善子「黒澤ルビィとかいう面倒くさい女の子」
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─黒澤ルビィは面倒くさい。
何が面倒くさいってまず懐かれたら四六時中くっ付いてくるところ、うっとうしい。
次に気まぐれなうえに自由過ぎるところ、一緒にいて疲れる。
あと、あの謝れば絶対に許してもらえるみたいな感じでヘラヘラ笑いながら「ごめんね」っていうところ。
実際にそれで許されているから質が悪い。
許してしまう私にも甘いところはあると思うけど。 そうそう、最初に断っておくと
別に私たちは付き合っているわけじゃない、ただの友人関係。それだけ。
うん、そう思いたい
……………………
……ああでも、やっぱり、一概にそうとは言い切れないかもしれない。
…なんで、一体どうして、こんなにハッキリと違うって言えなくなってしまったんだろう。
まあ、十中八九あの子のせいなんだろうけど。 だから私は言わずにはいられない。
私にとって黒澤ルビィという女の子は
とても面倒くさい存在なんだって。 ─
最初に出会ったときは正直そこまで気にならなかった。
だってほら、学校のこととかスクールアイドルのこととか色々あったし
気にしている余裕なんてなかったと思うから。
だから会話をしたのはそれよりもう少しだけ後だったはず。
まあ、その会話自体も「天気がいいね」「そうだね」みたいな
そんなすぐに終わってしまう、とてもつまらないものだったけど。 そもそも私とルビィの関係って、国木田花丸という共通の友達がいるだけの
いわば友達の友達、みたいなもので
言ってしまえばたったそれだけ、それに私からすればそのこと自体もぶっちゃけどうでもよくて。
だっていちいち気にするほどのことじゃないし、興味もないから。
つまるところ、自分から仲良くなる気なんて微塵もなかった。 そんな状態が一週間ほど続いたころかしら。
ルビィの方から津島さんって、堕天使のこと教えてくださいってそう言われて
なんで今更とも思ったけど、きっと人見知りのあの子のことだからずっと私に言う機会を窺っていたんでしょうね。
とにかく急にそんなことを言われたものだから、私も私で嬉しかったり驚いたりしてなんか自分でも変な感じになっちゃって
まあなるべく顔には出さないように努めたけど、上手く出来た自信はない。
そんな傍から見ればすごく不格好で、いじらしいやり取りだったけど
それでも、私たちにとってはそれが精一杯の歩み寄りで、初めてお互いのことをほんの少しだけ知ることが出来た瞬間だったの。 ─
それからは一緒にいたり、会話する時間が以前より少しだけ増えた。
とは言っても、話すことはやっぱり共通の話題が多くて
しかもそれは練習のこととか、PVがどうとかっていう、そんな事務的なもので
そこに自分らしい、彼女らしい言葉は全くと言っていいほどなかった。
今思い返してみても、凄く退屈なものだったと思う。 ただ、ある日のこと
偶然私とルビィが一緒に帰る日があって、その日は特に日差しが強かったの。
炎天の下、暑さを我慢しながら二人で帰り道を歩いていたその最中に─突然
そう、突然よ
ふと、何かを思い出したようにルビィが
「アイスが食べたいなぁ」って言いだしたの。 そりゃまあこんなに暑いわけだし、そう言いたくなる気持ちも分かる
だけど余りにも唐突だったから少し面食らってしまったの。
それにルビィがそんなことを言うなんて、そのときの私は思ってなかったから
でも、不思議と「じゃあ買いにいきましょうか」なんて気づけば自然とそう口に出ていて
ルビィもそれが当然といった様子で「うん」って頷いて
ちょっとだけ道を変えてまた二人で歩きだした。
なんとなくだけど、距離は近かった気がする。 何がとは言わないけどね。 そうしてお店に着いて、アイスを買って、一息ついたそのあとに
ルビィが私の制服の裾をチョンチョンと引っ張ってきたの。
「善子ちゃん、善子ちゃん」って
一体何かしらと思って振り返ると、私を見上げるような形でルビィがにっこりと笑って
「今日はありがとう」って私の顔をじっと見つめて、そう言ったの。
そのときブワッって顔が熱くなったのが自分でも分かった、でもそれがどうしてかは分からなくて というか分からないことだらけで
だって、さっきまで私のこと、名前でなんて呼んでなかったくせにどうして? とか
それにそこまで嬉しそうにする必要ある? とか
大体なんで私が、ルビィの分のアイスまで買ってあげなくちゃいけないんだとか
言いたいことが沢山あるのに頭がそれに追いつかなくて、グチャグチャで
ただ一言「そう」ってそれだけ返して、あとは何も言えなかった。 なのに、それを聞いたあの子はまた笑って、こっちの気も知らないで
嬉しそうにニコニコして、ずうっと私の隣で笑っていて
なんか、幸せそうで
今まで私が考えていたことが全部、どうでもよくなってしまうようなそんな感じで、だから
多分だけど、そのとき初めて私はあの子のこと
ズルいなあって、そう思うようになったのかもしれないわね。 ─
その出来事があってからは、私たちが仲良くなるまでそんなに時間はかからなかった。
学校での挨拶も、前までは言わなくちゃいけない義務感? みたいなものがあったけれど
今はそれがないと始まらないってくらい、あの子は私の日常に溶け込んでいったの。
いつの間にか、そう、いつの間にかね。 気が付けばあの子は私の隣にいて、何かあればすぐ私の名前を呼んでくるようになった。
「善子ちゃん、善子ちゃん」って
私はまたかって思いながらも「はいはい、どうしたの」ってルビィと向き合うの。
だってそうしないとあの子、拗ねるんだもの。
正直、そんなしょうもないことで一々私を困らせないでよって言いたくなる時もあったけど でもね、何故かそう、不思議と悪い気はしなかったから
それは心の奥にしまって、いつものようにルビィの話を、我がままを聞いてあげるの。
そんな私の心情なんて露ほども知らずに、あの子はまあ嬉しそうに口を動かしては
私に何かを求めてくる、それは返事だったり感想だったり、行動であったり 別に直接言ってくるわけじゃない、でもなんとなく態度や仕草でわかっちゃって
私はそれを放っておけなくて、結局ルビィのペースに合わせる形になるのよね。
甘やかさなければいいのにって常に思ってるけど、その一方でどうせ出来やしないんだからともう半ば諦めてる部分もある。
とにかく、そんな会話が私たちの“いつも”になっていって
うん、きっとその頃からかしらね、私がルビィのこと
面倒くさい子だなって思うようになったのは。 ─
そこから日はまた進んで、今現在。
あの頃のぎこちなさは馴れ馴れしさに、気まずさは気だるさに、完全に成り代わっていた。
そして今日もまた、あの子は私に声をかけてくるんだろうなあって
ちょうど億劫になっていたところ。
多分ルビィはきっと他愛のないようなことを、楽しそうに、顔を綻ばせながら
とりとめのない話をまた私と交わそうとするんでしょうね。 いつものこと。
私が聞かなかったらふてくされるし、無視しても止めようとしないし
というか自分から詰め寄ってくるときさえあって
こっちの事情なんてお構いなしで、言っても聞かないし
ああ、本当に、面倒くさい。 唯そんなことの繰り返しで、一つだけ、今になって分かったことがある。
いつもいつも面倒くさくて、放っておけないあの子だけど
それでも、そんなルビィと過ごす時間が
私は──
─ ─黒澤ルビィは面倒くさい。
何が面倒くさいって私が話を聞こうとするまで私の名前を呼ぶのを止めないところ、うるさい。
次になんとなくで私を引き留めようとするところ、せめて理由くらい用意して。
あと、あの謝れば絶対に許してもらえるみたいな感じでヘラヘラ笑いながら「ごめんね」っていうところ。
そして、そのあとに「だって善子ちゃんが好きだから」って言うところ。
少しは言われる側の立場になって考えてみて欲しい。
そんなの許せないわけがないから。 重ね重ね言っておくけど
別に私たちは付き合っているわけじゃない。
付き合っていると言えば成立してしまうような
そんな距離感にいるだけ。
そしてそれは逆に、言ってしまえば、成立するということで そう、ただ言わないだけ。
私はルビィとは違うから。
…なんで、一体どうして、こんなにハッキリと好きだって言えないのかしらね。
まあ、それもこれも全部
あの子のせいなんでしょうけど。 正直な話その言葉を言ったところで、何が変わるってわけでもないと思う。
でもきっと、あの子はそれを待っているの。
別に直接言ってくるわけじゃない、でもなんとなく態度や仕草でわかっちゃって
それが嫌でも伝わってくるから尚更、目を逸らせなくて
なんかもう、ズルいわよね。知ってるくせに。 だから私は言わずにはいられないの。
私にとって黒澤ルビィという女の子は
とても面倒くさくて、ズルくて
なんだかんだで放っておけない
そんな─
どうしようもないくらいに愛おしい存在なんだって。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています