穂乃果「セックスしないと部屋から出られないって、書いてあるね」彼方「うむ」
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書かないのにスレ立てする無責任なやつが最近は多すぎる 近江彼方が目を覚ましたのは、高くもなく安くもないビジネスホテルのような、全く見慣れない空間。
そのあまりの異常さに驚いたのであろう。彼女はバッとその身を起こし、辺りを見回した。
普段、妹と生活している共同部屋のちょうど二倍ほどあるだろうか。四面を囲む壁の色も、自宅のと違って綺麗な白色をしている。
そして部屋の中には、自分が今横たわっているべッドと隣り合うように、あまり飾り気の無いベッドが並んでいた。
ベッドの上に盛り上がっている布団から、茶色がかったオレンジ色の、見覚えのある少女の頭部が出ている。彼女の髪は、黄色のリボンでシンプルにまとめあげられていた。
間違えようがない。
音ノ木坂学院スクールアイドルμ'sのリーダー、高坂穂乃果だ。 スクスタやってなくて知らないけど何か絡みある2人なのかな
楽しみ スクスタ毎日劇場で添い寝してたね
んで起こしに来た絵里も布団に引きずり込んで川の字で寝てた 絵里は二次創作だったかな
とりま毎日劇場で一緒に寝てた 彼方はひとつ、長い深呼吸をした。
一瞬、監禁か何かをされたのではないかという身の震えを感じたのだが、同じ部屋にいる穂乃果の存在もあって、幾分か心を落ち着かせることが出来た。
そう言えば、彼女達と合同でスクールアイドル合宿でも開いていただろうか。あるいは、アイドルに付き物の(くだらない)ドッキリ企画だろうか。
そんな訳あるはずが無い。分かってはいたが、それでも何も考えない方が良さそうだった。隣で幸せそうに、すぅすぅと寝息を立てる高坂穂乃果を目覚めさせるのが最優先であった。 「おーい」と穂乃果に呼びかけると、えへへ、と能天気な寝言が返ってきた。日頃妹を起こす時よりも少し強めに、彼女の肩を揺さぶると、気だるそうにその目が開いた。
いつも散々、”夢の世界”の素晴らしさを歌ってきていたので心苦しいが、彼女を現実に連れ戻さなくてはならない。奇妙な、この密室に。
「穂乃果ちゃん、おはよう」
「むにゃ…あれ。彼方さん、どうしたんですか?」
どうしてここにいるのか、と尋ねなかったから、夢かなんかだと思っているらしい。だらしなく気の抜けた穂乃果の表情は、近江彼方を不思議と安堵させた。 「って、ここどこ!?」
異常さに気づいたらしく、穂乃果が慌てて身を起こす。そして、その答えを求めるように近江彼方の顔をじっと見つめた。
「穂乃果ちゃんは…今、どういう状況か分かる?」
「え。すみません、私はよく覚えてなくて…」
「だよねぇ」
二人とも自身が所属する高校の、夏用の制服を身につけていた。ある程度の時間ベッドに横たわっていたはずが、そのシャツにもスカートには、皺や折り目は見受けられない。見るからに小綺麗で、パリッとしている。
「えっ?えっ?虹ヶ咲の皆さんと合宿か何か、してましたっけ?」
「彼方ちゃんの記憶が正しければ…してないと思うよ」 「あの、監禁じゃないですよね?」
彼方が必死に考えないようにしていた事を、高坂穂乃果はあっさりと言った。
「彼方ちゃ…私も、さっき起きたばっかで、まだよく分からないんだよね…」
「あ…そうなんですね」
当然と言えば当然なのだがキョロキョロと部屋を見回す穂乃果は、ふだん自信に満ち溢れた表情の、そのカケラも無いように見えた。
「まぁ、まずはこの部屋を探してみようじゃない。ドッキリか、脱出ゲームだったりして」
意識的に目元を緩ませ、意識的に声を落ち着かせ、彼方は穂乃果に提案した。 「そっ、そうですよね!」
いかにも愛想笑いに見える、無理やりな頬の持ち上げ方をして見せた穂乃果。近江彼方はそんな彼女の手を優しく取って、彼女がベッドから床に立ち上がるのを助けてあげた。
「そんなに広くない部屋だし、すぐに探索は終わるかな〜。彼方ちゃんは、あの机の周りを調べてみるね」
「じゃあ穂乃果は、こっちの半分を見てみます」
「りょうかい」
いつもよりハキハキと、目元をパチリとさせて穂乃果に接する彼方。自分の方が一つ歳を取っているという責任感が、近江彼方を支えているようであった。 彼方が探す机というのは、特に家具に対するこだわりも持たないような、ありふれたビジネスホテルにありがちなシステムデスクである。
部屋を今いちど見渡す。平均サイズのベッドが仲良く二つと、デスクが一つ。部屋の中にはベッド以外にあまりスペースは無く、後はバスとトイレを兼ねている部屋と、奥には廊下に繋がっていそうなドアがある。穂乃果がドアを調べてみたが、残念ながら開かない。
どれもこれも、以前何かのドラマで見かけたビジネスホテルの部屋そのもの。ただし、景色が見える窓やテレビのモニターが足りておらず、とりわけ狭く、殺風景に感じられた。
面白みの無いホテルの名称が書かれた細長いパンフレットが、デスクの上に整然と置かれているようなビジネスホテル。
そんなイメージ通りに、机の上には一枚のカードが整然と置かれていた。 両津「セックスしないと部屋から出られないって、書いてありますね」部長「うむ」 「彼方さん、お風呂とトイレがありました!」
「はーい」
「あー、ドアはやっぱり開かないです」
「ん、ありがとう」
穂乃果は先ほどより、恐怖を感じなくなっていた。一緒に放り込まれた近江彼方は、この奇妙な場面において案外こころ強く思えた。彼方から声が返ってくると、まるで本当に二人で脱出ゲームをしているような、どこか気楽な気分になる。
μ'sの三年生とはまた違った、不思議な頼もしさ。
「彼方さん。そっちはどうですか……」
だが穂乃果が後ろを振り返ったとき、近江彼方は口をぽかんと小さく開けたまま、硬直したように何かをじっと眺めていた。 「それ、なんですか?」
穂乃果が尋ねると、彼方はビクッと飛び跳ねるように大きく動揺し、持っていたカードを後ろ手に隠した。
「その、なんというかだね。そ、そこのデスクにあったんだけども〜……」
「あ!外に出るためのヒント!?」
「いや〜、ヒントというか、ヒントじゃ無いんだけど〜……」
「?」
「あっ、やば」
全身慌ただしく動揺するあまり指先から力が抜けて、彼方の足元に舞い落ちる一枚のカード。至極当然の流れで、穂乃果の視線が、そこに書かれた文字へと向けられる。
「えーと、なになに…?」
穂乃果は見ることが出来なかったが、近江彼方は十七年の人生で一番「あちゃー」という顔をした。
高坂穂乃果は人生で一番、豆鉄砲に食われたような顔をした。 もともと何も聞こえて来なかった白塗りの部屋が、時が止まったように一層静かになる。
「穂乃果ちゃん……それ、なんて書いてある?」
彼方の質問に対して、穂乃果はちっとも足元から目を逸らさずにその文言を読み上げた。
「セックスしないと部屋から出られないって……書いてあるね」
「……うむ」 「あの…誰が、だと思いますか?」
「彼方ちゃんと…穂乃果ちゃん?」
「あはは、そうですよね…?」
「あはは。そうだよねぇ〜…」
穂乃果はゆっくりと、足元から徐々に視線を上に向けると、目の前で立ち尽くす一つ年上の少女の、顔がある方になんとか焦点を合わせた。彼方のことを見ているのか、その後ろの壁を見ているのかはよく分からない。
近江彼方は何かにつけて、物事を茶化すのが得意だった。口角を頑張って持ち上げると綺麗な白い歯をさりげなく見せて、どうにか場を和ませようと、穂乃果に向かってにへらと微笑みかけた。
高坂穂乃果の顔が、爆発したように一気に紅潮した。 「あっ、彼方さんと、穂乃果が?あの、その?」
呂律が回っていない穂乃果。
「大丈夫だから、大丈夫だから。穂乃果ちゃん、落ち着いて」
「で、でも」
「とりあえず、とりあえず座ろうか?ね〜」
ストン、と彼方がベッドの縁に座り込む。二人はそれぞれのベッドに一旦、腰を下ろして沈黙した。お互い、相手の顔を見られるはずも無いが、普通あるべき場所にテレビが無かったので、二人して真っ白な壁を必死に眺めた。
穂乃果は少し、前に屈むようにして座っていた。顔を大きくおおった両手の指の間から、居た堪れないこの空間を伺うように、真っ赤な顔で壁を眺めていた。
もう一人の少女は腕を組んでいた。何やら考えているような、はたまた何も考えていないような、小さく固まった表情で壁をじっと睨んでいた。 「とりあえず二人で、お話でもしてよっか」と彼方が呟いた。
「ふ、ふぇ?」
「他力本願ってのも、良くないけど……時間が解決してくれることも、あるからね〜」
「…はいっ。そうですよね」
穂乃果が少し調子を取り戻した様子で返事をした。ただそれでも二人はほとんど相手方を向く事なく、目の前に広がる同じ壁を相変わらず眺め続けていた。
「穂乃果ちゃんは〜、ちなみに昨日は何してたの?」
「えーと昨日は、海未ちゃんとお出かけして・・・」
二人は他力本願の、現実逃避をした。そしてその世間話は、穏やかな口調ではあるが意外と盛り上がった。少しでも会話が途切れそうになると彼方が、話をすぐに別の方向へと膨らませる。互いの趣味嗜好に至るまで、話は広がっていった。
「穂乃果、少女漫画が結構好きなんです」
「ふ〜ん、少女漫画ねぇ……」 「少女漫画、ってさ〜……」と彼方はそこまで言って、一瞬口をつぐんだ。
「…どうしたんですか?」
「あ、いや。可愛いよね〜」と、丸っきり自明な感想を彼方が言った。彼方ちゃんはドラマの方が好きかなぁ、など彼女は矢継ぎ早に続けた。穂乃果が大好きな少女漫画の話題は、瞬く間に飛ばされる。
穂乃果が知る限り近江彼方という人は、自分の事を話すより相手の話を嬉しそうに聞いてあげるタイプだったから、今の言動に覚えた不自然さは何だろうかと、彼方のドラマ談義に耳を傾けながら穂乃果は考えた。
「もう、姉妹が出てきた瞬間に視聴確定だよね〜…」と一般性に乏しい同意を求められて、適当に相槌を打つ。
そう言えばにこちゃんと、前に少女漫画について話したことがあったな、と穂乃果は思い出した。あれは、どういう話をしたんだっけ。 確かにこちゃん曰く、少女漫画は、”なんとか”の割には”なんとか”。
「最近のドラマは、対象年齢15歳向け、みたいなのがあまりにも多くてさ〜……」などと、徐々に雄弁になっていく近江彼方。
そうだ。少女漫画は、”対象年齢”の割には、えーっと……
「でも案外そういうドラマの方が、姉妹の関係を偽りなく表現してるって思うことも多いんだよね〜……」と彼方が言ったのに対して、「あっ、それ分かります」と頷く。
少女漫画は、”対象年齢”の割に。
「本当にしょうもない喧嘩のシーンとか、リアルですよね……」
少女漫画は、対象年齢の割には、”性的なシーンが多い”。
性的な、シーンが多い。
「はひっ!?」
穂乃果は脈絡も無く、裏返ったような声を上げた。 「穂乃果ちゃん……どうしたの〜?」
「なんでもありませんっ!すみません、大丈夫です!」
「そ、それなら、良いんだけど〜……」
穂乃果が抱いてしまった、羞恥を含む戸惑いはすぐに部屋中に伝播した。少女漫画という単語から二人とも、同じ類いのものを連想していることは言わずとも明らかであった。
「ほ、ほっ……穂乃果ちゃん、調子悪いの〜?」と彼方が言った。
「そ、そうなんですかね!?」と穂乃果は、隣に座る人の方をパッと向きながら返事をした。
お互いに目が合ったその人は自分と同じような顔の赤らめ方をしていて、自分と同じように、すっかり気が動転した薄ら笑いを浮かべていた。見て見ぬ振りして会話を続けるのはこの辺りが限界だなと、二人ともが思った。
どすーん。最終手段として近江彼方は、ベッドに背中から思い切り寝転がった。 「やっぱり調子が悪い時は〜、寝るに限るよね……」と彼方は平静を装いながら呟いた。
「そ、そうですね!」と言うと穂乃果も同じように、そそくさと自分のベッドに横たわった。そこで、二人の会話はパッタリと途切れた。
サラサラとした純白のベッドシーツが地肌に触れて、涼しげに心地良かった。それだけに、自分の顔に向かってギュっと溜まった熱が、ひどく具体的に感じられる。心臓がバクバクと動いているのが分かる。
深呼吸しているのが隣の少女にバレないように……彼方は小さく長く、鼻から息を吸ったり吐いたりを繰り返す。そのうち少しだけ、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻した。
色々と考える必要がある、と彼方は思った。 色々というのは、部屋からどうにか脱出する手段についてが一割。虹ヶ咲のみんなや、家族が今どうしているのだろうかという心配が二割。
そして万が一、万が一、高坂穂乃果を抱くことになった場合への思案が、残りの全部を占めていた。
いや万が一とは言ったものの、”きっと、そういうことになるに違いない” 。近江彼方には予知めいたものがあった。一つ年下の天真爛漫な彼女と……天真爛漫なμ'sのリーダーと多分、セックスすることになる。
チラッと顔だけ傾けて、隣のベッドを覗く。穂乃果は彼方に背を向けるようにして、やや身を丸めて横たわっていたが寝息はまったく聞こえてこない。こんな精神状態では、寝られるはずが無かった。 自分はともかくとして、穂乃果ちゃんの(多分初めての)相手が近江彼方だというのは一体どうなのだろうかと、彼方は少女の身の上だけを考えた。何かと損得勘定から自分を外して考える癖が、近江家の長女にはあった。
高坂穂乃果は確かに性格が良い。ひねくれていない。その気になれば彼女は誰だって愛することが出来そうで、なんとなくだが自分も受け入れてもらえるだろうと、彼方には思えた。
それでも、怖い。恋人じゃないからだ。それに、その後はどうなる。
彼女は多かれ少なかれ、その天性の純真さを失う事になる。こちら側は、決して拭う事のできない罪悪感を墓場まで持っていく事態になるかもしれない。 高坂穂乃果。太陽。音ノ木坂の八人は皆、太陽の方に惹きつけられている。Aqoursも、虹ヶ咲も、恐らく初めからずうっと、彼女に惹きつけられている。それが今、自分の手だけが届くような場所に。
布団一枚もかけず、小さく背中を丸めて横たわっている。
身長は、自分より僅かに小さいくらい。スタイルは取り立てて良い訳では無いが、決して悪くはない。昨日、園田海未と駅前の中華バイキングに行ったため少し体重が増えてしまったと先ほど話していたが、以前会った時に比べて大差は無いように思える。
以前。そう、彼女と以前会った時はポカポカと暖かい日差しの中で、彼女を胸で抱きしめながら幸せなお昼寝を堪能したのだった………
そんな事を考えているうち、彼方はいつの間にか眠りに落ちていた。 気が付くと、黄色い歓声鳴り止まぬ大観衆の、丁度ど真ん中に自分が立っていた。横では妹の遥が必死に、前方のステージに向かって腕を振り上げている。会場に悠々と備え付けられた真っ赤なアドバルーンには、黄色の文字で大きく「μ's」と書いてある。
曲が盛り上がりを迎えるとセンターの少女が、つまり主旋律を歌うメンバーが、見事鮮やかに交代する。会場にいる全員が全員、それを期待していた。
太陽みたいな髪色をした彼女はぐぐっと、こちらに手を伸ばすような振り付けをして見せたかと思うと、つい近江彼方がステージに向けて差し出した手のひらを、掴むかのように彼女は、スポットライトの下で右手を力強く握りしめた。
高坂穂乃果はステージの上から、自分のことだけを見ていた。
近江彼方のためだけに、彼女は全ての思いを音にしていた。 その事に気づいた途端、彼方は、飾り気のないあの部屋へと戻っていた。目の前に広がるのは、相変わらず白くてつまらないだけの壁。
何かしら激しい夢を見ていたらしいという、曖昧な記憶だけが残っている。部屋の換気があまり良くないからか、何時間かの惰性的睡眠から目覚めたばかりだからか知らないが、彼方は少しだけ気怠さを覚えていた。
それに加えて、左半身を下にして横たわる自分の背中や太ももには、もぎゅっとした感覚があった。腰らへんのブラウス生地は、ギュッと小さくつままれている感覚があった。
振り向かなくても、それが高坂穂乃果の体であることは分かっていた。
すぅすぅと可愛い寝息が背後から聞こえてきて、彼方はゆっくりと身を反転させた。自分のブラウスをつまんでいた、その手を優しく振りほどく。シングルベッドに二人は、流石にかなり狭い。
きれいに目を瞑る穂乃果の顔は、ひょっとすると泣き腫らしていたように見えた。 穂乃果が涙を流すところは今まで見たことが無いし、その姿は全く想像も付かない。想像したくもない。
近江彼方は自身の頭を、ポカンと拳で殴りつけた。その後、もう一度殴りつけた。
“こうなるしかない”。”こうでしかあり得ない”。
それはカードを見つけたときから分かっていたはずなのに、彼女を置き去りにして、卑怯にも夢の世界へと逃げ込んだ。
「最低だ」と彼方は、自分に向かって言った。
もはや何一つとして、躊躇われることは無かった。 「穂乃果ちゃん、起きて」
彼方は優しく呼びかけた。
返事は無かったが良く見ると、いつの間にか穂乃果の口元から小さくヨダレが垂れていた。μ'sのリーダーはどこか微笑ましく、気の抜けたところがある。
彼方は「ふふ」と小さく笑みを浮かべると、それを人差し指で拭き取った。桃色の唇が、ぷるんと瑞々しく揺れる。
それで穂乃果がゆっくりと、まぶたを開いた。 「あ。彼方さん…」と穂乃果は呟きながら起き上がり、少し照れた顔を見せた。
「穂乃果ちゃん」と彼方は言った。
「なんですか」
「私と…セックスしてくれる?」
穂乃果はまたも、豆鉄砲を食らったような顔をした。
数秒経ってから恥ずかしそうに、コクリと同意のサインが返った。 プロポーズにうなづいた後でおずおずと、相手の顔を伺う穂乃果。その口元は、なんだかだらしがなく緩み始めていた。
「あの……彼方さんは、穂乃果のこと好きですか?」
「うん。好きだよ」と彼方は茶化す事なく言った。
「その、ここから出た後って…」
そう言いかけて少し不安そうな顔をした穂乃果に、彼方が微笑む。
「ずっと幸せにするってのは……重すぎるかな〜?」
「いや、そんな。……えへへ」
穂乃果は心底幸せそうに、相手の顔を見つめていた。近江彼方の言葉に嘘偽りは何一つ無いと、その表情から伝わってくるのだった。 「あのっ。穂乃果の家は、おまんじゅう…作ってて」と少し経った後に穂乃果が口にした。
「お菓子作りなら、彼方ちゃんにお任せあれ〜」
「穂乃果が継ぐって、決まってる訳じゃないんですけど…」
「穂乃果ちゃんと一緒に〜、和菓子屋さんするのもいいよねぇ」と彼方の口元が綻ぶ。
「で、でも」と穂乃果がもう一度、口ごもった。この場面において高坂穂乃果は案外、普通の女の子のような踏ん切りのつかなさを見せた。
「どうしたんだい」と彼方が尋ねる。
「穂乃果…こんな急に彼方さんの事、好きになって大丈夫なのかな…」 「うん」
赤く染まった頬に、彼方がそっと左手を添えた。
「私と穂乃果ちゃんは、こうなる運命だったのさ」
パチリ。少女漫画の世界に憧れる少女に向けて彼方は、ひどくキザなウィンクを飛ばした。普段のキャラに似合わぬ、眠りの国の王子様。
高坂穂乃果は、完全に目が離せなくなっていた。
頬にあてられていたその手が、自分の顎元を押さえるために移動して……絵に描いたように流麗な、彼女の顔がゆっくりと近づいて、自分の唇と優しく触れるその寸前まで。
ずっと、近江彼方の顔を見つめ続けていた。 「穂乃果、こういう経験って、したことなくて……」
「ふふ。私も無いよ」
そう言って彼方が目元を緩めると、穂乃果も少し嬉しそうな顔をする。
「シャツ、脱ごっか」と彼方が言った。
「脱がしてください」と穂乃果は恥ずかしそうに言った。
「穂乃果ちゃんは、けっこう甘えん坊だね」
「……えへへ。あの、ヘアリボンは付けたままでいいですか」
「そのままでいいよ」
穂乃果はベッドの真ん中に移動した。後ろからボタンを外してあげるために、その背中側へ彼方が回り込む。
特に前置きする事なく、彼方は穂乃果の首元へと両腕を回した。 まずリボンが外され、その次に首元のボタンが外された。まとっていた制服が頼もしさを失うにつれ、穂乃果の頬は赤めいていく。
しかしその下の、胸元のボタンが外れなかった様子で、彼方は「あれ」と何度か呟いた後、仕方なく少女を自分のもとへと手繰り寄せた。うまく作業を進めるためであったが、結果として高坂穂乃果に胸元を押し付ける形になった。
身体が二つ、限りなく密着すると、心臓の音が大きく聞こえてくる。自分の心拍の荒れ具合に、彼方はそのとき初めて気がついた。 「緊張…してますか?」
穂乃果は振り向かずに尋ねた。お互いどんな表情をしているかは分からない。
「うん。すっごく」と彼方は言った。
「穂乃果も、緊張してます」
「そっか」
互いに声が、どこか小さく震えている。あるような無いような、会話らしきものをしているうちに、シャツのボタンは全て外れた。 「穂乃果ちゃん、バンザイして」
穂乃果がその言葉に黙って従い、子供のちっちゃな服を脱がすように制服のシャツが取り去られる。上半身、素肌のほとんどを前にさらけ出して、縮こまったように穂乃果はうつむいた。
「穂乃果ちゃん、可愛いの着てるね」と彼方が言い、穂乃果はさらに下を向いた。
なんだか、彼女らしくない下着をしていた。誰か人に見せるのでなければ機能的に決して必要ない、花びらを模したようなレースが付いている。
色も、らしくないと言えばらしくない。赤い薔薇に小さく影を落としたような真紅色。太陽のように明朗に笑う彼女には相応しく無いはずなのに、似合ってしまう。
彼女らしくもなく、ぼおっと色めいた表情をしているから似合ってしまう。 「ことりちゃんと、このあいだ選んだんです」
「ことりちゃんと?」
「好きな人が、出来た時のために……って」
“好きな人”と言い、穂乃果は彼方の右手を握った。
「もしかしたら……あの時にはもう、彼方さんのこと好きになってたのかも」
恥ずかしそうに、嬉しそうに、穂乃果は言った。自分の過去を、進行形の愛情で塗り替えて解釈する運命論的ロマンチスト派。そして彼女は猫のようにすりすりと、自分の柔らかな肩を相手の身体に撫で付けるのだった。
高坂穂乃果の全ての仕草には、魅惑的な人懐っこさがある。彼方は自身のブラウスを脱ごうとしていた手を止め、その柔らかな胸部へと、レースの下からそっと触れた。
「んっ」と悦んでいるような、くすぐったいような声が穂乃果の口から漏れた。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています