東京新聞 2017年8月19日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017081902000166.html

厳しい残暑、やまない雨…。「異常気象」の文字が全身に突き刺さる。温暖化の危機をバネにして世界は大きく変わり始めた。変われない日本を残し。
 米海洋大気局(NOAA)の報告によると、去年地球は観測史上最も暑かった。三年連続の記録更新は初めてだ。
 暑さで氷が解けだして、北極の海氷面積は、衛星による観測を始めて以来三十七年間で、最も小さくなった。地球全体の海面水位は一九九三年に比べて平均八センチ上昇し、最も高くなっている。
◆大統領が何と言おうと
 地球温暖化の要因とされる二酸化炭素(CO2)の年間平均濃度は四〇二・九ppmと、初めて四〇〇ppmの大台を超えた。
 産業革命以前の一・四倍。その増加の半分は、過去三十年間に起こったことである。
 石油や石炭などの化石燃料を燃やし続けて成し遂げた大量生産、大量消費の反作用。先進国も途上国も、この“地球灼熱(しゃくねつ)化”について「共通だが差異ある責任」を逃れられないということだ。
 インドではこの夏の熱波による死者が、二千人を超えた。イラクでは気温が五〇度を突破して、政府機関が臨時休業を余儀なくされた。異常は加速しつつある。
 トランプ米大統領がいくら「温暖化は、でっち上げだ」と叫ぼうと、二〇二〇年以降の新たな気候変動対策を約束したパリ協定から離脱しようと、NOAAは「温暖化は、人類とすべての生命が直面する最大の課題の一つだ」と、正しく警鐘を鳴らしている。
 幾何学模様の軌跡を描いて迷走する台風、居座る豪雨…。緑の地球は今や“赤変”しつつある−。身のまわりの異常から、それは十分体感できるのだ。
◆太陽と風に帆を揚げて
 世界はこの“不都合な真実”を直視して、自ら引き起こした地球の深刻な変化に適応、つまり生き延びていくために変わろうとし始めた。パリ協定は、変化の“のろし”なのである。「成長」から「持続可能性」へ−。宇宙船地球号の電源の切り替えが始まった。
 その電源が、風力や太陽光、バイオマスといった再生可能エネルギーであることは、もはや疑う余地がない。
 一昨年世界では、再生可能エネの新規発電設備容量が、化石燃料プラス原子力を超え、投資額も史上最高を記録、発電量に占める割合も23・7%と、四割に及ぶ石炭に次ぐ第二の電源に浮上した。
 需要の伸びに従って発電コストも大幅にダウンした。
 ドバイやチリでは太陽光が一キロワット時あたり三円台前半、欧州の洋上風力が六円前後で取引されている。日本で「安い」とされる原発は、約十円だ。
 国際エネルギー機関(IEA)の予測では、再エネ電力は四〇年には37%を占めるようになる。しかし、現状では四〇年に58%というパリ協定の長期目標に届かない。温暖化への危機感をてこに、再エネ電力市場への投資はさらに加速する見通しだ。
 再生可能エネへの投資は一一年の段階で、化石燃料への投資額を上回る。超有望市場なのである。
 日本では「(CO2を出さない)クリーンなエネルギー」として温暖化対策の柱に原子力を据えている。だが福島原発事故の映像を見たあとで、原発を「クリーン」と呼ぶ人は、まずいない。
 脱化石燃料、脱原発が、そしてフクシマ以来の省エネの定着が、世界の変化の原動力なのである。
 その大変化の象徴とされるガソリンエンジンから電気自動車(EV)への急激な流れ。“シフトチェンジ”をリードする米テスラ社の幹部は語っている。
 「太陽光でつくった電気を蓄電池にためてEVを走らせるのが、持続可能な未来の姿−」
 持続可能をめざす未来社会に原発が活躍する余地はない。
 日本政府は七月、原子力の長期的な利用方針を閣議決定した。
 発電コストが安く温室効果ガスの排出が少ない原子力の利用を、地球温暖化対策を踏まえて進めていく旨、明記した。
◆地球号、秒読み開始
 経済産業省は今月、国のエネルギー政策の指針となる「エネルギー基本計画」の見直しに着手した。原発の新設、建て替えを視野に、“主な電源”としての原子力の地位を維持する方向だ。
 日本の発電量に占める再生可能エネルギーの割合(水力を除く)はいまだ3・2%。福島の事故をまのあたりにし、この夏の異常気象を体感してなお、世界の大きな流れに乗れない、あるいは乗ろうとしないのは、なぜなのか。
 ためらうような日本をよそに、改良型の地球号は、船出へのカウントダウンを始めている。