>>3のおっぱい描く
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変なのはスルー
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:: EXT was configured >>47
癖はあると思うけど、乳の描き方めっちゃ好き ランジュちゃんをせめてこのスレで可愛く描いて救ってくれ >>99
ありがたいおむつ
似合ってるけどえっちさも増している これじゃあ宮下愛じゃなくて下心アリじゃねーかwwwwwwww すみません
漫画描いててこんな時間になっちゃったので今夜はお休みです
https://i.imgur.com/3rRkdUH.jpg >>144
いいやん。一瞬りなりーが爆乳になった漫画かと思ったww メスイキスレが落ちたからこんにゃく的には残しておきたいんじゃないの? 好きなもの描いたらええよ
それにしても気になる漫画描くわね。続きある? >>195
SNSやってて、差し支えなければ教えてほしい >>200
素敵なクリスマスプレゼントをありがとう >>216
色々あったみたいだけど保守するし俺は需要あるからモチベ有るならこれからも描いてほしい かすみアンチ茸のID:7AwneRQTはガイジの超危険人物なのでマジで注意しろ! 保守感謝
これが某スレに投下した年賀状です
まだ身内にも描かねば……
https://i.imgur.com/zLEC1Jl.gif 可愛いじゃないですかーやだー(エッチなやつだと思い込んでたのは内緒 すごいどうでもいいけど3と7と9って結構いい数字感あるな 他のスレに行ったきり帰ってこなくなったね
こんにゃくの絵楽しみにしてたのに 古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。
どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 ■■■■■■■■■■
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どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
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あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
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どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 ■■■■■■■■■■
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どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 ■■■■■■■■■■
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■■■■■■あはさ 古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。
どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
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どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 ■■■■■■■■■■
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どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 ■■■■■■■■■■
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■■■■■■あはさ 古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。
どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 ■■■■■■■■■■
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どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。
どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
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先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
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それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
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あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
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学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
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その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
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その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 ■■■■■■■■■■
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■■■■■■あはさ 古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。
どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。
どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 ■■■■■■■■■■
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どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 ■■■■■■■■■■
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どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
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時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。
どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 ■■■■■■■■■■
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■■■■■■あはさ 古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。
どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 ■■■■■■■■■■
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どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 ■■■■■■■■■■
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■■■■■■あはさ 古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。
どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 ■■■■■■■■■■
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その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
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尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
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それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
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此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。
どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
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競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
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上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 >>328
黙ってないで頑張ってくれ
こっちのはなあなあになってもいいけどしおせつは描く義務があると思うよ 別に味方する訳じゃないけど、次の安価って>>246じゃないの? >>334
保守は俺らに任せて絵を描いてくれよ
24章で鬱憤が溜まってるのは分かるけどさ 新作上がったと思ったらしおせつじゃなくて悲しいぞこんにゃくよ こんにゃくは茸のこと見えてるらしいけど茸はこんにゃくのこと見えてない説 ■■■■■■■■■■
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その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
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色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
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あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
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そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
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遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
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競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
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上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
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「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
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此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。
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その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
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■■■■■■あはさ 古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。
どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。
どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。
どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
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学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
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競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
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上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 ■■■■■■■■■■
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どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
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色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
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あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
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どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
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先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 ■■■■■■■■■■
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■■■■■■あはさ 古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。
どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条さみじょうと云う下宿屋に、この話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。
その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人いちにんであった。
その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えているからである。
上条に下宿しているものは大抵医科大学の学生ばかりで、その外ほかは大学の附属病院に通う患者なんぞであった。
大抵どの下宿屋にも特別に幅を利かせている客があるもので、そう云う客は第一金廻りが好く、小気こぎが利いていて、お上かみさんが箱火鉢を控えて据わっている前の廊下を通るときは、きっと声を掛ける。
時々はその箱火鉢の向側むこうがわにしゃがんで、世間話の一つもする。
部屋で酒盛をして、わざわざ肴さかなを拵こしらえさせたり何かして、お上さんに面倒を見させ、我儘わがままをするようでいて、実は帳場に得の附くようにする。
先まずざっとこう云う性たちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福を擅ほしいままにすると云うのが常である。
然しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男は頗すこぶる趣を殊にしていた。
この男は岡田と云う学生で、僕より一学年若いのだから、とにかくもう卒業に手が届いていた。岡田がどんな男だと云うことを説明するには、その手近な、際立った性質から語り始めなくてはならない。
それは美男だと云うことである。
色の蒼あおい、ひょろひょろした美男ではない。
血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
強いて求めれば、大分だいぶあの頃から後のちになって、僕は青年時代の川上眉山かわかみびさんと心安くなった。
あのとうとう窮境に陥って悲惨の最期を遂げた文士の川上である。
あれの青年時代が一寸ちょっと岡田に似ていた。
尤もっとも当時競漕きょうそうの選手になっていた岡田は、体格でははるかに川上なんぞに優まさっていたのである。
容貌はその持主を何人なんぴとにも推薦する。しかしそればかりでは下宿屋で幅を利かすことは出来ない。
そこで性行はどうかと云うと、僕は当時岡田程均衡を保った書生生活をしている男は少かろうと思っていた。
学期毎に試験の点数を争って、特待生を狙う勉強家ではない。
遣やるだけの事をちゃんと遣って、級の中位ちゅういより下には下くだらずに進んで来た。遊ぶ時間は極きまって遊ぶ。
夕食後に必ず散歩に出て、十時前には間違なく帰る。
日曜日には舟を漕こぎに行くか、そうでないときは遠足をする。
競漕前に選手仲間と向島むこうじまに泊り込んでいるとか、暑中休暇に故郷に帰るとかの外は、壁隣の部屋に主人のいる時刻と、留守になっている時刻とが狂わない。
誰でも時計を号砲どんに合せることを忘れた時には岡田の部屋へ問いに行く。
上条の帳場の時計も折々岡田の懐中時計に拠よって匡ただされるのである。
周囲の人の心には、久しくこの男の行動を見ていればいる程、あれは信頼すべき男だと云う感じが強くなる。
上条のお上さんがお世辞を言わない、破格な金遣いをしない岡田を褒め始めたのは、この信頼に本もとづいている。
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実が与あずかって力あるのは、ことわるまでもない。
「岡田さんを御覧なさい」と云う詞ことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
「どうせ僕は岡田君のようなわけには行かないさ」と先を越して云う学生がある。
此かくの如くにして岡田はいつとなく上条の標準的下宿人になったのである。 ■■■■■■■■■■
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■■■■■■あはさ >>363
おいおいお別れなんて寂しい事言わないでくれよこんにゃくよ… >>363
正直来なくても驚かないくらいに思ってたわありがとう また気が向いたら安価スレ立てるかもなのでその時は宜しくお願いします ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています