穂乃果「海ちゃんへ…あ、間違えた!」 [無断転載禁止]©2ch.net
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海未ちゃんへ
急に手紙なんて書いてごめんね
エヘヘ
海未ちゃんにいつも、意気地なし!なんて言ってるけど…
穂乃果も、直接言うのは怖いや
だから、いつかの告白の時
海未ちゃんが手紙を書いてくれたように
穂乃果も手紙を書くことにしました
海ちゃん…結――
穂乃果「あー!!間違えたーっ!!」
グシャグシャ
ポイ
穂乃果「はぁ…」
穂乃果「これでもう、4回目だよ…」
穂乃果「…」
穂乃果「やっぱり、手紙は穂乃果に合わないかな…」
穂乃果「ただ、結婚しよう、って言うだけなのに」
穂乃果「なんで、こんなに怖いのかなぁ――」
海未ちゃんと結婚がしたい――。
そう思ったのは、つい最近のこと。
…いや、その思い自体は昔からずっとあった。
恋人として付き合う前から。一緒に学園生活を送る頃から。
ずーっと一緒にいた、最愛の人。
それが海未ちゃんだ。
…一番濃密な時間を過ごしたであろう、スクールアイドルμ'sの時代から10年は経とうとしているが…。
今頃になって、私達はこの想いに直面している。
穂乃果「…ずっと、海未ちゃんと一緒にいたいなぁ」
その願い自体は、現実的なことを言えば叶っている。既に数年も前から、海未ちゃんとは同棲生活を送っていた。
その事実にしたって、10年近くにもなるのだから時が経つのは早いものだ。
しかし、そうではないのだ。
こんなふわふわした同棲生活のまま、いつまでも過ごしたいわけじゃない。
――海未ちゃんと、正式に結婚がしたい。
ちゃんと、国が認めてくれて、親が認めてくれて、婚姻届に判を押す。
そういった一連のやりとりをこなした上で、私は海未ちゃんと一緒になりたかったのだ。 穂乃果「でも海未ちゃん、意気地なしだからなぁ…いつまでも経ってもプロポーズしてくれないんだもん」
ちゃぶ台の上に頬をぺたっとくっつけて寝そべり、指でいじいじと便箋を弄る。
穂乃果「海未ちゃぁん…」
私たち女同士の間に、王子様なんて存在する筈が無い。
だから、プロポーズの言葉がどちらからという絶対も無い。
だけど穂乃果は――。
海未ちゃんという王子様が花束を持ってやってくるのを、いつまでも信じていたかった。
*
絵里「…そんな夢、捨ててしまいなさい」
穂乃果「えー…?」
運ばれてきたコーヒーに口を付けながら、絵里ちゃんははっきりと言う。
私は久しぶりに会った絵里ちゃんに、そんな海未ちゃんへの想いを打ち明けていた。 絵里「穂乃果、私たちはいつまでも女の子じゃないのよ?」
穂乃果「分かってるよぉ、そんなこと…」
絵里「分かってたらそんな話しないでしょ?王子様だなんて…」
穂乃果「むぅ…」
少し厳し目な口調で、絵里ちゃんは私に説教する。私は言い返すことができず、ただむくれるばかり。
絵里ちゃんとはこうやって、たまの休日によく会う仲ではあるが…すぐに私に説教してくる。
海未ちゃんの比ではないかもしれないけど、私はいつも怒られてばかり。
…勿論、それが私の為だというのはわかっているから、嫌な気持ちはないけれど。 穂乃果「でも穂乃果は、海未ちゃんに…海未ちゃんの口から言って貰いたいの」
穂乃果「結婚しようって――」
絵里「気持ちは分かるけれど…」
私にとって海未ちゃんは、いつまでも王子様なんだ。
子供の頃から、ずっと。私のことを守ってくれた、私だけの王子様。
絵里「でも、ちょっと意外ね」
穂乃果「そう…?」
絵里「どちらかと言えば、穂乃果が海未を引っ張って行くというイメージが強かったけれど」
穂乃果「ううん…そうかなぁ」
絵里「少なくとも、μ'sでスクールアイドルやっていた頃はそんなイメージだったわよ」
穂乃果「ああ…それは穂乃果が、やりたいって決めたことに突っ走ってたからね…」 穂乃果がロミオで海未ちゃんがジュリエット役ね(はーと 今でもあの頃の想いは忘れることはないけれど…当時の自分は、本当にがむしゃらで。
周りの声を気にすることもなく、ただひたすら駆け回っていたような気がする。
穂乃果「でも…」
それだけじゃない。
私は一人では、そんなことできない。
私にはいつも、どんなに自分勝手に、我が侭にふるっても助けてくれる、海未ちゃんという人がいたから…。
穂乃果「穂乃果は、自由にやれてたんだ…」
絵里「…なるほどね」
穂乃果「えへへ…」 ほんの少しでも海未ちゃんのことを想うと、自然と顔が綻ぶ。
特別何かある訳でもないのに、私は幸せで満たされるのだ。
そんな私を見て、絵里ちゃんは呆れ顔になる。
絵里「全く…いつまで経ってもラブラブなのね、あなた達は」
穂乃果「あ、あはは…///」
絵里「まぁ…その好きな気持ちは、μ's時代からみんな分かっていたけれど」
その話は後になって聞かされた。
最初はまるで気が付かなかったが、高校時代、音ノ木坂学院にいた頃の私達は相当なバカップルっぷりを発揮していたらしい。
実際、10年経った今尚、ちょっと話しただけでこんな状態になる始末だ。
当時は酷いものだったのだろう。 絵里「だからって、いつまでもそのままでいるわけにもいかないでしょう?」
穂乃果「…うん、そうだよね」
そんなことは分かってる…つもりだ。
私もあと数年で30を迎える年に差し掛かってしまった。
いわゆるアラサーというやつなのだ。
絵里「こういってしまってはアレだけど、海未は相当な奥手なのよ?」
穂乃果「はい…重々承知しております」
絵里「前に話したと思うけど、穂乃果とキスをするのにだって相談を持ちかけてくるような子なんだから」
穂乃果「いや、本当にその節はうちの海未ちゃんが申し訳ありません…」
絵里「謝るのなら、にこに謝ってあげなさい」 その話も教えてもらった。
キスをどうやってするか分からず(というのも凄い話だけど)途方に暮れた海未ちゃんは、最初絵里ちゃんに相談する筈だったのが、周り巡って何故かにこちゃんに辿り着いたらしい。
その過程はよくわからないけど、にこちゃんからの怒りの連絡を貰ったことで、その顛末を知るに至った。
絵里「きっとプロポーズの言葉、なんて待ってたら、あなた達二人ともおばあちゃんよ」
穂乃果「怖いこと言わないでよ〜絵里ちゃん〜」 その可能性が拭えないからこそ、本当に怖い話だったりする。
実際、海未ちゃんの意気地無しっぷりは目に余るものがある。
付き合うに至るまでも長い時間を要し、その肝心の告白の言葉も、言葉では無かったという。
手紙を、貰ったのだ。
そう、いわゆる恋文というヤツ。
言葉で想いを伝えるのが恥ずかしいからと言う理由で、海未ちゃんは文字を選んだのだ。
絵里「…海未もよくやるわよね、そんな逆に恥ずかしいこと」
穂乃果「海未ちゃんらしい、けどね」アハハ その回りくどさは一言で言えば面倒くさいものではあるが、海未ちゃんらしい可愛いさとも言える。
…なんてことを絵里ちゃんに言ったら、はいはいご馳走様と言われそうなんだけど。
絵里「はいはい、ご馳走様」
言葉にする前に言われてしまった。
…そんなにノロけたつもりもないんだけどなぁ。
絵里「表情が語ってるのよ、表情が」
穂乃果「あぅぅ…///」 あきれ顔の絵里ちゃんは、コーヒーをスプーンで何度か掻き回してから穂乃果の顔を見る。
そして表情を徐々に厳しいものにして、緩やかな空気を一変させた。
絵里「いい加減、海未に甘えるのはやめなさい」
穂乃果「え…」
さっきまでと違う、絵里ちゃんの厳しい言葉が突き刺さる。
穂乃果「甘える…」
私が海未ちゃんに、甘えている…? 絵里「気が付いてない、とは言わせないわよ」
穂乃果「…」
絵里「穂乃果、貴方も散々海未のことをあれこれ言ってるようだけど…」
絵里「――穂乃果も怖いんでしょう?」
穂乃果「っ」
絵里「…海未に想いを伝えるのが」
穂乃果「…」
怖い…?
…私が、怖がってる?
穂乃果「…穂乃果は」
私は…。
絵里「…穂乃果の言う通り、海未が王子様だとしても」
絵里「お姫様が王子様の手を引っ張ってはいけないということはないわ」
穂乃果「…」
絵里「お姫様が想いを伝えたっていいんじゃない?」 お姫様とは私の…穂乃果のこと。
穂乃果が想いを…。
告白、する――?
穂乃果「…っ」フルフル
絵里「ほら見なさい…肩が震えているわよ」
穂乃果「うぅ…」
絵里「それが、今まで海未に甘えていた代償よ」
穂乃果「代償…?」
絵里ちゃんの強い言葉は弱まること無く、穂乃果の胸を抉り続ける。
穂乃果が今まで逃げていた弱い心の部分に、これでもかという程深く…。 絵里「想いを伝える恐怖というものは誰にだってあるわ」
絵里「それは恋人に限らずだけど、みんな少しずつ乗り越えて、形にしていくの」
絵里「だけど穂乃果、貴方はそれを怠ってきた」
絵里「海未へと想いを伝えることから、穂乃果は逃げていたのよ」
穂乃果「…そんなこと」
無い、と反論しようと思ったけれど、思い返せば思い返すほどに、穂乃果は海未ちゃんへと委ねていたことに気が付く。
穂乃果は想いを受け取る側に、徹していた。 穂乃果「…」
絵里「…自覚はあるみたいね」
穂乃果「…うん」
絵里「それなら、今まで海未がどれほどの勇気を持って想いを伝えてきたのか…分かるんじゃない?」
穂乃果「…」
告白も、キスすることさえも、海未ちゃんからだった。
海未ちゃんが勇気を出して、自分に出せる精一杯のやり方で、想いを伝えて貰った。
不器用ながらも、海未ちゃんらしいやり方で。
でもその傍らで、穂乃果は想いを届けることをしていなかった。
何故――?
穂乃果「…怖いよ」
そんなこと、考えるまでも無い。
穂乃果は知っていた。分かっていた。
海未ちゃんから想いを伝えて貰いたいと。
王子様から手を差し伸べて貰いたいと――。
…そんな、自分の弱い心を隠すかのように海未ちゃんへと甘えていたから。
私は今、自ら手を伸ばすことを恐れてしまっていた。
穂乃果「…海未ちゃんが穂乃果のこと、なんで好きになってくれたのか…分からないし」
絵里「海未も同じよ」
穂乃果「穂乃果なんかが告白して、海未ちゃんがうんって言ってくれるなんて思わなかったし…」
絵里「海未もそう思ってたはずよ」
穂乃果「海未ちゃん、男性からも女性からも人気あるし…他に好きな人いるかなって…」
絵里「海未も穂乃果に同じ想いを持ってるわよ」
穂乃果「…」
絵里「…」
穂乃果「海未ちゃん…穂乃果のこと、好きなのかなぁ…」
絵里「穂乃果」 子供を諭すような、優しくも厳しい声で叱る絵里ちゃん。
…この不安は、私が過去にずっと秘め続けていたもの。
今それをここで、絵里ちゃんに吐露したとしてもしょうがない。
だって、海未ちゃんは穂乃果のことを好きだと思ってくれているんだから。
…こんなこというと、自惚れなのかもしれないが。 絵里「…ね?想いを伝える恐怖というのは誰にだってあるのよ」
穂乃果「…」
絵里「そして海未は、一つ一つ乗り越えて、穂乃果と対面してきた」
絵里「勿論、海未もまだまだ乗り越えていない壁がいくつもある」
絵里「その壁は、きっと恐ろしく高いものでしょうね」
絵里「それは結婚という…人生に置いての最大の壁」
絵里「そんな果てしなく高い壁を登るのを、海未一人に任せても良いの?」
穂乃果「…ぅ」 絵里「海未だったら、長い時間掛けてでも必ず登り切るかもしれないけれど…きっと、途方もない時間と体力が必要なはずよ?」
穂乃果「…うん」
絵里「穂乃果は?」
穂乃果「…」
絵里「穂乃果は、海未が手を伸ばしてくれるまで待つの?」
絵里「頂上で、海未が登ってくるのを見下ろしながら」
絵里「お姫様のように座ったまま、ただじっと待つだけ…」 鋭く、休む間もなく、絵里ちゃんは私の心を抉り続けていく。
海未ちゃんに甘え続けていた、私の弱い弱いお姫様の部分を…。
私は、突然突きつけられた恐怖に、ただ肩を震わせることしか出来なかった。
言葉を発することもできない。
絵里「…はぁ」
穂乃果「…」
絵里「別に私は、穂乃果のことを苛めるつもりでこんなこと言ってるんじゃ無いわよ?」
穂乃果「ぇ…?」 締め付ける声が止んだと思いふと顔を上げたら、絵里ちゃんはいつもの表情を取り戻していた。
お説教モードじゃ無い、優しい絵里ちゃんの顔だ。
絵里「想いを伝えるのに、遅いと言うことは無いと思うの」
穂乃果「…」
絵里「…私も、高校時代そうだったから」
穂乃果「絵里ちゃん…」 どこか遠くの方を見つめて、懐かしそうに目を細める。
絵里ちゃんが言う高校時代というのは、μ's加入以前の自分のことを指すのだろう。
自分の想いに正直になれずに、不器用に振る舞っていた絵里ちゃん。
…今となってしまえば、たかだか三年という出来事の中での話だが。
高校生の一年は、非常に長く、重い。
その重い大切な期間を棒に振ってしまったことを、絵里ちゃんは後悔していたんだと思う。 絵里「だけど、みんながそれを気がつかせてくれた」
絵里「みんながいたから、たったの一年にも満たないだったけれど…輝くことができたの」
絵里「…そしてそれは、穂乃果が手を差し伸べてくれたから――」
穂乃果「…」
絵里ちゃんはあの時と同じように、私の前に手を差し出した。
違うのは、手を差し延べる側と、手を取る側。
絵里「今の私があるのよ…?」
にこっと笑い、絵里ちゃんは私の手が差し出されるのを待つ。 穂乃果「…」
絵里「穂乃果」
穂乃果「…っ」
恐る恐る、私は手を伸ばした。
…あの時の自分を思い出す。
μ'sを…スクールアイドルをやっていた時の私は…。
こんなにも力強く、手を広げて。
相手の腕を掴んで。
…自分の元へ引き寄せていたんだっけ。
想いも全部、丸ごと…。
穂乃果「…っ!」ギュ…
ぐっと力を込めて、差し延べられた絵里ちゃんの手を取る。
暖かい…。
…絵里ちゃんの想いを、その手の平から感じ取れた様な気がした。
優しい優しい、自分へと向けられた感情。
絵里「こうやって、私は貴方に救われたの」
穂乃果「絵里ちゃん…」
絵里「遅いなんてことはないわ」
穂乃果「…」
絵里「…μ'sとして活動してきた9ヶ月間は、私にとってかけがえのないものになったから」
穂乃果「そう…だね…」 絵里「だから穂乃果」グイ
穂乃果「あ…」
握る腕の力を強めて、私は絵里ちゃんの胸元まで引き寄せられた。
…絵里ちゃんの鼓動を肌で感じる。
絵里「…もう一度、手を伸ばして」
絵里「不器用に伸ばす海未の手を、思い切り掴んで引っ張り上げてあげなさい」
*
穂乃果「…とは言ったものの」
甘えに甘えきった自分の身体を突き動かすには、相応の力が必要だった。
長いこと植え付けられた恐怖だ…そう簡単に克服できるものじゃない。
穂乃果「はぁ〜…」
私はグシャグシャに丸められた手紙の海で溺れていた。
…私は何故こんなにも弱くなってしまったのか。
何故、こんなにも甘えてしまっていたのか。
穂乃果「海未ちゃん…」
きっとそれは、海未ちゃんという心強い支えが傍にあったから。
海未ちゃんがいれば、いつでも守ってくれたから…。
私はこんなにも腑抜けた心になってしまっていたのかもしれない。
穂乃果「海未ちゃん…好きだよ…」
独り言のなんと気が楽なことか。
穂乃果「好きだよぅ…海未ちゃんー…」 俯せのまま、ぶつぶつと何度も口にする。
他人が見たら、精神病の類いでも患っている子の様だったかもしれない。
それぐらいに、私の想いはぐるぐると胸の中を巡っていた。
言葉が、こんなにも重いなんて――。
きっと、私は海未ちゃんを目の前にしたら「好き」の言葉も伝えられない。
重く、口から吐き出されることすら、適わない。
そんな私が「結婚」だなんて言葉、紡げる筈もない。
穂乃果「結婚、しよう――」
無理…っ。
無理だ無理!
一言でも発しようとすれば、別の何かがこみ上げてきてそれを制してしまう。
それぐらいに重く、辛い言葉だ。
…。
絵里『…ま、海未もあれだけ苦労した訳だから、一筋縄ではいかないわよね…』
穂乃果『…ぅ絵里ちゃん…!』
絵里『それに関しては泣き付かれても知らないわよ』
穂乃果『酷い…っ!』
絵里『と言われてもね…」
穂乃果『ぅぅ…』
絵里『…ふぅ。そうね…』
穂乃果『…?』
絵里『…いっそ、穂乃果も手紙でプロポーズしてみたら――?』
穂乃果「そんなこと言ったって〜…!」
グシャグシャ
ポイ
私は5度目の失敗作をゴミ箱へと放り投げる。
しかし丸めた便箋はあさっての方向へ跳ね返り、床に落ちた。
穂乃果「文才の無い穂乃果に手紙なんて…」
文才どころか、単純な文章力ですら皆無なのに、気の利いた手紙なんて書けるはずも無い。そんなことはペンを握る前から分かっていた。
穂乃果「分かってるんだけど…」
はぁ、と重い溜息を吐く。 …言葉で伝えられたら、どれほど楽なんだろう。
ただ一言。
結婚しよう――。
それを言うだけ。そんな簡単な告白。
穂乃果「――っ」
しかし、そう思えばそう思うほど、言葉を紡ぐ恐怖がのしかかる。
穂乃果「…っ、はぁ」
震える心を抑えきれず、私は再度、机に突っ伏した。
穂乃果「海未ちゃん〜…」
そうしてまた、うわごとのように最愛の人の名を呟く。
その名をいくら言葉にしようが、何も事態は好転しないのだが。私の心は幾分か落ち着いたらしい。
穂乃果「…」チラ
ふと、机の脇にまとめて置いてある郵便物に目をやった。
明細やお店のチラシや、重要な書類から他愛の無いものまで様々なものが積まれている。
穂乃果「何か…手紙を書くお手本的なやつ…ないかなぁ」ガサガサ
明細でもチラシでも無く、個人に向ける手紙を書こうというのに、この中に教科書的なものが混じるはずが無い。
…と、頭では理解しているのだが、追いつめられた脳というのはそんな無駄な行動を促すのだから不思議だ。 穂乃果「…水道…電気…ガス…出前寿司…ピザ…」
思った通り、ロクなものがない。こんなもので、どう手紙に活かせばいいというのか。
海未ちゃんに慰謝料でも請求する…?
穂乃果「慰謝料って…」クス
まだ結婚もしていなければ、子供がいるわけでも無い。
というよりも現実的に不可能なのだから、慰謝料が発生する事案があろう筈も無い。
変なことを考えてしまったなと、思わずクスリと笑ってしまった。
…あるとすれば、付き合って既に10年も経過するのに身体を許していないことへの慰みだろうか。 穂乃果「海未ちゃん…結婚するまでは絶対にダメです…!なんて…」
一生を添い遂げる人生の伴侶にしか、身体を許したくないと言うことらしい。なんと真面目なことか…。
穂乃果がこうやって好きだから良かったけど、海未ちゃん男の人とだったらどういう風に付き合うんだろうなぁ。
穂乃果「あんまり想像できないかな…」アハハ
不潔ですっ!なんて言って後ずさりする海未ちゃんしか想像できないや…。
っていうか実際、穂乃果にもそんな感じだし。
穂乃果「あはは…ん?」ガサ 郵便物の最下段。
最後の一枚に、それはあった――。
穂乃果「これ…もしかして…」
ミルク色の葉書に筆記体の英字、それに加えて豪華な装飾が施されている。
…この年齢に差し掛かったならば、見ただけで溜息を吐かざる終えないアレだ。
穂乃果「結婚式の招待状、かぁ」
何もこんな想いを抱えている時に送りつけてこなくても…。
差出人に非は無いのだが、恨み言の一つや二つは言いたくもなる。
とはいえ、無視するのも気が引けるし、祝ってあげるしかないだろう。
はてさて、そんな幸せ絶頂期の差出人は一体誰なのやら…。
穂乃果「えっと…」
穂乃果「――っ」
思わず、私は息を詰まらせた。
…その名前が招待状に記されていることに、私は驚きと動揺を隠せなかった。
見るのはもう、10年ぶり位になるだろうか…。
穂乃果「…………ことり、ちゃん」
ーーーーーー
ーーーー
ーー
タッタッタッタ…
穂乃果「…ことりちゃ〜〜〜〜〜ん!!」
ことり「あ、穂乃果ちゃん…」
穂乃果「はぁはぁ…ご、ごめんね…ちょっと遅れちゃったかも…」
ことり「ううん…大丈夫だよ♪」
放課後――。
穂乃果は、ことりちゃんから大事な話があるからと、中庭の桜の木の下まで呼び出された。
必ず一人で来て欲しいとも念を押されたので、一緒に帰るはずだった海未ちゃんと別れ、急いでここへ走ってきたのだ。 ことり「海未ちゃんは…?」
穂乃果「あ、うん、用事があるからって行って、先に帰ってもらったよ」
ことり「そっか…」
穂乃果「アハハ…海未ちゃん、ちょっと寂しそうにしてたなぁ」
ことり「…ごめんね、穂乃果ちゃん」
穂乃果「あ、ううん、穂乃果は別に?全然大丈夫だよ!」
本当に申し訳なさそうな顔で謝ることりちゃんに、穂乃果は慌てて首を振る。
いつものことりちゃんだったら、エヘヘ、海未ちゃんに悪いことしちゃったかなぁ?ぐらいの冗談を交えたりするのに…。
どうやら、本当に大事なお話みたい。
変な冗談は控えることにしよう…。 ことり「…海未ちゃんには聞かれたくないから」
穂乃果「そう、なんだ」
なんだか、いつもの明るいことりちゃんじゃない…。ずっと俯いたまま、穂乃果と目を合わせてくれない。
なにがあったんだろう…。
ことり「…」
穂乃果「…」
空気がとてつもなく、重く、苦しい…。
ことり「…穂乃果ちゃん」
穂乃果「な、なに!?」
ことり「…受験勉強は順調かな?」
穂乃果「あ…うーん、どうかなぁ…」アハハ
重い空気を破ったのは、ことりちゃん。
こちらから見ていて分かるくらいには無理して、笑顔を作って他愛のない話を振ってくれている。
穂乃果「穂乃果、勉強しててもすぐに眠くなっちゃうからね…」
ことり「…くすくす、穂乃果ちゃんらしいね…♪」
穂乃果「もー、ことりちゃんー!」
控えめにだけど、ことりちゃんが笑ってくれたことに安心した。
きっとこんな風に他愛のない話をしていれば、いつもの調子に戻るはず…。 穂乃果「でも、海未ちゃんの熱血指導があるから、多分大丈夫だよ〜」
ことり「…」
…だと思ったのだけれど、穂乃果が変なことを言ってしまったせいか、またことりちゃんは暗い表情で俯いた。
しまったぁ…。
きっと、海未ちゃんを出したらいけないんだ。頭の悪い穂乃果でも、それは分かった。
穂乃果「…」
ことり「…」
沈黙が重い。
重い、というよりも、痛い。 ことりちゃんがこれだけ言葉を詰まらせていたこと、今までにあったかな…?
多分、無い。
ことりちゃんとは、一緒にいて長いけど…。
それこそ、海未ちゃんと一緒にいた期間と同じくらい、長い。
けれど、ことりちゃんが笑顔以外の表情を見せているところなんて、数えるくらいしかない。
こんなにも辛そうなことりちゃんの顔は、初めてなんだ。
ことり「…っ!」
ことりちゃんは苦しそうに胸を抑えて、何かを言おうとしている。
…けれど、胸の痛みに耐えきれずに言葉に出来ない。
そんなやりとりを、何度も何度も繰り返していた。
…見ているだけで、穂乃果も辛くなってきてしまう。
穂乃果「…」
ことりちゃんが何を言おうとしているのか、穂乃果には分からないけれど。
その苦しみを、少しでも取り除けるならと思って。
穂乃果「…もうすぐ、行っちゃうんだよね」
ことり「ぁ…」
――穂乃果は、手を差し延べることにした。
穂乃果「留学」
ことり「…うん」
穂乃果「…いいなぁー。外国に住めるなんて、ほのか羨ましいよ〜」
ことり「そう、かな…」
穂乃果「そうだよ〜!きっと綺麗なお洋服がいっぱいだろうし、美味しい食べ物もいーっぱいあるんだろうなぁー!」
ことり「…」
穂乃果「あ、でも食べ物は美味しくないって言ってたっけ…?それじゃあ穂乃果は辛いかなぁ」
ことり「…ふふ、穂乃果ちゃんらしい、ね」
穂乃果「ご飯は大事だよ〜!?毎日のパンが美味しくないって考えただけで…!」
ことり「パ、パンは大丈夫だと思うけど…」 穂乃果「でもでもっ、それだけじゃないもんね!」
ことり「う、うん…」
穂乃果「素敵なこといっぱい、いーっぱい!あるんだろうなぁ…!」
ことり「あ、あのね…」
穂乃果「きっと日本なんかより素敵だし、帰ることなんて嫌になっちゃう位に…!」
ことり「あのね穂乃果ちゃん…!」
穂乃果「でも――」
穂乃果「ことりちゃんがいなくなるのは、やっぱり寂しいなぁ」
ことり「――っ!」
ことりちゃんは休む間もなく喋り続ける穂乃果を制して、何かを伝えようとしていたけれど。
穂乃果のその言葉に足をぴたと止め、息を呑んで涙を零していた。
穂乃果「…二年生のあの日に留学じゃなくて、本当に良かったと思ったけど」
穂乃果「いつか、この日が来るんだと言うことも分かっていたから…」
穂乃果「ずっと悲しかった…」
ことり「穂乃果ちゃん…!」
ことりちゃんは零れる涙を拭うことなく、穂乃果の言葉を聞いてくれていた。
穂乃果「けど、今回は止めることできないもんね」
穂乃果「μ'sも終わっちゃったし…それに、穂乃果たちオトノキを卒業するんだもんね」
穂乃果「みんな、夢に向かって歩いて行ってるんだから…」
ことり「うぅ…っ!」 穂乃果「だからことりちゃんも…」ギュ
ことり「!!」
穂乃果はことりちゃんのことを、ぎゅっと抱きしめた。
顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら、今にも崩れ落ちそうなことりちゃんの身体を支えてあげた。
ことり「ほのかちゃ…!///」
穂乃果「向こうに行っても…頑張ってね…」
ことり「うぅ…!」
穂乃果「穂乃果、いつでも応援してるから…!」
ことり「うん…うん…!」
抱きしめる腕は徐々に強く、熱く。
ことりちゃんの細い身体が折れてしまいそうになる位に、激しく抱きしめた。 穂乃果「ことりちゃん…っ」
ことり「穂乃果ちゃん…ッ!」
そして穂乃果は、伝えてしまった――。
穂乃果「ことりちゃんは…一番大切な"友達"だから…っ!」
急に両の腕に突き飛ばされて、穂乃果はことりちゃんの熱を失った。
…危なく尻餅をつきそうになるのを、すんでのところで堪える。
穂乃果「ことり…ちゃん…?」
今、声が…誰かの声が…聞こえた気がする…。
ことりちゃんの…想い…?
ことり「はぁ…はぁ…っ」
突き飛ばされて、少し距離が開いた先にいることりちゃんは、なんともいえない苦しそうな顔をしていた。
穂乃果は…何が起きたのか分からなかったけど、再びことりちゃんへと手を伸ばそうとする。
ことり「やめて…っ!」
穂乃果「っ!」ビクッ
それは、ことりちゃんからの明確な拒絶。
電気が走ったみたいに、穂乃果の手は止まる。
穂乃果はどうすることもできず…差し延べたその手を引くしかなかった。 穂乃果「ことりちゃん…」
ことり「…ぅぅぅっ!」
ずっと苦しそうに悶えることりちゃんを、穂乃果はただ黙って見守るしかできない。
…きっと、穂乃果が手を出せば、また拒絶されてしまうから…。
ことり「……だち……じゃない…」
穂乃果「ことりちゃん…?」
ことり「友…なん…じゃ…ないの…!!」
穂乃果「え…」
涙を零しながら、苦しそうに喋ることりちゃんの言葉が、穂乃果の耳を貫く。 ことり「友達なんかじゃ…っ!!」
穂乃果「友達…」
ことり「そうじゃないの…!穂乃果ちゃんは…!」
ことり「穂乃果ちゃんは私の…!!」
ことり「"一番好きな人"だから……っ!!」
穂乃果「――――」
…好きな人。
それは、どういう意味?
友達じゃない。
それは、どういう意味?
友達でもなくて、でも、一番好きな人。
あれ…。
何か、おかしいな。
何かがちがう…。
…ちがうッ!
ことりちゃんの想いが聞こえた気がする。
それは…拒絶?
いや、ちがう。
穂乃果「…え」
私は、そんな言葉しか発することができなかった。
どんな言葉も、頭の中でぐちゃぐちゃになって、声にならなかった。
ことり「…っ」
それでも、視線はことりちゃんから外さない。
…外すことができなかった。
ことり「…ことりは、もうすぐでいなくなっちゃう、から…」
ことり「どうしても、伝えなくちゃいけなかったの…」
ことり「ものすごく迷った」
ことり「ものすごく悩んだ」
ことり「けど、このままだったらきっと…ことりの想いも何もかも、消えてしまうと思ったから…」
ことり「伝えることにしたの」
さっきまでの脆く崩れそうなことりちゃんが嘘のように、今度は力強く、真っ直ぐに想いを伝えようとしてくる。 ことり「ことりは…穂乃果ちゃんのことが好きっ!」
ことり「…一番大切な友達なんかじゃない」
ことり「一人の女の子として、好き…っ!」
ことり「友情なんかじゃない…」
ことり「ことりのこの想いは、恋…」
ことり「愛情なの…!」
ことり「勘違いなんかじゃ絶対無い…!」
ことり「間違いなく、穂乃果ちゃんのことが好き!」
ことり「――大好きなのっ!!」
穂乃果「――――」
穂乃果は、何も口にすることができなかった。
息すら、できなかった。
ただただ、時が止まったかのように、目を見開いたままことりちゃんへと視線を向けていた。
ことり「…ヘン、だよね?女の子が好きだなんて…」
ことり「でもね、何度考えても、何回考え直しても、同じ答えなの」
ことり「穂乃果ちゃんが好き」
ことり「友達じゃない…恋人として」 穂乃果「…」
ことり「…」
穂乃果は、目を逸らさない。
ことりちゃんも、じっと目を逸らさない。
どちらかが、目線を外せば…きっとそれで、終わってしまう。
そんな気がした。 穂乃果「……ぁ」
息苦しくなり、限界を迎えた穂乃果が息を吸うことによって、時は再び動き始めた。
一筋の汗が、首を伝う。
ことり「…穂乃果ちゃん」
ことりちゃんは、それでも言葉にするのをやめることなく、私に想いを届けようとする。
精一杯の想いを…。 ことり「…留学する前に、どうしても伝えたかった」
ことり「きっと、伝えられず飛び立ってしまったら…何も残らなくなっちゃうと思ったから」
ことり「穂乃果ちゃんを好きな想いも…友達としての友情も…全部…!」
ことり「怖かった…」
ことり「穂乃果ちゃんにこんなこと伝えて、嫌われたらどうしようって…」
ことり「気持ち悪いって思われたらどうしようって…!」
ことり「そんなことを思ってたら、毎日眠ることもできなかった…!」
ことり「それでも…!」
ことり「この想いが、いつか風化して消えていくことのほうが怖いと感じたから…」
ことり「今、穂乃果ちゃんに伝えなくちゃいけないと思ったの」
ことり「ことりの…本当の想いを」
ことり「穂乃果ちゃんへの…今までずっと一緒にいた幼なじみへの気持ちを…!」 ことりちゃんの言葉を呆然と聞きながら、穂乃果はいつのまにか涙を流していた。
それだけの想いを秘めていたことりちゃんが、とても愛おしく感じたから。
…とても、嬉しかったから。
そして――。
哀しかったから。
穂乃果「…ごめん」
ことり「っ!」
目を逸らすこと無く、穂乃果の口からは謝罪の言葉が。
ことりちゃんの精一杯の想いを遮るかのように、滑らかに零れた。
穂乃果は…ことりちゃんの想いに、応えることが出来なかった。
穂乃果「…」
ことり「…っ」
ことりちゃんはそれでも、目を逸らさない。
涙を溜めたその顔は、悲しみとも怒りともとれる、複雑な表情をしていた。 ことり「なんで…っ!!」
…なんでかな。
ことり「女の子だから…っ!?」
そうじゃないよ。
ことりちゃんが女の子だからどうとか、そんなことは関係ない。
それは些細な問題なんだよ。
ことり「だったら…っ!!」
だって、穂乃果はことりちゃんのこと…大好きだもん。
ことりちゃんに言われるまで気がつかなかったけど、穂乃果だって…。
穂乃果だって、ことりちゃんのこと…女の子として好きだと思うよ。
ことり「だったら…ッ!だったらなんでごめんなのッ!?」
穂乃果「…他に、好きな人がいるから」
ことり「――――――」
風が、強く靡いだ。
穂乃果とことりちゃんの髪が舞い、ほんの僅かな時間、視界を奪われた。
…次にことりちゃんの顔が捉えたときには、視線は…外れていた。
力なく、地面を見下ろしていた。
穂乃果「…」
ことり「…」
そして訪れる、沈黙。
ことり「…誰」
きっと、ことりちゃんは分かっている。
穂乃果の言う、好きな人を知っている。
最初に答えは出ていたじゃないか。
だから、穂乃果だけをここへ呼んだんだ。
ことり「誰なのか、教えて…」
ことり「じゃないと、諦めれないよ…」
嘘だ。
ことりちゃんはもう、諦めている。
…じゃなきゃ、視線を外したりしない。
ことりちゃん…。
ごめんね…。
穂乃果の口から、その名前を告げることは出来ないよ。
――だって。
あまりにも残酷だから…。
穂乃果「…一番、近くにいる人」
ことり「…そっか」
私はことりちゃんを傷つけないように、精一杯言葉を選んで伝えた。
驚きも、落胆も無い。
全て知り得てる情報なのだから、感情が変化するはずも無い。
穂乃果「…」
ことり「…」
時間にして数分。穂乃果とことりちゃんの間に、沈黙が生まれた。
長い長い時間だった。
穂乃果達には、永遠とも取れるかのような時間の流れだった。
そしてことりちゃんは一言、
ことり「さよなら、穂乃果ちゃん…」
それだけを言い残して、穂乃果の元から去って行った――。
さようなら、ことりちゃん…。
…。
私は、その日を境に、自ら手を差し延べることはできなくなった――。 ーーーーーー
ーーーー
ーー
ガヤガヤ…
穂乃果「人、いっぱいだなぁ…さすがことりちゃん」
会場には、所狭しと招待客がひしめいていた。
どこを見ても、高価そうなタキシードや豪華なドレスに身を包んだ人ばかり。
それだけで、この結婚式のレベルが推し量れるようだった。
穂乃果「お相手の人も、結構有名な人だもんね…穂乃果でも名前知ってるくらいだし…」
詳しくは無いが、とあるブランドの若社長で…カリスマ的存在なんだとか。
一時期、TVでその名を轟かせていたことは記憶に新しい。 穂乃果「そんな人と肩を並べて…更に結婚までしちゃうんだから、凄いよねことりちゃん」
そう言った業界を席巻する人たちと共に仕事をするにまで成長したことりちゃん。
…今では、ことりちゃんが手がけるお洋服のブランドは、若者の間で知らないものはいない。
きっと、並大抵の努力ではこうはいかなかっただろう。
穂乃果「場違いじゃ無いかな、穂乃果…」キョロキョロ
自分が見に纏っているオレンジ色のドレスを、私は何度も見返した。
シワとか大丈夫だよね…?
みすぼらしくないよね…?
このドレスは、去年の誕生日に海未ちゃんにプレゼントしてもらった大切なもの。
海未ちゃんが必死になって、私に似合うこの色を探してくれたんだ。
この場にだって、見劣りするはずがない…。 穂乃果「うぅ…」
けれど、私の精一杯のこの格好も、ここにいる人たちにとっては日常のようなものなのかもしれない。
そう思うと、どんどん自分がみすぼらしく思えてしまい、ここにいることが恥ずかしくなってくる。
穂乃果「…か、帰ろうかな///」
一体これでは何のためにやってきたのか分からないが、どんどん弱腰になっていく自分がいた。
しかし、そんな想いとは裏腹に足は徐々に人の波に押され、気がつけば受付を済ませてしまっていた。
穂乃果「…」
…私は、何のためにここへ来たんだろう。
受付待ちをしている間、そんなことばかりを考えていた。 今のことりちゃんに会って、どんな顔をすればいいのだろう。
どんな言葉をかければいいんだろう。
私は、ことりちゃんのことを祝福できるのかな…。
…ううん。
ことりちゃんが幸せになってくれることに、何の憂いも無い。心から祝福できると思う。
あるとすれば、あの時の…。
高校時代、最後のあの日に残した"しこり"だけだ。
私はあの日を最後に、ことりちゃんと言葉を交わしていない。
それはそうだろう。
私はことりちゃんを、フったんだから。
それも、最悪の形で…。
差し延べた手を払われたあの日のことは、私の中で大きな"しこり"として残っていた。
――初めてだった。
あれほど強烈な想いで拒絶されたのは…。
ことり『やめて…っ!』
穂乃果「…」グ…
握った右手が、小刻みに震えているのが分かった。
…私は怯えている。
ことりちゃんから拒絶されることに。
でも…。 穂乃果「それならなんで、穂乃果に招待状を…」
あの招待状には、私の名前しか書いていなかった。
私と海未ちゃんが同棲してることを知ってるかどうかは定かではないが、少なくとも海未ちゃんはことりちゃんの結婚式のことを知らなかったようだ。
いや、私は海未ちゃんにその事実を確認することができなかったから、それもどうかは分からない。
だけど、私が今日のことを嘘の用事があると誤魔化して伝えたところ、特別気にも止めていなかったようだった。
だからこそ、余計に理解が出来ない。
私にだけ、この招待状は送られてきている。
多分、他のμ'sメンバーも受け取っていない。
絵里ちゃんに確認してみたが、その事実を私の話で初めて知ったという。
それはどういうことか?
…あの時と同じで、私にだけ伝えたいことがあるんじゃないか。
そんなことりちゃん想いを、私は感じていた。
何故今になって…?
私に一体、何を伝えるというのか。
恨み言の一つでも言われるのだろうか。
それとも、もっと酷い言葉を浴びせられでもするのだろうか…。
穂乃果「…うぅ」
身体が徐々に震え出していくのが分かった。
緊張と恐怖と、そしてある種の寒気を感じ、私は酷い吐き気を催していた。
ことりちゃんと会いたい?
…会いたくない。
でも、私のことを呼んでくれた。
だから、何…?私にはかける言葉が無いよ…。
ぐるぐるぐるぐる。
答えの無い問いかけが、頭の中を何度も何度も。
私は身動きを取ることが出来ずに、ついにはその場でうずくまってしまっていた…。
*
カンパーイ!!
穂乃果「…」
気がつけば、式も中盤。
私はいつまでも、一歩踏み出す勇気がだせず、式場内に入ることをずっと躊躇っていた。
さすがに式場のスタッフが心配して駆け寄ってきてしまったので、気分が悪いと言うことで外にある椅子で休ませて貰っていた。 穂乃果(海未ちゃん…)
きっと、傍に海未ちゃんがいてくれたならば…。
私の肩を抱いて、一緒に会場内へ足を運んでくれただろう。
弱音を吐く私のことを、精一杯励ましてくれた違いない。。
海未ちゃん…海未ちゃん…。
心細いよ…海未ちゃん…。
穂乃果「あ…」ポロ
いつのまにか、私の瞳からは涙が溢れ、零れだしていた。
慌ててゴシゴシと手で拭っても、止めどなく溢れてくる。
こんなにも、一人が心細いなんて…。
やっぱり、私には海未ちゃんがいないとダメなんだ…。
海未ちゃんが支えてくれないと、私は…。
穂乃果は強くなれないんだ。
そう思えばそう思うほど、私の瞳からは涙が零れ続ける。
零れた涙はポロポロと、自慢のオレンジのドレスを濡らしていく。
穂乃果「あ…海未ちゃんに買って貰ったドレス…汚しちゃう…」
私は慌てて、ドレスに零れ落ちた涙を払う。
海未ちゃんとの大切な思い出を、汚したくはない…。 穂乃果「…そうだよね、海未ちゃんとの思い出を汚したくは…ないよ…」
ふと思う。
海未ちゃんに黙って私がここにいることは、海未ちゃんに対しての冒涜なんじゃないか。
…そんなこと、考えるまでも無い。
私が好きなのは海未ちゃんなのだから、あの時、私はことりちゃんの言葉を遮った。
だから私は、ことりちゃんに会うべきじゃないんだ。
あの日に、既に決着は付いていたはずなのに…。
弱い私は迷ってしまった。
…。
そうだよ。迷うことなんて無いんだ。
私には海未ちゃんがいる…。
それに、ことりちゃんには悪いけれど、私にはことりちゃんにかける言葉も見つからないし、顔を見せる勇気も無い。
ここにいたってしょうがないんだ。
帰ろう…。
私の大好きな、海未ちゃんの元へ。
穂乃果「…」
ガチャ…
私は式場の扉を、中の人に気づかれないくらいに薄く開けて、式場内にいることりちゃんの姿を探す。
穂乃果「あ…」
広い式場な上に、ものすごい人の波があるから…小さくしか見えないけれど。
確かにことりちゃんはそこにいた。
幸せそうに、ウェディングドレスに包まれたお姫様は笑っていた。 穂乃果「…ことりちゃん、綺麗だなぁ」
思わず見とれてしまいそうになる程可愛いことりちゃんの伴侶になる人は、きっともっと幸せなのだろう。
いや、そうでなくては困る。
私たちの関係はこんなことになってしまったけれど、ことりちゃんが大切な人なのには変わりが無い。
一生、ことりちゃんのことを幸せにし続けて欲しい。
穂乃果「ことりちゃん、お幸せに…ごめんね」
…バタン
それだけを言い残して、私は扉を閉めた。
さぁ、戻ろう…。
結局、何が得られたわけでも無かったけど、ことりちゃんの幸せそうな顔が見れただけでも良かった。
心からそう思う。
ことりちゃん…さよなら…。
ガチャ!
ことり「…穂乃果ちゃん!!」
穂乃果「っ!?」
そこには大慌てで走ってきて、汗でお化粧も崩れてしまい、見るも無惨なお姫様の姿があった。
息もかなり荒げていて、本当に急いでいたんだなというのが分かる。
ああ、裾踏んじゃってる…折角のドレスが台無しだよ…。
ことり「はぁ…はぁ…酷いよぉ…黙って行っちゃうなんて…」
穂乃果「ことりちゃん…なんで…」
ことり「…はぁ…はぁ…ん…なんで、じゃないよぉ…招待状、送ったもん…」
穂乃果「…」
ことり「穂乃果ちゃんの顔が見たいに、決まってるよぉ…」
穂乃果「ぁ…」 苦しそうに息を吐き続けながらも、ことりちゃんは笑顔を見せてくれる。
遠くからだったから曖昧だったが、大人になったその顔はどことなく、ことりちゃんのお母さんの面影を感じる。
…親子だもん、当然か。
私は、膝に手をやって息を整えることりちゃんに、手を差し延べていいものか迷っていた。
いや…恐れていた。
穂乃果「…式は、大丈夫?」
結局私は、手を差し延べることはせず、あらぬ心配をする。
ことり「…えへへ、無理言ってちょっとだけ出させて貰っちゃった☆」
穂乃果「もう、ドレス来たまま走ったら危ないよ…」
ことり「ちょっと汚しちゃったかなぁ…?」 キョロキョロと自分の纏うドレスを確認することりちゃんは、妙に可愛らしかった。
それもひとしきり終わると、改めて私の顔を見る。
ことり「穂乃果ちゃん…お久しぶり♪」
穂乃果「あ…うん…久しぶり、だね」
ことり「10年ぶり位、だっけ?」
穂乃果「そうだね…多分、その位」
もう正確な時間の流れは数えていない。
ちゃんと追えば分かるだろうけど、お互いにそれをしない。
する必要がないから…。 ことり「ふふ、穂乃果ちゃん、大人になったなぁ…♪」
穂乃果「…なにそれ、ことりちゃんだって、そうだよぉ…」
ことり「そうなんだけどね」
二人で、くすくすと笑い合う。
顔と身体はあの頃から大分成長したが、心だけはあの頃のままな気がした。
ことり「…」
穂乃果「…」
それでも、私は負い目を感じているからか…いつものようにことりちゃんに話しかけることができない。
私はことりちゃんの言葉を待つしか出来ないから、ヘンな間が生まれてしまい、居たたまれない気持ちになってしまった。 ことり「今日は来てくれてありがとう♪」
穂乃果「ううん、そんな…。それに、帰ろうとしちゃってたし…」
ことり「でも、ここまでは来てくれたよ?」
穂乃果「そう…だけど…」
ことり「…どうかな?ことりのドレス姿。似合ってる?」
穂乃果「うん、似合ってるよ。すごく、可愛い」
ことり「えへへ…穂乃果ちゃんにそう言われると照れちゃうな☆」
そう言ってことりちゃんは、くるりと、その場で一回転した。
純白のドレスがふわりと舞って、ことりちゃんが一層美しく見える。 ことり「女の子の憧れの姿、だしね…♪」
穂乃果「うん…」
ことり「穂乃果ちゃんも着る?」
穂乃果「えぇ!?」
急に思っても見ないことを言われて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
ことり「穂乃果ちゃんも似合うだろうな〜ウェディングドレス姿♡」
穂乃果「ちょ、何言ってんのことりちゃん…!」
ことり「だって〜!そのオレンジのドレス姿も可愛い、っていうか綺麗だけどぉ…!やっぱり穂乃果ちゃんには純白なドレスの方が…♡」
穂乃果「そ、そんな…穂乃果にはまだはや…!」
ことり「――早いかなぁ?」
穂乃果「…っ」
ことりちゃんは急に声色を変えて、私が喋るのを遮った。
いつものようなぽわぽわ感は残るものの、その奥には何かしらの強い意志が見え隠れしていた。
ことり「穂乃果ちゃんだってもういい年なんだし、早くない気はするけどなぁ」
穂乃果「そ、それは…」
ことり「ことりだって遅いくらいだし…ねぇ?」
穂乃果「ぅ…」
ことり「ウェディングドレス…着ないの?」
穂乃果「ぇと…」
ことり「もっとはっきり言った方が良い?」
ことり「――結婚、しないの?」
穂乃果「――」 これは、興味本位の質問じゃ無い。
明確な…私に対することりちゃんの挑発。
ことり「ねぇ?…結婚の予定は?」
穂乃果「…」
ことり「好きな人とはどうなったの?」
穂乃果「…っ」
ことり「まだ、付き合ってるんだよねぇ?」
穂乃果「…ぅぅ」
ことり「一緒になる気は無いの?」 畳みかけられることりちゃんの言葉。
表面上は優しく、いつもの甘い声だけど、重く、鋭く、痛い。
私は、言葉を失ったまま返すことができない。
なんと言えばいいのか。
なんて言えば…ことりちゃんを怒らせることなく、伝えられるのか。
どうすれば、ことりちゃんに拒絶されずに済むのか…。
ことり「…」
穂乃果「…」
私の頭の中で、恐怖と、不安が、ぐるぐると回り続ける。 ことり「あのね、ことりはそれが聞きたくて…今日、穂乃果ちゃんを呼んだんだ」
穂乃果「っ…」
穂乃果「…どういう…こと…」
ことり「…」
すると、ことりちゃんはくるりと一回り。
ステージの上に立って挨拶をしようとする舞台役者みたいに、ぺこりと一礼をした。
ことり「ことりは今日、晴れて結婚することになりました♪」
ことり「最初はお仕事で知り合った仲間だったけど、意気があったのかどんどん仲良くなって、更にお付き合いするまでになっていって…遂にはここまでの関係になったよ♪」
穂乃果「…」
ことり「結婚したくなった理由?…それは勿論、相手の人が好きだからですっ」
ことり「それ以上の理由はないよねぇ?」
ことりちゃんは本当に幸せそうに、頬を赤らめながらえへへと笑った。
ことり「…好きだから、私は迷わなかった」
ことり「大好きだから、私は行動したよ」
ことり「あの日と同じように…」 ことり「想いが届かないのは嫌だけど、無くなってしまうのも嫌だったから…」
その言葉を、私はどういう想いで捉えればいいんだろう…。
私はあの日のことを思い出して、ただただ、涙が溢れてくるのを止められなかった。
ことり「穂乃果ちゃん」
穂乃果「っ!」
急に掛けられた言葉で我に返り、慌てて流れる涙を拭った。 ことり「ことりはあの時のままじゃない」
ことり「もう何歩も進んできた」
ことり「後を振り返ることもあったけど、決して戻ることは無かった」
ことり「だから今がある」
ことり「――穂乃果ちゃんは?」
穂乃果は――?
ことり「穂乃果ちゃんはあの頃から…」
――何も変わっていない。
ことり「ねぇ…」
そう、穂乃果は…。
ことり「…結婚しないの?」
あの頃から…。
ことり「ことりのことは拒絶したのに…」
あの拒絶された日から…。
ことり「変わることが無いならなんで…?」
止まってしまったんだ――。
ことり「ことりを受け入れてくれれば良かったのに…!」
私は、なんでことりちゃんを受け入れなかったのか。
…簡単な話だ。
他に好きな人がいるから。
ただそれだけだ。
なのに、未だ海未ちゃんとは、付き合うまでにしか至っていない。
それも、海未ちゃんからの言葉を待っていただけで、私自身は何も進んでいない。
何故――?
告白して、拒絶されるのが怖かったから――。
何故――?
ことりちゃんに拒絶されて、他人の気持ちが怖くなったから――。
ことり「いつまでも変わらずに立ち止まってるなんて、穂乃果ちゃんらしくないよ…!」
ことり「穂乃果ちゃんはいつだって、どんな時だって、迷った私の手を引っ張ってくれた!」
ことり「私のことを導いてくれた太陽だもん!」
ことり「そんな怯えてる穂乃果ちゃんなんて、穂乃果ちゃんじゃ無いよ…!!」
穂乃果らしさって――?
きっと、μ'sをやっていた頃の私はそうだったんだろう。
…今となっては、漠然とした記憶でしか無い。
私は…寄りかかり過ぎた。
海未ちゃんへと、頼り切り過ぎていた。
だから…昔の私を、もう思い出せない。
――でも。
私は、海未ちゃんと一緒にいたい。
海未ちゃんと結婚したい。
穂乃果「穂乃果は…」
ことり「穂乃果ちゃん…!」
穂乃果「海未ちゃんと、一緒にいたい…」
穂乃果「海未ちゃんと結婚したいよぉ…!」
私は膝から崩れ落ちて、嗚咽と共に涙を零した。
ぼろぼろと、子供のように泣き続けていた。
ことり「穂乃果ちゃん…」ギュ…
そんな私を、ことりちゃんは優しく抱きしめてくれた。
涙で自分のドレスが汚れることも顧みず、私のことを両の手でぎゅっと…。
穂乃果「ことりちゃん…っ」
穂乃果「ごめんね…ごめんね…っ!」
穂乃果「ことりちゃんの想いに応えられなくて…!」
穂乃果「こんな意気地無しの穂乃果で…ごめんね…!!」
この10年間、伝えられなかった想いを全て。
涙と一緒にことりちゃんへ届ける。
言いたくても、誰にも言うことが出来ずに秘めていた、大切な人との決別。
私は、何もかもを忘れて、ただひたすらにことりちゃんへと想いを爆発させていた。 ことり「…ことりの方こそ、ごめんね」
穂乃果「っ!」
その想いの返事は、思いも寄らぬ謝罪の言葉。
ことりちゃんも涙を零しながら、私へと想いを返す。
ことり「多分、ことりのせいだよ…ね」
穂乃果「――っ!」
ことり「ことりが…穂乃果ちゃんの気持ちも考えないで、自分勝手に、我が侭に、告白なんてしたから…」
穂乃果「ちが…!」
ことり「ことりが、穂乃果ちゃんの純粋な想いを、拒絶したから…」ギュ…
穂乃果「っ!!」
ことり「だから穂乃果ちゃん…自分から手を伸ばすことができなくなってたんだよね…!」
穂乃果「違うよぉ…!ことりちゃんのせいなんかじゃぁ…!!」 嘘に決まっている。
良いか悪いかはともかくとして、ことりちゃんの告白が切っ掛けで私たちはバラバラになった。
けどそれは、ことりちゃんの溢れた想いを正直に伝えただけ。
誰も悪くは無い。
それを受け入れる強い心が無かった、私のせいなんだ。
でもそれもこれも、言ってもしょうがない。
私たちは、こんな複雑な想いを抱えたまま10年も拗らせてしまったんだから。
ことり「穂乃果ちゃん…ッ!!」
穂乃果「ことりちゃ…ん…ッ!」
泣いて。
ただひたすら泣いて。
出来るはず無いのだけど。
その涙で、過去を洗い流すしか方法が無かった。
*
二人で大声で泣き喚いていたらスタッフが心配してやってきて、式場内からもどよめきが上がっていた。
…そろそろ二人でいるのも限界かもしれない。
穂乃果「ことりちゃん…ぐす…ごめんね…」
ことり「ううん…大丈夫だよ…えへへ」
二人の涙は、いつしか笑顔へと変わっていた。
穂乃果「ありがとう…今日は招待してくれて」
ことり「ううん…」
穂乃果「…結局、祝うことは出来てないけどさ」アハハ
ことり「私の我が侭で…穂乃果ちゃんを傷つけるかもしれないのに呼んだんだもの、気にしないで」
穂乃果「本当に、話せて良かった」
ことり「うん…」
穂乃果「こんなこと、フった私が言うことじゃないのかもれないけどさ」
ことり「あはは…昔のことだもん。それに、ことりは今幸せだよ?」
穂乃果「…そっか」
そのことりちゃんの笑顔は、嘘じゃ無いと思ったから。
私は救われた気がした。 ことり「それにしても、ようやく言ってくれた」
穂乃果「え?」
ことり「海未ちゃんと付き合ってるってこと♪」
穂乃果「あ…///」
ことり「ずっとはぐらかされたままだったから、ストレス溜まってたんだよぉ?ことりは分かってるのに…!」
穂乃果「そ、それは…穂乃果も分かってたけど…なんとなく言い辛くて…///」
ことり「ふふ…分かってます♪誰だって、好きな人のことを言うのは恥ずかしいもん」
穂乃果「うん…///」 ことり「あーあ、妬けちゃうなぁ」
穂乃果「あ、ご、ごめん…」
ことり「気にしてないよ−。…昔のことりだったら、嫉妬で気が狂いそうになってたかもしれないけど♪」
穂乃果「こ、ことりちゃん!」
ことり「冗談ですっ!」
きっとそれは冗談なんかじゃ無い。
あの時、私がはっきりと"海未ちゃん"と伝えていたらどうなっていたのか。
既にことりちゃんがそれを知っていたとしても、言葉としてそれを受け止めたなら…。
私なら耐えられないかもしれない。
ことり「…どうするの?」
穂乃果「…うん」
ことりちゃんの、私への最後の確認。
穂乃果「海未ちゃんに、プロポーズするつもり」
ことり「そっか」
穂乃果「…元々そのつもりだったんだけどね、ずっと迷ってた」
ことり「…」
穂乃果「だけど、ことりちゃんのおかげで決心がついたよ」
ことり「…うん」
ことり「良かったっ☆」
満面の笑みで、ことりちゃんは喜んでくれた――。
穂乃果「…それじゃ、ことりちゃん」
ことり「じゃあね、穂乃果ちゃん」
穂乃果「お幸せに…♪」
ことり「穂乃果ちゃんも♪」
穂乃果「バイバイ」
ことり「バイバイ」
度々申し訳ない、また少し開けます。
次がラストになると思います。
*
ガチャ…
穂乃果「ただいまぁー…」
海未「穂乃果っ!何時だと思ってるんですか…っ!」
穂乃果「いきなりお説教はやめてよぉー!」
海未「10時ですよ!10時!!仕事ならともかく、プライベートで女性が一人で出歩いていい時間じゃありませんっ!」
穂乃果「大袈裟だよぉ…」
海未「大体折角のドレス姿で一体どこをほっつき…あ、お酒の匂いがしますね…!」
穂乃果「どきっ」
海未「またバーに行ってたんですね…!?相手は誰です?絵里ですか!?希ですか!?」
穂乃果「ち、違うよぉー!一人だよぉー!」
海未「どちらでも構いません!あれほど行くなと行っておいたではありませんか!ただでさえ酒癖が悪いんですから、一人で飲みに行かないようにと…」クドクド
…。
穂乃果「ご馳走様でした♪」」
海未「お粗末様です」
私が箸を置くやいなや、空いた食器をまとめて流しへと放り込み、洗い始める。
海未ちゃん本当にてきぱきと動く。
一方私はと言えば、海未ちゃんにお説教され続け、痺れに痺れた足が未だに悲鳴を上げていた。
穂乃果「あはは〜…穂乃果は動くに動けないので、海未ちゃん様…お願いします…」
海未「はぁ…だらしがないですね。これでテーブルを拭いて置いてくださいな」ポイ
穂乃果「はーい」
ぽんと、流しに立つ海未ちゃんから投げられた台拭きでテーブルを拭く。 穂乃果「それにしても、まだ夜ご飯食べてないとは思わなかったよ…」
海未「…誰のせいですか?」ジロ
穂乃果「い、いやいや!だって、穂乃果遅くなるかもってLINE送ったよね…?」アセアセ
海未「遅くなりすぎないようにと注意したはずですよ…?だから、ギリギリまで待っていたのです」
穂乃果「そ、そっか…ごめん…」
海未「全く…」
穂乃果「あぅ…」
海未「…まぁ、無事に帰ってきてくれて何よりですよ」ニコ
穂乃果「海未ちゃん…」
海未「ただし!次はちゃんと門限までに帰るように!いいですね!」
穂乃果「はぁ〜い…」
海未ちゃんは怒ったり、優しくなったりと忙しい。
その変化は当事者である私から見てて、怖くもあるけど楽しくもある。
何より、全て私のことを思っての言葉だから、気分が悪くなるはずも無かった。 海未「…しかし、急にお酒を飲みに行くというのは珍しいですね」
穂乃果「あ…」
海未「何かあったのですか?」
海未ちゃんは本当に鋭い。
私の行動の全てを把握しているというのもあるだろうが、何か心境の変化をすぐに見抜いてくる。
穂乃果「え、えっと…ちょっと飲みたい気分だなーっ、て…」
海未「…」
我ながら、どうしようもない言い分だなと思った。
多分、浮気なんてしようものならどうしようもない言い訳だらけになるんだろうなと、そんなことを考えてしまう。 海未「まぁ、詮索はしませんが…。酔って人様に迷惑をかけるような真似だけはよして下さいね」
穂乃果「うん…」
言い辛いことも全て分かってくれて、必要以上を聞かない。
本当に海未ちゃんは優しい。
優しくて、どんな時でも寄りかかっていたいと思う人。
きっと、穂乃果のことをいつまでだって支えてくれる。
ことり『穂乃果ちゃんはいつだって、どんな時だって、迷った私の手を引っ張ってくれた!』
ことり『私のことを導いてくれた太陽だもん!』
でも、それだけじゃ嫌だから。
いつまでも甘えているだけじゃ嫌だから。
絵里『穂乃果は、海未が手を伸ばしてくれるまで待つの?』
ううん。
穂乃果から、手を伸ばすの。
――昔のように。
ほのか『うーみちゃんっ!!』
ほのか『いっしょにあそぼっ!』
穂乃果「海未ちゃん!!」
海未「…な、なんですか急に?」
穂乃果「明日、デートしよっ!!」
海未「…で、デート…ですか…?」
穂乃果「そう、デート!」
海未「えっと、その、それは…でーとですか…///」
穂乃果「何言ってんの、デートはデートだよ」
海未「でー…な、何度も連呼しないで下さい!恥ずかしい…///」
穂乃果「恥ずかしいかなぁ…」
海未ちゃんはデートという単語でも、キスと同じ位に真っ赤に反応する。
ウブというか何というか、ここまでくると異常だ。 海未「…それで、何で急にデー…トなんですか?」
穂乃果「急じゃダメ?」
海未「ダメ…ではないですが…」
穂乃果「海未ちゃんといっぱい遊びたくなったんだよ♪いっぱいいっぱい、一緒にいたい♪」
海未「家でいつも一緒にいるではありませんか…」
穂乃果「そうじゃないんだよーっ!お外でデートすることに意味があるんだよ−!」
海未「そ、そうなんですか…」
穂乃果「まぁ家でもいいけど…海未ちゃん、イチャイチャしようとするとすぐに嫌がるし…」
海未「穂乃果がヘンなことをしようとするからですっ!///」
失礼なことを言う海未ちゃんだ。
海未ちゃんに対してそういうアプローチをしたのは、過去に一度きりだ。 穂乃果「だから、ね?遊びに行こうよ♪」
海未「一体、どこに行こうと言うんですか…?」
穂乃果「どこだっていいよ−。時間決めて駅前に集まってさ、お買い物しよう♪」
海未「家から二人で行けば良いじゃ無いですか」
穂乃果「それだとデートっぽくないじゃん!一回別れてから集まろーよ!」
海未「…はぁ」
穂乃果「…」キラキラ
私の熱意に押されたのか、頬を赤らめて横目で見ていた海未ちゃんは、静かに頷いた。 海未「分かりましたよ…。で、デート、しましょう」
穂乃果「やったぁ!海未ちゃんとデートっ!!
海未「…ふぅ」
穂乃果「〜♪」
海未「…」
喜ぶ私の顔を、優しく見守る。
そんな海未ちゃんの顔が、どうしようもなく好きだ。
…明日は海未ちゃんとデート。
海未ちゃん、穂乃果…頑張るからね…っ。
*
海未「…遅い」
タッタッタッタ…
穂乃果「…はぁ…はぁ…っ、ごめ〜〜ん〜〜〜!!」
海未「穂乃果…っ!貴方は私より先に家を出たのに、なんで遅れるのですかッ!!」
穂乃果「はぁーっ、はぁーっ…ちょっと、寄り道してたら…うっかり…えへへ」
海未「えへへじゃありませんっ!寄り道するならばもっと余裕を持って行動して下さい!」
穂乃果「あぅぅ…ごめ〜ん…」
こんな遅刻は私にとって、いつものこと。
いくつになっても私は海未ちゃんに怒られてばかり。
きっと、この先も変わらないんだろうなぁ…。 海未「全く貴方という人は…」
穂乃果「ほ、ほらほら!怒ってばかりだと今日が台無しになっちゃうよ!行こっ!」
海未「…」ジロリ
穂乃果「あ、あははー…」
海未「…はぁ。それで、どこへ向かうんですか?」
穂乃果「どこでもいいよ、早くぅー!行こ行こ!」ギュ
海未「ああ、ちょ、穂乃果っ!///」
海未ちゃんの腕を掴んで、強引に引っ張る。
私が先行して海未ちゃんを引っ張り回すのなんて、いつぶりだろう。
この腕の感触が、妙に懐かしい。 穂乃果「…♪」
海未「…?///」
そんな私のアグレッシブさに、疑問符を浮かべている海未ちゃん。
最近は海未ちゃんに任せきりだったからね。私は後からついていくだけのお姫様。
お姫様の穂乃果の方が、可愛かったかなぁ?
穂乃果「わぁー、このお洋服可愛いねー!海未ちゃんにぴったり♪」
海未「えぇ!?わ、私にはちょっと派手すぎませんか…?」
穂乃果「そんなことないよぉー!」
海未「若い頃ならまだしも、この年でこんなひらひらは…///」
穂乃果「似合うってばぁー、ほら、試着試着ぅ〜♪」
海未「わっ、お、押さないで下さい…」
でも、海未ちゃんだってお姫様なんだよ。
穂乃果にとっては、最高のお姫様で、最高の王子様♪
カシャア
海未「ど、どうですか…?」
穂乃果「わぁ〜〜〜!!」キラキラ
海未「やっぱり、似合いませんかね…///」
穂乃果「何言ってるの、似合う似合う!海未ちゃん可愛い!!」
海未「は、恥ずかしいです…///」
いつだって、海未ちゃんが迎えに来てくれることを夢見てるけど。
私だって、海未ちゃんの手を引っ張ってあげたい。
穂乃果「次、向こう行こ!向こう!」
海未「ちょ、穂乃果!あまり引っ張らないで下さい…!」
強く強く、その腕を握って。
いつまでも離さないように。
穂乃果「このお皿なんかも可愛いよねー♪」
海未「少し使い辛いんじゃありませんか…?こっちのシンプルなお皿の方が…」
穂乃果「えー、可愛くないよー」
海未「可愛い可愛くないの問題では…」
穂乃果「見た目が可愛いだけで、お料理だって美味しくなっちゃうよー♪」
海未「そういうものですかね…」
海未ちゃんは私のこと、どう想ってくれてるのかな。
私のこと、変わらず好きでいてくれてるのかな?
穂乃果「穂乃果はこっちの方が好きっ!」
海未「私はこちらの方が…」
こんな弱い私だもの、他の誰かに心移りしていてもおかしくないよね…。
今まで散々、厄介毎を海未ちゃんにおしつけていたんだもの。
嫌われていても、しょうがないよね。 穂乃果「こっちっ!!」
海未「…はぁ」
穂乃果「〜〜〜!」
海未「分かりましたよ…穂乃果の言う方にしましょう」
穂乃果「やったぁ!海未ちゃん、ありがとーっ!!」モギュー
海未「…///」
嫌われてるかもしれない。
呆れられてるかもしれない。
でもそれは、私のせいだから。
私が海未ちゃんを繋ぎ止めようとせず、ずっと何もせず待っていた罰。
…。
穂乃果「あ、この映画まだやってたんだー!穂乃果見たかったんだぁー!」
海未「れ、恋愛ものですか…///」
穂乃果「そーんな恥ずかしがらなくても大丈夫だよ−、どっちかと言えば、アクションしてる方が多いみたいだし」
海未「それは一体どんなお話なのですか…?」
だから、嫌われていてもいい。
…嘘。
嫌わないでいてほしい。
当たり前だ。
…嫌われていたら嫌だけど、でも、しょうがない。
それが今の結果なんだから。
穂乃果「…///」
海未「…///」
穂乃果(よ、予想外に結構大胆なシーンあるね…///)
海未(は、破廉恥ですぅ…///)
だから、また穂乃果が海未ちゃんを好きにさせる。
嫌いになんかさせない。
穂乃果は、海未ちゃんのことがこんなにも大好きなんだから。
穂乃果「大好きだよ…」
海未「え…?」
穂乃果「…」
海未(…気のせい、でしょうか…)
だから伝えよう。
穂乃果の想いを。
穂乃果の全てを――。
*
穂乃果「あー、面白かったねぇーっ!」
海未「…後半、寝ていた気がしますが」
穂乃果「あははー…途中で疲れてきちゃってぇー…」
海未「もう、穂乃果は…」
穂乃果「でも、空気を楽しめたから良いんだよっ!」
海未「そうですか…?」
穂乃果「そうなの!」
海未「…」クス
穂乃果の強引な言い分にも、最後は穏やかに笑って受けて入れてくれる海未ちゃん。 海未「穂乃果が楽しめたなら、それでいいですが」
穂乃果「うん♪」
そんな海未ちゃんが私は好きだ。
海未「…さて、この後はどうしましょうか?もう、日も暮れてきましたが…」
穂乃果「あ、えっと…」
時刻は既に夕方。
特に何をしたというわけでもない気がするけど、あっという間に一日が過ぎてしまっていた。
楽しい時間が過ぎるのは、本当にあっという間だ。
海未ちゃんとのデートだもん、当然だよね。
でも、今日はこれから本番――。
穂乃果「…行きたいとこがあるんだ」
海未「行きたいところ、ですか?」
穂乃果「うん♪」
この想いを早く伝えよう。
海未ちゃんへ――。
…。
穂乃果「着いたっ」
海未「…ここ、ですか?」
穂乃果「そう、ここ!」
海未「ここは…」
私と海未ちゃんと…そして、ことりちゃんとの思い出の場所。
海未「…懐かしいですね。久しぶりに来た気がします」
穂乃果「ねーっ。昔は毎日のように来てたような気がするけど…」
海未「沢山遊びましたね、この公園で…」
私たち三人が子供の頃からずっと時を共にした、始まりの公園だ。
そして…私と海未ちゃんの出会いの場所でもある。 穂乃果「海未ちゃん、最初はすっごい人見知りだったんだよねー」
海未「む、昔のことですよ、言わないで下さい…///」
穂乃果「あはは♪でもあの時の海未ちゃんも可愛かったよー?今のこわーいお説教する海未ちゃんと違ってー」
海未「か、可愛い…///って、怖いとは何事ですかっ!!」
穂乃果「う、嘘だよー!海未ちゃんは今でも可愛いよー!」
ううん、違うかなぁ。
今の方が、可愛いんだよね。 海未「全く…///」
穂乃果「ふふふ♪」
海未「…そう言う穂乃果は、あの頃から変わっていませんね」
穂乃果「ええー?そうー?」
海未「そうですよ。我が侭で、自分勝手で、無鉄砲で…」
穂乃果「わ、悪いことばかりな気が…」
海未「いつも他人の迷惑など顧みることもしないで、ただひたすらに突っ走っていく…」
穂乃果「うぅ…」
海未「苦労ばかりかけられましたし、何度穂乃果から距離を置こうと考えたか…」
あぁ…やっぱり海未ちゃん、穂乃果のこと呆れてたのかな。
嫌われてたり、するのかな…。
しょうがない…よね…。
海未「けれど…」
穂乃果「…?」
海未「そんな変わらない穂乃果が前にいてくれたからこそ、私もここまで歩いて来れました」
穂乃果「…海未ちゃん」
海未「…ありがとうございます。…私の手を取ってくれて」
…その海未ちゃんの表情は、幼少期の海未ちゃんを彷彿とさせた。
ほのか『いっしょにあそぼうっ!』
穂乃果が、初めて手を取ったときの海未ちゃんの顔…。
怯えて、涙で顔を腫らしていた海未ちゃんが綻ばせて見せた――。
海未「…」ニコ
眩しいくらいの、笑顔。
夕陽に照らされ、その笑顔をより一層輝かせてくれていた。
穂乃果「…///」
私は言葉を失う。
言うのを恐れたから?
違う――。
そっか。
私はこの笑顔の海未ちゃんを、好きになったんだ。
出会ったときから。
私と海未ちゃんは。
本当の意味で、惹かれ合っていたんだ…。
私はそのことを今更ながらに気づかされ…。
今また、海未ちゃんに恋をする――。
海未「どうかしましたか?穂乃果」
穂乃果「…あ、う、ううん!なんでもないよ…!」
海未「そうですか…?」
私は赤らめた頬を気づかれないように、頭をぶんぶん振る。
血が上って余計に真っ赤になってしまったが、それを考える余裕も無い。
けど、夕陽が誤魔化してくれるだろう、きっと。
海未「…そういえば、今日は懐かしい感じがしましたね」
穂乃果「…懐かしい?」
海未「ええ…」
海未「なんだか、昔の穂乃果に連れ回されてるような、そんな感覚でした」 穂乃果「…ぁ」
海未「最近は穂乃果も年相応に大人しくなったのか、私のことを引っ張り回すことがあまり無かったですからね」
穂乃果「そう…だね」
海未ちゃん、気付いてたんだ。
今日の穂乃果の変化に…。
なんだか、嬉しいや。
穂乃果「あはは…嫌だったかな?」
海未「…いえ」
海未「とても嬉しく感じました」
穂乃果「――」 海未「…もう10年以上も前になるのですね。穂乃果に腕を掴まれ、こうやって引っ張り回されていたのは…」
穂乃果「…うん」
海未「あの頃の私たちが、あの頃の気持ちが蘇ったような気がして…凄く、楽しかったです」
穂乃果「…うんっ」
海未「相変わらず我が侭ですし、他人の迷惑を顧みないような行動ばかりでしたけど…」
海未「穂乃果はいつまででも、あの頃と同じままの穂乃果でいて欲しいです」
海未「…私がす…好きになった、穂乃果なんですから///」
ダキ
海未「!?///」
私はその言葉を聞き終わる前に、海未ちゃんの胸の中に飛び込んでいた。
…海未ちゃんへの溢れる想いが、堪えられなくなったから。
言葉よりも先に、身体が動いていた。
穂乃果「…っ」
海未「ほ、穂乃果…?///」
穂乃果「…海未ちゃん、ズルイよぉ」
海未「ず、ズルイ、ですか…?」
穂乃果「そんなこと、今言われたら…穂乃果、泣いちゃうよぉ…」ポロポロ
海未「あ…」
小さな嗚咽を漏らしながら、私は海未ちゃんの胸の中で泣いた。
涙が止まらなくなった。
まだ言いたいことがあるのに。
何も言えなくなるぐらいに、涙が零れてくる…。 穂乃果「ぅ…っ…く…」
海未「…」
海未ちゃんは急に泣いてしまう私のことを不思議がらずに、ただ優しく頭を撫でてくれた。
穂乃果「…ぅぅ…っ」
海未「…」
ほんの僅かな時間だったと思う。
けれど、私にとっては長い長い時間だった。
海未「…落ち着きましたか?」
穂乃果「…うん」
私は、昔の穂乃果に戻りたくて、今日一日頑張ったつもりだったけど…。
海未ちゃんのその優しさに、元通りの私になってしまいそうになる。
海未ちゃんの傍で、支えられながら生きていく…。
きっとそれだって、幸せで。
海未ちゃんはそんな穂乃果のことも受け入れてくれる。
けど、ダメなんだ。
ことり『そんな怯えてる穂乃果ちゃんなんて、穂乃果ちゃんじゃ無いよ…!!』
ことりちゃんにも言われた。
…ううん。
ことりちゃんは関係ない。
海未ちゃんだ。
海未『穂乃果はいつまででも、あの頃と同じままの穂乃果でいて欲しいです』
海未『…私がす…好きになった、穂乃果なんですから///』
海未ちゃんが好きな穂乃果は、昔の穂乃果だって言ってくれたんだもん。
だから穂乃果は…。
穂乃果は…ッ!
穂乃果「海未ちゃんっ!!」
海未「っ…な、なんですか、穂乃果…?」
穂乃果は泣かないよ…っ。
泣いている海未ちゃんの手を引っ張っていくのが、穂乃果なんだから…っ!
穂乃果「これ、受け取って…っ!」ギュ
海未「…?」
私はバッグに忍ばせていた手紙を、海未ちゃんの胸に押しつけ手渡す。
そして私はくるりと背を向けた。 海未「…これは、手紙、ですか…?」
穂乃果「開けてみて…」
海未「え、えっと…」
穂乃果「…///」
海未「はい…///」
海未ちゃんは気がついているかもしれない。
いつかの告白の時の、海未ちゃんと同じことをやろうとしていることに。
ガサガサ
背中から、手紙の封を開ける音と紙の擦れる音だけが聞こえる。
もう夕陽もほとんど沈んでしまい、夜の闇が訪れようとしていた。
カラスの声も、何も、聞こえない。
街灯だけが灯り、辺りはしんと静まりかえっていた。
海未「…おや」
海未「何も書いていないようですが…」
穂乃果「海未ちゃんへ!」
穂乃果「…海未ちゃんへ」
穂乃果「急に手紙なんて書いてごめんね」
穂乃果「あはは、でも結局手紙なんか書いたこと無くて…良いことなんて書けないし、失敗ばかりだったから…」
穂乃果「こんな形になっちゃいました…ごめんなさい」
穂乃果「それに、この封筒の便箋用意するのに、今日遅刻しちゃって…それもごめんなさい!」
穂乃果「文字書けないからあれだけど、せめて封筒と便箋だけでも可愛いの!って思ってたら、随分時間かかっちゃった…ごめんなさい」
穂乃果「…って、あはは、謝ってばかりだね」
穂乃果「…えっと、えっと」
穂乃果「何をいうんだったっけ…あれ?」
穂乃果「うぅ…手紙なのにヘンだよね?こんな言葉に詰まっちゃって…」 穂乃果「あ、そう!あの…その…ね?」
穂乃果「穂乃果、いつも…海未ちゃんに意気地なしーって言ってたけど…」
穂乃果「穂乃果も、直接言うのは怖いや…」
穂乃果「本当は、こうやって手紙を書いて伝えようとしてたし、今だって…海未ちゃんの顔を見ることすらできない」グス
穂乃果「だけどね…海未ちゃんは告白してくれたよね」
穂乃果「手紙でだったけど…勇気を振り絞って、穂乃果に告白してくれた…っ」
穂乃果「穂乃果は…凄い嬉しかったよ…っ!」
穂乃果「涙が出るくらい…嬉しかったぁ…っ!!」
穂乃果「ひっく…ぅ…ひく…」
穂乃果「だがら…だがらね…こんどは…ほのかの番なんだよ…っ!」
穂乃果「うく…っ」
穂乃果「ほのか…は…海未ちゃんのことがぁ…っ!!」
穂乃果「ぅぅぅ……っっ!!」
海未「穂乃果…」ギュ
穂乃果「!?」
ふいに、私の背中を抱きしめてくれる両の腕。
海未ちゃんは、恐怖と不安で泣き崩れそうになる私の身体を、そっと包み込んでくれた。
海未「…一人で無理する必要は無いんですよ」
穂乃果「だってぇ、うみちゃん…っ!」
海未「こんなに肩を震わせて、涙も…服が台無しじゃないですか」
穂乃果「ダメだよ…!うみちゃんは…昔の穂乃果が好きって言ってくれたからぁ…!だからぁ…こんな
泣いてちゃダメなんだよぉ…っ!」
海未「何故ですか?」
穂乃果「何故って…!」
海未「昔のままの穂乃果が好きだと、確かに言いました。腕を強引に掴んで離さない、強い穂乃果が好きです」
穂乃果「ほらぁ…!」
海未「…でも、泣いている穂乃果が嫌いなんて、一言も言っていませんよ」
穂乃果「え…?」 海未「無理をしないで下さい。一人で背負い込まないで下さい」
穂乃果「うみちゃん…っ」
海未「怖いなら…私の手を握って下さい…」
後から回された海未ちゃんの美しいしなやかな手を、そっと握る。
海未「…どうですか?」
穂乃果「…ぐす…っ」
優しい温もりと一緒に、海未ちゃんの想いまでもが手の平から伝わってくる、そんな気がした。
海未ちゃん…っ。
穂乃果「うん…暖かいよ…っ」
海未「震えは止まりましたか…?」
気がつけば、さっきまで崩れ落ちそうなくらいまでの震えは、ぴたと治まっていた。
きっと、海未ちゃんがいるから。
海未ちゃんが支えてくれているから…。
海未「私がついていますから…」
海未「どんな時でも、傍にいますから…」
海未「…穂乃果の言葉を聞かせて下さい」
穂乃果「――っ」
海未ちゃんは分かっている。
穂乃果が何を言おうとしているのか。
穂乃果が何を伝えようとしているのか。
海未「それは、私にはできなかったことですから」
海未「私では、穂乃果の前に立つことすらできなかったから…!」 海未「穂乃果は、やっぱり私の好きな穂乃果なんです…っ」
海未「いつだって、私の前に立ち、手を引いて歩いて行く…」
海未「いえ…」
海未「全力で突き進んでいく、私の大好きな穂乃果なんですから…!」
背中越しに、海未ちゃんの涙を感じた。
ぽろぽろ、ぽろぽろ、私の背中を濡らしていく…。
穂乃果「…」
海未「…ぅぅ…」
ありがとう――。
こんなに想われて、穂乃果は幸せだよ。
海未ちゃんの想いが一緒なら、穂乃果は大丈夫。
だから…。
だから、伝えるね?
穂乃果「…海未ちゃん」
海未「穂乃果…」
私は海未ちゃんの手の温もりを感じたまま、くるりと振り返り、真っ正面から向き合った。
顔と顔が触れ合いそうになるぐらい近い距離で、私は一つ深呼吸する。
海未ちゃんの匂いがした――。
その言葉を聞いて、私はすぐに海未ちゃんの唇を奪った。
返事なんか、分かっていたから。
お互いが好きなんていう当たり前のこと、既に知っていたから。
躊躇は無かった。
ただ、お互いに一緒に居すぎた為に。
知りすぎていた為に。
勇気が出せずに、いつまでも二の足を踏んでいた二人だったから。
言葉にすれば、それは必然で。
想いが伝われば、お互いを求めるのは自然な行為だった。
穂乃果「ん…」
海未「穂乃果…っ」
溜め込んでいた不安も、溢れかえった想いも全て…。
この一瞬に込めて。
海未ちゃんへ…。
穂乃果へ…。
大好きだよ。
大好きです。
終わり。
エピローグ――。
絵里「もしもし?」
ことり『あ、絵里ちゃん?』
絵里「今、大丈夫かしら?」
ことり『うん〜大丈夫だよ〜』
絵里「本当でしょうね?変に浮気相手と勘違いされても困るわよ」
ことり『あははー…うちの人はその辺、気にしないと思うんだけどなぁ…』
絵里「分からないわよ。男なんて疑心暗鬼の塊なんだから…。相手が飛び切りのお姫様なら尚更ね」
ことり『経験談?』
絵里「…否定はしないわ」
ことり『ごめん…。うん、今は誰も居ないよ?』
絵里「そう」 絵里「それで、式は上手くいった?」
ことり『うん、バッチリ♪とても幸せだったよ〜』
絵里「良かったわね」
ことり『絵里ちゃんがセッティングしてくれたおかげだよぉ』
絵里「そのへんはちゃんと経費に反映させて貰ってるからね、当然よ」
ことり『あはは…しっかりしてるなぁ』
絵里「まぁ、昔馴染みとして、本当に心から祝福してるわよ」
ことり『ありがと♪』 絵里「それで、もう一つの方は?」
ことり『もう一つ?』
絵里「はぐらかさないでよ」
ことり『絵里ちゃんこそ、結果知ってる癖に』
絵里「…一応ね、場を設けた人間として、本人から結果を聞きたいのよ」
ことり『意地悪なんだぁ』
絵里「どっちがよ」
ことり『ありがとっ、穂乃果ちゃんのこと教えてくれて♪』
絵里「いい加減二人の進展のなさに辟易としてたからね、結果としては良かったわ」
ことり『そうだね…』 絵里「まぁ、ことりには悪いことをしたと思ってるわ」
ことり『ううん、全然!もう昔のことだもん!』
絵里「…そう。強いわね」
ことり『女の子だからね♪』
絵里「なるほど、ね」
ことり『…それに、もう一度穂乃果ちゃんと会うことができて、ことりは嬉しかったよ』
ことり『こんな機会でも無かったら、一生会えなかった気がするから』
絵里「でしょうね」 ことり『…難しいね、幼なじみって』
絵里「何言ってるのよ。貴方達三人は特殊すぎるわよ」
ことり『え、そうかなぁ?』
絵里「三人同時に同性を好きになるなんて、どこの世界にあるのよ」
ことり『ここ?』
絵里「そうだったわね」
ことり『あははっ♪』 ことり『はぁ…また会えるかなぁ』
絵里「止めておきなさい。海未に刺されるわよ」
ことり『えぇ!?海未ちゃんはそんなことしないよぉ』
絵里「じゃあ穂乃果ね」
ことり『ああ…でも穂乃果ちゃんは追いつめたら、本当にやりそうな雰囲気も…』
絵里「怖いこと言わないでちょうだい」
ことり『絵里ちゃんが言ったんだよぉ!』
絵里「冗談よ」
ことり『もう…っ』 絵里「でも本当に、会わない方が良いわよ」
ことり『酷いなぁ…。散々二人の恋のキューピッドにさせられてるのに…』
絵里「それは…」
ことり『うーそっ。分かってるよ、絵里ちゃん』
絵里「…」
ことり『ことりが進んでやったことだから、気にしないで』
絵里「…ことりがそう言うなら気にしないわ」
ことり『ありがと♪』 ことり『それじゃ最後に、これだけ伝えてほしいな』
絵里「なに?」
ことり『ことりは、いつまでも二人のこと見守ってるからねっ』
絵里「…怖いわよ」
ことり『酷いっ!』
絵里「嘘よ。…分かった、それとなく伝えておくわ」
ことり『ありがとーっ♪』 絵里「それじゃことり、色々ありがとうね」
ことり『こちらこそ♪今度、会ってもいい?』
絵里「別に構わないわよ。お互い時間が空けばいいけど」
ことり『あははー…当分無理かもねぇ…』
絵里「忙しいのはいいことよ、お互いにね」
ことり『うん♪』
絵里「それじゃまたね」
ことり『またねぇ♪』
ピッ
コト…
終わり。 高坂穂乃果誕生日記念で書かせていただきました。
穂乃果ちゃん誕生日おめでとうございます♪ おつかれ!
ひさしぶりにSSにドキドキさせられたよ 乙……
めっちゃよかった
久しぶりにいいSS読めたありがとう
ほのかはぴば ことりちゃんかわいそう
良質なことほのSSを読まなければ 乙
しかしほのカプだと大体ことりがこうなるの多いね、ちょっと切なかったけどよかった ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています