【ほめ回路】ほめ日記を書いて生きやすくなろう【手塚千砂子】 [無断転載禁止]©2ch.net
そして、怒濤の499ゲット!
>>500
500ゲットおめでとうございます >>1
> 一日10個、自分をほめよう
> ほめたことをノートに手書きしよう
> ノートに書いたら声に出して読み上げよう
>
> たったこれだけ。これが「ほめ日記」です
これは心理学的には正しいよね。心は安定する。良スレだね 自己肯定感が低くて自分をほめようにも言葉が出てこない(そもそもほめる内容が見つからない。自分をほめられない)人間は『ほめる事柄+ほめ言葉』の形式で機械的に作業的にほめ日記を書いていくことが勧められているけれど
普通に自分をほめることができる人間なら普通に自分をほめていいわけで。そのことに気づかず、自分をほめられない人向けのやり方をやりづらそうに続けている……そんな方はいらっしゃるだろうか?
まあこの時点での俺のことなんだが。いや、自己否定感が強かった時期はそれでしかできなかったわけだけれども……
それこそ昔は「風呂掃除した。えらい!」しか書けなかった。しかも心からほめて書いてるわけではなかった。ほめながらも不自然さを感じていた
今では「風呂を掃除して綺麗なお湯を張った。いい仕事したね。短時間で掃除完了できるところも長年の経験の賜物だ。使う洗剤も身体が適量を覚えている。それは立派な長所だよ。レベルアップしている」くらいなら面白味を感じながら書けるようになった 相模原事件の彼も、さぞかし自分をほめていることでしょう
風呂掃除なんかしてる場合じゃない
君もレッツトライ! >>506
で、あなたはどっちのタイプ?
逆に、ほめられる人向けのやり方をほめられない人がやりづらそうにやってるんじゃないの?
機械作業の念仏形式は洗脳されやすい、既成のやり方に抵抗感ない人向けだから
素直に自分をほめられない人がやるとほめながら打ち消すのを同時にやってしまうから本のやり方だと効果薄い気がするんだよね >>508
面倒だから機械的にやっていたけど最近もうちょっと考えてほめてみるのもいいかなーと思ってる ほめ日記がうまく書けない、書いても効果がないと悩むあなたへ 〜「ない」にばかり目を向けてない?〜
https://miyatore.com/archives/1221 誉め日記よりも、普通に日記を書く方がいい。自己認識になるからね。 アドラー心理学学習者だが何も言わない。自分が思う所を実践すればいいのでは ほめるところが毎日かぶっててもいいの?
毎日違うところをほめたほうがいいのかな 同じ事柄でも違う事柄でもいいんだよ。
自分を誉めて、自信をつけるのが大事だと思う >513
どっちでもいいけど観点が違うな。できれば量を増やした方がいい。毎日10ページとか
ね。で最後に適当に褒めておけばOK。
誉めても誉めなくてもいい。思いつくことを気楽に書いていけばいい。悲観的になら
ずにね。
誉めることよりも量を書くことの方が重要だよ。効果が出ないのは量が足りないから
だからね。
音楽や体操の練習と同じことだ。ある程度の量を練習しないと効果が実感できない。
毎日10ページづつ3か月続けたら、見違えるほど変わる。
誉めることよりも力を出して汗をかくことの方が簡単に自信がつく。血流が良くなって
元気になるからね。毎朝ジョギングをする方が手っ取り早く自信につながる。体を
動かすということは、妄想とか、考えとか、こじつけとか、理想とか、そういう口先
や小細工とは違って確実に上気するし体が変わっていくし汗が出るし食欲がでる。
血流が良くなって頭の回転が良くなって実際に確実に変わる。
2,3行誉め言葉を書いてそれが魔法の言葉になると思うのは安直すぎるね。変わるために
は変わるだけのことをすればいいだけだよ。魔法なんか待つ必要はない。 アドラー心理学を学習したいのなら、アドラーのいいとこだけパクって自分の
心理学を打ちたてるのがいい勉強になる。ヘーゲルをパクったり貶したりして
書き上げたのが資本論で、今度はそいつを貶したりパクったりして書いたのが
なんだったけ? そういうように人類の歴史はパクリと共にある。最も高貴な
部分ですら本質はパクリで成り立っている。聖書なんて丸ごとパクリだろ。
パクリのパクリのパクリが積み重なって聖書になる。
嘘をつくには頭がいる。記憶力が良くないと嘘をついたのがバレるし時には
反論が必要になる。聖書なんてボロが出まくりだからこじつけにこじつけて
その過程で議論が得意になった。それが産業革命をもたらしたのだ。 >>513
同じところを褒めても違うところを褒めてもいいんだよ
例えば毎日食事したら食器洗いするよね? これをほめるとなると……
・毎日自分が食事した分の食器洗いをしている。自分の面倒が見れて偉いね
こうなるよね。それで、こういうのって毎日やってるからこそ尚更に偉いだろう?(もちろん今まで食器洗いを他人任せにしてきた人が自分で食器洗いを始めたというのも充分偉い) だから毎日褒めて良いわけだよ 自己肯定感が高いと自分で自分の価値を認められるようになるから精神的にラクになるんだよ
逆に自己肯定感が低いと周りの評価=自分の価値みたいになるから常に他人の評価に怯えて生きづらくなる
例えば海外の反応系のサイトを閲覧して日本人としての自尊心を満たそうとする人がいるんだが、その時点でおかしいと思わないか? 尊厳って他者から(それも他国の人々)から与えられるもんなの? そうじゃないだろと
ほめ日記を本格的に始めたいって人は手塚千砂子のほめ日記の本を読むことを勧めるよ
ほめ日記には、ほめ日記の効果をより一層出していくため(またはほめ日記の効果が薄くならないようにするため)の約束事があるからね
例えば犯罪的なことは褒めない、他者と比較しない、自分を否定する言葉を使わない、なるべく沢山のほめ言葉を使ってほめ日記を書く、など色々ある
というか久しぶりにアマゾンで検索かけたらほめ手帳なるものまであったよ。そんなものまであったのか >>514,517
かぶっても問題ないんだ
「毎日できている」ってところをほめるのもいいね
今のところ寝起きにスマホ入力で昨日の自分をほめているんだけど、
一日の始めにやると、書いてるときだけじゃなくその日はずっと自分の良いところを見つけるモードに入る気がする
これはモーニングページのやり方を参考にした
ほめ日記の本は未読なので読んどく >518
別に否定はしないが、幻想だけの自己肯定感覚では脆いよ。
隣でドンとやられるとグラっとくる。
問題を誤魔化していると自分の欠点が見えなくなるから、改善されない。
それよりも、自分の弱さをしっかりと認識して、それを改善する戦略を練った
ほうがいい。
自己肯定というのは、根拠もなしに褒めるようなことではなくて自分の弱さや
駄目な部分をもハッキリと認めたうえで、それを受け入れるというように
自己認識をしっかりと持つということの方が重要だ。 >>519
いいね! グッジョブ!
ほめ日記の本を読んでおくと色々な勘違いが解けるから読んでおくといい
>>520
誤解がいくつかあるよー。ほめ日記の本を読んでね https://goo.gl/cjho2T
これは知らなかったよ。。
本当ショックだな。 >>524
タヒね!
お前には何一つほめるところがない https://goo.gl/tMU1RU
これはショック。。
本当だったらイヤだな。。 >>526
タヒね!
お前には何一つほめるところがない 今日もちゃんと起きた。息してる。心臓も動いてる。右足から地面に着地した。わたし偉い! ほめ日記再開3日目
「ほめ日記に書くためのネタを作ろう」現象発生
現実(リアル)と日記(書いたモノ)が入れ替わるこの感覚
ブログのために食べ歩きするような目的と手段の入れ替わり
前回は何で続かなかったんだろう? ほめ日記を翌日の朝に書く
10個誉めるどころか
昨日何をしてたか10個思い出すのも
むずいな ほめ日記を翌日の朝に書く
朝どころか一日中
昨日のことを考えるようになった
昨日は何をしたか
誉められる瞬間はあったのか
「昨日はずっと一昨日の事を思い出そうとしてましたマル」
しか日記に書けなくなりそうだ >>541
俺は今日、無理に自分を褒めようとすることが減ったことを褒めたよ
毎晩寝る前に書いてる。別に朝縛りにする必要はないよ http://homediary.net/#09
ここでDLできるほめ日記ノート(PDF)にコツが書いてあるよ >>544
ほめ日記の本を読まなくてもいいかというくらいに要点が詰め込まれてるな。教えてくれてありがとうな 『ほめ日記って何?』という本は読んだけど、同じ内容の繰り返しが多くて正直微妙だった
小冊子くらいの薄さで書けることを無理して広げた感じ でもやってみると難しい
「今日も仕事に行けたなんて偉い俺!」
って感じでどうでもいい事を誉めると自尊心が高まるってのが理屈だが
「誰でも仕事してるわ!馬鹿にするな!」って気持ちが消せない
「馬鹿にされ日記」になってしまう
で無理をする事になる
日記に書いて誉めるために
自分が納得できる賞賛に値する行為をするようになる
しかし無理は続かない
俺は今2回目挑戦中なんだが1回目に挫折した理由が解った
さすがだ俺様 できたことばかり褒めていると日記が行きづまりやすいと本に書いてあったな
だからこそ、いろいろな角度から自分を褒められるようにしようと
「Doの自信」じゃなく「Beの自信」を持とうってことだろうね 卑屈さが軽減できた
他者を妬んだり僻んだりケチをつけたりせず、ほめられるようになった
それだけでも人間として大きな成長だよ 俺は嫉妬して卑屈になっている自分を受け入れられるようになった。 最近ほめ日記をやめて、ホモ日記をつけるようになった
みんなにも勧めたい 自分を許せるようになってきたぞ。そしたら他者にも昔と比べて寛容になったと思う。俺もそうだから責めらんねえなって
あとほめ日記やってて思ったのは「ほめる言い方をする」って大事だなと
ほめる内容+ほめ言葉(→今日は部屋の掃除をした。えらい!)よりも、ほめる内容+ほめる言い方+ほめ言葉(→今日は部屋の掃除をした。自分で部屋の掃除をするなんて綺麗好きでステキだね)という方が温かい感じがするっていうか
どうしてそれをほめるのか、どんな良い点があってほめているのかというところを考えて書く必要も出てくるから頭は使うけど何よりも書いた自分が受け入れやすい だから難しいんだよ
「二足歩行して偉いね!」とか他人に言ったら殴り合いになるだろ
他人はもちろん自分に対しても「誉め」を受け容れさせるのが難しい
お世辞やオベッカと真の賞賛の違い
それを意識せねばならない >あとほめ日記やってて思ったのは「ほめる言い方をする」って大事だなと
おおっ、いい気付きだな。
それにも増して、「褒める内容+誉める言い方+誉め言葉」という構造を発見して
分析を加えているところに独創性の芽生えのようなものを感じる。これがいいな。
ただもう少し表現方法を洗練させることができそうだ。例があるのでわかるけれども
この言葉をパッと見ただけでは気付きの本質的な部分が解らない。
>卑屈さが軽減できた
>他者を妬んだり僻んだりケチをつけたりせず、ほめられるようになった
>それだけでも人間として大きな成長だよ
例えばこういう気付きももう少し分析を入れると伝わりやすい。どういう機序で
「卑屈さが軽減できた」というような心理的な変化が起こったのか?
そこのところの本当に聴きたい体験の中心部分が抜け落ちているのが分かりにくい。 >>555
それめっちゃわかる
というより、最近になってようやく腹に落ちた
自分をゆるす=他人をゆるす、なんだよな
前は自分の小さな失敗でも許せなかったり、
過去の恥ずかしい記憶を突然思い出してうわー!ってなったりしてたけど、
「そういうこともあるよな」ってスルーできるようになった
これは他人に対しても同じ
口に出さないまでも「こいつゆるせねー」って思ったらずっと嫌いだったのが、
「そうしたくなるときもあるよな」とか、「おたがい価値観がちがうからしょうがない」って思えるようになった なるほどなるほど、自分を誉めることを探す練習をしているうちに
他人の長所を発見する力もついて来たってことだな。 例えばの話ですよ
二足歩行できる事をほめる例を使うと
二足歩行できたえらい!←認識を改める練習に入る
そんなのできて当たり前だ、ほめるのバカじゃね?←卑屈
転んでる奴は当たり前ができないバカだと感じる←他者を責める
ある日自分が二足歩行中に転んだ←当たり前ができない自分が許せない
この辺りが改善されてゆくんじゃなかろうか
他者が転んだ←二足歩行できるのは当たり前じゃない、ならばできない時もある、許すかなどと発想できるようになる
他者を責めないと自分も許し易い
それから、他人の粗を否定するのは簡単だが、粗以外に感謝するのを忘れないように
それだけで世界観は変わっていくよ そこまで分かってるんなら、別に誉める練習なんて卒業して世界観を変えたら
いいだけだろ。違う? >>561
自分のことが嫌いな人は自分の粗を探す名人でもあるんだよね
で、その粗探しテクニックは家族や他人にも向けられる
だから自分の粗探しをしなくなると、他人の粗探しもしなくなる そうですね
一つのパターンとして、毒親に非難ばっかり叩きこまれた子は、親から離れても脳内の毒親が非難してくる
もう自分の悪いところを探すプロになっている
その間違った洗脳を打ち消す訓練になりますね
結局は自分が幸せに生きられるようにするトレーニングなんだと思います
やりたくなければやらずとも良い、個人の自由
やらない人がやっている人にそれは無駄だから云々とごねるのもおかしな話 ホモ日記、ワイ女ですけどどのように書けばいいですか >>561
俺も似たような発想で
「二足歩行を誉める」という課題をクリアした
ただし「昨日の自分を今日誉める」という基本通りの前提が必要
「二足歩行が出来るお前はなんて素晴らしい」
「何故今朝二足歩行が出来るのか?」
「その理由は『昨日の自分』が全力で注意深く2本の足を守ってくれたからだ!」
「そんなにも守られ愛された今日の自分には価値がある!」
こんな感じ ほめる言い方するように気をつけてから随分とほめ日記がやりやすくなってきている気がする
自己肯定感が低かったりして自分で自分を褒められないうちは機械的に形式的な書き方しかやらなかったものの、自己肯定感が上がってくることで自分らしく褒められるようになったと思う。書いていて気分が良くなってくる >>578>>579
自分の書いているほめ日記の一部を書き込みます
××××のところには自分の名前が入っています。山田太郎ならタロウって書いている感じ
・トイレをキレイに使うことができている(便器にウ○コついてたらトイレットペーパーで拭き取ったり)のだから××××はえらいね。キレイ好き。
・いずれ庭の草刈りをやろうと思うのは良い心がけだ。立派だ。
・暗い顔しようとしないよね。それって輝いてるよ! ナイス! 人間的に強い!
・ゲームを長時間やりすぎないようにしたのは素晴らしい判断だった。スバラシイ!!
Evaluation: Good! さぁ、今から3月27日(月)から3月31日(金)までのほめ日記書こう。
きちんと書く私って、几帳面で素晴らしいね >>580d
シンプルで実にわかりやすい!
押し付けがましくなく淡々としてるのが良いね
特にEvaluation欄は感心した( `・ω・) さて、自分も真似しようと思ったときに抵抗が発生した
「そんな事してる場合じゃない(当面の問題を解決しなくては)」ってやつ…
そんな小さなとこでまったりやっててはこの緊急事態に追いつかない、という思考。
関係ないスポーツの練習は小さな積み重ねを抵抗なくできるのだが、なぜこっちはブレーキがかかるのか…
望む現実を引き寄せるためのツールとしてほめ日記(自己肯定感を養う)を捉えているので、その下心ががエゴにバレてるんじゃないかと自己分析した( `・ω・)
イメージとしては押し寄せる津波を背中で食い止めながらノートに向かってる感じ
一方、スポーツの練習は全然関係ないし直ぐに手応えあるからからむしろ開放感一杯でコツコツできる
これ単純に発想の転換かな?
それともサバイバルに精一杯だから自己実現に精出す状況じゃないのかな? Evaluation:Good!って2chの仕様なんだなw >583
ブレーキがかかるのは、そんなことではなくて誉め日記という装置が幼稚すぎるからだ
と思う。これは大の大人がやるようなことではない。
でも如何せん日本の教育は書くということに対しては非常にレベルが低い。フランス
などと比べると、高校生の作文が小学生レベルに見える。では日本の教育の何処が
レベルが高くなっているのかよくわからないが、経済的にはフランスなどモノの数
ではないから、教育レベルはそれなりに高いのだと思う。 自分を誉めるのは難しい。それに比べて人の欠点や長所はよく気が付く。
「他人のふり見て我がふり治せ」ということもある。他人については観察力が
よく働くので、まずは他人をよく観察して褒めることから始めた方が良いかも
しれない。そうすると他人の良い点が見えるようになるから、必然的に自分の
良い点も見えるようになる。 >592
病的な書き込みはしない方がいい。ドモリをからかってドモリの真似をしていたら
本当にドモリになった人がいる。病的な書き込みは相手にダメージを与える以上に
自分の脳にダメージを与える。 自分の良いところを見つけられなくて苦しい人は『悪いことをやらなかった』ことを褒めるようにしたらいい
タバコを吸いすぎなかったらそれを褒める(吸いすぎは健康に悪いから)とかね。あとは女の尻を触りたいけど我慢したとか(犯罪的なことをしなかった)も。ぶん殴りたい相手に対して堪えてみせたのなら大人の対応ができたねって褒めることもできる
それと自分の良いところを見つけるには『自分には良いところが絶対にある』って前提で自己観察しなくちゃなかなか見つけられないよ
なにかを批判する時には『これには必ず粗がある』って意識で見るのと一緒だよ。そういう目で見ればそういうものが見えてくる 病的だってw
同性愛者を徹底的に差別するようなレイシストなんだろうな… 未病というのがある。この時点で気が付けば自力で回復できる。病気になると
自力で回復するのは難しい。病的というのは未病状態に気が付いた方がいいよという
アドバイスだ。
明らかに異常な過敏さ、柔軟性の乏しさ、しつこさ、臆病さどが見られる場合には
心因性障害を誘発する可能性がたかい。
精神には賞賛や同意、誉め言葉などの栄養が必要だ。これとは逆にしつこい嫌がらせ
の書き込みは相手からも自分からも精神を疲弊させる。書き込みは一瞬だし聞くほう
は無視できる。しかし発している本人は習慣的にこのような思考になっている。頭の
中でぐるぐるといつまでも有害な思考が渦巻いている。これは精神にとっては非常
に悪い環境だ。
建設的な意見を出せば賞賛されたり同意されたりする。それと同時に脳が良い方向
に訓練されるので、益々よい意見が出せるようになる。
これが精神にとって好循環を産むことになる。 褒める好意は心理学的には両刃の行為だと言われている。褒める側と誉められる側が
審査する側と審査される側に分けられるからだ。一方、自分を褒める事の意味はいかなる意味を持つのか
自分を褒める意味を掘り下げていくと自分に対するルールのようなものが生まれて来ないだろうか
他人に関係なく、自分だけが守っている自分に関するルール >>597
流行りのアドラー心理学ではそう言われているけれど、それはあくまで他者がいる対人関係での話
「気に入られたい」とか「おだててコントロールしたい」といった“下心”は、自分褒めでは入りようがない
どちらかといえば認知のゆがみをニュートラルに戻す認知行動療法に近い リアルで嫌なことがあったらほめ日記が捗る
着地に失敗した猫が必死で顔を洗って誤魔化すような行動だ我ながら >>599
別に嫌なことあったら普通の日記に吐き出してもいいんやで。ただし、普通の日記を書くノートはほめ日記のノートとは別のやつにしないといけないけど 怒濤の601ゲット!
>>600
600ゲットおめでとうございます 自分をほめようと思えた事に、あなたの向上心が現れているね このスレが600レス以上もついている事が嬉しい
ネットにこんな素敵な考え方をする人がいるのが心の支えになる
どうしてみんなここに書き込もうと思ったんだろう? >>600
嫌なことがあった時
「嫌なことがあった」とは考えないし書かない
「経験値が増えた!」と書く
そして誉める
「神が我に経験値を与えてくれた!」
「理想の自分に近づいた!」
「次はもっと上手くやれる!」等々 >>603
俺の場合はホモ日記を始めようと思ったので、参考にしようとここに来た 今日本屋で新しいほめ日記の本を見かけて軽く立ち読みしてきた
ほめ100本ノックというのが面白そうに感じたよ。集中して一度に100個自分ほめを書き出すってやつな
>>603
ほめ日記を始めて間もない頃、自分ほめのネタを見つけられずにいたオレは結果を問わず過去に頑張っていたことを褒めるようにしていた
そうしたらあまりほめるネタに困らなくなった
と、個人的にはこういうほめ日記に関する体験も気軽に書けるからだろうか
>>604
少し視点を変えれば見えるものが違ってくるというやつか。ステキな考え方だね。ほめ日記に書けるよ! ほめ日記
スマホのおかげで一ヶ月続いてるけど
朝に書くルールだと寝る直前のことしか思い出せん(誉められん)な… >>606
確かに乞食かも知れない
しかしお金も時間も無駄にしないあなたは素晴らしい人だ
著者にとっては乞食野郎でも
あなたが選ぶ誰かにあなたが金や時間を投資したとき
あなたはその人に神と呼ばれるでしょう 図書館で借りたよ
字が少ないからすぐ読み終えた
最近ブックオフでも見かけた 自分をほめると、ブスは治ります。
理由は、周りからのいじめで、ブスと言われて、自分をブスだと思い、ブスになるパターンがほとんどだからです。
そこで、ほめ日記で、美人だとほめ続けると、自信が出てきて、顔の表情が良くなります。
ブスも美人も、顔の表情で決まるからです。顔の表情は、心で決まります。 同じブスでも感じのいいブスと卑屈なブスでは雲泥の差 †◇いったい!どこへ行けば。何を成し遂げれば、、。。認めてもらえるのか。勉強、仕事、才能、夢。。
自分の価値、誰かに認められたくて、焦り、追い立てられるように生きる。
すべてのそういった焦りや葛藤からすっきりさっぱりと、解放されます。
敷居無し 気難しさ無し。Q-CHAN牧師の伝道部屋生放送in ニコ生毎朝7時&毎晩8時より 9年間、日〜金曜放送中
Youtube録画沢山あり
↑とは別コミュニティーですが、海外の奇跡の様子など
→ https://www.youtube.com/watch?v=f30Nbu-1Kcg&;;index=17&list
アジア・小アジア,南米,アフリカ,中国,中東などで続々起きている、イエスキリストによる救いと奇跡のみわざ。
ろう、盲、マヒ,ガン、精神病、難病, 色々な病気からの解放、救い。 新興宗教ではありません >ほめ100本ノックというのが面白そうに感じたよ。集中して一度に100個自分ほめを書き出すってやつな
量というのは練習する場合には重要だよな。継続も重要だが、しばらくは過激に大量に
やってみると、いろいろ発見がある。
感情的で嫌味な発言は大体が1行とかだけども、背後にはその100倍くらい抱えているの
だろうと思う。吐き出す練習をすると、そういう嫌味なことは消えてしまうと思う。
一行メッセージになるのは吐き出すだけの技術がないのだろうと思う。
だから日記を大量に書くようにすると、自然と吐き出す技術が身に付く。そうすると
浄化が起こる。
そう考えると褒めるということが本質的なことかどうかよくわからない。寧ろ浄化
することを意識したほうがいいような気もする。 >なにをやっても底辺
司会者のジュニアはダンスが全く駄目なようだ。昨日はそれをネタにした番組
をやっていて笑い転げた。
恐ろしく才能のある人でも、部分的には才能の無いところがある。逆に才能が
ないと思い込んでいる人でも、ある部分では才能を持っている人もいる。
底辺という言うのは他人の評価に過ぎない。しかも一時的な状況にすぎない。
だから底辺であっても無知であっても何の問題もない。抜け出したければ、抜け出す
ようにすればいい。 >字が少ないからすぐ読み終えた
速読のコツはまず基礎を丁寧に勉強すること。加藤周一が読書術のなかで書いている。
基礎をしっていると、些末なことはサッと読める。自分の場合も誉め日記を読むなら
立ち読みで十分だと思う。読まなくてもこのスレに目をとおしただけで十分だと感じて
いるから本屋でもし目にしても手に取らないと思う。でも些末だから詰らないという
ことではない。基礎の一部だということだ。 >>612
鏡にも綺麗に映す鏡とそうじゃない鏡があるよね?
いっそのこと、姿見にモデルのポスター貼っておいたほうがいいんじゃないかと
人は見たいように見るし、思い込みで姿が変わるなら鏡でアファしても良いよね ブスという言葉はネガティブな言葉であって、そういう言葉を使う人間は劣等感が強いから
誰かを自分の下に置こうとしてるだけ
ブスを積極的な言葉に言い換えれば。庶民的な顔、人を安心させる顔等 【創価学会】池田大作 語録
「女子は身体を使って信者を獲得せよ」「脱会者は自殺するまで追いつめろ」
「財務は功徳、金が無いなら神社の賽銭箱から盗み出せ!」
「青年よ、仏敵を打ち砕け。学会迫害の悪人は厳罰でのたれ死ぬまで攻め抜け」
「ポシンタンは大好物」「脱会するなら三代先のお布施を納めろ」「嘘も百万遍言えば真実になる」
「同志を裏切った退転・叛逆の者は業病地獄や裁判地獄。仏罰の因果は無残。」
「哀れ、反逆者の正体見たり。我らはこのような反逆の輩に正義の怒りを燃やし鉄槌を下すのみである」
「広島・長崎への原子爆弾投下は仏罰」「創価学会以外は邪教、駆逐せよ」 去年少しやってた
根気がいるね
1週間位しか続かなかった
掃除してたら出てきたからこれから読み返すw
読み返したら又やってみるわ 横からだが、少し意見がある。自分が好きでやっている事を自分で誉めるのは違うのではないか
ペットの世話、絵を描く、読書、映画を見る、お笑い番組を見る、ドラマを見る、料理をする、お菓子を作る等
自分が好きな事は他人はもとより自分で誉めても違和感が 確かに、私も最初は自分の好きな事を褒めるのに、何の意味があるのかな?いいのかな?
って思いました。ただ好きでやってるだけで、誰の役にもたってないし、、みたいな。
で、私の場合は、違和感を感じた所はすっ飛ばしたり、たまに書く事が思いつかなくて、
テキトーに「◎◎が好きな私、素敵!」なんて書いたりして。
でも、だんだん、何かを愛する事ができる、というのは十分に素敵なことだと本当に思えるようになりました。
たとえば、「絵を描く」だったら自分の見た物を描いてを残しておきたい!っていう気持ちがあるからだと思うんです。
それは、自分が嬉しくなるから、そして自分が嬉しくなる事をしてあげたい、という気持ちからじゃないでしょうか。大げさに言えば自分を尊ぶ事ができている。
そうすると、絵を描く事が好きな、自分以外の人の事も、大切にするとまでいかなくても肯定的に見る事が
出来る様になる。
思った事や、感覚、感性を褒めるのには、そういう理由があるのかな?なんて思ったりもします。
ちょっと、長くなってしまって失礼しました。 >>607
ほめ日記を書くタイミングはいつでもいいんだぞ。朝書くのが辛いなら別の時間帯に書いたっていい 横からだが、褒めるより感謝するのが自分に自信を付ける気が
感謝するからそれを返そうと他人に協力的になれると >>627
大丈夫。その場合は「むかつくことがあっても大人の対応したオレえらい」とかそういう方面で褒めればいいんだ。褒められる部分を褒めていって
自分が好きでやっていることを褒めるのも「自分の好きなことをするための時間を作るオレ超有能」とか「趣味でやってることだけどこう何年も飽きずに続けられているおかげでもはや一芸の域に到達している。これは誇っていい。たいしたものだ」とか、ほめ方次第ですよ!
>>632
それならベストなのは褒めることも感謝することも両方することなんじゃないか 『自分褒めといっても自分には褒めるところがありません』は『自分は、自分の短所にばかり今まで意識を向けてきました』ということだから
短所ばかり知ってて長所知らなかったらバランス悪くない?
本当なら『オレにはこうした短所がある。でもこうした長所もある。むしろこういう短所があるからこういう長所が磨かれていった、ということもある』っていうのがバランスいい
例えば喧嘩に弱かったからこそ話し合いを重視するようになり、コミュニケーション技術が磨かれて交渉上手になった、とかね >>634
それ、ダイハードで「俺に交渉任せろ」ってしゃしゃって撃たれたオッサンやん
いややわそんな奴 いや>>634は正しいよ。自分の短所を長所に言い換える作業は大事。その瞬間に自由になるから
引きこもり:繊細な人
ゲームばっかりやってる人:集中力がある人
結局、ユーモアの精神が心を自由に >>637
心を自由にするか、、
確かに、うまく言い換えられた時、解放感がある!迷いもちょっとあるけれど。
的を得ている! 気楽にやればいいだろ
ウダウダ言ってないで楽しもう 貧乏:環境に優しい
ブサイク:庶民的容姿
友人が少ない:孤独を恐れない、他人に依存しない なぜ上級者向けのやり方である『自分の悪い所をプラスの見方をして褒める』ということをいきなりやりたがるんだ……
まずは自分の良い所とか、頑張ったこと(または過去に頑張ったこと)とか、当たり前に日々こなしている社会人としての常識ある言動とか、そういうのを自分で褒めていこうぜ
それまではダメな一面はダメな一面なんだよ
不細工は不細工だよ。無理にプラスに捉えて褒めたって悲しいだろそんなもん
不細工を補おうと化粧に力を入れたり、せめて相手に不快感を与えないようにと明るい表情を心がけたり、そういう欠点を欠点として認めた上での自助努力が真に褒める所だろ >637
誉めたり貶したりできるんが自由だからな。w
「褒めるんは素晴らしい」というような次元を超えなければ、自由には成れない。
「俺は駄目な奴だ。」という束縛を「俺は素晴らしい」という束縛に変わっただけで
自由度としては同レベル。 おれなんて、はあまりないけど、おまえのここがダメってのが多すぎて一瞬でストレス溜まって声を荒げてしまったり大変なんだけどこれはまた違う?
自己肯定感はそこまで低くない。 たぶん日本語できないからダメ出し喰らいまくりでストレスも多いのでしょう。 >>642
言いたい事はわかるが、上級者も初心者もないよ。短所は長所に変わる可能性大
Fランク大学卒なら彼らの気持ちがわかるし、貧乏だったならそういう主張が出来る
弱味がそのまま永久に残るという考え方は危険だし、現実的ではない。短所を短所と受け入れてそれを生かす方が生きやすい 手塚先生のブログでずっと前に読んだのだけど
どの項目もだけど、
書いたものを読み返したときに
自分がどう感じるか?
がポイントのようです。
たとえば
短所をプラスに書き換えたものを
読み返してみて
スッキリしたり、明るく前向きになれるならヨシ、
モヤモヤが続いたり、そこからまた嫌な事を思い出したりするようなら
潔く消した方が良いようです。 たまたまブームなってるだけで、そのうち手塚の化けの皮がはがれる。
カルト体質。カリスマ教祖なりたがり。対等な人間関係成立せず、取り巻きは皆、子分扱い。。。 書籍が売れたり、末端のインストラクターが頑張ってるからいいけどね。
実物の手塚は、もろ権威主義で独善だぜ。セミナー出てみりゃ一目瞭然。 >>648
へー知らなかった
教えてくれてありがとう >>651
セミナーに参加したことあるの?
よければそのときの様子をくわしく 急な出費などで、今月の生活費?家賃、携帯代が足りなくてお困りの方。
ヤミ金でお困りの方。
保証人、担保不要です。
是非ご相談下さい、詳しくはHPをご覧下さい。
会社にお勤めの方、自営業、フリーター、風俗・水商売など業種にかかわらずお気軽にご相談ください。
エヌ ピー オー 法人 エス ティー エー 当たり前の事をほめてる自分が恥ずかしくなって衝動的に消してしまうんだけどどうしたらいいんだろう・・・ 当たり前のことこそ褒めてる自分凄いとかで良いんじゃない
身構える必要なし >>658
合わなかったら無理して続けなくてもいいんじゃないかな
あいだを置いてまたやったらすんなりなじむこともあるし、他の方法が合ってることもある
自分もほめ日記はやめてしまったけれど、「ここまでやるとウソくささを感じてしまうんだな」って自分の感覚の範囲がわかったから、やってみたのはけしてムダじゃなかった ある心理学じゃ自分の短所をみとめなさいと言ってる。短所をポジティブに捉え直す
例えば、有名人がカツラやゲイであることをカミングアウトして自由な気分になり生き生きしたり 短所も自分のチャームポイントの一つ 短所/長所というのは自分がそうジャッジしているに過ぎない >>665
いるね
トレンディエンジェルの斎藤さんは短所を逆にアピールして大人気。ネガティブポイントを
前に出すと強い人間だと評価される >>658
褒めたくない箇所を無理して褒める必要はないぞ。褒めたい箇所や褒めても苦にならない箇所を褒めたらいいんだ 褒めること自体が目的になっちゃってないか?
ほめ日記、自分ホメはあくまでも自己肯定感を上げていくための手段だぜ。例えば感謝されたって自己肯定感上がるだろ? ほめ日記って完璧主義を捨てたい人に向いている。百点満点中百点の自分しか許せない息苦しい自分をやめたくて、それでほめ日記を使って百点満点中十点の自分でも毎日褒めていく感じだし >>673
男同士のいとなみの記録でもつけるのか... >>674
yes
(体のいとなみ無しで、心のいとなみだけでもok) >>676
歓迎も何も日記の内容をここで公開するわけではないのにw ほめ日記、今ではやらなくなったけど、お陰で自分のことを許せるようにはなっているよ
自分のことを褒めるのはこの時点ではあまり得意じゃないけれど 無理しなくていい。また書きたくなってから再スタート
あるいは「ほめ手帳」をやる手もある。これはほめ日記よりも手軽にできる >>687
詳しくはググってくれ。本にもなっているから
手塚千砂子の著作だ 先日、A4のノートにちっさい字でびーっしり日記書いてる子がいた
多分日記
ノートのノートに余白も字で埋め尽くされてたけど、下に50倍くらいデカい赤い字で「がんばれ!!」と書いてあってわろたw
ほめ日記と似たような感じの日記なんだろうな >>693
塩見三省「腹斬るなりなんなりせんかい!」 自己肯定感はともかくとして、続けてさえいれば心の安定には役に立つよほめ日記は
まあ、初見の人は「自画自賛」だとか「自己正当化」とか「自分を偽った虚構の自信がつくだけ」とか思うだろうけど、それは自分が本心から思っている美点を褒めてないから感じることなんで
自分の美点がわからなかったら親しい人に聞いたらいいんだよ。それで自己の美点に気づかせてもらえたらそれを毎日褒めりゃいいんだ 今日は肺呼吸が出来た!!!!!
明日は皮膚呼吸する!!!! 皮膚呼吸はできなかった
若干エラ張ってるからえら呼吸にチャレンジしますね うちのペットに似たポイントシール買って貼ってみた
ペットに褒めてもらってる感を演出したら書きやすくなった気がする
あとマイナス言葉をプラス言葉に変換する一覧表みたいなのを
日記の最初のページに書き込んで、褒め言葉が思いつかない時に見るようにしてる しばらくほめ日記やってなかったんだよ
それで、気づいたら不安な気持ちが出るような日が増えていったんだよな
そんで久しぶりに再開したんだよほめ日記。現在、心が安定するっていうほめ日記の効果を再実感してるよ ほめ日記を5ちゃんで知ってアマゾンで買いました。
やってみるとすごくいい。
自己肯定感あがりますね。
現在・過去・未来・家族・先祖・経済力のことまで。
ただ、この著書のプロフィールが出てこないのはなぜですか。
経歴知りたい。 >>714
>現在・過去・未来・家族・先祖・経済力
過去、先祖に対して自己肯定感が上がるってどんなんだろう
思い出したくない過去の出来事が消えるとか、供養がきちんと行えて先祖に喜んでもらえてる実感がわくとか? おれ悟ったんだけどwww、何か相談ある?
あと、ブログよろしく!
http://blog.livedoor.jp/kosokeme/ 仕事で「ほめ日記」配本しました
主婦の友社からです きのう全力で褒められた
きっと自分がほめすぎたのでお返しだろとかすぐ思ってしまう
賛辞を受け入れるってどーやんの 僕の知り合いの知り合いができたPCさえあれば幸せ小金持ちになれるノウハウ
少しでも多くの方の役に立ちたいです
グーグルで検索するといいかも『ネットで稼ぐ方法 モニアレフヌノ』
PJZOJ せっかくだからちょっと立派なノートを買ってきた
てかみんなどんな口調で書いてるん?
本にあるような書き方はまだ恥ずかしいんだ ほめ日記はやり過ぎというかノリが気持ち悪くて合わなかったから、寝る前、スマホのEvernoteに箇条書きで3〜5個くらい今日のよかったことを書いてる
『マネーという名の犬』というお金がテーマの自己啓発本や、メンタリストDaigoの本に書いてあったのをさらにハードルを下げて、「1日3個(増えてもいい)」「眠かったらサボっていい」ということにした
ハードルを大きく下げたのは、そのほうが結果的に長続きするから
気合いを入れて3日や1週間で終わるよりは、気合いを入れずに数ヶ月でも1年でも続けたほうが実になる >>723
箇条書き
○つけてGJ!とか
モーニングページの書きなぐり例w読んでから何でもいいと思えるようになった
カフェで大学ノートに小さな文字でびーっしり熱心に何か書いてる女がいて、下の余白に赤いイラストのような太文字で頑張る!とかその類の言葉を描いてたから多分ほめ日記のようなものだとおもった
自分のテンション上がるやり方でいいんじゃね >>723
夜、隣の部屋に人がいるときにはアーケードコントローラーは使わないようにしているところがマナー良いよね。良い隣人だ
こんな感じ >>725
>>カフェで大学ノートに小さな文字でびーっしり熱心に何か書いてる女がいて、
他人のノート覗き見して、さらにその内容を5chに晒すようなヤツに
「女」呼ばわりされたその女性が気の毒
外でノート書く人は周囲にも気をつけて! 知らないw
BBAの粘着しょーもな
人生に不満だからってこんなとこで他人に八つ当たりはやめよう >>726
ほめ日記は自分のことじゃなかったっけ? >>728
他人が気になって人のノートをのぞくヤツは恥ずかしも感じないのな
こうはなりたくない >>726は隣のゲーム音に悩まされている仮定での書き方の一例だよね
参考にしたいと思ったんだけど、自分ではなくえ隣の人のことだから、ほめ日記にはなっていないということか >>732
違う違う。こっちがアーケードコントローラー使っている。で、隣の人の迷惑にならないように気をつけている >>734
顔が見えないんだから、ちゃんとカミングアウトしろよ >>730
そういう悪意ある憶測で印象操作してるのは、あなたが人生に不満だからでしょ
他人を悪人に仕立てる人が悪人っていう名言もあるじゃない >>736
人生に不満って、たずねてもいないのに自己紹介すんな
誰がお前の情報なんて聞きたがるんだよ
人の物をこっそり盗み見して喜ぶなんて人生が安定していたら考え付かんわ >>739
これだよ
カフェで見知らぬ女性がノートに書いているのをこっそり盗み見
ノートの中身や構図、文字の色までしっかり観察してこのスレでうれしそうに報告
725:??名無しを整える。[sage]??
2018/06/06(水) 09:53:44.77 ID:bM7bd+2E.net??[1/1]?AAS>>723??
箇条書き??
○つけてGJ!とか??
モーニングページの書きなぐり例w読んでから何でもいいと思えるようになった??
カフェで大学ノートに小さな文字でびーっしり熱心に何か書いてる女がいて、下の余白に赤いイラストのような太文字で頑張る!とかその類の言葉を描いてたから多分ほめ日記のようなものだとおもった??
自分のテンション上がるやり方でいいんじゃね 今まで「自分のことをホメててえらい」って書いてきたけど、違和感しかなかった
んで今日、「自分の良いところを見つけようとしててえらい」って書いたらしっくりきたよ >>742
嫌う理由があれば自己肯定感とは関係ないんじゃないの? 自己肯定感高い奴だって嫌いな人くらいはいるんじゃない? 褒めすぎるくらいでちょうどいい
今日を振り返って自分の良かった点を書き出して褒めすぎるくらい褒めたらいい
今日良かった点がなければ昨日でも一昨日でも何年前でもいいから過去の自分の良かった点を見つけ出して褒めすぎればいいよ
ストレスを感じない範囲で >>742
様々
敏感でうけつけなかったり、こうあるべきが強かったり、傷つきやすかったり… >>740
ほめ日記に興味があってたまたま目に入っただけでしょ
盗み見なんて悪意ある書き方する人は自分がそうだからだよ
席につくとき勉強してるなーと隣に目を留めるのと一緒で普通だと思う >>748
人のモノと自分のモノの見極めつかないヤツって何処にでもいるからな
境界線が曖昧
自分の欲望が第一で相手が不快に感じてるなんて考えることができない >>750
境界線が曖昧の人は怖い
判断基準がおかしいから何を言っても通じない
逮捕後のストーカーは>>748のような言い訳をするんだと思う ノゾキですからね
自分の見たいものは何でもやる人は怖い >>750,751,753,755
↑自演嵐
他人のレスに執拗に粘着する人は怖い >>756>>757>>758
短い間隔の自演やめろよwww
境界線の症状が図星だから暴れたくなるのも無理はない
他人のものを覗くな >>759
自演というのはだな・・・やめた
ここはほめ日記を書いて前向きに生きる人のスレなんだから荒らすのやめなよ 結構前にほめ日記挫折してしまったんだけど
最近、簡易版バレットジャーナルで終わったタスクとかを消すときに一言ほめ日記的なコメントを書くようにしたらなかなかいい感じだった
1日が終わってから思い出してほめ日記書くと「仕事を無事終わらせてえらい!」ってざっくりしたのが毎日つづいちゃう人におすすめ バレット…何だって?それノートなの?
紙とペンじゃないとやだ このスレの人たちは文房具板のスレも覗いてみたらいかがだろうか?
カフェでノート広げてる人はぶっちゃけ自己演出で、そーいう自分を見て貰いたい気持ちがあるんだよ 手法とかそんな議論はいいから実際にどんなこと書けばいいのかここをノートにしてくれよ。
面倒でやってなかった換気扇の掃除した!えらい!とか? 褒め日記付けて半年くらいたつけどちっとも自己肯定感上がらんぞ
どうなってんだ 自己肯定感って難しいよな。
会社回すことができてる。
家庭も円満に保たれてる。
育児に支障がない。
なのに俺はダメだダメなやつだってどういうことなんだろう?
この不況でいびつな時代にこれだけやってりゃ万々歳じゃない?
誰か助けてほしい。 >>770
誰がダメダメ言ってんのよ
「あたしはダメなの!」「ちゃんとやってて凄いじゃない、ちっともダメじゃないわよ!」みたいな会話したいなら生活板か人生相談行け ほめ日記をここで知って、始めてから12日程が経ちました。
本も読みました。
とっても心が楽になってきて、自分軸で穏やかに生きられるようになってきて、毎日楽しいです。
ありがとうございます! >>768
そんな感じ。それでいい。
もし自分をほめることに違和感があるなら自分の頑張りを認めてあげる感じで書くと良い。
「汚れた換気扇を綺麗にした。がんばったね」とか「長いことやってこなかった換気扇掃除をやると決意した。そして実行に移してやり遂げた。がんばったね。えらい」とか。ほめようと意識するよりも頑張りに目を向けてあげると書きやすい。 掃除のやることリスト箇条書きにして、終わったらチェックとGJ!だけ記入してる
淡々とあっという間にできるようになった たまたまこのスレを見つけて、
ためしにあれができた、これができたとPCのノートに打ってみたけど
なんか気持ちが前向きになれました
自己肯定感を増やす、みたいな心理なのかな? 褒めつぶやきも良いぞ。
行動前に、できたことを褒めちゃう。 万一、挑んだことが出来なくでも、
「挑んだ俺、最高かよ!」 >>782
いい!
その時「よしよし良くやった!」という感じでポンポンと肩を叩くのもいいよ >>762
確かに
既にリストが箇条書きになっていれば、褒め言葉書き添えるだけだから採点みたいでとっつき易いよな
やってみよう ,.--──-- 、
/ \
./ ノ´ / `ヽ\
l \ u / u l
l ゝ ./⌒ヽ_丿 l
\ /
r―nll\ \
\\\. l \
. \ l l
. \ _ __ l ._ l
/, /_ ヽ/、 ヽ_l
\ // /< __) l -,l__) >
\. ll | < __)_ゝJ_)_>
\. ll.| < ___)_(_)_ >
\_l l <____ノ_(_)_ ) >>769
わかる。そもそも自己肯定感が上がる感覚がわからない。心は安定するようになったけど。 まだ初心者なんですが、どのくらい続けたら効果ありましたか? >>794
俺は二週間くらいかな。本に書いてる通りにやってそのくらいだった。早い人は三日目で効果出るらしいけどさすがにそれはなかった。 >>793
自己肯定感が上がる感覚はスピードに現れると思われ 自己肯定がよくわからない場合は自己尊重で考えてみて。自己尊重感、自尊感だ。 責めないというのも自愛になるんだってね
だから言葉少なでも褒めるのはより効くんだと思う 先日。とうとう「自分で歩行できていてえらい」と書いた。
当たり前のこともほめるんだよとほめ日記の本に書かれてあったからそうした。
自分で自分をバカにしているような気分だった。
……だったのだけど。書き終えて読み上げていたら気づいたことがあった。
「あれ? 自分で歩けているってことは少なくともこの点に関しては他人の迷惑になっていないのでは……?」
世の中には他人の世話にならねば移動できない身体状態の人もいる。
それに比べれば自分は他人にかける負担がひとつ少ない人間ということになる。
他人に迷惑をかけずに自分で歩いて目的地までいけるということ。これはほめていい。
当たり前のことをほめるにも意外と納得のいく理由がついていたりするものみたい。気づけたのは自己肯定感が上がったからかもしれない。 わりと自分大好き人間なんですが、これやっても大丈夫かしら 「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」という本を読んだ。アドラー心理学を会話形式で説明した有名な本だ。
承認欲求で生きるのは止しなさいとそこには書かれていた。
他人に褒めてもらう(評価される)ことを行動の軸に据えるのは止しなさいと。
自分の価値は自分で決めなさいと。自分のことは自分で認めなさいと書かれていった。
これって他人に褒めてもらうために頑張ることは止めて、自分で自分を褒めるようにしなさいって言ってるんだよ。
ほめ日記とアドラーの話がここにきて繋がってくるとは。道理で効果あるはずだよほめ日記。 >>1-807
武田良一の首をとれ。
若しくは利根町立文間小学校へ行き、ガキどもと先公どもをヤレ。
手段は問わん。
いいか、貴様らの命運はわしが握っている。
生かす理由が欲しいなら黙ってわしの命に従え。
下記が武田良一の所在地だ。
栄町(印旛郡)安食3522
次は利根町立文間小学校の住所だ。
〒300-1601 茨城県北相馬郡利根町大字大房229 自己肯定感の上がる環境にいるかい?
自己肯定感の下がる環境からは逃げ出していい。
自己肯定感の上がるようなことを言ってあげられる人間は好かれる。
自分で自分に自己肯定感の上がることを言ってあげられる人間の心は安定している。 やっぱり自己正当化と褒めるの区別が出来てない
俺は正しい!!!となってしまう
褒めたら危険 最近人員削減で近々リストラされそうで自己肯定感ダダ下がりだったので戻ってきたよ
日々の出来たことをちゃんと拾ってくっていいことだねすっかり忘れてた >>814
813だけど私に言ってる?
転職が上手く行けば給料上がると思う
今の仕事やってるうちに「こんな仕事しか出来ないし転職なんてとてもとても…」
と思っていたけど出来ること拾って他にも勉強したりして転職活動を前向きにやっていきたいと思ってるよ マスゴミに洗脳されんのよくねーよ 自分で考え勘を働かせろ 褒めるってことが本当に健全になることかあ? バカを見るだけだ 愚かだ 素直な奴が簡単に騙される ISFJとかねああいうならず者がさあーw 自分を貶したところで、自分は育たない。
このことに最近気づいた。 書くのめんどくさいから寝るときに今日の自分を褒めてそのまま寝てる。
ついでに「当たり前にある○○○がもし失われたら?」と想像して、当たり前の○○○があって良かったと感謝したりもしている。無理のない感謝は心の安定に良いらしい。 ほめ日記をやめてから1年ほど経った。そうしたら自分はダメだという思考ばかり浮かぶようになって、再び心が不安定になった。
ほめ日記を続けていた頃は、心は安定していた。やめてからもしばらくは大丈夫だった。なのにいつの間にか......。自己批判癖はなかなか治らないようだった。
なので今朝、ほめ日記を書いた。精神的に余裕がないので自分褒めを一気に100個書いた。
自分の良いところ、頑張ったところ、当たり前とされているけど実は努力で成り立っていること、自制してやらなかった悪いこと等を合計100個挙げることができた。いつの間にか100個も書けるようになっていたのは驚いた。最後まで紙にペンで手書きして、最初から全部音読した。
その結果どうなったかというと、心が穏やかになっている。
少々不安がわくこともあるけど気づくとまた落ち着けている。もちろん、自分を否定したくなった時ほど自分を褒めるようにもしていたからそのおかげもあるかもしれないけど。 >>829
えらいね。
もう一度書こうと思い立ったこと、書いた事実、音読して自分に聞かせてあげたこと、
自分を立て直そうと思い、行動したこと。
がんばったね。結果を感じられて良かったね。 私も再開することにした
感謝ノートを毎日書いてたらほめノートも書きたくなってきた