私は3月15日のメルマガ第205号「安倍の窮地を救う事になる立憲民主の裏切り」で書いた。物事には勢いというものがあると。窮地に陥った安倍の息の根を止めるのは今を置いてない。一気に攻めなくてはいけないと。

 その為には、すべての原因である昭恵の証人喚問実現に一点集中して、それに安倍首相が応じなければ、すべての国会審議をストップさせる覚悟で臨めと。野党もそう頑張っていたはずだ。

 ところが、立憲民主党の福山と辻元が、電話一本で自民党の二階と森山に丸め込まれ、佐川喚問で手を打って、あっさりと国会再開に応じた。これは裏切りだと私は激しく非難した。

 はたして翌週から始まった集中審議は見事に不毛に終わった。昭恵の喚問どころか、佐川の喚問すら決まらなかったのだ。おまけに来週まで持ち越しだという。今日3月20日の各紙がそう書いている。こんな間抜けた事はない。

 こんな事で、どうして昭恵の喚問が実現出来るというのか。何のための集中審議だったのか。国会再開だったのか。

 安倍の開き直りを許しただけの国会再開に終わった。安倍・菅暴政コンビと一緒になって財務省叩きをしただけの国会に終わった。

 そう思っていたら、さらに腰が抜けた。これもきょうの各紙が報じている。菅官房長官がきのう19日の政府与党協議会で、4月初旬に予定されていた安倍首相の訪米が、4月中旬に再調整になったと報告したというのだ。

 電話首脳会談でいったん合意し、しかもそれを安倍首相みずから誇らしげに発表した4月初旬の訪米が延期されて、再調整になった、などということは、前代未聞だ。よほどトランプに相手にされていないに違いない。

 しかし、私がここで言いたいのはその事ではない。安倍訪米に対して野党が一言も騒がない事だ。あの麻生財務相ですらG20を欠席せざるを得なかった。それほど森友文書改ざんは風雲急を告げる大問題となったのだ。麻生が外遊でもした時には、それこそ袋叩きにあっただろう。

 それにもかかわらず、安倍訪米は当然のごとくだ。菅官房長官が日程延期を口にしても野党はひとこともない。しかも4月中旬に延期だという。いつ辞めてもおかしくないのに、そして野党はいまこそ辞任に追い込まねばいけない時に、ひと月先の安倍4月中旬訪米を認めているのだ。

 せめてジェスチャーでもいいから何とか言ったらどうか。野党は無能なのか。それとも、本気で安倍降ろしなど考えていないのか。自分たちの生き残りや選挙のことが優先するとでもいうのか。

 安倍は本気で居直りを考えているに違いない。そのためには手段を選ばず何でもやるつもりだ。一人や二人の犠牲者などなんとも思わないだろう。それを上回る覚悟と気迫で迫らない限り野党は安倍を降ろせない。

 しかし、いまの野党からは覚悟も気迫も伝わってこない。ここまで世論の怒りが安倍夫妻の犯罪に向かっているというのに、そして、世論に押され、メディアも官僚も、安倍に反旗を翻しつつあるというのに、もし安倍・菅暴政コンビの居直りを許すなら、その責任はひとえに無能でやる気のない野党のせいだ。

 もし安倍・菅暴政コンビが生き残るなら、今度こそ野党は倍返しで反逆される。野党が潰されるのは自業自得だが、国民生活が潰されてはたまったものではない。それだけは絶対に許してはいけない

http://blogos.com/article/284878/