歩夢 「イマジナリーフレンド」
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あゆむ 「ゆうちゃん? なにしてるの〜?」
ゆう 「え、かいてる!」
あゆむ 「え?」
ゆう 「まおうをたおすものがたりだよ!」
あゆむ 「まおう?」 ゆう 「……わたし、ぜったいあゆむをまもるから!」
あゆむ 「あ、あゆむもゆうちゃんのこと、まもるよ!!」
ゆう 「……わたしたち、にたものどうしだね」
あゆむ 「……うん」
ゆう・あゆむ 「「えへへ」」
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————— 歩夢 「……ん……夢?」 パチッ
歩夢 「早く学校行かないと、行こう侑ちゃん!」
侑 「うん!」
タタタタ
タタタタ
タタタタ
歩夢 (……私の名前は上原歩夢。虹ヶ咲学園の普通科、二年生。普通の女の子。いつも幼馴染の一人である侑ちゃんと行動を共にしてる) 先生 「こら、上原。ぼっーとしてるんじゃない。早く指定されたページを読みなさい」
歩夢 「……っ、あっごめんなさい! え、えっと」
侑 「歩夢。35ページだよ」
歩夢 「ありがとう。侑ちゃん。えっと、『猪を捕まえに行く前に、高丸は川へ洗濯物に行きました。そして……』」
先生 「……」
先生 「……話を聞いてないように見えたが、相変わらず不思議な生徒だ」 ボソッ
…
…
… 歩夢 「侑ちゃん、それでこないだのテレビでね」
侑 「ふふ、私も一緒に見てたんだから分かるよ、歩夢」
ザワザワ
ザワザワ
かすみ 「昼休みは本当に騒がしいというかなんというか……って、あれ、あの人は」
かすみ (めちゃくちゃ可愛いじゃないですか!? ええっ!?)
かすみ 「……」 ムムム
かすみ 「思い立ったら吉日! スクールアイドルに誘うなら今!」 タタタタ
かすみ 「あ、あの〜……」
生徒A 「かすみちゃん?」
かすみ 「あっ、クラスメイトの」
生徒A 「もしかしてあの人に話しかけるつもり?」
かすみ 「えっ、そうだけど……」
生徒A 「まだ知らない人もいたんだ……あの先輩ね、上原歩夢さんって言うんだけど、いつも一人でぶつぶつ喋ってるんだよ。誰かに語りかけてるみたいに。だから一年の中でも話しかけちゃいけない先輩として噂が広がってるんだ」 かすみ 「そうなんだ……で、でも、かすみんは気になるなぁ。話しかけようかな」
生徒A 「話しかけるの? かすみちゃんも変わってるね」
タタタタ
タタタタ
かすみ 「あ、あの!」
歩夢 「? あなたは?」
かすみ 「えっと、一年生の中須かすみと言います! 急ですけどお願いがあります!」
歩夢 「お願い?」 あれだけ侑ちゃんべったりなのに侑ちゃんがイマジナリーなら触れちゃいけない人扱いになるわな… 侑 「悪いけど歩夢にはマネージャーである私を通してから……」
歩夢 「もう! 何言ってるの!」
かすみ (本当に独り言……でも、これもキャラ的にはありっちゃあり?)
歩夢 「それでお願いって、何かな……?」
かすみ 「私と一緒にスクールアイドルになってください!!!!」
歩夢 「えっ? スクールアイドル?」
侑 「前に読んでた雑誌に載ってたでしょ。学校のアイドルのことだよ!」 歩夢 「……えっと、なんで私に?」
かすみ 「それはもちろんすごく可愛いからですよ!!」
歩夢 「へぇー……って私が可愛い!?///」
かすみ 「お願いしますっ!! 私と一緒にスクールアイドルになってください!!」 ガシッ
歩夢 「ええっ!?///」
侑 「なかなか積極的な子だね……それにしてもスクールアイドルか。よく見ればこの子もすごく可愛い……」
歩夢 「侑ちゃん?」 侑 「ひっ! なんでもない!」
かすみ 「! ゆうちゃん?」
歩夢 「? あっ、紹介してなかったね、私の幼馴染だよ」
かすみ 「……」
歩夢 「どうしたの?」
かすみ 「ゆうさんってどんな漢字?」
かすみ (ゆうさんって……まさか……)
歩夢 「感じ? 侑ちゃんは優しい感じだよ」
かすみ (優ちゃん、か……なら別人か……) 歩夢 「……えっと、さっきの話だけど、いきなりスクールアイドルは少し恥ずかしいというか、難しいというか」
かすみ 「!」
かすみ (こんなに可愛い子をみすみす見逃すわけには! それに話してて確信した! この人は間違いなくスクールアイドルの素質がある!)
かすみ 「じゃあスクールアイドルにとは言いません! まずはかすみんと友達になってくれませんか?」
歩夢 「友達?」
かすみ 「ちょうど先輩の友達が欲しかったんですよね〜」 歩夢 「……」
歩夢 (友達か……よく考えたら私も侑ちゃん以外いないや……)
歩夢 「スクールアイドルは、まだ返事はできないけど、友達なら大歓迎だよ。よろしくね、かすみさん」
かすみ 「先輩なんですから、ちゃん付けで良いですよ!」
歩夢 「そう? ならかすみちゃん、これからよろしくね!」 ニコッ
かすみ 「はい!」 ニコッ
…
…
… ?? 「かすみさん」
かすみ 「……なに、しず子」
?? 「噂が届いたよ。二年生の、変わり者で有名な上原歩夢さんと友達になったんだって。その人が次のターゲットなの?」
かすみ 「違うよ。あの人はそうじゃない。単純に、かすみんのアイドル活動の方で関わりたい人」
?? 「そっか。私は上原さんの顔を知らないけど、かすみさんの眼鏡にかなうくらいに可愛い人なんだね」
かすみ 「うん! ビビッときた!」 ?? 「……少し妬けちゃうなぁ。それと、今日の放課後のターゲットなんだけど」
かすみ 「細かいことはしず子に任せるよ。私の『能力』は使うときに声かけて」
?? 「分かった。選抜等は私に一任してもいいんだね?」
かすみ 「もちろん。期待してるよ」
?? 「……ありがとう」
…
…
… 璃奈 (……私の名前は天王寺璃奈。情報処理学科の一年。普通の女の子……であれたら良かったのに)
璃奈 「……今日もうまく気持ちが伝わらなかった」
璃奈 (心では、みんなと話せてすごく嬉しいのに、まるでつまらないかのように誤解される。それがとても悲しい)
?? 「感情が豊かでも、それを見せられなければ無と同じ」
璃奈 「! だれ!」 ?? 「悲しき少女は、そう悩んでいた。人は感情を隠したいとき、ポーカーフェイスを気取る。でも、ポーカーフェイスが上手くたって、全然嬉しくない。よっぽど感情を表情に出せない方が損だ」
璃奈 「……誰かは分からないけど、怒るよ」
?? 「でも、切望してるあなたには、希望をあげましょう。力が欲しいですか? 欲しいですよね」
璃奈 「力、なんていらない」
?? 「あぁ……言い方が悪かったですね。『感情を伝えられる力』です」
璃奈 「!」
?? 「私、不思議な機会を持ってるのです。あなたにその力、差し上げられる。でも、その代わり条件があります」
璃奈 「……条件?」
?? 「ふふ、聞く気になりましたか。条件とは」
…
…
… 歩夢 (……昨日は色々あったなぁ。まさか新しい友達ができるなんて。まるで夢みたい。もしかして夢?)
かすみ 「歩夢先輩!」 ガラッ
歩夢 (……どうやら夢じゃないみたい)
歩夢 「あっ、かすみちゃん。わざわざ二年生の教室まで来たの?」
かすみ 「当たり前ですよ! 友達なんですから!」
歩夢 「ふふ、そっか」
かすみ 「さて学校が終わり放課後となったわけですが……放課後といえば、学生にとって数少ない自由な時間ですよね!?」
歩夢 「? まあ、そうだね」 かすみ 「歩夢先輩のこれからの予定は!」
歩夢 「……家に帰って課題をやる?」
かすみ 「違います!! かすみんと一緒に話題のパフェを食べに行くです!!」
歩夢 「パフェ? 今から?」
かすみ 「今から!!」
歩夢 「うーん……」
かすみ 「昨日は友達になったばかりですから放課後誘わなかったですけど、今日からはもう遠慮しませんからね!!」 侑 「行ってくればいいじゃん、歩夢」
歩夢 「でも、パフェなんてあんまり行ったことないよ?」
侑 「友達が増えれば、必然と行く機会は増えるよ。その一回目だと思えばいいじゃない」
かすみ 「パフェ、行ったことないんですか?」
歩夢 「そうだねー……ああいうところってなぜか入りにくくて」
かすみ 「分かりました。かすみんが、パフェの魅力、一から百まで丁寧に教えます!! ついてきてください!!」 タタタタ
歩夢 「かすみちゃん!? ちょっと待って」 タタタタ 生徒B 「……あの子にも、友達ができたんだね。しかも後輩」
生徒C 「でも歩夢ちゃんは良い子だし可愛いし友達ができない理由はないんだけどさ」
生徒B 「イマジナリーフレンドってやつ? 頭に友達がいるんじゃねぇ、その友達と比べられても嫌だし」
生徒C 「だねぇ」
ザワザワ
ザワザワ
生徒B 「ん? なんか外騒がしくない? 人集まってるよ。中心にいるのは……」
生徒C 「あの子は一年生の天王寺璃奈って子だよ。可愛くて優しくて、元々人気はあったみたいだけど……今朝から普段無表情なのに急に表情豊かになったみたいで、ギャップでさらに大人気になったみたいだよ」
生徒B 「へぇ。人って急に変われるんだねぇ」
…
…
… 歩夢 「……美味しいっ!」 パァァ
かすみ 「女子高生で嫌いな人なんていませんよ!! パフェは夢のようなスイーツなんですから!!」
侑 「ふふ、良かったね。歩夢」
歩夢 「侑ちゃんは食べないの?」
侑 「私は見てるだけで十分だよ。実はダイエットしてて……」
歩夢 「ダイエット? そ、そんなこと言ったら私だって少し痩せないとダメかも……」 侑 「歩夢は十分良いスタイルだよ。だから気にしないで」
歩夢 「も、もう侑ちゃんったら!」
かすみ (……優ちゃん。奇しくも、あの人と似ている名前。いや似てるだけだから関係ないんですけどね)
かすみ (それにしても、確かに頭の中に友達が一人いるみたいですね。幸せそうですし、キャラ的に抜群ですから、全然構わないんですが……さて)
かすみ (どうやってスクールアイドルに勧誘しようかな)
かすみ 「そういえば! パフェといえば、この動画見てくださいよーー!」
歩夢 「パフェの紹介動画?」 かすみ 「はい! 可愛い女の子が食レポしてます!」
遥 『このパフェ……すごく美味しいです! 特に中に入ってるバナナとチョコが甘くて良いですね』
店主 『そう言ってくださると嬉しいです。材料にはこだわってるんですよ』
遥 『なんだかお姉ちゃんのチョコバナナ蒸しケーキを思い出すなぁ……』
店主 『……お姉ちゃん?』
遥 『はっ! なんでもありません!』
歩夢 「美味しそうだなぁ、このパフェ……」 かすみ 「それもそうですけど、この子もなかなか可愛いですよね」
歩夢 「そうだね、まだ若そうなのに食レポに抜擢されるなんてすごいなぁ」
かすみ 「東雲学院のスクールアイドルなんですよ。今じゃスクールアイドルは芸能人みたいなものですからね」
歩夢 「へぇ……ってスクールアイドル? わ、私まだスクールアイドルになる気はないからね!!」
かすみ 「そこをなんとか!」
歩夢 「無理だよっーーー!!」
侑 「ふふ、仲良しで微笑ましいなぁ」
…
…
… グスグス
グスグス
生徒D 「うぅ……」 ポロポロ
璃奈 「大丈夫? どうしたの?」
生徒D 「えっと、あなたは……」
璃奈 「私の名前は天王寺璃奈。あなたはどうして泣いてるの?」
生徒D 「……クラスメイトのEちゃんって子がいるんだけど、Eちゃんのいるグループの何人かに毎日放課後にお金を取られるの」
璃奈 「! どうして」 生徒D 「友達料だって……それに、なんだか最近いつもイライラしてて、誰かに当たりたいみたい……」
璃奈 「……あなたは嫌じゃないの?」
生徒D 「で、でも! 友達だし」
璃奈 「お金を奪うような子が?」
生徒D 「……」
璃奈 「表情が悲しんでる。表情は嘘をつけないよ」
生徒D 「……本当はつらい。つらいよぉ」 ポロポロ 璃奈 「そう。分かった、私がなんとかする」
生徒D 「えっ?」
璃奈 「……悩んでいたけれど、そういう人なら仕方ない。そうだよね……」 ボソッ
生徒D 「どこに行くの?」
璃奈 「あなたは心配しなくていい。私はただ、自分の意志でその子を止めるだけだから」
生徒D 「で、でも!」
璃奈 「大丈夫だよ」 ニコッ
生徒D 「!」 ドキッ
生徒D (すごく可愛い笑顔……!)
璃奈 「安心して、待っててね」
タッタッ
タッタッ
…
…
… 歩夢 「今日は疲れたなぁ……ねぇ、侑ちゃん」
侑 「そうだねぇ。歩夢の日常も、すっかりかすみちゃんのおかげで変わりそうだ」
歩夢 「……かすみちゃん、良い子だよね」
侑 「少し強引だけどね」
歩夢 「……でも嬉しいんだ。私をあんなに可愛いって言ってくれるなんて。スクールアイドルに誘われたのも、恥ずかしいけどでも」
侑 「やってみればいいんじゃない?」
歩夢 「!」 侑 「歩夢ならできると思うし、それに、少しでもやってみたい気持ちがあるなら、した方が絶対良いよ!」
歩夢 「侑ちゃん……」
侑 「! 歩夢!」
歩夢 「? どうしたの?」
侑 「……久しぶりに感じたよ。能力者の気配」
歩夢 「! どこにいるの!」
侑 「虹ヶ咲学園だ、行こう!」
歩夢 「うん!!」
…
…
… 生徒E 「ふん、こんなにお金が貯まってるなんて、使ってやらないと可哀想だよ」
生徒F 「それにしてもさっきのEちゃん、カッコよかったな〜! 壁にドンっ、ってしちゃってさー」
生徒G 「相手なんか、ハムスターみたいに泣きそうになってたぜ」
一同 「「あはははは」」
璃奈 「……あなたたち」
生徒E 「! あんた誰だ?」 生徒F 「こいつはあれですよ、一年の天王寺璃奈」
生徒G 「あぁ……ずっと無表情だったくせに、今日急に表情豊かになったやつね」
生徒E 「なんだそれ、おかしなもんだな」
璃奈 「……感情は素晴らしいもの。それを表現できる表情も素晴らしいもの」
生徒E 「!」
璃奈 「でも、あなたたちの感情はただ、ただ、醜い。許せない」
生徒F 「あぁ!? 私たちに喧嘩売ってんのか!?」 璃奈 「あなたたちの人を嘲る『楽』それはそういうために使うものじゃない。だから没収する」
生徒G 「没収?」
璃奈 「……能力『喜怒哀楽』」 ゴゴゴゴ
生徒E 「!? なんだ!? 急に空気が変わった!?」
璃奈 「それと、最近イライラしてるみたいだから、『怒』も私が貰ってあげる」 ゴゴゴゴ
生徒F 「な、なんだかやばい気がしますよ……早く逃げましょう!!」
璃奈 「……遅いよ。逃げるのも、償うのも」
ギャァァァァーーーーーー!
ヤメテクレーーーーー!
…
…
… 侑 「こ、これは……」
歩夢 「一体なにが起きたの?」
生徒E 「……あいつなんだったんだろう。でもいいや、怒るのも馬鹿馬鹿しいし」
生徒F 「楽しくない。全然楽しくないよ……ああ、哀しいなぁ。哀しい」
生徒G 「あははは、あははは、なんだか分からないけど、分からないけど笑っちゃうな」
侑 「……おそらく能力によるものだね。見たところ、精神的作用があるみたい」
歩夢 「ひどい、誰がこんなことを……」 侑 「やっぱり家からじゃ間に合わなかったみたいだ。仕方ない、今日はここを少し調べたら一回撤退しよう」
歩夢 「でも……」
侑 「ほら、歩夢。周りを調べて」
歩夢 「う、うん」
侑 「うーん、それにしても、いくら普通の人間が相手とはいえ、周りが壊れたりしてないということは、一瞬の勝負だったってことか。いやーこれは厄介な敵だね」
歩夢 「えっと……あっ!」
歩夢 (この人たちの財布から、お金が抜き取られてる……まさかお金目的の犯行なの?) 侑 「よく見て歩夢。全部は抜き取られてないから残った札で確認できるけど、それぞれ折り方がバラバラだよ?」
歩夢 「本当だ……綺麗なお札もあれば、四つ折りされてるものもあるし……いくら循環していくものとはいえ、こうもバラバラになるものなの?」
侑 「もしくは、元々このお金たちは、色んな人の財布から奪ったものだったり」
歩夢 「! それって!」
侑 「……見て。手帳がある」
歩夢 「色んな人の名前と、金額? 日付とか書いてあるね」 侑 「この人とは、この曜日に、この金額を貰う約束をしてる……って感じかな」
歩夢 「! そ、そんなの」
侑 「許せないね。じゃあ、この状態になっても致し方なしかな?」
歩夢 「……だけどそれも違うと思う。悪いことをしてたかもだけど、だからって、こんなことしちゃいけないよ」
侑 「だね。また新しい被害が出るかも分からないから、明日の放課後には決着をつけよう。どちらにせよ、私たちは能力者と戦わなくちゃいけないんだから」
歩夢 「うん……」
…
…
… ?? 「かすみさん、一人の能力者を覚醒させました」
かすみ 「ありがとうしず子。それでその能力名は」
?? 「『喜怒哀楽』感情を司る能力です。さらにいえば、その感情を具現化し、武器にすることもできる」
かすみ 「……強そうだね」
?? 「はい、感情に強いこだわりがあるものが、手に入れられる能力。これはなかなか強力でしょう」
かすみ 「じゃあ進化する可能性は?」 ?? 「あるから私が選んだんじゃん。かすみさんったら」
かすみ 「そ、そうかもしれないけど! 一応だよ、一応!」
?? 「彼女の能力は、『人の感情を奪っただけ強くなる』正確にいえば『奪った感情の部分が強力になる』怒りを人から奪えば、彼女は喜怒哀楽の『怒』を強く発動できる」
かすみ 「じゃあその人の進化する条件は、『人から感情を奪うこと』か……」
?? 「だから、『感情を定期的に奪わないと、あなたのその表情はまた戻ってしまう』と嘘の条件を言って脅してます」 かすみ 「戻る? 表情で悩みがある子なの?」
?? 「それは……」
かすみ 「いや、それはいいや。人の悩みに構ってたらキリないもん」
?? (……いつも能力者の能力は聞いても、名前や素性は聞かない。かすみさんは興味がないのだろうか? いや)
?? (単純に怖いのかもしれない。目的のためとはいえ、人の人生を変えてしまってることに、目を伏せて……)
かすみ 「引き続きよろしくね、しず子」
?? 「もちろんだよ、かすみさん」
…
…
… 侑 「うーん! 良い朝だね!」
歩夢 「そうだね、侑ちゃん……」
侑 「? 少し元気がないみたいだけど、どうしたの歩夢? もしかして昨日のこと気にしてるの?」
歩夢 「……うん。あの子たち、どうなっちゃうのかなって」
侑 「大丈夫だよ。私たちが能力者を打ち倒して、能力者に『戻して』って言えばいいんだから」
歩夢 「そ、そうだよね……私たちが止めればいいんだよね」 かすみ 「あっ、歩夢先輩! おはようございます!」
歩夢 「あ、かすみちゃん」
かすみ 「今日の放課後はどこに行きましょうか!! ふふ、食べ物でも良いですし、テーマパークに行くのも良いですよね」
歩夢 「えっと、ごめんね、今日の放課後は少し予定があるんだ」
かすみ 「……そ、そうなんですね。なら仕方ないですね」 ショボーン
歩夢 (かすみちゃん、明らかに落ち込んじゃった!?) 歩夢 「あ、でもね、かすみちゃん……良い知らせというか、伝えたいことがあって……」 アセアセ
かすみ 「伝えたいこと?」
歩夢 「……私、かすみちゃんと一緒にスクールアイドルをやりたい」
かすみ 「えっ、本当ですか!?」 パァァ
歩夢 「うん。可愛いって言ってくれたから、頑張りたいんだ」
かすみ 「やったーーーーーー!!! ありがとうございます歩夢先輩ーーーー!!」 ダキッ
歩夢 「かすみちゃん!?///」
侑 「ふふ、良かった良かった……」 キンコンカンコーン
かすみ 「って授業始まってしまいますよ!?」
歩夢 「大変っ、またね、かすみちゃん!」
かすみ 「歩夢先輩! 絶対明日こそは遊びましょうね!」
歩夢 「もちろんだよーー!」
タタタタ
タタタタ
…
…
… 生徒D 「あ、あの璃奈さん……!」
璃奈 「? あなたは昨日の」
生徒D 「ありがとう!!」 ペコッ
璃奈 「……急にお礼なんてどうしたの」
生徒D 「昨日、Eちゃんからお金を盗まれた人たちみんなの机に、盗まれた分のお金が置いてあったんだって……それに、Eちゃんは今日は休み……璃奈さんがやっつけてくれたんでしょ!?」
璃奈 「別に私は何もやってない」
生徒D 「えっ、でも!」 璃奈 「……少しでも、みんなの笑顔を守りたかっただけ。あなたの笑顔が守られたなら良かった」
生徒D 「璃奈さん……」
璃奈 「それに、私は決して感謝されるような正しい人間じゃない」 ボソッ
生徒D 「えっ」
璃奈 「……じゃあね。お礼を言いにきてくれてありがとう。移動教室だからもう行かなくちゃ」
生徒D 「璃奈さん!!」
璃奈 「?」 生徒D 「璃奈さんはどう思ってるかは分かりません、でも、私にとって璃奈さんはカッコよくて笑顔が素敵で」
璃奈 「!」
生徒D 「私は璃奈さんに救われました。だから改めて言わせてください。ありがとう、璃奈さん!!」 ペコッ
タッタッ
タッタッ
璃奈 「……」 チラッ
璃奈 (……まだ頭を下げてる。本当に良い子だ。だからこそ、私には関わっちゃいけない)
璃奈 (私はヒーローなんかじゃない。自分の表情のために、人の感情を奪った悪魔だ。偶然、助かった人たちがいただけ)
璃奈 (なのにそれが正直に言えないのは、やっぱり嫌われたくないからかもしれない)
璃奈 「……移動教室、遅刻しちゃう」
…
…
… 歩夢 「……やっぱりそうなんだね」
侑 「うん。あの人たちの評判は良くなかった。歩夢と私が一緒に聞き取り調査をした結果だよ。みんな酷い言いようだったでしょ?」
歩夢 「そうだね。お金を盗まれたり、殴られたり……だけどそれでも、あんな状態にするなんていけないことだよ」
侑 「能力者は、彼女たちに強い恨みを持つものなのか……それとも正義のヒーローなのか」
歩夢 「正義のヒーロー?」 侑 「彼女たちの被害者みんなの机に、盗まれた分だけのお金が置いてあった、って話聞いたでしょ?」
歩夢 「う、うん」
侑 「おそらく、あの手帳を読んだんだろうね。それにしたって、みんなの机にお金を置いて回るなんて、相当大変だと思うけど……」
歩夢 「……」
侑 「歩夢? どう? 戦える?」
歩夢 「……仮に犯人が悪い人じゃなかったとしても、能力によっておかしくなってしまった人たちを放っておくわけにはいかないよ」
侑 「……だね」
歩夢 「行こう、侑ちゃん。能力者を倒しに」
侑 「腕が鳴るね」
…
…
… 璃奈 「……あなたちたちは?」
生徒H 「Eがこないだはお世話になったな」
生徒I 「おまえみたいなチビになぜあんな風にさせられたかは分からないが……ダチが困ってるんだ。来てもらうぜ」
璃奈 (……この人たちはきっと、直接あの子を苦しめた人たちじゃない。なら私の出る幕ではない。それに、もうあの能力はなるべく使いたくない)
璃奈 「ごめんなさい。でも、彼女たちは悪いことをした。多くの人たちからお金を奪ったり、抵抗もしない人たちを殴ったりした。それなのに、被害者になった途端に贔屓することはできない」 相手の怒りを抑えるために怒りばかり吸ってるとりなりーが怒りっぽくなっちゃうのか 生徒H 「……うるさいな」
璃奈 「えっ」
生徒I 「弱いから取られただけだろ? Eたちの何が悪い?」
璃奈 「……何を言ってるの?」
生徒H 「はは、Eを苦しめた犯人を探すの、大変だったんだぜ? まずはEがその日に会ってたであろうDってやつをボコボコに殴って」
璃奈 「……は?」
生徒I 「でもいくら殴っても教えてくれないから、しょうがないから、そいつは諦めて……Eが友達料を貰ってたやつらを片っ端から殴っていってな。そしたら机にお金を置くお前の姿を見たやつがいたってわけ」 璃奈 「……な、なんで」
生徒D 『私は璃奈さんに救われました。だから改めて言わせてください。ありがとう、璃奈さん!!』 ペコッ
璃奈 「なんであんなに良い子を……! 許せないっ……!!!」 ゴゴゴゴ
生徒H 「!? なんだ急にこいつ雰囲気が」
璃奈 「……喜怒哀楽、全てを奪っても良いけど、他人を哀しめる『哀』が足りてないみたいだから、『喜』『怒』『楽』を没収させてもらう!」 ゴゴゴゴ
生徒I 「と、とにかく逃げ……」
璃奈 「……能力『喜怒哀楽』」 ゴゴゴゴ
ウギャァァァァーーーーー!
タスケテェェェェーーーー!
…
…
… 生徒H 「……」
生徒I 「……」
璃奈 「……っ、ただ、ただ、反省して。そしたらいつか返すから」
璃奈 (また私は感情を奪ってしまった……正義感からじゃない。ただ、自分の表情のために……っ!)
歩夢 「待って!」
璃奈 「!?」
侑 「……ようやく出会えたね、能力者」 歩夢 「あなた能力者でしょ!?」
璃奈 「! なんで」
歩夢 「お願い! もうこんなことはやめて!」
璃奈 「……」
歩夢 「その人たちのことは知ってる……酷いことをしてるってことも。でも! だからってあんな状態じゃ!」
璃奈 「私が間違ってることは分かってる……でも、もう戻れないっ!」
歩夢 「……っ、それなら仕方ないね。侑ちゃん!」
侑 「分かった。歩夢、能力を発動するんだ!」 歩夢 「能力『イマジナリーフレンド』!!」
璃奈 「!? あなたは誰!? さっきまでいなかったはずなのに!」
侑 「……さっきからいたんだけどなぁ。でも、姿を見せるのは、能力発動が必要だからね」
歩夢 「侑ちゃん! 私に力を貸して!」
侑 「もちろん!!」
璃奈 「能力……もしかしてあなたも能力を貰ったの?」
歩夢 「能力を貰う? どういうこと?」 璃奈 「どちらにせよ、そっちがその気ならこっちも戦うしかない。でも罪なき人の感情は奪ったりしない」
璃奈 「だけど、痛い目には遭うかもしれないよ。まずは『怒』!!」
侑 「……怒? あの子の周りに巨大な腕が二つ見えるけど」
歩夢 「あれ当たったら痛そうだよね……」
璃奈 「なるべくなら避けて!」 ブンッ
歩夢 「っ、危ないっ!」
ドゴーーーンッ 侑 「……あれ? 壁が凹んでるように見えるけど、気のせいですよね?」
歩夢 「気のせいじゃないよ侑ちゃん!! あのパンチは当たったら骨折じゃ済まないよ!!」
璃奈 「……」
璃奈 (これで諦めてくれたら良いけど……)
侑 「どうする? 歩夢、逃げる?」
歩夢 「……逃げないよ。逃げたら、あの人たちを助けられないし、何より」 璃奈 『私が間違ってることは分かってる……でも、もう戻れないっ!』
歩夢 「あの子を助けたいっ!!」
璃奈 「……諦めないみたいだね」
璃奈 (『怒』はダメだ、あれは威嚇にしか使っちゃダメ。なら『喜』を使う……でもあと一回くらいはやってみるか……諦めてくれるかもだし……)
璃奈 「もう一回行くよ! 避けてねっ!」 歩夢 「あんなの受けたら大変だよ、侑ちゃん!」
侑 「まあ能力発動してる私なら、耐えられるけどね」
歩夢 「じゃあよろしく」 スッ
侑 「ぐはっっ!!」
璃奈 「!?」
侑 「……あのね? 痛くないわけではないんだよ?」
歩夢 「あはは、ごめん、つい」 歩夢 (……でも当てるつもりがなかったパンチが当たって、少し気が動転してる、今がチャンス!)
歩夢 「侑ちゃん! 一気に近付いて!」
侑 「ラジャーー!!」 タタタタ
璃奈 「……! まずい、近くに」
侑 「くらぇぇぇぇぇーーーーー!!! 侑ちゃんパンチぃぃぃぃーーーー!!」
璃奈 「『喜』っ!」
侑 「ありゃ?」
璃奈 (……怒りほど強力な攻撃ではないけど、喜びは人の幸せを願う心。守るためなら、武器となる!) 歩夢 「剣!?」
侑 「……せっかくのパンチだったのに、止められちゃったなぁ」
璃奈 「……『怒』と違って、強力な武器ではないけど、小回りが利くし、振りも大きくない。こうして、防御もできるし攻撃もできる。万能の武器」 グググ
侑 「致命傷を負わせない守るための武器……なるほど、『喜』の要素はあるね」
璃奈 「さらに『楽』。知ってる? 薬って漢字には楽って漢字が入ってるんだよ?」
侑 「つまり?」 璃奈 「……楽しむ心は、苦痛を和らげる。人の幸せを願う『喜』とはまた少し違う。『楽』を使えば私は攻撃力、防御力、あらゆる能力が高くなり、それにダメージもあまりすぐ回復し負わなくなる」
歩夢 「……っ、どんどん不利になってる」
歩夢 (侑ちゃん……!)
侑 「剣には剣だよね……歩夢! 思い出一つよろしく!」
歩夢 「そういえば昔、侑ちゃんと一緒にアイスを買ったよね。棒アイスなんだけど、侑ちゃんが当たりを当てて……」
璃奈 「アイス? 突然なぜ?」 歩夢 「でも、侑ちゃんが一緒に食べようって言ってくれて、私にも当たりのアイスを食べさせてくれたんだ……ふふ、良い思い出だよね」
侑 「ふむふむ、棒アイスの思い出なんて、センスがあるね、歩夢」 ギシッ
璃奈 「剣!? いつのまに……いやこれは巨大なアイス棒!?」
侑 「『イマジナリーフレンド』は想像力に影響される能力。歩夢が覚えてるエピソードの数だけ、私の武器は増える!!」
璃奈 「なっ!?」 歩夢ならかなり覚えてそうだけど武器になる思い出となると限られそうね どういう存在かはともかく侑ちゃんはちゃんと存在してるのか 侑 「悪いけどこの勝負勝たせてもらう! そしたら、あの子たちを戻してもらうからね!」
璃奈 「戻す……」
璃奈 (戻したらどうなるの?)
璃奈 (戻したら私は……またあの無表情の日々に……)
生徒D 『璃奈さんはどう思ってるかは分かりません、でも、私にとって璃奈さんはカッコよくて笑顔が素敵で』
璃奈 (笑顔が素敵で……。そうか、彼女は私が笑ったから……なら、絶対に、この笑顔を消すわけにはいかないっ!!) 璃奈 「負けないっ、この勝負、絶対に勝つ!!」 グググ
侑 「っ!」
歩夢 「侑ちゃん!!」
歩夢 (侑ちゃんが押し負けてる……やっぱり『楽』の力がでかいんだ……! どうすれば)
侑 「歩夢!」
歩夢 「!」
侑 「あの能力を使う! だから歩夢は気を逸らしてほしい」 歩夢 「分かったよ侑ちゃん!」
璃奈 「……あの能力?」
璃奈 (イマジナリーフレンド以外に何か能力があるの……? いや、そんなはずない)
璃奈 (だけど想像が実現する能力なら……いくらでも応用が利く? でも、もしそうだとしたら勝つ想像をすれば良い話……それができないなら、そんな完璧な能力ではないはず。気にしてもダメだ、相手が何かを仕掛けてくる前にここで勝負を決めないと!)
璃奈 「何かしたいみたいだけど、させないっ!!」 グググ
侑 「……私だって負けない!!」 グググ 歩夢 (……気を逸らす。分かったとは言ったものの、具体的にはどうやってすれば……)
歩夢 「あの!」
璃奈 「……」 グググ
璃奈 (耳を貸しちゃいけない……!)
歩夢 「きっとあの人たちは盗んだお金を使っていたんだと思うんです……それに財布にも僅かにお金が残ってたし……なら、被害者全員に返す分のお金は足りなかったはず」
璃奈 「……」 グググ 歩夢 「あなたがその分を補填したんだよね? それも学生には安くない額の……両親に貸してもらったの?」
璃奈 「! 家族は関係ないっ! 私がパソコンを組み立てて稼いだお金があったから……」
歩夢 「自分で稼いだお金だったとしても、それでも大切なお金でしょ? ……あなた、すごく良い人なんだね」
璃奈 「……」 グググ
歩夢 (本当は良い子のはずなんだ……だからそこを意識すれば上手くいくと思ったけど……隙が生まれない……) りなりーの行いで救われた人のことを考えるとりなりーの方に感情移入しちゃうわ
ゆうぽむの本当の目的がなんなのかまだわからんしな 璃奈 「あなたはもう勝てないっ! 潔く帰るのがベストっ!」 グググ
侑 「……悪いけど、私たちにも私たちなりのプライドがあるからね。はい、分かりました、と帰るわけにはいかないんだっ」 グググ
歩夢 「ねえ!」
璃奈 「……っ、しつこいっ! 私はあなたの話を聞く気なんて」
歩夢 「あなたはすごく良い人なのに、どうして感情を奪うの!? どうしてそんなに怒ってるの!?」 璃奈 「……どうしてそんなに怒ってる? なぜそう思うの」
歩夢 「……」
璃奈 「たしかに、あの人たちには怒っていた。でも今の私は至って冷静。それにあなたたちには全く怒ってなんか……」
歩夢 「だって、顔が怒ってるから……」
璃奈 「!?」
璃奈 (えっ……) 侑 「そういえば、仮に『喜怒哀楽』だとしたら、あと一つ『哀』が足りないよね」
璃奈 「! それがどうしたの」
侑 「もしかしてその能力、感情にまつわる能力で、おかしくなってしまった人たちは感情を奪われてしまったんじゃないかな?」
璃奈 「……っ、能力がバレたところで関係ない。このままあなたは負けるの!」
侑 「さらに言えば、奪った感情の部分が強まるとか? そして、感情を奪われた人たちを見たところ、哀しむ心『哀』は残ってるように見えた。その感情は奪ってないよね? だからこそ、他の感情より弱い武器になる」 璃奈 「それがどうしたの。このまま十分『喜』『怒』『楽』だけで勝てる。問題はない」
歩夢 「……もし、奪った感情の分だけあなたの感情も左右されるなら、あなたは今、『哀』に比べてその三つの感情が異様に強くなってるはず。人を哀しむ心が弱くなって、そのいっときの感情で衝動的に動くように……だって、本来のあなたなら、いくら理不尽な相手でも、こんな残酷なことはしない」
璃奈 「!」
侑 「隙ありっ!」 シュッ
璃奈 「!?」
バーンッ 璃奈 「……っ! 地面に吹き飛ばされたけど、すぐに回復してる。まだ戦えるっ!」
侑 「建物のフロートガラス、見てみて」
璃奈 「えっ……」
璃奈 「!」
璃奈 (わ、私、こんなに怒ってる顔を……せっかく表情に出るようになったのに、全然笑顔なんかじゃ……)
歩夢 「侑ちゃん!! 今だよっ!!」
璃奈 「!? な、なにを」
侑 「能力『ときめきを共有して』」 —————
———
—
助けてっ
つらいっ
私はなんでみんなに伝えられない
楽しいのに
哀しいのに
誰も分かってくれない いや私が悪いんだ
私が表情にできないから
言葉だけじゃダメかな?
こんなに届けたい気持ちたくさんあるのに!
—
———
————— 璃奈 「……今のは」
歩夢 「『イマジナリーフレンド』は私の能力。侑ちゃんの能力は『ときめきを共有して』……優しい侑ちゃんだからこそ、みんなの気持ちを解ろうとした侑ちゃんだからこそ、生まれた能力だよ」
侑 「……断片的ではあるけど、相手の気持ちを読み取ることができるんだ。鮮明なものではないけど、それでもちゃんと届いたよ。あなたの気持ち」
璃奈 「っ、あなたに私の何が」
歩夢 「私にも届いたよ」
璃奈 「!」 歩夢 「侑ちゃんの能力で、私にも同じビジョンが見えたの……あなたの願い、叫び、哀しみ。伝えられないと、嘆いてたけれど、私と侑ちゃんには分かったよ!! あなたの気持ちっ!!!」
璃奈 「……いくら言ったって、信じない。そんな能力でわかる思いなんかっ」
侑 「信じてほしい」
璃奈 「!」
侑 「……歩夢にはあんまり言わないでほしいんだけど、私ってイマジナリー、まあ想像じゃん?」 ヒソヒソ
璃奈 「う、うん……」 侑 「その歩夢が願った通りの存在が私ってわけ。歩夢から見たら私は、『優しくてどんなつらさも心から共感できる』子らしいんだ。想像って常に完璧じゃん?」 ヒソヒソ
璃奈 「……」
侑 「そんな完璧な能力が『ときめきを共有して』そう思うと、その能力で歩夢と私に伝わったそれは、本物だと思わない?」 ヒソヒソ
璃奈 「そ、それは……」
侑 「だから信じてよ。あなたの思い、ちゃんと届いたって。届いたことを信じてくれないと、いつまでも気持ちは届けられないよ?」
璃奈 「届いたことを信じる……」 侑 「断片的にしか見えなかったけど、明確に見えたのは、Dちゃんって子だった」
璃奈 「!」
侑 「あなたのために、怪我までしたあの子。早く行ってあげて、あなたを待ってるよ」
璃奈 「で、でも、笑顔を見せられなくなった私じゃ……」
侑 「大丈夫。その子なら、たとえあなたが笑顔を見せられなくても、ちゃんと思いが伝わるから……怖がらなくてもいい」
璃奈 (笑顔を見せられなくても……思いが伝わる……) 侑 「もし、またあの人たちが悪いことをしようとしたら、私たちが必死に止める。だから、あなたはただ、今の気持ちに正直になって。ここで止まらないで」
璃奈 「……ごめんなさい。そして、ありがとう」
歩夢 「こっちこそありがとう!」
璃奈 「! なぜあなたがお礼を言うの?」
歩夢 「えっと……私たちの知らないところで、あなたがこの学校の人を助けてくれたから……かな? ううん、本当はパッとした理由なんてなくて、なんとなく。なんとなくお礼が言いたくなっちゃったの!」 エヘヘ 璃奈 「……」
歩夢 「だからありがとう!」 ニコッ
璃奈 「……あなたたちには必ず恩を返す。でも今は」
侑 「うん、いってらっしゃい」 ニコッ
璃奈 (待ってて!)
タタタタ
タタタタ
…
…
… 侑が自分のことを想像の存在とはっきり認識してるのは面白いね 侑ちゃんがりなりーの能力をすぐ見破れたのは自分も能力で生まれた存在だからかな? 生徒D 「……」 ドキドキ
生徒D 「大丈夫かな、璃奈さん……」
璃奈 「あのっ!」
生徒D 「! 璃奈さん!」
璃奈 「えっと、その……」
璃奈 (傷だらけになってる……やっぱり私を庇ってくれたから……)
生徒D 「あっ、傷のことは気にしないで! 私は璃奈さんにお世話になりっぱなしだから、このくらい」
ダキッ 璃奈 「……ありがとう。でも無理しないで」
生徒D 「璃奈さん……?」
璃奈 「言いたいことがあるの」
生徒D 「言いたいこと……?」
璃奈 「あなたに、表情は嘘をつけないって言ったよね」
生徒D 「う、うん」
璃奈 「でも、違うの、私は表情で嘘をついちゃったんだ……。私は本当は、感情が上手く表情に出せなくて、あなたが褒めてくれた笑顔も、手品みたいなもの。つまり偽りの笑顔だったの」 生徒D 「あの笑顔が手品?」
璃奈 「……そう。本当の私は、どんな思いも顔に出せない、そんな手品に頼ってしまうような弱い人間。ごめんなさい、あなたを騙すようなことを」
生徒D 「それならあの言葉も、あの思いも、璃奈さんが私を助けてくれたのも、全部嘘なの?」
璃奈 「そ、それは!」
生徒D 「分かってる。嘘じゃないよね。だって見えたんだもん、璃奈さんの笑顔が」
璃奈 「? どういうこと、私の笑顔は嘘っぱちで……」 生徒D 「心が笑ってるっていうのかな、璃奈さん、私には見えたよ、本当の璃奈さんの笑顔が!」
侑 『大丈夫。その子なら、たとえあなたが笑顔を見せられなくても、ちゃんと思いが伝わるから……怖がらなくてもいい』
璃奈 「!」
生徒D 「璃奈さんは表情に出せないって悩んでるけど、璃奈さんの心、ちゃんと通じたよ。だからほら笑って。明るい璃奈さんと話したい!」 ニコッ
璃奈 「……」 ポロポロ
生徒D 「ええっ!? 泣いてる!?」 璃奈 (……そうか。ちゃんと、ちゃんと、思いは届いてたんだ。心でちゃんと)
璃奈 「……ありがとう」 ポロポロ
生徒D 「璃奈さん……」
生徒D 「……」
生徒D 「うん! どういたしまして!」 ニコッ
璃奈 (本当に私の笑顔が彼女に見えたかどうかなんて分からない。表情に出ない私でも、心が反映されたかどうかなんて……)
璃奈 (でも、いい。そんなのいい。根拠なんかいらない。信じてみよう)
璃奈 (私の思い、願い。届いたことを……信じてみよう)
璃奈 (ありがとう……)
…
…
… かすみ 「……それで、『喜怒哀楽』の子は進化しそうなの?」 プクー
?? 「なんだか機嫌が悪そうだね、かすみさん。何かあったの?」
かすみ 「歩夢先輩に今日の放課後遊ぼうって言ったけど、断られちゃったんだ」
?? 「そ、そうなんだ……相変わらず子供みたいだね」
かすみ 「こ、子供!?」
?? 「だって遊びの誘いを断られただけでそんなに拗ねてるんでしょ?」
かすみ 「それはそうだけど……でも流石に子供はひどくない!?」 ?? (……はぁ。かすみさんはこういうところがあるからなぁ)
?? (それにしても、なんて説明しよう。進化するチャンスだったのに、何者かに邪魔されて感情を奪うのをやめちゃったって……)
?? (しかも何人も同時に監視してるから仕方ないとはいえ、見てないときだったから邪魔した人も分からないし)
?? (もうめんどくさいから、適当言っちゃおうかな。目的としては、誰か一人でも完全に進化してくれれば良いわけだから……他の優秀な候補者を探せば大丈夫だよね?)
?? 「それで、その能力者のことなんだけど……」 かすみ 「そうだ、『喜怒哀楽』の能力者はどうなったのさ!」
?? 「時間はかかりそうだけど順調に進化してきてるよ……でも獲物は吟味してるみたいで、自分が欲しい感情は違うところにあるってかなり遠いところに引越ししちゃった」
かすみ 「ええっ!?」
?? 「安心して。ちゃんと監視してるから」
かすみ 「ならいいけど……」
?? (ふんっ、普段私をこき使ってるくせに、その上原さんって人に夢中になってるからこれは罰だよかすみさん……かすみさんのバカっ!)
…
…
… イマジナリーフレンドは歩夢の能力みたいだから???はまた別の存在なのかな りなりーはこれで救われたのかな…不良達にはちゃんとした制裁も受けてほしいね 悪人に思いやりを残そうとすると相対的に璃奈ちゃんの哀が少なくなるのは絶妙な設定だ 侑 「うーん! 今日も良い朝だね!」
歩夢 「そうだね、侑ちゃん……」
侑 「? また歩夢元気ないみたいだけど……どうしたの? あの人たちにも感情は返したし、無事解決したじゃん」
歩夢 「えっとね、私たち、これで良かったのかなぁ……って」
侑 「というと?」 歩夢 「あの子は間違ってたと思う……でも、あの子の悩みや助けたいって気持ち、それに偽りはないと思うんだ」
侑 「そうだね……あの子は、やり方は間違ってたけれど、でも、良い子だよ」
歩夢 「無事Dちゃんって子と分かり合えたのかな? ちゃんと表情に出なくても通じ合えたのかな?」
侑 「……」
歩夢 「私たちが彼女を止めたこと、それが正解だったのかなって」 侑 「……能力をコントロールし切れない人は、必ず苦しむことになる」
歩夢 「!」
侑 「だから私たちにできることをしよう、そう決めたのは歩夢でしょ?」
歩夢 「うん……」
侑 「それに、悪いことをしてた人たちも、『哀』の感情だけにしばらくなっていたからか、すごく反省してたし、もう悪いことはしないと思うよ? あの子のやったことも、それを止めた私たちも、決して無駄じゃなかったんだよ」
侑 「……まあ逆に言えば、良くも悪くも、人はそこまでしないと変われないってことだけどね」 ボソッ かすみ 「歩夢先輩! おはようございます!」
歩夢 「あっ、かすみちゃん、おはよう……」
かすみ 「今日こそは私と一緒に遊んでくださいね!?」
歩夢 「うん、もちろんだよ」
かすみ 「えっとじゃあ二人でゲームセンターに行きましょう! 次にパフェを食べに寄って」
歩夢 「……またパフェなんて、かすみちゃん、太っちゃうよ?」 フフ
かすみ 「なっ! アイドルは太らないんです!」
侑 「それはないでしょ」 キンコンカンコーン
かすみ 「ってまた相変わらず歩夢先輩との時間を邪魔するチャイムの鐘!!」
歩夢 「ふふ、じゃあまた放課後だね、かすみちゃん」
かすみ 「それと!」
歩夢 「?」
かすみ 「歩夢先輩の思い、しっかり受け取りましたから! 頑張りましょう、スクールアイドル! 今日は精一杯遊んで、明日からは練習の日々ですから!」
歩夢 (……スクールアイドル!) かすみは侑のこと知ってそうだったから
どこかに本物の侑もいるのかね 侑 「これからたくさんやることいっぱいだし、悩んでる暇はないよ歩夢!」
歩夢 「侑ちゃん……」
侑 「大丈夫! 歩夢のやったことは間違いじゃない!」
歩夢 「……うん、そうだね。頑張るよ! かすみちゃん頑張ろう!」
かすみ 「はい、もちろんです!!」 歩夢 「……」
かすみ 「……」
侑 「……とっくにチャイム鳴ってるけど大丈夫?」
歩夢 「って遅刻しちゃうよ!?」
かすみ 「た、大変です!!」
タタタタ
タタタタ
…
…
… 璃奈 「あの……」
歩夢 「! あなたは……」
璃奈 「改めてお礼を言わせてほしい」
歩夢 「えっ、大丈夫だよ! あのときも言ったでしょ? 私もあなたにお礼を言いたかったんだから!」
璃奈 「……私は天王寺璃奈」
歩夢 「!」
璃奈 「名前で呼んでほしい。そして、もし良かったら、あなたと、友達になりたい。それと、そこにいるんだよね?」
侑 「!」 璃奈 「……あなたもありがとう。あなたとも、友達になりたい」
歩夢 「璃奈ちゃん……! えっと、私の名前は上原歩夢。こっちにいるのは私の幼馴染の高咲侑ちゃん!」
侑 「よろしくね、璃奈ちゃん!」
歩夢 「……よろしくね、璃奈ちゃん。これから仲良くしてね?」 ニコッ
璃奈 「うん!!」
歩夢 (……もうあの能力は使わないんだね。表情が変わらない。でも、なんとなくだけど、笑ってる気がするよ)
歩夢 (良かったね、璃奈ちゃん) 生徒D 「璃奈ちゃん?」
璃奈 「! あ、ごめんね、すぐ行くよ!」
侑 「……共有したときに聞こえた声は、『さん』だったのに、いつのまにか『ちゃん』になってる。仲良くなれたんだね」
歩夢 「ふふ、璃奈ちゃん、Dちゃんが待ってるよ?」
璃奈 「で、でもまだ私はあなたたちに恩返しができてない。お礼もまだ不十分……」
歩夢 「友達が増えた。それだけで私にはすごく嬉しいプレゼントだよ、ねえ侑ちゃん?」 侑 「……うん、歩夢は依存しすぎるところがあるから、最近は友達が他に増えてて安心したよ」
歩夢 「ちょっと侑ちゃん?」 ジッー
侑 「ひっ! なんでもないです!」
歩夢 「ふふ。だから璃奈ちゃんは気にしないで大丈夫だよ。もし気になるなら、今度は一緒にどこか遊びに行こう? それだけですごく私は嬉しい!」
璃奈 「……歩夢さんも、侑さんも、とても良い人。もしも、あなたたちが困ったときは絶対に助ける」
璃奈 「私は、あなたたちのおかげで、表情が全てじゃないって分かったから。そして……私の思いに気付いてくれてありがとう」 タタタタ
タタタタ
侑 「……どう、歩夢。これでも私たちは余計なことをしちゃったと思う?」
歩夢 「……ううん。頑張って良かったって思う」
侑 「だね。ほら放課後はかすみちゃんが待ってるし、もう少し頑張ろう?」
歩夢 「うん!」
…
…
… かすみ 「よしっ! そこだ!」
歩夢 「負けないよーーっ!」 カンッ
かすみ 「って、うぎゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!」
歩夢 「やった、私の勝ちっ!」
かすみ 「ぐぬぬぬ……エアホッケーにも勝てないなんて……歩夢先輩、ゲーム強すぎですよ!!」
歩夢 「まあクソゲーで鍛えてるからね」
かすみ 「?? 聞き間違えですか?」 テッテレーー!
生徒J 「愛! すごいじゃん!」
生徒K 「最高得点だって!」
愛 「ふふっ、愛さん、こういうゲーム得意だからね!」
かすみ 「うわっ、すごいですよ! 最高得点!」
歩夢 「あのゲーム……結構難しいのに。同じ虹ヶ先の制服だし今度一緒に勝負したいなぁ……まあとりあえずかすみちゃんを倒しまくろう」
かすみ 「なんでですか!?」 生徒J 「これで愛、大体ここのゲーム制覇したんじゃない?」
生徒K 「スポーツもできるし、勉強もできるし、はたまた人気者だし、本当愛って完璧だよね」
愛 「あはは、そんなに褒めないでよ。完璧なんかじゃないって。それより今度は向こうのゲームセンターに行ってみない? いっちょカートで勝負だ!」
生徒J 「おっ、いいね! 行こう行こう」
生徒K 「よしー! 出発っ!」 かすみ 「かすみんたちもそろそろ移動しましょうか。今日もあそこのお店のパフェを食べましょう!」
歩夢 「かすみちゃん、よっぽどあのパフェが美味しかったんだね」
かすみ 「そうなんですよ。普段パフェはよく食べてるはずなのに、こないだ行ったあそこのパフェは特別美味しく感じて……なんでだろう」
生徒J 「その前に食べ物屋行かない? お腹空いちゃった。あそこのハンバーガー屋とかどう?」
生徒K 「あそこのハンバーガー屋なら一人ででも別に行けるでしょ。わざわざ友達がいるときに行かなくても……」 愛 「いや行こうよ! これはね、愛さんの経験則なんだけど、同じ食べ物でも、仲の良い友達と一緒に食べると数倍美味しく感じるの!」
生徒J 「あっ、それ分かる気がする!」
生徒K 「ふふ、そんなこと言われちゃったら、行くしかないよね」
かすみ 「……」
歩夢 「……」
侑 「ふふっ」
歩夢 「えっと、かすみちゃん、特別美味しく感じてくれてるのは私と侑ちゃんが一緒にいたからだったりするのかな……?」
かすみ 「もう何も聞かないでください……///」 カァァ
…
…
… 歩夢 「うんっ、やっぱりすごく美味しい」
かすみ 「そうですよ! このパフェが特別美味しいんです!! 決して歩夢先輩と一緒にいたからではなく……」
歩夢 「そうなの?」
かすみ 「……あ、いや、別に歩夢先輩と一緒にいることが嫌なわけじゃなくて、えっと、その」 アセアセ
歩夢 「ふふ。かすみちゃん、面白いね」
かすみ 「あーー!! 歩夢先輩!! かすみんをからかいましたね!?」
歩夢 「そんなことないよ……多分」
かすみ 「むぅ……!」 侑 「相変わらず美味しそうだね」
歩夢 「だから侑ちゃんも食べればいいのに」
侑 「ダイエットの道は長いのだ」
歩夢 「またそんなこと言って!」
かすみ 「そういえば、歩夢先輩! この動画を見てください!」
歩夢 「また同じパフェの動画?」
かすみ 「そうです! 東雲学院の大人気スクールアイドル! 近江遥ちゃんのパフェ紹介動画ですよ!」 歩夢 「パフェの魅力は十分分かったよ?」
かすみ 「そういうことではなく……歩夢先輩はスクールアイドルを目指すんですよね?」
歩夢 「!」
かすみ 「本格的な練習は明日からですけど、もう大人気アイドルへのスタートダッシュは始まってるんですよ! 人気なスクールアイドルのこういう動画から、学べることは学ぶんですっ!」
歩夢 「……なるほど、そうだよね。ごめんね、かすみちゃん。私、改めてちゃんと見てみるよ!!」
かすみ 「その意気ですっ!!」 遥 『このパフェ……すごく美味しいです! 特に中に入ってるバナナとチョコが甘くて良いですね』
歩夢 「食レポが上手だね」
かすみ 「それもそうですけど、ポイントはこの顔ですよ。美味しそうに食べる表情が最高に可愛いんです」
店員 「……」 ジッー 店主 『そう言ってくださると嬉しいです。材料にはこだわってるんですよ』
遥 『なんだかお姉ちゃんのチョコバナナ蒸しケーキを思い出すなぁ……』
歩夢 「お姉ちゃんがいるんだね」
かすみ 「こうやってお姉ちゃんっ子アピールをするところも最高に上手いですし、何よりお姉ちゃんの作ってくれるケーキが好きっていうことを言うことで、良い子アピールができるんですよ。これを素でやってそうなのが恐ろしい」
店員 「流石遥ちゃん……!」 店主 『……お姉ちゃん?』
遥 『はっ! なんでもありません!』
歩夢 「天然? なのかな」
かすみ 「くぅ、憎いっ。真面目な天然ほど人気の出るものはないんですよ。出るべくして出たスクールアイドルですね」
店員 「分かってるじゃないか、君」
歩夢 「……」
かすみ 「……」
店員 「……」
かすみ 「いや普通に話しかけてきてるけど誰!?」 店員 「……仕事中なのすっかり忘れちゃってたよぉ。えっと、その制服、虹ヶ先学園だよね?」
歩夢 「? そうですけど、あなたもそうなんですか?」
店員 「ふっふっふっ、私はね」
彼方 「近江彼方。ライフデザイン学科の三年生で、その遥ちゃんのお姉ちゃんだよ」
かすみ 「お姉ちゃん……? 近江……?」
彼方 「その動画の再生数の千回くらいは彼方ちゃんの自信があるよ〜!」
かすみ 「ええっ!? 近江遥ちゃんのお姉ちゃん!?」 彼方 「君たち、こないだも来てたよね。そのときも遥ちゃんの動画を見てたから気になってはいたんだけど、今回はついに話しかけちゃった」
歩夢 「すごい……! まさかこの子のお姉ちゃんに会えるなんて……」
彼方 「えっと、君たち、このお店を気に入ってくれたの?」
かすみ 「気に入ったというかまだ二回目ですけど……でも多分、これからは練習帰りによく寄ると思います」
彼方 「なら嬉しいな〜。まさか仕事場で遥ちゃんの話が聞けるとは思ってなかったよ」 歩夢 「妹さんのこと、大好きなんですね」
彼方 「うん!! それこそ遥ちゃんがいるから、毎日頑張れてるようなものだから!!」
かすみ (……近江遥ちゃんのお姉ちゃん)
かすみ (もしかして大人気スクールアイドルの秘訣とか聞けるのでは!?)
かすみ 「彼方先輩!」
彼方 「うーん? なんだい?」 かすみ 「きっとかすみんたち、このお店のこの時間に、これからも何度も来ると思います……だから、彼方先輩からも遥ちゃんについて教えてくれませんか?」
彼方 「彼方ちゃんが遥ちゃんのことをあなたに?」
かすみ 「はい! かすみんたちスクールアイドルを目指してるんです! ね? 歩夢先輩!」
歩夢 「う、うん!」
彼方 「ほほぅ〜。遥ちゃんと同業者ってことだね」
彼方 (遥ちゃんのことを知って、自分たちも人気になりたいって感じかな) 彼方 (うーん……プライベートまで知りたがるファンってわけでも、相手の弱みを握ろうとする悪質なライバルってわけでもなさそうだし……そもそも成功するには多大な努力が必要で裏技なんかないわけだし……問題ないかな。それにこの子たちから見た遥ちゃんも知りたい!)
彼方 「よしっ、いいよ! そのかわり二人から見た遥ちゃんも教えてねー? 彼方ちゃん、遥ちゃんのこと、もっと分かりたいんだ!」
かすみ 「もちろんです! よろしくお願いします、彼方先輩!」
歩夢 「よろしくお願いします」 ペコッ
彼方 「ふふ、苦しゅうない、苦しゅうない」 店長 「近江さん」
彼方 「……」
かすみ 「……」
歩夢 「……」
店長 「聞こえなかったのかな、もう一度言うね……近江さん」
彼方 「はい」
店長 「あとちょっとで終わりだから気が抜けてるのかもしれないけど、まだ彼方さんの仕事終わってないから」
彼方 「……すみません」
…
…
… 彼方 「あはは、さっきはどうなることかと思ったけど、バイトが終わった後にこんなに遥ちゃんについて話せるなんて……すごく楽しかったよ。ありがとう二人とも」
かすみ 「いえいえ、かすみんも学ぶことがたくさんありましたし、彼方先輩と話すのとっても楽しかったです!!」
彼方 「そう言ってくれると嬉しいよ〜。歩夢ちゃんも、話してくれてありがとう。学校とかでも見かけたら話しかけてくれたら嬉しいな」
歩夢 「私も彼方さんと話せてとても楽しかったです! 学校でもぜひ話してください!」 彼方 「……あっ、そろそろスーパーのバイトの時間だ。ごめんね、二人とも」
かすみ 「ええっ!? さっきバイトが終わったのにまたバイトがあるんですか!?」
彼方 「働いた分だけお金が貰えるからね〜。そりゃあ、頑張るよ」
歩夢 「あ、あの今日はありがとうございました、彼方さん!」 ペコッ
かすみ 「彼方先輩とのお話、すごく楽しかったです!」
彼方 「ふふ、こちらこそだよ。じゃあまたね、二人とも〜!」 ニコッ
タタタタ
タタタタ
…
…
… イラッシャイマセー
コノショウヒン ナラベテクレル?
ワカリマシタ!
彼方 「ふぅ、最近は不景気だけど、仕事の忙しさは変わらないよぉ」
店長 「……あの、近江さん」
彼方 「? どうしたんですか、店長?」
店長 「少し話があるんだけど、大丈夫かな」
彼方 「もちろん大丈夫ですよ」
タッタッ
タッタッ 店長 「……」
彼方 「?」
店長 「率直に言うとね」
彼方 「は、はい!」
彼方 (もしかして彼方ちゃん、何かミスでもしちゃったのかな……)
店長 「近江さんは、今月いっぱいでこのお店を辞めてもらいたいんだ」
彼方 「えっ……」 店長 「申し訳ない。不景気の今、削減するとしたら人件費。それも一番若い人になってしまうんだ……」
彼方 「えっと……あっ、クビということですよね……」
店長 「本当に申し訳ない。君の仕事には何も問題はないんだ、むしろ本当に頑張ってくれていると思う。なのに、こんなことになってしまって……すまない」 ペコッ
彼方 「て、店長、頭を下げないでください……! 事情は分かりますから」
店長 「本当にすまない……っ!!」
彼方 「……」
…
…
… 彼方 「……これからどうしようかな」
彼方 (貯金も少しあるし、バイトだって他にやってるの何個もあるし、大丈夫だとは思うけど……)
彼方 「特に給料のいいバイトだったから、やっぱり痛いよね……」
彼方 (でも遥ちゃんが安心して学校に通えるために。のびのびとスクールアイドルができるように。もっと頑張らなくちゃダメなんだ)
彼方 「えっと、まずは、募集してるところを探して……」
?? 「何かをするにはお金が必要。でも、お金を手に入れるには何かをしなくちゃいけない。なんとも、矛盾を感じる概念です」
彼方 「! だ、誰!?」 ?? 「しかし、そんなのお金があれば悩むことはありません! お金があれば、あなたは自由! 大切な人に笑顔を届けることも余裕にできる!」
彼方 「……怪しい商法とかなら、結構ですっ!!」
?? 「怪しい商法……まあ似てはいますが、こちらは本物。似て非なるものですよ。お金が無限に出せる力、欲しくないですか?」
彼方 「! お金が無限に出せる……?」
?? 「私、あなたにその力を差し上げられる、不思議な機会を持ってるのです。どうです? 悪くないでしょう。乗ってみませんか?」
彼方 「……断る」 ?? 「安心してください。契約書などは一切書いていただかなくて構いません。ただの善意ですから」
彼方 「……っ、それでも断るよ。仮にお金が出せたとしても、そんなの申し訳なくて受け取れない。自分で稼いだものじゃないとお金は使えないよ」
?? 「何を言ってるのです? 私は能力を発動させるきっかけを与えるだけ。そのお金を無限に増やせる力を元々秘めてたのは、あなたなんですよ?」
彼方 「彼方ちゃんが……そんな能力を……?」 ?? 「自分の能力を使うだけの何が悪いんですか。ライオンがその牙を使うことを、熊がその爪を使うことを、禁止されるようなものです。自然の摂理を理解することこそ、お金を手に入られるチャンスですよ」
彼方 「で、でも……」
?? 「どうです? クーリングオフできるかは分かりませんが、あなたの家の押し入れの奥にある、掘り出し物を使うようなもの。損はないはずですよ?」
彼方 「……」
?? 「ふふ、答えは決まったみたいですね。頑張ってください、大切な誰かのためにも……」
…
…
… かすみんはしず子の管理をちゃんとして
本物のしずくかわからんけど あと出てないのはエマ果林せつ菜と出るかわからないけどランジュ達か 手から湯水のようにお金が湧き出てくるような能力なのかあるいは…続きが気になるな 侑 「今日も色々あったねぇ……良かったね、歩夢。また友達ができて」
歩夢 「うん。璃奈ちゃんも彼方さんも、すごく良い人たちで、これからもっと仲良くなれるよう頑張らなくちゃ!」
侑 「彼方さんに関しては本当に会ったばかりだったのに、かすみちゃんも歩夢もすぐ打ち解けたよね」
歩夢 「そうだね。かすみちゃんは近江遥ちゃんの話がたくさん聞けるってワクワクしてたし、私は単純に彼方さんと話すのがすごく楽しかったなぁ」 侑 「ふふ、良かったね、歩夢。明日からはスクールアイドルの練習が始まるんでしょ? そこから帰りにあそこのお店に寄るって感じかな」
歩夢 「そうだと思う。そういえばスクールアイドルの練習って具体的にはどんなことをするんだろう?」
侑 「うーん、それはかすみちゃんに聞いてみないとね。たしか明日は昼休みに会うんだったっけ?」
歩夢 「うん。明日からは昼休みと放課後が練習時間の予定だよ」
侑 「おおっー、本格的に忙しくなってくんだね。歩夢、私も全力で応援するから、頑張っていこうね!!」
歩夢 「うん!!」 歩夢 (璃奈ちゃんとも友達になれて、彼方さんとも友達になれた。明日からはかすみちゃんとスクールアイドルを目指す日々)
歩夢 (学校でもたくさん話せたらいいな。璃奈ちゃんと遊んだり、彼方さんとお喋りしたりして、それでいて、かすみちゃんと楽しく頑張れたらいい……。選択肢がたくさんある……!)
歩夢 (なんだかすごい幸せな気分……)
歩夢 (だけど、友達の輪が広がるたび思う。それでも私にとって侑ちゃんは) 歩夢 「侑ちゃん」
侑 「? どうしたの、歩夢?」
歩夢 「侑ちゃんはずっと、私の幼馴染だよ」
侑 「……? 当たり前じゃない」
歩夢 「……あっ、そうだよね」
侑 「ふふ、今の歩夢、ちょっと面白かった」
歩夢 「侑ちゃん? 私ネタで言ったわけじゃないよ?」
侑 「知ってるよ」 歩夢 「ほんと?」
侑 「うん」
歩夢 「……」 ジッー
侑 「……」
歩夢 「ほんとにほんと?」
侑 「あはは、ごめん。少しからかったかも」
歩夢 「もう侑ちゃんったら!」
侑 「……ふふ、まあともかく、これからもよろしくね、歩夢」
歩夢 「もちろんだよ、侑ちゃん」
…
…
… ガチャ
彼方 「遥ちゃん、ただいま〜」
遥 「おかえり、お姉ちゃん! バイトお疲れ様」
彼方 「うん。ありがとう。遥ちゃんは勉強?」
遥 「えっと、次のライブのアイデアをまとめてるの」
彼方 「ライブ!? 彼方ちゃん、その日は他に何も予定を入れないでおくよ!! 何日か教えて?」 この侑ちゃんは歩夢の想像みたいだけどこういうやり取りも歩夢の想像なんだろうか 遥 「あはは、お姉ちゃんまだ日付は決まってないよ」
彼方 「えっ、そうなの? えへへ、彼方ちゃん早とちりしちゃった。じゃあ着替えてくるからちょっと待っててね」
遥 「うん。あっ、お姉ちゃん! 実は後で一つ相談があって……」
彼方 「相談? うん、全然問題ないよ!」
遥 「ありがとう。じゃあ待ってるね」
彼方 「うん! すぐ戻ってくるよ!」
タッタッ
タッタッ 遥 「……」
遥 (お姉ちゃん。今日もバイトを二つも連続でして帰ってきた)
遥 (私のためだって分かってる。でも、それでも!)
タッタッ
タッタッ
彼方 「おまたせ、遥ちゃん! それで相談って何かな?」
遥 「お姉ちゃん、あのね」
彼方 「うん」 遥 「私、お姉ちゃんのお手伝いをしたいの」
彼方 「!」
遥 「このままじゃお姉ちゃん、体壊しちゃうよ……私より早く起きて、家事もほとんどやってくれて、アルバイトもして、奨学金のことがあるから夜遅くまでずっと勉強を頑張ってて、いつも寝るのは私よりもずっと後……」
彼方 「そ、そんな彼方ちゃんは全然平気だよ!? 遥ちゃんはスクールアイドルで忙しいでしょ? 家事やお金のことは気にしなくていいから、遥ちゃんには夢を追いかけてほしいんだ」
遥 「でもそしたらお姉ちゃんが!」 彼方 「お願いっ」
遥 「!」
彼方 「彼方ちゃんは、遥ちゃんの幸せが一番なの。彼方ちゃんが頑張れるのも遥ちゃんのおかげ。だから、遥ちゃんに手伝わせちゃったら本末転倒なんだ。だからお願いっ」
遥 「で、でも」
彼方 「ね?」
遥 「……う、うん」
彼方 「ほらご飯にしよう? すぐ作れるように朝のうちに仕込んであったのがあるから」 遥 「……」
彼方 「遥ちゃん?」
彼方 (遥ちゃんは私に気を遣ってくれたんだよね……それを無下にするなんてダメだよ!)
彼方 「彼方ちゃんは料理を作るけど、食器を用意するのは大変だな〜」
遥 「! 今運ぶね!」
彼方 「ふふ、ありがとう遥ちゃん」 彼方 (こんなに優しい子に育ってくれたなんて、彼方ちゃんすごく嬉しい)
彼方 (でも、そんな遥ちゃんを心配させるなんて、彼方ちゃんはお姉ちゃん失格だよ……)
彼方 (彼方ちゃんの能力『ライフイズマネー』……お金が無限に出せる力らしいけど、やっぱり少し怖い)
彼方 「彼方ちゃん……一体どうすればいいんだろう……」 ボソッ
…
…
… デメリット含めて能力の説明しないのは邪悪そのものだよな ?? 「かすみさん、一人の能力者を覚醒させました。まだ、能力を使うことにかなり抵抗がありそうですが……」
かすみ 「ありがとう。しず子。それでその能力名は」
?? 「『ライフイズマネー』強く願えば、一円玉でも、一万円札でも、いくらでもお金が出せる能力です。もちろん、ドル等にも対応しています」
かすみ 「お金が出せる……。なんていうか、学生には喉から手が出るほど欲しい能力だね……。でも現時点で無限にお金が出せるんでしょ? それって進化の余地はあるの?」 ?? 「あの能力は、進化することはないでしょうね」
かすみ 「はぁ? それじゃ能力を覚醒させる意味がないじゃん。私たちは能力の進化の果てを求めてるんだから」
?? 「ええ。『ライフイズマネー』には進化の余地は残されてません」
かすみ 「……その言い方少し気になるね。もしかして世にも珍しい二刀流?」
?? 「勘がいいですね、かすみさん。その通りです、彼女はもう一つ能力を持ってる二刀流なんです」
かすみ 「そして、そちらの方の能力は進化する可能性があると」
?? 「はい。私の目に狂いはありません」 かすみ 「……なるほどね。そっちの能力も覚醒させたの?」
?? 「ええ、彼女には話してませんが。それにあの能力は進化させてからが本番の能力。条件もあまり単純じゃないので、彼女には秘密にして自然にそうなるように願うだけにしました」
かすみ 「……まあその能力の具体的な内容はおいおい聞くことにして、その条件っていうのは?」
?? 「『明確な現実逃避』彼女が完全に現実逃避へ走ったときに、ようやくその能力は芽を伸ばすのです……」
…
…
… キンコンカンコーン
侑 「あっ、昼休みだね、歩夢」
歩夢 「うん。そろそろかすみちゃん、来るかな?」
ガラッ
かすみ 「歩夢先輩ーー! お待たせしましたーー! 早速練習ですよ!」
歩夢 「うん。頑張ろう! かすみちゃん! ところで練習って具体的に何をするの?」
かすみ 「それはですね、ダンスの練習だったり、歌の練習だったり、可愛さの練習だったりするんですが……まずは」
歩夢 「まずは?」 かすみ 「基礎練習ですっ! 体力がないと大変ですから!」
歩夢 「基礎練習……大変そうだね」
侑 「もしかして歩夢、怖気ついちゃった?」
歩夢 「そんなことないよ。確かに大変そうだけど、基礎練習が大切なのは分かるから……頑張るよ!」
かすみ 「しかし、残念ながらかすみんたちには練習メニューというものが存在しません。かすみんなりの独自メニューはあるにはありますが、これも理にかなってるかは分かりませんし……」 ムムム
かすみ 「そこで特別ゲストをお呼びしました!」
歩夢 「特別ゲスト?」 彼方 「ふっふっふっ、やる気十分だね、二人とも!」 サッ
歩夢 「彼方さん!」
彼方 「東雲学院の練習メニューを彼方ちゃんが一部アレンジした特別メニュー。それを二人にはやってもらうよ? あ、一応遥ちゃんたちにも許可を貰ってるから安心してね」
かすみ 「東雲学院の練習メニュー……! 遥ちゃんもそうですが、なぜ他のみなさんも許可をくれたんでしょうか。普通ライバルに教えたくないですよね?」
彼方 「うーん、まあ練習が全てってわけではないし、何も特別なことはしてない、努力がものを言うタイプの練習メニューだからじゃないかな?」
かすみ 「な、なるほど……つまりかすみんたちじゃ真似できないって、なめられてるってことですよね……! 燃えてきましたーー! 絶対に負けるわけにはいかないですっ!!」 ゴゴゴゴ
彼方 「そうは言ってないよぉ」 歩夢 「あ、あの、彼方さんが練習を見てくれるんですか?」
彼方 「うん、そのつもりだよ。遥ちゃんのことを二人からもっと聞きたいしまさにwin-winの関係だよ〜」
歩夢 「そうなんですね!」
彼方 「ん? 彼方ちゃんの指導じゃ物足りなかったかな?」
歩夢 「そんなことないです! ただ、彼方さんとまた喋られるのが嬉しくて……」
彼方 「あっ、そうなんだね……ありがとう……」
彼方 (歩夢ちゃん、分かってはいたけどめちゃくちゃ良い子だよぉ! 彼方ちゃん、嬉しくて涙出そうだもん!) かすみ 「それで早速練習ですが、何をすればいいんでしょう?」
彼方 「じゃあまずは、十分間、結構なスピードで走ってもらうよ」
かすみ 「十分間!?」
彼方 「……スクールアイドルを目指すなら短い方だよね?」
かすみ 「! そ、そうですよ! 当たり前じゃないですか! 行きましょう歩夢先輩!」 タタタタ
歩夢 「う、うん!」 タタタタ
彼方 「呼吸をしっかり意識してね〜。スクールアイドルは笑顔のまま頑張らなくちゃいけない。簡単に息が上がっちゃダメなんだ」 かすみ 「分かってますよ! ふっ、ふっ!」 タタタタ
侑 「歩夢。ペースを大事にね」
歩夢 「うん! ありがとう侑ちゃん!」 タタタタ
彼方 (……なんだか頑張ってる人たちを見るのは良いなぁ。彼方ちゃんも頑張ろうって気持ちになるよ)
プルル
彼方 「! ごめん、少し電話が来たから離れるね。十分後には戻るから」
かすみ 「了解です!」 タタタタ タッタッ
タッタッ
彼方 「はい、もしもし。近江です」
近所の人 『あ、近江さん? 悪いんだけど集金の件なんだけど』
彼方 「集金?」
近所の人 『ゴミ捨て場の整備のために、みんなで集めようってなったお金のことなんだけど……近江さん家からまだ貰ってなくて』
彼方 「あっ!」
彼方 (すっかり忘れてた……どうしよう……) 近所の人 『今日か明日に取りに行っても大丈夫かしら』
彼方 「えっと……は、はい、大丈夫ですよ! でも帰ってくるのが遅くなるので明日の朝で大丈夫ですか?」
近所の人 『ええ、大丈夫よ。じゃあよろしくね、近江さん』 ピッ
彼方 「……」
彼方 (決して高い額ではないけど、バイトを一つ失った今、結構心にくるなぁ……お金があればなぁ……お金か……)
彼方 「『ライフイズマネー』……強く願えばいいんだよね。じゃあ二千円とか?」
彼方 (いやでもやっぱり悪い夢だったんだよ。そんなことありえない) 彼方 「でも一度くらいならやってみてもいいかも……それで何もなかったら、諦めればいいわけだし」
彼方 (二千円……二千円……二千円……っ!) グググ
パッ
彼方 「!」
彼方 「えっ……えっ?」
彼方 (彼方ちゃんの手元に千円札が二枚がある……なんで? どうして?)
彼方 「本当に、本当なの?」
彼方 「……」
彼方 「……あっ、そろそろ十分経つ。戻らないと!」
タタタタ
タタタタ
…
…
… かすみ 「はぁ、はぁ、きついですね……」
歩夢 「……」 フラフラ
かすみ 「歩夢先輩、大丈夫ですか?」
歩夢 「……かすみちゃんはすごいね、私はもう立つのが精一杯で」
かすみ 「まあ一応、スクールアイドルになりたくて頑張ってきましたからね。だけど」
歩夢 「だけど?」 かすみ 「これからは歩夢先輩も目指すんですから、同じ土俵、同じスタートラインですよ!」
歩夢 「!」
かすみ 「人を褒める前にもっと頑張ってください」
歩夢 「……そうだね、頑張るよ」
タッタッ
タッタッ
彼方 「お疲れ様〜。じゃあ次の練習をいってみようか!」 かすみ 「ええっ!? 少し休憩が欲しいんですけど!?」
歩夢 「かすみちゃん?」
侑 「ふふ、さっきまではカッコよかったのにね」
彼方 「そんな暇ないよ! 次は階段ダッシュをやってみようか!」
かすみ 「ひぃぃぃ! 階段ダッシュ!?」
彼方 「むむ、かすみちゃん……もしかして心折れかけてるんじゃないの?」
かすみ 「なっ! そ、そんなことは!」 彼方 「一応渡しておくね、紙」 スッ
かすみ 「……これは?」
彼方 「今日から毎日やる練習メニュー。放課後の分も書いてあるよ」
かすみ 「!?」
彼方 「階段ダッシュなんて、その紙の中では序盤中の序盤。遥ちゃんに負けたくないなら、最低これくらいはしないとねぇ」
かすみ 「彼方先輩、遥ちゃんのライバルを減らそうとしてわざと厳しくしてません!?」 彼方 「違うよ〜。本当に、遥ちゃんたちは毎日これくらい頑張ってるの」
歩夢 「頑張ろう、かすみちゃん……!」
かすみ 「歩夢先輩!?」
歩夢 「私、燃えてきたよっ……!!!!」 ゴゴゴゴ
かすみ 「意外と熱血派!?」
彼方 「放課後はバイトがあるから少し早めに帰っちゃうけど、それまではちゃんと二人を見守ってるから安心して頑張ってね」 歩夢 「走るよっ! かすみちゃん! ほら引っ張ってあげる!」 ギュッ
かすみ 「いやだぁぁぁぁぁーーーーー!!!」 ズズズズ
侑 「歩夢が楽しそうで良かった」
彼方 「頑張ってね、二人とも〜」
彼方 (……この二千円があれば、問題なく集金は渡せるよね。いや、それどころか、もっとお金が出せれば遥ちゃんのために何でもできるんじゃ)
彼方 「……」
…
…
… かすみ 「いやー……あれから大変でした。彼方先輩が帰った後も厳しいトレーニングばかり。まさかあんなに基礎練習が大変だなんて。かすみんが一人でやってたやつより何倍も大変ですよ」
歩夢 「でも、自分じゃついつい甘やかしちゃうから、良かったよね、かすみちゃん」
かすみ 「良くはないですよ! あんな優しそうな顔して彼方先輩、鬼みたいな厳しさなんですから……」
歩夢 「……」 アセアセ
かすみ 「? 歩夢先輩? どうしたんですか急に黙っちゃって」
歩夢 「かすみちゃん、後ろ……」 かすみ 「後ろ?」 チラッ
彼方 「彼方ちゃんのバイト先で彼方ちゃんの悪口を言うなんて、いい度胸してるね、かすみちゃん……!」 ゴゴゴゴ
かすみ 「ひぃぃぃ! そうだ、忘れてた! ここのお店、彼方先輩が働いてるんだった!」
彼方 「まあ冗談だよ、彼方ちゃんが厳しかったのは本当だし。二人とも彼方ちゃんが離れた後もちゃんと頑張ったんだね、お疲れ様〜。はい、クリームソーダ二つ」 スッ
歩夢 「? 私、クリームソーダは頼んでませんよ?」
かすみ 「かすみんも頼んでませんよ?」 彼方 「いいの、いいの。これは頑張った二人へのサービスだから」
かすみ 「ええっ!? 悪いですよ!? それにお店は大丈夫なんですか!?」
彼方 「うん、彼方ちゃんが払うから気にしないで」
かすみ 「いやそれはそれで気にしますよ!?」
歩夢 「本当に大丈夫なんですか? 彼方さん」
彼方 「うん。頑張った後輩たちにプレゼントをしたいと思ったんだ! 厚意は受け取らないとダメだよ!」 かすみ 「うぅ……そこまで言うならありがたく受け取りますけどぉ……」
彼方 「その代わり……」
かすみ 「その代わり!? まさかの見返りを要求するタイプの厚意!?」
彼方 「あと三十分でバイトが終わるから、そしたら昨日みたいに二人から見た『スクールアイドル遥ちゃん』について教えてね?」
かすみ 「そ、そんなの! お安い御用ですよ! 任せてください! 」 エッヘン
彼方 「……それは遥ちゃんの魅力が簡潔に言える程度ってこと?」 ゴゴゴゴ
かすみ 「違いますよ!?」 侑 「なんだか賑やかだねぇ。歩夢、アイスクリーム美味しい?」
歩夢 「うん」 パクパク
侑 「……そういえば歩夢」
歩夢 「どうしたの? 侑ちゃん?」
侑 「ほんの少しだけど、学校で能力の気配を感じた」
歩夢 「!」
侑 「……気のせいかもしれないけど、念のため気にしておいて。近いうちにまた、璃奈ちゃんみたいに戦うかもしれない」
歩夢 「……うん、分かった」
…
…
… お金の使い道が基本的に全部遥ちゃん絡みなのが彼方ちゃんらしいね 彼方 (今日も楽しかったなぁ……)
彼方 (かすみちゃんと歩夢ちゃん。二人も友達ができて、スクールアイドルのこと、学校のこと、遥ちゃんのこと、たくさん話せてすごく楽しかった)
彼方 (果林ちゃんとか同学年の友達はいたけど、年下の友達は新鮮だなぁ……)
彼方 「楽しかった、楽しかったはずなのに」 彼方 「なんでこんなに手が震えてるんだろう」 ガクガク
彼方 「……やっぱり、怖いのかな。やっぱり罪悪感があるのかな」 ガクガク
彼方 (集金のお金。クリームソーダ二人分。何万とかではないけど、能力で作ったお金を使ってしまった……)
彼方 (ダメだ、絶対ダメだよ。みんな一生懸命頑張って稼いでるのに、彼方ちゃんだけこんなに簡単に……!) 彼方 「えっと、スーパーはこっち……」
彼方 「! そ、そうだ、スーパーは行く必要がなくなったんだっけ……」
彼方 「……」
彼方 「ううん、悩んでも仕方ないよね」
彼方 (バイトがないということは、早く帰れるってこと。つまり遥ちゃんと過ごせる時間が増えるってことだよ!」
彼方 「悩みは棚に置いて、今は遥ちゃんといれる時間を大切にしよう!」
タタタタ
タタタタ
…
…
… ガチャ
彼方 「ただいま遥ちゃ……」
遥 「! お姉ちゃん!?」 スッ
彼方 (今机で何か書いてたよね? 後ろに隠した?)
遥 「お姉ちゃん、お疲れ様。今日は早かったね」
彼方 「……」
遥 「お姉ちゃん?」
彼方 「遥ちゃんのことだから、そんなに危ないものではないと思うけど、後ろに隠したもの……彼方ちゃんに見せてくれる?」
遥 「!」 彼方 「彼方ちゃん、隠し事は嫌だな」
遥 「……」
彼方 「……」
遥 「……はい、これ」 スッ
彼方 「!? これって履歴書……」
遥 「うん……」
彼方 「……バイトってこと?」
遥 「……っ、やっぱり私耐えられないよ、お姉ちゃん!! 私もお姉ちゃんの手助けを少しでもしたいっ!」
彼方 「遥ちゃん……」 彼方 (遥ちゃん……なんでそんなに頑張ろうとしてくれるの? そんなに彼方ちゃんには余裕がないように見える? お金がないように見えるの?)
彼方 「……」
遥 「……」
彼方 「ダメだよ」
遥 「な、なんで……!」
彼方 「過保護なのはダメだって知ってる。欲しいものがあるだとか、友達と一緒にバイトをしてみたいだとか、そんな理由だったら彼方ちゃんも良いって言うよ。でもね」 彼方 「もしも、彼方ちゃんのために好きな夢を蔑ろにする気なら、遥ちゃんでも、許可はできない」
遥 「!」
彼方 「ごめんね……でも、それは認められないの」
遥 「お姉ちゃん……」
彼方 (なんとか遥ちゃんに心配しなくても大丈夫だって、伝えないと……でもどうすれば……)
彼方 「!」
彼方 (今財布に入ってる二千円……能力で増やしたお金……そうだ、お金があることさえ伝えられれば……) 彼方 「……遥ちゃん、最近新しい服を買ってなかったよね。日曜日、一緒に近くの服屋で服でも買いに行こうよ」
遥 「……! ふ、服なんて今あるものだけで十分だよ!」
彼方 「彼方ちゃんもちょうど買いたかったんだよね」
遥 「えっ、お姉ちゃんも……?」
彼方 「うん。だから一緒に行こうって言ったじゃん」
遥 「……えっと、お姉ちゃんも一緒に買うなら、私も買おうかな。ずっと欲しかった服があるんだ」 彼方 「ふふ、ならそれを買いに行こう、日曜日が楽しみだね、遥ちゃん!」
遥 「う、うん……!」
彼方 (欲しい服があったなんて知らなかったよ……我慢してくれてたんだね……)
彼方 (彼方ちゃんと遥ちゃん、ずっと二人で頑張ってきた。でも、これ以上、遥ちゃんを悩ませたくない。やっと彼方ちゃんでも)
彼方 (本当の意味で、役に立てる日が来たんだね……)
…
…
… 先生 「では、この教科書の子の生活では、どんな栄養素が特に欠けてるか答えられる人、いますか?」
一同 「「……」」 シーン
先生 「じゃあランダムに選びますよ? えっと、近江さん。近江さんは分かりますか?」
彼方 「……」 スゥスゥ
先生 「近江さん?」
彼方 「遥ちゃん……」 スゥスゥ —————
——
—
遥 『お姉ちゃん! こっちに来て一緒に紅茶を飲もうよ!』
彼方 『いいね〜。流石遥ちゃん!』
遥 『お菓子もたくさんあるよ! 私頑張って作ったんだ』
彼方 『遥ちゃんの手作り!? 彼方ちゃん、嬉しくて泣いちゃいそうだよぉ〜!!』 遥 『えへへ、お姉ちゃんが喜んでくれて良かった』
彼方 『じゃあまずはこのクッキーから貰おうかな……嬉しいなぁ、遥ちゃんの手作りが食べられるなんて……』
彼方 『彼方ちゃん。こんなに幸せなことないよぉ』
—
———
————— 先生 「いくら実習じゃないからって起きなさい! 近江さん!」
彼方 「……えっ?」 ピクッ
先生 「珍しいわね。近江さんが居眠りなんて……」
彼方 「あれは夢だったの……?」
彼方 (あんなにはっきりと遥ちゃんがいてくれたのに……手作りお菓子だってすぐそばに……)
彼方 「お菓子、お菓子が足りない……」 グスッ
先生 「お菓子は栄養素ではありませんよ、彼方さん」
…
…
… たった数千円でそんな悩むとかいい子すぎる
金額の問題じゃないんだろうけど 彼方 「遅れてごめんね〜」 タタタタ
かすみ 「土曜日なのに授業があるなんて珍しいですね」
彼方 「ライフデザイン学科は普段は実習がメインなんだけど、筆記ももちろん大事だから、こうして土曜日に度々補修があるんだよね。でも今日は呑気に寝ちゃった……あはは」
かすみ 「安心してください! かすみんも同じですから!」 エッヘン
歩夢 「大丈夫な要素がない……」 彼方 「今日は時間が多めに取れるから、基礎練はもう結構終わったかな?」
かすみ 「時間があるとはいえ練習始めたの昨日からですよ? まだ全然慣れてないから時間がかかりますよ!」
彼方 「そっか、じゃあ今日は彼方ちゃんも基礎練一緒にやろうかな!」
かすみ 「ええっ!? 彼方先輩もですか!?」 彼方 「やっぱり指導する身としては、自分でも練習内容を体感しないとね!」
かすみ 「なんて指導者の鏡……! 頼んで良かった……!!」 グスッ
彼方 「ほら歩夢ちゃんも頑張るよ!」
歩夢 「は、はい!」
彼方 (それに授業で居眠りしちゃうなんて本当に珍しいし……きっと弛んでるんだよね。少し体動かさないと!) 彼方 「よしっ! 今度はダッシュを五本行こうかっ!」
かすみ 「ひぃぃぃ! スパルタ!」
彼方 「あ、それと、今日も彼方ちゃん先に帰っちゃうけど、それまではちゃんと一緒に頑張るから安心してね」
かすみ 「ええっ!? 土曜日もバイトあるんですか!?」
彼方 「まあ平日とは違うバイトだったり、時間帯も少し早いけどね」 歩夢 「あ、あの彼方さん……」
彼方 「うーん? どうしたの歩夢ちゃん?」
歩夢 「私たちの練習……負担になってないでしょうか……」
かすみ 「そ、そうですよ! そんなに忙しいだなんて、もしかしてかすみんたち迷惑をかけてるんじゃ……」
彼方 「ううん、全然迷惑なんかじゃないよ。気にしないで」
歩夢 「で、でも……」 彼方 「言ったでしょ? 妹である遥ちゃんとはまた違った、『スクールアイドル遥ちゃん』のことを教えてもらえてるだけですごくありがたいって。それに、好きなんだ〜。かすみちゃんと歩夢ちゃんといる時間」
歩夢 「彼方さん……」
彼方 「人が頑張る姿って勇気をもらえるよね。逆にもらってばかりで彼方ちゃんが申し訳ないよぉ、彼方ちゃん迷惑だったかな?」
歩夢 「そ、そんな! 彼方さんは迷惑なんかじゃ!」
かすみ 「むしろ助かってますし、それにかすみんも彼方先輩との時間が好きなんです! お願いですから迷惑だなんて思わないでください!」 もし今のターゲットが彼方だと知ったらかすみはどうするんだろうな 彼方 「ふふ、二人ともありがとう〜。彼方ちゃん、また元気をもらっちゃった」
彼方 (本当にありがとう、二人とも)
彼方 (彼方ちゃん、遥ちゃんと二人のおかげで、もっと頑張れるよ)
彼方 「えっとそれで明日の日曜日は、まだ練習も慣れないだろうし無理しないで二人とも休んでね」
かすみ 「休みってことですか?」 彼方 「うん。それと単純に彼方ちゃんの事情があってね、ふふ」
歩夢 「? なんだか嬉しそうですね」
彼方 「明日遥ちゃんと服を買いに行くんだ〜遥ちゃんと出かけるなんて久しぶりだから嬉しくて」
かすみ 「近江遥ちゃんと買い物ですか!? 姉妹だから当たり前っちゃ当たり前ですけど……なんというか羨ましいですね」
歩夢 (彼方さん……本当に嬉しそうで良かった……。私たちが迷惑をかけてるかもしれないけど、彼方さんが私たちを応援してくれるのがすごく嬉しい自分もいる。どうすればいいんだろう……) 彼方 「ふふっ、羨ましかろう。羨ましかろう。ただし、遥ちゃんにも負けないスクールアイドルになるんだよね二人は?」
かすみ 「! 当たり前です!! ですよね歩夢先輩!?」
歩夢 「も、もちろん!」
彼方 「なら遥ちゃんのことばっか考えてる場合じゃないよ。道のりはまだまだ長いと思うけど、一緒に頑張ろう? 頑張るぞーー」
かすみ・歩夢 「「おおっーーー!」」
…
…
… かすみ 「なんか良い感じの雰囲気で話を締めてましたけど……その後の練習めちゃくちゃスパルタでしたし、やっぱり彼方先輩は鬼ですよっ!! 厳しさの鬼!」
歩夢 「でも彼方さんは私たちのことを本気で考えてくれてるから、練習も厳しいんだと思うよ?」
かすみ 「いやそれは分かってますけどぉ……にしたって厳しすぎる……はっ!?」
歩夢 「どうしたの? かすみちゃん?」 かすみ 「も、もしかして後ろにいるんじゃ……そういえば彼方先輩が働いてるお店だったんだ……」 ガクガク
歩夢 「今日は土曜日だし違うバイトなんじゃないかなぁ」
かすみ 「あっ、そういえばそんなこと言ってましたね。ふぅ、怒られずに済みました……」
歩夢 「……」
かすみ 「……」 歩夢 「……なにか静かだね」
かすみ 「……はい、彼方先輩と出会ってからまだ何日も経ってないのに」
歩夢 「彼方さんがいないと寂しいね」
かすみ 「ですね。バイト終わりに一緒に喋る時間、今日はないと思うとやけに寂しく感じます」
歩夢 「……」
かすみ 「……ってなに寂しがってるんですか!? どうせ来週が来て平日になったらまた彼方先輩とここで会えるんですよ!? それを子供みたいにちょっと会えなかっただけで寂しがって!」
侑 「自問自答してる……」 かすみ 「かすみんは大人なんです! 寂しくなんかありませんっ!」
歩夢 「ふふ、かすみちゃん子供っぽいもんね」
かすみ 「どういうことですか!?」
歩夢 「……」
歩夢 (それにしても……)
歩夢 「っ」 ズキッ
歩夢 (なんだろう、この胸騒ぎ……)
歩夢 (なんだか嫌な予感がする……)
…
…
… 彼方 「うーん……ちょっと眠い……」
彼方 (バイト先でもウトウトしちゃった……おかしいなぁ、睡眠不足ではあるけど、別に最近に限ったことじゃないし……)
彼方 (急になんでだろう?)
彼方 「理由は分からないけど……とりあえず遥ちゃんには心配させちゃってるからね、遥ちゃんの前でくらいは元気よく振る舞わないと!」
ガチャ
彼方 「ただいま遥ちゃん!」
遥 「おかえりお姉ちゃん。お疲れ様」 働かなくても金儲けできると分かれば人間って腑抜けになっちゃうんだよな。彼方はそうならないといいんだが 不思議な能力を使ったからだと思い至らないのは無意識に考えないようにしてるからかな 彼方 「遥ちゃんの顔を見ると家に帰った感じがするよぉ……じゃあ早速料理作っちゃうかな。いや、それとも」
遥 「?」
彼方 「今日は外食にでも行く?」
遥 「えっ!?」
彼方 「最近贅沢してなかったし、たまには変わったものも食べたいよね〜」
遥 「でもお姉ちゃんが頑張って働いたお金で、ってことでしょ!? 悪いよ、それなら私が全部払うよ! そのくらいのお金なら……」
彼方 「遥ちゃん、約束でしょ?」
遥 「!」 彼方 「遥ちゃんがテレビや動画の案件で稼いだ分のお金……その半分はありがたく生活費にもらう。でも残り半分は、遥ちゃんが頑張った証として遥ちゃんの欲しいものに使ってっていう約束。覚えてるよね?」
遥 「で、でもお姉ちゃんが働いて稼いだお金は全部学費や生活費に……!」
彼方 「遥ちゃん、正直言うね」
遥 「お姉ちゃん……?」
彼方 「お金のことなんて気にしなくていいの。悩まなくていい。もう彼方ちゃんが悩ませたりしない。大丈夫、外食に行くくらい全然平気だから。別に高級レストランに行くわけじゃないんだよ?」
遥 「だ、だけど」 彼方 「それに彼方ちゃん知ってるんだ、遥ちゃんが貯めたお金をあまり使ってないこと。彼方ちゃんのことを考えて、貯金してくれてるんだよね?」
遥 「そ、それは」
彼方 「大丈夫。その優しさだけで本当に満足なんだ。遥ちゃんは彼方ちゃんの大事な妹。甘えたっていいんだよ」
遥 「……」
彼方 「じゃあ近くのファミレスに行こう? 明日は服屋さんに行くわけだし、週末は楽しまないと!」
遥 「う、うん!」 遥 (……最近のお姉ちゃん、少し変な気がする。でも、何も言えないよ。私のことをこんなに思ってくれてるんだもん)
遥 「楽しみだね! お姉ちゃん!!」 ニコッ
遥 (だけど、明日はちゃんと聞こう。お姉ちゃんが一人で抱え込まないように、明日こそはちゃんと聞こう)
遥 (お姉ちゃんは『妹なんだから甘えたっていい』って言ってくれた。でも違うんだよ、お姉ちゃん、私はね……)
…
…
… 侑 「! 歩夢!」
歩夢 「どうしたの、侑ちゃん……もしかして……!」
侑 「また能力の気配を感じた。相変わらず微弱だから居場所を特定できないけど……なんというか違和感を感じる」
歩夢 「違和感?」
侑 「度々感じてる能力とはまた違った能力を、感じたの。それもより強力な能力が少しずつ膨れ上がってるような……」
歩夢 「……」 侑 「ごめん、分かりにくいよね。でもあまりに微弱すぎて気配を掴めないの」
歩夢 「侑ちゃん、謝らないで。能力は分からないことが多い、仕方ないよ」
歩夢 「っ」 ズキッ
歩夢 (この胸騒ぎと関係があるのかな……)
歩夢 (取り返しのつかない、不安が、近付いてきてるようで怖い……っ!)
…
…
… 遥 「お姉ちゃん、朝だよ? 今日は一緒に買い物に行くんだよね?」
彼方 「遥ちゃん……もう少し布団の中にいさせて……」 スゥスゥ
—————
———
—
遥 『お姉ちゃん! 今日もこっちに来て一緒に紅茶を飲もうよ!』
彼方 『いいね〜。遥ちゃんとのティータイムは最高だよ』
遥 『ふふ、私もお姉ちゃんといれる時間が大好きっ!』
彼方 『遥ちゃんの淹れてくれた紅茶と、遥ちゃんの手作りお菓子、こんなの夢のような時間だよ〜』 遥 『……夢、夢も良いよね』
彼方 『えっ?』
遥 『夢だって良いじゃん。お姉ちゃんの気持ちを分かってくれない私なんかより、よっぽど……』 ボソッ
彼方 『えっと、遥ちゃん、今なんて』
遥 『お姉ちゃんが大切だって言ったの! ほらティータイムの続きしよ?』
彼方 『そんな嬉しいこと言ってくれるなんて……うぅ、遥ちゃんのお姉ちゃんで良かった』
彼方 『彼方ちゃん。こんなに幸せなことないよぉ』
—
———
—————
遥 「お姉ちゃん?」 彼方 「……は、遥ちゃん?」 ピクッ
遥 「ごめんね、疲れてるのに起こしちゃって。でもお姉ちゃんが朝から出かける予定だって言ってたから……」
彼方 「ううん、大丈夫だよ。せっかくの遥ちゃんとのお出かけなんだもん。寝過ごしちゃったらもったいないよ。じゃあ準備して行こうか、服屋さん」
遥 「うん!」
…
…
… 能力が影響して無意識でも思ってもない夢を見せてるんだとしたら悪質すぎる 彼方 「遥ちゃんにはこの服が似合うんじゃないかな?」
遥 「この服はお姉ちゃんの方が似合うよ!」
彼方 「彼方ちゃんは大丈夫だよぉ、それより遥ちゃんの服を……」
遥 「お姉ちゃん!!」
彼方 「!?」
遥 「言ったよね、お姉ちゃんも服を買いたかったって」
彼方 「い、言ったは言ったかもしれないけど……」 遥 「ならお姉ちゃんも服を買って! じゃないと私も服を買わないっ!」
彼方 「えっ、うーん、困ったなぁ……」
遥 「お姉ちゃん……?」 ジッー
彼方 「……うぅ、分かったよ、この服は彼方ちゃんが買うね?」
遥 「うん!! きっとお姉ちゃんに似合うよっ!!」 ニコッ 好きな人に服を選んであげる楽しさは彼方ちゃんもよく知ってるはずなのにね 彼方 「あ、そういえば遥ちゃん、買いたかった服があるんだよね? どの服なの?」
遥 「えっとこないだ見つけたんだ……確かこの服だったかな?」 スッ
遥 (えっ、数万円もする……こんなに、この服高かったっけ? もしかしてこないだはセールだったから……)
遥 「あはは、間違えちゃった。この服じゃなくてこっちの服だった! どう似合ってる?」
彼方 「正直遥ちゃんならどんな服も似合うと思うけど、その服すごく良いと思う! それを買おう、遥ちゃん!」
遥 「うん……ありがとう! お姉ちゃん!」
…
…
… 彼方 「服を買ったの久しぶりだなぁ。遥ちゃんも嬉しそうで良かったよ」
彼方 (それにしてもまた能力を使っちゃった……『ライフイズマネー』人生はお金か。こんな間違ったやり方でお金を手に入れるなんて、それは悪いことだと分かってるのに、こうして遥ちゃんの服を買えたりして……結局やめられない)
彼方 (『ライフイズマネー』この言葉が苦しい……間違ってるって強く否定できなくなっちゃったからより……)
彼方 「……じゃあ服も買い終わったし、予定は無くなったわけだけど、遥ちゃん」
遥 「なに? お姉ちゃん?」 彼方 「まだまだ休日は長いからこのまま映画でも見に行かない?」
遥 「映画!?」
彼方 「遥ちゃんはアイドルとして最高の魅力があるからね〜もしかしていつか女優さんデビューもしちゃうかも!? その練習も兼ねて行こうっ!」 ギュッ
遥 「お姉ちゃん!?」
彼方 「思ったうちに行動だよ!」 タタタタ
遥 「ちょっと待ってよ〜!!」 タタタタ
…
…
… 彼方 「あっという間に暗くなっちゃったね、遥ちゃん」
遥 「うん……」
彼方 「今日は楽しかった? 遥ちゃん」
遥 「すごく楽しかったよ……ありがとうお姉ちゃん……」
彼方 「!」
遥 「すごく楽しかった……!」
彼方 「……ふふ、良かった」 彼方 (今日は彼方ちゃんもすごく楽しかったなぁ)
彼方 (あの後二人で映画館に行って……笑ったり泣いたり良いコメディで……遥ちゃんの色んな表情も見れて……)
彼方 (映画館の後はレストランのランチメニューを食べて、次に屋上の小さな遊園地に行って……二人で動くパンダちゃんに乗ったんだ。遥ちゃんは高校生なのにって恥ずかしがってたけど……)
彼方 「ずっと昔に行ったよね、屋上遊園地……」
遥 「そうだね、私はすごく小さかったから曖昧にしか覚えてないけど……行った気がする」 彼方 「あのときを思い出せて良かったなぁ」
遥 「? お姉ちゃん?」
彼方 (……お金はいつか、誰に返せばいいのかも分からないけど、ちゃんと返そう。少なくとも、彼方ちゃんが自由に使っていいものじゃない。でも、せめて、今このときだけは)
彼方 「遥ちゃん、おうちに帰ろっか」
遥 「う、うん」 彼方 「でも彼方ちゃん、少し用事があるから先に帰ってて?」
遥 「えっ?」
彼方 「大丈夫。すぐ戻るから」
遥 「な、なら私も一緒に行くよ!」
彼方 「本当に大丈夫だから。遥ちゃんは先に戻ってて」
遥 「だけど!」 彼方 「約束だよっ!」 タタタタ
遥 「あっ!」
遥 「……」
遥 「ううん、お姉ちゃんを疑うなんて間違ってるよ。大丈夫、お姉ちゃんが早く戻るって言ったんだからすぐ帰ってくるよ」
遥 (お姉ちゃんが帰ってきたときにゆっくりできるように、お風呂を沸かしておかないと!)
タタタタ
タタタタ
…
…
… ガチャ
彼方 「ただいま〜」
遥 「おかえりお姉ちゃん! お風呂入れてあるよ」
彼方 「ほんと!? ふふ、遥ちゃんは優しいね」
遥 「って、その袋は……?」
彼方 「いいから、いいから。とりあえず奥に入って?」
遥 「う、うん……?」
タッタッ
タッタッ 彼方 「……」
遥 「……えっと、それでその袋は」
彼方 「ふふ、開けてみてからの楽しみだよ。じゃーーん!」 シュッ
遥 「これって……!」
彼方 「遥ちゃんが欲しがってた服だよ〜! きっとこれも欲しいのかなって思って、つい買ってきちゃった!」
彼方 (私にできることをしよう。遥ちゃんのしてほしいことはなるべくたくさん……美味しいものも、欲しいものも、できるだけプレゼントしてあげたい)
彼方 (ふふっ……遥ちゃんきっと喜んでくれるよー嬉しいなぁ……) 遥 「……お姉ちゃん」
彼方 「うーん? なにかな遥ちゃん?」 ニコニコ
遥 「これ、どうしたの?」
彼方 「どうしたって、もちろんさっきの服屋で買ったけど……」
遥 「……」
彼方 「遥ちゃん?」
遥 「お姉ちゃん。私に隠し事あるでしょ」
彼方 「えっ?」 ドキッ 遥 「聞こうと思ってたんだ。最近のお姉ちゃん、少し変だよ……悩みがあるなら言ってよ? 姉妹でしょ!?」
彼方 「べ、別に悩みなんか……」
遥 「嘘。お姉ちゃん、正直に言って」
彼方 「だから本当に何も」
遥 「私のためなの……?」 グスッ
彼方 「ええっ!? 遥ちゃん!?」
彼方 (泣いてる……なんで!? どうして!?) 遥 「私はお姉ちゃんに助けてもらってばかりで、言える権利なんかないのは分かってる。でも、それでもやっぱりおかしいよ……急にお金をこんなに使うなんて……! やっぱり私が無理をさせてるの? お姉ちゃんは私のためにまた自分の身を……」
彼方 「そ、それは違うよっ! バイトで稼いだお金が実はすごく貯まってて、たまには使いたいなって……」
遥 「違うよね……?」
彼方 「!」
遥 「一昨日早く帰ってきたよね……スーパーのバイトはどうしたの?」
彼方 「そ、それは……そうだ、そうだった、実は彼方ちゃん、宝くじで結構良い額を当てて……!」 遥 「なんで私に本当のことを言ってくれないのお姉ちゃん!!!!」
彼方 「遥ちゃん……!」
遥 「お姉ちゃんは宝くじ、買ったことないでしょ!!」
彼方 「っ、そ、そうだったかな……遥ちゃんの知らないところでこっそり買ってる可能性だって……」
遥 「……」
彼方 「……」 ドキドキ 遥 「お姉ちゃんは、私に隠し事をするんだね」
彼方 『彼方ちゃん、隠し事は嫌だな』
遥 「私も、隠し事は嫌なのに……」
彼方 「……」
彼方 (遥ちゃんが怒ってる……傷ついてる……どうすれば、どうすれば……)
彼方 (とりあえず誤魔化さないと……そうだよ、さっきまであんなに楽しかったんだから、今日の思い出を……!) 彼方 「遥ちゃん、今日は楽しかったんでしょ? だって普段あんまり行かない映画館だってレストランだって遊園地だって行ったんだよ……楽しくないはずないよね!?」
遥 「それは楽しかったけど、そうじゃないんだよ、お姉ちゃん……!」
彼方 「えっ?」
彼方 (なんで、どうして遥ちゃんは怒ってるの? 楽しかったけど、それじゃダメなの? なんで、なんで!!)
彼方 (……そうだ)
彼方 「遥ちゃん。彼方ちゃん分かったよ」
遥 「! お姉ちゃん、やっと分かってくれて……!」 彼方 「お金が足りないんだね?」
遥 「……え?」
彼方 「お金があれば、もっとあれば、きっと遥ちゃんは彼方ちゃんを分かってくれる。そしたら彼方ちゃんも遥ちゃんの気持ちが分かって……お金が足りないから、彼方ちゃんは遥ちゃんを喜ばせてあげられないんだね?」
遥 「ち、違っ……!」
彼方 「このさっき服を入れてた袋があるよね?」
遥 「そ、それがいったい……」 彼方 「ここに彼方ちゃんが宝くじで当てたお金が山ほど入ってるんだ」 ニコッ
遥 「! お姉ちゃん!! 嘘はもうやめて!」
彼方 「嘘なんかじゃないっ!!」
彼方 (百万円……百万円……百万円……っ!) グググ
パッ
ドドドドドッ
遥 「!?」
遥 (袋が一気に膨らんで……!?) 彼方 「ほら、取り出してみるよ?」 バッ
遥 「そ、そんな」
彼方 「こんなにたくさんっ!! こんなにたくさんお金がある!! もう遥ちゃんはお金で困ることがないんだよ!? 彼方ちゃんだってバイトをしないでずっと家にいれる。家事だってやるし、遥ちゃんをずっと見守れるっ!! みんな幸せでしょ!? ハッピーでしょ!?」
遥 「ひっ……」
彼方 「今日のような、自由に買い物して、自由に遊びに行って、そんなのが毎日できるんだよ!? ねぇ、遥ちゃん、それで大丈夫でしょ!?」 遥 「……ち、違う」 ポロポロ
彼方 「えっ?」
遥 「私は、今日はすごく楽しかったけど、映画館だって、レストランだって、遊園地だって、それが一番の理由じゃないよ」 ポロポロ
彼方 「じゃあ、なんで……」
遥 「お姉ちゃんと、一日過ごせたから楽しかったんだよぉ」 ポロポロ
彼方 「!」
遥 「ごめん、お姉ちゃん……少し一人にさせて……っ」 タタタタ
彼方 「遥ちゃん!?」 ガチャ
タタタタ
タタタタ
彼方 「……」
彼方 「……遥ちゃんが、こんな夜に外に出ていっちゃった」
彼方 「……お願いだよ、遥ちゃん」
彼方 「彼方ちゃんを見捨てないでよぉ……」 ポロポロ
彼方 (お、追いかけないと……) フラフラ
タタタタ
タタタタ
…
…
… 侑 「歩夢? なにやってるの?」
歩夢 「……クソゲートレーニングだよ、侑ちゃん」 ポチポチ
侑 「なんて?」
歩夢 「こないだゲームセンターですごく強い子がいたでしょ?」 ポチポチ
侑 「うん、いたね」
歩夢 「あらゆるゲームの勝利の道は、クソゲーに通ずるんだよ」
侑 「そんなローマみたいに言われても」 歩夢 「いつか勝てるように、訓練してるの。操作性の悪いクソゲーに慣れてゆくことで、普通のゲームでもテンポ良くプレイできるんだよ」 ポチポチ
侑 「な、なるほど……ちなみに、このクソゲーはどうやったらクリアするの?」
歩夢 「普通にクリアしてもスコアが低いけど、序盤でジャンプを二百回したらスコアカンストで完全クリアだよ」 ポチポチ
侑 「クソゲーじゃん」
歩夢 「そう言ってるじゃん」 ポチポチ 侑 「! 歩夢!」
歩夢 「どうしたの、侑ちゃん……もしかして……」
侑 「前から微弱に感じてた能力……今確実に掴んだ。行こう、歩夢。誰かを止めて、そして、助けるんだ」
歩夢 「分かったよ、侑ちゃんっ!!」
…
…
… 彼方 「遥ちゃん! 遥ちゃん!」
彼方 「遥ちゃん、一体どこに……」
彼方 (とにかく見つけないと! 走らないと!)
タタタタ
タタタタ
果林 「……えっと、ここどこかしら?」
ドンッ
果林 「いたっ……今誰かとぶつかった?」
果林 「って、あの後ろ姿は彼方?」 侑 「さっきの能力はもう使ってないみたい……でも、徐々に徐々にだけど、前に感じたより強力な能力が存在を増してる……!」 タタタタ
歩夢 「じゃあその能力の気配を頼りに見つけよう!」 タタタタ
侑 「あっちに向かってるはず!」 タタタタ
果林 「ん? あっちから誰か来るわね?」
侑 「歩夢! 念のためあの人に聞いてみよう!」 タタタタ 歩夢 「すいません! さっきここを誰か通りませんでしたか!?」
侑 「相当ダッシュで移動してるはず……」
歩夢 「すごく速く走ってたと思うんですけど!」
果林 「えっと、さっきあっちの方へ一人走っていったわ」
歩夢 「ありがとうございます!」 タタタタ
果林 「……」
果林 「……今のって歩夢よね?」
…
…
… 彼方 「遥ちゃん……遥ちゃん……!」 フラフラ
彼方 「お姉ちゃんが間違ってたから、悪かったから、帰ってきてよぉ……遥ちゃん……」
彼方 「……」
彼方 「……ってここは公園?」
彼方 (ここはよく遥ちゃんと来てた公園……)
彼方 「昔から彼方ちゃんは寝てばっかりで、よくこのベンチで寝てたなぁ……遥ちゃんが膝枕してくれて、その時間がすごく好きだった……」 彼方 「あの頃に戻りたい……彼方ちゃんがバカなことをする前に、遥ちゃんがそばにいてくれたあの日々に……」
彼方 「……でも、もう戻ってこない。彼方ちゃんがバカなことをしちゃったから」 ボソッ
彼方 「ふふ、もう嫌だなぁ。こんな現実」
彼方 「……」 ウトウト
彼方 (あれ眠くなっちゃった……どうしてだろう? 色々あって疲れちゃったのかなぁ……でもこんな夜のベンチで寝ちゃったら風邪引いちゃうよ……) 彼方 「まあ、もういいや」 バタッ
彼方 「……」
彼方 「遥ちゃん……」 スゥスゥ
—————
———
—
遥 『お姉ちゃん! やっと来てくれたんだね!』
彼方 『? 遥ちゃんとはいつも一緒にいるよ?』
遥 『ふふ、そういうことじゃなくて……お姉ちゃん、これからはここでずっと一緒にいようね!』
彼方 『もちろんだよ、遥ちゃん』 遥 『ほら、ここにはなんでもある! お姉ちゃんのために作った手作りのお菓子はもちろん、お姉ちゃんの好きなものならなんでも!』
彼方 『彼方ちゃんは良いよぉ、それより遥ちゃんの好きなものを……』
遥 『もう! またそんなこと言って! 私は幸せだから、お姉ちゃんは自由にしていいんだよ?』
彼方 『遥ちゃんは幸せなの……? こんなお姉ちゃんなのに……?』 遥 『当たり前だよ! お姉ちゃんだから、良いんだよ!』
彼方 『そんな嬉しいこと言ってくれるなんて……うぅ、遥ちゃんのお姉ちゃんで良かった』
彼方 『彼方ちゃん。こんなに幸せなことないよぉ』
遥 『……うん、幸せでいて。ここでずっと』 ボソッ
…
…
… 彼方 「……」 スゥスゥ
?? 「寝てしまいましたか……」
?? (完全な現実逃避によって進化した能力……『夢の住人』もう彼女は目覚めることはないでしょう……)
?? 「人の夢を渡り歩く、概念。夢の中でしか会えない存在……現実の彼女は眠ったまま……」
?? 「しかし、あともう一つ、条件を突破さえすれば」
?? 「ついにあの能力が手に入る……そうすればかすみさんだってきっと」 彼方 「遥ちゃん……」 スゥスゥ
?? 「!」
?? 「妹さんの名前ですか……」
?? (私は何を躊躇ってるのですか……覚悟は決めていたというのに……それに、もうこの状態では今更何をしても遅い)
?? 「……寝てしまえば、もう私には何もできない。そう、目的のための、致し方ない犠牲……」
?? (……私は非情でしょうか? 残酷でしょうか? ええ、そうでしょう。彼女の能力は、その強さゆえにあまりに大きな代償を得る)
?? 「もう覚悟はできています。かすみさんは非情になりきれないでしょう……だから、私だけは、かすみさんのためならば、全てを賭けて」 彼方 「……」 スゥスゥ
?? 「ごめんなさい。せめて、夢の中で幸せに……」
?? (この状態ならば誰にも邪魔はできない。夢の中に干渉できる、なんて能力さえなければ)
?? 「では後は待つことしかできませんし、他の能力者を監視しに行きましょうか……」
?? (なんて、結末を直視しないための口実でしょうか)
?? 「……っ、こんな私を許してください」
タタタタ
タタタタ
…
…
… 歩夢 「はぁ……はぁ……さっきの人の言う通りに進んだら、公園に辿り着いたけど……こんな夜に公園に人なんているのかな?」
侑 「でも能力の強い気配を感じる。ここで間違いないよ」
歩夢 「うーん……見た感じ誰もいないけどなぁ……」 ウロウロ
歩夢 「えっ?」
侑 「歩夢? 誰か見つけたの!?」 タッタッ
歩夢 「……うん。でも、そんな」 彼方 「……」 スゥスゥ
侑 「……寝てるね」
歩夢 「……うん」
歩夢 (彼方さんが能力者だったってこと……!? いったいどんな能力を……)
歩夢 「! とりあえずこんなところで寝てたら風邪引いちゃうよ! 彼方さん、彼方さん! 起きてください!」 ユサユサ
彼方 「……」 スゥスゥ
歩夢 「妹さんが家で待ってるんじゃないですか!? 彼方さん、起きてください!」 ユサユサ 侑 「……」
歩夢 「あれ? おかしいな、起きないな……彼方さん……?」
侑 「これは能力の影響かもしれない」
歩夢 「えっ!?」
侑 「……もしかしたら、二度と起きないなんてことも」
歩夢 「そ、そんな……」
侑 「起きないなら普通、周りの人にできることはない」 歩夢 「じゃ、じゃあ彼方さんはずっとこのままってこと……?」
侑 「普通ならね。でも私たちには、彼方さんを助ける方法があるよ」
歩夢 「! そっか……!」
侑 「歩夢っ! 能力を発動してっ! そしたら私も発動するからっ!」
歩夢 「分かったっ!!」 歩夢 「能力『イマジナリーフレンド』!!」
侑 「能力『ときめきを共有して』!!」
侑 「歩夢っ! 勝負に行くよっーーー!」
歩夢 「うんっ!!」
—————
———
—
侑 「能力『ときめきを共有して』は、相手への強い共感によって、相手の気持ちを読み取る能力……これを上手く応用すれば……」
歩夢 「夢の中に入れるってことだね」 遥 「! 侵入者だ、お姉ちゃん……」
彼方 「えっ? 侵入者?」
遥 「お姉ちゃんと私の、この夢の空間を壊そうとするやつらのことだよ」
彼方 「……そ、そんな、彼方ちゃん、ここまで奪われちゃったら」
遥 「大丈夫。お姉ちゃんなら、追い返すことができる。強く願うんだ、願えば、要らないものは排除できるよ」
彼方 「排除……」
遥 「ね? 頑張ろう、お姉ちゃん。私とお姉ちゃんの幸せのために」
彼方 「うん、頑張るよ……誰にも邪魔なんかさせない、絶対にっ!!」 歩夢 「彼方さん!」
彼方 「! あなたは……」
侑 「少し様子が変だね……それに、隣にいるのは妹さんかな」
歩夢 「彼方さん! 早く帰ろう? 夢じゃなくて、現実にっ! 遥ちゃんだって彼方さんの帰りを待ってるよ!!」
彼方 「……あなたは誰? それに、遥ちゃんはここにいるよ? 嘘つかないで」
歩夢 「彼方さん私が分からないんですか!?」 侑 「元々ここは夢の中だからね……記憶も意識も曖昧になっててもおかしくない……」
歩夢 「あそこにいる遥ちゃんは、彼方さんが夢で作り出した存在なの?」
侑 「でも、あの子から恐ろしい力を感じる。なるほど、あの子がこの能力の本体。能力を完全に発動したい能力自身が、夢の中でついに意志を持ち始めてる……」
歩夢 「能力が意志を……!?」 侑ちゃんも??もまだ謎が多いね
??は全部かすみのためみたいになってきたけど
やってることが酷すぎてなあ 遥 「お姉ちゃん。私を守って。お姉ちゃんの強い願いで、あの人たちを追い払うの」
彼方 「うん、分かったよ遥ちゃん……!」
ガシャ
ガシャ
歩夢 「!? なんの音!?」
侑 「見て、歩夢!」
歩夢 「……遥ちゃんの周りに巨大な壁が構築されてる!?」 彼方 「遥ちゃんは彼方ちゃんが絶対に守る……っ、指一本も触れさせないっ!!」
侑 「夢の中ならなんでもありってことだね……歩夢、まずは彼方さんを止めるんだ。そして能力の根源である遥ちゃんを止める!」
歩夢 「う、うんっ!」
彼方 「そういえば、今日遥ちゃんとパンダカーに乗ったんだ。楽しかったなぁ」
ゴゴゴ
侑 「! 歩夢、横っ!!」
歩夢 「!? 危ないっ!」 スッ 侑 「こ、これは……左右から大量のパンダカーが突撃してきてる……!」
ゴゴゴ
ゴゴゴ
侑 「急いで彼方さんを止めないと……!」
歩夢 「侑ちゃん! 彼方さんに近付いて!」
侑 「ラジャーー!」 タタタタ
彼方 「させないよっ!」 フワッ
歩夢 「ええっ!?」 彼方 「ふふ、これで攻撃は届かないよね……」 フワフワ
侑 「浮いてる……あの高さは届かない……っ!」
彼方 「昔、遥ちゃんはね、くまのぬいぐるみが大好きで、寝てる時も離さなかったんだ〜」
ドシッ
ドシッ
侑 「……まさかだけど」
歩夢 「そのまさかだね……巨大なくまのぬいぐるみが……」 彼方 「遥ちゃんとの時間を邪魔するなら……手加減しないよっ!」
ブンッ
侑 「っ、危な……あれ当たったらただじゃ済まないよ……!」
歩夢 「でも浮いてるんじゃ私たちからは近付けないよ!?」
侑 「こうなったら、歩夢。思い出ひとつよろしく!」
歩夢 「うん……分かったよ、侑ちゃん!」
歩夢 (浮いてる相手に近付ける思い出……それなら!) 歩夢 「そういえば昔、侑ちゃんと一緒にシャボン玉で遊んだよね。でも作ってもすぐ割れちゃうシャボン玉に……私、悲しくなっちゃって、思わず泣いちゃったんだ……」
彼方 「シャボン玉? どうして急に……」
歩夢 「でも、侑ちゃんが割れないようにってフーフーしながらシャボン玉をそれから三十分も浮かせてくれたの……ふふ、良い思い出だよね」
侑 「なるほど! さすが歩夢! ナイスチョイスだよっ!!」
フワフワ
フワフワ
フワフワ
彼方 「シャボン玉がいろんな所に……!?」 侑 「シャボン玉を渡り歩いて、彼方さんのすぐそばまで行くよーーーーっ!!」 タタタタ
ポヨンッ
ポンッ
プヨッ
侑 「目の前っ!!」
彼方 「!?」
侑 「少し痛いかもしれないけど我慢してね、彼方さん! 下に落とさないと勝負できないから!」
侑 「くらぇぇぇぇぇーーーーー!!! 侑ちゃんパンチぃぃぃぃーーーー!!」
彼方 「っ……!」
ドンッ 侑 「ふぅ、ようやく地上戦だね」
彼方 「……で、でも、また隙をついて浮けばいいだけだから、まだ彼方ちゃんは負けたわけじゃないっ!!」
歩夢 「……彼方さんはそれでいいの?」
彼方 「! どういうこと?」
歩夢 「彼方さんは気付いてるんだよね、これが夢って」
彼方 「な、何を……」 歩夢 「私の知ってる彼方さんなら、いくら現実が悲しくても、現実を捨てたりしない。夢に逃げやしないよ」
遥 「……っ、お姉ちゃんダメっ!! その人の話を聞いちゃいけないっ!!」
歩夢 「きっと彼方さんなら、夢がいくら幸せでも、遥ちゃんがいる限り、現実に戻ろうとする。彼方さんが幸せでも、遥ちゃんが不幸になるなら……それを望まないはずだよ」
彼方 「ゆ、夢……遥ちゃん……?」
遥 「私はここにいるでしょ!? 騙されないでお姉ちゃんっ!!」 彼方 「……」
歩夢 「……」
遥 「お姉ちゃんっ!!」
彼方 (夢……現実……遥ちゃんは……そうだ、遥ちゃんは彼方ちゃんが傷つけて……)
彼方 「……そ、そっか、これは夢」
遥 「違う、違うよお姉ちゃんっ!!」 歩夢 「夢じゃなくて、現実で……遥ちゃんが待ってる!! だから帰ろう? 彼方さん!」
遥 「……っ」
彼方 「……」
彼方 「でも、現実には戻りたくない……!」
歩夢 「え?」 彼方 「現実の遥ちゃんに、彼方ちゃん……嫌われちゃったんだ。遥ちゃんの気持ち、何も考えないで自分の考えばかり優先して……だから、遥ちゃんに嫌われた世界なんて耐えられないから……帰りたくないのっ」
歩夢 「彼方さん……」
彼方 「偽物の世界にいたら遥ちゃんを悲しませる、だけど現実に帰ったら彼方ちゃんは遥ちゃんに否定される……」
歩夢 「そ、そんな遥ちゃんは彼方さんを否定なんか!」
彼方 「……どっちも嫌だ。何も考えたくないっ!!」
侑 「! まずい力がより強くなってる!」 彼方 (もう何も考えたくない。こんなつらい現実なら要らない)
彼方 (でも、そんな彼方ちゃんに夢を見る資格なんてものもない。何も、何も……)
彼方 「……」 ウトウト
彼方 (あれ? また眠気が……)
彼方 「……」パタッ
歩夢 「彼方さん!?」 タッタッ
侑 「……っ」 歩夢 「彼方さん! 起きてください!! 遥ちゃんが……それに私もかすみちゃんも、待ってるんです!! だから!!」 ユサユサ
侑 「……だめ、寝ちゃったみたいだ」
歩夢 「そ、そんな」
ガラガラ
ガラガラ
歩夢 「!」
遥 「……壁が崩れたみたいですね」 歩夢 「侑ちゃん!」
侑 「任せてっ!」 タタタタ
ガシッ
侑 「捕まえたよっ!! 彼方さんを戻して!!」
遥 「……」
侑 「? なんで抵抗しないで……」
遥 「……抵抗する意味がないからかな」
歩夢 「どういうことなの」 遥 「もう、私はあと少しで消える。お姉ちゃんは……近江彼方は、新しい能力を手に入れるから」
侑 「新しい能力?」
遥 「夢の中で眠ったらどうなると思う……?」
歩夢 「早く教えて……!」
遥 「現実逃避によって進化する能力『夢の住人』……それは夢の中へ逃げることが可能な能力。でも、お姉ちゃんは夢の中ですら、現実逃避をしてしまった。現実と夢、どちらにいるのも耐えられなくなって……また新しい逃避をしてしまった。だから夢の中で眠ってしまったの」
歩夢 「……それは、どうなるの」 遥 「『能力が完全に進化した行き先は、すべて同じ』……私もそれ以外はあまり知らない。なってみないと分からない。でも、別物になるのは確か。能力の意識である私も消える。こんなの、決して望んだ結果じゃない」
侑 「……じゃあ止め方も知らないってこと?」
遥 「そういうことかな。私を消したいなら、消してもいい。どうせ、消えるんだから」
侑 「……歩夢。もう一度、彼方さんの夢に入るんだ」
歩夢 「!」 侑 「彼方さんが向かった行き先が、どんなところなのかは分からない。でも、連れ戻さなくちゃ」
歩夢 「……うん、行こうっ、侑ちゃん!」
彼方 「……」 スゥスゥ
歩夢 「彼方さん……」
遥 「いい寝顔だね」
歩夢 「……あなたが彼方さんを夢の中へ連れてきたからこうなったんだよ? なんでそんなことを言えるの」 遥 「……私だって、お姉ちゃんが好きだよ。姿を具現化する際に、お姉ちゃんの中にある一番大事なものを参考にした。そしたらこうなった……本当に、二人でずっとここにいれたら良かったのに」
歩夢 「っ……」
侑 「歩夢、考えてる場合じゃないよ」
歩夢 「! そうだね、行こう侑ちゃん!」
歩夢 (絶対に彼方さんを連れ戻してくるっ!!)
侑 「能力『ときめきを共有して』」 —————
———
—
遥ちゃん
ごめんね
彼方ちゃんがダメだから
かすみちゃんも
歩夢ちゃんも
ごめんなさい 自分に都合のいい夢も
運命なのかってくらいつらい現実も
逃げてばかりで
だけどせめてワガママが
許されるなら
もう一度みんなに会いたかったな
…
…
… 進化の行き着く先は自滅と言われるけどどうなってしまうんだろう 彼方 「……ん?」 ムニャムニャ
彼方 「ここはどこ? 花畑?」
彼方 (なんだか綺麗だなぁ……それに風が心地いい……ひと眠りするのに絶妙なスポットだよ……)
?? 「……ここに来たということは、能力が完全に進化したということだね」
彼方 「あなたは?」
?? 「どうせ忘れるだろうから、名前を言ってもいいだろうけど……それはやめておくよ。見えるんだ、あなたがこれからどうなるか」
彼方 「?」 ?? 「あなたはもうすぐ、目が覚める。能力が変わることはないし、現実と向き合わなくちゃいけない。少なくとも、あなたに私は能力を渡すことができない」
彼方 「……彼方ちゃんは、現実と向き合わなくちゃいけないの?」
?? 「苦しそうな顔だね、現実と向き合うのがそんなに嫌なの?」
彼方 「うん……遥ちゃんに嫌われるなんて、そんなの……」
?? 「だけど一人じゃないなら、運命は嫌でもあなたを運ぶ。安心して、ほら迎えが来たよ」
彼方 「えっ?」 ?? 「Butterfly……羽を広げて、ハルカカナタに高く飛んで、あの二人を導いてあげて」 スッ
彼方 (手から蝶が……)
ヒラヒラ
ヒラヒラ
?? 「あの蝶が、あなたを連れ戻してくれる人たちをここに連れてきてくれる。そしたらきっと、現実と向き合えるようになるよ」
彼方 「……」
ヒラヒラ
ヒラヒラ
…
…
… 侑 「ここは……」
歩夢 「綺麗な花畑だね。彼方さんの夢なのかな?」
侑 「正確には夢の中の夢だけどね……でも」
歩夢 「?」
侑 「彼方さんの能力内だとしても、ここは少し異質に感じる。さっきの能力の発言もそうだけど、ここは能力者共通の空間なのかもしれない」
歩夢 「能力者共通の空間……?」 ヒラヒラ
ヒラヒラ
歩夢 「って蝶だよ、侑ちゃん!」
侑 「? 少し動きが……私たちに、こっちに来てって言ってるみたいだ。ついていってみる? 歩夢?」
歩夢 「う、うん……!」
タッタッ
タッタッ
歩夢 「! 彼方さん!」
彼方 「んー? 君たちは誰?」
侑 「……またさらに眠ったことで、さっきの戦いすら覚えてないみたいだね」 歩夢 「……」
彼方 「どうしたのー? こんなにリラックスできる場所だし、せっかくだから一緒に彼方ちゃんとお昼寝する?」
歩夢 「彼方さん、帰りましょう」
彼方 「!」
歩夢 「遥ちゃんが待っています。私も、かすみちゃんも……!」
彼方 「君は知らないと思うけど」
歩夢 「……!」 彼方 「彼方ちゃんは、バイトに学業に家事に、とても忙しいんだ。もちろん、遥ちゃんのためだし、進んでやってるから嫌なわけじゃない。でも、その遥ちゃんを傷つけて、お金に目が眩んで、そんな自分に心底呆れちゃったんだよ……」
歩夢 「彼方さん……」
彼方 「なんでこんなに現実ってひどいのかな、彼方ちゃん、頑張ってるだけじゃダメなのかな……報われたいなんて思ってない。ただ、今ある幸せが無くなることが……」
彼方 「こんなにもつらい……」 ポロポロ
歩夢 「……」 彼方 「だからもう、帰れない。夢の中から出れない。現実と向き合いたくない。こんな不条理な現実には……っ!」
歩夢 「でもっ!」
彼方 「!?」
歩夢 「だけど!! 違うでしょ彼方さん!?」
彼方 「な、何が……」 侑 「彼方さんの気持ちを読み取ったとき、断片的だけどちゃんと聞こえたよ」
彼方 「!」
侑 「『もう一度みんなに会いたかったな』って。もし後悔してるなら、きっとそれが本音……彼方さん、現実を諦められてないなら帰らなくちゃ!」
歩夢 「たしかに現実に行けば、彼方さんは自分の失敗に向き合わないといけないかもしれない……自分が傷つけてしまった遥ちゃんと向き合わないといけないかもしれない……そんな現実が嫌なのかもしれないっ。だけど!!」 歩夢 「現実の遥ちゃんを笑わせたい、だから彼方さんは笑えない現実を一生懸命生きてたんじゃないの!?」
彼方 「!」
歩夢 「どんなに現実がつらくても、ここまで頑張れたのは遥ちゃんがいたから……今現実で泣いている遥ちゃんがいたからじゃないんですか!? 言ってたじゃないですか!!」
歩夢 『妹さんのこと、大好きなんですね』
彼方 『うん!! それこそ遥ちゃんがいるから、毎日頑張れてるようなものだから!!』
歩夢 「……って」
彼方 「……!」 歩夢 「だから戻りましょう、彼方さん……あなたを待ってる人たちがいるから」
彼方 (私を待ってる人たち……!)
彼方 「……」
歩夢 「……」
彼方 「……現実はつらいけど、遥ちゃんがいて、かすみちゃんがいて、歩夢ちゃんがいる」
歩夢 「! 彼方さん、思い出して……」 彼方 「ごめんね……ありがとう、彼方ちゃん、やっと思い出せたよ。あなたは?」
侑 「!」
侑 「……私の名前は高咲侑。歩夢の親友で幼馴染で」
彼方 「……」
侑 「いつもあなたたちを見守ってるもう一人の友達」
彼方 「……」
侑 「そう、覚えててほしいな」
彼方 「……うん、分かった」 彼方 (そういえば、顔は思い出せないけどさっき誰かと喋ってたような……)
彼方 「あなたの言う通り、私を連れてきてくれる人たちが来てくれたよ……」 チラッ
彼方 「……? いない」
侑 「……そこにもう一人いたの?」
彼方 「いや……多分気のせいだよ。それより歩夢ちゃん、侑ちゃん」
歩夢 「!」
彼方 「心配かけてごめんね。遥ちゃんにも謝りたいな……。帰ろう、現実に」
歩夢 「彼方さん……もちろんですっ!!」
侑 「じゃあ帰ろう、二人とも。夢の中の幸せは、過去の幸せだから。新しい幸せは現実にしかないから……」
—
———
————— 彼方 「……ん?」 ムニャムニャ
歩夢 「……」 スゥスゥ
侑 「歩夢、起きて」
歩夢 「……侑ちゃん?」
遥 「うぅ……お姉ちゃん……」 ポロポロ
彼方 「遥ちゃん!?」 遥 「家に帰ってきて……お姉ちゃんがいなくて……公園で見つけて……そしたらベンチで寝てて……ずっと起きなくてっ……」 ポロポロ
彼方 「……」
遥 「一緒に女の人も倒れてるし……どうすればいいか分からなくて……私、このままお姉ちゃんとずっと喋れないんじゃ、って……」 ポロポロ
彼方 「……遥ちゃん、ごめんね」
遥 「! お姉ちゃんが悪いわけじゃ」 彼方 「彼方ちゃんにとって、大事だったのはお金じゃない。環境や時間、お金で買える幸せもあるけど……その幸せは、遥ちゃんと彼方ちゃん、二人がいてこそだったのに……」
遥 「お姉ちゃん……」
彼方 「今度こそ、私が遥ちゃんを支えるから。変なものに頼らずに、お姉ちゃんとして、立派に……」
遥 「違うよ、お姉ちゃん」
彼方 「えっ?」
遥 「お姉ちゃんは『妹なんだから甘えたっていい』って言ってくれたよね。でも違うんだよ、お姉ちゃん、私はね……」 遥 「甘えるじゃなくて、支え合いたいの!!」
彼方 「!」
遥 「お姉ちゃんが私を守りたいように、私もお姉ちゃんを守りたいっ! だから、支え合って頑張ろうよ、助け合っていこうよっ! 一人で抱え込まないでよ……!!」
彼方 (遥ちゃん……)
彼方 (なんで、なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう……二人で支え合って生きていきたい、そう思ってたはずなのに……)
彼方 「ただいま、遥ちゃん。寂しい思いをさせてごめんね、これからも一緒だよ」 ダキッ
遥 「……お姉ちゃん、お姉ちゃんっ!!」 ポロポロ 歩夢 「……」
侑 「……歩夢」
歩夢 「? なに侑ちゃん?」
侑 「幸せって難しいよね。知らなくていい真実も山ほどあるだろうし」
歩夢 「……」
侑 「だけど、今の幸せを大事にできたらいいよね。ね、歩夢!」
歩夢 「そうだね、侑ちゃん……!」
…
…
… 彼方 「……」 スゥスゥ
遥 「お姉ちゃん、起きてっ!」
彼方 「……もう一眠り」 スゥスゥ
遥 「ダメだよお姉ちゃん! 今日は早起きしたいって言ってたでしょ!?」
彼方 「もうちょっとだけ……」 スゥスゥ
—————
———
—
遥 『……お姉ちゃん』
彼方 『んー? なに遥ちゃん?』 遥 『……私はあの人たちのおかげで助かった。だからってわけじゃないけど、もう、無理矢理夢の世界へ連れて行ったりしない。お姉ちゃんの幸せが第一だもん』
彼方 『遥ちゃん……』
遥 『その名前は私に言う名前じゃないでしょ? いいの、近江遥は現実にいるんだから。でもひとつだけ良い?』
彼方 『……うん、良いよ』
遥 『たまにこうして夢の中で、一緒にお茶会をしてほしいの。たくさん、お菓子を用意するから』
彼方 『もちろんだよ、遥ちゃん!』 ニコッ 遥 『だからそれは私に言う名前じゃ……。いやまあお姉ちゃんが良いなら良いけど、それより現実の近江遥が呼んでるよ?』
彼方 『遥ちゃんが?』
遥 『私はいつでもお姉ちゃんの味方。能力が必要になったら、いつでも呼んで。大丈夫、もうワガママ言わないから。ありがとう……お姉ちゃん』
遥 『私は幸せだよ、だから向こうの近江遥をもっと、幸せにしてあげて!』 ニコッ
—
———
—————
彼方 「ん? おはよう、遥ちゃん……ってあれ? 遥ちゃん、私より早く起きてる?」
遥 「昨日話したでしょ?」 彼方 「あっ、そうか……今日は遥ちゃんが担当だっけ」
遥 「うん。まだ料理は苦手だからチンしたものが多いけど……」
彼方 「ふふ、大丈夫だよ。彼方ちゃんが少しずつ教えていくから。頑張ろう? 遥ちゃん」
遥 「うんっ!」
彼方 (昨日の夜、歩夢ちゃんと話した後、家に帰って遥ちゃんと、これからのことを話した。能力のことは上手く誤魔化したけど……遥ちゃんは私の力になりたいって、考えを曲げなかった)
遥 「それよりお姉ちゃん。私が担当で早く起きたから、起こせたけど、お姉ちゃんが早起きしたいって言ったんだよ?」
彼方 「ごめんごめん、可愛い後輩たちの練習メニューをもう少し練りたくて……」 エヘヘ 遥 「またお姉ちゃんったら、自分から忙しくて……でも、どんなことよりお姉ちゃん楽しそう。それなら文句言えないよ」
彼方 「そんなに楽しそう? そっかー……そんなに彼方ちゃん、楽しんでるんだねぇ……」
彼方 (これから家事は遥ちゃんと分担ですることになった。バイトはさせられない、それは彼方ちゃんも絶対譲れないところだった。だけど家事が分担になるだけですごく楽になると思う……ありがとう遥ちゃん)
彼方 「うん! このおかず美味しいよ!」
遥 「あはは、冷凍食品が多いけどね……」
彼方 「いや遥ちゃんの思いが入ってるから数倍美味しいっ!!」
遥 「お姉ちゃんったら、本当親子バカというか……姉妹バカというか……でもありがとう」
遥 (お姉ちゃん……元気になってよかった……)
…
…
… 彼方 「はぁ、金欠だよぉ」
かすみ 「急にどうしたんですか、彼方先輩?」
彼方 「色々あってね、出費があるんだよ」
彼方 (能力で出したお金は全部消しちゃったから……払ったお金は払い忘れたって言って自費でちゃんと返すことにしたんだよね)
かすみ 「にしては顔が笑ってますけど?」
彼方 「そう? ふふ、そうかもしれないねぇ」
かすみ 「いやどういうことですか……」 彼方 (これからも、遥ちゃんと一緒に頑張れる気がするし、私には大事な後輩たちがいるからね、人生楽しみいっぱいだよーーっ!!)
歩夢 「おはようございます、彼方さん、かすみちゃん」
かすみ 「おはようございます! 歩夢先輩!」
彼方 「おはよう、歩夢ちゃん……それと」
歩夢 「?」
彼方 「たしか侑ちゃんだったかな、おはよう二人ともっ!」 ニコッ
侑 「彼方さん、覚えてくれてたんだ……ふふ、嬉しいな。ほら遅刻しちゃうよ、行こっ、歩夢」
歩夢 「うんっ!!」
…
…
… 彼方さん編はこれでおわりです。予想より長くなってしまいました。
ここから新しい章の予定です。
今日の夜更新、もしくは明日更新になりますが、待ってくださると嬉しいです。 おつ
彼方ちゃんそこまで酷いことにならなくて良かった… この??は歩夢だけじゃなくて侑のことも一人と数えてるけど
侑も意識を持った一個の存在ということなのかな 彼方編おつ
途中果林さん出てきてたけど、果林さんは歩夢のこと認識してるのな 同じ??だけどかすみがしず子と呼んでるのとは別人みたいだね キンコンカンコーン
彼方 「じゃあ昼休みの練習、早速頑張ろう〜!!」
かすみ 「……」
歩夢 「おおっーー!」
彼方 「?」
歩夢 「かすみちゃん? どうしたの?」 かすみ 「……歩夢先輩、かすみんはとんでもないことに気付いてしまいました」
歩夢 「とんでもないこと?」
かすみ 「かすみんたちには実際のライブ経験がありませんっ!!」
彼方 「それはそうだよ〜、練習始めてそんなに経ってないんだから」
かすみ 「しかし、いずれステージで歌う以上、やはりライブをイメージしないといけないと思うんです」
彼方 「単純に基礎練に飽きただけじゃないの?」
かすみ 「そ、そ、そ、そんなわけありませんけど!?」 アセアセ
歩夢 「なんて分かりやすい図星……」 かすみ 「いずれかすみんたちはたった一人でステージに立たなくちゃいけないんです!! なのにステージに立つどころか、人のライブもあまり見てない状態じゃ……」
歩夢 「……? 一人で立つ?」
かすみ 「何かおかしいこと言いました?」
歩夢 「一人で立つって私は?」
かすみ 「だってソロアイドルですし」
歩夢 「……」
かすみ 「……」
歩夢 「ええっ!?」
かすみ 「急に驚かないでくださいよ!?」 歩夢 「かすみちゃん私と一緒にスクールアイドルをしてくれるって……!!」
かすみ 「一緒にはしますよ、練習とか、たまにコラボも良いかもですね」
歩夢 「グループというわけでは……?」
かすみ 「ないですね」
歩夢 「……」
かすみ 「……」
歩夢 「ええっ!?」
かすみ 「だから急に驚かないでくださいよ!? 心臓に悪いです!」 歩夢 「だって、わ、私がソロアイドル……? 一人でステージに立つの?」
かすみ 「ライバルですからね、いくら歩夢先輩が可愛くたって負けませんよ……っ!!」
歩夢 「いやいや勝手にライバルにしないでよ! 私は一人じゃライブなんて……」
彼方 「かすみちゃん? なんでそんな大事なこと、歩夢ちゃんに話してなかったの? てっきりもう知ってることだと……」
かすみ 「いやなんとなく話してた気になってました……」 歩夢 「……」 ボッー
侑 「呆然としてるけど、大丈夫? 歩夢?」
歩夢 「……辞めようかな」 ボソッ
かすみ・彼方 「「!?」」
かすみ 「歩夢先輩!?」
彼方 「歩夢ちゃん!? 落ち着いて!?」
歩夢 「うぅ……だって一人じゃ恥ずかしいし、無理だよぉ……」 シクシク
かすみ 「だ、大丈夫ですよ! 練習は嘘つきませんから!!」
彼方 「その理論でいくと練習は不足気味だけどね」 かすみん可愛すぎて??と話してる時のような闇を抱えてるとはとても思えない かすみ 「そうだ!!」
歩夢 「……?」
かすみ 「ならもう一人スクールアイドルをスカウトしましょう! そして、ライブを見に行くことで、ソロライブの楽しみというものを知ってもらいます!」
彼方 「スカウト? 心当たりがあるの?」
かすみ 「じゃーーーん!! ここに三枚、あの伝説のスクールアイドルのチケットがありますぅ!!」 ジャジャーン
歩夢 「伝説のスクールアイドル?」 かすみ 「伝説というか幻に近いですけど……虹ヶ咲学園のスクールアイドルなのにもかかわらず、普段校舎で見たものはいないと言われている、あのスクールアイドル!」
かすみ 「『優木せつ菜』の今日の放課後のライブチケットです!!」
歩夢 「優木せつ菜……?」
かすみ 「むむ、知らないならば教えましょう。この虹ヶ咲でスクールアイドルを目指すなら、必ず知っておくべき人ですよ!」 かすみ 「突如現れたスクールアイドル、優木せつ菜……その伸びのある歌声に華麗な動き、何より『大好き』が伝わってくる有り余る情熱! その姿は多くの人を魅了しました!」
かすみ 「しかし、学内では誰も見たことがないというミステリアスさも残しています……悔しいくらい特徴のあるスクールアイドルです」
かすみ 「彼女は一匹狼の印象がありますが、なんとか私たちがスカウトすることで、一緒に練習をしてもらい……ライブ経験のある彼女から多くを学ぶことで、歩夢先輩のソロライブへの自信をつけようという魂胆ですっ!!」 彼方 「なるほど〜。それでそのライブチケットというのは?」
かすみ 「これは優木せつ菜さんのライブチケットです。三人分用意しておきました!」
歩夢 「まだ高校生なのにチケットまで用意されてるなんて……よっぽど人気なんだね」
かすみ 「まあどこかに所属してるわけではないので、商業というよりは、会場の人数規制の整理券みたいなものですが……なんとか抽選に勝ちました」 かすみ 「このライブを見に行くことで、かすみんたちはライブがどういうものかを学べますし、普段姿を見せない彼女に話しかけてスカウトすることもできます……どうですか! 一朝一夕でしょう!」
彼方 「それを言うなら一石二鳥じゃないかな……? というか、かすみちゃん」
かすみ 「? どうしました? 彼方先輩」
彼方 「今日の放課後のライブチケットを事前に、しかも三枚も用意してるなんて……もしかして、いかにも自然に話題に持ってきてたけど、最初から彼方ちゃんと歩夢ちゃんを連れていく予定だったんじゃ……」
かすみ 「そ、そ、そ、そんなわけありませんけど!?」 アセアセ
歩夢 「だからバレバレだよ、かすみちゃん……」 彼方 「でも悪いんだけど彼方ちゃんは難しいかも……」
かすみ 「ええっ!?」
彼方 「そのライブの途中でバイトの時間が来ちゃうし、家に帰ったら遥ちゃんに料理を教えてあげたいんだ」
かすみ 「そ、そんな……! それじゃチケットが」
歩夢 「! それなら私誘いたい人がいるんだけど大丈夫かな?」
かすみ 「えっ? まあ少なくとも歩夢先輩が来てくれれば意味はあると思いますし……大丈夫ですけど……」
歩夢 「私の友達でね……」
…
…
… 流れ的に璃奈かな?また出て欲しいと思ってたから嬉しい 璃奈 「ありがとう、歩夢さん。私を誘ってくれて」
歩夢 「ふふ、今度一緒にどこか遊びに行こうって言ったでしょ? こちらこそ急に誘っちゃってごめんね」
璃奈 「大丈夫。今日はDちゃんが用事があって、放課後は暇だったから」
かすみ 「えっと……はじめまして……あ、あの!」
璃奈 「私は天王寺璃奈」
かすみ 「!」
璃奈 「一年、情報処理学科。よろしくね」
かすみ 「中須かすみ、一年の普通科です! こちらこそ、よろしくお願いします!」 彼方ちゃん結局アルバイトやお金の問題は解決してないけど今度は遥ちゃんの支えもあるし大丈夫かな かすみはライナーみたいな2面クズなのかな
何にしろ本体の立場で??に指示出してるのコイツだし 璃奈 「……ところで歩夢さん、私はあまりスクールアイドルに詳しくないけど、大丈夫なのかな?」
歩夢 「うん、大丈夫だよ。スクールアイドルは詳しいとか詳しくないとか、そういうのじゃないと思うんだ。ライブは何も気にしないで楽しめばいいと思うよ! それに、正直私もあんまりスクールアイドルに詳しくないから……あはは」
かすみ 「いや歩夢先輩はもっとライバルたちのことを研究してくださいよ……」
璃奈 「侑さんもここに来てるの?」
歩夢 「うん、来てるよそこに」
璃奈 「……そっか、良かった」
侑 「ほら、歩夢。その伝説のスクールアイドルっぽい子がステージに立ったよ」 せつ菜 「みなさん今日はライブに来てくれてありがとうございます!!!!!」
キャアーーーーッ!
セツナチャーーーーン!!
かすみ 「すごい盛り上がりですね……!」
歩夢 「緊張しないでステージに堂々と立ってて……すごいなぁ……」
生徒L 「きゃぁーーーーー!!! せつ菜ちゃんかっこいいよぉぉぉーー!!」 かすみ 「……」
歩夢 「……」
生徒L 「はっ!?」
かすみ 「あっ、えっと、かすみんたちは気にしないで大丈夫ですよ」
歩夢 「ご、ごめんなさい、私たち初めて来たので、ライブのノリが分からないというか……」 生徒L 「……いえ、私も羽目を外しすぎました。本来はこのような性格ではないのですが、せつ菜ちゃんが関わるとつい」
歩夢 「その制服……同じ虹ヶ咲だよね? 優木せつ菜ちゃんのファンなの?」
生徒L 「ファンなんてものではありません……大ファンです!! せつ菜ちゃんは勉強しか取り柄のなかった私の生きる希望ですから! ほら、そろそろ曲が始まりますよ、初めてなら是非、せつ菜ちゃんの魅力を楽しんでいってください!!」
せつ菜 「みなさんに『大好き』を届けますよっーーーーー!!!!」
…
…
… 歩夢 「……」
かすみ 「……」
生徒L 「うぅ……せつ菜ちゃん……今日も最高だったよぉ」 ポロポロ
生徒L 「メガネじゃなくて裸眼で見たかったな……もう、なんというか、何も通さないで直に見たかった……最高のライブだった……」 ポロポロ かすみ 「……どうでしたか、歩夢先輩。初めてのスクールアイドルのライブは」
歩夢 「……私が同じようにできるかは分からないけど、スクールアイドルがこんなにも力をくれるものなら」
かすみ 「……」
歩夢 「私もやってみたい。そう、改めて確信したよ」
侑 「歩夢……」 かすみ 「かすみんも、悔しいくらい最高なライブでした」
歩夢 「!」
かすみ 「これが、スクールアイドルなんですね……『可愛い』を目指すかすみんとはまた違う方向性でしたが、素敵なライブでした」
歩夢 「……お互い、これからも練習だね」
かすみ 「はい! そのためにも今から優木せつ菜さんをスカウトしに行きますよーー!!」 歩夢 「うん。璃奈ちゃんも一緒に行こう?」
璃奈 「……」 ボォー
歩夢 「璃奈ちゃん?」
璃奈 (……みんなが笑顔だった。幸せだった。スクールアイドルって、こんなにすごいんだ。こんなに力をくれる、こんなにみんなを笑顔にできる)
璃奈 「歩夢さん、歩夢さんはスクールアイドルを目指してるんだよね?」
歩夢 「う、うん。ここにいるかすみちゃんと、あとは彼方さんっていう先輩がいて、三人で練習を頑張ってるんだ!」 璃奈 「……」
歩夢 「それがどうかしたの?」
璃奈 「……私も一緒に活動していいかな」
歩夢 「!」
璃奈 「私は表情を作ることが苦手なことをずっと気にしてたけど、こないだから前向きに考えられるようになった。でも、もう一歩進みたい。自分が笑顔になれなくても、みんなを笑顔にできたなら……こんなに嬉しいことはないと思う」
歩夢 「璃奈ちゃん……。うん、分かったよ、璃奈ちゃんも練習一緒に頑張ろう! ね、大丈夫だよね、かすみちゃ……」 シーン
歩夢 「かすみちゃん?」
璃奈 「……いないね」
侑 「さっき優木せつ菜ちゃんのところに向かってたよ。すぐスカウトしないと帰っちゃうって」
歩夢 「……とりあえず優木せつ菜ちゃんのところへ行こうか。話は後でだね」
璃奈 「うん」
…
…
… かすみ 「すいませんっ!」 タタタタ
せつ菜 「? あなたは?」
かすみ 「普通科一年の中須かすみです! それで、こっちにいるのは……」
シーン
かすみ 「ってあれ?」
歩夢 「ちょっとかすみちゃん! 置いていかないでよぉ」 タタタタ
かすみ 「歩夢先輩! 遅いですよ!」 歩夢 「はぁ……はぁ……かすみちゃんが急にいなくなったんだよ、えっと、普通科二年の上原歩夢です」
璃奈 「一年、情報処理学科の天王寺璃奈です」
かすみ 「優木せつ菜さん、急で申し訳ないですけど、お願いがあります!」
せつ菜 「お願い、ですか?」
かすみ 「実はかすみんたち、スクールアイドルを目指して日々頑張ってるんですが……せつ菜さんにも一緒に練習してほしいんです!」
せつ菜 「! なるほど……」
歩夢 「急に知らない人たちからこんなことをお願いされて、迷惑なのは重々承知しています……。でも、優木せつ菜ちゃんのライブを見て、私、すごく感動して! そんなせつ菜ちゃんと一緒に活動できたら、きっと大きな一歩になる! お願いします、どうか一緒に活動してください!!」 ペコッ
璃奈 「私からもお願いします」 ペコッ せつ菜 「……」
歩夢 「お願いしますっ!」 ペコッ
せつ菜 「そんな、頭を上げてください……それに全く知らないわけではありませんよ」
かすみ 「えっ?」
せつ菜 「虹ヶ咲に、私以外にスクールアイドルを始めた人たちがいる、その情報は私も知ってました。そうですか、あなたたちが……」
せつ菜 (私をスカウトしたい、そしてスクールアイドルのライブを見たい、おそらくはその辺りがここに来た理由だと思いますが……それにしたって、直接スカウトするなんて、行動力があります。それに、あの瞳から強い情熱を感じる……) せつ菜 「ええ、構いませんよ。私も一人の練習には少し飽きていたところです。これから私でよければ、是非一緒に練習させてください!」
かすみ 「……?」
歩夢 「……?」
せつ菜 「いやなんであなたたちが驚いてるんですか、頼んできたのはそちらでしょ?」
かすみ 「いや、え、えっ? 本当にあの優木せつ菜さんが私たちと練習を?」
歩夢 「思ったよりもあっさり承諾してくれたから驚いちゃって……」 せつ菜 「私は、『大好き』な気持ちなら、決して蔑ろにしません。それに、あなたたちのその情熱はきっと本物でしょう? ですから、あなたたちと練習をしていけば、きっと私の進歩にもなるはずです。ほらwin-winじゃないですか!!」
せつ菜 「改めてよろしくお願いします!」
かすみ 「……や、や」 プルプル
かすみ 「やったぁぁぁぁぁぁぁーー!!! これからはあの優木せつ菜さんと練習ができるなんて!」
歩夢 「ふふ、良かったね、かすみちゃん……それに私もすごく嬉しいな」 璃奈 「……」 モジモジ
せつ菜 (? 何か言いたそうな……)
せつ菜 「天王寺璃奈さん、ですよね。何か言いたそうな素振りを見せてますが、私のことは気にしないで大丈夫ですよ」
璃奈 「!」
せつ菜 「きっとこのタイミングで言うのがベストなことなのでしょう?」
璃奈 「……」
せつ菜 「なら言ったほうがいいです!」 璃奈 「……かすみさん」
かすみ 「! なんですか、りな子?」
璃奈 「りな子?」
かすみ 「あっ、えっと、同い年でしょ? ならあだ名で呼んでもいいかなって」
歩夢 「急に? 流石に早いような……」
かすみ 「あんなに素敵なライブを、空間を、共有して楽しんだ仲なんです。もう立派な友達ですよ! あ、でも、もし嫌なら変えますけど……」
璃奈 「いやそれで大丈夫、むしろその方が嬉しい。それで伝えたいことなんだけど……」
かすみ 「は、はい!」 璃奈 「私もせつ菜さんのライブを見て、スクールアイドルをやりたくなったんだ」
かすみ 「!」
璃奈 「……私はせつ菜さんみたいに、スクールアイドル経験者でも、詳しいわけでもないけど、だけど、このやりたい気持ちは本物。お願い! 私も一緒に練習させて!」
かすみ 「……」
璃奈 「……」
かすみ 「もちろんですよ、りな子。遠慮なんかしないでください。歩夢先輩も言ってたでしょ? 詳しいとか詳しくないとかじゃなくて、気持ちが大事だって!」 ニコッ
璃奈 「かすみさん……!」 グループならともかくソロだから方向性とか各々自由だしね かすみ 「あ、それと、『さん』じゃなくて『ちゃん』でよろしくお願いします! かすみんがあだ名で呼んでるんですから、堅苦しいのはダメですよっ」
璃奈 「か、かすみちゃん……? これでいいのかな、これからよろしくね」
かすみ 「はい!! 一緒に頑張りましょう!!」
せつ菜 (……私の目の前で『大好き』が生まれる、なんて素晴らしい光景なんでしょうか。こういうとき、スクールアイドルをやってて良かったなと感じます) ピコーン
せつ菜 「!」
せつ菜 (……母からのメール? 今はとりあえず彼女たちとの話に集中しなければ)
せつ菜 「では、明日からよろしくお願いしますね、みなさん」 ニコッ
かすみ 「急にメンバーが二人も増えるなんて……明日からもっと楽しみになりました!」
璃奈 「私も、新しいことが始まりそうで、すごくワクワクしている」 侑 「……なんだか益々賑やかになって良かったね、歩夢」
歩夢 「うん!」
かすみ 「じゃあせつ菜先輩、早速なんですけど、明日の集合場所はあそこの広場で……」
せつ菜 「なるほど。そこで活動をしてるのですね。時間帯は?」
かすみ 「昼休みと放課後です」
せつ菜 「分かりました。明日から私もその場所に行きますね!!」
…
…
… タッタッ
タッタッ
菜々 「……ふふ」
菜々 (まさか、一緒に練習してくれる仲間たちと出会えるなんて……ライブも無事成功しましたし、今日はとても素晴らしい日です)
菜々 「というか、これって青春モノにある仲間と高め合うシチュエーションですよね……なんというか憧れていたのですごく嬉しいです。せっかくならラノベ風なナレーションでも導入しておきましょうか……!」
菜々 (私の名前は中川菜々。普通科の二年生……そして、幻のスクールアイドル『優木せつ菜』の正体です) 菜々 (ずっと一人狼だった私……でも、私のライブにまで来て、『一緒に練習をしてください』と言ってくれた人たちがいた。そこから私たちは時に喧嘩をしても強い絆で壁を乗り越え、そして念願のラブライブ優勝へ一歩踏み出すのであった……)
菜々 「これは感動物語の予感がします……!」 ワクワク
タッタッ
タッタッ
菜々 「……それにしても、『話したいことがあるから早く帰ってきなさい』なんて、お母さん、一体どうしたんだろう」
ガチャ 菜々 「ただいま、お母さん」
中川母 「おかえり、菜々。今日も生徒会で遅かったの?」
菜々 「うん」
菜々 (……中川家では、ライトノベルはもちろんのこと、アニメや漫画など勉強を阻害するようなものには何でも厳しく、スクールアイドル活動なんてもってのほか。なので私は『優木せつ菜』という名前で家族に隠れてアイドル活動をしています)
菜々 (また、生徒会長という立場を利用し、アイドル活動によって遅くなった日や、土日の活動は生徒会の用事だと家族には上手く誤魔化してきました)
中川母 「……少し話したいことがあるんだけど大丈夫?」
菜々 「? もちろん大丈夫だけど」 タッタッ
タッタッ
中川母 「そこに座って?」 ガラッ
菜々 「う、うん」
菜々 (お母さん、怒ってるのかな、そう見えるような……なんで? もしかしてスクールアイドルの活動がバレたんじゃ……)
中川母 「これ、こないだの模試」
菜々 「!」
中川母 「菜々のことだから心配してないけど、少し成績が下がってるわよ?」
菜々 「……あ、えっと、ごめんなさい」 中川母 「怒ってるわけじゃないのよ、ただ……もう少し勉強時間を増やさないとね。生徒会を早めに切り上げなさい」
菜々 「えっ……?」
中川母 「いくら生徒数の多い学校だからって、毎回こんなに遅くまで生徒会が忙しいだなんて……正直おかしいと思うのよ。多分、周りがあなたに甘えてるのでしょう? 昔から菜々は頼られることが多かったし……」
菜々 「……つまりどういうことですか」
中川母 「断りなさい。頼み事はなるべく断って、最低限の生徒会活動だけして、早めに帰ってきなさい」
菜々 「そ、そんなのできないよ、生徒会長なんだから……」 中川母 「なら学校に連絡しましょう。いくらなんでも毎度忙しすぎるわよ」
菜々 「そ、それはやめてください!!」
中川母 「? 急に叫んでどうしたのよ」
菜々 (学校に電話なんかしてしまったら、私が遅くなってる理由が生徒会じゃないのがバレてしまう……!)
菜々 「……えっと、私自身でしっかり、仕事を早めに終わらせますから。わざわざ先生たちに文句を言って評価が下がるのも嫌でしょ、お母さん?」
中川母 「まあ、それはそうね……」
菜々 「じゃあ、私は部屋で勉強するから」
中川母 「分かったわ、頑張ってね。それと、明日からは早く帰ってくるのよ」 タッタッ
タッタッ
菜々 「……」
菜々 「……スクールアイドルの活動。せっかく明日からは仲間ができたのに……」
菜々 (昼休みと放課後……でしたよね。昼休みは出れるでしょうか? 放課後は生徒会の活動を急いで終わらせて練習に行けば……いやダメですね。早く帰ってこいと言われたんですから)
菜々 「そもそも成績が下がったのが失敗なんです……。生徒会も忙しい上に、そこにスクールアイドルの活動まで……勉強時間を減らして帰宅時間を遅くして、それでやっと今の日々が成り立っていた……」
菜々 「成績が下がるのも当たり前ですし、そうなれば母が黙ってるはずがない」 菜々 (分かっていたことでしょう。私はそういう家庭なのですから……)
ピコーン
菜々 「ん?」
菜々 「あっ……コンビニ受け取りにしてた新刊!? すっかり忘れてました……帰り道に取りにいく予定だったのに……」
菜々 (参考書、と言えば誤魔化せるでしょうか……)
…
…
… ウィーン
アリガトウゴザイマシター
菜々 「ふぅ、なんとか受け取れました……あとは家に帰って、お母さんに見られないように部屋にしまうだけ」
菜々 (それにしても……)
菜々 「……好きなラノベも、漫画もアニメも、家族の前で全て隠さないといけない。我ながら、不思議なことをしてるものです」
菜々 「こんなに『大好き』を伝えることにこだわってるのに、家ではこそこそ隠れてこんなことをやっている……隠し事をしてる点で家族に、自分のポリシーを無視してる点で自分に、大変失礼な気がします……」 菜々 (好きなことはしたい、でも、家族の期待を裏切りたくない。あぁ、私が二人いたなら、良かったのに)
?? 「私が二人いたなら、良かったのに」
菜々 「!」
?? 「そう思うこと、ありますよね」
菜々 「……誰ですか」
?? 「私? 私は別に誰でもないですから、どうでもいいのです。それよりあなた、このままじゃ時間が足りないんじゃないですか?」
菜々 「……時間、ですか」 ?? 「やるべきことが山ほどあるのに、体は一つしかないからどうしようもない……そんな顔をしていますよ」
菜々 「構わないでください。どうしようもないことです」
??「いいえ、奇跡的にあなたにはその能力がある」
菜々 「能力?」
菜々 (……まるで漫画みたいなことを言いますね)
?? 「ええ。正義のヒーローは二つ顔を持ってるものですが、あなたには顔だけじゃなく体まで、要するに分身能力があるのです」
菜々 「分身能力ですか……!?」 ドキッ 菜々 (どう見ても怪しいのに、つい魅かれてしまう自分がいる……)
?? 「ふふ、気になりますか? 当然でしょう、正しく使えばノーリスク・ハイリターンなんですから!」
菜々 「ノーリスク・ハイリターン……」
?? 「人間誰しも忙しさが原因で諦めないといけないことがある……」
菜々 「!」
?? 「それは夢だったり、幸せだったり、大事な人だったり……でも二兎を追うものが二人いたら、結果的には一人に一兎。何も問題はありません。さあ、あなたの能力を使うときが来たんです……!」
菜々 「私の能力を使うときが……!」
?? 「ふふ、もう一人の自分にも、納得できるような道を選ぶことを期待してますよ……」 ボソッ
…
…
… 彼方せつ菜とかすみに近しい人を続けて狙ってるのは偶然なのかな しず子のヤキモチとかだったらちょっと可愛い
それでもひど過ぎるけど ガチャ
中川母 「おかえり、菜々。参考書は受け取れた?」
菜々 「うん、ありがとう、お母さん」
中川母 「……あなた」
菜々 「?」
中川母 「何か変わった? いや、何も変なところはないのだけど……少し変わった気がして……」 菜々 「気のせいだよ、じゃあ今度こそ勉強するね」
中川母 「そうよね気のせいよね、ごめんなさい、勉強頑張ってね」
タッタッ
タッタッ
菜々 「……」
菜々 「これで問題はないはずです……家族の期待を裏切らずに済む。あとはもう一人の自分と折り合いをつけてゆければ……」
…
…
… キンコンカンコーン
歩夢 「昼休みだね、侑ちゃん」
侑 「そうだね」
ガラッ
かすみ 「歩夢先輩! 練習行きましょう!」
歩夢 「うん。今日はせつ菜ちゃんと璃奈ちゃんもいるし、待たせたら悪いから早く行こう」
タッタッ
タッタッ かすみ 「それにしてもせつ菜先輩、無事に来れるんでしょうか?」
歩夢 「? どういうこと?」
かすみ 「いやせつ菜先輩って、クラスも学科も不明なんですよ……だから歩夢先輩みたいに迎えに行くこともできなくて、昨日はとりあえず場所と時間だけ伝えたんですが」
歩夢 「……なら問題ないんじゃ?」
かすみ 「ミステリアスなのは魅力ですけど、そこまで隠し通すって……もしかして何か事情があるのかなって。今まで一匹狼だったのも……もしかして」
歩夢 「うーん、言われてみるとそうかも」 かすみ 「だから約束をドタキャンするとは思いませんが、その事情のせいで来れない可能性はあるんじゃないかなって」
歩夢 「……でも、昨日のせつ菜ちゃん、すごく素敵な笑顔で私たちと話してくれたよ? 仮に事情があったとしても、一緒に練習したいって気持ちは本当なんだと思う」
かすみ 「!」
歩夢 「だから大丈夫なんじゃないかな」 ニコッ
かすみ 「……まあそうですね、かすみんたちが悩んでも仕方ありませんし、早く練習に行きましょう!」 タタタタ
歩夢 「ちょ、ちょっと待ってよ! かすみちゃん!」 タタタタ
…
…
… 彼方 「ふむふむ、今日から二人もメンバーが増えるなんて……彼方ちゃんも嬉しいよ」
せつ菜 「優木せつ菜です!! よろしくお願いします!!」
璃奈 「天王寺璃奈です。よろしくお願いします」
彼方 「彼方ちゃんは彼方ちゃんだよ、よろしくね」
璃奈 「?」
かすみ 「彼方先輩!? しっかり自己紹介してくださいよ!? こちらは、かすみんたちの顧問の、近江彼方先輩です!」 彼方 「顧問なんて偉い立場じゃないけどね〜。歩夢ちゃんとかすみちゃんに、スクールアイドルについて教えてるんだ」
歩夢 「彼方さんは妹さんがスクールアイドルで、だからスクールアイドルにも詳しいんだ」
せつ菜 「!? 近江ってもしかして……!?」
彼方 「む? もしかしてその表情……遥ちゃんをご存知か?」
せつ菜 「ご存知なんてものではありません!! 近江遥さんは私が大好きなスクールアイドルの一人です!! まさか遥さんのお姉さんに会えるだなんて!!」 キラキラ かすみ 「意外ですね……せつ菜先輩は周りを気にせず自由に活動しているイメージがありましたが、思ったよりスクールアイドルに詳しいんですね……」
せつ菜 「当然です!! 好きだからこそ自分でもやりたくなったんですから」
かすみ 「特に好きなスクールアイドルがいたわけじゃないのに、活動をちゃっかりしちゃってる人もいますけどね」 チラッ
歩夢 「あはは……」
侑 「でも歩夢、せつ菜ちゃんのライブを見て、辞めようかなって迷いが消えたんでしょ? だったらせつ菜ちゃんが、歩夢にとっての憧れのスクールアイドル、でもいいんじゃないの?」
歩夢 「……えっ、そ、そうなのかなぁ?」
せつ菜 「独り言ですか?」
かすみ 「あっ、えっと、気にしないでください。歩夢先輩は時々こうなるんです」 彼方 「ところでせつ菜ちゃん、せつ菜ちゃんはどれだけスクールアイドルに詳しいの? ずっと一人で活動してきたみたいだけど、練習方法とか良ければ教えてほしいな。参考にしてまた練習メニューを練るから」
せつ菜 「彼方さんの練習メニューを軽く確認させてもらいましたが、基本的には一緒ですよ? 基礎練重視のメニューです。ですから、彼方さんの方針で問題ないと思います」
彼方 「そっか……じゃあもう一つ聞きたいことがあるんだけど」
せつ菜 「なんですか?」
彼方 「せつ菜ちゃんから見た、『スクールアイドル近江遥』ちゃんについて教えてほしいんだ!」
せつ菜 「良いんですか? 長くなりますけど」
彼方 「是非っ!!」 せつ菜 「まずはあの健気なところが最高ですよねっ!! 良い子感が伝わってきますし!!」
彼方 「そうなんだよ!! 正確に言えば遥ちゃんは実際に良い子だけどね!! 超良い子だけどね!!」
せつ菜 「あとダンスも華麗というか……軽やかというか……学ぶところがたくさんあります。きっと、相当努力を重ねてきたんだと思います」
彼方 「フフフ、分かるよせつ菜ちゃん。遥ちゃんはとにかく最高なんだよ」
せつ菜・彼方 「「ペラペラ」」 ワイワイ!
璃奈 「……この二人の情熱がすごい。私も見習わないと!」
かすみ 「彼方先輩に関してはスクールアイドルというより、遥ちゃんへの情熱ですけどね」 歩夢 「あはは、それにしても賑やかで、これからも練習が楽しそうだね、侑ちゃん」
侑 「……歩夢」
歩夢 「侑ちゃん?」
侑 「また微弱だけど、能力の気配を感じた」
歩夢 「えっ!?」
侑 「しかもすぐ近くから……辺りを見渡してみて? 変な動きをしてる人がいない?」
歩夢 「うーん、変な動きなんて……」 チラッ チラッ 菜々 「……」 ジッー
歩夢 「わっ、あの人、遠くから私たちをすごく見てる……」
かすみ 「げっ、あれは生徒会長ですよ!」
歩夢 「生徒会長?」
せつ菜 「! 生徒会長ですか?」
彼方 「もう! 話の途中だったのに」
かすみ 「あまり話したことはないんですが、噂によるとすごい堅物で厄介な人らしいですよ!!」
せつ菜 「……あはは、そうなんですね」 歩夢 「へぇ……なんだか学校にずっといるのに、生徒会長の顔なんてあんまり知らなかったなぁ」
菜々 「っ!」 タタタタ
かすみ 「あっ、どっか行っちゃった……? うぅ、なんだか知りませんが生徒会に目をつけられたら大変ですよぉ……」
歩夢 「あの人がそうなのかな、侑ちゃん」
侑 「どうだろう……とりあえず様子見だね。邪魔しちゃってごめんね、そろそろ練習でしょ?」
璃奈 「まずはストレッチだね……ぐぬぬ」
彼方 「璃奈ちゃん、全然曲がってないよ」
璃奈 「なぜ……」
せつ菜 「まあ最初はそんなものですよ、これからの鍛錬あるのみです!! ではみなさん練習頑張りましょうーーー!!」
一同 「「おおっ!」」
…
…
… 好きな時に分かれたり戻ったりできるわけではなさそうか 菜々もせつ菜も欠かせない要素だから遠くないうちに破綻してしまいそう かすみ 「ふぅ、練習大変だったぁ。でも放課後もあるし頑張らないと……!」
?? 「ねえ」
かすみ 「へっ!? 誰!?」
?? 「かすみさん」
かすみ 「あ、なんだしず子か……いつもと姿が違うから気付かなかったよ」
?? 「私は本来の姿なんてないから……それで能力者のことなんだけど」 かすみ 「! そうだ、『夢の住人』……」
?? 「残念ながら失敗したよ」
かすみ 「……そ、そう、失敗したんだ」
?? 「うん。夢の中に入ったなら、もう絶対にあの能力が手に入ると思ってたんだけどなぁ……なぜかね」
かすみ 「そっか、失敗したんだ……」
?? 「……」
?? (正直ホッとしたんでしょう、かすみさん。分かるよ、私もそうだから) ?? (あの能力は進化と代償に、現実を捨てることになる……今までも自分たちの目的のために人を傷つけたことはあるけど、今回は格が違った。だって人生を終わらせてしまうから)
?? (だからそんな責任を、そんな罪悪感を、背負わずに済んで安心したんでしょう? ああ、許せない、許せない……!!!) ガタガタ
?? 「許せない、私が」 ボソッ
かすみ 「? しず子、今なんて……」
?? (かすみさんには二つの目標がある。それは『最高に可愛くなること』と『能力を進化させあの人に出会うこと』……でも、後者の願いのためには、このままじゃかすみさんは前者を諦めなくちゃいけない) ?? (そのために私はある。かすみさんには抵抗があることも、耐えられないことも、代わりに全て私がやって、それでかすみさんの願いを二つとも叶える……っ! だから私だけはホッとしてはいけなかった)
?? (私だけはかすみさんのために、全てを犠牲にしないといけないんだ。じゃないと、返せない、この気持ちを返せない)
?? 「そういえば、新しい能力者を覚醒させたの……」
かすみ 「! その能力名は?」
?? 「『ひとりでふたつ』自分を何人も抱えている人にだからこそ掴めた能力……」
…
…
… 菜々 「……」
書記A 「生徒会長」
菜々 「! は、はい、なんでしょう」
書記A 「動きが止まってますよ? どうしました?」
菜々 「すいません、ぼっーとしていたようです……すぐ再開しますね」
菜々 (……誰も私が二人いることに気付いてない、いや、当たり前か。そもそも優木せつ菜と中川菜々が同一人物であることを知る人物がいないのだから)
菜々 「……」
菜々 (昨日、私は二人になったんですよね……)
—————
———
— 菜々 「……私の能力は『ひとりでふたつ』という分身能力。先程教えてもらったことが本当なら、能力を発動した時点で、私と優木せつ菜で、それぞれ独立し分かれるはずですが」
菜々 (優木せつ菜も、中川菜々も、同じ私……それが分かれるとはどういう感覚なのでしょう? 仮に分かれたとして、それはもはや私と呼べる存在なのでしょうか……)
菜々 「しかし、分身でもしなければ、この現状を突破できるとは思えませんし、突破できなければスクールアイドルを諦めなければいけない。最初から選択肢はないのです」
菜々 「では早速……能力『ひとりでふたつ』」 パッ
せつ菜 「……」
菜々 「……」
せつ菜 「目を開けても良いですか?」 ギュ
菜々 「大丈夫ですよ」
せつ菜 「……はっ!? 本当に私たちが分かれてますよ!?」
菜々 「……信じられませんが、本当みたいですね」 せつ菜 「でも、これなら! スクールアイドルも生徒会の活動も勉強も! 全てがうまくいきます!!」
菜々 「ええ、そしたら自分にも、家族にも、裏切らずに過ごすことができる……! 本当に良かった……」
せつ菜 「明日からはかすみさんたちと練習できるようになりましたし、悩み事も解決しそうで気分爽快です!!」
菜々 「しかし、せつ菜さん」
せつ菜 「なんでしょう?」
菜々 (せつ菜さん、って呼ぶの抵抗ありますね……私ですし……) 菜々 「今日の寝る場所はどうするのですか? 流石に家に二人で帰るのは難しいかと……」
せつ菜 「それは考えています。ていうか分身前から考えていたのであなたも大体分かってるでしょう」
菜々 「まあそうなんですが……一応」
せつ菜 「昔から念願だった24時間営業の漫画喫茶に泊まる! 風呂は銭湯! 学生にはなかなかできない暮らしですよ!」
菜々 (……未成年が漫画喫茶に泊まる。普通、警察官に話を聞かれそうですが大丈夫なんでしょうか) せつ菜 「家族に会えないのは寂しいですが、お互い、これからの自由のため、頑張りましょう、中川菜々さん!」
菜々 「はい。私もやれることを全力で頑張ります」
せつ菜 「……」
菜々 「……」
せつ菜 「……自分の名前を呼ぶのって少し恥ずかしいですよね///」
菜々 「……あっ、やっぱりそうですよね」
—
———
————— 菜々 (服等は私が渡してますし、どうやらせつ菜さんは問題なく昨日の夜を過ごせたようです……先程こっそり見に行きましたが、練習もちゃんとできてたように見えました)
菜々 「……」
書記A 「会長。この書類を確認してほしいのですが」
菜々 「……はっ!? すいません、どの書類ですか?」
書記A 「この書類です」
書記A (またぼっーとしてる……会長がこんなに仕事をこなせてないのは珍しい……) トントン
菜々 「! はい、どうぞ」
ガチャ
書記B 「会長。部活の設立申請をしたいという方が」
菜々 「分かりました。通してください」
タッタッ
タッタッ
生徒L 「はじめまして、生徒会長。私の名前は……」
菜々 「知ってます、Lさんでしょ?」 生徒L 「! 以前に話してましたっけ?」
菜々 「……いえ、そういうわけではありませんが、私は生徒会長として、生徒全員の名前と顔を覚えているんです」
生徒L 「そ、それはすごいですね……」
菜々 「それで、部活の設立を希望してるようですね。どんな内容の部を予定してるか、教えてくれますか」
生徒L 「はっきりと言ってもいいですか?」
菜々 「? ええ、構いませんが……」 生徒L 「『優木せつ菜ちゃんを応援しよう同好会』です」
菜々 「はい?」
生徒L 「『優木せつ菜ちゃんを愛でよう同好会』です」
菜々 「いや聞こえてないわけではなくてですね……それになぜちょっとだけ変えたんですか」
生徒L 「優木せつ菜ちゃんというとんでもなく可愛くて、カッコいいスクールアイドルがいるんですが……その同志たちで同好会を作ろうかと……」 菜々 「却下です」
生徒L 「えっ?」
菜々 「……却下に決まってるでしょう。一個人を応援する同好会なんて、聞いたことがありません。申し訳ないですが却下です」
生徒L 「そ、そこをどうにか!」
菜々 「ダメです。申し訳ないですが、彼女を連れて行ってください」 書記B 「分かりました。ほら、現実見なさい」 ガシッ
生徒L 「お願いです、生徒会長ぉぉ!!」 ズズズズ
ガチャ
書記A 「……大変ですね、会長」
菜々 「まあ虹ヶ咲は個性的な人が多いですから、慣れたことです」
菜々 (それに、正直学校内で私のファンクラブのようなものが部室を持つのは、正体を隠すのにおいて少し困りますから……)
…
…
… テンションの上がり方はせっつーらしいけどずっと漫喫生活は厳しい いつかしず子が狙った対象者のことを知ったらかすみはどうなってしまうんだろうな スクドルを続ける為とは言え親に会えないのは不憫すぎる 彼方 「これで一日の練習が終わったわけだけど、どうだったかな、初めての練習は?」
璃奈 「……正直に言うと、大変だった。でも頑張ることは楽しいし、明日からもっとできるようになりたいっ」
せつ菜 「私はメニューが以前のと近かったのもあって、思ったよりスムーズにできました。しかし、やはり基礎練あってこそですね、自分の足りない部分もとても実感しました」
かすみ 「いや二人とも謙遜してますが、かすみんと同じくらい動けてたじゃないですか……かすみんたちの方がこのメニューの練習歴長いのにぃ」
歩夢 「まあ私たちもちょっと前から始めたばかりだからね」 彼方 「さて今日はこれで解散でいいかな、お疲れ様〜。彼方ちゃんは今日はバイトを休んで遥ちゃんにお料理を教える日なんだ、ふふ楽しみだなぁ」
せつ菜 「お料理ですか!? 実は私も料理が好きなんです! 良ければ今度一緒に作りませんか!?」
彼方 「一緒に? うん、もちろんいいよ〜」
璃奈 「じゃあ私は約束してる人がいるから……今日はありがとう。また明日ね」 バイバイ
歩夢 「うん、また明日ね、璃奈ちゃん」 バイバイ 歩夢 「……それで今日はどうしようか、侑ちゃん」
侑 「生徒会長のこと?」
歩夢 「うん」
侑 「まあ昼も言ったけど、様子見で良いんじゃないかな? もし見当違いだったら、何も関係ない人を巻き込みかねないし」
歩夢 「それもそうだね」
かすみ 「歩夢先輩!」
歩夢 「! どうしたの、かすみちゃん?」 かすみ 「ひとつ提案なんですけど」
歩夢 「提案?」
かすみ 「……せつ菜先輩にこっそりついていきませんか?」 ヒソヒソ
歩夢 「ええっ!?」
かすみ 「しっ、声が大きいですよ。だって全く情報がないんですよ? 少しくらい知りたくないですか?」
歩夢 「それはそうかもしれないだけど……だからって、こっそりついていくって無断でってことでしょ?」 かすみ 「事前に許可をもらったら、相手に対策されちゃうじゃないですか」
歩夢 「で、でも」
せつ菜 「今日はありがとうございました!! また明日の昼休みからよろしくお願いします!!」 ペカー
かすみ 「ほら行きますよ、歩夢先輩」 タッタッ
歩夢 「うーん……良いのかなぁ……?」 タッタッ
…
…
… ウィーン
アリガトウゴザイマシター
せつ菜 (今日はラノベもたくさん読みます!!)
かすみ 「……どうやら本をたくさん買ってますね」
歩夢 「勉強の本かな?」
かすみ 「いや、ここはアニメの専門店ですから、あったとしても小説……ライトノベルですね」
歩夢 「ライトノベル?」
かすみ 「それにしても意外中の意外です……! せつ菜先輩はアイドルにライトノベルに、思ったよりサブカルチャーに詳しいみたいですね」 歩夢 「次はどこに寄るのかな?」
かすみ 「特に予定がないなら家なんじゃないんですか?」
歩夢 「家!? 家は絶対ダメだよ! プライバシーだよ、かすみちゃん!」
かすみ 「それも分かりますが……あまりにも存在が謎なせつ菜先輩を、知りたい気持ちが勝ってしまいます!! ほら行きましょう、歩夢先輩!」 タッタッ
歩夢 「うぅ……良いのかなぁ……?」 タッタッ
侑 「なんやかんや止める気はないよね、歩夢は」
歩夢 「だってかすみちゃんが〜……」 タッタッ
…
…
… イラッシャイマセー
かすみ 「せつ菜先輩、ここに入っていきましたね……」
歩夢 「でもここって……」
かすみ 「銭湯」
歩夢 「だよね?」
かすみ 「……今なかなか学校帰りに銭湯に入る女子高生っていなくないですか? 歩夢先輩は最後に銭湯に行ったのいつです?」
歩夢 「随分昔かなぁ……侑ちゃんも一緒に……」 かすみ 「優さんと行ったんですか?」
歩夢 「うん、銭湯……水……侑ちゃ……」
ズキッ
あゆむ 『ゆうちゃん!! あぶないよっ!!』
ゆう 『でも、たすけないと!』
歩夢 「……」
かすみ 「歩夢先輩、どうかしたんですか?」
歩夢 「! えっ、いや、なんでもないよ?」
かすみ 「なら良いですけど……」 歩夢 (今の記憶はなんだろう。侑ちゃんが何かあったような……いやそんなはずはない。だって)
歩夢 「侑ちゃん」
侑 「? どうしたの歩夢?」
歩夢 「……ううん、なんでもない」
歩夢 (侑ちゃんはここにいるもん)
かすみ 「それにしても、どうしましょうか、流石に銭湯の中に入られてしまうと……」 歩夢 「いや、入ってみようよ銭湯」
かすみ 「ええっ!?」
歩夢 「……なんとなく銭湯でさっぱりしたい気分になっちゃった。ここまでついてきたんだし、せっかくだから良いんじゃない?」
かすみ 「なんというかさっきまで嫌々だったのに、いつのまにかノリノリになってません?」
歩夢 「ふふ、まさか」
かすみ 「……まあでも、かすみんも銭湯に久しぶりに入ってみたい気もしますし、行きましょうか。銭湯」
歩夢 「うん!」
…
…
… カランッ
かすみ 「ふぅ〜、気持ち良いですねぇ」
歩夢 「温まるね〜」
せつ菜 「ですね〜」
かすみ 「……」
歩夢 「……」
せつ菜 「……」 かすみ 「せつ菜先輩!?」
せつ菜 「偶然ですね、同じ銭湯で会うだなんて」
かすみ 「あはは、そ、そうですね! 本当に偶然ですね、すごく偶然!」
歩夢 「そんなんじゃ騙せるものも騙せないよ、かすみちゃん……」
侑 「歩夢、声に出てるよ」 せつ菜 「それにしても、銭湯って本当に気持ちいいものなんですね。なんだかポカポカします」
かすみ 「? 銭湯初めてなんですか?」
せつ菜 「いえ……そういうわけではありませんが、通い始めたのが昨日からなんです。普段はこういうところに来れる機会がなかったものですから」
歩夢 「もしかして家が銭湯屋さんでライバル店に入れなかったとか?」
かすみ 「ライバル意識が高いですね」 せつ菜 「私の家は銭湯屋さんではありませんよ、単純に家が厳しかったんです。一人でこういうところに遊びに来ることもできなかった……」
歩夢 「……」
かすみ 「……」
せつ菜 「ずっと憧れだったんです、友達と一緒に銭湯に行って、風呂上がりにコーヒー牛乳を飲むの!」
歩夢 「……うぅ」 ポロポロ
かすみ 「……せつ菜先輩っ」 ポロポロ
せつ菜 「って二人ともどうしたんですか!?」
歩夢 「これから私たちもっと仲良くなろうね……!!」 ポロポロ
かすみ 「こんな純粋な人のプライバシーを暴こうとしたかすみんを殴ってください……!!」 ポロポロ
せつ菜 「ええっ!? と、とりあえず二人とも泣くのをやめてください!?」 アセアセ
…
…
… 菜々は好きなことをせつ菜は家族との生活を犠牲にしてるわけか
いつまで耐えられるかな せつ菜 「あれから三人でたくさん話してたら……」
歩夢 「見事にのぼせちゃったね……」
かすみ 「うぅ、少しふらふらします……」
せつ菜 「でも、水分不足だったからかコーヒー牛乳は人一倍美味しく感じました!!」
かすみ 「ですね。それになんというか……せつ菜先輩のこと、たくさん知れた気がして良かったです」 歩夢 「私はあまりそういう番組を見たことがなかったから、逆にせつ菜ちゃんの特撮の話が新鮮で楽しかったなぁ」
せつ菜 「あはは、つい話し過ぎてしまいました……すいません、好きなことに夢中になると止まらなくなるんです。直そうとは思ってるんですがなかなか直らなくて」
歩夢 「ううん、謝らないで。私は楽しかったし、それにきっとそれは長所だよせつ菜ちゃん」
せつ菜 「長所、ですか?」
歩夢 「うん。だって好きなことに夢中になれるのも、好きなことをそんなにたくさん話せるのも、すごく特別なことだから」
せつ菜 「歩夢さん……」 歩夢 「だから無理に直さなくても大丈夫なんじゃないかな」
かすみ 「かすみんもそう思います。最初はクールなイメージでしたから意外でしたけど、好きなことを語ってるせつ菜先輩の笑顔がスクールアイドルとしては満点でしたから、直すなんてもったいないですよ!」
せつ菜 「かすみさんも……二人とも、ありがとうございます」
せつ菜 (私は、とても良い人たちと出会えたようです……) かすみ 「あっ、分かれ道……」
歩夢 「じゃあ今日も暗くなってきちゃったし、ここでお別れだね」
せつ菜 「はい! 二人ともまた明日!」 ペカー
歩夢 「……そういえば、せつ菜ちゃんにこっそりついていくのはやめたの、かすみちゃん?」 ヒソヒソ
かすみ 「はい。十分、せつ菜先輩のことは知れましたから」
歩夢 「……ふふ、そっか」
タッタッ
タッタッ せつ菜 「さて、今日はあそこの漫画喫茶に行ってみましょうか」
せつ菜 「あそこは漫画のジャンルが偏ってますが……漫画に飽きても今日は買ってきたラノベがありますからね! 準備はバッチリです!!」
ウィーン
イラッシャイマセー
せつ菜 「……えっと、時間は」
せつ菜 (そういえば昨日もそうですが、未成年なのにもかかわらず、道で職務質問を受けたりはしなかったですし、漫画喫茶の中ででも別に年齢を聞かれなかったような……というより……)
せつ菜 (そもそも私の影が薄かったような……気のせいでしょうか……?)
せつ菜 「……まあ変に悩むより、今までできなかったことを自由に楽しむことを優先しましょう!」
…
…
… ガチャ
菜々 「ただいま、お母さん」
中川母 「生徒会、今日は早いわね」
菜々 「……約束だからね」
中川母 「ふふ、ありがとう」
菜々 「じゃあまた勉強頑張るね」
中川母 「うん、お疲れ様。勉強は将来のあなたのためになるんだからね、ちゃんと頑張るのよ」
菜々 「もちろん」
タッタッ
タッタッ 菜々 「さて、まずは今日の復習と明日の宿題を……」
菜々 「……」
菜々 「……せつ菜さん、今日、すごく楽しそうに練習してましたね」
菜々 「かすみさんも、歩夢さんも、彼方さんも、璃奈さんも……とても楽しそうでした」
菜々 (まだ二人に分かれる前だったから私にも記憶があります) かすみ 『やったぁぁぁぁぁぁぁーー!!! これからはあの優木せつ菜さんと練習ができるなんて!』
歩夢 『ふふ、良かったね、かすみちゃん……それに私もすごく嬉しいな』
菜々 「そうです、私はこれから、仲間たちと大変ながらも楽しく頑張れる……そんな日々が待っているはずでした」
菜々 (しかし分身をきっかけに全てが変わった……)
菜々 「……いえ、違う」
菜々 「彼女たちが求めたのは『優木せつ菜』であり断じて中川菜々ではない。それに、彼女を羨んでも仕方ありません……だって分身しなければどっちみちもうダメだったのですから」 菜々 (でも、みなさんがスカウトしてくれた時の私は、分身する前の私は、中川菜々も含めた『私』だった……)
菜々 「……悩んでも仕方ありません。早く課題をしましょう。ぼっーとしてたら時間はあっという間です」
カチカチ
カチカチ
菜々 「ここはあの式を使って……」
カチカチ
カチカチ
菜々 「えっと、なるほど、あそこで間違っていたんだ……」 カチカチ
カチカチ
菜々 「……あっ、もうこんな時間」
菜々 (スクールアイドルの活動をしてない分、時間が取れるかと思いましたが……勉強はいくら時間をかけても足りない。集中してたら、ラノベを読む時間もありませんね)
菜々 「もう少しだけ勉強を……」
ブルル
菜々 「! 振動音? 電話ですか? そういえば、マナーモードにしてましたっけ」 せつ菜側の様子からすると単純に2人に分かれるだけじゃなさそうだね
デメリットなしなわけないか 菜々 「はい、もしもし」
せつ菜 『いま大丈夫ですか? 優木せつ菜です』
菜々 「はい。ちゃんと約束通りにかけてくれましたね、ありがとうございます」
せつ菜 『電話ボックスからかけてますが、これからはこうして夜に一日の報告を互いにし合う、で良いんですよね?』
菜々 「ええ、お互いの状況は知っていた方が良いと思いますので」 せつ菜 『どっちから話しますか?』
菜々 「……別にどっちでも構いませんよ」
菜々 (どうせ練習した、生徒会活動と勉強した、くらいだと思いますが)
せつ菜 『では私から良いですか?』
菜々 「大丈夫ですよ」
せつ菜 『今日はですね、学校は菜々さんが出てくれてますから、昼休みと放課後の練習以外は街をぶらぶらしたり、個人練をしてました。昼休みと放課後は、みなさんと一緒に全力で頑張りました!!』
菜々 「なるほど。昼休みは私も少し遠くから覗きましたけど、楽しそうでしたね」
せつ菜 『はい!! すごく楽しかったです!!』 菜々 「……放課後の練習が終わった後は、昨日同様、銭湯に行き漫画喫茶に泊まったんですか?」
せつ菜 『そうですね、でも銭湯の前にラノベを何冊か買いました!』
菜々 「ラノベ、ですか?」
せつ菜 『もちろん菜々さんにも貸しますよ!』
菜々 「ありがたいです」
せつ菜 『あっ、じゃあ明日学校で渡しましょうか? それと良ければなんですが』
菜々 「? なんでしょう?」 せつ菜 『家にあるラノベを何冊か、読み返したくなっちゃって……良ければ明日私が渡す際に、そちらを貸してくれませんでしょうか』
菜々 「もちろんです。そもそも貸すも何も、どちらも同じ人の所有物なんですから」
せつ菜 『あはは……そうでしたね……』
菜々 「……」
せつ菜 『……』
菜々 「とにかく、せつ菜さんに何も問題が起きてなかったようで良かったです。後は銭湯へ行って漫画喫茶に行っただけですもんね」 せつ菜 『はい! あ、でも、銭湯は歩夢さんとかすみさんと三人で入ったんですよ!!』
菜々 「……はい?」
せつ菜 『偶然会ったんですけど、つい話が盛り上がっちゃって……好きな特撮の話までしてしまいました!』
菜々 「そこまで、このちょっとで仲良くなってたんですね」
せつ菜 『というより、この銭湯でより仲良くなれた感じですね! 念願の、友達と一緒に風呂上がりにコーヒー牛乳を飲むのも叶えられましたし!』
菜々 「……」
せつ菜 『? 聞こえてますか、どうかしました?』
菜々 (……それは私の憧れでもあるんですよ、せつ菜さん) 菜々 「……いえ、なんでもありません。では明日、朝に、校門の近くでラノベを交換しましょう」
せつ菜 『はい!! 楽しみにしてます!! それで次は菜々さんの方ですが……』
菜々 「私の方はあまり変わりませんよ、授業を受けて、生徒会で仕事をし、家に帰った後は勉強をしました」
せつ菜 『そうですか、お母さんはどうでしたか?』
菜々 「……早く帰ってきて安心してましたよ。ではまた明日の朝に」
せつ菜 『なら良かったです。はい! また明日に!』 菜々 「……」 ピッ
カチカチ
カチカチ
菜々 「時計の針の音しか聞こえないくらい、この部屋は静かですね……。銭湯だったら、騒がしいし声も反響するしで、相当うるさいのでしょうが……」
菜々 (羨ましいなんて思ってはダメなんです。適材適所、中川菜々には中川菜々の場所が。優木せつ菜には優木せつ菜の場所がある)
菜々 「……もう少しだけ勉強しましょう」
カチカチ
カチカチ
…
…
… 菜々つらすぎる
せつ菜の方もそのうち楽しいだけじゃなくなるだろうけど しず子は能力を覚醒させるけどその後は基本ノータッチなんだな 菜々 「よし、全部持ってる」
中川母 「菜々ー? 早くしないと遅刻しちゃうわよ?」
菜々 「うん、大丈夫だよ、今行く」
菜々 (……あ、そういえば)
菜々 「今日ラノベを渡すんだった。渡すラノベはこれとこれかな……?」 パッ パッ
中川母 「菜々ー?」 菜々 「うん、大丈夫。お母さん、いってきます」
中川母 「はい、いってらっしゃい」 ニコッ
ガチャ
菜々 「余裕を持って出てるから、問題なく間に合うけど、渡す時間があるから少し急がないと……」
せつ菜 「菜々さん?」 ヒョコ
菜々 「せつ菜さん!?」 せつ菜 「あはは……つい家の近くまで来ちゃいました」
菜々 「いや何が『来ちゃいました』ですか!? 母に見つかったら大変ですよ!?」
せつ菜 「私は目立つ格好をしてますから、学校でこっそりラノベを受け渡すよりは、マシかなと思いまして……」
菜々 「それはそうかもしれないけど……!」
せつ菜 (それに少しお母さんの姿を見たかったり……)
菜々 「仕方ありません。ほら早く走ってください! とりあえず家を離れないと!」 グググ
せつ菜 「えっ!? いや引っ張らなくても大丈夫ですよ!」 菜々 「いいから!」
せつ菜 「分かりました、早く家から離れますから!!」
せつ菜 (まあ次の機会まで待ちましょう……いくらでも機会はあるんですから)
せつ菜 (……あれ?)
せつ菜 (……機会あるんでしょうか? そもそもこの状態はいつ戻るんだろう) せつ菜 「……」 ムムム
菜々 「ほら悩んでないで早く行かないと、学校にも遅刻しちゃいますよ!!」 グググ
タタタタ
タタタタ
中川母 「それにしても放課後、無事早く帰ってきてくれるようになって一安心ね……勉強も昨日は頑張ったみたいだし」
中川母 「ん? 菜々の棚から本が一冊落ちてる……?」
中川母 「! こんな本見たことなんか……」
…
…
… お母さん見たくなってるの可愛い
コミュニケーション不足なだけで優しいお母さんだしな キンコンカンコーン
せつ菜 「早速昼の練習の始まりですね!! 今日も頑張りましょう!!」
かすみ 「せつ菜先輩は元気ですね〜。もしかして授業ちゃんと受けてないんじゃないですか?」 ニヤニヤ
せつ菜 「!」 ギクッ
歩夢 「そんなことないよ、かすみちゃんじゃないんだから」
かすみ 「いやなんでかすみんが授業ちゃんと受けてない前提なんですか!? 憶測でモノを言わないでくださいよ!」
歩夢 「あはは、ごめんね、ついイメージで……」
かすみ 「それはそれで傷つくし!!」 ガーン 彼方 「ふふ、三人とも元気だね〜」
璃奈 「ごめんなさい、少し遅れた」 タッタッ
彼方 「大丈夫だよ? まだ始まったばかりだから」
璃奈 「それなら良かった……荷物はどこに置けばいい?」
かすみ 「別にそこら辺で良いですよ。決まった場所なんかないですし」
歩夢 「うん、私たちあそこにまとめて置いてるからそこで良いんじゃないかな」
璃奈 「ありがとう……ところで」
かすみ 「?」
歩夢 「どうしたの? 璃奈ちゃん?」 璃奈 「……前から聞きたかったのだけど、私たちには部室はないの?」
かすみ 「部室……?」
歩夢 「言われてみると……?」
彼方 「彼方ちゃんたち、部活動なわけではない……?」
かすみ 「そうですよ!? 生徒会に部活動申請してないじゃないですか!?」
せつ菜 「そういえば、申請されてませんでしたね……」
かすみ 「……なんでせつ菜先輩が知ってるんですか?」
せつ菜 「い、いえ! なんでもありません!」 歩夢 「部活動申請したら何か変わるのかな?」
かすみ 「まず部室が用意されます!」
彼方 「部室! 気持ちよく寝れる、太陽の光が差し込む部屋が良いなぁ〜」
かすみ 「それに部費も出ます!」
せつ菜 「もしこれから大きなライブをやりたいのであれば、より部費が必要になりますね」 かすみ 「申請しない理由なんかありません!!」
歩夢 「……じゃあなんでしてなかったの?」
かすみ 「うぅ、完全に忘れてました……」
彼方 「でも確か、申請には必要な部員人数があるんじゃなかったっけ? 何人だったかなぁ」
せつ菜 「五人です!」
かすみ 「五人なら問題ありませんね!! 早速、申請しに行きましょう!!」 タタタタ
歩夢 「あっ、かすみちゃん! もう行っちゃった」
せつ菜 「かすみさん、なんて素晴らしい行動力なんでしょう!!」 キラキラ
彼方 「かすみちゃん基礎練苦手だから、隙あればサボろうとするんだよね〜」
…
…
… かすみ 「ここが生徒会室……! むむっ、謎の緊張感がありますね……!」
歩夢 「ここにあの生徒会長がいるんだね」
侑 「……歩夢。あの会長は少し怪しい、油断しないでね」
歩夢 「うん、ありがとう、侑ちゃん。でも今回は部活の設立申請をするだけだから大丈夫だよ」
彼方 「ここは年長として、彼方ちゃんが前に立ちたいところだけど、かすみちゃんに任せるよ」 キリッ
かすみ 「いやキリッとカッコつけてますけど、そこは名乗り出てくださいよ」
璃奈 「……どうやら先客がいるみたい」
歩夢 「えっ?」
…
…
… 生徒L 「お願いします!! どうか同好会設立を!」
書記B 「すいません会長。帰っていただくよう努力はしたのですが……」
菜々 「いえ。部活を設立したい気持ちを否定する権利は誰にもありませんから、話す機会はしっかり用意するべきです……だから大丈夫です」
書記B 「会長がよろしいなら……」
書記A (最近、会長は仕事に集中力が向かってないように見える。だからこのようなことに構ってる余裕はないはずなのに……やっぱりお優しい方ですね) 菜々 「ですが、設立できるかはまた別の話です。そもそも最低五人は設立の時に必要なんですよ? なのにあなたはいつも一人で来るじゃないですか」
生徒L 「そ、それは……残念ながら友達作りが苦手でして……」 アハハ
菜々 「どちらにせよ、ルールはルールです。申し訳ありませんが」
生徒L 「ちょっと待ってください! ここに私含め五人分の名前が書いてある書類があります! これなら問題ないはずですよね!?」
菜々 「……それがちゃんと部活動に参加する五人であれば」
生徒L 「!」 ドキッ 菜々 「私は生徒たちのことを、ある程度は知っているつもりです。あなたが、友達と言える人は少ないかもしれませんが、真面目で努力家で、人望がある方なのはよく知っています。その五人も、あなたの熱意に応えて名前を貸してくれたのだと思います」
生徒L 「そ、それは……!」
菜々 「しかし、善意だとしても、名前だけ貸して部活動を設立させるのは、立派なルール違反です。残念ながら承認することはできません」
生徒L 「……っ」
菜々 「それに、きっと『優木せつ菜』さんも望んでおりません」
生徒L 「えっ?」 菜々 「……彼女のことは知っているでしょう? 謎の多い方で、学校ではあまり姿を見ないとか。それってもしかして、自分の身辺を知られたくないのかもしれませんよ?」
生徒L 「つまり何が言いたいのです」
菜々 「彼女もファンのことはとても大切にしています。ですが、スクールアイドルの活動とは違った、学校での自分は、ファンのみなさんに知られたくないのかも。それなのに学校内でファンクラブのような部活動ができたら……分かるでしょ?」
生徒L 「……優木せつ菜ちゃんのために、部活の設立は諦めろってことですか」 菜々 「ええ。それに、五人も集まらなかったということは、それまでということです」
生徒L 「なっ……!」
生徒L (違うっ! せつ菜ちゃんのファンは、学校の外だけじゃなく、中にもたくさんいる!! だけど私の力不足で……!)
生徒L 「否定しないでくださいっ!!」 ドンッ
書記B 「……会長、止めた方がいいですか」
菜々 「いえ、任せてください」 生徒L 「私は否定しても構いません。でも、勉強しか取り柄のなかった私に生きる希望をくれた……私の大好きな優木せつ菜ちゃんだけは否定しないでくださいっ!!」
菜々 (……勉強しか取り柄のなかった、ですか)
菜々 「ふふ、まるで私のようですね」 ボソッ
生徒L 「? いまなんて……」
菜々 (しかし、私には優木せつ菜はいない。自ら引き離してしまったのだから) 菜々 「ごめんなさい、彼女を否定するつもりはなかったんです。私も、優木せつ菜さんのことはよく知っています。今までたくさん頑張ってきたことも……。でも、生徒会長として、中途半端にルールを甘くすることはできないのです。分かってください」
生徒L 「会長……」
菜々 「……」
生徒L 「……」
書記B 「ではそろそろ昼休みが終わってしまいますので、帰っていただいて……」
生徒L 「待ってください」
菜々 「? なんでしょう?」 生徒L 「……もしかして、会長もせつ菜ちゃんのファンなんですか?」
菜々 「はい?」
生徒L 「ところどころ、私の方がせつ菜ちゃんを知ってるアピールしてましたし」
菜々 「アピールって……いや、さっき私は優木せつ菜さんに対して酷いことを言ったんですよ? ファンなわけが……」
生徒L 「ツンデレだとか?」
菜々 「……本気で言ってます?」 生徒L 「とにかく、あなたの優木せつ菜ちゃんへの愛は伝わりました」
菜々 「伝えてませんが」
生徒L 「そこで提案があります」
菜々 「提案?」
生徒L 「その提案に乗ってくれれば、私は『優木せつ菜ちゃんを応援しようついでに深夜まで語り合おう同好会』の設立を諦めます」
菜々 「同好会の名前、長くなってません?」
菜々 (……それにしても諦める、ですか。本当でしょうか? もし本当なら、内容次第ですが提案に乗る価値はありますね) 菜々 「それでその提案というのは?」
生徒L 「はっきりと言ってもいいですか?」
菜々 「ええ、構いませんが……」
生徒L 「では言わせてもらいます。同じく優木せつ菜ちゃんのファンである会長に、同好会の代わりになってほしいのです!!」
菜々 「……もう少し分かりやすく説明してくれませんか」
生徒L 「つまり私と友達になってほしいのです!」
菜々 「あなたと友達に?」 生徒L 「はい。同好会は諦めます。でも、同じくせつ菜ちゃんのファンである会長と、たくさん話したいんです、せつ菜ちゃんのこと。だから友達になってください!」
菜々 「……」
生徒L 「お願いします!!」 ペコッ
菜々 (……友達、ですか。まさかこんなお願い事をされるとは予想外でした)
菜々 (ですが、同好会を作られるより、私相手に話してくれた方が、優木せつ菜の正体もバレにくい? それに何より友達ができるんです……今の私の優木せつ菜への嫉妬を、なんとか無くすためにも、この提案には乗った方がいい) 分かれたことで苦悩や苦労が半分になるんじゃなくて倍になりつつあるな 菜々 「……あなたはもう少し、真面目な人だと思ってましたが、まさか同好会を作れないなら友達になってほしい、なんて言う方とは思いませんでした」
生徒L 「! た、たしかに失礼だったかもしれないですね……ごめんなさい! でも会長と友達になりたい気持ちは本物で……!」
菜々 「でもまあ、友達になるきっかけなんてどうでもよくて、その後が肝心なのも事実ですし」
生徒L 「えっ?」 菜々 「……私で良ければ、是非友達になってください。優木せつ菜さんについて語り合いましょう」
生徒L 「本当に良いんですか……?」
菜々 「嘘をついてどうするのです」
生徒L 「……や、や」 プルプル
生徒L 「やったぁぁーーーーーーー!!」
菜々 「……ふふ、喜んでくれて良かったです」
…
…
… 歩夢 「ところどころしか聞こえなかったけど……せつ菜ちゃんの名前が出てたよね?」
せつ菜 「ええ、何回か聞こえましたね」
璃奈 「せつ菜さんに関する用事だったのかな」
かすみ 「というかこのままじゃ昼休み終わっちゃいますよ!? 生徒会に来た損じゃないですか!?」 彼方 「まあいいじゃない、かすみちゃん。かすみちゃんの計画通り基礎練はサボれたんだから」
かすみ 「まあそれはそうですけど……」
彼方 「……」
かすみ 「あっ」
彼方 「やっぱりそうだったんだね」 ゴゴゴゴ
かすみ 「ひぃぃぃ!」 せつ菜は申請時の人数の問題については気付いてるのかな ガチャ
生徒L 「……まさか会長もせつ菜ちゃんのファンだったなんて。嬉しいなぁ」
かすみ 「あっ、彼方先輩! 生徒会室から人が出てきましたよ! かすみんに怒ってる場合じゃないですよ!!」
彼方 「そうだね、昼休み終わっちゃうし」
かすみ 「助かりました……」 ホッ
彼方 「説教は後でね」 ゴゴゴゴ
かすみ 「ひぃぃぃ! ごめんなさいぃぃ!!」 生徒L 「! あなたたちは!」
歩夢 「あれ、あなたは……」
かすみ 「あのせつ菜先輩のライブ会場にいた!」
生徒L (待てよ? たしかあのときいたのは三人……私と会長を合わせたら、五人いくんじゃ……?)
生徒L 「あなたたちもせつ菜ちゃんのファンだよね!? いやあのライブ会場にいたんだもん、ファンじゃなかったとしても、もうファンになってるはず!! そこでお願いがあるんだけど……」
せつ菜 「……」
生徒L 「って、えっ」 せつ菜 「あはは……応援ありがとうございます」
生徒L 「せ、せ、せ、せ、せせせつ菜ちゃん!?」
せつ菜 「はい、優木せつ菜ですよ!」 ペカー
生徒L (これは夢……いや幻……?)
生徒L 「あばばばばばば」
生徒L 「」 バタッ
かすみ 「ってこの人、気絶しましたよ!?」
彼方 「大変! 早く保健室に運ばないと!」 せつ菜 「任せてくださいっ」 グッ
せつ菜 「私がおんぶして運びますから」
かすみ 「一人で大丈夫ですか?」
せつ菜 「運ぶのは大丈夫ですが、保健室で彼女を見守ってくれる人が他に必要ですね……」
彼方 「保健室の先生はいると思うけど、きっと心細いだろうし、確かに事情を知ってる人が一人くらいいた方がいいかもね」 せつ菜 「私は見守り役をすることができませんし、どうすれば」
かすみ 「えっ、なんでですか?」
生徒L 「……」 スゥスゥ
せつ菜 「えっと、目覚めた瞬間に私を見たらまた倒れてしまいそうなので……」
かすみ 「そ、それもそうかもですね……」
歩夢 「じゃあ私と侑ちゃんが一緒に行くよ」
彼方 「でも授業に出ないのは大丈夫なの? 歩夢ちゃん?」 歩夢 「後でクラスの人にノートを見せてもらうので大丈夫ですよ。彼方さんは実習がメインだから休みにくいだろうし、かすみちゃんや璃奈ちゃんは一年生からサボり癖がついちゃったら大変だから……二年生の私が一番ぴったりだと思うな」
かすみ 「いや歩夢先輩! ここはかすみんに任せてください!」
歩夢 「ダメ! かすみちゃん、どう見ても午後の授業サボりたいのが見え見えだもん」
かすみ 「そ、そ、そ、そんなわけありませんけど!?」 アセアセ
歩夢 「相変わらず図星なの分かりやすいなぁ……」 彼方 「本当に良いの歩夢ちゃん? たしかに実習が多いのは事実だけど……それでも」
歩夢 「心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。先生にもしっかり事情を話すので、先生も怒らないと思いますし」 ニコッ
彼方 (相変わらず歩夢ちゃん、めちゃくちゃ良い子で彼方ちゃん涙出そうだよぉ……!)
かすみ 「うぅ……かすみんが授業をサボったら、事情があっても信じてもらえないかもですし、これは良い子感が半端ない歩夢先輩じゃないと通じませんね……」 璃奈 「歩夢さん……」
歩夢 「璃奈ちゃんも本当に気にしないでね? 誰も悪くないことなんだから」
璃奈 「……うん。ありがとう」
せつ菜 「じゃあ行きましょうか、歩夢さん」
歩夢 「うん」
…
…
… ガラッ
せつ菜 「あれ? ……誰もいないですね。でも保健室の先生だったら、すぐ戻ってくるはずですし、一旦ベッドを借りましょう」 スッ
歩夢 「お疲れ様、せつ菜ちゃん」
せつ菜 「いえいえ、お安い御用です。それに、この方は実はちょっと特別なんです」
歩夢 「特別?」
せつ菜 「……私は今ではある程度知名度のあるスクールアイドルになれましたが、当然ながら全く知られてなかった時期もあります」
歩夢 「……」
歩夢 (あんなにすごいライブができる、せつ菜ちゃんでもそんな時期が……) せつ菜 「そして最初のライブのとき。忘れもしません、ある公園の小さな舞台で、気まぐれで来てくれた人も含め、二、三人しかいなかったあのライブで……」
—————
———
—
せつ菜 「……!」
せつ菜 (誰もこっちを見てないっ……でも、私はこれからあの『大好き』なスクールアイドルになるんです! こんなところで怖気付いてる場合じゃ……)
せつ菜 (だけど……)
せつ菜 (震えが、震えが止まらない……) ガクガク 生徒L 「せつ菜ちゃん!!!!」
せつ菜 「!」
生徒L 「頑張ってーーーー!!」
せつ菜 (一人……私をしっかり見てくれてる人がいた……!)
せつ菜 (そうだ。スクールアイドルになりたい一心で、自分で動画を作ったり地道に頑張ってきて、今回やっとライブができたんだ!! 一人でも見てくれる人がいるなら、全力で『大好き』を届けないと!!)
せつ菜 (はんぱな気持ちで挑みたくはないから……ステージには一つも悔いは残さない!!)
せつ菜 「聞いてください!! 私のまっすぐな想いっ!!」
—
———
————— せつ菜 「応援グッズまで作ってくれて、全力で、私を見るためだけに来てくれたのが、彼女なんです」
歩夢 「……そうだったんだね」
せつ菜 「それから私のライブには一度も欠かさず来てくれています。もしかしたら、同じ学校だからという理由もあるかもしれません……でも、それでも、最初から応援し続けてくれた、この人は特別なんです」
歩夢 「……」
せつ菜 「あっ、ご、ごめんなさい! つい話し過ぎてしまいました……」 歩夢 「……なんだか、そこまで一途に応援してくれる人がいるのって、羨ましいな」
せつ菜 「!」
歩夢 「だからせつ菜ちゃんが、そんなに嬉しそうに語るのも分かるよ。私だったらすごく嬉しいもん」
せつ菜 「歩夢さん……」
歩夢 「……」 せつ菜 「でも歩夢さんも、スクールアイドルを全力で頑張ってますよね」
歩夢 「!」
せつ菜 「それなら、いつか必ず出てきてくれるはずです! 歩夢さんを心から応援してくれる素敵なファンが!」 ニコッ
歩夢 「せつ菜ちゃん……」
せつ菜 「そして、たくさんのファンがついた歩夢さんは、私の良きライバルになる。ふふ、ライバルがいると燃えますね、これからたくさん、高め合っていきましょう歩夢さん!!」
歩夢 「……そうだね、私も頑張らなくちゃ!」 キンコンカンコーン
歩夢 「あっ……授業が始まっちゃう……」
せつ菜 (私は授業に参加するわけではありませんが、流石にそれはバレるわけにはいかないので……。少し罪悪感も感じるけれど仕方ありません。退室しましょう)
せつ菜 「そうですね、行かないと……ではまた放課後会いましょう、歩夢さん」
歩夢 「うん、放課後も頑張ろうね、せつ菜ちゃん」
ガラッ
歩夢 「……じゃあこの子が起きるまで、話でもしておこうか、侑ちゃん」
侑 「……ふふ、そうだね、歩夢」
…
…
… 歩夢 「あはは……ずっと喋ってたら放課後になっちゃったね」
侑 「うん。彼方さんも事情を知ってるから大丈夫だとは思うけど……少し練習は遅れちゃうだろうね」
歩夢 「それにしても、保健室の先生、さっき倒れてる子じゃなくて私を心配してたけど、どうしたのかな?」
侑 「うーん……ほら歩夢って、少し天然というか、ぼっーとしてるところがあるからそこを心配したんじゃないの?」
歩夢 「侑ちゃんったら、そんなに私だってぼっーとしてるわけじゃないよ!」
侑 「歩夢は結構ぼっーとしてると思うけどなぁ」 ガラッ
歩夢 「え?」
侑 「誰か入ってきたね」
菜々 「! あなたは……!」
歩夢 「生徒会長さん……?」
菜々 (……歩夢さん。中川菜々としては初対面でしたね)
菜々 「はじめまして。生徒会長の中川菜々と言います。こちらにLさんが休んでると聞いたのですが……」
歩夢 「Lさんはこのベッドで寝てますよ」 菜々 「上原歩夢、さんですよね」
歩夢 「! 私を知ってるんですか?」
菜々 「……ええ、まあ」
侑 「……歩夢、生徒会長さんには最大限注意してね」
歩夢 「う、うん」
菜々 「事情は知ってます。こういうとき生徒会には連絡が入るので。憧れの優木せつ菜さんに出会い、倒れてしまったとか」
歩夢 「はい、よっぽど嬉しかったんだと思います」 菜々 「……なんというか、あなたらしいですね、Lさん」 ボソッ
歩夢 「?」
菜々 (……ずっと『優木せつ菜』として頑張れた理由の一つ、あの最初のライブのとき、全力で応援してくれたあなたの姿。今でも忘れません)
菜々 (そして今度は、『中川菜々』の友達であろうとしてくれてる……まあ友達になったのは今さっきですが、それでも嬉しいことには変わりありません)
菜々 「歩夢さん。あなたは練習があるでしょう? 彼女は私の友達なんです。事情も知ってますし、ここは私に任せて練習に行ってください」 歩夢 「え、でも……」
菜々 「『大好き』を貫くあなたの姿」
歩夢 「!」
菜々 「陰ながら、応援してますよ」
歩夢 (大好き……まるでせつ菜ちゃんみたい?)
歩夢 「あ、ありがとうございます! 生徒会長!」 ペコッ
菜々 「ではまた機会があれば」
ガラッ
菜々 「……」
菜々 「……彼女が目覚めるまで、少し勉強でもしましょうか」 サッ
…
…
… タッタッ
タッタッ
歩夢 「なんだか生徒会長さん……良い人だったね」
侑 「確かに優しそうな人だったね。でも歩夢」
歩夢 「?」
侑 「璃奈ちゃんも、彼方さんも、みんな良い人だったけど何かに追い詰められていた。良い人だから能力者ではない、暴走はしない、そんなことはないんだよ」
歩夢 「!……そうだったね、侑ちゃん」 かすみ 「あっ、歩夢先輩! 帰ってきたんですね!」
彼方 「お疲れ様〜、歩夢ちゃん」
璃奈 「歩夢さん!」
せつ菜 「良かった。歩夢さんが帰ってきたということは、無事彼女も目覚めたということですね」
歩夢 「そういうわけじゃないけど……でも、きっと大丈夫だよ」
せつ菜 「?」 歩夢 「あれ、そういえばかすみちゃん。結局部活の申請はしなかったの?」
かすみ 「歩夢先輩がいなかったんですから、申請なんてするわけないですよ! きっとあの意地悪で有名な会長さんだったら、五人全員で行かないと追い返されるだろうし……」
歩夢 「それは意地悪と関係ないと思うけど……」
かすみ 「あと彼方先輩に、昼だけじゃなく放課後の練習まで、休んだら絶対ダメだって怒られたんです」
彼方 「スポーツ選手が少しの休みだけでいつもの調子を見失ってしまうことがあるように、しっかり休むってメリハリをつけてる日以外は、練習を怠けちゃダメなんだと思うんだ。だから、昼休み練習しなかった分、放課後はしっかり頑張らないと!」 せつ菜 「ということで、申請はまた明日の昼休みに行くことに決めました」
歩夢 「そっか……じゃあ今日の練習はより頑張らないとね!」
璃奈 「見て、歩夢さん」
歩夢 「どうしたの璃奈ちゃん?」
璃奈 「ストレッチ、少し曲がるようになったんだ。ぐぬぬ」
歩夢 「……変わってないけど、璃奈ちゃんこれからだよ! ファイト!」
璃奈 「なぜ……」 歩夢 (さっきの侑ちゃんの言葉)
歩夢 (良い人だったとしても、暴走することはあり得る、か……)
歩夢 (もし、あの生徒会長さんが能力者で、私たちが戦わなくちゃいけなくなったら……璃奈ちゃんや彼方さんのときのように)
歩夢 (私は止められるだろうか……? 本当に守れるんだろうか……? 今までが奇跡だったりしないだろうか……?) 歩夢 (『もし守れなかったらの痛み』この震えばかりは、どうにもならない……)
ゆう 『だいじょうぶ!? はやくてをつかんで!』
?? 『だ、だけど! あしがうごかなくて……』
ゆう 『じぶんをしんじて、そしてわたしをしんじて! ぜったいにきみをたすけるからっ!』 歩夢 (この記憶は何? 誰かが川で溺れてる?)
?? 『で、でも』
ゆう 『いまいくから、まっててねっ!』
あゆむ 『ゆうちゃん!! あぶないよっ!!』
ゆう 『でも、たすけないと!』
?? 『み、みずが……』 歩夢 (溺れてるのは誰……? 顔が見えない……なぜか顔の部分だけ、ぼやけて……でも、もしかしてあの子は……見覚えがあるんだ……そう……!)
歩夢 (思い出せない。思い出せないけど分かる……もう一人の幼馴染の……)
璃奈 「歩夢さん?」
歩夢 「……」 ボッー
かすみ 「聞こえてますかー? 歩夢先輩ー?」
歩夢 「はっ!? な、なんでもないよ!?」 かすみ 「歩夢先輩、ぼっーとしすぎですよ〜! 練習に集中できてないんじゃないですか?」
歩夢 「えっと、あの、ごめんね?」
侑 「ほら、歩夢は結構ぼっーとしてるって言ったでしょ?」
歩夢 「……うぅ、言い返せないです」
侑 「じゃあ『あゆぴょん』やってよ、ぴょんって!」
歩夢 「侑ちゃん?」
侑 「ひっ! なんでもありません!」
…
…
… 菜々 「過去形だからこの訳は……」 カキカキ
生徒L 「……ん?」 パチッ
菜々 「えっと、この単語はどういう意味でしたっけ……はぁ、まだまだ勉強が足りませんね……」 カキカキ
生徒L 「生徒会長?」
菜々 「目を覚ましたか?」
生徒L 「なぜ私は保健室に……」 菜々 (せつ菜さんの話はしない方が、混乱せずに済むでしょうか)
菜々 「疲労気味だったのかもしれませんね、突然倒れたんですよ。たまたま通りかかった上原歩夢さんという方が助けてくれましたが……」
生徒L 「そうだったんですね……あとでその上原歩夢さんという方にお礼を言わないと……。そういえばなぜ会長はここに?」
菜々 「……当たり前じゃないですか。友達なんですから」
生徒L 「!」
菜々 「倒れたら心配するのは当然でしょう?」
生徒L 「会長……」 菜々 「でも無事なようで良かったです。では私はまだ生徒会の仕事があるので」 スッ
生徒L 「待ってください!」
菜々 「? なんですか?」
生徒L 「今日、生徒会が終わったらで構いません。一緒にどこか遊びに行きませんか?」
菜々 「……なぜです? 私と遊んだところで楽しいことなんて」 生徒L 「楽しいに決まってますよ。友達なんですから」
菜々 「!」
生徒L 「それに、遊ぶ理由なんてきっかけなんてどうでもよくて、その後どれだけ楽しめるか、仲良くなれるかが肝心ですよ!」
菜々 「……ふふ、なんですかそれ。もしかして、さっき私が言ったこと真似してます?」
生徒L 「……えっと、バレちゃいました?」
菜々 「バレバレです。やっぱりあなたは真面目ではないみたいですね」 生徒L 「でも友達とせつ菜ちゃんには全力で真面目ですから!」
菜々 「そうですか、じゃあ真面目なのかも」
生徒L 「なっ、雑に返さないでくださいよ!」
菜々 「あははっ、すみません、つい揶揄いたくなっちゃって」
生徒L 「もう!」
菜々 (……スクールアイドルをしてる時以外で、こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない)
菜々 (……あぁ、楽しいなぁ)
…
…
… 菜々 (生徒会が終わった後、言われるがままについてきましたが……)
菜々 「……えっと、ここは?」
生徒L 「知らないんですか会長? カラオケですよ! カラオケ!」
菜々 「いやまあ知ってはいますが……」
生徒L 「せっかく友達になったので、今日はカラオケとゲームセンターに行きたいと思います!」 菜々 (カラオケですか……。あまり歌う姿をじっと見られるのも抵抗があるかも……)
菜々 (せつ菜だったら平気だと思うんですが……)
生徒L 「ほら早く入りましょう?」 グッ
菜々 「ちょ、ちょっと待ってください!」 タッタッ
菜々 (ちゃんと歌えるでしょうか……?)
…
…
… 菜々 「〜してるよ、いぇーーーーいっ!!」
バンッ
菜々 「……」
生徒L 「……」
菜々 (普通にテンション上げて歌ってしまいました……っ!!)
生徒L 「おおっ! 会長意外に熱が入った歌い方をするんですね!」 パチパチ
菜々 「あはは……ありがとうございます」
生徒L 「それにしても、似てるような……」
菜々 「はい? 誰にです?」 生徒L 「せつ菜ちゃんにですよ」
菜々 「!?」 ドキッ
生徒L 「うーん? 歌い方どころか、歌声までそっくり……よくよく見れば顔もせつ菜ちゃんに似てるような……?」 ジッー
菜々 「え、えっと……」 アセアセ
菜々 (ご、誤魔化さなければ!!)
菜々 「モノマネですよ! モノマネ! ほら、私せつ菜さんのファンですから!」
生徒L 「モノマネ……?」
菜々 「ええ! どうですか似てましたか?」 生徒L 「……」
菜々 「……」 ドキドキ
生徒L 「そうだったんですね、すごいです会長!! ものすごく似てましたよ!! かなり研究したんですね!!」
菜々 「あはは……頑張った甲斐がありました」
菜々 (危なかった……) ホッ
生徒L 「じゃあ今度は私の番ですね、こないだせつ菜ちゃんがライブで好きだと言っていたアニソンがあるんですけど」
菜々 「! もしかしてあのアニメの……?」
生徒L 「知ってるんですか!?」 菜々 「ええ、まあ」
生徒L 「ということは会長さん、あのライブ会場にいたんですね」
菜々 「そ、そうなりますね」
菜々 (出る側でしたが……)
生徒L 「なんだ〜、会長さん、謙遜してた割には本当に詳しいじゃないですか! まさかここまでせつ菜ちゃんを語れる友達ができるなんて、すごく嬉しいです!」
菜々 「ふふ、私もあなたからせつ菜さんのことを聞けるのは嬉しいですよ」 生徒L 「あ、でも、一つお願いがあります」
菜々 「お願い?」
生徒L 「確かに共通の趣味があって友達になりましたが、せっかくなら、会長とはもっと仲良くなりたいんです。だから、これからも、せつ菜ちゃんトークはもちろんしますが、それ以外でも、友達らしいことをたくさんしてくれませんか?」
菜々 「友達らしいこと?」
生徒L 「こんなふうにカラオケに行ったり、今から行く予定ですがこれからもゲームセンターに行ったり、スイーツを食べに行くのも良いかも……とにかく、せつ菜ちゃんのこともたくさん話したいけれど、それ以前に、本当の意味で友達になりたいんです」
菜々 「なるほど……」 菜々 (私たちが関わるきっかけはせつ菜さんでも、これから仲良くなっていく理由は、それだけじゃなく、もっと互いのことを知って本当の友達になりたい。そういうことですか)
菜々 「……」
生徒L 「会長?」
菜々 「ふふ、もちろんですよ」
生徒L 「!」
菜々 「これからもよろしくお願いしますね、Lさん」 ニコッ
生徒L 「はい!」 パァァ 菜々 (……私は自ら優木せつ菜を手放してしまった。それゆえに、己の弱さを憎く感じることもある。優木せつ菜の影になってしまう己を)
菜々 (だけど、優木せつ菜じゃない、彼女は『私』中川菜々と仲良くなりたいと言ってくれたんだ)
菜々 (なんて嬉しいことだろう……)
生徒L 「では、歌わせてもらいますね。うぅ、いざ歌うとなると緊張するなぁ」
菜々 「応援してますよ」
生徒L 「……よし! 頑張るぞ!」
…
…
… かすみ 「今日も大変でした……!」 フラフラ
歩夢 「ふふ、お疲れ様、かすみちゃん」
せつ菜 「でもこの練習を続けてゆけば、きっと、素晴らしいライブができるはずです。明日も頑張りましょう!」
璃奈 「素晴らしいライブ……私にもせつ菜さんみたいなライブができるかな」
せつ菜 「もちろんです!! 璃奈さんの努力は近くで見てる私が一番分かってますから!!」
璃奈 「……ありがとう。嬉しい」 物理的に2人に分かれてるから中身の違いも大きくなっていきそう かすみ 「さて、これからどうしましょうか。いつものパフェを食べに行きます?」
せつ菜 「いつものパフェ?」
璃奈 「?」
かすみ 「あっ、そういえば、せつ菜先輩とりな子はまだ行ったことなかったっけ……彼方先輩が働いてるお店があって、そこのパフェが絶品なんですよ」
璃奈 「パフェ……!」
歩夢 「うん、すごく美味しかったよ。それに彼方さんが仕事が終わったら、一緒に近江遥ちゃんトークをするのがルーティンなんだ」
せつ菜 「遥さんトークですか……!?」 かすみ 「二人も一緒に来ます?」
璃奈 「うん。行きたい」
せつ菜 「わ、私は……」
せつ菜 「……」
せつ菜 (……そうだった。今の私なら、友達と遊びに出かけるのも、パフェを食べに行くことも、全然大丈夫なんだ)
せつ菜 「私も行きます!!」
かすみ 「じゃあみんなで行きましょう! レッツゴー!」
歩夢 「ふふ、かすみちゃん嬉しそうだね」
侑 「だね。こんな賑やかなんだもん、楽しいに決まってるよ」 ドンッ ドンッ
璃奈 「何の音?」
せつ菜 「この音は、バスケットボールですね。ドリブルをしてる音です。どうやらバスケ部がまだ練習してるようですね」
生徒J 「愛、パスっ!!」
愛 「よし受け取った! 任せてっ!」
生徒K 「ちょ、そこから打つ気!?」
愛 「左手は添えるだけ……右手は軽く投げる感じで! ライトだけに!」 パッ パシュンッ
愛 「やった!」
生徒K 「相変わらず愛はすごいなぁ」
愛 「あはは、そんなことないって」
かすみ 「あの人たちは……」
歩夢 「こないだゲームセンターで見た人たちだよね。バスケ部だったんだ」
せつ菜 「確かにあの二人はバスケ部ですけど、今ゴールを決めた人はバスケ部ではありませんよ?」
かすみ 「えっ?」 せつ菜 「あの方は宮下愛さんと言って、部活には所属してないのですが、あらゆる運動部に助っ人としてよく呼ばれてるんです。どんなことも完璧にこなしてしまうらしいですよ」
かすみ 「どんなスポーツも完璧に……! まあそう言っても、文武両道なわけではないですし……別にかすみんの敵では……」
せつ菜 「成績もとても優秀ですよ」
かすみ 「か、勝ち目がない……」 ガーン
歩夢 「せつ菜ちゃん、あの人のことよく知ってるんだね」
璃奈 「もしかして知り合いなの?」 せつ菜 「あ、いや、そういうわけでは……やはり私のような立場だと、生徒の顔や名前、情報はちゃんと覚えておかないといけないので……」
かすみ 「立場?」
せつ菜 「! えっと、ほらやっぱりスクールアイドルですから! ファンになってくれる可能性のある人は全て覚えておかないと、と思いまして!」
璃奈 「そこまで徹底してるなんて……せつ菜さん、すごい……!」 キラキラ
かすみ 「いや流石にいくらスクールアイドルのためとはいえ、そこまではできませんよ!?」 せつ菜 「まあ、とりあえず、ほら早く行きましょう! そのパフェを食べに行きに!」 タッタッ
かすみ 「ちょっと待ってくださいよぉ! せつ菜先輩!」 タッタッ
歩夢 「それにしても、なんでも完璧だなんて、すごいなぁ……だけどゲームの腕なら負けないからね」 ゴゴゴゴ
侑 「おおっ、歩夢、対抗心を燃やしてるね……。でもなんでも完璧って、それはそれで怖いかもね」
歩夢 「えっ?」
侑 「ほらさ、完璧であるってことは、周りからのハードルも高いってことでしょ?」
歩夢 「それはそうかも……」 侑 「完璧であろうとすると、少しのミスでも評価が変わってしまう場合がある。時に失敗して、時に成功して、それが人として一番元気よく生きられる状態なんじゃないかな。まあ人それぞれだとは思うけど」
歩夢 「……うーん、難しいね」
侑 「ほら歩夢もさ、完璧なスクールアイドルもいいけど、『あゆぴょん』をやることによってちょっと路線の違う魅力を……」
歩夢 「侑ちゃん、バスケットボールが顔に当たったらどれくらい痛いと思う?」
侑 「ごめんなさい。静かにします」
…
…
… 生徒L 「ゲームセンターも楽しかったですね……こんなに遊んだの久しぶりかも」
菜々 「私もそうですよ。あなたのおかげでとても楽しい一日を過ごすことができました。本当にありがとう」
生徒L 「会長……」
菜々 (なんだか、こんなに笑ったのも、こんなに楽しかったのも、本当に久々に感じて……まだ二人に分かれて全然経ってないのに、遠い過去のように思えます)
菜々 「あ、あの!」
生徒L 「なんでしょう?」 菜々 「今日はもう遅くなってしまいましたし暗くなってきたので、できませんが、次遊ぶ機会があったら……」
生徒L 「?」
菜々 「私と銭湯に行ってくれませんか!?」
生徒L 「銭湯ですか?」
菜々 「ずっと憧れだったんです。友達と一緒に銭湯に行って、風呂上がりにコーヒー牛乳を飲むのが……だから!」
生徒L 「……」
菜々 「あっ、えっと、その、急に銭湯に行こうだなんて、失礼でしたよね……ごめんなさい……」 生徒L 「会長、謝らないでください。失礼だなんて全く思ってませんよ」
菜々 「で、でも」
生徒L 「行きましょう、銭湯。私も、友達と銭湯に行けるなんて初めてで、ワクワクします!」
菜々 「! 本当ですか!?」 パァァ
生徒L 「もちろんです。私はいつでも大丈夫ですから、会長の予定が空いてる放課後に言ってください。一緒に銭湯に行きましょう」
菜々 「……ありがとうございます。では行ける日にすぐ連絡しますね!!」
生徒L 「はい、楽しみに待ってますから」 ニコッ 菜々 (良かった……)
菜々 (せつ菜さんは、銭湯でかすみさんと歩夢さんと、より仲良くなれたと言ってました……私もきっと、もっと仲良くなれるはずです……)
菜々 (勇気を出して良かった……)
ピコーン
ピコーン
ピコーン
…
…
… タッタッ
タッタッ
中川母 「……足音。あの子が帰ってきたのかしら」
中川母 「晩御飯、早く準備しすぎたみたいね……温め直さないと……」
ガチャ
菜々 「ただいま、お母さん」
中川母 「おかえり、菜々」
菜々 (友達と銭湯に行くくらいなら、真剣にお願いすれば許してもらえるかな……やっぱり嘘ばっかりじゃ流石に申し訳ない……スクールアイドルのことは言えないけど、このくらいなら) 中川母 「約束、もう破ったのね」
菜々 「えっ……」
中川母 「もしかして、忘れてたの? 『早く帰ってくる』約束」
菜々 「あっ……」
中川母 「……」
菜々 「ご、ごめんなさい!! 今日は」
中川母 「別にそれに関しては気になっただけで、もう怒ってないから、良いの、そういう言葉は」
菜々 「えっ」 中川母 「毎日守れるだなんて思ってない、失敗することだってあるもの」
菜々 「……」
中川母 「でも、しばらくはどうか約束を守ってちょうだい。勉強はもちろんのこと、暗くなってから帰ってくるのがとても心配だから」
菜々 「お母さん……」
菜々 (……そうです、私は自分のことばかりで、お母さんの気持ちを何も……) 中川母 「ただ、あなたが持っていた本」
菜々 「本?」
中川母 「朝見つけたの、ライトノベル? って言うのかしら」
菜々 「!」
菜々 (そ、そんな……見つからないようにしてたのになんで……!)
菜々 『今日ラノベを渡すんだった。渡すラノベはこれとこれかな……?』 パッ パッ
菜々 (そっか、朝、せつ菜さんに渡そうとして取り出したのが……!) 中川母 「あれ、全部捨てたから」
菜々 「……えっ?」
中川母 「ごめんなさい。でも、あなたのためなの、分かってちょうだい」
菜々 「……」
中川母 「菜々……?」
菜々 (捨てた……? あの本たちを、全部……?)
中川母 「……ごはんにしましょう。ちょっと待っててね、少し温めるから。その間手洗いや着替えをしておいて」
菜々 「う、うん……」 タッタッ
タッタッ
菜々 「……」
菜々 「……」
菜々 「えっと、着替えないと……まずは携帯を置いて……」
菜々 「! メールが何通も……」
菜々 (お母さんから……気付かなかった……。『今日は遅くなるの?』『昨日は勉強頑張ってたから、晩御飯はあなたの好きなものをたくさん用意したわ』『早く帰っておいで』『夜道は気をつけるのよ』)
菜々 「……」 ポロポロ
菜々 「あっ、涙が……止まらない……」 ポロポロ
菜々 (私と友達になってくれたLさん……私をいつも思ってくれたお母さん……そのどちらの優しさにも、私は応え切れてない……)
菜々 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」 ポロポロ
…
…
… 菜々 「ごちそうさまでした……じゃあ部屋に戻って勉強頑張るね」
中川母 「……うん、お疲れ様」
タッタッ
タッタッ
中川母 (やっぱり、間違ってたのかしら……)
中川母 (本当は捨ててないし、隠してるだけなのだから、没収します、とだけ言えば良かったのに……) 中川母 (いえ、何度メールしても、返信も来なかったのよ。厳しくしないとダメ。このくらいしないと、菜々のためにならない。捨てたと嘘を言わなくちゃいけなかったのよ)
中川母 (だけど本当に……本当に、これで良かったの?)
中川母 (菜々から笑顔を奪うことを、親なりの優しさと、その言葉だけで済ませることは許されるの? できるの?)
中川母 「ごめんなさい、菜々……」 タッタッ
タッタッ
菜々 「……元々は全て『私』のせいなんです。私が周りの人たちを、困らせた。だから、せめて今は私ができることを」
ブルル
菜々 「電話? そっか、せつ菜さんから……」
菜々 「はい、もしもし」
せつ菜 『いま大丈夫ですか? 優木せつ菜です』
菜々 「ええ、大丈夫ですよ」 せつ菜 『では今日も報告会を始めましょうか。どちらが先に話しますか?』
菜々 「……私は昨日と同じなので、今日はせつ菜さんの話だけ聞かせてください」
せつ菜 『そうですか? 分かりました。今日は朝、家の前で菜々さんと合流しました!』
菜々 「いやそれは私も知ってるじゃないですか。知らないことを報告してください」
せつ菜 『えっと、昼は……』
せつ菜 (生徒会室の前に行って、Lさんに出会って、Lさんが気絶して保健室に運んだことは……生徒会長なら知ってる? 話さない方がいいですかね) せつ菜 『昼は多分、菜々さんも知ってますよね?』
菜々 「……ええ、事情は知ってます」
せつ菜 『じゃあ放課後の話をしましょう。今日は練習を頑張って、その後はみんなでパフェを食べに行ったんです!!』
菜々 「パフェですか?」
せつ菜 『ええ。とても美味しかったですし、みなさんとたくさん喋れて、すごく楽しかったです!! 最高でした!!』
菜々 「……最高、ですか」 せつ菜 『はい!! それと、今、菜々さんから借りたラノベを読んでますが、やっぱり久しぶりに見返しても面白いですね!! 菜々さんは私が買った本は読んでくれましたか?』
菜々 「今はまだ時間がないので……」
せつ菜 『あっ、えっと、すいません……!』
菜々 「なるべく早く返しますから……」
せつ菜 『いえいえ、気にしないでください。そもそも返すも何も、どちらも同じ人の所有物なんですから!』
菜々 「……そうでしたね、同じ『私』でしたね」
せつ菜 『……』
菜々 「……」 せつ菜 『とりあえず、私の報告はこんな感じで良いですかね?』
菜々 「ええ、十分ですよ。では、明日もお互い頑張らないといけないですし……電話はこれくらいにしておきましょうか。報告はまた明日の夜に」
せつ菜 『はい! また明日の夜に!』
菜々 「……」 ピッ
カチカチ
カチカチ
菜々 「同じ『私』? 本当に? それは本当ですか……?」
菜々 (『私』は『私』が憎い。誰の期待にも応えられず、傷つけてばかりの私が)
菜々 (そして『私』は『私』が憎い。同じ自分なのに、いつのまにか光となってる優木せつ菜が。私が手を取り合うはずだったかすみさんたちと、一緒に過ごしてる私が) カチカチ
カチカチ
菜々 「時計の音しかしないこの部屋で、私はスクールアイドルになれるの? あのスクールアイドルだった私は、もしかして本当に幻だったんじゃ……」
菜々 (中川菜々には中川菜々の、優木せつ菜には優木せつ菜の場所がある? 適材適所? そんなことを言ってたら、『私』はいずれいなくなる。だって、私は影なんだから) 菜々 「……」 ポロポロ
菜々 (こんなの、同じ『私』だなんて思えるはずがない……あぁ)
菜々 (自分でも嫌なくらい醜い心を持つ私を、どうか許してください……せつ菜さん……。醜いと分かってても、どうしても)
菜々 「羨ましくて、悲しくて、許せないのです……っ」 ポロポロ
カチカチ
カチカチ
…
…
… 精神的な潔癖さがいかにも思春期な感じで見ててつらい お母さんおこだろなあ…って思ってたら、お母さんもお母さんで葛藤があるのね ?? 「『ひとりでふたつ』はアイデンティティの暴走による能力。自分を明確に決められず、不安定になればなるほど、それは強力になる」
?? 「つまり、アイデンティティの崩壊こそがこの能力の要。進化する条件。『自分の理から外れたことをするとき』彼女のアイデンティティは無数に分裂し、完全に自分を見失う」
?? 「そして一番肝心なことは、いつも私はただ覚醒させるだけで、その能力は元々本人たちが秘めてたものであること」 ?? 「……ならば当然、本人たちの欲望や意志に通じた能力が生まれるのが必然であり、進化する条件も能力者の願望に通ずる」
?? 「だからでしょうか、酷なものです。進化には必ずその人にとって大きな代償がある……」
?? (さて、あなたの代償はなんでしょう?)
?? 「そろそろ『ひとりでふたつ』は進化するとき。もう一人、ちょっと昔に蒔いた種がようやく芽生えそうですが……まずはこちらですね」
…
…
… ??おそろしい
もう1人が登場済みのキャラならほとんど限られてくるな キンコンカンコーン
かすみ 「さて昼休みですが……ついにあの生徒会長と直接対決ですっ!!」
璃奈 「緊張する……」 ドキドキ
彼方 「最低人数の五人も守ってるし、そんなに気を張らなくても大丈夫だと思うけど……」
かすみ 「彼方先輩は甘いんですっ! その油断が命取りになりますよ!」
歩夢 「あはは……かすみちゃんは逆に疑いすぎなんじゃないかな……?」 せつ菜 「たしかにかすみさんの言う通り、生徒会長は頑固なところはあると思いますが、真面目な人に対しては真摯な対応を取る。そういう方なので問題はないと思いますよ」
せつ菜 (私のことですからね、私が一番分かってます。彼女なら、必ず部活設立を認めてくれるはずです)
かすみ 「ではいざ出陣です!!」
トントン
菜々 「……どうぞ」
ガチャ かすみ 「一年普通科の中須かすみと言います! 部活の設立申請をしに来ました!」
菜々 「どのような部活を?」
かすみ 「『スクールアイドル同好会』ですっ!!」
菜々 「部活申請は少なくとも五人は必要ですが、それは大丈夫ですか?」
かすみ 「はい問題ありません! ここに五人いますし、書類にも五人分の名前をちゃんと記入してます!」
書記B 「確認させてもらいますね」 スッ
菜々 「どうですか、不備はありませんか?」 書記B 「ええ、五人分書かれています。一部書いてないところもありますが……」
菜々 「書いてないところ?」
書記B 「こちらです」
菜々 「……」ジッー
かすみ 「すごく睨んでるみたいですけど、大丈夫ですかね……?」
歩夢 「うーん、私たちにはどうしようもないし、祈るしかないよ……」 菜々 「ダメですね」
かすみ 「ええっ!?」
彼方 「……生徒会長さん。理由を教えてもらえますか?」
菜々 「……中須かすみさん、天王寺璃奈さん、上原歩夢さん、近江彼方さんは問題ありません。ただ、優木せつ菜さん、あなたの欄には学科が書かれてないようですが」
せつ菜 「そ、それは……えっと、事情がありまして……」
菜々 「事情? 具体的に教えてくれますか?」 せつ菜 「なっ!?」
せつ菜 (菜々さん……! あなたはよく事情を知ってるはずでしょう……!)
せつ菜 (いや、これは想定内です。生徒会長の私は、ルールを徹底的に守りますからね、でも)
せつ菜 「生徒会長さん」 タッタッ
書記B 「! ちょっと会長に何するつもりですか!?」
せつ菜 「いえ、少し小声で話したいだけなので別に何かするつもりはありません」
書記B 「いやしかし……」 菜々 「構いません。ですが怪しい行動はしない方が賢明ですよ、せつ菜さん」
せつ菜 「……あの」 コショコショ
菜々 「……なんでしょう」
せつ菜 「私の事情は分かるでしょ? お願いします。そこはスルーでお願いします」 コショコショ
菜々 「……し、しかし」
せつ菜 「私同士の仲ということで…… 頼みますね、私」 チラッ チラッ
菜々 「……」
菜々 (ええ、十分、分かってます。あなたがミステリアスであるのは、優木せつ菜の正体が私なのを隠すためなのですから……)
菜々 (ですが、あなたへの嫉妬が、強い羨望が、どうしても……抑えられないのです) 菜々 「申し訳ありませんが、どんな事情があれど詳細不明な生徒を一人としてはカウントできません。優木せつ菜名義は使えないということです。また、その場合五人を満たさないため、スクールアイドル同好会の設立も認めることができません」
せつ菜 「ええっ!?」
せつ菜 (な、なぜ……? 私なら、誰かの大好きを邪魔なんかするはずが……)
歩夢 「? 五人はいると思うけどなぁ、ねえ、かすみちゃん?」
かすみ 「!?」 歩夢 「侑ちゃんがいるよね、なぜか書類には名前書いてないけど」
かすみ 「あ、いや、そ、その」
かすみ (……優ちゃん!? 流石に歩夢先輩の脳内にいる人を正式部員としてカウントするのはちょっと)
侑 「歩夢、私はね、部活に縛られるような器じゃない。世界を飛ぶ渡り鳥のように決まった所属はないんだよ」
歩夢 「何言ってるの?」 せつ菜 「お願いします!! そこをなんとか!!」
菜々 「ダメなものはダメです。いい加減にしてください」 ギロッ
せつ菜 「!」
せつ菜 (そ、そんな怖い顔を……どうして……)
歩夢 「……ねえ、侑ちゃん」
侑 「どうしたの歩夢?」
歩夢 「……ううん、ごめんね、なんでもない」
歩夢 (同じ生徒会長なんだよね? まるで保健室で会ったときとは別人みたいに……) 菜々 「とにかく、申し訳ありませんが、スクールアイドル同好会の申請は認められません。また五人集まる目処がついたら来てください」
書記B 「では次の人も待ってるので……」
かすみ 「なっ!? むっ、ちゃんと五人集めたのに追い返すなんて! 生徒会長さんの意地悪! 頑固!」
菜々 「……なんとでも言いなさい」
かすみ 「絶対スクールアイドル同好会は設立させますからねーーーーーっ!!!」
ガチャ
書記B 「はぁ、今日も滅茶苦茶な申請ばかりですね……昨日の人は会長と友達? になる? で諦めてくれたようですが……」
菜々 「どんな申請にも、真面目に向き合う。それが私の仕事ですから仕方ありませんよ」 書記A 「……」
書記A (たしかに相手側に不備があったけど……でも、どうやら事情があったようだし、会長なら学科も把握してるのでは?)
書記A (少し強引だった? 優しい会長らしくなかったような……)
菜々 「大丈夫ですか? ぼっーとしてるみたいですが」
書記A 「あっ、なんでもありません!」
菜々 「なら良かったです。適度に休みはとってくださいね?」
書記A 「お気遣いありがとうございます」
書記A (いつも通りの優しい会長……やっぱり気のせいだったのかな……)
…
…
… 歩夢は能力のことは自覚してるけど侑ちゃんを実在の存在だと思ってるのかな 2人同時にいるところをみんな見てるけど能力消えたあとはどうなるんだろう タッタッ
タッタッ
かすみ 「やっぱり意地悪生徒会長でした!!」 プンプン
せつ菜 「……しかし、私が記入不足なのは確かです。彼女に非はありません」
かすみ 「それはそうかもしれませんが……だからってあの態度はひどいですよ!!」
彼方 「うーん……この場合、どうすればいいんだろう、もう一人部員を集めれば設立はできるみたいだけど……結局せつ菜ちゃんが加入できなきゃ意味ないよね?」 せつ菜 「みなさん、本当に申し訳ありません……っ」 ペコッ
彼方 「! せつ菜ちゃん、頭を上げて。せつ菜ちゃんが謝ることはないんだよ」
せつ菜 「でも、私が誤魔化したから……スクールアイドル同好会の設立が……!」 プルプル
歩夢 「せつ菜ちゃん」
せつ菜 「歩夢さん……」
歩夢 「せつ菜ちゃんには言えない事情があるんでしょ? なら仕方ないよ」
せつ菜 「で、でも!」 歩夢 「……実はせつ菜ちゃんが来る最初の練習のとき、かすみちゃんと話をしてたんだ。せつ菜ちゃんは本当に練習に来れるのかなって」
せつ菜 「えっ?」
歩夢 「学科もクラスも不明で、せつ菜ちゃんって謎が多いでしょ? だから隠し通すだけの事情があるんじゃないかなって思ったの。そう考えたら、その事情によってせつ菜ちゃんが練習に来れない可能性も十分あるよねって二人で話してて……」
せつ菜 「……」
かすみ 「でも歩夢先輩が言ったんです」
せつ菜 「!」 かすみ 「仮にどんな事情があったとしても、せつ菜先輩の一緒に練習したいって気持ちは絶対本物だって。だから、きっと大丈夫だって」
歩夢 「今でもその思いは変わらないよ。せつ菜ちゃんがたとえ話せない事情があっても関係ない。せつ菜ちゃんの『大好き』はちゃんと伝わってるから」
璃奈 「……私はせつ菜さんに勇気をもらった。あのライブは私に希望を与えてくれた。だから、せつ菜さんがいない同好会なんてそもそも要らない。部室も関係ない」
彼方 「うん、その通りだよ。良いじゃん、みんながいれば部室なんてなくても、部費なんてなくても。環境が全てじゃないしお金が全てじゃない。最近彼方ちゃんもよく分かるんだ。だから、同好会が設立できなくても気を病む必要はないんだよ、せつ菜ちゃん」 せつ菜 「みなさん……」 ポロポロ
かすみ 「……今まで部室がなくても練習できてたわけですし、あるならあった方がいいかもですが、なくても構いません! ほら、泣いてたらまた昼休みが終わっちゃいますよ! 練習頑張りましょう、せつ菜先輩!」
歩夢 「そうだね、これからもみんなで頑張っていこうよ! せつ菜ちゃん!」
せつ菜 「……本当に、本当にありがとうございます」 ポロポロ
せつ菜 (これが仲間なんですね……) 菜々 『というか、これって青春モノにある仲間と高め合うシチュエーションですよね……なんというか憧れていたのですごく嬉しいです。せっかくならラノベ風なナレーションでも導入しておきましょうか……!』
せつ菜 (あのとき私が浮かべた言葉は、強い絆で壁を乗り越える。たしかに、絆だけがくれる、勇気と力があるようです……)
せつ菜 「そうですね……私が泣いてるなんてらしくありません!! 優木せつ菜、改めてスクールアイドルを全力で頑張らせてもらいます!! 『大好き』を世界中に届けられるように!!」
歩夢 「ふふ、その意気だよせつ菜ちゃん!」 歩夢 (せつ菜ちゃんが元気になって良かった……でも)
菜々 『陰ながら、応援してますよ』
菜々 『ダメなものはダメです。いい加減にしてください』 ギロッ
歩夢 (もしも生徒会長さんが何か変わってしまったなら……それが能力によるものなら……止めないと。私がやらないとダメなんだ)
歩夢 「……」 ガクガク
侑 「歩夢」
歩夢 「! 侑ちゃん?」 侑 「……『もし守れなかったらの痛み』それで震えてるの?」
歩夢 「……やっぱり侑ちゃんには全部お見通しだよね」
侑 「歩夢、自信を持っても良いんだよ。能力者の暴走を今まで止めてきたじゃない。それに、能力なしでも、今のように、優しさと向き合う強さで、誰かの心を救ってきた。大丈夫、歩夢ならきっとみんなを笑顔にできる。それに、私がついてるよ」
歩夢 「……!」
侑 「二人で戦うのが、私たちなんだから」
歩夢 「侑ちゃん……」
歩夢 「……」
歩夢 「うん、頑張るよ。それで誰かを悲しみから助けられるなら」
かすみ 「歩夢先輩ー? 何やってるんですか、みんなもう練習始めちゃいますよー?」
歩夢 「今行くよ、かすみちゃん!」 タッタッ
…
…
… 先生 「ここの関数は、少し応用が必要だが、今まで習ったことをちゃんと使えば解ける問題だ」
菜々 (……私は、生徒会長の権限を私利私欲に使った。優木せつ菜だけが、何もかも上手くいくことに嫉妬して、邪魔するためだけに権限を利用して)
菜々 (はぁ、公私混同も甚だしい)
かすみ 『なっ!? むっ、ちゃんと五人集めたのに追い返すなんて! 生徒会長さんの意地悪! 頑固!』
菜々 「……」 ズキッ
菜々 (私をスカウトしたときは、あんなに嬉しそうだったのに……今では私を相当憎んでいるでしょうね……)
菜々 (でもそれは自分が招いたこと……) キンコンカンコーン
先生 「じゃあ授業は終わり。しっかり復習しておくんだぞ」
菜々 「はっ!?」
菜々 (やってしまいました……授業を全然聞いてなかった……)
菜々 (ただでさえ、自分の苦手な分野だったのに……!)
菜々 「……」
菜々 (しっかり勉強をしないと、お母さんを悲しませてしまう……もっと頑張らなければいけないのに……)
菜々 (あぁ、なぜ『私』ばかりが……)
菜々 「!」
菜々 (同好会の設立を必要以上に厳しくして認めなかった。それだけでもこれほど後悔してるのにまだ、私は彼女を、憎んで羨んでるのですか……)
…
…
… 書記A 「会長。こちらの書類を確認してほしいのですが……」
菜々 「分かりました。そこに置いておいてください」
書記B 「会長。美術部から近いうちに備品のチェックについて話したいことがあるそうです」
菜々 「了解です。なるべく時間を合わせますから、そちらで時間がとれる日をリストアップしておいてください」
菜々 「……」 カキカキ
菜々 「……」 カタカタ なぜかもんじゃから、らっかせいに表記が変わってますが、気にしないでください。 書記B 「相変わらず会長はすごいなぁ……昼休みと放課後どちらも仕事してるとはいえ、普通だったらもっと遅くなってるよ……」
書記A 「……二人分の仕事ですからね」
書記B 「!」
書記A 「……生徒会役員を決めるとき、会長と書記は立候補者がいたけど、副会長は誰も立候補しなかった。その結果、この生徒会には会長の補佐的立場である副会長がいない」
書記B 「……」
書記A 「でも、だからといって私たちがこれ以上手伝いたいと言えば、会長は拒否するでしょう。私たちはあくまで書記。それに、書記の仕事も忙しく、会長を手伝える余裕はあまりないとおそらく見抜かれているだろうから……」 書記B 「やっぱり無理矢理でも、副会長を決めた方が良いんじゃ……今は大丈夫でも、このままじゃいつか会長が……!」
書記A 「でも。あの人は優しい。強制的ではなく、あくまで立候補で副会長になってくれる人が出てこないとダメなんだ」
書記B 「それは、そうだろうけど……」
書記A 「とりあえず、私たちにできることをしよう? 今は、少しでも会長の仕事を減らせるように努力しなきゃ」
書記B 「……そうだね」
…
…
… 生徒L 「あの! 上原歩夢さんですよね!」
歩夢 「えっ?」
生徒L 「こないだ、倒れた私を助けてくれたそうで……」
歩夢 「あっ、いや、それはせつ菜ちゃんが……」
生徒L 「!? 今なんて!? 私の妄想が反映された幻聴!?」
歩夢 「えっと、じゃなくて、たしかに私が助けましたけど……」
歩夢 (せつ菜ちゃんが助けたって言ったら、また気絶しちゃうかもしれないよね……) 生徒L 「そ、そうですよね、あはは、最近本当に疲れ気味だったみたい。倒れる前の記憶も曖昧だし……ってあれ?」
歩夢 「?」
生徒L 「あなた、こないだせつ菜ちゃんのライブに来てましたよね!?」
歩夢 「すごく素敵なライブだったよね」
生徒L 「ですよね!! やっぱりせつ菜ちゃんのライブは最高ですよね!!」 >>705
厳密には認めた方が公私混同になると思うけど性格的に悪いことした気持ちになってしまうんだろうな 侑 「……たしか会長さん、この子のこと友達って言ってたよね。歩夢、怪しまれない程度に少し情報を探れない?」
歩夢 「えっ? 情報?」
侑 「うん。歩夢の不安を減らすためにも、確実に能力者を救うためにも、情報はあった方がいいよ」
歩夢 「……分かった、やってみる」
生徒L 「? どうかしたんですか? もしかして私、また一人で盛り上がりすぎちゃったかな……ごめんなさい、せつ菜ちゃんのことになるとつい……」 歩夢 「ううん、気にしないで。そういえば、Lちゃんだったよね?」
生徒L 「はい。そうですが……」
歩夢 「会長さんとは友達なんだよね?」
生徒L 「はい! 昨日なったばかりですけど、カラオケにもゲームセンターにも行って、すごく楽しくて……時間なんて関係ない、大切な友達です!」 歩夢 「実は私も会長さんと友達になりたくて……会長さん、何か好きなものはないかな?」
生徒L 「好きなもの?」
侑 「なんで情報を聞き出してって頼んでるのに、好きなものを聞くの?」
歩夢 「やっぱり最初は好きなものかなって……」
侑 「そんな新学期のクラスの初めての自己紹介じゃないんだよ?」 生徒L 「会長さんは、アニメに詳しいんですよ。せつ菜ちゃんのファンだから、詳しいだけかもしれませんが」
歩夢 「! 会長さん、せつ菜ちゃんのファンなんだね」
生徒L 「ええ、最初は謙遜してましたが、おそらく私と同じくらい、いや私以上にもしかしたらせつ菜ちゃんに詳しいかもしれません……。それと、あと、会長さんの好きそうなもので言うと……」
侑 「これは意外な繋がりだね、歩夢……」
歩夢 「ほら、好きなものを聞くのも無駄じゃなかったでしょ?」
侑 「……まあね」 生徒L 「銭湯が好きなんじゃないかな」
歩夢 「銭湯?」
生徒L 「次に遊べる日に会長と一緒に行く約束をしてるんです! 風呂上がりのコーヒー牛乳がすごく楽しみだって言ってたし、きっと銭湯が好きなんだと思うな。だから友達になりたいなら銭湯の話題とか良いかも!」
歩夢 「……」
せつ菜 『ずっと憧れだったんです、友達と一緒に銭湯に行って、風呂上がりにコーヒー牛乳を飲むの!』
歩夢 「……偶然だと思う? 侑ちゃん?」 侑 「……分からない。でも、ずっと近くで微弱な能力の気配を感じてたのに、いまいち把握できなかった理由がそれなら説明できる気がする」
歩夢 「それって……」
歩夢 (せつ菜ちゃんが何かしら関係あるってこと? いや、そもそも会長さんが能力者なのかすら確定してないし、今は全て憶測にすぎないんだ)
歩夢 (せつ菜ちゃんを疑うなんて、あまりしたくない……)
…
…
… 菜々 「……今日の分の仕事は終わりましたね。二人とも、お疲れ様」
書記B 「いえ、会長に比べたら私たちの仕事なんて全然……ぐっ!?」
書記A 「……余計なことを喋らない」 ググ
書記B 「口を手でおさえないでよ!」
菜々 「あはは……心配してくれてありがとうございます。でも、仕事に差はありません。あなたたちの仕事もとても大変で、だからこそ大変助かっています。いつもありがとう」 書記B 「会長……」
書記A 「……明日も、私たち頑張りますので、会長も無理をしないでください」
菜々 「!」
書記A 「言いたいことは以上です。では、今日は帰りましょうか」
菜々 「……ふふ、そうですね」
ガチャ
タッタッ
タッタッ 菜々 「ん? 廊下の向こうに誰かいますね……ってLさん!?」
生徒L 「生徒会お疲れ様です、会長。一緒に帰りましょう!」
菜々 「……終わるまで待っててくれたんですか?」
生徒L 「当然です、友達ですから!」
菜々 「……」
菜々 (やっぱり、良いものですね友達というものは……) 菜々 「……ありがとうございます。では一緒に帰りましょうか」
生徒L 「はい!」
書記B 「……会長、嬉しそうだね」 ヒソヒソ
書記A 「……最近の会長はどこか悩んでるようだったけれど、もしかしたら私たちの杞憂だったかもしれないね。それなら良かった」
…
…
… 周りみんないい子そうなんだけどな
秘密を抱えたままだと簡単には打ち解けられないか 今回は進化して暴走する前に歩夢達が気付けたけどどうなるかな タッタッ
タッタッ
生徒L 「それで眼鏡はどこだろうと探してたら、実は私の頭に乗っかってたんですよ!」
菜々 「ふふ、Lさんの話は面白いですね」
生徒L 「そうですか? 私の話はそんなに面白くないと思いますが……初めて言われましたし……」
菜々 「卑下しないでください。少なくとも、私は面白く感じたんですから」
生徒L 「……会長、ありがとうございます。ふふ、すごく嬉しいです」 菜々 (……彼女だけは『私』を『中川菜々』として見てくれる。『謎のスクールアイドルの正体』でもなく、『生徒会長』でもなく)
菜々 (それがどれだけ幸せなことか、今ならはっきり分かります)
かすみ 「もう、くたくたですよ〜!」 フラフラ
彼方 「ほらかすみちゃん! 気合いだよ、気合い!」
菜々 「!」
生徒L 「あちらで何人かがランニングをしてますね。何の運動部なんだろう」
菜々 (……スクールアイドル。中川菜々ではそれにはなれない。でも良いんです、私には私の幸せがあるから) せつ菜 「かすみさん!! ほら手を繋いで一緒に走りましょう!!」 ギュッ
かすみ 「ちょ……」
せつ菜 「全力投球ですよぉぉーーーー!!!」 タタタタ
かすみ 「ひぃぃぃ! 休ませてぇぇ!」 タタタタ
菜々 「……ここはまだ帰宅してない部活動の人たちも多いですし、別の道を通りましょうかLさん」
生徒L 「……」
菜々 「Lさん?」 生徒L 「せつ菜ちゃんの練習を見れるなんて……!」 キラキラ
菜々 「……」 ズキッ
菜々 (その名前を、今は聞きたくない……っ)
菜々 「ほら邪魔になっては悪いですし、早く学校を出て……」
生徒L 「近くで見たらきっと眩しすぎて倒れちゃうだろうなぁ……そのくらい遠くからでもせつ菜ちゃんのオーラが伝わってくる……」
菜々 「えっとLさん?」 生徒L 「せつ菜ちゃんをライブ以外で、しかも練習風景を見れるなんてレアなんてものじゃありませんよ! 会長もファンならば分かるでしょ!? このすごさが!」
菜々 (今まではずっと部活も作らず一人で活動してきましたからね……なかなか見かける機会もなかったでしょう)
菜々 「……たしかに彼女を、ライブ以外で見れるのはとても貴重ですね。しかし、練習してる部活動の邪魔になってしまうかもしれませんよ? 心惜しいですが早く離れましょう」 生徒L 「そ、それはそうかもしれませんが、それでも優木せつ菜ちゃんですよ!? ずっと応援してきた!」
菜々 (その名を呼ばないでください)
生徒L 「少しくらい、一瞬くらい、練習風景を見たって……! それに端っこにいれば他の部活動の邪魔にもなりませんよ!」
菜々 「ダメです」
生徒L 「で、でも」
菜々 「ほら早く帰りましょう」 菜々 (彼女だけは『私』を『中川菜々』として……。それは本当に?)
生徒L 『私は否定しても構いません。でも、勉強しか取り柄のなかった私に生きる希望をくれた……私の大好きな優木せつ菜ちゃんだけは否定しないでくださいっ!!』
菜々 (違う。彼女の生きる希望は、私じゃない。『優木せつ菜』なんだ)
菜々 (私が友達になれたのだって、優木せつ菜という繋がりがあったから。所詮、天秤は優木せつ菜に傾いてる) 菜々 「実は、事情があって早めに家に帰らなくてはいけないんです。なので寄り道してる余裕はないというか……生徒会が終わるまで待ってくれていたのに、こんなこと、申し訳ありません……」
生徒L 「か、会長、謝らないでください! 用事があるなら仕方ありませんよ! せつ菜ちゃんは少し名残惜しいけれど……次のライブで胸に刻むから良しとしよう……」
菜々 「……」
菜々 (『私』を一番分かってくれた彼女すらも、また『私』じゃない方を選ぶ。いつも優木せつ菜に対して中川菜々は影だ。そしてそれは当然だ、中川菜々ができなかったことをするために、優木せつ菜は生まれたのだから) 菜々 (理屈では分かる。逆恨みに近いことも分かってる。でも、この遠くから見てる練習風景だけでも、十分だ。十分、私の欲しかったものが彼女には手に入っている。そして唯一彼女ではなく私にしかなかったものも)
菜々 (それすらも今、いや、最初からとっくに奪われていたんだ……元々一人だったときすら、影の自分を嫌っていたのに、二人に分かれたらはっきり気付いた)
菜々 (イヤだ……全部、全部、つらいものは中川菜々が背負って、大好きなことは全部優木せつ菜が掴んで……自分で作った運命だとしても、こんなことって……!!)
菜々 「……」
生徒L 「……会長、大丈夫ですか?」 菜々 「……Lさん。一つ質問してもよろしいですか?」
生徒L 「? ええ、大丈夫ですが……」
菜々 (『私』が優木せつ菜になったら、あなたはどう思いますか?)
菜々 「いえ……やっぱりなんでもありません」
菜々 (なんて、思っても言えませんよ……)
生徒L 「えっと、私には会長の気持ちが完璧に分かるわけではありません、でも!」
菜々 「!」 生徒L 「悩みがあるなら、今すぐじゃなくてもいい、だけど、私を頼ってください。私はいつでもあなたの味方ですから」 ニコッ
菜々 「……」
菜々 「……ありがとうございます、Lさん」
菜々 (これでようやく覚悟ができました……)
菜々 (中川菜々ができなかったことをするために、優木せつ菜は生まれた……ならば、『私』は『優木せつ菜』を取り戻さなければいけないっ……!)
…
…
… でも今のせつ菜からしたら簡単には受け入れられないだろうな せつ菜 「今日も練習を全力で頑張れました」
せつ菜 (それは良かったんですが……しかし、悩むこともありますね……)
せつ菜 「みなさんは構わないと言ってくれましたが、やはり部活として認められないのはこれからを考えると厳しいですし、何よりそれが私のせいなのが申し訳ない……」
せつ菜 「……それに後で菜々さんに電話するのも、あんなことがありましたから気まずいですし、悩みの種は尽きないですね」
せつ菜 「はぁ、菜々さん、一体どうしたんだろう……」
せつ菜 (そういえば、今日は歩夢さんも少し変でしたね……) 歩夢 『せ、せつ菜ちゃん!』
せつ菜 『どうかしましたか?』
歩夢 『あ、あのね、かい……』
せつ菜 『かい……?』
歩夢 『貝殻って好きかな!?』
せつ菜 『? 嫌いではありませんが……』
せつ菜 「急に貝殻のことを聞いてきたり」 歩夢さんは一人でぶつぶつ話してたりわりといつも変なのでは 歩夢 『あの、せつ菜ちゃんって私たち以外に知り合いっているのかな?』
せつ菜 『……えっと? どういう意味です?』
歩夢 『あっ、えっと、あのね!? べ、別にせつ菜ちゃんが友達がいなそうに見えるとかじゃなくて!! そ、その!』
せつ菜 『?』
歩夢 『もしかして、かい……』
せつ菜 『かい……?』
歩夢 『回転焼きって好きかな?』
せつ菜 『はい?』
歩夢 『えっとね、ちなみに回転焼きって今川焼きとか小判焼きのことなんだけど……!』
せつ菜 「なぜ知り合いの話から食べ物の話になったんでしょう……」 せつ菜 (食べ物といえば、今日のご飯のこと考えてなかったですね。コンビニに寄りましょう)
ウィーン
イラッシャイマセー
せつ菜 「……これと、これと、それと」 スッ
タッタッ
タッタッ
せつ菜 「お願いします」 店員 「……」
せつ菜 「あの?」
店員 「……」
せつ菜 「えっと、目の前にいるのですが……すいません!」
店員 「……ってお客様!? 申し訳ありません。今すぐにお会計しますので」
せつ菜 (ぼっーとしてたんでしょうか……そういうこともありますよね) ウィーン
アリガトウゴザイマシター
せつ菜 「ん? あれは……」
警察官 「……」
せつ菜 (パトロールの警察官ですかね。真夜中というわけではありませんが、この周辺は家もあまりないですし、高校生一人がうろついていたら流石に話しかけられるでしょうか)
警察官 「……ここは問題なし、と」 チャリンチャリン
せつ菜 「って行ってしまいました……私ってもしかして案外大人に見えるんでしょうか?」 そうなってしまうのか
状況に気付いたらものすごい恐怖だろうな… せつ菜 (ずっと子供っぽいのを気にしてしましたが、ついに私にも大人らしさが……!) ドキッ
せつ菜 「……!」 チラッ
せつ菜 「……」
せつ菜 「……はて、ガラスに映る自分を見たところでは何も変わってませんね」
せつ菜 「あっ、あそこに電話ボックスが……少し早いかもですが、報告の連絡をしましょう」 タッタッ
タッタッ
せつ菜 (……昼のことで気まずいのは確かだけれど、気にしても仕方ありません。平常心で!)
ガラッ
プルル
せつ菜 「もしもし優木せつ菜です。今日の報告なんですが……」
せつ菜 「えっ? 同好会設立を許可する!? 本当ですか!?」
せつ菜 「それに関する話をしたいから学校の体育館に来てほしい……はい、もちろんです、いえ、全然構いませんよ!」 せつ菜 「二人が会ってることがバレないように、なるべく人に会わないようにこっそりと……鍵は開けておくから? 了解です。ふふ、ありがとうございます。まさか設立を許してくれるなんて。やっぱりさすが私ですね!」
せつ菜 「あっ、えっと、自画自賛というわけではありませんよ!?」
せつ菜 「……それで、はい、その時間ですね。ところで持ち物等は……あっ、大丈夫ですか。分かりました、ではまた後で!」
せつ菜 (良かった…… 菜々さんも怒ってはなさそうでしたし、これで一安心ですね……)
せつ菜 (後の悩みは歩夢さんの様子が少し変だったことだけですが……今度、貝殻のアクセサリーと今川焼きでもプレゼントしましょうか)
…
…
… 侑 「歩夢のバカっ! なんでせつ菜ちゃんに何も聞けないのっ!」
歩夢 「うぅ……ごめんなさい……だって聞きにくいんだもん……」
侑 「会長さんが能力者かもしれなくて、せつ菜ちゃんも関係あるかもしれないんだよ!? なんで貝殻とか今川焼きとか聞いてるの!」
歩夢 「つい……『かい』までは声を出せたんだけど……」
侑 「『ちょう』まで頑張ってよ!」
歩夢 「ちょう……」
侑 「いや『ちょう』だけ言っても意味ないでしょ!」 歩夢 「すいません……」
侑 「せめて『ぴょん』まで言っ」
歩夢 「侑ちゃん、しつこいよ?」 ゴゴゴゴ
侑 「……許してぴょん」
歩夢 「ダメ」
侑 「……」 アセアセ
歩夢 「……」 ゴゴゴゴ 侑 「!」
歩夢 「? どうしたの侑ちゃん? 今更言い訳しても許さないからね?」
侑 「違うよっ!! 能力! 能力の気配を感じたの! 能力者がいる、学校の方向だよ」
歩夢 「それ本当? 誤魔化そうとしてない?」
侑 「それだったらもっと違う嘘つくよ! 行こう、歩夢!」
歩夢 「……分かった。行こう、侑ちゃん!」
…
…
… ガラッ
せつ菜 「夜の学校はやっぱり怖いですね……それと、パトロールの夜間警備さんと出会わなかったのは運が良かった……」
菜々 「会いませんよ。体育館に向かってるんだったら」
せつ菜 「あっ、菜々さん! ……えっと、どういうことですか?」
菜々 「私が生徒会を通して連絡したんです。近いうちに体育館でイベントをやる予定なので、準備したものを壊さないように夜は近寄らないように、と。もちろん、せつ菜さんと会うための嘘ですが」
せつ菜 「嘘はあまり良くありませんが、さすが菜々さんですね。それなら、二人が会ってるのが誰にもバレずに済みます!」 菜々 「……そう、誰にもバレずに済む」
せつ菜 「えっ?」
ギュッ
菜々 「……しっかりインターネットで調べたので、なかなか外れませんよ」
せつ菜 「えっと? なぜ私の腕にロープを縛ってるんですか? もしかしてそのイベントってマジックの練習だったり?」
菜々 「イベントは嘘だって言ってるじゃないですか」
せつ菜 「……それはそうですけど、じゃあなんで」 ギュッ ギュッ
せつ菜 「! こんなきつく縛るなんて……少しおかしくないですか? 冗談にしては……」
菜々 「そこの椅子に座ってください」
せつ菜 「椅子? さすがにそんなあからさまな……」
菜々 「申し訳ありません、せつ菜さん」 ドンッ
せつ菜 「えっ」
せつ菜 (突き飛ばされた……!?) 菜々 「動かないでくださいね。今、足も縛るので」
ギュッ ギュッ
せつ菜 「ちょ、ちょっと! 菜々さん、私の話を聞いてください!」 ドタバタ
菜々 「……そうだ、私の眼鏡をあなたにあげましょう」 スッ
せつ菜 「! それは菜々さんのものでしょう! せつ菜のときは眼鏡は……」
菜々 「安心してください。『私』が優木せつ菜になりますから」
せつ菜 「!?」 菜々 「……勉強、家、生徒会。全てのつらいことは私は引き受けたも同然。それはあまりに不公平ではありませんか?」
せつ菜 「で、ですが……! それは菜々さんにしかできないことじゃないですか! 私には私しかできないことがあるように、適材適所というか……」
菜々 「あなたは、みんなと楽しそうに練習している。ずっと、羨ましかった。かすみさんたちと仲良くなったのは『私』もそうなのに……中川菜々はその後を知らない。その後は全て優木せつ菜しか知らない」
せつ菜 「それはそうかもしれませんが……! いつか戻るときに、また過ごせばいいじゃないですか! あなただって分かってるでしょ!? 今は分身でもしなければ……」 菜々 「……」
せつ菜 「それに! あなたは、元々の私の『中川菜々』の部分が独立したもの、そんなあなたが優木せつ菜になるのは無理がありますよ!!」
菜々 「……大丈夫です。元々、私は一人で二人分できていたんです。あなたはどこか遠くに閉じ込めて、私だけで二人を演じてみせますよ」
せつ菜 「っ!」
菜々 「それと、今更動いても無駄ですよ。もう椅子に縛り付けましたから。では倉庫の奥に……一応言っておきますが、今日は先程も述べたように、夜間警備は来ないので、叫んでも誰も来ません」
せつ菜 「菜々さん……!」 菜々 「……悪いとは思ってます。しかし、私はあなたが本当に羨ましかった。しばらくしたら解放します……それがせめてもの償いです」
せつ菜 「……そんなことを言うのなら」 ボソッ
菜々 「?」
せつ菜 「私だって!! 私だって!! あなたが羨ましかった!!」
菜々 「な、何を……私の日々において、あなたと比べて羨ましいところなんてどこにも……」 せつ菜 「ずっとお母さんに会いたかったのに……」 ポロポロ
菜々 「!?」
せつ菜 「自由に漫画も読めました。ライトノベルだって何冊も読めました。でも、寂しいんです……家が、家が恋しかった……」 ポロポロ
菜々 「……」
せつ菜 「……」 ポロポロ
菜々 「……それでも、私の方が羨ましかった」
ギュッ 菜々 「これであなた一人の力では、動くことは完全にできなくなりました。では、私は……」
せつ菜 「待ってください……!」
菜々 「……なんです」
せつ菜 「嫌な予感がするんです……なんというか、もし、中川菜々が優木せつ菜をやったら、全てがおかしくなるような……アイデンティティが崩れてしまうような……そんな嫌な予感がするんです」
菜々 「……出鱈目言わないでください」
せつ菜 「出鱈目ではありません!! 本当に感じるんです!!」 菜々 「……」
せつ菜 「お願いです!! 信じてください!!」
菜々 「……私が本体なんです。私が優木せつ菜になろうと、問題はないはずです」
せつ菜 「本体? 本体なんてありませんよ、私とあなた、両方とも『私』じゃないですか!」
菜々 「……では一つ聞いてもいいですか。この数日の中で、一度も、職務質問等は受けてないんですよね?」
せつ菜 「えっ? 確かになぜか度々スルーされることはありましたが……」 菜々 「正直言いたくはありませんでしたが、言わせてもらいます。それは『優木せつ菜』は『中川菜々』が作り出した虚構だからです」
せつ菜 「虚構……? 私が……?」
菜々 「ええ。ならば、私が本体なのは当たり前でしょう。そして、虚構のアイドルである『優木せつ菜』は、あなたを知っている人ならまだしも、あなたのことを全く知らない人からしたらいないも同然。だから、存在感が薄くなる。影が薄くなる。それが虚構である証拠です」
せつ菜 「で、でも、私はここにいるじゃないですか、それはどうやって説明するんですか……!」
菜々 「もうこれ以上、言うのはやめてください。自分でも分かってるのでしょう? せつ菜は本来は肉体を持たない存在なのだから……」 せつ菜 「そ、そんな……私が虚構だなんて……」
菜々 「……」
せつ菜 「……」
菜々 (静かになりましたかね……どんなに憎くとも、もう一人の自分。そんな自分に対してこれだけは言いたくありませんでしたが、黙ってもらうためには仕方ありません)
菜々 「では、変わるなら髪型も合わせないと……軽く髪を結びますね」 シュッ
せつ菜 「……」 菜々 「あとは私が髪を解けば優木せつ菜になれる……」
せつ菜 「……」
せつ菜 「……最後にもう一度だけ聞かせてください」
菜々 「! ……分かりました。どうぞ」
せつ菜 「……本当に優木せつ菜になるつもりですか?」
菜々 「ええ、もう覚悟は決めました」
シュッ 菜々 「これでようやく『私』は『優木せつ菜』を取り戻して……っ!?」 ピクッ
せつ菜 「……っ!? あ、頭が痛い……っ!!」 グググ
菜々 「……ど、どうしてっ」 グググ
菜々 (まるで自分の頭の中に何十人もいるかのような感覚……く、苦しいっ……!!)
せつ菜 「は、早く、髪を結んで『中川菜々』に戻ってください……っ!!」 グググ
菜々 「イヤだっ!! もう絶対に私は戻りたくないっ!! これ以上……」 グググ
菜々 (羨むばかりの私でいたくない……!!)
…
…
… 取り戻すって再び一つになるんじゃなくてこういう方法だったのか
かなり暴走気味だね タタタタ
タタタタ
歩夢 「学校に着いたけどなぜか門は開いてたし……やっぱり何かが起きてるんだね……」
侑 「うん。能力の気配がとんでもなく強くなった。今まで感じてた微弱なものとは桁違いだよ」
歩夢 「侑ちゃん、その能力は学校のどの辺から感じる?」
侑 「あっち側だけど……」 ワイワイ
ワイワイ
ワイワイ
歩夢 「夜中の体育館なのに、なぜか中から人の声がたくさんするね……」
侑 「能力の位置を探る必要はないみたい。歩夢、気をつけて」
歩夢 「……もちろんだよ、侑ちゃん」
ガラッ
歩夢 「えっ!?」
侑 「こ、これは……!」 せつ菜 「なぜ歩夢さんがここにいるんですか!?」
せつ菜 「聞いてください! 私の大好き!!」
せつ菜 「この特撮のポーズどうですか! かっこいいですよね!?」
せつ菜 「そのポーズなら、もう少し手は上の方ですかね」
せつ菜 「思いっきり走りますよぉぉーー」
せつ菜 「夜の学校ってテンション上がりますよね!!」 歩夢 「せつ菜ちゃんが四方八方……とにかくいっぱい……?」
侑 「どうやら、せつ菜ちゃんが能力者だったみたいだけど……これは一体どんな能力なんだろう」
ンーンー
ンーンー
歩夢 「誰かの声?」
侑 「でもまるで、口が塞がれてるような……?」
歩夢 「ってあそこに誰かいるよ!?」
侑 「早く助けに行かないと!」
タタタタ
タタタタ 歩夢 「ええっ!? 今度は会長さん!?」
菜々? 「んーー! んーー!」 ドタバタ
侑 「歩夢! まずは口に貼ってあるガムテープを外して、次にロープを解かないと!」
歩夢 「分かった!」 ペラッ
菜々? 「違います!! 私ですよ、優木せつ菜です!!」
歩夢 「せつ菜ちゃんなの……!?」
せつ菜 「はい……訳あって生徒会長の姿にさせられていたんです。そして、この中に優木せつ菜の姿に扮した生徒会長がいます!」 歩夢 「この中に生徒会長さんが……」
侑 「事情は分からないけど、見た目を少し変えただけでここまでせつ菜ちゃんが生徒会長に似てるということは、逆も然り。この大量にいるせつ菜ちゃんの中から、生徒会長を見つけるのは困難だよ?」
歩夢 「ど、どうすれば……」
せつ菜 「……なぜここに歩夢さんが来てくれたのかは分かりません。ですが、偶然にも巻き込んでしまったのなら、話さなければいけないことがあります」
歩夢 「? 話さなければいけないこと?」 せつ菜 「……私と生徒会長は同一人物なんです」
歩夢 「生徒会長とせつ菜ちゃんが?」
せつ菜 「はい」
歩夢 「……」
せつ菜 「……」
歩夢 「ええっ!?」
せつ菜 「そして不思議な能力をある日手に入れたことで、『中川菜々』と『優木せつ菜』は体も分かれた……しかし、お互いの役目がすれ違い暴走してしまった結果……こんなことに……」
侑 「……能力の暴走、か」 歩夢 「えっと、それでなんでこんなせつ菜ちゃんがたくさんいるの?」
せつ菜 「……おそらくですが、中川菜々の中にある優木せつ菜への強い憧れが、まるで人格となり、無数の優木せつ菜を作り出したんだと思います。同じ『私』ですから、なんとなく分かるんです」
歩夢 「……うーん、じゃあ生徒会長さんにお願いして、止めてもらうしかないってこと?」
せつ菜 「そういうことになります……しかし、彼女は戻りたくないと言ってました。だから意地でも優木せつ菜のフリをし続けて、歩夢さんに見つからないようにすると思います」 侑 「これは参ったね……一人ずつ確認していくのも骨が折れそうだし」
歩夢 「せめて他のせつ菜ちゃんとの違いがあれば……」
せつ菜 「残念ながら、大量に現れた私も、優木せつ菜の性格を強く反映したもの……むしろ誇張されてるぐらい、優木せつ菜でしょうからこれといって偽物感もないでしょうし、菜々さんに完璧にせつ菜を演じられたら、区別することは難しいでしょう……」
侑 「でも、このままにするわけにはいかないよ」
歩夢 「三人もいるんだから、きっと良い考えが浮かぶよ!」
せつ菜 「……三人?」 歩夢 「……」 ムム
侑 「……」 ムム
せつ菜 「……」 ムム
歩夢 「やっぱり難しいね……みんなちゃんとせつ菜ちゃんなんでしょ? 生徒会長さんも自分のよく知ってるせつ菜ちゃんを演じてるなら、それを区別する方法だなんて……」
侑 「あっ! そうだよ! 逆だよ、歩夢!」
歩夢 「えっ?」
侑 「誇張されてるんだったら!」
…
…
… タッタッ
タッタッ
ガラッ
せつ菜 「せつ菜がたくさんいますよーー!」
せつ菜 「今度の創作料理のアイデアが浮かびました! 違う私で試しましょう!」
せつ菜 「やめてください!!」
?? 「……ついに能力が進化しましたか。『ひとりでふたつ』が進化すれば、一人で何人にもなれる。しかし、その分アイデンティティは揺るぎ始める」
?? 「まさに分裂した、と言ってもいいでしょう……自分の理を越えて、別人になろうとしたがゆえの暴走」 ?? 「あとはこのまま増え続ければ、いずれは完全に進化を遂げ、あの能力に行き着く……私はそれを近くで見守ってるだけ」
?? 「……ん?」
?? (向こうの入り口に誰かがいる?)
?? 「……もしかして」
?? (今まで私たちを邪魔し続けた、何者かなんじゃ……!)
?? 「かすみさんの目的のため、これ以上邪魔はさせない。ここで私が消し去ってみせる」
タッタッ
タッタッ せつ菜 「そんな怒った顔をしてどうしたんですか?」
せつ菜 「私たちと一緒にゲームをしませんか!」
?? 「ちょっと! どいてください!」
せつ菜 「ゲームのルールは簡単です! というか山手線ゲームです! 交互に連想する言葉を言っていって、行き詰まったら負けです!」
?? 「……子供のような遊び心、それが誇張されてるみたいですね。どいてくれないなら、良いでしょう。やってあげます。ただし、勝っても負けても一回だけですよ?」 せつ菜 「一回だけですね! では最初は『ヒーロー』です! ヒーローといえば特撮! 特撮といえば?」
?? (わざと負けて早く終わらせましょう)
せつ菜 「次は私ですね!! 特撮といえばロボット刑事!」
?? 「は?」
せつ菜 「刑事といえば探偵ですね!」
せつ菜 「探偵といえば……うーん、ホームズですかね!」
せつ菜 「ホームズといえばライハンバッハでしょう!」 >>801
すいません、誤字ですね。
『ライハンバッハ』→『ライヘンバッハ』 せつ菜 「一回だけですね! では最初は『ヒーロー』です! ヒーローといえば特撮! 特撮といえば?」
?? (わざと負けて早く終わらせましょう)
せつ菜 「次は私ですね!! 特撮といえばロボット刑事!」
?? 「は?」
せつ菜 「刑事といえば探偵ですね!」
せつ菜 「探偵といえば……うーん、ホームズですかね!」
せつ菜 「ホームズといえばライヘンバッハでしょう!」 せつ菜 「滝といえばやっぱり、修行ですね」
?? 「ちょっと待ってください!?」
せつ菜 「……どうかしましたか? もしかしてロボット刑事じゃなくて人造人間キカイダーの方が良かったですか?」
?? 「特撮詳しくないのでちょっと分からないですけどっ! そういうことじゃなくて、まさか私とあなたとの勝負じゃなくて……」
せつ菜 「ええ、言ってく順番は、この輪を一周していく感じですよ! あなたの順番は、このまま誰も間違えないで進めば、三十六番目くらいですね!」
?? 「……」 ?? 「どいてください!! お願いです、通してーー!!」
せつ菜 「ちょ、一回きりも我慢できないんですか? 勝負を逃げ出すなんてヒーローじゃないですよ!!」
せつ菜 「終わるまでここは通しません!!」
せつ菜 「特撮を見てきた人なら、逃げ出す重さが分かるはずですよね!?」
?? 「……っ! だから詳しくないんですよ!!」
…
…
… シュッ
せつ菜 「ロープを解いてくれてありがとうございます、歩夢さん。それで、方法が思い付いたというのは本当なのですか?」
歩夢 「うん。侑ちゃんが教えてくれたんだ」
せつ菜 「侑ちゃん?」
侑 「歩夢、能力を発動して生徒会長を見つけ出そう!」
歩夢 「うん!!」 歩夢 「能力『イマジナリーフレンド』!!」
せつ菜 「ってあなたは!?」
侑 「……高咲侑。歩夢の幼馴染で親友だよ。ゆっくり喋りたいところだけど、今は時間がない。早速だけど歩夢、思い出をひとつよろしく」
歩夢 「うん、頑張るよ!」
せつ菜 「ちょ、ちょっと待ってください!? こんなにたくさん優木せつ菜がいるんですよ? しかも生徒会長はせつ菜のフリをし続ける。どうやってそこから一人だけを見つけ出すつもりなんですか?」 侑 「……このせつ菜ちゃんたちは、まさにせつ菜ちゃんって要素が誇張されてるぐらい出てるんだよね」
せつ菜 「そ、そうですがそれがどうしたのです」
歩夢 「侑ちゃんが言ったんだ。その一方でせつ菜ちゃんのフリをする会長さんは、中川菜々さんの部分が独立したものだから、演技はしてもやっぱり完全なせつ菜ちゃんにはならないんじゃないかなって。なら」
侑 「せつ菜ちゃんなら……しかも誇張されたせつ菜ちゃんなら、確実に瞬時に反応するものをこの場に用意すれば、生徒会長の反応だけが遅れるかもしれない。そこを見抜くんだ」 せつ菜 「せつ菜なら確実に瞬時に反応するもの、ですか……」
侑 「うん。でもそれが難しいんだよねぇ、そんなもの持ってないし……せつ菜ちゃんなら特撮のアイテムとかが良いとは思うんだけど……」
歩夢 「特撮はあまり見てこなかったからね……でも思い出したよ。せつ菜ちゃんが反応しそうな思い出!」
侑 「おおっ! さすが歩夢!」 歩夢 「そういえば昔、侑ちゃんと一緒にお祭りに行ったことがあったよね。くじ引きがあって、侑ちゃんと一緒に手を入れて取り出したんだ」
せつ菜 「くじ引き……?」
歩夢 「そしたら、カッコいい変身ベルトが当たって、何のヒーローのかは分からなかったけど、今でも見た目は鮮明に覚えてるよ。侑ちゃんが気に入って、これでヒーローに変身して歩夢を守ってみせる! なんて言ってくれて、嬉しかったなぁ」
パァァ
侑 「よしっ! 無事に再現できたかな。どう、せつ菜ちゃん? せつ菜ちゃんは見覚えある?」
せつ菜 「そ、それは! あのヒーローの!」 侑 「問題なさそうだね。あとはこれを適当な方向にぶん投げれば、せつ菜ちゃんのフリをしてる会長が分かるはずっ!!」 ブンッ
ヒューーーーン
せつ菜 「昭和ウルトラマンといえば、やっぱりウルトラマンタロウですよね!」
せつ菜 「いや、ウルトラセブンですよ!? 一番有名じゃないですか!」
せつ菜 「有名度で決めるならウルトラマンに決まってますよね?」
せつ菜 「一人に決めるのがダメなんですよ! ウルトラ兄弟! これで文句なしです!」
?? 「山手線ゲームで解釈違い起こさないでくださいよ!! 早く出番回してください!!」 ヒューーーーン
ストン
?? 「ん? 何かが転がってきた……?」
せつ菜 「ってそれは!?」
ダダダダダ
ダダダダダ
?? 「ひぃぃ! さらに集まってきた!?」
せつ菜 「そのベルトといえばやっぱりあの回を思い出しますよね!」
せつ菜 「細部まで作られていて好感が持てます!!」
せつ菜 「あの最後のシーンを思い浮かべるだけで涙が……!」
?? 「か、囲まれている……」 ギャーーーーー!
コンナトコロデミツケルナンテ!
イマデハカナリレアデスヨ!
侑 「……」
歩夢 「……」
せつ菜 「……」
侑 「みんな瞬時に飛んでいったね……」
歩夢 「誰が会長さんか分からなかったね……」 侑ちゃん現れて驚いてるけど自分達の方がもっと増えてるっていうね せつ菜 「ということは、生徒会長は捕まらないようにもうとっくに体育館から逃げ出してしまったということでしょうか……?」
侑 「……いや」
せつ菜 「えっ?」
侑 「歩夢。せつ菜ちゃんが一箇所に移動したおかげで、こっち側は少し静かになった。耳を澄ませてみて?」
歩夢 「う、うん、分かった」
シーン
侑 「……」
歩夢 「……」
せつ菜 「ふ、二人は一体何を……?」 侑 「歩夢!」
歩夢 「うん、あそこの倉庫だね!」
タッタッ
タッタッ
ガラッ
せつ菜 「んーー! んーー!」 ドタバタ
歩夢 「今ガムテープを外すよせつ菜ちゃん!」 ペラッ
せつ菜 「歩夢さん!? 私を助けに来てくれたんですか!? しかしなぜここが……」 侑 「ロープで足も腕も縛られてるみたいだね……ところで」
せつ菜? 「……」
侑 「あそこにせつ菜ちゃんがいるとなると、君は誰なんだろうね。ねえ、せつ菜ちゃん」
せつ菜? 「……」
侑 「いや、中川菜々さん」
せつ菜? 「……なぜ」
菜々 「バレてしまったんでしょう……はぁ、誤魔化すのはもう無理なようですね」 歩夢 「えっと、これはどういうことなの侑ちゃん?」
侑 「とりあえず今はせつ菜ちゃんのロープを解いて、早くここから離れよう。他の大量のせつ菜ちゃんに追いかけられたら大変だし」
タッタッ
タッタッ
?? 「!」
?? (隙間から少ししか見えませんが、体育館から出ようとしてるのは分かる! このままじゃ私たちを邪魔する誰かに逃げられてしまう!!)
?? 「ほら、そのベルトはもう十分楽しんだでしょ! 私をここから解放してください!!」 せつ菜 「ベルトはもちろん後で改めてゆっくり鑑賞する予定ですが……それはさておき、まだ山手線ゲームは終わってませんよ!」
せつ菜 「ウルトラ兄弟でしたよね? ウルトラ兄弟といえばウルトラマンジャックでしょう! やっぱり帰ってきたウルトラマンという言葉自体が半端なくかっこいいですし」
せつ菜 「多彩な技を使うエースですよ!!」
せつ菜 「やはり時代的に近いメビウスじゃないですか?」 ?? 「くっ……! 相変わらず解釈違いでロスタイムが発生してる……」
?? (せめて相手の顔だけでも……!)
?? (っ、顔は見えなかったけど、黒髪、ツインテール、毛先が緑グラデーション、特徴は把握しました。そしてリボンは赤……つまり二年生!)
?? 「私の能力を使えば、この情報だけでもすぐに何者か分かる……ふふ、逃げられるのは今だけですよ……」
…
…
… タッタッ
タッタッ
歩夢 「はぁ、はぁ、ここまで来れば大丈夫かな……?」
菜々 「……この手を離してくれませんか。強く引っ張られると痛いのですが」
侑 「逃げられたら困るからね、それは無理な相談だよ」
せつ菜 「歩夢さん、ロープを解いてくれてありがとうございます。きつく縛ってあって大変でしたよね」
歩夢 「ううん、気にしないで。ハサミを使ったからそこまで大変じゃなかったよ」
菜々 「……想像したものを再現する能力。恐ろしい能力ですね」
侑 「能力は使いようだよ。正しく使えば、それは誰にも恐ろしい思いなんかさせない」 >>832
普段の侑ちゃんは??には見えてなさそうだし、これは失策だな 歩夢 「ねえ、侑ちゃん。侑ちゃんはこの状況を分かってるんでしょ? 説明してほしいな、急に色んなことがあって難しくて……」
侑 「あくまで推測だけど、会長は、『中川菜々に変装させられた優木せつ菜』を演じることで、この場を切り抜けようとしたんだ」
せつ菜 「……菜々さんは大量の私が現れた後、慌てて私の髪を解き、自分の髪を結びました。そして、眼鏡も私から取り変装を戻すことで、一旦でもいい、この状況を止めようとしたんです。しかし、一度ずれてしまったアイデンティティは戻らなかった。大量の私が消えることはなかった」
菜々 「そこに足音が聞こえるものですから、本当に焦りましたよ……この大量のせつ菜ももちろんですが、何より倉庫に閉じ込めたせつ菜の存在が見つかったら、大変なことになる……と」 侑 「それで機転を利かせて、あたかも自分が会長に変装させられ椅子に縛り付けられた『優木せつ菜』であるかのように、振る舞った……」
菜々 「ちょうど格好は戻してましたからね。それに、どうせ格好の違いを無くした中川菜々と優木せつ菜を見分けることなんて誰もできない……そう思ってましたから、『この大量のせつ菜の中に中川菜々が隠れている』という嘘で切り抜けると思ってたんです」
歩夢 「だから能力のことも、生徒会長さんとせつ菜ちゃんが同一人物なことも、あっさり私たちに教えたんだね……」 菜々 「ええ。せつ菜に扮する中川菜々は見つからないまま、そのまま行方不明になったことにさえすれば、『仕方なく優木せつ菜が中川菜々も演じて過ごす』という状況が出来上がりますからね……しかし上手くはいかなかった。なぜ、私が中川菜々だと分かったんです」
侑 「……」
菜々 「やはり、歩夢さんが諦めて帰った後にせつ菜さんの場所を移動させようとしてたのもあって、早めに帰らせたい雰囲気でも伝わってしまいましたかね……演技は完璧だと思ったんですが」
侑 「いや、演技は完璧だったよ。本当にせつ菜ちゃんだと思ってた」
菜々 「では、なぜ……」 侑 「まず、会長さんがせつ菜ちゃんを逃さないように椅子に縛り付けてるにしては、腕も足も縛ってなくて、しかもたった一つの結んだロープも歩夢が手で解けるくらいには緩かったことが気になった。こんなんじゃ簡単に逃げられちゃうよ」
菜々 「……なるほど」
侑 「そして、決め手はさっきのせつ菜ちゃんたちの反応かな。反応が遅い人が生徒会長だって思ってたのに、みんな反応があまりにも早かったから、もしかしたらこの中に生徒会長はいないんじゃないかなって思い至ったんだ。案の定耳を澄ませてみたら倉庫の方からドタバタ聞こえたし」 歩夢 「会長さん……いや、菜々ちゃん。なぜこんなことをしたんですか。同じ自分であるせつ菜ちゃんをロープで縛るなんて!」
菜々 「……歩夢さん。あなたには分かりませんよ」
歩夢 「っ……」
菜々 「私は失敗したことは後悔しても、やったことは後悔してません。せつ菜が手にしたものを、私も手にしたかっただけですから」
侑 「……」
歩夢 「……」
歩夢 (後悔してない……それが本当なら、ここから私たちが説得できることなんて……) 侑 「歩夢、どうする?」
歩夢 「えっ?」
侑 「生徒会長さん……自分を偽ってる、そんな風に見えたから。それなら私たちにできることは、たった一つ。その隠した気持ちを掬いだすことだけ」
歩夢 「侑ちゃん……」
侑 「過干渉かもね。能力の暴走を止めるためであったとしても、その人の悩みまで解決しようなんてね。でも、関わった以上は歩夢にも後悔のない選択をしてほしい。仮に『ときめきを共有して』を使うとしたら、読み取った感情は歩夢とも共有されるから、そこからどうするかは歩夢に任せるよ」
歩夢 「……」 侑 「改めて聞くね。能力を使う? そして、読み取った感情を通して、歩夢はどうしたい?」
歩夢 「……私の気持ちはいつだって変わらない」
侑 「!」
歩夢 「せつ菜ちゃんにも、菜々ちゃんにも、目に映るすべての人に、笑顔でいてほしい」
侑 「……」
歩夢 「侑ちゃん! 能力を発動して!」
侑 「任せて!! 歩夢っ!!」
菜々 「! なにを……!」
侑 「能力『ときめきを共有して』!!」 能力が消えたらどちらかが消えそうだし難しい決断だね
元に戻るだけとはいえ 大変お待たせしました。
保守してくださった皆さま、本当にありがとうございます。
優木せつ菜(中川菜々)編、再開いたします。 —————
———
—
私だってスクールアイドルをやりたい
みんなと一緒に練習をしたい
もっと『大好きなこと』をそのままに
隠すことも誤魔化すこともなく
でもお母さんには笑顔でいてほしい
私も分かってる仕方ないって 大丈夫『私』には『私』の幸せがある
ほら大切な友達がそこに
でもその人すら彼女に奪われる
あなたが羨ましい
あなたが憎い
ごめんなさい
—
———
————— 菜々 「あっ……」 ポロポロ
菜々 「な、なんで、涙が止まらな……」 ポロポロ
歩夢 「うぅ……」 ポロポロ
菜々 「って、なんであなたも泣くんですか……!」 ポロポロ
歩夢 「だって……っ、菜々ちゃんの心が分かるから……!!」 ポロポロ
菜々 「っ……同情ですか!? やめてください!! 私はせつ菜さんを閉じ込めて成り代わろうとしたんですよ!? そんな私に同情なんか」 侑 「……能力を使って少し生徒会長の気持ちを読み取ったよ。そしたら、羨ましいって気持ち。それがすごく伝わってきた」
菜々 「っ! そうです、私はきっと、ずっと羨ましかったんです。それは分離した後に限らず、分かれる前からもずっと……」
せつ菜 「菜々さん……」
菜々 「菜々の姿のときの私は自由じゃない証だったから。そんな私の浅ましい嫉妬。そんなものに同情なんか……っ」
侑 「だけどもう一つ聞こえたんだ」
菜々 「えっ……?」 せつ菜 「『ごめんなさい』」
菜々 「!」
せつ菜 「『ごめんなさい』」
菜々 「今更謝ったって……!」
せつ菜 「いえ、そう聞こえたんです、私にも」
歩夢 「菜々ちゃんは、ずっと苦しかったんだよね。止められない思いもあったんだろうけど、せつ菜ちゃんを傷付ける度、感じる罪悪感もあって……」
菜々 「なっ、言ったでしょう! 私には後悔なんてないんです!! だってこれ以上、私は彼女から奪われたくなかったんだから!! そのために選んだこの道を、間違いだとは思ってません!!」
侑 「ううん、生徒会長さんは後悔してるよ」
菜々 「! 何を根拠に……!」 せつ菜 「もう、嘘をつくのはやめてください……私……っ!」
菜々 「!」
せつ菜 「根拠ならあるじゃないですか。今、何か不思議なものを感じたでしょう。きっとそれが根拠なんです」
菜々 「能力で私の感情を完全に読み取ったとでも!? 後悔なんてしてません!!」
せつ菜 「それに、能力を使わなくたって私には、菜々さんの気持ちが分かります……! 同じ『私』なんですから」
菜々 「っ……」
歩夢 「菜々ちゃん……感情の表面を読み取っただけだけど、それでもたくさんの後悔が見えたよ。『大好き』を我慢しないといけないこと、誰も悲しませたくないこと、そして、Lちゃんのこと……」 菜々 「なぜそこでLさんが出るんですか……!」
歩夢 「だけど、それは後悔しなくて良いんだよっ!!」
菜々 「! どういうことです……?」
侑 「……生徒会長のせつ菜ちゃんに対する嫉妬の中心は、おそらく彼女のことなんだと思う。でもそれなら、生徒会長は嫉妬する必要なんてない。だってこう言ってたから」
歩夢 『会長さんとは友達なんだよね?』
生徒L 『はい! 昨日なったばかりですけど、カラオケにもゲームセンターにも行って、すごく楽しくて……時間なんて関係ない、大切な友達です!』
菜々 「大切な友達……」 侑 「きっと、Lちゃんはせつ菜ちゃんの大ファンだから、彼女もせつ菜ちゃんに奪われるのかと思ったのかもしれないけど、違うよ。『大好きなアイドル』と『大切な友達』そんなの、同じ天秤にかけるものじゃない!」
歩夢 「Lちゃんは『せつ菜ちゃん』のことが大好きだけど、Lちゃんと友達なのは、『菜々ちゃん』だけ……菜々ちゃんだけの特権なんだよ!!」
菜々 「!」
歩夢 「もう嘘はつかなくていい……正直な思いを教えて菜々ちゃん……!!」
菜々 「……」
せつ菜 「菜々さん……」 菜々 「……私は、焦りすぎたのかもしれません。せつ菜さんと比べなくたって、こんなにも幸せなことはあった」
菜々 (……羨ましかった。ずっとあなたが羨ましかった。でも、『私』にも大切なものはあった。あたかも何もないように、思い込んでしまっていただけだった)
菜々 「人と比べるというのは、あまり良くないことですね……自分に無いものばかりが見えてしまう。それこそ適材適所という言葉があるように、『中川菜々には中川菜々の、優木せつ菜には優木せつ菜の場所がある』それぞれの幸せはあったはずなのに」
せつ菜 「……」
菜々 「……」 せつ菜 「……バカみたいですね」
菜々 「えっ?」
せつ菜 「だってお互いがお互い、自分自身に嫉妬してるんですよ。バカみたいじゃないですか」
菜々 「せつ菜さん……」
せつ菜 「私もあなたが羨ましかった。あなたの嫉妬に全く気付かないで。本当バカなものです」
菜々 「……」
せつ菜 「でも、自分自身に嫉妬し合うだなんて、そんな経験をしたのは世界で私たちだけ……そう思うと少し得した気分になりません?」 チラッ
菜々 「……ふふ、ですね」 チラッ せつ菜・菜々 「「っ」」
せつ菜・菜々 「「あはははははは」」
侑 「……仲直りしたのかな」
歩夢 「……分からないよ。きっと、二人のことは二人にしか。でも」
侑 「?」
歩夢 「二人とも笑ってる……それだけで十分だよ」
侑 「……だね」
…
…
… せつ菜 「菜々さん、ごめんなさい。あなたの気持ちをもっと理解するべきでした……『大好き』は二人一緒なのに……」
菜々 「謝るべきなのは私の方ですよ……ありがとう、せつ菜さん。こんな私にそんな優しくしてくれて……」
侑 「……やっぱり分かり合うことは大事だね。でもまだ解決してるわけじゃない」
ワイワイ
ワイワイ
ワイワイ
侑 「……体育館から声がたくさん聞こえる」
歩夢 「! 侑ちゃん!?」 侑 「あのせつ菜ちゃんたちを、暴走した能力を、止めないと、また問題が起きるかもしれない。放っておくわけにはいかないよ」
せつ菜・菜々 「「……」」
せつ菜 「菜々さん、今回のことに関しては、私の責任も大きくあると思います。だから、改めて話し合って、二人とも納得できる道を探しましょう」
菜々 「……二人とも納得できる道?」
せつ菜 「はい。やっぱり能力なんかに頼ってはいけなかったんです。どんなに苦しくても、自分らしさを変えるべきじゃなかった」
菜々 「それって……」 せつ菜 「戻りましょう。『優木せつ菜』が虚構なら、消えても構いません。あなたが私の意志を継いでくれるなら……!」
菜々 「!」
歩夢 「せつ菜ちゃん!?」
せつ菜 「さっき、菜々さんが姿を戻しても、大量のせつ菜は消えることはなかった。和解した今でも消えてない。きっと、このままでは永遠に分離し続ける。能力は暴走し続ける」
歩夢 「それはそうかもしれないけど、だからって……!」
せつ菜 「……今更一人に戻っても、ここまで二人の人格が乖離してしまっては、もう普通には戻れない。そして、アイデンティティの不安定さが能力の暴走を招くなら、どちらかが消えるしかない。それならば」
歩夢 「そ、そんな……」 せつ菜 「『優木せつ菜』が消える、これが正しい選択なんです」
菜々 「せつ菜さん……」
歩夢 「う、嘘だよね? 元々『菜々ちゃん』も『せつ菜ちゃん』も、どちらも欠かせない存在として過ごせてたんだよね? それなのに、いざ戻ろうとしたらどっちかが消えなくちゃいけないんだなんて……」
せつ菜 「歩夢さん、分かってください。私たちは分離した後、あまりにも個々の人格が独立してしまったんです。もはや『中川菜々』と『優木せつ菜』は別人。もう暴走を止めるには、これしか……!」
菜々 「……いえ、消えるなら私です」
せつ菜 「!」 菜々 「今回の騒動の原因は私です。それに、せつ菜さんはこれからも多くの人を笑顔にする役目がある。消える方は明白でしょう」
せつ菜 「そんなこと言わないでください……!!」
菜々 「これがせめてもの、償い。そして、あなたへの恩返しです」
せつ菜 「なっ!? 良い加減にしてください!! あなたにも『大好きなもの』がある!! そうさっき気付いたばかりなんじゃないですか!?」
歩夢 「……」 プルプル 菜々 「っ、だとしても!! 私があなたに嫉妬して成り代わろうとしなければ、こんなことにならなかった!! 責任として私が消えるべきなんです!!」
せつ菜 「大切な友達はどうするんですか!? 生徒会のみなさんはどうするんですか!? 菜々さんを信じてる人たちがたくさんいるのに!!」
菜々 「……せつ菜さんに託します。無責任なのは申し訳ありませんが、あなたが消えるわけにはいかないんです!!」
せつ菜 「っっ、素直になれない頑固者!! あなたはおバカさんです!!」 歩夢 「二人ともバカだよっ!!!」
菜々・せつ菜 「「!?」」
歩夢 「なんでもう諦めちゃってるの!? 菜々ちゃんも、せつ菜ちゃんも、二人とも助かる道がまだあるかもしれないのにっ!!」
菜々 「……」
せつ菜 「歩夢さん……」
侑 「……アイデンティティが完全に分離してしまったから、もう戻れない。でもこの暴走を止めて、大量のせつ菜ちゃんをなんとかするためには、アイデンティティの揺らぎを止めなくちゃいけない」
菜々 「ええ、そうです。だから、どちらかが消えて、アイデンティティを安定させる必要が……」 侑 「なら、心を合わせれば良いんじゃないかな」
菜々 「えっ?」
侑 「元々二人は一人だったんだ。もう一度、心を合わせて強く願えば、もしかしたら」
歩夢 「そ、そうだよ! そうすれば、今とは変わっちゃうかもしれないけど、どっちかが消えることは無くなるよ!!」
せつ菜 「し、しかし……先程から私は分かり合えたつもりでした。それでも戻らないということは不可能なのでは……もしかして菜々さん、心の底ではまだ私のこと怒ってます?」 菜々 「そ、そんなわけありません! もうせつ菜さんを怒ったり、憎んだりしてる気持ちはありませんよ!!」
歩夢 「まだ心の繋がりが弱いのかな……?」
侑 「うーん、だとしたら……どうすれば……」
ボワッ
歩夢 「えっ? 急に黒い霧が?」
侑 「っ、危ない歩夢っ!!」 スッ
ドカーーーンッ
侑 「がはっ!?」 歩夢 「侑ちゃん!?」
菜々 「侑さんが吹き飛ばされた!?」
せつ菜 「いったい何が……ってあのシルエットは……」
せつ菜影 「……」
せつ菜 「なんだか色が暗いですが、あの姿形は私……!?」
菜々 「……もしかして能力がさらに暴走して」
せつ菜 (何か、心が不安になるような、どよめきを感じます。もしかして)
せつ菜 「大量のせつ菜が『菜々さんの優木せつ菜への憧れ』なら、あの影のようなせつ菜は『心の不安』が形になったものなんじゃ……」 歩夢 「侑ちゃん、大丈夫!?」 タッタッ
侑 「うん、大丈夫だよ……でも、あの影、普通の人間が食らったらタダじゃ済まないだろうね……」
歩夢 「そ、そんな……せつ菜ちゃん! 菜々ちゃん! 早くそこから逃げて!!」
せつ菜影 「……」 シュッ
せつ菜 「!?」
菜々 「せつ菜さんっ!!」
せつ菜 (まずい、逃げられないっ!!) 侑 「歩夢!! アイス棒!! ここからぶん投げるから!!」
歩夢 「分かった!」 ムムム
侑 「よしっ、くらえっ!!」 ブンッ
せつ菜影 「!」
侑 「一度使った技はイメージしやすいから、すぐ出せるんだよ!!」
せつ菜影 「……」 スッ
侑 「ええっ!? すり抜けた!?」 菜々 「でも相手が動じてます、せつ菜さん早く!!」 ギュッ
せつ菜 「は、はい!!」 タッタッ
侑 「とりあえず距離は取ったけど……」
歩夢 「すり抜ける相手にどうすれば……」
せつ菜 「しかも先程の攻撃を見るに、あっちからの攻撃は通るようですね……」
ボワッ
せつ菜影2 「……」
菜々 「ってもう一人!?」 侑 「能力の暴走が悪化してるみたいだね……体育館にいるせつ菜ちゃんたちに追いつかれたらどうしようもなくなるし、なんとかして早く決着をつけないと……」
せつ菜影2 「!」 シュッ
せつ菜 「こっちに来ましたよ!?」
侑 「とりあえず私が止める!! 防戦一方なのはしんどいけど仕方ない!」
せつ菜影2 「……!」 タッタッ
侑 「おりゃぁぁぁーーーーー!!! 侑ちゃんガードぉぉぉーーーー!!」 せつ菜影2 「……」 グググ
侑 「って、やっぱりどんどん力強くなるよねぇ……うーん、どうすれば……」 グググ
せつ菜 (私だって何もしないで見てるわけじゃありません!!)
せつ菜 「くらぇぇぇぇぇーーーーー!!! せつ菜パンチぃぃぃぃーーーー!!」
侑 「ええっ!? せつ菜ちゃん!?」
せつ菜影2 「!?」 ドカッ
歩夢 「えっ、よろめいた……?」 侑 「もしかして……! せつ菜ちゃんの攻撃は当たる!?」
せつ菜影 「!」 シュッ
せつ菜 「もう一人いつのまに!?」
菜々 「させません!!」 パンチ
せつ菜影 「!?」 ドカッ
菜々 「……なるほど、どうやら私のパンチも効くようですね」 更新来てた
もしかして一人に戻る以外の展開もあり得るのかな 歩夢 「でもあの攻撃が当たったらタダじゃ済まないんだよね……? 二人を前線に立たせるわけにはいかないよ!」
せつ菜 「それに……」 ガクガク
歩夢 「せつ菜ちゃん!? 震えてるよ!? 大丈夫!?」
菜々 「特撮を見てたとはいえ、やはり戦闘経験がありませんから……怖いのかもしれません」 ガクガク
侑 「ふ、二人とも……」 せつ菜影・せつ菜影2 「「!!」」 タッタッ
歩夢 「侑ちゃん!! 今度は二人同時だよ!?」
侑 「っ、二人は防げるか!? いや、防ぐしか道はないんだ!!」
菜々 「……」
せつ菜 「……」
菜々 「せつ菜さん。分離してから、ずっとお互いの気持ちが分からなかった私たちですが……今のあなたの気持ちは、分かりますよ」
せつ菜 「同じくです。私にも分かります。菜々さんの悔しさ、そして願っているものが」 菜々・せつ菜 ((何もできない自分がもどかしいっ……))
菜々・せつ菜 ((そう、立ち上がれる勇気が欲しい))
菜々 「私たちが勇気を貰うと言ったら、やっぱりあれですよね」
せつ菜 「……はいっ、特撮ですっ!!」
菜々 「侑さん!!」
侑 「えっ!? どうしたの!?」 菜々 「さっき投げたベルト……また出せますか?」
侑 「もちろん、出せるけど……」
菜々 「お願いがあります。それを私たちにください。勇気を貰いたいんです、立ち向かう勇気が!!」
侑 「!」
せつ菜 「お願いします!!」
侑 「……どう転ぶかは分からないけど、なんだか信じたくなったよ。歩夢!」
歩夢 「うん!!」
パァァ せつ菜 「よし、ベルト装着ですっ!」 ガチャ
菜々 「やっぱりせつ菜さんの方が付け慣れてますね。でも特撮好きなら負けませんよ!!」 ガチャ
せつ菜 「では、かっこよく行かせてもらいます!!」
バンッ!
せつ菜 「幻のスクールアイドルは正義のヒーローでもある!! 悪は許さない!! 優木せつ菜!!」
侑 「おおっ、せつ菜ちゃんかっこいい!」
せつ菜 「ほら菜々さんも!」 菜々 「ええっ!? それ私もやるんですか!?」
せつ菜 「時間がありません!!」
菜々 「うぅ……///」
バンッ!
菜々 「眼鏡の奥には燃え上がる熱い瞳!! みんなの笑顔を守るため!! 中川菜々!!」
菜々 「絶対にっ!!」
せつ菜 「負けませんっ!!」 菜々 「……」
せつ菜 「……」
侑 「……すごいよ、二人とも!!」
歩夢 「……まるで本物の特撮を見てるみたいだったよ!!」
菜々 「うぅ……/// 恥ずかしすぎます……///」
せつ菜 「いや意外に乗り気だったじゃないですか! しかも即興の割に凝ってたし、普段から考えてたでしょ!!」 ゴゴゴゴ
せつ菜 「それにしても、なんだか力が湧いてきます……! やっぱり勇気を貰えたんでしょうか!!」
菜々 「これならきっと勝てます!!」
せつ菜 「今度こそくらいなさい!! せつ菜パンチぃぃぃぃーーーーーーーー!!!」
ドカーーーンッ
せつ菜影 「っっ!?」
せつ菜影 「……」 バタンッ ボワッ
歩夢 「消えた……!? 倒せたってこと!?」
侑 「ど、どうして……せつ菜ちゃんの能力は別に身体強化とかではないはずなのに……」
せつ菜 「これこそ、私に秘められた真の力です!! 能力者以前に私は選ばれたヒーローだったんですよ!! 違いありません!!」 ペカー
侑 「いや違う。歩夢が召喚したベルトに私たちの力が込められていて、そのベルトでパワーアップしたんだ。せつ菜ちゃんたちの攻撃しか当たらないなら、これが一番有効な案……」
歩夢 「そこまで考えてたなんて……さすがせつ菜ちゃんだね!!」
せつ菜 「いや……私は選ばれたヒーローで……」 本人がその気になってるんだから冷静に否定せんでもw せつ菜影2 「!」 シュッ
歩夢 「ってせつ菜ちゃん! 後ろ! 影が近付いてるよっ!」
せつ菜 「ふふ、大丈夫ですよ、歩夢さん」
歩夢 「えっ?」
菜々 「……私がいますからっ!!」
ドカーーーンッ
せつ菜影2 「っっ!」
せつ菜影2 「……」 バタンッ
ボワッ なぜからっかせいから、やわらか銀行に表記が変わってますが、気にしないでください。 せつ菜 「……自分を信頼できなければ、何事もできません。背中は任せてましたから」
菜々 「……自分を信頼できなければ、ですか。あはは、耳が痛いですね。でも、頼ってくれてるなら嬉しいです、ありがとう」
歩夢 「とりあえずこれで影は消えたのかな……」
侑 「いや、まだだよっ、歩夢!」
ボワッ
ボワッ
せつ菜影3・せつ菜影4 「「……」」
せつ菜 「仮にどんなに敵が現れたとしても、私たちは負けませんよっ!!」 ゴゴゴゴ
せつ菜 「ん?」
菜々 「なっ! 黒い霧が集まって影たちが……!」
巨大せつ菜影 「!!」 ドンッ
せつ菜 「ちょ、それは反則じゃないですか!! こっちは合体ロボットとかないのにっ!!」
歩夢 「彼方さんのときの巨大ぬいぐるみと言い、私たちってもしかして巨大な敵に縁でもあるのかな……?」
侑 「そんな縁があったら、これからも厳しい戦いが続きそうだね……」 アハハ 菜々 「ど、どうすれば……」
せつ菜 「歩夢さん!! さっきみたいなやり方で、合体ロボットを能力で出せないんですか!?」
歩夢 「む、無理だよ! 戦隊なんてほとんど見たことないもん!」
侑 「良くも悪くも、歩夢の能力は歩夢の思い出次第だからね……無いものは出せないよ」
せつ菜 「し、しかし、流石にあんな相手、合体ロボットも無しで戦うのは……」
菜々 「……せつ菜さん」
せつ菜 「菜々さん?」 菜々 「ロボットではないですが、合体はできます」
せつ菜 「えっ?」
菜々 「先程の話の続きです。心を合わせるんです。今度こそ!!」
せつ菜 「!」
菜々 「今回の騒動を起こした私が言えることではないかもしれません……でも、それでも、自分の幸せに気付いた今、願うことがたった一つあります。やっぱり、二人合わせて『私』だから」
せつ菜 「……」 菜々 「私に力を貸してくれませんか?」
せつ菜 「……」
菜々 「……」
歩夢 「菜々ちゃん……」
菜々 「もちろん、今更手を取り合おうなんて、傲慢なのは分かって……」
せつ菜 「なぜ、あの影は私たちの攻撃にだけ当たるか分かりますか?」
菜々 「えっ?」
せつ菜 「それはきっと、こういうことです」 せつ菜 「『自分の闇を倒せるのは、自分だけ』」
菜々 「!」
せつ菜 「そして、その闇を倒す責任は、どちらか一方ではなく、『優木せつ菜』にも『中川菜々』にもある。だってどちらも同じ『私』だから!!」
菜々 「せつ菜さん……」
せつ菜 「もしかしたら、もう分離した二人は戻らないのかもしれない……でも、強く願って心を合わせれば、何かが変わるかもしれない。これ以上後悔することは無しですよ!! 菜々さん!!」
菜々 「!」
菜々 「はいっ!!」 巨大せつ菜影 「っ!!」 ダッダッダッ
歩夢 「せつ菜ちゃん! 菜々ちゃん! 影が襲ってくるよっ!!」
侑 「あんなにでかいと流石にガードできないよね……なら、ここで決着をつけないと」
せつ菜 (ここが、ラストスパート)
せつ菜 「私たちの能力名は……『ひとりでふたつ』でしたね……」
菜々 「ええ、今思えば、その能力を手にした日から、全てが変わりました……そんなに昔ではないのに、遥か前のことに感じます」 せつ菜 「でもまあ、何事も前向きに考えるなら……今回のことも、二人の自分との向き合い方を学べる良い機会でしたかね?」
菜々 「ふふ、それは流石に前向き過ぎませんか?」
せつ菜 「じゃあ後ろ向きに考えますか?」
菜々 「……それは私の役なので、せつ菜さんは前だけ向いて歩いてください」
せつ菜 「またそうやって、自分を卑下して……!」
菜々 「違いますよ」
せつ菜 「!」 菜々 「適材適所、です。後ろ向きでも、上を向いて歩くことはできますから」
せつ菜 「……あはは、確かにその通りですね。それに、それならお互い背中を任せられそうですし、win-winです!」
菜々 「『中川菜々』と『優木せつ菜』はまさに背中合わせの関係。片方が前に出るときは、もう片方は裏に回っていた。でも、いつでも背中を守り切ってくれるから、何も悩まず進めていた……そんな私たちを取り戻すべきです!」
せつ菜 「ええ、一緒の日々に戻りましょう。そう、私たちの関係は『ひとりでふたつ』じゃない!!」
菜々 「はいっ、『ふたりでひとつ』ですっ!!」 せつ菜 「おりゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!!」 タタタタ
菜々 「『ふたりでひとつ』! 二人が一緒にいるときは絶対に私たちは」 タタタタ
せつ菜・菜々 「「負けないっ!!」」 パァァ
菜々 (せつ菜さん)
菜々 (私が言った、言葉。訂正させてください)
菜々 (あなたは虚構なんかじゃない)
菜々 (私に勇気をくれた、『ヒーロー』!!) 菜々 「おりゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!!」
巨大せつ菜影 「!?」
ドカーーーーーーーーーンッ
モクモク
モクモク
モクモク
巨大せつ菜影 「……」 バタンッ
ボワッ モクモク
モクモク
モクモク
歩夢 「けほけほっ、砂埃で何も見えないよ……!」
侑 「二人とも大丈夫!?」
?? 「ええ、『私』はいつだって大丈夫です」
歩夢 「せつ菜ちゃん……? いや菜々ちゃん……?」
?? 「ふふ、どっちもですよ。でも今は彼女が表彰台を譲ってくれました」 せつ菜 「無事、私たちは勝てたようです!」 ペカー
菜々 (……)
菜々 (どちらも消えることはない。そして、分離してた頃の両者の記憶や感情は共有される)
菜々 (今はまだ二つの人格が共存してるけれど、あと数日経てば同じ『私』として統一されるだろう)
菜々 (私が嫉妬してた隣で、彼女はこんなことを思ってたんですね……こんなに切ないんじゃ、いくら楽しくても、つらいですよね。お母さんにただいまって言いたいなぁ)
菜々 (ありがとう。私が生み出した『ヒーロー』。そしてこれからも、二人で頑張っていこう。待ってくれてる人たちがいるから……)
…
…
… また1人に戻るんだね
2人の時に会ってた子達はどうなるんだろう せつ菜 「ほら、次はあなたの出番ですよ!!」
?? 「や、やっと……やっと私の順番が……」 フラフラ
?? (早く終わらせてさっきの人を追いかけないと!)
ボワッ
?? 「へっ?」 ボワッ
ボワッ
せつ菜 「どうやら暴走は止まったみたいですね……ふふ、良かった」
ボワッ
ボワッ
?? 「……みんな消えた?」
シーン
?? 「ええっ!? せっかく順番を待ったのに!? ここで!?」 ?? (しかも、また進化を止められた……! 一体何者なの!?)
?? 「許さない……っ! 絶対に正体を暴いてみせるっ!」 ギリッ
?? (特徴は分かってる。あとは調べればすぐに……)
?? 「……」
?? 「それにしても……楽しそうに語ってたなぁ……特撮、見てみようかな……」
…
…
… 続いて良かった
しず子?はよくわからない存在だけど人間味もあるんだな 更新遅れて申し訳ありません。
1000レスに近付いてきたので、新しいスレを立てました。次スレでもよろしくお願いします。
歩夢 「イマジナリーフレンド」2
https://itest.5ch.net/test/read.cgi/lovelive/1650882711/l50 更新遅れて申し訳ありません。
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歩夢 「イマジナリーフレンド」2
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