■みんなちゃんと勉強しているかと思ったら、誰も何も知らない

―― 作品では、ネトウヨたちの酷い差別描写がみられる一方、ストーリーの大部分を占めるのは大の大人の、そしてあまり大きいとは言えない額のカネや権力をめぐる内輪揉めばかりで「国のためになる活動なんか全然してないじゃないか…」というズッコケ感がかなり現実ともリンクしている気がしていて。かつ、これは古谷さんの実体験も多分に入っているんだろうなとも感じました。

古谷:自伝かどうかと聞かれたら、半分はイエスですね。僕がこれまでに見聞きしてきた、「この業界、本当に爺さんばっかりだな…」とか、「中にはヤバいビジネス右翼がいる」という現実は実際に存在するんです。

爺さんが年下の入門者をこき使って生活費を稼ぐ、みたいなことはどこでもやっていることなので。そういうところは複合的にミックスさせていますね。ただ、私小説的なものにはしたくなかったので、最後はちゃんとエンタメとして、溜飲が下がるようにはしています。

―― なるほど。

古谷:僕自身は歴史やアニメが今でもずっと好きで、そっちで何か仕事ができればいいと思ったんですが、そうした就職もできず。悶々としていたら、知り合いから出版社を紹介されて……そういうつながりでCS放送時代の『チャンネル桜』に出演しはじめて、というのがこの世界に入ったきっかけです。

でも、いつの間にか右の業界に入っていたら……みんなちゃんと勉強しているのかと思ったら、誰も何も知らない。知識が虫食いなんですよ。

あの戦争における日本軍の美談は知っていても、個々の作戦のことは無論、日中戦争のことは無知。戦後の動乱期の在日コリアンの騒擾には一応詳しくても、戦後史には無知。「日本は世界最古の天皇を中心とした国」とか主張していても、近世も中世も古代も知らない。水戸学も何も知らない。荘園公領制が何なのかも分からない。本当に無知なんです。

なんで知識が虫食いかというと、ソース元がネット動画とかせいぜいブログだからです。本を読んでないから知識が虫食いで体系的でない。

■ビジネス右翼は「動画の時代」の到来を早くから見抜いていた

―― それは、いつから変わってしまったんでしょうか。

古谷:これまでも『産経新聞』『正論』などを読む保守論壇の読者はずっと存在していました。書き手も何十年単位で変わらないメンツが毎回書いていて、靖国神社公式参拝賛成、夫婦別姓反対、あるいは道徳を守りましょうみたいな戦前・戦中日本回帰的な思想を論じている。だから、ハッキリ言って、ファン層が爺さん婆さんしかいないですよね。規模としても、外には広がっていきようがない。

そこでまず、1998年に小林よしのり『戦争論』が出てきた。でもあれが直接現在のネトウヨにつながるんじゃないんです。あんなに分厚くて文字の多いマンガを読むのは知的体力が要るわけじゃないですか。

小林よしのり『新ゴーマニズム宣言スペシャル 戦争論』(幻冬舎)。戦後日本においてほぼタブーとされていた、太平洋戦争における日本の肯定的な評価をマンガとしてわかりやすく訴え、若い世代に衝撃を与えると同時に、数多くの論争を巻き起こした。

―― 僕もかつてドはまりしましたし、周りの30代に聞くと、『戦争論』は結構な割合で共通体験になっていますね。今どう思っているかは別として。

古谷:その時はまだわりと、比較的頭のいい学生が読んでいたイメージがあります。ただ21世紀に入ってから状況が変わってきます。

まず2002年の日韓サッカーW杯の前後ごろから、ネットでは韓国チームの選手やサポーターなどの振る舞いに対する反感があり、その内実を報道しないテレビ・新聞への不信があり、今につながる嫌韓ムードが醸成されてきたんですが、そんな中で早期からネット動画を本格的に活用してネットの低リテラシーたちを結びつけたのが『チャンネル桜』なんです。

つづく