ブレーンワールド(その106)
この日は満月に近かったが、東側だけに厚い雲がかかっていた。
さらに登ったばかりで低い位置にあるはずの月には高いビルが立ちふさがっていたので、月光は漏れなかった。
しばらくして目が暗闇に順応してくると、光害がなくなった六本木の街はいつもとは違った光景を見せてくれた。
六本木の高層ビルが大きな影となり、黒い巨人が迫っているように感じた。
その大きな黒い影の背景には満天の星空が広がる様子がよく見えた。真西から少し南にずれた方向にはビルが歯抜けの状態となっていた。
ねるを待つ間に、ビル群のその方向の一角が更地の状態となっていたのを思い出した。
さらに、おそらくその更地の後ろ側には公園かなにかになっているのだろうか、
その方向は奇跡的に低い高度でも星空が見通せ、スピカを目印におとめ座が現れている。
「私、誕生日の前夜の9月3日に、自分の生まれ星座のおとめ座を見るのが夢だったんですけど、生まれ星座を誕生日近くに見ることは難しいですよね。
まさか東京の繁華街の真ん中でその願いがかなうとは信じられないです」
タクシーの中では、重苦しかったねるの緊張が一瞬ほどけ、笑顔を見せた。(続く)