曜「待ち人、来ること遅し」
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曜「待ち人、来ること遅し。か」
廊下の壁に寄りかかり、教室で移動準備中の千歌ちゃんを待ちながら、私は朝見た占いの内容を思い出していた。
あまり占いとかは信じる方じゃないし、朝はなにかとドタバタしてて普段は見ている時間もないんだけど、たまたま目にした今週の牡羊座の運勢が、今の状況にぴったりだったから。
まあ要するに、早いところ次の教室に移動しなきゃいけないんだけど、待ち人であるはずの千歌ちゃんが来ないからソワソワしちゃってるわけで…
千歌「曜ちゃん、おまたせー」
私のはやる気持ちをよそに、やっと現れた千歌ちゃんはマイペースそのものだった。
曜「千歌ちゃん。教科書はあったの?」 千歌「やっと見つけたよー。どういうわけか着替え袋の中に入ってて」
曜「あはは、なんでそんなところに」
千歌「なんでだろうねー。ねえ、なんで?」
曜「教科書に聞いてみたって、答えてはくれないよ」
千歌「だよねー」
ふふっ、こういうところも千歌ちゃんらしいや。思わずほのぼのしちゃうよね。 曜「って、ゆっくりしてる場合じゃないよ。梨子ちゃんは準備で先に行っちゃったし、私たちも早く移動しないと遅れちゃう」
千歌「わかってるって。化学室、遠いもんね」
曜「そういうこと。行こう」
千歌「はーい。むー、化学かぁ。難しいんだよね、目に見えない世界だから、なんのことやらさっぱりで」
曜「たしかに、中学で習ったこととは全然違うよね」
千歌「うっ、化学のこと考えてたら、なんか急に足取りが重く」 曜「もう、遅れるかもって言ってる側からペース落としてどうするの。急ぐよー」
千歌「はいはい…って、危ない!」
曜「えっ――」
後方を歩く千歌ちゃんに気を向けていたせいだろう。曲がり角に差し掛かったそのとき。
曜「わっ!?」
「きゃっ」
完全に前方不注意だった私は、出会い頭に誰かとぶつかってしまった。 曜「う…?」
でも、ぶつかったわりには全然痛くない。それどころか、なんだか包まれているみたいで。柔らかくて、優しくて…
「あなた大丈夫…って、曜?」
曜「ま、鞠莉ちゃん?」
声に顔をあげると、レモン色の瞳が目の前にあった。それは自分の顔が映るくらいの至近距離で。
ここに至って、私は鞠莉ちゃんとぶつかって、そのまま抱きとめられていたのだとようやく気付いた。 千歌「ふたりとも大丈夫?」
鞠莉「ちかっちも。教室の移動?」
鞠莉ちゃんは私を腕の中に収めたまま会話を続ける。この体勢、鼻の先すぐそばで感じる鞠莉ちゃんの声――
千歌「うん!これから化学の授業なんだ!」
なんというか、落ち着くんだけど落ち着かない。
鞠莉「そう。おしゃべりが楽しいのはわかるけど、よそ見してたら危ないわよ。ちゃんと前を見て歩くように」
曜「は、はーい」
鞠莉「よろしい」
曜「わっ」
にこっと微笑む鞠莉ちゃんに、頭をぽんぽんとされてしまった。 鞠莉「ふふっ、またね!」
曜「う、うんっ!」
千歌「またねー、鞠莉ちゃん!」
すっと体を離して、鞠莉ちゃんはウインクとともに教室の方へ向かっていく。
その後ろ姿、歩きに合わせてさらさらと揺れる金色の髪に、私は思わず目を奪われていた。
曜「…」
名残惜しいことを「後ろ髪を引かれる」なんて表現するけど、今の私の心情としては「後ろ髪を引きたい」の方が正しい気がする。
至近距離で目が合ったせいか、それともぎゅっとされてしまったからだろうか…さっきから胸のドキドキが止まらない。 千歌「よかったね、曜ちゃん」
曜「うん…えっ?」
千歌「今の、ラッキーなんちゃらってやつでしょ?」
口に手を当てて、にしし、と千歌ちゃんが笑う。
曜「ふぇっ!?ち、違うよ!?」
予期せぬ言葉に、思わず上ずった声が出てしまう。
千歌「まあまあ、みなまで言わずともわかってるから」
曜「違う、違うもん!違うからー!」
嬉しそうにからかう千歌ちゃんと、顔を真っ赤にした私の問答は、そんな具合にしばらく続いた。
うん、おかげで授業には無事遅刻しました。 ……………………………………
出会い頭のハグがあったその日から、私は鞠莉ちゃんのことを目で追いかけるようになっていた。
練習中はもちろん、校内で偶然見かけたときや、理事長として全校生徒の前に立つ姿――様々な場面で、あの綺麗な金色の髪を探してしまう。
今もほら、楽しそうに話す彼女の横顔に私の視線は釘付けで。
鞠莉「でね、そのとき――ん?」
曜「…!」
とっさに視線をそらす。今のは危ないところだった、もう少しで目が合うところだったよ。
鞠莉「…?」
よかった…どうやら気付かれなかったみたい。
ここ数日はずっとこんな具合で、咳払いをしてごまかしたり、さっと体の向きを変えたりと、鞠莉ちゃんに悟られないための密かな努力を続けていた。
なんだか後ろめたいことをしている気分だけど、もし目が合ったらどんな顔をすればいいのかわからない。その理由を聞かれたりしたら、きっと答えに窮してしまうから。
言えるわけないよ。鞠莉ちゃんにぎゅっとしてもらったことが忘れられなくて、もう一度ハグしてほしい、だなんて。 ……………………………………
ハグしてほしい。その一言が言い出せないまま、もうすぐ1週間が経とうとしていた。
うーん…我ながら変に意識しすぎなんじゃないかな。別に恥ずかしいことじゃないよ。友達同士だし、鞠莉ちゃんは明るくオープンでスキンシップも多いんだし。きっと大丈夫。
――でも、そうじゃなかったら?
自問自答を繰り返しても結論が出ることはなく。もどかしさだけが付きまとう、ぐるぐる回りの日々。
この前の千歌ちゃんや梨子ちゃんとの一件といい、どうしていつもこうなんだろう。色んな気持ちとは裏腹に、その一歩がどうしても踏み出せない。
不安が高じてか、最近では普通にコミュニケーションを取るのも臆病になっていた。鞠莉ちゃんと仲良くなりたいだけなのに、自分の意気地なさがいやになる。
曜「待ち人、来ること遅し。か…」
前に見た占いが頭をよぎる。また曲がり角でばったりと出会ったりしないかな。そしたら、この前みたいに危なっかしい私を抱きとめて、またぎゅってしてくれたり――
そんな希望的観測さえ願ってしまうのが今の私だった。 次の日。練習が始まる前、鞠莉ちゃんが声をかけてきてくれた。
鞠莉「はぁい、曜、ちかっち」
千歌「あ、鞠莉ちゃん!」
曜「鞠莉ちゃん…」
思わず身構えてしまう。大丈夫かな、ちゃんと自然にできるかな。
鞠莉「来週にはいよいよライブだけど、どうかしら、ふたりとも調子のほどは」
千歌「もちろん絶好調だよ!今日も頑張ろうね!」
鞠莉「ふふっ、ちかっちらしいわね!」
曜「私も。ほらこのとおり、バッチリだよ!」
千歌ちゃんに続いて笑顔と身振りで答える。私は最近の習性に従い、「普段どおり」を心がけようと思っていた。 鞠莉「そう。いつでも付き合うから言ってね。練習でも、お話でも」
曜「…!」
だけど、優しく気遣ってくれる鞠莉ちゃんの声を聞いたら、胸の奥が苦しくなって、つらい気持ちが膨らんでいって。
曜「私、私は…」
耐えられなくなってしまった。本当に、私はなにをやってるんだろう。
鞠莉「曜?」
千歌「曜ちゃん?」
曜「…あはは、ごめん。実は昨日の夜からちょっと寒気がしてて…今日は無理しないで帰るね」
笑顔を作って早口で言い残すのが精一杯だった。にじむ目元をごまかすように、私は荷物を取って練習場を飛び出した。
鞠莉「あっ、曜っ!」
千歌「曜ちゃん!」
曜「ごめんね、また明日!」
背中に受けるふたりの声に元気よく応えるけど、振り返ることなんてできなかった。 ――――――――
最近、曜の様子がおかしいと思っていた。自意識過剰でなければ、曜は私にだけは前みたいに目を合わせてくれないし、会話も少なくなっていたから。
あまり考えたくないことだけど、もしかしたら避けられてるんじゃ…そんなネガティブな不安が頭をよぎったりもした。
繊細な曜のことだから、もしかしたら何かあったのかも。少しでも力になってあげたくて、話しかけるタイミングを注意深く見計らっていたつもりだった。
だけど、私が話しかけたら曜は逃げるように飛び出して行ってしまった。作り笑顔で去っていく曜の背中を、私は呆然と見ていることしかできなかった。
鞠莉「曜…」
もしかしたら、本当に曜に避けられて―― 千歌「しょうがないなあ、曜ちゃんは」
鞠莉「ちかっち…?」
動揺する私とは裏腹に、ちかっちはやれやれといった感じで。
千歌「鞠莉ちゃん、これお願いできる?」
鞠莉「これ、曜の…」
彼女が手渡してくれたのは、曜のトレードマーク、アンカーの飾りがついた練習着入れだった。
千歌「曜ちゃんって案外うっかりさんだからさ。忘れ物しちゃってるみたいなんだ、色々と。鞠莉ちゃん、届けてあげて」 鞠莉「ちかっち…けど私、曜に…」
避けられているのかもしれない…そう言おうとしたけれど、言葉にするのが怖くて続かなかった。
千歌「心配ないよ。あれは照れ隠しだもん」
鞠莉「照れ、隠し?」
ちかっちの言ったことを思わず復唱する。内心揺れ動く私にとって、それはまったく予想していなかった単語だった。
千歌「うん。まあ、それだけじゃない気もするけど」
鞠莉「えっと、どういうこと?」
千歌「んー、なんでもない。曜ちゃん本人も気付いてないことだろうから」
確信したような話ぶりのちかっちだけど、私には意図が読み取れなかった。幼馴染にしかわからない何かがあるのかしら。
千歌「照れ屋で鈍感さんなの。許してあげて」 ……………………………………
一人での帰り道って久々だ。練習の本格化に伴って帰りの時間は遅くなり、いつもならメンバーの誰かと一緒のはずだから。
今日みたいに日が沈む前に帰ること自体が珍しい。夕陽に赤く染まる街を見ていると、ひとりぼっちの寂しさが胸に押し寄せてくる。
そういえば、少し前にもこんなときがあったっけ。誰にも悩みを打ち明けられずに落ち込んでいた私を、鞠莉ちゃんが見つけてくれて、あたたかく励ましてくれた。
…きっと、さっきもそうだったんだ。
曜「鞠莉ちゃん…」
なのに私は鞠莉ちゃんに嘘をついて、ごまかして、それで勝手に落ち込んで。相変わらずのバカ曜だ…
夕暮れの街が涙でぼやけていく――その時。
「…うりょ!」
曜「…!?」
背後から何者かにぐいっと抱きつかれた。いや、この感覚は覚えがある。あの時、そしてこの前と同じ―― 鞠莉「ふふっ、やーっと捕まえた」
曜「まり、ちゃん…!」
声の主、ハグの犯人は、やはり鞠莉ちゃんその人だった。でも、どうして…?
鞠莉「ジュードーはダメよ。またお尻が痛くなるのはこりごりデース」
曜「な、なら不意打ちはやめてよ。びっくりするから」
色んな意味でドキドキしちゃうし…少し距離を取ろうとしたけど、離さないとばかりにぎゅっと密着されてしまった。
鞠莉「こうでもしないと、逃げる曜とはちゃんと話ができないって思ったから」
胸がどきっと跳ねる。鞠莉ちゃんの話す内容にも、密着して耳元すぐ近くで囁かれていることにも。
曜「に、逃げてるわけじゃ…それに、話って?」
鞠莉「積もる話が色々、ね」
そう言うと、鞠莉ちゃんは回した腕をほどいてくれた。振り向いて目を合わせると、にこっと微笑み返してくれて。こうして向き合うのはいつ以来だろうか。
鞠莉「ぶっちゃけトーク、しましょう」
その微笑みは、あの日と同じあかね色をしていた。 ……………………………………
鞠莉「やっぱりいいわね、ここは。海が広くて」
隣に座った鞠莉ちゃんがしみじみと呟く。私たちはここ、びゅうおの展望室から夜の海を眺めていた。
この場所を訪れるのも、鞠莉ちゃんが言うところの「嫉妬ファイヤー」事件以来だ。辺りは既に暗くなり、ライトアップも始まっていたけど、記憶の中にある風景と重なって懐かしい。
もしかしたら今の状況は、結果的には「待ち人来たる」なのかもしれない…なんて、これはさすがに都合が良すぎるよね。
けど、心のざわめきは不思議と落ち着き始めていた。ここに来て、自分のやらなきゃいけないことが少し見えた気がする。
曜「来てくれてありがとう…でも、どうして?」
鞠莉「そろそろ、追いかけっこは終わりにしたいって思ってね」 曜「…ごめん」
本題を切り出されてちょっと身構えてしまうけど、そんな私を気遣うように、鞠莉ちゃんは明るい口調で続けた。
鞠莉「責めてるわけじゃないわ。でも、最近の曜って目が合ってもすぐ逸らしちゃうし、話しかけてもリアクションが弱かったし…なんにせよ、確かめたいって思ってね。曜の思ってること、本当の気持ちを」
穏やかに話す鞠莉ちゃんの表情は、いつもとなんら変わらない。
鞠莉「誘っておいてなんだけど、言いにくいなら無理にとは言わないわ。でも、話してくれるなら…知りたいの。曜の本音を聞かせてほしい」
曜「鞠莉ちゃん…」
だけど、最後の方の言い方は少し寂しそうだった。私の意気地なしのせいでそんな声をさせちゃったのなら、もう逃げ隠れなんてできない。
曜「ごめんね。ちゃんと話すよ。聞いてくれる?」
鞠莉ちゃんは静かに頷いてくれた。 曜「その、私ね…」
心の中で何度もイメージはしていたけど、うまく言葉にできるかな。私の言葉を待つ鞠莉ちゃんも、心なしか緊張しているように見える。
曜「鞠莉ちゃんに…」
鞠莉「うん…」
曜「は、ハグしてほしくて」
鞠莉「うん…えっ?」
うん、そうだよね、反応困っちゃうよね…でも、伝えなきゃ。
曜「ハグして、ほしかったんだ…この前、廊下でぎゅってしてくれたことが忘れられなくて…でも、自分からは言い出せなくて、それで…」
顔が熱い。それこそ、やかんをのせたらお湯が沸かせるんじゃないかっていうくらい…この告白は、客観的にはどう見えてるんだろう。
ずっと思い悩んでいたこととはいえ、言葉にしてみると、そんなことで悩んで、そんなことで鞠莉ちゃんを困らせてしまっていたんだなって… 鞠莉「えっと、本当にそれだけ、なの?私にハグしてほしいっていう…」
鞠莉ちゃんの反応はあっけにとられたといった様子で、私の恥ずかしさと情けなさは大きくなっていくばかり。
曜「本当に本当…ごめん、そんなことで、私――わっ!?」
言い終える前に、鞠莉ちゃんが胸に向かって飛び込んできた。
曜「ま、鞠莉ちゃん…?」
鞠莉「よかったぁ…」
曜「え…?」 鞠莉「もしかしたら私のこと避けてるのかなって、ずっと…」
曜「あ…!」
鞠莉ちゃんは安堵したように呟いて、私をぎゅっと包んでくれた。
あたたかくて、包まれているような優しい感覚…
曜「…そんなことない、そんなつもりじゃなかったんだ…ごめんね、私、鞠莉ちゃんのこと…」
やっと謝れた。やっと伝えることができた。また鞠莉ちゃんに助けてもらっちゃったけど、迷惑かけちゃったけど、ようやく本当のことが言えそうな気がする。
鞠莉「うふふっ。もう、本当にシャイなんだから…」
曜「ごめん、ごめんね…」
鞠莉「いいの、いいのよ」
曜「んぅ…」
誰もいない夜の展望室。しばらくの間、私たちはそのまま抱きしめ合っていた。 ……………………………………
ハグの後の会話は、お互い謝ることから始まった。
鞠莉「無理に話をさせちゃったわね、ごめんね」
曜「鞠莉ちゃんが謝らないで。私の態度がはっきりしなかったせいなんだから…迷惑かけて、本当ごめんなさい」
鞠莉「ううん、もっと早くこうすればよかったのよ。なのに、私に関わることなのかなって思ったら臆病になっちゃって…もう少しで同じ間違いを繰り返すところだったわ」
曜「同じ、間違い…」
果南ちゃんやダイヤさんとのすれ違いのことだろう。でもそれは私も同じで、千歌ちゃんや梨子ちゃんとのすれ違いを、危うく別の形で繰り返してしまうところだったんだ。
鞠莉ちゃんは目を閉じて「私にもっと勇気があれば、曜を待ちぼうけになんかさせなかったのにね」と少し笑った。 待ちぼうけ。その言葉を聞いて、あの占いの意味がようやくわかった気がした。
待ち人、来ること遅し。鞠莉ちゃんが、心を閉じ込めていた私を心を救い出してくれた「待ち人」であることは間違いないけど、その反面、私は知らぬ間に鞠莉ちゃんを「待ちぼうけ」にさせていたんだ。
そう考えると、全てが繋がったように思えてくる。今日は占いを見ておよそ1週間、正確には6日目――効力が残るぎりぎりの日だ。
曜「そっか…そうだったんだ」
本当に気付くのが遅くなってしまったし、危うく見落としてしまうところだったけど、占いは凄く大事なことを私に教えてくれていた。そう信じてみたくなった。 鞠莉「ともあれ、これで仲直りね?」
曜「仲直り、なのかな。喧嘩をしてたってわけじゃないよ」
鞠莉「なら、もっと仲良しになれたって言うのはどうかしら。お互いずっと心に秘めていたことを、やっと打ち明けられたわけだしね」
曜「うん、それなら!」
私が納得すると、鞠莉ちゃんは立ち上がって、私の方を向いて腕を広げた。
鞠莉「ってことで、もう一度ハグしましょう」
曜「ん、でも…」
つい口から出そうになる遠慮の言葉を飲み込む。 鞠莉「さっきのとは少し意味が違うわ。今度は今日のぶっちゃけトークと、私たちの仲良し記念に。私も曜とハグしたいって思ってるの。だから、ね?」
まるで先回りしたかのような鞠莉ちゃんの話ぶり。本当、かなわないなぁ。
曜「鞠莉ちゃん…うんっ」
私がおずおずと身を寄せると、鞠莉ちゃんは「うりょ」っと抱きよせてくれて。
曜「わ…」
鞠莉「よしよし」
曜「ん…」
そのまま体を預け、頬をうずめながら、私も鞠莉ちゃんの背中に腕を回す。
身長差もあって、少し腰寄りになっちゃったけど、これもちゃんとハグだよね。 鞠莉「ハグって素敵よね。相手のことを想う気持ちを、素直に伝え合うことができるから」
曜「うん…わかるよ、ちゃんと」
言葉だけじゃなくて、体を通して分かち合うこと。包まれたいし、包んであげたくなる気持ち。通じ合うって、きっとこういうことなんだよね。
曜「私いま、とっても嬉しいんだ」
私も腕に力を入れて体を密着させる。身体中でこの気持ちを伝えたい、身体中で鞠莉ちゃんを感じたい。
互いを想う気持ちを、ハグで結ぶかのように。
鞠莉「ふふっ。やっと素直になってくれた。器用なくせに不器用なんだから」
曜「あ、あんまり言わないで。恥ずかしいから…」
鞠莉「ま、そんなところも可愛いんだけど」
曜「う、ううー…」 鞠莉「照れてる照れてる」
楽しそうにころころと笑いながら、鞠莉ちゃんは私のことを離そうとしない。そのままゆらゆらと揺れてみたり、背中をぽんぽんしてくれたり。
その心地よさに応えたくて、私も背中をなでてあげると、鞠莉ちゃんは嬉しそうに微笑んでくれた。
鞠莉「ハグが恋しくなったらいつでもリクエストしてね。すっぽり収まる抱き心地が最高だし、曜なら大歓迎だから。でも…」
曜「でも?」
鞠莉「ひとつだけお願いするのなら…たまには、曜の方からもハグして欲しいかな」
曜「…ふぇっ?」 思わず気の抜けた声が出てしまった。私からも、鞠莉ちゃんに…?
鞠莉「ハグって伝え合うことだと思うから、いつも私の方からっていうのは寂しいでしょ?ハグはされるものじゃなくて、するものだからね」
曜「それはよくわかるけど、わかってるけど…」
私からのハグ…考えてもみなかった。抱きしてもらうことばかり思っていたから、自分からだなんて…な、なんか意識したらすごく恥ずかしくなってきた…!
鞠莉「曜が照れ屋さんなのはわかってるけど、私のこと、待ちぼうけにさせないでね?」
私の胸の内などお見通しと言わんばかりに、ウインクとともに放たれたとどめの一撃。すっかりいっぱいいっぱいになってしまった私は。
曜「ま、まずは手をつなぐところから、お願いします…」
少しズレた、そんな答えをするのが精一杯だった。
終わり 全弾撃ち尽くしました。前方不注意ようまりでした。
↓は前に書いたものです。よろしければ併せてお願いします。
曜「鞠莉ちゃんとのレモンな生活」
http://fate.2ch.net/test/read.cgi/lovelive/1570283140/
ありがとうございました。 思わず気の抜けた声が出てしまった。私からも、鞠莉ちゃんに…?
鞠莉「ハグって伝え合うことだと思うから、いつも私の方からっていうのは寂しいでしょ?ハグはされるものじゃなくて、するものだからね」
曜「それはよくわかるけど、わかってるけど…」
私からのハグ…考えてもみなかった。抱きしめてもらうことばかり思っていたから、自分からだなんて…な、なんか意識したらすごく恥ずかしくなってきた…!
鞠莉「曜が照れ屋さんなのはわかってるけど、私のこと、待ちぼうけにさせないでね?」
私の胸の内などお見通しと言わんばかりに、ウインクとともに放たれたとどめの一撃。すっかりいっぱいいっぱいになってしまった私は。
曜「ま、まずは手をつなぐところから、お願いします…」
少しズレた、そんな答えをするのが精一杯だった。
終わり 今こむといひしばかりに長月の 有明の月を待ちいでつるかな
タイトルと本編を読んでこの句を思い出した ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています