千歌「白球を追いかけろ!!」
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SS、野球物
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年内中の完結を目指します ―1―
千歌(私はずっと、退屈な日々を過ごしていた)
千歌(面白みのない日常)
千歌(それを打破するために色々なことに挑戦してみたけど、どれも長続きしない)
千歌(途中で壁にぶつかると、耐え切れずに投げ出してしまうから)
千歌(そして何もできない普通怪獣のまま、私は高校生になって)
千歌(でもそんな私に、運命の出会いが訪れた) 千歌(幼馴染の野球少女、曜ちゃんの応援で行った東京で存在を知った、美しい9人の女子野球選手、μ’s)
千歌(ありとあらゆる野球に関する知識を持つデータの鬼、小泉)
千歌(圧倒的な快足で塁を奪っていく、星空)
千歌(人を惹きつけるスター性を持つ天才、西木野)
千歌(あらゆるプレーを寸分の狂いもなくこなす精密機械、園田)
千歌(あらゆる方向へ打ち分ける打撃技術を持つ魔術師、南)
千歌(小柄ながら堅実な守備と技術の高さが光る、矢澤)
千歌(恵まれた体格から生み出される圧倒的なパワーを持つ、東條)
千歌(走攻守三拍子揃った一流選手、絢瀬)
千歌(そしてそんな最強のチームをまとめる、キャプテンにしてエース、高坂) 千歌(動画で見た彼女たちの姿は、とても輝いていた)
千歌(私に今までに感じることのなかった刺激を与えてくれた)
千歌(だから、ずっと追い求めていたものがそこにある、そんな気がして)
千歌(私はすぐに決断した、野球を始めることを)
千歌(彼女たちのように輝きたかったから)
千歌(その舞台で輝きたいと、強く想ったから) ―浦の星女学院・グラウンド―
曜「相変わらず、千歌ちゃんは思い込んだら一直線だね」
千歌「むぅ、何だか馬鹿にされてるみたいなんだけど」
曜「でもさ、ちょっと刺激を受けただけでいきなりキャッチボールをしようなんて」
千歌「ちょっとじゃないよ、凄いんだよ!」
曜「そんなに?」
千歌「うん! なんかこう、キラキラと輝いてて!」 曜「今まで何度野球に誘っても断ってきた千歌ちゃんをそこまで惹きつけるなんて」
曜「μ’sって人たちはよっぽど凄いんだね」
千歌「曜ちゃん、μ’s知らないの!?」
曜「いや、名前ぐらいは知ってるけどさ」
千歌「じゃあ知らないことはないんだ」
曜「そこまで詳しくはないけどね」
千歌「え〜、女子野球をやってるのに〜」
曜「プレーと観戦は別物だから」
曜「案外、選手のことなんて知らないもんだよ」 千歌「あの人たちを知らないなんて、曜ちゃんは人生損してるよ」
曜「大丈夫、私は千歌ちゃんがいれば幸せだよ」
千歌「何それ、変なの」
曜「私は真面目なんだけどなぁ」
曜「でもさ、本当に私は野球部に入らなくてもいいの?」
千歌「だってクラブチームと掛け持ちじゃ大変でしょ」
曜「そうかもしれないけどさ」
千歌「日本代表候補にもなってる渡辺曜ちゃんだよ」
千歌「無理させて怪我でもしたら大変だよ」 曜「でも……」
千歌「いいから気にしないで」
千歌「本当に困ったらお願いするからさ」
曜「……分かった」
曜「だけど、困ったら言ってね」
曜「名前は貸すし、助っ人ぐらいはするから」
千歌「うん、ありがとう! 曜ちゃん大好き!」
曜「ち、千歌ちゃん、恥ずかしいよっ」 ―十千万―
千歌(でも実際問題、部員を集めるのは大変なんだよね)
千歌(部として認められるのには最低5人、試合をするには9人)
千歌(在校生のあてはほとんどない)
千歌(むっちゃんたちは頼めば協力してくれるかもだけど)
千歌(あともうすぐ入ってくる新入生)
千歌(だけど、野球部のない浦の星に入ってくる人間に期待するのは難しい)
千歌「せめて経験者の果南ちゃんを誘えればなぁ」
千歌(でもお父さんが怪我したせいで、実家のスポーツショップも大変そうだし……)
千歌「もう、上手くいかない!」 美渡「千歌、うるさいよ!」
千歌「ご、ごめんなさい」
美渡「全く、どうしたのさ」
千歌「野球部に人が集まりそうになくて……」
美渡「まだ野球?」
千歌「まだってなにさ」
美渡「初心者が高校生になって始めるなんて無理だから、いい加減諦めな」
千歌「個人的によーちゃんや果南ちゃんとは野球してたし、ソフトボールの経験はあるし……」 美渡「そもそもこんな田舎で人が集まるわけないでしょ」
千歌「そうかもしれないけど……」
美渡「馬鹿な事考えている暇があったら、家の手伝いでもしな」
バタン
千歌(むう、痛いところばっかり突いてきて)
千歌(だけど事実だから反論できないのが……)
千歌(今年の新入生は相当少ないらしいし、人集めは難しいのかも)
千歌「うぅ、前途多難だなぁ」
千歌(けど嘆いても仕方ない)
千歌(まずは勧誘頑張ろう!) ―入学式当日・校門前―
千歌「野球部〜。大人気、女子野球部ですよ〜」
モブ1「……」スルー
曜「君も一緒に白球を追いかけてみよう!」
モブ2「あ、いえ、私は」
曜「そこの君、ぜひ野球部に!」
モブ3「すいません、私はもうバスケ部に」
ようちか「…………」 曜「全然、人集まらないね」
千歌「うん」
曜「そもそも今年の一年生、かなり数が少ない気も……」
千歌「曜ちゃん、どうしよう……」
曜「とにかくもう少し声かけてみるしかないね」
千歌「そうだね――あ、ちなみに今のは『曜』ちゃんとどうし『よう』をかけた――」
曜「おっ、あの子たちに声かけてみよう!」
千歌「無視しないでよ!」 曜「すいませ〜ん、ちょっといいですか」
???「ピギィ!」
曜「ピギィ?」
??「は、はい。何でしょうか」
曜「私たち野球部の者なんですけど、野球に興味ありませんか?」
??「いや、おらは別に……」
曜「おら?」
??「いや、私は……」 ???「野球部……ですか」
曜「うん、そうだよ」
???「あ、あのぉ」
千歌「もしかして、野球に興味あるの!」
???「部員はどれぐらい居るんですか?」
千歌「まだ1人なの、だから部員募集中でさ」
???「なるほど……」
千歌「だからあなたみたいに、野球に興味があって有望そうな子に入ってほしいんだよ!」 ガシッ ???「ピッ」
千歌「ピッ?」
???「ピギャ――――――――!」
千歌「うわっ」
曜「な、なに!? どうしたの」
??「す、すいません」
??「ルビィちゃんはプレッシャーに弱くて……」
曜「いやいや、これってそんなレベルじゃ……」
ルビィ「うわぁん、おねぇちゃーん!」 ダッ
??「る、ルビィちゃん!? ちょっと待つずら〜」 曜「……なんか、凄い子たちだったね」
千歌「でもルビィちゃんって子、凄いスピードだったよ」
千歌「またスカウトしに行かなきゃ」
曜「あのメンタルだと、なかなか苦労しそうだけど……」
千歌「でもさ、せっかく興味を持ってくれてたんだから」
千歌「貴重な野球が好きな子かもしれないもん!」
曜「……うん、そうだね!」 曜「そういえばさ、新入生について小耳に挟んだ情報があるよ」
千歌「えっ、なになに!」
曜「自己紹介で野球のスイングについて語りだした子のうわさ、知ってる?」
千歌「ううん、知らない」
曜「一年生なんだけどね。凄い勢いで話してたらしいよ」
曜「だけど途中で恥ずかしくなったのか教室を飛び出しちゃったんだって」
千歌「そ、それはまた……」
千歌「でもそこまで熱くなるぐらいだから、その子は野球好きなんだよね」
千歌「スカウトに行けばもしかしたら」
曜「私もそう思ったんだけどさ」
曜「その話だと逃げ出した後、学校に帰ってこなかったみたいで」
千歌「そうなんだ、それは残念だなぁ」
曜「まあ、どこかで誘う機会はあるでしょ」 千歌「そうだね」
千歌「引きこもりにでもならない限り、学校に来るわけだから――」
???「そこのあなた方、少しいいかしら」
ようちか「!」
千歌「もしかして入部希望ですか!」
???「いえ、このチラシの件でお話がありまして」
千歌「ふぇ」
曜「! や、ヤバいよ千歌ちゃん」
曜「この人、生徒会長の黒澤ダイヤさん!」
千歌「へっ」 ―生徒会室―
ダイヤ「なるほど」
ダイヤ「野球部を作る為に、無許可で勧誘をしていたと」
千歌「は、はい」
曜「ち、千歌ちゃん、無許可だったの!?」ヒソヒソ
千歌「いやー、ばれたら怒られると思ってさ……」ヒソヒソ
ダイヤ「……部の設立には、最低でも5人の部員が必要だとは分かってますよね」
千歌「は、はい」 ダイヤ「ちなみに今の部員数は?」
千歌「え、えっと、私と」
曜「私だけです……」
ダイヤ「ほぅ、なるほど」
千歌「どうしよう曜ちゃん、生徒会長怒ってるよ!」ヒソヒソ
曜「い、今からでも謝った方が」ヒソヒソ
千歌「だ、だよね――あ、あの」
ダイヤ「素晴らしいですわね」 ようちか「へっ」
ダイヤ「私も常日頃から嘆いていたのですよ」
ダイヤ「浦の星に野球部がない、この惨憺たる現状を」
千歌「は、はぁ」
ダイヤ「以前から、いつの日か部を設立することを夢見ていました」
ダイヤ「けれどもただでさえ生徒数の少ない学校。現実的に難しいと諦めていましたわ」
ダイヤ「しかし貴女のような、ルールを破ってでも野球部を作るという高い志を持った人がいるなら話は別です」
千歌(高い志?)
ダイヤ「生徒会長という立場上、大手を振って助けることはできません」
ダイヤ「ただ個人的に可能な範囲、部員集めなどには協力しましょう」 千歌「本当ですか!」
ダイヤ「ええ、今回の件についても生徒会長権限で不問とします」
千歌「ありがとうございます!」
曜「い、いいんですか、それ」
ダイヤ「ええ、もちろんです」
ダイヤ「これは将来的に、学校にも利益をもたらす話」
ダイヤ「なぜなら、あの渡辺曜が所属する野球部なのですから」
曜「へっ」 ダイヤ「貴女の事はよく知っています」
ダイヤ「その類稀な野球センスに抜群の身体能力」
ダイヤ「ショートとピッチャーの両方をハイレベルにこなし、将来は代表を引っ張る存在とも目されている」
曜「いや、私はそんなたいした選手じゃないというか」
ダイヤ「謙遜しなくてもいいですよ」
ダイヤ「一部では、あの高坂穂乃果の後継者とまで称される選手なのですから」
千歌「よ、曜ちゃん、そんなに凄い選手だったんですか」
ダイヤ「ええ、貴女は知らなかったのですか」
ダイヤ「様子を見ている限り、とても親しいようなのに」
千歌「も、もちろん上手なことは知ってましたけど」 曜「というか生徒会長、詳しいですね」
曜「野球好きなんですか?」
ダイヤ「ええ、もちろんです」
ダイヤ「プロからアマまで、男女関係なくあらゆるデータを網羅してますわ」
曜「そ、それはまた」
ダイヤ「特にμ’sと出会ってからは、女子の高校野球に夢中でして」
ダイヤ「毎年のように東京でおこなわれる全国大会には駆けつけていますの」
千歌「す、すごいですね」
ダイヤ「当然です、私を誰だと思っているのですか!」ドヤァ 曜「……ねえ千歌ちゃん」
曜「もしかして生徒会長って野球オタク?」
千歌「みたいだね」
曜「誘ったら入ってくれないかな」
千歌「どうだろう、三年生だから難しいかも」
ダイヤ「やれやれ、二人で内緒話とは本当に仲のよいことで」
千歌「す、すみません」
ダイヤ「……とにかく、頑張って部員を集めてください」
ダイヤ「私も応援してますから」
ようちか「は、はい!」 ―バス車内―
千歌「はぁ、無事で済んで良かったね」
曜「理解のある人で助かったよ」
千歌「帰り際、曜ちゃんにサインと握手を要求したのはびっくりしたけどね」
曜「あはは、確かに」
曜「でもあそこまでされると悪い気はしないよ」
千歌「いいなぁ、私も人からサインを求められてみたい」 曜「千歌ちゃんならできるよ」
曜「昔、ソフトボールは得意だったでしょ」
千歌「そんなに甘いものなのかなぁ」
曜「大丈夫だよ!」
千歌「でも……」
曜「じゃあ諦める?」
千歌「……諦めない!」
曜「だよね!」 千歌「でも困ったよね」
曜「なにが?」
千歌「ダイヤさん、完全に曜ちゃんを部員として誤解してたよ」
曜「ああ」
千歌「もし曜ちゃんが幽霊部員だってばれたら怒られるかなぁ」
曜「それは、そうかもね」
千歌「うぅ、そうなったら協力もしてくれなくなっちゃうかも……」
曜「……それなら、正式に入ればいいんじゃないかな」
千歌「え?」 曜「私ね、昨日クラブチーム辞めてきたの」
千歌「な、なんで」
千歌「曜ちゃん有名選手なんでしょ、そんなことしたら――」
曜「いいんだよ」
曜「部があれば、野球ができなくなるわけじゃない」
曜「私は割と自己流で練習するタイプだし、環境さえあれば問題ないもん」
千歌「だけど、まだ正式な部になれるかも分からないのに」
曜「大丈夫だよ、千歌ちゃんなら」
千歌「そんなこと……」 曜「昔からの夢だったの、千歌ちゃんと一緒に野球をやることが」
曜「もう叶わないと思っていたその夢が、手の届くところにある」
曜「私は絶対に、そのチャンスを逃したくない」
曜「千歌ちゃんと一緒にプレーして、頂点を目指す」
曜「その為には片手間なんて中途半端じゃ駄目、そう思ったから」
千歌「曜ちゃん……」
曜「あはは、ちょっと重いかな?」
曜「引いちゃうよね、こんなこと言われても」
千歌「……そんなことない」 千歌「曜ちゃんが一緒にやってくれれば上手くいく」
千歌「不思議とそんな気がする!」
曜「千歌ちゃん……」
千歌「生徒会長の協力もあるんだから、きっとできる!」
曜「うん!」
千歌「よーし、明日からまた勧誘頑張ろー!」
曜「おー!」 ―十千万前・海岸―
千歌「あーあ、集まらないなぁ、部員」
千歌(始業式から一週間)
千歌(せっかく曜ちゃんが入部してくれたのに、その後勧誘できた部員はゼロ)
千歌(ルビィちゃんには逃げられっぱなしだし、他に目ぼしい子は見つからない)
千歌「あー、どうしよう」
千歌(せっかくダイヤさんがグラウンドの都合を付けてくれて、明日から練習できるのに) 千歌「どっかに都合よく、経験者でも落ちてないかなぁ」
バンッ
千歌「んっ、あれは……」
??「あぁ、また変なところに……」パシッ
千歌(珍しい、防波堤で壁当てをしてる人なんて)
千歌(酷いコントロールだけど、その後の捕球は完璧なのが、凄いギャップ)
??「これじゃあ、私はまた……」
千歌(見慣れない子だけど、同年代?)
千歌(この辺の子だったら、浦女の生徒の可能性も――)
曜『自己紹介で野球のスイングについて語りだした――』 千歌(そういえば例の子、まだ一度も見かけてない)
千歌(2年生以上だったら顔ぐらいは分かるだろうし、もしかしたらこの子なのかな)
千歌(わかんないけど、声をかけるだけかけてみてもいいかも)
千歌「す、すいませーん」
??「へっ、わ、私?」
千歌「はい!」
??「な、なんでしょうか」
千歌「えっと――」 千歌(あれ)
千歌(よく考えたら、浦女の生徒じゃなかったら恥ずかしいかも)
千歌(合っていたとしても、こんなところでいきなり勧誘したら嫌がるかな)
??「あ、あの……」
千歌「キャッ」
??「キャッ?」
千歌「キャッチボール、しませんか?」
??「はぁ」 ―――
――
―
千歌「へぇ、梨子ちゃんって言うんだ」シュッ
梨子「うん。千歌ちゃんと同じ、高校二年生」パシッ
千歌「高校はどこなの?」
梨子「東京のね、音ノ木坂って高校だったんだけど」シュッ
千歌「東京、凄いね!」パシッ
千歌(やっぱり他校生じゃん、勧誘しなくてよかった〜) 千歌「なんで内浦に来たの?」シュッ
梨子「え、えっと、その……」パシッ
千歌「あっ、言いにくい理由だった?」
梨子「う、ううん、そういうわけじゃないんだけど……」
千歌「梨子ちゃん?」
千歌(ありゃ、地雷踏んじゃったかな)
千歌(都会の子は結構繊細って言うもんね)
千歌(でも音ノ木坂かぁ、どこかで聞いたことあるような――)
千歌「!」 千歌「音ノ木坂ってμ’sの母校!?」
梨子「う、うん」
千歌「女子野球の名門だよね!」
梨子「まあね」
千歌「でも音ノ木坂の選手……」
千歌「もしかして梨子ちゃん、野球エリート!?」
梨子「……元、ね」
千歌「元?」 梨子「ねえ千歌ちゃん、イップスって知ってる?」
千歌「イップス?」
梨子「主にスポーツ選手が患う、精神的な病気」
梨子「簡単に言えば、当たり前に出来ていた動作が、急にできなくなるの」
梨子「投げる、打つみたいな、基本的な動作さえも」
千歌「……もしかして、さっきの壁当て」
梨子「うん、そう」
梨子「私ね、投球イップスなんだ」 梨子「これでもね、結構有望な投手だったの」
梨子「小さい頃から、周囲には天才だって称されて」
梨子「野球人生も順調だった」
梨子「実際に結果を残して、名門の音ノ木坂に進学して」
梨子「でもある日突然、投げられなくなった」
梨子「それまで自然とできていた投球動作が、できなくなって」
梨子「必死に治そうとしたよ」
梨子「でも考えれば考えるほど、症状は悪化して」
梨子「投手を辞めてね、外野手に転向しようともしたの」
梨子「だけど次第に、外野からの送球ですらまともに投げられなくなって」 千歌「でも今は、キャッチボールできてたよね」
梨子「普通に会話ができる程度の距離ならね」
梨子「でももう少し離れるだけで、それさえもできなくなる」
梨子「キャッチボールもできない、小学生以下の選手」
梨子「私は天才から、練習もまともに出来ないお荷物になっちゃったの」
梨子「結局そんな状況に耐えられなくて、野球部は辞めちゃった」
千歌「そんな……」 梨子「学校も音ノ木坂って言ったけど、もうすぐ転校予定なの」
千歌「そうなんだ……」
梨子「周囲からは野球を辞めてでも残るべきだって止められた」
梨子「けどあそこには、もう私の居場所はなかったから」
千歌「でもだったら何で、まだ壁当てをしてるの」
千歌「野球、やめるんだよね」
梨子「やめないよ」
梨子「私は諦めきれないから、小さい頃からやってきた野球の道を」 千歌「苦しい想いをしてまで、続けるんだ、野球」
梨子「そうね」
梨子「正直、少し意地もある」
梨子「ここで投げ出したくない、そんな気持ち」
梨子「でも一番の理由は、例え普通に投げられなくなっても、私は野球が大好きだから」
梨子「好きだからこそ、続けるの」
千歌「……なんか素敵だね、そういうの」
梨子「千歌ちゃんはどこかの高校の野球部員?」
千歌「うん」 梨子「それならどこかで対戦することもあるかもね」
梨子「転校する予定の学校、この辺りだから」
千歌「そうなんだ、楽しみだね!」
千歌(浦の星だったら嬉しいけど、廃校の噂もある学校にはこないだろうしなぁ)
梨子「そういえば、千歌ちゃんのポジションはどこなの?」
千歌「え、えっと……」
千歌(よく考えたら決めてなかったような)
千歌(向いているところ――昔から曜ちゃんや果南ちゃんの投球練習に付き合うことはあったし) 千歌「たぶん、キャッチャーかな」
梨子「たぶん?」
千歌「実は本格的に野球を始めたのは最近なんだ」
千歌「だから、ちゃんとしたポジションは決まってなくて」
梨子「でもその割に上手よね」
千歌「ソフトボールの経験はあったからね」
千歌「野球も幼馴染に凄い上手な子がいて、時々練習に付き合ったりはしてたから」
梨子「なんか特殊な環境ね」
千歌「うん」 梨子「けどなんで今さら、本格的に始めようと思ったの?」
千歌「始めた理由はね、出会ったから」
千歌「キラキラと、輝いている人たちに」
梨子「輝いている人たち?」
千歌「梨子ちゃんも音ノ木坂出身なら知ってるでしょ、μ’s」
梨子「もちろん、伝説のOGだもん」
千歌「私は最近になってね、μ'sの存在を知ったの」
千歌「それで動画を観ている内に憧れて、こんな風に輝きたいと思って」 梨子「分かるよ、その気持ち」
梨子「私も千歌ちゃんと同じ、μ'sに憧れているから」
千歌「おぉ、仲間だね!」
梨子「千歌ちゃんはあれかな、穂乃果さんのファンでしょ」
千歌「な、なんで分かったの?」
梨子「うーん、雰囲気が少し似てたからかな」
千歌「雰囲気?」
梨子「はっきりとした根拠があるわけじゃないけどね」 千歌「それなら梨子ちゃんは誰が好きなの」
千歌「やっぱり穂乃果さんのファン?」
梨子「私は、西木野真姫さんかな」
千歌「あー、何かそれっぽい」
千歌「自分で天才とか言っちゃう辺りとか似てるもんね」
梨子「べ、別に自分で天才って言ってるわけじゃないわよ」
千歌「えへへ、分かってるよ」
梨子「もうっ。真姫さんは格好いいからファンが多いのよ」
梨子「同級生の音ノ木坂でエースの子も、真姫さんに憧れているぐらいだもん」 千歌「そうなんだ、凄いね」
千歌「でも私が好きかもって言ったのにもさ、ちゃんとした理由もあるんだよ」
梨子「そうなの?」
千歌「真姫さんがさ、イップスみたいな病気持ちだったって知ってる?」
梨子「ううん、初めて聞いた」
千歌「彼女もね、梨子ちゃんみたいに天才って呼ばれてた」
千歌「でも家が大きなお医者さんでしょ」
千歌「ご両親からはいつも、野球をやることを反対されていたの」
千歌「それが結構辛かったみたいで、精神的に追い詰められて」
千歌「中学三年生の頃、まともにボールが投げられなくなっちゃったんだって」
梨子「……私と似たような状態ね」 千歌「でも高校に入って、何かのきっかけで立ち直れたみたい」
梨子「きっかけ?」
千歌「えへへ、実はそこからはよく知らなくて」
千歌(この前ダイヤさんから教えてもらった話だからね)
千歌(詳しいこと、ちゃんと聞いておけばよかった)
梨子「それならなんでこの話を?」
千歌「えっとね、私が言いたいのは、きっとイップスは治る病気だってこと」
千歌「真姫さんだって、高校で復活できたんだから」
梨子「……」 千歌「真姫さんは治ったんだから、不治の病ってわけじゃない」
千歌「梨子ちゃんなら、また投げられるようになるよ!」
梨子「……変な人ね、千歌ちゃんって」
千歌「あはは、よく言われる」
梨子「でもありがとう、おかげで少し元気が出た」
千歌「力になれたなら良かったよ!」
梨子「――じゃあ私は行くわね、お父さんたちが待ってると思うから」
千歌「うん――あ、そうだ」
梨子「どうしたの?」
千歌「せっかくだし、サイン頂戴!」
梨子「……本当に、変な人」クスッ いったん休憩します
どんどん更新していくんで、よろしくお願いします 復活はいいけど最初からって大変だな
前スレの続きからでよかったんじゃないの? ―浦の星女学院・二年生教室―
曜「おはヨ―ソロー!」
千歌「おはよう!」
曜「おお、今日は元気だね」
千歌「昨日ちょっといいことがあってね」
曜「いいこと?」
千歌「実はね、音ノ木坂の子と出会ったんだ」 曜「東京の? そりゃまた珍しいね」
千歌「うん、それも野球部の子でね〜」
曜「へぇ、私も会ってみたかったな」
曜「音ノ木坂の野球部なら知り合いも何人かいるし」
千歌「あー、代表の子とかいそうだもんね」
千歌「あとね、さっきむっちゃん達に入部できないか聞いたの」
千歌「そしたら入るのは無理でも、試合の時に助っ人をしてくれるらしくてさ」
曜「本当!?」 よしみ「うん」
むつ「私ら、全然上手くはないけどさ」
いつき「2人共頑張ってるみたいだし、それぐらいは協力しようかなーって」
曜「3人とも、ありがとう!」
千歌「一応全員経験者みたいだよ」
曜「それは頼りになるね」
よしみ「あはは、期待はしないでよ」
むつ「本当に経験はある程度だからさ」 曜「これであと4人揃えば試合ができる!」
千歌「ふふふ、形になってきたね」
曜「この調子で部員集めを全速前進――」
ガラッ
教師「おーい、全員席につけー」
千歌「ありゃ、先生来ちゃったね」
曜「むぅ、いいところだったのに」 教師「今日は転校生を紹介するぞ〜」
ザワザワ
千歌「こんな時期に珍しいね」
千歌「曜ちゃん、何か聞いてる?」
曜「ううん、全然」
ガラッ
梨子「……」
千歌「あ、あの子は……」 教師「じゃあ、自己紹介して」
梨子「東京の音ノ木坂学院から転校してきた、桜内梨子です」
梨子「みなさんよろしくお願いします」ペコリ
千歌「梨子ちゃ――」
曜「梨子ちゃん!」
梨子「よ、曜ちゃん!?」
千歌「ふぇ」 ―放課後―
千歌「2人は知り合いだったの?」
曜「うん、中学の時に年代別代表の合宿で知り合ってね」
梨子「まさか曜ちゃんがいるなんて、ビックリしたよ」
曜「私の方こそ」
曜「最近は代表でも見かけなかったから、心配してたんだよ」
梨子「うん、ちょっと色々あってね」 千歌「梨子ちゃん、曜ちゃんと同じぐらい野球が上手だったんだね」
梨子「私と曜ちゃんだと格が違うわよ」
梨子「だって曜ちゃんは、世代を代表する選手だもの」
曜「えー、そんなことはないと思うけど」
梨子「でも驚いたわ」
梨子「千歌ちゃんの野球が上手な幼馴染って曜ちゃんのことだったのね」
千歌「あはは、まあね」
梨子「それなら経験が浅いのに上手なのも納得」 曜「梨子ちゃん、こっちではどこのチームに入るの?」
梨子「一応、この学校の野球部に入ろうと思ってるんだけど」
曜「マジで! じゃあ私たちとチームメイトじゃん!」
梨子「あれ、曜ちゃんってどこかのチームに所属してなかった?」
曜「そっちは最近部活に専念するために辞めたんだ」
梨子「……もしかして、浦の星って強豪校?」
千歌「ううん」
曜「まだ部員が2人で、正式な部にもなってないよ」
梨子「えっ」 曜「あれ、知らなかった?」
梨子「う、うん」
梨子「入学前に会った生徒会長さんからは、普通に野球部があるって聞いたんだけど……」
千歌(ダイヤさん、また無責任なことを……)
曜(しっかりしているようで抜けてるよね、あの人)
曜「まあその辺はおいおい考えるとして――」
曜「とりあえず今日から練習だよ!」
千歌「あっ、そうだよね!」
千歌「部員集めに必死で忘れてた!」 曜「梨子ちゃんも部に入るつもりだったなら練習着ぐらい持ってきてるでしょ」
梨子「う、うん」
曜「じゃあ早速行こう!」
曜「久しぶりに梨子ちゃんの球を打ってみたいし!」
梨子「え、えっ」
千歌「よーし、出発だ!」
曜「ヨ―ソロー!」
梨子「ま、待ってよ2人共〜」 ―グラウンド―
曜「さて、アップも終わったところで――早速勝負だよ、梨子ちゃん!」
千歌「いやいや、もっと基礎的な練習とかさ」
千歌「私たち、3人しかいないんだし」
曜「いいじゃん! せっかく初練習日なんだから楽しいことやりたい!」
千歌「気持ちは分からなくもないけど……」
千歌(そもそも、梨子ちゃんはイップスで投げられないんだよね) 曜「梨子ちゃんはピッチャーで、私がバッターね!」
梨子「う、うん、分かった」
曜「千歌ちゃんはキャッチャーよろしく!」
千歌「えっ、でも――」
梨子「私は大丈夫だよ、千歌ちゃん」
千歌「投げられるの?」
梨子「まあ、やってみる」
千歌「でも……」 梨子「何かね、身体が軽いの」
梨子「さっきのキャッチボールも問題なくできた」
梨子「千歌ちゃんに励ましてもらってから、投げられるようになった気がするの」
千歌「そうなの?」
梨子「うん、だからお願いね」
曜「一打席勝負ね!」
梨子「うん」
千歌「……」
千歌(梨子ちゃん、どんな球投げるんだろう) 梨子(緊張する)
梨子(でも懐かしいな、マウンドの感触)
梨子(やっぱりここに立つと、少し不安かも)
梨子(でもキャッチボールをした時、そして帰ってから軽く投げてみた時の感触)
梨子(大丈夫、私は投げられる)
曜「よーし、こい!」
梨子「――」ググッ
千歌(確かに、ぎこちないけど昨日よりは綺麗なフォーム)
梨子「えいっ」シュッ 千歌「わっ、本当にストライクが――」
曜「!」
カッキ――ン!
梨子「あー、これは……」
曜「よっしゃ、ホームラン!」
千歌「容赦なさすぎるよ!」
曜「えー、でも真剣勝負だし」
梨子「あはは、流石曜ちゃんだね」 曜「ところでさ、今のストレート?」
梨子「うん」
曜「梨子ちゃん、球遅くなったんじゃない」
曜「なんかフォームも変だし、怪我でもしてるの?」
梨子「ちょっと、色々あってね」
千歌「てか誰もいないのにあんなに飛ばして、ボールはどうするのさ」
曜「あー……取ってくる?」
千歌「どこへいったのか分からないよ〜」 おーい
千歌「ん、ボールが飛んでいった方から声が」
??「おーい」
曜「おっ、あの声は」
??「千歌、いくよ〜」
ヒューン
梨子「わっ、ボールが」パシッ ??「ごめーん、めっちゃ逸れたー」タッタッ
千歌「果南ちゃんは相変わらずノーコンだね〜」
果南「そこはもう病気みたいなもんだからさ」
曜「それにしても悪化してない?}
果南「それはほら、最近あんまり練習できてないからさ」
梨子「でもあんなところから、凄い肩……」
果南「捕ってくれて助かったよ、ありがとう」
梨子「い、いえ」
曜「珍しいね、学校に来てるなんて」 果南「ダイヤに野球部の備品を頼まれてさ」
曜「あー、それでもう道具があったんだね」
果南「2人が部を作ったなんて驚いたけど、うち的には助かったよ」
果南「こんな大型注文貰っちゃってさ〜、みんな大喜び」
千歌「部員も揃ってない部とは思えない部費の使い方だねぇ」
曜「これは個人的な協力の範囲なのかなぁ」
千歌「……都合の悪いことは考えないようにしよう」
果南「そっちの子はもしかして、新入部員?」
千歌「うん。桜内梨子ちゃん」
千歌「転校生で、凄い上手なんだよ!」 果南「それは期待できるじゃん、よろしくね!」ハグッ
梨子「え、ええ」
千歌「もう、初対面の子に抱き着いたら驚かれるよ」
曜「果南ちゃんのハグは挨拶みたいなもんだから、気にしないで」
梨子「う、うん」
果南「ヤバい、早く戻らないと時間無くなる――じゃあね!」タッタッ
千歌「バイバイ〜」
曜「またね〜」 梨子「……豪快な人だったね」
曜「梨子ちゃんとはだいぶ性格が違うよね」
千歌「でも良い人だよ、野球も大好きだし」
曜「昔はプレーもしてたよね」
千歌「最近は家の手伝いが忙しくてあんまりみたいだけど」
梨子「あの果南さんって人、上手なの?」
千歌「……まあ、実力はあるんだけど」
曜「上手かと言われると、微妙かも」 梨子「どういうこと?」
曜「いつかプレーを見ればわかるよ」
梨子「気になるわね……」
千歌「まあまあ、今は練習中だし」
曜「そうそう、じゃあ練習再開――あれ?」
千歌「どうしたの?」
曜「いや、今人影が見えたような……」
???「ピギッ」 ―公園―
ゲーム画面『祝・日本一!』
花丸「よしっ」
花丸(これで最高難易度、高卒ルーキー縛りのペナントも優勝)
花丸(いんたーねっと? の使い方がよく分からないから対人戦はほとんどできない)
花丸(だけどCPUにはもう負ける気がしないよ)
花丸(ふふっ、早くルビィちゃんに報告しないといけないずら〜) 花丸「ルビィちゃん、早くこないかなぁ」
花丸(マルは昔から、目立たない子だった)
花丸(みんなが遊んでいる中、いつも隅でゲームばかり)
花丸(その中でも野球ゲームが大好きで)
花丸(小学校に入った時からパ○ポケに夢中)
花丸(高学年になるとパ○プロやプロ○ピにも手を出して)
花丸(気づけば一人でゲームばかりしていた) 花丸(でもある日、運命的な出来事が起こった)
花丸(いつものように公園でゲームをしていたとき、出会ったんだ)
花丸(一人きりでレッスン本を見ながら練習をする女の子、ルビィちゃんと)
花丸(マルたちはすぐに意気投合した)
花丸(そしてそれ以来、放課後はいつも2人で集まって)
花丸(ルビィちゃんの練習を手伝ったり、一緒にゲームをしたりして過ごしている)
花丸(今日みたいに、野球を観に行くルビィちゃんと別行動をすることもあるけど――) ルビィ「花丸ちゃん!」
花丸「あ、ルビィちゃん」
ルビィ「やっぱり野球部できてた!」
花丸「部員集まってたの?」
ルビィ「ううん、見かけたのは3人だけ」
ルビィ「でもちゃんと、練習始めてたよ」
花丸「本当に作っちゃったんだ、凄いねぇ」
ルビィ「あぁ、これで母校の応援ができる〜」 花丸「応援?」
ルビィ「うん」
花丸「プレーじゃないの」
ルビィ「駄目かな?」
花丸「ううん、駄目じゃないよ」
花丸「でもルビィちゃんはやりたいんでしょ、野球」
ルビィ「そうだけど……」
ルビィ「ほら、ルビィはプレッシャーに弱すぎるし」
花丸「そうかもだけど」 ルビィ「それにね、お姉ちゃんに悪い気がして」
花丸「ダイヤさんに?」
ルビィ「お姉ちゃんが昔、野球をやっていたのは知ってるでしょ」
花丸「うん」
ルビィ「本当はね、今もやりたいはずなの」
ルビィ「それなのに、お母さんから禁止されちゃってる」
ルビィ「家を継ぐ長女がそんなことに現を抜かしてはいけないって」
花丸「でも、ルビィちゃんは禁止されてないよね」 ルビィ「駄目だよ」
ルビィ「お姉ちゃんができないのにルビィだけなんて、可哀想だもん」
花丸「ルビィちゃん……」
ルビィ「それにね、そんなに悪いことばかりじゃないんだよ」
ルビィ「ルビィはこうやって、花丸ちゃんと2人で野球をやっている時が一番楽しいから」
花丸「マルと?」
ルビィ「仲の良い親友と2人でキャッチボールして、ノックを受けて、バントの練習をして」
ルビィ「休憩時間になったら一緒にゲームで遊ぶ」
ルビィ「こんな楽しい時間、凄く貴重だって思わない?」
花丸「……うん、そうだね」 ルビィ「じゃあ早速練習始めようよ! 早くしないと日が暮れちゃう!」
花丸「うん!」
花丸(ルビィちゃん、やっぱり良い子)
花丸(それに、きっと現状に満足しているのは本当)
ルビィ「今日は何をする予定だっけ」
花丸「ノックで、その後にバントの練習だよ」
ルビィ「そうだったね」
ルビィ「じゃあお願いできるかな」
花丸「了解ずら!」 花丸「ルビィちゃん、いくよ〜」
ルビィ「はーい」
花丸「それっ」キン
ルビィ「ほっ」パシッ
花丸「ほい」キン
ルビィ「やっ」パシッ
花丸「あっ、ミスった」キーン
ルビィ「わっと」タタッ――パシッ
花丸「ナイスキャッチずら!」 花丸(マルは下手だから、変なところにノックをしちゃうこともある)
花丸(でもルビィちゃんはどこへ打っても、全部捕ってくれる)
花丸(守備や走塁だけ見れば、相当レベルは高いはず)
花丸(マルはプレイ経験がないから、贔屓目なのかもしれないけど)
ルビィ「もっと強くていいよ!」
花丸「分かった!」カキーン
ルビィ「うん、そんな感じ!」パシッ
花丸(だけどやっぱり、このままプレーできないなんて勿体ないよ)
花丸(このままじゃ駄目、なんとかしないと――) ―翌々日・浦の星女学院―
ルビィ「助っ人?」
花丸「うん」
花丸「千歌さんたちに聞いてみたらね、やっぱり試合に出れる人が足りないんだって」
ルビィ「うゅ、三人しかいなかったもんね」
花丸「だからね、お願いされたの」
花丸「野球経験のあるルビィちゃんに、試合だけでも出てくれないかって」 ルビィ「で、でも……」
花丸「やっぱり嫌?」
ルビィ「だ、だって、昨日も言ったけど――」
花丸「ダイヤさんにもね、お願いされたんだ」
花丸「母校のチームが試合もできないなんて嫌だから、協力してほしいって」
ルビィ「お姉ちゃんが……」
花丸「それにね、ルビィちゃんがいないと困る人がいて」
ルビィ「困る人?」 花丸「実はね、マルも助っ人として参加することになったんだ」
ルビィ「マルちゃんが!?」
花丸「うん」
ルビィ「な、なんで……」
花丸「前から実際のプレーにも興味はあったんだ」
花丸「それでやってみたかったから――じゃ駄目?」
ルビィ「駄目じゃないけど……」
花丸「でもね、1人だと心細いんだよ」 花丸「今日ね、早速練習に参加することになってるの」
花丸「最初に実力を図るために、プレーを見ておきたいんだって」
花丸「けどほら、マルは初心者でしょ」
花丸「一人だと寂しい――ルビィちゃんがいてくれると心強いんだよね」
ルビィ「マルちゃん……」
花丸「友達としてのお願い、駄目かな?」
ルビィ「……分かったよ」 花丸「ルビィちゃん!」
ルビィ「助っ人は分からないけど、今日練習だけでも出てみるよ」
花丸「ありがとう! 今度ちゃんとお礼はするから」ギュー
ルビィ「ま、マルちゃん、痛いよ」
花丸「ルビィちゃん大好きずら〜」
ルビィ「うゅ♪」
花丸(上手くいった!)
花丸(これであとは、ルビィちゃんを――) ―グラウンド―
千歌「やあやあ、よく来たね!」ガシッ
ルビィ「ピギッ」
曜「話は花丸ちゃんから聞いてるよ」
梨子「とっても上手なんだって」
ルビィ「そ、そんなことは……」
千歌「助かるよほんと。まさに期待の星!」
ルビィ「う、うぅ」 ルビィ「ま、マルちゃぁん」ヒシッ
花丸「よしよし、落ち着いて」
ルビィ「うぅ」
曜「ありゃ、後ろに隠れちゃった」
梨子「千歌ちゃん、ルビィちゃん怖がってるよ」
千歌「あはは、ごめん」
千歌「つい興奮しちゃって」
ルビィ「い、いえ、ルビィの方こそ……」 花丸「大丈夫」
ルビィ「うゅ……」
花丸「ルビィちゃん、がんばルビィだよ」
ルビィ「――う、うん!」
曜「もう大丈夫そう?」
ルビィ「はい!」
千歌「よーし、じゃあ練習開始だ!」 ―――
――
―
花丸「も、もう駄目ずらぁ……」
花丸(ランニングの時点で限界、運動不足にもほどがあるよ……)
花丸(これだったら、体力トレもルビィちゃんと一緒にやっておけばよかったかも……)
ルビィ「だ、大丈夫?」
花丸「大丈夫じゃ……ない……」 曜「あはは、最初はそんなもんだよね」
梨子「でもルビィちゃんは元気ね」
ルビィ「あっ、はい」
ルビィ「一応、体力トレーニングは毎日欠かさずやってるんで」
千歌「おぉ、偉いねぇ」
曜「でもこの後の練習どうする?」
曜「花丸ちゃんが回復するまで休憩にしようか?」
花丸「いえ、マルは気にせず続けてください」
花丸「動けるようになったら戻りますから」 千歌「分かったよ、じゃあ続けようか!」
曜「了解ヨ―ソロー!」
ルビィ「ま、マルちゃん」
花丸「どうしたの?」
ルビィ「ルビィだけだとちょっと……」
花丸「大丈夫だよ、ルビィちゃんなら」
ルビィ「でもぉ」
花丸「すぐに合流するから頑張って」
ルビィ「……うん」 曜「そういやルビィちゃん、ポジションはどこなの?」
ルビィ「え、えっと」
ルビィ(決まってないけど、ルビィの適性的には……)
ルビィ「たぶん、セカンドです」
曜「セカンド――私と二遊間だね!」
ルビィ「ピッ」
ルビィ(そっか、曜さんは内野もやるんだ)
ルビィ(……有名人と二遊間)
ルビィ(そんなの、絶対に目立っちゃうよ……) ルビィ「あ、あの、やっぱり――」
曜「よし、なら早速ノックしてみよう!」
ルビィ「ピッ」
曜「私が打つから、ルビィちゃんはセカンドに入って」
曜「返球はキャッチャーの千歌ちゃんにすればいいから」
梨子「私は後ろで逸れたボールを回収しておくね」
曜「ありがとう〜」
ルビィ「ぴぃ……」
花丸(どうしよう、ルビィちゃんだいぶきちゃってる……) ルビィ(うぅ、緊張する)
ルビィ(よく考えたらグラウンドで野球をするのは始めてだよぉ)
曜「じゃあ行くよ〜」
ルビィ「は、はい」
曜「それ」キン
ルビィ「あっ」ポロッ
曜「もう一丁!」キン
ルビィ「あぅ」ポロ ルビィ(駄目だ、緊張で身体が上手く動かない)
梨子「ルビィちゃん、落ち着いて!」
千歌「次は捕れるよ!」
ルビィ(……注目されてる)
曜「……」
ルビィ(曜さん、ガッカリした顔してる)
ルビィ(嫌だよ、ルビィを見ないでよぉ……) ―――
――
―
ルビィ「ハァ、ハァ」
花丸「ルビィちゃん……」
花丸(ここまでの数十球、ルビィちゃんは一球も捕れてない)
花丸(最初はグラブには当てられてはいたのに、今はかすりもしなくなって)
花丸(それどころか、動くことさえ……) 曜「どうしよう、もう止めた方がいいかな」
千歌「で、でも、流石にマズいよ」
千歌「一球も捕れないまま止めるはちょっと」
曜「……あの様子だと、いつまでたっても捕れないかもしれないよ」
曜「私はむしろ、ここで止めてあげた方がいいと思う」
曜「下手に続けても、ルビィちゃんは苦しむだけだよ」
千歌「そうだね、このままだと逆効果――」
花丸「ま、待ってください!」 千歌「!」
曜「花丸ちゃん、もう回復したの?」
花丸「はい」
花丸「あの、マルもノックを受けさせてください」
花丸「ルビィちゃんと一緒に、同じように」
曜「でも花丸ちゃん、初心者だったよね?」
花丸「だ、大丈夫です」
花丸「一応、ルビィちゃんと一緒に練習はしてましたから」
曜「いや、でも」 千歌「いいんじゃないかな」
曜「千歌ちゃん?」
千歌「本人がやりたいっていうんだから」
千歌「確かに危ないかもしれない」
千歌「どっちにしろ、試合になればボールは飛んでくるんだよ」
千歌「今のうちに練習しておいた方がいいよ」
曜「まあ、千歌ちゃんがそう言うなら」
花丸「ありがとうございます!」 ※
ルビィ(頭がグルグルして、前もよく見えない)
ルビィ(何度かボールもぶつかって、身体痛い)
ルビィ(……そういえば、ボールが来なくなったかも)
ルビィ(終わったのかな)
ルビィ(最後まで、一球もボールが捕れないまま)
ルビィ(……)
ルビィ(まあ、いっか)
ルビィ(やっぱりルビィには向いてなかったんだよ、野球は――) 花丸「ルビィちゃん!」
ルビィ「……マルちゃん、どうしたの?」
花丸「一緒にやろう!」
ルビィ「一緒に?」
花丸「ずら!」
ルビィ「でもマルちゃん、ノックは打ってくれるばかりで、受けたことなんてほとんど――」
花丸「ふふん、甘いよ」
花丸「これでもゲームではファインプレーを連続してるずら!」
ルビィ「……もぅ、ゲームと現実の世界は違うよ」 花丸「それでもイメージはできてるから!」
ルビィ「ふふっ、そっかぁ」
花丸「見ててね、マルの華麗な守備を」
ルビィ「うん!」
千歌(不思議)
千歌(二人で話している内に、ルビィちゃんの表情が和らいできた)
千歌(本当に仲良しなんだね、あの2人は)
曜「順番にいくよ!」
花丸「はい!」
曜「花丸ちゃん!」キン 花丸「わっと――あれ」
ドスッ
千歌「へっ」
梨子「あ……」
曜「あら?」
ルビィ「ピギィ!」
花丸「――――!」ジタバタ 梨子「顔面直撃、あれは痛そうね……」
千歌「よ、曜ちゃん、強く打ち過ぎだよ!」
曜「ご、ごめん、大丈夫?」
花丸「だ、大丈夫れす」
ルビィ「駄目だよぉ、ちゃんとボールを見なきゃ」
花丸「あはは、やっぱりゲームとは違うね」
ルビィ「マルちゃんは意外とやんちゃさんなんだから」
花丸「むぅ、いけると思ったんだけどなぁ」 曜「大丈夫そうなら――ルビィちゃんいくよ〜」
ルビィ「あ、はい!」
曜「それ!」カキーン
千歌「ちょっ」
曜「ヤバッ、強く――」
ルビィ「!」パシッ
曜「あれを捕った!?」 ルビィ「千歌さん!」シュ
千歌「えっ」
ドスッ
千歌「ぐぇ」
曜「ち、千歌ちゃん!?」
千歌「……しまった、ボーっとしてた」
ルビィ「だ、大丈夫ですか!?」
千歌「あはは、大丈夫大丈夫……」 千歌「それよりも――凄いよルビィちゃん!」
ルビィ「ふぇ?」
曜「そうだよ!」
曜「今の、私でも捕れるか微妙なボールだったのに!」
ルビィ「そ、そうですか?」
曜「今の感じで続けて――でも次は花丸ちゃんか」
花丸「あ、マルはぶつかったところが痛むんで、少し休んでもいいですか?」
曜「分かった――じゃあルビィちゃん、続けよう!」
ルビィ「はい!」 ―帰り道―
花丸「うぅ、体中が痛いずら……」
ルビィ「守備の後も、自打球当てたりしてたもんねぇ」
花丸「ふんわりとしたボールを打つのが、あんなにも難しいなんて」
ルビィ「公園じゃ打撃練習はできなかったから仕方ないよ」
花丸「でもその分、バントの練習はたくさんしてきたからそこは褒められたよね〜」
ルビィ「えへへ、ルビィも『バント職人』なんて言われちゃったし」 花丸「先輩たち、凄かったよね」
ルビィ「そうだよね!」
ルビィ「千歌さん、野球を始めたばかりなのに普通にプレーできてたし」
花丸「梨子さんも流石は元名門校って感じの華麗な動きだったずら〜」
ルビィ「何といっても曜さん!」
ルビィ「動き一つ一つが、まさにスターって感じだよねぇ」
花丸「だね、まるで別世界の人みたいだった」
ルビィ「どうやったらあんな風に動けるんだろうなぁ」 ルビィ「本当に凄かったなぁ、今日は」
花丸「2人じゃできない事もたくさんできたもんね」
ルビィ「うん!」
ルビィ「いつものマルちゃんとの野球も楽しい」
ルビィ「だけど、たくさんの人と一緒に練習するのも楽しいんだね」
花丸「うんうん」
花丸「だから、これからも――」
ダイヤ「2人とも、お疲れ様です」 ルビィ「!」ビクッ
花丸「……ダイヤさん」
ダイヤ「ルビィ、少しいいですか」
ルビィ「えっと、その」
花丸「……ルビィちゃん」
花丸「マルは待ってるから、行ってきなよ」
ルビィ「だけど……」
花丸「大丈夫だから、ね」
ルビィ「う、うん」 ダイヤ「練習、楽しかったですか」
ルビィ「……うん」
ダイヤ「そうでしょうね」
ダイヤ「二人であんなに楽しそうに話していたんですもの」
ルビィ「……」
ダイヤ「話は花丸さんから聞きました」
ルビィ「マルちゃんから?」
ダイヤ「私に気を遣って、野球をしてこなかったそうですね」
ルビィ「そんな、ことは」 ダイヤ「否定しなくても大丈夫で」
ダイヤ「私も、以前から知っていましたから」
ルビィ「えっ」
ダイヤ「貴女は自分よりも他人を優先することができる、とてもやさしい子」
ダイヤ「私に見つからないよう、陰に隠れて一生懸命努力してきましたよね」
ダイヤ「いつもは花丸さんと2人で練習し、1人でも素振りや体力トレーニングを欠かさない」
ダイヤ「貯めたお小遣いを使ってバッティングセンターに通う」
ダイヤ「参考にするために、色々な試合を観に行く」
ダイヤ「隠しているつもりかもしれませんが、全部知っていますよ」
ルビィ「お姉ちゃん……」 ダイヤ「ルビィは本当に野球をするのが大好きですね」
ダイヤ「自分の弱い心を技術と努力で補おうと頑張る」
ダイヤ「多くの人が嫌がるような基礎練習も、いつも楽しそうにおこなう」
ダイヤ「その姿をずっと陰で観てきました」
ダイヤ「そうしている内に、私も貴女のプレーに引き込まれるようになって」
ダイヤ「姉ではなく、一人の野球好きとして」
ダイヤ「贔屓目抜きに、ファンになってしまったのです」
ダイヤ「心から楽しんで野球をするルビィは、とても魅力的だもの」 ダイヤ「今日練習も、密かに見学していたんですよ」
ダイヤ「最初は緊張している、弱々しい、いつもの姿」
ダイヤ「でも緊張が解けると、生き生きと、宝石のように輝いていた」
ダイヤ「その姿に、思わず涙してしまいました」
ダイヤ「私は見たいのです」
ダイヤ「姉として、一人のファンとして、貴女が輝く姿を」
ダイヤ「だって素敵でしょう」
ダイヤ「大好きな妹が、私の大好きな舞台で躍動するなんて」
ルビィ「……」
ダイヤ「もちろん、強制ではありません」
ダイヤ「この後の選択はあなたの自由です」
ダイヤ「けれども、私の為に我慢する」
ダイヤ「そんな事だけは、絶対にしないで」 ―翌日・野球部部室―
ルビィ「これで――よし!」
『入部届:黒澤ルビィ』
ルビィ「よろしくお願いします!」
梨子「うん、よろしくね」
曜「初めての後輩ゲットだよ!」ギュー
ルビィ「うゅ、痛いですよぉ」 曜「嬉しいなぁ」
曜「練習の時から、ルビィちゃんと一緒に二遊間を組みたいって思ってたんだよね〜」
梨子「あら、投手はもういいの?」
曜「どっちもやるからいいの!」
梨子「ふふっ、相変わらず欲張りね」
曜「そりゃあ、千歌ちゃんとのバッテリーは外せないもんね!」
梨子「そうね――そういえば千歌ちゃんは?」
曜「あれ、確かにいないね」
ルビィ「……」 ―図書室―
花丸「無事、終わりましたね」
千歌「うん」
花丸「協力してくれて、ありがとうございます」
千歌「ううん。私の方こそ」
千歌「おかげで貴重な部員を確保できたんだから」 花丸「ルビィちゃんのこと、大事にしてあげてください」
千歌「うん、もちろんだよ」
花丸「マルも陰ながら、応援します――」
千歌「入るよね、花丸ちゃんも」
花丸「えっ」
千歌「花丸ちゃんも好きなんでしょ、野球」
花丸「そ、そんなことは」
千歌「あるよね」
花丸「……だってマル、運動神経ないし」 千歌「普通、出来ないよ」
千歌「好きじゃない人が、何時間も練習をするなんて」
花丸「それは、ルビィちゃんの為に」
千歌「それも本当なのは分かる」
千歌「花丸ちゃんがルビィちゃんの為に行動する姿は、散々見てきたから」
千歌「でもね、私は見てた」
千歌「ルビィちゃんの横で、花丸ちゃんも楽しそうにプレーする姿を」
花丸「それは、その……」 千歌「いいじゃん、好きなら始めちゃえば」
千歌「部員は足りないからね、どんな初心者でも大歓迎なんだよ」
千歌「それにきっと、花丸ちゃんが入ってくれた方がルビィちゃんも喜ぶと思う」
花丸「だけど、マルじゃ足を引っ張るだけなのは目に見えてる」
花丸「せっかく野球を始められたルビィちゃんも、マルに気を遣ったりしたら……」
千歌「……もう、じれったいなぁ」
千歌「じゃあ別の理由を作ろうか――」
千歌「ねっ、ルビィちゃん」
花丸「へっ」 ルビィ「えへへ、マルちゃん」
花丸「ルビィちゃん、なんで」
ルビィ「千歌さんに聞いたんだ」
ルビィ「花丸ちゃんが、影で動いてくれていたこと」
ルビィ「ありがとう、ルビィの為に色々」
花丸「ち、千歌さん、内緒だって約束が」
千歌「ごめんね、最初は私も内緒にしておくつもりだったんだ」
千歌「でも必要だと思ったから、今の花丸ちゃんには」 ルビィ「花丸ちゃん、言ってたよね」
ルビィ「ルビィが一緒に練習に参加する時、『お礼はする』って」
花丸「う、うん」
ルビィ「だからあの時のお礼に、ルビィのお願いをきいてほしいんだ」
花丸「……お願いって?」
ルビィ「ルビィ、花丸ちゃんと一緒に野球がやりたいの」
ルビィ「だから一緒に、野球部に入って」 花丸「ルビィちゃん……」
ルビィ「駄目、かな?」
花丸「……本気? 気をつかってるわけじゃなくて?」
ルビィ「本気だよ。ルビィは花丸ちゃんと一緒がいい」
花丸「……分かった、マルの負けだよ」
ルビィ「花丸ちゃん!」
花丸「ルビィちゃんのお願いを、無下にするわけにはいかないもんね」
ルビィ「えへへ、ありがとう」
花丸「……お礼を言うのは、マルの方だよ」 千歌「じゃあ、入部するってことでいいのかな」
花丸「はい」
花丸「改めて、よろしくお願いします」
千歌「うん、よろしくね!」
ルビィ「マルちゃん、一緒に頑張ろうね!」
花丸「うん!」
千歌「それじゃあ早速、練習へ行こうか!」
ルビまる「「はい!」」 ※
―沼津市内・某所―
善子「感じます」
善子「津島式修正法により、あなたの投球が進化するのを」
善子「自分でも理解できる筈です」
善子「貴女が投げるボールのキレが増していることを」
善子「野球界に降臨した堕天使ヨハネの魔眼は、全てのプレイヤーを高みへと導きます」
善子「すべてのリトルデーモンに授ける、津島式野球メソッド!」
善子「信じるのです、あのダル○ッシュも参考にした、堕天使の力を!」
注:勝手にDVDを送りつけただけです
善子「さすれば、あなたの道は開かれるでしょう――」
『放送は終了しました』 >>58
確かに多少面倒ではあります
ただ以前間を空けてしまったとき、それまでの書き方と内容を忘れて詰まってしまったので
今回は直したかった部分を修正しつつ、その辺りを思い出しながらやれるようにと最初から書くことにしました >>139
まあこっちとて復習になるのでそちらさえ良ければ
楽しみにしてるけど無理はせずにな ―浦の星女学院2年生教室―
千歌「うーん」
梨子「どうしたの、変な顔して」
千歌「部員の勧誘について、ちょっとね」
梨子「部員?」
梨子「5人揃ったから、正式な部にはなったよね」
千歌「そうなんだけど、まだ試合をするには一人足りないし」
梨子「確かにね」 千歌「それでね、実は勧誘しようと目をつけていた子がいるんだよ」
梨子「うん」
千歌「でも、いつまでたってもその子が見つからなくてさぁ」
梨子「どんな子なの?」
千歌「自己紹介で自分の野球理論を語りだすような子」
梨子「そ、それはなかなか強烈ね」
千歌「だけどそこまでするような子なら、即戦力になりそうでしょ」
千歌「今日もね、曜ちゃんが探しに行ってくれているんだけど、見つかるかなぁ」 ―バッティングセンター―
カァン
善子「違う」
カァン
善子「こうでもない」
カキーン!
善子「!」 善子「今のは良かったわ!」
善子「くっくっくっ、徐々に新しいスイングが見つかってきたわね――」
ドスッ
善子「ぼ、ボールが……痛ぃ……」
子供「パパ―、あそこに変なお姉ちゃんがいるー」
父親「しっ、絡まれると面倒だぞ」
子供「でも凄く綺麗だよ」
父親「あれは残念美人っていう、一番関わっちゃいけないタイプの人なんだ」 善子(学校をサボって、誰もいないバッティングセンターに来る)
善子(最初はドキドキしていたけど、すっかり馴染んできたわね)
善子(沼津寄りのここなら、浦の星の生徒が来ることもないし、安心してバッティングに集中できる)
善子(まさに私の為にあるような、理想的な環境――)
曜「ラッキー、人が全然いないじゃん」
善子(と思ったらうちの制服を着た人が)
善子(まあ制服的に上級生みたいだし、気にしなければ大丈夫でしょう)
善子(私の顔なんて知られてるわけないし) 曜(流石にバッセンに探しに来たは無理があるかな)
曜(でも探してくるとは言ったけど、結局見つからないしなぁ)
曜(そもそも学校に来ない子をノーヒントで探すのは無理があるような)
曜(千歌ちゃんの頼みだから、断らなかったけど)
曜(……)
曜(気分転換も必要だし、たまにはいいよねっ)
曜(とりあえず、140辺りで――) 善子(あ、あの人、140キロを打つ気なの?)
善子(そんなに球速が出る人はいないし、そもそも女の子が普通に打ち返せる球速じゃない)
善子(始めて見る顔だし、よく分かってない初心者なのかな)
善子(浦の星は野球部もないし、経験者じゃないわよね)
善子(教えてあげた方がいいのかな)
カーン! カーン!
善子「えっ」
善子(凄い、平然と打ち返してる) 曜「うーん、いまいちだなぁ」
善子(しかも恐ろしいこと呟いている)
善子(綺麗なスイング……もしかしてプロなのかな)
善子(だけど浦の星に居たら、流石に気づくような)
善子(でも女子プロ野球は詳しくないから、チェック漏れしててもおかしくないし)
カキーン!
善子(どちらにしろ、あれは参考になるわ!)
善子(もっと、もっと近くで観なきゃ) 花丸「――まずは打撃からだよね」
ルビィ「マルちゃんの場合、ほとんど打撃経験がないからね」
善子『ビクッ』
花丸「前の練習の時も恥ずかしかったずら……」
ルビィ「最初はみんなそうなんだから、大丈夫だよ」
花丸「でもちょっと緊張するかも」
ルビィ「ここなら遅い球から打てるから、慣れるにはちょうどいいよ」
花丸「でも最初は、ルビィちゃんにお手本を見せてほしいずら〜」
ルビィ「えぇ、恥ずかしいよぉ」 善子「あの2人、クラスメイトの……」
善子(何でこんなところにいるの)
善子(全然野球をやるようなタイプには見えないのに)
善子(もしかして最近、世間では野球ブームとか?)
カキーン!
曜「よし、最後はいい感じで――」
花丸「あれ、曜ちゃん?」 曜「げっ、花丸ちゃん」
ルビィ「何をしてるんですか?」
曜「えっと、バッティング?」
花丸「あれ、でも今日は新入部員を探しに行くって」
ルビィ「もしかして、サボり?」
曜「え、いや、その――」
善子(何か話してるわね、知り合いなのかしら……)
曜「!」
善子(ヤバっ、目が合った) 曜「……」
善子(な、なに、こっちに向かってくる)
善子(もしかして、凝視してたのがばれたとか)
善子(ど、どうしよう、絡まれる前に逃げなきゃ――)
曜「この子だよ」
善子「はっ?」
曜「この子をスカウトしに来たんだよ!」
善子「はい!?」 ―浦の星女学院・野球部部室―
千歌「ってことは、あなたが例の!」
曜「そう、自己紹介で野球について語りだした子!」
千歌「凄いよ曜ちゃん! 本当に見つけてくるなんて!」
曜「えへへ」
千歌「これはまさに奇跡だよ〜」
ルビィ「うゅ!」
花丸(たまたまだと思うけど、ツッコまない方がよさそうな感じずら) 善子「なによ、いきなり連れてきて」
梨子「曜ちゃん、説明してなかったの?」
曜「あー、勢いで引っ張ってきたからさ」
梨子「えっと、私たちは野球部なんだけど」
善子「野球部?」
善子「この学校にはなかったはずよね」
曜「最近できたんだよ」
曜「正式な部になったのもほんの数日前だし」
善子「へぇ」 千歌「というわけで津島善子ちゃん!」
善子「ヨハネよ!」
曜「はい?」
善子「あ、いや、何でもないわ」
ルビィ「ヨハネって?」
善子「何でもないわよ!」
千歌「ともかく――野球部にようこそ!」
善子「いや、私は入らないわよ」
千歌「えー、なんでー」 善子「だって野球部に入ったら学校へ来なきゃいけないじゃない」
千歌「確かにそうだね」
善子「それは嫌よ」
善子「自己紹介の所為で、クラスでは絶対ヤバい奴だと思われてるし」
ルビィ「そんなことないと思うけど」
花丸「みんな心配はしてるけど、ヤバいなんて言ってる人はいないよ」
善子「そうなの?」
ルビィ「うん」 花丸「そもそもそこまで自分が注目されていると考えてる辺り、自意識過剰ずら」
善子「うぐっ」
千歌「うわぁ、きつい」ヒソヒソ
梨子「花丸ちゃん、結構毒舌キャラよね」ヒソヒソ
千歌「一応善子ちゃんとは、幼馴染らしいから」ヒソヒソ
曜「でもさ、野球部に入れば、みんな自己紹介の件を好意的に受け取ってくれるんじゃないかな」
曜「よっぽど野球に熱心な子だと思ってさ」
善子「言われてみると……」
曜「しかも今なら部員も5人しかいないから、レギュラー確定だよ〜」
善子「れ、レギュラー……」 善子(試合に出れる、選手にとって魅力的な話)
善子(野球はプレーしてこそだもの)
善子(でもやっぱり、学校へ行くのは気まずいし……)
千歌「どうする、善子ちゃん」
善子「さすがにそんな簡単に決められないわよ」
千歌「じゃあ練習に出てみるのはどう?」
善子「練習に?」
千歌「今から軽く練習する予定だったからさ」
千歌「それに参加して、考えてみればいいんじゃない」 ―グラウンド―
善子「新しい野球部にしては、ずいぶん立派なグラウンドね」
曜「何か学校側が協力的でさ」
千歌「ちょうど空いていた土地みたいだけどね」
曜「とりあえずキャッチボールでもしようか」
千歌「善子ちゃんは梨子ちゃんと組んでね」
梨子「よろしくね、善子ちゃん」
善子「ええ」 善子(キャッチボール、久しぶりかも)
善子(変に緊張するわね)
善子「じゃあ、行くわよ」シュッ
善子(しまった、悪送球――)
梨子「よっと」パシッ
善子「あっ、ナイス」
善子(上手いわね、この人)
梨子「それっ」シュッ 善子「んっ」パシッ
善子(今のは……)
梨子「善子ちゃん?」
善子「ねえ、少しいいかしら」
梨子「どうしたの」
善子「梨子さん、投げる動作になると妙にぎこちなくなるわね」
善子「捕球動作とのギャップが凄いんだけど」
梨子「あ、よくわかったね」 千歌「梨子ちゃんね、イップスなんだよ」
善子「イップス……」
梨子「これでも良くはなったんだけど、まだ完璧じゃなくて」
善子(イップス、か)
善子「くっくっくっ」
梨子「よ、善子ちゃん?」
梨子(この子、少し変な部分があるわね)
善子「ねえ梨子さん」
善子「私、イップスに利く良い方法を知ってるんだけど、興味ない?」 梨子「!」
善子「知りたくないなら、別に構わないけど」
梨子「……本当なら、もちろん知りたいかも」
善子「いいわよ、教えてあげましょう」
曜「ねえ、どうしたの?」
ルビィ「何かあったんですか?」
梨子「善子ちゃんが、イップスに利く方法を知ってるらしくて」
千歌「本当!?」 善子「ええ、もちろんよ」
千歌「なになに、どんな方法?」
善子「落ち着きなさい」
善子「少し準備が必要だから」
梨子「準備?」
善子「それはね」ゴソゴソ
『津島式野球メソッド』
善子「これよ!」
千歌「な、なに、その真っ黒な仰々しい本は」 善子「私の野球に関する理論が全て詰まった魔本よ!」
千歌「は、はぁ」
善子「さて、症例に照らし合わせると、あなたに必要なのは――催眠術!」
梨子「さ、催眠術?」
曜「それって、5円玉を揺らすあれ?」
善子「違うわよ、もっと本格的なもの」
花丸「怪しさ満点ずら……」
善子「うっさいわね」
ルビィ「それ、効果あるの?」
善子「あるわよ、騙されたと思って受けてみなさい」 梨子「……うん、薬とかじゃないものね」
善子「物分かりが良いじゃない」
梨子「それで、催眠術っていうのはどこでやればいいの?」
善子「そうね……とりあえず一度部室に戻りましょう」
千歌「私たちはどうすればいい?」
善子「練習を続けてていいわよ」
善子「順調にすすめば、そんなに時間かからないから」
千歌「分かった〜」 ―部室―
善子「さて、そこの椅子に座って」
梨子「う、うん」
善子「それでこのボールを持って」
梨子「どっちの手で?」
善子「梨子さん、元から右利きよね」
梨子「そうだね」
善子「じゃあ右手で」 梨子「握りは?」
善子「自分が野球を始めたばかりの頃にしていた握り方でいいわよ」
梨子「何か意味があるの?」
善子「話してしまうと意味がなくなるから、後でね」
善子「とりあえず目をつぶってくれる?」
善子「始める前に、電気を消したいから」
梨子「うん」 善子「まずは深呼吸をしてくれるかしら」
梨子「す――は――」
善子「いい感じね」
善子「それじゃあ最初に――自分が野球を始めたばかりの頃を思い出して」
梨子「野球を?」
善子「鮮明に思い出す必要はないわ、アバウトでいいの」
善子「誰にでも最初、何も知らずにボールを握ってた時期があるでしょ」
善子「ただ投げて、捕って、そんな頃のこと」
善子「昔の自分をよみがえらせるの」
梨子「昔の、私」 ―――
――
―
千歌「梨子ちゃん、大丈夫かな」
花丸「流石に2人きりはマズかったんじゃ……」
ルビィ「うゅ……」
曜「今さら気にしても仕方ないし――あ、戻ってきたんじゃない」 善子「ふっ、魔界から帰還してきたわ」
梨子「ただいま」
花丸「梨子さん、大丈夫?」
梨子「ええ」
曜「効果はありそうかな」
梨子「どうだろう、とりあえず投げてみないと」
曜「じゃあちゃちゃっとアップ済ませて、一度投げてみようか」
梨子「うん」 ―――
――
―
梨子(マウンドの感触、不思議と前よりも馴染んでるように感じる)
梨子(これはひょっとして、本当に)
千歌「梨子ちゃん、無理なくね」
梨子「うん」
曜「実際、催眠術って効果あるの?」
善子「人によるわね」
善子「でも梨子さんみたいなタイプには、きっと効果があるはずよ」 曜「梨子ちゃんみたいなタイプ?」
善子「たぶんあの人は、影響を受けやすい人だから」
梨子(善子ちゃんの催眠術を受けた後、不思議と身体が軽い)
梨子(まるで昔の私に戻ったみたいな感覚)ググッ
千歌(投球動作が、前よりもスムーズになって――)
シュッ
千歌「!」バシッ
梨子「あっ……」
千歌「本当に、投げられるようになってる」 曜「凄い」
曜「あれは昔見た、梨子ちゃん本来の球に近いよ」
梨子「ち、千歌ちゃん、もう一球」
千歌「う、うん」
シュッ――バシッ
梨子「投げられる」
梨子「私、普通に投げられる!」
千歌「梨子ちゃん!」 善子「ふっ、これぞ津島式野球メソッドの力」
曜「す、凄いよ、善子ちゃん!」
ルビィ「うゅ!」
花丸「見直したずら!」
曜「ねえねえ、私にも何か教えて!」
善子「じゃあ津島式スイング理論を……」
曜「おぉ、逆方向に前より鋭い打球が打てるようになった!」
千歌「凄い、凄いよ、善子ちゃん!」 善子「ざっとこんなものよ」
千歌「私にも教えて!」
花丸「マルにも!」
善子「任せなさい!」
ルビィ「うゅ……」
花丸「ルビィちゃんはいいの?」
ルビィ「ルビィは、自分のやり方を崩したくないから」
善子「くっくっく、そんなことを言っていると、あとで後悔するわよ」 ―――
――
―
千歌「心なしか前より打てなくなった……」 ボコッ
花丸「マルも全然変わらないずら……」 スカッ
善子「あれ?」
曜「うーん、上手くいく人といかない人がいるのかな」
花丸「むぅ、やっぱり善子ちゃんの理論は欠陥品ずら」
善子「う、うるさいわね!」
善子「完璧じゃないのは仕方ないじゃない!」 善子「充分でしょ、イップス治したんだから」
梨子「そうよ、人それぞれ理論が合う合わないはあるんだから、仕方ないわ」
花丸「それはそうだけど〜」
曜「でも野球に関する知識をこんなに持ってるなんて凄いね」
善子「そう?」
曜「うん」
曜「ここまで野球に詳しい同年代の人なんて、他に数人しか知らないよ」 千歌「善子ちゃん、中学はどこのチームでプレーしてたの?」
千歌「ここまで詳しいなら、結構凄いところに――」
善子「どこにも所属してないわよ」
千歌「へっ」
善子「どこへいっても上手くいかなかったのよ、私は」
千歌「な、なんで?」
善子「色々あったのよ、色々」
千歌「色々……」 善子「……ごめん」
善子「悪いけど私、帰るわね」
千歌「よ、善子ちゃん?」
善子「気にしないで」
善子「久しぶりに人と話したら、ちょっと疲れちゃっただけ」
千歌「そう……」
花丸「ねえ、野球部には入るの」
善子「うーん、どうしようかな」
千歌「私は、善子ちゃんに入ってもらいたいよ」
梨子「私も大歓迎、イップスを治してくれた恩人だもの」 善子「……ありがとう、今日は楽しかったわ」
花丸「善子ちゃん……」
善子「……また学校に来ることがあったら会いましょう」
タッタッ
千歌「……無神経なこと言っちゃったかな、私」
花丸「千歌ちゃんの所為じゃないよ」
花丸「マルも厳しい言葉が多かったし……」
梨子「駄目よ、自分を責めたら」
ルビィ「そうだよ、いまのは不可抗力だもん」
千歌「そうかも、しれないけど」
「「「「……」」」」
曜(ふむ……) ―バス車内―
善子「はぁ……」
善子(どうして、あんな出て行き方しちゃったんだろう)
善子(みんな私を受け入れてくれて、楽しく野球をしていたのに)
善子(千歌さんだって悪気があって言ったわけじゃない)
善子(それなのに私はついキツイ返答をして)
善子(しかもパニックになって逃げだしてきて……) 善子「はぁぁぁ」
曜「リストラされた中年サラリーマンみたいなため息だね、若者よ」
善子「うわっ!」
曜「同じ方面だったんだね、ちょうどよかったよ」
善子「い、いつの間に乗ってたの?」
曜「善子ちゃんが帰った後、全力で走って先回りしたのさ」
善子「なによそれ……」
善子(バッセンといい、本当に滅茶苦茶だわ、この人……) 善子「それで、何の用なの?」
曜「よう? 曜は私だよ!」
善子「そうじゃなくて……」
曜「あはは、分かってるよ」
善子「ふざけないでよ、もう」
曜「ごめんごめん」
曜「でもこうした方が、少しは元気になるかなぁと」
善子「……悪いわね、わざわざ」 曜「みんな心配してたよ」
善子「そうよね、あんな出て行き方をしたら」
曜「昔の話に突っ込まれたのが嫌だったの?」
善子「ハッキリ聞くわね、あなた」
曜「その方がいいかな〜と」
曜「私で良ければ話を聴くよ」
曜「もちろん、誰かにいいふらしたりもしないし」
善子(……本当に不思議な人)
善子「……少しだけ、昔話をしてもいいかしら」
曜「うん」 善子「私のお母さんね、昔からずっと野球のコーチを務めるような人なの」
善子「だから小さい頃から、常に野球が身近にある環境」
善子「そんな中で育ったせいか、昔から野球が大好き」
善子「どんな時でも、ずっと野球のことばかり考えて」
善子「実際センスはあったし、始めた時期も早かったから、最初にチームに入った時はもてはやされたわ」
善子「天才、流石はお母さんの娘だって」
善子「でも、良かったのはそこまで」
善子「私はとてもこだわりが強い人間でしょ」
善子「だから自分の考え方を譲れなかった」 善子「中途半端に知識があったせいで、色んな動作が我流で」
善子「ちゃんと教わってなかったから、普通とは全然違う動きをしていた」
善子「当然、コーチはそれを正そうとする」
善子「でも私は指導を拒否した」
善子「その上で自分自身で研究を重ねるの」
善子「どうすれば自分のやり方で上手なプレーができるかを、ひたすら探求して」
善子「それで結果的に理想の形を作り出しても、大人たちはそれを否定する」
善子「私はさらに意地になって――そんな繰り返し」 善子「結局、監督やコーチと不仲になって、チームメイトからも孤立して」
善子「実力的には一番上でも、試合では使ってもらえなくて」
善子「たまに試合に出れても、謎の不運が私に付き纏う」
善子「打席に立てば、なぜかデッドボールを当てられてばかり」
善子「守備では、打球が不自然なイレギュラーを繰り返す」
善子「いくら努力しても、周りはそれを認めてくれない」
善子「結果で見返そうとしても、不運に阻まれる」
善子「そんなことを繰り返して、色々な場所を転々としている内に、私が入れるチームは一つも無くなっていたの」 曜「……なるほどね」
善子「どう、馬鹿みたいな話でしょ」
曜「傍からみれば、そうかもね」
善子「別に理解してほしいわけじゃない」
善子「きっと分からない感覚でしょうから」
善子「貴女みたいな、輝いている人には」
曜「そんなことないよ」
善子「へっ?」 曜「私もさ、そんなに協調性があるほうじゃないんだよね」
曜「止められても勝手に練習始めるし、必要ないことだと思ったら積極的にやらないし」
曜「色んなところが結構自己流で」
曜「自分のやりたいようにやって、勝手に突っ走ってさ」
曜「前に教わっていたコーチにもよく皮肉言われたものだよ」
曜「『あなたは個人競技の方が向いてるんじゃないの』なんて」
善子「意外ね、協調性高そうなのに」
曜「野球は別なんだ」 曜「自分の感覚に従って努力していけば、上手くなると信じてる」
曜「実際それで、日本代表候補までは登りつめた」
曜「そしてこれからも成長して、一番上手い選手になるの」
曜「誰に負けない、世界一の選手に」
善子「世界一の選手……」
曜「善子ちゃんはさ、上手くなりたい?」
善子「もちろんよ」
曜「だろうね」
曜「私と善子ちゃん、考え方がどこか似てるもの」
曜「きっと普通に野球ができていたら、いい選手になっていたと思うよ」
善子「……何が言いたいの」 曜「善子ちゃんと私は違うってこと」
曜「私はトラブルはあっても、最終的にチームで受け入れられてきた」
曜「今まで追い出されるように辞めたことは、一度もないよ」
善子「なんで?」
曜「他の子に比べて、圧倒的に実力があったから」
曜「人に比べて集中力が持続しない方だから、変なエラーとかはよくする」
曜「監督やコーチ、チームメイトとも揉めたことも当然ある」
曜「でも実力があったから、使ってもらえた」
曜「周囲から受け入れてもらえた」 善子「それ、私には実力がないという皮肉かしら」
曜「そんなことはないよ」
曜「そこまで多くのプレーを見たわけじゃないけど、善子ちゃんには十分実力が備わっていると思う」
曜「野球が好きで、頭もいい」
曜「努力を大きく昇華させられるだけの才能もある」
曜「不運っていう問題もあるなら、私よりも大変だろうけど」
善子「それなら、なんで」 曜「君の一番の問題はね、チームを変え続けること」
曜「すぐに辞めちゃうその癖が、良くないんだよ」
善子「……仕方ないでしょ、居辛くなったら、まともに練習だって――」
曜「私だって最初はそうだったよ」
曜「主張が強いから、みんなが私を非難した」
曜「軽いいじめみたいなことをされた経験もある」
曜「でもそこで我慢したの」
曜「すぐに逃げることなく耐えて、1人でも必死に練習した」
曜「そして実力をつけて、みんなから肯定されて、認められるようになった」 曜「善子ちゃんも、きっとそれができる」
曜「だからね、今回は辞めないでほしい」
曜「ひきこもり、最初の悪印象、学校内での人間関係、きっと大変なことだらけ」
曜「でもそこで頑張って、耐えてほしいんだ」
曜「そうすれば善子ちゃんは、自分の欲しかった物を手に入れられるから」
曜「花丸ちゃんとルビィちゃんは優しい子たちだから、普段から助けてくれる」
曜「もちろん、千歌ちゃんと梨子ちゃんもそう」
曜「私だって、協力できることは何でもしてあげる」
曜「これでも運はいい方だから、一緒にいれば不運も吹き飛ばしちゃうよ!」
善子「曜さん……」 曜「だからさ、野球部に入ってよ」
曜「絶対に、みんな歓迎するから」
善子「……ねえ、なんで出会ったばかりの私にそこまでしてくれるの」
曜「正直に言っちゃえばね、部員が欲しいっていうのはあるかな」
善子「まだ5人しかいないなら、そうでしょうね」
曜「でも一番の理由は、善子ちゃんと一緒に野球がやりたいから」
曜「初めてなんだよ、こんなに面白そうな選手に出会ったの」
曜「その上野球理論も合うし、相性も良さそうだしさ」 善子「――分かった」
善子「入るわよ、野球部に」
曜「善子ちゃん!」
善子「勘違いしないで、私は最初から入るつもりだったのよ」
善子「貴女がおせっかいを焼かなくても、最初から」
曜「ふふっ、余計な事しちゃったかな」
善子「グラウンドに降臨する堕天使、ヨハネ様を舐めないことね」
善子「そんなにやわなメンタルはしてないわよ」 『次は○○〜』
曜「あ、私ここで降りなきゃ!」
善子「あら、そうなの」
曜「じゃあまたね、善子ちゃん」
善子「ええ」
善子「ねえ、曜さん」
曜「なに?」
善子「……ありがとう」
曜「――うん!」 佳き
続き読みたかったんだよ
マイペースで頑張って ―生徒会室―
ダイヤ「千歌さん、あなたは素晴らしいですわ」
ダイヤ「こんな短期間で、部員を集めきってしまうなんて」
千歌「えへへ、それほどでも――あるかな」
梨子「こら、調子に乗らないの」
曜「まあいいじゃん、実際上手くやったんだし」 ダイヤ「そうですよ」
ダイヤ「助っ人も含めれば九人、試合が可能な人数を揃えたのですから」
ダイヤ「正直あまり期待してなかったんですよ、部員集めは」
ダイヤ「今だから言えることですが」
曜「その割に、諸々の環境を整えるの早かったですよね」
ダイヤ「いざとなれば、私が部員を用意するつもりでしたから」
千歌「えっ、ダイヤさんに当てがあったんですか」
ダイヤ「2人ほどですがね」 千歌「それなら最初からお願いすればよかったかも……」
ダイヤ「気にしてはいけませんよ」
ダイヤ「結果的に質の高い部員が集まったのですから」
梨子「質の高い、部員――」
ルビィ「ノック行くよ」カーン
善子「ちょ、どこに打ってるの――ってまたイレギュラー!?」
ドスッ
花丸「また善子ちゃんにボールがぶつかってるずら〜」
善子「私の所為じゃないわよ!」 善子「少なくとも、あんたには言われたくないんだけど」
善子「さっきから自分へのボールを私に処理させてるじゃない」
花丸「……マルは初心者だから仕方ないんだよ」
善子「言い訳するな!」
ルビィ「け、喧嘩しないでよぉ」
ダイヤ「……」
曜「あ、あはは」
千歌「さ、最初はあんなものだよ。みんな一年生なんだし」
梨子「そ、そうね」 ダイヤ「……気を取り直して」
ダイヤ「ここからが本題なのですが」
千歌「あ、はい」
ダイヤ「早速練習試合を組んでおきました」
曜「おぉ、流石ダイヤさん」
梨子「早いですね」
千歌「相手はどんな高校なんですか?」
ダイヤ「全国大会に出場したこともある、沼津の高校です」 梨子「それ、大丈夫なんですか」
梨子「あまり実力差があると、試合にならないような」
ダイヤ「確かにそれなりの相手ではあります」
ダイヤ「ただ近年は低迷しており、静岡自体が女子野球が強い地域ではないので、十分戦えるレベルのはずです」
千歌「うん、私たちには曜ちゃんと梨子ちゃんが居るもんね」
ダイヤ「それに練習試合は負けてもいいのですよ」
ダイヤ「負けは負けで、とてもいい経験になります」
ダイヤ「それに皆さんはまだ二年生、他の部員も一年生です」」
ダイヤ「今年一年じっくりと練習して、来年に賭けるぐらいの余裕を持ちましょう」 千歌「えー、でも負けたくないよ」
曜「そうだよ」
曜「今年からいきなり全国優勝ぐらいの意気込みじゃないと!」
梨子「ゆ、優勝は流石に」
千歌「そ、そうだね、ちょっと現実的じゃないような」
曜「駄目だよ二人とも、そんな弱気じゃ」
曜「私はどんな相手でも、絶対に勝つつもりなんだから」
千歌「そ、そうだよね!」
ダイヤ「ふふっ、その意気で頑張ってください」 ―部室―
千歌「というわけで、練習試合をすることになりました〜」
ルビィ「し、試合……」バタン
花丸「あ、ルビィちゃんが緊張のあまり気絶しちゃったずら」
善子「本当にメンタル弱いわね、この子……」
ルビィ「ぴぃ……」 曜「気合入るよね、私たちの初試合!」
善子「確かに」
善子「なにより、この堕天使ヨハネのデビュー戦だもの!」
曜「ねえ、時々入るその堕天使って何なの?」
善子「真顔で聞かないで、回答に困るから」
千歌「でも試合前に色々と決めなきゃいけないね」
曜「例えば?」
千歌「えーと、打順とか?」
曜「あー」 梨子「そういえば、みんなのポジションは決まってる?」
千歌「あ、忘れてた!」
梨子「忘れないで……」
善子「一番肝心な部分の一つよ……」
千歌「じゃあそれぞれ、希望ポジションを出していこう」
梨子「それでいいの?」
千歌「明確に決まっている人も少ないしね」
千歌「被ったら話し合って決めればいいかな」 曜「私は当然ピッチャーとショートで!」
梨子「投手は私と曜ちゃんの二人制だね」
梨子「投げない時、私はレフトかライトかな」
花丸「じゃあマルは残った方の外野?」
千歌「ううん、花丸ちゃんはファースト」
千歌「内野の動きの知識はあるし、送球の捕球はできるから」
花丸「でもそれ以外は自信ないずら……」
曜「そこはほら、セカンドのルビィちゃんがフォローしてくれるからさ!」
ルビィ「う、うん」
千歌(そもそも、花丸ちゃんの傍からルビィちゃんを離すと色々心配なんだよね……) 曜「それで、当然キャッチャーは――」
善子「私ね!」
千歌「ふぇ」
梨子「へっ」
花丸「ずら?」
ルビィ「ピギィ!」
曜「はっ?」
善子「ひっ」 梨子「よ、曜ちゃん、善子ちゃん怖がってる」
曜「いやいや、どう考えてもキャッチャーは千歌ちゃんでしょ」
善子「い、いいじゃない」
善子「私だって津島式配球理論が通用するか試したいのよ」
善子(曜さんとバッテリーを組んでもみたいし)
曜「むぅ、じゃあ私の球を捕れたら考えるよ」
善子「捕るだけ? そんなの余裕よ」
曜「ほー、言ったな。早速グラウンドへ行こうか」 ―グラウンド―
梨子「善子ちゃん、大丈夫かな?」
千歌「捕るだけなら、善子ちゃんにはそう難しくない、はず?」
梨子「でもいいの、簡単にポジション譲っちゃって」
千歌「大丈夫だよ」
千歌「そもそも曜ちゃん、『考える』としか言ってないから」
梨子「あ、言われてみれば」
曜「さー、行くよ」
善子「ふっ、いつでも来なさい」 曜「喰らえよーしこー!」シュッ
善子「へっ、はやっ」
ドカッ
曜「うわっ」
善子「だ、堕天……」バタン
ルビィ「よ、善子ちゃん!?」
千歌「あ、あれは痛い……」
花丸「自業自得ずら」
梨子(そういえば善子ちゃん、曜ちゃんが投げるのを見るの初めてだったかも)
梨子(予測できてないと、あの浮き上がるようなストレートを捕るのは難しいわね……) 曜「ご、ごめん」
曜「本当に当てる気はなかったんだけど」
善子「……怖かった」ヒシッ
曜「ちょ、善子ちゃん」
善子「グスッ」
花丸「善子ちゃん、幼児化してるずら」
ルビィ「不謹慎だけど、ちょっと可愛いかも」
梨子「確かにね」 ―――
――
―
曜「というわけで、キャッチャーは千歌ちゃんになりました」
全員「わ〜」
千歌「善子ちゃんはセンターね」
善子「なるほど、この天才には中心こそが相応しいと――」
曜「外野だったらイレギュラーしても防ぎやすいからだよ」
花丸「やっぱり自意識過剰ずら」
善子「分かってるわよ! 最後まで言わせないさいよ!」
ルビィ「あはは」 千歌「よーし、ポジションはこれで決まり」
千歌「あとは帰ってゆっくりと――」
ブンッ
千歌「あれ、素振りの音?」
曜「でも全員いるよね」
千歌「じゃあ誰が?」
梨子「もしかして、まだ他に野球をする人が?」
曜「行ってみよう!」 ダイヤ「……」ブンッ
梨子「えっ、あれって……」
千歌「ダイヤさん?」
ダイヤ「……」ブンッ
善子「綺麗なスイング……」
曜「ダイヤさん、もしかして野球上手なのかな」
千歌「かも、ね」
梨子「家庭の事情でプレー出来ないんでしょ?」
千歌「でも、お願いすれば助っ人ぐらいなら――」 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:1341adc37120578f18dba9451e6c8c3b) ルビィ「駄目っ!」
千歌「ルビィちゃん?」
ルビィ「ごめんなさい、それだけは……」
千歌「な、なんで?」
ルビィ「その、理由は……」
千歌「あ、いや、別に無理に話さなくてもいいよ」
ルビィ「すみません……」
全員「…………」 ダイヤ「あら皆さん、どうされたのですか」
千歌「ダ、ダイヤさん」
ダイヤ「もしかして、見られてしまいました?」
千歌「えっと、その……」
ダイヤ「いいのですよ、気にしなくても」
ダイヤ「なんてことない、ただの遊びですから」
曜「遊び?」
ダイヤ「昨日、プロ野球を観ていたら素晴らしいプレーを目にしまして」
ダイヤ「あるでしょう、その後に無性にバットを振りたくなることが」 千歌「でも――」
善子「あー、分かるわ」
善子「私も時々やるもの」
梨子「そ、そうよね」
千歌「ちょっと、善子ちゃん」ヒソヒソ
善子「空気読みなさいよ」ヒソヒソ
梨子「気になるのは分かるけど、ルビィちゃんの為にも、ね」ヒソヒソ
千歌「うん、そうだね……」ヒソヒソ ダイヤ「なにか?」
千歌「い、いえ、大丈夫です」
ダイヤ「そうですか、ならいいのですが」
ダイヤ「私はそろそろ帰ります。皆さんも気をつけて帰ってくださいね」
千歌「は、はい」
千歌(ルビィちゃんの反応的にも、興味本位で聞いていい話じゃないのかもしれない)
千歌(凄く気になるけど、仕方ないよね)
千歌(それよりも今は、試合に向けて集中していかないと!) ―試合当日・沼津、グラウンド―
千歌「ついにこの日が来たよ!」
梨子「緊張するわね」
花丸「ですね……」
千歌「あれ、ルビィちゃんは?」
梨子「一番緊張してそうなのに、反応がないわね」 花丸「あ、ここです」クルリ
ルビィ「」
千歌「う、後ろに背負ってる……」
曜「ずいぶんシュールな絵だね」
花丸「緊張がピークに達したみたいで……」
梨子(花丸ちゃん、体格の割にパワーがあるのはこれのせい?)
善子「ま、全く、情けにゃいわにぇ」
善子「これだから人間風じぇいは」
花丸「善子ちゃんも大概ずら」 曜「一年生はみんな試合慣れしてないから仕方ないよ」
梨子「うん」
梨子「慣れればもう少し、平常心を保てるようになるよね」
曜「ちなみに千歌ちゃん、オーダーはどんな感じ?」
千歌「ふっふっふっ」
曜「おお、自信満々だね!」
梨子「逆に不安なんだけど……」
千歌「千歌ちゃん監督の有能さを知るがいい!」 1:中・善子
2:遊・曜
3:投・梨子
4:捕・千歌
5:右・よしみ
6:左・いつき
7:三・むつ
8:一・花丸
9:ニ・ルビィ 梨子「こ、これは」
ルビィ「うゅ……」
花丸「あ、ルビィちゃんおはよう」
善子「曜さんが2番?」
千歌「ネットで見た『2番打者最強説』だよ!」
善子「どうして打てる方のルビィが9番なのよ」
千歌「その方がプレッシャーも小さいかなって」
千歌「それに9番に打てる打者を置くのは、有名なラミ○ス監督も好む戦術なんだよ!」
善子「ネットに流されやす過ぎでしょ……」 梨子「しかも、さらっと自分を4番に置いてるし」
千歌「ギクッ」
ルビィ「諸々の理由付け、自分が4番を打ちたかっただけなんじゃ……」
花丸「うわぁ」
千歌「そ、そんなことないって」
曜「わ、私はいいと思うよ」
梨子「曜ちゃんは黙ってて」
曜「はい……」 梨子(だけど千歌ちゃんの組んだ打順、以外と理には適ってる)
梨子(実際、ルビィちゃんのメンタルで目立つ上位は難しい)
梨子(ただでさえ打てる選手が少ないチーム)
梨子(出塁できそうなルビィちゃんと善子ちゃんの2人を並べて、私たち2年生で返す)
梨子(それが理想的な形なのも、確かなのよね)
梨子(こっちには曜ちゃんがいるんだから、大量点は必要ないもの)
梨子(いくら守備が不安でも、数点取ればなんとかなる)
梨子(もちろん、私が余計な点を取らない前提だけど……) >>235訂正
梨子(だけど千歌ちゃんの組んだ打順、以外と理には適ってる)
梨子(実際、ルビィちゃんのメンタルで目立つ上位は難しい)
梨子(ただでさえ打てる選手が少ないチーム)
梨子(出塁できそうなルビィちゃんと善子ちゃんの2人を並べて、私たち2年生で返す)
梨子(それが理想的な形なのも、確かなのよね)
梨子(こっちには曜ちゃんがいるんだから、大量点は必要ないもの)
梨子(いくら守備が不安でも、数点取ればなんとかなる)
梨子(もちろん私が、余計な点を取られない前提だけど……) 梨子「そういえば、今日の対戦相手はどんなチームなの」
千歌「ダイヤさんからもらったデータによると――」
『日中高校:投手力が高い反面、打撃は標準レベル』
『左のエース中野は特に注意 伝統的に守りが固いチーム』
千歌「だって」
梨子「それなら、そこまで打たれる心配はなさそうね」
曜「ダイヤさん、その辺を考えて選んだ相手なのかな」
梨子「かもね」 千歌「ちなみに相手のオーダーはこんな感じだって」
1:中・小島
2:遊・東田
3:右・凸田
4:一・ヴィシー
5:三・福井
6:ニ・高平
7:左・藤田
8:捕・梅井
9:投・中野 千歌「4番の留学生、ヴィシーさんが要注意らしいよ」
曜「留学生か……対戦してみたい!」
梨子「曜ちゃんはメンタル強いわね」
梨子「私はそんな前向きに考えられないよ」
曜「梨子ちゃんは強打者を相手にするのが嫌なの?」
梨子「そりゃ嫌よ」
梨子「強打者がいれば、失点の可能性が上がるんだから」 曜「むぅ、弱気だね」
千歌「梨子ちゃんの場合、久々のマウンドだから仕方ないよ」
曜「あ、そっか」
梨子「だけど、なんで私が先発なの?」
千歌「それはほら、練習試合だから色々と考えて」
千歌「梨子ちゃんは実践の勘を取り戻さなきゃでしょ」
千歌「あと私も含めて試合経験少ない子が多いから、打たせて取るタイプの梨子ちゃんの方がいい練習になると思うんだよね」
曜「な、なるほど」 ルビィ「流石千歌さん、考えてますね」
善子「正直見直したわ」
千歌「いやー、実は全部ダイヤさんの受け売りなんだけどね」
善子「あらっ」ガクッ
花丸「千歌さん……」
梨子「あれ、じゃあ打順も」
千歌「それは私」
梨子「でしょうね……」
千歌「ダイヤさんの案だと、梨子ちゃんと私の打順が逆だったからさ〜」 曜「と、とにかくそろそろ行かないと」
曜「早くしないと、相手を待たせちゃうよ」
千歌「あ、そうだね」
千歌「よーし、行くよ浦の星ナイン!」
ようりこ「「おー!」」
よしまる「「おー!」」
千歌「あれ、ルビィちゃんは?」
花丸「試合が迫ったことを意識して、また気を失ったみたいです」
千歌「あらら……悪いけど花丸ちゃん、また運んであげて」
花丸「了解ずら!」
梨子(……本当に大丈夫なのかな) 〔練習試合〕
【浦の星女学院VS日中高校】
先発メンバー
浦の星
1:中・善子
2:遊・曜
3:投・梨子
4:捕・千歌
5:右・よしみ
6:左・いつき
7:三・むつ
8:一・花丸
9:ニ・ルビィ
日中
1:中・小島
2:遊・東田
3:右・凸田
4:一・ヴィシー
5:三・福井
6:ニ・高平
7:左・藤田
8:捕・梅井
9:投・中野 【1回表】
千歌「よーし、初回に先制するぞ〜」
曜「善子ちゃん、頼むよ!」
善子「ええ、任せて!」
ルビィ「善子ちゃん、気合入ってるね」
花丸「だね」
ルビィ「あれなら期待できるかな」
花丸「でも、何か嫌な予感が……」 善子(久しぶりの試合――そして何より、今日はトップバッター!)
善子(そもそも上位打線を打つのが初めてだもん、もう最高!)
プレイボール!
善子(でも頭は冷静に)
善子(一番なんだから、しっかり球種を見極めて――)
ドンッ
千歌「うわっ」
梨子「初球からデッドボール……」 善子「なんでよ!」
ルビィ(なんとなく)
花丸(そんな気はしてたよね)
梨子(ある意味期待を裏切らないわね、善子ちゃんは)
千歌「でも曜ちゃんの前でランナーが出たよ!」
梨子「そ、そうね」
千歌「ふっふっふっ、これで先制点は貰った!」 梨子「ねえ、千歌ちゃん」
千歌「なぁに?」
梨子「実は期待したでしょ、このデッドボール」
千歌「……そんなことないよ」
梨子(千歌ちゃん、案外したたかよね)
曜「……」ニコニコ
梨子(それよりも、目の前で死球を目撃しながら満面の笑みの曜ちゃんの方が怖いし) 曜(ふふふ、初回からランナーがいるなんて嬉しい誤算だよ)
曜(善子ちゃん、後で褒めてあげないと)
プレイ!
曜「よし、こい!」
梅井(この子は有名な渡辺曜……)
中野(とりあえず、慎重にくさいところを――)シュッ
曜「!」
カッキ―――ン! 千歌「打った!」
ルビィ「大きいよ!」
花丸「これは――――入った!」
千歌「ホームランだ!」
善子「う、嘘っ」アゼン
曜「ちょっとよーしこー」
曜「早く走らないと追い抜いちゃうよ」
善子「ご、ごめんなさい」 善子(あんな難しいコースを、逆方向へホームラン)
善子(女子野球ではあり得ないような現象なのに、なに平然としてるのよ……)
善子(この人は化け物じみてるわね、本当に)
梅井「そんな……」
中野「……」ボーゼン
梨子「ナイスバッティング!」
曜「えへへ〜、上手く打てたよっ」
千歌「凄いよ! これで二点先制!」
ルビィ「相手も動揺してるから、チャンスかも!」
千歌「よーし、この回に大量得点だ!」 【1回裏】 浦の星2−0日中
千歌(梨子ちゃんのフォアボールの後、初球ゲッツーはマズかったなぁ)
千歌(後続は3球三振、立ち直られちゃったかもだし)
千歌(でも切り替えて守備に集中しないと)
プレイ!
千歌(梨子ちゃんは低めにボールを集めてゴロを打たせるタイプ) 千歌(とりあえず、外にストレートを)
シュッ
小島「!」キンッ
千歌「曜ちゃん!」
曜「!」パシッ――シュッ
アウト! 梨子「ワンナウト!」
千歌(よしよし、いい感じだね)
千歌(次も同じように、今度はカーブで)
梨子「えい!」シュッ
ボール
千歌(反応しないな、まだ変化球の調子はいまいちかも)
千歌(じゃあやっぱりストレートを)
シュッ――キン
千歌「よし、ファーストゴロ――」 花丸「あっ」トンネル
ルビィ「よ、よしみさん、フォローを――」
よしみ「う、うん」モタモタ
千歌(しまった、あそこは初心者地帯……)
千歌(ランナーも三塁まで行っちゃったよ……)
花丸「ご、ごめんなさい」
梨子「最初は仕方ないわよ、気にしないで」
千歌(梨子ちゃん、気にしてなさそう)
千歌(これなら大丈夫かな) 千歌(次は三番だけど、三振が欲しい)
千歌(この人はお腹も出てるし、一球内角にストレートを投げてみよう)
梨子(内角……私の球威だと甘く入ると怖いわね)
梨子(でもここは千歌ちゃんを信じてっ)シュッ
梨子「あっ」
千歌「真ん中に――」
カキーン
千歌「センター!」 梨子(でも浅い、これなら――)
善子(ギリギリ、でも私の肩じゃ――)パシッ
曜「中継!」
善子「!」シュッ
曜「ヨ――ソロー!」パシッ――シュッ
千歌(いいボール!)パシッ
東田「うおっ」タッチ
アウト! 千歌「二人とも、ナイス連携!」
梨子「ありがとう、助かったわ」
曜「助けになれてよかったよ」
善子「私はほとんど何もしてないけどね」
曜「そんなことないって」
曜「二人で完成させたんだから、半分は善子ちゃんの手柄さ」
千歌「でもいい感じじゃん、久しぶりのマウンドなのに」
梨子「うん、思ったより投げられそう」
善子「この調子でお願いね」
梨子「ええ!」 【5回裏】 浦の星2−1日中
千歌(試合はサクサクと進んで5回)
千歌(守備は梨子ちゃんの好投もあって順調)
千歌(留学生のヴィシーさんにソロホームランを打たれちゃったけど、そこは仕方ないよね)
千歌(だけど攻撃は、上位の3人以外出塁できないまま――)
花丸「ずらっ」ブンッ
バッターアウト! 花丸「また三球三振だよ……」
ルビィ「あの投手じゃ仕方ないよ」
花丸「うぅ、あんなの初心者には反則だよ……」
花丸「ルビィちゃん、マルの敵を取ってぇ」
ルビィ「う、うん、頑張ってみる」
ルビィ(実際、段々身体は動くようになってきたかな)
ルビィ(一打席目は緊張し過ぎてバットも振れなかったけど、今度は大丈夫そう)
ルビィ(打てるかは分からないけど、とにかくがんばルビィ!」 中野(独り言?)
梅井(変な子ね)
中野(でも下位二人は見るからに打たなそうね)
梅井(たぶん人数合わせなんでしょう)
梅井(真ん中に手を抜いたストレートでいいわよ)
中野(了解)シュッ
ルビィ(あっ、いい球――)
カッキ――ン! 梨子「完璧!」
曜「右中間――抜けた!」
ルビィ(三塁、行ける!)
善子「ちょ、暴走――」
セーフ
善子「じゃなかったわね」
千歌「ルビィちゃん、足速いね!」
梨子「確かに速いけど、走塁が上手よね」
梨子「実戦経験が乏しいのに、状況判断が的確だわ」 花丸「流石ルビィちゃんずら!」
千歌「さて、これでランナー三塁」
千歌「次の次は曜ちゃんだけど、これは練習試合だから――」
善子(スクイズ――か)
善子(バント、あんまり得意じゃないのよね)
善子(多分人並みだとは思うけど、コーチに反抗して二塁打を打ったりした記憶しかないわ)
善子(でもここはちゃんと役割を果たさないと!)ブンブン
善子「よし、こい!」 梅井(なんとも分かりやすい……)
千歌「よーし、初球からいっちゃえ!」
梨子「ちょ、そのサインは待って千歌ちゃん――」
シュッ
善子(ヤバッ、外され――)
梅井「うわっ」
千歌「暴投だ!」 ルビィ「えっと、いいのかな」ホームイン
曜「いいんだよ、追加点だ!」
梨子「何が起こったの……」
千歌「さあ?」
花丸「善子ちゃんの不運属性の所為で、普通に投げても外れるボールがさらに外れていった的な?」
千歌「善子ちゃんの不運がいい方向に働いた――ってことでいいのかな」
梨子「たぶん……」
花丸「深く考えたら負けなんですよ、きっと」 【6回裏】 浦の星3−1日中
【選手交代】
『曜:遊→投』
『梨子:投→左』
『いつき:左→中』
『善子:中→遊』
千歌「この回から曜ちゃんに投手交代だね」
曜「ようやくマウンド!」 曜「サインはいつもどおり、無しでいいかな」
千歌「うん、曜ちゃんに任せるよ」
曜「まあ私には、球種以外そんなに関係ないからさ」
千歌「あっ、でもゴロは注意ね」
千歌「正直、善子ちゃんのところでのイレギュラーが心配だから、特にショートは」
曜「つまり――三振を取ればいいんだね!」
千歌「そうそう」
曜「分かりやすくていいじゃん、流石は千歌ちゃん」 千歌(3番から――でも曜ちゃんなら大丈夫かな)
プレイ!
千歌(曜ちゃんの投球スタイルは梨子ちゃんとは対照的)
千歌(コントロールはアバウト、球種も実質二つだけ)
千歌(でも女子野球では10人も投げられる人がいないであろ130キロ台の球速を生かして――)
曜「フッ」シュッ
バシッ
ストライク!
千歌「三振を――取る!」ビリビリ 千歌(まるで浮き上がるように伸びるストレート)
千歌(速球での空振り率が圧倒的に高い)
千歌(高校野球なら、男子でも通用するであろう速球)
千歌(それに球速が早く鋭く落ちるパワー系のカーブのコンビネーション)
千歌(並みの女子選手では手も足も出ない)
千歌(これもやっぱり、ダイヤさんからの受け売りだけど)
千歌(小さい頃から傍で見てきた分、あんまり実感が湧かないんだよね)
千歌(私はカーブの捕球はまだ微妙だから、あんまり投げないし)
千歌(凄い投手なのは分かるけど――)
ストライク! 千歌(けど改めて考えてみると、曜ちゃんより早いストレート投げる人ってほぼいないよね)
千歌(もし漫画みたいに、早い球を受けてるからある程度は打てるとかあれば、千歌ももう少し打てそうなのに……)
ストライク! バッターアウト!
千歌「ナイスボール、曜ちゃん!」
千歌(っていつの間にか三振だよ)
千歌(ちゃんと試合に集中しないと)
ヴィシー「……OH」
千歌(でも留学生さんの青ざめた顔を見る限り、大丈夫そうかな)
千歌(打たれそうな気、全然しないもんね) ※
―浦の星女学院・野球部部室―
千歌「それでは浦の星女学院野球部の初勝利を祝して――」
全員「「「カンパーイ」」」
ごくっごくっ
曜「いやー、今日もプロテインが美味い!」
善子「いやいや、何でプロテインなのよ」
花丸「そうずら、もっと他にジュースとか――」
ダイヤ「ブッブーですわ!」
ルビィ「ピギッ」 ダイヤ「アスリートはジュースなど厳禁!」
善子「果汁100%ジュースとかはみんな飲んでるし……」
ダイヤ「偉そうなことは試合で活躍してから言いなさい!」
善子「は、はい」
ダイヤ「あっ、でもルビィは特別にアイスを食べていいですわよ」
善子「なにそれ、ダブスタよダブスタ!」
花丸「そうずら、マルものっぽパン食べたいのに」
ダイヤ「2安打と1死球の差ですわよ――あっ、のっぽパンなら食べても大丈夫ですよ」
花丸「流石ダイヤさん、最高ずら〜」
善子「あー、裏切り者!」 梨子「みんな、ダイヤさんにはかなわないわね」
千歌「環境の面とか、色々お世話になりっぱなしだもんね」
梨子「本当にね」
梨子「もしダイヤさんがいなかったら、まともに機能しない野球部になってたかも」
千歌「梨子ちゃんを引き込んでくれたのも、ダイヤさんだしね」
梨子「ふふっ、そんなこともあったわね」
千歌「騙されたー、みたいな感じだったもんね」
梨子「結果的に、感謝しかないけどね」
梨子「みんなと出会えて、イップスも治って」 千歌(結局、試合は5対2で勝利した)
千歌(内野の三連続エラーで一点差に詰め寄られたけど、リリーフの田馬さんを9〜3番で打ち込んで2点を追加、完勝だった)
千歌(私を含めて、4〜8番が無安打だったのは結構な問題かもだけど)
ダイヤ「しかし流石我が妹、デビュー戦から活躍とは素晴らしいですわね〜」ヨシヨシ
ルビィ「お、お姉ちゃん」
花丸「善子ちゃん、当たったところ大丈夫?」
善子「ええ、慣れてるから」
曜「結局、イニング数を考えたら梨子ちゃんに結果で負けちゃったかぁ」
梨子「被安打も自責も0なんだから、曜ちゃんの勝ちよ」 千歌(だけど、この様子なら何とかなるかな)
千歌(きっとみんな、順調に成長――)
ガラッ
千歌「ふぇ」
???「……」
千歌「えっと、どなたですか」
???「ごめんなさい、あなたに用はないの」
千歌「はぁ」 ???「渡辺さん、少しいいかしら」
曜「あ……」
千歌「曜ちゃん、知り合い?」
曜「……前に所属していたチームのコーチ」
コーチ「見たわよ、今日の試合」
コーチ「相変わらず、プレーは素晴らしいわね」
コーチ「逆方向へのホームランを見る限り、この短期間でさらに成長も遂げた」
曜「どうも」 ダイヤ「あの、申し訳ないのですが部外者の方は」
コーチ「あら、ごめんなさい」
コーチ「でも私、部外者ではありませんから」
ダイヤ「と、いいますと?」
コーチ「実は野球部員の保護者なんです」
千歌「保護者?」
コーチ「はい――そうよね、善子」
善子「……ヨハネよ」 善子母「あなたはまたそんなこと言って……」
善子「ふん」
千歌「えっ」
ルビィ「というか」
梨子「善子ちゃんの」
ダイヤ「お母様!?」
曜「そういえば、コーチの苗字も津島だった……」
善子母「あら、私は知っているものだとばかり」 善子母「でも善子、良かったわね」
善子母「あなたのような問題児でも試合に出れる、そんなレベルのチームで」
善子「うっさいわね」
千歌「ねえ、皮肉言われてる?」
梨子「皮肉というか、直球というか……」
曜「普段は嫌味をいうような人じゃないんだけど……」
ダイヤ「根に持っているのでしょう」
千歌「根に持つ?」
ダイヤ「曜さんを引き抜かれ、反抗期の娘まで手なずけられ、プライドが傷ついてしまったのかと」 善子母「……そこのあなたも大概失礼ね」
善子母「ほとんど当たっている分、妙に腹が立つわ」
ダイヤ「すみません、私も根に持つタイプなのです」
ダイヤ「母校の、妹も所属する大切な野球部を貶められたことが許せなくて」
善子母「どちらかといえば、貴女は私に同意してくれると思ったのだけど」
善子母「一番冷静に、現実が見えていそうなのに」
千歌「現実?」
ダイヤ「……気にしてはいけません」
ダイヤ「ありがちな負け惜しみです」 善子母「……覚えてなさい」
善子母「他校とはいえ、私は教師でもあるのよ」
ダイヤ「そうですか」
ダイヤ「しかし私は黒澤家の人間――これ以上言わなくても、意味は分かりますよね」
善子母「なるほど、性質が悪いわけね」
善子母「バックに黒澤家がいたなら、妙に話が順調に進んだのも納得だわ」
ダイヤ「ではそろそろお引き取り願えますか?」
ダイヤ「私たちはまだ、祝勝会の途中なので」 善子母「……そうね、水を差して悪かったわ」
善子母「でもじきに、あなた達は思い知ることになる」
善子母「残酷な現実と、自分たちの愚かさについて」
善子母「特に渡辺さんは予めよく考えておくことね」
善子母「ここでの野球と、あなたが今までやってきた野球の、決定的な違いを」
善子「捨て台詞、カッコワルイ」
善子母「……善子」
善子「は、はい」
善子母「ちゃんと遅くなる前に帰ってくるのよ」
善子「わ、分かってるわよ!」 善子母「……今後も浦の星女学院野球部の健闘を祈っているわ」
ガララッ――ピシャッ
千歌「……なんか、滅茶苦茶な人だったね」
梨子「流石、善子ちゃんのお母さんって感じ」
善子「なんかごめんね、迷惑かけて」
曜「いやいや、原因は私かもだし」
善子「でも私の母親だから」
善子「曜さんには日ごろから迷惑かけてるかもだし……」
曜「善子ちゃんが謝ることじゃないって」 ダイヤ「それにしても、申し訳ありませんでした善子さん」
善子「なんで謝ってるのよ」
ダイヤ「お母様に対して、大人げない態度をとってしまい――」
善子「気にしないで――というか最高だったわ!」
ダイヤ「はい?」
善子「あんな悔しそうなお母さんの姿、初めて見た」
善子「凄くスカッとして、むしろお礼を言いたいぐらい」
善子「私、ダイヤがこんな凄い人なんて知らなかった」
善子「貴女は最高よ!」
ダイヤ「は、はぁ」 ルビィ「善子ちゃん、親子仲が悪いのかな」
花丸「昔はそんなことなかったのに」
ルビィ「花丸ちゃん、善子ちゃんのお母さんのこと知ってたの?」
花丸「うん、一応幼稚園が一緒だったから」
ルビィ「へぇ」
花丸「昔はね、親子で野球について楽しく語り合ってた記憶があるよ」
花丸「その頃は、普通に仲良しだったのに」
ルビィ「それは流石に古すぎて参考にならないかも……」 善子「でも驚いたわ」
善子「まさか曜さんが教わっていたコーチが、お母さんだったなんて」
曜「私の方こそ」
曜「よくよく考えたら、性格も結構似てる気がするけどさ」
善子「どの辺がよ」
曜「色々とこだわりの強いところとか」
善子「ぐっ」 曜「でもあれで、コーチとは結構馬が合うからさ」
曜「善子ちゃんとも仲良くなれそうでよかったよ」ギュー
善子「な、なんで抱きつくのよ!?」
千歌「曜ちゃんだけズルい、私も!」ギュー
善子「ちょ、千歌さん」
花丸「それならマルも」ギュー
ルビィ「る、ルビィも」ギュー
善子「ルビィまで!?」 ダイヤ「やれやれ、騒がしいこと」
梨子「だけど、すぐに元気になって良かったです」
ダイヤ「ふふっ、そうですわね」
梨子(ここまでは凄く順調)
梨子(初心者だらけのメンバーだけど、チームも完成して、試合にも勝って)
梨子(けど気になるのは、さっきの会話の中)
梨子(善子ちゃんのお母さんが口にして、ダイヤさんも否定しなかった『現実』)
梨子(それはいったい、どんな意味なんだろう) ―部室―
曜「あー、今日も疲れたぁ」
梨子「その割には元気そうね」
曜「練習後の定型文みたいなもんだし」
梨子「そうね――」
花丸「ずらぁ……」
ルビィ「ピギィ……」
善子「堕天……」
梨子「本当に疲れている子も、たくさんいるみたいだけど」 千歌「まあまあ、一年生は仕方ないよ」
千歌「今日の練習は曜ちゃんが気合い入ってて、いつもより厳しかったし」
曜「あはは、ごめんごめん」
千歌「でも、みんな体力はついてきたよね」
千歌「こんな風に疲れ切ってはいても、最後まで練習に参加し通せた」
曜「花丸ちゃんも、途中で休まずに練習できるようになったもんね」
千歌「でしょ!」 梨子「あら、千歌ちゃんはずいぶん元気みたいね」
千歌「それだけが取り柄だからね!」
千歌(野球部の結成から少しの時が経った)
千歌(曜ちゃんの力もあって、練習試合は全勝)
千歌(私もヒットを打てたし、花丸ちゃんもバットにボールが当たった)
千歌(梨子ちゃんもイップスから順調に回復して、再発もなさそう)
千歌(善子ちゃんは出塁率4割近いし、ルビィちゃんも試合前に気絶しなくなった)
千歌(全てが順調、怖すぎるぐらいに) 千歌「そうだ、次の練習試合の予定についてなんだけど――」
曜「ちょっと待った!」
千歌「曜ちゃん?」
曜「練習試合もいいけど、この大会に出てみない?」
『春季女子高校野球大会』
千歌「これは?」
曜「女子には男子みたいに春季大会がないから、それの代わりみたいなイベント」
曜「要するに、夏大前の余興みたいなものかな!」
千歌「おー、そりゃいいね!」 ルビィ「うゅ……」
花丸「どうしたの、ルビィちゃん」
ルビィ「この大会、強豪校じゃなきゃ出られないはずだよ」
善子「そうなの?」
ルビィ「確か……」
ルビィ「お姉ちゃん、プロ野球の試合と被ってもこっちを観に行くぐらいだから」
千歌「梨子ちゃん、知ってる?」
梨子「そうね、ルビィちゃんの言うとおり」
梨子「少なくとも、創部間もない私たちが出られるレベルの大会じゃ――」 曜「でもさ、もうエントリー済ませたよ」
梨子「えっ」
ルビィ「うゅ?」
曜「むしろ主催者から参加を薦められたぐらい」
善子「な、なんでそうなるのよ」
曜「私も気になって、色々聞いてみたんだけどさ」
曜「善子ちゃんのお母さんが推薦してくれたみたいなんだよね」
善子「お母さんが?」 千歌「どうしたんだろうね、急に」
曜「きっとアレだよ」
曜「これで現実を見せてやるとか、そんな感じ」
千歌「うへぇ、感じ悪い……」
梨子「だ、駄目よ」
梨子「証拠もないのに、憶測でそんなこと言っちゃ」
善子「お母さんなら考えそうなことよ」
梨子「実の娘にそう言われると、否定しずらい……」 千歌「でも大会かぁ」
千歌「楽しみだなぁ、東京」
梨子「そう?」
千歌「しかも野球の大会でしょ」
千歌「もしかしたら、μ’sに会えるかもだし!」
ルビィ「それは流石に……」
千歌「分かんないじゃん、東京の大会だもん!」
梨子「ふふっ、そうかもね」
千歌(本当に楽しみ)
千歌(少し前、応援で行った東京に、選手として行けるなんて)
千歌(素敵な旅になる、そんな予感がするよ!) ―数日後・部室―
ダイヤ「やれやれ、勝手にエントリーしてしまうとは」
曜「あはは、すみません」
ダイヤ「できれば相談ぐらいはしておいてほしかったものです」
ルビィ「ご、ごめんなさい」
梨子「これからはちゃんと、曜ちゃんを見張っておくんで……」 ダイヤ「……過ぎたことは仕方ありません」
ダイヤ「出場するからには、頑張ってください」
ダイヤ「私も応援へは駆けつけますので」
千歌「は、はい」
ダイヤ「……ルビィ」
ルビィ「は、はい」
ダイヤ「なにがあっても、気持ちを強く持つのですよ」
ルビィ「うゅ?」 ダイヤ「これは皆さんにも言えることです」
ダイヤ「しかし心の弱い貴女は、特に心に留めておきなさい」
ルビィ「う、うん」
善子「どういう意味よ」
花丸「分からないよ」
ダイヤ「それでは私は生徒会の仕事があるので、失礼しますわ」
ダイヤ「書類が完成したら、生徒会室へ持ってきてくださいね」
曜「了解であります!」
ダイヤ「では――」ガララ 梨子「なんか、意味深な感じだったね」
曜「だね」
千歌「まあともかく――きました、正式な書類!」
曜「待ってました!」
梨子「内容はどんな感じ?」
千歌「えっと学校名、部員数――チーム名?」
ルビィ「女子は男子と差別化するために、チーム名をつけるんです」
千歌「へぇ」 曜「日中高校はドラゴンズっていうらしいね」
善子「ドラゴン――なんか格好いい!」
ルビィ「同じチーム名は駄目だよ」
善子「えー、どうして」
ルビィ「ただでさえ同地区なんだから、紛らわしいもん」
梨子「そもそも私たち、ドラゴンとか似合わないでしょ」
花丸「そんな迫力、どこにもないずら」
善子「でも曜さんとか」
梨子「……曜ちゃんの場合」
ルビィ「ドラゴンというより」
千歌「猫?」 曜「な、なんでそうなるのさ」
千歌「気まぐれなところとか」
梨子「ちょっと面倒なところとか」
ルビィ「勝手にどこか行っちゃうところとか」
花丸「動いているボールに何でも反応しちゃうところとか」
曜「よ、善子ちゃん〜」にゃー
善子「あー、よしよし」
善子(案外寂しがり屋で甘えん坊なところとか)
善子(目元もそれっぽい感じだし)
花丸「だけど善子ちゃんも猫っぽいとこあるよね」
善子「にゃっ」 千歌「まあ猫ちゃんたちはともかく――早速案を出し合っていこう!」
千歌「まずは曜ちゃん!」
曜「えっと、そうだね」
曜「無難に野球少女隊とかどうかな」
千歌「却下!」
曜「えー、何でさ」
千歌「ダサいから、あと昭和」
曜「ぶーぶー」 千歌「お次は――善子ちゃん!」
善子「フッ、決まっているわ」
善子「その名はヨハネリトル――」
千歌「次は花丸ちゃんね」
善子「ちょっと!」
千歌「なにさ」
善子「せめて最後まで言わせなさいよ!」
千歌「時間の無駄だよ」 花丸「善子ちゃん、諦めるずら」
花丸「変ないつものネタは置いておいて、後はマルに任せて」
千歌「おお、自信あり?」
花丸「ふふっ、これでもゲームだけじゃなくて本も読むからね」
花丸「文字については任せるずら!」
曜「な、なんかプレー中には感じられないオーラを感じる」
ルビィ「マルちゃん、実際文字には強いんですよ」 千歌「それで、どんなチーム名?」
花丸「いくつか候補があって――」
花丸「一つ目がモグラ○ズ」
善子「はい?」
花丸「あと、ホッパ○ズ」
花丸「一応、パワ○ルズとかもあるずら」
善子「色々と直球すぎるわよ!」
ルビィ「しかもパクリばかり……」
善子「私より普通に酷いじゃない」 千歌「……ルビィちゃんは?」
ルビィ「えっと――キャンディーズとか?」
千歌「なんか芸人みたいだから駄目」
ルビィ「ピギィ……」
曜「ちなみに千歌ちゃんはどんな案があるの?」
千歌「みかんーず」
梨子「論外」
千歌「えー」
梨子「今までで一番あり得ない名前だわ」 千歌「……そこまで言うなら、梨子ちゃんは素晴らしい案を持ってるんだよね」
梨子「へっ」
千歌「やっぱりこういうのは、東京出身のセンスがある子じゃないとね」
千歌「というわけで、よろしく!」
梨子「え、えっと……」
千歌「えっと?」
梨子「ナインマーメイド、とか?」
「「「…………」」」 千歌「それ本気で言ってる?」
梨子「え、えっと」
千歌「もし本気だとしたら、私は梨子ちゃんのこと軽蔑する」
梨子「……ごめん、忘れて」
曜「千歌ちゃん怖いよ、抑えて」
ルビィ「うゅゅ……」ササッ
花丸「わっ、ルビィちゃん」
曜「ルビィちゃんも怯えて、花丸ちゃんの後ろに隠れちゃったし」 千歌「だって、ろくな案がないんだもん!」
梨子「千歌ちゃんも含めてでしょ」
千歌「このままじゃ埒があかないから、誰かいい案を――」
ルビィ「Aqours……」
千歌「ふぇ?」
花丸「ずら?」
曜「ルビィちゃん?」
ルビィ「Aqoursは、駄目ですか」 花丸「ルビィちゃん、その名前――」
ルビィ「……」コクッ
善子「アクア?」
ルビィ「えっと水にかけた造語なんだけど」サラサラ
ルビィ「ここは海に近い学校だし、そういうのもいいかなって」
曜「へぇ、いいじゃん」
千歌「私たちらしい感じがする!」
善子「そう、それはまさに――」
花丸「それ以上は言わせないずら」
梨子「でもこれは、決まりね」
千歌「よーし、私たちは今日からAqoursだ!」 ―東京・某ホール―
千歌「来たぞ、東京!」
千歌「目指すは聖地――」
曜「神宮球場!」
千歌「あれぇ」ガクッ
千歌「そこはアキバドームでしょ!」
曜「学生野球の聖地の一つだし、歴史が違うよ」
千歌「そりゃそうかもだけどさ……」 ザワザワ
梨子「その前に抽選会だね」
千歌「くじは誰が引く?」
曜「そりゃ千歌ちゃんでしょ、キャプテンなんだから」
千歌「えー、でも不安だよぉ」
善子「フッ、仕方ないわね」ジャラ
千歌「な、なにそれ」
善子「私が念を込めた、このお守りをあげるわ」
梨子「何よこの黒い物体……」
曜「見るからにヤバそうなんだけど……」 善子「せめて梨子さんは信じてよ!」
善子「イップスを治してあげた仲でしょ!」
梨子「それはそうなんだけど」
梨子「あの後、変な占いみたいなのを色々薦められるから、若干不信感が」
善子「な、なんでよ〜」
ルビィ「善子ちゃん、可哀想」
花丸「受け入れてくれる相手には調子に乗っちゃうタイプだから、仕方ないよ」
ルビィ「……花丸ちゃんも、似てるとこあるよ」
花丸「ずらっ!?」 千歌「ま、まあ、せっかく用意してくれたんだから、ありがたくいただくよ」
曜「そうだね、どうせ抽選結果には関係ないだろうし」
梨子「ええ、ごちゃごちゃ言われるよりはマシだわ」
梨子「さっきから、周りの視線が集まって恥ずかしいし」
善子「だ、駄目よ」
善子「そんな姿勢では、運命は手に入らないわ!」
花丸「善子ちゃん」
ルビィ「ちょっと黙るビィ」 係員「浦の星女学院さんは次にお願いします」
千歌「あ、はい」
千歌(確かにこのお守りは怪しい雰囲気満点)
千歌(だけど得体の知れない力を感じるのは事実なんだよね)
千歌(何だろう、謎の迫力みたいな?)
千歌(外れることも多い善子ちゃんのオカルト)
千歌(けど案外、信じていればプラスの効果も少なくない気もする) 係員「ではくじをどうぞ」
千歌「はい」
ガサガサ
千歌(あれ)
千歌(凄い、勝手に手を導いてくれる)
千歌(まるで、良いくじに吸い寄せられるように)
千歌(これ、これを引けば――)
ガタッ
千歌(あれ、手前にも――ついこっちを引いて) ワッ
千歌「えっ」
『浦の星女学院、グループAに入りました』
曜「相手は、音ノ木坂学院と函館聖泉女子高等学院」
むつ「あちゃー」
よしみ「これは」
いつき「やっちゃったね」
ルビィ「ゆ、優勝候補が固まった最悪の組……」バタン
花丸「ルビィちゃん!?」 千歌「そ、そんな〜」
善子「あ、あれ」
花丸「善子ちゃんの変なお守りの所為ずら!」
善子「し、知らないわよぉ」
曜「凄いよ善子ちゃん、強敵とできるなんて最高のくじ!」
曜「千歌ちゃん、流石だよ!」
花丸「そんなポジティブでいられるのは曜さんだけずら……」
善子「まったくよ……」 千歌「ごめん、ヤバいの引いちゃった」
曜「気にしないで――ねっ、梨子ちゃん」
梨子(音ノ木坂……)
千歌「梨子ちゃん、大丈夫?」
曜「顔色、凄く悪いよ」
梨子「……ええ」
千歌「音ノ木坂と当たること、意識しちゃってるのかな」ヒソヒソ
曜「色々あったみたいだしね」ヒソヒソ 千歌「だ、大丈夫」
千歌「私たちはこれまでチーム結成から全勝だよ」
千歌「この大会も、勝てはしなくても悲惨なことにはならないって」
善子「そ、そうよね」
善子「負けて元々、成長のためのはむしろ全国トップとやれるのは悪くない話よね」
花丸「うん、そうだよね」
花丸「これ以上、善子ちゃんを責めるのも可哀想だし」
千歌「そうそう」 千歌「3チーム中、2チームがトーナメントに上がれるグループ」
千歌「どちらかに勝てれば、上へはいけるわけだし」
千歌「だから元気出してね、梨子ちゃんも」
梨子「……うん」
千歌「よーし、初戦は音ノ木坂戦、頑張ろう!」
よしまる「「おー!」」
曜「…………」
ルビィ「曜さん?」
曜「……ごめん、気にしないで」
ルビィ「は、はい」 ―音ノ木坂学院戦・当日―
ルビィ「わーい、綺麗な芝生だよぉ」ボフッ
花丸「本当だね〜」ボフッ
善子「ちょっとあんたたち、恥ずかしいわよ」
花丸「ぶー、善子ちゃんノリ悪いよ〜」
ルビィ「気持ちいいよ、一緒においでよ」
善子「そ、そうね」ボフッ 梨子「ああもう、善子ちゃんまで」
曜「ちゃんとしたグラウンドでの試合初めてだっけ」
梨子「言われてみると、そうかも」
曜「それならまあ、はしゃぎたくなる気持ちも分かるよ」
曜「私も最初、芝の球場で野球をした時は感動したから――」
曜「私も混ざってきちゃおうかな〜」
梨子「それは流石に止めようね」
千歌「あはは――でも流石は東京の球場」
千歌「凄く整備されていて、綺麗だね〜」 ??「ははっ、カッペ丸出しだな」
梨子「っ」
千歌「えっと、貴女は?」
??「私? 私は――」
曜「板ちゃんじゃん、何してんの」
??「知り合いがいるから、試合前に挨拶と思ってさ」
千歌「えっと、音ノ木坂の選手だよね」
曜「千歌ちゃんは知らないんだっけ」
曜「この人は板本さん、私と同じ日本代表候補」 板本「私のこと、知らない同年代がいたんだな」
曜「千歌ちゃん、その辺に詳しくないからさ」
千歌「す、すいません」
板本「ふーん、まあいいや」
板本「でもビックリした、曜が高校野球を始めるなんて」
曜「ちょっと事情があってさ」
板本「気まぐれだもんな、お前」
曜「最近よく言われるから否定しにくいなぁ」 板本「でもありがたいよ」
板本「代表でポジションを取られたリベンジ、ここで出来るなんてな」
曜「えー、お手柔らかに頼むよ」
曜「こっちは創部間もない野球部なんだからさ」
板本「それでもお前が投げたら、そう簡単に点は取れねえだろ」
板本「正直今年のチーム、速球に強くない奴だらけだし」
曜「私は先発じゃないよ」
板本「はっ?」
曜「基本リリーフだもん、このチームでは」 板本「じゃあ先発では誰が投げるのさ」
板本「外野で転がってる可愛い連中はなさそうだし」
板本「もしかして、このボケっとしたオレンジちゃん?」
千歌「いや、私はキャッチャーで」
板本「マジかよ、つまり投手は――」
板本「さっきから黙ってる、そのバッティングピッチャーかよ」
梨子「……」
曜「ちょっと、その言い方は」
板本「仕方ないだろ、事実だったんだから」 板本「鳴り物入りで入ってきたのに、すぐにイップスで投げられなくなって」
板本「たまに練習で投げても、そこらの小学生みたいなボール」
板本「どう頑張っても、バッピにしかなりゃしない」
板本「最後には野手に転向して、気づいたらいなくなってた」
板本「そんな奴だぞ、こいつ」
梨子「……」
板本「少しはまともな球、投げられるようになったのか」
板本「レベルの高い試合をできるはずの大会なんだ」
板本「初戦から大差コールドは勘弁だぞ」 曜「そこまでにしといてよ」
曜「おかげでこっち、空気が最悪なんだけど」
板本「悪い、色々思うところがあってつい」
板本「私そろそろ行くわ――お互い頑張ろうな」タタッ
曜「ごめんね、口の悪い奴で」
梨子「……あの人は、そんなに悪い人じゃないわ」
梨子「音ノ木坂にいたときも、私によく気を遣ってくれた」
梨子「ただ素直に、思ったことを口に出しちゃうだけ」 梨子「見返すには、結果を出すしかない」
梨子「見ていて、二人とも」
梨子「私は音ノ木坂を、μ’sを抑え込んで、自分の過去を払拭する」
千歌「……うん、その意気だよ!」
よしみ「おーい、三人とも」
いつき「話しているのもいいけど」
むつ「早くしないと練習時間終わっちゃうよ」
千歌「あっ、ごめん」 千歌「それにしても、今日の相手の先発……」
バンッ
花丸「わっ」
ルビィ「な、何の音?」
???「……」シュッ
バンッ
???「ナイスボール、ここあ」 千歌「ふぇぇ、曜ちゃんほどじゃないけど早いねぇ」
ククッ――バンッ
花丸「なにあのスライダー……」
善子「む、無理よ、あんなの」
曜「矢澤姉妹、健在だね」
千歌「えっと、ダイヤさん情報によると」
『日本代表候補の捕手である矢澤こころと、その双子の妹ここあのバッテリー』
『120キロ台中盤から後半のストレートと、スピードと切れ味を兼ね備えた鋭いスライダーが武器』
千歌「だって」 ルビィ「ちなみにあの二人、初代μ’sの主将だった矢澤にこさんの妹さんたちです」
千歌「マジで!?」
ルビィ「はい」
千歌「どうりで小さいと思った……」
曜「そこなんだ」
ルビィ「曜さんはこころさんと、年代別代表でバッテリーを組んだことがありますよね」
曜「そうだね」
曜「凄く頭のいい選手で、助けられた記憶があるよ」
曜「ここあちゃんも代表とは縁がないけど、対戦したことは何度かある」 曜「私は得意なタイプだけどね、ここあちゃんみたいな本格派」
善子「ちなみに苦手なタイプは?」
曜「梨子ちゃんみたいな球種の多いタイプ」
曜「なんか感覚が狂うんだ」
千歌「今年の音ノ木坂は、凄く強いんだっけ」
ルビィ「はい」
ルビィ「昨年、冬の全国大会で優勝」
ルビィ「今年も夏と冬、それぞれ優勝候補の筆頭にあげられています」 ルビィ「今年は、今の仕組みになってから10回目の記念大会」
ルビィ「音ノ木坂はそれに向けて、全国から選手をかき集めた世代です」
ルビィ「だから3年と2年には例年以上の戦力が整っています」
ルビィ「投手はここあさんと、130キロ台中盤の速球が武器の笠野さんの二枚看板」
ルビィ「野手も板本さんは日本代表候補」
ルビィ「さらに長崎選手や岡野選手、村田選手など、年代別代表候補クラスが揃っています」
ルビィ「その中でもこころさんは二年生ながらキャプテンにして、実質的に監督も兼任しています」
ルビィ「まさに司令塔であり、精神的主柱ですね」
千歌「精神的、シチュー?」
善子「意味、全然分かってなさそうね」
花丸「千歌さんには関係ない話ずら」 千歌「ともかく、最強のチームってことでいいんだよね」
ルビィ「はい」
千歌「それならいい勝負をすれば、私たちもそれなりのレベルってことでしょ」
ルビィ「たぶん、そうなりますね」
千歌「じゃあ目標は、コールド回避とか?」
花丸「確かにその辺りが無難かも」
善子「いいんじゃないかしら」
千歌「確か5〜6回で10点、7〜8回だと7点だったっけ」
千歌「ひとまず、それは回避できるぐらいに抑えて――」 曜「駄目だよ!」
千歌「曜ちゃん?」
曜「最初から負けるつもりで挑むなんて、絶対に」
曜「勝つんだよ」
曜「どんな相手だとしても、勝つつもりで挑まないと!」
ルビィ「そ、そうですよ」
ルビィ「最初から諦めるなんて駄目です!」
ルビィ「あれ、でも音ノ木坂に勝つ、想像したら――」バタン
花丸「る、ルビィちゃん、試合前に気絶はマズいずら!」 千歌「で、でもそうだよね」
千歌「勝つ気でいかなきゃだよね!」
曜「その意気だよ!」
曜「私はどんな相手にも負けたくない」
曜「エリート集団でも同じ高校生なんだ、きっと勝てる」
曜「勝てる、はずなんだよ!」
千歌「よーし、じゃあ皆行くよ!」
全員「「「おー!」」」 〔春季女子野球大会 グループA初戦〕
【浦の星女学院『Aqours』VS音ノ木坂学院『μ's』】
先発メンバー
Aqours
1:中・善子
2:遊・曜
3:投・梨子
4:捕・千歌
5:右・よしみ
6:左・いつき
7:三・むつ
8:一・花丸
9:ニ・ルビィ
μ’s
1:中・長崎 3年
2:捕・矢澤こころ 2年
3:遊・板本 2年
4:一・岡野 3年
5:左・ぺゲロ 3年
6:三・村田 3年
7:投・矢澤ここあ 2年
8:ニ・吉田 3年
9:右・立本 3年 【1回表】
『一番センター津島さん』
善子(ちゃんとウグイス嬢付きなのは凄いわね……)
善子(さて、初回)
善子(いつもより多いお客さん)
善子(ルビィじゃなくても緊張するわ)
善子(そもそも、実質初めての公式戦)
善子(簡単に凡退は嫌ね)
ここあ「……」シュッ
ストライク! 善子「うわっ」
善子(インコースいっぱい)
善子(ヤバい、こんなの打てないわよ……)
ストライク!
善子(今度は外)
善子(駄目だ、混乱してる)
善子(せめて次、振らないと――)
ここあ「ふっ!」シュッ
善子「えっ、ぶつか――」
ククッ――パシッ
ストライク、バッターアウト!
善子「す、スライダー……」
こころ「ワンナウト!」 曜「ドンマイ、善子ちゃん」
善子「洒落にならないわよ、あれ」
善子「ストレートとほとんど変わらない球速なのに、鋭く曲がってくる」
曜「あー、そうだったね」
善子「なんか余裕っぽいけど、打てるの、あれ」
曜「任せて」
曜「とりあえず、軽く打ってくるよ!」
善子(か、カッコいい!) 『二番ショート渡辺さん』
曜(実際、球速に差がないここあちゃんみたいなタイプは得意なんだよね)
曜(割と本能のままに振っても打てちゃうし)
曜(偉そうなことを言った手前、しっかり打たないと)
曜「よし、こい!」
こころ「……」スッ
曜(え、こころちゃん外に構えて――)
ボール
曜(次は……)
ボール
千歌「もしかして、敬遠?」
花丸「で、でも1アウトランナー無しだよ」
ボール
善子「そ、そうよ。別にはっきりと外してるわけじゃないし――」
ボールフォア!
曜「えー、つまんない」 こころ(渡辺曜さん? まともに勝負するわけないでしょ)
ザワザワ
こころ(ざわつく会場、でも知ったこっちゃない)
こころ(私たちは常に勝ちを義務付けられたチーム)
こころ(一度負けただけで、大きな批判にさらされる)
こころ(それなのになぜ、勝負しなければならないんですか)
こころ(Aqoursの中で、『唯一』打たれる可能性がある選手と)
こころ(彼女にさえ打たれなければ、『確実』に勝利できる試合なのに) 『三番ピッチャー桜内さん』
曜(次は梨子ちゃん、私が走ってしまえばヒット一本で先制)
梨子(大丈夫、私は大丈夫……)
曜(でもあの様子だと、無理か)
バッターアウト!
曜(初見じゃ、千歌ちゃんも)
バッターアウト!
千歌「くぅ〜、ちっちゃいのあんなに凄い球を」
こころ「ここあ、ナイスピッチ」
ここあ「渡辺曜とも勝負したかったんだけど」
こころ「それは点差がついてからね」
ここあ「なら大丈夫か」
ここあ「梨子が相手なら、すぐにKOできるだろうし」
曜(……マズいかも、この試合) 【1回裏】 Aqours0−0μ’s
キンッ
梨子「あっ」
ここあ「よし、先頭出た!」
板本「やっぱりあいつはチョロいな」
梨子「……」ザッザッ
千歌(梨子ちゃん、ブルペンから全然球が来てないよ)
千歌(やっぱり緊張してるのかな) 『二番キャッチャー矢澤こころさん』
こころ「お願いします」ニコッ
千歌「あっ、はい」
千歌(流石妹さん、笑った姿が映像で見たにこさんにそっくり)
千歌(でもプレースタイルまで似ていたら嫌だな)
千歌(にこさんは相手の嫌がる打撃が得意だった)
千歌(打順も同じ二番だし、怖いなぁ)
千歌(とりあえず、外にストレートで――)
梨子『コクッ』 ダダッ
曜「走った!」
千歌「初球から盗塁!?」
キンッ
千歌「じゃなくてエンドラン!?」
ルビィ「ピギッ」
千歌「あ、空いた場所を綺麗に抜かれた……」
こころ「よし、完璧です」
曜(経験の浅い私たちの弱点を突いてくるしたたかさ)
曜(相変わらず、相手の隙を狙うのが上手い) 梨子「一・三塁……」
『三番ショート板本さん』
板本「いやー、いきなりチャンスじゃん」
千歌「た、タイムお願いします」
千歌「ごめん梨子ちゃん」
千歌「牽制もなしに、軽率だった」
梨子「ううん、謝らないで」
梨子「私の方こそ、ぼんやりと投げちゃって」
千歌「でも次はムカつくあの人だよ」
千歌「しっかり押さえていこう」
梨子「……ええ」 千歌(どうせこの手のタイプは口だけなんだ)
千歌(一点は仕方ない、低めの変化球をひっかけさせてゲッツーを狙おう)
シュッ
曜(今の調子だったら、無理に勝負は避けた方がいいかも)
曜(板ちゃんは、天才だからなぁ)
千歌「よし、いいところ――」
カキーン!
千歌「あ、あんな難しいコースをセンターオーバー……」
曜「いっちゃん!」
いつき「あ、あわわ」
セーフ! 曜「ツーベース……」
板本「いきなり2打点は美味しいねぇ」
板本「やっぱりあいつはバッピだわ」
曜「相変わらず、上手いね」
板本「あの球じゃ当然よ」
板本「早く交代しろよ、曜」
曜「……」
ボールフォア!
千歌「うぅ」
梨子「っ」 板本「あの様子じゃ、アウトを取るのも難しそうだぜ」
曜「ううん、まだ早いよ」
曜「梨子ちゃんはそんな簡単に折れる子じゃない」
曜「板ちゃんも、知ってるでしょ」
板本「……まあな」
バッターアウト!
梨子「よしっ」
千歌「ナイス梨子ちゃん!」
千歌(このぺゲロさんはインコースが明確な弱点で良かった)
千歌(梨子ちゃんみたいに制球重視のタイプには、いいカモだよね) 『六番サード村田さん』
村田「こいっ」
千歌(そして次の村田さんも)
梨子「えいっ」シュッ
村田「!」カキーン
千歌「あっ」
千歌(そんなに甘くはない――)
ルビィ「うゅ!」バッ――パシッ
板本「捕った!?」 ルビィ「曜さん!」シュッ
曜「ナイス」パシッ――アウト!
曜「花丸ちゃん!」シュッ
花丸「ずら!」パシッ
アウト!
板本「マジかよ、ゲッツーとか」
梨子「ナイスルビィちゃん!」
千歌「凄いよ! ファインプレー!」バシバシ
ルビィ「い、痛いよ千歌さん」 善子「いつもの緊張はどこへ行ったのよ、もう!」
ルビィ「な、一週回って緊張が解けたっていうか」
花丸「流石ルビィちゃんずら!」
板本「ファインプレーじゃん、やるね〜」
ルビィ「ピギッ――あ、ありがとうござます」
梨子「でも助かったわ、本当に」
千歌「うん、おかげで守備は何とかなりそうだね」
ここあ「あーあ、二点だけかぁ」
こころ「初回だから、仕方ないわよ」
曜「あとは、攻撃さえ何とかできれば」 【4回表】 Aqours0−3μ’s
千歌(試合は進む)
千歌(相変わらず攻撃は絶望的)
千歌(誰一人、まともにバットがボールに当たっていない状態)
千歌(守備は梨子ちゃんが大量のランナーを出しながらも粘りのピッチング)
千歌(曜ちゃんとルビィちゃん、善子ちゃんの三人の好守にも助けられて何とか抑えているけど――)
ボールフォア!
曜「またか――もうっ!」 善子「曜さん、また四球……」
ルビィ「今までの練習試合、曜さんの打点がチームの7割近いのに……」
花丸「でもこの後の二人は期待できるずら」
曜(今日の梨子ちゃんは打撃どころじゃない)
曜(点を取るなら、私が無理やりでも三塁へ行かないと)
曜(でも相手は矢澤姉妹、盗塁阻止率は驚異的な高さ)
こころ「ふふっ」
曜「むっ」
曜(挑発的な目)
曜(走れるものなら走ってみろと、喧嘩を売られているみたい)
曜(やってやろうじゃないか――) ここあ「――」グッ
曜「いける!」ババッ
こころ「!」パシッ――シュッ
アウト!
曜「あー、駄目かぁ」
板本「ははっ、ごくろーさん」
ここあ「ナイスこころ!」
こころ「ここあも、いいクイックだったわよ」
こころ(私の送球もほぼ完ぺき)
こころ(それなのにギリギリだった辺り、相変わらず恐ろしい走力ね) 【4回裏】 Aqours0−3μ’s
千歌(後続の私と梨子ちゃんは凡退で、結果的に三者凡退)
千歌(流れが、悪いな)
花丸「あれ」
ルビィ「音ノ木坂が円陣を組んでる」
曜「この状況で?」 こころ「板本さん」
板本「な、なんだよ」
こころ「貴女は試合前、梨子さんのことをバッピと馬鹿にしましたね」
こころ「しかし現状の得点は、平均すると1イニング1点ずつ」
こころ「ありえない得点数です」
こころ「本当にバッティングピッチャーを相手にしているなら」
板本「いやいや、私は打ってるんだからいいだろ」
こころ「はいっ?」
音ノ木坂ナイン『ビクッ』
こころ「そういう問題ではありません」
こころ「貴女のそのような態度が、チーム内に不要な空気を蔓延させているのです」 こころ「もちろん、私にも油断がありました」
こころ「忘れてはいけません」
こころ「彼女は本来、私たちが確実に夏冬連覇をするために、3本柱の一角を担う予定だった人」
こころ「ここからは、本気です」
こころ「一流の投手を相手にする意識で、彼女を叩き潰します」
板本「……おう」
こころ「ではいきますよ」
こころ「μ's、Baseball――」
音ノ木坂ナイン「「「スタート!」」」 『一番センター長崎さん』
長崎「よっしゃ!」
梨子『ビクッ』
ルビィ「ピギッ」
千歌(さ、さっきまでと全然雰囲気が違う)
千歌(ど、どうしよう。何を投げても打たれそうな雰囲気だよ)
梨子「っ」シュッ
長崎「いただき!」カキーン!
曜「センター!」
千歌「善子ちゃん!」 善子「くっくっくっ、堕天キャッチ!」パシッ
アウト!
ルビィ「ナイス善子ちゃん!」
花丸「変な言葉は余計だけどね」
千歌「た、助かった」
千歌(当たりは凄く良かったけど、守備範囲だった……)
長崎「すまん」
こころ「いえ、今のは運がなかっただけです」
こころ「とてもいい打撃でしたよ」 『二番キャッチャー矢澤こころさん』
こころ「……」グッ
梨子「っ」ゾクッ
梨子(凄く、嫌な予感がする)
梨子(でも逃げられない、マウンドに立っている以上)
梨子「えいっ」シュッ
こころ(打ちごろ!)
こころ「ふっ」カキーン
花丸「ずらっ」
千歌「一塁線――抜かれた!」 ルビィ「よしみさん、早く!」
よしこ「ちょ、ちょっと待って」
こころ(これは行ける!)
千歌「ヤバいよ、三塁打――って三塁蹴った!」
曜「バックホーム急いで!」
セーフ!
千歌「ランニングホームラン……」
板本「こころ、ナイスラン!」
こころ「一塁方向は穴です」
こころ「ファーストは素人同然、ライトもそれに近い」
こころ「しっかり狙っていきましょう」
板本「了解!」 キン!
曜「花丸ちゃん!」
花丸「捕れないよ、こんなの――」
よしみ「またこっち来たの!?」
千歌「三塁、急いで!」
ルビィ「駄目、間に合わないっ」
セーフ!
梨子「くっ」
千歌「今度は三塁打……」 『四番ファースト岡野さん』
カキーン!
梨子「!」
千歌「ヤバッ」
曜「でも風に押し戻されて――」
善子「くっ」パシッ
アウト!
ここあ「あー、ついてない」
こころ「でも、犠飛に十分ね」
千歌「5対0……」 板本「センターの変な奴、上手いな」
こころ「そうですね、センターラインはよく守れています」
こころ「流石に渡辺さんのチーム」
こころ「いくら寄せ集めでも、重要な部分はしっかり埋めていますね」
こころ「狙うならはっきりと、左右どちらかを狙うべきでしょう」
ぺゲロ「ヨクワカラン、テキトウ二ウツヨ?」
こころ「……貴女はそれでいいです」
板本「得意のランナー無しの場面だしな」 『五番レフト・ぺゲロさん』
千歌(留学生、一発が怖い打者)
千歌(でもこの人は内角、内角に投げれば何とかなる)
シュッ
千歌(少し甘い――でもこれぐらいなら)
カッキ―――ン!
千歌「えっ」
善子「……追うまでもないわね」
ルビィ「特大の、ホームラン……」 梨子「あ、ぁぁ」ガクッ
曜(6対0)
曜(冷静な梨子ちゃんが、あんなに取り乱してる)
千歌「た、タイム!」
千歌「り、梨子ちゃん」
梨子「……」
曜「駄目だ、交代しよう」
千歌「で、でも、いつもは5回か6回で交代なのに」
曜「これ以上失点したら、試合が壊れる」
千歌「だけど梨子ちゃんは、音ノ木坂を見返すって……」 曜「もう無理だよ、これ以上は梨子ちゃんの為にもならない」
曜「まだリベンジには早かったんだ、これ以上は傷を抉るだけ」
曜「もしイップスが再発したりしたら、目も当てられないよ」
花丸「ずら……」
ルビィ「うゅ……」
むつ「そ、そうだよ、とりあえず曜に交代しよう」
むつ「リベンジする機会は、またあるって」
千歌「……分かった」
曜「梨子ちゃん、交代!」
梨子「……うん」 【選手交代】
【曜:遊→投】
【梨子:投→左】
【いつき:左→中】
【善子:中→遊】
ここあ「お、投手交代っぽいね」
板本「ようやく曜に代わったか」
板本「相変わらずバッピにもならないな、梨子は」
こころ「板本さん、その言い方は反感を買いますよ」
板本「でも否定はできないだろ」
こころ「……そうですね」 ここあ「曜ってどんなスペックだっけ」
ここあ「あたし、打者として対戦したことないから分かんないんだけど」
こころ「とにかく力で押してくるパワーピッチャー」
こころ「球速は130キロ台だけど、140以上に見えるとも言われる質の高いストレート」
こころ「本人は好きじゃないみたいだけど、縦に大きく割れるカーブも素晴らしいわ」
こころ「私たちみたいに体格もパワーもないタイプだと、打つのは厳しいわね」
ここあ「諦めるの早いな」 バンッ
ここあ「でも確かに、速い」
こころ「まあ点差も十分についたし、ここあは交代しましょう」
こころ「他のメンバーもベンチ入りしてる1・2年生に交代」
こころ「好投手との実戦経験を積む貴重な機会です」
こころ「投手を笠野さんにしておけば、まず問題は起こらないでしょうから」
ここあ「えー、私も打ちたいんだけど!」
こころ「駄目よ、あの人の場合、デッドボールもあるから」
ここあ「えっ、あの球速でノーコンなの?」
こころ「ええ」
こころ「しかも投手相手でも、平然とインコースに投げ込んでくるわ」
ここあ「わ、私怖いからパス」 笠野「面倒だなぁ、投げるの」
こころ「文句言ってないで、準備してください」
こころ「ベンチにいても、プロ野球の結果を予想して遊んでるだけでしょ」
笠野「はーい、りょーかい」
板本「私はそのままでいいよな」
板本「曜と対戦できないのは勘弁だぞ」
こころ「ええ」
こころ「私と板本さんはそのまま出ましょう」
こころ「念のための保険にもなります」
こころ「控えメンバーでは、渡辺さんからの得点は難しいかもしれませんから」 【7回表】 Aqours0−6μ’s
千歌(何とかコールドを回避しながら試合は進む)
千歌(曜ちゃんはランナーを出しながらも、下級生主体の音ノ木坂を0に抑えている)
千歌(でも攻撃は、相変わらずヒットすら出ない)
千歌(代わった笠野さんは、ほぼストレートのみながら圧倒的な投球で――)
曜(また敬遠臭いけど、完全に外されてはいない)
曜(ボール球でも無理やり食らいつけば)ブンッ
バッターアウト!
曜「ああ、駄目かぁ」
こころ(渡辺さん、いい選手だけど相変わらず荒いわね) 『三番レフト桜内さん』
梨子「くっ」
カツン
花丸「あ、当たった!」
善子「しかも転がったの三遊間深いところよ!」
ルビィ「梨子さん走って!」
板本「よっこら――しょ!」パシッ――シュッ
アウト!
善子「う、上手い……」
ルビィ「あれをアウトにするなんて……」 『四番キャッチャー高海さん』
笠野「おら!」ビュッ
ストライク!
千歌「球速――135キロ!?」
千歌(こ、こんなの打てないよ)
千歌(で、でも何とか当てないと)
千歌(バットを短く持って、コンパクトに)ビュッ
ガン
こころ「オーライ!」パシッ
アウト! 笠野「よっしゃ!」
板本「ナイスピッチ!」
こころ(態度は悪いけど抑えるんですよね、この人)
千歌「キャッチャーフライ……」
千歌(手が凄く痺れてる)
千歌(当たったけど、ボールは見えていないほぼマグレ当たり)
千歌(この人、本当に二番手なの)
千歌(今すぐプロに入っても通用しそうな球を投げてるのに)
千歌(無理だよ、こんなの……) 【8回裏】 Aqours0−6μ’s
千歌(先頭にフォアボールで無死ランナー一塁)
千歌(ここでバッターは――)
こころ(結局、もう8回)
こころ(今日の渡辺さんは調子が良いとはいえ、流石に一点も取れないのは想定外)
こころ(選手を入れ替えすぎました、反省です)
こころ(けど流石にそろそろ、試合を決めたいですね) 千歌(また仕掛けられたら嫌だな)
千歌(慎重に入りたいけど、曜ちゃんのことだから――)
曜(ストレ――――ト!)シュッ
こころ「くっ」キン
曜「よし、ゲッツーコース!」
善子「ルビィ!」パシッ――シュッ
アウト!
ルビィ「マルちゃん!」シュッ
ガッ
花丸「あっ、バウンドして」ポロッ
セーフ! こころ「た、助かった……」
こころ(やっぱり渡辺さんとは相性が悪いわね)
ルビィ「ご、ごめんなさい」
花丸「ち、違うよ」
花丸「今のは、普通のバウンドを捕れなかったマルの所為だから」
曜「二人とも気にしないで!」
曜「この後しっかりお願いね!」
ルビまる「「は、はい!」」 『三番ショート板本さん』
曜(ランナー置いて、板ちゃんか)
曜(嫌な状況だな)
板本(一打席目、ストレートを捉えられずに三振)
板本(でも野手視点では、二打席目で打てれば勝ったようなものだ)
板本「今度は打つ!」
曜「させるか!」シュッ
板本(いける!)カキーン
曜「!」
千歌「あー、綺麗にセンター前」 曜「くそっ」
曜(これで一・二塁)
曜(でもここからは、控えの一年生)
『四番ファースト大井さん』
曜(このクラス、三振は取れなくても抑えるだけなら――)
キン
曜「げっ」
千歌「ファーストにボテボテのゴロ――」
花丸「え、えっと」パシッ
千歌「ベースカバーの曜ちゃんに!」
曜「花丸ちゃん!」
花丸「は、はい!」
フワッ
千歌「マズい、送球逸れて――」
曜「おっ――とと」タタッ――パシッ
セーフ! 曜「また、えらい方向にボールを……」
花丸「ご、ごめんなさい」
曜「ドンマイ、大丈夫」
曜(けどあと1点でコールドの場面で満塁……)
曜(四死球が許されないのは、ちょっときついな)
『五番レフト石田さん』
曜(こうなったら、思い切り真ん中に投げ込むしかない!)シュッ
カキーン!
千歌「ピッチャー返し――」 曜「!」パシッ
アウト!
曜「花丸ちゃん!」シュッ
花丸「ず、ずらっ」パシッ
アウト!
板本「馬鹿、なんでこの場面で飛び出してんだよ……」
こころ(後で説教ですね……)
ここあ「こ、こころ、何か怖いぞ」
笠野「あーあ、1イニング余計に仕事増えたよ」 曜「はぁ、助かった」
千歌「曜ちゃん、ナイスキャッチ!」
花丸「す、すいません、助かりました……」
曜「いやいや、花丸ちゃんもとっさの送球をよく捕ったね」
千歌(とりあえずコールドは回避できた)
千歌(あとは――)
曜「このままだとノーヒットノーランだよ!」
ルビィ「そそそ、そうですね」
千歌(1本でもヒットを打たなきゃ)
千歌(そして1点でも返さなきゃ)
曜「とにかくランナーを貯めて私に回して」
曜「試合の大勢は決まった状況、きっと勝負してくるはずだから」
曜「1点でも返せればきっと投手は動揺する」
曜「6点差なんだ、そうすればまだ試合も分からないよ!」
よいむつよしまるびぃ「「「おお!」」」 【9回表】 Aqours0−6μ’s
花丸(とは言ったものの、これは流石にマルにはちょっと――)
バッターアウト!
いつき「あ、あっさり三球三振」
むつ「あれは仕方ないよ」
よしみ「私たちと花丸ちゃん、一回もバットに当たってないもんね……」 ルビィ「ま、マルちゃ〜ん」ブルブル
花丸「る、ルビィちゃん、落ち着いて」
花丸「平常心なら、何とかなるはずだから」
ルビィ「で、でもぉ」
『九番セカンド黒澤さん』
ルビィ「ぴ、ぴぃ」
笠野(投げにくいなぁ、この手のタイプは)
笠野(弱い者いじめしてるみたいで嫌なんだよ……)
ボール ボール ボール ボールフォア!
笠野「ほらぁ」 花丸「ルビィちゃん出た!」
曜「よし!」
千歌「これであとは善子ちゃんも出れば……」
『一番ショート津島さん』
善子「くっくっくっ、あなたも私の魔力の前には子ども同然のようね!」
笠野「はっ?」
笠野(お前は関係ねーよ。雑魚の癖に――)シュッ
善子「グェッ」ドスッ
笠野「あ」
笠野(ムカついて、つい力が) 花丸「出た! 善子ちゃん得意の身体を張った出塁!」
千歌「こ、今回に限ればナイスだよ!」
千歌(これでバッターは曜ちゃん!)
千歌(曜ちゃんなら打ってくれる!)
千歌(初ヒットも初得点も――)
『二番ピッチャー渡辺さん』
曜(キタキタ!)
曜(笠野さんは短気な性格)
曜(ただでさえ荒れ球傾向にあるんだ)
曜(ここでノーヒットノーランと完封を同時に打ち破れば、まだ分からない――)
こころ「……」スッ
曜「えっ」 よしみ「きゃ、キャッチャーが外に構えて……」
いつき「この状況で」
むつ「いや、まさか」
曜「な、なんでさ!」
こころ(ごめんなさい)
こころ(本当は勝負させたい気持ちもある)
こころ(けどノーヒットノーランがかかった状況)
こころ(創部間もない相手にコールドを逃した)
こころ(その事実で批判されることを避けるには、ノーノ―しか考えられない)
ボールフォア! 曜「梨子ちゃん! 千歌ちゃん! あとは任せたよ!」
梨子「う、うん」
千歌「任せて!」
こころ(梨子さんはともかく、高海さんは流石主将、凄い気合いの入り方)
こころ(でもね、世の中は残酷なんですよ)
バッターアウト!
梨子「やっぱり私には……」
バッターアウト!
千歌「あ、当たらない……」
こころ「生まれ持った才能と長期間の努力で築かれた壁は、簡単には超えられないんです」
【試合終了】 Aqours0−6μ’s ―宿舎―
千歌「みんな、お疲れ様」
曜「うん」
善子「ええ」
花丸「ずら……」
梨子「……」
千歌(空気が重いな……) ルビィ「すぅすぅ」
善子「ルビィ、この状況でよく眠れるわね」
花丸「ずっと緊張しっぱなしで疲れたんだよ」
花丸「メンタル面を考えれば、よく最後までプレーしてたよ」
善子「あんたも大変でしょ」
善子「移動中ずっと、ルビィをおぶってたじゃない」
花丸「これぐらい、たいしたことないよ」
花丸「今日だけで3エラーに3三振」
花丸「せめてこれぐらいはしないと、逆にいたたまれないよ」
善子「花丸……」 梨子「ごめん、ごめんね、みんな」
梨子「私が、ちゃんと投げてれば」
梨子「ううん、そうじゃない」
梨子「変な意地を張らずに、最初から曜ちゃんに先発をお願いしてれば……」
曜「関係ないよ」
曜「私だって、レギュラー相手に投げてたら失点してたと思う」
梨子「違うよ、私の所為なの」
梨子「バッティングピッチャー同然の私が、全部悪いの」
千歌「梨子ちゃん……」 千歌(無理もない)
千歌(あんなに気合いを入れていた音の木坂との試合だったのに)
千歌(何もできず、あっさりとKOされて)
千歌(連勝で浮かれて忘れていたけど、思い知らされた)
千歌(私たちは所詮、曜ちゃんに依存したチームだと)
千歌(彼女の存在がなければ、どうしようもないと)
千歌(かろうじて通用していたのは、投手以外ではルビィちゃんと善子ちゃんだけ)
千歌(その2人だって、相手に比べれば圧倒的に劣ってる)
千歌(最強と言われるチーム相手にいい勝負をするなんて考えは、都合が良すぎたんだ)
千歌(だけど、気にし過ぎちゃ駄目)
千歌(とにかく今は、この空気を何とかしないと) 千歌「……今は、一生懸命やることが大事だよ」
千歌「最初はみんなこんなもの」
千歌「私たちは小さい頃から、野球に全てを賭けてきたわけじゃない」
千歌「初心者もたくさんいるチームなんだよ」
千歌「勝敗なんて気にせず、何事も経験」
千歌「せっかく大舞台に上がれたんだよ、みんなで楽しまなきゃ」
善子「いや、でもそれは」
曜「千歌ちゃん――」
こころ「すみません、浦の星女学院のみなさんですよね」 千歌「あ、あなたは」
梨子「こころちゃん……」
曜「……何をしに来たのさ」
こころ「そんな冷たい態度取らないでくださいよ」
こころ「もちろん気持ちは分かりますが」
曜「最初からまともに勝負しないなんてあり得ないでしょ」
曜「強豪校の癖に」
こころ「仕方ないじゃないですか」
こころ「プレッシャーなんですよ、一戦一戦」
こころ「真姫さんの世代まで圧倒的な強さを誇っていたせいで、周囲の期待値は異常に高い」
こころ「『音ノ木坂は勝って当たり前』なんて、平然と言われるですよ」
こころ「にこお姉さまの妹である私たちに対しては、特に強く」 千歌「だからって、あれは流石に」
こころ「所詮はテレビどころかネット中継もない大会ですから」
こころ「あの四球、別に立ち上がったわけでも極端に外したわけでもないですし」
こころ「状況を考えれば敬遠だと分かっても、確固たる証拠はありません」
こころ「ここあは年代別代表にも入れないクラスの投手ですよ」
こころ「そんなあの子が、相性の悪い、世代を代表する選手と勝負」
こころ「長打を避けようとアウトコースを攻めた結果、慎重になり過ぎてフォアボールになった」
こころ「そんな言い訳も簡単に出来ます」
こころ「渡辺さんに打たれて失点し、早い段階でマウンドにも上がられて負ける」
こころ「そんな最悪のシナリオを考えれば、妥当な判断だと思いませんか」 こころ「世の中、結構面倒なんですよ」
こころ「私たちが負けるだけではなく、少し苦戦しただけで鬼の首でも取ったかのように騒ぐ人がたくさんいる」
こころ「これがなかなかつらくて、その批判でメンタルを崩す選手もいます」
こころ「今回の件でも、多少は批判を受けるでしょう」
こころ「ですが、勝てばいいんです」
こころ「勝てば、結果を残せば、すべて正当化される」
こころ「外野の勝手な批判を抑え込める」
こころ「それが野球でしょう、渡辺さん」
曜「……そうだね」
曜「それでも、納得したわけじゃないけど」 こころ「でしょうね」
こころ「逆の立場なら、そう簡単に納得できる話ではありません」
こころ「けど貴女なら少しは分かるでしょう」
こころ「失敗が許されない厳しさを」
こころ「年代別代表で、嫌というほど経験してきたんですから」
曜「まあ、ね」
こころ「実際、そのプレッシャーに潰されてしまった選手も少なくありません」
こころ「本来エースを争うはずだった選手にも、その影響もあって部を辞めてしまった人がいました 千歌「それ……」
こころ「梨子さん、お久しぶりです」
梨子「うん、久しぶり」
こころ「投げられるようになったみたいでよかったです」
こころ「突然転校した後、心配していましたから」
梨子「ありがとう」
梨子「連絡もせずに、ごめんね」
こころ「いえ、気にしないでください」
こころ「イップスを悪化させ、転校にまで至ったのは私が助けになれなかったことも原因です」
こころ「むしろ私が謝らなければいけないぐらいですよ」 梨子「謝るなんて、そんな」
こころ「……そうですね」
こころ「これ以上この話をしても、お互いに気をつかいあうだけで生産性はありません」
こころ「私がここへ来た理由でもある、本題に入りましょうか」
千歌「本題?」
曜「今日の試合について、皮肉を言いに来たんじゃないの」
こころ「違いますよ」
こころ「渡辺さんの中の私のイメージ、どうなってるんですか」
曜「そりゃ、性格が悪い人的な」
こころ「それは勝利を最優先にしなければならないプレー中だけです」
こころ「別にルールや倫理の範囲での行動だけで、反則とかはしないですから」
曜「確かにそうだけどさ」 こころ「ともかく本題ですが」
こころ「梨子さん、イップスは完治したようですね」
こころ「昔と変わらない美しいフォーム、芸術性に溢れた投球」
こころ「今でも十分に一流選手でしょう――時間も一緒に止まっていれば」
梨子「時間も止まっていれば?」
こころ「今の貴女は入学時――中学生の全盛期と変わらない球を投げている」
こころ「逆に言えば、成長もしていないんですよ」
梨子「っ」
こころ「勿体ないです」
こころ「本来は高校で成長しているはずの時間が、イップスで止まってしまった」 こころ「中学時代は一流の投手でも、成長せずに高校で投げれば中の上程度の選手」
こころ「それは自分自身でも気づいていたでしょう」
こころ「経験があることを考えれば、一流半に近いレベルの投球はできているかもしれませんが」
梨子「……かも、しれないわね」
千歌「曜ちゃん、本当なの」ヒソヒソ
曜「うん」ヒソヒソ
曜「正直梨子ちゃんの球は、昔とほぼ変わっていない」ヒソヒソ
曜「下手をすれば、一番良かった時期より劣っているかもしれない」ヒソヒソ こころ「だけど、あまり気にすることはないと思うんです」
梨子「えっ」
こころ「梨子さんの場合、トレーニングなどを怠っていたわけではないはずです」
こころ「身体と頭のイメージや、力の出し方の点で問題があるだけ」
こころ「今日私たち相手に通用しなかったのも、それが原因です」
こころ「特に球速、今どき120も出ないようでは強豪校には通用しません」
こころ「まずはゆっくり、高校仕様の投球を出来るようになることを目指すべきです」
こころ「少なくとも体格的には、私よりだいぶ恵まれています」
こころ「きちんと感覚を修正すれば、高校レベルでも一流の投手になれるはずです」
梨子「こころちゃん……」 こころ「今、試合で投げるのは逆効果になるかもしれません」
こころ「ひとまず、そちらは渡辺さんに任せればいいと思います」
こころ「彼女なら一試合、問題なく投げきれますから」
こころ「言い方は悪いですけど、その方が良い結果が出ることは間違いありません」
梨子「……そこをはっきり言われると、少し傷つくかも」
こころ「すみません、こういう性格なので」
梨子「ふふっ、変わってないのね」
千歌「あの、矢澤さん?」
こころ「こころかこころちゃんでいいですよ」
こころ「基本的にみんな、そう呼ぶんで」 千歌「じゃあ、こころちゃん」
千歌「本題って、梨子ちゃんを励ましに来たってこと?」
こころ「はい、そうですよ」
曜「なんで梨子ちゃんを助けに来たの」
こころ「私だって本意じゃないんですよ」
こころ「かつての仲間の心の傷を抉ることなんて」
こころ「試合中の様子がおかしかったので、気になっていたんです」
こころ「実際、今も凄く落ち込んでいましたし」
こころ「そんな姿を見たら、居ても立っても居られないでしょう」
曜「こころちゃん……」 こころ「皆さんにも言えることですが、今日の試合は落ち込むような内容ではないですよ」
こころ「調べても、過去のデータがあるのは梨子さんと渡辺さんのみ」
こころ「そう考えれば、色々と仕方のない部分はあります」
こころ「試合後では皮肉に聞こえてしまうかもしれませんが、皆さんはいいチームでした」
こころ「特に津島さんと黒澤さん」
こころ「あなた達二人には、ずいぶんやられてしまいましたね」
善子「ふぇ」
こころ「実は津島さんの存在は、以前から少し知っていました」
こころ「ネットで時々、動画や生放送を観ていまして」
こころ「独特の野球論、とても勉強になります」 善子「そ、そう」
千歌「善子ちゃん、こころちゃんに知られてるなんて凄いね!」
こころ「世間的にはあまり知られていませんが、毎回なかなか興味深い内容なんですよ」
こころ「最近新作が上がらないのは、本格的に野球を再開したからだったんですね」
こころ「実際プレーの質も、一年生とは思えない内容でした、流石です」
善子「ま、まあ、私レベルになると当然よね」
花丸「あはは、分かりやすく嬉しそうだね」
善子「……嬉しくないわけないでしょ」 こころ「しかしそれ以上に驚いたのは黒澤さんです」
こころ「初回や、それ以降の見事な守備」
こころ「多少の粗さやプレーの波は見られますが、むしろそこに将来性を感じる」
こころ「どこに隠していたんですか、こんな子」
こころ「狭い女子野球の世界、全く無名だったのは信じられません」
花丸「それはちょっと、色々な事情があって」
こころ「いいですよ、そこまで深入りはしません」
こころ「悪い子でないのは、今の無邪気な寝顔を見ればわかります」
こころ「素行に問題があるとか、突然現れた天才であるとか、そんな類の話でないのも」 こころ「黒澤さんが本当に野球を好きで努力を重ねてきたのは、プレーと――」スッ
ルビィ「ぅゅ」スヤスヤ
こころ「この可愛らしい見た目に反した、ゴツゴツの手を見れば分かります」
こころ「日ごろから相当振り込んでいるのでしょう」
こころ「体格的に恵まれない物同士の親近感もあります」
こころ「この子は応援したくなりますよ、本当に」ナデナデ
千歌「なんか、お姉さんみたいだね」
曜「……こころちゃんの方が、ルビィちゃんよりちっちゃいけどね」
こころ「い、言わないでください」
こころ「これでも結構気にしてるんですから」 曜「あっ、そうだよね、ごめん」
こころ「いえ、渡辺さんに悪気がないのは分かりますし、よくあることです」」
こころ「私はとっくに割り切れています」
こころ「ここあは未だに足掻いていますがね」
こころ「あの体格で投手は限界があると何度言っても、聞き分けがなくて」
花丸「体格……」
こころ「ごめんなさい、国木田さんと黒澤さんも気になる問題でしたね」
こころ「でもあなたたちは大丈夫ですよ」
こころ「まだまだ身長も伸びそうですし、体質的にパワーも付きそうです」
こころ「黒澤さんもそう、少なくとも現時点でさえ、私より体格はあるんですから」
こころ「まだ一年生、きちんと努力すれば相応に上手くなれますよ」
花丸「は、はい」 こころ「では私はそろそろ帰ります」
こころ「早く戻らないと、お姉さまたちに心配されてしまうので」
千歌「あっ、はい」
梨子「色々ありがとう、こころちゃん」
こころ「いえ、私の方こそ」
こころ「明日試合がある皆さんに付き合っていただけて、ありがたかったです」
こころ「相手が聖泉女子なので苦労するとは思いますが、健闘を祈っています」
千歌「うん、ありがとう」
こころ「渡辺さん、期待していますよ」
こころ「鹿角さんとの対決、私だけではなく多くの人が」
曜「……うん」 ―翌日・グラウンド―
ルビィ「ふわぁ」
花丸「ルビィちゃん、眠たそうだね」
ルビィ「うゅ、昨日変な時間に寝ちゃったから」
梨子「ルビィちゃん、元気そうでよかったね」
千歌「他の皆と違って、こころちゃんに励ましてもらえなかったのに」
善子「あんな臆病なのに、案外図太いわよね、ルビィは」 千歌「それで、今日の相手のデータは」
ルビィ「えっと、学校名は函館聖泉女子高等学院」
ルビィ「チーム名はSaint Snowです」
ルビィ「昨年の冬季全国大会でベスト8」
ルビィ「三年生のエース、鹿角聖良の加入と共に力を付けてきた高校です」
ルビィ「昨年までは彼女による典型的なワンマンチーム」
ルビィ「しかし今年は有望な一年生の加入も選手層が厚くなりました」
ルビィ「特に4番を打つ柳澤選手、そして聖良さんの妹の理亞さんに注意です」
ルビィ「柳澤さんは年代別代表にも入っています」
曜「私や現三年生の代表とは、一世代ずれてるけどね」 ルビィ「チームの特徴として、投手は聖良さんが投げきる形が多いです」
ルビィ「一応二番手投手には、ショートの間宮さんがいます」
ルビィ「間宮さんも130近いストレートが武器です」
ルビィ「打線は音ノ木坂に比べれば劣りますが強力」
ルビィ「特に速球を得意としています」
ルビィ「落ちる球に弱いですが、ストレートの安打率が圧倒的に高い」
ルビィ「おそらく曜さんは、相性があまりよくない相手です」 千歌「それでこころちゃんは、苦労するって」
ルビィ「あとは比較対象だからかもしれないです」
千歌「比較対象?」
ルビィ「今の高校生の世代は、三人のスター選手がいます」
ルビィ「その中で誰が最も優秀か、ファンの間でよく議論になるんです」
ルビィ「一人目が曜さん」
ルビィ「二人目が音ノ木坂の板本さん」
ルビィ「そして三人目が、鹿角聖良さんなんです」
千歌「へぇ」 ルビィ「特に曜さんと聖良さんの二人は、一学年年齢は違いますがよく比較されます」
ルビィ「二人とも投手としては本格派、高い身体能力が売りです」
ルビィ「投球スタイルは130キロ台の速球」
ルビィ「そして落ち方は小さいけど速球と同じぐらいの球速のスプリットで圧倒します」
ルビィ「球種は違いますけど、音ノ木坂のここあさんと笠野さんを組み合わせたような選手かも」
ルビィ「打撃については、確実性はやや欠けますが体格の良さもあってパワーが凄いです」
ルビィ「μ’sに詳しい人なら、希さんに近いといえば分かりやすいかもしれません」
千歌「それは、凄そうだね」 曜「凄いよ、聖良さんは」
曜「実際私も、年代別代表でエースの座を奪われてるから」
千歌「えっ」
曜「嘘じゃないよね、梨子ちゃん」
梨子「ええ」
梨子「私が知っている範囲ではね」
梨子「もちろん、聖良さんが一学年上という事実も関係はしているけど」 ルビィ「そのような実績がありながら、音ノ木坂やUTXなどの強豪からの誘いを断って地元の進学校へ」
ルビィ「相当自分に自信があるんだと思います」
ルビィ「今年は理亞さんの加入もあり、本気で全国優勝が狙えると言われてます」
千歌「姉妹バッテリーなんだよね」
ルビィ「はい」
ルビィ「絶対首を振らないといわれるほど、信頼関係で結ばれているみたいです」
曜「私だって首を振らないよ!」
千歌「そもそも私からサイン出してないじゃん」
曜「まあね、基本ノーサインだし」
善子「えっ、曜さんと千歌さん、ノーサインだったの?」
曜「そうだよ! 私と千歌ちゃんの絆の証!」 ??「なるほど、彼女が理由でしたか」
曜「あっ」
梨子「あなたは」
曜「聖良さん!」
聖良「自分のやりたい方向へ一直線」
聖良「分かりやすいですね、曜さんは」
ルビィ「ほ、本物の聖良さん……」
??「ふふん、どうやら姉さまに見惚れているようね」 ルビィ「えっと、貴女は」
理亞「鹿角理亞」
理亞「これでも貴女たちと同じ世代の代表よ」
理亞「つまり、レベルの違う選手ということね」
善子「なんか痛い奴ねぇ」
花丸「可哀想なタイプなんだよ」
理亞「聴こえてるわよ」
花丸「ずらっ」 理亞「まあいいわ、所詮は負け犬の遠吠え」
善子「試合前から負け犬って」
理亞「見てなさい、私たちSaint Snowの野球を」
理亞「あなたたち素人軍団なんて、粉砕してやるんだから」
曜「へぇ……」
理亞「ひっ」
聖良「理亞、いい加減にしなさい」
聖良「挨拶に来たはずなのに、なぜ喧嘩を売っているんですか」 理亞「だって、ムカつくから」
理亞「たいした力もない癖に、こんなところにいて」
ルビィ「そ、そんなこと――」
聖良「すみません、愚妹が色々と失礼を」
聖良「私たちはそろそろ行きますね――理亞」
理亞「はい、姉さま」
聖良「楽しみにしていますよ、今日の試合」
千歌「は、はぁ」 千歌「キャラの濃い妹さんだったね」
善子「くっくっくっ、あれの素はおそらく人見知りね」
善子「姉がいるから強気だったけど、一人じゃまともに話せもしないわ」
曜「へぇ、なんでわかるの?」
花丸「善子ちゃんも同じタイプだからでしょ」
善子「そ、それはあんたもでしょ」
花丸「……知らないずら」 曜「……とにかく、今日も頑張っていこう」
曜「いくら聖泉女子が強くても、音ノ木坂が負けるとは思えない」
曜「今日勝てば、決勝トーナメントに進める」
曜「昨日の負けを帳消しにできる」
曜「絶対に負けられないよ!」
ルビィ「はい!」
善子「ええ!」
梨子「そうね!」 〔春季女子野球大会 グループA第二戦〕
【浦の星女学院『Aqours』VS函館聖泉女子高等学院『Saint Snow』】
先発メンバー
Aqours
1:遊・善子
2:投・曜
3:捕・千歌
4:左・梨子
5:右・よしみ
6:中・いつき
7:三・むつ
8:一・花丸
9:ニ・ルビィ
Saint Snow
1:捕・鹿角理亞 1年
2:遊・間宮 1年
3:投・鹿角聖良 3年
4:中・柳澤 1年
5:一・内村 3年
6:三・松尾 1年
7:右・下林 1年
8:左・江戸川 3年
9:二・牧田 3年 【1回表】
『一番ショート津島さん』
善子(鹿角聖良……)
聖良「……」
善子(スペックを聞くと恐ろしい投手)
善子(135以上の直球)
善子(昨日、笠野にぶつけられた時は凄く痛かった)
善子(避けることもできなかったのと同クラスの球を、私は打てるの?) 聖良「ふっ」シュッ
ストライク!
善子(やっぱり速い)
善子(だけど、これと同じぐらいの球速の落ちる球もある)
善子(早めに手を出さないと)
シュッ
善子(えーい、当たれ!)
キン
理亞「オーライ!」
アウト! 花丸「あぁ」
千歌「キャッチャーフライかぁ」
曜「善子ちゃん、どんな感じ?」
善子「やっぱり速いわね」
善子「昨日の笠野とほぼ変わらないわ」
曜「ふむ、了解」
善子(あれ、今日の曜さん、あんまり余裕がなさそう)
善子(相手は、それだけの投手ってこと……) 『二番ピッチャー渡辺さん』
曜「……」
理亞(姉さまのライバルだけあって、雰囲気あるわね)
理亞(けどデータ的に、真っ向勝負する必要はない)
理亞(初球は――)
シュッ
曜「っ」
ストライク!
曜「カーブ……」
曜(完全に裏をかかれた) 理亞(よし、これでいける)
理亞(次はストレートで)
キン
曜(ファール、追い込まれた)
理亞(カウントに余裕あるし、一球インハイに釣り球を)
ボール!
理亞(流石に手は出さない)
理亞(でも次のボールは――)
聖良「ふっ!」シュッ
曜「っ」ブン
バッターアウト!
曜「スプリットか……」 善子「よ、曜さんが」
花丸「三振……」
ルビィ「初めて見たかも……」
曜「ごめん千歌ちゃん、あとよろしく」
千歌「う、うん」
『三番キャッチャー高海さん』
千歌「お、お願いします!」
理亞(こいつは……適当にストレート三つで充分でしょ)
バッターアウト!
千歌「当たらないよぉ」 【1回裏】 Aqours0−0Saint Snow
『一番キャッチャー鹿角理亞さん』
曜(今日の打席は敬遠されそうにない)
曜(でもしっかり抑えないと、勝つのは難しい)
曜「よしっ!」
プレイ!
曜(この子は身体が小さい、とにかくストレートで押そう!)シュッ
ストライク! 理亞(速い)
理亞(これを捉えるのは、なかなか骨が折れそうね)
ストライクツー!
理亞(でも――)
キン――ファール!
曜(確かに速い球には強いみたいだけど――)シュッ
理亞(えっ、カーブ――)
ブン
千歌「あっ」ポロッ 間宮「キャッチャーこぼしてる!」
聖良「走って!」
理亞「!」
千歌「し、しまった」
セーフ!
理亞「た、助かった……」
千歌「曜ちゃん、ごめん」
曜「ううん、私の方こそ」
曜「低め狙いすぎて弾ませちゃったよ」
千歌「うん……」
千歌(……別に難しいボールでもなかった)
千歌(ああは言ってくれるけど、今のぐらいは止めないと) 『二番ショート間宮さん』
曜(バント……)
曜(素直にさせて一死貰おう)シュッ
コン
曜「花丸ちゃん――えっ」
花丸「わわっ」ポロッ――コロコロ
千歌(でもまだファースト――)パシッ
曜「投げるな!」
千歌「えっ」ピタッ
曜「ベースカバー、入ってない」 ルビィ「あっ」
ルビィ「ご、ごめんなさい」
曜「大丈夫、気にしないで」
曜(実戦経験が少ない弱点が出ちゃったか)
曜(いくらルビィちゃんが努力を重ねてきたとはいえ、二人で出来る範囲)
曜(投内連係とかの練習は不足してるもんね)
曜(花丸ちゃんやむっちゃんもそう)
曜(バント処理は基本、自分でやるぐらいのつもりでいこう) 『三番ピッチャー鹿角聖良さん』
曜(聖良さん……)
曜(投手対投手では劣っているかもだけど、投手対野手なら私の方が上のはず)
曜(抑えることは!)シュッ
コツン
曜「げっ」
千歌「バント!?」
曜(いいとこ転がったけど、私なら守備範囲!)パシッ
曜(ストレートな分打球は強いし、三塁刺せる!)ビュッ むつ「あ、ありゃ」ポロッ
セーフ!
曜「あっ」
曜(強く投げ過ぎた)
曜(あれだとむっちゃんは捕れないじゃん……)
むつ「曜――」
曜「ごめん、私の所為!」 聖良「ふふっ」
千歌「曜ちゃん!」
曜「大丈夫、まだ点は取られてない」
曜「とにかくアウト一つ、そうすれば落ち着くはずだから」
千歌「う、うん」
千歌(でも守備の弱点、完全にばれてる)
千歌(しかも聖泉女子の選手、バント上手いよ)
千歌(練習試合の相手だと、曜ちゃんの球をほとんどバントもできなかったのに)
千歌(これが全国トップレベル……) 『四番センター柳澤さん』
柳澤「あっす!」
千歌(うわっ、おっきい)
千歌(見るからに飛ばしそう、本当に一年生?)
千歌(この人も、年代別代表だっけ……)
曜(とにかく三振)
曜(高めで押し込もう!)シュッ
千歌(あっ、真ん中に)
キン!
千歌(でも押し切った――ライト浅い!)
よしみ「よしっ」パシッ
理亞「っ」ダッ 曜「タッチアップした!」
ルビィ「よしみさん!」
よしみ「え、えい!」スポッ
花丸「あ、あらぬ方向に」
善子「ど、どこ投げてんのよ!」
よしみ「ご、ごめん」
梨子「早く拾って!」
千歌(結局犠飛、しかもニ・三塁だよ……)
曜「ワンナウト! 落ち着いていこう!」 柳澤「ナイスラン、マジでパなかった!」
理亞「ありがとう」
理亞「でもらしくないわね」
理亞「貴女がストレートに差し込まれるなんて」
柳澤「いやいや、あのストレートマジパないんだぜ!」
柳澤「スゲエぐわーっと来て、パないわ!」
柳澤「本当にスゲエ、パねえ!」
理亞「相変わらず、語彙力が壊滅的ね……」 『五番ファースト内村さん』
曜「このっ」シュッ
キン!
千歌(三遊間――抜かれた!)
千歌(でも打球強い、二塁ランナーが回ってもホーム刺せる!)
聖良「――」ダッ
善子「三塁蹴った!」
曜「梨子ちゃん、バックホーム!」
梨子「えいっ!」シュッ 千歌「いい球、これなら――」
聖良「――」ギラッ
千歌「っ」
千歌(凄い勢いで、迫ってきて――)
ポロッ
千歌「し、しまった」
セーフ!
内村(よしっ)ダッ
曜「千歌ちゃん、セカンド!」
千歌「えっ」
千歌(投げっ――握り損ねっ)スポッ ルビィ「わっ」
善子「どこ投げてるのよぉ!」
よしみ「あ、フォロー忘れて……」
いつき「誰もいないよっ」
内村「ラッキー!」ダッ
千歌「サード――いやホーム、急いで!」
セーフ!
千歌(ば、バッターまで帰ってきちゃった……)
曜(4−0……)
曜(まともなヒット一つで、4失点……)
曜「くそ――」
曜(いやいや、駄目だよ)
曜(私がキレたら、試合が終わる)
曜(みんな経験もない、実力的にも仕方ない)
曜(勝つためには、私が冷静でいないと) 【4回表】 Aqours0−5Saint Snow
ボール!
善子(よし、これでスリーボール)
善子(この回の先頭で、次は曜さんなんだ)
善子(何とか出塁して繋げないと)
聖良「――」シュッ
善子(際どい)
善子(でも打つより――)
ボールフォア!
善子「よしっ」
曜「よーしこー!」 理亞「ちっ」
理亞(球審辛過ぎでしょ)
理亞(この状況じゃ、多少の肩入れしたくなるのは分かるけど)
聖良「理亞、落ち着いて」
理亞「ご、ごめんなさい」
『二番ピッチャー渡辺さん』
曜(初回以降、守備は頑張ってくれてる)
曜(失点も私が普通に打たれただけ)
曜(少なくとも、自責点の分ぐらい取り返さないと) 聖良(曜さん――抑える!)シュッ
曜(昨日の試合から今まで、チームは無安打)
曜(ここで私が――)
曜「流れを――変える!」
カッキ―ン!
理亞「!」
千歌「大きい!」
梨子「いった!?」
ビュッ
花丸「あっ」
ルビィ「でも逆風……」 柳澤「うおっ」パシッ
アウト!
善子「フェンス際……」
曜「あー、広い球場じゃなかったら入ってたのに!」
柳澤「やっぱアイツパねえ!」
柳澤「この風で聖良先輩の球をアレとか、マジリスペクト!」
理亞「助かった……」
聖良「流石曜さんですね」
聖良「あそこまで飛ばされるなんて」
理亞(でもこれで大丈夫)
理亞(一番怖いバッターは切り抜けたんだもの) バッターアウト!
千歌「……私、打撃センスないなぁ」
梨子「仕方ないよ」
梨子「聖良さんは、女子球界の中でもかなりのレベルの投手なんだから」
千歌「うぅ――でも梨子ちゃん打って!」
梨子「うん、頑張ってみる」
梨子「今日は外野で4番だから、その分の仕事はしなきゃね」 『四番レフト桜内さん』
梨子(今日は投げる予定がない分、野手として頑張らないと)
梨子(一応、曜ちゃんの次に打てる可能性がありそうなのは私)
梨子(そして後続は打てる可能性が低い、ここは――)スッ
善子(まあ、それしかないわね)
聖良(梨子さん、昔は決して打撃が苦手な選手ではなかったはず)
聖良(4番を打つぐらいですから、警戒しないと)グッ
善子(!)ダッ
聖良「スチール!?」シュッ
梨子「当たって!」キン! 曜「叩きつけた!」
千歌「ショート深い、これなら余裕で内野安打――」
間宮「しゃっ」パッ――ビュッ
アウト!
千歌「う、うそぉ」
むつ「あ、あの打球で一塁刺すなんて……」
いつき「す、凄い」
よしみ「曜や、音ノ木の板本さんみたい」
ルビィ(……たぶんその2人でも、今の打球をアウトにするのは難しい)
ルビィ(あの人一年生なのに、守備だけなら球界トップクラスなのかも……) 【5回裏】 Aqours0−5Saint Snow
千歌(気づけば5回裏)
千歌(何とか守備は建て直し、踏ん張ってきた)
千歌(でも流石は速球に強いと評判のSaint Snow)
千歌(序盤のドタバタ劇のせいか疲れが出てきた曜ちゃんをついに捕らえて――)
カキーン!
曜「くっ」
ルビィ「ピギィ!」
花丸「これで2連打」
善子「無死1・2塁……」 『六番サード松尾さん』
曜(ストレート、球威が落ちてきてる)
曜(カーブをもっと使っていかないと、抑えられない)
曜(本当は使いたくないけど、一応サインを出して投げれば――)シュッ
千歌「カーブ……」
バンッ
曜「しまった、バウンドさせて――」
千歌「あぅ」ポロッ
曜(……そう、なるよね)
千歌「ごめん、2人とも進塁しちゃった」
曜「私こそ、ちょっと軽率だった」 ボールフォア!
曜(駄目だ、動揺してる)
曜(気持ち、立て直さないと)
曜(これ以上の失点は致命傷になる)
千歌(どうしよう、あと2点で7回コールド圏内)
千歌(それどころか、5回コールドだって……)
善子「満塁……」
ルビィ「ぴ、ぴぃ」フラフラ
花丸「る、ルビィちゃん、落ち着いて!」 『七番ライト下林さん』
曜(カーブは危ない)
曜(千歌ちゃん、まだ落差のある変化球の捕球は難しそう)
曜(でもストレートだけは……)
曜(このクラス相手だと――)シュッ
カキーン!
曜「センター!」
曜(駄目か、これじゃ犠飛に――)
いつき「こ、これは無理っ」
曜「ツーベース……」
曜(ただのセンターフライでしょ)
曜(普通の経験者なら、誰でも取れるような)
千歌「走者一掃で、0対8……」 『八番レフト江戸川さん』
曜「このやろっ」シュッ
カキン!
曜「ルビィちゃん!」
ルビィ「あっ」ポロッ
曜(今度はエラー……)
ルビィ「す、すみません」
曜「ドンマイ」
曜(ルビィちゃん、もう頼りにならないモードになってる)
曜(過剰に信頼しちゃ駄目だ) 『九番セカンド牧田さん』
曜(けどここは併殺が欲しい)
曜(スライダーでタイミングを外そう)
曜(相手は想定してないはずだから、上手くいくはず)シュッ
カツン
牧田「しまったっ」
曜(ショートゴロ、これなら――)
善子「やばっ」イレギュラー
曜「っ」 千歌「ファースト、間に合う!」
善子「花丸!」シュッ
花丸「あ、あれっ」ポロッ
曜「はい!?」
千歌(な、なんでもない送球を……)
曜「っ〜〜〜〜〜〜〜」バンッ
千歌(ぐ、グラブを叩きつけた)
千歌「よ、曜ちゃん、落ち着いて」
曜「分かってる、分かってるよ!」 曜(駄目だ、打たせちゃ)
曜(今は自分以外信用しちゃいけない)
曜(三振、三振を取らなきゃ)
理亞「くっ」
バッターアウト!
間宮「どうした」
理亞「ここへきて、また速くなってる」
間宮「マジか」
バッターアウト!
間宮「確かに、これは凄いな」 理亞「でもこの2打席で分かったわ――姉さま!」
聖良「どうしたの、理亞」
理亞「たぶん、渡辺曜が投げる球は――」
『三番ピッチャー鹿角聖良さん』
曜(ツーアウト)
曜(次の回はルビィちゃん、善子ちゃんに回る)
曜(2人が出て、私が打てばまだ試合は分からない)
曜「ここを、三振で切り抜けられれば!」シュッ
カッキ――――ン!
曜「あっ……」 千歌「ほ、ホームラン」
ルビィ「11、点目」
花丸「コールド負け……」
善子「あの曜さんが、そんな……」
聖良「くすっ」
聖良「確かに理亞の言うとおり、高めのストレートのみ」
聖良「分かりやすいですね、曜さんは」
【試合終了】 Aqours0−11Saint Snow (5回コールド) ―グラウンド外―
曜「くそっ」バンッ
曜「ああ、もう!」バンッ
ルビィ「ぴ、ぴぃ」
善子「よ、曜さん、落ち着いて」
曜「落ち着いてるよ!」
善子「だ、駄目よ、ユニフォームとか、色々叩きつけたりしたら」
梨子「そうよ、暴れる時も利き手には注意しないと」
むつ「梨子ちゃん、そこじゃないよっ」 花丸「ごめんなさい、マルがエラーばっかりするから……」
ルビィ「る、ルビィも……」
よしみ「それは、私たちもだし……」
いつき「うん……」
千歌「そう、だよね」
千歌(怒るのも無理ない)
千歌(今日のは、いくらなんでも酷過ぎた)
千歌(記録に残らないエラーも含めれば、余裕で二桁に達する)
千歌(これじゃあ、野球にならない) 聖良「あの、すみません」
千歌「聖良さんと――理亞ちゃん」
理亞「ほら言ったでしょ」
理亞「あなた達を粉砕するって、宣言どおり」
曜「はっ!?」
曜「理亞ちゃんだっけ? 君無安打でしょ」
曜「なに偉そうに言ってるのさ!」
理亞「ひっ」
善子「なんでビビってるのに、毎回煽るのよ……」
花丸「もう性分なんだよ……」 千歌「あの、なにかご用ですか?」
千歌「できれば後にしてもらいたいんですけど」
千歌「見てのとおり、曜ちゃんがあんな感じなので……」
聖良「その、用事があるのは私ではなくて」
理亞「私よ」
善子「なによ、もう十分に煽ったでしょ」
理亞「違うわよ、それとは別件」
理亞「そこの主将さんに話があるの」
千歌「えっ、私?」 理亞「高海千歌」
千歌「は、はい」
理亞「あなた、キャッチャーのことを馬鹿にしてるでしょ」
千歌「そ、そんなこと」
理亞「確かにストライクゾーンのキャッチングは上手」
理亞「でもそれ以外は落第、最悪」
理亞「ただ枠に来たボールを捕れればいいと思っている」
理亞「存在自体が、ポジションへの冒涜よ」
善子「ちょっと、そこまで言わなくても」 理亞「でもそうでしょ」
理亞「例えばこの2試合、投手はバウンドするようなボールをまともに投げられていない」
理亞「そのせいで、変化球自体も少なくなってる」
理亞「桜内梨子なんて、変化球中心であるべき技巧派の投手なのに」
千歌「そ、それは」
理亞「私たちが渡辺曜を打ち込めたのもそうよ」
理亞「貴女が信頼されずに、カーブを有効活用できないから」
理亞「基本的にストレートしか来ないと分かってたら、そりゃ打つわよ」
理亞「姉さまがホームランを打った場面もそうだったでしょ」 理亞「しかもなに、打たれた後」
理亞「ほとんど励ましにも行かず、毎回投手よりもオロオロして」
千歌「っ」
理亞「貴女、才能ないのよ」
理亞「センスも、頭も、それを補おうとする気概も」
理亞「どんなことがあっても、私以上になることは絶対にありえない」
理亞「二流止まりが精々でしょ」
千歌「……」 理亞「最初から舐めてるのよ」
理亞「9人ギリギリ、お遊戯会みたいな面子で乗り込んできて」
理亞「負けて当然みたいに、ヘラヘラと野球をしてる連中を見ると、本当に腹が立つ」
理亞「馬鹿にしないで」
理亞「野球は、キャッチャーは遊びじゃない!」
曜「お前、それ以上は!」
聖良「理亞!」
理亞『ビクッ』
聖良「ごめんなさい」
聖良「この子、昔から口が悪くて」
曜「そういう問題じゃ――」 聖良「でもそれだけ、真剣に野球をしているんです」
聖良「真摯に、野球に向き合っているんです」
聖良「私は野球を辞めろとは、大会に出るなとは言いません」
聖良「けど皆さん、大きな舞台を目指すのは諦めた方がいいかもしれませんね」
聖良「そこを本気で目指している人が、どれほどいるかも分かりませんが」
曜「っ」
聖良「厳しい言い方をしましたが、今年度創部でここまでに仕上げたのは見事だと思います」
聖良「その意味では、あなた方をリスペクトしている」
聖良「それは忘れないでください」 やっぱり最初から通すとめちゃ長いな
今何割くらいまで来てんだ ―宿舎―
千歌「みんな、お疲れ様」
ルビィ「はい……」
花丸「ずら……」
梨子「……」
善子「……」
よしみ「……」
いつき「……」
むつ「……」 千歌(全員、落ち込んでる)
千歌(無理もないよね。酷い負け方をして、あんなことまで言われて)
千歌(私も、あんな言われ方――)
千歌「っ」グッ
梨子「……ねえ、千歌ちゃん」
千歌「し、仕方ないよ」
千歌「まだ私たちは始めたばっかりだし、こんな結果になっても」
梨子「千歌ちゃん……」
千歌「帰って練習しよう」
千歌「そしてまた、一から頑張ろう」
ルビィ「うゅ……」
梨子「そう、よね」 千歌「今日の分までは部屋取ってあるから、泊まっていいって」
千歌「明日はさ、みんなで観光でもしに行こうよ」
千歌「そうすれば少しは気が晴れるよ、きっと」
梨子「だけど、曜ちゃんが……」
千歌「それは……」
善子「曜さん、部屋に籠ったままなのよね」
花丸「やっぱりまだ、怒ってるのかな」
ルビィ「分からない」
ルビィ「でも本当に悔しかったんだと思う」
ルビィ「それだけは、分かるよ」 千歌「とりあえず、私が様子を見てくる」
千歌「もし今の状態が明日まで続くようなら、一緒にいるから」
千歌「みんなは普通に観光してきなよ」
ルビィ「でも……」
千歌「曜ちゃんと同部屋なのは私でしょ」
千歌「たぶん一番仲が良いのも私」
千歌「それに一応、曜ちゃんの女房役だし」
千歌「それぐらいは、ね」 梨子「……そうね」
梨子「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」
善子「ちょ、ちょっと」
梨子「いいから」
梨子「みんなは、私が東京を案内してあげるわよ」
よしみ「……私たちは朝に帰るよ」
いつき「三人とも家の用事があるからさ」
むつ「だからみんなは楽しんできて」
梨子「そう……」
ルビィ「……」
花丸「……」 トントン
千歌「曜ちゃん、調子どう?」
ガチャ
曜「ごめん、寝てた」
千歌「大丈夫?」
曜「うん」
千歌「今日はごめんね、私たちが足を引っ張っちゃって」
千歌「あれじゃあ、怒るのも無理ないよね」 曜「違うよ、私はみんなに怒っていたわけじゃない」
千歌「えっ?」
曜「言い方は悪いけど、エラーはある程度は想定してた」
曜「怒りは、それでも勝てると過信していた私自身へのもの」
曜「あの子の言うとおり、ちょっと馬鹿にしてたかも、野球を」
千歌「曜ちゃん……」
千歌(顔、泣いた痕が残ってる)
千歌(それを見せたくなくて、部屋に残ってたのかな) 曜「どうしたの?」
千歌「その、顔……」
曜「あっ――顔洗うの忘れた」
千歌「やっぱり、泣いてたの」
曜「まあ、悔し泣き」
曜「あとまだ少し、荒れてた」
千歌「そっか」 曜「千歌ちゃんだって、悔しかったでしょ」
曜「試合に負けたこと、色々言われたこと」
千歌「そりゃ、まあね」
千歌「負けたのは、仕方ないけど……」
曜「……」
千歌「あのね、ダイヤさんに聞いたら、もう一日泊まってもいいんだって」
千歌「だから明日さ、みんなで東京観光しないかって――」
曜「ねえ」
千歌「ど、どうしたの」 曜「私たちだけでも、明日の試合を観に行こう」
千歌「曜ちゃん?」
曜「音ノ木坂と、聖泉女子の試合」
曜「見なきゃ駄目だと思う。この先の現実も、しっかりと」
曜「そうしないと、先へ進めないよ」
曜「日本一は、狙えないよ」
千歌「それは……」
千歌(正直、気が進まない)
千歌(だけど曜ちゃんが、それで満足するなら――)
千歌「分かった、いいよ」
千歌「行こう、試合を観に」 ―翌日・神宮外苑―
善子「こ、これは!?」
ガシャン――シュッ
善子「ス○ノ、オ○ワ、ノリ○ト……各球団のエースの映像がびっしり」
梨子「どうかしら、これが都会のバッティングセンター」
梨子「いえ、バッティ○グドームよ!」
善子「ドーム――か、カッコいい……」
梨子「もちろんピッチングに、卓球まであるわ!」
善子「おぉ!」 梨子「この後は水道橋の野球殿○博物館、それが終わったら秋葉原に直行よ!」
善子「秋葉原、堕天使グッズまで買える……」
善子「最高よ、貴女は最高よ!」
善子「ぜひリリーと呼ばせて!」
梨子「そ、それはちょっと恥ずかしいかな」
善子「ちょ、急に素に戻らないでよ、リリー!」
梨子「あっ、結局呼ぶのね」 花丸「2人とも楽しそうだね」
ルビィ「う、うん」
花丸「よかった、元気になって」
ルビィ「そうだね」
花丸「でもここ、本当に凄い設備」
花丸「こんなに近代的な設備――まさに未来ずら〜」
ルビィ「あはは」
ルビィ「花丸ちゃんも、楽しそうだね」 花丸「ルビィちゃん、楽しめてない?」
ルビィ「ううん、そんなことはない」
ルビィ「でも近くに球場があると、どうしても思い出しちゃう」
ルビィ「もしかしたら、あそこへ行けるのかな」
ルビィ「一番上の舞台まで勝ち進んだら、さらにドームまで……」
ルビィ「そんな風に夢を見ていた、ここに来る前の自分のこと」
ルビィ「恥ずかしいよね、本当に」
ルビィ「昨日、あんなことを言われても、仕方ないぐらい」
花丸「ルビィちゃん……」 善子「ちょっと、なに辛気臭い話してるのよ」
花丸「辛気臭いって」
善子「今はそれを忘れて、楽しむときでしょ」
ルビィ「そうだけど……」
善子「私だって、辛いわよ」
善子「反省しなきゃいけないこともたくさんある」
善子「でも今はその時じゃない」
善子「今後の為に必要なエネルギーを養うときでしょ」
善子「とにかく、馬鹿みたいにはしゃぎましょうよ」
花丸「……うん」
ルビィ「……そうだね」 善子「じゃあ早速打ちましょう」
善子「本物の投手と対戦できるみたいで凄いわよ!」
花丸「あはは」
ルビィ「善子ちゃん、子どもみたい」
善子「とりあえず、私はスガ○に――」
梨子「ごめんなさい、そこは私の打席よ」
善子「じゃあオガ○――」
花丸「面白いフォーム、未来ずら〜」
善子「ノ○モト――」
ルビィ「うゅ!」
善子「な、なんでよ〜」 ―某球場―
曜「開始前に間に合ったね」
千歌「うん」
曜「なんか変な感じ」
曜「昨日まであそこで試合してたなんて」
千歌「そうだね」
曜「それで、ダイヤさんは――」 ダイヤ「お二人ともここですわ」
千歌「あっ、いたいた」
曜「おぉ、バックネット裏特等席……」
ダイヤ「流石に女子の春季大会では人も少ないですからね」
ダイヤ「朝一番に来れば、余裕で座ることができました」
ダイヤ「しっかり三人分確保してありますわ」
曜「第一試合から見ていたんですか?」
ダイヤ「もちろん」
曜「本当に好きなんですね、野球」
ダイヤ「私の生き甲斐ですから」 こころ「あら、曜さん」
板本「本当だ――おーい」
曜「こころちゃん、板ちゃんも」
曜「すいません、ちょっと行ってきます」
ダイヤ「はい、私のことは気になさらず」
板本「おっ、11失点投手が来たぞ」
曜「あー、言ったなぁ〜」
こころ「全く、相変わらず落ち着きのない……」 ダイヤ「千歌さんは行かなくてもいいのですか」
千歌「その、私はちょっと」
ダイヤ「……まあ、仕方ないでしょう」
ダイヤ「あの三人は、μ’sとA-RISE効果で競技人口が増えた世代」
ダイヤ「その中でもトップ、つまり将来日本の女子野球界を背負う存在」
ダイヤ「気後れしてしまう気持ちも分かります」
千歌「そうですよね」
千歌「私には関係のない、想像もつかないような世界の人たち」
ダイヤ「…………」 千歌「ダイヤさん、私たちの試合は観に来なかったんですか」
ダイヤ「いえ、もちろんいました」
ダイヤ「見守ってきたチームの、妹の晴れ舞台ですから」
ダイヤ「ただ、声をかけるタイミングを逃して」
ダイヤ「というか、正直に言えば雰囲気的にはばかられて……」
千歌「すいません、昨日はあんな感じでしたし」
ダイヤ「曜さん、温厚なイメージでしたが、あんな風に怒りを表に出すのですね」
千歌「私もあそこまで怒った曜ちゃんは初めて見たかもしれません」
ダイヤ「それだけ負けず嫌い、勝ちへの執念が強いということでしょうか」
千歌「勝ちへの、執念」 曜「すいません、お待たせしました」
ダイヤ「あら、もういいのですか?」
曜「練習中にあまり話しているわけにもいかないので」
ダイヤ「それもそうですわね」
曜「散々煽られちゃいましたよー」
曜「昨日の投球は酷かったんで、仕方ないですけど」
ダイヤ「あら、それなのによく大人しくしていられましたね」
ダイヤ「昨日の様子だと、怒り狂いそうですのに」
曜「うっ、昨日の今日だと否定しずらい」 千歌(曜ちゃんとダイヤさん、楽しそうだな)
千歌(でも私は、グラウンドから目が離せない)
千歌(客観的に、この場所から練習を見ればわかる)
千歌(そこにいるのは、まるで別世界の人たち)
千歌(そりゃ勝てないよね、勝てるわけない)
千歌(昨日、改めてスコアブックを見た時の数字が忘れられない)
『0勝、0得点、0安打』 千歌(途方もない差を象徴するように並ぶ、0)
千歌(嫌でも見せつけられる、現実の数字)
千歌(鹿角姉妹の言葉通り、諦めた方がいいんだろうな)
千歌(全国とか、優勝とか、夢みたいな話は)
千歌(でもいいよね)
千歌(私は野球をしてたかっただけ)
千歌(μ'sみたいに、グラウンドで輝くために)
千歌(その輝きは、別に大舞台じゃなくても、手に入る――はず)
千歌(身の丈に合った世界で楽しめれば、それでいいんだ)
曜「…………」 ―東京某駅―
『まもなく○番線に〜』
千歌「あー、待ち合わせ時間過ぎちゃった」
ダイヤ「楽しんでいるのでしょう、いいことではありませんか」
ダイヤ「楽しむ気力があるなら、まだ安心できます」
千歌「そっか、それもそうですね」
曜「あっ、噂をしたら来たかも」 梨子「ごめん2人とも、遅れちゃって――」
善子「あっ」
花丸「ダイヤ、さん」
ダイヤ「みなさん、お疲れ様でした」
梨子「来てくれていたんですが」
ダイヤ「ええ」
花丸「じゃあ、試合も」
ダイヤ「もちろん見ていました」 ルビィ「お姉、ちゃん」
ダイヤ「ルビィ」
ルビィ「あ、あの」
ダイヤ「いいのです、言葉にしなくても」
ルビィ「う、うぅ」
ダイヤ「私は、分かっていますから」
ルビィ「ううぅ――」ダキッ
ダイヤ「よく、頑張りましたね」
ルビィ「うわぁぁ――ん」
花丸「ルビィちゃん……」
善子「ルビィ……」
千歌「……」
梨子「……」 ―沼津・渡辺家―
曜「すみません、わざわざ送ってもらっちゃって」
志満「ううん、気にしないで」
志満「ついでだから、このぐらい大丈夫よ」
千歌「じゃあね曜ちゃん、また学校で――」
曜「あの、少し千歌ちゃんと二人で話してもいいですか」
千歌「曜ちゃん?」
志満「大事な話?」
曜「はい」
志満「分かった、じゃあ車で待ってる」
志満「急がなくても大丈夫だからね」
バタン 千歌「曜ちゃん、話って――」
曜「夏の予選まで、あと二か月と少しぐらいだね」
千歌「そんなに近いんだっけ」
曜「勝ちたいよね」
曜「勝って、今度こそ音ノ木坂や聖泉女子にリベンジしなきゃ」
千歌「……でも流石に厳しいよ」
千歌「とりあえず、今年はそこそこ勝ち進む感じでさ」
千歌「来年地区の決勝を目指すとか、それぐらいが現実的じゃない?」
曜「……千歌ちゃん」 千歌「今回、思い知ったよ」
千歌「非現実的な理想を掲げても、傷つくだけだって――」
曜「ねえ、千歌ちゃん」
曜「悔しくないの?」
千歌「えっ」
曜「千歌ちゃんは、悔しくないの?」
千歌「え、いや、そりゃ悔しいけど、仕方ない部分は――」
曜「仕方ない!?」
千歌「っ」ビクッ 曜「私たち、負けたんだよ」
曜「その上に理亞って子にあんなこと言われて、どうしてそんな態度でいられるの」
曜「ゼロ、ゼロ、ゼロ――これが私たちの現実だよ」
曜「私は悔しい、悔しいよ」
曜「勝てなかった、手も足も出なかった」
曜「それどころかヒットすら打てずに、試合後には馬鹿にされて」
曜「なのに千歌ちゃんは、全然悔しそうに見えない」
千歌「そ、そんなこと」
曜「あるでしょ」
曜「次は勝とう、リベンジしよう、そんな言葉も、態度も、千歌ちゃんからは出てこない」
曜「それどころか、先に進むことを諦めてしまっているみたい」
千歌「それは……」 曜「ずっと違和感はあった」
曜「私が目指している舞台と、千歌ちゃんが目指している舞台」
曜「同じようで、どこか違う感じがして」
曜「でも一緒に野球をやりたいから、気づいても直視しないようにしてた」
曜「けどね大会中やその後、千歌ちゃんの態度を見て確信しちゃったんだ」
曜「そこには、大きなギャップがある」
曜「私と千歌ちゃんは、相いれない存在なんじゃないかって」
千歌「曜ちゃん?」 曜「ごめん、私は明日から練習行かない」
千歌「え……」
曜「しばらく、部活は休むよ」
千歌「そ、それは、あれだよね」
千歌「ちょっと疲れたから休むとか、そんな感じの」
曜「……どうかな」
曜「少し考えないと、分からない」
千歌「よ、曜ちゃん?」
曜「……ごめん」ダッ 千歌「ちょ、ちょっと待って!」
ガチャン
千歌「曜ちゃん、曜ちゃん!?」
曜『悪いけど、帰って』
千歌「えっ……」
曜『今は千歌ちゃんと話したくない』
曜『落ち着いたら、ちゃんと話すから』
千歌「曜ちゃん……」 ―浦の星女学院・グラウンド―
善子「本当にやるの?」
花丸「うん」
善子「だけど、こんな時間にノックなんて」
善子「いくら照明があっても、疲れてるし」
花丸「いいからっ!」
善子「花丸、無理は駄目よ」
善子「怪我したら、どうしようもないわよ」 花丸「無理、しなきゃなんだよ」
花丸「マルは今までずっと、みんなの足を引っ張ってきた」
花丸「一番下手なのは、一番足を引っ張っているのは、間違いなくマル」
花丸「助っ人の3人よりも、ずっと下手なんだ」
花丸「今回の大会だってそう」
花丸「あんなにポロポロエラーしなきゃ、曜ちゃんが怒ることもなかった」
花丸「みんなだって、あんなに落ち込むことはなかった」
花丸「それに、ルビィちゃんが泣くことも……」 花丸「マルの所為で、チームが滅茶苦茶になってる」
花丸「みんなは初心者だから仕方ないと言ってくる」
花丸「でもそれに甘えてちゃ駄目なんだ」
花丸「もうあんな思い、絶対にしたくない」
花丸「だから、だからっ――」
善子「分かった、分かったから」
善子「この時間は本当に危ないわ」
善子「せめて素振りとかランニングとか、ボールを使わない事をしましょう」 花丸「でも――」
善子「いいからっ」
善子「あんたが怪我したら、またルビィは落ち込むわよ」
善子「あの子のことだから、きっとあんたの怪我も自分の所為だって抱えこむ」
善子「それでもいいの?」
善子「よくないでしょ」
花丸「それは……」 善子「守備はちゃんと人数が揃ってる時に、みんなと一緒にやればいい」
善子「普通の練習以外でも、ルビィにも声をかけて、明るい時間に3人で自主練すればいいでしょ」
善子「その方が効率もいいし、みんな練習にもなる」
花丸「う、うん」
善子「大丈夫、とことん付き合うわよ」
善子「私たちはまだ1年生」
善子「ちゃんと練習すれば、じきに上手くなるはずよ」
善子「焦る気持ちも分かるけど、少しずつ、一緒に頑張っていきましょう」
花丸「善子ちゃん……ありがとう」
善子「えっ、えっと――ヨハネよ」 ―黒澤家―
ルビィ「…………」
ダイヤ「ルビィ、早く寝なさい」
ダイヤ「疲れを取るのも、アスリートには大切なことですわよ」
ルビィ「……うん」 ダイヤ「やはり、試合のショックは大きいのですか」
ダイヤ「初公式戦があれでは、無理もありませんが――」
ルビィ「ううん、違うの」
ルビィ「考えてるのは、別のこと」
ダイヤ「別の?」
ルビィ「曜さんね、野球部を辞めちゃうかもしれない」
ダイヤ「曜さんが?」
ルビィ「うん」 ダイヤ「なぜ、そう思ったのですか」
ルビィ「……ずっとね、違うと思ってた」
ルビィ「他の皆と、見ている世界が、目指している場所が」
ルビィ「少し、ほんの少しだけど、ずっと噛みあわない部分があったの」
ルビィ「どんな相手でも常に勝利を目指す曜さんと、他のみんな」
ルビィ「東京の大会、曜さんは全部勝つつもりで戦ってた」
ルビィ「けど他のみんなは、千歌さんは、最初から勝ちなんて考えてもなくて」
ルビィ「善戦できればいい、楽しめればいいって」
ルビィ「それが、当たり前なんだけどね」 ルビィ「たぶんね、曜さんは耐えられない」
ルビィ「Aqoursの野球と、自分がやってきた野球とのギャップに」
ルビィ「それが分かっているのに、ルビィは何もできない」
ルビィ「曜さんの助けにも、千歌さんの助けにもなれない」
ルビィ「大切なチームの崩壊を、止められないの」
ダイヤ「そうですか……」
ダイヤ(それを感じ取れる)
ダイヤ(それはつまり、あなたも曜さんと同じ世界を垣間見ていたということ)
ダイヤ(恐らく、自分では気づいてはいないのでしょうが) ダイヤ「大丈夫です、私に策があります」
ダイヤ「時間はかかるかもしれませんが、任せてください」
ルビィ「本当?」
ダイヤ「ええ」
ダイヤ「今までも私はそうやって、ルビィを助けてきたでしょう」
ダイヤ「私を信じなさい」
ルビィ「……うん!」
ダイヤ「では早く休みなさい」
ダイヤ「明日からまた、部活は始まるのでしょう」
ルビィ「ありがとう、お姉ちゃん」タッタッタッ
ダイヤ(どうやら早急に、動き出さなければいけないようですね)
ダイヤ(もう悠長なことは言っていられません)
ダイヤ(問題は、野球部だけのことではありませんから)ピラッ
【浦の星女学院、統廃合についてのお知らせ】 ―某グラウンド―
コーチ「ラスト!」キンッ
曜「やっ」パシッ――シュッ
選手A「いいね!」パシッ
コーチ「OK、上がっていいわよ!」
曜「はい!」 曜「はぁ、疲れたぁ」
選手B「お疲れさん」
選手C「相変わらずいい動きしてるわね〜」
曜「ありがとうございます」
選手B「今日はどうしたの、部活は休みとか?」
曜「そんな感じです」
選手C「あれ、そうなんだ」
選手C「私はてっきり、チームに戻ってきたのかと」 選手B「いやいや、流石に早いって」
選手B「少し心配ではあったけど、上手くやってんだろ」
曜「あはは、それなりに」
選手C「えー、期待して損したわ」
選手C「戦力的には、曜ちゃんがいるといないじゃ大違いなのに」
選手B「まあ、帰りたくなったらいつでも待ってるからさ」
曜「ありがとうございます」
曜「じゃあ私はこの辺で」
選手C「はーい」
選手B「お疲れさん〜」 曜(……戻ってくると、安心するな)
曜(部活の練習を休むようになって数日)
曜(身体がなまらないように、監督に頼んでクラブチームの練習に混ぜてもらって)
曜(正直、物足りなさのあった部活より、しっくりくる)
善子母「渡辺さん」
曜「あっ、どうも」
善子母「大会、残念だったわね」
曜「……そうですね」 善子母「思ったより、頑張ったんじゃないかしら」
善子母「二戦目はともかく、音ノ木坂相手にコールドを回避できるなんて驚いたわ」
曜「いや、勝てなかったし、負けは負けなんで」
善子母「勝つ?」
善子母「あの面子じゃ、それは絶対無理だわ」
曜「……」
善子母「気持ちは分からなくはないわよ」
善子母「貴女は今まで、困難な状況を何度も覆してきた」
善子母「その成功体験があるから、いける気はしたんでしょう」 善子母「でもね、それは渡辺さん一人の力じゃない」
善子母「微力ながらチームメイトの力もあってこそ」
善子母「あの場所、浦の星だとそれすら望めないもの」
曜「否定はできませんよ」
曜「たぶん、コーチの言うとおりでしょうから」
善子母「……えらい素直になったわね」
善子母「よほどショックだったのかしら」 曜「誰の所為だと――」
善子母「そうね、ごめんなさい」
善子母「こうなると分かっていてそそのかしたのは私」
善子母「指導者――大人としてその点は謝るわ」
曜「コーチ……」
善子母「それで、戻ってくる気になったの?」
曜「こうなることまで、分かっていたんですか?」
善子母「まあね」
善子母「貴女が求める野球が、あそこにはないことは知っていたから」 善子母「早速手続きする?」
曜「少し、考えさせてください」
善子母「……分かったわ」
善子母「満足いくまで、ゆっくり考えなさい」
曜「ありがとうございます」
善子母「一応、理解してるわよね」
善子母「私が何度失礼な態度を取られてもあなたにやさしいのは、特別な才能を持っているからだって」
曜「ええ」
善子母「特別な才能を持つ人は、特別な場所で輝かなければいけない義務があるのよ」
善子母「それはちゃんと、理解しておいて」 ―――
――
―
曜「はぁ」
曜(ずっと千歌ちゃんと一緒に野球をやりたいと思ってた)
曜(それができれば、満足だって)
曜(なのに自分の本能がそれを否定する)
曜(勝ちたい、負けたくない)
曜(その為には、千歌ちゃんと一緒に野球をやっていたら駄目)
曜(矛盾した二つの感情に、心を乱される)
曜(浦の星で野球部を始めたのは千歌ちゃん)
曜(千歌ちゃんが望まないなら、私は無理やり自分の考えを押し通すことはできない)
曜(あの場所にいることは、出来ない) ダイヤ「――曜さん」
曜「へっ」
ダイヤ「練習、お疲れ様です」
曜「どうして、こんなところに」
ダイヤ「あなたを待っていたのです」
果南「少し、話があるからさ」
曜「果南ちゃんまで……」 ダイヤ「少しだけ、時間よろしいですか」
曜「えっと、その話で?」
ダイヤ「はい」
曜「サボりのお説教とかだったらまた今度に――」
果南「違うよ」
曜「違う?」
ダイヤ「今後の、浦の星についてです」
ダイヤ「野球部、そして学校全体について」
曜「はぁ」 ―同刻・内浦海岸沿い―
千歌「はぁ」
千歌(気まずいなぁ、練習に出るのも)
千歌(曜ちゃんの件、ちゃんと説明ができていないまま)
千歌(みんな明らかに不審に思っているのに、適当に誤魔化して)
千歌(まともに会話すらしていないんだから、どうしようも――) ??「ハァイ」
千歌「へっ」
??「あなた、高海千歌よね」
千歌「そ、そうですけど」
千歌(何この金髪の人)
千歌(喋り方も含めて、怪しい雰囲気がプンプンする)
千歌(一応、外国人ではなさそうだけど) 千歌「あの、私に何か?」
??「そうなの」
??「今、時間あるかしら」
千歌「えっと、時間――」
千歌(ど、どこかに連れ去られるとか)
千歌(逃げた方がいいのかな)
??「その様子だと問題なさそうね」
??「では来てもらいましょうか」グィ
千歌「ちょっと、なにを――」 ―浦の星女学院・野球部部室―
千歌「部室?」
??「連れてきたわよ!」
ダイヤ「鞠莉さん、いらっしゃい」
千歌「ダイヤさん、この人知り合いですか?」
ダイヤ「……その反応、説明さえしていなさそうですね」
鞠莉「あー、忘れてた」テヘペロ
果南「相変わらずだね、鞠莉は」
鞠莉「あら果南、シャイニー!」ハグ
果南「よしよし」ハグ 千歌「あのぉ」
ダイヤ「すみません、いつもこんな感じでして」
千歌「仲、良いんですね」
ダイヤ「私も含めて3人、幼馴染ですので」
千歌「へぇ」
千歌(面識なかったけど、果南ちゃんは他にも幼馴染がいたんだな)
ダイヤ「今さらですが紹介します」
ダイヤ「この方は浦の星の新理事長で、先日までアメリカで野球留学をしていた小原鞠莉さん」
鞠莉「よろしくね〜」 善子「ちょ、ちょっと待って」
花丸「理事長って、どういうことずら?」
鞠莉「そのままの意味よ」
梨子「ダイヤさんたちと同い年、なんですよね」
鞠莉「ええ、だから生徒も兼任の理事長」
善子「そんなの聞いたことないわよ」
花丸「ずら」 ルビィ「え、えっとね」
ルビィ「鞠莉ちゃん、世界的にも有名な大企業のお嬢様だから」
善子「お嬢様」
花丸「それは未来ずらね〜」
梨子(何が未来なんだろう)
ルビィ「確かおうちが浦の星の経営にもかかわってるから、そんなにおかしい話ではないのかも」
ルビィ「元々、何でもありの変な人だし」ボソッ 鞠莉「あらルビィ、ずいぶん立派になったわね」ハグ
ルビィ「ピギッ」
鞠莉「色々と成長して――小さいのは変わらないけど」ワシワシ
ルビィ「ピ、ピィ―――――」ダッ
ルビィ「マルちゃ〜〜〜〜ん」ダキッ
花丸「おー、よしよし、怖かったねぇ」ナデナデ
ダイヤ「鞠莉さん、妹をからかうのもほどほどにしてくださいまし」
鞠莉「ごめんごめん、可愛いからつい」 ダイヤ「とにかく、全員揃いましたわね」
花丸「あの、曜さんは?」
ダイヤ「少し、お休みしています」
ダイヤ「東京でずいぶん疲れてしまったようなので」
善子「そうなの?」
ダイヤ「ええ」
花丸「それで最近の練習休んでたんだ」 ダイヤ「さて、本題に戻りますが」
千歌「はい」
ダイヤ「今日皆さんに集まっていただいたのは、大事なお話があるからです」
千歌「大事な」
梨子「お話?」
善子「そこの鞠莉さんが理事長になったのと、何か関係があるの」
鞠莉「もちろん」
鞠莉「私が理事長兼任として戻ってきたのは、学校を救うためだから」
千歌「学校を、救う?」 ダイヤ「……皆さんには話していませんでしたね」
ダイヤ「現在この学校には、統廃合の話が持ち上がっています」
梨子「えっ……」
鞠莉「相手は、沼津にある高校よ」
千歌「それは聞いたことあるけど、噂だって」
ダイヤ「今年の新入生の数が例年にも増して少なかった為、話が進行したのです」
鞠莉「新入生が1クラス分も確保できない現状では、仕方のないことだけどね」
鞠莉「今は私が新理事長として、その話を遅らせている状態」 千歌「でもどうして、私たちにその話を?」
鞠莉「簡単な話よ」
果南「野球で廃校を覆して、学校を救うためだよ」
善子「野球で廃校を覆して」
花丸「学校を」
ルビィ「救う?」
鞠莉「ええ」 ダイヤ「実は2年前、既にこの学校には廃校の話が持ち上がっていました」
鞠莉「それを聞いた私たち3人は、野球部を設立したの」
果南「人気上昇中の女子野球で有名になれば生徒が集まる、そう思ってね」
ダイヤ「鞠莉さんと果南さんの力もあり、私たちは創部間もなく頭角を現します」
千歌「ダイヤさんもいたんですか」
ダイヤ「もちろんです」
ダイヤ「2人のように、特別に上手なわけではないですが」 ダイヤ「その野球部は私の実家の事情もあり、大手を振って活動はできませんでした」
果南「周囲にばれないように、出来るだけこっそりと」
果南「他の助っ人や先輩も含めて集まって、鞠莉の家ので練習したりさ」
ダイヤ「両親が野球自体に関心がないのも幸いでしたわ」
鞠莉「でもね、静岡県予選を目前にしたところで事故が起きた」
鞠莉「念願の大会直前の練習試合」
鞠莉「当時キャッチャーだった私が、クロスプレーで負傷したの」
果南「投手だった私の球を捕れる人は、他にいなかった」
果南「さらに悪いことは重なって、黒澤家に部活のことがばれちゃったんだよ」 ダイヤ「そして私は部を退部させられました」
ダイヤ「二度とプレーをしないという誓いと共に」
ルビィ「……」
千歌「そんな……」
ダイヤ「約束を破ったのは私、仕方のないことです」
ダイヤ「それに悪い話ばかりではなかったのですよ」
ダイヤ「退部以降、多少ガス抜きをするためにと、観戦については両親ともに寛容になりました」
ダイヤ「そのおかげでさらに野球に詳しくなり、曜さんの存在を認知して、野球部の再興に繋がったのです」
果南「当時も色々あって、統廃合の話は立ち消えになったしね」 鞠莉「私と果南もね、ダイヤから話を聞いて新生Aqoursのことは気にかけていたのよ」
千歌「新生Aqours?」
善子「どういうこと?」
梨子「Aqoursって、元々あったチーム名だったんですか」
果南「そうだよ、私たち3人で野球部を作った時にも使っていた名前」
ダイヤ「最初に聞いたときは驚きましたわ」
ダイヤ「いったい誰が、この名前付けてくれたのでしょうね」チラッ
ルビィ「……」フィ
千歌「あっ」
千歌(それで、ルビィちゃんは) ダイヤ「つまり話というのは、皆さんへのお願いです」
ダイヤ「全国大会で、優勝してほしいという」
花丸「全国優勝……」
善子「強豪校相手にあんな試合をしたばかりなのに……」
ダイヤ「もちろん全力で支援はするつもりです」
ダイヤ「優勝すれば、入学希望者などいくらでも集まります」
ダイヤ「例え少なくても、窮状を知ったファンからの寄付金も期待できる」
ダイヤ「優勝して、学校を救う」
ダイヤ「その為の協力は惜しみません」 千歌「でも、私たちが優勝できるとはとても」
ダイヤ「大丈夫です」
ダイヤ「みなさん、きちんと練習すれば上達します」
ダイヤ「すぐには無理でも、0から1へ、1から10へと積み重ねていくことはできる」
千歌「0から、1へ」
ダイヤ「もちろん、それだけではなく――」
果南「私たち三人も」
鞠莉「野球部に入りま〜す」 千歌「だ、ダイヤさん達が!?」
ダイヤ「ええ」
ダイヤ「現実的に考えれば、確かに優勝は厳しい」
ダイヤ「強豪相手に手も足も出なかった現有戦力だけではなおさらです」
ダイヤ「しかし私はともかく、果南さんと鞠莉さんは全国クラスに匹敵する選手」
ダイヤ「Aqoursには元々、全国でも戦えるレベルの投手が存在するのです」
ダイヤ「私たちが加われば、可能性が0とは言えないでしょう」 ルビィ「だけどお姉ちゃん、野球は禁止されてるんじゃ」
ダイヤ「この夏だけ許可を頂けました」
ダイヤ「お母様は私の野球への情熱を買って」
ダイヤ「お父様も全国大会優勝者の肩書を手に入れると誓ったら、折れてくださいましたわ」
千歌「全国大会――」
梨子「優勝――」
ダイヤ「優勝です」
ダイヤ「黒澤家に敗北の二文字は許されません」
鞠莉「私と果南が戻ってきたのも、ダイヤが復帰することが決まったから」
果南「一緒に失ったあの時を取り戻し、大切なものを守り抜くために」 ダイヤ「廃校を阻止するためには、冬の大会で結果を残すのでは遅い」
ダイヤ「夏に結果を出さなければおしまいです」
ダイヤ「これから求められるのは、勝利のための野球」
ダイヤ「楽しむ、それだけではいけません」
ダイヤ「辛い想い、苦しい想い、たくさん経験するでしょう」
ダイヤ「それでも、あなた達は協力してくれますか」
ダイヤ「一緒に、私たちと夢を追っていただけませんか」 千歌「……私、やるよ」
ダイヤ「千歌さん」
千歌「私だって、本当は悔しかった」
千歌「負けたのも、何もできなかったのも、現実を突きつけられたのも」
千歌「でも立ち向かうのが怖くて、不可能だって逃げて」
千歌「それで無意識の内に、仲間を苦しめて」
千歌「本当は怖いよ」
千歌「ただ普通に、野球を楽しんでいたい」
千歌「でも母校の廃校、お世話になったダイヤさんの立場」
千歌(そして、曜ちゃんのこと――)
千歌「それら全てを背負えば、頑張れる気がする」
千歌「0から1へ、一歩踏み出せる気がする」 千歌「梨子ちゃんも、一緒に目指してくれるよね」
梨子「もちろん」
梨子「私は最初からその気よ」
花丸「マルも頑張る!」
善子「私だって!」
花丸「ルビィちゃんも、だよね」
ルビィ「うん!」 ダイヤ「ありがとうございます、みなさん」
ダイヤ「さて、ということですがどうしますか――曜さん」
梨子「えっ」
千歌「曜ちゃん?」
ガチャ
曜「……」チラッ
千歌「曜ちゃん……」
善子「隠れてるなんて趣味悪いわよ」
曜「うん、ごめん」
花丸「心配してたんだよ、みんな」
善子「でもよかったわ、無事で」
善子「曜さんがいれば、今の話もあながち世迷い言とも言い切れないもの」 曜「いやその、私は……」
千歌「曜ちゃん」ガシッ
曜「千歌ちゃん」
千歌「一緒にやろう」
千歌「私、もう逃げない」
千歌「本気で勝ちたい、勝って廃校を阻止したい」
千歌「だからお願い、力を貸して」
千歌「その為には、曜ちゃんの力が必要なの」
曜(千歌ちゃん、真剣な顔)
曜(本気なんだな、きっと)
曜(でも私は、私は――――) 曜「……分かったよ」
千歌「曜ちゃん!」
曜「正直、まだモヤモヤが晴れたわけじゃない」
曜「だけどやっぱり私は、千歌ちゃんと一緒に野球をやりたい」
曜「一緒に頂を目指したい」
曜「だから、やるよ」
千歌「うん、ありがとう!」 善子「なによ2人とも、喧嘩でもしてたの」
千歌「たいしたことじゃないよ」
善子「だけど今のは――」
梨子「善子ちゃん空気を読んで」ガシッ
花丸「そうずら」ガシッ
善子「ちょ、離しなさいよ!」
ルビィ「善子ちゃん、黙るビィだよ」クチフサギ
善子「むー」 果南「やれやれ、騒々しいね」
鞠莉「いいじゃない、これぐらい元気があるほうが」
ダイヤ「そうですよ、私たちは野球部なのですから」
果南「うん、それもそっか」
ダイヤ「何はともあれ、これで正式な部員が9人揃いました」
ダイヤ「ある意味で、Aqoursが完成した日」
ダイヤ「きっとこれから、数多くの困難が待ち受けているでしょう」
ダイヤ「でもそれらを全員で一緒に乗り超えていく」
ダイヤ「その為によろしくお願いしますわね、みなさん」
ダイヤ以外「「「はい!」」」 ―放課後・二年生教室―
キーンコーンカーンコーン
千歌「よーし、練習だ!」
梨子「ちょっと待ちなさい」
千歌「なにさ」
梨子「今日は掃除当番でしょ」
千歌「そんなこと如きじゃ、この勢いは止められないよ」
梨子「勢いって……」 千歌「だって、今日はついに3年生が合流する日だよ」
千歌「一刻も早く練習を始めたいじゃん!」
梨子「やることはちゃんとやらないと――」
むつ「行ってきなよ、私たちが当番代わってあげるから」
梨子「い、いいのかな」
よしみ「いいよ、今度私たちが当番のときに代わってくれれば」
いつき「大事な日なんでしょ、今日は」
梨子「でも――」 曜「じゃあまかせたヨ―ソロー!」ダッ
梨子「曜ちゃん!?」
千歌「梨子ちゃんも行こうよ!」ダッ
梨子「千歌ちゃんまでっ」
いつき「いいから行ってきなよ、ね」
梨子「……ありがとう」
むつ「頑張ってね〜」
梨子「うん!」 ―部室―
ダイヤ「ついに、ついにこの日が来ましたわ!」
ダイヤ「私たちが野球部に復帰をする日!」
ダイヤ「大好きな野球を再開できる日が!」
ルビィ「わー!」
花丸「わー!」
善子「ちょっと花丸、なにしてるのよ」ヒソヒソ
花丸「ルビィちゃんに『お姉ちゃんに合わせてあげて』と頼まれて……」ヒソヒソ 梨子「て、テンション高いですね」
果南「ダイヤは野球が大好きだからね」
鞠莉「ずっと抑圧されていた物が解放された分ってところかしら」
善子「いや、でも」
曜「なんかイメージ壊れるよね、悪い意味で」
果南「善子、曜、慣れて」
千歌「ま、まあいいじゃん、テンション低いよりは」 ダイヤ「さあさあ、早く着替えてグラウンドへ行きますわよ!」
果南「2年生は来たばかりなんだから、急かさないの」
ダイヤ「では――ルビィ! 花丸さん!」
ダイヤ「私たちだけでも先に行きましょう」
ルビィ「は、はい!」
花丸「ずら!」
鞠莉「私も行くわよ!」
果南「あっ、私も!」 ガラッ――ダダッ
千歌「……凄い勢いだったね」
梨子「う、うん」
曜「善子ちゃんは行かなくてよかったの?」
善子「タイミング逃して」
千歌「私たちも急ごう、待たせちゃ悪いし」
梨子「う、うん」 ―グラウンド―
千歌「アップも諸々の基礎練習も終了」
千歌「次は実戦形式の打撃練習」
千歌「ようやく見れるね、三年生の実力を!」
果南「待ってました!」
鞠莉「あら果南、自信ありそうね」
鞠莉「野球をするのは久しぶりじゃないの?」 果南「ちゃんと家にあるバッティングマシンで練習はしてたよ」
果南「いつかダイヤが、野球に戻って来れる日を信じてさ」
鞠莉「わーお、流石果南ね」
果南「まあね」
鞠莉「その一方で……」
ダイヤ「……」ドヨーン
ルビィ「お、お姉ちゃん」
ダイヤ「打撃練習なんてぶっぶーですわ……」
ルビィ「気持ちを強く持って、がんばルビィだよ!」 千歌「ダイヤさん、なんでネガティブモードになってるの?」
梨子「さっきまであんなに元気だったのにね」
善子「打つのが嫌いなのかしら」
梨子「珍しいね、打撃が嫌いな人なんて」
曜「前に見たスイングは綺麗だったし、苦手なわけじゃないと思うんだけど」
鞠莉「見てれば分かるわ」
果南「ダイヤにとってあれは、深刻な問題だからねぇ」
千歌「はぁ」 曜「人数足りないけど、どうする?」
梨子「打たせるように軽い感じで投げて、3年生が優先的に打席に立つとか」
曜「守備は人数が足りないから、内野は3人だけでいいよ」
梨子「分かったわ」
曜「とりあえず私が投げるね」
曜「梨子ちゃん、まだ投げたくない感じでしょ」
梨子「うん、ありがとう」 曜(それで、最初はダイヤさんだけど)
ダイヤ「はぁ……」
曜(相変わらず暗い)
曜(まあいいや、とにかく投げてみれば分かるでしょ――)シュッ
ダイヤ「はぁ」キンッ
千歌(おお、相変わらず綺麗なスイング!)
千歌「でも、あれ?」
ルビィ「うゅ……」パシッ 曜「セカンドフライ?」
善子「しっかりとらえたように見えたのに」
千歌(ぜ、全然飛んでない)
キンッ
花丸「ずらっ」パシッ
千歌「今度はファースト……」
果南「ダイヤ、相変わらずパワーはないね」
鞠莉「変わってないわね、打撃練習を嫌がるところも含めて」
千歌「ちょ、ちょっとタイム」 千歌「あの、もしかして怪我とか――」
ダイヤ「いえ、していませんわ」
千歌「でもちゃんと捉えている感じなのに、打球に勢いがなさすぎるというか」
ルビィ「お姉ちゃん、お家で筋トレとか禁止されてるんです」
千歌「そうなの?」
ダイヤ「ええ」
ダイヤ「黒澤家の長女に相応しい、細く美しい身体を保つ」
ダイヤ「そのように両親から厳命されていまして」
ダイヤ「余計な筋肉は見た目だけではなく、様々な習い事に支障をきたしますから」 千歌「えっと、よく分からないけど大変なんですね」
ダイヤ「すみません、余計な心配をおかけして」
ダイヤ「けど大丈夫ですわ」
ダイヤ「今は久しぶりなのでこの有様というだけ」
ダイヤ「金属バットですから、いくらパワーがなくても捉えれば飛ぶはず」
ダイヤ「じきに問題がない程度には合わせられるはずです」
ダイヤ「とにかく今は練習を続けましょう」
千歌「了解です!」 ダイヤ「ふっ」キン
曜「うおっ、センター返し」
キンッ キンッ キンッ
千歌「わぁ」
千歌(確かにパワーがないせいで、打球の勢いも飛距離もあんまりない)
千歌(でもしっかりと、ゴロでヒットゾーンを打ち抜いてる)
千歌(嫌いだっていうのが不思議なぐらい、上手だなぁ) ダイヤ「ふぅ」
鞠莉「ダイヤ、そろそろ交代!」
ダイヤ「了解ですわ」
千歌(次は、鞠莉さんか)
千歌(この人は色々謎だらけ)
鞠莉「ふふっ、よろしくね」
千歌「あっ、はい」
千歌(体格良いし、飛ばしそうだな〜) 曜「じゃあ行きますよ〜」
鞠莉「カモーン!」
曜(……挑発されてるみたい)シュッ
曜「ヤバッ、高めに抜け――」
鞠莉「絶好球!」カキーン!
曜「えっ」
善子「わっ、急に大きいのきた!?」 千歌「あ、あんなボール球をセンターオーバー……」
果南「鞠莉は典型的なフリースインガーだからね」
果南「とにかく積極的に、多少のボール球は平気で打つ」
果南「というかむしろ、外れてる球の方が得意なぐらいかも」
千歌「そ、そんな人もいるんだね」
カキーン! カキーン!
曜「ホント、何でも手を出すなぁ」 善子「打って変わって忙しいわねっ」パシッ
ダイヤ「……そうですわね」
善子「はっ、別にダイヤを責めたわけじゃ」
ダイヤ「分かっていますわよ」
ダイヤ「凄まじい差があることは、私自身が一番」
梨子(もしかして、打撃練習が嫌いな理由はその辺にあるのかな)
梨子(果南さんの方も、いかにも飛ばしそうな雰囲気だし) 果南「次は私ね」
千歌「あ、うん」
曜「外野、下がって!」
善子「どうしたのよ、急に」
梨子「既に結構後ろを守ってるのにね」
ダイヤ「いいから2人とも下がりなさい」
ダイヤ「それと全員レフト寄りで、クッションボールを処理する準備を」
善子「わ、分かったわ」 曜「いくよー」シュッ
果南「よっしゃ!」カキ――ン!
善子「うわっ」
梨子「本当に――」
ガシャンッ
梨子「……ネット、超えたね」
善子「ま、マジで?」
ダイヤ「ここは女子用の仕様で距離も短く、ネットも低いので」
ダイヤ「とはいえ、流石は果南さんですわね」 梨子「ってまた――」
バンッ
善子「今度はネット直撃……」
梨子「凄まじい打球ね」
果南「あー、打ち損じたっ」
梨子「えっ」
善子「う、嘘でしょ」
ダイヤ「早く慣れた方がいいですわよ、本当ですから」 梨子「ダイヤさん、やけに落ち着いてますね」
ダイヤ「慣れていますから」
善子「あの人、化け物なの?」
ダイヤ「そんなことはありませんよ」
ダイヤ「確かに身体能力は高いですけど、選手としては鞠莉さんにやや劣るといったところかと」
梨子「確かに昔、千歌ちゃんたちからも何とも言えない反応が返ってきたような」
梨子「考えてみると、代表でも見たことないし……」
ダイヤ「色々あるのですよ、それぞれの事情が」
ダイヤ「――おっと、次来ますわよ」
梨子「あっ、本当だ」
善子「も、もう勘弁して」 集中力が切れてきたので、いったんこの辺で
明日からは新規の部分に入る予定ですので、よろしくお願いします ―部室―
ダイヤ「…………」
ルビィ「お姉ちゃん、大丈夫?」
ダイヤ「えぇ……」
千歌「ダイヤさん、お疲れだね」
鞠莉「だいぶはしゃいでいたものね」
果南「久しぶりの野球、よっぽど楽しかったんでしょ」 ダイヤ「体力の落ちもありますわ」
ダイヤ「一応練習は重ねていましたが、目立った行動はできませんでしたから……」
鞠莉「その辺はゆっくり戻していけばいいでしょ」
果南「そうそう、実力的には問題ないはずなんだから」
ダイヤ「そうも言っていられません」
ダイヤ「9人で行なう初の練習試合も組んできましたし」
千歌「あっ、前に話してた」
梨子「相手は決まったんですか?」 ダイヤ「星浜高校、神奈川にある中堅校です」
ダイヤ「基本的には県予選であっさり敗退しますが、時々全国にも顔を出す不思議な高校」
ダイヤ「日中高校よりやや劣る、ちょうどいいレベルの相手ですわ」
善子「えー、私たちは日中には初試合でも勝った――」
ダイヤ「過信はぶっぶーですわ!」
ダイヤ「あの試合の結果は相手が舐めてかかったから」
ダイヤ「それに当時と違い、ニ年生以下の情報は外部に出ています」
ダイヤ「あんな風に上手くいくとは思わないことですね」
善子「は、はい」 千歌「ちなみに試合日は?」
鞠莉「明日デース」
梨子「はい?」
ダイヤ「できるだけ早くと、頑張りましたわ」
千歌「いやいや、急すぎない?」
果南「善は急げって言うじゃん」
善子「使い方おかしくないかしら」 曜「いいじゃん、試合ができるなら」
ダイヤ「そのとおりですわ、曜さん」
ダイヤ「私たちに最も足りないのは経験」
ダイヤ「夏までに、出来る限り多くの試合をこなさなければなりません」
千歌「そうだよね、負けてもいいから経験を――」
ダイヤ「いけませんわ! 黒澤家に許されるのは勝利のみ!」
ダイヤ「私が入ったからには、目指すは全戦全勝です!」
千歌「は、はい」 ※
ルビィ「マルちゃん、今日は居残り練習?」
花丸「うん」
ルビィ「善子ちゃんも一緒だよね」
善子「ま、まあ、付き合ってほしいというならね」
ルビィ「わーい、ありがとー」ダキッ
善子「べ、別にたいしたことじゃないわよ」 ルビィ「それじゃあ、さっそく室内練習場に――」
花丸「その前に」
ルビィ「うゅ?」
花丸「今日は特別な助っ人を呼んできました!」
善子「助っ人?」
花丸「うん、マルたちに野球を教えてくれる凄い人」
善子「……なんだか、嫌な予感が」 善子母「こんばんは」
ルビィ「ピギッ、善子ちゃんのお母さん」
善子「げっ」
善子母「ずいぶん失礼な反応ね、善子」
善子母「せっかく指導に来てあげたコーチに対して」
善子「な、なんでここにいるのよ」
善子母「花丸ちゃんに頼まれてね」
善子「ちょっと、ずらマル!」 花丸「マルが知ってる指導者、善子ちゃんのお母さんしかいなかったから」
善子「それはそうかもしれないけど……」
善子母「あら、私じゃ不満かしら」
善子「……私、お母さんの指導は受けないわ」
善子母「それなら結構よ。手伝いをしてくれれば」
善子母「お友達の為に、それぐらいはできるでしょ」
善子「……分かった」 善子母「それじゃあ、花丸ちゃんと――ルビィちゃんだったかしら」
花丸「ずら」
ルビィ「は、はい」
善子母「申し訳ないけど、私は貴女たちの実力を完全に把握しているわけではないの」
善子母「だからそれを知るためにも、早速練習してみましょうか」
ルビまる「「はい!」」
善子母「善子は球拾いをお願いね」
善子「ええ」 ―――
――
―
ルビィ「はぁ、はぁ」
花丸「も、もう駄目ずらぁ」
善子母「バスの時間もあるから、今日はここまでにしましょうか」
ルビまる「「あ、ありがとうございました……」」
善子(二人ともフラフラ、なんて容赦のない練習……) 善子母「お疲れ様、頑張ったわね」
ルビィ「は、はい」
善子母「とりあえず二人とも、身体づくりをする必要はありそうね」
善子母「花丸ちゃんは練習をしっかりできるだけの体力面を」
善子母「ルビィちゃんは体力的には問題はなさそうだけど少しパワー不足、筋トレのメニューを渡すからそれをこなして」
善子母「あと――自信を付けることね」
善子母「技術を十分に持っているはずの貴女に足りないものは、間違いなくそこ」
善子母「メンタル面は、自信を手に入れればある程度は解決する問題よ」 善子母「そして花丸ちゃんは、まず守備を練習しましょう」
花丸「守備?」
善子母「今から夏までの期間で、戦力になるだけの打撃を身に付けるのは難しいわ」
善子母「センスがある子ならともかく、花丸ちゃんは運動神経からして人より劣るから」
善子「ちょっと、そんな言い方――」
花丸「善子ちゃん、いいから」
善子「でも……」
花丸「続けてください」 善子母「だけどね、守備ならある程度のレベルに達することはできる」
善子母「広い守備範囲は身に付かなくても、自分の捕れる範囲を確実に捕る」
善子母「状況に応じた動きを覚える」
善子母「ファーストというポジションの特性を考えれば、それができれば十分」
善子母「真面目なあなたなら、できるはずよ」
善子母「幸い、捕球のセンスはありそうだから」
善子母「打撃も身体づくりで飛ばす力は上がる分、多少改善されるでしょう」 善子母「今後は、いま話した内容を意識して練習していきましょう」
ルビまる「「はい!」」
善子母「あと――善子」
善子「なによ」
善子母「もうこの練習に来なくていいわよ」
善子母「貴女の顔を見ると指導する気が無くなるから」
善子「なによ、手伝わせておいて。それはこっちの台詞よ!」
善子母「そういうふてくされた態度で手伝われても、迷惑なのよ」 善子母「でも自主練習はしっかりすることね」
善子母「例えば――せっかく家が近いんだから、渡辺さんに色々教えてもらいなさい」
善子「曜さんに?」
善子母「どうせ私が教えても、自己流の動きしかしないんでしょ」
善子母「それならチームで一番上手い選手を見て、自分の考えで吸収する」
善子母「その方がきっと、善子には合っているはずよ」
善子母「ちょうど渡辺さんも練習相手を探してたみたいだから、ね」
善子「お母さん……」 善子母「さてと、後片付けは私がやっておくから、みんな着替えて帰りなさい」
花丸「えっ、でも」
善子母「明日、試合なんでしょ」
善子母「それに私は車で来たから平気だけど、あなたたちは終バスの時間もあるのよ」
善子「時間――うわっ、急がないとヤバい!」
善子母「今日この時間まで付き合わせたのは私だから、気にせず行きなさい」
ルビィ「あ、ありがとうございます」
花丸「急ごう、ルビィちゃん!」 善子「せめて私は手伝う? 一緒に車で帰ればいいんだし」
善子母「勘弁して、反抗期の娘と車で二人きりなんてごめんよ」
善子母「あなただって、友達と一緒の方が楽しいでしょ」
善子「……分かったわ」
善子母「善子」
善子「なによ」
善子母「よかったわね、一緒に野球ができる友達ができて」
善子「……うん」
花丸「善子ちゃん、急いで!」
ルビィ「乗り遅れたら走って帰らなきゃだよぉ」
善子「ま、待ちなさい、リトルデーモンたち!」 ―星浜高校戦当日―
ダイヤ「ふぅ、流石に緊張しますわね」
鞠莉「果南とダイヤは久しぶりの実戦だものね」
果南「そ、そうかな、私は全然平気だけど」ブルブル
鞠莉「……果南、震えてるわよ」
果南「き、気のせいだよ!」
善子「案外情けないわねぇ」
果南「う、うるさい!」
善子「ひっ」
鞠莉「もー、八つ当たりしないし煽らないの」 千歌「ダイヤさん、星浜高校のデータは」
ダイヤ「昨日も言ったとおり、神奈川の中堅校です」
ダイヤ「外、ロイス、幸村、多町と長打力のある選手が揃っています」
ダイヤ「他にも倉田、川石の二遊間は魅せるスター性のある選手」
ダイヤ「投手では番長とも呼ばれる二浦さん」
ダイヤ「捕手の太山田さんの好物は牛丼ですわ」
曜「最後の必要ですか?」
ダイヤ「……ちょっとした豆知識コーナーです」 千歌「それで、今日のオーダーは――これ!」
1:中・善子
2:遊・ダイヤ
3:投・曜
4:三・果南
5:右・鞠莉
6:左・梨子
7:捕・千歌
8:一・花丸
9:ニ・ルビィ 善子「私が1番のままでいいの?」
ダイヤ「暫定ではありますが、特に善子さんを弄る理由はないかと」
花丸「梨子さんは投げないんですか」
梨子「しばらくは投げないで調整の予定」
梨子「こころちゃんに言われたとおり、高校向けの身体づくりに専念したいから」
曜「つまり私が最後まで――」
果南「ううん、私も投げるよ」 千歌「えぇ、果南ちゃんが」
果南「なにさ、不満?」
千歌「不満じゃないけど……」
鞠莉「ちかっち、気持ちは分かるわ」
鞠莉「でも実戦で一度は試しておかないと、いざという時に困るでしょ」
千歌「うん……」
花丸「酷い言われようずらねぇ」
善子「なにかあるのかしら」
梨子(謎が深まるわね……) 〔練習試合〕
【浦の星女学院『Aqours』VS星浜高校『スターズ』】
先発メンバー
Aqours
1:中・善子
2:遊・ダイヤ
3:投・曜
4:三・果南
5:右・鞠莉
6:左・梨子
7:捕・千歌
8:一・花丸
9:ニ・ルビィ
スターズ
1:二・川石
2:遊・倉田
3:右・多町
4:一・ロイス
5:三・外
6:左・幸村
7:中・銀城
8:捕・太山田
9:投・二浦 【一回表】 スターズ0−0Aqours
曜「……」シュッ
千歌「あれ、カーブ?」ポロッ
曜(駄目だ、ノーサイン投法が上手くできなくなってる……)
花丸「大丈夫かな、投球練習からあんな感じで」
ルビィ「うゅ……」 『一番セカンド川石さん』
プレイボール!
川石「よっしゃ!」
曜(カーブは怖い、とにかくストレートを)シュッ
コツン
曜「げっ」
千歌「いきなりセーフティ――果南ちゃん!」 果南「はいよ――おっと」スポッ
花丸「うわっ、送球がっ」
川石「ラッキー!」
鞠莉(これはセカンドまで行かれたわね)パシッ
千歌「いきなりランナー二塁……」
果南「曜、ごめん!」
曜「ドンマイ、気にしないで!」 『二番ショート倉田さん』
倉田「……」
千歌(次の倉田さんはチャンスに強い選手らしい)
千歌(たぶん打ってくる)
曜「っ」シュッ
千歌「あっ」ポロッ
曜「えっ!?」
川石「――」ダッ
千歌「くっ」シュッ
セーフ! 曜(ストライクゾーンのストレートだったのに……)
千歌「ご、ごめん」
曜「ドンマイ」
曜(これでランナー三塁)
曜(二番だし、スクイズとかも――)シュッ
キンッ
千歌「浅いフライ!」
曜「鞠莉ちゃん!」 鞠莉「OK」パシッ
川石(いける)ダッ
千歌「バックホーム!」
鞠莉「ロック――オン!」シュッ
千歌(いいボール!)パシッ
川石「やべっ」タッチ
アウト!
善子「マリー、ナイスよ!」
鞠莉「ふふっ、これで幼馴染の尻拭いはできたからしら」 『三番ライト多町さん』
千歌(これでツーアウト)
千歌(これなら0で――)
カキーン!
曜「あー、カーブすっぽ抜けた」
千歌「二塁打かぁ――あれ?」
果南「打った選手、足を抑えてるね」
曜「どこかで痛めたのかな」
ダイヤ「臨時代走がでるようですわね」
【二塁ランナー多町→倉田】 『4番ファーストロイスさん』
ロイス「カモーン」
キンッ
千歌「サードゴロ!」
曜「よし、打ち取った――」
果南「あ、やばっ」トンネル
曜「ちょ、果南ちゃん!?」
倉田「もらった!」ダッ ルビィ「三塁蹴った!」
ダイヤ「梨子さん、ホーム!」
梨子「はい!」シュッ
倉田「うわっ」
アウト!
曜「た、助かった」
果南「あはは、ごめんよ」
曜「果南ちゃん、今日ヤバいよ」
果南「やっぱり緊張してるのかな〜」
曜「打席回すから、そっちは頼むよ」
果南「はいよ」 【1回裏】 スターズ0−0Aqours
バッターアウト!
善子「もう、嫌らしいところをついてくるわね」
曜「球威は普通だけど、凄く制球はいいね」
梨子「投球術もかなりのものよ」
千歌「でも、番長のイメージとはずいぶんかけ離れたスタイル……」
『二番ショート黒澤ダイヤさん』
ダイヤ「よろしくお願いいたします」 ダイヤ(正直得意ですね、この手の軟投派は)
シュッ
ダイヤ(打てる!)カキン
ルビィ「センター返し!」
善子「でもあの打球の勢いだと――抜けた」
千歌「ショート、範囲狭めだね」
花丸「でもナイスバッティングだよ!」
『三番ピッチャー渡辺さん』
曜(ダイヤさんは走るタイプじゃない)
曜(長打で返せれば!)カキ――ン! 千歌「打った!」
多町「うおっ、凄い打球」
バンッ
梨子「惜しい、フェン直ね」
善子「打球が強すぎてダイヤは帰れないわね」
『四番サード松浦さん』
鞠莉「果南、リラックスよ」
果南「う、うん!」
鞠莉(……駄目そうね、これは)
シュッ
果南(おっ、いい球!)
果南「ふん!」ブルン
ストライク! 千歌「あーあ、果南ちゃんの悪い癖が」
花丸「悪い癖?」
千歌「ボールになる外スラや落ちる球に平気で手を出すんだよ」
ルビィ「外国人選手みたいだね」
千歌「当たった時のパワーも凄いから、間違ってはないかも」
バッターアウト!
花丸「あぁ、あっさり三振」
千歌「あの投手とは相性が悪いから仕方ないよ」
梨子(果南さんの実力について微妙な反応をされる理由、少し分かったかも) 『五番ライト小原さん』
鞠莉「カモーン!」
二浦(さっきのブンブン丸に似たタイプ? また外スラでいいか)シュッ
鞠莉「ふっ」
カキーン
千歌「外拾った!」
ルビィ「上手い!」
花丸「ダイヤさんも曜ちゃんも帰ってきて――2点先制!」
果南「ナイスバッティング!」
鞠莉「ふふっ、チャンスはマリーにお任せよ!」 【4回表】 スターズ0−2Aqours
千歌「か、カーブ!?」ポロッ
曜「あっ」
多町「ラッキー!」ダッ
ルビィ「あぁ、振り逃げされちゃった」
花丸「ノーアウト一塁……」
千歌「曜ちゃん……」
曜(……呼吸が合わない)
曜(パスボール、ワイルドピッチ、これじゃあ駄目だ) 曜「千歌ちゃん、今日はサイン出してみて」
曜「ノーサインより、そっちの方がいいかも」
千歌「うん、分かった」
『四番ファーストロイスさん』
曜(でも、いつもと違うリズム)
曜(なんか――投げにくい)シュッ
ボール ボール ボール
曜(マズいよ、これ)
ボールフォア!
曜「くっ」 ダイヤ「曜さん」
曜「ダイヤさん……」
ダイヤ「一度果南さんに代わりましょう」
曜「いや、それは」
ダイヤ「一度リリーフの適性を試す為にもちょうどいいのです」
ダイヤ「彼女は肩を作るのが異常に早いから、緊急登板でもなんとかなりますわ」
曜「……分かりました」 【選手交代】
投:曜→果南
捕:千歌→鞠莉
三:果南→千歌
遊:ダイヤ→曜
中:善子→ダイヤ
右:鞠莉→善子 果南「よーし、いくよー」シュッ
鞠莉「わぉ」パシッ
ルビィ「大丈夫かなぁ、酷い荒れ方だけど」
曜「いつものことだよ、気にしたら負け」
花丸「球速自体は凄いもんね」
ルビィ「急な登板なのが、少し心配だけど」
曜「果南ちゃんだから、大丈夫だとは思うけど……」 鞠莉「まさかまた、果南とバッテリーを組む日が来るなんてね」
果南「不安そうだね」
鞠莉「だって治ってないでしょ、ノーコン」
果南「まあまあ、それでも抑えるのが私だから」
鞠莉「……ハイハイ、私の苦労も考えてよね」
果南「もちろん、鞠莉にはいつも感謝してるよ」ハグ
鞠莉「ハグは試合後に取っておいてちょうだい」
果南「うん、了解!」 『五番サード外さん』
外「……」ブンッ
果南(飛ばしそうな選手だなぁ)
果南(でもそんなの、私には関係ない!)
鞠莉(とか思ってるでしょうけど)
ボールフォア!
果南「あれ?」
鞠莉「確かに関係ないわね」 花丸「あぁ、満塁だよ」
ルビィ「ピギィ……」バタン
花丸「る、ルビィちゃん、気を強く持って」
鞠莉「果南」
果南「ごめんごめん、ちょっと緊張してた」
鞠莉「相変わらず、気が強いんだか弱いんだか」
果南「あはは」
鞠莉「でももう、大丈夫よね」
果南「うん、任せて」 『六番レフト幸村さん』
幸村「こいっ」
果南「喰らえ!」シュッ
ギン
幸村「ぐっ」
鞠莉「鈍い音――打球は」
曜「はい!」パシッ
曜(ホームは無理か)シュッ
ルビィ「わわっ」パシッ
アウト!
ルビィ「えい!」シュッ
花丸「あっ、ちょっと逸れて――」ポロッ
セーフ! 鞠莉「花丸! ホーム来てる!」
花丸「えっ、二塁ランナーが」シュッ
鞠莉(駄目、間に合わない――なら)パシッ
セーフ!
曜「バッターランナーが二塁に!」
鞠莉「ルビィ!」シュッ
ルビィ「わっ」タッチ
アウト!
曜「おー、強肩」
梨子「判断も早かったね」
千歌(……私だったら、きっとセーフだった) ルビィ「ご、ごめん、マルちゃん」
花丸「ううん、あれは捕らなきゃいけないボールだから」
千歌「まだ同点でツーアウト取れたし、気にしない気にしない」
花丸「そ、そうですよね――あっ」
曜「むぅ」
曜(私のランナーで2点……)
果南「曜は相変わらず完璧主義者だねぇ」
鞠莉「あなたが笑わないの」
果南「はいはい、気をつけますよ」 バッターアウト!
果南「よし、三振」
曜「ストライクゾーンにいけば打てないね」
果南「おっと、皮肉かなん」
曜「うん」
果南「後輩の癖に生意気〜」
曜「だって、私が出したランナー……」
果南「ノーアウトからのリリーフは自責つかなきゃセーフなのさ」
鞠莉「ふふっ、流石に幼馴染は仲良しね」
千歌「うん、果南ちゃんの緊張もいい感じにほぐれてきたみたい」
鞠莉「いつもの果南らしくなってきたわね」 【5回裏】 スターズ2−2Aqours
千歌(その後は果南ちゃんも順調、回は5回に入った)
『九番セカンド黒澤ルビィさん』
花丸「ルビィちゃん、ファイト!」
ダイヤ「ルビィ! 黒澤家の力を見せるのです!」
ルビィ「う、うん」
ルビィ「お、お願いします」ペコッ
二浦(可愛い子やなぁ)
太山田(癒される、いかにも打てなそうな9番だし) ルビィ(うぅ、1打席目は緊張して酷い三振だった)
ルビィ(ここはちゃんと打たないと)
太山田(とりあえず変化球)
太山田(8番の子と同じで、ストライクゾーンでも打てないでしょ)
二浦(だろうなぁ)シュッ
ルビィ(あ、甘いスライダー)
カキーン!
二浦「げっ」
花丸「一塁線抜けた!」
ダイヤ「長打コースですわ!」 ルビィ(三塁!)
セーフ!
花丸「三塁打!」
ダイヤ「ああ、流石我が妹! 可愛いですわね! よくできまちたわね!」
千歌「……ダイヤさんってさ」
梨子「思っていたより、酷いシスコンよね」
曜「真面目で頼りになるイメージが壊れていく……」
果南「あはは、ちょっとポンコツさんだから」
ダイヤ「ちょ、誰がポンコツですか!」 『一番ライト津島さん』
善子(うーん、ここは以前やったみたいにスクイズ暴投狙いかしら?)
千歌「善子ちゃん、かっ飛ばせー!」
善子(ううん、ヒッティングで良さそうね)
善子(ここまで2打席、何もできずに凡退。いい加減打たないと)
シュッ――ブン
ストライク!
善子(でも駄目ね、この人は私の狙い球の裏を見事についてくる)
善子(内野前目だし、スクイズしても読み負けそうだし――そうだ) ボール
善子(よし、一球外してきた)
善子(もう一球余裕はあるけど、別にルビィはスタート切らないんだから外されてもカウントは稼げる――)
二浦「……」スッ
善子(!)スッ
二浦「スクイズ!?」シュッ
外「オット」ダッ
ロイス「キタネ」ダッ
善子(よし、甘い!)スッ――カキン!
川石「バスターかよ!」 千歌「セカンドの横抜けて――ヒットだ!」
梨子「善子ちゃん、上手いわね」
花丸「流石ずら〜」
善子「ふふっ、これぞまさに頭で稼ぐ津島式」
善子「私の理論は最高ね」
梨子「でも言動が余計ね」
花丸「やっぱり善子ちゃんは善子ちゃんずら」
ダイヤ(こうなると私は送りバント)コツン
アウト!
ダイヤ(ランナー二塁でバッターは――) 曜「チャンスだヨ―ソロー!」
千歌「曜ちゃんにチャンスで回ってきた!」
梨子「いや、でも……」
ルビィ「敬遠ですね」
ボールフォア!
曜「多いよこのパターン!」
果南「まあまあ、今度こそ返すから」
曜「頼んだよ、ホント」 『四番ピッチャー松浦さん』
二浦(ヤバい、この回捕まったな)
太山田(だけど、このバッターはストライクからボールになる変化球を投げれば)
二浦(それもそうか)シュッ
太山田(ストライクゾーンに――けど結果的にアウトローの絶妙なコース)
カキ――――ン!
太山田「はっ?」
千歌「外の球を強引に!?」
梨子「あれを引っ張るの!?」
ルビィ「しかも上がった打球……」
花丸「伸びて――入ったずら!?」 二浦「う、嘘だろ……」
太山田「信じられない……」
鞠莉「かなーん!」
曜「果南ちゃん!」
果南「へへっ、どうだみたか!」
梨子「凄いホームランだったね」
千歌「口ではみんな文句を言いながらも、これがあるから憎めないんだよね」
梨子「ええ、私も見直したわ」
果南「よーし、この調子でもっと点取るぞ!」
みんな「「「おー!」」」 ―試合後・部室―
曜「いやー、打ったねぇ」
善子「こんな乱打戦は初めてよ」
花丸「マルはノーヒット……」
ルビィ「し、仕方ないよ」
花丸「そうだけど……」
ルビィ「守備ではほとんどエラーなしだったから、頑張ってたよ」
花丸「そうかな」
ルビィ「うん!」 千歌(結局、その後は一進一退の攻防)
千歌(6回以降はお互いに点を取りあう展開だった)
千歌(でも5回までの築いたリードのおかげもあって12対7で勝利)
千歌(失点はほとんどが制球を乱しての自滅、あとは置きにいった球を外さんにホームランされたぐらい)
千歌(デッドボールを受けた多町さんが、一塁へ向かう途中に転んで負傷交代なんてこともあったけど)
千歌(私たちはけが人もなく、3年生も活躍してくれた)
千歌(順調な新生Aqoursの練習試合初戦) 鞠莉「もー、試合後の果南のハグの味は最高だったわ〜」
果南「ふふっ、もっとする?」ハグッ
鞠莉「かな〜ん〜」
ダイヤ「鞠莉さん、目が惚けてますわよ」
鞠莉「えー、いいじゃないの勝利の後ぐらい」
ダイヤ「いいえ、駄目です」
ダイヤ「勝ちはしたものの、反省点の多い試合」
ダイヤ「試合後のミーティングはしっかりしなくては」 鞠莉「でもー、試合後に『ルビィ〜』とか猫なで声を出していたダイヤさんには言われたくないで〜す」
ダイヤ「なっ」
鞠莉「撫でまわし過ぎて、ルビィの顔が途中から無表情になってたし」
果南「本人も普通に引いてたよね、あれ」
ダイヤ「ぬ、ぬぬ」
ルビィ「あ、あはは……」
果南「全く、ダイヤは本当にお馬鹿さん」
鞠莉「本当に、お・ば・さ・ん」
ダイヤ「一文字抜けてますわ!」 ダイヤ「――そんなことより真面目な話です」
鞠莉「はいはい」
ダイヤ「各自の課題がある程度明確になったところで、例の計画を実行に移します」
千歌「例の計画?」
ダイヤ「千歌さん」
千歌「は、はい」
ダイヤ「夏の大会前の野球部の練習といえば、何を連想しますか?」 千歌「え、えっと――大変?」
曜「打撃練習!」
花丸「ノックとか?」
善子「ふっふっふっ、実は新しい津島式練習方が――」
ダイヤ「ぶっぶー! ですわ!」
ダイヤ「それになんですか、最後の意味不明なのは!」
善子「ひっ」 ダイヤ「やれやれ、貴女たちはそれでも野球部員なのですか」
ダイヤ「野球部といえば合宿! 大会前の定番でしょう!」
曜「あー」
梨子「言われてみれば」
ダイヤ「朝から晩まで数日間野球漬け、ここの課題を改善するのです!」
鞠莉「幸い、近いうちに空いている日がありまーす」
ダイヤ「私たちはそこを使って、合宿をおこないますわ!」 ―渡辺家―
曜「合宿かぁ」シュッ
善子「ええ」パシッ
曜「どう思う、善子ちゃん」
善子「いいんじゃないかしら、特訓は大事よ」シュッ
善子(合宿とか、いかにも『リア充!』って感じがするし) 曜「でも助かったよ、練習付き合ってくれて」
善子「そう? 急に押しかけちゃった感じだけど」
善子(お母さんがそれとなく話してはくれていたみたいだけど)
曜「やっぱり1人よりは2人の方がね」
曜「合宿に備えて、いつもより身体動かしておきたかったし」
善子「それなら千歌さんに頼めばよかったじゃない」
曜「それは……」 善子(やっぱり、喧嘩してたのかな)
善子(部に戻ってきた後も、2人が話しているのを試合以外ではほとんど見てない)
善子(試合でバッテリーを組んでも、ギクシャクしているのがよく分かる)
善子(あんなに仲良しだったのに、複雑なのね)
曜「善子ちゃん?」
善子「あ、ごめんなさい」
曜「大丈夫?」
善子「少し考えごとをしてただけよ」 曜「ボーっとしてると、また顔面でボール受けることになるよ」
善子「いい加減忘れてくれないかしら……」
曜「あんな衝撃、流石に忘れられないね〜」
善子「黒歴史がまた1つ……」
曜「黒歴史――堕天使とかいうあれも?」
善子「な、なんで知ってるのよ」
曜「自分で時々話してるじゃん」
曜「それに最近、善子ちゃんの過去動画を漁っててさ」
善子「なにしてんよの……」 曜「だって気になるじゃん」
曜「私は善子ちゃんの野球理論、結構性に合うし」
善子「そ、そう」
善子(悪くないわね、曜さんに言われると)
曜「でもさ、あの堕天使キャラはどこから出てきたの?」
善子「……最初は普通に生放送をしていたのよ」
曜「うん」
善子「でも視聴者が少なくて」
善子「女子中学生の野球動画ってことで、物珍しさから観る人はいたけど」 曜「まー、真面目に野球をする人はなかなか観なさそうだよね」
善子「そうそう、それで困っていた時に思いついたのよね」
善子「インパクトのあるキャラを演じれば、視聴者は増えるかもって」
曜「あ〜」
善子「それで生み出されたのが堕天使」
善子「実際視聴者数は一気に増えたし、数が増えた分口コミで広がって純粋な野球好きの視聴者も増えた」
善子「だからずっと、あのキャラというわけよ」
曜「なるほどね」 曜「でも普段から時々出てるよね、堕天使」
曜「呪いが――とか、呪文が――とか言い出すし」
善子「……それはほら、やっている内に気に入っちゃって」
曜「ミイラ取りがミイラになったと」
善子「まあ元々、その手のことは嫌いじゃなかったし」
曜「変な子だもんね、善子ちゃん」
善子「曜さんには言われたくないわ」
曜「あはは、確かに」 曜「まあ話はこの辺にして、そろそろ座ってよ」
善子「了解」
曜「ちゃんと防具つけてよね」
善子「分かってるわよ」
善子(あんな痛いのは、もうごめんだもの)
曜「大丈夫かなぁ、善子ちゃんが壁役で」
善子「馬鹿にしないで。気を抜かなければ、私は選ばれし者よ」
曜「はいはい」 曜「とりあえず軽くね」シュッ
善子「はっ」バシッ
曜「おー、いいじゃん」
善子「これぐらい当たり前でしょ」
曜「少しずつ上げていくから、無理そうになったら言ってね」
善子「ええ」
曜「やっ」シュッ
善子「よし」バシッ
曜「ほっ」シュッ
善子「いいわよ!」バシッ
曜「よっ」シュッ
善子「いい感じ!」バシッ
曜「ヨ―ソロー!」シュッ
善子「ナイスボール!」バシッ 曜「次、カーブね」シュッ
善子「っと」パシッ
曜「おー、一発で」
善子「急に投げないでよ」
曜「いいじゃん、捕れたんだから」
善子「まあ、私にかかればこれぐらい――」
曜「よっ」シュッ
善子「あぶなっ」パシッ
曜「おー、上手い!」パチパチ
善子「遊ばないでよ!」 ―高海家―
曜『ドンマイ、気にしないで』
千歌「……」ブン
曜『おー、鞠莉ちゃんは強肩だね』
千歌「……」ブン
理亞『馬鹿にしないで』
理亞『野球は、キャッチャーは遊びじゃない!』
千歌「……」ブン 千歌(私はまた、曜ちゃんの足を引っ張った)
千歌(果南ちゃんが投げるときもそう)
千歌(捕手を変更するために、みんな本職じゃないポジションに移った)
千歌(私がちゃんとした選手なら、鞠莉ちゃんと代わらなくてもよかったはずなのに)
千歌(守備のミスも、少し前まで素人だった花丸ちゃんより多い)
千歌(打撃だって、12点も取ったのにまともなヒットを打てなかった)
千歌(守備も打撃も、みんなより劣る)
千歌(これでも一応、キャプテンのはずなのに)
千歌(ちゃんと努力もしているのに) 千歌「あぁ――――もう!」ブン!
美渡「千歌! うるさいよ!」
千歌「あっ」
美渡「素振りは家の前でするなって、何度も言ってるでしょ!」
千歌「ご、ごめんなさい」
美渡「曜ちゃんの家にでも行って、一緒に練習してきな!」
千歌「は、はーい」 千歌(うーん、どうしよう)
千歌(以前なら曜ちゃんの家へ行ってたけど、最近気まずいし……)
千歌(梨子ちゃん誘って浜辺で練習しようかな、本人も投げたがってるかもだし)
千歌(こころちゃんにアドバイスを受けて以来、梨子ちゃんはほとんど投球をしていない)
千歌(曜ちゃん曰く投手は投げたがりのはずだし、そろそろうずうずしてくるはず)
千歌(それなら私も捕球の練習できるし、一石二鳥)
千歌(よし、とりあえず梨子ちゃん家だ!) ピーンポーン
千歌「おーい、梨子ちゃーん」
梨子母「あら、千歌ちゃん」
千歌「梨子ちゃんいますか?」
梨子母「梨子ならトレーニングルームにいるわよ」
千歌「へぇ」
千歌(家の中に専用のトレーニング部屋があるんだ)
梨子母「呼んでくる?」
千歌「あっ、私が自分で行きます」 千歌(途中で中断させたら悪いもんね)
千歌(トレーニングルーム、一度見てみたいし)
梨子母「そう? じゃあ上がって」
千歌「お邪魔しまーす」
梨子母「地下にある部屋にいるはずだから」
千歌「はーい――ちなみに今のは地下と千歌をかけた感じですか?」
梨子母「かけてないわよ」 コンコン――ガチャ
千歌「こんちかー」
梨子「あら、千歌ちゃん」
千歌「あれれ、トレーニング中じゃないの?」
梨子「ちょうどひと段落ついたところよ」
千歌「へぇ――」キョロキョロ
千歌「凄い設備だね」 梨子「元はそこまで多くなかったんだけど、投げられるようになってからお父さんが奮発して揃えてくれたの」
梨子「お父さんも野球が大好きな人だから、娘が活躍するのは嬉しいみたいで」
千歌「流石梨子ちゃん、愛されてるね〜」
梨子「それは千歌ちゃんもでしょ」
千歌「えー、でも素振りしてただけで怒られるし」
梨子「ふふっ、千歌ちゃんは人からの愛情に気づきにくい子なのかな」
千歌「むむむ、なんか馬鹿にされてる?」
梨子「そんなことないわよ」 千歌「それにしても梨子ちゃん」
梨子「なに?」
千歌「全体的に、たくましくなった?」
梨子「そう?」
千歌「筋トレの成果なのかな。一回り身体が大きくなってる気がする」
梨子「それなら嬉しいわね、上手くいってる証拠だから」
千歌「今度さ、私も一緒に筋トレしていい? もう少しパワーつけたくて」
梨子「もちろん、1人より2人の方が私もありがたいから」 千歌「ちなみに、メニューはどんな感じなの」
梨子「これよ」ピラッ
千歌「ふむ、どれどれ――ふぇ」
梨子「どうしたの?」
千歌「これ、一週間分?」
梨子「ううん、一日分よ」
千歌「こんなにやるの……」
梨子「だって、大会まで時間がないもの」
梨子「予選までには、高校レベルで投げられるようにならないといけないから」 千歌(想像の数倍ぐらい厳しい内容)
千歌(流石にオーバーワークなんじゃ……)
梨子「大丈夫よ、ちゃんと知り合いの専門家に作ってもらったメニューだから」
千歌「ど、どうして考えてることがわかったの?」
梨子「顔に出てるもの」
梨子「千歌ちゃん、本当に分かりやすいんだから」
千歌「あ、あはは」
千歌(早まったかな、一緒に筋トレしようなんて) 梨子「今度、千歌ちゃんの分のメニューも作ってきてもらうね」
梨子「ポジションも体格も違うし、同じ内容じゃないほうがいいはずだから」
千歌(それなら、多少楽は――)
梨子「大丈夫、ちゃんと同じぐらいハードな内容にしてもらうから」
梨子「そこは安心して」
千歌「う、うん」
千歌(うぅ、これからは練習以外でも地獄が待っている予感)
千歌(だけど、ちょうどいいのかな)
千歌(きっと私は、それぐらい練習しないと駄目な普通怪獣だから) 梨子「そろそろトレーニングを再開しないと」
梨子「千歌ちゃんも一緒にやってく?」
千歌「ううん、今日は外で素振りしてくる」
千歌「素人の考えで練習して、怪我とかしても嫌だし」
梨子「そうね、その方がいいかも」
梨子「砂浜よね、私もこっちが終わったら行くわ」
千歌「うん、ありがとう」
梨子「頑張ってね」
千歌「梨子ちゃんの方もね」 ―合宿当日・グラウンド―
千歌「晴れたね!」
梨子「そうね」
ルビィ「ポカポカ〜」
花丸「ずら〜」
鞠莉「ふふっ、雨がそれなりに多い時期と考えれば幸先がいいわね」
果南「むしろ少し暑いぐらいかな」
曜「だね〜」 ダイヤ「まずは全員揃ってこの日を迎えられたことがなによりです」
よしみ「そうですね」
むつ「はー、久しぶりのグラウンド」
千歌「むっちゃん達も参加できてよかったよ〜」
いつき「私たちは基本的に補助に回るから任せてね」
善子母「しかし貴女たちも必要戦力、しっかりと練習しましょう」
よいむつ「「「了解です!」」」 善子「……ねえ、なんであの人がいるのよ」
ダイヤ「私がコーチをお願いしたからです」
善子「ダイヤ、お母さんと仲悪くなかった?」
ダイヤ「口論になった件ですか」
善子「そうよ」
ダイヤ「あの後、きちんと話し合った結果、意気投合しまして」
善子「意気投合って……」
ダイヤ「ただでさえルビィと花丸さんがお世話になっているそうではありませんか」
ダイヤ「いつまでも過去のことを根に持つ、そんな子どもじみたことはしませんわ」 善子母「言われてるわよ、善子」
善子「……」
善子母「娘のことはともかく――今日は人数も揃っているから、まずは全体での細かい連携の確認など、普段は難しい練習からしていきましょう」
善子母「その後各自に指示を出すから、それに沿っての練習」
善子母「体力面のトレーニングなどは、普段から人数が少なくてもできるから少な目」
善子母「朝から晩まで濃密に、数日間しかないけど頑張っていきましょう」
全員「「「はい!」」」 ―ブルペン―
鞠莉「さてと、全体の練習は終わって投げ込みの時間ね」
梨子「キャッチャーは鞠莉さんですか?」
鞠莉「ええ、ちかっちは曜との感覚を取り戻さなきゃいけないから」
梨子「そうですよね」
鞠莉「私じゃ不満?」
梨子「そうじゃないですけど……」 鞠莉「気持ちは分かるわよ」
鞠莉「正捕手をあてがわれないと、二番手扱いされてるみたいだもの」
梨子「……最近は、まともに投げれてもいませんから」
鞠莉「そう、仕方ない部分ではあるわね」
鞠莉「もちろん、実力差もあるわ」
鞠莉「昔は小さかったかもしれないけど、今の曜と梨子の間には大きな差がある」
梨子「はい」 鞠莉「もちろん総合的な能力差はある程度埋められるはずよ。貴女はそのクラスの選手」
鞠莉「けどね、今のままだと絶対に曜には勝てない」
梨子「……それは、なぜですか」
鞠莉「梨子、貴女の投球に足りないもの、わかる?」
梨子「球速、ですか?」
鞠莉「そうね、確かにそれもある」
鞠莉「でもそれは以上に大切なものが、梨子には欠けている」
梨子「それは?」
鞠莉「決め球よ」 梨子「決め球?」
鞠莉「器用に数種類の変化球を投げ分ける、それは凄いことよ」
鞠莉「私も少しだけ投手の経験はあるけど、そんな器用に投げられない」
鞠莉「果南もそうね。曜は性格的な問題もあるかもしれないけど」
鞠莉「だけど梨子の場合、分かっていても空振りが取れる、そんな球は一つもないの」
鞠莉「代表に呼ばれていた時代の貴女のスペックは、平均より上の球速、多彩な変化球」
鞠莉「中学までならそれで打ち取れたかもしれない」
鞠莉「でも、高校ではどうかしら」
梨子「…………」 鞠莉「高校トップクラスの相手を抑えられない理由、矢澤こころに言われたように球速もあるでしょう」
鞠莉「それでも、球速的には決して速くない矢澤ここあは名門校のエースとして君臨している」
鞠莉「それは決め球に鋭いスライダーを持っているから」
鞠莉「一流の選手が分かっていても空振りをする、一流の球を」
梨子「確かに……」
鞠莉「球種の多さは大切な要素の一つ。その分狙い球を絞りにくくなる、投球の幅も広がる」
鞠莉「でも一定のレベル以上の打者は、特別な球でなければ逃げる術を持っている」 鞠莉「曜は投げられる球種は少ないけど、梨子と比べれば一つ一つの球種の精度が段違い」
鞠莉「あの子はストレートでもカーブでも空振りが取れるスペシャルな投手」
鞠莉「高校レベル――それも初心者も混じっている私たちみたいなチームでは、空振りが取れるというのは大きなアドバンテージ」
鞠莉「三振は最も不確定要素の少ないアウトの奪い方だから」
鞠莉「例えばこの前の星浜戦」
鞠莉「相手の二浦投手はとてもいい投手だわ。決め球になる球は無くても、制球と駆け引きで相手を打ち取る」
鞠莉「高校に入ってからの梨子に、かなり近いタイプの選手ね」
梨子「ですね」 鞠莉「だけど結果は知ってるでしょ」
鞠莉「結局あのスタイルでは、よほど調子がよくなければ、私たちが大量得点をできるレベルが限界なの」
鞠莉「聖泉女子や音ノ木坂から、ヒットすら打てなかったチームなのに」
梨子「それは……」
鞠莉「このままだと、梨子が辿りつけるレベルはそこが限界」
鞠莉「要の二遊間、曜とルビィは守備が上手だから、ある程度の相手は抑えられるかもしれない」
鞠莉「だけど、因縁があるらしい音ノ木坂にリベンジするなんて、夢のまた夢だわ」
梨子(確かに、トップクラス相手だとほとんど当てられてしまう)
梨子(音ノ木坂との試合、三振どころか空振りさえほとんど奪えなかった) 鞠莉「どう、納得してくれたかしら」
梨子「は、はい」
梨子「だけど私、本格派になるのは難しいと思うし、今の変化球だってこれ以上――」
鞠莉「ノープロブレム、もう策は考えてあるわ」
梨子「策?」
鞠莉「私が今日梨子と組むのは、アメリカで習得した新しい球種を授ける為」
梨子「新しい、球種」 鞠莉「ねえ梨子、貴女の握力が果南と同程度なのは知ってる?」
梨子「私はピアノを弾いたりもしますし」
鞠莉「そしてね、手の大きさ、特に指の長さは、日本人離れした私のそれよりも上」
梨子(手……)
鞠莉「素晴らしい手よね。力強さに加えて、器用に変化球を投げる感覚の鋭さまで持ち合わせて」
鞠莉「それは曜や矢澤姉妹、鹿角聖良だって持っていない特別な才能よ」
梨子「特別な、才能」
鞠莉「だから貴女ならできるはずよ」
鞠莉「普通の女子選手では扱うことが困難な球を投げることも、ね」 ―室内練習場―
曜「……」シュッ
千歌「くっ」ポロッ
果南「うーん、駄目だね」
曜(やっぱり息が合わない……)
曜(千歌ちゃんと、気まずいままだからかな) 千歌「果南ちゃん、どうしよう……」
果南「うーん」
果南(これは流石にヤバいよね)
果南(技術的な問題もあるけど、一番は互いの精神面)
果南(正直、解決策は全然思いつかない)
果南(喧嘩しているならともかく、仲直り自体はしている)
果南(ただ元のつながりが強かった分、反動が大きいのかな) 曜「果南ちゃん……」
果南「……気分転換に、他の人とバッテリー組んでみたら?」
曜「他の人と?」
千歌「それは」
果南「別にバッテリーを解散しろってわけじゃなくてさ」
果南「そうすれば、客観的な問題点も見えてくるかな〜みたいな」
千歌「……それは、そうかも」 曜「でも他のキャッチャーか」
果南「そうだね、やっぱり鞠莉とか――」
善子「……」ジー
曜「ん?」
曜(外から覗き込んでいるのは、善子ちゃん?)
曜「……」チラッ
善子「!」パァ
曜「……」ソラシ
善子「うぅ」ガクッ 果南「あれ、善子じゃん」
善子「ギクッ」
曜「……善子ちゃん、おいで」
善子「な、なによ。別に私は通りかかっただけで、キャッチャーに興味とか全くないわよ」
曜「……キャッチャー、やりたいの?」
善子「別に、そんなこと」
曜「そっか、じゃあいいや」
善子「ちょ、ちょっと待って、嘘よ嘘」
善子「やりたい、やりたいわ、キャッチャー」 果南「善子がキャッチャー?」
善子「そうよ、悪い?」
果南「悪くはないけどさ」
千歌「大丈夫なの? 前はまともに捕球できてなかった気が」
善子「あの後、何度か曜さんのボールは受けてるから平気よ」
千歌「そうなの?」
曜「……あくまでも受けてもらってるだけだけどね」 果南「まあせっかくの志願者だし、一度試してみる?」
善子「!」
千歌「う、うん」
曜「分かった」
果南「千歌、防具貸してあげて」
千歌「うん」カチャカチャ
千歌「はい、善子ちゃん」
善子「ありがとう」 曜「じゃあ何球か投げてみるね」
善子「ええ」
曜「――」シュッ
バンッ
善子「うわっ」パシッ
果南「おー、バウンドしたボールを」
千歌(善子ちゃん、上手い……)
千歌(本職じゃないはずなのに私より……) ―――
――
―
曜「次、ラスト」シュッ
バシッ
善子「どうよ!」
果南「おー、ちゃんと全部捕れたね」
千歌「……上手だね、善子ちゃん!」
善子「曜さん、どうかしら私の――」 曜「うーん、なんか違う」
善子「えっ」
曜「もういいや、善子ちゃん」
曜「鞠莉ちゃんに頼むよ、キャッチャーは」
善子「ちょ、ちょっと待って」
曜「なにさ」
善子「私、ちゃんと捕球できてたわよね」
善子「ミスはしてないのに、なんで」 曜「善子ちゃんはさ、捕るだけなんだよ」
善子「えっ」
曜「構えとか、捕球時のミットの動きとか、返球のリズムとか、色々気になる部分がある」
曜「受けてくれる壁ならそれでも良かった」
曜「でも捕手としては、正直投げにくいんだよね」
曜「単純に相性とかもあるのかもしれないけどさ」
善子「そ、そんな……」
曜「ごめん、私は鞠莉ちゃんの方に行ってくる」タタッ 善子「…………」
千歌「…………」
善子「……どうして」
果南「いやまあ、曜は人一倍繊細というか、面倒な投手だから」
果南「私から見れば、上手くできてたと思うよ」
果南「少なくとも、千歌との差はそんなに感じなかった」
千歌「そ、そうだよ。たぶん私より善子ちゃんの方が――」
善子「っ」ダッ 果南「あらら」
千歌「……善子ちゃん、ショックだったみたいだね」
果南「まあ人一倍プライドが高いのに、ボロクソ言われたしね」
千歌「曜ちゃんも、普段ならもっと気を使う子なのに」
果南「それだけ余裕がないんだよ、今の曜は」
千歌「……」
果南「……梨子が交代でこっちに来るまで、私の球を受けておいてくれる?」
果南「千歌は千歌で、ちゃんと頑張らなきゃね」
千歌「う、うん」 ―グラウンド―
善子母「ラスト、6−4−3!」キンッ
ダイヤ「はっ」パシッ
シュッ――パシッ
ルビィ「えい!」シュッ
花丸「ずらっ」パシッ 善子母「お疲れ様。ルビィちゃんと花丸ちゃん、休んできていいわよ」
ルビィ「あ、ありがとうございました」
花丸「ず、ずらぁ……」バタン
ルビィ「マルちゃん、シャワー浴びに行こっ」
花丸「むりぃ……」
ルビィ「で、でも」
花丸「ルビィちゃん、運んで……」
ルビィ「ぴ、ぴぃ」ズルズル 善子母「あらあら、やりすぎてしまったかしら」
ダイヤ「いえ、私たちはまだ未熟者」
ダイヤ「可能な限り厳しい指導をしていただけるのは、ありがたいです」
善子母「もちろん、限界は見極めながらだけど」
ダイヤ「ありがとうございます、わざわざコーチに来ていただいて」
善子母「いいのよ。元々何らかの形でかかわりたいとは思っていたの」
善子母「娘もいる、その友達もいる」
善子母「そして何より、私が育て上げた最高傑作、渡辺さんがいるんですから」 ダイヤ「曜さん……」
善子母「あの子は天才」
善子母「私は自分の持てる力全てを尽くして、育ててきた自負がある」
善子母「だからこそ最初は驚いた、彼女が私の元から離れる決断をしたとき」
ダイヤ「千歌さんが大好きですからね、彼女は」
善子母「そうね。まだ高校生、そのぐらい単純な話」
善子母「けど最初は結構辛かったのよ」
善子母「私は彼女に、全く慕われていなかったんじゃないかと考えたり」
善子母「実際私は、どれだけあの子の力になれていたのか分からなかったから」 ダイヤ「曜さんは感謝していますよ、本当に」
善子母「……そうかしら」
ダイヤ「敵対しているようで、私たちを助けてくださったこと、みんな知っています」
善子母「結果的に、裏目に出てしまったようだけど」
善子母「東京の大会で受けた傷、そして――」
ダイヤ「曜さんと、千歌さんの関係ですか」
善子母「Aqoursに戻る気はない。強い意志を感じたから、私は再び彼女を自分の元に迎え入れようとした」
善子母「けど今の状態になるなら、最初に追い返しておくべきだったわね」
善子母「結果的に、空白の時間があの子たちの関係を複雑にしてしまったわ」 ダイヤ「大丈夫です、あの二人の絆は深い」
ダイヤ「今は難しくても、いつか元の関係に戻るはずです」
善子母「そうね。渡辺さんにとって高海さんは、私より大切な人間ですものね」
ダイヤ「うふふ、まだ根には持っているのですね」
善子母「負けず嫌いなのよ、私は」
ダイヤ「流石は善子さんのお母様です」
善子母「……あの子、面倒な部分はしっかり受け継いだから困ったものよ」 ダイヤ「さて、それでは私は片付けを――」
善子母「ダイヤちゃん」
ダイヤ「はい?」
善子母「よかったの、自分でやりたい練習もあったでしょ」
善子母「善子や渡辺さんほどでなくても、自己主張は必要なことよ」
ダイヤ「……私の伸びしろなど、たかが知れています」
善子母「そんなことは」
ダイヤ「なによりも野球をできるのはこの夏まで、未来もない人間です」
ダイヤ「それならば、未来も大きな将来もある、あの子たちの糧になるのが最適なはずです」 善子母「……いいお姉さんね、あなたは」
ダイヤ「いえ、いつも妹には迷惑をかけてばかりです」
善子母「それはお互いさまでしょ」
ダイヤ「……そんなことは」
善子母「不思議な姉妹よね、ダイヤちゃんとルビィちゃんは」
善子母「同じ環境で育ってきたはずなのに、全く似ていない」
善子母「優秀で心の強い姉、才能はあるけどそれを生かし切れず心も弱い妹」 ダイヤ「……ルビィは難しい子です」
ダイヤ「臆病でやさしすぎる、戦い向きではない性格」
ダイヤ「やさしさがあらゆる意味での弱さに繋がってしまっています」
ダイヤ「しかし力を発揮できれば」
ダイヤ「才能、意志の強さ、真面目さ、成長に必要なものを全て持っているのです」
ダイヤ「いつか誰にも負けない輝きを発することができる、私はそう信じています」
ダイヤ「あくまでも、姉の贔屓目かもしれませんが」 善子母「そんなことないわよ。あの子は才能の塊」
善子母「渡辺さんはもちろん、桜内さん、小原さん、ルビィちゃん」
善子母「松浦さんも野球センスはないけど、身体能力は誰にも勝るとも劣らない」
善子母「高海さんも本人の意識に問題があるけど、十分な才能はある」
善子母「このチームには、寄せ集めとは思えないほどの大きな力が眠っているわ」
ダイヤ「それに、善子さんも」
善子母「あら、気を使ってくれなくてもいいのよ」
ダイヤ「彼女は特別な存在です、曜さんに近いポテンシャルを秘めているかもしれない」 善子母「精神的に大きなムラがあるし、こだわりも強すぎる」
善子母「指導者としては、難しいタイプだけどね」
ダイヤ「けど少しずつ、変わっているでしょう」
善子母「そうね」
善子母「初めてできた友だち、目の当たりにした本物の天才」
善子母「刺激的な体験の数々が、あの子を新たな段階へと導いてくれているわ」
ダイヤ「いいチームです、Aqoursは。助っ人の三人も、素晴らしい方たち」
善子母「そして花丸ちゃん」
善子母「センスも体力もないけど、一番頑張っているのはあの子」
善子母「母親失格かもしれないけど、誰よりも活躍してほしい、成長してほしいのは彼女よ」 善子母「高校に入るまで全く運動をしてこなかった、あの子に対する現実は厳しいわ」
善子母「アスリートに必要な、幼い頃に身体の動かし方を覚える経験をほとんどしていない」
善子母「いくら努力をしても、夏までとなればヒットすら打てないかもしれない」
善子母「エラーを繰り返して、いわれのないヤジにさらされる可能性だってある」
善子母「現状、助っ人の誰かの方が上だと言われても私は否定できない」
善子母「それでも信じてるわ、あの子が輝く日が来ることを」
善子母「その為に私は、努力を惜しまないつもりよ」 ―夜・体育館―
千歌「……」
梨子「……くぅ」スヤスヤ
花丸「……ずらぁ」スヤスヤ
ルビィ「……うゅ」スヤスヤ
善子母(流石に全員寝たわね)
善子母(ずいぶんと疲れたはず)
善子母(明日は早い、せめて今はゆっくり休ませておいてあげないと――) 善子「……ねえ」
善子母「善子? 早く寝ないと明日――」
善子「すぐ寝るわ、でも話したいことがあるの」
善子母「私に?」
善子「お母さん」
善子母「……ここではコーチと呼びなさい」
善子「はい、コーチ」 善子母「ちょっと、どうしたのよ」
善子母「いつもと違ってやけに素直ね」
善子「……指導をお願いする立場だから」
善子母「指導!?」
曜「……コーチ、朝ですか?」
善子母「ご、ごめんなさい。まだ大丈夫よ」
曜「よ――そろ」スヤスヤ 善子母「ちょっと、どうしたのよ」
善子母「冗談は善子ちゃんよ」
善子「冗談じゃないわ、茶化さないで」
善子母(……こんな真剣に頼みごとをする善子、初めて見た)
善子母「なにかしら、教えてほしいことは」
善子「私に、キャッチャーについて教えてくれない?」
善子母「キャッチャー?」
善子「ええ」 善子母「それは、どういう風の吹き回し?」
善子「曜さんが、キャッチャーを探してるの」
善子母「そうらしいわね」
善子「だから――」
善子母「自分がその役を引き受けたいと」
善子「そう、私は曜さんとバッテリーを組みたい」
善子「その為には足りないものが多すぎる。教わらないといけないことが多すぎる」
善子「だから、お願いします」 善子母「善子に教えを請われるなんて、明日は雪でも降るのかしら」
善子「曜さんいわく、ちゃんと快晴よ」
善子母「……本気なのは理解できたわ」
善子母「けど分かっているのよね、今の状況」
善子母「貴女はまだ、本職の外野で練習が必要な立場」
善子母「捕手は小原さんに任せればいい」
善子母「余計なことを考えている暇はないでしょ」 善子「それでも、それでも私はキャッチャーをやりたい」
善子「曜さんとバッテリーを組んでみたい」
善子「そうすれば、あの人に一歩近づける気がするから」
善子「新しい私へと、進化できる気がするから」
善子「お願いします、コーチ」ペコッ
善子母(あの子が人に頭を下げる)
善子母(これもまた、成長か) 善子母「仕方ないわね」
善子「じゃあ」
善子母「専門ではないけど、出来る限りのことは教えてあげるわ」
善子母「ただし、他に影響のない範囲でね」
善子「あ、ありがとう!」
善子母「私は花丸ちゃんとルビィちゃんの練習をみなきゃいけないから、その練習後だけよ」
善子母「厳しいけど、できるかしら」
善子「ええ!」
曜(……善子ちゃん)
千歌(…………) ―合宿最終日―
千歌(合宿最終日)
千歌(今日は曜ちゃんが元々所属していたチームに来てもらって、練習試合)
バッターアウト!
曜「よっしゃ!」
選手A「あー、また三振かぁ」 梨子「曜ちゃんは絶好調ね」
千歌「そうだね」
千歌(助っ人の三人も含めて交代で守備につくから、私と梨子ちゃんはブルペンで投球練習中)
選手C「へいへい、そろそろ打たないと恥ずかしいわよ!」
選手B「分かってる!」
キンッ
曜「センター!」
善子「オーライ!」パシッ
アウト! 梨子「あっさりスリーアウトね」
千歌「うん」
千歌(曜ちゃん、いきいきと投げてる)
千歌(それもそのはず)
千歌(本来私がいるべき、キャッチャーのポジションには――)
鞠莉「曜、ナイスピッチングよ!」
曜「鞠莉ちゃんもナイスリード!」
千歌(私より頼りになる、鞠莉ちゃんが入っているから) 善子母「順調ね」
曜「絶好調です!」
曜「今日はいくらでも投げられそうかも」
善子母「お楽しみのところ悪いけど、この回で交代よ」
曜「えー、まだ行けますよ」
善子母「今日はだいぶ投げてるでしょ。球数はちゃんと制限しないと駄目よ」
曜「……はーい」
善子母「善子、あなたも一緒に交代。クールダウンに付き合ってあげて」
善子「分かったわ」 善子母「桜内さん、高海さん、予定通り次の回からいくわよ」
千歌「バッテリーごとですか?」
善子母「あなたはサードに入って。捕手は小原さんのまま」
善子母「例の球、試してみたいから」
千歌「分かりました」
梨子「まだ実践は早くないですか?」
善子母「試すだけだから大丈夫よ、これは本番じゃないんだから」
善子母「練習では驚くほど上手く投げられている」
善子母「そのままの感覚でいけば、問題ないわ」 千歌「梨子ちゃん、頑張って」
梨子「うん」
千歌「……本当は、私が捕れればいいのに」
梨子「仕方ないよ」
梨子「落ちる球を抑えるのは、プロの捕手だって苦労するんだから」
梨子「練習すれば、千歌ちゃんなら捕れるようになるわ」
千歌「そう、かな」 バッターアウト!
花丸「速すぎるずら……」
ルビィ「だね……」
善子母「じゃあ桜内さん、頑張ってね」
梨子「はい」
曜「梨子ちゃん、リラックスだよ!」
梨子「うん」
鞠莉「それじゃあ、行きましょうか」 梨子「――」シュッ
鞠莉「ナイスボール!」パシッ
鞠莉(さて、と)
鞠莉(私も頑張らないとね)
プレイ!
選手C(曜ちゃんが交代してくれて助かったわ)
選手C(そろそろ打たないと、あとで怒られちゃうもの) 鞠莉(初球はアウトローのストレート)
ストライク!
鞠莉(いいところに決まったわね)
鞠莉(次は変化球を低めに――)
ストライク!
選手C「えー、入ってたの」
鞠莉(ラッキー、追い込んだわ)
鞠莉(インハイに釣り球を一球――)
ボール
鞠莉(まあ、振らないわよね) 鞠莉(さて、次よ)スッ
梨子(きた――)コクッ
梨子(ちゃんと落ちるか不安だけど――えいっ)シュッ
選手C(真ん中! もらった――)ブン
選手C「えっ」
バッターアウト!
梨子「お、落ちた!」
鞠莉「梨子、ナイスよ!」 選手C「い、今のは?」
鞠莉「フォークですよ」
選手C「フォーク!?」
鞠莉「ええ」
鞠莉(驚くのも無理はないわね)
鞠莉(握りの浅いスプリット系ではなく、大きな落差のあるフォーク)
鞠莉(こんな球、女子野球ではみたこともないでしょう)
梨子「ふぅ」
鞠莉(大会に間に合えばと思っていたのに、もう自分の物している)
鞠莉(流石は元天才少女、恐ろしい才能ね) 曜「はぁー、凄いね梨子ちゃん」
善子「ビックリしたわね、流石に」
善子母「私も驚いたわ」
善子母「本当に器用ね、あの子は」
曜「あれ、私も投げられないかな」
善子母「あなたは今の球で十分よ」
善子母「それにあれは、桜内さんだからこそ投げられるボールなんだから」
曜「……はーい」
善子母(フォークは腕に負担がかかるボール)
善子母(ストレートとカーブだけで抑えられる間は必要ない)
善子母(……この子なら、投げられても不思議じゃないけど) 千歌(真ん中から地面すれすれまで、凄い落差)
千歌(あんなの、私に捕れるのかな)
千歌(もし、捕れなかったら――)
キンッ
千歌「!」パシッ
アウト!
梨子「千歌ちゃん、ナイスキャッチ!」
千歌「う、うん」 千歌(しまった。ぼーっとしてた)
千歌(ボール、危なかったな)
千歌(今はプレー中、集中しないと)
千歌(先のことは、試合が終わってから考えればいい)
千歌(もう諦めないって決めたんだ)
千歌(とにかく練習して、技術を身につけるしかない)
千歌(普通の私には、それしかできない)
千歌(頑張らないと、頑張らないと……)
梨子「千歌ちゃん……」 ―数週間後・室内練習場―
梨子「えいっ」シュッ
鞠莉「いいわね!」パシッ
千歌「完成してきたね、フォーク」
梨子「だいたい、ね」
鞠莉「飲み込みの速さは流石よ」
千歌「でも私、まだ捕れないんだよね……」
千歌「大会、どんどん迫ってきてるのに」
鞠莉「落ちる球は難しいから努力あるのみよ」
千歌「うん……」 曜「それにしても」
ザ―――――――
千歌「雨だねぇ」
鞠莉「そうねぇ」
梨子「梅雨だもの、仕方ないわ」
善子「くっくっくっ、この私が悪魔の力で雨雲を呼び寄せた結果――」
花丸「それならさっさと止めるずら」ビシッ
ルビィ「あはは……」 曜「でも明日は晴れだよ」
果南「おっ、体感天気予報?」
曜「うん」
善子「流石曜さん。天を司る魔力を――」
曜「それは違う」
ダイヤ「しかし便利ですわね、曜さんの天気予報は」
千歌「船乗りのお父さん仕込みだもん」
果南「実際、よく当たるからね」 ダイヤ「それなら一安心ですわね」
曜「なにがですか?」
ダイヤ「明日、練習試合を組んでいたのです」
曜「ずいぶん急ですね」
ダイヤ「東京へ遠征に来ていた強豪校が、諸事情で一日空きができたそうなので、我が校のグラウンドに招待したのですよ」
梨子「強豪校?」
善子「どこよ」 ダイヤ「そうですね、私たちからすれば因縁の相手」
ルビィ「因縁?」
果南「最初に聞いたときは私も驚いたよ」
ダイヤ「ですわね、話を付けたのは千歌さんですし」
花丸「なんか意味深ずらね」
鞠莉「明日になれば分かるわ」
千歌「ふふっ、きっとみんな驚くよ」 ―翌日・グラウンド―
梨子「いや、まさか」
善子「あなたたちが相手なんて」
聖良「お久しぶりです、皆さん」
理亞「ふんっ」
聖良「理亞、またそんな態度を取って」 千歌「聖良さん!」
聖良「千歌さん、今日は招待していただきありがとうございました」
梨子「いつの間に、仲良くなったの?」
千歌「えへへ、色々あって」
善子「気になる色々ね」
ダイヤ「そ、そうですわね」ポリポリ
果南(ああ)
鞠莉(ダイヤも一枚噛んでるのね) 曜「……」ジッ
理亞「な、なによ」
曜「今回は煽ってこないのかなと」
理亞「だ、だってあなたは怖いし……」
曜「ふぅん」
善子(意外と素直なのね)
花丸(なんかこう、大人しいと案外)
ルビィ(可愛いかも?) ダイヤ「今日は2試合行う予定です」
ダイヤ「初戦のバッテリーは、梨子さんと千歌さん」
善子「リリーは久しぶりの実戦ね」
梨子「うん」
鞠莉「内容はあまり気にせず、気楽に行きましょう」
梨子「はい」
ダイヤ「もちろん勝利は――むぐっ」
果南「はいはい、プレッシャーかけないの」
ルビィ「お、お姉ちゃん」 千歌「……」
鞠莉「ちかっち、どうしたの?」
千歌「キャッチャー、私でいいのかな」
千歌「フォーク、まだ捕球できないままなのに」
鞠莉「いいのよ。できる限り情報を与えないために、今日はまだ投げる予定もない」
鞠莉「ちかっちはいつもどおり、梨子を導いてあげればいいわ」
千歌「うん……」
鞠莉「フォークを除いても梨子は進化している、信じて力になってあげなさい」 ダイヤ「そして二戦目は――曜さんと善子さんでいきます」
千歌「えっ」
ルビィ「よ、善子ちゃんが」
花丸「キャッチャー!?」
梨子「鞠莉ちゃんじゃないの?」
曜「前から密かに練習してたんだよね」
善子「ええ」
鞠莉「曜からの要望でね、ぜひ善子と組みたいって」
花丸「驚きずらねぇ」
ルビィ「うゅ」 果南「驚いたね」
千歌「……そうだね」
果南「最初はあんなに嫌がっていたのに、なにがあったんだか」
千歌「善子ちゃんも天才肌だから。きっと波長とか合うんだよ」
果南「そんなもんかな」
ダイヤ「相応の努力もあってこそでしょうが」
果南「努力?」
ダイヤ「頑張っていたようですよ、練習後にお母様の指導を受けて」 千歌「善子ちゃん、お母さんとあんなに仲が悪そうだったのに」
善子「べ、別に今だって仲は最悪よ!」
善子「ただ必要なことに、利用してやっただけ」
花丸「善子ちゃんは素直じゃないね〜」
ルビィ「だね〜」
善子「素直よ! これは本心なんだから――」
善子母「あら、そうだったの」
善子「げっ」 善子母「お母さん悲しいわ。せっかく娘と仲直りできたと思っていたのに」
善子「こ、これは違くて、その、あの」
善子母「ふふっ、あなたが素直じゃないことは分かってるわよ」
善子母「少しからかってみたかっただけ」
善子母「素直じゃない娘なんだから」
善子「っ〜〜〜〜」
善子母「赤くなっちゃって、可愛いわねぇ」
善子「や、やっぱり、お母さんなんて嫌いよ!」 ―――
――
―
花丸「善子ちゃん、頑張れ〜」
善子「このっ」ブン
バッターアウト!
善子「もぅ、この球はやっぱり反則よ!」
ゲームセット! 曜「初戦は負けちゃったか」
ルビィ「聖良さんが投げていたから、仕方ないですよ」
曜「こっちも頑張ったんだけどね」
ルビィ「悔しいですけど、1対7は十分善戦だったと思います」
曜「まさか果南ちゃんがホームラン打つとはね」
鞠莉「しかも猛打賞」
果南「あの投手、タイミングが合うというか、相性がいい感じだったね」
ダイヤ「それが分かっただけです、収穫です」
ダイヤ「負けたのは悔しくて仕方がないですがっ」ギリギリ 曜「次の試合、先発は2番手の間宮さんか」
ルビィ「聖良さんも出ないし、全体的に控え中心みたいですね」
ダイヤ「こちらは曜さんが先発」
ダイヤ「選手を変えられない分疲れはありますが、是が非でも勝ちたいですわね」
曜「はい、負けっぱなしは絶対に嫌です」
ダイヤ「全国制覇の為には避けられない相手、勝っていいイメージを持たなければ」
ルビィ「うん」
果南「実績と自信をつけるためにも、重要だね」
鞠莉「ええ」 曜「善子ちゃん、準備しにいこう」
善子「ええ」
千歌(曜ちゃん、善子ちゃん……)
梨子「千歌ちゃん」
千歌「あっ、梨子ちゃん」
梨子「お疲れ様、結構打たれちゃったね」
千歌「強かったね、やっぱり」
梨子「最初、緊張で制球が乱れてたのが痛かったかな」
梨子「守備のミスは少なくなったから、今度はもっと戦えるよ」
千歌「うん……」 千歌(だけど考えちゃう)
千歌(もし捕手が私じゃなかったら、鞠莉ちゃんだったら)
千歌(もっと少ない失点で済んだんじゃないかな、やっぱり)
曜「おりゃっ」シュッ
善子「ほっ」パシッ
千歌(善子ちゃん、カーブをあんなに上手く)
千歌(私は必死に練習しても、まだ捕球が上手くならないのに)
千歌(ここでも感じる、センス、才能の差) 千歌「ねえ、梨子ちゃん」
千歌「私は本当に、キャッチャーでいいのかな」
千歌「素直に他の人に、ポジションを譲った方がいいんじゃないかな」
梨子「千歌ちゃん……」
善子母「そんなことはないわよ」
千歌「善子ちゃんのお母さん」
善子母「現実的な話をすれば、今の高海さんと、小原さん、善子との実力差が一番少ないポジションは捕手」
善子母「他のポジションだと、全体の守備力に大きな差が出てしまう」
善子母「その時点で、あなたが正捕手でいてくれるのが一番いい形なの」
千歌「でも……」 善子母「気持ちは理解できる」
善子母「努力なしの結果はあり得ない」
善子母「だけど、必要な努力の量は人それぞれ」
善子母「置かれた環境、生まれ持った才能によって大きく異なる」
善子母「指導者として、常にもどかしさを感じる部分よ」
千歌「才能の、差」
善子母「高海さんは努力をしている」
善子母「人より時間はかかるかもしれないけど、いつか花開く日は来る」
善子母「だからあまり、自分を追い込まないことね」
千歌「……」 善子母「それにね、捕手は最も才能の差が出にくいポジション」
善子母「工夫次第で、一流の選手に近づくことができる」
善子母「配球に運動能力は必要ない。盗塁阻止だって、動作の俊敏性で肩の弱さは補える」
善子母「矢澤こころはその典型」
善子母「それらを極めた結果、世代最高の捕手になった」
善子母「鹿角理亞も同じタイプね」
善子母「今日の彼女の配球、一度しか対戦していなくて、データも少ない私たちのことをしっかり研究していたわ」
善子母「対するあなたは考えた? 聖泉女子の打者の弱点や対策を」
千歌「あ……」 善子母「一流の選手と同じレベルのプレーはできない」
善子母「矢澤さんや鹿角さんに追いつくのは、現時点ではほぼ不可能」
善子母「でも野球はチームプレー、特に捕手には投手という相方がいる」
善子母「捕手の一番の仕事は、投手の力を引き出すこと」
善子母「その為には、特別な身体能力や運動センスは必要ない」
善子母「例え1人では敵わなくても、投手も合わせた2人の力で上回ればいい」
善子母「それを可能にしてくれるだけの投手が、このチームには2人もいる」
千歌「2人の、力で……」 善子母「その為の方法、私でよければいくらでも教える」
善子母「人当たりのいいあなたなら、自分で師を探すこともできるでしょう」
善子母「落ち込んでいる暇があったら、その時間で努力をしなさい」
善子母「意識を高く持って、常に勝つために必要な方法を考えなさい」
善子母「それをせずに、今みたいに相方である投手に嘆きをぶつけるのは、論外よ」
千歌「それは……」
善子母「うじうじしていないで、上を向きなさい」
善子母「捕手はチームの中心、守備全員の目線が向けられる唯一のポジション」
善子母「その上に、あなたはキャプテンでもあるの」
善子母「自分の姿勢、感情がチームに与える影響を、もっと自覚しなさい」
千歌「自覚……」
善子母「……少しはいい顔になったわね」
善子母「しっかり頼むわよ、キャプテン」
千歌「――はい!」 今回も大量更新乙です。第一試合はあっという間に終了ですか。前試合からの先発メンバーや打順等の変更の有無を知りたいというのは贅沢ですかね。同じなら、
「打順は?」
「前と同じ」
みたいに書いてくれればとてもわかりやすいです。 ―――
――
―
ダイヤ「今日はありがとうございました」
聖良「こちらこそ、とてもいい練習になりました」
聖良「いいチームに、なりましたね」
千歌「あはは、それほどでも」
梨子「調子に乗らないの」 柳澤「マジパねえっす、曜先輩!」
柳澤「ビューときて、バーンと入る球!」
柳澤「スゲェっす! パネェっす!」
曜「あ、あはは、そう?」
善子「変なのに懐かれたわね、曜さん」
花丸「同い年なんだよね、マルたちとあの人」
ルビィ「全然見えないよね……」
善子「しかし同い年といえば、あの理亞とかいう子は?」
花丸「そういえば、いないね」
ルビィ「そろそろ帰る時間みたいだし、探してきた方がいいかな」
花丸「そうだね、手分けして」
善子「はぁ、面倒ね」 ―――
――
―
ルビィ「ここにもいないなぁ」
ルビィ「どこにいるんだろう……」
『う、うぅ』
ルビィ「ピギッ」
ルビィ(へ、変な声――不審者!?) ルビィ(ど、どうしよう)
ルビィ(戻って、誰かに伝えた方がいいのかな)
??「どうして、あんなに研究したのに……」
ルビィ(あれ、この声――)
理亞「また打てなかった、それどころか勝てなかった……」
ルビィ(やっぱり……)
ルビィ(でもどうしよう、なんて声をかけたら――)ザッ 理亞「誰!」
ルビィ「ピギッ!」
理亞「あなたは……」
ルビィ「え、えっと、理亞――さん?」
理亞「黒澤ルビィ」
ルビィ「覚えていて、くれたんだ」
理亞「一応ね」
理亞「春季大会、ふざけた浦の星のメンツの中で、あなたは別だったから」
理亞「粗削りだけど野球に真剣なのは、プレーを見てれば分かる」
ルビィ「あ、ありがとう」 理亞「どうしたの、こんなところに」
ルビィ「えっと、そろそろ帰る時間だから、理亞さんを探しに」
理亞「もうそんな時間――ありがと、わざわざ」
ルビィ「う、うん」
理亞「あと、さんなんてつけなくていいわよ。私たちは同級生でしょ」
ルビィ「え、えっと、じゃあ、理亞――ちゃん?」
理亞「ふっ、なんで疑問形なのよ」
ルビィ「だ、だって、理亞ちゃんはルビィと違って大人っぽいし」 理亞「そんなことない」
理亞「今も情けないところを見せちゃって」
ルビィ「あ、あはは」
理亞「じゃあ私は戻るわね」
ルビィ「うん」
理亞「でも忘れないで」
ルビィ「うゅ?」
理亞「泣いていたこと話したら、ただじゃおかないから」
ルビィ「ピギッ!?」 ―室内練習場―
カキーン! カキーン!
曜「ふぅ」
曜「いい感じ、かな」
曜(135キロ)
曜(マシンだと簡単に打てる、はずなのに) 曜「次、140に――」
千歌「曜ちゃん」
曜「!」
千歌「ここで練習してたんだ」
曜「千歌ちゃん……」
千歌「今日も聖良さんから打てなかったもんね」
曜「……うん」 千歌「私も一緒にやろうかな、今日は全然打てなかったし」
千歌「いや、千歌の場合はいつも打てないか、あはは」
曜「ごめん、私は帰る――」
千歌「待ってよ」
曜「っ」
千歌「まだ打つつもりだったんでしょ」
曜「それは……」
千歌「逃げないで、曜ちゃん」 曜「逃げてるわけじゃないよ」
千歌「嘘だよ」
千歌「曜ちゃん、最近はいつもこんな感じ」
千歌「私のこと、避けてる」
千歌「必要なとき以外、話さない、目も合わせない」
千歌「ずっとそうだよね、私たち」
曜「それは……」 千歌「気持ちは分かるよ」
千歌「あんな風に意見を言い合って、息がぴったりだった野球の方も全然上手くいかなくなって」
千歌「仲直りしたはずなのに、元に戻るどころか、どんどん悪化してる」
千歌「これじゃあ、よくないよ」
千歌「私たちさ、前みたいに戻ろう」
千歌「バッテリーは組めなくても、仲良しの友達に」
千歌「そうしないと、周りに迷惑がかかる」
千歌「私に言えた義理はないのかもしれないけど」
曜「……そうだね」
曜「そうしないと、駄目だよね」 千歌「曜ちゃんは、嫌なの。私と前みたいに戻ること」
曜「嫌じゃない」
曜「千歌ちゃんのことが嫌いになったわけじゃない」
曜「今だって、大好き」
曜「でも私のせいで、私の捕手を出来ないせいで、千歌ちゃんが苦しんでいる」
曜「そう考えると、仲良くしていいのか分からなくて」
曜「正直さ、他の人とバッテリーを組むことが決まった時、ホッとした」
曜「苦痛になってたから、千歌ちゃんと組むのが」
千歌「苦痛……」
曜「投手と捕手の関係としては、どんどん上手くいかなくなっていく」
曜「その度に、心の距離も離れていくみたいで」
曜「千歌ちゃんと一緒に積み上げてきたものが、否定されていくみたいで」 千歌「どうだった、善子ちゃんとのバッテリーは」
曜「……すごく投げやすかった」
曜「善子ちゃん、本当に頑張ってくれていたんだ」
曜「私の要望を全部聞いて、投げやすいように合わせて」
曜「お母さんと一緒に練習して、私の細かい我儘にも答えてくれて」
曜「野球だけじゃない」
曜「わざわざ私の趣味についてとか、そんなことまで勉強してくれてさ」
曜「そんなの必要ないって言っても、頑張って――」 千歌「そっか、よかった」
千歌「曜ちゃんは、相性のいい相手を見つけられたんだね」
曜「うん」
曜「ごめんね、千歌ちゃん」
千歌「謝る必要なんてないよ」
千歌「今の私じゃ曜ちゃんの助けになれないのは事実」
千歌「勝つためには必要なことだし、曜ちゃんの苦しみがそれで和らいだなら、私は嬉しい」
曜「……」 千歌「ねえ、この後曜ちゃんのうちに行ってもいいかな」
曜「えっ?」
千歌「久しぶりにさ、遊ぼうよ」
千歌「2人だけで、パーッと」
千歌「野球のことは考えずに、幼馴染の親友として」
曜「千歌ちゃん……」
千歌「駄目かな、やっぱりちかのことは――」
曜「だ、駄目じゃないよ!」
曜「私だって、千歌ちゃんと、千歌ちゃんと――」 千歌「落ち着いて、曜ちゃん」ギュッ
曜「千歌ちゃん……」
千歌「周囲に気を使わせないように、我慢してたんだよね」
千歌「本当は、すごく悩んでいたのに」
千歌「嫌ったりなんてしないよ」
千歌「悪いのは、真剣に野球と向き合えていなかった私」
千歌「私も曜ちゃんのことが昔から大好きで、それは変わらない」
千歌「だから安心して、もう悩まないで」
曜「ちか、ちゃん」
千歌「なんて変かな、あはは」
曜「……変じゃないよ」
曜「ありがとう、千歌ちゃん」ギュッ ―早朝・グラウンド―
梨子「抜く感覚、もう少し早く――」シュッ
バンッ
梨子「少し違うかな……」
梨子「やっぱり細かく請求するのは難しい」
梨子「フォーク、もっと練習しないと」 梨子(本当は誰かに受けてもらいながら投げたい)
梨子(でも千歌ちゃんはまだ上手く捕球できない)
梨子(鞠莉さんに頼むのも限界があるし、どうしたら――)
善子「ふわぁ、流石に私が一番乗り――あれ?」
梨子「善子ちゃん?」
善子「リリー、早いわね」
善子「まだ朝練の時間までだいぶあるわよ」
梨子「少し投げておきたくて」
善子「ふぅん」 善子「フォークの練習?」
梨子「うん」
善子「1人で?」
梨子「だね」
善子「それなら私が受けてもいいわよ」
梨子「善子ちゃんが?」
善子「キャッチャーできるの、前の試合で見せたでしょ」
梨子「でも……」 善子「大丈夫、落ちる球も曜さんのカーブで慣れてるから」
善子「しっかり捕れなくても、誰もいないよりはマシでしょ」
梨子(……それもそうね)
梨子(確かに壁に向かって投げるよりはいいかも)
梨子「じゃあ、お願いしてもいいかな」
善子「ええ」
善子「準備をするから、少しだけ待ってくれる?」
梨子「うん」 ―――
――
―
梨子「ふっ」シュッ
善子「よっ」パシッ
梨子「ナイスキャッチ」
善子「ふっ、私にかかればこんなものよ」
梨子「最初はこぼしてばかりだったけどね」
善子「それはまだ本気を出していなかっただけよ」 梨子「ふふっ、そうね」
梨子「曜ちゃんのカーブを捕れるんだから、これぐらい簡単ね」
善子「確かにあれも相当厄介な球ね」
善子「しかも曜さん、リリーと違って制球が滅茶苦茶だから」
梨子「変化量の大きいボールは扱うのが難しいから仕方ないわ」
梨子「私だってフォークは全然コントロールできてない」
梨子「キャッチャーにはずいぶん迷惑を掛けちゃってる」 善子「そうね、確かに大変かも」
善子「けどそれで困ってるようだと、全国で勝つことなんてできない」
梨子「……千歌ちゃん、大丈夫かな」
善子「あの人なら大丈夫よ。きっと」
善子「元々捕球センスはある方なんだから」
善子「最近だって、元気に練習してるでしょ」
梨子「そうね」
梨子「だけど今の状態だと、大会に間に合うか……」 善子「その時はその時」
善子「いっそ、私とバッテリー組めばいいでしょ」
梨子「善子ちゃんと?」
善子「もちろん、千歌さんであるに越したことはないわ」
善子「でも私たちだって相性は悪くないでしょ」
善子「今だってこうやって問題なく捕球できてるんだから」
梨子「……そうね、善子ちゃんの言うとおり」 梨子「だけど、例えフォークを上手く捕球できなくても、私のキャッチャーは千歌ちゃんよ」
善子「あっさりフラれたわね」
善子「そんなに私とは嫌?」
梨子「ううん、そんなことはないよ」
梨子「だけどやっぱり、私は千歌ちゃんがいいの」
梨子「闇から救い出してくれた恩人だし――もちろん善子ちゃんもだけど」
梨子「千歌ちゃんとの出会いから、私は立ち直れた」
梨子「真っ暗だった世界に、小さいけど確かな光を当ててくれた人」
梨子「千歌ちゃんが受けてくれるだけで、私は安心して投げられる」
梨子「だからキャッチャーは、千歌ちゃんしかいないの」 善子「……妬いちゃうわね、そこまで言われると」
梨子「善子ちゃんはもう、曜ちゃんを手に入れたでしょ」
善子「ふふっ、そうね」
善子「これ以上は、贅沢かしら」
善子「でもね、予感がするの」
善子「いつか曜さんも、千歌さんの元に戻ってしまう」
善子「そんな予感が」
梨子「善子ちゃん――」 曜「おはヨ―ソロー!」
善子「あっ」
梨子「曜ちゃん」
千歌「おはよう!」
梨子「千歌ちゃんも」
曜「2人とも早いね。秘密の特訓?」
千歌「善子ちゃんが防具をつけてる――はっ、梨子ちゃんまさか」
梨子「ふふっ、どうかしら」 千歌「だ、駄目だよ善子ちゃん。梨子ちゃんは千歌の!」
善子「知らないわよ、そんなの」
善子「世の中、実力がすべてなんだから」
千歌「むぅ……確かに」
千歌「これは負けられないね――梨子ちゃん、今度は千歌と練習しよう!」
千歌「これでも家で美渡姉に付き合ってもらって練習してきたんだよ」
千歌「今日こそ、フォークを完璧に捕れるようにするんだから!」
梨子「へぇ、それは楽しみね」 曜「私たちも残り者同士、練習する?」
善子「そうね――」
ルビまる「「おはようございま〜す」」
果南「おはよう、みんな」
曜「あれ、もっと来た」
果南「早起きし過ぎたから、走ってきたんだよ」
善子「みんなせっかちねぇ」 曜「あとは鞠莉ちゃんとダイヤさんだけか」
善子「ルビィ、ダイヤは?」
ルビィ「分かんない、今日はマルちゃんのおうちにお泊りだったから」
花丸「久しぶりに2人で練習したり、ゲームしたりしてたんだ」
善子「仲良しねぇ、相変わらず」
曜「もう練習始めちゃう?」
果南「うん、それでもいいかも」
果南「じきに2人とも来るだろうし」
曜「そうだね」
曜「大会は目前に迫ってる、少しでも多く練習しないと」 ―朝練終了後・部室―
善子「ふわぁ、ねむぃ……」
梨子「善子ちゃん、これから授業なんだからしっかりしないと」
善子「どうしてリリーは平気なのよ」
梨子「私はほら、昔から慣れてるから」
善子「あぁ、流石は元エリート……」 千歌「結局、ダイヤさんたち来なかったね」
曜「どうしたんだろう」
果南「何か聞いてる人、いないよね」
ルビィ「はい」
花丸「果南ちゃんが知らない時点で、たぶん」
曜「トラブルとかだったら嫌だね、大事な時期なのに」
千歌「だね」
梨子「ちょっと不安……」 果南「大丈夫だよ、重大なことがあるなら連絡が来てるはずだから」
果南「とにかく着替えて準備しよ」
果南「あんまりのんびりしてると、授業に間に合わなくなる――」
ガラッ
果南「んっ」
ダイヤ「……」
鞠莉「……」
果南「ダイヤ、鞠莉」
千歌「2人とも、遅かったね」 ダイヤ「申し訳ありません、どうしても外せない用ができてしまって」
果南「そっか。でも無事だったなら――」
鞠莉「果南」
果南「鞠莉?」
鞠莉「少し話があるの」
鞠莉「みんなも、着替えながらでいいから聞いてもらえるかしら」
果南「う、うん」 ―――
――
―
千歌「学校説明会が、中止になるかもしれない」
ダイヤ「ええ」
曜「えっと、それはつまり」
ダイヤ「本格的に、廃校に向けて動き出したということです」 千歌「そんな、まだ夏の大会も始まってないのに」
鞠莉「ごめんなさい、必死にパパたちを説得したんだけど」
ダイヤ「全国優勝、それが叶った場合の影響の大きさについては納得してもらえました」
鞠莉「だけど優勝の現実性については、認めてもらえなかった」
鞠莉「大人たちは誰も、私たちが全国制覇できるとは考えてないの」
果南「そんな――」
ダイヤ「仕方のないことではあります」
ダイヤ「創部初年度、部員9名、唯一の公式戦はヒットすら打てずに惨敗」
ダイヤ「数字だけをみれば、優勝など世迷言にしか聴こえないのでしょう」
果南「それは……」 ダイヤ「私たちの目標が変わったわけではありません」
ダイヤ「全国優勝、それだけを目指していけばいい」
ダイヤ「まずは全国大会出場」
ダイヤ「しかしそれが叶わなかった時点で、廃校は確定です」
千歌「廃校……」
曜「確定……」
花丸「そんな……」
ルビィ「うゅ……」
善子「……」 千歌(廃校阻止、その為に一度倒れた私たちは立ち上がった)
千歌(だから現実として、廃校になる可能性の高さは理解はしていた)
千歌(理解はしていた、けど現実として突きつけられると……)
『貴女が周囲に及ぼす影響を――』
千歌(いや、駄目だ)
千歌(下を向くな、前を向け)
千歌(私が、みんなを引っ張るんだ) 千歌「大丈夫だよ」
ダイヤ「千歌さん?」
鞠莉「ちかっち?」
千歌「私たちは負けない」
千歌「0だったあの時とは、もう違うんだ」
千歌「絶対に勝って、勝って、勝ち続ける」
千歌「最後まで勝ち残って、廃校を阻止できる」
千歌「絶対に、優勝できる」
曜「千歌ちゃん……」 ダイヤ「……そうですね」
鞠莉「弱気になり、最悪の事態を想像する必要はない」
果南「ただ自分たちを信じて、突き進めばいい」
梨子「ええ」
善子「そうよ、この堕天使が居る時点で、Aqoursは最強のはずなんだから!」
花丸「その意気ずら!」
ルビィ「うん!」 キーンコーンカーンコーン
千歌「って、時間!」
曜「ヤバッ、そういやギリギリだったじゃん!」
ダイヤ「いけません! 生徒会長が遅刻は洒落になりませんわ!」
鞠莉「あはは、面白そうでいいじゃない」
ダイヤ「理事長のあなたはもっと問題でしょう!」
ルビィ「い、急ごう花丸ちゃん!」
花丸「善子ちゃんも早く!」
善子「分かってる――わっと」バタン
ルビィ「あっ、転んじゃった……」 梨子「みんな、一度落ち着ついて――」
曜「お先ヨ―ソロー!」ダッ
ダイヤ「遅刻はぶっぶーですわ!」ダッ
果南「よく考えたらこれ以上遅刻や欠席したら留年に」ダッ
鞠莉「あはは、シャイニー!」ダッ
善子「うぅ、痛い……」
ルビィ「よ、善子ちゃん」
花丸「ほらおぶってあげるから早く行くずら!」
千歌「梨子ちゃんも急ごう!」ダッ
梨子「ああもう、どうしてこうなるの〜〜〜〜〜」ダッ 朝から失礼しました
就寝時間が早すぎるせいで夜の更新が難しい感じに
これも野球のシーズンが終わった弊害ですね
>>780
打順について、投稿前の段階では書いていましたが、試合描写がほぼないのでカットしてしまいました
一応、元々考えていた打順は以下の通りです
1試合目
1:中・善子
2:左・ダイヤ
3:遊・曜
4:三・果南
5:右・鞠莉
6:捕・千歌
7:投・梨子
8:一・花丸
9:ニ・ルビィ
2試合目
1:遊・ダイヤ
2:三・千歌
3:投・曜
4:左・果南
5:右・鞠莉
6:中・梨子
7:捕・善子
8:一・花丸
9:ニ・ルビィ >>826
ありがとうございます!バッテリーごと入れ替えや新たなコンバートの影響がわかってすっきりしました。毎回たくさんの更新お疲れ様です。この後も楽しみにしています。 ―室内練習場―
シュッ
千歌「くっ」パシッ
シュッ
千歌「やっ」パシッ
千歌(マシンのフォーク)
千歌(機械の球ではあるけど、だいぶ捕れるようになってきた) 千歌「球切れかな、新しいのを補充しないと――」
鞠莉「はーい、ちかっち」
千歌「鞠莉ちゃん?」
果南「いい感じじゃん、だいぶ捕れるようになってきたね」
千歌「果南ちゃんも」
千歌「どうしてここに」
鞠莉「練習、手伝ってあげようと思って」
千歌「手伝い?」 鞠莉「実はね、最近ちかっちの練習にピッタリな道具を作ったの」
千歌「ピッタリな道具?」
鞠莉「それはね――これ」
千歌「ボール?」
鞠莉「小原家の特製変化球ボール」
鞠莉「普通に投げるだけで、ボールが鋭い変化をしてくれる優れもの」
鞠莉「実戦では使えないけど、練習でお手軽に変化球を体験できる」
鞠莉「種類は主だった変化球各種、もちろんフォークも取り揃えているわ」 千歌「これ、私の練習のために?」
鞠莉「元々開発構想はあった商品だけど、試作段階でね」
鞠莉「これを使えばちかっちは練習ができるし、私たちからしてもちょうどいいテスターになるかなって」
千歌「そっか」
千歌「この球、マシンに入れればいいの?」
鞠莉「違うわよ、それじゃあ今の練習と変わらないわ」
鞠莉「練習のためには生きた球を受ける必要がある、だから――」
果南「投げるのは私だよ」
千歌「果南ちゃんが?」
鞠莉「ええ」
千歌「でもそれだと、結構大変なような」 果南「平気だよ」
果南「私は投げるだけならいくらでも投げられる」
果南「どうせ控え投手としては役に立たないし、多少の無理は問題ないから」
千歌「そんなあっさり」
果南「まあノーコンなのは許してほしいけど」
果南「私だって軽く投げればストライクは入る。球速的には十分でしょ」
千歌「……いいのかな」
果南「いいんだよ」 果南「もし千歌がフォークを完璧に捕球できるようになれば、チームとしては大きい」
果南「それに私だって、少しでも可愛い妹分の役に立ちたいじゃん」
千歌「果南ちゃん……」
鞠莉「まあ、というわけよ」
鞠莉「本当は他に投げられる人を手配しよかとも思ったけど、果南の強い希望なの」
鞠莉「ちかっち、できるかしら」
千歌「うん、やるよ」
千歌「果南ちゃんと鞠莉ちゃんの期待に、応えてみせる」 鞠莉「決まりね」
鞠莉「私も打席に立ってバットを振るわ」
鞠莉「その方が、より実践に近い形の練習になるでしょ」
千歌「ありがとう、鞠莉ちゃん」
果南「もうアップは済ませてきたから、すぐに始めよう」
千歌「分かった!」
果南「とりあえず、軽く投げてみるよ」
千歌「うん!」 果南「じゃあ行くよ〜」
千歌(軽くとはいえ、果南ちゃんの球速でフォーク)
千歌(いったい、どんな球が――)グッ
果南「それっ!」シュッ
千歌(最初は普通のストレートっぽいけど――)
ストン
千歌「うわっ」ポロッ 千歌「び、ビックリした」
鞠莉「おー、思っていたより鋭く落ちるわね」
鞠莉「現実の梨子のフォークと同じぐらい、しかも球速も早い」
果南「もう少し抑えて投げた方がいいかな」
鞠莉「そうね、これは流石に――」
千歌「大丈夫、このままでいいよ」
果南「千歌?」 千歌「実際より少し厳しめの方が、いい練習になる」
千歌「これが捕球できれば、梨子ちゃんのボールだって問題なく捕れる筈だもん」
果南「だけど怪我をする可能性だって」
千歌「平気だよ。これでも身体は丈夫だもん」
果南「……わかった」
果南「もう組み合わせ抽選会も近い、時間もないもんね」
鞠莉「ええ――とにかく頑張っていきましょう」
千歌「うん!」 ―組み合わせ抽選会場―
ザワザワ
千歌「わぁ、凄い人……」
果南「だね」
ダイヤ「静岡中の女子高校球児が集まっていますからね」
千歌「野球をやっている人、こんなにたくさんいたんだね」
果南「この中の頂点に立つ、それはとてつもなく大変なこと」
鞠莉「それでもここは、私たちにとって通過点にしなきゃいけない場所なの」
ダイヤ「改めて、全国優勝という目標の難しさが理解できますね」 善子「それにしても――」
ジロジロ
善子「なんか私たち、注目されてない?」
梨子「だね、すごく見られてる」
善子「はっ、やはりこの私の魅力に惹きつけられて!」
ダイヤ「曜さんですよ、原因は」
曜「私?」
梨子「あはは、ですよね」
ダイヤ「確かに善子さんも、ある意味では目を引きますが」
善子「くっ、この大会が終わるころには、皆が私に注目するようになるわよ!」
曜「その意気だよ、頑張れ!」 千歌「でもこんなに注目されてると、ルビィちゃんはいつものごとくお休み中?」
梨子「そうね、さっきから姿が見えないし……」
ダイヤ「あぁ、ルビィなら――」
中野「相変わらず可愛いねぇ〜」ナデナデ
梅井「髪、もふもふだわ〜」モフモフ
ルビィ「ピギィ!?」
花丸「ず、ずらっ」
ダイヤ「花丸さんと一緒に、日中高校の選手に捕まってますわ」 千歌「あはは、あれじゃあ気を失う暇もないね」
曜「でもさ、ある意味成長なんじゃない」
千歌「確かに、人見知りが改善された感あるよね」
曜「そうそう――」
??「久しぶり、渡辺曜」
曜「んっ?」
??「本当に、高校野球の世界に入ってくるなんてね」 千歌「えっと、誰?」
ダイヤ「彼女は優勝候補の筆頭と評判の東洋高校の主力、三角さんですわ」
ダイヤ「曜さんとは、年代別代表で共にプレーした経験があります」
曜「ああ、三ちゃんか」
三角「反応薄いなぁ、久しぶりなのに」
曜「代表組とはよく会うからさ、一々リアクションするのが面倒になって」
三角「……相変わらず、変な奴だねぇ」
曜「三ちゃんには言われたくないんだけど」 三角「なにさ、それは名前か、名前のことか?」
曜「あと顔の大きさとか」
三角「ぐっ、気にしていることを」
曜「ごめんごめん」
三角「色気なし変人ヨーソローの癖に……」
曜「あ、言ったなぁ〜」
善子「……一流の選手は煽りあう決まりでもあるのかしら」
鞠莉「あれが彼女たちなりのコミュニケーションなのよ、きっと」 梨子「三角さん、久しぶり」
三角「あぁ、梨子ちゃん」
三角「大変だったみたいだね、色々」
梨子「ずいぶん噂は広がってるのね」
三角「みんな驚いたからね、突然表舞台からいなくなったときは」
三角「だけどもう、治ったんだよね」
梨子「うん、おかげさまで」
三角「よかった、曜や梨子ちゃんとはちゃんと戦いたかったから」
梨子「そうね」 ???「おーい、三角〜」
三角「おっと、そろそろ行かないと」
曜「そうだね、もうすぐ抽選が始まるから」
三角「じゃあまた、今度はグラウンドで」
三角「試合を出来ること、楽しみしているよ」
梨子「私も」
曜「対戦する前にこけないでよ」
三角「それはこっちのセリフだよ、まったく」 ルビィ「あの、今の」
千歌「あっ、ルビィちゃんお帰り」
曜「なに、三ちゃん?」
ルビィ「そうじゃなくて、三角さんを呼んでいたほうの人」
梨子「有名な人だっけ」
ダイヤ「菊地原さんですね」
ダイヤ「広い守備範囲を誇る、セカンドの名手です」
曜「へぇ」 ダイヤ「彼女とセンターを守る三角さん、それにショートの田井中さんを加えた3人が、東洋高校の主軸」
ダイヤ「一部では『タナキクさん』と呼ばれる、有名なトリオなのです」
千歌「へぇ」
ダイヤ「東洋はここ数年、全国へ出場し続け、結果も残しています」
ルビィ「去年は準決勝まで進出したもんね」
ダイヤ「全国出場の一番の壁になるのは、間違いなく彼女たちでしょう」
千歌「なるほど……」 ダイヤ「だから抽選では、できるだけ彼女たちと対戦するくじを避けることです」
ダイヤ「この地区で強いのは東洋高校、そして日中高校」
ダイヤ「シードの二校と初戦で当たる形だけは避けなければ」
千歌「抽選……」
曜「どうしたの、千歌ちゃん」
千歌「ねえ曜ちゃん、私の代わりにくじを引いてきてくれない?」
曜「私が?」
千歌「春のときのトラウマがさ、蘇るというか……」 曜「いやでも、普通キャプテンが引くものだよね」
千歌「そうだけどさ。ほら、曜ちゃんは幸運の持ち主だし」
曜「でもなぁ」
曜「そうだ、また善子ちゃんになにかもらったら?」
梨子「いや、それはまた二の舞になるような」
曜「前は外れたんだから、今度は大丈夫じゃない?」
曜「どうせなんか準備してあるんでしょ」
善子「ええ、もちろんよ!」 善子「今回は――これよ!」バーン
千歌「これは、黒い羽根?」
善子「我が魔力が込められた特別な逸品」
善子「幸運を引き寄せる魔具よ!」
花丸「うわぁ」
善子「ちょ、露骨に引かないでよ!」
梨子「いや、でも見た目からして不運しか引き寄せなさそうな……」
ルビィ「うゅ……」 千歌「ま、まあ、なんか力は感じるし、大丈夫じゃないかな」
善子「でしょ!」
千歌(オーラは凄い、それがポジティブなものかは分からないけど)
『まもなく、抽選を始めます』
『くじを引かれる方は、舞台横に集合してください』
果南「ほら千歌、行っておいで」
千歌「うん」
ダイヤ「とにかく、日中高校と東洋高校だけは避けるのですよ!」
千歌「分かりました!」 千歌(あぁ、緊張するなぁ)
千歌(前回はつい引き寄せられたのと違うくじを引いて失敗した)
千歌(今回はちゃんと、最初に思ったのを引かないと)
千歌(そもそも並んでる順番的に、外れくじの確率は一割程度)
千歌(流石に今回は大丈夫なはずだよね)
『浦の星女学院さん、お願いします』
千歌「はい!」 千歌(抽選箱、まだたくさん入ってる)
千歌(今回は注意して、引き寄せられたくじを――)
千歌「これだ!」バッ
『浦の星女学院、31番』
おぉ〜
果南「うわっ、日中高校じゃん」
鞠莉「見事に当たりくじを引いたわね」
千歌「あ、あれぇ」 ルビィ「ぴ、ピギィ……」バタン
花丸「善子ちゃんのポンコツ!」
善子「し、知らないわよもう!」
ダイヤ「日程的にも、難しいところに入りましたね」
ダイヤ「試合間隔がもう一つの外れくじ、東洋より短い」
鞠莉「ポジティブに考えれば、いつかは当たる可能性が高い相手だから、順番が先になっただけとも言えるけど」
ダイヤ「そうですね、そう考えるべきでしょう」 千歌「ごめんみんな……」
曜「大丈夫だよ、強い相手とやれる方がお得じゃん!」
花丸「相変わらず、底抜けてポジティブずら……」
ルビィ「でも日中は一度勝ってる相手、イメージはいいもんね」
梨子「そうね、プレッシャーのかかる初戦、いいイメージで入ることは大事だわ」
果南「そうそう、よく考えたら結構いいくじなんじゃないかな」
千歌「みんな……」 ダイヤ「早速帰って対策を練りましょう」
ダイヤ「打順、先発の順番についても考えていかないといけません」
鞠莉「そうね」
ダイヤ「決勝は間違いなく東洋高校、そこから逆算して考えていきましょう」
曜「ヨ―ソロー!」
千歌「よーし、みんな」
千歌「優勝目指して、頑張っていこうね!」
全員「「「おー!」」」 三角さんは某オレンジの球団に行ってしまったあの人か
できればパリーグに行ってほしかった... 三角さんは〈さんかく〉さん?私は〈みすみ〉さんと読んだけど、合ってますか?あと、田井中・菊地原・三角のトリオなら通り名は「田井菊三〈たいきくみ・たいきくぞう〉トリオ」などと私なら呼びます。細かいことばかり言ってるけど、気を悪くしたらごめんなさい。 >>861
自己レスすみません。〈さんかく〉という読みも実在してました。〈たいきくさん〉トリオかも。 >>827
また気になることがあればお願いします
>>858
そうです
>>860
構想段階ではまだ赤い球団でしたので……
>>861
丸(まる)から取っているので、素直に(さんかく)と読んでいただければ
田井中さんは私の誤字です
書きたかったのは田中井(たなかい)さんなので、あとで修正します
反応があると読んでる人がいると分かって嬉しいので、疑問などあれば気軽にレスください
続きは夕方ぐらいに更新できると思います >>848
修正
ダイヤ「彼女とセンターを守る三角さん、それにショートの田中井さんを加えた3人が、東洋高校の主軸」
ダイヤ「一部では『タナキクさん』と呼ばれる、有名なトリオなのです」
千歌「へぇ」
ダイヤ「東洋はここ数年、全国へ出場し続け、結果も残しています」
ルビィ「去年は準決勝まで進出したもんね」
ダイヤ「全国出場の一番の壁になるのは、間違いなく彼女たちでしょう」
千歌「なるほど……」 >>854
修正
千歌(抽選箱、まだたくさん入ってる)
千歌(今回は注意して、引き寄せられたくじを――)
千歌「これだ!」バッ
『浦の星女学院、27番』
おぉ〜
果南「うわっ、日中高校じゃん」
鞠莉「見事に当たりくじを引いたわね」
千歌「あ、あれぇ」 >>857の続き
―部室―
ダイヤ「早速ですが、確定させなければならないことがいくつかありますね」
ダイヤ「1つは打順とポジション」
ダイヤ「もう1つは、試合ごとの先発ピッチャーですね」
千歌「打順は私とダイヤさんで考えてきたんだよ」
ダイヤ「ええ」 曜「どんな感じなの?」
千歌「えっとね、まず梨子ちゃんが先発のときはこんな感じ!」
1:中・善子
2:左・ダイヤ
3:遊・曜
4:三・果南
5:右・鞠莉
6:捕・千歌
7:投・梨子
8:一・花丸
9:ニ・ルビィ 千歌「曜ちゃんが先発の時はこっち!」
1:遊・ダイヤ
2:三・千歌
3:投・曜
4:左・果南
5:右・鞠莉
6:中・梨子
7:捕・善子
8:一・花丸
9:ニ・ルビィ 千歌「果南ちゃんが投げるときはこうね!」
1:中・善子
2:左・ダイヤ
3:遊・曜
4:投・果南
5:捕・鞠莉
6:三・千歌
7:右・梨子
8:一・花丸
9:ニ・ルビィ ダイヤ「できるだけ切れ目のない打線を意識しつつ、先発捕手の打順は低めに設定しました」
果南「いいんじゃないかな」
善子「ほとんどダイヤが決めたんでしょ」
千歌「うん、そうだよ」
千歌「そうじゃないと安心できないでしょ」
梨子「自分で言っちゃ駄目だよ……」
ダイヤ「千歌さんは謙遜しているだけで、ちゃんと2人で決めましたよ」
ダイヤ「実際、ほぼ同意見ではありましたが」 鞠莉「もう1つ、先発投手についてね」
ダイヤ「日程的には、初戦がシード校との対戦になったのでやや楽になりました」
鞠莉「計4試合、初戦の日中、決勝の東洋も含めてそこは実質確定」
果南「先発は2人で交互に回す感じかな」
曜「そうだね」
梨子「そうなると、一番力のある東洋相手には曜ちゃんが投げるべきだから――」
ダイヤ「初戦の先発は、梨子さんにお願いします」
梨子「はい」 梨子「日中高校か……」
曜「前にHRを打たれたビィシーさんにリベンジだね」
梨子「うん、そうだね」
千歌「大丈夫だよ、今の梨子ちゃんは前より成長してるから」
善子「そうよね」
花丸「前回、久しぶりの実戦でも1失点だったんだから、今回は余裕ずら」
ダイヤ「いえ、そうとも言いきれません」
善子「そうなの?」 ダイヤ「日中高校ですが、前回の対戦とは大きく違う点があります」
ダイヤ「他校の生徒といさかいを起こして謹慎していた主将の立波(たちなみ)選手」
ダイヤ「同じく部員間の金銭問題で謹慎していた福富(ふくとめ)選手の2人が戻ってきました」
千歌「……あの、日中高校ってもしかして結構ヤバめ?」
ダイヤ「……大きな問題を起こしたことは、ありません」
ダイヤ「数年前の主将が、自分の名前を漢字で書けない、ひらがなだらけのメンバー表を提出したとなどいう逸話は残っていますが……」
梨子「な、なるほど……」
曜(ツッコむなってことかな) ダイヤ「さて、話は戻ります」
ダイヤ「立波選手は強烈なキャプテンシーと高い技術、勝負強さを持ったセカンド」
ダイヤ「福富選手は三拍子揃った一流の外野手です」
千歌「かなりレベルの高い選手ってこと」
ダイヤ「はい。少なくとも他の日中高校の選手より格上といってもいいでしょう」
ダイヤ「2人の存在を考えれば、前回の対戦より打力、守備力共に圧倒的に高くなっているはず」
ダイヤ「新しいオーダーも、一応予想してきました」 1:右・凸田
2:左・小島
3:中・福富
4:一・ヴィシー
5:ニ・立波
6:三・福井
7:遊・東田
8:捕・梅井
9:投・中野 ルビィ「上位打線、厚みが増してるね」
梨子「前回の対戦でいい打撃をされた選手と、それより能力のある2人が揃ってる」
ダイヤ「そのとおりです」
ダイヤ「上位だけを見れば、十分全国レベルといえるでしょう」
ダイヤ「日中の堅守を考慮すれば、間違いなくロースコアゲームになるでしょう」
ダイヤ「細かいミスが命取り、集中して試合に挑む必要があります」
果南「だから責任重大だよ、初戦のバッテリーは」
千歌「うん」
曜「信じてるよ、梨子ちゃん、チカちゃん」
梨子「任せて、しっかり押さえてみせるわ」 鞠莉「その意気よ、2人とも」
ダイヤ「今日のところはひとまず解散にしますが、明日から日中対策の練習です」
ダイヤ「大変ですが、頑張っていきましょう」
千歌「はい!」
曜「よーし、善子ちゃん帰って練習しよ」
善子「そうね」
ルビィ「ルビィたちもだね」
花丸「うん!」
梨子「私は残って日中の選手のビデオを見直しますね」
ダイヤ「それなら私もお付き合いします。解説も必要でしょうから」
鞠莉「私たちはまた特訓?」
果南「そうだね、千歌」
千歌「うん」 遅くなった上に短くて申し訳ないんですが、眠気に勝てそうにないのでこの辺りで
明日の朝に少し更新して、試合に入る予定です >>874
こんなの実際だと対外試合禁止処分になってもおかしくないんだよなぁ...
それにしてもT浪とF留の頼もしさがすごい 静岡なら決勝の舞台は草薙球場をイメージした感じか? ―グラウンド―
果南「次、ラスト!」シュッ
千歌「!」バシッ
千歌「ふぅ」
果南「いいね、完璧!」
千歌「そうかな」 果南「ちゃんと捕球できるようになったし、バウンドしたボールも後ろに逸らさなくなった」
果南「ケチの付けどころはない、完璧に捕れるようになったね」
鞠莉「この前の練習で梨子も感心していたし、頑張ったわね」
千歌「えへへ」
果南「これならもう大丈夫、安心して任されられる」
鞠莉「私の捕手も、お役御免かしら」
果南「それは分かんないよ、点差がついたときとか投げるかも」 千歌「ねえ、果南ちゃん」
果南「んっ、どうした」
千歌「もう一つ、我儘言ってもいいかな」
果南「なに?」
千歌「カーブのボールも、投げてみて欲しいの」
果南「……千歌?」
千歌「私は諦めていない、善子ちゃんからレギュラーを奪うことを」
千歌「曜ちゃんと、もう一度バッテリーを組むことを」 千歌「普通かもしれない、同じ量の努力では天才に敵わないのかもしれない」
千歌「けど私と曜ちゃんには、積み重ねてきた歴史がある」
千歌「一緒に育って、遊んで、笑って、泣いて」
千歌「曜ちゃんの力を一番引き出せるのは、私のはずだから」
鞠莉「ちかっち」
千歌「鞠莉ちゃん」
鞠莉「気持ちは分かるけど、それは今、必要なこと?」 鞠莉「どちらにしても、この大会中は曜と善子のバッテリーが動くことはない」
鞠莉「私たちには時間がないの」
鞠莉「今は他の練習をしたり、数日後に始まる試合に備えて休んだりした方がいい」
鞠莉「その練習は大会が終わってからでも、遅くないんじゃないかしら」
千歌「それは……」
果南「いいじゃん、別に」
鞠莉「果南……」 果南「思い立ったら即行動、千歌らしくて」
果南「私はそんな千歌が好きだし、浦の星の野球部はその行動力のおかげで復活できた」
果南「今回もさ、その勢いに任せたら上手くいくかもしれないよ」
鞠莉「そんな、根拠のない」
果南「いいじゃん、可愛い後輩の頼みを聞いてあげようよ」
果南「私たち、千歌のおかげでまた一緒に野球ができたんだから」
千歌「果南ちゃん……」
鞠莉「……もう、仕方ないわね」
千歌「鞠莉ちゃん!」 鞠莉「ちかっちが満足するまで、とことんやりましょう」
鞠莉「私も最後まで付き合うわよ、ここまで来たら」
千歌「ありがとう、2人とも!」
果南「鞠莉、カーブのボールは?」
鞠莉「用意してあるわよ、もう」
果南「さては予測してたでしょ、このパターン」
鞠莉「ふふっ、どうかしら」
果南「時間はない、今までより厳しめに行くからね」
千歌「了解!」 ―試合当日・グラウンド―
むつ「ラスト!」キン
千歌「オーライ!」パシッ
むつ「ナイス千歌!」
曜「むっちゃん、ノック上手くなったね」
むつ「へへっ、これでも結構頑張って練習したからさ」
千歌「合宿もそうだけど、練習にもよく参加してくれていたもんね」 よしみ「なんかさ、千歌たちを見てたら熱くなっちゃって」
いつき「練習に出れなくても、3人で集まって練習したりとかね」
むつ「いつき、守備上手くなったもんね」
いつき「出番があるかは分からないけど、もう前みたいなミスはしたくないから」
千歌「みんな……」
曜「3人とも、ほとんど正式な部員みたいなもんじゃん」
むつ「あはは、そうかも」 鞠莉「さて……」
〔スコアボード〕
【浦の星】
【日中】
曜「今日は先攻か」
ダイヤ「私たちのプラン的には好都合」
ダイヤ「とにかく先制点、それを奪うことが重要です」
ダイヤ「初回から私か善子さんが出塁して、曜さんが返す」
ダイヤ「中野さんは好投手ですが、私たちなら十分に可能なはずです」 曜「でもあれ――」
キンッ
立波「!」バッ――パシッ
カキーン!
福富「オーライ!」ダッ――パシッ
曜「評判通り、上手いね2人とも」
梨子「前回より、チーム全体から引き締まった空気も感じる」 曜「負けないようにさ、私たちも何か気合が入ることやりたいよね」
ダイヤ「そうですわね」
善子「それなら私の催眠術で、全員が自信に満ち溢れた状態に――」
花丸「それは駄目ずら」ビシッ
ルビィ「失敗して変なことになったら大変だよ……」
千歌「円陣でも組む?」
果南「いいね、定番じゃん」
千歌「じゃあダイヤさんを中心に――」 ダイヤ「私ですか?」
千歌「だって、いつもみんなを引っ張ってくれてるのはダイヤさんですし」
果南「いやいや」
鞠莉「やっぱり、そういうのはキャプテンの仕事でしょ〜」
千歌「うぇ、私!?」
曜「そうだよ」
千歌「で、でも」
ダイヤ「私はあくまでも裏方、チームを鼓舞するのは向いていませんわ」
千歌「……分かりました」 曜「アドリブでもいいから、滑っても笑いになるし」
千歌「……一応ね、こういうときの為に考えていた言葉はあるんだけど」
曜「どんなの?」
千歌「えっとね――」ヒソヒソ
曜「おぉ、いいじゃんそれ」
梨子「うん、私もいいと思う」
千歌「じゃあ、いくよ」スゥ 千歌「行こう! 全国大会へ向けて!」
千歌「私たちの、第一歩に向けて」
千歌「今、全力で輝こう!」
千歌「0から1へ!」
千歌「1から、その先へ!」
全員「「「Aqours――」」」
全員「「「サンシャイン!!!」」」 〔第10回全国女子高等学校野球選手権 静岡県予選一回戦〕
【浦の星女学院『Aqours』VS日中高校『ドラゴンズ』】
先発メンバー
Aqours
1:中・善子
2:左・ダイヤ
3:遊・曜
4:三・果南
5:右・鞠莉
6:捕・千歌
7:投・梨子
8:一・花丸
9:ニ・ルビィ
ドラゴンズ
1:右・凸田
2:左・小島
3:中・福富
4:一・ヴィシー
5:ニ・立波
6:三・福井
7:遊・東田
8:捕・梅井
9:投・中野 朝と言いながら昼になってしまい申し訳ありません
>>882
現実なら、外部に知られた時点で対外試合禁止処分ですね
>>883
そうですね
>>884
実は草薙球場に行ったことがないので、詳細が分からない……
プレーはもちろん、高校野球の観戦も東京か神奈川で済ませがちなので、なかなか縁がないですね…… 梨子が外野手3ポジション全てに入るのか。守備時の動きがそれぞれ違うけれど、そのあたりの感覚は個人差があるとも聞きますが心配ないのでしょうか? 区切りとしてはちょうどいいので、パワプロ的に分かりやすくした各自能力値貼っておきます
(あくまで基準値。ゲームではないので、常にその通りの力を発揮できるわけではないです)
見方
野手能力 弾道 ミート パワー 走力 肩力 守備力 捕球 利き手(投打の順) ポジション
投手能力 球速 コントロール スタミナ 変化球(数値が大きいほど良い球)
表記はG〜A(最高でSもあり、特殊能力はAまで)で、Gに近いほど低く、Aに近いほど高い
特殊能力欄はほぼ表記のまま受け取っていただければ
球速はMax
120で男子の140、130で150ぐらいをイメージしていただければ Aqours
ダイヤ:弾道2 ミD パG 走D 肩E 守D 捕D 右左 左(ニ・遊・中)
アベレージヒッター 流し打ち いぶし銀 逆境○ チャンスA 粘り打ち
鞠莉:弾道3 ミD パB 走D 肩C 守C 捕D 右右 右(捕・一)
悪球打ち 連打 チャンスC
果南:弾道4 ミE パA 走B 肩A 守E 捕E 右右 三(投・左)
:球速138 コンG スタS
強振多用 積極打法 プルヒッター 送球E 扇風機 盗塁F 走塁E
四球 短気 闘志
千歌:弾道2 ミF パE 走E 肩E 守D 捕C 右右 捕(一・三)
調子安定 チームプレー○ キャッチャーC ルビィ:弾道2 ミC パE 走C 肩E 守C 捕D 右左 二(遊)
積極走塁 積極盗塁 選球眼 内野安打 盗塁A 走塁C
エラー チャンスE バント職人
ルビィ(弱気状態)
:弾道1 ミF パF 走C 肩E 守F 捕G
積極走塁 積極盗塁 選球眼 内野安打 盗塁A 走塁C
扇風機 チャンスG エラー バント職人
花丸:弾道4 ミG パF 走F 肩F 守E 捕D 右右 一
エラー バント○ 善子:弾道2 ミD パD 走D 肩D 守D 捕D 右右 中(捕・遊・右・左)
選球眼 悪球打ち 意外性
むつ:弾道1 ミG パG 走E 肩E 守E 捕F 右右 三
いつき:弾道1 ミG パF 走E 肩G 守D 捕E 右右 中(左)
よしみ:弾道2 ミF パE 走F 肩F 守F 捕F 右右 右(中) μ’s
こころ:弾道2 ミA パE 走D 肩C 守S 捕S 右右 捕
キャッチャーA チャンスB 流し打ち 人気者
板本:弾道3 ミB パC 走C 肩B 守A 捕C 右右 遊(一・ニ・三)
チャンスB 流し打ち 固め打ち 広角打法 人気者
ここあ:弾道2 ミE パE 走D 肩C 守B 捕C 右右 投
:球速126 コンC スタC 高速スライダー5 シンカー1 フォーク1
対左C ピンチB
笠野:弾道4 ミG パB 走F 肩A 守E 捕E 右右 投
:球速137 コンF スタC カーブ2 チェンジアップ2
速球中心 短気 乱調 四球 重い球 闘志 Saint Snow
聖良:弾道4 ミD パA 走D 肩A 守C 捕C 右右 投(一・右)
:球速135 コンD スタS スプリット5 カーブ2
パワーヒッター 威圧感 人気者
重い球 キレC 打たれ強さE
理亞:弾道2 ミC パD 走B 肩C 守B 捕C 右左 捕(左・中・右)
キャッチャーB チャンスメーカー 三振 チャンスE エラー
間宮:弾道3 ミE パD 走C 肩S 守A 捕D 右右 遊(投・ニ・三)
守備職人 バント職人 チャンスE 粘り打ち
柳澤:弾道4 ミB パB 走B 肩B 守E 捕E 左左 中(右)
三振 パワーヒッター >>904
梨子ちゃんも一応天才設定なので
個人的に見てきた限り、天才肌の上手い人は、どこでもそつなくこなしていたので平気かなと ちょっと書き込める量が少なくなってきたので、続きは新しくスレッドを立てて書きます
ここの残りは埋める、放置、野球の雑談など、適当に利用していただければ ここまでお疲れ様でした。新スレッドでの激闘編(?)も大いに期待しております!
ところで、曜と梨子のデータはまだ秘密でしょうか? >>913
曜:弾道3 ミC パB 走A 肩A 守B 捕B 右右 投/遊
:球速134 コンE スタB カーブ5 スライダー1
積極打法 積極盗塁 調子極端 チャンスB エラー 併殺 人気者 広角打法
速球中心 テンポ○ 乱調 奪三振 ノビA 短気
梨子:弾道2 ミD パE 走D 肩C 守D 捕D 右右 投(中・左)
:球速123 コンC スタC カーブ2 シンカー2 スライダー2 フォーク4
キレB 打たれ強さB
容量の関係で分割した際に貼り忘れました、申し訳ありません >>831
どんな仕組みだろう?恐ろしいモノを開発してるなあ。もしこれらを実戦で使ったら「ワンナウツ」のトリックスタジアム編みたいになりそうです。 更新お疲れ様です。大変楽しませていただいております。続き楽しみにしてます。 果南の投球データ、まだ奥がありそうに思うのは私だけかな?きれいな回転の切れ味ある速球と変な回転の重い速球を投げ分けしてたりとか。 パワプロ全然やったことないけどデータだけ見ると花丸よりいつきの方が使えそうに見える
パワプロのプレイヤーからすると弾道4ある花丸の方が使いたい感じなんだろうか いや、弾道はパワーが伴ってないとフライになりやすくなるよ
パワーヒッター作らないなら弾道は4もいらないし
ノーパワー弾道4だと内野フライ率が高そう レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。