産経抄 11月26日

最近の若い夫婦は外食か、調理済みの食品を買ってくることが多い。家で調理する機会が減って、包丁が姿を消しつつある。日本の食文化にとって大いなる危機ではないか。

▼新聞記者の山岡士郎がこんな内容の記事を東西新聞の文化欄に掲載すると、大変な反響が返ってきた。漫画「美味しんぼ」(雁屋哲原作、花咲アキラ作画)に「包丁のない家庭」と題した作品があった。確かにカット野菜などを上手に使えば、まな板ともども必要ないかもしれない。

▼残念ながら、包丁の2文字を場違いな記事でよく見かけるようになった。愛知県弥富市の市立中学校で24日朝、3年の伊藤柚輝さん(14)が包丁で腹付近を刺されて死亡した。県警は同学年の男子生徒を逮捕した。伊藤さんは、スポーツが得意で面倒見の良い少年だったという。2人の間にどんなトラブルがあったのか。

▼北海道根室市では19日、中学生の少年がショッピングセンターの女性店員に包丁で切り付け大けがを負わせている。今年8月に東京都世田谷区を走行中の小田急線車内で36歳の男が振り回していたのは、包丁の中でも刃先が鋭い牛刀だった。いずれの事件でも凶器となった包丁は、インターネットや100円ショップで簡単に入手できていた。

▼包丁は正しくは「庖丁」と書き、中国の古典『荘子』に出てくる。戦国時代の魏の恵王に仕え、主君のために見事な技で牛を解体した伝説の名料理人である。それを語源とする包丁は、昔も今も料理人にとって命そのものである。

▼人の命を奪うために使われる事件が報じられる度に、胸が締め付けられる思いであろう。朝の台所でまな板をトントン鳴らし、家族のために腕をふるってきた母親(父親)も同様である。