ダイヤ「ま、鞠莉さん……いけませんわ、女性同士で恋愛だなんて……」鞠莉「Oh...そんなの気にする必要無いわよ!」
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鞠莉「同性愛の歴史は古くて、紀元前25世紀にまで遡れるのよ?」
ダイヤ「紀元前……ですか?」
鞠莉「そうデース!エジプト第5王朝時代にカーヌムホテップとニアンカーカーヌムのお墓が立てられたんだけど、この二人の男性は同性愛者だったって言われているの!」
ダイヤ「そんな時代から、同じ性を持つ相手を好いたもの同士がいたのですね……」
鞠莉「そうなの!それに同性愛は必ずしも、お互いの情欲や敬愛から生まれるものってわけでもないのよ!?」 おつおつ
東ドイツより西ドイツの方がかなり遅かったのね
逆のイメージがなんとなくある 鞠莉「1836年にはイギリスで、同性愛に対する最後の処刑が行われたりと、世界的には同性愛はもう犯罪ではないとする国が増えていくわね!まあイギリスの場合は絞首刑が懲役刑になっただけで、まだまだ当たりは強いけれど!」
ダイヤ「それでも進歩には違いありませんわ!」
鞠莉「皮肉にもこの流れを加速させたうちの一人に、カール・ハインリヒ・ウルリヒスという、名前の響きで分かる通りにドイツ人がいたのよ。同性愛者の権利を認めるべきだと1867年に宣言したんだけど、まさか自国があんなことになるとは思いもよらなかったでしょうね!」
ダイヤ「ドイツにもそのような先進的な方がいたのですか」 鞠莉「他にもクラフト=エビングという医学者がいて、両性愛、異性愛という単語を初めて現在の意味で用いたり、マグヌス・ヒルシュフェルトという内科医が、科学人道委員会という同性愛者保護の団体を立ち上げたりと、ナチスの発足までは非常に革新的な国家だったのよ」
ダイヤ「そうだったのですか。その意思を引き継いで、他の国で同様の団体が生まれたりもしましたか?」
鞠莉「そうね、1897年にはイングランドのカイロネイア団が結成されたわ!アメリカでは1903年にニューヨークの発展場が摘発されて26人もの男性が逮捕されたのだけど、そうしたことに反発する流れから、1924年にはシカゴで同性愛者のための人権協会が作られたの!」
ダイヤ「何だか世界全体が大きく動き始めた感じがしますわね」 鞠莉「そうなってくると同性愛者たちの集いでは、より仲間同士の結束を強めるために、自分達を指す特有の呼称を用いるようになったの!」
ダイヤ「例えばゲイやホモといった言葉でしょうか?」
鞠莉「そうよ、正解!1910年代には男性同性愛者をファゴットと呼ぶ文化があったそうだけど、1920年に入るとゲイという言葉も生まれてくるの」
ダイヤ「ファゴットとは楽器の?」
鞠莉「語源は同じはずよ!イタリア語でファゴットは、棒の束を表すのよ!ちなみにさらに元を辿ると、ラテン語のファスキス、これは棒という意味ね、そこへ行き当たるのだけど、ファスキスはファシストの語源でもあるのよ」 ダイヤ「ナチスが自らを国家社会主義なんて自称して、決してファシズムと名乗らなかったのはそのせいかもしれませんわね!」
鞠莉「何だか自意識過剰に思えて面白いわよね!今ではファゴット、省略してファグというのは同性愛者への蔑称として使われることが多くて、やっぱりゲイという言葉がよく好まれるのだけど、この言葉の歴史も相当深いのよ!」 ダイヤ「関係があるか分かりませんが、ルビィの服飾ケースの中に古い時代の装飾ボタンがいくつかありまして。そこにゲイナインティーボタン?という、金属ボタンにガラス玉の嵌め込まれたものがあるのですが、このゲイというのは」
鞠莉「あっ、そうよ!ゲイ・ナインティーボタンのゲイは、同性愛者を指すゲイと同じ言葉なの!正確には、同性愛者という意味を持つ前の使われ方だけどね!」
ダイヤ「意味合いが変わったということですか」
鞠莉「ゲイ・ナインティーボタンはイギリスではヴィクトリアンボタンと呼ばれていてね、ヴィクトリア女王がイギリスを治めていた1837年から1901年、ヴィクトリア朝に生まれたボタンだからそう名付けられたのよ」
ダイヤ「ではゲイ・ナインティーボタンという呼称はどちらの国で用いられていたのです?」 鞠莉「英語であることから察する通り、同時期のアメリカよ!1890年代のアメリカをゲイ・ナインティーズと呼ぶことがあるの!ゲイという言葉はそもそも、お気楽だとか、いい気分だとか、目立ちたいなんて意味で使われていたのよ!」
ダイヤ「19世紀後半のアメリカと言えば、西部劇の舞台となる時代ではありませんか?確かに自由気ままに暮らしているイメージがありますわ!」
鞠莉「白人がインディアンの土地を征服して開発していた頃ね。1890年にはすべてのインディアンの掃討が完了したと報告されて、アメリカがアメリカとして真に独立した時代なのよ」
ダイヤ「目下の任務が一段落してまさにいい気分を感じていたのでしょうね!」 鞠莉「まあそんなわけで特に性的な何かを指す言葉じゃなかったんだけど、ゲイという言葉は幅広い意味にも対応できたから、17世紀には、享楽と放蕩に明け暮れるって意味を与えられて、売春婦やプレイボーイに対してゲイと呼ぶ風習もあったわけ」
ダイヤ「便利な言葉ですわね!」
鞠莉「あとは、自分の享楽しか考えてない人って人としての魅力に欠けるでしょ?だから20世紀中頃には中年の独身男性がゲイと呼ばれていたり、あるいはその自由気ままさからやっぱりゲイは独身を指したり、同じ対象に使われるにも多方向から色んな意味を与えられていたのよ」
ダイヤ「日本語では該当する言葉が見当たりませんわ」 鞠莉「近年ではイギリスやアメリカの若者言葉で、相手をバカにする意味合いでゲイが使われることもあるのよ。でも、ちょっと感覚的に分かりづらくて」
ダイヤ「お前はゲイだ、と言えば、それは女々しいとか男なのに男が好きなのか、といった罵倒のように思えますが」
鞠莉「この場合のゲイに、性的な、もしくは同性愛を指す意味合いは全く無いのよ。バカやアホと言ってるに過ぎないの」
ダイヤ「ですが、ゲイが同性愛者を指すことは存じ上げているのではありませんか?」
鞠莉「それはそうだけど、例えば日本人が悪口としてクソと言ったとき、果たして脳裏にうんこが浮かんでいるか、と言うと近いかしら」 ダイヤ「まあ、浮かんでは……いないでしょう……」
鞠莉「そんなわけでゲイという言葉は使い勝手がいいのよ。気ままという、ゲイの持つ意味の通りの言葉ね。気ままであり制約に縛られない、そうした範囲設定の自由な言葉が性生活の在り方にまで拡大された結果、1920年にはゲイが同性愛者を指すゲイとして機能し始めるの」
ダイヤ「宗教的な伝統や性的な慣習に囚われないという状態を示すのにちょうどいい言葉ですものね!」
鞠莉「この辺りから出版物の中でも、ゲイが同性愛者を表す言葉として使われるのよ。一番古いとされるものは、1922年にガートルード・スタインというアメリカの詩人が書いた、ミス・ファーとミス・スキーンでしょうね」 ダイヤ「たまたま意味が被った、であるとか、ちょっと流行に乗ったというのではなく、明らかに意図してゲイを使っているのですか?」
鞠莉「あいつらは…ゲイだ。やつらはゲイになるってのがどういうことかをちょいとお勉強したのさ。まったくきちょうめんなほどのゲイだったね。」
鞠莉「まあ明らかと言って良いでしょう!他にも多くの劇作家や役者が、ゲイを同性愛者と認識した上で、ゲイという言葉を発するようになっていくのよ」 ダイヤ「鞠莉さんの話を聞くと、今から1世紀も前にはすでに同性愛が広く受け入れられている印象を受けますが、どうしてここ最近になっても、LGBTの方々が世界中でその人権を認めてもらおうと活動しているのですか?」
鞠莉「その質問の前提が違うということよ!広く受け入れられてはいなかった、が正しいのよ」
ダイヤ「そうであれば、ここまでの話もまた正しくない部分があったのでしょうか?」
鞠莉「そういうことではないの、物事には順序があってね!」 鞠莉「まず多くの国が同性愛を非犯罪化したでしょ?でも法で許されたからといって、国民の心情までもが同時にポジティブな方向へ変わるわけではないのよ、当たり前だけどね」
ダイヤ「それはそうですわ」
鞠莉「国によって同性愛者が嫌悪された理由は千差万別だけれど、そもそも8割以上の人は異性愛者なわけだし、生理的に受け付けなかったり、理解しようにも感覚がまるで分からないということは当然あるでしょう」
ダイヤ「すると歩み寄ろうにも難しいですわね」 鞠莉「だから勇気ある先駆者たちが、いったいどれほど自分達は世間に受け入れられているのかを計り始めたのよ」
ダイヤ「どのようにして?」
鞠莉「例えば2016年に日本の労働組合総連合会が発表した統計によると、実に35パーセントもの人たちが、自分の上司が同性愛者であった場合、それを嫌だ、あるいはどちらかと言えば嫌だ、と答えたとされているのよ」
ダイヤ「やっぱり全く受け入れられていないではありませんか!」 鞠莉「これって逆に言えば、事前に同性愛者だとカミングアウトしているのに人の上に立つことを許された場合、同性愛に対する理解もまた同時に、その投票数の数だけ存在すると受け取れるわよね?」
ダイヤ「はあ、なるほど……」
鞠莉「アメリカでは1961年に、ホセ・サ リアという人物が、自身を同性愛者だと認めた上で公職の候補に名乗りを上げて、市政委員に当選しているのよ」
ダイヤ「他の国々でも、まずは政治家を目指す同性愛者が増えたのですわね」 鞠莉「例えば日本では1971年に参議院議員選挙に立候補した東郷健が有名かしら?まあ落選してしまったんだけどね」
ダイヤ「いきなりそう上手くは行かないでしょうし」
鞠莉「特にアメリカではこの流れが継続して、1974年のキャシー・ゴザチェンコ、1975年のエレイン・ノーブルはそれぞれ市議会議員、議会下院議員になったりと、やっぱり同性愛者を認める一般人がいることが分かってきたの」
ダイヤ「国民もまた彼らの当選を見て、自分達の仲間が多くいると勇気を貰えたわけですか」 鞠莉「こうした動きを後ろから支えていたのは、何と言っても1957年にエヴァリン・フーカーという心理学者が出した研究結果でしょうね。同性愛者も異性愛者同様、社会に適合していることを示して発表したのよ」
ダイヤ「同性愛嫌悪は、個人の思想によるところが大きいと証明されたのですね!」
鞠莉「これを受けてアメリカ精神医学会が同性愛を疾患の項目から取り除いたり、後には1992年にWHOが、疾病及び関連保健問題の国際統計分類から同性愛を除くことに繋がったりしたんだよ!」
ダイヤ「法が変わり、代表者に同性愛者が増え、そして病気でもないことが分かってようやく、昨今のLGBT団体の活動へ繋がっていくのですか」
鞠莉「自分達は決してアブノーマルな存在ではないと前向きになることが出来たからね!」 おつおつ
法が整備されても人の意識はなかなか変わらないから大変だよな…… >>181
>だから20世紀中頃には中年の独身男性がゲイと呼ばれていたり
俺達はゲイだったのか… 鞠莉「この頃になると女性同士の恋愛、いわゆるレズビアンの関係にある人たちも声を挙げはじめたの」
ダイヤ「それは世界的にですか?」
鞠莉「例えばアメリカでは、50年代には都市部でレズビアンバーが増大したのよ。その後、マッカーシズムという保守運動をきっかけに迫害されるのだけど、やっぱり70年代になる頃にはフェミニズムや公民権運動からの流れで、同性愛者の権利も認めようと動き出したりね」
ダイヤ「フェミニズムと公民権運動?」 鞠莉「フェミニズムは女性解放思想、社会における女性の権利を認めようという動きで、公民権運動は女性ではなく、黒人に対するものよ」
ダイヤ「なるほど、社会的弱者に同性愛者が含まれていたということですか!」
鞠莉「日本でも大正から1970年頃に掛けて、変態性欲、普通の人は性欲を抱かない対象を好む嗜好を嫌悪する考えが広まっていたの」
ダイヤ「現在とは変態の言葉の持つ意味合いが少し違うのかもしれませんが、名前からして蔑視する気満々ですわね……」 鞠莉「そんな中で世界的な動きに後押しされてか、1971年には日本初のレズビアンサークルが出来たりと、自分達の存在を隠さなくなったわけ。この集まりは5年で500人ほどのメンバーになって、会誌まで出していたわ」
ダイヤ「中々に大々的ですわ」
鞠莉「1972年にはスウェーデンが世界で初めて、性同一性障害の方が法律上の性を変更することを認めて、1975年にはパナマがそれに追随したりと、性の在り方が決して生まれつき決定付けられたものではないという考えが広まっていった時期なのよ」 ダイヤ「男性でありながら男性を好む、女性でありながら女性を好む、そしてまたそれぞれの肉体を持ちながらも心ではまた別の性を有する、という多様性が認められ始めたのですか」
鞠莉「同性愛とは心の繋がりだけではなく、その心を持つ肉体あってのことですもの。現代になってようやく、そのことに人類は思い当たったのよ」
ダイヤ「人は自分の体と心に正直に生きて良いのですね」
鞠莉「……だから、女性同士で恋愛することって、全然後ろめたくなんかないの」
ダイヤ「……」 鞠莉「だから、ダイヤも同じことを思ってくれているのなら……」
ダイヤ「……」
鞠莉「……目を閉じて」
ダイヤ「……」
鞠莉「それがダイヤの気持ちの合図だから……」 ダイヤ「わたくしも、鞠莉さんのことを……」
鞠莉「ダイヤ……好きよ……」
ダイヤ「鞠莉さん……」
善子「こらぁーーーっ!学校で何てことしてるのよ!!!!??」
鞠莉「What!?」
ダイヤ「善子さん!?」 善子「全然部室に来ないから探しに来たのに、変なシーン見せ付けないでもらえないかしら!」
ダイヤ「変!?聞き捨てなりませんわ、善子さん!同性愛は全く変なんてことありませんのよ!?」
善子「ってヨハネ!同性愛は変じゃなくても二人とも高校生でしょ!それって不健全性的行為、いわゆる不純異性交遊にあたるのよ!?」
ダイヤ「不純ですって?わたくしと鞠莉さんは心から愛し合っているのですわ!」
鞠莉「そうよ!邪魔しないでよ!」 善子「例え愛し合っていても同性同士であっても、未成年を法的に保護するという見地から不良行為のひとつとして定められているの!例えば1996年に東京都で〜 花丸「鞠莉ちゃんとダイヤさん、一週間の謹慎処分みたいずら」
千歌「生徒会長と理事長が何やってるんだろね……Aqoursのリーダーとして不面目だよ」
花丸「その不面目って言葉、実は仏教用語なんだよ。人間の生活活動や意識活動以前の生かされてある命の有り様・姿のことを面目といって、これお釈迦様が〜 花丸「鞠莉ちゃんとダイヤさん、一週間の謹慎処分みたいずら」
千歌「生徒会長と理事長が何やってるんだろね……Aqoursのリーダーとして不面目だよ」
花丸「その不面目って言葉、実は仏教用語なんだよ。人間の生活活動や意識活動以前の生かされてある命の有り様・姿のことを面目といって、これはお釈迦様が〜 これだけの長文ほぼミス無しで書いてきて最後の最後で脱字は草
乙 乙!
凄い勉強になるスレだった そして善子と花丸の知識もなんかヤバそうw 乙です、切り口が斬新で面白かったし考えさせられた
世界史好きとしてすごく楽しいSSだったわ
是非また何か書いてほしい おつおつ
こういう面白くて雑学も身につくSS好き
善子と花丸それぞれがメインの話も見てみたいので気が向いたら書いてくださいな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています