侑「虹ヶ咲学園投資部？」
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
――東京都・お台場
私立中高一貫校「虹ヶ咲学園」
生徒数は各学年1,000名、都内有数のマンモス校である。
学び舎としての歴史は浅いが、その欠点を補ってなお余りある魅力で全国から優秀な学生を集めている。
東大・京大を筆頭に難関校へ多くの生徒が進学するが、学問だけにとどまらず芸術から音楽に至るまで多岐に渡って活躍する才媛も多く輩出している。
特筆すべきはその洗練された校舎の佇まいと最新鋭の教育設備――そして、学費である。
私学にも関わらず開学当初から学費は公立校と変わらない水準であり、そこには家庭環境に関わらず最高の教育を提供したいという創設者の理念が反映されている。
しかしその多額の運営費を僅かな学費の収入から賄えるはずもなく、資金がどのように工面されているのかは謎に包まれている。
教員の間では、数名の非常に優秀な生徒達が何らかの形で学園の運営に貢献しているとまことしやかに囁かれているが――。
―――
――
―
――虹ヶ咲学園
ｷｰﾝｺｰﾝｶｰﾝｺｰﾝ...
侑「ごめん歩夢、待った？」
歩夢「ううん、帰ろっか」
侑「あ、その前にちょっと寄りたいとこあるんだけどいい？」
歩夢「もちろん」
侑「ありがと！」ﾆｺｯ
歩夢「それで、どこ行くの？」
侑「スクールアイドル同好会！」
歩夢「えっ！？ あの侑ちゃん、私まだ……」
侑「私、スクールアイドルってよく知らなかったからさ、昨日帰ってから動画とかいっぱい見たんだよね」 侑「もう完全にときめいちゃった！ でもやっぱり一番は昨日のあの人！ 優木せつ菜ちゃんって言うんだって！」
侑「結構有名みたいなんだよね。神出鬼没の虹学謎のスクールアイドルって。次のライブ決まってるなら行きたいな！」
歩夢「で、でも私たちもう2年だし、2人で予備校通うって言ってたよね？ スクールアイドルなんて追っかけてる暇ないんじゃ……」
侑「問題なし！ むしろプラス！ せつ菜ちゃんの歌聴きながら勉強したらすっごく捗ったし今日の小テストもバッチリだった！」
侑「ほら、歩夢行くよ！」ﾀｯ
歩夢「あぁっ、待って！」ﾀｯ
―――
――
―
――部室棟
侑「あれぇ〜……スクールアイドル同好会の部室、どこにあるんだろう」ｳｰﾝ
歩夢「案内図には載ってないの？」
侑「うん、載ってないんだよね。ホームページの更新も止まってたし」
歩夢「じゃあどうやって……同好会だけで100以上あるらしいよ」
侑「マジか……」 侑「どうしたもんかなー、100以上あるんじゃ片っ端から見て回るわけにもいかないし」
歩夢「侑ちゃん、今日はもう帰らない？ そろそろ部活の活動時間も終わる時間だよ」
侑「うーん」
歩夢「明日また探せばいいじゃない」
侑「もうちょっとだけ探そ？ お願い、歩夢！」
歩夢「えぇ……？ 明日は英語の小テストあるんだよ、準備しなくて大丈夫なの？」
侑「それは大丈夫！ 私はせつ菜ちゃんの歌を聴きながら夜なべすればなんとかなるよ！」
歩夢「……もう、分かったよ。あと少しだけだからね？」
侑「やった！ ありがとう歩夢！」ﾊﾟｱｯ
―――
――
― 侑「ううっ、結局見つからなかった……」ｼｸｼｸ
歩夢「よしよし、侑ちゃん」ﾎﾟﾝﾎﾟﾝ
侑「ってか、この学校広すぎるよ！ 部室棟に入ってから2時間も歩いてるのにまだ全部の場所を見て回れてないんだよ！？」
歩夢「本当だよね。私もこんなに広いとは思わなかったよ」
侑「もうすっかり暗くなっちゃったし」
歩夢「だね。この辺りちょっと暗くて怖いし、もう帰ろ？」
侑「そうだね。ごめんね、付き合っちゃってもらって」
歩夢「ううん、いいよ」
侑「ありがと！ じゃ、帰ろっか。みんな帰っちゃってもう人気もなさそうだしね」
歩夢「うん」
菜々「こんなところで何をしているんですか？」
侑・歩夢「うわっ！？(ひゃっ！？)」ﾋﾞｸｯ 菜々「普通科2年、高咲侑さん、上原歩夢さん」
侑「えっ、会ったことありましたっけ？」
菜々「生徒会長たる者、全生徒の名前を覚えているのは当然です」ｸｲｯ
歩夢「生徒会長？」
菜々「中川菜々と申します」
侑「そういえば生徒集会で見た覚えがあるような……」
菜々「こんな時間にどうされたのですか？ もう部活動の時間は終了しているはずですが」
侑「あの、スクールアイドル同好会を探していて」
菜々「……」
歩夢「中川さん？」
菜々「ここにはありませんよ。スクールアイドル同好会は部室を持っていませんから」
侑「えっ、そうなんですか？」
菜々「はい。彼女達は生徒会に申請を出していませんから、公式の部室を与えられていないんです」 侑「そうだったんですね！ 中川さんはスクールアイドル同好会がどこで普段活動してるのか知ってませんか？」ｷﾗｷﾗ
菜々「知りません」ｷｯﾊﾟﾘ
侑「えっ……そうですか」ｼｭﾝ...
菜々「あ、その……お力添えできず申し訳ありません」
侑「いえいえ！ 全然大丈夫です！ こっちこそ変なこと聞いちゃってごめんなさい」
菜々「高咲さんと上原さんはスクールアイドルになりたいんですか？」
侑「いや、私はそういうつもりじゃなくて。せつ菜ちゃんの歌を聴いてたら、夢を追いかけてる人を応援できたら私も何かが始まる……そんな気がして」
菜々「……！」
歩夢「……」
歩夢「私も優木さんのライブを見て感動しました。けど、今回は侑ちゃんの付き添いで……アイドルになりたいとか、そういうんじゃ」
菜々「なっ、なるほど、そうなのですね」
菜々「その……優木さん、お二人の感想を聞いたらすごく喜ぶと思いますよ」 侑「えっ！？ 中川さん、せつ菜ちゃんと知り合いなんですか！？」
菜々「えっ、いやあの……まあ、ちょっとした縁があって」
侑「すっ、すごい！ 誰もせつ菜ちゃんの素性を知らないと思ってたのに……。あの、せつ菜ちゃんに会わせてもらうことってできませんか！？」
菜々「それはできません。その……彼女はとても忙しいですから」
侑「そう、ですよね……」ｼｭﾝ...
歩夢「侑ちゃん、またライブに行けば会えるよ」
侑「そうだけど……」
菜々「……」
侑「うん、そうだね、歩夢。中川さんも、無理言っちゃってごめんなさい」
菜々「いえ、高咲さんが謝ることではありませんよ」
侑「ありがとうございます。歩夢、帰ろっか。中川さんも気をつけてね」
菜々「はい、ありがとうございます」
歩夢「じゃあ行こっか。またね、中川さん」
菜々「はい、また」ﾆｺｯ
侑「またね！」 ―――
――
―
歩夢「同好会、残念だったね」
侑「でも、この学園のどこかで活動してるって分かっただけでも大きな収穫だよ！」
歩夢「そうだね。明日は他のところ探してみる？」
侑「いいの！？」
歩夢「うん。私も同好会にどんな子がいるのかちょっと気になるし、侑ちゃんに付き合うよ」
侑「わぁっ！ やった、歩夢大好きっ！」ﾀﾞｷｯ
歩夢「わっ、も、もう！ 侑ちゃんったら」///
侑「あはは！ はぁ、今日は帰ったら寝るまで勉強しなきゃだなぁ」
ｷｨｯ...
ﾊﾞﾀﾝ...
歩夢「あれ……今なんかドアの音しなかった？」
侑「中川さんがどこかの部屋に入った音じゃない？」
歩夢「でもこの時間って部室棟にはもう誰もいないはずだよね」
侑「中川さんがどこかの部活か同好会に入ってて、その部室に入ったとか」 歩夢「かな。でもさっきの場所って変な同好会しかなかったよね？ あの先は行き止まりだったし、中川さんもこっちの方に戻ってくるはずだと思うんだけど」
侑「確かにそうだね。さっきの場所にある部室は……タブレットに入ってる学園のマップ見てみるよ」
歩夢「うん」
侑「ええと、マップによるとさっきの場所にあったのは『流しそうめん同好会』、『クレジットカード同好会』、『マリオカートショートカット同好会』、『爆音浴部』と空き部屋だね」
歩夢「……この学校の人達大丈夫かな」
侑「あはは、まあいろんな子がいる学校だもんね。中川さん、何の同好会に入ってるんだろ」
歩夢「真面目そうな人だったし、この中だったらクレジットカード同好会かな？」
侑「クレジットカード同好会って何するんだろ？ そもそも高校生の私たちがクレジットカード持てるんだっけ」
歩夢「うーん、どうだろう……？」
侑「ねえ歩夢、ちょっと中川さんのところ戻ってみない？ あの人が何の同好会に入ってるか気になってきちゃった」
歩夢「ええっ！？ もう帰ろうよ」
侑「ええ〜、元はと言えば歩夢が言い出したんじゃん」
歩夢「そうだっけ？」
侑「うん」
歩夢「ううん、なんか釈然としないなぁ……」
侑「ほらほら、ちょっとだけだからさ」ｷﾞｭｯ
歩夢「あっ、ちょっと！ もう！」ｸﾞｲｯ ―――
――
―
歩夢「うう……相変わらずここ暗くて私苦手だよぉ」ｷﾞｭｯ
侑「あはは、大丈夫大丈夫。私もついてるから」
侑「さて、大本命のクレジットカード同好会はっと……」ｶﾞﾁｬｯ
ｸﾞｯ...
侑「うーん、鍵かかってるかぁ」
歩夢「じゃあ隣の爆音浴部かな」ｶﾞﾁｬｯ
ｸﾞｯ...
歩夢「ここも違うみたい」
侑「マリカーのところもだめだ」ｸﾞｯ
歩夢「流しそうめんも違ったよね……とすると中川さんは」
侑「私たちが気付かない間に帰っちゃったとか？ いや、そんなはずはないよね。ちゃんと周りは見てたし」ｳｰﾝ
歩夢「あとはここだけだけど……」ｳｰﾝ
侑「でもここは空き部屋だから流石に」ｶﾞﾁｬｯ
ｶﾁｬｯ
歩夢・侑「えっ……？」
扉を開けた二人の前に現れたのは地下へと続く階段だった。
映画館の誘導灯のように階段だけが仄暗く照らされている。
侑「なにこれ……」
歩夢「ゆ、侑ちゃん。帰ろう……？ ここ、なんか怖いよ」ｷﾞｭｯ
侑「う……」ｷﾞｭｯ
侑「でもこの下に中川さんがいるかもしれないし……歩夢は気にならないの？」ﾁﾗｯ
歩夢「気になるけど、流石にこれはちょっと」ｳｰﾝ
侑「じゃ、じゃあ歩夢は外で待っててよ。私だけでも見てくるからさ」
歩夢「えっ！？ そ、それも嫌だよ！ うう……私も着いてく」
侑「ま、まあ大丈夫だよ。学校にこんな場所があるのは不思議だけどさ、それでも学校の中なんだしいざとなったら叫んで逃げよう」
歩夢「う、うん……」
二人が階段を降りた先にあったのはおよそ普通の学校の校舎とは不釣り合いな鉄の扉であり、ドアノブの横にはIDロックの機構が備え付けられている。
虹ヶ咲学園の中にはIDで紐付けられた学生証をかざさなければ開かない扉は他にもあり、機械そのものは二人にとっても見慣れたものであった。
侑「学生証……」ﾋﾟｯ
歩夢「えぇっ、侑ちゃん！」
ﾌﾞﾌﾞｰｯ!
侑「あー、やっぱりだめかぁ」 歩夢「ね、帰ろう？ もし見つかったら怒られそうだよ」
侑「う……。そうだね、とりあえず今日のところはこれで帰ろう」
歩夢「ほっ……じゃあ行こ？」
侑「うん。あ、段差。気をつけて」
歩夢「あ、うん。ありがとう侑ちゃん」ﾀｯ...
―――
――
―
――帰り道
侑「すごい学校だとは思ってたけど、まさかあんな場所まであるとはねー」ﾃｸﾃｸ
歩夢「……」
侑「歩夢？」
歩夢（侑『夢を追いかけてる人を応援できたら私も何かが始まる……そんな気がして』……『私も何かが始まる』……）
侑「歩夢ってば！」ｷﾞｭｯ
歩夢「あっ、ご、ごめん！ ちょっと考え事してて……」
侑「大丈夫？」
歩夢「ううん、全然平気。ごめんね？」
―――
――
― ぜんぜんわからない、俺たちは雰囲気で株をやっている(ドヤ ―――
――
―
――翌日 部室棟 奥
歩夢「……それで、また私たちはここにいるわけだけど」
侑「だって気になるじゃん！ この時間ならまだ暗くないしさ」
歩夢「それはそうだけど、こんな待ち伏せみたいなこと……それに、このサングラス意味ある？」
侑「潜伏捜査といったら変装でしょ」
歩夢「かえって怪しいよ！ ほら、そうめんの子たちが私たちの方チラチラみてるし……」
そうめん部員A「なんですかね、あの二人組」ﾋｿﾋｿ
部員B「ここの場所、集まってる同好会のせいで変な人集めがちだからなぁ」ﾋｿﾋｿ
部員A「うう、どうして由緒ある同好会である私たちがこんな僻地に……」ﾋｿﾋｿ
歩夢「……」ﾁﾗｯ
部員A「あっ、こっちみた！ 部室に逃げよ！」ﾋｿﾋｿ
部員B「そっ、そうだね！」ﾋｿﾋｿ
歩夢「うう……」/// 歩夢「恥ずかしいよぉ……」///
侑「歩夢、静かに！」ｼｰｯ
歩夢「もう……！ そもそも侑ちゃん、ここで待ってたとしても中川さんが来る保証なんてあるの？」
侑「きっと来るよ。今日は生徒会の活動がないことを副会長に確認済み。もし中川さんがあの部屋と関係してるなら今日は来る可能性が高い」
歩夢「どうしてこんなときに限って用意周到なの……」
侑「だって気になるじゃん。あの部屋の奥……何かトキメキを感じるんだよね」ｷﾗｷﾗ
歩夢「ときめかないよ！ あんなおどろおどろしい雰囲気の場所！」
侑「あはは……でも、なんだかんだ言って歩夢は最後まで私について来てくれるの知ってるんだから」
歩夢「調子良いこと言って……もう」ﾊｧ
ｶﾁｬｯ...
侑「誰か出てきた！」
侑・歩夢「――！！」
せつ菜「ふう、疲れましたね！ ちょっとジュースでも買いに行きましょう！」
せつ菜「〜♪」ﾃｸﾃｸ
侑「せつ菜ちゃん！？」ﾎﾞｿｯ
歩夢「ちょっ、こっ、こっち来るよ！？」
侑「にっ、逃げよう！」ﾀﾞｯ
歩夢「えぇっ！？ ま、待って！ 侑ちゃん！」ﾀﾞｯ
―――
――
―
――虹ヶ咲学園 屋外
侑・歩夢「はぁ、はぁ……」ｾﾞｰｾﾞｰ...
歩夢「はぁ、っ……。な、なんで逃げたの？」
侑「い、いやー……あまりにも突然だったし」
歩夢「侑ちゃんはせつ菜ちゃんに会いたいんじゃなかったの？」
侑「そ、そうだけどさ！ 中川さんを待ち伏せしてたらまさか優木せつ菜ちゃんが出てくるなんて予想外すぎて！」
歩夢「確かに私もびっくりしたけど」
侑「ますますあの奥の部屋が何なのか気になるなぁ……」 歩夢「中川さんと優木さん。昨日は中川さん『ちょっとした縁』なんて言ってたけど、何かありそうではあるよね」
侑「だねー。アイドル活動で忙しい優木さんをサポートする生徒会長、みたいな？」
歩夢「ちょっとありそう」
侑「ときめくシチュエーションだなぁ」ｷﾗｷﾗ
歩夢「でも、だったらこれ以上詮索しないほうが2人のためなんじゃないかな……」
侑「うーん、そうかもしれないけど、同好会には興味あるんだよね」ｳｰﾝ
歩夢「って、あれ、中川さんじゃない？」
菜々「〜♪」ﾋﾟｯ...ｺﾞﾄﾝ!
菜々「〜♪」ｽﾀｽﾀ...
侑「あ、ほんとだ。ジュース買ってったね」
歩夢「ね」
侑「うん」
歩夢「……追いかけないの？」
侑「歩夢もやっぱり気になってるんじゃん」ｼﾞﾄｰ
歩夢「うっ、あ、あはは……」
侑「じゃ、追いかけよっか！ その前に喉乾いたから私もジュース買おっと」ﾋﾟｯ
歩夢「あ、私も」ﾋﾟｯ
ｺﾞﾄﾝ!...
―――
――
―
――部室棟 奥
ﾊﾞﾀﾝ...
歩夢「やっぱり中川さん、あの部屋に入っていった……」
侑「よ、よし！ 行ってみよう！」ﾀﾞｯ
歩夢「ちょっ、侑ちゃん！？」ﾀﾞｯ
侑「今なら地下のドアが開いてるかもだからさ！」ﾀｯﾀｯ
歩夢「今度は思い切りよすぎだよ！」ﾀｯﾀｯ
ｶﾁｬｯ...
菜々「……」
侑「！？」ﾋﾞｸｯ
歩夢「ま、待って侑ちゃん！ って、あっ」ﾋﾞｸｯ
菜々「何 や っ て る ん で す か？」ｺﾞｺﾞｺﾞｺﾞ
侑「あ、あははー……ごっ」
侑・歩夢「「ごめんなさーい！！」」ﾍﾟｺｰ
菜々「はぁ……どういうことなのか、説明してもらっていいですか？」 ―――
――
―
菜々「……なるほど、あの日のあと私の音に気づいてこのドアを開けてしまったと」
侑「はい……すみませんでした」
菜々「はぁ……。まあ私も迂闊でした。お二人が帰られるのをきちんと確認してから向かうべきでしたね」
歩夢「あの、中川さん。この下には一体」
菜々「……まあ、お二人に免じて特別にご案内しましょう。ただし、絶対に他言無用ですよ！」
侑「わっ、分かった！」
歩夢「うん、誰にも言いません」
菜々「はぁ、間違いなく皆さんに怒られてしまいますね……まあ、あんなこと言われたら少し対応が甘くなってしまっても仕方ないですよね。あっ、暗いですから階段で転ばないように気をつけてくださいね」ﾃｸﾃｸ
侑・歩夢「……」ﾄﾞｷﾄﾞｷ
菜々「あの、少し驚かせてしまうかもしれませんが部屋の中ではあまり騒がないでくださいね。集中してる方や休んでる方がいらっしゃるので」
歩夢「分かりました」
侑「う、うん」
地下のドアの前に立って、学生証をかざす菜々。
ピッと音が鳴り、カチッと施錠が解除される音が響く。
菜々「入りましょう」ｶﾁｬｯ... ――とある部屋
地下のドアが開くと、オフィスのような空間があった。
オフィスといっても小洒落た家具や観葉植物もあり、堅苦しい雰囲気はなく、また広々としており10人程度であれば快適に使うことができそうだ。
部屋の手前にはソファとローテーブルがあり、3年生がクッションに抱きつくように眠っている。
その3年生のちょうど上、壁にテレビが備え付けられており、英語のニュースと思しきものが流れている。
奥には大きなテーブルがあり、パーティションで区切られた各スペースには高級そうな椅子と、そして4機連結されたモニターがそれぞれ置いてある。
全部で8席あったが、そのうち3席に生徒が座って画面を真剣に眺めて、時折キーボードを鳴らして何かの操作をしている様子が伺える。
部屋の壁には古びた書籍やファイルが所狭しと並べられており、侑と歩夢の2人には馴染みのない言葉の羅列が背表紙に載っている。
そして最も目を引くのが、部屋の奥にある、銀行の金庫室の扉のようなものである。
侑・歩夢「「何ここ……」」
菜々「高咲侑さん、上原歩夢さん」
菜々「虹ヶ咲学園 投資部へようこそ」
愛「ああっ、せっつー！ なになに！？ その子たち！」
菜々「あはは、ちょっと色々ありまして」
愛「色々って何さ〜！ 部長権限だからってここに連れてきてもいいの〜？」
菜々「それは追々説明しますよ。侑さん、歩夢さん、この人は宮下愛さん。私たちと同じ2年生です」
愛「あっ、ちょっとちょっと！ 愛さん自分でアイサツしたかったなぁ……アイだけに！」
侑「ぶふっ！？」ｸｸｸ
歩夢「せっつー？」
菜々「あっ、それはですね……」ｽｯ
眼鏡を外し、髪を結び直す菜々。
せつ菜「……」///
侑「えっ！？」
歩夢「中川さんが」
侑・歩夢「「せつ菜ちゃん(さん)だったの！？」」
せつ菜「ふふふ、絶対に秘密にして下さいね！！」
かすみ「うるさーい！！ 大引け前なんですからちょっと集中させてくださいよぉっ！」ﾑｷｰｯ しずく「うるさいのはかすみさんの方でしょ？」ｶﾁｬｶﾁｬ
かすみ「きーっ！ しず子ぉ！ 私よりちょーっとパフォーマンスが良いからって調子に乗って」ｶﾁｬｶﾁｬ
しずく「ちょっと？ せめて300億くらい乗ってからそういうこと言ってよ」ﾑｯ
かすみ「かすみんにはかすみんのペースってものがあるのっ！！」ｷｰｯ
愛「アハハ、元気だねぇ〜あの二人は。愛さんも見習ってハイテンションで行くぞ〜！ イェイ！ じゃ、また後でね」ﾀｯ
そう言い残して持ち場のデスクへと戻る愛。
侑「う、うん！」
せつ菜「騒がしくってすみませんね！」
侑「せつ菜ちゃん！」ｽｯ
せつ菜「はっ、はい！？」
侑「せつ菜ちゃんの曲、何っ回も聴いた！ 大好きだよ！ 最高！ ずっと伝えたかったんだ」
せつ菜「あっ……ありがとうございます！！ 普段は素性を隠してますから、そういうことを言われる機会がなくて……とても嬉しいです！」
せつ菜「歩夢さんも、私のライブを見て感動してくれたって……ありがとうございます」
歩夢「う、ううん！ 本当に凄いなって思いました、優木さん……でいいのかな」
せつ菜「同学年ですから、丁寧語なんて使わないでください！ 呼び方もせつ菜でいいです！」
歩夢「わ、分かった！ せつ菜ちゃん！」
侑「でもせつ菜ちゃんは丁寧語だよね？」
せつ菜「私はこっちの方が喋りやすいので！ 気にしないでください！」 ―――
――
―
かすみ「ふう……お疲れさまです！ 今日もしっかりたっぷり仕込むことができた！」
しずく「お疲れさま、かすみさん。どんなの買ったの？」
かすみ「なっ、い、言わない！ 人に聞く前に自分も手の内明かしたらどう？」
しずく「女優は謎が多い方がいいでしょ？」
愛「その理論、よくわからないなぁ〜」ｱﾊﾊ
侑「スクールアイドルの、中須かすみちゃんだよね！？」ﾋｮｺｯ
かすみ「わぁっ！？ いきなり驚かさないでくださいよ！」
侑「かすみちゃんのライブも、この間Youtubeで見たよ！ すっごい可愛かった！」
かすみ「そんなぁ〜！ そりゃあ確かにかすみんは可愛いに決まってますけどー！」///
歩夢「私はあなたのこと、どこかで見たことが……あ、そうだ！ 演劇部のポスターで」
しずく「あっ、私のこと知ってくださってるんですか？ ありがとうございます♪ 1年生の桜坂しずくと申します。よろしくお願いします」
歩夢「私は上原歩夢です。よろしくね」ﾆｺｯ
しずく「それで、せつ菜先輩。こちらのお二人は投資部の新入部員ですか？」
せつ菜「あっ、いえ！ 違います！ 紆余曲折ありまして……投資部を案内しているんです」
しずく「いいんですか？ うちのことは門外不出では……」 愛「せっつーは二人に褒められたのが嬉しくて、つい断れなかったんだよね？」ﾆﾝﾏﾘ
せつ菜「えっ！？ ど、どうしてそれを」ﾋﾞｸｯ
愛「んー、女の勘ってやつ？」
侑「それにしても、みんな難しそうなことやってて凄いなぁ！ よくよく考えたらみんなスクールアイドルだよね？ 私今すっごくときめいてる！」ｷﾗｷﾗ
せつ菜「あ、そうでした。そのことについてお話があるんです」
歩夢「スクールアイドルのこと？」
せつ菜「はい、お二人がスクールアイドル同好会に興味をもっていただいているのは知っていますが……」
侑「そうだ！ 私もそのことについて伝えたいことがあって！」
侑「私、スクールアイドル同好会に入ってみんなのこと応援させてほしいんだ！」
せつ菜「スクールアイドル同好会は存在しないんです！」
侑「えっ！？」
せつ菜「えっ！？」
歩夢「えっ、待って、侑ちゃん！？ 予備校は！？」ｱﾜｱﾜ
歩夢「って、同好会が存在しないってどういうことなの！？」ｱﾜｱﾜ 侑「どっ、どういうこと！？ でも、みんなスクールアイドルで……」ｱﾜｱﾜ
せつ菜「落ち着いてください、侑さん。今から順を追って説明しますから」
侑「う、うん……」
せつ菜「正確には、スクールアイドル同好会は表向きの姿と言うべきでしょうか……。同好会は実際には存在しないのですが、投資部の存在を隠すために私たちはスクールアイドルとして活動している、ということなんです」
せつ菜「もちろん、スクールアイドルの活動も楽しいですし、どちらが優先順位として上か下かということではなく、どちらも私たちにとって大切な活動の両輪ではあります」
せつ菜「私たちの活動に参加したいと言っていただけるのはとても嬉しいことなのですが、私たちの仲間になるということは、アイドル活動だけでなく投資もしていただくという決まりになっているんです。お二人は……投資の経験なんてないですよね？」
侑「う……」
歩夢「あの、そもそもどうして投資をしてるの？」
愛「良い質問だね、歩夢！」
せつ菜「お二人は疑問に感じたことがありませんか？ 虹学は設備や教育の質に対してあまりにも学費が安すぎる、と……」
侑「それは学園の創設者の人がお金を出してくれてるからじゃ……？」
かすみ「表向きはそうですね」
歩夢「表向き？」 せつ菜「本当は……私たち投資部が資産運用した利回りで学校を経営してるんです」
侑「資産運用？」
歩夢「利回り？」
しずく「分かりやすく言うと、私たちがこの広い土地や建物の地代・建設費、教員や警備員の皆さんの給与、支給される設備などの経費を全部稼ぎ出しているんです」
かすみ「……その説明分かりやすい？」
せつ菜「私たち投資部は虹学の設立以来、この地下室で極秘裏に投資を続けてきました。歴代の先輩方が積み上げた虹学の総資産は約3,000億」
侑「さ、さんぜん……！？ イメージが全然わかない」
せつ菜「これを年8%の利回り……つまり、3,000×0.08で240億。これを毎年の目標にしています。まあ、正確に言うと複利で積み重なるので来年はさらに大きな額になりますが」
歩夢「え、ええっ？ えっ……？」
せつ菜「この莫大なお金を運用できるだけの知識、センス……お二人には、それがありますか？」
侑「……」
歩夢「……」
愛「……ちょ、ちょっとちょっと！ せっつー、脅かしすぎじゃない？」
かすみ「かすみんは侑先輩に投資部に入ってもらいたいですけどね！」
しずく「私もお二人なら良いと思いますけど……。それに侑さんはスクールアイドルではなくてサポートをされたいんでしたよね？ 私たちの人気も高まってきている中で、マネジメントしてくださる人がいればより運用に集中できてプラスだと思います」
歩夢「ま、待って！ 私は別に同好会や投資部に入るなんて言ってないよ。それにそんな大金を扱ったりできないし、経済とか投資なんて全然知らないし……」 侑「……」ｸﾞｯ
歩夢「侑ちゃん……」
せつ菜「すみません。少しヒートアップしてしまいましたね。でも、そういう事情があるんです。分かってもらえると嬉しいですね……。スクールアイドルとしての私たちを応援することはいつでもできますし」
侑「……帰ろっか、歩夢」
歩夢「え？ で、でも侑ちゃん」
侑「いいよ、歩夢。今日は帰ろう」
歩夢「う、うん……」
侑「せつ菜ちゃん、それに他のみんなも、今日はありがとうね。私、みんながこんなに大変なことをやりながらスクールアイドルしてたなんて知らなかった。投資とスクールアイドルの両立なんて私には想像もつかないけど……頑張らなきゃなって思った」
せつ菜「……」
かすみ「侑先輩……」
しずく「……」
侑「……また学校で会ったら話しかけてもいいかな？」
せつ菜「そ、それはもちろんです！ ただ、私が優木せつ菜であることと投資部の存在は絶対に秘密にしてください」
侑「うん、分かってる」
愛「あ、あとあと！ 愛さんにも見かけたら話しかけてよ！」
侑「あはは、ありがと、愛ちゃん。それじゃあ、また」 侑「……っ」ﾀﾞｯ
歩夢「あっ、侑ちゃん！ あっ、みんな、今日はありがとね」ﾍﾟｺｯ
歩夢「ちょ、ちょっと侑ちゃん！ 待って！」ﾀﾞｯ
...ﾊﾞﾀﾝ
愛「ちょっとせっつー！ あんなに冷たい言い方しなくても良かったじゃん！」
せつ菜「……」
彼方「せつ菜ちゃん」ﾓｿｯ
かすみ「うわぁっ！？ 彼方先輩、起きてたんですか！？」
彼方「途中からねー……。せつ菜ちゃん、わざとあんな言い方して、よっぽど自信があるんだねー？」
せつ菜「分かりますか？ まあ、客観的に確率は五分五分といったところですが」
彼方「分かるよー。これでもせつ菜ちゃんの面倒を見てきた先輩だからねぇ……。じゃ彼方ちゃんは米国市場が開くまで寝てるよぉ」
愛「なになに、どういうこと？」
せつ菜「戻ってきますよ。あの二人は……きっと！」ｸﾞｯ
―――
――
― 冷静に考えると虹ヶ咲学園の土地だけでも相当な資産だよな
不動産業で利益出せそう
――ショッピングモール
歩夢「うーん、これはどう？」
侑「いまいちときめきが足りないね」
歩夢「えぇ〜？ どうしよっか？」
侑「他の店行ってみよっか」
歩夢「そうだね」
侑「そういえばこの前取り損ねたぬいぐるみさ、ネット見たらオークションに出てて……あ、歩夢これいいんじゃない？」
歩夢「えっ？」
侑「似合うと思うよ」
歩夢「えっ、ええっ……？ こんなピンクでフリフリのワンピースなんて、可愛いとは思うけど子どもっぽいって！」
侑「そうかなぁ、最近までよく着てたじゃん」
歩夢「小学生のときの話でしょ？ もうそういうのは卒業だよ」
侑「着たい服着ればいいじゃん。歩夢は何着たって可愛いよ」
歩夢「もう、またそんな……」 侑「あ、見て見て！ 幼稚園のときこんなかっこしてたよね」
歩夢「懐かしいねー」
歩夢(幼稚園)『あゆぴょんだぴょん！』
侑「可愛かったなぁ〜」ｼﾐｼﾞﾐ
侑「ねえ、ちょっとやってみてよ」
歩夢「何を？」
侑「あゆぴょん」
歩夢「やるわけないでしょ」
侑「えぇー？」
歩夢「はぁ、なんかお腹空いてきちゃった。そろそろ帰らない？」
侑「賛成だぴょん」
歩夢「ゆうぴょんの方が可愛いんじゃない？」ｸｽｯ
侑「それはないぴょん」ﾑｯ
歩夢（……少しは元気になってくれたかな）
―――
――
― >>39
いや素人には無理だよ
頑張って3パーってとこ
普通じゃ2パーくらいだよ
――帰り道
侑「……」ﾃｸﾃｸ
歩夢「……暗くなっちゃったね」ﾃｸﾃｸ
侑「うん」
侑「……」
歩夢（侑『夢を追いかけてる人を応援できたら私も何かが始まる……そんな気がして』……『私も何かが始まる』……）
歩夢（侑『「似合うと思うよ』 歩夢『えっ、ええっ……？ こんなピンクでフリフリのワンピースなんて、可愛いとは思うけど子どもっぽいって！』……）
歩夢「……」
侑「……」
歩夢「ねえ、侑ちゃん」
侑「なに？」
歩夢「私も見てたの、動画、スクールアイドルの……」
侑「……」
歩夢「せつ菜ちゃんのだけじゃなくて、たくさん。本当にすごいと思ったよ。自分の気持ちをあんなに真っ直ぐ伝えられるなんてスクールアイドルって本当にすごい」 歩夢「私もあんな風にできたらなんて素敵だろうって」
侑「……っ」ｸﾞｯ
歩夢「せつ菜ちゃんに会ったら自分の気持ちが止まらなくなりそうで怖かったの。あんなことになるなんて、ちょっと予想外だったけど……」
侑「歩夢……」
歩夢「それでも、動き始めたなら止めちゃいけない」
歩夢「我慢しちゃいけない」ｸﾞｯ
歩夢「私……好きなの！ ピンクとか可愛い服だって今でも大好きだし着てみたいって思う」
歩夢「だから見ててほしい。私、スクールアイドルやってみたい！」
歩夢「投資とか、そんなの全然分からないけど、アイドルはやってみたい」
侑「っ」
歩夢「侑ちゃんは、みんなをそばで応援したい。それで何かが始まるって、そう思ってるんでしょ？」ｷﾞｭｯ
侑「歩夢っ……！」
歩夢「私は、侑ちゃんの隣で、スクールアイドルやってみたい！ お互いのやりたいことのために、投資もしなきゃいけないってだけだと思うんだ。私たち、ここで諦める必要はないんじゃないかな。……それにいざとなったら2人でスクールアイドルしようよ」
侑「歩夢……ありがとう」
歩夢「侑ちゃん……」
侑「そうだね、歩夢の言う通りだ。私、せつ菜ちゃんに少し気圧されちゃってたけど、ありがとう。歩夢のおかげで目が覚めたよ」
侑「やろう！ スクールアイドルも！ 投資も！」ｷﾞｭｯ ―――
――
―
―翌週 部室棟 奥
侑「先週あんな別れ方しちゃったからちょっと気まずいなぁ」
歩夢「あはは……せつ菜ちゃんもちょっと酷かったよね」
侑「私たちの話、聞いてくれるといいんだけど」
歩夢「そうだね」
しずく「侑さん、歩夢さん」ｽｯ
侑・歩夢「うわっ！？（ひゃっ！？）」ﾋﾞｸｯ
歩夢「し、しずくちゃん！」
しずく「すみません、驚かせちゃいました？ お二人のことを待ってたんです。ここに来たということは投資部に用があるんですよね？」
侑「うん。せつ菜ちゃんと話がしたい」
しずく「ふふ、良かったです。では、行きましょう」ﾆｺｯ
―――
――
―
―部室
しずく「皆さん、お二人を連れてきましたよ」
愛「おぉっ、せっつーとカナちゃんの言った通りだね！」
かすみ「待ってましたぁっ、侑先輩！ それに歩夢先輩も！」
彼方「ねー？ 言った通りでしょー？」
果林「へえ、この子たちが例の……」
せつ菜「ここに来たということは、私に用があるんですよね？」
侑「うん。あのね、せつ菜ちゃん」
歩夢「……」
侑「私と歩夢を投資部に入れてほしい！」
せつ菜「なるほど……侑さんは分かりますが、歩夢さんは？」
歩夢「私は……投資に興味があるわけじゃないけど、スクールアイドルがしたいからここに来たよ」
侑「あっ、そうそう！ 私も、みんなのサポートがしたくて、ここに来たんだ」
せつ菜「しかし、私たちと一緒になるなら、投資もしなければいけませんよ。分かっていますか？」
侑「それは分かってる。だから、両方頑張るよ」
歩夢「私も同じだよ」
せつ菜「……」 せつ菜「ふう、そうですか……分かりました」
せつ菜「高咲侑さん」
侑「は、はい！」
せつ菜「上原歩夢さん」
歩夢「うん」
せつ菜「……今日からお二人は、虹ヶ咲学園投資部、そしてスクールアイドル同好会の9人目、10人目のメンバーです！」
侑「えっ！？ いっ、いいの！？」ｷﾞｭｯ
歩夢「わぁっ、やったね侑ちゃん！」ｷﾞｭｯ
せつ菜「但し！」ﾋﾞｼｯ
せつ菜「あくまでも試用期間です！ 私がお二人に課題を課します。そして、お二人がこの部に相応しいかどうか、その課題を通じて判断します！」
歩夢「課題……？」
せつ菜「お二人にここでやっていける素質があるかどうか、それを判断するための試験です。それまで正式な入部は認めませんし、それでセンスがないと私が判断すれば……諦めてください」
侑「……分かった」
歩夢「私も、分かった」 せつ菜「では早速その課題の内容ですが」
愛「ちょっと待ってよせっつー！ せっかく二人の仮入部も決まったんだしさ、改めてうちのことを紹介させてよ！」
せつ菜「ええっ！？」
かすみ「いいじゃないですかせつ菜先輩♪ 改めまして、1年の中須かすみですっ！」
歩夢「じゃあかすかすだね」ﾆｺｯ
かすみ「む゛っ゛！？ かすかすじゃなくてかすみんです！」ｷｰｯ
歩夢「中須かすみだから『かすかす』かなって……」
かすみ「もう！ 二度も言わないでください！ かすみんって散々アピールしてるんだからそれでお願いしますよー！」
侑「あははっ、よろしくね」
かすみ「これ、お近づきの印にどうぞ」ｽｯ
歩夢「コッペパン？ ありがとう」
侑「うわぁ、ちょうどお腹空いてたんだぁ〜、ありがとう！」
かすみ「そのパンはかすみんの手作りですよ」ｸﾞｯ
歩夢「へぇー、すごいね！」
しずく「ちょ、ちょっとかすみさん一人で時間使いすぎじゃないですか？」
かすみ「ふーん！」 なかなか楽しくなりそう
結構書き溜めてあるのかなもしかして しずく「もう！ 桜坂しずくです。改めてよろしくお願いしますね」
彼方「私は近江彼方。彼方ちゃん二人が来たときはずうっとすやぴしてたから挨拶が遅くなっちゃったよー……よろしくね」
果林「私はライフデザイン学科3年の朝香果林よ。はじめまして。よろしくお願いするわね？」
侑「みんな、よろしく！」ﾊﾟｱｯ
歩夢「よろしくお願いします」ﾆｺｯ
愛「ちょ、ちょちょちょ、愛さんはー！？ ってまあ、愛さんはいっか！ いっかい！ もう挨拶してるもんね！」
侑「ぶっ！？ ぷくく……」ﾌﾟﾙﾌﾟﾙ
せつ菜「あの、皆さん……二人はまだあくまで試用期間なわけですから仲良くなりすぎないように」
愛「とか言って本当は一番喜んでるくせにさー！ ってかエマっちとりなりーは？」
せつ菜「あのお二人は今日は用事で来られないそうですよ」
愛「なんだーそっかあ、残念」
せつ菜「そろそろいいですか？ 課題の説明に移っても」 侑「あっ、ごめんねせつ菜ちゃん！ それで課題って？」
せつ菜「お二人それぞれに5億円差し上げます。それで1社に投資してください」
歩夢「……へ？」
侑「……え？」
せつ菜「ですから、5億円で1社、投資してください！」
歩夢「ご、お、く、え、ん……？」ｸﾗｸﾗ
侑「えっ、5億って……いや、みんなで3,000億を投資してるっていうのはこの間聞いたけど、私たち素人だよ！？」
せつ菜「ああ、そうでした。せっかくですから5億円がどのくらいのものなのかお見せしますね！ 皆さん、宜しくお願いします！」
せつ菜がそう言うと、愛たちがテーブル脇に置かれていた大きなアタッシュケースを持ち上げた。
かすみ「お゛っも゛……」ｸﾞｸﾞｸﾞ
愛「あはは、運動しててよかったー」ｸﾞｯ
アタッシュケースがテーブルに置かれるたびに、鈍く大きな音が部屋に響いた。
部屋と女生徒たちの雰囲気にそぐわぬ、黒々とした金属製のアタッシュケースである。
テーブルに計5個のケースが並べられると、せつ菜はそれを順に開けてみせた。
侑「こ、これは……」
どのケースにも1万円札がびっしりと敷き詰められていた。
せつ菜「1つのケースに100万円の束が100個、計1億円。それが5個ですから、5億円。侑さんと歩夢さんはそれぞれこの5億円を使って1社だけに投資してください」
侑「え……これ、本物……？」
せつ菜「本物ですよ！ 気になるなら1束取って調べてみてください。一番上だけ本物とか、そういうインチキはしてませんから！」 >>45
去年S&P500連動ETFは年初来比で10%上がったから8%は余裕で達成したんだよな… 侑「……あっ、あははははははははははははははは」ﾊﾟﾗﾊﾟﾗ
愛「あー、ゆうゆおかしくなっちゃった……」
かすみ「大変です！ 歩夢先輩が泡吹いて気絶してます！」
歩夢「」ﾌﾞｸﾌﾞｸ...
しずく「……まあ、誰もが通る道ですよね。しかし5億ですか……度胸試しにしては少し額が大きいのでは？」
愛「それだけ2人に期待してるってことだよね？ せっつー！」
せつ菜「まあ、そういうことです……。それに、よほどのことがなければ価値がゼロになることはありませんし、最悪そうなっても10億くらい私がすぐ稼ぎますよ」
―――
――
―
歩夢「はっ」
しずく「あ、歩夢さん、お目覚めですか？」
歩夢「し、しずくちゃ……ここは……」
しずく「部室ですよ。5億円見て気絶しちゃったんですよ」
歩夢「あ、そっか……夢じゃなかったんだ……」
しずく「現実です」
しずく「……まだ夢から帰ってきてない人が一人いますけど」
侑「あははははははははははは！ かねもちだー！！ ゆきちー！！！ えいいちー！！！！」ﾊﾟﾗﾊﾟﾗ
歩夢「えっ……」
しずく「私も陰ながらお二人のことを応援してますね、頑張ってください♪」ｸｽｯ 5億円を1社に集中投資って時価総額が相当高い企業を選ばないと大変なことになるんじゃないの >>58
うん、毎年上がれば良いねってとこと、
そこで利確出来るならやってみそって感じだけど
経験あるなら判断つくだろうけど
(それでもある程度)
素人ができるとは思えんな テスラ NIO レーザーテック shopifyに突っ込めば当たるよな >>62
特に日本株だと一気に上がった後落ちて絶対損するよな
>>63
指数連動なんて利確するのが一番アホだろ
上がってても毎月投資して大きく下がれば余裕ある分全部行くくらいの勢いでやるものだ
素人はそのつまんないのに耐えられずに個別行って損するのさ
>>65
TSMとTSLAのTT兄弟でいいぞ
>>66
印旛はクソｗｗｗｗｗｗ 俺は凄いアピールしたい人々が集まってくるジャンルだから荒れないよう願う輪 ラ板こんな投資マンおったのか
ラ板も色んなやついるなぁ 試しにハイローやってみてセンスがないと感じた俺にタイムリーなスレ 投資って小遣い稼ぎしてるか夢見て自己破産かしかイメージ無いんだけど実際それだけで食えるくらい儲かるとかあんの？ どういう流れになるのか全く予想がつかないけど、楽しみ
璃奈ちゃんとかはくそ強そうだけど果林ちゃん大丈夫なのかね…
半年くらい前にNISA始めた
これはプロがやってるんだってことで少しくらい落ちても気にせずにいられるけど
自分で買った株だったら気が気じゃない
小心者の俺には絶対に無理な世界 ―――
――
―
侑が正気を取り戻した後、二人はせつ菜から簡単なレクチャーを受け、別れ際に赤色の分厚い冊子を受け取った。
―カフェ
歩夢「私はキャラメルマキアートで」
侑「私はこの黒糖ラテで」
歩夢「じゃあ読んでみよっか」
侑「うん。でもこの『四季報』？ って、こんなに分厚かったらとても全部読むなんて無理だね」
歩夢「せつ菜ちゃんも、雰囲気を掴むことと日本にどんな会社があるのか見てほしいって言ってたし、とりあえず読めれる分だけ読めばいいんじゃないかな」ﾊﾟﾗﾊﾟﾗ
侑「ええーっと、なになに……『上場企業3,800社を完全網羅』……3,800！？ 上場してる会社ってそんなにたくさんあるんだ……」ｳｹﾞｯ
歩夢「1ページに2つ会社が載ってるけど、3,800もあったらこの厚さも納得だね」
侑「せつ菜ちゃんってこの数字……証券コードって言うんだっけ？ 全部丸暗記してるんでしょ？」
歩夢「言ってたね」
侑「ちょっと常人離れした記憶力だよね。まあ全生徒の名前も覚えてるくらいだから証券コードも簡単なのかもしれないけどさ」
歩夢「あ、クロプラだ」ﾍﾟﾗｯ
侑「ああ、歩夢がやってるゲームの会社？」
歩夢「うん」
〜〜〜〜〜
解説
・四季報：上場企業のデータが掲載されている本。3ヶ月に1回のペース発行される。
・上場：会社の持ち主の権利である株式を取引所で売買可能にすること。
・証券コード：上場企業にそれぞれに割り当てられる4ケタの数字。
以下、企業、団体名、個人名などはその設定も含めてすべてフィクションです。 店員「お待たせしました。ご注文のキャラメルマキアートと黒糖ラテです。黒糖ラテのお客様は……」
侑「はい、私です」
歩夢「ありがとうございます」
店員「ご注文の品は以上でよろしかったでしょうか？」
歩夢「はい、ありがとうございます」
侑「んっ、黒糖ラテうまっ！」ｽﾞｽﾞｯ
侑「あ、ファーステストリテイリング」ﾍﾟﾗｯ
歩夢「知ってる会社？」
侑「え、知らないの？ ユミクロの会社だよ」
歩夢「ユミクロはユミクロって名前の会社だと思ってた」
侑「んーでも、基本知らない会社ばっかだなぁ……京都エレクトロン、ワークメン、イタリアベッド、イレイザーテック、ムーベラス、Genkey Drugstores、調理、寿スピリタス……」
歩夢「ダイナソーとか上場してないのかな？」
侑「100均の？」
歩夢「そうそう」
侑「うーん……『ダイナソー 上場』っと」ﾋﾟｯ
侑「してないっぽい」
歩夢「そうなんだ。大きい会社のイメージだけど大きかったらどこでも上場してるってわけじゃないんだね」
侑「……」ﾍﾟﾗﾍﾟﾗ
歩夢「……」ﾍﾟﾗﾍﾟﾗ
―――
――
―
―侑の部屋
侑「……」ｶﾁｶﾁｯ
侑「このPERって低かったらいいのか……？いや、そうでもないのか」ｶﾁｯ
侑「令和機械、ナブスコ、三ツ星マテリアル、静岡ホトニクス……いや、私機械とか全然詳しくないし」ﾊﾟﾗﾊﾟﾗ
侑「シェア90%ってすごいな、ほとんどこの会社の機械ってことじゃん」
侑「水晶って機械の中に使われてるんだ、へー……」
侑「……いや、全然分からん」
侑「はあ、布団行こ」
侑「……ふう」ﾊﾞﾀｯ
侑「一つだけなんて選べないよ〜！！！！」ﾉﾋﾞｰ
侑母『侑！ 何時だと思ってるの！』
侑「あっ、やば……ごめーん！」
〜〜〜〜〜
・PER：時価総額と純利益、もしくは株価と1株あたり利益の比率。例として、ある企業の時価総額3,000億円に対して純利益が450億円ならばPER15倍。平均的には15倍あたりが多く、PERの推移やライバル企業との比較によってその会社の株価が高いのか安いのかを判断する指標として使われることが多い。
―歩夢の部屋
歩夢「うーん……投資するなら、私がよく知ってる会社がいいかな」ﾍﾟﾗｯ
歩夢「知ってる会社……なんだろう、人天堂とか？ でも、株価6万5千円って、他の会社に比べると明らかに高いよね」
歩夢「ゲームの他に私が普段使ってるものってあとは……化粧品？」
歩夢「化粧品だったら華王とか姿勢堂とかかな。でも、化粧品の会社に投資するって言っても何を基準に投資したらいいんだろう」ｳｰﾝ
歩夢「せつ菜ちゃんは『安く買って高く売る』しかないって言ってたけど」
歩夢「安いとか高いとか、どうやって判断するんだろう……」
歩夢「ちょっと休憩しよう」ﾎﾟﾌｯ
歩夢「ねーサスケ、どうしたらいいと思う？」
歩夢「……」ﾂﾝﾂﾝ
歩夢「はぁ……」
壁『一つだけなんて選べないよ〜！』
歩夢「あっ、侑ちゃん……」ｸｽｯ
歩夢「ちょっと通話かけてみようかな」
―侑の部屋
〜♪
侑「んっ、歩夢だ」ﾋﾟｯ
侑「もしもし、どうかした？」
歩夢『いや、侑ちゃんの声が聞こえたから。侑ちゃんも悩んでるのかなって』
侑「あー……ごめんうるさくて。大量の会社の中から1社だけって、全然決まんなくてさ」
歩夢『私も侑ちゃんと同じ』
侑「まあ、そうだよね。歩夢は何か方針とかないの？」
歩夢『一応だけど、会社のしてる仕事をよく知ってるものを選ぼうとは思ってるかな』
侑「でもさ、それって結構選択肢限られてこない？」
歩夢『そう？ 私の生活に関連してるいろんな会社の株を検索してるけど逆に選択肢がありすぎて困ってるくらいだよ……』
侑「そんなもんかぁ」
歩夢『……ふぁ』
侑「あっ、ごめん歩夢！ 眠かった？」
歩夢『ん……ちょっと眠たくなってきちゃった』
侑「今日はいろんなことしたし私も疲れちゃったな……今日は私ももう寝るよ」
歩夢『うん、そうだね……おやすみ、侑ちゃん』
侑「うん、おやすみ」ﾋﾟｯ
―――
――
―
ﾋﾟﾋﾟﾋﾟｯ...ﾋﾟﾋﾟﾋﾟｯ...
侑「んー……うるさ」ﾋﾟｯ
侑「もう朝かぁ……んっ」ﾉﾋﾞｰ
侑「はあ、起きなきゃ」
―――
――
―
侑母「朝ごはん、もう用意できてるわよ」
侑「うん、ありがと。いただきます」
侑「あれっ、何これ？ 干物？」
侑父「ああ、会社の同僚から出張のお土産でもらったんだよ」
侑「へー、そうなんだ」ﾊﾟﾘｯ
侑「……！ うまっ！」
侑「これすごい美味しいよ！ こんな美味しい干物始めて食べたかも」ﾊﾟｸｯ
侑「これどこの魚なの？」
侑父「ほらこれパッケージ」
侑「ん」
侑「ふーん……静岡産なんだ」
侑「『沼津水産加工(株)』……あむっ」ﾓｸﾞﾓｸﾞ
―――
――
―
ﾋﾟﾛﾘﾛﾘﾛﾘﾛﾘ♪
歩夢「んっ……」ｶﾁｯ
歩夢「むぅ、お布団から出たくないな」ﾌｧｻｯ
歩夢「ふぁあ、ねむ……ログインボーナスもらわなきゃ」ﾋﾟｯ
歩夢（朝起きて一番にすることがソシャゲだなんて……）
歩夢（でも、画面の光眺めてると目が覚めてきてちょうどいいんだよね）
歩夢（あっ、しかも今日から無料10連だったよね）ﾜｸﾜｸ
歩夢（……）ｽｯ
歩夢（……）ｽｯｽｯ
ｶﾆﾎｰ!!!!!!
歩夢「ひゃっ！？ 音大きっ……」ｶﾁｶﾁｶﾁ
歩夢（目覚ましで音量最大にしてたんだった……）
歩夢「あっ」
歩夢「……これ、かも」
―――
――
― #160;
―部室
せつ菜「へえ！ 結構読み込んできたんですね、四季報！」ﾍﾟｶｰ
侑「せつ菜ちゃんに比べたら全然だけどね」
愛「それで、ゆうゆと歩夢は決めたの？ 投資する会社」ｶﾁｬｶﾁｬ
歩夢「一応、目星はつけてきたよ」
侑「私も」
歩夢「えっ、そうなの？ 昨日の夜はまだ決まってなさそうだったのに」
侑「いやね、今朝ビビっとときめく会社を見つけたんだよ」ｷﾗｷﾗ
せつ菜「お二人ともなかなかですね！ 一週間くらいかかるものと思ってましたが……それでお二人が選んだのはどこの企業なんですか？」
歩夢「私はえっと……『カニホーエンターテインメントホールディングス』に投資しようかなって」
かすみ「えっ、あのペズドラのですか？」ｶﾁｯ
歩夢「うん、そうなの」
愛「んー……どうなんだろ？ 個人的には落ち目の企業ってイメージだけど」ｳｰﾝ
せつ菜「直近の売上高は1,350億、営業利益率は13%、PERは23倍、時価総額は約2,800億。ペズドラがヒットして有名になった会社ですね。今でも売上のほとんどをペズドラと関連グッズが占めていて、他にもいくつかIPを元にしたゲームを出してますが鳴かず飛ばずですよね」
しずく「どうしてこの会社なんですか？ ペズドラの人気が落ち着くのと一緒に売上と株価も下がってるイメージです」
〜〜〜〜〜
・営業利益：企業が本業から稼いだ利益のこと。
・営業利益率：営業利益÷売上高。会社の収益性を見る際の簡単な指標。
・IP：知的財産という意味で、この文脈ではアニメや漫画などの版権。 歩夢「確かにペズドラの話はみんなの言う通りだよ。実際私ももうやってないし……。でも私が最近やってるスクステっていうゲームは結構来るんじゃないかと思ってるんだ」
侑「ふーん、スクステかぁ。『スクステ』っと……って、サジェストに炎上とかクソゲーって書かれてるんだけど！？」
歩夢「あー……まあいろいろ言われてるんだよね。でもそういう人ってこのゲームの真の魅力に気づいてなくて――」ﾍﾟﾗﾍﾟﾗ...
歩夢「――」ﾍﾟﾗﾍﾟﾗ...
侑「あ、歩夢がこんなに熱弁してるの初めて見た」
せつ菜「歩夢さんのそのゲームに対する愛はとても感じます！」ｷﾗｷﾗ
愛「株価はっと……年初来安値か」ｶﾁｯ
せつ菜「歩夢さんはこのスクステが将来どのくらいの成長を描くと思いますか？」
歩夢「うーん、個人的にはペズドラに負けず劣らずだと思ってるんだけど」
侑「でも歩夢って昔から変なゲームばっかり遊んでるじゃん」
歩夢「むっ、それはみんなが魅力に気づいてないだけなの！」
かすみ「ん〜、そうですねぇ。でもこのスクステ、キャラクター人気は結構ありますよね。かすみんのツイッターにリプを送ってくる人でこのゲームのキャラクターのアイコン使ってる人たまに見ますよ」
愛「へー、そうなんだ！」
せつ菜「じゃあ歩夢さん、少し頭の体操をしましょう」
歩夢「頭の体操？」ｳｯ...
せつ菜「虹学に通う歩夢さんにとってはそれほど難しくありません。身構えなくても大丈夫ですよ」ﾌﾌ
〜〜〜〜〜
・年初来安値：株価がその年に一番安い値段をつけていること。 せつ菜「仮に今のペズドラの1年間の売上が1,000億だとしましょう」
せつ菜「歩夢さんがおっしゃるようにスクステが今の年間売上からペズドラ並に成長するとします。するとこの会社の売上高は？」
歩夢「2,000億円くらい？」
せつ菜「そうですね。まあペズドラがこの売上を維持できるとは思いませんし、最終的には1,700億円の売上高になるとしましょう。歩夢さんはこういったゲームの運営にはどんな費用がかかっていると思いますか？」
歩夢「んー、そうだなぁ……まずはガチャで出てくる女の子たちの3Dや絵を作るのにお金がかかってると思う」
せつ菜「他には？」
歩夢「あとは、アプリを作る人達のお給料とか、サーバーにもお金がかかるよね」
せつ菜「そんなところですかね。あとは運営に携わる人の人件費や広告宣伝費でしょうか？ このうち、ユーザー数が増えても変動しない費用はどれだと思いますか？」
歩夢「えっと……費用って何があったっけ」
愛「愛さんがホワイトボードに書いたげる！」ｷｭｯｷｭｯ
歩夢「ありがとう、愛ちゃん！」
侑「大きく分けると絵やモデルの外注費、開発と運営の人件費、サーバー代、広告宣伝費だね」
しずく「他社IPを使ってるのであればライセンス料もかかるのではないでしょうか？」
愛「あー、そうだね！ ライセンス料っと……。そのスクステのキャラクターやストーリーの著作権はカニホーが持ってるの？」
歩夢「ええと、そこまでは分からないかも」ｳｰﾝ
歩夢「それで、せつ菜ちゃんの質問に答えると……あれ？ あんまりないのかな？ サーバー費くらい？」
せつ菜「そうですね。もちろんユーザー数が増えればどの項目も大きくなるとは思いますが、確実に連動して動くのはサーバーの費用でしょうね。つまりこの会社の売上に連動する費用は小さいということが言えそうです」
せつ菜「とすると、スクステの売上が大きくなればなるほど利益の幅も広がりますよね！ ですので営業利益率も15%になると仮定しましょう」 せつ菜「では歩夢さん、営業利益を計算して、そのあと当期純利益を出してもらっていいですか？ ここでは簡単にするために営業外損益や特別損益は考えずに営業利益から法人税30%とおいてもらえれば良いです」
歩夢「えっ、ちょ、ちょっと待って！ ええと……営業外損益？ 特別損益？」ｸﾗｸﾗ...
愛「せっつーちょっとは手加減してあげなよ〜！」
歩夢「と、とりあえず計算してみるね」ｷｭｯ
歩夢「売上が1,700億で営業利益率が15%だから……筆算して……と、255億円？」
せつ菜「それに0.7掛けてもらったらいいですよ」
歩夢「桁数が多いから時間がかかっちゃうなぁ……ええと、178億5千万円かな」
せつ菜「そうですね！ 愛さん、カニホーの発行済株式数は？」
愛「んーと、5千万株だね」ｶﾁｯ
せつ菜「では純利益を発行済株式数で割って1株あたりの利益を計算してみましょう」
侑「電卓でやっちゃだめなの？ 357円だけど」
せつ菜「ゆっくり慣れてもらった方が良いかなと思ったので……ここからはサクサク電卓で進めましょうか」
せつ菜「先日説明した通り、株価はPER×1株あたりの利益の関係がありますので、それを計算してみましょう」
歩夢「23×357で8,211円だね。これが将来の株価になるってこと？」
せつ菜「歩夢さんの理論をベースに考えればそうですね。カニホーの今日の株価が5,651円ですからだいたい45%の利益が見込めることになります」
しずく「実際にはスクステが売れると思われ次第カニホーの株が買われるので、PERが上昇する形で株価が上がっていくことになりますね」
愛「まあ本当にそんな思い通りになったら誰も苦労しないんだけどね〜！」 せつ菜「ここで大事なのは本当にスクスタが1,000億円の売上が見込めるようなコンテンツになるか、そしてそのためにどのくらいの時間がかかるのかということですが……私たちがお手伝いするのはここまでにしておきましょう」
かすみ「どうするんですか？ 歩夢先輩」
歩夢「確かに侑ちゃんの言う通り、私のゲームの趣味はちょっと変わってるかもしれないから……」ｳｰﾝ
侑「え、なんかごめん……私のことは気にせずに歩夢が思うように決めてよ」
歩夢「うーん……私は私の直感とスクステの可能性を信じたい、かな！ 私はこの会社にする！」
侑「おおっ！」
せつ菜「じゃあ決まりですね！ 早速明日から買っていきましょう！ 愛さん、手伝ってもらえますか？」
愛「ええっ！？ 愛さんが！？」
せつ菜「愛さんはトレーダーなんですから！ 1億円分の買付、お願いします！」
愛「人使い荒いなぁ……はは」ﾊｧ
せつ菜「残りの分は璃奈さんのプログラムでやってもらうことにしましょう」
ｶﾞﾁｬｯ...
璃奈「みんな、こんにちは」
しずく「噂をすれば、ですね」
かすみ「お疲れさま！ りな子！」
侑「わっ、キュート系スクールアイドルの璃奈ちゃんだ！」ｷﾗｷﾗ
璃奈「二人のことはせつ菜さんから聞いてる」
璃奈「私 天王寺璃奈。よろしくね」
璃奈ちゃんボード にっこりん♪
歩夢「よろしくね」ﾆｺｯ 歩夢「さっき璃奈ちゃんのプログラムって言ってたけど、それって？」
璃奈「私、情報処理学科だから数学やプログラムに強いの。自動売買のプログラムを作ったりしてるけど、普段のスタイルはクオンツ運用」
侑「クオンツ？」
璃奈「かいつまんで言うと、数学や統計を使った投資の手法……」
せつ菜「璃奈さんは投資部の中で唯一クオンツ戦略を取っているんですよ！」
歩夢「逆にほかのみんなはクオンツ？ じゃないんだね」
侑「うーん、難しそう……」ﾑﾑ
璃奈「詳しくはまたいつか説明するね」
侑「うん！」
歩夢「そういえば、部のみんなはどんな投資してるの？」
せつ菜「投資のやり方やその対象は十人十色です。私は日本の株に投資してますが、為替や先物をされている方もいますよ。変わり種だとエマージング市場に投資されている方も」
せつ菜「詳細は侑さんと歩夢さんが正式に入部できた暁に教えます！ 皆さんからエッセンスを吸収してお二人独自のスタイルを築いてもらうのがゴールですね！」
侑「なるほど……じゃあなおさら頑張らなきゃ。ところで3年生のみんなは今日は来ないの？」
せつ菜「3年生の皆さんはライブが近いので練習に出ておられますよ」
侑「あっ、そっか！ スクールアイドル同好会も兼ねてるんだもんね！ すごいなぁ、私も早く活動に参加したいよ！」
せつ菜「侑さんは正式入部の後にメンバーのマネジメントやトレーニングメニューの考案、企画立案なんかを手伝ってもらいたいですね！」
侑「そんなに任せてもらっていいの！？」
せつ菜「もちろんです！」ﾆｺｯ
かすみ「企画立案はせつ菜先輩と私で今までやってたんですよ！ 侑先輩と一緒にアイデア出しするの、楽しみにしてますぅ〜！」ｸﾞｯ
〜〜〜〜〜
・先物取引：将来のある時点での売買を現時点で約束する契約。
・エマージング市場：新興国の市場。経済発展で利益が期待できるが、その分リスクも大きい。 ―――
――
―
せつ菜「それで、侑さんが選んだ会社はどこなんですか？」
侑「私は『沼津水産加工』がいいかなって思ってるんだ」
かすみ「沼津水産加工？ 聞いたことない会社ですね」
せつ菜「証券コード2XXXです」
かすみ「2XXXですね……」ｶﾁｬｶﾁｬ
かすみ「って、時価総額たった58億の会社ですか！？」
璃奈「それは結構厳しいね」
侑「えっ？ 厳しいの？」
璃奈「だって、5億円を時価総額58億円の会社に投資したら……」
しずく「そもそも市場に流通してる株を買い占めても5億円使い切れないんじゃないでしょうか……？」ｱﾊﾊ...
愛「見た感じそれは大丈夫そうだけど、株価が大変なことになっちゃうだろうなぁ……気付かれないように買い集めるにしても出来高も小さいしすっごい時間かかると思うよ。それどころか大株主になっちゃいそうかも」ｳｰﾝ
侑「えっ、えっ！？ どういうこと？」
〜〜〜〜〜
・出来高：期間中に成立した売買の数量のこと。
・大株主：企業の株を大量に保有している個人、法人。企業の5%以上の株式を持つと大量保有報告書を提出しなければならない。 せつ菜「侑さんは株価がどうやって決まるか勉強しました？」
侑「えっと……あれ？ ご、ごめん、分からないかも」
せつ菜「その……私も教え忘れていましたし、あまり気に病まないで下さい」
侑「うん……」
せつ菜「結論から言ってしまうと、株価というのは需要と供給で決まります。需要と供給は中学生くらいのときに習いましたよね？」
侑「うん、習った」ｺｸﾘ
せつ菜「例えば、そうですね……かすみさん、今日の沼津水産加工の株価はいくらですか？」
かすみ「292円です」
せつ菜「この292円というのは、292円で売りたい人と買いたい人が合意した、つまり需要と供給が一致したということです」
せつ菜「侑さんがこの会社の株を買いたいと思っていても、逆に売りたいと思う人がいなければ取引は成立しませんよね？」
せつ菜「市場には295円なら売ってもいいと思う人もいるでしょうし、300円なら売ってもいいと思う人もいるでしょう」
せつ菜「侑さんが292円で株を買えたとしても、次に他に292円で株を売る人がいなければどうしますか？ 侑さんは今絶対に株を買いたいとして」
侑「もっと高い値段で売ろうとしてる人から買うしかない、のかな？」ｳｰﾝ
せつ菜「そうですね。そうして株価が上がります」
侑「なるほどね。だから売りたいと思う人が少ないときに買いすぎると株価が上がっちゃうんだ」
愛「ゆうゆ、飲み込みはやーい！」ﾊﾟﾁﾊﾟﾁ
歩夢「そんなに難しいことじゃないよね……？」ﾎﾞｿｯ
かすみ「愛先輩は褒めて伸ばすスタイルですから」ﾎﾞｿｯ 愛「で、ゆうゆが今500株買いたいとしてさ、全部292円で買えたらお得だけど、292円で100株、295円で200株……って買っちゃうと余計にお金かかっちゃうじゃん？」
侑「そういうことだね……。三人の言ってたことの意味が分かったよ」ｼｭﾝ...
しずく「さらに言うと、あまり良い投資対象には思えないですね。正直どうしてこんな会社が上場してるのか分かりません……出来高的にも投資家からすっかり見放されてしまってる感があります」
しずく「売上高は700億円とかなり大きく見えますが、ここ数年は売上も下降気味ですし、営業利益率は0.85%、ROEもかなり小さいです」
歩夢「えっ、0.85%……？」
せつ菜「利益の出方は業種によって様々ですからね……。歩夢さんの選んだようなIT系の企業はえてして利益率が高いです。逆に侑さんの選んだ食品業は小さい傾向にありますね」
かすみ「それにしたってちょっと小さすぎるんじゃないですか？」
せつ菜「いえ、決して小さすぎるとは言えませんよ。むしろ赤字でないだけ褒めるべきだと思いますが……例えば武藤ハムは2%、プルポンは2.5%と有名どころでもそのくらいですよ」
璃奈「ググってみた。食品製造業の中でも食品加工業は利益率が低い傾向にあるみたい」
侑「うーん……あんまり良くないチョイスだったかな」
歩夢「侑ちゃん……」
せつ菜「侑さんはどうしてこの会社を選んだんですか？」
侑「今朝さ、この会社の干物を朝ごはんに食べたんだよね。そしたらさ、今まで食べたことないくらい美味しくって！ もう、ここしかないってくらいトキメキを感じたんだけど……」
せつ菜「なるほど……」
侑「もう一度選び直してみようかなぁ」
〜〜〜〜〜
・ROE：当期純利益÷自己資本。企業がいかに効率よく稼いだかを見る指標。 歩夢「ま、まだそう決めちゃうのは早いんじゃないかな」
侑「みんなの意見を聞く限りだと、あまり良さそうに思えないんだよね」
侑「でも、こんなに良いものを作ってるのに投資家からは評価されないなんて、なんか可哀想だな……」ﾊｧ
せつ菜「……」
せつ菜「……行ってみますか？」
侑「どこに？」
せつ菜「沼津です」
侑「……へ？」
せつ菜「直接、沼津水産加工に行ってみるんですよ！」ｸﾞｯ
侑「えええええええええぇぇぇぇぇぇ！？！？」
しずく「えっ、せつ菜さん本気ですか……？ これに時間をかけるだけもったいないような気がしますけど」
せつ菜「……誰かが心から良いと思った会社にはきっと隠れた宝石が眠ってるはずです。まだ結論を急ぐ段階ではないかと！」
歩夢「せつ菜ちゃん……！」
かすみ「っていうかせつ菜先輩、私たちってそんな直接取材とかできるんですか！？」
せつ菜「私たち一応きちんと金融庁に登録してて、LLアセットマネジメントという商号もあるんですよ？」
かすみ「ええっ！？ 知らなかったです……」 >>81
ちょっと賢くなくて申し訳ないんだが、ここのPERの解説の例示って本当に15倍になる？ 侑「でっ、でも、そんな！ 私、投資素人の高校生なんだよ！？」ｱﾜｱﾜ
せつ菜「良い経験になると思いますよ？ 個人の力ではなかなかできないことです」
侑「でも……そんな……」
せつ菜「まあ会社に直接赴く許可がもらえるかどうかはまた別の話ですから、もしも許可がいただければということでいいじゃないですか」
侑「う、うーん……許可がもらえたら、か」ｳｰﾝ
歩夢「いいじゃん、侑ちゃん！ せっかくなんだから行ってみなよ！」
かすみ「あ、もし行くことになったら私達も沼津行けるんですよね！？」ﾜｸﾜｸ
せつ菜「え？ 行くのは侑さんだけですよ。かすみさんは投資部とスクールアイドルの活動があるんですから」ｼﾚｯ
かすみ「そ、そんなぁ〜……！ かすみんもどこか旅行に行きたかったです……うっ、うっ」ｼｸｼｸ
侑「私なんかが行って相手にしてくれるのかなぁ」
せつ菜「流石に高校生だということは隠してもらわないといけませんね。新卒入社1年目という設定で行きましょう。もし行くことになったらその毛先も一度黒染めしてもらって」
侑「え、ええっ！？ マジか……」
愛「あはははっ！ まあ、若い子が来て邪険にするような会社ならそれまでってことだよゆうゆ」
せつ菜「そうですね。会社の経営者や従業員の方の資質を見る良い試金石になるかもしれません」
侑「むー、ちょっといろいろ勉強しなきゃ……！」
せつ菜「アポ取りは私がやっておきますから、返答を待ちましょう」ｶﾁｶﾁｯ
―――
――
― >>96
ご指摘の通りミスですね、すみません
時価総額3,000億なら純利益200億円でPER15倍でした
―3日後 虹ヶ咲学園
歩夢「かすみちゃん、ちょっと待って」ｽｯｽｯ
かすみ「歩夢先輩、何してるんですかぁ？」
歩夢「カニホーの株価見てるの……う」
かすみ「あはは……下がってますね」
歩夢「いくら損したか考えると……は、吐きそう」ｳﾌﾟ
かすみ「ええっ！？ ちょ、ちょっと歩夢先輩！？ 吐くならトイレで吐いてくださいよぉ！？」ﾋﾞｸｯ
歩夢「う……た、耐えた、耐えたよかすみちゃん……！」ﾊｧｯ
かすみ「はぁっ、気をしっかりもってください歩夢先輩。このくらいで狼狽えてたら投資部の活動はもちろん、スクールアイドルも務まらないですよ！」
かすみ「とりあえず、歩夢先輩が正式入部できたあとにYoutubeにアップするためのPR動画撮りましょうよ！」
歩夢「そ、そうだね……」
かすみ「まずはかすみんが手本をお見せしますから、よぉ〜く見ててくださいよ？」
ﾋﾟﾛﾝ
[REC]
かすみ「ﾝやぁっほぉ〜↑☆ みんなのアイドル、かすみんだよ〜♪」
かすみ「かすみん虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の部長になったんだけど〜、そんな大役が務まるかとっても不安〜＞＜」
歩夢「えっ、かすみちゃん部長だったの？」
かすみ「っちょ！ 撮ってるんですから私語は厳禁です！！」
歩夢「あっ、ごめんね！」
かすみ「もう！ リテイクです、よぉ〜い、アクション！」
かすみ「ﾝやぁっほぉ〜↑☆ みんなのアイドル、かすみんだよ〜♪」
かすみ「かすみん虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の部長になったんだけど〜、そんな大役が務まるかとっても不安〜＞＜」
かすみ「でもぉ〜！ 応援してくれるみんなのために日本一可愛いスクールアイドル目指して頑張るよっ！☆」
しずく「かすみさん、歩夢さん、お疲れさまです！ 差し入れもってきましたよ」
歩夢「あ、ちょうど喉乾いちゃってたの。ありがとう、しずくちゃん」
かすみ「っちょおおおおおお！！！！ しず子ぉぉぉぉぉ！！！」ｷｰｯ
しずく「えっ、ごめんなさい……邪魔する気はなくて……はい、ポカリ」
かすみ「ん、ありがと……って、そういうのが一番怒りづらいわ！」
歩夢「あはは……」
歩夢（侑ちゃん、今頃どうしてるかな）
―――
――
―
ﾋﾟｰﾝ...ﾎﾟｰﾝ...
―沼津駅
侑「ふう……」ﾄﾞｷﾄﾞｷ
侑は普段のツインテールを解き、後ろで髪をまとめていた。
服装も堅すぎず、カジュアルすぎない程度のセットアップである。
少しでも大人びているよう見せるためだが、慣れない服を着ているせいかいつもより少し浮ついていた。
駅舎を出た侑はひとまず案内板を見ることにした。
沼津駅から沼津港までは約3km。
侑「意外と近いんだ」
侑（タクシーなら10分くらいで行けるかな）
侑（約束の時間まではまだあるし……ちょっとカフェに入って戦略を練ろう）
侑（グーグルマップ、『カフェ』っと……まあ安定のタリーズかな）
―――
――
― 短いですが今日はこれで
レス励みになります、ありがとうございます！ 新用語にマークつけながら読んでるわ
桁の大きさだけでワクワクするね >>98
いえ、ありがとうございます
勉強になります 全くの素人で今年から投資を勉強して始めてみたいと思ってた自分にはタイムリー過ぎるスレ
こんな偶然とてつもなく嫌な予感しかしない 自分も今年から少し経済勉強の為投資を初めてみようと思っているので続きが凄く楽しみです 投資というのは儲けようとするとつまらないし楽しもうとすると儲からないから困り物
勉強した人よりお昼寝してただけの人が好成績なんていうこともよくある >>108
いきなり個別株に行くのはおすすめしないぞ
>>112
それこそ毎月一定額を指数連動ものに入れただけって人が最終的に勝ったりする
アメリカで日本円にして生涯の平均年収100万台の人が余剰金を指数連動に40年積み立てたら何億にもなったし >>113
ガソリンスタンドで働いてた人の話か
結局その人は億単位の金を全く使わないまま死んでしまったんだよな 投資額の半分を全世界株か米国株連動のETFに投資して残り半分で好きにやるくらいがちょうどいい こういうスレって楽しいし物事の導入にピッタリだよね
続き待ってます 一昔前（今もやってるのかもしれないけど）のやる夫スレを思い出した
あれも良かったな 保守(平日は書き溜めにあまり時間が割けないので気長に待ってもらえればと思います、すみません)
―カフェ
侑「んっ、ソイラテうまっ」ｽｽｯ...
侑「……さて」
沼津行きが決定した後、この日の対策のためという名目で部室で勉強会が開かれた。
侑は鞄からノートを取り出し、それに記したメモを見ながら勉強会の内容を反芻した。
―――
――
―
せつ菜「今回は財務諸表について簡単にレクチャーしたいと思いますよ！」
愛「よっ、せっつー！」ﾊﾟﾁﾊﾟﾁ
せつ菜「侑さんと歩夢さんには少し予習をして来るように言いましたよね」
歩夢「うん、少しだけだけどしてきたよ」
せつ菜「では歩夢さん、少し話を戻して、財務諸表とは何だったしょうか？」
歩夢「えっと、会社の経営の結果を報告するために作る書類、なんだよね」
せつ菜「その通りです！ どの上場企業も決算の際には財務諸表を開示することが義務付けられていて、会社のホームページを見に行けば見ることができたと思います」
愛「うんうん」
せつ菜「財務諸表とは複数の表をまとめて言う総称ですが、では具体的にはどんなものがあったでしょうか？ 侑さん」
侑「貸借対照表と、損益計算書と、キャッシュフロー計算書と、株主資本等変動計算書だよね」
愛「よっ！ すごいよ、ゆうゆ！ 愛さん最後のやつの存在忘れかけてたよ！」ﾖｯ!
愛「ねえせっつー……これ、アタシずっと賑やかしやんないとダメなの？」
〜〜〜〜〜
・財務諸表：外部(特に債権者、投資家)へ業績を公表することが作成の目的。また、貸借対照表はBS、損益計算書はPL、キャッシュフロー計算書はCFとも呼ばれる。BS、PL、CFをまとめて財務三表と言う。
今後のストーリーの本筋の理解にあたり簿記・会計の予備知識は必要ないように努めますが、全く知識のない人は貸借対照表や損益計算書を画像検索等で見てもらうとイメージがしやすいかと思います。 せつ菜「ま、まあまあ愛さん……まずは貸借対照表、BSを見てみましょう」
愛「おいおい、流すなよ！」ﾍﾟｼｯ
せつ菜「表の左側には資産、表の右側には負債と純資産という形で分かれていますよね」
愛「おいっ！」
せつ菜「歩夢さん、資産の部に書かれている項目を何個か読んでみましょうか」
愛「むー……」
歩夢「現金及び預金、売掛金、商品……土地、建物、機械……」
せつ菜「では侑さん、負債の部に書かれている項目を読んでください」
侑「短期借入金、買掛金……長期借入金、社債……だね」
せつ菜「最後に愛さん、純資産の部をお願いします」
愛「愛さんも？ 資本金、利益剰余金……。はい、読んだよ」
侑「えっとさ、この表って何が言いたいの？」
せつ菜「BSは会社がどのようにお金を調達して、そしてそのお金が今会社の中にどのような形で存在しているのかを表しているんです」
せつ菜「例えば銀行から1,000万円借りたとすると、借入金としてBSの右側に1,000万円、現金及び預金として左側に1,000万円……といった感じですね」
侑「ん？ ちょっとまだイメージが掴みきれないんだけど、会社がお金を使ったらどうなるの？」
歩夢「現金が減って、資産の中の別のところに買った分が乗るんじゃないの？」
せつ菜「その通りです。例として会社が1億円する機械を新たに買うケースを考えると、現預金から1億円減り、機械にその1億円分が計上されます」 侑「この売掛金、買掛金っていうのは？」
せつ菜「掛取引に関わるものですね」
愛「簡単に言えばツケ払いってことだよ」
せつ菜「会社は通常、全ての取引を現金一括で行うわけではありません。侑さんも知っているとは思いますが」
侑「あー……うん」
せつ菜「ですから、株式会社タカサキが生産した商品をウエハラカンパニーに売った場合、その支払自体は数週間から数ヶ月先に行われることが多いです」
せつ菜「2,000万円分の商品を掛で売ったとすると、その分が売掛金として2,000万円乗ることになります」
せつ菜「そして月日か経ったあと、ウエハラカンパニーが支払を済ませ、売掛金が現預金に変わります。買掛金はこの逆ですね」
侑「なるほど」
せつ菜「今まで挙げた例でなんとなく分かってもらえるかと思いますが、このBSは左右の合計金額が必ず一致します。資産＝負債＋純資産ですね」
侑「そっか、確かに今までの例だと左右に同額乗ったり、左右片方の中だけで金額が移動するケースしかないね」
歩夢「えっと、資産や負債は言葉通りでなんとなく分かるんだけど、私は純資産のイメージがちょっとピンと来ないかな……」
せつ菜「純資産は会社自身のお金と考えてください。一方で負債はもともと他人のお金ですよね？」
歩夢「そうだね」
せつ菜「負債には借入金……つまり銀行といったお金の貸し手に返さなければいけないお金なのですが、純資産は返す必要のない、言い換えれば純粋に会社が持っているお金が入ります」
愛「さっき愛さんが挙げたやつだと、ざっくり言っちゃうと資本金が株主から集めたお金、利益剰余金が会社が稼いで集めていったお金ってイメージだよ」
歩夢「ふむふむ……」ｶｷｶｷ
せつ菜「生産設備のいらないIT系企業では無形固定資産が大きかったり、逆に小売や製造では有形固定資産が大きかったりと会社のビジネスの特徴がBSには現れます」
せつ菜「BSを分析することで会社が投資対象として安全かどうか、つまり借金過多で倒産してしまわないかといったことを見ることができます」 せつ菜「本当は説明したいことがまだまだあるのですが……詳しくはOJTでやっていくとして。次は損益計算書、PLに移りましょう」
せつ菜「先日歩夢さんにお伝えして少し混乱させてしまった営業外損益や特別損益もこのあたりの話になります」
歩夢「あっ、そうなんだね」
せつ菜「PLは会社が一定期間にどれくらいの利益を残したのかを計算するものです。そもそも利益というのは売上−費用ですよね？」
せつ菜「なのでここを詳細に分析することで会社がどこにお金をかけているのかが分かりますし、競合他社と比べればどこで節約しているのかも見えてきます」
侑「なるほど」
せつ菜「それを踏まえて、PLを上から見てみると……って、私が喋りすぎるのも良くないですし愛さん交代します？」
愛「えっ、愛さんが先生役するの！？ また急だなぁ」
愛「ま、分かったよ。んじゃあ、アタシが説明してくね！」
愛「PLの一番上は売上高、読んで字の如く、意味は商品やサービスがどれだけ売り上げたか！ なんつって！」
侑「っくｗ ふふふ……っ！」ﾌﾟﾙﾌﾟﾙ
愛「で、次に来るのが売上原価だね。1杯600円のタピオカミルクティーの原価は一説によると50円らしいから売上原価は50円、売上総利益は550円ってことになるね」
歩夢「タピオカってそんなに原価安かったんだ……」
せつ菜「経常利益率30%と説明しているレポートもありますね」
侑「暴利じゃん！」
せつ菜「タピオカスタンドって好立地が基本ですから、ブームが終われば即退店せざるを得なくなりますけどね」
愛「……話戻していい？ 一応言っておくと50円って人件費抜きだからだぞー。あ、そうだ、製品を作るのにかかった人件費も売上原価の中に入ることもあるから注意ね」
〜〜〜〜〜
・売上総利益：売上−売上原価。粗利とも。 愛「粗利が出たら次に来るのが『販売費及び一般管理費』だね。略して販管費って言っちゃうことが多いかなー」
愛「要は原価以外の費用で、給与、賞与、広告宣伝費、賃借料、水道光熱費、福利厚生費とかそういうのね」
愛「あとは減価償却費とか、貸倒引当金繰入なんかもあるけど……」ｳｰﾝ
せつ菜「そのあたりは説明すると長くなりますしまたの機会にしましょう」
愛「まあ、それで、粗利から販管費を引けば営業利益が出るってこと！」
歩夢「営業利益は会社が本業から稼いだ利益だったよね」
愛「そうそう！ 歩夢は説明したことしっかり覚えててくれるから愛さんさいっこうに嬉しいよ！ 高2だけに！」
侑「あっはははははははｗｗｗｗ」ｼﾞﾀﾊﾞﾀ
せつ菜「すごくウケてますね……？」
歩夢「侑ちゃん、幼稚園の頃からずっと笑いのレベルが赤ちゃんだから……」ｱﾊﾊ..
愛「で、営業外収益は預金の利息や会社が持ってる株式の配当金なんかが入って、営業外費用には借入金の支払利息や社債の発行費が入る感じ？」
愛「これらって別に会社の本業のビジネスとは関係ないっしょ？ で、営業利益からそれらを足し引きして経常利益が出てくるんだよ」
愛「次に特別利益と特別損失だね。特別利益は株式や不動産の売却益とか、逆に損失は火事で工場が燃えちゃったーとか、そういうイメージで大丈夫っしょ！」
愛「それでさっきと同じように経常利益からこいつらを引けば税引前当期純利益が出てくるね」
歩夢「愛ちゃん、質問なんだけど、営業外損益と特別損益の違いがよく分からなくて」
愛「まず大前提として営業外と特別のくくりは本業のビジネスからの損益じゃないじゃん？」
歩夢「うん」
愛「その上で営業外と特別をどう分けるかは、会社が事業を運営してて毎回発生するものか、もしくはたまにしか発生しないものかって見てもらったらいいんじゃない？ ね、せっつー」
せつ菜「経常利益の経常って『常に一定の状態で続くこと』という意味ですもんね」 愛「税引前当期純利益が出たらあとは簡単で、法人税なんかが引かれて当期純利益が分かるって感じだね」
歩夢「じゃあこないだのは、法人税が30%だから、税引前当期純利益に0.7掛けたってことなんだね」
愛「そそ！」ｸﾞｯ
せつ菜「30%というのはあくまで目安です。状況によって細かい違いはありますが、当面はそのイメージで大丈夫です」
侑「私の方はなんとなくBSとPLは理解できたよ！」
歩夢「私はまだちょっとあやふやなところもあるかも……？」
せつ菜「最初は分からなくても続けていけばそのうち慣れてきますよ」
せつ菜「っと……今日のところはCFや株主資本等変動計算書については説明してる時間は無さそうですね、これもまた次の機会にしましょう」
せつ菜「今日は何よりやらなくちゃいけないことがありますから！」
侑「やらなくちゃいけないこと？」
せつ菜「はい！ 沼津水産加工の有価証券報告書を読んで財務三表を分析するんです！」ﾄﾞｻｯ
侑「おおっ！ って、うわっ……これ全部読むの？ 130ページもあるし……」ﾊﾟﾗﾊﾟﾗ
せつ菜「私はざっとですけどもう目を通しました。歩夢さんは私と一緒に重要な部分だけ読みましょう」
歩夢「わ、分かった！」
侑「私は？」
せつ菜「取材に行かれるんですから全部読んでください」
侑「そ、そんなぁ……」ｽﾞｰﾝ
愛「あはは、愛さんも手伝うし大丈夫だよっ、気楽にいこーよゆうゆ！」ｻｽｻｽ
〜〜〜〜〜
・有価証券報告書：年度毎、四半期毎に作られる資料。会社の業績、沿革、事業の概要、財務三表などが載っている。
4人は2時間かけて有価証券報告書に目を通した。
侑「ぜ、全部読み切った……」ﾀﾞﾗｰｯ
歩夢「お疲れさま、侑ちゃん」
侑「もうクタクタだよ……お腹も空いたし」
愛「確かにもういい時間だもんねー。UberEatsで何か持ってきてもらう？」
侑「それいいね！ 休憩しよ、休憩！」ｷﾗｷﾗ
せつ菜「そうですね。皆さん何頼みます？」
侑「モスのハンバーガー食べたい！」
歩夢「私は侑ちゃんと一緒でいいよ」
愛「じゃあ愛さんもモスで！」
せつ菜「えっと、『モス』っと……」ﾎﾟﾁﾎﾟﾁ
侑「Uberと言えば外国の会社だよね、上場してるのかな」
愛「うん、ニューヨーク証券取引所に上場してる」
せつ菜「UBERの10-K読みます？」ﾎﾟﾁﾎﾟﾁ
侑「てんけー？」
せつ菜「アメリカ版の有価証券報告書です」
侑「……勘弁してください」
―――
――
―
ｶﾞﾁｬｯ
歩夢「ハンバーガー受け取ってきたよ」ｶﾞｻｺﾞｿ
歩夢「テリヤキバーガーの人は？」
侑「はいはい、私！」
歩夢「海老カツバーガーは？」
せつ菜「私です」
歩夢「じゃあ愛ちゃんがモスバーガーだね」
愛「うん！ あゆぴょんもモスバーガーか、やっぱこれだよねー」
歩夢「あゆぴょん……？」
愛「あだ名！」
歩夢「うーん、あゆぴょんはちょっと……」
侑「あゆぴょんやってよ、歩夢」ﾆﾔﾆﾔ
歩夢「またそういうこと言う〜……」
せつ菜「なんですか？ あゆぴょんって」
歩夢「せつ菜ちゃんまで乗っからなくていいよ！ ほら早く食べよ？ ね？」
―――
――
―
せつ菜「沼津水産加工のBSとPLをプロジェクターで映すので何か気になるポイントがあれば言ってください！」
愛「んー、あむっ……これさ、水産加工業の粗利率とか販管費率とかの業界平均ネットにない？」ﾓｸﾞﾓｸﾞ
せつ菜「探してみましょう……」ｶﾁｬｶﾁｬ
せつ菜「ありました！」
愛「えっ！？ 業界平均の営業利益率5%もあるんだ……あむっ」ﾓｸﾞﾓｸﾞ
せつ菜「意外ですね……」
侑「この会社の粗利率が20%で業界平均が25%……仕入れにこだわってるのかな？ あの美味しさを考えれば5%くらいの差は不思議じゃないかな〜」
歩夢「粗利率は業界平均から大きくは離れてないけど営業利益率が全然違うってことは……販管費が大きいってこと？」
せつ菜「そうなりますね」
愛「何がそんなにコストかかってるんだろ？」
せつ菜「販管費の内訳を見てみましょうか」ｶﾁｶﾁｯ
ﾋﾟｯ
せつ菜「侑さん、歩夢さんは内訳を見て何か気付くことはありますか？」
歩夢「うーん、なんというか……どこも数字が大きいような」
愛「地場の干物屋がこんなに経費かさむかね？ なんかきな臭いなぁ」ｳｰﾝ
侑「それだけじゃなくて、賞与も結構大きいよ！ この会社、そんなに役員いないのに……」
〜〜〜〜〜
・粗利率：粗利÷売上高
・販管費率：販管費÷売上高 侑「あとさ、これとは少し違うけど、この会社結構いろんな会社を買収？ 合併？ してるみたいなんだよね。沿革なんかを読んで分かったんだけど」
せつ菜「売上は微減、利益も改善していないとなるとシナジーも発揮できていなさそうですし、BSが無駄に大きくなってしまってROAも小さいと……」
愛「うーん、なんかしずくも上場してる意味が分からないなんて言ってたけど、ちょっとガバナンスがアレな感じが……」ｳｰﾝ
歩夢「こういう会社ってよくあるものなの？」
せつ菜「よくあるというほどではありませんが、ないことはないですよ……。いずれにせよ合理的な経営ができなければやがて淘汰されていくのが企業というものですけど」
せつ菜「それで、今までの議論を踏まえて侑さんとしてはどう考えますか？」
侑「んー……あんまり良い印象は受けない、かな」
侑「でも、何か事情があるかもしれないしちゃんとこの目で確かめたい」
せつ菜「ええ、それが良いと思います。今までの話も含めて会社には素直に疑問をぶつけていきましょう」ｳﾝｳﾝ
―――
――
―
〜〜〜〜〜
・シナジー：企業が合併することによる相乗効果。
・ROA：当期純利益÷総資産。こうした指標で代表的なものとして、ROE、ROAの他にROICなども。
・ガバナンス：コーポレート・ガバナンス。企業を健全に運営するための仕組み。
―沼津水産加工
沼津港近くの水産加工工場が林立するエリアに沼津水産加工は位置している。
上場企業というだけあって、周囲のそれらと比較すると明らかに規模が大きく、タクシーに乗っていた侑も一目で社屋を確認できた。
運転手「1,200円ね」
侑「1,200円、1,200円……ごめんなさい、ちょうどがなくて、2,000円で」
運転手「はい2,000円ね、はい、はいじゃあ800円ね」
侑「はい、ありがとうございましたー」ﾊﾞﾀﾝ
タクシーから降りると磯の香りが鼻をついた。
侑「うん、港って感じだな〜！」
沼津水産加工の社屋は工場と隣接しており、鮮魚か出荷する商品を載せているのであろうトラックのバック音が聞こえる。
工場の大きさに反して社屋そのものは小さい印象を受けた。
侑（おっかない社長だったら嫌だなぁ……）
せつ菜たちとの会話の影響もあり、侑はこの企業に対してあまり良いイメージを持てないでいた。
侑（いやいや！）ﾌﾞﾝﾌﾞﾝ
侑（聞かないといけないもしっかり頭に入れたし、いざ出陣だっ！）ﾍﾟｼﾍﾟｼ
侑は軽く頬を叩いて自分を奮い立たせた。 基本情報とか応用情報でも触れている用語がいっぱいあっていいね 侑が社屋の入口をくぐり、真っ先に目に入ったのは地元の画家が描いた港の油彩画だった。
その筆致に気を取られていると横から不意に声をかけられた。
女性「あの〜」
侑「あっ、す、すみません！」
女性「何か御用でしょうか？」
侑「私、LLアセットの高咲と申しまして」
女性「ああ、はいはい！ 高咲さんですね、矢立から伺っております」
恰幅の良い事務の女性に、飾り気のない応接間へと案内された。
侑は革張りのソファにおずおずと座った。
侑「……」ﾑｽﾞﾑｽﾞ
2、3分経って、応接間の扉が開いて中年の男性が2人入ってきた。
矢立「お待たせしてすみません」
侑「あっ、いえ！ LLアセットの高咲と申します」ﾍﾟｺﾍﾟｺ
矢立「はいはい、沼津水産加工の矢立と申します。こちらは経理部長の花田です」
花田「よろしくお願いいたします」
侑「よろしくお願いいたします。本日はお時間をいただきありがとうございます」
矢立「いえいえ。投資家の方がわざわざうちに訪問してくるなんて久しぶりだったもんで、まあお手柔らかにお願いしますよ」ﾊﾊ
侑「はあ、そうなんですか？」ﾊﾊ...
侑（やー、緊張するなぁ）
この矢立という男は沼津水産加工の社長である。
矢立と花田は社名が刺繍された灰色の作業服に身を包んでいた。 侑「では、早速ですが質問の方に移ってもよろしいでしょうか？」
矢立「はい、どうぞ」
侑「まず御社の売上高のところからスタートさせていただきたいんですが、ここ数年売上は減っていますけど、これについてはどういった原因があるんでしょうか？」
矢立「いきなり手厳しいですねぇ〜……まあやっぱ食生活の変化もあるし、人口も減ってきたっていうのはありますよね」
矢立「うちが干物や缶詰を製造してる会社だってことは高咲さんもご存知でしょうけど、やっぱりどうしてもこのあたりは若い人に人気がない」
矢立「高咲さんも随分お若いですけど干物なんて食べないでしょう？」
侑「確かに普段は食べないですけど、御社の干物はすっごく美味しいなと思いました」
矢立「えっ！？ 召し上がってくださったんですか、これはこれは」
侑「あんなに美味しい干物は初めて食べました！」
矢立「いやいや、嬉しいなぁ！ 高咲さんみたいな方にそう言ってもらえると……」
矢立「話を戻しますと……まあ売上については10年くらい前がピークでしたね、うちもいろいろ販路を開拓したりM&Aで事業拡大しようとはしてるんですが」
侑「販路を開拓」
矢立「ええ。地元のお土産屋さん以外にも学校の給食や旅館なんかに卸したりもしてますね、まあそれは昔からなんですが。最近だと東京のアンテナショップなんかにも置いてもらってます」
侑「なるほど……」 侑「利益の部分についてはどうお考えですか？ 水産加工業の平均からするとかなり低いようですけど」
矢立「それはー……やっぱり海産物はその年の収穫にも左右されますしうちは品質の良いものを仕入れてますから、どうしても高くなっちゃいますよね」
矢立「安さで勝負してもやっぱり大手さんには勝てませんから、ならばうちは少し高級めなところを狙っていこうと」
侑「あ、いや、原価もそうなんですけど……販管費がかなり大きいのかなと」
矢立「……それについてはうちも結構頑張ってはいるんですけどねえ」
花田「なかなか……広告宣伝費なんかは削れるだけ削ってるんですが」
侑「給与や賞与もかなり大きいですよね？」
矢立「そこはやっぱり、投資家の方からはよく突っ込まれるんですが」
花田「従業員数の観点からは妥当な水準だと思いますね」
侑「あまり詳しくなくて申し訳ないんですが、干物や缶詰の製造ってそんなに人手がかかるんですか？」
矢立「さっきも言ったように、うちは品質で勝負してますからどうしても人の手を使ってやらないといけない部分はありますね。あと、この一体の水産加工の会社と比べると……いや、これはここだけの話にしてもらいたいんですがね？ うちは圧倒的に働いてくれている人たちの能力が高いんですよ。決して他社さんを貶めてるわけじゃないんですが」
侑「うーん、それで人件費がかさんでるってことなんですか？」
矢立「ええ、まあそうですね」
矢立「付け加えるならば、やっぱり地域の会社としては雇用を守らなきゃいけない。利益が出る・出ない抜きに、地元の経済を潤して回していくということも我々の役目だと思っていますから」
侑「なるほど……賞与、役員報酬については？ ここも人数が多いというか……どういう役割をされていらっしゃるんでしょうか」
矢立「彼らはまあ、うちの経営戦略なんかに広く関わってもらってますね」
花田「……」
矢立「まあもちろん親戚だからっていうこともないわけじゃないですよ？ ただ彼らの一家は漁業や養殖をやってるんですね、そういう縁もあって質の良い魚を手に入れることができる。そういう事情も正直あります」 侑「……そういうことですね。では――」
侑と会社側のやり取りは45分間に渡り、質問に関しては多少たどたどしい部分もあったが矢立と花田は真摯に質問に答えた。
侑「今日はありがとうございました。大変参考になりました」
矢立「いえいえ、こんな会社ですが今後ともよろしくお願いします」
侑「はい」
矢立「あ、そうだ。もしお時間があれば工場を見学されていきますか？」
侑「えっ！？ いいんですか？」
矢立「うちの商品食べて美味しいと言ってくださったんです、せっかくなので良ければ」
侑「ぜひぜひ！」
矢立「うちの商品ももし良ければ持って帰ってくださいよ」
侑「ええっ！？ そんな、そこまでして頂くのは」
矢立「はは、いいじゃないですか。花田くん、公野さんに言っといてもらえる？」
花田「はい、分かりました」
侑「すみません……ありがとうございます」
矢立「ぜひ会社の人と一緒に召し上がってください。さて、では工場の方に行きましょう」
―工場
侑はまず案内された更衣室で髪の毛まですっぽりと隠れる頭巾のある工場白衣に袖を通した。
手指の消毒を入念に済ませて工場の中に入ると様々な機械がけたたましく稼働していた。
ｺﾞｫｰ...
矢立「ここが冷蔵室ですね、これがアジです」
矢立「何匹かは加工する前に捌いて脂や旨味の乗りぐあいのチェックをします」
侑「ふむふむ……」
矢立「特にうちのメインであるアジの味のチェックはかなり厳しく基準を設けてるんですよ、長くやってきた私やベテランの従業員じゃないと加減が分からないところでもありますね」
侑「ふっｗ……ｗｗ」ﾌﾟﾙﾌﾟﾙ
矢立「どうかしました？」
侑「い、いえ……ｗ アジの味ってｗ」
矢立「え？ あ、あぁ！ な、なるほど……ははは」
侑「す、すみません……ふふっｗ」
矢立「そんなに面白かったですかね？」
侑「い、いやほんと……すみませんｗ 次！ 次行きましょう！」
矢立「そうですね、次は作業場に行きましょう。実際に魚を捌いてる場所ですね」
矢立「ここですね」
侑「うわっ、皆さん速いですね……！」
矢立「スピードは慣れがほとんどですよ」
侑「いや、それにしたって速いですよ」
矢立「はは、ありがとうございます。でも実際は重さや形を揃えたり、商品にならない魚を弾く方に価値があるんですよ」
侑「そうなんですか？」
矢立「ええ。あとは可食部をなるべく減らさないように処理するのも重要です。スピードとクオリティ、どっちが欠けても効率は落ちますから」
侑「なるほどですね……」ﾌﾑ
ｶﾞﾗﾗｯ
雨野「おお、いたいた、矢立！」
矢立「あ、雨野さん……」
雨野「魚持って来といたから」
矢立「ああ、はいはい。どうも」
雨野「いやぁ、お前んとこのお陰でうちはえれぇ儲かるわ」ﾊﾊﾊ
矢立「雨野さん、今来客中でして……」
雨野「え？ ああ、そうかそうか……ちょっと2、3分話があったんだけど」
矢立「2、3分ですか？ そうですね……申し訳ないです、高咲さん。少しだけ外しても宜しいですかね」
侑「あっ、はい！ 私は全然大丈夫です」 バイト「なんですか？ あの人……嫌な感じ」
従業員「あぁ〜、あの人はねぇ……」
侑「……どういう人なんですか？」
パート「あの男は雨野って言って、社長の親戚で」
従業員「ちょちょ……！ というか、誰ですか？ あなた」
侑「あっ、ええと……高咲と言います。投資家の者でして」
バイト「と、投資家？ 私と年変わんないような感じなのに……」
侑「あ、あはは……ど、童顔ってよく言われます」ｷﾞｸｯ
従業員「雨野さんのことは……」ﾎﾞｿﾎﾞｿ
パート「いいじゃないの！ あんただって文句の一つや二つあるだら？」ﾎﾞｿﾎﾞｿ
バイト「それで、さっきの人はどういう人なんですか〜？」ﾇﾙｯ
従業員「うわっ！？ び、びっくりしたなぁ……いいからいいから！ 高海ちゃんも手を休めないの！」
バイト「ええ〜？ ちぇーっ」ｻｸｯｻｸｯ
侑「……うーん？」
ｶﾞﾗﾗｯ
矢立「いやー、すみません高咲さん！ お待たせしてしまって！」ﾊｧｯ...ﾊｧｯ...
侑「いっ、いえいえ！ 大丈夫です。あの……」
矢立「高咲さんのお時間を無駄にしたらいけませんし、そろそろ次の場所行きましょうか」
侑「あっ、はい、えっと……そうですね」
―工場 廊下
侑「あの、先程の方は」
矢立「えっ！？ ああ、いや……すみませんね。彼はうちが魚を仕入れてる会社の者です。今後の仕入れについて話しに来たみたいで」
侑「なるほど、そうだったんですね」
矢立「ええ、騒がしくてすみませんね。ここが包装や箱詰めをやってる場所ですね」
廊下の壁の一方がガラス張りになっており、中の部屋ではベルトコンベアに並べられた干物が機械へと入っていく様子が伺えた。
矢立「包装については完全に自動化してます。少しでも鮮度を落とさないためにも真空パックを使ってます」
侑「そうなんですね……あっ、私あれ食べました」
矢立「ああ、『極み』シリーズを召し上がって下さってたんですね。うちの商品の中でも特に自信作なんですよ、かなり厳しい基準で作ってます」
侑「凄いですねー……」ｵｫｰ...
矢立「あそこの部屋の向こう側にあるのは缶詰関係の機械です。缶詰方面までご案内するのはちょっと時間的に厳しいかもしれませんが、一応ああいうこともやってますよと紹介しておきます」
侑「いえいえ、ありがとうございます」
―――
――
―
―虹ヶ咲学園 部室
ｶﾞﾁｬｯ
侑「ただいまー……」
歩夢「お帰りなさい、侑ちゃん♪」ﾙﾝﾙﾝ
侑「ふー、めちゃめちゃ疲れたよ〜」
歩夢「んふふ、お疲れさま♪」ﾙﾝﾙﾝ
歩夢「あはは、うふふ……」ﾎﾟﾜﾎﾟﾜ
侑「……なんか上機嫌だね？」
かすみ「これが原因ですよ」ﾊｧ...
- Iron Musk @xxxxxxx
Hey you...
Yeah you Queen....
You're gonna make it! ♡♡
侑「なにこれ？」
かすみ「アイアン・マスクが歩夢先輩のやってるゲームのキャラの画像をツイートしたんですよ」
しずく「それでカニホー株は後場ストップ高です」
〜〜〜〜〜
・後場：取引所の午後の取引。日本では9時から11時半までを前場、12時半から15時を後場という。
・値幅制限：株式取引では1日に変動できる株価の上限・下限が定められている。上限まで上がることをストップ高、下限まで下がることをストップ安という。 侑「そんなことでこんなに動いちゃうんだ……で、歩夢はいくら儲けてるの？」
かすみ「だいたい5,000万円ですね」
侑「5,000万も！？ すごいじゃん歩夢〜！」
歩夢「えへへ、それほどでも……♪」ﾃﾚﾃﾚ
かすみ「そうは言っても、まだ含み益なだけですけどね」ｼﾞﾄｰ
侑「含み益？」
かすみ「歩夢先輩は売ってませんから、現実のお金として利益が出てるってわけじゃないですよ。それにこんな上がり方なので明日は反動で下がっちゃうんじゃないですかねぇ」
歩夢「ええっ！？ そうなの！？」ｶﾞｰﾝ
かすみ「い、いえいえ、まだ分かりませんけど……」
彼方「まあねぇ、有名人がツイートしただけで、会社の利益や実態が良くなったってわけではないから」ﾉｿﾉｿ
かすみ「あっ、起きてたんですか？」
彼方「彼方ちゃんは、今日ずーっと起きてたよ？ 目を瞑ってただけで」
彼方「で、歩夢ちゃんはどうするのかなー……？ PTSで少しでも利確することもできるし、ずーっと持つこともできるけど」
歩夢「う〜ん、ちょっと考える時間が必要かも……」
彼方「うんうん、しっかり悩みなさい、若者よ〜」ｺｸｺｸ
〜〜〜〜〜
・含み益：保有する株価が取得価格より上がり、売れば利益の出る状態のこと。逆は含み損。
・PTS：私設取引システム。時間外の取引ができるが、基本的に売買高は小さい。
・利確：株式などを売却して利益を確定させること。 侑「そういえば、他のみんなは？」
しずく「せつ菜さんは生徒会、愛さんと璃奈さんは果林さんと一緒にマンションの内見に行かれています」
侑「内見？ なんでまた……引っ越しでもするの？」
しずく「まさか！ 果林さんは不動産投資をされていて、そのためですよ」
侑「へえ〜！ 不動産かぁ」
しずく「ただその……果林さんは極度の方向音痴なので毎回付き添いが必要なんです」
侑「え……付き添いが必要なレベルなの？ 今はGPSもあるし大丈夫なんじゃ……」
しずく「一度果林さんと一緒に内見しに行きましたが、あれは大変でした……あっ、あぁ！ 果林さん、そっち行かないで！！」
侑「しずくちゃん！？」
かすみ「しず子……相当トラウマになってるみたい」
しずく「ああっ、待って！ 果林さん……そっちじゃない、そっちじゃないんです……！ あぁぁぁ――！」
しずく「……とまあ、こんな感じでした」
かすみ「って、演技かい！」
侑「じゃあ今頃愛ちゃんたちも……」ﾄｵｲﾒ
しずく「いえ、愛さんがついてるなら大丈夫だと思いますよ。面倒見の良さと果林さんの介護に関しては部内ツートップのうちの1人ですから」
侑「そうなの？ もう1人は？」
ｶﾞﾁｬ
エマ「チャオ〜♪」ﾆｺﾆｺ 基本情報も応用情報も取ったけどさっぱりわからん
わからんけど楽しい キリが悪いですが今回はここまでとさせて頂きます。
レス・保守ありがとうございます。 すごく具体的だけど>>1さんの実体験に基づいてたりするのかな >>155
投資はしているのと、以前金融業界にいたので実体験ベースの部分もありますが(今後も含めて)個別の会社や投資案件のエピソードはフィクションです なるほど文字通りプロだったわけですね。全然知らない業界だから楽しみ 動かしてる資産のレベルが機関投資家寄りだけど銘柄の分析は個人投資家寄りなのかな？
初心者だから勉強がてら楽しませてもらってます 全財産と言っても数百万だけど全部預金だわ 投資は管理やら勉強やら大変そうで手が出せない… こんな感じの勉強になるSSって他にもあったりするのかな めちゃ面白いし勉強になるわ
不動産投資の営業やってたんで果林パートも楽しみ 雰囲気投資って実は結構儲かるからな
機関が雰囲気で投資してたら困るけど個人なら雰囲気で売買してOK >>168
それで資金を5割減らした人間がここにいるぞ！ エマ「あっ、二人が侑ちゃんと歩夢ちゃんだよね？ わたしは3年生のエマです、よろしくね」ﾆｺｯ
歩夢「わ、よろしくお願いします」
侑「よろしくです！」
しずく「エマさんがそのもう1人の方ですよ」
侑「へえ！ そうなんだ」
エマ「え、なになに？ 何の話〜？」
しずく「果林さんのお世話役の話です」
エマ「お世話役って、う〜ん……果林ちゃん、おっちょこちょいなところもあるけどすごく頼りになるんだよ？」
しずく「それはもちろん分かってますよ！ でもあの方向感覚は流石に……」
エマ「そ、それはね？ ……まあ、否定できないけど。で、でもでも〜果林ちゃんはすごいんだから！」
かすみ「エマ先輩と果林先輩は虹学の寮生で仲が良いんですよ」
侑「なるほどねー。しずくちゃんが面倒見の良さで愛ちゃんと並ぶなんて言ってたけど、確かにとてつもない包容力を感じる……私、ときめいちゃうよ！ 私も面倒見られたいなあ〜」
かすみ「な、何言ってるんですか侑先輩……」
侑「あはは、冗談冗談！」
歩夢「エマさんはどんな投資をしてるんですか？」
エマ「敬語なんて使わなくてもいいよ〜」
エマ「わたしはね、えっと、結構いろんなものを触ってて……でも、メインは新興国の債券かな？」
歩夢「新興国の債券……？」 エマ「えっと、債券って分かるかな」
歩夢「あんまり……。国債とか、そういう言葉は聞いたことあるくらいで」
エマ「そうそう！ 国債は国は発行する債券だね」
侑「株とは違うの？」
エマ「全然違うよ〜！ どっちも有価証券だし、発行体がお金を工面するための方法っていう捉え方をすると一緒かもしれないけどね」
エマ「噛み砕いて言えば、債券はお金を貸すのと一緒だよ」
エマ「株と違って、定期的に利息がもらえるの。それに貸したお金は満期になると返してもらえるんだよ？」
侑・歩夢「「……？」」
エマ「えっ、ええっと〜……じゃ、じゃあ例えばね？」
エマ「侑ちゃんが1万円がどうしても必要で、わたしに貸してほしいってお願いしにきました」
侑「うん」
エマ「わたしは『貸してあげるけど、その代わり半年後には全額返してね、あと１ヶ月ごとに500円ちょうだいね』っていう約束をして1万円を貸します」
エマ「それでわたしはトータルで1万円と利息の3,000円を手に入れることができる……」
エマ「と、これが債券のイメージだよ」
侑「なるほど！」
彼方「株にも配当があるけど、配当にあたるのが債券で言うところのクーポンだね。ただ株の配当は業績によって上下したり、最悪無配になるところが違いかなぁ」
エマ「債券っていうと利息からの収入だけって思われるかもしれないけど、それは違って……」
エマ「金利が動くことで債券そのものの価格も変わるから、それもリターンを得るためのチャンスになるんだよ。そういった仕組みもいつか説明できるといいなぁ」
歩夢「結構難しそう……」
エマ「わたしは株より債券の方が理論的に価格が出せるから好きだけど……でもいろんな理由があって普通の人は投資しにくい資産だね」
〜〜〜〜〜
・債券：債権ではない。融資との違いは、貸した金を返してもらう権利を売買できる点。
・有価証券：財産価値を有する文書、証書。株券(株式)、債券や身近なところでは商品券も有価証券に含まれる。
・発行体：債券を発行する主体。国債なら国、地方債なら地方自治体、社債なら企業など。
・配当：企業が株主に利益を分配すること。
・クーポン：債券についている利息(金利)のこと。
・リターン：利益。 エマ「わたしはそれにプラスしてエマージング債券、つまり新興国の債券がメインだから……」
侑「っ……ｗ」
エマ「どうかした〜？」
侑「い、いやっ……なんでもないよ、え、エマちゃん……ｗ」ﾌﾟﾙﾌﾟﾙ
エマ「説明続けちゃうね？ だからその分、地政学的なリスクなんかもあって、いろんな国の政策や為替の動向もキーになるんだぁ」
歩夢「ううん、やっぱり私には難しいかも……」
エマ「えっ、ええ〜っ？ わたしは二人に債券の魅力が伝ってくれると嬉しいんだけど……」ｵﾖｵﾖ
彼方「まあうちは圧倒的に株を触ってる人が多いからねぇ〜」
しずく「エマさんは語学の堪能さを活かしたスタイルですよね」
エマ「あっ、そうそう、そうなの！ わたし、スイスから来ててね？ イタリア語、ドイツ語、フランス語、英語、日本語のマルチリンガルなんだよ！」ﾄﾞﾔ!
歩夢「5カ国語も話せるなんてすごい……スイスって何語で話すの？」
エマ「スイスはドイツ、フランス、イタリア、ロマンシュ語が公用語なんだ。地域によって差があって、わたしはイタリア語圏出身」
侑「一つの国の中にそんなに言語があったら不便そうだなぁ」
エマ「日本はどこに言っても日本語が通じるからいいよね。でもスイスに住んでた頃はいろんな言葉があるのが当たり前だったからあんまり不便には思わなかったかな」
侑「国が違えば感覚も全然違うよね」
エマ「あとは英語とドイツ語はちょっと似てて、同じようにイタリア語とフランス語も似てるからあんまり苦労しなかったような気がするなぁ」
エマ「日本語はスクールアイドルの動画を見まくってたら自然と分かるようになっちゃったし」
侑「エマさんもスクールアイドル好きなの！？」
エマ「うん！ もともとスクールアイドルがしたかったのに投資させられてるの」
彼方「言い方よ」
歩夢「へぇ、じゃあ私や侑ちゃんと同じなんだね」
エマ「歩夢ちゃんもそうなんだ！ 意味わかんないよね、投資なんてさせられてさ！」
彼方「意味わかんないと言いつつ、エマージング債なんて触ってるエマちゃん、結構クレイジーだなぁって彼方ちゃん思うよ」ﾌﾌ
エマ「ええ〜？ そうかなぁ」 ―――
――
―
せつ菜「遅くなりました！」ｶﾞﾁｬｯ
ﾜｲﾜｲ...ｶﾞﾔｶﾞﾔ...
せつ菜「随分賑やかですね……って何ですか？ この匂い」
かすみ「侑先輩が持って帰ってきたお土産を頂いてるんですよ！ あむっ」ﾓｸﾞﾓｸﾞ
エマ「ん〜♪ ボーノ！」ﾓｸﾞﾓｸﾞ
歩夢「第二陣がもうすぐ焼けるから待ってね」ｼﾞｭｰ
しずく「楽しみです！」
彼方「彼方ちゃんも早く食べたいよ……」ｼﾞｭﾙﾘ
せつ菜「へえ！ わざわざお土産を買ってきてくれたんですか？」
侑「いや、会社の人がくれたんだ」
せつ菜「そうなんですね！ これが例の干物ですか？」
侑「うん！ 食べてみてよ」
せつ菜「ありがとうございます。家で夕ご飯の用意をしてもらってるので少しだけ……ぱくっ」ﾓｸﾞﾓｸﾞ
せつ菜「んっ……これは」
侑「どう？ 美味しいでしょ」
せつ菜「確かにとても美味しいですね！」 せつ菜「もう沼津での出来事は皆さんにお話されてるんですか？」
侑「いや、まだだよ。せつ菜ちゃんが来るのを待とうってことになってさ」
せつ菜「そうだったんですね、わざわざ待ってもらってありがとうございます」
侑「ううん。いろいろ考えがあるからせつ菜ちゃんに聞いてもらいたいなって思って」
せつ菜「なるほど……何か面白いお話が聞けそうですね」
―――
――
―
せつ菜「では始めましょう。侑さん、会社はどうでしたか？」
侑「最初のイメージとしてはおっかない社長が出てきそうだなーなんて思ってたんだけど、すごく優しい人たちで厚遇してもらったんだ」
侑「売上の減少に対しての説明は食生活の変化と人口の減少で、まあ納得できなくはないかなっていう感じだった」
せつ菜「なるほど」
侑「で、一番釈然としない……というか話をぼかされたのが販管費の部分」
侑「特に役員報酬については、経理の花田さんがすごい微妙な顔をしててさ、これは何かあるんじゃないかなって」
歩夢「沼津水産加工の役員って何人いるの？」
侑「3人だね。社長の矢立さんとあとは2人。で、帰りの新幹線でもう一回資料を読み直してたら面白い発見があったんだよ」
歩夢「発見？」 侑「そう。この会社、役員のその2人の名字が雨野なんだよ……」
侑「さらにね！？ この会社の大株主のレインフィールドってあるでしょ？ これも調べてみるとその雨野っていう人の個人資産管理会社みたいなんだよね」
せつ菜「ほう……」
歩夢「雨野さんが沼津水産加工に大きく関わってるのは分かるけど、それで？」
侑「で、この有価証券報告書に主たる取引先として紹介されてる『沼津水産商会』……これは魚を矢立さんに卸してる会社なんだけど、これもどうやら雨野さんが関わってるみたいなんだ」
せつ菜「絶大な影響力があるってことなんですね。でも沼津水産加工の社長は創業家の人間でしたよね？」
侑「そうだね。なのに実質的な権力を雨野家に握られてて、その理由がまだよくわからない」
しずく「あの、まだ話が見えていませんけど、結局侑さんは何が言いたいんですか？」
侑「私はこの雨野っていう人が沼津水産加工の利益を食い潰してるんじゃないかなって思ってる」
せつ菜「その根拠は？」
侑「私が工場見学させてもらってるときにね、その雨野さんがやってきたんだよ。働いてるパートのおばちゃんからの嫌われっぷりが半端じゃなくてさ」
せつ菜「なるほど……ですが、それって侑さんの推理に過ぎませんよね？ それだけでは根拠に欠けると思います」
侑「それはそうだけど……」
しずく「仮にこの雨野という方が悪さをしているのが明らかになったところで、それを投資にどう活かすつもりですか？」
侑「うーん、それは……」
侑「うーん……」
エマ「ちょ、ちょっとちょっと、二人とも詰めすぎだよ……。取材で面白い話をもって帰ってきてくれたのは十分な成果じゃない？」
せつ菜「それについてはエマさんの仰る通りです」
歩夢「侑ちゃんはこの会社に投資したいの？」 侑「投資、というか……この会社のことを応援したい」
彼方「応援かぁ……応援なら投資じゃなくてもいいんじゃないかな。侑ちゃんが干物たくさん買ってあげたらいいことじゃんー？」ｳｰﾝ
侑「う……で、でも！ みんなもさっき干物を食べて美味しいって思ったでしょ！？」
せつ菜「それとこれとは別です。冷静に考えてください」
侑「わ、私は……この会社の本来の価値はこんなものじゃないと思ってる」
せつ菜「だったらそれを証明しないといけませんよね？」
侑「……」
歩夢「侑ちゃん……」
せつ菜「そうですね……えっと、では、こうしましょう」
せつ菜「侑さんにもう少し時間を差し上げます。侑さんの推理を正当化するだけの根拠を見つけて、それをもとにした投資プランを私たちにプレゼンしてください」
侑「……」
せつ菜「どうしますか？」
侑「分かった、やるよ」
せつ菜「分かりました……ん゛ん゛っ、今日はもう遅いですしこれで解散にしましょう」
彼方「はーい。早く帰って遥ちゃんにご飯作ってあげなきゃ」ﾃｸﾃｸ
しずく「私は演劇部の練習に少し顔出ししないといけないので、お先に失礼しますね」
かすみ「あっ、待ってしず子！ 途中まで一緒に帰ろ！」ﾀｯ
せつ菜「私もお先です。最後に出られる人は電気、きちんと消しておいてくださいね」ｶﾞﾁｬｯ
せつ菜「あと……楽しみにしてますね、頑張ってください」 ﾊﾞﾀﾝｯ...
侑「……」
歩夢「大丈夫？」
侑「いやぁ、結構いろいろ言われちゃった。みんな……特にせつ菜ちゃんなら私の情報をもとにいろんなアイデアをくれるんじゃないかって思ってたんだけど」
エマ「みんな、いろいろ考えてたとは思うよ？ 自分で考えてって、そういうことだよ」
侑「そうだね……エマさん。でもどうしよ……」ｳｰﾝ
歩夢「私にも何か手伝えることあったら言ってね……？」
侑「うん、ありがと、歩夢……」
エマ「わたしも手伝うよー！ 新人ちゃん二人に放任するにはちょっとむずかしいお題かなって思うし」
侑「いいの？ 自分で考えてって言ってたけど」
エマ「もちろんわたしが手取り足取り……ってするわけじゃないよ〜！？ 少しだけアドバイスできるところがあればするよってこと！」
侑「ありがとう、エマさん……！」
歩夢「なんか私のときと反応違う！」
侑「あははっ、ごめんって」
―――
――
―
―虹ヶ咲学園 廊下
かすみ「侑先輩、どうなると思う？」
しずく「私はあの会社に固執するよりも早く見限って違う会社を探すべきだと思う、かな……」
かすみ「まあ、ちょっと機会損失なところはあるよね……」
しずく「……」
かすみ「……どした？」
しずく「さっき侑さんにきつい言い方しちゃったなって思って」ｼｭﾝ...
かすみ「ええっ！？ 今更！？」
しずく「だってそうでしょ？ 後輩のくせに生意気って思われそう……嫌われたらどうしよう……」
かすみ「むっ……」
しずく「つい部活の普段のノリで侑さんには当たっちゃったけど、まだ入って間もない侑さんにはキツかった、うん、あれはどう考えてもキツかった」
かすみ「しず子こっち向いて」
ﾃﾞｺﾋﾟﾝｯ
しずく「いたっ！」
かすみ「前も言ったじゃん！ 嫌われるかもなんて気にしなくていいって！」
しずく「あ……ごめんね、かすみさん。ありがとう」
―ファミレス
テーブルには毒々しく彩られた7枚の積み重ねられたパンケーキが鎮座している。
璃奈「きた……！ 伝説のマウンテンパンケーキ」ﾜｸﾜｸ
果林「見た目、毒々しすぎない？ 本当に食べ切れるかしら……」
愛「す、すごいねこれ……」
璃奈「30分で完食できたら半額。2人とも、頑張るよ」
璃奈ちゃんボード メラメラ！
愛「う、うん……」ﾊﾟｸｯ
果林「うん、味はけっこうイケるわね」ﾓｸﾞﾓｸﾞ
愛「うんっ……！ これならイケるかも！ 愛さんテンション上がってきた！」ﾋｮｲﾊﾟｸ
璃奈「あむっ、あむっ……」
―――
――
―
―30分後
果林「……」ｽﾞｰﾝ
璃奈「……」ｳﾌﾟ
愛「あむっ……うっ」ﾓｸﾞ...ﾓｸﾞ...
果林「む、無謀だったわね……」
璃奈「反省……」
愛「お腹、はち切れそう……」 ﾋﾟﾛﾘﾝ♪
愛「あ、エマっちからLINEだ……えっ」
璃奈「どうしたの？」
愛「ゆうゆ、また沼津に行くらしいよ」
璃奈「えっ」
果林「へえ、一体どんな展開があったのかしらね？」
璃奈「気になる……」
愛「しかも交通費だけじゃなくて経費で10万ほしいって」
愛「あんまりお金のかかる調査してほしくないんだけどなぁ〜……」ｳｰﾝ
果林「まあいいじゃない。10万円で数千万の大きな利益が得られるチャンスになるなら安いもの、でしょ？」
愛「まあそうだけどさー」
―――
――
―
―翌日 沼津水産加工 夜
再び沼津に訪れた侑はタクシーの中で沼津水産加工の敷地の門を眺めていた。
運転手「……お嬢ちゃん、その女の子とやら、本当に来るのかい？」
退屈そうにハンドルで指を遊ばせる老いた運転手が呟く。
侑「す、すみません……！ 多分来るんで！ もう少しだけ！」
侑「うーん」ｼﾞﾛｼﾞﾛ
運転手「はあ、まあいいけどねえ、ここの時間の分帰りは少し遠回りさせてもらうよ」
侑「わ、分かってますって。……あっ！」
侑は門から出てくる橙色の髪をした少女を認め、急いでドアのウィンドウを開けた。
彼女は昨日工場で見かけたバイトの少女である。
侑「おーい！ おーい！」
バイト「……？」
侑「こっちこっち！」
バイト「あれ？ あなたは昨日の……」
侑「そうそう！ ちょっと乗ってくれる？」
バイト「えっ、わ、分かりました」
バイトの少女は警戒もせずにタクシーに乗ってきた。
そしてすかさず侑は、
侑「運転手さん！ 駅前のカフェまで！」
運転手「はいはい」
バイト「えっ……えっ！？ ちょ、なんですか！？ えええええぇぇぇぇぇぇ――！！！」
荒々しい運転でタクシーは市内の中心部へと向かっていった。
―カフェ
侑「私はこの……本日のコーヒーで。君は？」
バイト「えっ！？ えっと、えーっと……ブラッドオレンジジュースで」
カフェ店員「かしこまりました。座席にこのカードを置いてお待ち下さい」
侑「はい、ありがとうございます。さて、行こ行こ！」
バイト「わっ、ちょ、ちょっと……」
侑は少女をカフェの奥まった場所にある座席へ連れていき座るように促した。
バイト「あの！ いきなりなんなんですか？ 変な勧誘とかなら……」
侑「ああっ、違う違う！ 私、投資家の高咲侑って言います」
バイト「ですよね、昨日の……やっぱり私、勧誘とかだったら帰ります！」
侑「違うって！ えっと……ちょっと調べてもらいたいことがあって、仕事のお願いというか」
バイト「やっぱり変な加入じゃないですかぁ！」ﾋﾞｸｯ
侑「き、聞いて？ 突然連れてきちゃったのは謝るから」
店員「お待たせしました。ではごゆっくりどうぞ」ﾄﾝ
侑「ありがとうございます。ね？ とりあえずオレンジジュース飲んでる片手間でいいから聞いてよ」
バイト「うー……聞くだけですよ？」 侑「ありがとう！」ｷﾗｷﾗ
侑「それで、えーっと……名前は」
千歌「高海千歌です……」
侑「千歌ちゃんね！ ありがとう」
侑「千歌ちゃんにやってもらいたいことは2つ。1つは昨日工場に来た雨野さんについて調べてもらいたいんだ」
千歌「あぁ〜、あの」
侑「そうそう。矢立さんと雨野さんの事情については昨日一緒にいたおばさんが詳しそうだったでしょ？ だからその人に聞いてもらえばいいのかなって思うんだけど」
千歌「……」ｼﾞｭｰｯ
ジュースを飲みながら頷く千歌。
侑「で、もう1つは工場の冷蔵室にある魚の写真を撮って私に送って欲しいんだよね」
千歌「ふーん……でもなんでそんなことを？」
侑「うーん、深くは話せないけど気になることがあってね」
千歌「直接社長さんに聞くのはダメなんですか？」
侑「うん。それはちょっと都合が悪い」
千歌「うーん……」
侑「どうかな？ 報酬ははずませてもらおうと思うんだけど……」
千歌「ほ、報酬……？」ﾋﾟｸｯ
侑「そう」 千歌「ちなみにいかほどで……？」
侑「これでどうかな」
侑は鞄から茶封筒を取り出してテーブルに置いた。
それをすっと千歌の元へとスライドさせた。
恐る恐る手にとって封を開ける千歌。
千歌「……！？」
千歌「こっ、こんなに！？」
侑「うん」ﾆｺｯ
千歌「じー……」ｼﾞｰｯ
訝しげに侑と封筒を交互に見る千歌。
千歌「お、お年玉もなかったし……」
侑「えっ、お年玉？」
千歌「あっ、いや、なんでもないです……。うー……」
千歌「わ、分かりました！ やります！」
侑「本当！？ 嬉しいよ、千歌ちゃん！ じゃあこのお金は仕事を済ませてくれたら送るね」ｽｯ
千歌の手からすっと封筒を抜き取って鞄にしまう侑。
千歌「ああっ……。今もらえるわけじゃないんですね……」ｼｭﾝ
―――
――
―
―2日後 沼津市内 ホテル
ﾋﾟｯ
侑「どう？ 見えてる？」ﾌﾘﾌﾘ
歩夢『うん、見えてるよ。侑ちゃん』
エマ『見えてまーす♪』
侑「Zoomなんて初めて使ったよ〜。これ資料も画面共有で見せることもできるし結構いいね！ ときめいちゃう！」
歩夢『ときめく……かな？』
エマ『それで、なにか成果はあった？』
侑「うん、大アリだったよ！ 千歌ちゃんっていう子にいろいろ調べてもらって、あとは自分でも漁港や市場を見て回ったりしてたんだけど――」
侑はことのあらましと推理を二人に伝えた。
―――
――
―
エマ『……なるほど〜。けっこう面白い話だね』
歩夢『酷いね、そんな昔のことを……』ｳｰﾝ
侑「だよね」
歩夢『全体感は掴めたけど、この間しずくちゃんも言ってたように、どうやって投資しようと考えてるの？』
侑「そこが私の作戦のキーなんだよ！ 実はね、結構暇だったからたくさん本を買ったりネットを調べたりしてもしこの会社に投資するなら〜っていうのを考えてたんだけど――」
―――
――
― エマ『かなり攻めた計画だね……！』
歩夢『でも本当にうまくいくのかなぁ』
エマ『そこだね。それに、実際にやってみて利益が得られるのかもシミュレーションしなきゃだよ』
エマ『実際に数字でシミュレーションしてみたの？』
侑「いや、まだ……というかやり方がよく分からなくて」
エマ『そっかそっか、じゃあわたしが手伝うからやってみよっか』
侑「はい！」ｷﾗｷﾗ
エマ『歩夢ちゃんにも役に立つだろうからよく聞いててね』
歩夢「うん！」
エマ『じゃあまずエクセル開いて画面共有してもらっていいかな？』
―――
――
―
―翌週 部室
愛「ふ〜、お疲れお疲れ！ んーっ！」ﾉﾋﾞｰｯ
かすみ「愛先輩、ひけおつです！」
愛「聞いた？ 今日ゆうゆがピッチしてくれるらしいけど」
かすみ「聞いてますよ！ 愛先輩は前回いなかったですもんね」
愛「うん。エマっちと歩夢が手伝ってるって聞いたけど」
かすみ「みたいですね！ 先週は根拠が弱いってことで流れちゃったんです」
愛「へえ〜。っていうか、新人相手に随分厳しいなぁ」
ｶﾞﾁｬｯ
歩夢「愛ちゃん……かすみちゃん……」
かすみ「あっ、お疲れさまです！ 歩夢先輩♪」
愛「って、どうかしたの？」
歩夢「私の株が……株がぁっ……」ｳｩｯ
かすみ「あぁ〜……まあ、私も見てたので知ってますけど」
愛「あー、下がっちゃったもんね〜。ドンマイドンマイ！ 歩夢！」ｻｽｻｽ
かすみ「よくあることですよぉ、歩夢先輩……前向いて頑張りましょ！ それで、今いくら含み損があるんですか？」ｻｽｻｽ
歩夢「売っちゃったの」
愛・かすみ「「ええっ！？」」
〜〜〜〜〜
・引け乙：「本日の取引お疲れ」という意味のスラング。
・ピッチ：この文脈では投資戦略などを説明する短いプレゼンテーションのこと。 せつ菜「こんにちはっ！」ｶﾞﾁｬｯ
愛「ねえ聞いてよせっつー！ 歩夢、カニホーの株売っちゃったんだって！」
せつ菜「えっ？ そうなんですか？」
歩夢「うん……本当は先週上がったタイミングで売っておけば5,000万円の利益が出てたはずだけど、今日-4.4%下がって売って……2,800万円の利益だったよ。ごめんね……」
せつ菜「……そうですか」ｼﾚｯ
歩夢「え？ それだけ？ 怒られちゃうかと思ってた……」
せつ菜「あ、いえ、全然良いと思いますよ！ 結果的に儲かったんですから。ただ……個人的には歩夢さんが簡単に手放してしまうなんて少し残念です」
愛「せっつーはこう言ってるけど愛さんは歩夢のことめっちゃ高く評価したいよ！ 普通欲が出ちゃってこんなタイミングで売れないからさぁ」
かすみ「かすみんも悪くなかったと思いますよ？」
愛「せっつーみたいに銘柄に強いこだわりを持っちゃうとダメな株を握ったときもずーっと持っちゃうからさ、損切りできるって超大事だよ！ 損してないけど」
せつ菜「なっ、こだわりって何ですか！ 私が損切りできない人間みたいな言い方……！」
愛「あぁっ、いやいや、そういう意図はなかった！ ごめんごめん……まあせっつーは銘柄選びのセンスが図抜けてるから気にならないんだろうけどさ、普通の人が投資する上では損切りとかルールとか大事じゃん？」
せつ菜「私もまだまだですよ……。ええと、もちろんルールを否定してるわけではないですが、歩夢さんのプランとしては40数%のリターンを見込まれていたんでしょう？」
せつ菜「5%くらいですか？ をきちんと成果として出せたのは良いスタートだとは思いますけど、もう少し粘っても良かったのではと思ってしまいます……中長期的な視点に立てばプラスマイナス10%くらいはノイズでしかないので」ﾔｲﾔｲ
愛「つっても、そのプラマイ10%の変動がノイズなのかファンダ要因なのかの判断なんてつかないじゃん」ﾔｲﾔｲ
歩夢「あの……白熱してるところ、申し訳ないんだけどこれから私はどうしたらいいかな？」
〜〜〜〜〜
・損切り：損失を抱えている状態で株式を売り、損失を確定させること。損切りをしなければ損失がどんどん膨らむケースもある。
・ファンダメンタルズ：略してファンダと言われることもある。企業の状況を表す指標。ここでは企業の状況という意味で使った。 せつ菜「入部試験の結果については侑さんの案件が落ち着いてからお二人にお伝えできればと思ってますよ！ それまでの間は」
歩夢「あのね、せつ菜ちゃん」
せつ菜「なんでしょう？」
歩夢「それまでの間、私……侑ちゃんのお手伝いしてもいいかな？ 最悪私は部に入れなくてもいいけど、侑ちゃんがマネージャーになれるようにサポートしてあげたくて。侑ちゃん頑張ってるから、失敗してほしくなくて」
せつ菜「ちょ、ちょっと待ってください！ 『最悪私は部に入れなくていい』なんて聞き捨てならないですよ、歩夢さん」
歩夢「あっ、えっと……それは言葉の綾っていうか」
せつ菜「言葉の綾でもそんなこと言わないでください……。歩夢さんのスクールアイドルになりたいというのはその程度の気持ちなんですか？」
歩夢「も、もちろんそんなことない！ ないけど」
愛「けど？」
歩夢「侑ちゃんの投資の方法に比べたら私、何にも考えてなくて……見劣りしちゃうのかなって思って」
かすみ「歩夢先輩……。かすみんはそんなことないと思います！ 侑先輩がどういうことを考えてるのか知りませんけど、投資のやり方にすごいもすごくないもないですよ！ リターンが出たか出なかったか、それだけですっ」
せつ菜「つまり、侑さんの投資に比べて歩夢さんは自分のが劣っていると思って、入部できないだろうと思われていると。そういうことですか？」
歩夢「そういう気持ちもゼロじゃなかった、かな……」
愛「そんなに気にする必要ないと思うけどなあ〜？ アタシだって入った当初はそんなもんだったよ？」
せつ菜「私だってそうでしたよ！ 歩夢さんは勘違いしていることが2つあります！」
せつ菜「1つ、投資の手法それ自体に優劣はありません。複雑な手法で勝っても単純な方法で勝っても、利益が同じならそれは同じことです。むしろシンプルな方法の方が効率的だと私は思います」
かすみ「ってそれ、私がさっき言ったやつじゃないですかぁ！ せつｎ」ﾑｸﾞｯ
愛「かすかす、ちょっと静かにしようね」
かすみ「むー！」 せつ菜「そしてもう1つ、侑さんは歩夢さんを犠牲にしてまで入部したいなんてきっと思っていません」
歩夢「せつ菜ちゃん……」
歩夢「そうだよね、ごめん」
せつ菜「まあ、歩夢さんが侑さんを大切に想う気持ちはよく分かりましたから、侑さんの手伝いをすることは認めましょう」
歩夢「……いいの？」
せつ菜「その代わり、自分でも投資アイデアをいろいろ考えておいてくださいね。もし仮に歩夢さんが入部されたらアイドル活動の傍ら、今の10倍のお金を運用してもらおうと思っているので」
歩夢「えっ、じゅっ、10倍……？」
せつ菜「はい。それが投資部のスタートラインです」
せつ菜「流石に50億を集中投資してもらおうとは思っていないので、ポートフォリオを組んでいただくことになります」
せつ菜「たくさん勉強して、いろんなアイデアを貯めておいてください！」ﾆｺｯ
歩夢「分かった……頑張るね、ありがとう……！」ｸﾞｽｯ
―――
――
―
〜〜〜〜〜
・ポートフォリオ：投資資産の組み合わせ。 侑「お待たせ！」ｶﾞﾁｬｯ
エマ「こんにちは♪」
せつ菜「こんにちは！ ピッチの用意はできましたか？」
侑「うん！ これがベストかどうかは分からないけど、歩夢とエマさんに手伝ってもらったからできた！」
侑「今プロジェクターに繋ぐからちょっと待ってね……」ｶﾞｻｶﾞｻ
愛「そういえばエマっち、調査経費の10万円って何に使ったの？」
エマ「それはね〜」
侑「沼津水産加工のバイトの女の子にいろいろ調べてもらってさ、その子にお礼としてあげたよ」
愛「うおっ、そうなんだ？ ってインサイダーとかしてないよね！？」
エマ「それは大丈夫だと思う。侑ちゃんが取材のときに見せてもらった公開情報の範囲内みたいだから」
愛「ふーん、ならいいけど……」
ﾋﾟｯ
侑「映った！」
侑「じゃあ始めるね……」
侑「結論から言うと、私は雨野一族の影響力を会社から無くそうと思ってる」
〜〜〜〜〜
・インサイダー取引：上場会社の関係者が職務や地位によって知った外部非公開の情報を利用して株を売買すること。決定事実、発生事実、決算情報など、知ってはいけない情報は細かく規定されている。 都合のため本日これ以上投下できないので続きは明日か月曜日に。
いつもレス頂きありがとうございます。 カニの四季報見ると去年の夏からラブライブの文字消えててなんとも言えない気持ちになるよねぇ カニのブリーチとかキャプ翼のアプリ売れてるんかな
俺には全く需要が分からんけど 引け乙〜
…言ってみたかっただけです
侑ちゃんみたいに頑張って知識つけてる人を見ると勉強する気が起きるよね アメリカ株でおはぎゃーするかすみさんが見たいです💙
しかし株じゃなく債券だとお金持ちが安全に1億円を1億100万円にするようなものだからなぁ
かと言って高利回りのトルコリラ建て債券なんて死屍累々の結果になったからなぁ >>201
蟹のラブライブブランド
バンナム傘下のゲーム開発者会社に売却したほうが
みんな幸せなんじゃないか
ゲームとしての蟹の開発力は低いし
3Dライブの頑張りは認めるけど 書く時間がなかなか取れず更新遅くなってしまいそうです…エタらせず話の一区切りつくところまでは書くつもりなのでお待ちいただければと思います、申し訳ないです アメリカ株神話あるけどGEみたいなゴミは....
ビッグウェーブに乗れなかったな >>208
ええんやで、気長に待ってる
沼津水産の人名チョイス面白すぎるでしょｗ 昨日はアメリカのゲームストップとかいう株がやばかった アレはreddit民が買いまくってファンドをショートスクイーズさせにいったんやろ？面白すぎる /⁄*ｲ`＾ᗜ＾ﾘ「コールオプション買いまくりますよ！！！」 最後の更新から２週間か
面白い題材だと思うので多少間が空いても少しずつでも是非エタらずに続けてほしいな 愛「影響力をなくすって……大株主にでもなるつもり？」
侑「そう、そのつもりなんだよ！」
愛「うーん、なるほど？」
せつ菜「ですが、5億円ではこの会社に対して十分な影響力を持つのは不可能ですよね？」
侑「そうだね……。でも私が入部できたら50億を運用させてもらえるんだよね？」
せつ菜「……どうしてそれを？」
エマ「ごめん、わたしが言っちゃったんだ」
せつ菜「……侑さんに入れ知恵したのもエマさんですか？」
エマ「ううん、違うよ。計画を思いついたのは侑ちゃんだよ！」
せつ菜「まさか、侑さんは50億全額使って買収したいと……？」
侑「簡単に言ってしまうとその通りなんだけど……」
愛「ゆうゆ、それはいくらなんでも……」
侑「出過ぎたことを言ってるのは分かってる。けど実現できれば確実にリターンを生み出せると思うんだ」
せつ菜「とりあえず最後まで聞かせてもらいましょう」
侑「ありがとう！」ﾊﾟｧｯ 侑「まずは沼津水産加工の株主構成を見てほしい」ﾋﾟｯ
侑「筆頭株主は雨野氏の資産管理会社のレインフィールドが30%を握ってて、その次に矢立さんが20%。残りが他の投資家っていう状態だね」
せつ菜「このうち何%を取得する予定なのですか？」
侑「えっと、何%っていう感じじゃなくて、MBOで上場廃止を目指そうと思うんだよね」
かすみ「ええっ！？ それって入部課題のルール的にどうなんですか？」
せつ菜「あくまでも1社に投資するというものなので、投資手法に制限はありません。一応大丈夫ではあるんですけど……前例がないですね」
かすみ「なるほどぉ……これってPE投資になるんですか？ かすみんあんまり詳しくないので」ｳｰﾝ
侑「うん、多分PE投資になるんだと思う。軽く本で読んだだけの知識だけど……」
せつ菜「プライベート・エクイティ(PE)、つまり非公開株への投資になるのでPE投資という認識であっていますよ」
かすみ「ふむふむ。MBOっていうのはなんなんですか？」
せつ菜「マネジメント・バイアウト。非上場化する際の手段の1つですね。会社の経営者がファンドなどの資金提供によって自社株を買い取るというものです」
愛「愛さんにはもう関係ない領域だなぁ〜……素人質問で悪いんだけど、PE投資って公開株に比べてそうそう簡単にイグジットできないよね？」
かすみ「具体的にどうやって投資回収するつもりなんですか〜？」
せつ菜「ある程度長いスパンの話になるでしょうし、在学中に回収できるんでしょうか……？」
エマ「みんな、質問は侑ちゃんのお話が終わってからにしようよ」
せつ菜「そうですね……続きお願いします」
侑「ありがとう、エマさん。じゃあ続けるね？」
〜〜〜〜〜
・イグジット：投資回収 侑「投資の方向性としてはさっきも言った通り、MBOによる非上場化と、その後の事業再編を経て投資回収を目指すっていう感じだね」
侑「まずはMBOについて」ﾋﾟｯ
侑「沼津水産加工の時価総額約60億円のうち、現経営陣以外の50%を買いたいわけだから、最低でも30億。プレミアムが30%乗ると仮定して39億円かかると想定してる」
侑「最終的に私が沼津水産加工の経営権を得るのがゴールではあるんだけど、レインフィールドが30%株式を持ってるから、私が下手に動いて思惑を気付かれると良くないかなと思った」
せつ菜「先回りされて1/3以上持たれると困るからということですか？」
侑「うん。このあとにも関係するけど株主総会で特別決議を通せなくなっちゃうからさ。だからまずは友好的に近づいてMBOを提案するのがいいのかなって」
侑「それで、非上場化したあとは矢立さんと私で70%の株式を持つことになるから、まず役員の二人を解任する」
侑「そこから先は残ったレインフィールドの30%をどう取るかなんだけど」
侑「株式併合を使ったスクイーズアウトでレインフィールドを排除できればと思ってる」
愛「かすみん分かる？」
かすみ「むっ、かすみんにだって株式併合くらい分かりますよ！ 100株を1株に統合したりすることですよね！」
愛「おおっ、そうそう！」
かすみ「愛先輩、かすみんのこと馬鹿にしてるんですかぁ！？」ﾑｯ
愛「あはは、冗談だって」
かすみ「むーっ」
せつ菜「スクイーズアウトは少数の株主から大株主が強制的に株式を買い上げることですね」
侑「うん。それでレインフィールドの持ち分を端株になるようにして、強制的に現金で買い上げようと思ってる」
愛「お金は大丈夫なの？」
侑「それは大丈夫！ 50億円のうちの残りの分と、沼津水産加工の現預金でまかなえる計算になってる」
〜〜〜〜〜
・プレミアム：買収価格と時価の差。例えば時価で100円の株を130円で買うと30%のプレミアムを支払うことになる。
・端株：1未満の株のこと。0.4株など。株式としての効力が無い。端株は強制的に買い上げることができる。
・特別決議：株主総会で株主の2/3以上の賛同が必要な決議。株式併合は特別決議が必要になる。 せつ菜「買収のプロセスについては分かりましたが、その後は具体的にどうするつもりなんでしょうか？」
侑「そうだね……ここから先が現地で取材した成果かなと思うんだけど、これをまずは見て」ﾋﾟｯ
かすみ「これは……アジですね」
侑「そう、これは沼津水産加工の冷蔵室にあるアジの写真なんだけど、これらのアジは全部沼津水産商会から卸されてる」
侑「それでこれが私が朝市に行ってきて撮ってきた写真」ﾋﾟｯ
愛「これもアジ？」
せつ菜「のようですね」
侑「この2枚の写真を見比べてみて何か違いが分かる？」
かすみ「うーん……愛先輩、せつ菜先輩、分かりますか？」
せつ菜「なんでしょう……」ｼﾞｰ
愛「大きな差はじゃないかもだけど、冷蔵室の方さ、ちょっとちっちゃいのが混じってない？」
侑「わ、よく分かったね！ そう、こことここ……今赤丸で強調したところとか、ほらこの魚とか明らかに小さいよね？」
かすみ「言われてみればそうかもですね」
せつ菜「確かに少し小ぶりです」
侑「それでこれが同じ冷蔵室のまた別の箱の写真、ここにも少し小さいのがいるよね」
侑「これも」ﾋﾟｯ
侑「これも」ﾋﾟｯ
侑「ほら、これなんて小魚だよ！」
せつ菜「でも、小ぶりなサイズの魚が混じってしまうのはよくあることなのでは？」 侑「少なくとも市場で売られてたもののはサイズで選別されてて、こんな明らかに小さいのが混ざってることはなかったんだよね」
侑「干物を作るときも基準を厳しく作ってるって矢立さんは言ってたから、注文するにしてもサイズはある程度選別してるんじゃないかなと思うんだけど……」
愛「選別しない分安くしてもらってる可能性は？」
侑「それも考えたんだけど、沼津水産加工の商品の価格と原価率から逆算すると市場で売られているものと大差ないんだよね」
エマ「ボリュームディスカウントもない計算になるんだよね」
せつ菜「つまり沼津水産商会でないところから鮮魚を購入した方が原価率が抑えられると」
侑「そう考えてる」
侑「どうして矢立さんのところが商会からほぼ独占的に買ってるのか、細かい事情は分からないけど何か弱みを握られてるみたいなんだ」
せつ菜「そこはしっかり洗い出さないと実現可能性に関わりませんか？」
侑「それは今後の取材で聞いてみるつもりだったんだよ。一応調べてみたんだけど当てが外れちゃって……」
侑「まあ、それでどうしても見過ごせないような何かがあるなら投資は控えればいいってことになるよね」
侑「で、まずはこの仕入先を変えることでだいたい2%原価が抑えられる計算になったから、それだけでも会社の営業利益が14億増えることになる」
侑「あとは販管費の部分も2%くらい削れる計算になったんだ」ﾋﾟｯ
侑「内訳としてはさっきも言ったように役員2人の解任と不採算の子会社の売却が大きいものかな……」
侑「ただ、子会社のところに関しては必ずしもできるとは思ってないから、そこは私の交渉でなんとか理想に近づけることができればって感じかな」
侑「仮に全てがうまくいったとすると、これだけで0.85%の営業利益率が5%まで改善することになるんだよ」
侑「売上は横ばいだと仮定してもEPSは現状の約3倍。回収については5年後の再上場を仮定してて、IRRは25%を想定してる」
〜〜〜〜〜
・ボリュームディスカウント：大量に仕入れる代わりに割引してもらうこと。
・IRR：内部収益率。投資プロジェクトの見込みの利回り。 愛「5年以内の再上場ってことはゆうゆも私たちも卒業しちゃうじゃん！」
侑「きっちり5年間っていうわけじゃないよ。私が在籍できる間に悪い部分を取り除くことができれば何とかなると思ってるんだけど」
エマ「最悪他の買い手を探して売り渡すのも手だよね」
せつ菜「そうですね……そもそも矢立さんからの協力は確実に得られるものなのでしょうか？」
侑「それは正直分からないかな。交渉次第」
愛「いくらその矢立さんが良い人でも、ぽっと出の得体の知れない投資家に簡単に協力してくれるとは正直思えないかなぁ」
エマ「せつ菜ちゃんとしてはこの計画、どう思ってる？」
せつ菜「アイデアは面白いと思いますが……」
かすみ「5億円の範囲を超えてるのは大丈夫なんですか？」
せつ菜「う……そうですね」
せつ菜「……」ｳｰﾝ
侑「……」
せつ菜「……」
せつ菜「とりあえず、やってみましょうか」
侑「い、いいの！？」 せつ菜「侑さんの仰ったストーリー通りに実現できれば投資効率も悪くありませんし、ルールを重んじすぎて柔軟な発想の芽を潰してしまうのは不本意です」
歩夢「せつ菜ちゃん……！」
侑「愛ちゃんはいいの！？」
愛「え、アタシ？ う〜ん、アタシはまぁせっつーがゴーサインを出すならいいかなと思う。楽しそうな計画だとはアタシも思ったしね」
侑「そうなの？」
愛「否定的なことばっかり言っちゃったから反対してると思ってた？」
侑「う、うん……」
愛「あははっ、まあ楽しいだけじゃ失敗しちゃうじゃん？ 疑って疑って、それでも否定できない楽しい計画ならサイコーってことだよ」
せつ菜「とはいえ、これからが重要です！ あちら側に協力を仰ぐことができるのかどうかをしっかり見極めなければいけませんよ」
侑「もちろん、頑張るよ！」
せつ菜「一番最悪なのは非上場化したあとに経営を改善できなかった場合です。50億近い資金を流動性が乏しく魅力的でない資産に投下し続けることになってしまいますから……」
愛「上に協力は仰げないのかな？」
歩夢「上？」
愛「私たちの資金を出してくれてるところ……つまりこの学校を運営してるところだよ」
せつ菜「いずれにせよ説明はしなければいけませんね……少し気が重いですが」 かすみ「どういうことですか？」
せつ菜「言ってませんでしたっけ？ 私、創設者一族の方の元へ運用の内容を報告しに行ってるんです」
せつ菜「基本的にはほとんどの裁量を与えてくださっていますが、彼らの意思に反する投資できないというのがルールです」
エマ「お金の運用を任せて、意図しないことに使われてたりしたら嫌だもんねぇ」
かすみ「なるほど……そうだったんですね。どんな人たちなんですか？」
せつ菜「ええと、それは言えないんです。いわゆる箝口令ですね」
愛「歴代の部長しか知らないんだよ。だから今在籍してる人で言えばカナちゃんとせっつーだけだね」
せつ菜「すみません、話が脱線してしまいましたね」ﾁﾗｯ
侑「あっ、ううん、大丈夫！ 次はいつ会社に行けばいいかな？」
せつ菜「そうですね……少し日を空けてもらってもいいでしょうか？」
侑「何かあるの？」
せつ菜「それこそ先程話していた内容に関係することですよ。運用報告の際に侑さんの投資計画も話す予定なので、その折に許可がもらえたら次の行動に移りましょう」
侑「そ、そっか！ 分かった！」
せつ菜「気持ちがはやるのも分かりますが、会社は逃げませんし株価もそう短期で変動しないと思うので安心してください」
―――
――
―
―洋館
優木せつ菜は窓から広大な庭園を眺めていた。
彼女が座する一室は数人がいるくらいでは持て余してしまうほど広々としており、格式高い家具や調度品が置かれている。
せつ菜「……」
せつ菜「遅いですね……大丈夫でしょうか」
メイド「お待たせしてしまい申し訳ありません、優木様。もうすぐ来ると思うのですが」
せつ菜「ああ、いえ！ 急いでいるわけではないので……」
彼女が待っている人物こそ、虹ヶ咲学園を創設したある名家の当主である。
せつ菜（最近、持病が悪化して体調が優れないということは伺っていましたが……）
ｷｨｨｨｨ....
木製の大きな扉がゆっくりと開き、車椅子に乗った白髪の男性が現れた。 せつ菜「ご無沙汰しております――」
せつ菜は姿勢を正して扉の方向に目を向けた。
せつ菜「お変わりありませんか、三船さん」 三船「まあ、なんとかだね……待たせちゃってすまないね。せつ菜ちゃんはどうかな」
老人はしわがれてはいるものの、優しさを感じる声でせつ菜を気遣った。
せつ菜「はい、私の方もつつがなく……」
三船「はは、いつもそんなに畏まらなくてもいいって言っているじゃないか」
せつ菜「いえいえ……あの、そちらの方は」
三船「ああ、気になるよね」 栞子「三船家次期当主、三船栞子と申します」
そう言うと栞子は恭しく頭を下げた。
せつ菜「次期当主……あっ、ええと、優木せつ菜、いえ……中川菜々と申します。よろしくお願いいたします」
栞子「知っていますよ。投資部とスクールアイドル同好会では優木せつ菜、生徒会では本名の中川菜々……」
せつ菜「知ってくださっているんですね！ 栞子さん……で、良いでしょうか？」
栞子「はい、構いません」
せつ菜「栞子さんが次期当主ということですけど……」
三船「見ての通り、もう私は長くはなくてね……実は先日余命宣告を受けたんだ」
せつ菜「……」
三船「それで、栞子は私の孫でね。心機一転で若者に舵を取らせるのも良かろうと思ったんだ」
せつ菜「そうだったんですね……」
三船「次にここに来るときは栞子が相手をすることになると思う。私は軽井沢あたりで隠遁させてもらうよ」
せつ菜「そうですか……僭越ながら、お疲れさまでした」
三船「ありがとう。彼方ちゃんにもよろしく伝えておいてくれるかな」
せつ菜「もちろんです！」 三船「……というわけで、始めようか」
栞子「私は見学させていただきますね」
せつ菜「分かりました」
せつ菜「運用報告の前に、現在入部課題を受けている2名、高咲侑と上原歩夢について報告させていただきたいのですが」
三船「タカサキ」
せつ菜「どうかしましたか？」
三船「漢字はどう書く？」
せつ菜「高いに花が咲くの咲で、タカサキですね」
三船「そうか……高咲か」
栞子「お知り合いか何かでしょうか？」
三船「……」
三船「いや、大丈夫。続けて」
せつ菜「両名とも、最低基準はクリアできていると私は考えています」
せつ菜「上原さんに関しては5億円をカニホーに投資し、5.8%のリターンをあげています。本来であれば40%のリターンを見込んでいましたが、早めに手仕舞いした形です」
せつ菜「自分の判断に対する自信をもう少し持ってもらいたいところですが、そこは今後の経験である程度カバーできると思っています」
栞子「その上原さんという方はどういった理由でカニホーに投資されたのですか？」 せつ菜「カニホーが運営するゲームの1つが大きく成長することを見越しての投資でした。上原さん自身がそのゲームのファンだったようで」
栞子「なるほど、それで？」
せつ菜「え？」
栞子「え、まさかそれだけではないですよね？ もしそれだけなのだとしたら5億円という大金を投じるにはあまりにも無根拠過ぎませんか？」
せつ菜「……根拠が薄いと言われればそれまでですが」
栞子「なっ……ありえません！ いくら入部課題だからといってあまりにずさん過ぎます」
せつ菜「聞いてください。私はですね、未来の予測なんて本質的には不可能だと考えています」
栞子「……何が言いたいのでしょうか？」
せつ菜「根拠をどれだけ尤もらしく並べ立てたとしても100%当てることなんてできないと言っているんです。いわゆるプロの方々の予想の的中率や勝率がどれだけあるか知っていますか？」
栞子「良くて5割あるかないかでしょう。私も投資をしているので知っていますよ、そのくらい」
せつ菜「栞子さんも投資をされているんですね。なら投資の本質を分かっているのではないですか？ 安く買って高く売る……そのために必要なものは何か」
せつ菜「それは他人と違うものの見方をするということです、違いますか？」
栞子「……そうだとしても、これが好き、あれが好き……ただそれだけの理由で投資をして成功するとは思えません。遅かれ早かれマーケットから退場することになるでしょう」
せつ菜「私は何も、純粋に直感だけに頼った投資で成功できるとは言っていませんよ！」
せつ菜「論理的な帰結は、情報さえあれば誰もがたどり着けるものです。でもそれは所詮他人と同じものの見方をしているに過ぎない……」
せつ菜「論理が必要ないと主張するわけではありませんが、私はロジックなんかより、『好き』という感情が詰まった直感を重視します！」
せつ菜「……そこからアイデアを得て、細かいところは後から理詰めでやっていけばいいんじゃないでしょうか？」
栞子「自己資金で投資するならそれでもいいでしょう。ですがあなた達は――」
三船「栞子、少し落ち着きなさい」
栞子「っ……ですが、お祖父様」 三船「投資部の投資の決定権を持っているのはせつ菜ちゃんだ」
栞子「……」
三船「栞子の言い分も分かるけれど、部のパフォーマンスは別に悪くないんだろう？」
三船「どんなアイデアだろうが金が健全に投資されて世の中を回し、資金を提供した見返りがリターンとして返ってくる……結構なことじゃないか」
せつ菜「それに、万が一他の部員が損失を出すことがあったとしても私が取り返しますから！」
栞子「……」
三船「それで、高咲さんは？」
せつ菜「高咲さんの投資は現在リターンやリスクを精査している段階です。ただ……」
三船「ただ？」
せつ菜「この流れで少し言いにくいのですが、最大50億円のPE投資を行う予定です」
三船「ほう……」
栞子「本気で言ってるんですか？ 百歩譲って優木さんの方針は認めるにしても初心者に50億ですよ！？」
三船「う〜ん……」
栞子「それにその高咲さん？ という方に何ができるんです？ 経営の経験なんてないでしょう？」
せつ菜「それはそうですが……当該企業の改善の余地は大きく、リターンも悪くないものと見ています」
三船「その子の代わりに取締役やターンアラウンドマネージャーをこっちで用意して派遣しても良いが……」
せつ菜「……対象企業は地場の水産加工系の企業です。仮に計画通りにMBO、そして事業再編からイグジットまでできればIRRは20%〜40%を見込んでいます。現経営陣の協力が得られる確証はありませんが、再編フェーズにおけるエッジは調査を経てこちらの手中にあります」
三船「せつ菜ちゃんはどう思っているんだい？」
せつ菜「正直まだ確信は掴めていませんが……しかし、高咲さんの吸収能力は目をみはるものがあります。普通であれば却下したと思いますが、彼女のポテンシャルに賭けてみたいと思いました」
〜〜〜〜〜
・ターンアラウンド：企業再生、事業再生。経営難の企業に入り、事業再編や経営的な施策を行う人間をターンアラウンドマネージャーと言うことがある。
・エッジ：他の投資家が持っていない、利益になるような情報。 三船「なるほどねえ……ううん、そうか……」
三船「まあいいだろう、せつ菜ちゃんがそう言うなら」
栞子「お祖父様、大丈夫なんですか……！？」
三船「ただし、しっかり監督するように。頼んだよ」
せつ菜「はい！ ありがとうございます！」
せつ菜「栞子さん……何かあれば責任は私が取りますから、ここはどうか」
三船「……栞子」
栞子「……分かりました」
せつ菜「引き続き、高咲さんと上原さんへの指導・監督は抜かりなく続ける予定です」
三船「分かった」
せつ菜「では、この四半期の投資部のパフォーマンスについて説明させていただきますが――」
―――
――
― つづき来てた。50億ってすごいな。他人の金だとしてもすごい度胸だ
―三船家 廊下
栞子「優木さん」
せつ菜「はい、なんでしょうか？」
栞子「祖父はああ言っていましたが、優木さんの方針に私は共感できません」
せつ菜「その話については……」
栞子「優木さんのパフォーマンスが良いことは運用報告でよく分かりました。しかし、こんな属人的な運用スタイルをこれからも続けていくつもりですか？」
栞子「虹ヶ咲学園の投資部の中にはここ最近パフォーマンスが冴えていない方もいらっしゃるようです。これであればその方の資金を引き揚げてパッシブファンドにでも預けた方が良いと私は思います」
せつ菜「それは……！ それは、その方の投資スタイルの関係もあるでしょうし」
栞子「24時間365日投資について考えを巡らせている市場参加者がいる世界で、スクールアイドルなどとくだらない活動にうつつを抜かしているからあのような精彩を欠いた結果になるのではないですか？ どちらかに集中すべきではないのですか？」
せつ菜「でも！ 部としてはここ数年はきちんとパフォーマンスの目標を優に超える成績を上げていますし……！」
栞子「あなた達よりもパフォーマンスの良いファンドは探せばいくらでもあります」
栞子「健全な学園生活のためにも、投資部は有益だと思えません。そもそも女子高生が4ケタ億単位の金銭を動かしていることそのものがおかしいんです」
栞子「私が当主となった暁には、何かしらの方策を考えさせていただきます。では、失礼します」ｽﾀｽﾀ
せつ菜「ちょっと、栞子さん！ 私の話を――」
せつ菜（行ってしまいました……）
せつ菜（どうしたものでしょうか）
―――
――
―
〜〜〜〜〜
・パッシブファンド：日経平均などの指数に連動するような運用を目指すファンドのこと。逆にファンドマネージャーが裁量を持って売買するファンドをアクティブファンドと言う。 今回はここまでです。時間が取れず遅筆となり申し訳ないです。
長期に渡り保守して頂き本当にありがとうございます。 おつです。無理せず書けるペースで続けてもらえたらありがたいです。 おっ更新きてる
投資部のみんなもインデックスファンドの世界へおいでよ(手招き) 自分の家の資産がスクールアイドルやってるJKに運用されてたら不安になるな 乙！
ドラマチックな展開になってきたね
侑ちゃんの家庭が何かしら関係ありそうな予感を醸し出してきた
彼方ちゃんによろしくって名指ししてるのはなんなんだろうか 彼方は先代の部長だからオーナーと知り合いなんでしょ 侑ちゃんの計画の回収は５年後の再上場を仮定って
つまり計画の結果がわかるのは５年後ってこと？ 再上場しなくても株主なんだから収益改善できてるかどうかはわかるでしょ 上で仰って頂いている通り、収益改善の状況は投資中に把握でき、また仮に今売ればいくらになるかということはシミュレーションできます
そういう意味では5年かけなくても分かりますが、実際の利益は再上場or売却してみないと分からないというイメージです
5年という数字は、この類の投資にありがちな想定期間なので(作中の侑は)そう置いています 5億でインデックスファンドとか最早安泰すぎる
またはマイクロソフトあたりの約1%の配当ある株でも不自由なく生活できるくらい配当出るし 最近立て込んでいることもあり、これに時間を割けなくなってしまっています。ダラダラ続けてもまとまりきらなくなりそうなのでこのスレはここで打ち止めとして、いつごろになるか分かりませんが書き切ってからまた投下させて下さい。
お付き合いして頂いた方には大変申し訳ないです。ここまで保守やレスして下さりありがとうございました。 くぅー…残念だけど仕方ない…
すごく楽しく読んでたしおかげで投資にも興味が持てた
いつか続きが見られるのを楽しみにしてます！
お疲れ様でした！ マジかよ…ここからって感じだったのに
また戻ってきてくれ、とりあえず乙 良いところだっただけに、仕方ないとはいえ打ち止めは残念
いつか完成して投下されることを待ってます！ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
