あなた「余命1年?」菜々「……」
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私は�A一人の少女に出会うため、とある総合病院へ足を運んだ。
あなた「あの、面会なんですけれども……」
あなた「分かりました。ありがとうございます」
手続を済ませ、エレベーターに乗り、階数表示が段々と数字を上げる様子を、ただ茫然と見つめていた。
目的の階層で床の上昇がゆっくりと止まる。
エレベーターを出て歩き続け、部屋番号を確認して中に目をやると、彼女……中川菜々の姿が視界に入った。 ここに来るまでにすれ違った患者たちと比べ、一際小柄な彼女の身体は、今にも窓から入り込むそよ風にかき消されてしまいそうだった。
菜々「あ……今日は来てくださったんですね」
あなた「お邪魔します。調子はどうですか?」
菜々「もちろん順調ですよ。どうぞ、原稿です。病院のコピー機で印刷しました」
あなた「いえ……私がお聞きしたのは、中川さんの体調についてです」
菜々「ああ、なるほど。何も変わりませんよ。可も不可も無し、と言ったところですね」 彼女は、取ってつけたような笑顔でそう言った。
こうしている今も、この小さな身体が蝕ばまれ続けている。
私は、その事実を未だ実感することができずにいた。
菜々「ところで……いつまで敬語を使っているんですか」
あなた「え、だって、中川さんが敬語だから……」
菜々「私はいいんです。昔からこういうタチなので。あなたも知っているでしょう」
あなた「ま、まあ……」 あなた「じゃあ、せつ……菜々ちゃんで」
菜々「……まあ、いいでしょう」
菜々「それで、前回の修正点は? その様子だと、また駄目だったんですよね?」
あなた「あ……うん。前回は、キャラクターの心理描写に物足りなさを感じたんだ。だから、この原稿では……」
菜々「別に……夢なんて、どうだっていいんですよ」
あなた「そんなことないよ。編集長も言ってた。段々、文章が読みやすくなってるって。もう少しだから、頑張ろ?」
菜々「……これでも、頑張ってるんですけどね」
あなた「あっ、ごめ……そんなつもりは、なかったんだけど」 訪れた、数秒の沈黙。
時間が経てば経つほど、息をするのが辛くなってくる。
あなた「原稿、読んでもいいかな」
菜々「ええ、どうぞ……」
あなた「うん」
数ページ読んだだけで、前回の作品より、数段レベルが上がっていることが分かった。
彼女は、天才だった。 菜々「あの……」
あなた「ん? どうしたの」
菜々「いつもありがとうございます。何の価値も無い私の原稿を、こうして取りに来てくださって」
あなた「ううん。無価値なんかじゃないよ。それに、こうして原稿を回収するのが、新人の仕事でもあるんだし」
菜々「……はい、そうでしたね」 中川菜々が天才であることは疑いない。
このまま出版しても、文学作品としての体は成している。
しかし、彼女が選んだのは、ライトノベル……若年層をターゲットにしたものだ。
現代の若者は、こうした純文学的作品を受け入れるだけのキャパを持ち合わせていない。
より読みやすく。
より分かりやすい作品を。
それが私の考えで、編集長の意向でもあった。 今回彼女が書いた作品も、ライトノベルのそれとは程遠いものだった。
もちろん、それが間違っているわけではない。
純文学とライトノベルとの境界を不明確にする作品が存在することも事実だ。
しかし、現状彼女が描く世界観を受け入れることのできる若者が、果たしてどれほど存在するだろうか。
私は、疑問を抱かずにはいられなかった。
故に、このままうちのレーベルで出版するわけには、いかなかったのだ。 菜々「ごめんなさい」
あなた「……え? 何が?」
菜々「それ、書き直しますね」
あなた「え、いや……とりあえず、編集長に見せてみるよ。編集長がOK出したら出版できるから」
菜々「無理ですよね」
あなた「えっ……」
菜々「わかってます。私の文章は、ライトノベル向きじゃない」
あなた「……でもさ。高校生の時からの夢なんだから。きっと叶えられるよ」
菜々「フフッ……不思議ですね。あなたが言ってくれたことは、何でも実現しそうな気がするんです」 あなた「っ……」
彼女の笑顔に、私は惹かれていた。
ずっと、ずっと前から。
狂おしいほどに、惹かれていたんだ。
彼女を……優木せつ菜を、アイドルの世界から引きずり出した、忌まわしい悪魔を、恨まずにはいられなかった。 彼女をプロのアイドルとして送り出すことができなかったことへの、贖罪としてなのだろうか。
私は、彼女のもう1つの夢を叶えるために、今の会社に就職した。
優木せつ菜というアイドルを活躍させることは叶わない。
ならば、その名前を刻みたい。
彼女が憧れるもう1つの世界……ライトノベル業界に、彼女の作品を残したい。 優木せつ菜という作家の卵の担当として私が選ばれたことは、偶然以外の何物でもなかった。
彼女と私の繋がりを知る者は、この会社にはいない。
だからこそ、私は運命を感じずにはいられなかった。
でも、久しぶりに出会った彼女を見て、何だか拍子抜けしてしまった。
この世に未練など、欠片も無いとでも言いたげな雰囲気だったのだ。
既に死を覚悟しているだとか、死を実感していないだとか、そんな雰囲気ではなく。
まるで……いつ死んだって構わないとでも言いたげな。 それは、高校3年生の時だった。
部室で次のライブに向けて練習をしている時、せつ菜ちゃんは、突然苦しみ出して、そのまま倒れて、救急車で運ばれた。
急性心不全。
あと数分救急車の到着が遅れていたら、死んでいたかもしれなかった。
兆候はあった。
せつ菜ちゃんの体力は、練習を続けているにも関わらず、日に日に衰えていた。 異変には気づいていた。
でも、見過ごしていた。
全部、私のせいだった。
私がもっとちゃんとしていれば。
おかしいと思った時、ちゃんと調べていれば。
多忙は言い訳にならない。
マネージャーより、アイドルの方が、数倍忙しいし、何より責任に追われている。
言い訳は、許されない。
私は、せつ菜ちゃんの引退とともに、同好会を退部した。 許されないと分かっている。
それでも、毎日顔を見せた。
せつ菜ちゃんに会いたかった。
たかがお見舞いで許されるはずもない。
それでも、笑顔が見たかった。
二度と、せつ菜ちゃんの笑顔を見ることはできないと知っていても。
菜々ちゃんの笑顔を見ることができるなら、それでよかったのかもしれない。 その言葉を、聞くまでは。
菜々「私、夢があるんです」
あなた「……うん。アイドルとして、世界中に――」
菜々「いえ。それとはまた別の夢です」
あなた「……え?」 菜々「私、ライトノベルが好きなんです」
あなた「ああ……そうだったね」
菜々「ラノベを読んで、救われたこともありました。大袈裟だと思うかもしれませんが……人生が変わったんです」
あなた「ううん。大袈裟なんかじゃないよ。私も、読んでて心が動かされる時があるから、わかる」
菜々「それで、私……こんな身体になってしまって……いえ、こんな身体になったからこそ、叶えたい」
あなた「……もしかして」
菜々「ライトノベル作家に、なりたいんです」 あなた「……それ、私も手伝ってもいいかな」
菜々「え?」
あなた「優木せつ菜。それが、君のペンネーム。どうかな?」
菜々「……悪くない、です。いえ、むしろそれしかないかも」
あなた「私に手伝わせて欲しい。何ができるかわからないけど、私にできることなら」
菜々「では、これは2人の夢ですね」
あなた「夢?」
菜々「こちらからお願いします。もう一度私に……あなたの力を貸してください」
あなた「……うん。もちろんだよ!」 病院を後にした私は、電車の中で原稿を読み進めた。
「……すごいなあ」
この作品をこのまま出版することはできないけれど。
恐らく、次に書く作品は、編集長をも唸らせるに違いない。
軌道に乗れば、2作目、3作目だって可能かもしれない。
優木せつ菜は、それほどの逸材だった。 それだけに、今の菜々ちゃんの真意を読み取ることは、私にはできなかった。
アイドルとして輝くことはもう叶わないけれど、別の形で……小説家として輝く道が、未だ残されている。
一般人には、アイドルも小説家も叶わぬ夢であるにも関わらず、彼女はその2つとも可能性を持ち合わせている。
彼女ほどの才能があれば、デビューさえしてしまえば、売れることは間違いないだろう。 なら、なぜ彼女は生気を失ってしまっているのか。
スクールアイドル時代の熱は、どこへ消えてしまったのか。
優木せつ菜の……菜々ちゃんの、本音が聞きたい。
――本当は、私を恨んでいるのではないだろうか。
あなた「っ……何を考えてるんだ。そんなこと、せつ菜ちゃんに限って……」 もっと早く彼女の異変に気づいていれば、アイドルの可能性を失ってしまうことはなかったかもしれない。
私が気付くべきだった。
本当は、気付いていた。
止めるべきだった。
あなた「……今の私には、優木せつ菜の活躍ために最前を尽くす以外に、存在意義はないんだよ」 作者いなくなったんなら、ぼんやり続き作って書こうかと思うんやけど、書いてもええかな? 書いてくれるのは有難いが、まだ一週間も経ってないしもうちょい待った方がいいんじゃないかね 当初は以前書いた男女ssをそのままあなせつに当てはめようと思っていたのですが、改稿量が想像以上だったので、リアルのこともあって継続するかどうか迷ってます 個人的には楽しみにしてるので待ちたいがリアルが関係してるならしょうがない
無理はよくない 貴重なあなせつだから最後まで書いてもらいたい気持ちがある。
今回は無理でもいつかまた投稿しくれると嬉しい 菜々ちゃんから受け取った原稿を、私はすぐに編集長に手渡した。
編集長「うーん……」
あなた「どう……でしょうか」
編集長「悪くはないんだけどね」
やっぱり、まだ駄目なんだ。 編集長「読みやすくはなってる。プロっぽい文章でもある。でも、何かが足りない」
あなた「……キャラの心理描写が、薄いということでしょうか?」
編集長「それもあるけれど」
あなた「それは、どういう……」
編集長「要するに、作者の顔が見えない」
あなた「……分かりました」 さっぱりわからない。
私はデスクに戻り、彼女の原稿を読み直すことにした。
他の作家も担当してはいるけど、今はこっちが優先だよ。
あなた「作者の顔……か」 そんなもの、売れるかどうかに関係あるとは思えない。
掴みがよければ、あとは売り方の問題だろう。
世間に認識されて初めて、作者の顔が知れ渡る。
作家としての悠木せつ菜は、未だ認識されてすらいなかった。
あなた「……ここまで出来が良かったら、別に出版したっていいじゃんか」 読者に読んでもらうまで、何が売れるかなんて分からないんだから。
嘆いていても、仕方がない。
あなた「まずは、心理描写からだよ」
キャラクターの心情をどれだけ文章として表現できるかは、どれだけ人の心に触れ、どれだけの文字に触れ、そしてどれだけ自分自身で考えて人生を過ごしてきたか。それが全てと言っても過言ではない。
菜々ちゃんの場合、その心配はないと思っていたから、ここでつまずいてしまったことに少し戸惑いを覚えていた。
なぜだろう。気持ちを文章に落とし込むことに、まだ慣れていないのだろうか。
あなた「うーん、そればっかりはどうしようもないな」
練習さえすれば、できるようになるだろうか。
「とりあえず、やれるだけやってみよう」 奈々ちゃんの担当についてから、5度目の週末。
私は、打ち合わせのために病院を訪れた。
あなた「え!?もう退院できるの??」
せつ菜「いえ、あくまで一時帰宅です」
あなた「そっか……よかった!ホント、よかったね!」
せつ菜「あの。それで、前回は?」
あなた「あっ、うん」
原稿のダメ出しを何度も繰り返すのは、本当はしたくない。
でも、全部、彼女のためだから。 あなた「もう少し、それぞれのキャラを掘り下げてほしい」
菜々「掘り下げる……もう少し人気作品を読みこんで勉強すべきでしょうか」
あなた「ううん。菜々ちゃんが誰よりも読み込んできたことは、よく知ってるから」
菜々「じゃあ、どうすればいいんでしょう」
あなた「……私からの提案なんだけど」
菜々「提案?」
あなた「ここに来るまでは、週末だけのつもりだったんだけどね。せつ菜ちゃんが家に帰れるなら、できるだけ毎日、会って話してほしい」
菜々「……誰と、ですか?」
あなた「もちろん、私と」 菜々「どうして?」
あなた「私と色んなお話をして、どんなことを感じたのか。そういうのを、毎日文章に書き起こしてほしい」
菜々「……」
あなた「ライトノベルって、主人公の心理描写がすごく多いでしょ?菜々ちゃんの……せつ菜ちゃんの小説には、それが足りないと思うんだ。だから……」
その時だった。
菜々ちゃんは、とってもとっても久しぶりに、はっきり表情を変化させた。
目を伏せて、眉尻を下げて、口をへの字に曲げて。
つまり、とんでもなく嫌そうに。
こんな表情は、同好会時代でも見たことがなかった。
どうしてだろ。泣きたい。 菜々「……嫌です」
あなた「え……な、なんで?」
菜々「あなたのことは、編集者としては信用しています。でも……だからこそ、嫌なんです」
ガーン……。
私、何か嫌われるようなことしたっけ?
いや……やっぱり、恨まれてるのかな。
菜々「あの。違いますよ?」
あなた「……へ?」グスッ
菜々「そんな悲しそうな顔、しないでください」
あなた「顔……あれ、おかしいな」
いつの間に泣いていたんだろう。 菜々「もう……仕方ない人ですね」スッ
菜々ちゃんは、傍にあった箱ティッシュから何枚か手に取って、私の涙を拭いてくれた。
あなた「えっ、えと」
菜々「泣き止みましたか?」
あなた「うん……」
びっくりしすぎて、涙も引っ込んだみたい。 なんか読んだことあるなと思ってたら数年前泣きながら読んだssだった
まさかこんな形でまた読めるとは あなた「やっぱり、せつ菜ちゃんは優しいね」
菜々「……え?」
あなた「あ……」
しまった。
私が彼女をそう呼ぶことは、もう許されないと思っていた。
だからこそ、同好会を引退した時から、私は彼女のことを菜々ちゃんと呼んできた。 あなた「えと、ごめん。菜々ちゃんは……」
菜々「いいですよ、せつ菜で」
あなた「へ?」
菜々「あなたは編集部の人間で、小説家を目指す優木せつ菜の担当として私と話しているんです」
菜々「だったら、あなたは私のことを、菜々ではなく、せつ菜と呼ぶのが筋ではありませんか?」
……確かに。 あなた「……そう、かも」
菜々「でしょう?」
あなた「えと、その……」
許されるのかな。
でも、彼女自身がそれでいいと言っているんだ。
なら、久しぶりに呼んでみよう。
とっても懐かしく響く、その名前を。 あなた「せつ……菜……ちゃん」
彼女の様子を伺いながら。
菜々「……」
反応はなかった。
そりゃあ、不愉快だよね。 あなた「えと、やっぱり」
菜々「もう一度」
あなた「えっ」
菜々「もう一度、呼んでください」
……いいの?
本当に?
じゃあ、呼ぶよ? あなた「え、えっと……せつ菜ちゃん」
菜々「っ……!!!」
あなた「……せつ菜ちゃん?」
菜々「ハ……ァ……フゥ……」
私がそう呼ぶ度に、彼女の様子がおかしくなっていく。
いや、違う。おかしくなんかない。
むしろ……元々、せつ菜ちゃんはこんな感じだったような。 せつ菜「はい!あなたのせつ菜です!!」
あなた「……………………え?」
せつ菜「あれ?聞こえませんでしたか?」
あなた「ごめ……申し訳ないんだけど、よく聞こえなかったみたい」
だって、有り得ないもん。
せつ菜「もう、本当に仕方ない人ですね。じゃあ、もう一度いいますよ?耳をかっぽじって聞いてくださいね!」 かっぽじってって……アイドルがそんな下品なこと言っちゃったら……。
って、もうアイドルじゃないんだった。
いやいや、そんなことはどうでもよくて。
せつ菜「あなたの、優木せつ菜です!!」
あなた「は…………はいぃぃいい……!!??///」
ペカー!と効果音が付きそうな、飛びっきりの笑顔で、彼女はとんでもないことを言ってのけた。 その後、一悶着あって、翌日。
さっそく、せつ菜ちゃんの家の近くの公園で、2人で会って話すことになった。
季節は春だけど、ニュースキャスターのお姉さんは、今日は気温がかなり上昇すると言っていた。
あなた「確かに……暑い……」 熱中症の危険も顧みずに、ちびっ子達が公園を元気そうに走り回っている。
休日の昼間に、たった一人で公園のベンチに腰掛けているだけでも変な目で見られそうなのに。
時間潰しになるものを用意してなかったから、無邪気な子供たちを見つめる以外にすることがない。
そのせいで、先程から母親たちの目線が痛くてしょうがなかった。 せつ菜「お待たせしました!」
振り返ると、私服姿のせつ菜ちゃんが立っていた。
ここ数年はずっと病衣の彼女しか見ていなかったから、何だか新鮮で、ちょっとだけ緊張する。
あなた「待ってたよ……本当に」
せつ菜「?」
首を傾げるせつ菜ちゃん。かわいい。
白を基調としたワンピースに、黒色のヒール、小さな可愛らしい手提げ鞄。
病院での彼女とは、全く雰囲気が異なっていた。 せつ菜「何ですか、その酷い顔は」
あなた「酷い顔?」
せつ菜「はい。とっても疲れているように見えます」
確かに、疲れていないわけではないけれど。
正直、同好会の時とあまり変わらない気がする。
というか、せつ菜ちゃんと出会えて、疲れなんか吹っ飛んじゃった。 あなた「ひとまず、座りなよ」
せつ菜「はい。失礼しますね」
結構長めのベンチなのに、せつ菜ちゃんは、私のすぐ隣に腰掛けた。
せつ菜ちゃんの肩が触れる。
ドキドキ、する。 あなた「えーっと……久しぶり?」
せつ菜「昨日会ったばかりですよ」
あなた「あー、そうだった」
せつ菜「そうですよ。もう忘れちゃったんですか?」
あなた「いやいや、まさか。せつ菜ちゃんと過ごした時間だもん。忘れるわけないよ」
せつ菜「……あなたは、どうしてそういうことをサラッと言ってしまうんですか」
あなた「え?」
せつ菜「なんでもありません……もう……」 あなた「私、何かしちゃったかな?」
せつ菜「……なんでもないです。それで、今日は気持ちの文章化の練習でしたっけ」
あなた「そうそう。せつ菜ちゃんが感じたことを、文章にしてみてほしいんだけど。とりあえず……世間話でもする?」
世間話とは言ったものの、何を話せばいいのやら。
言い出しっぺは私だけど。 せつ菜「……元気そうですよね。あの子達」
あなた「え……あぁ……」
せつ菜「ちょっとだけ、羨ましいです」
胸が、ズキっとした。
せつ菜ちゃんは、病気のせいで、もう走ることすらままならない。
私がもっとちゃんとしていれば。 せつ菜「……あの、違いますからね」
あなた「え?」
せつ菜「別に、あなたを責めているわけではないんです。そもそも、責められるわけがありません」
せつ菜「今の私の状況は、全部、私が無理をしたことが原因なんです」
あなた「せつ菜ちゃん……」 せつ菜「あなたは、無理をする私を何度も止めてくれた。あなたが見ていない時に、練習してはいけないとも言ってくれました」
せつ菜「にも関わらず、あなたのいないところで練習をしていた私が悪いんです。あなたが責任を感じる必要なんて、どこにもないんですよ」
せつ菜「謝りたいのは、むしろ、私の方です」
あなた「そんな、こと……」
せつ菜「もう。泣かないでくださいよ」
あなた「うっ……えぐっ……せつ菜……ちゃん……ごめん……ごめんね……」 休日の昼間に、ちびっ子達の前で涙を流す女性と、それを慰める女性の図。
傍から見て意味不明すぎる。
どうしてこうなった。
せつ菜「泣き止みましたか?」
あなた「うん。ごめんね」 せつ菜「今後、自分の発言には気をつけるようにします。私の発言のせいで、あなたが変に気負ってしまうみたいなので」
あなた「そんな、私なんかに気を遣わなくても」
せつ菜「そういうの、嫌です。ちゃんと自分を大切にしてください」
あなた「自分を……大切に……」 せつ菜「なんて、この期に及んであなたに小説家になるお手伝いをしてもらっている私がいえることではありませんけどね」
せつ菜ちゃんは、自嘲気味に呟いた。
あなた「……それは違うよ。私、せつ菜ちゃんの力になりたいんだ」
せつ菜「本当、ですか?」
あなた「ホントだよ、嘘じゃない。無理してるわけでもない。本心だよ」
あなた「だって、私……せつ菜ちゃんのことが」
あなた「大好きなんだもん」 せつ菜「――え」
あなた「え?」
せつ菜「今……なんて?」
あなた「何って……あ」
もしかして私、今、大好きって……言った?
せつ菜ちゃんのことが、大好き……って。 あなた「――ちっ、ちがっ///」
あなた「今のは、違くて……その、友達!」
あなた「友達として、せつ菜ちゃんのことが大好きって意味だよ!///」
せつ菜「……そうですか」
せつ菜ちゃんは俯いて、少しの間黙っていた。 数秒して、クスッと笑い声が聞こえてきた。
せつ菜「顔を真っ赤にしてまで否定しなくてもいいじゃないですか」
どうやら、私は相当テンパっていたらしい。
今のは危なかった。
せつ菜ちゃんにドン引きされるかと思ったから。
いや、もうされてるのかも。 笑いが収まると、せつ菜ちゃんは、チビっ子たちが公園を走り回っているのをずっと眺めていた。
なんか、気まづい。
このまま黙ってたら、当初の目的を全然達成できない気がする。
話を変えないと。 あなた「そういえば、さ」
せつ菜「はい?」
あなた「せつ菜ちゃんって、ここ数年、全然走ったりできてないんだよね」
せつ菜「ええ……以前練習で倒れてから、一度も」
ひとつ、名案を思いついた。
あなた「なら、思いっきり走ろうか」 あなた「嘘でしょ……せつ菜ちゃん、強すぎだよ」
ゲームセンターで、カーレースでもしようか。
なんて言ったはいいものの。
せつ菜ちゃんがあまり乗り気じゃなかったから、私は1つ賭けを申し込んだ。
それは、対戦で負けた方がジュースを1本奢るというものだ。
アイドルに夢中だった彼女なら、こういうゲームにはそこまで精通していないだろう……と思っていたのに。 せつ菜「高校生の頃、同好会のみんなと何度かゲームセンターで遊んでいたんです」
あなた「ええ!?聞いてないよぉ!」
せつ菜「あなたはあまりゲームセンターに行くタイプではなかったので」
まあ、確かに。
ゲームセンターで遊んだ記憶はあんまり無い。 あなた「クレーンゲームやったことはあったかも」
せつ菜「コツが分かってくると面白いですよね」
あなた「クレーンゲームにコツなんてあるの?」
せつ菜「もちろんです。やってみますか?」
あなた「むぅ……グッズを取れたこと無かったような気がするし、気が進まないかも」
せつ菜「ちゃんと取れますよ。機種と店の情報と、技術さえあれば」
あなた「奥が深い……クレーンゲームなのに」
せつ菜「クレーンゲームだからこそです」 そういえば、せつ菜ちゃんのオタク気質には関心させられてばっかりだった。
彼女の情熱はどこから湧いてくるんだろう。
せつ菜「ところで、負けたらジュース奢りでしたよね」
あなた「む……無効だよ!だってせつ菜ちゃんがこんなに上手いだなんて知らなかったもん!」
せつ菜「ダメですよ?約束はちゃんと守らなきゃ」
あなた「くぅっ……ずるいよぉ……グスン」
せつ菜「勝負の世界は厳しいのです」 クレーンゲームには、苦い思い出があった。
あと少しで取れそうだと思って、お金を入れて、取れなくて、でも取れそうで……その繰り返し。
あなた「はぁ……頭痛い」
せつ菜「風邪ですか」
あなた「ううん、軽いトラウマ」
せつ菜「クレーンゲームで一体何があったんですか……」
あなた「はは、ちょっとね」 気がついたら、財布が空っぽになっていて、商品はガラスの向こう側。
交通費も出せなくて、家まで2時間くらい歩いたのを覚えている。
以来、クレーンゲームを見ると頭痛を覚えるようになった。
せつ菜「ぬいぐるみだったら、このタイプが取りやすいと思います」
あなた「所持金全部溶かしちゃダメだよ?」
せつ菜「そんなことしません。今にも取れそうに見えるけど全然取れない、なんていうのは、初心者が陥りやすい罠ですけど」 初心者……罠……泣きたい。
せつ菜「私は、初心者ではないので」
せつ菜「見ていてください」
お金を入れて、商品の位置を把握して、ボタンを押す。
ただそれだけの事なのに、せつ菜ちゃんのそれは、とても洗練されているように見えた。
アームが降りて、両爪を閉めると、片方がぬいぐるみに引っかかった。
上がり始めたアームに引っ張り上げられたぬいぐるみは、片側が持ち上がって、そのまま穴に向かって一回転した。 あなた「わあっ!すごいっ!」
せつ菜「フフン!こんなものでしょう!」
せつ菜ちゃんは、たった百円で、今にも落ちてしまいそうな位置までぬいぐるみを移動させてしまった。
さらに百円を入れて、同じようにアームに引っ掛けると、ぬいぐるみはいとも簡単に落下した。
せつ菜「やった!」
あなた「うそ……ホントに……落ちた……」
せつ菜「やりましたよ!ほら!」 取り出し口からぬいぐるみを引っ張り出したせつ菜ちゃんは、ペカーッとした笑顔を見せる。
せつ菜「これ、あなたにあげます」
あなた「へ?」
せつ菜「元々そのつもりでしたので」
あなた「え、でも、これはせつ菜ちゃんが取ったものだから……」
せつ菜「いいんです。私から、あなたへの、ぷ……プレゼントです」 せつ菜ちゃんは、顔を少し赤らめて、ぬいぐるみを私に差し出した。
有無を言わさない感じだったから、そのまま受け取ってしまったけれど。
……プレゼント?
なに、それ。
やばい、顔がにやける。
すっごい、嬉しい。 あなた「あっ……ありがと……///」
せつ菜「……いえ///」
せつ菜ちゃんも恥ずかしいのか、ちょっとだけ俯きがちになっている。
お互い、無言だった。
これ以上ここにいたら、2人とも茹でダコになっちゃいそう。 あなた「そ、そろそろ出ようか!」
せつ菜「そうですね!クレーンゲームの特訓はいつでもできますし!」
あなた「特訓!?」
せつ菜「はい!あなたが自力でグッズを取れるようになるまで!」
あなた「ふぇぇ……お金がいくらあっても足りないよぉ……」 ゲームセンターを出た頃には、辺りは既に暗くなっていて、店の光が妙に眩しく感じた。
せつ菜「久しぶりのゲームセンター、とっても楽しかったです」
あなた「せつ菜ちゃんちからも近いしね」
せつ菜「ええ。また来たいです……あなたと、一緒に」
そう言ったせつ菜ちゃんは、今まで見たことのない妖艶な表情を見せた。
濡鴉ノ巫女。
今の彼女には、そんな言葉が似合っている。
思わず、惹かれてしまう。 せつ菜「……どうかしましたか?」
あなた「っ……/// えと、楽しんでくれてよかったよ」
今のはマズかった。
あのまま見つめていたら、どうなっていたことか。
神秘的な黒い瞳に、吸い込まれてしまうかと思った。
せつ菜「あの……私、何か変なこと言いました?」
あなた「そっ、そんなことないよ!」 後ろを向いていると流石に心配されてしまったので、思わず振り返る。
そこには、上目遣いのせつ菜ちゃんがいて、再び惹かれてしまう。
なんなんだ、この子。
いくら何でも、無防備すぎる。
それに……
こんなに、可愛かったっけ?
あんまりジロジロ見ると失礼だと思って、目を逸らす。
その先には、7時半を指す公園の時計台があった。 あなた「……それより、大丈夫?こんな時間に帰って、ご両親に心配されないかな?」
せつ菜「あー……別に、大丈夫ですよ。多分、まだ帰って来てないので」
あなた「帰ってない?」
せつ菜「父子家庭なんです」
あなた「……え?」 どういうこと?
そんな話、聞いた事ない。
せつ菜「あれ、言ってなかったですか?えと、気にしないでくださいね」
せつ菜「生まれた時から、母はいませんでした。だから、私にとっては、お母さんがいないのが普通なんです」
胸が締め付けられる。
片親であることを周りに気付かせないことは、簡単なようで、難しいんじゃないか。
だって、友達に弱味を見せないってことだから。 せつ菜「父がこの時間に帰っていることはありません。仕事で忙しいんだそうです」
あなた「そう、なんだ……」
せつ菜「お父さんは、私の事なんてどうだっていいんです。どうせもうすぐ……いなくなるんですから」
あなた「――え?」
いなく、なる? あなた「どういう……こと?」
せつ菜「え?」
あなた「いなくなるって……」
せつ菜「……まだ、言ってませんでしたっけ」
やだ。
聞きたくない。
知りたくない。 せつ菜「私、余命1年なんです」
せつ菜「先日、お医者さんにそう言われてしまって」
せつ菜「残り短い人生を、病院で過ごしたくなんてないって、私がお医者さんに無理を言ったんです」
せつ菜「そしたら、一時帰宅を許されまして」
せつ菜「私が、こうして病院の外にいられるのは……余命が残り僅かだからなんですよ」 余命1年?
嘘だよ、そんなの。
だって、さっきまであんなに元気そうに笑っていたんだよ?
退院できたのだって、きっと病気が良くなってきたからで…… ……ううん。
本当は、薄々気付いてた。
どうして、何もかもどうでもいいと思っているかのような表情をしていたのか。
どうして、何年間もずっと入院し続けていたのか。
どうして、高校生の時の元気な彼女が、いなくなってしまったのか。
せつ菜ちゃんの病気が不治の病だとしたら、全てが繋がるんだ。 せつ菜「……ふふっ、そんな顔しないでください。もう、私は大丈夫ですから」
あなた「大丈夫……って……」
せつ菜「それに」
あなた「え……?」
せつ菜ちゃんは、私の懐に飛び込んできて、そのまま上目遣いで顔を覗き込んできた。
目と鼻の先に、彼女の顔がある。
甘い香りが鼻腔をくすぐってくる。
シャンプーなのか、それとも、彼女自身のものなのか。 あなた「せつ菜……ちゃん?」
せつ菜「……いーえ、何でもありません」
彼女が離れても、まだ、その感触が肌に残っていた。
せつ菜「では、また明日会いましょう!」
あなた「あ、うん……また、明日……」
小さな背中は、後ろ髪を揺らしながら、暗闇の向こうへと消えていった。 その翌日。
せつ菜ちゃんと直接会って話すのは、難しいと思っていたんだけど。
せつ菜「今日はよろしくお願いしますね!」
あなた「あ、うん。よろしくね」
まさか、直接編集部まで来てくれるとは思ってもみなかった。 せつ菜「あの……今日は、原稿を持ってきました!」
あなた「え、もう?」
前々から感じていたことだけど、いくら何でも速筆すぎる。
編集長「驚きの才能ね」
いつの間にか上司がソファーの後ろに立っていて、彼女の原稿の束を興味深そうに見つめている。 あなた「編集長……そうですね。類希な程に速筆ですよ、彼女」
せつ菜「はっ、初めまして!なか……優木せつ菜と申します!」
せつ菜ちゃんは、いかにも健康体であるかのように、元気にお辞儀した。
編集長「1週間で1本書ける作家は、プロでもほとんどいないのよ。優木さんは将来有望ね」
将来……
せつ菜ちゃんの将来は、あとどのくらい残されているんだろう。 せつ菜「あ……ありがとうございます!!……ですが、出版できるレベルに達していないのなら、意味ないですよね」
編集長「そうね。でも、あなたの原稿はいつも読ませてもらっているけど」
せつ菜「えっ」
編集長「あなたの作品、面白いと思う。自信を持っていいわ」
せつ菜「本当ですか!?」
編集長「フフッ、元気な子ね。……じゃあ、後は頼むわね」
あなた「了解です」
編集長は、そのまま自分のデスクへと去っていった。 せつ菜「……あの」
遠慮気味に話題を切り出す彼女をみて、言わんとすることはすぐに分かった。
あなた「うん、編集長には言ってない」
せつ菜「やっぱり、そうでしたか」
あなた「言う必要ないかと思って」
せつ菜「……そうですね。確かに不要だと思います。余命で売れても、全然嬉しくないですし」
あなた「ごめん、そんなつもりなかったんだけど。気を悪くしたなら謝るよ」
せつ菜「いえ、気にしないでください。本当に、何とも思っていないので」 編集者としては、小説が売れるためなら、手段を選ばないことが正しいのだろうか。
中身なんて関係なしに売り出す方法は山ほどあるし、実際、そうやって売り出した本は数知れない。
でも、そんな手段を使ってせつ菜ちゃんの作品を売り出すことは、私にはできない。
――いや何を考えているんだろう。
せつ菜ちゃんに残された時間は、あと僅かっていう前提を忘れてる。 少しでも早く売り出すのが、正解なんじゃないのか。
私だけじゃなくて、たくさんの人に読んでもらって、ファンレターをもらって、笑顔と元気をもらう。
もしもそれで、彼女の病状が、少しでも良くなってくれるのだとしたら。
もしもこのまま、彼女の作品に日の目を当てることができず、彼女が力尽きてしまったとしたら。
優木せつ菜を、この世界で生き返らせようとした私自身が、その可能性を潰すことになるんじゃないだろうか。
そうなったとしたら、私は。
優木せつ菜を、2度殺すことになる。 >>170
軽い気持ちで読んでみたら超大作だった件 以前完結させたSSを同じ作者があなたとせつ菜でリメイクしてるってこと
上でもそう書いてるだろ、読め 昔元スレ読んだ身としてはそれってどうなのと思わなくもない >>43 でも言った通りいざ書き始めてみるとほとんど別物になってるんですよね
自分の中ではほとんど新作みたいなものですが気に触ったのなら申し訳ない どうもこうも無いだろ
別に金取ってる訳でもないし嫌なら読まなきゃ良いだろ
俺は期待してるぞ どうなのって言われてもな
漫画家だって過去作のネタを使ってリメイクすることはあるし、他人からネタをパクってるわけじゃないんだから何も問題はないだろうよ お前ら乗せられてるぞ
俺はこの話好きなのでこの調子で頑張ってください せつ菜「もしもし……もしもーし」
あなた「……うん?どうかした?」
せつ菜「大丈夫ですか。少し、怖い顔してました」
あなた「え、そうかな。ごめん、何でもないよ。持ってきてくれた原稿見せてもらえる?」
せつ菜「……!えと、その」
あなた「うん?」 なんか、緊張してる。
どうしたんだろう。
口をワナワナさせて、渡そうか渡さないか逡巡してるみたい。
自信ないのかな?
でも、今までは自信なくても渡してくれてたよね。
手が、少し震えてるように見える。 せつ菜「どっ、どうぞ!!!」
あなた「あっ、うん」
ようやく渡してくれた原稿は、少なく見積もっても百枚はあろうかという、分厚い紙の束だった。
文庫本一冊分である。
あなた「ありがとう。読んでもいいかな?」
せつ菜「えぇっ!?い、今……ですか?あの、自宅に帰ってからの方が……!」
あなた「え?駄目だった?」
せつ菜「……いえ!あなたがそこまで言うのなら、やぶさかではないというか……!!」 そりゃあ編集者なんだから、作家の前で読んでそのまま批評するのが一番だと思うけど。
あなた「じゃあ、読ませてもらうね」
いつかせつ菜ちゃんに、本当に読んでるんですか?と聞かれたことがある。
編集者の文字を読む速度は、異常だ。
傍から見ると、この人本当にちゃんと読んでるの?と怪しむくらいには。
でも実際、毎日原稿を何百枚も読んでいると、自然と読むスピードが速くなっていく。
というか、そうならないと仕事が終わらない。 そんな強迫観念も含まれているのかもしれないけれど。
編集部に勤めてから、1年半が経った。
私の読書速度はどんどん速くなって、今ではプロのそれに達していると自負している。
せつ菜ちゃんに疑問視されてすぐ、私が作品の長所と短所を事細かに説明すると、次から彼女は、読む速度については何も言わなくなった。
その時と同じように、ペラペラと原稿を捲りながら読み進めていく。 ……が。
次第にその速度が落ちていくのが、自分でもわかった。
ふと、違和感を覚えたんだ。
あなた「ね、ねえ……これ」
尋ねても、彼女はじっと俯いたまま。
けれど少しだけ、私に聞こえるかどうかという声量で呟いた。
せつ菜「……だから、お家に帰ってからって言ったのに」 登場人物は、入院中の主人公と、日々お見舞いに訪れる同級生。
その同級生は、主人公が在籍する部活動のマネージャーで、いつも、選手の自分を的確にサポートしてくれて、頼りがいもあって。
主人公は次第に、彼女を好きになっていく。
それは恋愛感情で、決して抱いてはいけないものだった。
なぜなら、主人公もまた、女の子なのだから。
禁断の恋だった。 主人公は、この感情を心に秘めたまま高校を卒業することを決めた。
卒業して物理的に離れれば、きっとこの想いも消えていくだろう。
そう思っていた。
でもある日、主人公は、部活中に持病の発作で倒れ、救急車で病院に運ばれてしまう。
同級生は、管理に不手際があったからだと自責の念に駆られている。
全て自分のせいなのに、本気で自分のことを心配してくれる彼女に、ますます心惹かれてしまう主人公。
主人公は、彼女に一つ、ワガママを伝えた。
『漫画家になりたい』 彼女の性格、加えて今の状況でそれを言えば、彼女はきっとそうするのだろうとわかっていた。
要するにそのワガママは、彼女を自分の傍に縛り付けるための、口実だったのだ。
思った通り、彼女は、主人公の望む言葉を口にしてくれた。
『……それ、私も手伝っていいかな?』
『私に手伝わせて欲しい。何ができるかわからないけど、私にできることなら』 そこまで読んで、私はめくる手を止めた。
原稿を裏返して、文字が見えないようにする。
あなた「ふ……ぅ……うぅ……」
せつ菜「ご、ごめんなさい……でも、どうしても書きたくて……」
その物語は、私とせつ菜ちゃんが共に過ごした時間と、そっくりだったんだ。
違うのは、私の知りえない感情が書き綴られているということ。 これが彼女自身の想いだと決まったわけじゃない。
けれど……仮に感じたことのない感情を文字にしたならば、それは安っぽくみえてしまうものだ。
せつ菜ちゃんが持ってきた原稿からは、そんな安っぽさは微塵も感じられない。
つまり、この主人公の"大好き"は……
あなた「うぅ……///」
せつ菜「あの……どうでしょうか……///」
あなた「どうって……」 羞恥心で死んでしまいたいと思ったのは、生まれて初めてだよ。
なんて、本人には言えないけれど。
だって、要するにこれ、小説の体をなしてはいても……そういうことでしょ?
――私宛のラブレター(大長編)。
こんなの出版されてたまるか!!
恥ずかしくて死んじゃうよ!! >>192
彼女の性格、加えて今の状況で夢を語ったとき、彼女がどうするのかはわかっていた。
主人公の"夢"は、彼女を自分の傍に縛り付けるための、口実だった。
思った通り彼女は、主人公の望む言葉を口にしてくれた。
『……それ、私も手伝っていいかな?』
『私に手伝わせて欲しい。何ができるかわからないけど、私にできることなら』 せつ菜「どうですか……!?実は自信作なんですよ!!」
あなた「なるほど!だからこんなに描写が細かいんだね!」
あなた「って、そうじゃないよ!!」
せつ菜「えぇ!??」
もしこれが出版されちゃったら、せつ菜ちゃんの公開告白を全世界に公開することになっちゃう。
すっごい恥ずかしいし、何より……
そんなの、やだよ。
この気持ちは、私だけのものなんだから。 せつ菜「やっぱり、ダメなのでしょうか……?」
あなた「だって、こんなの……」
こんなの出版できるわけないよ。
そう言おうとしたけど、表情を暗くするせつ菜ちゃんを見て、やめた。
それは、絶対に言っちゃいけないことだと思ったから。
私の気持ちのために、せつ菜ちゃんの夢を邪魔していいはずがない。 夢……か。
もしこの小説の主人公が、せつ菜ちゃんの自己投影だとしたら。
ライトノベル作家という"夢"は、私を縛り付けるための道具ということになる。
……せつ菜ちゃんって、束縛強い方なのかな。
やばい。
すっごい、嬉しいかも。 ……って、そうじゃなくて!!
しっかりしろ、私。
今の私は、編集者なんだから。
仕事に私情を持ち込んだら、プロとして失格だよ。
せつ菜「こんなの……なんでしょうか?」
あなた「……こんなの、人気出るに決まってるよ!」
あなた「だって、すっごく面白いもん!読んでて惹き込まれちゃったよ!」 せつ菜「本当ですか!!?」
せつ菜「この原稿は、絶対に通したいって……そう思ってたので!!!」
せつ菜「そう言ってもらえて、とっても嬉しいです!!!」
あなた「編集長に通してからだから、私だけじゃ確定できないんだけどさ」
あなた「それでもこの小説は、今までのどの作品よりも面白いよ!」 その時。
せつ菜ちゃんの目尻から、一筋の涙が零れた。
あなた「え?せ、せつ菜ちゃん……?」
せつ菜「すみません……悲しいわけではないんです」
せつ菜「ただ、こんなに嬉しいって思ったの、すっごく久しぶりで……!」
あなた「そっか……それならよかったよ」 本格的に泣いちゃいそうだから、そのまま来客用のソファーで休んでもらおう。
あなた「お茶ならいくらでも出せるから。ゆっくりくつろいでね」
せつ菜「はい……!ありがとうございます!」
涙を拭いて落ち着いてから、せつ菜ちゃんはしばらく編集長と話していた。
彼女が編集部を後にすると、やがて勤務時間が過ぎて、家に帰る人もいれば、担当作家のところに出向する人もいた。
フロアには、私一人が残った。 どうして私だけ残っているかって、仕事が遅いとかじゃなくて、ちゃんとした理由がある。
それは、とても単純なこと。
好きな人からのラブレターを、他人の目の前で読めるわけないじゃん……!!
恥ずかしくて死んじゃうよ……原稿も持ち出し禁止だし……
残業申請は出さないから、それで許してほしい。 あなた「よし。読むぞ」
あなた「……………………」
あなた「うぅ……うぅぅ……///」
顔から火が出そう。
やばい。
これを正気で読めるとしたら、逆説的だけど、その人は正気を失ってるんじゃないかな。
全身がうずうずして、オフィスチェアをグルグル回して、酔いそうになったからやめた。 あなた「はぁぁぁぁ…………」
あなた「これ、一種の拷問だよぉ……」
主人公『大好きです!!』
主人公『大大大大、だーいすきです!!!』
主人公『結婚してください!!!』
マネ『すっごい嬉しいよ……私、死んでもいいかも』 マネ『でも、本当に私なんかでいいの?』
主人公『あなたがいいんです』
マネ『だって、君に残された時間はあと僅かで……そんな貴重なものを、私なんかがもらっていいのかな……?』
へ?
主人公『人生の最後は、あなたの隣で過ごしたいんです』
マネ『わかった……私なんかでいいなら』
まって、やだよ。
お別れなんて。 主人公『わた、し……幸せ……です』
マネ『うん……』
主人公『まるで……夢のなか……に、いるみたい……でした……』
やだ。やだよぉ……
いかないで、せつ菜ちゃん。
マネ『ねえ。ねえってば』
マネ『……置いていかないで』
あなた「グスッ……うぅっ……えぐ……」
あなた「せつ菜ちゃん……ぜづな゙ぢゃあ゙あ゙あ゙ん……」 みっともなく、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして、泣き喚いて。
泣き疲れて。
気がついたら、私の肩を揺り動かす編集長が、目の前に立っていた。
あなた「ふぇ?」
編集長「あまり根を詰め過ぎないことね」 あなた「あれ、私……眠ってました?」
編集長「顔、酷いことになってるわよ」
あなた「え、ホントですか?」
あなた「化粧崩れてます?」
編集長「あなたは元々化粧薄いから、大して目立ってはないけれど……何にせよ落とさないとね」
編集長「シャワーがあるから、そこで温まってきなさい」
あなた「すみません……失礼しました」 シャワーを終えてデスクに戻ると、編集長が私の顔をジロジロ眺めてくるので、何かあったのかと聞いてみた。
編集長「あなた、クマが酷いわよ」
あなた「へ?」
言われてみれば、さっき洗面台で顔を見た時、クマがあったような。
スッピンだから余計目立つのだろうか。 編集長「一度も有給消化してないみたいだし、今日は休んだらどうかしら」
あなた「え、でも」
編集長「休むことも仕事の内よ」
あなた「……了解しました」
今日はせつ菜ちゃんも来れないって言ってたし、他の作家さんたちもまだ進んでないだろうし……
眠いのは確かだし、編集長がそう言ってくれるなら、今日はこのまま帰って休もうかな。 あなた「あ、編集長」
編集長「何かしら」
あなた「これ、せつ菜ちゃんの原稿です」
編集長「昨日の……そう。いいものができたのね」
あなた「面白さは保証します」
編集長「ありがとう。確かに受け取ったわ」
あなた「よろしくお願いします。では、失礼します」 編集部を後にして、電車に乗ると、緊張の糸が切れたみたいで、そのまま眠ってしまった。
最寄り駅で目が覚めて、慌ててホームに降りる。
それにしても、身体中の節々が痛い。
デスクに突っ伏して寝ちゃったからだよね。
駅から家までは徒歩20分弱だけど、体中が痛いのに加えて目眩がしたから、近くの公園で少しだけ休むことにしよう。 ベンチに座ると、この間の子どもたちが反対側のベンチでスマホを弄っているのが目に入った。
私が小さかった頃は、まだスマホなんてなくて、公園に来たら鬼ごっことか、砂遊びとかしてたものだけど。
今の子どもの遊びはスマホに向いているのか。
外で遊んでいる子どもが減っていくのは、少し寂しく思う。
……でも、家の中で遊べない子にとっては、いい時代になったのかな。
そう、例えば、せつ菜ちゃんみたいに。 あなた「……せつ菜ちゃん、今頃何してるかな」
せつ菜「呼びましたか?」
あなた「わあっ!!?」
突然右耳の近くで声がして、びっくりして振り向くと、白いワンピースを着たせつ菜ちゃんが隣に座っていた。
座った途端に気を失いかけてたから、気付かなかったみたい。 せつ菜「丁度近くを通りかかったので」
あなた「せつ菜ちゃんって、家この辺だっけ?」
せつ菜「いえ、たまたまこの辺を歩いていたんです」
あなた「たまたまって、なんでまた……」
せつ菜「それは……前に家出した時、あなたに泊めてもらったことを思い出したので」
あなた「それで、ここまで来たんだ。流石の行動力だね」
せつ菜「えへへ……ありがとうございます!」 褒められたみたいに嬉しそうにしてるけど……
これって、褒めたことになるのかな。
あなた「ところで、家出したことを思い出したからって、随分突然だね?」
せつ菜「え、ええ……まあ」
ん?なんか、引っかかる反応だな。
ひょっとして…… あなた「せつ菜ちゃん、何か隠してる?」
せつ菜「ええっ!??そ、そんなことないですよ……」
あなた「怪しいな〜、まさかまた家出しちゃったとか?」
せつ菜「……」
あなた「なーんて、流石にこの年になって家出はないよね〜」
せつ菜「……クシュンッ」 あなた「あれ、風邪でも引いた?」
せつ菜「ただの花粉症です。あなたはアレルギー持ってますか?」
あなた「実はね、私もスギ花粉で薬を飲んでて……ってそうじゃなくて!また家出しちゃったの!!?」
せつ菜「ふぇぇ……ごめんなさい……」
あなた「もう……だからこの辺歩いてたんだね」
せつ菜「その、またあなたに泊めてもらおうだなんて、都合のいい事は考えてなくて……」
せつ菜「あなたに、何か相談できたらいいなって思ったんです」
あなた「泊まるくらいだったら、全然いつでも大丈夫だけどさ」
せつ菜「ほっ、本当ですか!?」 寧ろ、大歓迎だよ。
前にせつ菜ちゃんがうちに泊まった時も、心の中ではとっても嬉しかったのを覚えてる。
ベッドはひとつしかないから、一緒のベッドで寝て、せつ菜ちゃんの吐息が間近で聞こえて。
眠れなくて、せつ菜ちゃんの寝顔を見つめていたら、小さな桜色の唇に目線が吸い寄せられて。
起きないように、そっと人差し指で触れて。
その指で自分の唇に触れたら、間接キスになるんだよね、なんて考えてたんだ。 ……って、ダメダメ。
せつ菜ちゃんの前で、理性を失うわけにはいかないよ。
せつ菜「そういえば、今日はお仕事なのでは?スーツも着ていますし……もしかして、お仕事中でしたか?」
あなた「あー、これはまあ、今日はわけあって朝帰りなんだよね」
あなた「それよりもさ。今回は、どうして家出しちゃったの?」
せつ菜「……それは」
言い辛そうにしていたけど、何度も聞いて、ようやく白状してくれる気になったみたい。 せつ菜「出版……できないかもしれません」
あなた「……どういうこと?」
せつ菜「私がライトノベル作品を執筆していることが、父にバレてしまいまして」
せつ菜「アイドルは許しても、ライトノベル作家は別問題だそうです」
あなた「……いやいや、ちょっと待って」
仮にも、余命幾ばくもない娘の夢なんだからさ。
それくらい、許してくれてもいいじゃない。
何がそんなに気にくわないっていうの?
もう、わけがわからないよ。 あなた「つまり、それが理由で家出したんだね」
せつ菜「すみません……この歳になって家出なんて、子供じみてますよね」
あなた「ううん。そんなことないよ」
せつ菜「……そもそも、私はもう成人しているのです」
せつ菜「本を出版するのに、親の許可なんて要りませんよね」
あなた「確かにそうだけど……」 せつ菜「決めました。私、優木せつ菜は、ライトノベル作家としてデビューした暁には、一人暮らしを決行します!」
あなた「えぇっ!?そ、そんなの……ダメだよ!危ないよ!」
せつ菜「な、何故です?てっきり、あなたは賛成してくれるものだと思っていたのですが……」
あなた「だって、せつ菜ちゃんが一人暮らししちゃったら、もしせつ菜ちゃんが倒れちゃったとして、誰も救急車を呼んでくれないんだよ!?そんなのダメだよ!」
せつ菜「なら……どうすれば……」
あなた「だったら、私が、せつ菜ちゃんと一緒に住むよ!」
せつ菜「え……えぇ!??///」 >>225
間違えました
家の中で遊べない→外で遊べない 長いこと更新できず申し訳ない
今年に入って課題の量が半端ないんです… いつまでも待ってるから余裕ができたら更新してくださいな ちょっと書けない状況が続いててこのまま保守し続けてもらうのも申し訳ないので落としていただくかどなたか乗っ取りで続きを書いていただいても構いません 書けるほどの能力はないので保守します
課題頑張ってね! ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています