千歌「痩せこけたみかん」
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「ひぃ〜っ、忙しい〜!」
千歌「ぜんぜん片付け終わんないよぉ〜!」
千歌「てゆーか!なんで休みの日に団体さんなんか来るのさ〜!」
千歌「コッチは沼津に買い物行くつもりで色々準備してたってのに、もぅ!」
千歌「オマケに、あのお客さんたち遅くまで騒いでたし、変に絡んでくるし!」
千歌「もうちょっとで、隣から梨子ちゃんビーム撃って貰うとこだったよ!」 千歌「あ〜あ。せっかくの連休だったのになぁ」
千歌「……ん?あ、そっか」
千歌「千歌が休みの時って、大体みんなも休みか」
「千歌ぁー!」
千歌「!」
「お客さんの布団片すついでにー!廊下のみかん箱も捨てておいてー!」
千歌「ぇえ"〜っ、自分でやりなよー!」 「しいたけ!千歌の部屋でうんち!」
千歌「やめてぇー!!」
「ワン!」
千歌「しいたけ!?来ちゃダメだからね!」
「ホラホラ〜、もうすぐしいたけ行くよ〜?」
千歌「うるさいなぁ!今やるって言ってるじゃーん!」
「アォ〜ン」 千歌「もうっ!」
千歌「なんで千歌がやんなきゃなんないのさ!美渡ねぇがやればいいじゃん!」
千歌「空箱なんだから捨てるだけなのにさぁ……はぁ〜あ」
千歌「まったく、しょうがない姉だよ」スッ
…ゴロッ
千歌「ん?」
千歌「あっ」
千歌「……」 厳しい冬の寒さを和らげ、卓上を美しく彩る筈だった
趣きと団欒の萌芽。
千歌「……」
この、寒風吹き荒ぶ往路を
しかし、興と倣い親しむべきとする、時節の風物。 雪面の太陽と謳っていたその熱も、今や形を潜め
目眩く甘露の味わいを、心躍らせる蜜の抵抗を想わせた、在りし日の姿は既になく
春風のそよぐ、板張りの廊下、その片隅へ。ただ、静かに横たわった
愛しき君よ。 己が本懐とは、常に相対する享楽の贄となり
しかし、生の余暇と悦び。その体現とも言える、充実した糧であった。
その、如何様にもなく、痩せこけてしまった君よ
この、侘しい胸の裡よ。
千歌「……」 「千歌ぁ!布団しまったのー!?」
千歌「……」
「千歌ぁ!!!」
千歌「!?」
千歌「は、はーい!今しまうー!」
「まだやってなかったの!?40秒でしまいな!!このバカ千歌!!」
千歌「ッ」カチンッ
千歌「千歌さまとお呼びっ!!!」 ……ドダダダダダダダダッッ!!!!
千歌「ひっ!!?」
「ちぃかぁああぁああああっっっ!!!!!!」
千歌「うわっ!うわぁああぁあああああっっっ!!!!!!!」
美渡「いまなんつったぁああぁああっっ!!?!?」
千歌「ごめんごめんごめんっ!!もう言わないからぁ!!」 美渡「罰として!配膳と接客と風呂掃除もして貰うから!!」
千歌「ぇえ"〜っ!!そんなのムリだよぉ〜!」
美渡「泣き言なんか聞きたかないね!なんとかしな!」
「美渡〜」
美渡「なに!?」
志満「足音と声を静かにね」
志満「あと、千歌ちゃん」
千歌「?」 志満「その段ボール、畳んで外に出して置いてくれる?」
千歌「あ」
…ゴロッ
志満「?」
千歌「……」
千歌「……」
痩せこけた君よ。 空いた心と、その憂いに
美味と断ずるに余りある、一度の充足を。
遂行能わずとも、輪転の果てへ
座して待つ事に苦はなく、二度の邂逅を。
願わくば、最良の眠りと共に
その嘆きは夜露と変わり、三度の安寧を。 そして、この胸の裡へ去来する
幾度目かの、情愛の詩
痩せこけた君へ
光、有れかし。
千歌「……」 「オイ!」
千歌「!」
美渡「いくら暖かいからって、目ぇ開けて寝るな!」
千歌「ね、寝てないよっ!!」
志満「外へ出たお客さん達がもうすぐ戻るから、早めに捨ててね?」
千歌「はーい……」
千歌「……」
美渡「……」
美渡「千歌!」ピンッ
千歌「うっ!?」ビクッ 美渡「アンタ、ぼーっとし過ぎ!忙しいんだからシャキッとしなよ!このバカ千歌!」
千歌「ッッッ」カッチ-ン
千歌「ブ○!!」
美渡「ぁああぁああああああっっっ!!?!?!?」
千歌「ひゃぁああぁああああっっ!!?!?」
志満「二人とも〜、そろそろ怒るわよ〜?」
美渡「コイツが悪いんじゃん!!!」
千歌「志満ねぇ助けてぇ!!!」
ガコッ! 千歌「んぁ!?」
志満「?」
美渡「お?」
…ゴロゴロッ
志満「あらま」
美渡「おぉ、まだ入ってたんだ」
千歌「……」
千歌「……あぁ」 生きる事を至上とするならば
どうして、食べる事のあかしを否定するのでしょう。
懸命にもがく、この大海原を
どうして、糧も無しに泳ぎ切れるというのでしょう
それは、余暇を持つ者の運命なのかも知れません。 私たちの渇きは、斯様にも縋り付いて離さない。
満ち足りる事のない渇きが、執拗に
何処どこまでも離さない。
ならば、共に受け入れる事が肝要でしょうか
恒久的な価値のない、この多様な空の下で
痩せこけてしまった君よ
芽吹くその日まで。 千歌「……」
美渡「いや〜、てっきり全部食べたもんだと思ってたけど」
志満「取り忘れてたのねぇ」
美渡「まぁ、あんだけ食べたら、そりゃ一個くらい見逃すよ」
志満「去年は豊作だったから、ご近所の方からも沢山貰えたものねぇ」
美渡「……それにしても、あはは」
美渡「もうコレ、完全にシワシワじゃん」
「こんなん、ミカンじゃないよ」 千歌「……」
志満「千歌ちゃん」
志満「勿体ないけど、それは調理場のゴミ箱に捨てて来てくれる?」
美渡「ダッシュでな!」
千歌「……」
ギュムッ!
美渡「ぃいいっ!!?!?」
千歌「ッ」バッ
志満「!」
タッタッタッタッ…… 美渡「なんだぁああっ!!?!?」
志満「美渡。声」
美渡「いやっ!アイツが私の足踏んづけたから──」
志満「お客さん」
美渡「!」
美渡「あ、あははっ、どうもすみませぇ〜ん」
志満「騒がしくてごめんなさいねぇ」 美渡「〜っ」
志満「……それとね」
志満「あんまり、千歌ちゃんにいじわるしたら駄目よ?」
美渡「だからアイツが」
志満「……」
美渡「うっ」
美渡「……はいはい、分かりましたよぉ」
志満「はい、は一回」
美渡「はぁ〜い」 「ハァッ、ハァッ、はぁ……っ」
千歌「ッッッ」ハァ ハァ
千歌「っ」
千歌「……美渡ねぇのバカ」
千歌「ホント、でりかしーの欠片もないんだからさ!」
千歌「酷いこと言うよ、まったく」
千歌「ホントにさ……」
千歌「……」 多くの仲間たちを、その頭上に見送ってきた
数ある者たちの中、ただ一人残された存在
それが、君だったのだ。
果たすべき本懐を、無惨にも散らされた
そんな仲間たちを尻目に
一人、君は残った。 千歌「……」
或いは、今此処で土の中に埋めてしまえば
君の本懐は、果たされるのかも知れない。
正しく、そうで有ろうとする遺伝子
その本懐を、果たす事が出来るのかも知れない
……きっと、そうなのだろう。 それとも、いつか巡り巡って
君はまた、私の元へと帰ってしまうのだろうか
君を育んだ、母なる樹木は
それを、望んでいるのだろうか。
千歌「……」
千歌「……」 ならば、
今ここに、未完の物語を閉じよう。
痩せこけた
酷く、痩せこけてしまった君
がらんどうの箱。その中へ一人残された
憐れなる果実。 この、愚かな私を
身勝手極まる、こんな私を
どうか
どうか、赦さないでくれ
後へ続く私を
先へ行く君よ。 千歌「……」
千歌「……」
千歌「……っ」
千歌「……」
千歌「美味しいよ」
【終】 食べ物じゃないけどしまわれたままのグッズを思い出してしまった
少しは飾るか ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています