うみちゃんがかえってきた
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『高坂穂乃果の日記(抜粋)』
○月○日
ことりちゃんが留学しちゃった…。
私何も言えなった……。μ'sもやめちゃったしこれからどうしよう。
学校行きたくないなぁ。みんなと顔を合わせるのが辛いよ…。 ○月△日
一週間も学校行ってない。
毎日誰かしらうちに来てくれるけど正直会いたくない。
だって怖いもん…。特に海未ちゃんには叩かれちゃったし……。
なんかまだ痛いような気がするな、頬っぺた。
ことりちゃん…私どうしたらいいの……。 ○月×日
久しぶりに海未ちゃんとお話した。
流石に部屋の前であんなに泣かれちゃどうしようもないよねぇ…。
いざ話してみると特になにもなかった。
私が気にしすぎてたみたい。ただそれは海未ちゃんもおんなじで叩いたことを何度も何度も謝られた。
やっぱり海未ちゃんはいい子だなぁ。 ○月□日
まだ学校には行けてない。
海未ちゃんは誘ってくれるんだけど、なんかまだ怖くて。
一度、部屋の前でにこちゃんに怒鳴られちゃって…それからは外にも出たくなくなっちゃった。
絵里ちゃんも真姫ちゃんも優しく声をかけてくれるんだけど、顔を合わせた瞬間に怒られそうで。
海未ちゃんがなんとかしてくれるって言うけど…私も何か出来ないかな。
誰も悲しませずに…楽しくなれるようこと。ないかな。 △月○日
海未ちゃんにまた叩かれた。
甘え過ぎだって言われた。相談しただけだったのに…。
帰ってきてよことりちゃん・・・・・・。 △月△日
最近は誰も来なくなった。
海未ちゃんも来なくなった。電話もメールも通じない。
ことりちゃんは時間が合わないし忙しそうだし…。
もうやだよぉ…。 △月×日
海未ちゃんが来てくれた。
思わず泣いちゃったけど、海未ちゃんも泣いたからおあいこだ。
明日から一緒に頑張ろうって言ってくれた。嬉しいな。
また海未ちゃんと一緒にいられるんだ。 △月□日
海未ちゃんが叩く……。
私、どこが悪いのかな。でもその後で必ず抱きしめてくれるから、わざとじゃないんだと思う。
多分私のどこかがいらいらさせるんだ…がんばろう。 ×月○日
最近海未ちゃんが叩く理由が分からなくなってきちゃった……。
海未ちゃんの言うとおりやっても、間違っても叩かれる。
もう分けわかんないよ…。 ×月△日
また海未ちゃんが来なくなった………。
会いたい。 ×月×日
海未ちゃんにもう二度と逆らわないと約束をした。
次言うこと聞かなかったらもう二度と来ないって言うし…。
叩かれるのはいやだけど、海未ちゃんがいいっていうならいいかな…。 ×月□日
海未ちゃんが叩いてくれない。
何を考えてるんだろう。
傍にはいてくれるけど、喋ってくれない。
私だけ話しても面白くないよぅ……。 □月○日
海未ちゃん…怖い。
黙って私の頭を撫でる…。
いつもの海未ちゃんじゃないよ……。 □月△日
いつものみたいに叩かないのってきいたら、私が嫌そうだからって冷たく言われた。
嫌われちゃったかもしれない。
どうしよう…ことりちゃんにこんな相談できないし、どうしよう…。 □月×日
お願いして海未ちゃんに叩いてもらった。
海未ちゃん嬉しそう。私も嬉しい。
痛いけど、これが私と海未ちゃんの絆だ。
それに終わった後は気持ちいいことしてくれる。
ごめんねと謝りながらいっぱいしてくれる。
海未ちゃん私こそごめんねだよ。
これからも友達でいてね。 □月□日
お引越し、ちょっと暗くて狭いけどこれでずっと海未ちゃんと一緒だ。 ●月○日
きょうもうみちゃんといっぱいあそんだ
●月△日
きょうもうみちゃんといっぱいあそんだ
●月×日
うみちゃん すき ●月□日
しらないひとがいっぱいきた
うみちゃんつれてかれた ▲月○日
おひっこし しろくてあかるいおへや
でもうみちゃんがいない ▲月△日
うみちゃんがきてくれた
たたいてくれない
ちゅーしようとしたらおこった
なんでだろいつもしてたのに ▲月×日
うみちゃんがきてあたまなでてもらった
そしたらうみちゃんとうみちゃんがきて
うみちゃんにちゅーしようとしたらやっぱりおこられた
うみちゃんはあんたばかねぇといった
なんでだろ ▲月□日
うみちゃんとうみちゃんはいっつもきてくれる
うれしい
うみちゃんはいっつもいすにすわってばかり
あそんでといってもあそんでくれない けちだなぁ
でもうみちゃんすき ■月○日
うみちゃんにうみちゃんがいつかえってくるかきいた
ないちゃっておしえてくれない
うみちゃんにもうみちゃんがいつかえってきてくれるかきいた
やっぱりおしえてくれない
ねえうみちゃん、うみちゃんはいつかえってくるのかな ※
木枯らしが吹いたとニュースでは言っていた。
どうりで寒いものだと真姫はマフラーをしっかりと巻きなおす。
その仕草に応えるかのように一陣の風が枯葉を連れて空に上っていった。
晴れている。
薄く雲がかかってはいるが陽は届く。
それとは対照的に真姫の表情は芳しくない。
俯き、思いつめたかのような空気を纏って歩く。
辿り着いた先は病院だった。
彼女の両親が経営している総合病院。
最近では顔馴染みとなった受付に会釈だけを返し、奥へ。入院患者の病棟へと。 目的の場所には先客がいた。
「絵里」
制服姿の絵里が部屋の中央に置かれたベッドの横に椅子を運んでいるところだった。
「毎日熱心ね、真姫」
「あなたこそ…」
先を越されたことに若干の不満はあるものの、それを言っても始まらないと分かっているので、
「入るわよ、穂乃果」
一応声をかける。
すると、
「あ、うみちゃん!」
「真姫よ」
ベッドから身体を起こして穂乃果が出迎えた。
「うみちゃん! うみちゃんがきたよ!」 「そうね…真姫が来てくれたわ。良かったわね」
弾む声で話しかけられた絵里は困ったように微笑みながら穂乃果の肩に手を添える。
「ご家族は?」
「お母様がさっきまで。入れ違いで帰って行ったわ。着替えを取ってくるって。あと晩御飯のしたくも」
「そう…」
真姫は椅子には座らずに、窓際へ身体を預けるようにして穂乃果と向かい合う。
「ダメよ。寝てなさい。身体は元気でもあなたは病人だから」
「えーうみちゃんもうみちゃんにいってあげてよぅ…わたしたいくつだったんだもん」
「……真姫だってば」
聞こえるか聞こえないかの真姫の言葉。
絵里は下唇をかみ締め、項垂れる。 二人の沈痛な面持ちを悟ったのか、穂乃果が手を差し伸べた。
絵里には左手、真姫には右手。それぞれが包帯を巻かれている。
「うみちゃんどうしたの? わたしわるいことした?」
「ううん…大丈夫よ、穂乃果は何にも悪くないわ…」
応える絵里だが、言葉とは裏腹に目頭を押さえた。
その様子を見ていられずに、真姫は首をのけぞらせる。
視界が上半分は空、下半分は病室の天井。
空と雲のコントラストと同じ青と白だが、その隔たりはとても大きく感じた。
今の穂乃果の心と自分達のように。 ※
テレビをつけるとワイドショーが映る。
話題は最近起こった女子高生の同級生監禁事件についてだった。
それを目にした瞬間ににこは舌打ちし、テレビを消した。
「あーあ退屈ねぇ」
ベッドに仰向けに倒れこむと無機質な天井が見える。
…まさかこんなことになるとはね。
視線を下げればギブスが嵌った足がある。
先日、海未から穂乃果を取り戻す際に負った怪我だ。
取っ組み合いになり倒れこんだ拍子に海未の全体重がにこの膝に圧し掛かったのだ。
そのにこの行動が時間稼ぎとなって警察がそれ以上の被害を出す前に到着できたといっても過言ではない。 「代償は大きかったわねぇ」
春からこれまでアイドルとしての猛練習を積んできた。
それが今は日がな一日ごろごろするばかり。
暇を潰そうにもテレビは不愉快な事件ばかりを報道する。
「まったくもぉ…」
「暇そうね」
思わぬ返答を返したのは真姫だった。
「そりゃ暇よぉ。まぁ、毎日お見舞いに来るあんたも相当暇ね」
「…べ、別に私は穂乃果のお見舞いついでに来てるだけで…」
「そういうことで良いわよ。穂乃果の様子は?」
ベッドの縁に真姫が腰掛けられるようにスペースを開け、にこは問う。
「ダメね。誰を見てもうみちゃんうみちゃんって…」 救出された当初の穂乃果は酷く衰弱しきっていた。
さらにはどんな処遇を受けたのか、叩かれることを望み、誰も彼も海未と呼ぶようになっていた。
幸い個人の識別はできてるらしいが、退行してしまったのかうまく会話がつながらない。
「それでも、叩いてとは言わなくなってきたんでしょ?」
「まぁね。そのよりやたらめったらキスしようとしてくるのは勘弁ね」
絵里は満更でもないようだけどと真姫は溜息。
「そう…」
にこの心境は複雑だ。
穂乃果を助けることはできた。が、それは肉体的な自由という話で肝心の心はどこかに置き忘れたまま。
これではにこの犠牲は無駄なのかもしれない。 「会わないの?」
「……いいわ。また怒鳴っちゃいそうだし」
怪我が少し良くなったころ車椅子で穂乃果と面会したことがある。
その際話に聞いていたもののあまりの変貌振りに取り乱してしまったのだ。
以来にこは穂乃果にあってはいない。
毎日見舞いに来る絵里や真姫、たまに来る凛、花陽、希に話を聞く程度。
けれど真姫にはにこが大分穂乃果を気にしていることは分かっていた。
だから報告もかねて顔を出しに来るのだ。
「ありがとうね」
「…何回目よ。あんたのためじゃないって言ってるじゃない」
「それでも、ありがとうにこちゃん」
「……」
にこは顔を背けた。自分でも熱い位に顔が火照っているのが分かったから。 ※
「ねぇうみちゃん」
「なあに、穂乃果」
絵里は真姫のように海未と呼ばれることを否定しない。
無理強いしてしまっては治るものも治らないのではないかと考えるからだ。
(違うわね)
分かってる。甘えているのだ。自分に懐いてくれる穂乃果という存在に、普段見せない自分をさらけ出すことで。
(でもこのままじゃ…)
穂乃果のためにならないということも重々承知している。
何度も真姫やにこ、希に苦言を呈されていた。 「どうしたのうみちゃん?」
「う、ううん、なんでもないわよ。はいリンゴ剥けたわ」
「わーい、うみちゃんすきー」
手を伸ばしてくる穂乃果だったが包帯に包まれた手では汚れてしまう。
そのため一口大に切り分けて、口へ運んでやる。
美味しそうにリンゴを頬張る穂乃果をみて、絵里の口から自然に笑みがこぼれる。
そして涙もこぼれる。
どうしてこうなってしまったのだろう。
自分はどうすればよかったのだろう。
実際は何もできなかったのかもしれない。
それでもと思わざるを得ないのが現状だ。
にこは穂乃果を助けるために自らを犠牲にした。絵里も同様のことができたかもしれないのだ。 「私は…無力ね……」
「うみちゃんうみちゃん」
「なあに」
「うみちゃんはいつかえってくるの?」
このうみちゃんは正真正銘本物の海未のことだ。
絵里はそれについてはいずれね、と応えることにしている。世間を騒がせる事件を起こした海未がすんなり世に出てくるとは思えない。
今の穂乃果にとって海未は全てで全てが海未だ。
救出から二週間がたってもその傾向は抜けてはいない。
今日もまたゆっくりと時が過ぎる。
その時間を心地よいと思う自分を軽蔑しつつ、絵里は身を委ねる。 ※
遠くの空が紫にかわり、街灯が一斉に点灯した。
「じゃあそろそろ行くわ」
「来てくれて助かったわ」
真姫はにこに手を振って病室を後にした。
途中で穂乃果と絵里に挨拶して返ろうと脚をそちらに向けたところ、なにやら騒がしい。
そしてその原因は、
「穂乃果の病室!?」
何人もの看護婦で入り口が囲まれていた。
「いったい何が」
あったのですかと手近な看護婦に尋ねようとしたが、その必要はなかった。 「穂乃果ちゃん!! ことりだよ!!?」
「うみちゃん、こえおっきいよぉ」
聞き覚えのある声に真姫は人垣を分け入って病室内に踏み入った。
ベッドから少し離れた位置で絵里が立ちすくんでいる。
そしてベッド上の穂乃果に跨るようにしているのは、
「ことり…」
「事件を聞いて慌てて帰ってきたそうなの」
真姫の呟きを絵里が拾った。 「ほのかちゃん! 海未ちゃんじゃない! ことりだよ!」
「うみちゃんどうしたのこわいよ…」
「違うの…ことりって……ことりちゃんって……いつものように呼んでよ…」
「うみ…ちゃん?」
「ことり」
「うみ…」
「ことり」
「う」
「ことり」
誰も口を挟めなかった。
ただ二人のやり取りを遠巻きに眺めるだけ。 「ちょっとごめんなさい。通して…ごめんなさい…。っと、どうしたのよ?」
松葉杖をついたにこがやってきた。
真姫は絵里にしてもらった説明を繰り返す。
その間にも二人のやり取りは続いていた。
「ことり」
「いたいようみちゃん…はなして…」
「離さない。ちゃんと目を見て、呼んで。ことりちゃんて」
「やぁ…うみちゃんこわい…たすけてうみちゃん…」
ことりの肩越しに穂乃果が絵里に手を伸ばす。 思わず応えようとした絵里を制したのはにこだった。
「駄目よ。今はことりに任せましょう」
「…うん」
受け答えは終わらない。
「穂乃果ちゃん!」
「うぅぅ…」
「しっかりしなさい穂乃果!!」
「ひぃっ」
「お願いだよぉ…」
ことりが穂乃果の抱きしめた。それまでとは違って囁くように訴える。
「一度だけでもいいから…呼んでよ。ことりちゃんって…呼んで…」
「こ…」
穂乃果の手が宙を彷徨い、おずおずとことりの背に触れる。
「こと…り…ちゃん?」 「穂乃果ちゃん!?」
「ことり…ことりちゃん…」
「うん! うん! そうだよ! ことりだよ穂乃果ちゃん!!」
「ことりちゃん……ことりちゃん!!」
その瞬間真姫は見た。穂乃果の目にいつかの光が戻ったことを。
「ことりちゃん! ごめん…ずっとずっといいたかった…」
「穂乃果ちゃん…よかった…よかったよぅ…」 そして二人はどちらともなく抱き合い。泣いた。
真姫も絵里も、にこもだ。
「まったく…」流れる涙を必死に拭いながらにこはぼやく。「結局幼馴染の度量ってわけ」
その口調はしかし晴れやかだ。
「ハラショー…」
絵里は知らずに真姫の手を握っていた。真姫も痛いほど握り返してきた。
「…心配、かけすぎよ」
泣きながら真姫は笑っていた。 『高坂穂乃果の日記(抜粋)』
■月□日
ことりちゃんは留学先から途中なのに日本に戻ってきた。
もう向こうへ行く気はないそうで。
「だって、ことりがいないと穂乃果ちゃんが心配で」だって。
私、子供じゃないよって言いたいけどそれは無理。
なにせ私の恩人だもん。
それに絵里ちゃん、真姫ちゃんににこちゃん。花陽ちゃんに凛ちゃんも。迷惑かけちゃったな。
お父さんとお母さんにもいっぱい怒られて、でも最後は良かったねって言ってもらえた。
学校に行けるようになるにはもう少しかかるかもしれないけど、もう大丈夫。
だって私には頼れる幼馴染がいるんだもん。
ありがとうことりちゃん。
本当にありがとう。 これは無印1期12話〜13話の間(2013年3月末)に某所に投稿された文章になります
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