梨子「地味なだけじゃ」 [無断転載禁止]©2ch.net
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例えばたったひとことで、相手をドキドキさせたいとき。
愛しさのあまりあふれんばかりの想いの丈をうちあけて、相手の胸一杯にはずかしさを満たしたいとき、ぴったりな言葉がある。
気軽に声に出せる時もあれば、照れくささのあまりつかえて、中々のどから出てくれない時だってある、気まぐれな言葉だ。 向かいのベッドに腰掛ける私に背を向けて、少女はベッドメイキングを始めた。
短くも手入れされた彼女の髪は壊れそうなほど美しく、動をうけて透き通るように輝いている。
じっと背中を見つめる私にすっかり気づくことなく、真白いシーツを延ばしてはしわを取り除いてゆく。 少女はふだん、いともたやすくその言葉を投げかけてくるものだから、私はその都度まいってしまっていた。
たった一言、それだけで顔は火照り、心臓がばくばくと音を立てる。とってもふしぎなことだ。
それもお互いに向けるあまずっぱい気持ちに気づいてからというもの、余計に私をどぎまぎさせていた。
あの笑顔にのせて、聞き慣れたあの声のせいで。
わたしはあこがれていた。
いつも自分の手を引いて、振り返っては笑いかけてくるこの少女に。
まるで手に取るようにすみずみ虜にされてしまう。それがただ、羨ましかった。わたしだって、千歌ちゃんのこと。 恥ずかしくて到底口に出せないその言葉を今なら、ご機嫌そうにハミングしながらかがんだり伸びをするあなたの背中に。
こんこんと湧いては募りゆく、その言葉は、
「ねえ、千歌ちゃん」
「なにー?」
「大好きだよ、千歌ちゃんのこと」 シーツを延ばしていた手がぴたりと止まって、不格好な"しわ"がいくつも現れる。
ほうらやっぱり、わたしにだって。彼女は耳まで赤く染めて、ぎこちなく振り向いてきた。
「ど、どうしたの梨子ちゃん?」
「大好きだよ」
「な、なにかあったの…?梨子ちゃんが面と向かってそんなこと…」
「千歌ちゃんはわたしのこと、嫌い?」
「ううん、す、すきだよ、大好き」
「ふふ。うん。わたしも大好き。大好きなんだ。」 ほんとうは顔から火が出るほど恥ずかしいのだけれど、千歌ちゃんが珍しくどぎまぎしているのをみると途端に吹き飛んでしまった。
本当は知っていたのだ。わたしにだって、千歌ちゃんを容易に振り向かせることができるということを。
素直でまっすぐな千歌ちゃんの意識をぜんぶ、こちらにむけてしまう方法を。千歌ちゃんの心の中いっぱいに割り込んでしまえるくらい、あいされているということも。すべてが愛おしくて、そのいとしさをもっと、もっとほしいから。
口を半開きにぽかんと立っている千歌ちゃんの目の前にたって、そっと両手を広げてみせる。
ぴくりと驚いたようにふるえる彼女はそっと、体を預けてきた。 「どうしたの梨子ちゃん、なんだか、頼もしい」
「…千歌ちゃんにそう思ってもらえるなら、嬉しいよ」
上気した、千歌ちゃんのなめらかな頬。
まわした手で優しく髪をかき寄せると、ほんのり赤みを帯びたうなじが露出する。
シャンプーの香りと柑橘系のあまい香り、頭の中では何かがじんじんと響いている。
うなじに優しく口づけをして、ちからをこめて、肌にまっかな痕をつける。 「んっ…」
聞き慣れない艶のある声に、わたしの中の、何かじぶんではないようなところが急に膨れ上がった。
背後のベッドへたまらず押し出して、せっかく直したシーツをくしゃくしゃにして、おおきく広がったきれいな瞳を、じっとみつめて。
一方的に、なんどもなんども口づけを交わす。 「んっ…ちょ、っと、どうしちゃったの、梨子ちゃ…んっ…」
「ただ千歌ちゃんのことが、だいすきな、だけ」
そういうと、千歌ちゃんは閉口してじっと見つめてくる。少しばかり潤みだしたきれいな瞳。無言で口を付けて、ゆっくりと舌を入れる。
わたしの髪を映したような色の瞳は潤んでいながら、優しく迎え入れた。
お互いの息はあらくなりだして、ただ無言で口づけを交わしながら、ちかすぎてぼやけたままふかく視線をからませる。 服に手をかける、一瞬手首を掴まれたがすぐ離れていって、熊野の制服のボタンをひとつずつ外し始めた。
この熱さは、おさえきれずに反復し続ける好きの言葉は、どうしたらとめられるのか、見当もつかなかった。
「ねえ、千歌ちゃん、わたしも、地味なばかりじゃいられないんだよ」
千歌ちゃんの早い呼吸音だけが聞こえている。
あなただけしかみえないわたしと、わたししかみえないあなた。
もっと近づいて、もとめても、罰はあたらないはずだよ、ね? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています