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日曜に想う

 昭和映画の名匠だった小津安二郎の言葉が、このところ胸に浮かぶ。

 「人間は少しぐらい品行は悪くてもいいが、品性は良くなければいけないよ」

 これは小津の生き方の芯であり、人を見る基本でもあったらしい。小津の求めた品性とは、いわば精神のたたずまいであろう。「品行は直せても品性は直せない」としばしば口にしたそうだ。

 言葉遊びのようにも聞こえるが、言われてみれば品行と品性のニュアンスは違う。二つの語を並べて小津が示した人間像を、城山三郎さんの小説のタイトルを借りて表すなら「粗にして野だが卑ではない」となるだろうか。

 新幹線開業時の国鉄総裁だった石田礼助の生涯を描いた一冊である。私欲に迷わず、権力に媚(こ)びず、在任中に勲一等を贈ると言われて「山猿だから勲章は合わない」と固辞した人物だ。

 城山さんは言い訳をしない人間を好んだと聞く。かつてお会いしたとき、流行語にもなった秀逸なタイトルに話が及んだ。「見るからに卑のにじむ人がいますが、そういう人に限って美学とか矜持(きょうじ)とかいう言葉を好んで口にしたがるようです」と苦笑していたのを思い出す。

     ◇

 城山さんも小津も天上から嘆いているに違いない。この国の権力の中枢はいま、荒(すさ)んだ「卑」の景色の中にある。

 国民は自分たちの程度に見合う政府しか持てないと、往々言われる。「この国民にしてこの政府」というきつい警句が議会制民主主義の本場英国には残る。

 その言葉に照らして、いまの永田町と霞が関に目を向ければ、私たちはこのレベルなのかとげんなりさせられる。中枢を担う政治家や官僚から、これほど横柄で不誠実な「言い逃れ」を聞かされ続けた歳月があっただろうかと思う。

 たとえば首相である。加計問題…