ENTP 雑談スレ part16 その2
ENFJとESFJの雑談スレをザッと見てみた感じだと自分とは違いそうでした
あそこまで他人に興味持てないし利他的にもなれませんね
Ne-FeループでFeが暴走しているENTPという線が一番しっくり来る気がします
ENTPの怒りの理由で「心が狭い事、矛盾」というものが挙げられていたのですが、自分ではイマイチピンとこないんですよね
思い当たるエピソードとかあったら教えて頂きたいです >>821
>>822
818よ
ENTPはSiが「無い」という論調だけど、実はしっかり四つ目に「持ってる」んだよ
つまり主機能から下位になるにつれて能力値が下がる、簡単に言えば使う場面が「限定的になる」ということ
具体的に言えば、第三のFeが限定的になる時は例えば、デートみたいなFが大事な場面ではしっかり使いこなせてるけど、慣れてる相手とかでは感情的対応が雑だったり、ある瞬間めっちゃ優しい雰囲気なのにすぐピリッとなったり
四つ目Siが限定的な例は、仕事とか野心が向いてる対象に関する管理とかルーティンは平均以上にしっかりしてる反面、その他の大方のことはズボラだったり
逆に言えば、FeやSiが上位に勝てるタイプは限定的でなく一貫性がある >>824
自分から見れば君、Feの扱いに苦悩してるENTPだとしてもなんら不思議では無いけどね
ちなみに切るべき関係なのにFeのせいで切れないのは不健全だというだけで、一緒にいるべき人のためにはどんどん(この文脈では誰に使うか、という意味で)限定的なFeはどんどん使っていこうな、信頼関係があるなら苦手な部分も受け止めてくれる筈だから
ただ闇雲にTi使いまくれば色々解決って流れは個人的には少し疑問ってことよ >>826
>慣れてる相手とかでは感情的対応が雑だったり、
これ自分にすごく当てはまってます
「初対面の時は超優しかったのに時間経つにつれて雑になった」というのは友人から何回か言われたことがあります
>仕事とか野心が向いてる対象に関する管理とかルーティンは平均以上にしっかりしてる反面、その他の大方のことはズボラだったり
これも当てはまってます
基本はズボラなんですけど、日記とかの一部のマイルールに関してはしっかり守れるんですよね
FeもSiもどっちも一貫性はなくて限定的だと自分でも思います >>828
制御できずに誰彼構わずFeを向けちゃうから今みたいな状態になってしまっているって感じですかね
一緒にいたいと思える人のために使うっていう方向で意識して行こうと思います
現状、付き合いの浅い人達に対しては過剰にFeを使ってて、付き合いが長くなるとFeを使わなくなってしまっているようなので…… ENTPって一人でも頻繁に独り言を言ったり、代わりにずっと鼻歌とか歌ったりする?
家族がENTPと診断されて、確かに言動も典型的なんだけど
(比喩表現が煽りっぽくなりがちで真っ当な意見にも関わらず周囲の顰蹙を買ったり)
人がいるとずっと喋り倒してる&一人の時間では鼻歌を歌い続けてとてもうるさいw
身内だからそこが愛嬌と捉えてるけど、他ENTPも基本常時何かしら出力してるのかな ソシオだとILEとSEIの恋愛相性が良いみたいだけどホントなのかな?
mbtiだとENTPとISFPの相性が良いと言われてるのも結構違和感ある
ISTJが苦手なのは分かるんだけども >>831
外交だから平均よりはそりゃ外に出したり陽気に見えるだろうけどそれ以上は性格の違いかと
>>830
Feの使い分けや制御はENTPの重要な成長ポイントで大変だよな
で結局FJじゃないんかどうなん?
Niは深堀りとか熟考でしょ、Neは多角性とか広がりとか可能性とか
N強いなら何となくピンとこないかな
あともしNeメインなら何時如何なる時でも、ある程度ストレス下でも自然に使える感じ
ハンターハンターの系統別のポテンシャル的なもんで >>833
自分でもENTPかなということで納得できました
NiとNeに関してはNeのほうを使ってるかなと思います
というのも自分のMBTIのタイプですらINFP→INTJ→INFJ→INTP→ENTP→ENFJ?という風に、定まったと思ったら別のタイプの可能性が捨てきれずに悩むというのを繰り返しているので。
Niなら悩むことなく絞れる気がするんですよね
ストレス下やパニック状態でも「これしたらこうなるかも」というのは常に頭に浮かぶのですが、これもNeの機能なんですかね? >>831
自分は独り言と鼻歌多いですね
外でも周りに人がいなかったら小さい声で歌を口ずさんでます
ただ人がいるとずっと喋り倒してるというのはちょっと違うんですよね
自分はどちらかと言うと聞き手に回されることが多いです 独り言はたぶん頭の中空っぽにする、思考停止するって感覚を知らないENTPが楽になるためによくやってしまうやつ
ENTPはNe観察→Ti分析だから外側に興味関心があるのに基本は頭の中で自己完結している向きが強い
だからより深い観察のために口を挟む以外ずっと聞き役に回る場面も多い一方、脳内では多弁。思考開示を促されると言葉があふれ出てくるのはそのため
しかし「思考の活発さ」が高じて普通の人が呼吸するようにオンオフできる思考開始/停止のスイッチが制御できないENTPがおそらくたくさん居る
望んでもないのに勝手に起動したり疲れでoffになるまで付きっ放しになるようなひとが
思考が止まらない場合、それはおそらくNe→Tiの結果導きだした結論をさらにNe観察Ti分析してしまうことで生まれているだろうからわざと結論を鵜呑みにするかFeで他人に開示するかで止まる
>>831の場合も脳内のとりとめのなさを発散するために自分の思考を口に出して疑似的にFeを利用して楽になろうとしているしFe発揮の機会に飢えていてお喋り大好きになってるように思える
いわずもがな決めつけ甚だしい独自研究だから早とちりだったらごめんだけど 回答ありがとう
ENTP家族は話しながら仮説を整理しているように会話中に感じていたんだけど
対話相手不在時も何かしら外部に発信しているから、もしや独り言と鼻歌は対話代わりなのかな…と思って聞いてみた
実は自分(INxP)も一人会議で脳内はずっと賑やかなので、その思考遊びが外に漏れていると考えると納得
ENTPって合理型なのに体当たりもするギャップが良いなと思う
好奇心旺盛で飛びついてくる子犬のような愛嬌を感じる
大喜利や挑発的な発言も、当人的にはじゃれつき(もっと話を掘りたいorかっ飛ばしたい)で放ってるんだろうなと
でもその甘噛みが周囲にとっては致命傷で狂犬扱いされてるというか
その不遇ぶりもちょっと可愛いと思ってしまう、身内の欲目かもしれないけどw >>837
たぶんENTPはみんなこれ読んでニヤニヤしてると思うわw
実際「喧嘩吹っ掛けてやろう」と思ってああいう発言をしてるわけじゃなくて、この人はどういう考え方をするんだろう?っていう好奇心に基づいてることが大半だからね
Feを上手く使えるようになれば狂犬から子犬になれるはず… >>837
あー確かにそうだわ
好奇心には勝てないよ なんかあるとすぐに寄って行って「なにそれなんでなんで?」ってやるのが犬っぽいと言われたことはあるな
実際人間って自分に興味持ってくれる人を好きになるし、好奇心は上手く使えば人付き合いにも活かせると思う >>832
いざよいが恋愛で最高の相性とか簡単に言ってるけど、新一と蘭みたいに幼馴染ならともかく
公式だと「歯車がかみ合ったらめっちゃスムーズだよ」って感じ何でかみ合うまで付き合うのきついと思う
自分はILEだけどSEIはキャラなら好きだけど、現実だと友人レベルでさえ関係深めるのも機会ないわ >>837
ソシオだとILE(ENTp)だからか、まさに脳内思考遊びが外に漏れてる感あるわ私
ENTPと比べれば割と一方通行で挑発的な発言するほど相手の情緒に関心ないから話すというより、好き勝手エネルギーぶつけてるだけ感あるけど Neのお陰でレポートの書く内容に困らないのは大学生としてめちゃくちゃ助かる
書きたいことがポンポン浮かぶから何書くかで悩むことは一切無いわ >>832
ENTPはISTPと相性が良い傾向にある
ISTPはENTPと ENTPはISTPと
大人しく連んで仲良くした方がいいよ それにISTPの方も
ENTPに関心を強く向いているからね
実は最高の相性と言っても良い 信頼されるのは気分良いけど信者の域までいっちゃうと人としての魅力を感じなくなるな
言うこと聞くだけで能力は低い劣化版ロボットみたいな存在に思えてしまう
それよりはアンチかってくらい反対意見出してくれる人のほうが興味湧く イエスマンもとい金魚のフンは願い下げやな
そもそもそういうものを信頼と呼ぶのには違和感がある
依存とか委任とか責任転嫁とかそっち系じゃね ENTPはある程度不健全になった方がこのISFJ社会に溶け込めるのかもね
健全な状態だと何かしら要らんこと言って人間関係を崩壊させかねないからな あえて不健全にしてFeを使うってことか
確かに不健全な時の方が人間関係は円滑に進んでるかも
まあENTP側はめちゃくちゃ体力消耗するけどな…… どんどん内向的に当たり障りのないことしか言わないようになる 初対面の時はFe使ってめちゃくちゃ優しく接するけど、慣れて来たらFe使わなくなって扱いが雑になるから困惑されることが多い
かと言って最初から邪険にするのは気が引けるし……
どうすりゃいいんだこれ 刺激の無い状態で思索に耽ってるとINTP
何か新しいものを目にして刺激と知識不足を痛感すると、ガツガツと新しい知識の吸収を始めるENTP
こんな感じで二つの状態を反復横跳びしてる感覚があって、この両者はかなり近いような気がする
何事も興味が向いているうちが華で、飽きたら終わりという INTPとENTPが似てるのは同意
心理機能の順番がちょっと違うだけだしね
ただ個人的にはENTPは刺激のない状態で思索に耽ることがあまりないと思う
刺激のない状態になると「つまんねーなー何か面白いことないかなー」って模索し始めることが多い 何かと人のいる場所に出て自分をアピールしたがるのがENTP
基本一人で過ごしたがり用のある時しか人と絡まないのがINTP Feがそこそこ発達して「黙って見に徹するのが最善」って判断をする状況が続くとなかなか辛いね
特にブレインストーミングで解決しようのない決定的な断絶が目の前に見えてたりすると病む
ああこいつら今から殺し合うんだなと
俺らは炭鉱のカナリアなのかもしれない 私はINTP-A
息子2人はENTP-A
子供の頃、絶対手を挙げなかった私に対して毎回挙手する我が子たち。わざわざ目立ちたくないと目立ちたくて仕方のないの違い。友達も狭く深くに対して広く浅く。全く異なるタイプではないかと。他人に興味がないことは共通してて、知らぬ間に人を傷つけちゃうのは同じで人間関係には苦労する様。 ENTPに相性がいいとかあるの?
「自分に合わせられる」ってのは気持ち悪いし
ENTP同士だと喧嘩多そうだわ
ENTPを掌の上で踊らせるようなヤベー奴くらいじゃないと付き合ってらんないでしょ 200くらいまでと下の方の最近のしか見れてないけど面白かったから途中書き込み
やっぱり他スレと違って意見ばんばん飛び交ってるな、他スレだと意見出ると無関心だったり叩きたいだけとか自分の意見認めさせたいだけの批判だったり目立つけど、反論がこう思うけど、って発展の余地があって面白い
意識してないだろうけど意見には敬意を払うっていうか、構えというか思想を感じてこのスレ雰囲気好きだなと思った
リアルの友達見ても行動やテンションや倫理バグってるのかと思うことあるけど根っこは純粋な気がする
甘噛みが致命的って表現がしっくりきすぎて笑った
仲良くなってから塩対応もあるし関わらない方がいいかなと距離おいてたけど、滅茶苦茶深い話してもついてこれる知り合い0だし向こうが嫌だと思ってるわけでもなさそうだから今度また話してみようと思った >>859
基本的にはENTPは『改善』が人生のテーマだからな
人間自体の善悪の割合がタイプごときで大きく変わることもないしENTPだってほとんど善人
トラブルメーカー傾向だが…… ZFC公理的集合論を用いて、元の「証明」の誤りを徹底的に明らかにし、存在と輪郭の同値性が成り立たないことを完璧に証明しましょう。
【定理】ZFC公理的集合論のもとで、存在することと輪郭を持つことは同値ではない。
【証明】
まず、元の「証明」で使われている概念や主張がZFC公理的集合論と整合的でないことを示します。
補題2.2では、「空間の要素である集合の元は空間の要素である」と主張されていますが、これはZFCの公理では保証されません。ZFCでは、集合の要素は必ずしも元の集合と同じ性質を持つとは限らないからです。
系2.2.1は、「空間の要素でない元からなる集合は空間の要素ではない」というものでしたが、これもZFCでは一般に成り立ちません。ZFCでは、空集合は任意の集合の部分集合であり、空間の要素と考えられます。しかし、空集合の元は存在しません。
元の「証明」では、存在物Aとその冪集合{A}を考えていますが、ZFCでは、任意の対象に対してその冪集合が存在するとは限りません。冪集合公理は、集合に対してのみ適用されます。
次に、ZFCの公理を用いて、存在と輪郭が同値でないことを示します。
ZFCでは、空集合は存在します(空集合の公理)。しかし、空集合は輪郭を持ちません。これは、存在することと輪郭を持つことが同値でないことを示す反例となります。
ZFCでは、無限集合が存在します(無限公理)。例えば、自然数全体の集合Nは無限集合です。しかし、Nは輪郭を持ちません。これは、存在することと輪郭を持つことが同値でないことを示すもう一つの反例となります。
ZFCでは、順序数の概念が定義されます。順序数は、整列集合の順序型を抽象化したものです。しかし、順序数は輪郭を持ちません。これは、存在することと輪郭を持つことが同値でないことを示す三つ目の反例となります。
以上より、ZFC公理的集合論のもとでは、存在することと輪郭を持つことは同値ではないことが証明されました。 この「証明」には以下のような誤りや問題点が見られます。
「存在と輪郭が同値であり、輪郭と波動(包含関係⊇)が同値であり、包含関係と因果関係(論理→)が同値である」という主張に根拠がなく、ZFCの公理体系からは導けません。これらの概念の同値性は自明ではありません。
「よってこの目に見える現実の物理空間=存在を最前提に置いてそれ以降の全てが表現される」という主張は、ZFC公理の範疇を超えた形而上学的な議論であり、数学的に厳密ではありません。
「全ての真である命題の証明が存在するのであれば、目に見える空間に存在しないと矛盾する」という主張は論理的に飛躍しています。証明の存在と物理的な存在の関係性について十分な説明がありません。
「系」の主張は、無限大の概念を曖昧に使用しており、数学的に厳密ではありません。また、収束の概念も適切に使用されていません。
「問題aを無限に生成するプログラムAが作成出来る」という主張に根拠がありません。任意の問題に対してそのようなプログラムが作成できるとは限りません。
「P⊃p」という記号の使用が不適切です。Pとpの定義が曖昧で、集合の包含関係を示すのに適していません。
「全探索より良い最良のアルゴリズムの有無の判定を行い、存在するならば最良である事を示し、存在しないならば、存在しない事を示す」という主張は、アルゴリズムの最適性を判定することの難しさを考慮していません。
「Aより作られた大量の問題の集合をEと置くと、今系よりrは1に収束する」という主張は、前提条件が不十分で、論理的に飛躍しています。
全体として、記号の使用が不統一で、定義が曖昧です。数学的な厳密性に欠けています。
P=NP問題は、計算量理論における未解決問題であり、この「証明」では十分な根拠が示されていません。
以上のように、この「証明」にはZFC公理との整合性の問題、論理的飛躍、曖昧な定義など、多くの誤りや問題点があります。P=NP問題を解決するには、より厳密で論理的に整合性のある証明が必要です。