2018年1月25日 東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201801/CK2018012502000173.html

年金が少なくて生活が苦しい高齢の年金プア。持ち家に住んでいると、家を担保に借金して死後に持ち家を売って一括返済する「リバースモーゲージ」という制度を使って苦境を抜け出せる場合がある。自宅を手放さずに老後資金が得られる制度で少しずつ普及し始めているが、相続人の了解が必要なほか、土地評価額が下がれば融資額が減額されるなどのリスクもある。利用する上での注意点を、実例をもとに考えてみた。 (白井康彦)

 人口約十七万人の首都圏の地方都市。市の玄関口の私鉄駅から徒歩約二十五分、農地が少し残る住宅地で一人暮らしの七十七歳の女性が笑顔で説明してくれた。「愛着がある家に住み続けられるので助かりました」

 子どもはいない。女性が三十九歳のとき、自営業者だった夫が病気で急死した。その一年前に完成した古い自宅が女性を救った担保物件だ。土地は約二百三十平方メートル、建物は床面積百平方メートル余りの木造平屋建て。二十畳の広い部屋が目立つ。夫の死後、この部屋で洋裁の仕事をして生計を立てていたという。

 しかし、経営が悪化し六十二歳のときに廃業。その後は七十歳までは介護ヘルパー、それ以降はビルや公民館の清掃の仕事をした。七十五歳になると、三時間ほどの勤務でも体が痛むようになり、仕事を完全にやめざるを得なくなった。

 この時点での収入は、月額約五万円の老齢基礎年金だけ。介護保険料や固定資産税、薬代、水道光熱費などの固定的な費用を差し引くと生活費は二万円ぐらいしか残らなかった。貯金はおよそ五百万円あったが、毎月の赤字は五万円ほどで、約八年で尽きる計算だ。

 服がぼろぼろになっても買い替えられない耐乏生活。近所の人たちが心配して野菜などを分けてくれた。「貯金がなくなるまでは生活保護も受けられない。どうすればいいのだろう」と思い悩んだ。

 「リバースモーゲージが使えるかも」と教えてくれたのは知り合いの地方議員。一緒に市の社会福祉協議会(市社協)に行って相談し、県社会福祉協議会(県社協)が運営する制度に申し込むことにした。

 だが、土地の名義がまだ夫のままだったため、変更手続きのほか、唯一の法定相続人である女性の弟の承認も必要だった。手続きは司法書士に依頼し、県社協との契約まで一年ほどかかったという。

 契約は、女性の口座に三カ月おきに融資金の三十万円が十年間振り込まれる内容。それ以降は融資金は出ないが、家に住み続けることはできる。女性が死亡した後に担保物件が売却され、その売却金で一括返済される仕組みだ。

 月間の収入は約十五万円に。女性は「貯金できます」と表情を緩める。「心配なのは介護が必要となったときの施設入所の費用。だから、今はできるだけ多く歩いたりして健康維持に努めています」

◆金利や地価変動リスクも
 リバースモーゲージを扱っているのは、民間の金融機関や都道府県の社協。社協の制度は対象を低所得者に絞っている。融資を受けた人が死亡した時点で担保物件の家が売却されるので、相続人の子どもが将来的に、その家に住むことを考えている場合は利用できない。担保物件の評価額が低い場合は融資を受けられないことも多い。

 事例に挙げた女性の場合は、子どもがいなかった上、所有する土地が広く不動産価値が二千万円を超えていたので、契約が成立しやすかった。

 自宅を手放さず老後資金が得られる半面、デメリットも。返済は変動金利を適用することが多いため、金利が上昇すれば返済額が大きくなることがあるほか、担保物件の価値が下がれば融資額が減額されるリスクもある。融資の条件は、金融機関や地域によって異なる場合があるため、利用の際は注意が必要。名古屋市のファイナンシャルプランナー(FP)の小川貴行さんは「金利や地価の変動リスクを考えておく必要があるし推定相続人の了解も確実に取らなければならない。親族にも相談してじっくり検討すべきだ」と話している。