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今のオタクは一人でコンテンツに向き合って楽しんでいない。馴れ合いのためにコンテンツを消費している
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0001名無しで叶える物語(もんじゃ)
垢版 |
2019/12/21(土) 06:13:08.61ID:gC2q8OeO
お前らのことかな??



なるほどオタクは死んだわけだ。なぜなら、1人ではいられなくなったから。

熊代亨精神科医
1975年生まれ。信州大学医学部卒業。精神科医

現代のオタクは、自分1人の楽しみを詰め込める空間を持っているだろうか。
スマホを個人所有し、子ども部屋やワンルームマンションを与えられている限りにおいては、そうだとも言える。

だが、そうではないともまた言える。なぜなら、オタクを自称する若者といえど、いや、オタクを自称するような若者ほど、最近はSNSによって情報的に繋がっているから。
好きなアニメを観ている時も、待ちに待ったゲームを遊んでいる時も、1人きりで作品と向き合った状態は長続きしにくく、
他のSNSユーザーや知人と繋がりあった状態でコンテンツに触れてしまいやすい。
たぶん、それが2010年代という時代の特徴だから。

こうした話を誇張と捉えたがる人も、少なくとも右の事実は認めなければなるまい――
目当てのコンテンツを楽しんだ後、長時間にわたって、そのコンテンツについての自分の感慨や考察を1人で温めて発酵させることは難しくなった、と。

昔のオタクは、空間的にも情報的にも切り離されていることが多く、それがために、同好の士が集まる同人誌即売会のような機会は貴重だったし、
情報共有の手段としての雑誌やゲーセンノートのたぐいも重要だった。

だが、今はその反対ではないだろうか。
あまりにも、オタク達は、いや、私達は、空間的にも情報的にも繋がり過ぎていて、1人で引きこもってコンテンツと静かに向き合うことが困難になっているのではないだろうか。

現在でも、強い意志でもってスマホの電源を切り、目当てのコンテンツとひたすらに向き合えれば、一応、引きこもったオタクライフは再現できなくもないかもしれない。
だが、アニメ視聴やゲームプレイをスマホに頼っている場合はそうもいかないし、そもそも、強い意志とやらがいつまで続くのかは怪しいものである。

「オタクは死んだ」とは何年も前から繰り返し語られていた言葉だが、

こうやって考えてみると、「1人でコンテンツと向き合う愛好家としてのオタク」は本当に瀕死なのである。
今、そういう意味でオタクと言い得るライフスタイルをやりやすいのは、SNSやインターネットと繋がりにくく、オフラインを前提とした趣味領域ではないだろうか。

だが、残念ながら、長年にわたってオタクの象徴とされていたのは、アニメやゲームやライトノベルといった、
『げんしけん』風に言うなら現代視覚文化の領域だったわけだから、こと、それらに限っていうなら、
1人で静かにコンテンツに向き合う愛好家としてのオタクは絶滅の危機に瀕していると言って過言ではないだろう。


https://www.huffingtonpost.jp/toru-kumashiro/otaku-sns_b_15911016.html
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