■「2島先行返還」は可能なのか?

筆者は18年前、2島先行返還が実現すれば、その勢いを国後、択捉返還につなげていくことが可能かもしれないと思っていた。日本の予算で歯舞・色丹の住民の生活水準が急上昇し、国後・択捉の住民の気持ちが揺らぐだろうと思ったからである。

しかしロシアの経済力は回復し、国後・択捉の住民の生活も大きく改善されている。だから、歯舞・色丹の2島返還で平和条約なり、善隣条約を結べば、ロシアは「日本との領土問題はこれで最終的に解決された」と宣伝し、国後、択捉についての交渉を拒絶してくるだろう。

それどころか、歯舞・色丹の2島でさえ、戻って来ない公算が高い。

今回、安倍総理が「1956年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約締結の交渉を加速することで合意ができた」と述べた次の日、15日にプーチンは「歯舞・色丹を『引き渡す』と言っても、56年共同宣言には何をどう渡すのか書いてない」との趣旨を公言している。

同じ言葉をプーチンはこれまでも、何回も発している。

「日ソ、日露間でこれまで議会も批准した合意は1956年の共同宣言だけ。自分は、この共同宣言に書いてない国後、択捉のことについて話し合う気は毛頭ない。それに、歯舞、色丹も『平和条約締結後に引き渡す』と書いてあるだけで、いつ、どのように、主権は日露いずれに属する形で、とは書いてない」という屁理屈で、要するに話し合いをゼロという、ロシアにとって有利な出発点から始めたいということなのである。

■北方領土問題を「解決」して参院選勝利?

安倍政権は、この問題に決着をつけて、来年度の参院選で自民党浮上の材料にしようと考えているようだ。それは、安倍政権、そして自民党自身にとって危険極まりない。

尻に火のついた日本政府は、歯舞、色丹さえ手に入れられずに平和条約を結んでしまうことになりかねない。そうなれば自民党は、「選挙のために領土を譲った政党」というレッテルを貼られて、選挙にはむしろマイナスの材料になるだろう。

安倍総理自身にとっても、家名を大きく傷つけるものとなりかねない。

戦後70年間、北方領土問題を解決できなかったことは、外務省の戦略欠如・アイデア不足のためだと言われる。

しかしソ連、ロシアが譲ろうとしないなら、返還を要求し続けるしか手はない。他には、ロシアに強烈な圧力をかける、あるいは逆に要求を取り下げて手を結ぶ、しかないのである。

70年間、返還要求を続けてきたことは、将来この問題がもし国際司法裁判所に付託された場合には、日本の立場を大いに支える材料ともなる。

日本はこの70年間、北方領土返還を訴え続けつつ、必要な場面では協力もしてきた。1970年代のシベリア開発、1990年代のロシアの民主化・市場経済化への支援、そしていくつもの自動車工場の建設等の直接投資は、ロシアにも多くのプラスを与えている。

今の情勢では、このように領土問題での日本の要求は生かしつつ、必要な場面では協力もするという関係を、東京宣言のような形で定式化しておくことで十分。深追いは、こちらの傷を深くするだけだろう。

そしてロシアとの関係では――と言うより日本の外交全般で――枠組みを大きく取って考えることを勧めたい。

これから米国が始めようとしている米中ロシアを核とする核軍縮交渉等(トランプ大統領の中距離核戦力撤廃条約脱退発言は、その布石である)、世界政治の大きな枠組みを変える話に日本も参与、その中で過度の対米依存から脱却して、自分の力と自分の意思で世界をわたっていく構えを見せるのだ。

それは、日本を過早に裸にするリスクを含むのだが、日本がそれを慎重にやり遂げて、自分の地位を向上させることができるなら、その時初めて、ロシアも日本と領土問題を真剣に話し合おうとするだろう。

そしてそれこそが、安倍総理の掲げる戦後外交の総決算となり、戦後70年間日本政府が絶やさなかった北方領土返還要求も生きてくるのである。

終わり