ルビィ「スターチス」
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【理亞1】
理亞(函館には、綺麗な海を観られる場所がある)
理亞(広い海と、街を見渡すことができる岬)
理亞(地元では心霊スポットと呼ばれることもあるのが難点だけど)
理亞(一人で頭を冷やしたいときにはちょうどいい場所)
理亞(私は今日もその場所へ向かう)
理亞(坂、昇らないといけないのも面倒だけど、運動不足にならないためにはちょうどいいような……) 理亞「あれ」
理亞(余計なことを考えながら、歩いていると)
理亞(岬へ続く長い坂。その先に、ちらりと赤い髪、見覚えのある人影が見えた)
理亞(昼間から、幽霊?)
理亞(いや、何かの間違いよね。だってあの子は)
理亞(ルビィは、もう)
理亞「見間違い、のはず」
理亞(だけど、もしかして本当に?)
理亞(いや、信じがたいけど)
理亞(追ってみよう)
理亞(ちゃんと確かめれば分かるはず)
理亞(一応普段から坂に囲まれた場所に住んでいるんだ、これぐらいの道は慣れっこ)
理亞(走って、追いかけて) 理亞「あっ」
理亞(誰もいない岬の先に、亡霊の姿は合った)
理亞(美しい瞳を持ち。赤い髪を棚引かせ、危うい雰囲気を漂わせる)
理亞(私は不思議と惹きつけられた。だって、その子は)
理亞「ルビィ……」
ルビィ?「!」 理亞(その名前を呼ばれたことで、驚いたようにこちらに振り向く)
理亞(以前の幼さはほぼ消え去っていたけど、その顔は)
理亞(確かに黒澤ルビィのもの)
ルビィ?「あなたは」
理亞「鹿角理亞。覚えてない?」
理亞(会ったのは数回だけ)
理亞(向き合って話をしたのは、たった一度に過ぎない)
理亞(忘れられても、不思議ではないけど)
ルビィ?「理亞、ちゃん」
理亞「……そうよ」
理亞(覚えていた、やっぱり) 理亞(彼女との関係は回数でみれば薄いけど)
理亞(その中で大切な秘密を打ち明けられて)
理亞(私は心の底からこの子を尊敬して、助けになりたい、そう思った)
理亞(でも翌日には行方知れずになってしまい)
理亞(悲劇が起きたのは、それから程なくしたころだった、のに)
理亞「あなた、どうして生きてるの」
理亞「スクールアイドル同士の心中劇だって、話題になったのに」
理亞(国木田花丸という少女が、恋人であった黒澤ルビィと無理心中を図り、成功した)
理亞(少しでもスクールアイドルに関心を持っている人間なら、誰でも知っている話) ルビィ?「……うーん、なんでかな」
理亞(とぼけた態度)
理亞(本当に幽霊、じゃあないわよね)
理亞(いやでも、場所が絶妙すぎる)
理亞(この世に未練を残した地縛霊――とか)
理亞「ねえ、ルビィ」
理亞(恐る恐る、手に触れる。感触、確かに人間の感触)
ルビィ「どうしたの、理亞ちゃん」
理亞「い、いや、なんでもない」
理亞(幽霊なんて実在しない。私は馬鹿?)
理亞(もう高校も卒業したのに、いつまでも子どもじみた発想が消えていない) ルビィ「ここ、入れないんだね」
理亞(ルビィが転落防止用の柵をポンポンと叩く)
理亞「そうよ、過去にここから、何度も人が飛び降りたから」
理亞(崖の先からだいぶ手前に設置されているそれは、景観的にはあまり歓迎できる物ではないから、気になるのも仕方はないけど)
ルビィ「じゃあ、落ちたら危ないんだね」
理亞「まあ、そうね」
理亞(当然、不慮の事故も多いから、柵が設置されているわけで――)
ルビィ「よっと」
理亞「ば、馬鹿!」
理亞(なのにルビィは、柵を乗り越えていこうとする) 理亞「なにしてるの、落ちるわよ!」
理亞(信じられない。ちゃんと人の話を聞いていなかったの?)
理亞(全く整備もされていないのに、落ちたら即死なのに)
ルビィ「いいんだよ、それで」
理亞(だけどこの子は、まるでそれを望んでいるかのように)
理亞(差し出した私の手を振り払おうとする)
理亞「よくないでしょ、そんなの」
理亞(冗談でも、人の生死はそんなにあっさりと語っていいものではない)
ルビィ「ルビィは、早くいかなくちゃ――」
?「ルビィちゃん」 理亞(自暴自棄に近い)
理亞(そんなルビィの動きと言葉を止めた、一つの声)
?「駄目だよ、それ以上は」
理亞(現れたのは)
理亞(誰?)
ルビィ「よ、曜ちゃん……」
理亞(曜)
理亞(確か、ルビィと同じグループにいた) 曜「帰るよ、ルビィちゃん」
理亞(物凄い力で、無理やりルビィを柵から引きはがす)
理亞(そして、物理的に意識を遮断しようとして)
理亞「あ、あなた」
理亞(助けたのは間違いない)
理亞(だけどその後の行為は?)
理亞(これは本当に現実?)
理亞(死んだはずの友人)
理亞(まるで映画のような行動をする年上の女性)
理亞(夢と言われた方が納得できる) 曜「あー、流石に焦ったよ。坂道走るの大変だったし」
理亞(だけど彼女はぐったりとしているルビィを担ぎ上げると、呑気な声で私の質問をかわす)
曜「惹かれたのかな、海に。ルビィちゃんも、海の街の子だから」
理亞(そういえば、彼女たちが通っていた学校も、海の近くの街――じゃなくて)
理亞「そんなことより、少し説明――」
曜「それに少し似てるんだ」
曜「ここは、花丸ちゃんが死んだ場所に」
理亞(花丸は、ルビィが愛していた人は、死んだ)
理亞(似たような場所)
理亞(つまり心中の噂は本当で)
理亞(間違っているのは、この子が生存しているという事実だけ)
理亞(だとしたら) 曜「ごめんね」
曜「いま見たこと、この子の存在は忘れてくれるとありがたいかな」
理亞(もっともな言葉)
理亞(世間的には、間違いなく黒澤ルビィは死んだことになっている)
理亞(なのに、理由は分からないけど生きていて)
理亞(この状況は、その事実を隠しているこの人にとって好ましくないんだろう)
理亞(つまり私は、優位な立場にいるはず)
理亞(だから) 理亞「連れていって」
曜「へっ」
理亞(この返答は予想外だったのか、曜は虚を突かれたよう)
理亞「拒否したら、ルビィのことを人にばらす」
曜「……それは、困ったね」
理亞(怖かった)
理亞(こんなことを言ったら、逆に口を塞がれてしまうかもしれない)
理亞(たった今、ルビィが受けたような行為を、私が経験することになるかもしれない) 理亞(それでも知りたかった)
理亞(この子にいったい何があったのか)
理亞(臆病なはずの私の心が、強くその答えを求めていた)
理亞(約束したから)
理亞(かつてこの北の地でルビィと話したとき、助けになると)
理亞(当時は何もできなかった)
理亞(気づけばルビィは消え、連絡を取ることさえできず)
理亞(私はただ噂を知り、涙を流しただけの無力な存在)
理亞(だけどもし、いまからでも力になれるなら)
理亞(あの時の後悔を上書きすることができるなら) 曜「君はルビィちゃんの知り合い」
理亞「友達よ」
理亞(数少ない大切な人の一人)
曜「……スクールアイドルをやってた、鹿角理亞ちゃんだよね」
理亞「……覚えていたの」
理亞(この人とは、会話をしたことさえないのに)
曜「色々と印象に残る子だったからね、君は」
理亞(それは、あまり好意的な意味ではないだろうけど) 曜「もし、何を見ても後悔しない?」
理亞「ええ」
理亞(後悔は、嫌い)
曜「なら、いいかな」
曜「君はある程度、信頼できそうだから」
理亞(その言葉と共に、手を差し出される)
曜「私は渡辺曜」
曜「年上でだけど、曜でいいよ」
曜「私の今は存在しない後輩ちゃんに似て、生意気そうな子だし」
理亞「……失礼ね、曜」
理亞(差し出された手を、ぎゅっと握る)
曜「……行こうか。ルビィちゃんが起きる前に」
理亞「ええ」 ◆
理亞(岬を出て、駐車場で車に乗り十数分」
理亞(たどり着いたのは、大きなお屋敷)
曜「ここね、元々一緒にルビィちゃんのお世話をしていた人の知り合いが最近買い取った家なんだ」
理亞(この規模の家、間違いなく億単位はする)
理亞(そんなものを、平然と買い取る……)
理亞「あなた、お金持ち?」
曜「私じゃないよ、その知り合いの人は、まあ」 理亞(慣れた手つきで鍵を開け中に入る)
曜「着いてきて」
理亞(渡されたスリッパを履き、広い家をやや緊張しながら歩く)
曜「こっち」
理亞(玄関からある程度遠ざかると、現れた下へ続く階段)
理亞「地下なの?」
曜「ルビィちゃんの部屋はね」
理亞(少し長めの階段を下り、現れた扉を開く)
曜「もし声が外に漏れたら大変だから」 理亞(部屋の中には、大きめのベッドが一つ、ポツリと置いてある)
理亞(あとは椅子と机があるぐらい)
理亞「これ、部屋?」
曜「生活は上。寝るだけだから、ここは」
理亞(曜はルビィをベッドに寝かせると、その下からあまり見たことのない物の数々を取り出す)
理亞「それは?」
曜「拘束具」
理亞(拘束具?) 曜「やっぱりまだ早かったかな」
理亞(何事もないように、慣れた手つきでルビィの手足を鎖でつなぎ、胴体を縛る)
理亞「ちょっと、なにを」
理亞(もしかして、ルビィはここで監禁されている?)
理亞(そういえば彼女は結構な家のお嬢様だった)
理亞(身代金目当ての誘拐とか、そういう類かも)
理亞(もしそうならついてきた私は、口封じで、ころ――) 曜「怖がらないで。ちゃんと説明するから」
理亞(渡される一脚の椅子椅子)
理亞(心は震え、へたり込みそう)
理亞(今すぐここを飛び出して、助けを呼びたかった)
理亞(だけどこの状況で、私がこの人から逃げ切れるとは思えない)
理亞(信じてその椅子に座る、それが最も賢い選択肢)
曜「さて、なにから説明しようかな」
理亞(曜はルビィの頭をやさしく撫でながら、私の方をみる)
理亞(少なくともその様子は、誘拐犯のそれとは思えない) 曜「聞きたい事、ある?」
理亞(そんなの、いくらでも)
理亞(だけどまず、真っ先に知りたいのは)
理亞「どうして、ルビィをそんな風に縛り付けるの?」
理亞(この人の言動に、ルビィへの攻撃性、悪意は見られない)
理亞(それなのに、意識を絶ち、拘束して。行動とはあまりにもギャップがあった) 曜「こうしないと、ルビィちゃんはすぐに死のうとするの」
理亞「死……」
理亞(信じられないような言葉)
理亞(もし岬での光景を見ていなければ、だけど)
曜「この部屋に何もない理由は、私が誤って目を離してしまうケースを考えて」
理亞(死に利用できる道具を置いていない、そういうこと?)
曜「一応落ち着いているときはね、こんなことせずに地上に出て二人で暮らしているの」
曜「でも大抵、ふりをしているだけの演技でさ」
曜「今日みたいに逃げ出して、死に場所を探し始めちゃうんだけど」
理亞(それであんなに焦っていたんだ)
理亞(そしてルビィの行動は、冗談でもなく、本気で死のうと) 理亞「どうして、ルビィはそこまでして」
曜「それは――」
ルビィ「あ、あぁ」
理亞(曜の言葉は、震える声とガチャリという拘束具の音でかき消される)
曜「……おはよう、ルビィちゃん」
ルビィ「なんで、なんで」
理亞(彼女は状況を思い出したのだろう)
理亞(キッと、曜を睨みつける) 曜「ごめんね」
ルビィ「触らないで!」
理亞(再び頭を撫でようとした曜の手に、ルビィが噛みつく)
曜「……ごめん」
理亞(曜はそれを振り払うことなく、ただルビィに噛まれ続ける)
理亞(表情一つ、変えることなく)
ルビィ「死なせて、死なせてよ!」
理亞(半狂乱)
理亞(耳を塞ぎたくなるような声が部屋中に響き、反響する) ルビィ「早く行ってあげなきゃいけないの!」
ルビィ「マルちゃんは一人で苦しんでいるから、早くルビィが行ってあげないといけないの!」
理亞(ルビィの悲鳴のような叫びが、心に刺さっていく)
理亞(見るに堪えなかった)
理亞(こんなの、耐えられなかった)
曜「花丸ちゃんの後を、追おうとしてるんだ」
理亞「……」 理亞(世間的には、無理心中となっている)
理亞(国木田花丸に黒澤ルビィが巻き込まれた形だと)
理亞(だけど、これをみると、とてもそうは思えない)
曜「二人の幸せはね、傍に居て愛し合うことだけだった」
曜「それが叶わなくなって、世界に絶望した」
曜「そして抜け殻のようになった二人が選ぼうとしたのが、心中だったんだ」
理亞(曜は薬のような物を取り出すと、強引にルビィに飲ませる)
理亞(徐々に小さくなる声、弱々しく、しぼんでいく) ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています