http://www.nikkei.com/article/DGXLASFK27H0X_X20C17A6000000/

1997年の都議選投開票日は7月6日。当時、都知事は2年前に既成政党不信、無党派旋風の象徴として当選した青島幸男氏だった。国政は自民党、社会党、新党さきがけの3党連立による橋本龍太郎政権と、非自民勢力を結集した小沢一郎氏率いる新進党が対峙する二大政党。衆院選は前年の96年秋に終わっていた。

 争点は見えにくく、橋本内閣の堅調な支持率もあって自民党は復調。問題は二大政党の一翼を担っていた新進党が議席ゼロと壊滅したことだ。

 衆院では新進党に合流していた公明党は当時、参院と地方議会では「公明」として活動しており、これが新進壊滅の一因だ、と新進党首脳部は不満を強め、この年の末に新進党は解党してしまう。

 自民党への批判票を集めたのは共産党で、過去最多の議席を獲得して第2党に躍進した。