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国有地の不適切な売却価格での払い下げで世間を騒がす「森友学園」問題と、獣医学部の新規開設をめぐる「加計学園」問題。二つの出来事の背後にあるキーワードが“忖度”だ。

 その言葉の意味を辞書で調べると、「他人の心をおしはかること」(デジタル大辞泉)とある。本来であれば、悪いものではなく、むしろ尊ぶべき行為である。しかしそれは善意から積極的に行う場合のこと。それを逆手にとって、利益を得ようとする“悪”も世の中にはあるのだ。

 作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏は、著書『悪の正体 修羅場からのサバイバル護身論』で、映画「人のセックスを笑うな」を引き合いに出し、“悪”の正体に迫っている。

 登場人物のユリは、既婚者であるにもかかわらず、主人公の美大生・みるめに近づく。みるめは、奔放な彼女の性格に魅了され、夢中になってしまう。ユリは、みるめの好意を受け入れながらも、真剣に彼に向き合うことなく、翻弄(ほんろう)する。まさに“悪女”という言葉がぴったりのキャラクターだ。

 ユリが巧妙なのは、自分の要望を何一つ相手に命令しないことだ。

 例えば、自分のアトリエにみるめを連れてきたユリは、ストーブをみるめにつけさせようとする。そんなときでも、決して「つけて」とは言わない。「寒いねー」という言葉を繰り返すのみ、灯油がないことを気づいたみるめに対しては、いつもは夫にやってもらっていると告げ、嫉妬を利用して灯油を入れさせる。

 ユリは決して、要求をしない。相手に自分が望んでいることを察しさせ、時に、甘えたり、嫉妬させたり、感情に揺さぶりを掛けて、相手をコントロールするのだ。

 佐藤氏は、そんなユリの「言葉だけで心理を操る」悪を、「サタンというものが人間の中に入って、人間の資質の中にある『何か』に働きかけることによって悪をもたらしていく」のだと解説する。

 ユリは、「忖度」で自分の要望を通している。それは、まさに森友学園や加計学園の問題と同じ構造だ。ユリが言葉にせずとも願いを叶えたように、首相夫人あるいは総理の「ご意向」など、実体のないものが一人歩きし、官僚の忖度を呼んだのだ。

もう一つ、佐藤氏が今もっとも注目している小説の中に、こんなやりとりがある。

 保守政党の総裁選挙に絡む談合と政界汚職を描いた石川達三の小説『金環蝕(きんかんしょく)』の一場面だ。

 ダム建設の発注元トップに、官僚を通じて総理夫人の名刺が届けられたときのことである。

「名刺には(竹田建設のこと、私からも宜しくお願い申し上げます)と書いてあったが、財部(発注元である電力建設会社総裁)の感情では、これを命令と受け取っていた。それだけ総理夫人という立場は強力であった。この女に官職もなにも有るわけではないが、総理と結婚している女であるが故に、世間は彼女の発言に譲歩する。その譲歩を計算に入れて、こういう名刺をよこしたに違いない」

 50年以上前に書かれたにもかかわらず、最高権力者の意向を官僚が「忖度」し、利用されてしまう構造は変わっていない。

 世の中にドス黒く幅をきかせる、この“いやな感じ”こそが、『悪の正体』で語られる「言葉だけで心理を操る」悪が具体化したものだろう。

 佐藤氏は、こんな注意を発している。「命令も要請もせず自在に人を動かす。権力における自らの優位性は手放さない。そんな人物には気をつけた方がいい。これこそ典型的な悪の技法にほかならない」と。