隔は自然に一歩足を踏み出す程度
利き腕が右なら前に出すのは左半身だ
背中を丸めるが背筋は立たせ、拳は頬の横に添える
ボクシングの基本的な構えだった
得意な動きによって様々な構えがあるが、基本の構えはこれである

「なんでギュって握らないの?」
「拳を握っちゃうと腕が力んで固まっちゃうのよ、そしたら速く腕を動かせないでしょ」
「あーそっか!」
「それで、当たる瞬間だけ拳を固めるの、じゃないとグローブあっても拳痛めちゃうしね」

言いながら善子が構える
善子の構えは基本の構えに比べて腰が落ち、足を広げる幅がやや広い
打撃だけでなく、組むことを意識した構えであった
それが自然に身についているのである

「で、ここから軽く前足を出してジャブ」

その構えから半歩前に踏み込み、左手でパンチ──ジャブを出す
ジャブは前にある手で出すパンチだ
身体を大きく捻ったり腕を大きく動かさない為隙が少なく、一流のジャブは予備動作が全くないため
ほとんど見えないパンチと言っても過言ではない
その分威力は低いがこれに当たり過ぎるとどんどんダメージが蓄積し、意識がもうろうとしてくる

「それで身体を返してストレート!」

ブン、と音をたてて善子の右手が前に突き抜ける
身体を返すというのはジャブを突き出して右に軽く捻った身体を返し、大きく身体を左に捻って
後ろにある手を思い切り前に突きだすということだ
この後ろにある手でパンチを放つのがストレートだ
0026名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:31:16.05ID:yfpMYxi8
「で、フックと!アッパーね!」

さらにその左に捻った身体を右に返し横に弧を描いて放たれるパンチ──フックを左手で放つ
そして再度身体を返して下から上に弧を描くパンチ──アッパーを放った
ボクシングにおける基本の四動作を繋げた、コンビネーションの基本ともいえる四連打である

「ワンツー!スリー!フォー!…こうかな?」
「もうちょっと背中を丸めた方がいいわ、背中がピンって立ってるとのけぞった感じになっちゃうから」
「あー、体重がパンチに乗らないんだね…こーかっ!」

曜がやや体を前に傾け、思い切り右手を振りぬいた
停滞した夜の空気の中を拳が突き抜け、ブンと音が鳴り、静かな公園に空気が揺れる音が微かに響き渡る

「おおー!全然感覚が違うよ!」
「いい感じね、それで前に身体が傾きすぎなければいいわ、隙だらけになるから」
「了解であります!」

このように動きをいくつか教えているとすぐに帰路へ向かう時間になる
公園を出て、自然と互いにペースを合わせながら走り出した
住宅街を抜け、街灯を辿るように走りながら人通りの少なくなった通りに出る
街灯の下を通ると二人の顔に浮かんだ汗が跳ねて反射し、キラキラとした軌跡を描いた
0027名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:31:56.04ID:yfpMYxi8
「すっかり暑くなったわね」

時折目に入りそうになる汗をぬぐいながら善子が言った

「そうだね、もー走り出すようになってから一ヶ月くらい経つし」
「早いものね、もう二か月ちょっとで本番だなんて」

善子がSIFFへの出場を決意してから一ヶ月以上が経過していた
あれから変わらずアイドルとしての練習を行い、放課後にジムに向かう生活が続いている
が、変わっているところもあった

「どう善子ちゃん、梨子ちゃんの作曲レッスンはどう?」
「ようやくちょっと分かってきたところよ、リリーったらスパルタなんだもの、嫌でも覚えるわ」

アイドルとしての練習が以前行っていたダンスの練習だけでなくなり、千歌や梨子を交えた
作曲作詞の練習としての時間としても使われるようになったのだ
千歌が花丸に作詞を教え、梨子が善子に作曲を教える形だ
まずはどうにかして自分好みの一曲を作り上げようと努力しているがまだまだだ
ルビィは既に衣装係りとして十分な腕があるため曲のイメージにどう衣装を合わせるか
皆と相談しながらよりスキルアップを目指している
何をやればよいかわからずただただ思い出に縋るようにダンスの練習をしていたころに比べれば随分変わった

「…曜は、どうなの、またこっちに顔出せそう?」
「あははー、今週は厳しいかな…あ、でも来週どうにか時間作るつもりだから安心して!」

しかし曜は千歌や梨子ほどその練習に参加できないでいた
飛び込みの練習がかなりタイトなスケジュールで組まれており、顔を出そうにも出せないのだと言う

「別に曜に時間合わせることだってできるんだから、遠慮しないで言いなさいよ、ルビィと花丸も寂しがってるし」
「ふふ、ありがと!そういう時は遠慮しないで言うね、善子ちゃんも寂しそうだし」
「ば!わ、私たちはこの時間にしょっちゅうあってるし!──まぁ、六人で集まりたいといえば…うん」
「分かってるよー!じゃあ気合いれていくヨーソロー!」
「あ!ちょ、速いわよ!よーうー!!!」

曜が突然ペースをあげ、グングンと加速を始める
善子も懸命に追いすがるが疲れた今の状態で全力で走って追いつくのがやっとだった
まるで鎖を外された犬が昂りを抑えられずに駆け回る様に、汗をきらめかせながら曜が駆ける
ただただ衝動の赴くままに足を動かし、いつもの数倍の速度で流れていく景色に笑みを浮かべながら駆ける
そして普段二人が別れる道の前にたどり着いたところで、ようやく曜が足を止めた
興奮と暴れる心臓を抑えるように深呼吸をふたつ、そして三度目に息を大きく吸った時
善子がようやく追い付いてきた

「ぜぇ、ぜぇ──な、なにいきなり──走り出したのよ」
「ふぅー──ごめんごめん、なんかこう、ぶわーってきちゃって、我慢できなくて!」
「こ、子供か!まったくもう…ふぅー…」
「じゃ、また明日ね!善子ちゃん!」
「ええ、また明日──てか!ヨハネ!」
0028名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:32:36.80ID:yfpMYxi8
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曜と善子が夜道を走っている同刻
すっかり暗くなった夜空に光る星を黒澤ルビィは窓から眺めていた
その手には携帯電話が握られて、耳に当てられていた

「うん、善子ちゃん頑張ってるよ、理亞ちゃんも身体大丈夫?」
「大丈夫、中途半端な鍛え方はしてなかったから、心配される必要なんてないわ」

通話相手は、鹿角理亞
ルビィにとってはライバルではあるが、同時に大切な親友でもある人物
窓から夜空を眺めているのも、なんとなく遠く離れた函館との繋がりを感じられるように思えるからであり
少しでも近くに感じたいと思える、ルビィにとってはそんな存在であった

「ルビィこそ、あのお姉ちゃんがいなくなって大丈夫なの?」
「むっ、大丈夫だもん!理亞ちゃんも、聖良さんいなくて大丈夫なの?」

姉のことを問われたルビィが同じく姉について返す
ダイヤ、聖良
両名の姉は高校卒業後に東京の大学に進学し、離れた土地で過ごしている

「──大丈夫よ、ちょっと前の私なら分かんなかったけど、今の私なら大丈夫」
「理亞ちゃん?」
「私にはもう姉さまだけじゃない、だからよ」

優しい声色だと、ルビィは感じた
ルビィに比べると低めで口調や語気もやや強く刺々しい雰囲気があるものの、少女らしい可愛らしさを備えた声
もう聞きなれたその声が、柔らかい

「…そっか」
「そうよ」

クスクスとルビィの耳元から理亞の小さな笑い声がきこえる
ルビィもつられるように小さく笑った
その空気を味わうように、互いに少し無音の時間が流れる
何拍か間を置き、先に口を開いたのは理亞だった

「ねぇルビィ、もうそろそろ対戦カードの発表なんだ」
「うん、善子ちゃんから聞いてるよ、ドキドキするね」
「…それでね、ルビィ、もしも、もしもよ?私と善子が対戦することになったら、どうする?」
0030名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:38:59.12ID:rYFVkDpb
理亞のその言葉に、ルビィが口を閉じた
その可能性はたしかにあった、おおいにあるといっていい
善子が156cm、理亞が153cm
体型もスレンダー気味な二人にそれほどまで差異はなく、二人とも昨年は大きく注目を集めたグループのメンバーだ
体格差的にも話題性としても申し分ない組み合わせである
しかしどうする、と言われても、ルビィはAqoursだ
当然ながら善子を応援する立場に立つべきであろう
しかし、ルビィはすぐにそう言うことができなかった
頭では理解している、理解しているが、理亞もまた大切な友人である

「それは…それは…困るよ、すっごく困る…!」

何かを押し殺すように静かに、しかし少し語気を荒くしながらルビィが言った
しかしそう言って何かを決意したように小さく息を吸い

「でも私は善子ちゃんを応援する、だってAqoursだもん!」

そう言い切った
その手が微かに震えている
息が荒くなっていた
理亞の返答までのほんの、ほんの十秒も経たない時間
その時間がルビィにとってはとてつもなく長く感じた

「うん、それでいいよ、ルビィ」
「理亞ちゃん…」
「あのねルビィ、私、友達出来たんだ」
「…」

先程と変わらない優しい声で、理亞が話す

「ルビィ──それに花丸と善子と仲良くなってから話しかけてくれる子も増えた
それでも私まだ周りと距離を作ってたんだと思う、姉さまもいなくなってどうしようって焦ってたり」
「分かるよ、ルビィたちもそうだったもん」
「だからかな、今回のSIFFにチャレンジしたのも、何かしなきゃっていうのがキッカケだった
正直、こんなことやって周りから馬鹿にされたりされるんじゃないかなんて思った」
「…」
「でもね、こんな無茶はじめた私を周りの人たちがいっぱい助けてくれたんだ、スポーツ系の部活の子とか
セコンドかってでてくれたり、練習メニュー考えてくれたりさ、みんな頑張ってって、応援してくれて」
「うん、勝手に自分たちから壁を作っちゃって気付けないんだよね」
「だから、私はもう大丈夫、ルビィはAqoursとして、善子を応援してあげなさい」

理亞の話に、ルビィは最近の自分達を重ねあわせていた
それが遠く離れた土地にいながら、窓から覗く同じ夜空の下にいることのようで
理亞との間に深いつながりを感じていた

「じゃあ、そろそろ切るよルビィ」
「うん、分かった…ねぇ理亞ちゃん──」
「ん?」
「頑張ろうね!一緒に!」
「…ええ!一緒にね」

二人は親友であり、同じ道を歩むライバルでもある
同じ道を征くからこそ、同じ悩みを持ち、同じ壁に当たり、乗り越えていく
共に同じく、突き進む
二人は同じく笑顔を浮かべながら、通話を切った
0031名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:40:40.01ID:rYFVkDpb
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その翌日、善子の対戦相手が理亞になることが、公式から発表された


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やや広い1LDKのマンションの一室だった
家族で住むには手狭であろうが一人暮らしには少々持て余してしまいそうな広さだ
壁や床は真新しく、建築からさほど時間が経っていないことが分かる
居間にはテーブルやソファなどの家具が綺麗に並べられ、清潔に保たれていた
日用品もほとんど収納されており、テーブルの上に雑誌が一冊置かれている程度で
テレビが置かれた台にも埃は積もっておらず、傍の棚に並べられたDVDも綺麗に並べられている
DVDはアイドルに関連するものが多く、他には日本舞踊や琴の演奏会などのものが何枚かある程度だ
キッチンの流しにも洗いものは溜めこまれておらず
先ほど使用したばかりであろう小さなマグカップが二つだけ水に漬けられながら置かれているのみである
綺麗に整えられた部屋だ
部屋の主の几帳面な性格が表れた部屋である
その居間の中央で、部屋の主、黒澤ダイヤは静かに正座していた
静かに、ジッとその膝元に視線を向け、座している
その視線の前にある物は、携帯電話
閉じられている携帯電話をただじっと見つめている
そしてそんな黒澤ダイヤを見つめるもう一人の人間がその部屋にはいた
紫がかった艶やかな髪に、凛とした眼差しと端正な顔立ち
まだ少女らしい面影を残しながらも美人という言葉が似合う大人びた雰囲気があった
「あの、ダイヤさん…」
「なんですか聖良さん?」
同室のソファに腰かけている鹿角聖良がダイヤに声をかける
「ルビィさんからの連絡がないからってそんな…だいいち、自分から連絡すればいいじゃないですか」
「それではまるで妹離れができていないようではありませんか!」
実際できていない様にしか見えないが、聖良は面倒になることが分かっているのであえて何も言わなかった
それが分かる程度にはダイヤとの付き合いが聖良にはできている
聖良とダイヤ、同じく東京の大学に進学し、当初は互いに知り合いもいなかったため
自然と友人としての関係ができただけであったが
今ではこうして聖良がダイヤの部屋に入り浸るくらいになっていた
「最近はルビィさんも元気になって、一安心と言っていたではないですか」
「そ、そうですが…」
「理亞も最近心にゆとりができたみたいですし、私たちも心にゆとりを持ちましょう」
「はい…」
0032名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:41:56.63ID:rYFVkDpb
聖良の言葉にダイヤが渋々ながらといった様子で正座を解き、携帯をテーブルの上に置いた
そしてその傍に置かれていたアイドル雑誌を手に取り、ソファに座っている聖良の隣に腰かける
自身を落ち着かせるように小さく息を吐き、雑誌のページをめくって何度も開かれた形跡のある記事を開く

「しかし、まさか善子さんと理亞さんがこのようなイベントに参加するとは…」

その記事はSIFF──SCHOOL IDOL FIGHTING FESTIVALについて書かれた記事であった
記事にはこのイベントに出場するスクールアイドルたちとその対戦カードが写真付きで紹介されていた
ややマイナーな現役グループのメンバーから数年前に引退した有名所の元スクールアイドルまで幅広い
その中に津島善子と鹿角理亞の両名がいた

「しかしそのまさかのおかげで、一気に周囲が活気づいたようじゃないですか」
「まったく、一言私に相談してくれてもよろしいと思いません?」
「ははは、仕方ありませんよ、彼女たちは現役、私たちはもう引退した身ですから」
「ですが!…そうですわね、寂しいですがその通りです」

ダイヤががっくりと肩を落とし、そっと雑誌を閉じる
表紙を飾る煌びやかなアイドルの姿が二人にとっては果てしなく眩しく見えた
現役時代には感じることのなかった輝きを感じ、寂しい気分を覚える
沈黙が二人を包んだ
互いにかつて自分たちが立ったステージを思い出す
良い思い出ばかりではない
失敗、挫折、後悔
そういったことも多かった
しかしそれでもあの日々はかけがえのない宝物であった
その沈黙の時間を、不意に破ったのはダイヤだった

「ふふっ…」

周囲が沈黙に包まれていなければ気づかれなかったかもしれないような、小さな笑い声

「…どうかしましたか?」
「いえ、今の自分を果南さんと鞠莉さんが見たらなんて言うかと思うと、つい」

今では遠く離れた幼馴染二人の名前を口にしながらダイヤが苦笑する
ダイヤにとって過去を思い返すとことあるごとに記憶に現れる二人だ

「あの二人ですか、羨ましいです、そういうの」
「ふぅー…なんだかあの二人のことを考えると、うだうだしてる自分が馬鹿らしく感じますわ」
「たしか鞠莉さんはイタリアに留学されたんでしたよね、果南さんは…」
「今はパラオにいるそうですが…今度はインドネシアだかオーストラリアだかに行くと言っていましたわ
まったく本当に自由というか…日本で待つ身にもなって欲しいものです」
0033名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:42:25.67ID:rYFVkDpb
口では文句を言いながらも、楽しげに二人についてダイヤが話す
そしてソファから立ち上がり雑誌をまたテーブルに置くと、今度は携帯電話を手にした

「あの二人に今の姿をみせるとからかわれそうですから、し か た な く ですわよ」

口元にある艶ぼくろを指先で触りながら、何故か聖良にそう言い携帯を操作し、耳元に当てる
それを見て聖良は苦笑しながら、分かっていますよと頷いた
聖良は当初、ダイヤに対してお堅い印象を抱いていたがしばらく一緒に過ごすうちに大きな間違いだと気付いた
責任感が強く、真面目で、やや融通が利かない一方、真面目さゆえに空回りしていたり突飛な行動をとったりする
そんなところが普段の大人びた立ち振る舞いとは違い、年相応で可愛らしく馴染みやすかった

「…あ、ルビィ──いえ、特に用事ではないのですが、あのイベントへの準備は順調か聞いておきたくて」

声が僅かに弾んでいた
凛とした声色がやや高いように感じる

「ルビィ、何か困ったことがあればなんでも相談して良いのですよ──ほぅ、そうですかそんなことが…」

その声色が、少し変わった
口元が吊り上がり、にんまりとした笑顔を浮かび上がらせながらゆっくりと聖良の方を振り返る
ちょっとした悪戯を思いついた子供の様な笑みだった
聖良が背筋に悪寒を覚えながら息を呑む

「ええ、私にまかせなさい、ちょうど頼れるお友達もできましたから」

嗚呼、そうなのだ
聖良は思い出した
ダイヤは責任感が強く、真面目で、あのフリーダムな鞠莉と果南の幼馴染で、あの奇想天外の塊みたいなAqoursの一人だった
いつのまにか何かに巻き込まれたことを察しながらも、聖良が何か言う間もなくダイヤが携帯を切った
0034名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:44:40.15ID:rYFVkDpb
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善子と理亞の対戦が決まった知らせと同時に、二人の元に新たな大会に関する書面が贈られてきた
内容としては試合前に他のメンバーによるパフォーマンスタイムを数分程度設けるとのことである
ただ試合をするのみではアイドル性が薄いとして設けたのであろう
パフォーマンスと言っても録画ビデオ映像をモニターに映してもよいし
それらを作成することが困難なら過去のライブ映像を運営側から流すことにしてもよいとのことである
二人や三人のメンバーで組んでいるところや、もう引退して久しいグループへの配慮だろう
Aqoursも九人の大所帯ではあるが、実際にパフォーマンスをすることは難しいと考えていた
花丸とルビィは善子のセコンドに付くため試合前には準備がある
曜は飛び込みの練習があり、パフォーマンスのための練習に時間を割くことが難しい状況だ
千歌と梨子はまだ時間をとれる方だが曜に比べてというだけである
このような状況の為やれたとしても録画
無理をするくらいなら過去のライブ映像にしようという風に皆で話をした
──筈であったのだが

「ええ!?ダイヤさんがやるって!?」

すっかりメンバーの集まる場となった昼の学食
先日と違い曜も含めた六人で集まったその場所に、千歌の声が響き渡った

「う、うん、お姉ちゃんから電話がかかってきて、困ってることないかって聞いてきたから
パフォーマンスについてアドバイスもらえないかなって…」
「そしたら、ダイヤさんがやるって言ったらしいズラ…」
「うーん聞いたことないなぁ…それに今鞠莉ちゃんも果南ちゃんも海外だよね?」

曜が皆を見回しながら言う
もしかしたら自分の知らないところで帰国の話が出ているのかと思ったが
特にそのような話はないようだった

「うーん、でもダイヤさんたちなら昔三人でやってた頃の振り付けとかあるから
夏休みに帰国してイベントまでの間に練習すれば無理ではない、かも」
「それ、結構無茶よね…はぁ、ダイヤさんにも千歌ちゃんの無茶振りが移ったのかしら」

千歌の言葉に梨子が返す
言い返そうと千歌が口を開くが、何も言えずに苦笑いを浮かべて口を閉じる
思い返せば中々無鉄砲なことをしてきたものだと自覚したらしい
やや恥ずかしそうな千歌を見て梨子が小さく息をつきながら微笑んだ
0035名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:45:40.25ID:rYFVkDpb
「ま、そんな千歌ちゃんについていった結果私たちは成し遂げられたんだから、ダイヤさんを信じましょうか」
「う、うん!お姉ちゃんできもしないことを言う人じゃないから!きっと大丈夫だよ!」
「くくく、我がリトルデーモンたちもこう言ってるのですから、ダイヤを信じることにしましょう」
「だから私はリトルデーモンでもリリーでもないって言ってるでしょ!」
「梨子ちゃん落ち着いて!善子ちゃんはリリーとはまだ言ってないズラ!」

相も変わらず梨子をリトルデーモンと呼ぶ善子に梨子がいつも通り声を上げる
普段通りの二人を見て曜と千歌が微笑ましく笑っている
そして千歌がふと思いだしたように学食の窓から覗く空に目を向けた

「今果南ちゃんがいるパラオって日本と時差ないんだよね、今頃は果南ちゃんもお昼ごはんかな?」

遠い空の下、同じく食事をしているであろう幼馴染を思い描く

「鞠莉ちゃんのいるイタリアは──日本の方が8時間進んでるからまだ朝の4時過ぎだね」

曜が同じく空に目を向け、言った

「じゃあ今頃お布団の中かぁ…ふぁー、私も今からぐっすり寝たいなぁ…」
「いやいやいや、千歌ちゃん勉強頑張んなきゃいけないでしょ」

窓から入り込む夏の香りを微かに感じる日差しに、千歌が小さな欠伸を一つ
まだ春の香りが漂っていた初夏から気が付けば夏の香りを感じるまでに時が経っていた
ただラブライブに向けて足掻いてもがいて走りぬいた昨年のように、あっという間に時間が流れる
そんなあわただしさを千歌は心地よく思いながら、陽の光を浴びていた
0036名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:46:48.34ID:rYFVkDpb
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それからあっという間に時間が過ぎて行った
春の残り香はまたたくまに消え失せ、夏の香りを運ぶ梅雨がおとずれて、そして夏がきた
空気や風には湿気が増し、涼しげだった夜の風も一気に熱気を煽る鬱陶しげな空気の流れに変化する
そんな熱気が日に日に増していく夏の夜の中、善子は日課となっているランニングの為に家を出た
最初は心配そうにしていた母親ももう何も言わない
少々帰りが遅くなった日に注意はされるが夜に走ることに関しては特に注意されなくなっている
リズムよく階段を下ってマンションの前で軽く身体をほぐし、かろやかな足取りで通りを駆け出した
走り始めた日に比べ気温は上がり走り辛い環境になっているというのに、走るペースが上がっている
スタミナは間違いなく増えていた
時折拳を振ったり膝を高く上げ、シャドーを交えながら数分走った辺りで、曜と合流する
最初はすこし遠慮がちにペースを緩めていた曜だったが、最近はそのような様子はない
曜もまた善子のスタミナの増加を実感し、ペースを緩めることはなくなっていた
そこから数分程走って、目的地の公園に到着する
少し荒くなった息を整えながら軽く屈伸をしてやや張っている脚をほぐす
そうして一息ついたところで曜が口を開いた

「もう一週間後だね、本番」
「ええ、早いものね」

額に浮いた汗をぬぐいながら善子が言った
もうイベント本番まで一週間までという時期になっていた
前日に計量の為に会場に行くことを考えると、内浦にいるのは後一週間もないことになる

「それより曜、本当にいいの?」
「んー、何が?」
「セコンドよ、観戦にくるだけでも大変そうなのに…」
「いーの!今のメンバーだと一番運動に縁があったの私だし、やれることしたいから!」

大きな笑みを浮かべて曜が答える
曜がキツイスケジュールの合間を縫ってセコンドをかって出てくれたのだ
イベントの会場は東京だ
ほぼ毎日ぎっしり詰められた練習スケジュールの中、普通に日帰りで観戦にくるのもキツイはずであるのだが
より朝早く、帰宅が遅くなるセコンドを担当してくれた
花丸とルビィもセコンドについてくれるが、二人は前日の計量日から善子と共に東京入りする
曜はそうもいかず当日の朝から新幹線で駆けつけることになるのだ

「それに、善子ちゃんの試合をいっちばん近くで見られる特等席だよ!最高じゃない!?」

そのはずなのに、天真爛漫という言葉が似合うような晴れやかな笑顔で曜が言う
その笑顔を見ると善子は何も言えなくなってしまう
負の感情がふわりと消されてしまう、ある意味魔性の笑みであった

「ふふ…そうね、この堕天使の晴れ舞台──特等席で眺められることを光栄に思いなさい!曜!」
「はっ!堕天使の晴れ舞台しっかりとこの目に焼き付けるであります!」

公園の街灯の下、まるで演劇の様に二人でポーズを決めながら、互いに言葉を交わす
0038名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:51:23.52ID:+AVQ4I+I
「して善子ちゃん、作戦とかあるの?」
「作戦──とりあえず得意な組み技を狙っていくことね、それを軸に戦いを組み立てるわ」

作戦と言っても相手に合わせた作戦はない、理亞がどのような格闘スタイルのなのかが一切不明であるからだ
組み技が得意なのか打撃が得意なのか、一切分からない中作戦は立てられなかった
しかしどのように自分の戦い方を組み立てるかの作戦は立てられる
理亞の実力によって実際はどんどん試合の中で作戦を変えていく必要が出てくるだろうが
戦い方の方向性を決めておくだけでそれもスムーズになる
善子が選んだのは組み技を狙う流れで戦うことであった
組み技──特に寝技は打撃に比べて長く練習試合──スパーリングができ
習い覚えた技術を試合の中で使えるように応用していくことがどんどんできた
善子自身、動きを覚え上達していくことに快感を覚え、次々と技術を習得していった
そのため打撃に比べ組み技の技術の方が善子の身体には染みついている

「狙うは関節技での一本よ」

そして誓うように曜の方を向いて善子が言った
組んで時間を稼いでの判定や、ただ時間を耐え切ることだけを狙う戦いはしない
相手を倒して、極め、勝つ
審判の判定──他人に勝利をゆだねない、自分の手で勝利を掴むことを目指す
その眼差しに曜が笑顔で答える

「それでこそ堕天使ヨハネだね!んっじゃ!今日もよろしくお願いしまーす!」
「くくく、堕天使の技の数々、今日もまたその肉体に刻み込んで上げましょう」

互いに向き合った
日常となっている善子の技術講座である
善子はレスリング風の腰を落とし胸の前辺りに手を置く構え
曜の構えも似たような腰を落としたレスリング風の構えに変わっていた

「じゃあ脇の差し合いから、首相撲を教えるわ」
「首相撲っていうと──あー、ムエタイだ!?」
0039名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:52:30.82ID:QROS8FBg
善子が頷く
まず脇の差し合いというのは、脇の下に腕を差し込みあう動きのことだ
脇の下に腕を差し込んで胸をくっつけると、相手の動きをコントロールすることが容易になる
自然と重心が相手より下になって安定感がまし、相手が重心を下げようとしても脇の下の腕で抑えることが出来る
逆に身体を上下に揺さぶるって相手の重心を上げることも可能だ
重心を上げて身体が僅かに浮いたタイミングを掴み足をかける、身体を捻る、浴びせ倒す
いくつものパターンで相手を倒すことが出来る
故に組み技の攻防では互いに胸を合わせながら相手の脇に腕を差し込もうとしあうことが基本となる
そして首相撲はタイの格闘技、ムエタイやキックボクシングで重視される技術だ
両手で相手の頭を抱え込み、自在にコントロールする技術である

「こうやって脇を差し合う流れで、片手で頭を抱えるじゃない」

善子がそう言いながら左手を曜の脇に差し、右掌で相手の後頭部を抑える形になる
脇を差せていない片手では頭を抑えることが多い、こうして相手の動きをなるべく制するのだ

「で、この時に流れで互いの間にスペースが出来たら鎖骨に右の肘を当てるのよ」

頭を抱えた右腕を曲げ、肘を鎖骨に当てた

「この状態で肘で鎖骨を押しながらちょっと腰を引いたら互いの身体が離れるでしょ」
「おー、しかも鎖骨押さえられてるから左手がうまく動かない」
「ここで脇に差してた左手を使って、右手と同じように頭を抱える」

善子の左手が曜との身体の間にできた隙間をくぐり、右掌と左掌を重ねるように頭を抱える
左の肘もしっかり鎖骨に当てられていた
曜がその脇の下に腕を差し込もうと動くが鎖骨に当てられた肘が邪魔になり
上手く差し込むことが出来ない
そもそも肘によって胸が密着していないので相手の身体をコントロールできない

「あーダメだ!脇に差せない!」
「で、この状態ならてこで相手の頭を胸に抱えられるし、身体を振り回すこともできるのよね」

少しばかり意地悪な微笑みを善子が浮かべ、曜の頭を胸に引き込んで抑え込んで体勢を崩す
その状態で善子が足を引いて腰を捻ると曜の身体が簡単に振り回された、体勢の崩れの所為で耐えられないのだ

「うわわわわわ!」
「で、試合だったらここから膝蹴りね」

まだ身体が崩れたままの曜の身体に軽く膝を当てる
これがムエタイの首相撲である
熟練のムエタイ選手になると数十キロの体重差を跳ね除けて相手をコントロールすることができる技だ

「えーっと、善子ちゃんこの場合どうすればいいの?」
「やり方は簡単よ、私の両手の隙間に手を入れればいいのよ」

対処法としては相手の腕の隙間に自分の腕を入れ、逆に自分が首相撲の体勢を作ることだ
これも脇の差し合いと同じ様に腕の隙間に腕を入れあう攻防に発展する

「たとえば膝で相手を蹴ろうとしたらスペースを作る必要があるの、そこで腕を入れるのよ」

威力のある膝を相手に突き刺すには、腰を引いてスペースを空ける必要がある
その際にどうしても両腕の間に隙間が出来る為そこを狙うのだ
勿論それで膝への防御がおろそかになればその一撃で地面に転がることになるので容易なことではないが

「で、相手が肘を思いっきり閉じて腕を入れられないようにしたら身体の距離が近くなるから」
「あ!この状態だと相手の身体にしっかり組み付ける!」

肘を閉じる善子の身体に曜が組み付き、胴に両腕を絡ませ背中でガッチリ両手を組む
この状態なら善子は腰を後ろに引いてスペースを空けることも出来ず、曜の重心が低いため振り回すこともできない
0040名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:53:14.66ID:8c3gfYVo
「ほえー…でも凄いね、首相撲」
「ふふん、凄いでしょ──で、こっから一つ大技があるのよ、私は」
「え!教えて教えて!」
「いいわよ、首相撲で頭を抱えて抑えられたところから、腕を入れて来て」
「了解であります!」

善子が言った通りの体勢になり、曜がその腕の隙間に右手を入れて善子の頭に向けて伸ばす──

「──うつ伏せに倒れるから、気を付けるのよ」
「え──わわっ!?」

善子が左手を曜の頭から離し、伸ばされた右手に添える
そして善子が飛んだ
ふわりと身体が宙に浮き、頭を抑えられて重心が前に傾いていた曜の身体が倒れる
倒れる曜の右手に宙に浮いた善子の両足が絡みつき、太腿でしっかりと挟み込む
同時に両手で曜の右手を抱え込んだ
芝生の地面に二人の身体がうつ伏せになって同時に倒れ込む
その時には曜の右手は善子によって引き伸ばされ、一本の棒の様になっていた

「これぞ…飛翔裏堕天龍逆鱗蔓!」
「いやだからそんな名前じゃないでしょこれぇ!!!」

地面をバンバンと叩きながら曜のツッコミが今日も公園に響き渡った
その声とほぼ同時に善子が技を解き、二人が立ち上がる

「…で、これなんていう技なの?」
「くくく、先ほどいった通りよ、飛翔裏堕天──」
「あー、飛びつき裏十字か」
「なんでわかんのよ!」

もう善子の堕天奥義の技の命名センスが分かってきた曜が先に答えにたどり着く

「…まぁ実際に決めるってなったら難しいけど、狙える場面できめるつもりよ」
「たしかに相手の重心がしっかり前に倒れてないと無理っぽいよね、無理に狙ったら相手が逃げちゃうし」
「そうなのよね、とりあえず今日はさっきの首相撲含めた脇の差し合いの練習いくわよ」
「オッケー!遠慮はしないよ!」

にんまりと曜が笑って構える
それは善子も遠慮しないでかかって来いということと同義であることを、善子はなんとなく把握していた
それから十数分ほど互いに組み合い、軽く息が上がってきたところで切り上げて公園を出た
数か月前に比べて日が落ちる時間が遅くなったためか、人通りも多く、そういう意味では走りやすい
まとわりつく熱気を払うように二人が走る

「そういえば、みんなはダイヤさんの家に泊まるの?」
「そのつもりだったんだけど…なんか鞠莉がホテルの部屋を提供してくれて、そっちで泊まることになっちゃった」
「え、そうなの?」
「なんでも、ダイヤの部屋はもう空きが無いからって」
「あぁー、じゃあ多分あの二人が泊まるんだね…」
「そうだろうと思うわ私も…」

本番が近い、そのことを実感する会話を交えながら二人は帰路を急いだ
0041名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:54:06.84ID:l+ixAyOM
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同時刻
内浦から遠く離れた地、東京
その東京のとあるマンションの一室に、四人の人間が集まっていた
黒澤ダイヤが借りている部屋である
一人で住むには広く感じる広さの一室も、四人もの人数が集まると流石に少し狭く感じる
その内二人は部屋の主である黒澤ダイヤと、もはや常連と化した鹿角聖良

「いい部屋だねー、広いし、まさにダイヤの部屋って感じだし」
そしてこの部屋に初めて入る一人、松浦果南が清潔で整理整頓が行き届いた部屋を見回して
アバウトな感想を述べる

「ほんとそう!もう内浦に帰った気分デース!」

最後の一人、初めて入ったにもかかわらず独特の安心感を覚えた小原鞠莉が声を上げる

「ふぅ、海外に行って少しは変わったかと思っていましたが、変わりませんね」
「そうだねー、そう言うダイヤの抱き心地も変わってないなぁ」
「ちょ、果南さん!?」
「本当デース、一人暮らしで痩せてないか心配だったのよ」
「ま、鞠莉さん!?お止めなさ──離しなさい!」

果南と鞠莉がダイヤにギュッと抱きつく
ダイヤも口では離せと言っているが、本気で引きはがすつもりはないようで
顔には仕方なく身を任せていると言った表情を出しているが、微妙に口元が緩んでいる
その光景を見ながら聖良が呆れと少し羨ましさが混じった苦笑を浮かべている

「せ、聖良さん、どうにかしてくださいこのお馬鹿二人を!」
「え、ちょ、そんな無理ですよ!」
「あ!そういえば何時の間にか仲良くなってたよね、二人とも!」
「そうよ何時の間にダイヤを誑かしたの!?これは嫉妬ファイヤーよ!」

果南と鞠莉の視線が同時に聖良に向けられる
その視線に聖良が少し怯えたように後ずさると、二人の口元がにやりと吊り上がった

「逃がさないよ!えい!ハグッ!」
「きゃっ!ちょ…松浦さ──」
「果南でいいよー、ダイヤの友達だし一緒に踊った仲じゃな──うわ、すっごい抱き心地いい」
「私もマリーでノープログレムよセーラ──おおーう、果南に勝るとも劣らないボディデース!」
「はいはい、そこまでにしなさいお二人とも」

久々に会った人間にじゃれつく犬の様に聖良に抱きつく二人の首根っこをダイヤが掴んで無理矢理引きはがす
力づくで思い切り引っ張った訳ではないがそうされると二人がスルッと手を離した
そういった呼吸を自然に合わせるのは流石幼馴染といったふうである

「全く、一週間後には同じ舞台で踊るんですのよ、怯えさせてどうするのですか」

そう、今回この二人が夏休みの時期に帰国して早々、ダイヤの元へ駆けつけたのは
一週間後の善子が出場するイベントのパフォーマンスのためであった
ダイヤは協力することをルビィに伝えるや否や、同じくパフォーマンスの権利を持ち
さらに善子の対戦相手である理亞の姉であった聖良をメンバーに引き込んだ
そして海外にいる幼馴染二人にも連絡し、鞠莉と果南にも協力をあおいだのだ
幸いにもイベントは夏休みシーズンの真っ最中であり、学生の鞠莉の帰国も可能で
果南も元々盆前には帰国する予定を組んでいたため参加は問題なかった
しかし流石に練習時間を長く設けることはできなかったため、ダイヤと聖良が共同でダンスを考え
それを二人に送り意見を交えながら個人で練習を重ねてもらっていたのだ
0042名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:54:45.09ID:KFpv2HsG
「あはは、ついついテンション上がっちゃって、ごめんね聖良」
「ソーリィ、私も久々の生果南とダイヤに舞い上がっちゃった」
「か、構いませんよ、覚悟はしてましたし」

少し息を荒くしながらも聖良が答える
流石にいきなりハグの洗礼を受けるとは思っていなかったが、自由人二人を相手にする覚悟はしていたようで

「それで、私と聖良さんが考えたダンスはある程度頭に入れてくれましたか?」
「問題ないよ、むしろダンスのこととか考えてないと落ち着かなかったし嬉しかった!」
「私もデース、ダンスの練習してると心がエキサイトするの!」
「それは明日からの練習が楽しみですわね、私と聖良さんがビシバシしごいてあげますわ」

胸を張ってダイヤが宣言する
その時だった──
ぐぅぅぅ…
という音が部屋に微かに響き渡る
果南、鞠莉、聖良が自分のお腹にそっと目をやり、その視線をゆっくりダイヤに向けた
視線を向けられたダイヤは頬を自身のイメージカラーと同じく真っ赤に染めていた

「ソーリィ、ダイヤ、もうちょっと早く来るべきだったわ」
「うん、私たち来るの遅かったよね、ごめんダイヤ」
「…やめてください鞠莉さん果南さん…謝られる方がつらいですわ」
「ふふふっ、仲良しなんですね、ほんと」

聖良が幼馴染三人の光景をみてついつい笑みをこぼしてしまう

「コホン、ではもう遅いですし夕餉の時間にしましょうか」
「はい、ダイヤさんと私の二人で夕飯は作っておいたので」
「ほんと!?──あー!わかめたっぷりのお味噌汁ある!流石ダイヤ!」
「くんくん…微かにレモンの香りを感じマース…!」
「あー、理亞にレシピを聞いてレモンケーキを作ってみたんです、お口に合うかは──」
「オーゥ!リアリィ!?それは楽しみデース、ありがとうセーラ!」
0043名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:55:20.34ID:wfw9eWyG
ダイヤと聖良の言葉に二人がキッチンを覗いて歓喜の声をあげた
そして四人でそれぞれ食器に料理を盛り付け食事の準備を行う
ダイヤ以外の三人も空腹感はあったのだろう、テキパキと準備を終えるや否やすぐさま食事を始めた
美味しい手作り料理に舌鼓を打ちながら、会話を交える

「そういえば聖良って、趣味はあるの?」
「趣味ですか…強いて言えば乗馬でしょうか」
「リアリィ!?私も乗馬が趣味なの!気が合うわね!」
「そうなんですか!?初めて同じ趣味の人に会いました…」
「いーなぁ鞠莉、ねぇねぇダイビングに興味ない?今度内浦に来たら私が教えるよ!」
「ダイビングですか…興味はありますね、見たことない景色がたくさんでしょうし」

会話の中心は聖良だった
言葉を一つ交わし、質問に一つ答え、笑顔を一つ見せる
その度に幼馴染三人組と聖良、という心の隙間のようなものが徐々に解け、崩れ、交じり合っていく
四人組の友人たちというひとつの塊にゆっくりと変化していっていた
いつのまにかどんどん打ち解けている様子の聖良を見て、ダイヤが安堵する

「あ、ダイヤー!味噌汁おかわり!」
「私もお願いしマース!」
「はぁ?自分でお入れなさい!」
「えぇー…ダイヤのケチ〜」
「あ、それなら私が入れてきますから」
「ダメよセーラは私たちとトーク中なんだから、なんだかニヤニヤしてるダイヤにまかせちゃいましょ」
「なっ、ニヤニヤなんてしてませんわ!」
「いやしてたよダイヤ〜」

会話と共に夏の夜が過ぎていく
暖かい夜であった
気温による暑さではない
それよりも別の、暖かみにみちた団欒の食卓であった
0044名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:56:29.19ID:wfw9eWyG
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冷房が効いているというのに、その場所は妙な熱気に包まれていた
東京の格闘技のメッカとも呼ばれている大きな会場である
そこには会場を走りまわるイベントスタッフたちに混じり多数の少女達がいた
SIFF──SHOOL IDOL FIGTING FESTIVALに参加する選手とそのつきそいたちである
といっても今日は前日の計量日であり、当日ではない
しかしそれでも結構な人数の記者と幾人かの撮影用ビデオカメラをもった人間がいた
目の前を行きかう人々の間を縫うように、善子、花丸、ルビィの三人が会場の通路を歩く
行先は計量が行われる個室だ
善子は計量の為に短パンとスポーティなランニングに着替えている
三人の間に緊張した空気が流れていた
緊張の原因は善子である
着替えて、通路を歩き、進んでいくたびに善子が纏う緊張感が増していくのである
ピリピリと伝播する緊張感が花丸とルビィまで及んでいた
善子が無表情で歩みを進める、緊張を振り払おうと普段通りであることを意識しすぎて
表情が固まっているのだ
そんな善子を見て後ろを歩いていた花丸が小さく息を呑み、そして小さく息を吐いた

「…善子ちゃん!」
「うひゃ!?なにすんのよ!?」

花丸が飛び付く様に後ろから善子に抱きついた
突然の行動に善子が声を挙げる

「そーんな顔で人前にいちゃアイドル失格だよ、リラックスしなきゃ」
「はぁ!?わ、私は緊張してなんて…」
「大丈夫ズラ、マルとルビィちゃんもいるから、ね?」
「ズラ丸…」

花丸が朗らかな笑顔を見せる
しかし善子はその手が冷え切っていることに気付いた
冷房が効いているとはいえ今は夏だ、ここまで冷えることはまずない
善子はその感触で、ようやく自身が緊張していることを受け入れた
不安、焦り、恐怖──そういった感情が混ざり合ったものを善子は無理矢理押しのけていた
しかし押しのけるだけではそういった感情はなくなることはない
それが緊張に変わり、周囲に伝播するほどまでに膨れ上がっていたのだ
負の感情を理解し、受け入れる
押しのけていた感情を馴染ませる
ゆっくりと心の余裕が善子に生まれていった
膨れ上がって張りつめていた緊張が緩んでいき、程よいものに変化していく
0046名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 01:58:31.24ID:wfw9eWyG
「…もう大丈夫よ、ありがとズラ丸」

この時、着替えててから初めて善子は自然な笑みを顔に出すことが出来た

「えへへ、こういうのもセコンドの仕事だから」

花丸がゆっくりと抱きついていた手を離す
二人の様子を見守っていたルビィがそこで大きく息を吐いた
そして善子が颯爽と歩き出す
空調の生み出す空気の流れに、長い黒髪がふわりとたなびいていた
見ようによってはその黒髪が堕天使の漆黒の羽に見えないこともない
そう思える程に堂々とした歩みだった
計量室にたどり着き、そのドアを開ける
またふわりと空気の流れによって善子の髪がたなびいた
同時に室内にいた記者やスタッフたちの目線が一気に善子に向けられる
目線を浴び、善子が微笑みを浮かべる
室内にいた全員が息を呑んだ
身体に纏う緊張感、それに相反する自然な立ち振る舞い、そして柔らかい微笑み
華があった
スクールアイドルの頂点に立ったグループの一人
強者の余裕のようなものがその仕草からにじみ出ていた
それがたまらなく魅力的であったのだ
善子が堂々とした歩き方で計量台に向かい、スタッフの指示を受けて計量を行う
結果はパス
元より体重の制限は緩く設けられていたため心配はしていなかったが、少し安堵する
善子が計量台を下りたその時、ドアが開く音が響き室内がざわついた
鹿角理亞が姿を見せたのだ
ゆっくりとドアをくぐり、計量台へ歩みを進める
背後には理亞が入学している函館聖泉女子高等学院のジャージを着た生徒が三人ついている
姉である鹿角聖良の姿は見えなかったが、理亞の立ち振る舞いは堂々たるものであった
いつも傍にいた姉がいないまま大舞台に立つというのに、不安や畏れといったものが見えない
なによりその姿にリーダーの風格の様なものがあった
後ろについている──おそらく明日セコンドにつくであろう生徒たちの表情にも余裕があった
緊張感はあるがそれ以上に明日が楽しみだと言った表情
前に立つ理亞がそうさせているのだ
不安以上に期待が大きい
そう思わせるほどには研鑽を積んできたのだろう
堂々とした理亞の歩みが、それを証明している
理亞がふわりと計量台に上がった
結果はパス
それを見てスタッフ達に間にも小さな安堵の息が流れた
無事に対戦カードが成立したことの安堵である
理亞が計量台を降り、善子と向き合う
同時に記者に連れ添っているカメラマンたちの持つカメラのシャッターが次々と切られた
互いに言葉は交わさない、交わさずとも立ち振る舞いを見れば、それだけで十分だった
それがこの数ヶ月、恥じない努力を重ねてきたなによりの証拠であった
0047名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:00:13.79ID:wfw9eWyG
「ふっ──」

理亞が笑った
先程までの立ち振る舞いとは違う、子供の様な悪戯っぽい笑み
人によっては可愛らしく感じるであろう笑みだが、善子は背筋に僅かな悪寒を感じた
獣が牙を剥いたような恐怖感
動物園の檻の中にいる肉食獣が、自分に牙を剥けた時のあの恐怖感
獣は檻の中にいる、安全なことも分かっている、しかしそれでも感じてしまう本能的な恐怖
人間の中に残った野生の本能の欠片が訴える恐怖
笑顔か
いや仕草か
または空気か
それとも気配か
もしかして香りか
あるいはそれら全てか
分からない
分からないが善子の本能が理亞を危険だと感じた

「くくく──」

善子は、笑っていた
背筋を通る悪寒が脊椎を通る辺りで心地よい痺れに変わり、全身に満ちた
同時に二人の間にとてつもない緊張が奔った
周囲の人間がどよめく
プロの格闘技ではこの公開計量で乱闘沙汰のようなことが起こる
こういった状況でのパフォーマンスにトラッシュトークという物がある
汚い言葉で相手を揺さぶり怒らせたり動揺させたりする、一応は戦術の一つであり
言葉遣いが巧みな選手などは人気の一つに繋がることもある
そしてそれが度を越えた場合は乱闘に発展することもままあった
しかし今の現場では侮蔑の言葉は一切出ていない、それどころか互いに言葉を交わしてすらいない
なのだが両者の間に満ちる緊張感が周囲の人間を警戒させてしまっているのだ
カメラマンたちも緊張した面持ちでファインダーを覗き、トラブルの予感にスタッフ全員が二人に視線を向ける
そのとき──
0048名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:00:57.01ID:wfw9eWyG
「り!理亞ちゃん!ひっ…ひっさしぶりだね!!」
「うぇ!?ルビィ!?」

善子の後ろから二人の間をルビィが駆け抜け、突如として理亞に飛びついた
ルビィの顔が今にもピギィと叫びそうな程真赤になっている
それを無理矢理覆い隠すように理亞に抱きついた

「ちょ、ちょっとルビィどうしたのよ!?」
「だだだだだって!久しぶりの生のり、理亞ちゃんだもん!」
「だからってぇ…つい前に電話で話したばっかりじゃない、もう」

口調は呆れながらも、理亞はまんざらでもなさそうにルビィに抱きつかれていた
善子は戸惑いながらもその光景を見ていたが、緩んだ理亞の表情に呆れたように溜息を吐く

「理亞…あんた相変わらずルビィに弱いのね」
「し、仕方ないじゃない!だってルビィなのよ!」
「いやそれ理由になってないわよ!」

善子のツッコミが響き渡り、室内に朗らかな空気が流れる
両者の間にあった緊張が霧散し消え去っていた
それを感じ取った花丸が善子の背後でにやりと笑う

「作戦成功…ズラ!」
「あれ、あんたの差し金なのズラ丸?」
「うん、ちょーっと怖い雰囲気だったからルビィちゃんに頑張ってもらったんだよ」
「まったく、頼れるセコンドたちですこと」

悪戯っぽく無邪気に笑う花丸を見て善子が苦笑する
目の前ではルビィに抱きつかれている理亞がセコンドたちにそのことをからかわれていた
理亞が顔を赤くしながら必死に弁明している
理亞も仲間たちとの関係は良好な様だった
その様子に善子も花丸も友達として安心していた
記者やスタッフたちも先程の緊張はどこへやらその様子に思わず笑みを浮かべている
和やかな空気を残して善子と理亞の計量は終了した
0049名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:01:34.01ID:wfw9eWyG
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しっとりとした風が心地よい夜だった
真夏にありがちなじとじととした湿気の籠った風ではなく、程よく湿気を孕んだ風であった
これなら普段つけている冷房を切って眠りにつく人も多いだろう
善子は夜風に髪をたなびかせながら、小原ホテルのベランダから夜景を見つめつつそんなことを考えた
高校生にはもったいないと思える夜景を堪能できる部屋が用意されていた
本来ならダイヤの部屋にぎゅうぎゅうになって眠る予定であったと言うのに
まさかセミダブルのベッドを一人で占領して眠ることができるとは思っていなかった
遠慮するなり断るなりすれば良かったかとも少し思ったが、すぐに振り払った
これも鞠莉なりの善子たちへの労いなのだろう
ふかふかの広いベッドで疲れを完璧に癒して、明日に備え、結果を出す
自分がこの部屋を用意してもっらたことに対して恩を返すとすれば、それだ
そうだというのに──

「眠れない…」

もうそろそろ真夜中になろうという時間である
本当ならとっくに眠りについている予定だったはずだ
身体も程々に疲れている、内浦から東京への移動、会場への移動、ホテルへの移動
移動の連続に加えホテルの夕食前に軽くランニングを行い、風呂上りにはストレッチを行った
だというのに眠れなかった
むしろそれらの行為がどんどんと明日の本番を意識させて、神経を昂らせてしまったのかもしれない
筋肉が強張っていた
ストレッチで柔らかく解したはずの筋肉が冷え切っている
もはや普段は心地よく感じる筈の夜風が凍えるような冷気をはらんでいるようにさえ感じる
風が吹くたびに背筋を悪寒に似たなにかが通り抜ける
その度に善子は昼の会場でのできごとを思い出していた
自分をみて、笑みを浮かべた理亞
その笑みが頭から離れないのである
自信に満ちた笑みが善子に不安を募らせた
赦されるのであれば今すぐ部屋から出て、外を走り、シャドーを行い、ぶっ倒れるまで練習を繰り返したい
不安を消すために身体を苛め、それだけに集中し頭を真っ白にして倒れるように眠りにつきたい
しかしそれは明日の勝利のために赦されることではなかった
そのとき、ふと背後に人の動き気配を感じ、善子が振り返る
0050名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:05:00.78ID:wfw9eWyG
「花丸、ルビィ、まだ起きてたの?」
「えへへ、善子ちゃん眠れなさそうな感じだったし」
「なんとなくマルたちも、ね」

二人が善子の両隣りにそれぞれ立ち、共に夜景を眺める
もう真夜中だと言うのにまだまだ東京の夜景は光に満ちていて眩しいほどだ
むしろ日が沈んだばかりの時間よりも、真夜中の方がより黒く染まった夜空の所為で明るく感じてしまう

「ほぁー…未来ズラぁ…」
「うん…しゅごい…」

そのまま三人で、夜景を眺める
隣りに花丸とルビィがいる、それだけで善子は不安が少しづつ薄れていく気がした

「ねぇ善子ちゃん」
「どうしたのよズラ丸」
「…ありがとう」

数分ほど夜景を眺めていたところで、花丸が善子にそう告げる
目を丸くする善子に花丸が続けた

「善子ちゃんが今回のイベントに参加するってチャレンジしてくれたおかげで、マルたちも一緒に
前に進めたんだ…だから、ありがとう善子ちゃん!」

満面の笑みで花丸がそう言った
真正面からそう言われると、善子としては気恥ずかしい
むしろ善子が無理を言って出たようなイベントである
それを真っ向とした感謝の言葉で礼を言われたのだ
善子の頬が朱色に染まり、それが夜のネオンに照らされる

「べ、別にいいわよそんなの、それにズラ丸には去年いろいろ世話になったし…その…」
「あれ〜善子ちゃん照れてるズラ?」
「て、照れてなんか──って、あんたこそ顔真っ赤よ」
「じゅら!?」

花丸の顔も善子に負けず劣らず真赤に染まっていた
そのことを指摘されさらに花丸の顔が赤く染まる
そんな二人を見てルビィが思わず笑みをこぼした、そして善子に視線を向ける
0051名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:07:11.49ID:wfw9eWyG
「善子ちゃん、ルビィもすっごく感謝してるよ、ありがとう」
「だ、だからそんなこと言わなくても──」
「もうルビィも花丸ちゃんも善子ちゃんがずーーーーーーー……っと頑張ってたの知ってるから!」
「ルビィ…」
「だから勝てるよ!きっと!」

花丸に負けず劣らずの満面の笑みだった
清々しいほどにストレートな言葉だった
二人の言葉で、善子の心の不安が嘘のように晴れていた
暖かい
先程まで冷えて固まっていた筋肉がゆっくりと解れていく
風が心地いい
火照る心を鎮めてくれるような涼しい風だ
思わず善子は二人に抱きついていた
以前にもこうして二人に抱きついたことがあった
昨年の夏、地区予選の本番前であっただろうか
もう、それも遠い昔の記憶のようだった

「勝つわよ、明日は、絶対」

そして囁くように小さな声で、しかししっかりと聞こえる強い声色で善子は二人に誓った

「うん、当然ズラ」
「大丈夫だよ、きっと」

二人の声を聞き届け、善子はそっと二人から離れる
心が静かな水面の様に落ち着いていた
その水面が心臓の鼓動に合わせて小さく揺れる、そんな気持である
今なら良く眠ることが出来そうだ
まだ幸いしっかりと睡眠をとる時間はある

「くくく、そろそろ寝ましょうか、この堕天使たる私に相応しい摩天楼を眺められないのは惜しいですが」
「よかった、いつもの善子ちゃんに戻ったズラ」
「だーかーら、ヨハネよ!」

お馴染みの言葉を最後に各々の寝台へと三人が戻っていく
それからほどなく三人は眠りについた
0052名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:08:20.54ID:wfw9eWyG
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大会当日──
会場の控室には慌ただしく人が出入りしていた
モニターに移った試合を眺めている者、軽くシャドーをしている者、マッサージを受けている者
眠っている者、戦略を練り合う者、コンセントレーションを高める者
そして試合を終えて疲労困憊の表情を見せる者
すでに大会は開始されていた
モニターにはややマイナーではあるがそこそこ名の知れた現役のグループ選手同士の試合が流れていた
善子はモニターを眺めながらマットの上に寝そべり、曜のマッサージを受けていた
もうこの試合が終われば次は善子の試合である
ストレッチを済ませ、仕上げにマッサージで身体をさらに解す
自分でも驚くほどにリラックスしながら善子はマッサージを受けていた
心臓の鼓動が緩やかに鳴っている
それに安心しながらモニターに映る試合を見る
ちょうど片方がローキック──主に腿を狙う下段への蹴りだ──を避け、タックルにいった場面が流れている
そのまま寝技の攻防に入っていくが、少しばかり攻防が膠着するとすぐさまレフェリーが二人を立たせた
その時、曜が少し顔をしかめる

「どうしたの善子ちゃん、堅くなったよ」

マッサージをしていた善子の柔らかい筋肉が一瞬堅くなったのだ

「マズいわね」
「マズい?」
「寝技が続くと観客が退屈するから、レフェリーがすぐ立たせてる」

寝技というのものは動きが分かり辛く、地味であるため格闘技興業には不向きなものだった
ボクシングなどの打撃競技と違い、分かりやすくないのだ
さらに今回のイベントは格闘技が好きなものばかりが集まる格闘技興業ではない
アイドルファンの数も多い──というよりそういった層がほとんどである
そんな人々を退屈させないため、寝技の硬直をレフェリーがすぐ解く流れができていた
組み技と寝技を得手とする善子にとってこれは不利である、とにかく寝技の最中も動き続けなければいけない
立ち技で押された後に寝技に持ち込み、有利なポジションを維持して自身は体力を回復しながら
じわじわと相手の体力を削って関節技までもっていくという流れが不可能になる
モニターを見ていても先程相手をタックルで倒した選手が徐々に不利になっている
傍らで同じく試合を見ていた花丸が、それを見て対策を考え始める

「…とりあえずレフェリーが止めそうな動作があったらすぐ声をかけるズラ」
「オッケー、頼んだわよ」
「あとはなるべく膠着気味でも声をかけるよ、レフェリーも少し止め辛くなるだろうし」
「おおー、作戦参謀だ…カッコイイ!」

花丸を見て曜が感嘆の声を挙げる
とにかく格闘技の本を読み漁った成果がでていた
そしてモニターを眺めるもう一人は──

「あぁー危ない!危ない…けどこれはチャンスだし…うぅぅ…どっち応援したらいいんだろぉ…」

ルビィが一人試合を見ながら盛り上がっていた
根っからのアイドル好きで、マイナーなスクールアイドルまで把握しているルビィだ
当然今モニターに映っている二人に関しても知っているらしく、複雑な様子で試合を眺めている
0054名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:17:43.62ID:Dy6q6YfZ
「ルビィちゃーん…衣装の準備は大丈夫ズラ?」
「ぴぎ!?だ、大丈夫だよ花丸ちゃん!」

盛り上がるルビィに花丸が釘を刺す

「ふふーん、私も手伝った自信作だよ!」
「くくく、この堕天使に相応しい戦装束、期待してるわ」

曜が善子の身体から手を離す、その手によって全身がくまなく解されていた
それを確かめるように善子が立ち上がり軽く身体を動かす
そのまま自分の出番に向けてシャドーでウォームアップを始めた
身体が良く動く
ワンツースリーフォー、基本のパンチコンビネーションから蹴りを打つ
右のローキック、左ミドルキック──脇腹を穿つ中段蹴り──、右ハイキック──顎を弾く上段蹴りを虚空に放つ
組み技の方が得手だが打撃も練習はみっちり行った
柔軟も懸命に繰り返したお陰で面白いくらいに足が伸びる
次はフットワーク…爪先に重心を乗せ、滑る様に地面を動く
踵を薄皮一枚挟むイメージで微かに浮かせ、決して足を引きずるような真似はしない
そして動きながら膝の上下に合わせてパンチを打つ
身体が軽かった
思い通りの身体が動く
イメージした位置に蹴り足が綺麗に伸びる
絶好調だった
それから数分、シャドーを続けたところで会場の方から僅かに歓声が上がる音が聞こえた
試合に決着がついたのだろう、そう思ってモニターに目をやるとリングの中央で一人の手が掲げられていた
つまりいよいよ出番という訳である
そう思うと同時に控室の扉があき、スタッフが準備を頼むと善子たちに声をかけてきた

「行こうか、善子ちゃん」

曜がセコンド用の荷物を持ちながら声をかけてくる
花丸が防具のヘッドギア、グローブ、レガースを手にし、ルビィが荷物から衣装を取り出した
その衣装を見た善子が笑みを浮かべる

「くくく、たしかに私に相応しい衣装ね」
0055名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:18:41.88ID:p5d2k1eM
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試合場に向かう通路を善子を先頭に四人が歩く
そしていよいよリングに出る花道に差しかかろうという場所に、その三人はいた
最初に気付いたのは、戦闘を歩く善子だった
その三人も同時に善子たちに気付く

「ダイヤ…それに鞠莉!果南!やっぱり帰ってきてたのね!」
「チャオ!元気してたヨハネ?」
「うーん、いい顔してるね!安心したよ善子!」
「無論ですわ、貴女達に花を添えるのにはこの二人がいなくてはなりませんもの」

三人とも既にアイドル衣装に着替え、準備はばっちりといった様子だ
その衣装は以前ダイヤから聞いた旧Aqours──ダイヤたち三人が組んでいたころの衣装に似ていた
果南と鞠莉の間にダイヤが立ち、胸を張る

「どうですかルビィ、私たちだってこれくらいのことはできるのですから、甘く見ないことですね」
「あはは…うん、ルビィお姉ちゃんのこと甘く見てたかも…」
「なんていうか…流石ズラ…」

予想はしていたが微妙に現実感が無いその光景としたり顔のダイヤにルビィと花丸が苦笑する

「ふふん──さて、行きますわよ二人とも」
「見ててねみんな!短い間だけどみっちり練習してきたから!」
「先輩としてグレイトなパフォーマンス、見せてあげるわ!」

ダイヤに率いられた三人が花道に姿を現すと同時に、会場は歓声に包まれた
スポットライトに照らされながらリングに向かって、時折観客に手を振りながら歩みを進める
それと同時に対岸──理亞が入場する方角からもスポットライトに照らされ、歩いてくる人物がいた

「あれって…聖良さんだ!?」

ルビィがその人物が誰か気付き声をあげる

「まさか東京の頼れる友人って…」
「聖良さんのことだったズラ…」
「流石はダイヤさん…やることが違う…」

善子も花丸も曜も呆然とした表情でそれを眺めている
そしてダイヤたち三人と聖良が同時にリングに上がり、同時に照明が消えブラックアウトする
全てが闇に包まれた会場に聞き覚えのある音楽のイントロが鳴り響いた

「self controlだ!」

ルビィが思わず大きな声を出した

──最高だと言われたいよ 真剣だよ──

イントロに続き聖良の声が闇の中に響く
その声で一瞬ざわめきとどよめきに包まれた会場が静まり返った

──We gotta go!!──

そして四人全員の声が響き渡り、同時にリング上を照明が照らす
会場が揺れた
0056名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:20:04.83ID:ugMzSMjK
地鳴りのように歓声が響いた
昨年夏のラブライブでsaint snowが8位という快挙を果たしたこの曲に思い入れのあるファンも多い
未だにsaint snowといえばこの曲という印象がアイドルファンにもあった
そして四人がリングの上で舞う
主にダイヤが理亞の代わりを務め果南と鞠莉がバックで踊る役目を果たしている
海外にいて共に練習する時間が少ない二人をこの位置に置いたことでダンスの完成度を高めていた

「すごい…」

ルビィが思わずつぶやいていた
観客たちも一部は悲鳴のように高い声を挙げて熱狂している

──走り続ける self control!──

おおよそ2分ほど…短く纏められた曲が終わりを迎えた時、会場の熱気は頂点に達した
歓声と拍手が飛んで会場を包んだところで再び照明が消え、周囲が暗闇に包まれた
そして、さらにもう一曲のイントロが流れ始める
そのイントロに善子、花丸、ルビィ、曜がすぐさま反応する

「これって…」
「未熟DREAMER…」

自分達の──Aqoursの曲である、気付かない筈が無かった
self contlorとは打って変わった緩やかな曲調に会場の雰囲気が変化する
ダンスの形もダイヤ、鞠莉、果南が表に立ち聖良がバックを担当する形に変化していた
元よりこの曲は旧Aqoursの時代から考えられていた曲である
すでにアイデアがまとめられていた三人で踊る形をアレンジしたのだろう
それならばそれを知っている果南と鞠莉の練習時間が少なくとも合わせることは不可能ではなかった

──いつもそばにいても 伝えきれない思いでこころ迷子になる なみだ──

果南の声が響く
その歌詞がじんわりと善子、花丸、ルビィの三人の心に沁み渡っていく

──言葉だけじゃ足りない そう言葉すら足りない 故にすれ違って離れて──

ダイヤの声が響く
少し前の自分たちを歌ったような歌詞
どうすればよいか分からずただただ過ぎていく日々を重ねたあの日

──分かってほしいと願う 気持ちがとまらなくて きっと傷つけたねそれでも──

鞠莉の声が響く
相手を想うがゆえに勝手に自分たちの思い込みで距離を置いた日々
それが次々に心に蘇る

──力を合わせて夢の海を泳いで行こうよ──

ダイヤ、鞠莉、果南、三人の声が響きそして

──今日の海を──

聖良の声が響いた
会場が沸いた
激しい曲調のself contlorの様に大歓声が沸き起こった訳ではない
しかしそれでも分かる
0057名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:21:26.09ID:/oG/AVtI
目の前の夢の競演に、アイドルファンにとっては夢の様な光景にただただ会場が呑まれていることが
善子たちにとってもまるで白昼の夢のようだった
内浦を去り一人は東京、一人はイタリア、一人はまだ見ぬ海を求めて海外へ旅立った三人が目の前にまた踊っている
さらにそこにライバルであった聖良が入っているのだ
なんという無茶苦茶な光景であろう
しかしその無茶をやってのけるのが自分たちの先輩であった
かつては思いの擦れ違いから離れ離れになってしまった三人だった
それが今とんでもない光景を作りだし、しかも四人で舞台に立っている
"未熟DREAMER"
かつて果南、ダイヤ、鞠莉が自分たちのことを歌った曲が、後輩たちへ贈られる曲となっていた

──みんなとなら無理したくなる 成長したいな まだまだ未熟DREAMER──

舞台上の四人が声をそろえて歌いきった
曲が終わり静かな心地よい余韻が会場を包み、舞台上だけを照らしていた照明の光が会場全体に広がった
それと同時に会場全体から拍手が巻き起こる
答えるように四人が舞台を降りながら拍手に答えるように手を振って花道を歩いて会場を去る
聖良は理亞の控える方角へ、ダイヤ、果南、鞠莉の三人が善子たちの方角へ
そして三人が花道の入り口に控える善子とすれ違う

「会場はご覧のとおり暖めておきました」
「次は善子の番だよ、いってきな!」
「私たちを超えるエキサイティングなファイト、期待してマース!」

そうだ、これはあくまでメイン前のパフォーマンスだ
あくまでメインはこれからリングで戦う善子である

「まかせなさい…!」

振り返らずに三人の背中に答える
同時に会場に新たな曲が鳴り響いた
そのイントロに善子だけが反応する

「これって…in this unstable world …」

善子が梨子に教えられながら拙いながらも自身で作曲した曲である
しかしそれはまだまだ人前で披露できるような出来ではなかったはずだ
それが驚くほどの完成度で響き渡っている
──リリーだ
善子はそう理解した
きっと忙しい合間を縫って善子が作った拙い曲を完璧に仕上げ、入場曲にしてくれたのだ
善子の心が震える
そして震えに任せ花道に善子が足を踏み入れた
0058名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:22:19.96ID:gjPC5zZh
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善子の入場と共に会場が拍手と歓声で溢れた
今会場の視線を一点に集める善子が身に纏う衣装はベースは白いローブで作られていた
しかしそのローブの背には堕天使を思わせる黒い翼が付けられ
その付け根からまがまがしい黒い紋様の様なものがローブ全体に及んでいた
清らかな白い布地を塗りつぶすように埋められた黒い紋様はまさしく堕天使といった雰囲気を醸し出している
善子がローブの裾をはためかせながら、花道を歩く
同時にその翼から黒い羽落ちがはらはらと宙を舞った
ルビィがわざとそうデザインしたのである
しっかりとした翼を作りあげたうえで固定の甘い羽を添え、動きと同時に羽が舞うように作ったのだ
艶のある黒い羽がスポットライトに照らされて光を反射し、キラキラと光る
その姿はどこか神々しささえ感じさせた

「よっちゃーん!!」
「善子ちゃーん!!」

その時歓声に混じって聞き覚えのある声を聞き、善子が観客席を振り返る
リングに近い二階観客席の最前列
そこに梨子と千歌の二人がいた
二人でなにやら丸めた大きい紙の持っている
そして善子が視線を向けたことに気付くと二人でその紙を広げ、観客席前に広げた
──FIGHT!JOHANNES!──
白地の紙におそらくは墨であろう黒い塗料でデカデカとそう書かれていた
中々の達筆である
大きい紙に書きながら字のバランスがとれており、美しい印象を持たせていた
それを後ろから善子と同じく眺めていた曜がこそっと口を開く

「千歌ちゃんって実は習字、得意なんだよねー」
「曜…ってことは」
「ふふっ、頑張ったみたいだよ」

千歌が自分の為に用意してくれたのだ
なにかできることはないか一生懸命に考え、自分の為に書いてくれたのだ
梨子と千歌、二人の想いが善子の心に沁みた
先輩たちからいくつものものをもらった
それを今から返すのだ、リングの上で
善子が再度花道を歩き出す
そして背後の観客席にいる二人に向けて、右手を天に向って突き上げて答えた
0059名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:22:52.24ID:7uKxqoTf
リングサイドにたどり着く
衣装をルビィに私、花丸から防具を受け取って手早く装着する
ヘッドギア、分厚いオープンフィンガーグローブ、レガース、最後にマウスピース
それをスタッフがしっかり装着されているか確認し、OKの声と共に善子がリングに上がった
心臓の鼓動が高鳴っている
無駄な高まりを鎮めるように軽く身体を上下させ、リングを踏む感覚を確かめる
マットの上に投げによる怪我を防止するために薄いマットが敷かれていた
特に変に滑ることもなく、いつも通り動けることを確認する
息を二つ大きく吐いた
そのとき、会場に音楽が鳴り響く
同時に対岸の花道にスポットライトが当たった
曲名は"DROP OUT!"
花道を征くは理亞
理亞にとっては因縁の曲だ
これをあえて選んできたところに、理亞の意思が表れている様であった
敗北の過去を塗り替える決意
それが観客にも伝わったのだろう、理亞に向かって歓声が渦巻いた
理亞の勝利を願い絶叫しているファンの声が微かとはいえ善子にまで届いていた
理亞もまたその声に答え右手を振り上げる
さらに歓声が大きくなった
見事に観客の心を惹き付けている
歓声が止まぬまま理亞がリングサイドに辿りつき、防具を装着する
そしてロープをふわりと飛び越え、リングに入った
その視線が善子に向けられる
どくん、と鎮めたはずの心臓が大きく跳ねた
レフェリーが二人をリング中央に引き寄せる
至近距離で善子と理亞が顔を合わせた
レフェリーが二人に向け最後のルール確認を行う
──肘は禁止、三点ポジション…足とどちらか一方の手が地面についている相手への打撃の禁止──
他にも反則は山ほどあるがルールによっては問題ないこの二つの行為が禁止であることの確認をとる
二人が頷いた
ルールに関してはしっかりと把握している、今更どうこう言う気はないといった顔だ
時間は三分三ラウンド
こうして確認をとる時間がじらされているようで落ち着かず、善子が僅かに身体を上下に揺らしている
ここでようやくレフェリーが自分のコーナーに下がるように指示を出した
時間にして数十秒もない時間が善子にとってはようやくかと思うほど長く感じた
コーナーに下がる、後はもうゴングの音が鳴れば、全てが始まってしまう
レフェリーが二人が戻ったことを確認する
まだかと善子はじれる
レフェリーが理亞に指を差し確認をとる
さらに善子のじれが大きくなる
レフェリーが善子に指を刺して確認をとってくる
じれったさを抑えるように善子が頷く
レフェリーが両手を広げる
身体がぶるぶると震えて止まらない
レフェリーが両手を交差させ──
──ファイッ!!──
ゴングが鳴り響いた
0060名無しで叶える物語(プーアル茶)
垢版 |
2018/02/11(日) 02:23:31.48ID:FgdmTFf1
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ゴングが鳴ると同時に善子の身体の震えが止まっていた
善子と理亞が互いに前に出てリング中央で軽く拳を合わせる
試合前のグローブタッチ、義務ではないがマナーの様なものだ
必ずしもやる必要はなくあえて拒否する選手もいるが、二人は自然にグローブタッチを行った
振れるや否やまるで電気でも走ったかのように二人の距離が開く
二人の構えは形が異なった
善子の構えはボクシングに近いやや前傾になって前足に体重をかけ足幅を広くとる構え
しかし両手はボクシングとは違い頬の横には置かず組み技に対処するため胸の辺りに置いている
腰を低く落としているため重心が低い、組み技に重きを置いた構え
前に置く足は左足、右利きの選手のオーソドックスなスタイルだ
理亞の構えはキックボクシングの構えに近いものがあった
背中を丸めているが前傾というほどでもなく両手の位置も胸と頬の中間あたり
足幅も肩幅より少し広い程度で腰も低く落ちていない、重心が善子よりも高かった
しかし足幅が広くない分足をあげることが容易で、蹴りを速く放つにはこれくらいの足幅でないといけない
打撃技に重きを置いた構えだ
しかも前に置いている足が右足、左利きの選手が用いるサウスポースタイル
理亞の利き手が左手であるという話を善子は聞いたことはなかった
互いに警戒しあいながらフットワークを使って探りを入れあう
時折肩を揺らし、前に行く素振りを見せながらゆさぶりをかけて動きを誘う
その中でじわじわと二人の間合いが詰まっていく
善子がガードを上げながら理亞に向かってほんの少しだけ踏み込んだ
まだ間合いの外だと思っていた距離であった

「つぁ──っ!?」

ガードの上を弾けるような衝撃が善子を襲った
思わずガード越しであるのに顔をそむけてしまう程の衝撃
試合の初撃を放ったのは理亞であった
前に置いた右手から放たれるジャブ
しかし後ろ足で地面を蹴り飛ばし、身体を思い切り前に伸ばして体当たりの様に体重を乗せていた
踏み込みが大きく、そのせいで善子は間合いを見誤った
そむけてしまった顔を戻し前を向いてガードを固め、追撃に備えるがその時すでに理亞は目の前にはいなかった
踏み込みの勢いを利用して善子の左側に回り込んでいた
気付いたときには善子の左足の内腿を骨まで響く痛みが襲っていた
回り込むと同時に左のローキックを理亞が放っていた
踏み込みながらのジャブ、踏み込みを利用した回り込み、回り込みの流れを利用したロー
全ての動作が切れ間のないダンスの様に繋がっていた
善子が理亞の動きに気付いたときにはもうすでに別の動きに入っている
まるで本当にダンスの様な、舞うような動きであった
0062名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:28:05.96ID:QLdezYnD
「このッ──」

自分の左にいる筈の理亞に向かって善子がジャブを打つが、既に理亞はそこにはいない
ローの勢いそのままに善子の左横をすり抜けながら距離をとっていた
まるで蝶だ
善子はそう感じた
ひらひらと宙を舞う蝶
たしかに手の中に捕まえたと思ったのにふわりと自分の傍を飛んでいる蝶
その蝶をどうにか捕まえてやろうと善子が前に踏み込んだ
しかし踏み込みと同時に理亞がふっ、と右足を浮かせた
──カウンター!?
善子が蹴りでのカウンターを察して思わずその踏み込みを止めてしまう
それと同時に理亞が浮かした右足をそのまま前に運び一気に踏み込んできた
浮かせた右足はフェイントであった
善子の動きを制するための動きであったのだ
足を止めた善子に理亞が左拳のストレートを叩き込む
咄嗟に善子はガードを上げたが骨が歪むかと思うほどの衝撃を受けた
ビリビリと痺れが腕を襲う
続けてコンビネーションで放たれた理亞の右フックを一歩後退しながら咄嗟に身体を後ろに反らし善子が避ける
しかし続けて放たれた左のボディブローが善子の右脇腹に突き刺さった

「ごはっ──!!?」

善子の肺から空気が絞り出され口から噴き出した
レバーブロー…右肋骨と腹筋の隙間にある肝臓を左のボディブローで狙い撃つ一撃
綺麗にきまれば一撃で相手を悶絶させることができる必殺の一撃だ
幸い善子が一歩後退していたことで威力がそがれ綺麗に肝臓に入ることはなかったが
腹にまともに拳をくらったことはたしかである
腹部に鉛の塊を突っ込んだような強烈な苦しさと圧迫感が襲い掛かり
内臓が暴れて腹全体が痛みに襲われる
腹膜がせりあがって肺を圧迫し、呼吸が困難になる
肺が圧迫されて膨らまず、息が吸えない
脳に酸素がいかず意識が朦朧とする

「善子ちゃん!」
「──ッ!?」

善子は誰かから自分の名前を呼ばれ、痛みから我に返った
ふと前を見れば後退した自分に向って理亞が左足を浮かせている
その足が浮かび、曲がった膝が伸びて、真っ直ぐに真っ直ぐに善子の顎へと向かってくる
迷いのない意識を刈り取るハイキックだ

「ッああ!!!」

善子はその蹴りから逃げなかった、咄嗟に逃げずに前に踏み込んだ
それが功をなした
踏み込んだことで蹴りの間合いが外れ、理亞の左足の膝と脛の間辺りがどすんと善子の肩口に当たった
もし先程の恐怖から背後に逃げることを選択していたら逆に顎に足の甲が当たっていただろう
善子が理亞の胴に組み付いた
蹴りに合わせて片足になっているところに飛び込むように組み付いたがそれだけでは理亞は倒れなかった
体幹の力が強く、姿勢が崩れないのだ
それどころか姿勢を立て直すと逆に組み付いた状態で善子の右脇腹に拳を放ってくる
善子が組みついているので腰が入らず手の力だけで打つ、所謂手打ちの状態だがそれでも今の善子には効く
歯を食いしばって善子がこらえる
つい緩めそうになる手をがっちりと固めて理亞にしがみつく
痛みに耐えつつ胸を合わせ、顔で理亞を押しながら思い切り体重をかけて姿勢を崩す
そして足をかけて善子が自分の身体ごと理亞をマットに押し倒した
0063名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:28:44.77ID:QLdezYnD
テイクダウン
自身が有利なポジションのまま相手をマットに倒すことをそういう
理亞もただ倒れた訳ではなく、しっかりと倒れながら善子の胴に両足を絡ませて
ガードポジションをとっていた
しかし善子は攻めるつもりはなかった、否、できなかった
先程のボディブローのダメージがまだ残っているため満足に動けないのだ
上から理亞に覆いかぶさり、首に手を回して体重をかけた
こうすれば身体が密着しているため理亞が身体の間に足を潜り込ませることも
関節技を狙うこともできない
とはいえ脇の下に潜られて横から脱出されることもあるため注意は必要だが、首をしっかり
制しているかぎりはまず安全だ
善子がその体勢のまま息を整える

「善子ちゃんいいよ!そのままじっくり攻めていくズラ!!」

花丸の声が飛ぶ
善子はそこで先程自分の名前を呼んだのが花丸だと気付いた
今も声をかけてレフェリーを牽制してくれている
息を整える
理亞が善子の顔を押しのけてスペースをつくろうとするが、強引に首に組み付いて退けた
──ブレイク!
レフェリーの声が響く
組み合ったまま膠着状態に陥った二人を離して立ち上がらせた
その間に善子は呼吸を整え身体の調子を確かめる
呼吸は問題ない、腹にはまだ重苦しい痛みが残っているがマシにはなった
意を決して構える
目の前の理亞は既に構えていた
構えられた両手の隙間からのぞく口が、吊り上がっている
鎖につながれた肉食獣が餌を前にして牙をむいたような攻撃的な笑み
今か今かと鎖から解き放たれるのを待っているようだった
──ファイッ!
獣が鎖から解き放たれる
まだ善子にダメージが残っている今が好機と見て理亞が一気に距離を詰めた
勢いをのせ理亞が左のミドルキックを放つ
善子が右腕でそれをガードするが腕越しに衝撃が腹に響く
続いて右のローキックがまともに左腿に叩き込まれた
骨が軋んだ
肉ではない、骨だ
善子はそう感じた
骨を覆う筋肉がミンチのように叩き潰される感覚ではない
骨そのものが叩き壊されるような感覚だ
そんなことが頭をよぎった時には左のフックが側頭部に飛んできている
これもガードはしたが衝撃で視界がぶれた
逃げる善子を追うようにフットワークを使って理亞が前に出る
0064名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:29:36.78ID:QLdezYnD
ジャブ
フック
ボディブロー
ローキック
フック
アッパー
ガードの隙間、両肘の間をこじ開けるようなアッパーを善子が逃げるように身体を反らして避ける
どうにかこの連打をしのいで組み付きにいきたいが
ガード越しにでも顔にパンチを受けるたびに視界がぶれて理亞を捕えることが出来ない
左ミドル
右腕で受けるがまたしても腹に衝撃が加わる
その度に身体が重たくなって苦しさが増していった、腹の底にヘドロがたまっていくようだった
善子はほとんどサンドバッグのように打たれるがままになっていた
打撃のレベルに壁の様なレベルの違いがある
善子の身体が震えた
試合前の昂るような震えではない、恐怖の震え
今の善子には理亞の一挙一動全てが恐ろしくて仕方が無かった
ほんの少しの腕の動きが
脚の動きが
身体の揺れが
リズムのとりかたが
腰の上下が
表情が──
本気で善子の意識を刈り取るために動く瞳の動き
その瞳が恐ろしかった
ヘビに睨まれたカエルということわざがあるが、今の善子にはそのカエルの気持ちが理解できる
善子が意を決して踏み込もうとすればたちまち理亞のジャブが飛んできてその動きを抑える
それが三度も続いた頃には善子は前に出る気力を失っていた

「善子ちゃん後30秒!」

花丸の声が飛んだ
その間にも善子は理亞の攻撃にさらされている
これがまだ30秒も続くのかと善子は恐怖した
そのとき理亞の左足が高く舞い上がった
左ハイキック
このラウンドで決め切るつもりで放たれたのであろうKOを狙った一撃
善子がかろうじてそれを見ることが出来たのは、打たれるまま流され停止していた思考が花丸の声で一瞬戻ったからか
善子の額を掠めるように理亞の左足が振りぬかれる
咄嗟に上体を反らして善子が避けたのだ
蹴りを思い切り振りぬいた勢いで理亞の身体が流れ、半ば背中を見せるような体勢になる
ここしかない、善子はそう思い気力を振り絞って地面を蹴った
体勢が崩れている今なら組み付くことが出来る
もうこのラウンドが20秒もないだろうがそれでもよかった
その時間内に関節が極められないこともない
縋るように善子は理亞の懐に踏み込む──
0065名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:30:01.98ID:QLdezYnD
「へ──?」

その瞬間、善子は突如自分に向かって右から飛んでくる何かを見た
見たと思ったその時には右の頬に硬い何かが叩きつけられていた
ほんの少し善子はふわりと脳内から意識が飛びだしていく感覚を覚えた
一瞬全身を包んでいる痛みや疲れから解放され五感が失われる感覚
善子を襲った衝撃の正体は理亞の右拳だった
バックスピンブロー
理亞は左足を振りぬいた勢いを利用してそのまま身体を一回転させ
同時に裏拳──手の甲を利用する打撃だ──を善子に放ったのだ
蹴りの隙ができることを見越しての連携技だった
まともにそれを喰らってしまった善子の膝が僅かに崩れる
マットの上に倒れそうになるところを善子は理亞にしがみつくようにして組み付き、こらえる
踏み込んだ勢いがあったため、理亞に向かって倒れるように身体が動いたのだ
腰に組み付き、耐える
意識がはっきりしないまま組み付いている手に残っている全ての意識を集中させ、耐える
──カーン!!
ゴングの音が鳴り響いた
1ラウンド目、明らかに理亞が勝ち取ったラウンドとなった
0066名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:30:56.25ID:QLdezYnD
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ふらふらとした足取りで善子がコーナーに帰る
身体が自分の物ではないかのように重い
曜が手早く置いてくれた椅子に倒れるように座り込む
全身がくまなく痛んだ
特にローを受け続けた左足に力が入らない

「大丈夫、顔は腫れてないよ、見える?」

そう言いながら曜が心配そうに自分の顔をのぞきこんでくるのが善子には見えることには見えた
顔にジャブを何度も受けたがヘッドギアのおかげで腫れあがるようなことにはなっていない様だ
しかし脳がダメージを受けている、今も視界が少し淀んでいる気がしていた
視界に問題はないと力なく頷く
息が荒いせいで喋ることができなかった
ルビィが急いで水を渡してくれた
思わずがぶがぶと飲みたくなるが一口だけ口に含んで口を湿らせ、それを空のボトルに吐き出す
気持ちを落ち着けた後で二口だけ水を飲んだ
流石に試合中に大量に水を飲んでしまっては腹に溜まって良くない
その最中に曜が足を振るわせながらマッサージをしてくれていた
幾分か痛みと疲労が和らいでいく

「大分左足受けてたけど痛くない?」

曜の言葉に善子が言葉無く頷く
空気が重い
このままでは負けるために試合をするようなものだった
それほどまでに1R目は差があった

「…大丈夫だよ、大丈夫だよ善子ちゃん!」

ルビィが叫ぶように言った

「まだ1R終わっただけだもん!まだ2Rあるよ!?負けないよ!」

声が微かに震えている、しかし、力強い言葉だった
無理に励まそうとしている言葉ではなかった
本気でまだ善子を信じている
心のこもった叫びだった
それが善子には分かった

「…善子ちゃん」

花丸が善子の真横に膝を着き、じっとその目を見据えて口を開く

「善子ちゃんは今のままだと善子ちゃんのままだよ」

何を言っているのか
善子は思う
私は津島善子じゃないか
あんたと、ルビィと同じ浦女の生徒で、Aqoursで、スクールアイドルの津島善子だ
口に出せぬまま花丸をただただ見つめ返す
0067名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:31:29.36ID:QLdezYnD
花丸がなにかに堪えられぬように震えながら、答える

「善子ちゃんはヨハネでしょ!堕天使でしょ!さっきの善子ちゃん…いや、貴女は本当にヨハネなの!?」

叫んだ
花丸の叫びを聞いて、善子が我に返ったように目を見開いた
そうだ、自分はヨハネ
天界から美しさ故に追放された堕天使
津島ヨハネ、Aqoursの堕天使ヨハネ
気が付いたときから私はヨハネだった
ずっとヨハネと生きてきた
ヨハネを止めようと思ったこともあった、後悔もした
それでも私は、今なおヨハネだった
ヨハネであろうと生きてきた
だというのにさっきの無様な姿はなんだ
今のこの姿はなんだ
勝手に勝利を諦め、怯え、黙り、沈んでいる、この姿のなんと無様なことか
ヨハネならどうする?

「くく…」

考えなくともわかる

「くくくく…」

何故なら私はヨハネなのだ

「…リトルデーモンを心配させるなんて、お遊びが過ぎたかしら」

不敵に笑え

「聞きなさい、ルビィ、花丸、曜」

余裕をかませ

「勝つわよ…!」

冷えきっていた心に炎が灯され、たちまち燃え上がり全身を包んでいく
全身を包んでいた痛みが逆に心を昂らせる燃焼剤の様に感じた

「うん!勝とう!善子ちゃん!」
「まったく、世話が焼けるズラ、善子ちゃんは」
「まだまだ見せてない技あるもんね、善子ちゃん?」

先程の重い空気はどこにいったやら、セコンド三人が笑いながら言った
善子は少し呆れながらも、ヨハネとして叫んだ

「だから!ヨハネよ!」

──セコンドアウッ!
同時にラウンド間のインターバルが終わりを告げる
颯爽と善子が立ち上がる
第2ラウンドの始まりであった
0068名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:32:09.75ID:QLdezYnD
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理亞が先ほどと同じ打撃重視の構えで善子の前に立つ
善子も答えるように組み技重視の構えで相対した
ラウンド開始と同時に理亞は1R終盤の勢いに乗って攻めてくるかと思われたが
逆に慎重に距離をとっている
善子はその姿を見て笑みを浮かべた
その笑みに理亞が僅かに怪訝な表情を浮かべる

「…くくっ」
──今の私が、怖いのでしょう?

善子は思った

──なぜあれほど痛めつけたはずの私が笑っているのか分からないでしょ、怖いでしょう?

それはね理亞、私がAqoursだからよ
私ならさっきで終わってたわ
でもね、私だけが相手じゃないのよ
あんたが相手にしてるのはAqoursのヨハネなのだから
善子の想いが膨れ上がる
想いに押されるようにじわじわと善子が理亞との距離を詰めていく
もう僅かに踏み込めば間合いに入る──

「ちぃっ!」

間合いに入るや否や理亞が恐れを振り払うように善子に踏み込み、右手でジャブを打ち込む
善子がジャブを左腕で受けながら右のストレートを返した
この試合が始まって初めて善子が打撃を繰り出した
理亞と比べてキレはなくやや大振りになっているが、しっかりと腰の入ったストレートだった
過度な恐れを捨て、立ち向かう心を持った結果自然に出たストレートだった
それが理亞の顔面をカバーした左腕に思い切りぶち当たった
1Rに善子が反撃することがなかったため防御に対する意識が希薄になっていた
本来ならば避けられたであろうパンチを、咄嗟に腕でかばうことしかできなかった
さらに善子が右手を引きながら腰を捻り、右のローを理亞の右内腿に思い切り叩き込んだ
まともに入った
脛の骨が太腿の肉を超えて骨に直接ぶち当たったような芯まで衝撃を響かせた感触
僅かに理亞の足が揺らぎ、体勢が崩れそうになる
それでも理亞は怯まずに無理矢理左腕を振るい、反撃のにストレートを返してくる
一直線に善子の顔面に向かって理亞の拳が突き進み、そして──
当たる直前で空を切っていった
それからほんの一拍間をおいて、理亞の腰に何かがドンとぶつかる衝撃がきた
善子が理亞の腰に組み付いていた
パンチに対するカウンターのタックルが、見事に決まっていた
善子は理亞が反撃することを見越してローを蹴った右足を前に置き、距離を詰めタックルにいったのだ
恐れない──否、恐れを越えて踏み込む精神
それがおのずと理亞の攻撃を封じていた
足を絡めて理亞をマットに押し倒す
0069名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:32:41.83ID:QLdezYnD
テイクダウン
しかし理亞もタダで倒されず、両足の太ももで善子の胴を挟んでガードポジションをとる
足は組んでいない、足を組むと外されにくくなるが逃げにくくなるのだ
理亞は立ち上がることを意識してあえて足を外していた
地面に倒されてすぐ身体をくねらせて半身を立て、エビの様に身体を曲げて背を畳み
善子の身体の下から逃げようとする
俗にその姿からエビと言われている、柔道で基本練習にもなっている動きだ
それを善子が上から身体を被せて体重をかけ、防ぐ
胸と胸を合わせて上半身の動きを制した、こうすると半身を立てられない
体重をかけながら左手で理亞の足を抑えてまたぎ、越えようとするのを膝を立てて理亞が防ぐ
そして簡単に逃げられないことを悟ったのか理亞が足を組み、下から善子の頭を抱えてくる
時間をかせいでレフェリーが立たせることを狙うことに作戦を変えたのだ

「くくく!」

善子が笑う
狙い通りの動きだった
抱えられた頭がちょうど理亞の頭の真横にあった
それを利用して頭を動かし理亞の頬にごろごりとこすり付ける
頭突きをしている訳ではない、それは反則だ
ただ頭を撫でるように相手の頬にこすり付けているだけだ
ヘッドギア越しに頬骨に頭蓋骨が当たる感触が伝わる
思わず理亞が顔をそむけて逃げる
そこに善子が右手を滑り込ませて上から抑えつけ、理亞の身体との間に隙間を作った
その隙間にさらに左手を突っ込んで首を抱える手を内側から振り払う
善子の上体が持ち上がる
しかしまだ理亞の両足ががっちり絡みついていた

「まだ・・・!」

上半身を立たせると理亞の下腹部、骨盤のあたりを両手で押さえながら腰を浮かせる
それで理亞の両足が解かれた
骨盤を抑えて腰の動きを制し、逆に善子は腰を浮かせ体幹の力で両足の拘束を切ったのだ
解いた理亞の右足を善子が抱え上げその下をくぐりぬけた
パスガード──相手のガードポジションから足を抜ける行為──だ
咄嗟に理亞がエビを使って逃げようとするが善子の動きの方が早かった
半身を完全に立てられる前に理亞の右側面に回り込み上から覆いかぶさって胸を合わせる
柔道でいう横四方固めの体勢に持ち込んだ
ブラジリアン柔術ではサイドポジションの名称で呼ばれる形

「逃さないわよ…」

呟くように善子が言う
善子がサイドポジションから理亞の左腕の手首を右手でとり、アームロックを仕掛けようとする
相手の手首をとってくの字に腕を曲げ、その腕の下から逆の腕を差し込んで自分の手首を掴み
てこを作ってくの字にまがった相手の腕を後ろに捻り上げて肩関節を極める技だ
アームロックにはいくつか種類があるが善子がしかけているのはダブルリストロックや
チキンウィングアームロックと呼ばれているアームロックだ
関節を極めた状態が鳥の手羽先のような形になるためそう呼ばれている
理亞が腕を曲げられまいと動かしながら腰をブリッジの様に跳ね上げる
善子の上体を浮かせて隙間を作りエビで逃げようとしているのだ
0070名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:33:49.49ID:QLdezYnD
さらに同時に理亞は善子との身体の隙間ができるかと思うと膝をこじいれて押しのけようとして来た
対して善子がその下に入ってこようとする動きを逆に利用して両足をまたぎ
馬乗りの体勢、マウントポジションの体勢に入ろうとする
そうすれば理亞が足を上げて善子が回り込む動きを制した
お互い腕を極めようとする攻防の最中に足でも攻防を繰り返していた
互いに極め切れず逃げられずの時間が続く

「善子ちゃんいい感じズラ!有利なんだから焦らないで!」

花丸の声がコーナーから飛ぶ
その声も善子はもう何度聞いたか分からない
ひっきりなしに声をかけて善子が有利であること、攻めていることを叫びレフェリーを牽制くれているが
それも危うく感じていた

「──ちぃッ!!」
「くぅッ!?」

善子が大きく身体を浮かせ、足ではなく頭をまたいで理亞の身体の上を回った
そして回り込みながら両足で理亞の左腕を挟み込む
腕十字逆固め
アームロックは本命ではなくマウントポジションをとることが本命だと思わせておき
腕を曲げて関節を極めるアームロックではなく引き伸ばして極める腕十字を本命に据える
裏の裏をかいた動きだった
しかしその分動きが大きい
腕を挟み込んだが足で理亞の上体の動きを抑えることが間に合わなかった
理亞が瞬時に半身を立てて身体を起こし、逃げる
善子が無理矢理足で理亞の身体を再び倒そうとするが、じわじわと理亞が身体を起こしていく

「──ッ、あぁ!!」

理亞が吠えた
力を籠めて膝を立たせ、善子の両足から左腕を引き抜いた

「やるじゃない…!」

善子が後ずさりながら距離を空けて立ち上る
立ち上がった善子に理亞が一気に踏み込んで左のストレートをぶち込んできた
善子が反射的に先ほどと同じようにカウンターのタックルにいこうと身体を沈めた
理亞の懐に潜り込む──

「ぐっ!?」

下から不意に凄まじい勢いで突き上げられるなにかが善子に襲い掛かった
なんとか両手で顔面をカバーするが激しい衝撃が脳を揺さぶる
正体は理亞の膝蹴りだった
パンチにカウンターのタックルがくることを見越してのカウンター
今度は善子が裏の裏を狙われた形になる
0071名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:34:19.18ID:QLdezYnD
さらに理亞は足を下げて距離を空けながら右のフックを放ってくる
それをどうにか左腕を上げて善子が受け、咄嗟に右の振り回すようなフックを理亞に返す
大振りに放たれたフックを理亞が軽く下がりながら避け、左のローキックを善子の左内腿に放つ
骨に響く強烈な痛みが善子を襲うが、歯を食いしばって耐える
──この身体は地上での器、故に痛くない
善子が自身の中にいるヨハネに言い聞かせる
力が入らない太腿に活を入れて地面を踏みしめ、理亞に向かって踏み込んだ
踏み込んで右ミドルキック
受けられた
ワンツーが返ってくる
ジャブは避けたがストレートを喰らう
善子が反撃の右ストレートを打った
避けられた
それどころかカウンターのジャブを喰らった
耐えて無理矢理右のミドルキックを返す
体勢が悪かったせいで威力は低い上手く脇腹に当たった
善子が前に踏み込む
パンチを打って
返されて
耐えて
踏み込んで
蹴って
 避けられ
         反撃
 ストレート
          痛み
      揺れ
   パンチ
  蹴り
        踏み
    前に
       二発喰
               踏 み
   前  
 蹴
   踏
     喰
  前

前に──
善子が前に踏み込んでいく
三発理亞が善子の身体に打撃を放ちどうにか善子が一発返すような状況だった
それでも善子が前に踏み込み続けた
それが功をなしていた
踏み込みで間合いがずれ、さらに理亞が組み付かれることを警戒して後ろに下がるので
打撃の威力が削がれていたのだ
善子が前に進み理亞がさがる
いつのまにか理亞はコーナーに追い詰められていた
追い詰めた理亞を前に善子は前に踏み込む
そして地面を蹴り、飛んだ
飛び膝蹴り
突進するように理亞の腹に向かって膝を突き立て身体ごと飛び込んだ
予想外の攻撃に理亞が両手で膝を受ける
ガードが下がったところに善子の両手が伸びた
そして理亞の頭を抱える
さらに飛びこんだ勢いにまかせて理亞と身体を密着させ肘を鎖骨に当てる
首相撲の形に持ち込んだ
0072名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:34:53.84ID:QLdezYnD
善子が理亞の頭を自分の胸元に押し込むように抱えて重心を崩し膝をもう一発放つ
さらに身体を揺さぶり腰を捻って理亞の身体を振り回す
膝をもう一発打ち込んだ
攻撃が来るタイミングを掴んだ理亞が左手で膝を受けた
そして右手を善子の腕の隙間に潜り込ませて首相撲を解こうとした
善子の腕の隙間を潜り抜け理亞の右手が善子の頭に向かって伸びる──

「きたッッ!!!」

リングサイドからそれを見ていた曜が叫んだ
同時に善子が、飛翔する
まるで本当に堕天使の羽が生えたかのようにふわりと善子の身体が浮き上がり
両足が理亞の右手を挟み込みながら倒れていく
飛び付き裏逆十字固め
二人の身体が地面についたとき理亞の身体がうつぶせに地面に倒れ込んでいたなら関節が極まる
理亞の顔が地面に触れる──

「くっ・・・あああぁ!!」

その寸前に理亞は身体を捻り左腕を地面についた
腕が極まる寸前、地面との間に隙間が生まれ、関節の可動域に余裕が生まれる
極まらなかった
リングサイドの曜が悔しそうに顔をゆがめる
しかし、善子の動きはここで終わらなかった

「まだッ!!」
「なっ!?」

極まらなかったと感じるや否や理亞の右腕に絡ませていた両足を解きながら身体を反転させ、上半身を起こし
さらに左足で理亞の右腕をくの字に曲げながら絡め取って関節を固める
オモプラッタ
ポルトガル語で肩甲骨を意味するブラジリアン柔術の技である
だがこれもまた相手の上半身が地面にくっ付いていないと極まらない関節技だった
理亞が今の体勢を維持しながらじわじわと善子の左足から腕を引き抜いていく
からだをよじり、捻らせ、捻り
腕を、引き抜いた
理亞がマットの上から逃げるように立ち上がる

「甘いわよ!」

その背中に向かって善子が襲い掛かった
裏十字に固執せずにオモプラッタに移行したのは有利なポジションをとるための作戦であった
上半身が起きていれば素早く立ち上がることが出来るからだ
後ろから飛び付く様に理亞の首に腕を回し、両足を胴に巻き付ける
そしてマットの上に尻餅をつくように理亞を再び寝技の渦に引き込んだ
両足を絡ませ動きを制し、背後からチョークスリーパーを狙う
チョークスリーパー、裸締めとも呼ばれる首を絞めて相手を気絶させる技
完璧に決まれば絶対に外すことのできない技
腕が首に潜りこみ、前腕と二の腕で首の頸動脈を圧迫して脳への血液の供給を止め気絶に導くのだ
善子が背後から理亞の首に腕をねじ込もうとするが、理亞も必死に顎を引いて潜り込ませない
どうにか善子の腕を引きはがそうとするが善子ががっちり脇を締めているため不可能だった
ぐいぐいと善子が顎の上から理亞にプレッシャーをかける
そのとき、不意に善子の腕をはがそうとしていた理亞の両腕が離れた
もしかして気絶してしまったのか、そんな考えが善子の頭をよぎった
0074名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:42:16.07ID:eTVFyzDH
次の瞬間だった──

「ぐぁッ!?」

左足首に激痛が走った
思わず声が口から出てしまう
理亞の背中越しに善子が自身の左足に目を向け、目を見開いた
背後から理亞の胴体に絡めていた両足、その左足首の関節を理亞が極めていたのだ
アンクルホールド
字の通り足首を極める関節技
太腿に体重をかけられて股関節の動きを足に伝えられない状態で足首を曲げられると、完璧に極まる技だ
今はまだ太腿に完璧に体重をかけられていないため、完全に決まっていないがかなり危うい

「善子ちゃん!あと20秒だよ!耐えるズラ!」

まだ20秒も時間が残っているのかと、善子は震えた
どうやって逃げるか、どうやって時間を稼ぐか
善子はそれをまず考えようとした、そして──

「ふふふ・・・くくく・・・!」

止めた
ヨハネなら、ここで逃げない
そんな思いがふと頭をよぎったのだ
激痛のせいで頭がハイになっているのかもしれない
危機的状況にアドレナリンが分泌され精神が異常に高揚する
善子は攻めることを選んだ
激痛に耐えながら、理亞の顎の前にあった前腕をずらして頬骨の辺りに動かす
そして前腕の骨を理亞の頬骨に押し上げ、後ろから頭を押しながら思いっきり締め上げた
ゴリゴリとヘッドギアのクッション越しに理亞の頬骨を前腕で感じる
骨を思い切り圧迫されているのだ、結構な痛みがふりかかっているはずだ

──痛いでしょ理亞?

理亞が痛みに耐えかね、逃げるように顔をそむけ始める

──そうよ、逃げなさいよ

理亞の顔が徐々に捻り上げられていき、押し上げられ
首の前に隙間が空いた
その隙間に善子の腕がズルリと入り込んだ
理亞が咄嗟に善子の左足首から手を離しその隙間に指を入れた、が、完全に腕が首に入り込んでいる

「あと十秒だよ善子ちゃん!」
「うん!勝って善子ちゃん!」
「きめちゃってぇぇーーー!!!」

理亞の身体から力が少しづつ抜けていく感覚が伝わる
それでも理亞は、隙間に残った指でつくられたほんの、ほんのわずかな隙間を維持した
──カーン!!
2ラウンド終了を告げるゴングが鳴り響いた
理亞の首から善子が腕を解く
そして、理亞がふらつきながらも自分の足で、立ち上がった
0075名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:43:16.33ID:eTVFyzDH
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善子がしっかりとした足取りでコーナーへ戻る
その姿に会場から大歓声が巻き起こった
シャワーの様に善子を称える声が中央のリングに降り注がれる
歓声に善子が右手を突き上げた
その動きにさらに歓声が増し、リングが震えるような感覚さえ覚える
気分を高揚させながら善子は曜が置いてくれた椅子に座り込んだ

「最高だったよ善子ちゃん!この調子で行こう!」

曜が少し興奮した様子で言い、善子の顔を覗きこむ
そしてジッと善子の目元に視線を向けて僅かに顔をしかめた

「・・・ちょっと目尻切れてる、中盤打撃もらってたからだね」

善子の右目尻が浅く切れていた
僅かに血がたれた後が残っているが、既に血は止まっている
その上から素早くワセリンを塗り、左の目尻の周りにも同じく塗り込む
ワセリンには応急のかさぶたの代わりになる止血作用と、滑りを良くして肌が切れることを
防止する作用があるのだ

「善子ちゃん、水だよ!」

ルビィも興奮で少し息を荒くしながら水を差しだす
善子は1R目と同じように一口含んで吐きだし、二口だけ飲んだ
異常に昂っていた心が少しだけ鎮まってきた
同時にアドレナリンのお陰で治まっていた痛みがじわじわと善子の身体に現れてくる
それを察した曜が足のマッサージを開始する

「花丸ちゃん、左の足首やられてると思うからアイシングしてあげて」
「わ、分かったズラ!」

善子の左足首が氷嚢で包まれて幾分か痛みが和らぐ

「大丈夫ズラ善子ちゃん?」
「さっきよりマシになって来たわ、ありがとうズラ丸」

予想以上に自分の身体にダメージが溜まっていることを善子は実感する
疲労も酷い、つい数十秒前まで何故自分はあそこまで動くことが出来ていたのは不思議なほどだった
0076名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:45:33.18ID:eTVFyzDH
しかしそれは理亞も同じはずだった
さっきのラウンドは寝技の攻防の中で有利なポジションからじっくり苛めぬいてやったのだ
しかも右腕と左腕をそれぞれ腕十字で関節を極めかけた
特に右腕は落下の衝撃が加わってある程度肘に負担がかかった筈である

「・・・ここからは気力の勝負だね」

善子のダメージを察し、曜が言う

「そうね、それに相手は理亞だし、ここで萎えてくるような相手じゃないわ」
「うん、なんとだくだけど分かるんだ、理亞ちゃん多分まだ"持ってる"よ」

善子の言葉にルビィが頷く
このメンバーの中で一番理亞との付き合いが多いルビィの言葉だ
おそらくまだ見せていない技がきっとあるのだろう

「まぁ、それはこっちも同じだよね善子ちゃん」
「そうよ曜、まだ私だって出せるものは持ってるわ」

善子が公園での曜との日々を思い出す
まだ曜には見せて理亞には見せていない技がいくつもあった
いくつ出せるか分からない、しかし出せる限り出し尽くす
そう思うと鎮まっていた心がまた徐々に昂ってきた
──セコンドアウッ!
そして3Rが開始される時間がやってくる
0077名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:47:50.09ID:eTVFyzDH
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理亞が嗤っていた
息は荒く、疲労が見える様子を見せながらも嗤っていた
追い込まれた手負いの獣が真の凶暴さをみせたような嗤いだった
思わず善子の身体が震える
しかしその震えは恐怖の震えではなかった
いや恐怖ではあった、しかしその恐怖を感じても心は戦うことをすでに決めている
恐怖に打ち勝ち生き残る為に悩がアドレナリンを分泌し、恐怖が昂りとなって全身に伝わった
おそらく自分のの顔にも理亞と同じような嗤いが浮かんでいるだろうと、善子は思う
マウスピースが砕けてしまうのではないかと思うくらい歯を強く食いしばる
二人の間合いが詰まる
1,2R目のようにじわじわという間合いの詰まり方ではなく歩く様に自然にステップを踏んで
二人が前に出ていた
間合いに入る──

「「しぃぃっっ!!!」」

二人のパンチが同時に放たれた
善子の右ストレートと理亞の左ストレートが交差する
互いの顔面に拳がぶち当たり、僅かに体勢を崩しそうになる
それを二人はこらえ、次の打撃の体勢に入った
理亞の左ミドルが飛ぶ
善子が踏み込みながらそれを受けて左の大振りのフックを放った
理亞が頭を屈めて避ける
そして流れを利用して左のボディブローを善子に叩き込んだ

「ぐふ──ッ!?」

善子の肺が縮み追い出された空気が口からあふれ出る
しかし歯を食いしばって痛みに耐えながら前に踏み込み、理亞に組みついた
左手を脇の下に差し込んで右手で頭を抱える
そこに理亞の膝が飛んでくるが身体を密着させてスペースをなくし、威力を削いで堪える
密着しながら善子が右のフックを理亞の側頭部に放つ
手打ちのフックだがダメージが残る体には効くはずだ
そして理亞がやり返そうとフックを打つ気配を感じると善子は脇に差し込んだ左手を使って
理亞の身体を揺さぶり防御に意識を集中させそれを防ぐ
組み技の攻防に関しては善子の技量が上回っていた
そこに膝蹴りを叩き込む
これも密着しているため威力は削がれているが、それでよかった
こうしてじわじわ組みながら打撃で攻めて疲労を与え、隙を見てテイクダウンを狙う
しかしそれは上手くいかなかった

「ぐぅっ・・・!」

善子の左足に痛みが走った
ローで散々痛めつけられていた左足
その左足の腿を理亞が密着した状態から膝で蹴っているのだ
左足から力が抜ける
それを察し理亞が右掌を善子の顎に当て、思い切り押しのけた
善子の両手が理亞から離れ、密着していた互いの身体に隙間が生まれる
理亞の左ボディブローがさらにここで叩きこまれた

「──ッッ!!」

もはや善子は声を出すこともできなかった
またしても呼吸がつまり、全身を泥沼に浸かったような強烈な疲労感が襲い掛かる
善子が下がる
0078名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:48:36.07ID:zJNSUwdq
そこに理亞の体当たりの様な右ジャブが叩き込まれ、善子が必死に左手で顔面を庇う

──まだよ・・・まだよ・・・!

ストレートの間合いで両手で顔面を庇いながら善子はまだ諦めるかと自分に言い聞かせる
しかし、もしもう一発まともに左の腹に打撃を受けたら耐えられないと体が訴えていた

──まだ、手はある・・・!

善子が密着されないように後ろに下がりながら攻撃を受ける
両手を上げ、脇腹を見せながら下がる
賭けだった
こうして両手で顔面を庇いボディの意識がおろそかになっていると見せかけ
ある技がくることを狙っていた
その技を出させるためには密着していてはだめだ、密着すればボディブローが来る
耐えた
耐えた
ガードの上から嵐の様に打ち込まれる理亞の連打に善子は耐えた
そしてその時は来た
理亞の左足が浮き上がり、善子の脇腹に向かって一直線に突き進む
左ミドルキック
その蹴りを善子は身体を捻りながら僅かに踏み込んで背中で受け止めた
背中の厚い筋肉である広背筋がその威力を吸収する
その受け止めた左足を、右手で抱え込む
さらに善子は地面に向かって倒れ込みその理亞の左足の太ももに両足を絡めた
左足の足首を脇下に抱え込み、引き伸ばそうとする
0079名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:49:45.11ID:hQadcj2Q
アキレス腱固め
アキレス腱を圧迫して強烈な痛みを与える足関節技
理亞が足を引き抜こうと立ちながら身体を捻る
逆に善子も足を抱えながら背中をマットにつけて身体を捻り、理亞を地面に引き倒そうとする
理亞がバランスを崩しながらもリングのロープにもたれかかりながら耐え
善子が身体を捻る方向に合わせて思い切り足を捻った
ズルリ理亞の足が引き抜かれ、距離をとって下がる
善子はまだマットの上に寝たままだ
寝たまま足を上げて、相手が上から攻めてくるとすぐさまガードポジションをとれる体勢をとる
理亞が立って来いと言うジェスチャーをした
それを見たレフェリーが善子に立つことを指示して立たせる
再び立ち技の形になったが善子は先ほどの寝技のやり取りで幾分か調子を整えていた
理亞がわずかに左足を庇うような動きをしている
右腕、左腕、左足
それぞれを善子が関節技で捻り上げたのだ
善子がそこまで自分が理亞を追い詰めていることを実感し、嗤った
理亞が痛みを振り切って踏み込んでくる
そしてその姿勢が不意に地面に沈み込むように下がった

──タックル!?

理亞は今回の試合中自分から組み技に行く動きを一度も見せなかった
この局面でタックルを選んだのかと善子が疑念を抱く
その瞬間善子は自分の左側頭部から飛んでくるなにかを察知して咄嗟に肘でガードを固めた
肘を振り上げるように左腕を上げ左の側頭部を腕全体でカバーした
これなら強烈な打撃が打ち込まれても耐えることができるはずだ
左の側頭部に、打撃がくればだ──
次の瞬間、善子は真上から脳天に強烈な衝撃を受けていた

──何故?

地面に崩れる寸前、善子は見た
理亞が片腕を地面につけているところを
子安キック
ある空手家がカポエイラの技を参考に編み出した蹴り
片腕で身体を支えながら両足を浮かせて逆立ちの様になり
足の甲で脳天を蹴る必殺の蹴り
その蹴りで善子の意識は脳内からはじき出されていた
0080名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:52:11.56ID:fp1UHVLT
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ここはどこだろう
ふわふわと空の様な空間にいる
そのまま身体が浮き上がって、天に昇ろうとしている
心地よい気分だ
このまま浮き上がってどこまでいけるのだろう
どこに辿りつくのだろう
私はなんだったか、そうだ天使だ
天使だからこのまま天に昇っていくのだ
まるでふかふかのベッドで眠りにつくような心地よさだ
そう、このままゆっくり眠りに──

──善子ちゃん!耐えて!あと一分切ってるよ!──

あれ?
なんだこの声は
誰の声だっただろう
そうだ、この声は花丸だ
私の友達で、仲間で

──善子ちゃん!頑張れぇ!!!──

ルビィの声だ
私はなにを頑張ればよかったのか
でもとにかく分かることがある
私は天に昇ってはいけない
地上に大切で大好きな仲間がいるのだ
いけない、このまま昇ってはいけない
どうすれば地上に戻れるのか
とにかくもがけ、もがくんだ
0081名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:52:43.74ID:fp1UHVLT
足をくねらして身体を跳ね上げて
そうだ、上手いわよ
そのまま泳ぐように地上に向かって進む
地上に向かおうとした途端とてつもない重さの様なものが全身を包んだ
それでも行かなければならない、地上へ

──善子ちゃん!足上げて!マウント狙われてる!

曜の声が飛んでくる
分からないけど、とにかく足を上げて
ああ、なんて足が重いのだろう
でもなぜかホッとした、ありがとう曜

──よっちゃあああん!!!
──善子ちゃああああん!!

あら、この声はリリーと千歌じゃない

──善子さん!ふんばって!
──善子!!!諦めないで!!!
──ヨハネ!ファイトォオオオ!!!

ダイヤ、果南、マリー、みんないるんだ
だったら、なおさら地上に戻らなきゃいけないわね
そう、腰をはねてバランスを崩してしがみついて
あれ、何を私は考えているんだろう
とりあえず相手が嫌がったところに膝を入れて、脛で
そう、ひっくり返して
相手が堪えても諦めずに
もがいて、もがいて
そして地上に

触れた──
0082名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:53:19.44ID:fp1UHVLT
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善子が理亞にマウントをとっていた
そうして善子はようやく意識を取り戻した
なぜこうなっているのか覚えていなかった
頭の上から強烈な衝撃を受けてそれから意識を失っていたらしい
意識を失いながらも身体が覚えていた動きを繰り返し、今の状況に持ち込んだようだった

「善子ちゃん!あと20秒きったよ!」

花丸の声を聞いて我に返る
同時に理亞が腰を跳ね上げて善子を振り落とそうとしてきた
それを懸命にこらえる
理亞も両手をがっちり締めて耐える体勢に入っていた
しかし迷っている暇はない
善子は理亞の右腕を強引に掴み、両手で抱え込んで力づくで腕十字に入った
理亞が両手を組み合わせて、耐える
善子も背筋を使って理亞の腕をむりやり引き伸ばそうと身をよじらせる
──10、9、8
理亞が身体を捻って逃れようとする
──7、6、5
それを善子が左足の脹脛で理亞の頬を押し、地面に押し付ける
──4、3
理亞の両手が解きかかる
──2
渾身の力を善子が込めた
──1
理亞の組まれている指が離れ
──カンカンカーン!
同時にゴングが鳴り響いた
理亞の指は離れていた
しかしその右腕が完全に引き伸ばされる寸前にレフェリーが間に入って試合を止めた
3分3ラウンドの試合が、終了した
指先まで籠った理亞の執念であった
0083名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:53:51.41ID:fp1UHVLT
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リングの中央
レフェリーに導かれ、善子と理亞が並ぶ
KOによる決着がつかなかったため判定決着になるのだ
善子と理亞の手首をレフェリーが握る
勝者の手を掲げるためだ
──1R、30対27、鹿角理亞
アナウンスの声が響く
当たり前だが1Rは理亞が制した、しかし
──2R、30対27、津島善子
2Rは善子が制する
そして3R
このラウンドだけはどちらがとったか明らかではなかった
理亞は意識を刈り取る程の蹴りを与え、善子はあわや勝利というところまで理亞を追いこんだ
──3R、29対28・・・
緊張感が会場全体を包む
アナウンスも焦らすように言葉を詰めらせる
──鹿角理亞!
その言葉と同時に理亞の手が高く掲げられた
0084名無しで叶える物語(プーアル茶)
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2018/02/11(日) 02:54:39.50ID:fp1UHVLT
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「負け、か」

天を仰ぎながら善子は一人呟いた
不思議と悔しいという気持ちが沸いてこない
いや、本当を言えばある
数ヶ月本気で努力を重ねて試合中こんなに辛い思いをして、負けた
しかし善子は全力を尽くして、もうこれ以上ないと言うくらい力を発揮して負けた
言い訳の言葉もなにも浮かばない
文字通り全力を尽くし、意識を失ってまで戦い抜いた結果だった
それに負けた相手が理亞だ
負けず嫌いで本当に努力家であることを善子は知っている
故に負けても、不思議と負の感情が沸いてこなかった
憑きものがおちたような穏やかな表情を浮かべ、善子が理亞の方を見る

「おめでと理・・・亞?」

祝福の言葉を贈る善子の言葉が詰まった
理亞が涙を流していた
滝の様な涙があふれ出ていた

「ったく、勝ったのに何泣いてんのよ、理亞」
「うっさい、仕方ないじゃない!」

涙を拭いながら理亞が声を荒げる
善子はなんとなく理亞の気持ちを察した
理亞はあのラブライブでの敗戦から、ずっと負けたままの日々を過ごしていた
全てを振り絞って負けたのではなく、自分のミスで全てを壊した敗北
その敗北から理亞はようやく勝利を手にすることが出来たのだ
それも死力を振り絞って、全てを出しきって勝利したのだ
その執念が勝敗を分けたかもしれない
かつて勝利を勝ち取った善子と、勝ち取れなかった理亞
この差が、最後の勝敗を決めたのではないかと、そう善子は思った

「おめでとう理亞、私の負けよ」

涙を流し続ける理亞に祝福のハグをする

「・・・ありがとう、善子」
「だからヨハネよ」

理亞がハグを返してくる
先程まであれ程までに身体を痛めつけあったのに、不思議であった
しかし善子には分かる、あの空間、痛み、空気、疲労、狂気、恐怖
全てを理解しうるのは目の前にいる共に戦った相手一人なのだ
世界にただ一人の人間だ
会場全体から溢れる地鳴りのような拍手が二人を包む

そうして津島善子の挑戦は、終わりを迎えた
0085名無しで叶える物語(プーアル茶)
垢版 |
2018/02/11(日) 02:56:31.40ID:fp1UHVLT
終わりです
やたらめったら長くてすいません、とりあえず書きたいもの書きました
時間できたら後日談的なの書くかもしれないです
0088名無しで叶える物語(笑)
垢版 |
2018/02/11(日) 22:57:35.12ID:RPgInxN/
久々に地の文ガッツリなss読んだけど格闘描写に勢いと緊迫感があって面白かったわ
各キャラの立たせ方も良かったし後日談期待
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