【日本史】アンゴルモア 元寇合戦記 たかぎ七彦 part8
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今更だけど、なんで無料で読めるの?
ありがたいけど作者のモチベーションの原稿料が少なくなるのでは? 売れない雑誌の印刷費かけるくらいならたくさんの人に見てもらって単行本で回収した方がいいのさ
という訳で気になるんなら単行本買え 鹿乃がレイプ退場したので
新たなレイプ要員補充したのか ハハハ いやいや
ハハハ なんのなんの
大丈夫に見えん >>770
もう1つの武士のルーツが南九州の隼人だったら面白いんだけどね。
そういう話は無いのかな? 東国武士と言っても関東が拠点でしょ
平将門担ぎ上げた勢力の末裔
西国でも藤原純友とかいたよね
要はあっちこっちで大和朝廷に従わない勢力が居たわけで
そういうのが中央からの天下りを受け入れる事を条件に認められたのが武士 武士のルーツは一昔前は、開拓民が武装したものといわれていたけど
現代では治安が悪化した東国を平定する名目で左遷された朝廷の下級武官と地元の有力者がくっついたものというのが有力 >>793
30年間信じてきたのならもう後戻りできまいよ >>792
関係ないかもしれないが
ヤクザが儀式のときに八幡なんたらとか天照なんたらと習字したのを飾るのもそうした感じなのか? 武士の起源は諸説あるよね。
朝廷が乗馬や騎射に長けた蝦夷を雇って、富豪百姓層から税の取り立てをやらせた、、、
という説が一番説得力があると俺は思うね。
騎射なんて農耕民がやることじゃないし。
一つ確実なのは武士という人々が乗馬や騎射に長けていたという事だ。 南部馬は明治政府の国策で絶滅させられたけど、
あまりにももったいない話だよね。 >>788
関東武者は騎馬が得意
西国武者は、騎馬が苦手で船戦が得意、は源平の頃から後世までの長い常識だわな
荷物運搬も西国では牛、東国では馬が多いし
この時代、さらに承久の乱で敗者支持して苦しい立場の西国の武士団は海に活路求めた >>755
そういえば元寇より前に日本に(征服目的ではなかったが)攻め込んで
略奪や誘拐してったのも女真族だっけ?
千年頃だったかな
誘拐は農作業目的だったんかな 大和民族は農耕民族っちゃそうなんだけど、
古墳時代の装束を見る限り北方民族の胡服との類似性が強かったり、
甲冑も騎馬民族好みの挂甲が板鎧の短甲を押し退けて一般化して大鎧に発展したりで
繋がってたりするからなぁ
文化は突然発生するよりも影響し合うもんだし
まぁ、平安時代以前はわからんことも多いのがロマンではある
>>795
天照大御神(皇室の祖神)
八幡大菩薩(皇室神+武神)
鹿島大明神・香取大明神(武神)
武家、もしくは現代でも武術武道において信仰されており、
家や道場に掛け軸を掛けられていることがある
特に源氏と平氏は皇室出身なので
ヤはまず形から入るから知らん
面子にこだわるのは中世の武士や騎士も似たようなもんだが、
そこに祖霊や武運長久に対する信仰があるのかどうか >>796
中央集権のトップダウンで主従関係があったという説には異論を唱えたいな
日本は武力で統一された国とは違う
その為に統治権を天皇陛下に委ねたものの、各地方の豪族はそれなりの自治権を持っていたと思われ
まあでも東北に限っては例外かも判らんね
大和朝廷成立後に武力で屈服させた地域なのだから 俺らの頃は貴族の荘園の警備員が発言力増して乗っ取っちゃったって習ったケド 別に坂東にだけいたわけじゃないし
名のある連中は貴族の血筋だし
そっちのほうがわかりやすいよな えみしに追いかけられた夢を見て武士はえみし起源と信じ始めたんだよ
半島人だろどうせ 武士の起源はともかく
騎射自体は蝦夷のうち、朝廷よりの者達から教わったというのが有力
刀剣の方は、蕨手刀から日本刀に直接進化したわけではなく
従来の直刀に蕨手刀の要素を付け加えたものらしい
そもそも直刀が、騎乗戦闘の増加にともなって剣から派生したもんだし 蜂に襲わせるやつが怖かった
俺もババァのミニ遍路に付き合ったら蜂に襲われた
ババァは30回刺されて寝込んでた
ワイは腕だけだから来年は義経流やな >>807
多分鞍馬流がベース
義経が鬼一法眼に教わったという言い伝えがあるらしい >>797
民家園とかに南部の曲り家がいくつも保存されてるけど
馬の面倒を見やすいように独自の作りになってて
そうするだけの価値があったんだろうな かつて源平の昔から東国武将の乗馬として歴史にその名を残し、
さらに鎖国を解いて開国した後、居留外国人によって日本馬の中で最良の馬といわれた南部馬の姿を私たちは今見ることができない。
日本人はこの馬の新価を知らぬまますでに昭和初期に絶滅させてしまったのである。
早坂昇治「馬たちの33章-時代を彩ったうまの文化誌」より 戦前は重要な労働力だったんだから性能を上げるために大型化交配するのは当然だもな 日本人が洋物を取り入れるようになったのはWW2の後に
アメリカが持ち込んだからだとか言ってるのがいたが、
幕末明治から既に欧米化は推進してたからな
欧米文化に更新して文明化するべきと
だがまぁ、東西問わずに身近にあるものの価値を過小評価するのはよくあること
自分から見れば昔からある古くさいものでも、相手から見れば斬新にも映る >>799
日本国内でも人買いがいたように、
さらってきた人間ってのは売れるんだよね >>799
刀伊の入寇ね
最初高麗の仕業だと思われていたが
賊を高麗が討伐、捉えられていた日本人は送還された。
彼ら曰く犯人は女真族だとのこと >>811
人と馬が一つ屋根の下で暮らしてたのはいい話だよね。
日本では一部の地域を除いて馬肉を食う文化が無かったけど、馬は大事にされていたんだろうか。 高校の参考書にも武士のルーツが狩猟民と書いてあるぞ。
鎌倉武士は、日ごろから武芸を身につけるための訓練をおしまなかった。
下図に示した犬追物・笠懸・流鏑馬は騎射三物といわれ、武芸の中心であった。
また、山野で行う巻狩も重要なものであり、武士は「狩倉」「狩場」として荘園・公領の山野を支配した。
これらの武芸は、共通して馬に乗り、弓を引くことにあり、「弓馬の道」は鎌倉武士の習いであった。
鎌倉武士は、もともと狩猟民の伝統をひきつきなものであり、その武芸の本質は殺人・殺生にもとづいていた。
宮地正人・木村茂光(シグマベスト 受験・日本史B) >>821 狩猟民とはそこらの裏山で狩りをするひとのことでしょ
この表現でえびすを持ち出すのは飛躍のし過ぎ
参考書だから教科書のように多角的な検討はされてないだろうし、まゆつばなもの
日本史にも朝鮮人が入り込んで、妄想に基づくねつ造を始めてるからソースを出さない論は嘘と思ったほうがいい どちらもやるけど、どちらの比率が高いかって話だからね
農耕民族だって狩猟はやるし、狩猟民族だって農耕はやる
アイヌだって農耕もやってたんだし
大体、騎射以前に弓矢も矛も元々狩りの道具
剣くらいだよ、古代から中世にかけて使われた武器で、
純粋に人間対人間のために作られたものなんか(携行の範疇を超えた兵器は除く) >>824 これは論点ずらしの手法で、韓国や在日が得意にする。
微妙に違う話題に誘導し相手の思考を迷わせるもの。
今どきの日本人は散々見せつけられてるので、騙されない。
これへの対処は、論点が違うことを指摘し、論議を継続しないこと >>825
いや、お隣憎しでお前さんこそ韓国面に堕ちてないか?
一歩間違えると文字通り疑心暗鬼だから程々にしとけ
歴史を学ぶのと歴史に振り回されるのは違うぞ
こないだも言ったが、文化は特定の民族からいきなり完成品が生まれるもんじゃなくて、
色々混ざりあって発展していくんだから、
これのルーツはこれこれこうだって断定するのは危険だろってことだよ
ましてや千年という時間は思う以上に長いのよ? >>825
アホサヨもやで
ハナシアイデーと言うかアイツらサヨクが一番人の話を聞かないと思う まあ実際地方の武士のルーツは貴種なんぞではなく猟師やゴロツキなんだろうけど
それと遊牧民族とは関係なさすぎる… 北条氏が平氏名乗ってたまはやっぱり箔付けのフカシ? 後北条氏は北条氏自体が仮冒だろ
執権の北条氏はなんか疑う余地もあるらしいけど >>828
猟師やゴロツキじゃ馬も土地も入手できないからさすがに無理でしょ
ゴロツキが食料目当てに武士に仕えたという話はあるけども >>802
一般の参考書などでは、武士が発生した理由を地方の豪族や有力百姓が、
自分の土地などを自衛するために武装したことから説明される場合がある。
しかし、平将門や藤原純友の出身が、天皇家の子孫や国司クラスの貴族であった事が示すように、
この説明は間違いと言わなければならない。
将門の父の平良将が蝦夷の反乱の鎮圧を任務とする鎮守府将軍であったことが典型的なように、
武士は初めから国家の軍事力として、民衆の抵抗を抑圧することを任務として登場してきたと考えるべきである。
宮地正人・木村茂光(シグマベスト 受験・日本史B) >>831
農耕民よりは可能性あると思うよ。
武士のルーツが蝦夷か隼人か貴族か猟師かゴロツキか知らんけど、
農耕民というのだけは絶対にありえない。
騎射なんて農耕民のやる事じゃないから。 モンゴルとかと違って広大な牧草地が蝦夷地にしか無い日本じゃ
計画的に農耕しないと馬を養えない >>832
最近の参考書はこんな書き方するのか
昔は事実の羅列のみだったような気がする 実際将門滅ぼしたのものちに鎮守府将軍に就く同族の平貞盛や藤原氏の俵藤太だしな
まあ叛乱討伐には信頼できる立場の武将送るのも当たり前ではあるが… >>833
>農耕民というのだけは絶対にありえない。
>騎射なんて農耕民のやる事じゃないから。
まあ、農耕民族がほかから影響を受けて、
弓騎兵文化が定着したってのはあり得るよね
西洋では見られない弓騎兵が、
モンゴルとかと接していたロシアには存在してたからね
騎士と弓騎兵が普通に並んで戦っている不思議な図
http://www.mr-hobby.com/images/item/1539/1.jpg
同じ騎士でもイギリスのとはだいぶ違うけどね
http://www.mr-hobby.com/images/item/1544/1.jpg >>821
別に武士じゃなくても都の貴族も武芸の鍛錬や狩りはある程度してなかったっけ
穢れ重視するようになってからは廃れたかもだけど >>832
アホらしい
平将門や藤原純友がなんで反乱起こしたか理解してるのかねこの人は
つか>>821といい、この教科書?トンデモ過ぎない?
こんな独りよがりの妄想を詰め込まれる学生が可愛そう 事実無根なサヨク思想を植え付けられる学生ほんと可哀想 いやいや
いい加減なサヨク思想の教科書ではなく
普通は守護が雇った地頭が武士化したんじゃね?
そんで
ちゃんと任地に行く守護もいたから守護大名みたいな武士もいる 変に偏った特殊な思想の教科書なんかより
昔のざっくりとした教科書のが把握に優れてるいい教科書だよな 日本史なんざ中学の教科書で充分だ
地理か世界史でも選考しとけと高校入学する前に言われた
確かにその通りだな
このスレでよく分かるわ 作者の思想なんか入れなくて良いんだよな
正確な事実を羅列していくだけで良い
もちろん意図的に端折ったりしないで >>848
そうそう
だからNHKのあのドラマとか大嫌いな人は多いね
理系の人は結構嫌ってるが馬鹿な大好きだから表立っては批判してないよな 馬鹿な○○の人達はあのシリーズドラマ大好きだからなぁ
よく厭きないよなぁアレ 大河は動乱の時代を扱っているが多いのに、そんな雰囲気がしないんだよな
朝の連ドラの延長って感じ 軍師官兵衛だけは好きだった
諏訪姫関連がウザかったけど 軍師官兵衛じゃねえやw
風林火山や
まあ朝ドラにすると合戦シーン無くなるから製作費かからんからね いい加減にもう厭きたわ
ほぼ毎回、毎回、戦国時代のドラマだろ
流石に飽きるよ
知識的にも目新しいこともない そらさ
晩ご飯×4回くらい食べてる痴呆のお爺ちゃんなら
毎回、同じ戦国時代ドラマでも厭きないかもだが
普通に見てると
また同じ話だなぁと嫌になるときがある
あー信長また死ぬのか…
たまに信長が生きてたらタイガも面白いがそれだとタイガちゃうしね
も〜う飽き飽きしたわ戦国時代 どの時期のロシア(ルーシ含む)かによるけど、モンゴル支配後のロシアには普通にモンゴル系貴族がいる 菊池のエピソード、短すぎねぇか?
このあと一日で地上戦は終了してしまう
竹崎が出てきて、あっという間だと思うのだが
迅三郎を絡めても盛り上がらないのが容易に判るな
なんで、こんなドキュメント風に変えたんだ あくまで主人公は迅三郎って事かね
多分来るまではやや早回し >>858
まぁ戦国時代でもいいんだよ
信長・秀吉・家康の3英傑が出てこない
地方大名や応仁の乱から北条早雲・尼子経久あたりの戦国前期なら >>862
正直それを期待してる
九州の御家人とかまったく思い入れがない このスレ読んでたらモンゴル行きたくなったぞ。
んで、本屋で地球の歩き方を立ち読みしたら、今でも競馬や弓の大会とかやるらしい。
ゲルに住んで馬に乗る遊牧民を見に、バイクで草原を旅したい。 本命の竹崎季長が大森カズフサさん状態w
昔の30と今の30は大分違うよな >>867
遊牧生活って、なんか憧れちゃうよなぁ……大変なんだろうけどさ。
モンゴルとはちょっと違うけど、乙嫁語りを読むとさらにあの辺の地域に興味持つかもしれんw >>853
何故風林火山と対極の官兵衛を間違えた……?
「お前らが史実通りにやれと言うからお望み通りにしてやったぞ」と、
マジで歴史年表の羅列にしたのが官兵衛だぞ
違うだろ、年表の行間を埋めるのが大河の役目だろと、放送当時に思ったもんだ >>869
確か10代前半で成人扱いの時代だから
結構なお年っすね
今でいう36才から40才ぐらい? 褌一丁の貧ぼっちゃまになる位なら、男衾みたいにヒャッハーするわな >>870
乙嫁はヤバイね
中央アジアに行きたくなりすぎるw >>862
いやだから
作中時間が短すぎで盛り上がらん、
と言っているのになぁ 迅三郎の目的は対馬に食料を持って帰ることだから
そこで盛り上がるんでしょ
食料を手に入れるために張民福が大活躍してくれるさ >>878
文永は撤退途中で嵐に巻き込まれるんだっけ?
その時に襲って大活躍だなきっとw 暴風雨でもろとも死ぬわw
やっぱり八幡愚童訓にあるあの展開やりそうかな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています