彼方ちゃんは告らせたい QU4RTZたちの友チョコ頭脳戦
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『今日は休んじゃってごめんなさい。熱も下がったから明日は学校行けると思う』
冬の盛りのわりに、ずいぶんと春めいている二月十一日。
お皿洗いを遥ちゃんに任せて、お風呂上がりの夜八時。
いつものぴろんという音にスマホをのぞき込むと、そこには璃奈ちゃんのメッセージが表示されていた。
風邪でお休みした大切な後輩の無事を知らせる連絡に、慌ててロックを解除する。
『よかったー、りなりーが無事で。明日元気に会おうね!』
『そうそう。璃奈ちゃんがいないとやっぱり何か欠けてる気がしちゃうんだよね。みんなバラバラっていうけど、深いところで心はつながってるからさ」
既読は三。
真っ先に反応した愛ちゃんと、今夜もイケメン発言の侑ちゃん。
彼方ちゃんもなにか言おうとして文字を打ちはじめるけれど、それが終わるよりも先に璃奈ちゃんの発言が表示されてしまう。
『私も明日は絶対行きたい。友達にチョコを渡すのはじめてだから、ずっと楽しみにしてたんだ』
「えっ」
けれど彼方ちゃんはその台詞を目にして、文字を打つよりも先に声が出てしまった。
それはもちろん、璃奈ちゃんの台詞が予想外だったから。
それからこっちの方が大事なのだけれど、その言葉の意味に気付いてしまったから。
そう。
璃奈ちゃんに恋人がいたなんて話は聞いたことがないから、友達にあげるのが初めてということは、つまりは生まれてはじめてのバレンタインチョコということになる。 「そんなの、絶対欲しいじゃん……」
ずっと可愛がってる後輩の、生まれてはじめてのチョコレート。
いつもの無表情で、だけど彼方ちゃんたちにだけは伝わる緊張と照れが混じった可愛らしい仕草で、それを渡しに来てくれたなら。
「幸せ過ぎて、死ぬかもしれない……」
想像して身震いして、それから心の中で決心を固める。
男は最初の男になりたがり、女は最後の女になりたがる――なんて言葉を恋愛の格言として見かけたことがあるけれど、男も女も同じ人間。
女の子だって、好きな人との初めて≠ヘいくらだってほしい。
それは別にチョコレートに限らず、極端なことを言えば学校をさぼるとかキャッチボールをするとか、そんな些細なことでもいいのだ。
だけどバレンタインなんて特別なイベントでそれが叶ったなら、きっと幸せが一か月は止まらないだろう。
「欲しいな。璃奈ちゃんのチョコ」
できれば彼方ちゃんが一番最初に。
「なんとかしてもらえないかな」
催促するんじゃなく、璃奈ちゃんから渡してもらうかたちで。
思わず本音を口にしながらそんなことを考えていると、いつのまにか既読が四に増えていた。 【近江家 2月11日夜8時】
璃奈『今日は休んじゃってごめんなさい。熱も下がったから明日は学校行けると思う』
冬の盛りのわりに、ずいぶんと春めいている二月十一日。
お皿洗いを遥ちゃんに任せて、お風呂上がりの夜八時。
いつものぴろんという音にスマホをのぞき込むと、そこには璃奈ちゃんのメッセージが表示されていた。
風邪でお休みした大切な後輩の無事を知らせる連絡に、慌ててロックを解除する。
愛『よかったー、りなりーが無事で。明日元気に会おうね!』
侑『そうそう。璃奈ちゃんがいないとやっぱり何か欠けてる気がしちゃうんだよね。みんなバラバラっていうけど、深いところで心はつながってるからさ」
既読は三。
真っ先に反応した愛ちゃんと、今夜もイケメン発言の侑ちゃん。
彼方ちゃんもなにか言おうとして文字を打ちはじめるけれど、それが終わるよりも先に璃奈ちゃんの発言が表示されてしまう。 連投避けしてるうちに先に他所に投げたのを貼ってくれてる人がいるみたいですね
止めておいた方がいいのかな ずっと可愛がってる後輩の、生まれてはじめてのチョコレート。
いつもの無表情で、だけど彼方ちゃんたちにだけは伝わる緊張と照れが混じった可愛らしい仕草で、それを渡しに来てくれたなら。
「幸せ過ぎて、死ぬかもしれない……」
想像して身震いして、それから心の中で決心を固める。
男は最初の男になりたがり、女は最後の女になりたがる――なんて言葉を恋愛の格言として見かけたことがあるけれど、男も女も同じ人間。
女の子だって、好きな人との初めて≠ヘいくらだってほしい。
それは別にチョコレートに限らず、極端なことを言えば学校をさぼるとかキャッチボールをするとか、そんな些細なことでもいいのだ。
だけどバレンタインなんて特別なイベントでそれが叶ったなら、きっと幸せが一か月は止まらないだろう。
「欲しいな。璃奈ちゃんのチョコ」
できれば彼方ちゃんが一番最初に。
「なんとかしてもらえないかな」
催促するんじゃなく、璃奈ちゃんから渡してもらうかたちで。
思わず本音を口にしながらそんなことを考えていると、いつのまにか既読が四に増えていた。 『ダメだよりな子。来たらダメ。風邪は治りかけが一番肝心なんだから』
『そうだよ璃奈ちゃん。スイスならあと二日は絶対安静にさせるよ!』
それから表示されたのは、かすみちゃんとエマちゃんの強めの言葉。
『でも……』
未練がある様子の璃奈ちゃんが弱々しく何か言おうとしているけれど、彼方ちゃんは今度こそ璃奈ちゃんに先を越されないようものすごい速さで指を動かした。
『大丈夫だよ〜。バレンタインは毎年あるし、なにより璃奈ちゃんを待ってる人たちはどこにも逃げないから。ゆっくり身体を休めて、学校に来るのは月曜日からでもいいんじゃないかな〜』
『彼方さん……』
『さっすが彼方先輩! 良いこと言いますね!』
『そうだねー。私もそう思うなー』
彼方ちゃんのダメ押しに光速で賛同してくるのは、やっぱりかすみちゃんとエマちゃん。
さっきのエマちゃんの「あと二日は絶対安静」っていう言葉でぴんときたけれど、QU4RTZのメンバーはどうやら彼方ちゃんと同じことを考えてるみたいだった。
なぜなら日曜日は、元々ユニット別で新曲のダンスを考えてみようって話になっていたから。
もし今ここで説得を出来たなら、彼方ちゃんたちだけはバレンタインデー当日に璃奈ちゃんに会えるから。
ライバルを一気に二人にまで減らせるという計算だ。 『わかった。みんながそう言ってくれるなら、ちゃんと休むことにする。ほんと言うと、まだちょっとだけダルさが残ってるんだ』
『身体のことが一番だからね。璃奈ちゃんが元気になってくれるのが一番。彼方さんが言った通り、私たちは待ってるから大丈夫だよ』
『侑さん、ありがとう』
『りなりー。今日は夜更かししないで早く寝るんだぞー』
『うん。愛さんも、心配してくれてありがとう』
そんなやりとりを横目で見ながら、私悪い子だなっていうちょっとした良心の呵責と、それなのに心が弾んでしまっている自分を自覚する。
よし、っていうかすみちゃんとエマちゃんの短い呟きが、夜空を通じて彼方ちゃんのところにまで聞こえた気がした。
だけどもしかしたら、それは自分の独り言だったのかもしれない。
「お姉ちゃん、何が良かったの?」
「ん〜、なんでもないよ〜?」
きょとんとしている遥ちゃんの頭を優しく撫でながらスマホを置いて、私は今夜分の参考書を机に広げた。
だけど胸に浮かんでいたのは、全然別の問題集。
ほんの一秒でもいい。
どうやったらかすみちゃんやエマちゃんよりも先に、璃奈ちゃんからチョコレートをもらうことができるんだろう。
そんな答えの出ない難問が、ただ頭の中をぐるぐるしていた。 日曜日。
璃奈ちゃんのマンションに到着したのは三人同時。
抜け駆けを防止するために、あらかじめ私とエマちゃんとかすみちゃんで待ち合わせをしてから向かったからだ。
「それでサビのところは、歌詞の通りすっごくお洒落でかわいく見えるようにしたい。こんなふうに――」
二日間家に籠っていて暇だったらしい璃奈ちゃんは、いつもよりずっと沢山ダンスについて考えてきてくれたみたいだった。
小さな身体をいっぱい伸ばしたり縮めたりしながら、一生懸命その成果を彼方ちゃんたちに伝えてきてくれる。
「かわいい〜。いいんじゃないかな。私は璃奈ちゃんの案に賛成」
「ええ〜。エマ先輩、可愛さの表現ならぜ〜ったいかすみんが考えたやつの方が可愛いですよっ。見ててくださいよ、まずこうやって腰をくねって、それからですね――」
「う〜ん。かすみちゃんのも可愛いねえ。彼方ちゃん、どっちも選べないな〜」
そのおかげもあって打ち合わせは白熱し、気がついたらもう二時間も璃奈ちゃんのお部屋で話し込んでいたみたいだった。
「――じゃあサビのところは、もう一回だけみんなで持ち帰って考えてみることにしよっか。なにも今日全部決めなきゃいけないわけじゃないからねえ」
「そうだね〜。でもそれ以外の部分はほとんど決まったようなものだし、いいペースなんじゃないかな」
「お二人がそう言うなら……でも次はりな子も思わずかすみちゃんのがいい!って言っちゃうくらいの考えてきますからね」
「私も。私も、かすみちゃんが私のを選んでくれるくらいのを考えたい。璃奈ちゃんボード『メラメラ』」
「ふふ〜ん、勝負だねりな子」
勘違いして欲しくないのは、彼方ちゃんたちは今日もいつもの仲良しで、当たり前だけど全員分のチョコだって作って持ってきているということ。
だけどそれとはちょっとだけ別のところで、はじめて≠フ魔力に憑りつかれてしまっただけなのだ。 「そうだ璃奈ちゃん。ちょっとお手洗い借りてもいいかな〜?」
「もちろん。彼方さん、場所わかる?」
「それなら彼方先輩。かすみんが一緒についていってあげますよ。ちょうど手を洗いたいなって思ってたとこですし、りな子の家はもうかすみんの庭みたいなもんですからー」
「あ、それなら私もついていこうかな?」
「う、うん。みんないってらっしゃい」
そう言って不思議そうな態度で手を振る璃奈ちゃんに見送られながら、彼方ちゃんたちは部屋を出てお手洗いに向かった。
といってもみんなで用を足したかった訳じゃもちろんない。
これから今日の本番がはじまるにあたって、ルールを再確認しておくためだ。
「まず、自分からチョコを渡すのは無しですからね。りな子のことだから、すぐに渡し返してくれるに決まってます」
かすみちゃんが小声で大前提を口にする。
「もちろん。それからチョコっていう言葉を出すのも禁止でいいと思う」
「そうだね〜。あくまで自然の成り行きで、璃奈ちゃんからファーストチョコをもらいたいわけだし」
「大体考えてることは一緒みたいで安心しました。じゃあ今言ったこと以外の部分でアピールを――はっ」
「え、どうしたのかすみちゃん?」
「え、エマちゃん見て。リビングに――」 びっくりして固まったかすみちゃんの視線の先を追うと、そこには真っ赤なリボンで包まれた大きなハートのチョコレートがひとつ。
初めてと言うだけあって、璃奈ちゃんの気合いの入りようがめちゃくちゃ伝わってくる特大の愛のしるし。
あれが今から、彼方ちゃんたちのうちの誰かに手渡されるのだ。
「「り、璃奈ちゃん!」」
「りな子ー!」
居ても立っても居られなくなった彼方ちゃんたちは、大慌てで回れ右して璃奈ちゃんの部屋に戻った。
「え、え? みんな、どうしたの……? 嫌じゃないけど、恥ずかしい……」
それから彼方ちゃんが右側。
エマちゃんが左側。
最後にかすみちゃんが背後から璃奈ちゃんを抱きしめて、限界突破した思いの丈を無言で発散させる。
「なんだか今日は、みんなちょっと変……?」
訳も分からず困惑している璃奈ちゃんには悪いけれど、それもあと少しの辛抱だ。
なぜならもう既に事態は動き出している。
「ん、んんっ。ちょっと先走り過ぎましたかね」
「そうだね。一旦落ち着こうか」
「ごめんね璃奈ちゃん。これはなんでもないからね〜」
どう見てもなんでもない訳がない。
けれどあえて何も聞かずにいてくれる璃奈ちゃんの性格に甘えながら、彼方ちゃんたちは璃奈ちゃんから離れて座り直した。
言ってみれば、今までのはただの舞台作りと前哨戦。
彼方ちゃんたちの戦いは、今まさに始まろうとしていた。 「あ、そうだ。話し合いが終わったんだったら、私みんなに用意してたものが――」
「ちょっと待ったりな子」
「どうしたの、かすみちゃん?」
「そのね、一回ちゃんと言っておきたかったんだけど――いつもありがと」
「えっ?」
真っ先に切り込んでいったのはかすみちゃんだった。
それはまったくもって直球の攻め方で、シンプルに璃奈ちゃんの好感度を上げに来ているみたいだった。
だけど。
「あー、違うや。伝えたかったのはこんなんじゃなくて。うん――」
軽く首を振って気を取り直すようにして、それから真っすぐに璃奈ちゃんを見つめて。
「りな子に会えて良かった。大好きだよ」
変な演技や照れ隠しとかも無しで。
「いつもすっごく可愛いMVとか作ってくれるりな子が好き」
「楽なことばっかりじゃないのに、一生懸命アイドルの練習頑張ってるりな子を尊敬してる」
「まだ会ったばっかりだけど、これからもっともお〜っと仲良くなれるって信じてる」
かすみちゃんは耳まで苺みたいな色に染めながら、それでも思っていることを真っすぐに璃奈ちゃんに向けて囁いた。
「あわ、あわ。わわわわわ」
璃奈ちゃんはそんな不意打ちに大ダメージを受けて、何も言えなくなってしまっている。
「きゃ、キャラ変だとぉ!?」
「やるね、かすみちゃん」
彼方ちゃんたちのツッコミすら、璃奈ちゃんの耳には届いていないみたいだ。
とはいえかすみちゃんも内心で恥ずかしさを我慢しているのか、そこで攻撃の手を一度止めて精神力の回復をはかっているみたいだった。 けれどそれもそのはず。
かすみちゃんと言えば少しだけツンツンしたところのある性格から滲み出る、無敵の可愛さが特徴の女の子。
けれど今回は、そのツンをまったく取っ払っての殴り合いに打って出た。
なぜならこの勝負。
ほんのわずかな差が大きな結果の違いを呼ぶ。
彼方ちゃんたちと璃奈ちゃんの関係が良好なのは今さら言うまでもないから、スタートラインはほぼ一緒。
だとすると、一ミリでもライバルより前に行くためには、璃奈ちゃんが無意識にでもチョコを渡しにくくなるような要素は極力排除していくしかない。
かすみちゃんはきっと、自分の特徴であるツンがそれに当たると判断したのだ。
だからあんなにもノーガード。
自分にもダメージが跳ね返ってくることをわかった上で、完全にノーガードのまま璃奈ちゃんに特攻していったのだ。
「そ、そこまでして――」
「その覚悟、見届けたよ――」
ライバルだというのに、かすみちゃんの覚悟は気高くて、彼方ちゃんたちはもうちょっとでかすみちゃんを抱きしめてしまうところだった。
けれどかすみちゃんは目でそれを制して、更なる追加攻撃を狙っているらしい。
大きく息を吸って、それからまた璃奈ちゃんへの言葉を囁こうと璃奈ちゃんの瞳をまっすぐ見つめる。
けれどそのとき―― 『ぐぅ〜〜〜っ』
彼方ちゃんのすぐ隣から、そんな大きな音が聞こえてきた。
「あ、あはは。恥ずかしいなあ〜。聞こえちゃった……?」
びっくりしてそっちを見ると、手を頬っぺたにあてて恥ずかしがっている可愛いエマちゃんの姿。
「エマさん。お腹、すいてるの……?」
そして璃奈ちゃんが心配そうにエマちゃんの顔を覗き込んだ瞬間、彼方ちゃんとかすみちゃんはすべてを理解した。
「まさか――エマ先輩」
「一体いつから、そんな状態で――」
そう。
覚悟という意味でならエマちゃんも負けていなかった。
エマちゃんはとってもよく周りを見てる女の子だけど、それをするにはまず自分に余裕がないといけない。
だからいつもならこんな何でもない場面で、ホストファミリーに気を使わせるような失態はきっと犯さない。
それを抑えてからこの現象を眺めてみれば、エマちゃんの作戦は自然と見えてくる。
つまりエマちゃんは。
璃奈ちゃんが無意識に真っ先に自分にチョコを渡したくなるために。
本当にそれだけのために。
たぶん今日はまだ、何も食べていないのだ。
言うまでもなく、人前でお腹を鳴らすことは恥ずかしい。
まして狙った通りに腹の虫が鳴いてくれるかなんてわからない。
それでもエマちゃんは、そんな乙女のプライドをかなぐり捨ててでも、今日という日を獲りに来ているのだ。
「エマ先輩……」
「エマちゃん」
彼方ちゃんとかすみちゃんは、思わずエマちゃんの手に自分の手を重ね、その尊い行動に敬意を払った。
攻撃の手を中断させられたかすみちゃんも、この行いを見せられては何も言えないみたいだった。
だけどこの先はない。
チョコレートとか、何か食べたいなんて台詞は、彼方ちゃんたちの口から言うわけにはいかない。
だから今度は彼方ちゃんのターンなのだ。 「え、ええと……」
だけどキャラ変、飯抜きという二人の覚悟に比べると、彼方ちゃんは全然大したことを考えていなかった。
というより、考えつくことができなかった。
昨日ベッドに入ったときからずっとず〜っと考えているのに、私は二人ほど有効な手段をとうとう思いつけずにここまで来てしまっていた。
「うう、彼方ちゃんは、その……」
土壇場になれば何か浮かぶかもなんて期待もあったけれど、二人の覚悟に気圧されてそれも望み薄。
「うう〜ん、もう……だめ……きゅう……」
それでも璃奈ちゃんの初チョコは絶対に譲れないと、人生で一番っていうくらいに頭を回転させていたら、ちょうどそこで限界が来たみたいだった。
オーバーヒート。
少し休憩しないと、もう何も考えられない。
「大変。彼方さん、大丈夫?」
璃奈ちゃんがそう言って、小さくてひんやりした手をおでこに当ててくれるけれど、彼方ちゃんはうっすらと目を開けることくらいしかできない。
「平気だよ〜。でもちょっと昨日から悶々――じゃなかった、考え事しててね。あんまり眠れなかったんだ〜……」
「そうなんだ。そうだ、疲れてるときには糖分がいいって聞いたことがある!」
「はっ、彼方先輩まさか――」
「いつも以上に寝不足で来ることによって、璃奈ちゃんから自然にその言葉を引き出した――?」
「待ってて彼方さん。すぐ持ってくるから――」
「ストップ、りな子!」
「え……どうして?」
「彼方先輩の生き様、しっかり見せてもらいましたよ。だけどこんな中途半端な状態じゃプライドが許さない。そうですよね、お二人とも」
「そうだね〜。まだ決着がついた気がしないもんね」
「よく言ったねかすみちゃん。彼方ちゃん。次こそは完璧な答えを出して勝っちゃうからね〜」
「何を言ってるの……? やっぱり今日のみんな、変……」
璃奈ちゃんを置いてきぼりにしたまま、私たち三人はふっと小さく笑みを交わしあった。 彼方ちゃんのは結果論でほぼ偶然だったけれど、想いの強さだけはライバルにも伝わっただろう。
だからこその引き分け。
勝者はまだ決まっていない。
つまり戦いは、まだ終わってはいないのだ。
「でもでも、今月りな子と一緒にいた一番時間が長いのはかすみんですよっ」
「それは学年が一緒だからフェアじゃないよ〜。それよりも最近ずっと一緒に練習前のストレッチやってるのは私とだもんね」
「待って待って。練習はみんなでやって当たり前。それよりもお休みの日とかにおしゃべりした時間とかを見た方がいいと思うな〜。その点彼方ちゃんはこの前璃奈ちゃんとお泊りしたもんね」
「そんなこと言ったらお泊り回数はかすみんが一番多いんですけど?」
「ず、ずるいよ。寮組は規則でお泊りとか結構難しいんだからね」
といっても。
早々にメインウェポンを使い切ってしまった彼方ちゃんたちに残されているのは、ちょっとした優位を口々に言いあうという子供じみた方法だけ。
一緒にランチを食べたこと。
お休みの日におでかけしたこと。
夜遅くまで通話して笑いあったこと。
勉強を教えてもらったこと。
一緒にゲームをやったこと。
ほつれていたカーディガンを縫ってあげたこと。
「あ、あのぉ……」
途中からはもうただただ璃奈ちゃんとの思い出の数を競うみたいな言い争いになっちゃって、脇で聞いているだけの璃奈ちゃんはそのたびにもじもじして赤くなっていた。
「も、もう。お茶淹れてくるね……」
そう言って璃奈ちゃんが出ていってしまっても、彼方ちゃんたちは止まらない。
ここまでくると、完全に意地の張り合いだった。
「一月に璃奈ちゃん言ってくれたもん! やっぱりエマ先輩の膝枕が一番落ち着くって!」
「むむむちょっと待ったエマちゃん。お昼寝環境に関して彼方ちゃんの先を行くのはギルティだぜ〜?」
「そもそもりな子と一緒に寝落ちした回数はかすみんがですね――」
一回璃奈ちゃんがティーポットを持って帰ってきても勢いは衰えない。
というよりむしろ加速していく。
「ええ……まだその話してるの……?」
「もちろん!」
「当たり前だよね」
「ていうかエマ先輩も彼方先輩もいいんですか〜? チョコづくりのために自分でも試食いっぱいして、そろそろ体重が気になりはじめる時期なんじゃ〜?」
「まさか、ここに来てその禁句中の禁句を――!」
「くっ、でもそれはかすみちゃんにだってダメージがいくはず!」
「ふふーん。かすみんも無傷じゃすみませんが、この中じゃ一番軽いのはどう見てもかすみんですからね。傷は浅いんですっ」
「ぬぬぬぬぬ――いや、それでもいいよ。どんとこいだよ!」
「えっ?」
「そうだよ。彼方ちゃんの言うとおりだよ。初めてをもらえるなら、体重計なんて怖くないもん!」
「よく言ったよエマちゃん。ダイエット、頑張ろうね!」
けれど神様も、そろそろ決着をつけるべきだと言っているようだった。 「もういいよ……次の準備してくるから……」
少し元気のない声で、璃奈ちゃんがそう口にしたのが最後の合図。
お茶を淹れてから、もう一度キッチンに向かうというのは、いよいよ本命のチョコを取ってくるという宣言に他ならない。
「――っ、それって!」
「私の話してくれるのはいいけど、恥ずかしくっておしゃべりに参加できないのは、ちょっとさびしい。お菓子食べて、元通りになってくれたらいいな……」
「璃奈ちゃん……」
去り際にぽつりと漏らした言葉は、きっと正直な璃奈ちゃんの気持ちに違いなかった。
けれどこれだけアピールしたんだから、彼方ちゃんたちの気持ちも十分伝わったに違いない。
やるべきことはやった。
あとは璃奈ちゃんに委ねるだけだ。
三人同じ気持ちで目配せをしあい、固唾を飲んでドアを見つめていると、しばらくしてこつこつという小さな足音が聞こえてきた。
近づいてくる。
心臓の音がうるさくて、ちょっとだけくらくらする。
どうしてこんなに緊張しているのか自分でも不思議で、そんなことを考えているうちに足音はドアの前で止まった。
「あ、開けてほしいかも」
璃奈ちゃんの声。
かすみちゃんが立ち上がり、恐る恐るといったふうでドアを開ける。
中から入ってきた璃奈ちゃんが手にしていたのは――
「お、お……?」
「お?」
璃奈ちゃんが可愛らいく小首をかしげる。
けれど彼方ちゃんたちは、もうそれどころじゃない。
だって璃奈ちゃんが持っていたのは。
「おっきな――」
「ホールの――」
「チョコレート……ケーキ……」
「あ、うん。これなら切り分けて食べやすいかなって。頑張って作ってみたんだけど――って、ええ……? どうしてみんな床に倒れてるの……?」 レス番飛びまくってるんだがこれ乗っ取り荒らしが暴れてるのかこれ 「……私に内緒で、そんなこと考えてたんだ」
「うん。ごめんね、本人そっちのけで勝手に盛り上がっちゃって……」
「悪くはないけど、ちょっと寂しかった……」
「かっ、かすみんにあれだけ情熱的な言葉をもらったんだから、トータルではりな子の方が得してるでしょっ。かすみんはみんなのかすみんなのに、さっきだけとはいえあれだけりな子を特別扱いしたんだからね」
「うん、それはたしかに」
璃奈ちゃんのケーキを切り分けて、それからポットからお茶を注いで。
引き分けに終わった対決に毒気を抜かれた彼方ちゃんたちは、正直に璃奈ちゃんに全部打ち明けた。
初めてのチョコレートが欲しくて暴走していたこと。
別に喧嘩していたわけでもないし、まして璃奈ちゃんを仲間外れにしていたわけでもないこと。
それから、さっき口にした言葉が全部本心だということも。
けれどそこまで話したところで、エマちゃんがとても大切なことを思い出した。
「あれ、でもそれじゃあリビングに置いてあったハートのチョコは?」
「り、りな子まさか、私たち以外に本命が――?」
「だ、ダメだよ〜璃奈ちゃん。絶対にダメ。そういうのはちゃんと私たちの審査を受けて、認められるような人じゃなきゃ。璃奈ちゃんを預けるなんて――璃奈ちゃんが他の誰かのものになんて――うわあああん」
頭によぎったのは、璃奈ちゃんに恋人が出来て離れていてしまった後の同好会の様子。
いつも璃奈ちゃんがいて、たまに私と一緒にお昼寝もしていたソファが、完全に彼方ちゃん一人の場所になってしまった未来のこと。
それを考えたら急に悲しくなってしまって、彼方ちゃんの目からは知らないうちに涙がこぼれていた。 「ち、ちがうから。あれは、親にあげる分。忙しくてなかなか会えないけど、毎年ああやってリビングに置いて渡してるんだ」
大慌てで璃奈ちゃんが種明かしをしてくれる。
そう言えばそうだ。
璃奈ちゃんは友達にチョコをあげるのが初めてと言っただけで、誰かにチョコをあげたことがないとは一言も言っていなかった。
つまりなにもかも、彼方ちゃんたちの独り相撲だったというわけだ。
「そ、そっか。良かった、彼方ちゃんもうちょっとで泣いちゃうところだったよ〜」
「彼方先輩とっくに顔ぼろぼろですけど、まだそれ以上があったんですか?」
「こ、これはお茶が顔にかかっただけだもん」
「大火傷じゃないですか」
「まあまあ。今日火傷しちゃったのは私たち全員みたいなものだし。それでいいよね、かすみちゃん?」
「エマ先輩にそう言われたらダメとは言えませんけど。あっ、ていうか一人だけ無傷のずるい子がいるじゃないですか!」
「それって、私のこと……?」
「当たり前でしょー。りな子だけ言われるばっかで、全然美味しい役回りじゃん。早くかすみんにも好きだよって言って!」
「うん。かすみちゃん、好き」
「……よく考えたら、りな子はいつもこんな感じだったね」
「エマさんも彼方さんも、好き」
「ありがと〜。でもたしかに、これじゃいつも通りだねえ」
「それだけ素直に普段から気持ちを伝えてるってことかな」
「納得いきませんー。かすみんがどれだけ勇気を振り絞ってりな子に気持ちを伝えたと思ってるんですかー」
そう言ってかすみちゃんがエマちゃんに抱き着いて、助けを求める子供みたいにじっと顔を見つめた。
その背中に、璃奈ちゃんがいつもの調子で声をかける。
「ん、とってもうれしかった……かすみちゃん、ありがと」
「ほらー、これだもん。やっぱり私たちだけ恥ずかしい思いをしてる気がしますっ」
「ま、まあまあかすみちゃん」
彼方ちゃんも宥めてみるけれど、かすみちゃんはまだちょっと引っかかってるみたいだった。
引っかかるというより、自分と同じだけの熱意と真剣さで好きって言われたいって、恋する女の子の願いそのもののような気もしたけれど。
それを本人は自覚しているのかいないのか。
かすみちゃんはエマちゃんの腕の中から顔だけ璃奈ちゃんの方に振り向いて、恨めしそうにまた口を開いた。 「それで、りな子も何かないの。勇気を振り絞ってかすみんに言うべきこととか。無いと許さないからねっ」
「それはちょっと、言いがかりじゃないのかな〜かすみちゃん」
「そうだね〜。元はと言えば私たちが勝手にやってたことだしねえ」
「……ないこともない、かもしれない?」
「あるの?」
「あるんだ?」
だけどそこで、璃奈ちゃんは急に思い詰めたみたいな表情を見せた。
自分では顔に出せないって言うけれど、実はほんのちょっとだけど変化があるから彼方ちゃんたちにはすぐにわかる。
この様子は、とっても大切で、けれど言いにくいことを頑張って言おうとしているときのものに違いなかった。
「うん、あのね。今日は、こうやって初めてのチョコをもらってくれて本当にうれしい。だけど……」
「だけど?」
「ほんとのこと言うと……欲張りかもしれないけど……私はちょっとだけ、別のことも考えてて……」
「ああもうじれったいなあ。早く聞かせてよ、りな子」
待ちきれない様子のかすみちゃんの声。
だけど彼方ちゃんには、璃奈ちゃんが言おうとしてることがなんとなくわかる気がした。
きっとあれだ。
私も昨日考えた、あの話だ。
「その、だからね……」
「私、みんなには私の最後のチョコも受け取ってもらいたいなって。えっと、つまり……そのね。みんなと一生こうやって仲良しでいたいって、本気で思ってるんだ……は、恥ずかしい……」
つづく >>23
お前が茸全部NGにしてるだけじゃないのか >>27
茸は全部NGにしてないので今日NGした奴だと思う
ともかく>>6みる限り茸は>>1ではないだろ
>>1もよくわからんまま消えてるし自分の作品が見てもらえれば他人が貼ってもいいんだろうか >>23
ベースの話作ったあとでここで安価で好感度取ったりしてみたいなって思ってたんですが、
先にそちらの方を貼られる方がいたので静観してました
自分のやり方が拙かったと反省してます >>30
すみません続かないです
おわりがつづくに書き換えられてるだけなので 今貼ってた茸は>>1ではないということですね
乗っ取り荒らしにあってしまったのは気の毒
もし立て直すならまた読みたいです
SSは素晴らしいので気を落とさずに 続かないのかおつ
同じスレで別√も書く人もいるしこのまま安価とかやってもいいと思う ここ→pixivはともかく、pixiv→ここは何がしたいのか… 要はこっちはこっちで別のことしようと思ってたけど荒らされたってだけでしょ
>>5見る限り体裁とかも変えてるの用意してたっぽいし せっかく読もうと思ったのに全く読む気無くしたわ
すげえ不愉快 そんなことで読む気なくなるとかメンタル赤ちゃんだね ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています