花丸「紅い唇」
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「―――ふぅ」
読み終えた小説をぱたんと閉じて、マルは一息。
この本―――浦女の図書室の最後の購入リストの中にあった、1冊なんだ。
もう廃校になっちゃうから―――図書室の購入リクエストも、これでおしまい。
浦女が無くなっちゃうのも、もちろん寂しいけど。
この図書室の本棚には、もう―――本が増えることも無い。
ううん、むしろ―――
最近置かれたばっかりの本棚も、もう古くなって歪んじゃった本棚も―――
そこに住む本たちも、それを読む生徒も、みんな――――
ここから、いなくなっちゃう。
実際、もう学校の備品は少しずつ片付けられていて―――
図書室も例外じゃない。 いくつかの本棚は、もう空になった。
そこに居た本たちは、生徒たちが貰っていった。
オラたちは、統合した学校に行くことになるけれど―――
貰われていった本たちは、生徒たちが大切にしてくれるけれど。
じゃあ、居場所のなくなった本たちは、どこに行くんだろう?
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
きっとオラたちの行く学校の図書室でまた会える本は、ほんの少しで―――
沼津の図書館や他の学校の図書室に行く本もいれば―――
処分されて、二度と誰にも読んでもらえない本もいる。
そう思うと、マルは寂しくて、寂しくて仕方なくて。
居ても立っても居られなくて―――
今まで読んだことのなかった本も、苦手で遠ざけていた本も、全部読んでみようって。
そう決めたオラは、暇さえあれば図書室に引きこもるようになったのでした。 えっと、それで―――
この本は、ちょっと前に流行ったネットの小説が、本になったもの、みたいで。
オラ、そういうのはあんまり読まないんだけど―――
その、えぇっと―――すごく、は、恥ずかしい、描写が、あって―――。
えっと―――その、男女のそういうシーンなら、他の本でもたまに目にはしていたんだけど。
この小説の主人公は女の子で、ヒロインも女の子で。
最後に―――
「マル〜〜?」
「ひゃあ!!」
がらっと、突然勢いよく開いたドアに―――マルはおかしな声をあげてしまいました。 「わっ―――」
ドアを開けたのは、ヨハネちゃんでした。
オラの声にびっくりしたヨハネちゃんは、転んで、机に頭をぶつけて―――
あっ!
その机の上には、積まれた本が――――
どさどさどさ―――。
倒れたヨハネちゃんの上に、何冊も本がのしかかる。
「うぅ……」
ヨハネちゃん―――本当に、小説の登場人物みたいな不幸ぶりずら……。 「ふぅ―――変なとこぶつけなくて済んでよかったわ」
「よっちゃん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫。もう―――いくら読むのに夢中だったからって、本を積んでおくのはやめてよね」
「うん、ごめんなさい……」
「そ―――そんなに落ち込まないでよ。マルちゃんのせいじゃないし―――それで、今日は何読んでたの?」
「えっ!?え、っと―――」
「―――あ、これこれ!映画がすごく私好みだったから、本になってるのを知って探してたのよ♪」
ヨハネちゃんは、マルがさっきまで読んでいた本を手に取って―――
上機嫌で、貸出カードに名前を書いている。
「これ―――読んでたの?」
「えっ――――と、その……うん、さっき読み終わった、ところで―――」
「へえ、意外―――マルちゃんって、こういうの読まないと思ってたのに」 「ねえ、ところで―――」
「な、なに?」
「この小説の主人公とヒロイン、マルちゃんとルビィに似てなかった?」
「な、なななな――――――」
顔が、かぁっと熱くなるのがわかった。
そう、この小説の主人公と、ヒロインは―――
「弱気な女の子がふたり、お互いに引っ張り合って―――なんて、
映画を観てる時からマルとルビィみたいだって思ってたのよ。
でもまさか、最後があんなことになるなんて思わなかったけれどね。女の子同士で―――――」
「わあああああああ!!!」
オラは耳をふさいで大声を上げてしまって―――
「ちょ、ちょっとどうしたの?大丈夫?」
わああああああああ、聞こえない、聞こえない――――! ……その、ね。
この小説は、気弱な女の子ふたりが力を合わせて困難を乗り越えていくお話、なんだけど。
マルはビルドゥングスロマンは好きだし(成長物語のことずら)
文章も読みやすくて、スラスラ読めたんだぁ。
そ、それでね。
主人公もヒロインも、お互いのことを大切に想っていて―――
最後の、シーンで―――――
2人は、お互いの気持ちを確かめ合って、き、きき、―――――
キスを、するの。
ヨハネちゃんが言う通り、小説の主人公は、なんだかオラに似てて―――
ヒロインの子は、ルビィちゃんに似てるなって、思ってて。 マルはいつも、本を読むと夢中になって―――
主人公がオラと似ているから、余計に、物語の中に居るように錯覚して。
頭の中で、ルビィちゃんと――――
「ねえ、マルちゃん」
「ひゃああああ――――あ、よ、よっちゃん」
「ホントに大丈夫?……これ、カードにハンコ、押してくれる?」
「あ、わ、わかったずら」
カードに日付の入ったハンコを押して、ヨハネちゃんに返す。
「はい、お待たせ……」 「ん、ありがと。今日は練習無いけど―――マルちゃんは、まだ図書室に残ってるの?」
うん―――って声を出したつもりだったんだけど、ヨハネちゃんは首をかしげている。
こくり、と頷いて意思を示す。
「顔も赤いし―――帰った方がいいんじゃない?今日のマルちゃん、ちょっと変よ?」
「でも、ルビィちゃんを待ってないといけないし、図書室の当番も、もう少し残ってないとだから―――」
「だったら私が待ってるわ。ルビィには伝えておくから―――
それに、当番って言っても、ハンコ押すだけでしょ?」
「でも―――」
でも。
たしかに、今、ルビィちゃんを見たら――――
ううん。
見れない、気がするずら……。 「じゃあ―――お願い、してもいい……?」
「いいって言ってるでしょ。本は読まないで、早く寝るのよ?」
「ありがとう、ヨハネちゃん―――ヨハネちゃんは、堕天使なのに、優しいよね」
「ほら、今はいいから―――早く帰りなさいよ」
ちょっとだけ赤くなったヨハネちゃんは、マルの代わりに席に座ってくれた。
優しい堕天使のヨハネちゃんに後を託して―――
マルはふらふらと、帰路につくのでした。 ―――その紅い果実は、この世の何よりも甘美なものだった。
―――いつも手と手を重ねていたように、唇をそっと重ねるだけで。
―――この身で、これ以上ないくらいに、たしかに彼女の存在を感じられた。
「うぅ……」
帰ってから寝るまで―――ううん、寝て起きても。
あの小説のキスシーンは、マルの頭の中をず〜〜〜っと、ぐるぐるしていた。
教室の前まで来て、ドアにかけた手が止まる。
もしも――――――
あ。
オラ―――今、なんて酷いことを考えたんだろう。 "ルビィちゃんが居たらどうしよう"
そんなことを、思ってしまった。
この世界で一番大切な、マルのお友達。
そんなルビィちゃんを―――
「―――最低ずら」
「何が?」
「きゃああ!!」
「わっ、ちょ―――まだ治ってないの?」
マルが悲鳴を上げて振り向くと、そこにいたのはヨハネちゃん。 「よっちゃん……その―――昨日はありがとう」
「それは別にいいんだけど―――大丈夫?」
「大丈夫って―――なにが?」
「いや、なにが?じゃなくて―――昨日と何も変わってないように見えるけど」
「う―――」
図星―――ヨハネちゃん、鋭いずら……。
「―――あら? 2人揃って、教室の前で何をしているの?」
不思議そうに声をかけてきたのは、ダイヤちゃんでした。 「あぁ、そういえば―――マルちゃん、具合が悪かったの?」
「え?」
「ルビィも昨日心配していたわ。大丈夫?」
「う、うん―――」
「ならいいけど。無理しないようにしてね」
「ありがとう……」
「そういえばルビィは?教室にも居なかったけど」
「あの子ならまた寝坊よ」
「ふぅん―――」
「は、はぁ、はぁ―――ま、間に合ったぁ!」
その声を聞いて、オラの身体はびくん、と跳ねた。 「あら、今日は間に合ったのね」
「お姉ちゃん、酷いよぉ―――なんで、いつも、先に行っちゃうの」
「今日も3回起こしたわ。起きなかったのはルビィのほうでしょ?」
「そ、そうだけど―――」
「―――あ、わたくし、朝の放送があるから行くわね。マルちゃん、お大事に」
「は、はい―――」
「お、お姉ちゃぁん……」
一挙一動が美しいダイヤちゃんを見送ったあと―――
マルは恐る恐る、視線をずらした。 その紅い髪は、いつもと違って結われることなく垂れている。
幼さの残る彼女の顔は、走ってきたおかげか、紅潮していて―――
姉に冷たくあしらわれ、目には涙が溜まっている。
「はぁ、はぁ―――あ、お、おはよう、よっちゃん、マルちゃん」
私に向けてくれる純粋な笑顔にも、色気を感じさせた。
赤い、紅い唇から零れる微かな吐息も。
いつもは何とも思わないのに―――
今日は、とても甘く。
―――吐き気すら覚えるほどに、甘く感じた。 「おはよう、ルビィ」
「お、おはよう―――ルビィちゃん」
「うん♪―――あ、そうだ!マルちゃん、大丈夫?調子悪かったんだよね?」
突然手をぎゅっと握られる。
またオラの身体は、びくんと跳ねる。
「え、っと―――うん。大丈夫、ずら」
無理矢理笑顔を作って―――そっと、ほんの少しだけ、手を握り返す。
「そっか!よかったぁ―――ルビィ、すっごく心配したんだよ?」
「ごめんね、ルビィちゃん……」
「いいよいいよぉ、マルちゃんが元気ならそれで!」
「ルビィ、髪すごいことになってるわよ?結んであげようか?」
「いいの?ありがとう、よっちゃん!」
「マル?―――マルちゃん?ほら、教室入るわよ?」
「あ―――うん」
このもやもやをどうすればいいのかわからなくて―――
マルは大きく、溜息をつくしかありませんでした。 オラは気づけば、ルビィちゃんをぼーっと眺めていました。
ヨハネちゃんが髪を持ち上げると、ルビィちゃんの綺麗な首筋が見えて―――
目を、逸らしてしまう。
いつも―――小さいころからずっと。
なんなら、お風呂にだって一緒に入ったりして―――
ルビィちゃんのことを、ずっと見ていたはずなのに。
ドキドキが、止まらない。
でも、気になって、またちらりと、ルビィちゃんを見る。
「あ―――エヘヘ♡」
目が合ってしまって―――
硬直したマルに、ルビィちゃんは優しく微笑みかけてくれる。
オラもなんとか、笑顔を返した――――つもり。
どんな顔をしていたかは、わからない。
マルは―――
いつもは嬉しい、大好きなルビィちゃんの優しさが。
もやもやと、心を覆うようで。
胸をちくちくと刺してくるようで―――
とても、辛かった。 お昼休み。
教室に、鞠莉ちゃんがやってきた。
「ハァイ! Lunchの途中にごめんね?今日の練習の事だけど―――」
ダイヤちゃんが、オラの体調を案じて、練習を休みにするって決めたみたい。
「マル、大丈夫?顔色はいつもと変わらないけど―――」
ずずい、と顔を近づけてくる鞠莉ちゃん。
鞠莉ちゃんはハーフで、海外の人っぽいところがあって―――人との距離感が近いずら。
「もしかして―――好きな人でもできたとか♡」
「え――――?」 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています