共謀罪施行で「撮り鉄」が制限される日が来るかもしれない
小川裕夫:ライター
ZAKZAK:2017.7.18
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/170718/soc1707180021-n1.html
(依頼625・前文略)

 美しい港の景色をスケッチしていると、どこからともなく現れた憲兵にスパイと疑われて連行されそうになった−−女優・のんさん(元・能年玲奈)が声優を務めたことでも話題になった大ヒット映画「この世界の片隅で」の作中に描かれているワンシーンだ。

(中略)

 スケッチをしていただけのすずが連行されそうになった法的根拠は、1937(昭和12)年に改正された軍機保護法だった。
軍機保護法では対象に指定した施設を勝手に測量・撮影・模写・記録・複写・複製することを禁じており、戦闘機や艦船といった兵器類、それらを生産する軍需品工場なども対象になった。
戦局が厳しさを増していくほど、軍機保護法の対象は増えていった。後年には、高圧送電線や貯水ダムなども対象に加えられている。

(中略)

 ところが、7月11日にテロ等準備罪(通称:共謀罪)が施行されたことで雲行きが怪しくなっている。
同法案を審議した国会では、金田勝年法務大臣の答弁が二転三転した。
共謀罪の議論は深まらず、何をしたら共謀罪に該当するのかが不明のまま法案は採決されている。

 共謀罪の国会審議で注目されたのが、金田法務大臣が「花見の席で地図を広げることや双眼鏡を覗き込むことはテロの準備行為に該当する」と答弁したことだ。
金田発言により、花見が罪になる可能性が示唆された。

 とはいえ、共謀罪が施行されたからといって捜査機関が即座に花見客を片っ端から逮捕することはあり得ない。
しかし、これらの行為が共謀罪に抵触するならば、逮捕されるか否かは捜査機関の胸先三寸によって決められるになる。

 そうした疑問を法務省刑事局にぶつけてみると、「個別のケースについてお答えできません」と前置きしながらも
「鉄道を撮影することや時刻表を広げているだけでテロ行為ではありませんので、逮捕されることはありません」と断言した。

 その一方で、「テロ等準備罪では、基本的に現場の捜査機関が判断します」とも付け加えた。
要するに、捜査機関の判断が優先されるということになるので、いくら法務省刑事局が鉄道撮影は共謀罪が適用されないと断言してもあまり意味をなさない。

 海外では、いまでも鉄道を軍事機密にしている国はある。
また、鉄道撮影が違法ではない国でも、州政府や当局の判断よって鉄道撮影を制限している場合もある。

 例えばスペインは鉄道が発達している国のひとつで、AVEと呼ばれるスペイン版新幹線が各地で走っている。
AVEは乗車前に手荷物検査を実施している。
それほど、テロに警戒を怠らないスペインだが、車両や駅などを撮影しても咎められることはない。

 また、マドリードやバルセロナの地下鉄を撮影していても何も言われないが、アンダルシア州の州都・セビーリャでは地下鉄構内での撮影が禁止されており、カメラを構えるだけで警備員に制止される。

 要するに、地域によって運用や規制が異なるわけだが、共謀罪を危険視する指摘が根強く市民からも不安視する声が後を絶たない理由は、
こうした現場判断による恣意的運用や拡大解釈が横行する可能性が捨てきれないからだ。

 花見で双眼鏡や地図を手にしていることが共謀罪に該当する恐れがあるのだから、電車や駅を撮ったり、時刻表を広げたりという行為も当然ながらテロ行為とみなされる恐れがある。

 新しい車両がお目見えするときやラストランなどに大挙して押し寄せる鉄道ファンに世間の風当たりは冷たい。
鉄道マニアの行為に対して、「むしろ、共謀罪を歓迎します!」なんて極端な意見が出てくることがあるかもしれない。

 しかし、鉄道マニアじゃなくても、旅行先で観光列車を背景に記念撮影することはある。
珍しい列車に乗ったら、思わずSNSに写真をあげたくなるだろう。
それらも禁止されたら、せっかくの楽しい旅が台無しになってしまう。

 「この世界の片隅で」は戦前の話−−で済まなくなるかもしれない。
[NEWSポストセブン]