にこ『ねぇ、希』
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「……にこっちは、ウチのこと好き?」
彼女は照れくさそうに、その長い指をもじもじさせながら。
私の顔をじっと見つめると、離そうとはしてくれない。
よほど、自信があるのだろうか。
私らしからぬ好意的な言葉が、きちんと返ってくるという自信が。 今にも授業が始まろうかというのに、部室の空気はまどろんだまま、一向に動く気配を見せない。
窓も開けていないこの部屋の、もわんとした暑さにすっかり浮かされているようで。
私たちは音一つ立てず、互いの瞳をぼんやりと眺め続けている。 ーーーなんだ。この、甘ったるい空間は。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ とある昼下がりの教室。
可愛らしいピンクのお弁当を空にした私は、苺牛乳を手に一息つく。多少ぬるくはなっていたものの、それでも生き返る味だ。
とっくに夏のピークは過ぎたはずが、午前中はやたら暑かった。手をうちわのようにして煽いでいる希の表情は、なんとも情けない。
普段の昼休みと一つだけ違うのは、絵里がいないこと。生徒会長ともなると昼に駆り出されることが度々あるらしく、ごめんねと言い残して先ほど出て行ってしまった。ご苦労なことである。 話題を振ることが多い彼女がいないものだから、私から希に会話を切り出した。
「あの、いつもライブの手伝いしてくれてる三人組いるじゃない?」
「うん」
「あれ、よく考えると色々凄いわよね」
穂乃果たちのファーストライブを見た時から、ずっと思っていた。 「せやなぁ。音声に照明、それにMVの撮影。この間なんてステージのセットまで作ってくれて…あれはびっくりしたなぁ」
彼女たちがしてくれている仕事を挙げてみると、凄まじい。
「なんであそこまでしてくれるのかしらね。ろくにお礼も出来てないじゃない」
「うーん。あ、そう言えばウチがμ'sに入る前にな。あれは確か、カメラ持ってみんなのインタビューとかしてた時…」 「三人は裏方として頑張ってるけど、アイドル研究部には入らないのかって聞いたんよ。そしたら、あれはあくまで穂乃果ちゃんを手伝いたいからやってることであって、自分たちが部に所属するつもりはないって」
「だから多分、穂乃果ちゃんを応援したいって、本当にそれだけなんやないかなぁ」
μ'sの活動は、かなりの部分を彼女たちに依存している。文句ひとつ言わず裏方に徹してくれるあの三人には、頭も上がらない。
その原動力が、あのリーダーをただ純粋に応援したいだけとは初めて知った。 「まったく。友達に恵まれすぎよ、あいつは」
「ほんまやね。それが、穂乃果ちゃんの一番の才能なのかもしれないなぁ」
「才能、ねぇ…」
確かに、才能という言葉が一番しっくり来るように思えた。 この手の話になると私は、過去を多少なりとも思い出さざるを得ない。
最近は忙しく、そんな時間も随分減ったものだが……たまに日常のなかに、ひょいと顔を出すことがある。
有無を言わさず浮かんでくるそれは、総じてほの暗く、じめっとした小景。
面白いものでは決してないのに、次から次へと滲み出てくるから。まるで自分に何かを訴えかけているようだと、最近思うようになった。
そうだとすれば、かなりおせっかいな奴である。 ぼんやり、とりとめもない考えにふける私を引き戻すかのように、希が自分の顔を指差して見せる。ほらほら、と言わんばかりだ。
「にこっちも才能あるやん」
そんな彼女お得意のおどけた仕草に、相応しい軽口を返した。
「何よ急に。別に、顔には何もついてないわよ」 「ふふっ」
希はそのやりとりに満足したかのように頬を緩めたその後で、ポツリと呟いた。
「ウチ、にこっちに何もしてあげられんかったなぁ」
どきっとした。しかし放った言葉の重さに対し彼女の表情は、あまり深刻といった具合ではない。 なんの変哲もない調子で話は続く。
「なんか出来たとも思えないし、言ってもしょうがないのは分かってるんやけど」
彼女の独白はあくまでも、つまらない世間話の延長線上にあるらしい。決して許しを乞うのでも、懺悔をしている訳でも無いようだ。されたところで私が困る。
ただ、その顔は少しだけ、悲しい目をしているように見えた。 ……本当に、言ってもしょうがないことだ。こういうのは、かなり反応に困る。
いつも飄々としている希だからこそ、余計に。
こうなると私は、飲んでいた苺牛乳のストローから口を離さないままに、なんでもないような態度をとるほかなかった。 対応に弱る私の姿に気づいたのか、すぐに話題は別の方向へと変えられた。
「そういえば絵里ちも、あぁ見えてよく言っとるで。あぁしとけば良かった、こうしとけば良かったって」
はーっ、と軽いため息をつく希。
「海未ちゃんが作ってくれる歌詞みたいには、上手くいかないもんやねぇ」
「まあ…そうね」
「だから歌があるんやろうけど」 「かなしみにとざされてー、なくだけのきみじゃない…ってな」
クラスメートへの配慮から、呟くようにして希に歌われたそのフレーズが、どうにも物寂しいものだから。
聞かれても無いことを、つい答えてしまった。
「…私は一、ニ年の時もそんな悪くないと思ってるけど」 「あ、そうなん?」
「そりゃ今より充実してたとは言わないけど。馬鹿みたいにライブ観に行ったり、将来のこと考えずにあんたとダラダラしたのは…あれはあれで、悪くなかったかもね」
希は目を丸くして私を見つめると、クスッと笑顔を見せた。
「ふふっ、今も大して考えてないやん」
「うるさいわね。余計なお世話よ」
「ウチもにこっちと寄り道して帰るの好きやったよ。最近出来とらんなぁ」 「あ、じゃあ今日練習無いし、あそこ行かへん? えーと、名前が…」
「うわ、懐かしい。あれでしょ?駅裏の、ちょっと隠れ家っぽい雰囲気のとこ」
随分と懐かしい記憶を引っ張り出したものだ。
帰り道に喫茶へ立ち寄り、どうでもいい話で貴重な青春をつぶす。そんな日々が、遠い昔のことのように思われた。
μ'sに巻き込まれてからというもの、そんな穏やかな日々は遅れていない。
「そうそう。せっかくだから、絵里ちも誘おうか」
何かとお洒落な彼女のことだ。きっと、あの店の全てを気に入って…… 「…今日だけはあいつ抜きにしましょ。今度、必ず三人で行くから」
希は心底、驚いたような表情を浮かべた。
「えー、絵里ち怒らんかな?」
「あんたと絵里にもそういう場所があるんじゃないの?そこ二人で行っとけば、許してくれるわよ」 「昔のえりちは真面目やったからなぁ。道草はしなかったんよ」
「ふーん。まぁいいけどね」
「不服そうやん?」
不服。きっと、そうなのだろう。
「なんか、昔を懐かしみたいって時があるのよ」 「…あんたは違うの?」
希と二人きりが良いのだと。そう言っているのだと、自分でも自覚していた。
少しくらい彼女にからかわれても、別に良かった。
これは、ただのノスタルジーなのだろうか。
この不思議な気持ちは、いったい。 「せやね。今日は昔みたいに、2人で閉店まで粘ろっか」
希は、あっさり承知した。
閉店までといっても、確か夕方の六時半まで。その後はお酒を出す店になるとかなんとか。
しばらく埃をかぶっていた記憶が、ぐーっと蘇る。
「飲み物だけで凌ぐつもりが、お腹減ってきて結局パフェ頼むのよね」
「にこは小食だから〜、とか言われて半分こした記憶あるで」
「無駄にでかいのよね、あのパフェ。あれ、練習後なら食べられるかしら」
「ふふ、いけるいける」 やたらボリューミーで小味の効いた喫茶のメニューと、それにまつわる取るに足りないエピソードをいくらか語り合った。
「なんか、うんと懐かしいな」
「そうね、こんな感じだったわね」
そう。週に一度は必ず、二人してどこかに出かけていた。
私の高校の記憶には、いつもこいつが映り込んでいる。
大体は希の方から、お菓子を手土産に部室へと乗り込んできて…… 「別に、あんたは何もしなくていいのよ」
「え?」
「あの時は、あんたしか友達いなかったんだから。だから、何かしてあげるとか、そんなのは……」
「にこっち」
狐につままれたような顔の希。 こちらを見つめて固まったその姿を見て、自分が言ったことの恥ずかしさに気が付いた。
「忘れて忘れて。すぐ忘れて」
やばっ。私らしくもない。
ぼうっと懐かしんでいた感覚が、一気に立ち退いて。軽いパニックであった。 てっきり笑われると思って身構えたがよく見ると、希の方が心ここにあらずといった顔をしている。何かを考えているようで、考えていないような。
そんな生殺しのような時間がひととき流れて、思いもよらぬ言葉が返ってきた。
「あかん、なんか泣きそう」
……あれ?
どうやら彼女は、冗談と受け取ったらしい。 「ったく、おばさんじゃないんだから」
いつものように彼女に悪態をついたのも束の間。
その顔が、冗談には全くそぐわない表情であることに気づいた。
突然、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がると、
「にこっち、ごめん」
顔も見ないでそう言い残し、彼女は教室を飛び出してしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ その行方は大方見当がついていた。
部室のドアノブを回すと、案の定彼女の背中が見えた。普段私がパソコンをいじる為の席に、肘をついて座っている。
流石に私が入ってきたことに気がついているとは思うが、こちらを振り返ろうとはしない。
電気をつけず、カーテンも開けてないものだから、中は薄暗くてしょうがない。部室がこんな暗さに包まれているのを見るのは、随分と久しぶりのように思えた。 「ちょっと、あんたマジで泣いてんの?」
「ん、もう大丈夫」
「…なんで泣いたの?」
「うーん、なんでって言われると難しいんやけど……」
彼女は照れ臭そうに頭をかきながら、ようやくこちらに体を向けた。その目は少し腫れている。
「私が良いこと言ったから泣いたんでしょ?恥ずかしいわねぇ」
気丈に振る舞おうとしたが、少し声がうわつく。
正直、この部屋に入ってからというもの、気が気でない。 「もう歳やね」
「まったく、おばさんもいいところよ」
「…今だから言えるんやけどな。昔のウチ、にこっちが可哀想だから友達になってあげないとあかんって思ったんよ」
懐かしむように淡々と、こいつは凄いことを言う。 「随分と上から目線じゃない」
「ふふっ、ごめんな。昔のにこっちったら、意地っ張り屋で友達なんていらないとか言って」
「あー…言ってたかもね」
今となっては少々恥ずかしい記憶だ。
「だから、そんなにこっちがウチのこと友達だって思ってくれてたのと…まぁこれは分かってたんやけど」
「図々しいわね」
「あとそれとな。一、二年生の時、友達がウチしか居らんかったってなんでもないように言うから………」 「にこっち、変わったんやなぁって気付いて。それが、泣くくらい嬉しかったんよ」
その綺麗な笑みは、本心から出た物なのであろう。奥底の自分をひた隠しているような、いつもの彼女とはどこかが違う。
完全に向こうのペースに持ってかれている。
「まぁ?ナンバーワンアイドルに泣いたとしても、無理はないかもね」
うわずった私の声に軽くうなづくと、希はゆっくりと立ち上がった。
そして、改めて私の顔を見据える。 「なあ、にこっち」
その声は、一段と柔らかみを帯びていて。
「なによ…」
「今しか言えないから、言うけど」 「ウチ、にこっちのこと好きやで」
「ほんまに、友達になれて嬉しいわ」
その告白は、少し照れ臭そうに頬を染めながら。それでいて、随分はっきりとしていた。 とてもその顔を直視できず、反射的に床へと目をやる。自分の頬に熱が溜まっていくのが、よく分かった。
「ちょっと、やめなさいよ。私シラフなんだから」
彼女はというと、その目を逸らすつもりはないらしく。
「今日だけやん。……ずうっと、仲良くいようなぁ」 「あんた、そういうキャラじゃないでしょ!」
「μ'sのみんなの真似してみたんよ。自分の友達を恥ずかしがらずに好きって言うの、前からええなぁと思ってて」
そう言ってにしし、と口角を上げる。
「こんなことが恥ずかしくて言えないのなんて、三年生だけやで」 キーン、コーン、カーン、コーン……
彼女の笑みに重ねるようにして、鐘の音が鳴り響く。音ノ木坂では、五分後の授業開始を意味していた。
けれどその響きは、いつものように私たちを急かしたりはせず。
薄暗いこの部屋の神聖さを、ありったけ際立たせていた。 「ねぇ、のぞみ」
「…うん」
「のぞみには、本当に感謝してる」
自分の声の可愛さに驚かされる。 真っ白で、頭に何も浮かばない。
「それで、えっと…」
「…ウチのこと、好き?」
希の方も、その言葉が精一杯と言わんばかりの、真っ赤な顔。 「あ……」
ショートした頭は全くまわらないから、回答は一つしかなかった。
すぅー。
決心して、息を吸い込んで。 こくんと小さく頷くのが、精一杯だった。
全身が一斉に紅潮していくのが、その熱さで分かる。
部室はしーんと静まり返り。
「うふふっ」
しばらくして希は、口元をにやけさせながら笑った。こんな表情の彼女を見るのは、初めて見る。 「もうっ、にこっち、照れるやん!」
私の背中をバンバンと叩いてくる。けっこう痛い。
「だからやめとけって言ったのよ!」
「でも、嬉しいなぁ。ほんま嬉しい」
叩く手を止めると今度は、両手を自身の頬に当てた。
まるで、自分の笑顔を確かめているかのように。 「…ほんまに、嬉しいわぁ」
「あぁもう。分かったってば」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 放課後。重い紙の束を抱え、二人並んで廊下を歩く。
「やっぱこの後、喫茶に絵里も連れて行きましょ」
「えぇの?」
「よく考えたらあいつ可哀想だし」
「絵里ち、あぁ見えて繊細なとこあるからなぁ」 「二人で、昔を懐かしむってのはどうしたん?」
“二人“を強調して、分かりきったことを口にする希。
「あんたのせいでしょうが!!」
そう。全部、こいつのせい。 おかげであの後授業には遅刻し、罰として生徒会室までプリントを運ぶ羽目になった。
絵里は昼休み、私たちの部活の(うち何人かの)素行が、あまり良くないってことで呼び出されていたらしい。
そんな折に二人揃って遅刻したものだから、割と真剣な顔で説教をされてしまった。この罰も、彼女に課せられたものだ。 「絵里ち、きっと喜ぶで」
「ふん、そうだと良いわね」
「にこっち、なんか怒ってる?」
「いや、別に?」
本当に、怒っているわけでは決してない。
ただ、なんとなく悪態をつきたくなっただけだ。 何気なくちらりと希の顔を覗くと、タイミング良く目があった。
にらめっこをしてる訳でもないのに、互いの顔を見るやいなや、二人ともぷっと吹き出して。
「ったく、何がおかしいのよ」
「…いやぁ、別に?」 「おかしくも無いのに、笑ったの?」
「にこっちの顔に笑ったって言ったら、怒るやん」
「そりゃあ、怒るわよ」
ひゅうっと、廊下の窓から風が吹き込んだ。
あの暑さは嘘みたいにどこかへ消えてしまった。今は大分爽やかで、気持ちの良い涼しさが広がっている。 それでもあの昼下がりの、呆れるほど沸騰した体温はまだ胸に残っていて。
これはパフェでも食べないと、やってられない。万が一食べきれなかったら、二人にも分けてあげよう。
そんなことを思いながら、絵里の待つ生徒会室へと足を早めた。 これは高性能iPhone
のぞにこの悪友っぽい会話の中で普段は言葉にしにくい本音を口にするの好き のぞにこすこ
1〜2年生の頃の関係はいろいろ妄想できていいよね >>67
そうですお久しぶりです
どなたかの別の作品とデジャヴ感があったらすみません。勉強不足でした
またどこかでお会いできれば幸いです。改めてご拝読ありがとうございました。 >>69
3バカがめっちゃ居眠りしてるイメージです ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています