侑「壊れた世界と」果林「誰かの叫び声」
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「────落ちる」
誰かがそう叫ぶ
甲高い悲鳴が下から聴こえた
ひどくやつれた表情の彼女
まるで、世界が止まったかのように感じたんだ
空に落ちる彼女の身体だけが、その動きを止めない
今さら駆け出しても、間に合いそうにはないと思った
後ろ姿が、徐々に見えなくなる
これは本当に現実なんだろうか
助けて
誰か、助けてよ
「────落ちる」
誰かがそう叫んだ
甲高い悲鳴が、下から聴こえた 侑「あぁ…っ!」
飛び起きると、そこは私の部屋だった
侑「はぁ…!はぁ…!」
また、あの日の夢を見てたんだ…
侑「うっ…!はぁ…くっ…」
胸が苦しい。腕がきしむ
服が汗でびっしょりになってた
侑「はぁ…はぁ…」
暗闇の中で、机の上の薬に手を伸ばす
それを掴んで、台所まで急いだ
侑「んく…んく…ぷはぁ…!」
コップを流し台に置いて一息つくと、少し落ち着けた
今は、何時だろう
侑「……せつ菜、ちゃん」
呟いたその言葉は、暗い台所に溶けて消えた ◇◇◇
目を覚ましたのは、午前二時過ぎの事だった
飛び上がって部屋から出る
廊下に出ると何人かの女生徒が、一応に不安げな顔を浮かべていた
聴こえた叫び声と、みんなの視線の先が、否応なしに私を焦らせる
『エマ・ヴェルデ』のプレートが掛かった部屋
ノックもせず、扉を開けると
……彼女は部屋の片隅で、毛布を抱きしめて震えていた
涙を流し、声もままならず、ただ一言だけ
誰かが、私を見ていた────と
切断された猫の死体が見つかったのは、その日の早朝の事だった 虹ヶ咲学園 情報処理学科一年
天王寺璃奈
第一発見者の彼女を、メディアはこぞって取り上げた
朝早く登校した彼女
校門前に並べられた六つの物体に、最初彼女は気付かなかったという
近付いていくうちに、輪郭を帯びていくそれら
一番手前に置かれた丸い物体が、切断された猫の頭部だと気付いた瞬間
彼女は半狂乱でそれらをかき集めたらしい
制服の胸元にべっとりとこびり付いた赤黒い血を、駆けつけた警察が目撃している
───
──
─
侑「あっ」
かすみ「……こんにちは」 お昼休み
学食でかすみちゃんと出会した
侑「えと……久しぶり」
かすみ「……はい」
侑「くま、凄いね。眠れてる?」
かすみ「……先輩こそ」
侑「あ、あはは。…そうだね」
かすみ「……」
侑「……」
かすみ「じゃあ、しず子が、待ってますので」
侑「あ、うん」
向こうで車椅子に乗るしずくちゃんと目があった
明確な非難を含むその視線から、私は目を逸らしてしまった 歩夢「お待たせ侑ちゃん!はぁはぁ…一人で大丈夫だった?」
侑「うん。大袈裟だな、歩夢は」
歩夢「そんなこと…。そ、それより今話してたのって、かすみちゃん?大丈夫だった!?」
侑「何もないよ、普通に話しただけ。心配しなくても、もうあんな事は起きないってば」
歩夢「……」
侑「だって同好会はもう、無いんだから」
ごめんね
心の中で、呟く
ごめんね、ごめんね、ごめんね
本当は、私が変われば良かったんだ ───
侑「愛ちゃんいる?」
愛「あっ!」
保健室を訪れると、愛ちゃんが先生とお喋りしてた
侑「じゃーん。見て、花、持ってきた」
愛「わ、キレー!どしたの、これ?」
侑「園芸部の人に貰ったんだー。愛ちゃん、元気出るかと思って」
愛「へ?なになにー?愛さんはずーっと元気だぞ?」
侑「あはは、そうだったね」
愛「うん。でも、すっごく嬉しい。ありがとね、りなりー」
本当に嬉しそうに、愛ちゃんがはにかんだ
いい匂い、りなりーも嗅いでみる?
先生にそう言う愛ちゃんを見届けて、私は保健室を出た ──────エマさんへのストーキング被害は、隠し撮りから始まった
その後の無言電話、学園外で感じる視線、何度も送られてくる手紙と写真、そして深夜の不法侵入
カメラのフラッシュで目を覚ました彼女の恐怖は、どれほどだったのだろう
エマさんは、あれから寮を出なくなった
今朝のニュースを、エマさんは見ただろうか
もう警察に話を聞いているかもしれない
エマさんへのストーキングをしていたとみられる男性の遺体が、近隣の公園で見つかったのだ
部屋で見つかった頭髪のDNA情報、指紋、全てが一致したらしい
余罪については、これから調べるとの事
侑「……」
テレビは連日、虹ヶ咲のことを報道していた
チャンネルを変えてみる
来週あたり、例年にない寒波と大雪が東京に来るらしい
侑「はぁ…」
頬を撫でる風が冷たくて、私はベランダを閉めた ◇◇◇
「なんで?」
見下ろすあなたの目から、涙が落ちる
「なんで、私の言う通りにしてくれないの?」
首筋に締まる、細い指は
何度も繋いだあなたの指
「死んじゃう。ねえ、このままじゃ死んじゃうよ」
体重が、掛かる
私の呼吸も浅くなっていく
ごめん。ごめんね
幾度、心の中でそう思っただろう
「私の言うことを聞いてよ。私だけを見て」
ろくに力の入らない指先で、あなたの頬を撫でる
その時、伝う涙が、ひどく温かく感じたんだ
ごめんね
歩夢 ───
──
─
侑「私が死ねばよかったのかなぁ」
アザの残る首筋に手を当てる
いつになったら治るんだろう
歩夢「なにか言った?」
侑「ううん。寒いなぁ、って」
歩夢「…あぁ、うん。そうだね」
歩夢の腕が、私の腕に絡まる
横目で見ると、彼女は何事もないように微笑んでた
侑「……」
壊れてるのは、誰だろう
私か、歩夢か
それともみんな、かな
あんな事があったんだ、それもしょうがない
壊れた私と、反転した世界
私は空に、真っ逆さま しずく「先輩」
歩夢が生徒会に用があるということで、一人で昼食を食べていたお昼休み
しずくちゃんに声を掛けられた
侑「……ひとり?」
しずく「いえ。ただ、一人で先輩と話したくて」
侑「あぁ」
しずくちゃんの後ろ、校舎の影から中庭(こちら)を見つめるかすみちゃんの姿が見えた
侑「足は大丈夫?」
しずく「……あの日のこと、ちゃんと先輩に確認したくて」
話を無視された…
侑「確認することなんてあったっけ」
しずく「誤魔化さないでください」
侑「……ごめん」 ちょっと……というか、かなり気まずい
何で今さら、しずくちゃんから私に話なんてあるのだろう
しずく「約束」
侑「え?」
しずく「なぜ約束を破ったんですか」
侑「……」
しずく「あの日、なんで…っ」
しずくちゃんの手が、私の胸ぐらを掴む
しずく「何で!約束を守ってくれなかったんですか、先輩!」
車椅子に乗った彼女の腕は、とても非力だった
かすみ「しず子!どうしたの!?」
しずく「か、かすみさ…ぐすっ」
駆けつけたかすみちゃんにバレないよう、彼女が涙を拭う かすみ「いこ、しず子。先輩、失礼します」
しずく「……絶対、許しませんから」
侑「……うん」
聴こえない声でそう呟く
うん
許さないで
私のこと、ずっと呪ってください
侑「……あぁ、ご飯冷めちゃった」
車椅子を引くかすみちゃんを見送ってから、不味いご飯を口に運ぶ
周りからの視線が痛い。食べづらい
相次ぐ事件の中心にいた、元同好会の私たち
エマさんへのストーキング、璃奈ちゃんの事件、しずくちゃんの不慮の事故、愛ちゃんの事、せつ菜ちゃんの自殺未遂、歩夢の心に起きた出来事
学園内で、私たちはどこにいても注目の的だった 歩夢「ごめん侑ちゃん!遅くなっちゃった!」
侑「ううん、大丈夫。何も無かったよ」
歩夢「そっか…よかったぁ…」
心の底から安堵する歩夢
あの出来事から、歩夢の私への干渉は日を増すごとに大きくなっている
侑「生徒会の方は?」
歩夢「あぁ、うん。副会長がしっかり引き継いでくれたみたい。私にはよく分かんないけど…」
侑「ありがとう。あのままだったら、せつ菜ちゃんが戻ってきたときに大変だもんね」
歩夢「……今、あの子を放っておけないのは分かるよ。でもそれより侑ちゃんは」
侑「歩夢」 侑「お願い。せつ菜ちゃんのこと心配なのは歩夢も一緒でしょ?」
歩夢の手を握る
侑「せつ菜ちゃんのこと、お願いね。私にはそんな資格ないから」
歩夢「そんなこと…!」
侑「歩夢!」
切実な声
こうすると、歩夢はもう何も言えないのを私は知ってる
歩夢「……うん」
侑「じゃあ、行こっか」
ちょうど昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った
侑「ご飯食べた?」
歩夢「うん?うん」
……嘘吐き ◇◇◇
病院からの帰り道、信号待ちをしていると、向こうに璃奈ちゃんの姿が見えた
固まる私に気付いた傍らの女性がこちらに頭を下げた
母親だろうか
璃奈ちゃんを挟んで隣の父親らしき人にも声をかけると、彼もこちらに深々と頭を下げた
白髪混じりの髪、心労の溜まった表情
その人たちの中心で、言葉を失った彼女だけが何処かを見ていた
璃奈ちゃん
母親が、彼女の手を引く
信号は青に変わってた
私は
その場から逃げ出した 込み上げてくるものを何とか飲み込んで、近くのトイレに駆け込む
侑「おえっ、おええええ…!」
頭の中でガンガンと鳴り響く不協和音
動悸が止まらなかった
侑「うぅぅぅ…!かはっ…げほっ…!」
胃の中が空っぽになっても、私は嘔吐した
ごめんなさい、ごめんなさい、
ごめんなさい、ごめんなさい、
私が変われば、どんなに良かっただろう ザクッ、ザクッ、ザクッ
サクサクサク
ぶちぶち
ブシュッ
ザクリ
ぐしゃっ
ぐりん
ばしゃっ
ごろごろ
プチッ ────
───
──
果林「見つけた」
侑「わっ」
果林「今、いいかしら」
侑「ご、ごめん。次移動教室で…」
果林「待って。エマのことで話があるの」
侑「……」
まぁ、そうだよね
いつかは、こうなるよね
侑「分かった」
果林「まず、エマは部屋から出られるようになったわ。寮生たちとなら、ちょっとずつ話せるようになってるの」
侑「そ、っか……うん、よかった」 果林「でも、警察の事情聴取は結局出来なかったわ。犯人、亡くなったのよね」
侑「……うん」
息がつまる
果林「あぁ、まぁそれはどうでもいいの。むしろ……」
少し、果林さんの表情が歪む
果林「いえ、何でもないわ。それでね、あなたに聞きたいことがあるのよ」
侑「なに?」
頭が痛い
果林「××日にエマと出掛けたっていうのは本当?」
侑「……あぁ、うん」
吐き気がする 果林「××日も、エマと一緒にいたのかしら」
侑「うん」
地面が無くなったみたいに、ぐらぐらする
果林「……××日に、××が××い××てた?」
侑「…うん」
あぁ────
果林「×××」
侑「そうだね」
もう、終わらせてしまいたい
果林「これ」
手渡されたのは、数枚の写真 すぐ背後から撮られたエマさんの写真だ
果林「偶然かもしれないけど……これ、全部あなたと出掛けた日の写真なのよ」
侑「……」
果林「ねえ、犯人のこと何か知ってた?」
侑「ううん」
嘘だけど
果林「……そう」
それで満足したのか、果林さんはあっさりとした声で
果林「ごめんなさいね、時間取らせて。私、これから愛のとこに行くの」
侑「そっか」
果林「────あぁ、それと。しずくを突き落とした犯人の方は、まだ捕まってないのよね?」
侑「…らしいね」 ◇◇◇
「あの」
声を掛けてきたのは、知らない男だった
「少しだけスマホを貸していただけないでしょうか」
「は?」
穏和そうな笑顔を浮かべ、唐突な事を言われた
「実は先程スマホと、財布を落としてしまって…」
会社へ電話をしたいと、困ったように男は言った
怪しいと思ったけど、私はスマホを渡してしまった
操作にまごついていたので、電話の掛け方を教えたのを覚えてる
数分通話したあと、男は何度もお礼を言って立ち去った
通話中に名乗っていた名前を、そのあとニュースで見て、私はまた何度も吐いたんだ ざくっざくっ
とんとんとん
ぐちゅ
ドスッ
ギチギチ
ジョキンッ
ジョキンッ
ブチっ
────あはは ◇◇◇
歩夢「ねえ、なんで?」
侑「ぐる…じ…」
歩夢「私の言うこと、何で聞いてくれないの?」
侑「……ぅ」
歩夢「死んじゃうよ…」
流れる涙が、私の頬に落ちる
私の涙と混じり合って
それは静かに流れ落ちる
歩夢「ほんとに死んじゃうよ、侑ちゃん…」
体重がかかっていく 視界の端がチカチカと瞬きだした
歩夢の手が、私の首に食い込んでいく
私は
この壊れている世界が、私にはやっぱり
美しく思えたんだ
ごめんね歩夢
変われなくて、ごめん
侑「あのままじゃ、死んじゃうよ…」
私が切り刻んだ×××が、傍らでビクリと跳ねた >>19
ちょっと変えて立て直しました
地域名変わってるけど同じ人です 生き物の血が、その温もりが
手を伝う事に快感を覚えることに気が付いた
脈拍が小さくなっていくに連れ高揚してしまう
歩夢『ねえ、なんで…笑ってるの…?』
車で轢かれてしまったあの猫ちゃん
親に内緒で、こっそりとお世話していた野良猫だった
ごめん
ごめんね、歩夢
私だって苦しかったんだよ
泣いてたでしょ、本当なんだよ
でも、同時に笑っちゃったんだ
どうしようもないくらい、トキメキが止まらなかったんだよ
あれから何度も止めてくれたよね
でも、やっぱり私は我慢できなかったんだよ
だから、あの日───── ───先輩?
侑「え」
振り向くと、しずくちゃんが佇んでた
私は咄嗟に、持っていたナイフを背中に隠す
侑「そ、それ以上…近付かないで…」
しずく「死体があるから?」
……しずくちゃん、今なんて言った?
視線が私の背後に注がれてる
さっきまで、『作業』してたモノがそこにある
暗闇ではあるけど、目を凝らすと遠目でも見えるだろうか
侑「あ、あは。えっと…こ、これはね?偶然見つけて…」
しずく「ずっと見てました、最初から。先輩が、何してたのか」
侑「……」 しずく「それは……何かの儀式でしょうか」
侑「……」
二の句が継げない
何でそんな事を聞くんだろう
何でそんな平然としてるんだろう
しずく「答えてよ、先輩」
その表情が、少し怖い
歩夢のようだ
侑「……そんなんじゃ、ないよ」
しずく「じゃあ…」
侑「待って。ほんとに…近付かないで」
しずく「……先輩」
木々の隙間を抜けて、月明かりが私の顔を照らした
しずく「泣いてるんですか?」 気付かれた
泣いてるのを見られちゃった
侑「……見ないでよ」
しずく「先輩……どうして」
侑「…悲しい、から」
しずくちゃんの目が、訝しげに揺らぐ
そりゃそうだ
意味分かんないよね
侑「私ね、死んでる生き物を見るのが好きなの。……変だよね。最初に気が付いたのは、中学のときで…」
歩夢と一緒に見たあの光景
侑「車に轢かれた野良猫を近くで見た時、ドキドキがさ…」
侑「……止まらなかったんだ」 侑「苦しくて、悲しくて……泣いてたんだけど…と、とま…止まらなくて…」
手が震える
心の泥を吐き出すと、衝動が抑えられなくなる
視界がぼやけ出した
歪んだ景色、しずくちゃんの顔が、とても美しい
侑「きれい、でさ。内臓も、流れる血も、ひ、ひっ…!」
侑「開き切った、眼も…綺麗に、見えてさぁ…!」
だめ、だめ、だめ
ナイフを、その場に落とした
しずくちゃんがどんな顔をしてるのか、もう分からない
涙で、よく見えない 侑「ううぅぅぅ…!」
何でこうなっちゃったのかな
いつから壊れちゃったんだろう
─────ねえ、先輩
手を握られて、ハッとした
侑「ぐすっ…うぅ…」
しずく「……先輩の気持ち、私…分かります」
優しい声色で
しずく「私も……好きなんです。壊れたものが」
すごく、キレイに見えるんですよね
しずくちゃんがそう言った
しずく「知ってますか?×××さんってね、ああ見えて─────」
二人きりの夜
しずくちゃんと交わした約束
私はそれを、守らなかった ────
───
──
彼方「侑ちゃん」
エマさんの顔を見たのはいつ振りだろう
部屋を訪れるとちょうど彼方ちゃんがいて、入れてくれた
侑「エマさんは…」
彼方「しっ。今、眠ったばかりだから…」
膝枕で眠るエマさんの頭を撫でる彼方さん
一時期はすごく憔悴していたらしいから、その安らかな表情にホッとする
彼方さんも、いつも通りのように……私には見えた
侑「座ってもいい?」
彼方「うん、どうぞ」 彼方「みんなとは会ってる?」
侑「あぁー…うん。せつ菜ちゃんと、璃奈ちゃん以外とは」
彼方「そっか…」
カーテンの隙間から、僅かに光が差している
彼方「侑ちゃん…私ね」
侑「うん」
彼方「転校しようかなぁ…って」
侑「え?」
彼方「最近、よく眠れないんだぁ…夜、眠ろうとするとね、頭の中でぐるぐる、ぐるぐる…」
彼方「いろーんな事が浮かんで、気持ち悪くなるの。あはは…」
無表情で、彼方ちゃんが笑う 彼方「同好会の部屋も、教室も、みんなで歩いた帰宅路も、この街も」
彼方「全部ぜんぶ、気持ち悪くなるの」
侑「そ、っか…」
彼方「最近だと、彼方ちゃんの方がエマちゃんに励まされてるくらい……」
エマさんの頭を優しく撫でる
彼方「もう、疲れちゃったかも…」
侑「……」
彼方「……彼方ちゃん、おかしくなっちゃったのかなぁ」
私は何も
言えなかった ◇◇◇
「────落ちる」
誰かがそう叫んだ
甲高い悲鳴が、何処からか聴こえた
その声は、私だったかもしれない
それとも周りの誰かだったのだろうか
「果林先輩!」
腕を掴まれて、私に掛けられる声
かすみ「果林先輩!!」
果林「あ…」
気付けば、かすみちゃんが目の前にいた
果林「あ」
音が戻る
辺りの絶叫が、耳を叩いた チャイムの音が鳴り響いている
凍り付いていた空気が、一気に破裂したかのように押し寄せてきた
かすみ「ねえ!果林先輩っ!侑先輩が!」
なぜそこにいたのかは、分からない
けれど、もうダメだと思った瞬間、もう一つの人影がせつ菜の手を掴んでた
果林「…侑?」
かすみ「そうですよ!でもあのままじゃ…!かすみんたちも急ぎましょう!」
かすみちゃんに手を引かれて、走り出す
果林「せつ菜…何で…?」
エマのこと、璃奈ちゃんのこと、しずくのこと、愛のこと
思い出すのは、今朝会ったせつ菜のことだった ◇◇◇
『……どうして、せつ菜がそんな顔するのよ』
その言葉にせつ菜は反応しなかった
人一倍責任感の強いせつ菜のことだからと、みんなは言っていたけれど
私にはどうしても、それだけだとは思えなかったの
『ねえ』
待ち伏せていた私のことなんてまるで見えていないかのように、せつ菜は私とすれ違った
『あなたのこと、話してよ』
どうして?
どうして、何も言ってくれないの
『私たちは、仲間じゃなかったの…?』 あの時、手を取っていれば
せつ菜の話をちゃんと聞いていれば
果林「せつ菜…っ」
走りながら、何度も転びそうになった
涙が止まらなかった
かすみ「泣いてる暇なんてないですよ!」
前から、かすみちゃんの涙声
その声を追って、私は階段をかけ上った ────
───
──
あの日
生徒会長として、私は早朝に登校していました
エマさんの身に起こった出来事が、どうしても許せなかったんです
犯人はまだ捕まっていない
学園への侵入経路も特定されていない
ならば、せめてと
私は学園を見回ることにしたんです
馬鹿な私は、それで何かが解決すると思ってたんです 璃奈さん、ごめんなさい
あの日のことを、何度悔やんだでしょう
真実を口にしない私を、私は許せなかった
あの日見た人影
彼女がしたこと
それに背を向け逃げ出した私
そのせいで、私のせいで
璃奈さんに、押し付けてしまった
どんな事をしても償いきれないことを、私は璃奈さんにしてしまったんです 聞くことなんてできない
それに向き合うことが恐ろしい
並べられた××
無表情でそれを見つめる彼女
思い出しただけで、吐き気がした
分からない
考えたくない
どうしようもなく、苦しかったんです
気が付けば屋上にいました
だから、私はそのまま終わらせたかった
なのに
「───せつ菜ちゃん!」
誰よりも会いたくなかった彼女の声が、聞こえたんです 果林「せつ菜!」
屋上につくと、そこには既に大勢の先生たちがいた
その中心で膝をついてへたりこむせつ菜
離れたところで、侑と歩夢がいた
果林「侑」
駆け寄ると、侑は私の顔を見てほっとしたように見えた
傍らの歩夢が、侑の肩で泣いている
果林「無事で、よかった…」
せつ菜も侑も、屋上にいた
私も膝が抜けそうだった かすみ「なんでですかー!」
向こうのほうで、せつ菜の元に駆け寄ろうとするかすみちゃんが先生たちに取り押さえされていた
果林「…あ、あはは」
良かった
心の底からそう思った
せつ菜も、侑も
とにかく命が助かって良かった
屋上に向かう直後に感じた違和感
そんなこと、このときの私の頭からは完全に消えていた ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています