ことり「回る世界」
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プロローグ
『隙』
聞こえるのは波の音。
それ以外には、吐息と風で布が擦れる音。
それから心音。私の心音。
目の前のあなたは微笑んで、その目から私は目線を逸せない。
「ねぇ、近いかな?」
「え・・・そ、そう思います」
あなたはまた微笑んで、私のおでこに自分のおでこをくっつける。
「ねぇ、近いかな?」
「・・・はい」
「隙あり!」
私の唇に柔らかな感触。
何をされたか分からない。
「えへへ。恥ずかしいね」
唇と唇が離れ、あなたは顔を赤らめてそう言った。
確かに、恥ずかしかった。
でも、私は何をされたのか分からない。
「好きだよ」 1話
『怪盗』
にこ「なぁーにがマニアがみんな欲しがるよだれものよ!こんなの盗んでみればただのゲームカセットじゃない!!!」
海辺の倉庫。
潮風にやられ、トタンは錆び付き隙間風が所々吹いている。
室内にいると言うのに、私とにこちゃんはダウンジャケットを着て完全防寒だ。
にこちゃんは履いているムートンブーツで地団駄を踏み。
今日、盗んだお宝に悪態をついている。
真姫「ただのゲームカセットって言っても、世界に10個しかないゲームカセットよ。それ一個で100万円よ。100万円」
にこ「いい!?私はね!怪盗よ。か、い、と、う!もっとダイヤモンドだとか絵とか怪盗っぽい物を盗みたいわけ!わかる?」
真姫「全然。分かんない」
そう、私達は怪盗をやっている。
が、世間を騒がせてもいないし、有名でもない。
怪盗・・・いや、ただの泥棒だ。 真姫「でも、最初にしてはすごい金額と思うけど?」
にこ「まぁね。私だもん当然でしょ。当然。さぁ、ここから有名になるわよー!!!」
なんで、私達が怪盗をやっているかと言うと・・・。
かっこいいからである。
にこちゃんは昔から怪盗オタクで、石川五右衛門だとかあとはルパンだとかの話をよく聞かされた。
私達はただの怪盗じゃない。
結成当時、にこちゃんが言っていた。
私達は悪い奴からしか盗まない。
そう、私達は法で裁けない奴らにおしおきするのよ!
真姫「有名になってどうする気?」
にこ「そりゃあ・・・。あんた。あれよ」
真姫「ただ有名になりたいだけなら、これっきりにした方がいいと思うけど?」
にこ「しないわよ!いい?私達は義賊よ。私には悪い奴を成敗するって目的があるの」
真姫「へぇ〜そう。とりあえず家に帰らない?ここ寒いし」 あれだけ、ただのゲームカセットゲームカセット言っていたのに、大事そうに抱えてにこちゃんは私が運転してきた車へと乗る。
真姫「それ、どこで売るの?」
にこ「どこって、中古ゲームショップ」
真姫「やめといた方がいいわよ。足がつくわよ」
にこ「じゃあどこで売ればいいのよ」
真姫「知らないわよ。大体、怪盗始めるんだったらそう言うコネぐらいあるでしょ。普通」
にこ「い、今から探すの」
車を発進させる。
さっきいた倉庫よりかは隙間風の無い車の中の方が断然暖かい。
真姫「UMI。ここから自宅へのルート出して」
「かしこまりました。今日は寒いですね。明日は今日よりかは暖かくなるみたいですよ」
私の車にはUMI製のカーナビが付いていて、さっきのように命令すればいつだって早く着くルートを探してくれる。
カーナビの画面には青いクラゲがぷかぷかと浮かんでいる。
これが人口知能UMIだ。 にこ「便利よねぇ〜これ」
真姫「そうね。買ってよかったわ」
「ありがとうございます」
にこ「あ、お礼言った。私がいなくて寂しい時に話し相手になれるわね」
真姫「にこちゃんよりかは頭がいいものね」
にこ「なによ!」
真姫「はいはい。運転に集中出来ないから黙ってて」
私は医者の娘だ。
普通にしていれば、将来不自由なく暮らせたのに私はそれを手放した。
にこちゃんと出会ってしまったからだ。
元々は学校の先輩と後輩の関係で、彼女が私をあまりにもしつこく怪盗同好会に誘うから私は根負けして入ってしまった。
それからにこちゃんとはこうやってよく口喧嘩しているしお互い皮肉を言い合う事もあるけど。
なんだろう。
私はこの空間がすごく心地いい。
それはきっとにこちゃんもおんなじ気持ちであって欲しいと私は願う。 にこ「ねぇ、そんなことより本当によかったの?」
真姫「何が?」
にこ「怪盗の事よ。だってあんたみたいなお金持ちのお嬢様が私と一緒に犯罪やるなんて」
真姫「いいのよ。別に。パパとママ知ったら悲しむだろうけど。私はにこちゃんの仕事手伝うって決めたの」
にこ「そう」
「もうすぐ雨が降りそうです」
真姫「だって、今朝洗車したばっかりなのに」
UMIがカウントダウンを始める。
3、2、1・・・。
空から無数の鮮やかな色が降る。
青、赤、黄、緑、紫、オレンジ。
様々な色はフロントガラスにぶつかって混ざり。
また新たな色を生み出して行く。
にこ「車止める?前見えないでしょこんなの」
真姫「ううん。このまま。綺麗だからこのまま走る」
ワイパーが忙しく動き始める。
メトロノームのように、規則正しく。
時間を刻みながら、色をかき分けて私達は進んで行く。 『綺羅ツバサの手記』
私がこの世界がおかしいと思ったのはいつだっただろうか。
少なくとも、雨は赤や青ではなく色は付いていない。
私の頭が、体がこれは違うとはっきり覚えている。
この世界にはまだおかしな事が沢山ある。
例えば満月は月に10回も見れない。
私がこれに気付いた時、なんだかこの世界は・・・私が過ごしたこの世界は本当に私が過ごした世界なんだろうかと疑問に思うようになった。
一つ仮説を立てるのなら、そうパラレルワールド。
私は私が知らない間にパラレルワールドに行ってしまったのかもしれない。
私が本来いた世界ではあり得ない現象が起こるパラレルワールドに私はいる。
確信は持てない。
誰かに言っても私が頭がおかしいと思われてしまうだけなので、ここに手記を残す。
これを読んでるあなたへ。
大丈夫、あなたはおかしくない。 2話
『蜜』
花陽「私のせいじゃない・・・私のせいじゃない!!!!」
そう、彼が襲って来たんだ。
正当防衛だ。
前々からストーカーされてるのは分かってた。
警察にも相談した。
力になってくれると言ってくれた。
それを知ってか、彼はとうとう私に接触してきて、ナイフで私に脅して来た。
一緒になろう。一緒になろう。
私は逃げたけどすぐに追い付かれ、殺されまいと必死で抵抗した。
必死で抵抗して必死で抵抗して・・・。
気付けば、彼の胸にはナイフが刺さっていた。
花陽「こいつが・・・こいつが悪いんだ!!!」
こいつさえいなければ、私の人生は順風満帆だったはず。
一回お店の外で会っただけで勘違いしてストーカーになったこの男のせいで今私の人生の歯車は完全に狂った。
花陽「なんで・・・こんな事に」
その場に座り込み、私は考える。
無かった事にすればいい。
どうせ、四六時中私をつけ回してるような男だ。
急に居なくなっても誰も心配なんかしないはずだ。
全て無かった事に・・・。 はい、カット。
カチンコが鳴りその合図と共に肩の力が一気に抜ける。
花陽「どうでした?」
監督は親指を立て満面の笑みだ。
ふぅーと息を吐く。
どうやら、このテイクは良かったらしい。
額の汗をスタッフさんに拭って貰う。
花陽「どうも」
私は女優。
それも、もうすぐで花開きそうな女優。
今日はドラマの撮影だ。
一話限りの出演だが、ここで視聴者や他のプロデューサー、ディレクターに光る物を見せ付ければ、次の仕事もきっと貰える。
花陽「凛。凛!」
マネージャーを呼ぶ。
凛「はい。お待たせしました」
凛ちゃんが水を片手にやってくる。
凛「お水ですよね」
花陽「ありがと」
蓋を開けて、喉を潤し水を凛ちゃんにまた渡す。
凛ちゃんはスタイルがとても良い。
スーツがとても似合っていて、私と同じ女優を語ってもきっと誰もが信じてしまうだろう。 花陽「今日の撮影これで終わりだから」
凛「そうですか」
花陽「皆様、お疲れ様でした」
監督や共演者。
スタッフに挨拶をして、スタジオを後にする。
凛「お疲れ様でした。手答えありましたか?」
花陽「手答えしかない。むしろあなたはどう思う?」
凛「私は・・・とてもいいと思いました」
花陽「とてもいい?なんだか、ありきたりな意見ね。それとも何か気になる事があるの?」
凛「いえ、すみません」
花陽「そう。ねぇ、私疲れてるからエレベーターのボタン押して頂戴」
凛「はい」
凛ちゃんは黙って私の指示に従う。
間も無くするとエレベーターの扉が開いた。 エレベーターの中には誰もいない。
私達はすぐに乗り込み、凛ちゃんがすぐに扉を閉める。
花陽「・・・」
凛「・・・」
花陽「はわわ!凛ちゃんごめん!エレベーターのボタン押させてごめんね!」
凛「ううん!いいよいいよ!かよちんかっこよかったにゃー!」
ようやく二人きりになれたエレベーターの中。
今までの演技をお互い共やめる。
花陽「もう、疲れるよー。このクールな女優の演技」
凛「凛も疲れるにゃー。出来るキャリアウーマンの演技」
そう、私達が演技するのはお芝居の中だけではない。
私は常にクールな女優を演じ。
凛ちゃんは出来るキャリアウーマンを演じているのだ。
正直な所、凛ちゃんが演技をする理由が全く分からないが、きっとかっこいいから成り切りたいんだろう。
私は明確な理由がある。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています