果南「雨音演奏曲」
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ずっといるから知ってる。 一度来ただけじゃ分からないような良いところも悪いところも。
それを実感したのはきっと、あの子が私の隣にいることが多くなって
私が彼女に、自分の知っているその全部を少しずつ
ぽつぽつと話し始めたからだろう。
そう、それはまるで傘に入るか入らないか──少し迷うくらいの
にわか雨を降らせるような感じで。 ─学校、三年生教室
果南「演奏会をやる? 来月に?」
梨子「はい、学生で演奏できる人が欲しかったみたいでお誘いをもらったんです」
梨子「ここの会場なんですけど……」ピラッ
果南「へえ、ここでやるんだ…懐かしいなあ」
梨子「果南さん、行ったことあるんですか?」
果南「昔ね、それよりその演奏会さ、観に行ってもいいの?」 梨子「え……も、もちろん! というより、そのために来たというか……」ボソボソ
果南「? いいんだよね?」
梨子「は、はい! それとあの、飲み物サービスのチケットもあるから…良ければ」ドウゾ
果南「わっ、相変わらず用意いいね、ありがとう梨子ちゃん楽しみにしてるね」
梨子「うん…頑張ります」ニコ 梨子「それじゃあ…お邪魔しました」ペコリ
ピシャン
果南「…………演奏会、かあ」ヒラヒラ
果南「ねえ、二人も観に行くよね?」フリムキ
ダイヤ・鞠莉「……は?」
果南「…え? 何その反応、行かないの?」
鞠莉「行かないもなにも…」
ダイヤ「流石に私たちが同伴するのは無粋だと思うのですけれど」 果南「無粋ってなにが」
鞠莉「だ、か、ら、梨子は果南にだけ観てほしいってこと」
果南「そうなの?」
ダイヤ「少なくともここにいる果南さん以外の全員はそう捉えたと思いますわよ」
果南「それじゃあ私が梨子ちゃんのこと分かってないみたいじゃん」
鞠莉「いや、実際にそうじゃない」
果南「そんなことないって、この前だって……」 鞠莉「ええそうね、ちゃんと二人で出掛けたりしているものね」
果南「ちょっと鞠莉、適当に済ませているでしょ」
ダイヤ「とにかく、演奏会は果南さん一人で行ってください、私たちは付いていきませんからね」
果南「……分かったよ、じゃあそうする」
ダイヤ「それだけ素直に受け止められるなら、さっきのことも疑わなくてよかったのに」
果南「ん…それはまあ、少し意外だったから」 鞠莉「意外って?」
果南「梨子ちゃんのこと、あの子真面目だし気が利くから、私たちみんなに言って回ってるのかと思ってたんだよね」
ダイヤ「確かにそう考えるのもおかしくはないでしょうけど」
果南「あとは…うーんなんだろう、私だけっていうのが引っかかって…いや、嬉しいんだけどさ」
果南「でも梨子ちゃんが自分から切り出すほど、仲良くなってるとは感じていなかったから」
果南「これが千歌や曜なら全然分かるんだけどね、なんで私なのかなーって」 鞠莉「最近はよく一緒にいるじゃない、それで仲良くなれたって納得できないの?」
果南「あれはなんか、違うんだよ…相談の延長線上っていうか」ホオヅエ
果南「あの子が知らないことを私が教えているだけなんだ」
果南「だからいまいち実感が湧かないっていうか、とにかくそういうのじゃないと思う」
ダイヤ「……」
果南「梨子ちゃんに聞いても、多分同じ答えが返ってくるんじゃないかな」
鞠莉「……ダイヤ、この果南めんどくさい」
ダイヤ「同感ですわ」 果南「なんで」
鞠莉「自分なりの解釈を持つのはいいけど、頑固なのは考えものよね」
ダイヤ「ええ、本人が無頓着なら尚更」
果南「? よく分からないんだけど」
鞠莉「もっと色んなことに目を向けてみたらって話よ」
ダイヤ「こういう時くらいで丁度いいと思いますけどね、頻度が多いと歓声が上がりそうですし」
鞠莉「あり得るわねー、また変に人気が付きそう」
果南「はあ……?」
果南(色んなこと、ねえ) ─
スタスタ
(とにかく梨子によろしくね! チャオ〜♪)
果南「って言われてもなあ…やっぱりよく分からないし」
果南「目を向けるって、何に? 梨子ちゃん?」
果南「私はちゃんと見てると思ってたんだけど…違うのかな」
「あれ、果南さん?」
果南「…梨子ちゃん、どうしたのこんなところで」 梨子「それはこっちのセリフです、果南さんこそどうしてここに?」
梨子「日課の走り込みは?」
果南「もう終わらせた」
梨子「流石…じゃあもしかして、何か悩み事ですか?」
果南「ん、正解…なんで分かったの?」
梨子「何かあるといつもここに立ち寄るの、知ってますから」
果南「そっちこそ流石だね、よく見てる」
梨子「それほどでも、ないですよ……っと」ストン 果南「汚れちゃうよ」
梨子「いいんです、慣れましたから」
果南「そっか」ストン
梨子「あの、今日はどんなことで悩んでたんですか?」
果南「そうだね、梨子ちゃんのこと考えてた」
梨子「…………え?」 果南「今日誘われた演奏会のことでね、ちょっと」
梨子「あ、ああ……そっち」
梨子(ビックリしたあ……)
果南「あの後鞠莉とダイヤを誘おうと思ったらさ、呆れられて」
果南「でね、梨子ちゃんは私に観てほしいんだって二人は言うんだけど、そのことで色々話してたら」
果南「頑固だの、無頓着だの、面倒くさいだの好き勝手言われた」
梨子「へ、へえ……そうですか」
梨子(何となく想像つくかも、その光景…)
果南「そこまで言わなくてもいいよね、それとも」
果南「やっぱり私のほうが梨子ちゃんのこと、分かっていないのかな」 梨子「もしかしてそれで?」
果南「まあね、これでも結構な間付き合ってきたから、色々知ってると私は思ってたんだけど」
果南「違うのかなって……ねえ、梨子ちゃんはどう思う?」
梨子「どうって言われても、別にそんなことはないと思いますけど」
梨子「果南さんは私のこと、ちゃんと分かってくれてますよ」
果南「……そっか、うん…それならいいんだけどね」
果南「でもこうして正面から言われると、なんかむず痒いなあ」アハハ
梨子(照れてる……可愛い) 果南「…あっじゃあさ、私だけに観てほしいっていうのは本当なの?」
梨子「…………はい?」
果南「どうかした?」
梨子「……それを私に聞くんですか?」
果南「だって本人に直接聞くのが一番手っ取り早いじゃん」
梨子「いや、そうですけど…………はあ」
果南「えっなに」
梨子「別に、なんでもないです」
梨子「それより、逆に聞きますけど果南さんは一人で見たくないんですか?」 果南「ううん、けど皆で見たほうがいいと思って」
果南「梨子ちゃんの弾いてる姿を見ないなんて、もったいないでしょ」
梨子「…成程、やっぱりそういう考えなんですね」
果南「やっぱり?」
梨子「……果南さん、さっきの質問に答えますけど」
梨子「私が誘ったのは果南さんだけですよ」
梨子「だから果南さんだけに観てほしいっていうのは、本当です」
果南「……なんで私だけなの?」
梨子「それは自分で考えてほしいです」 果南「…………分かったよ、ならもう聞かないことにする」
梨子「はい」
果南「ごめんね」
梨子「どうして謝るんですか?」
果南「なんか怒らせたみたいだから」
梨子「だからって理由も分からないのに謝るんですか? 人によっては逆効果になっちゃいますよ、それ」
果南「う……」
梨子「……クスッ、大丈夫別に怒ってないですよ、ただ」
梨子「さっきの果南さんの話を聞いて、多分今のままじゃ駄目だって思っただけですから」
果南「……そっか」 梨子「それじゃあ私はそろそろ帰りますね」スクッ
果南「うん、今日はありがとね」
梨子「はい、また明日」
果南「……」
果南「梨子ちゃん!」
梨子「?」クルッ
果南「楽しみにしてるのは本当だから、梨子ちゃんのピアノ」
梨子「……」ニコッ 果南「…行っちゃったか」
果南「……今のままじゃ駄目」ボソ
果南「それって多分、私もそうだよね」
果南「……」ハァー
果南(……あの時も、そうだったのかな)
果南(梨子ちゃんが私に相談を持ち掛けたあのときも、あの子は)
果南(今のままじゃ駄目だって、思っていたんだろうか) =======
思えば、一緒になる機会が増えたのはその頃からだ。
内浦の魅力を形にしたいと、彼女が私に話しかけてきたのが始まりだった。
その時も「どうして私なの?」って私は聞いたんだっけ。
あの子が言うには、私が一番ありのままの内浦を知っているからだって話だけど。
いまいちピンとこなかったから、もう少し詰めよってみたんだ、さっきみたいに。 そしたらちょっと恥ずかしそうに
海に潜って、風に当たって、星空を見上げる─自然が大好きな貴女だから、その世界を感じてみたいとそう言って
正直、その言葉に少し面喰ってしまった、確かに私は自然が好きだけど
自分とは全く違う、それこそ乙女チックな一面を彼女は私の中に見ていて
初めて、女の子らしい女の子を見た気がした。 私なんかとはまるで正反対の存在。
ただ、それでも…彼女が何を求めているのか、私には分かるような気がして。
それから────。 果南「……すごいな、梨子ちゃんは」
果南「やっぱり私とは正反対だよ」
ザザーッ… ザザーッ…
果南「ねえ梨子ちゃん、私はね、答えを持ってはいるけど」
果南「梨子ちゃんみたいに、探してはいないんだよ」
果南「あの頃からずっと……待ってばかりいる」
果南「でもきっと、そのままじゃ……分かりはしないんだろうね」
果南「うん、それは嫌だな」 スタッ
果南「よし、私も考えてみよう」
果南(私だって、自分だけが知らないことに何とも思っていないわけじゃない)タッ
果南(寧ろ……)
タッタッ……
果南「あっそうだ、梨子ちゃんの曲を聴きながら走れば何か分かるかも」スッ カチッ
果南(曲作りのとき、よく私の前で弾いてみせてくれたっけ)
果南(それはあくまでサンプルで、ちゃんとしたものじゃないからってあの子は言ってたけど)
果南(凄く綺麗な音だったから、お願いして入れてもらってたんだ)
果南(真っ赤な顔をして恥ずかしがっているのに、どこか嬉しそうな微笑みが)
果南(なんでか頭から離れなくて)
〜〜♪ 〜〜♪♪
果南「綺麗だなあ…」 よく口ずさんでは、少しずれてる私の音を
一緒に歌って直してくれて、弾きながら私に目を合わせてくれてるのが凄いなあって思ったり
ああ、思い出したらまた歌いたくなってきた
でも走りながら歌うには、私の足は少し先に進み過ぎてて
一緒に歩くくらいの速度で、ようやく足並みが揃うリズム
だからなのかな、体をいくら急かしても
気持ちが落ち着いていられるのは。 ……
果南「…………」タッタッ
果南「……」タッ
果南「…あれ?」ピタッ
シーン…
果南「嘘、もう終わり? だってまだ」
果南「走ってから全然時間が経っていないのに……なんで」
─私が誘ったのは果南さんだけですよ。
果南「…なんで今思い出すんだろ」
どうして今になって、気にし始めるんだろう。 そういえば、演奏会の音楽って私……苦手だったんだっけ。
なんでってそれは、分かってくれる人もいるかもしれないけど
一曲一曲の演奏の時間が長くて、いつも眠たくなっちゃうから
特に幼い頃から体を動かすことが好きな私からしたら
あの時間は退屈で仕方なかったんだ
そうだよ、私にとってはそれくらい長いはずなのに
どうしてこんなにすぐ終わってしまうんだろう
あの子のピアノも同じはずなのに、なんでこんなに違うんだろう ……いや、そもそも、本当に同じなのかな
(自分なりの解釈を持つのはいいけど、頑固なのは考えものよね)
私が思い込んでるだけじゃないのか
駄目だ、答えが見つからない
(ええ、本人が無頓着なら尚更)
これじゃあ本当に
─私が梨子ちゃんのこと、分かってないみたいじゃん
分かって……
果南「…………ああ、そうか」
果南「そうだったんだ」 果南「私は、分かっていなかったんだ」
果南「私だけが知っている梨子ちゃんが、こんなにも少なかったんだってことを」
果南「あんなに一緒にいたはずだったのに、形にするとこんなに小さくて、あっという間で」
私の“いつも”の足元にすら、届かない。
たかだかその程度の、関係。
果南「……だから梨子ちゃんは」 (演奏会、かあ)
(ねえ、二人も観に行くよね?)
(果南さんは一人で見たくないんですか?)
(ううん、けど皆で見たほうがいいと思って)
果南「…………違う」グッ
果南「……それじゃ駄目だ、そんなの、嫌だ」
果南「私は、一人で行きたい…あの子の傍にいたい…!」
果南「もう自分から大事なものを遠ざけるなんてこと……したくないから」 ─それから一ヶ月後…
果南「…………」
「続きましては桜内梨子さんの……」
果南(……きた)
梨子「……」カツンカツン…ピタッ
梨子「……」ペコリ
果南(姿勢、ピンとしてて綺麗だなあ……そういえば、コンクールの経験あったんだもんね)
果南(…知ってるのに)
梨子「……」スッ
果南(初めて見る顔だ) ===♪ =====♪
〜〜♪ 〜〜♪ーー♪♪
果南「!!」
果南(何回も聴いたことがある、透き通った音色)
果南(なのに耳に入ってくるものは、目に浮かんでくるものは……全くの別物で)
果南「……」ギュッ
果南(私は旋律がどうとか詳しいことは分からないけど……でも)
果南(今、梨子ちゃんがどんな想いを込めてこの曲を弾いているのかは、分かるよ)
ずっと見てきたから知ってる。
今あの子は曲を聴かせようとしているんじゃない、自分の中にあるものを──曝け出そうとしているんだ。
多分、私に向けて。 〜〜〜〜♪ 〜〜♪…
梨子「…………」
もしかしたら、それは自惚れかもしれないけど
果南(大丈夫、伝わってるよちゃんと)
果南「……これが、梨子ちゃんの世界なんだね」
私だけに見せた、貴女の。
私だけが知っている───
──
─ 梨子「……ふう」スタスタ
果南「お疲れさま、演奏…すごくよかったよ」ニコッ
梨子「…待っててくれたんですか?」
果南「もちろん、挨拶もなしに帰るなんて失礼でしょ、折角誘ってくれたのに」
果南「あとはほら、一緒に帰りたかったから」 梨子「そうですか」クスッ
果南「あっそうだ、喉渇いてるでしょ? 奢るよ。何か飲みたいものある?」
梨子「えっと、じゃあフルーツミックスで」
果南「ん、わかった。 ちょっと待っててね」 ガコンッ
果南「よっと、はい」
梨子「ありがとうございます」
果南「いいって、気にしないでよ」
梨子「……あの、今更ですけど」
果南「ん?」
梨子「一人で来てくれたんですね」
果南「うん、もしかして心配だった?」
梨子「ちょっとだけ」 果南「あはは、それもそうだよね」
果南「真っ先に他の友達も誘おうとしたんだから」
梨子「でも、良かった……嬉しかったです」
果南「そうだね、私も」
梨子「え?」
果南「さ、そろそろ外に出ようか」スクッ
梨子「ま、待って……さっきのどういう」
果南「ほら梨子ちゃん早く、先に行っちゃうよ?」スッ
梨子「……もう、ズルいです」ギュッ 果南「そういえば、渡辺曜が過失運転致傷と負傷者救護義務違反で捕まったらしいね」
梨子「そうですね。彼女にはしっかり罪を償って欲しいですね」
完
https://i.imgur.com/13nJyRS.png ─
梨子「外、夕方なんだ……もうそんなに時間が経ってたのね……」
果南「そうだね、結構あっという間に─」ギイィッ
果南「!! これ……なんで…」
キラキラ
梨子「わあ……綺麗…」
果南「…………」
梨子「夕陽ってあそこまで赤くなったりするんだ……少し眩しいけど、でも…とても素敵…」 梨子「果南さん、果南さんはこの夕焼けって見たこと……」
果南「…………」
梨子「……果南さん?」
果南「…あるよ、ずっと前に」
果南「だけど、また見られるなんて……思ってなかった」
梨子「?」キョトン
果南(私が、あの頃からずっと…心のどこかで待ち焦がれていたもの……)
果南(それを今見ることが出来たってことは、つまり…そういうことなんだよね)
ダキッ
梨子「…!?」 果南「……ああ、やっぱりだ」
果南「やっぱり、とっても温かい」
梨子「か、果南さん……? ど、どうしたんですか急に」
果南「…梨子ちゃん、私、やっと分かったよ」
梨子「えっ……あの、なにが」
果南「私の気持ち」
果南「ねえ梨子ちゃん、私の話…聞いてくれるかな?」
果南「梨子ちゃんに知ってもらいたいんだ、私のこと」 梨子「…それは、いいですけど……その」
果南「? なに?」
梨子「聞く前に一度離れてもらっても……」
果南「え? …あっ、ごめん……つい」パッ
梨子「いえ……大丈夫ですから」
果南「そっか、じゃあ…改めて」
果南「…………」フゥーッ 果南「…あのさ梨子ちゃん、一ヶ月前のこと覚えてる?」
果南「梨子ちゃんが私を誘ってくれた日のこと」
梨子「は、はい勿論」
果南「あのとき私、ここの会場へ行ったことがあるって言ったよね」
梨子「…ああ、そういえば言っていましたね」 梨子「えっと、それがどうかしたんですか?」
果南「ちっちゃい頃の話なんだけどさ、私が会場に連れていかれたその日、そこは演劇の公演に使われていたんだ」
梨子「演劇?」
果南「そう、話自体は結構ありふれたものだったよ」
果南「運命に導かれるように惹かれあった男女が、身分の違いで引き裂かれる……悲恋もののストーリー、だったかな確か」
梨子「……」 果南「子供ながらに観るものじゃないなとは思ってたよ、話の内容的に」
果南「教育や道徳とかの問題じゃなくて、理解するってほうの意味でね、実際何をやってるのか当時はさっぱりだったし」
果南「ずーっと前のことだから今思い出そうとしても、詳細なところはもう覚えてないしさ……ただ」
梨子「ただ?」
果南「そこに在る“世界”から、ずっと目を離せなかったことだけは──今でもはっきりと覚えてる」 果南「俳優が魅せる仕草、挙動、声色……それをより一層際立たせるような、照明と音の響き」
果南「それぞれが舞台の上で重なり合って創られる、見る人によって色を変える、透明だけど確かな世界」
果南「その一つ一つが、その全てが、私がいつも見ている景色とは違って」
果南「初めて、海以外のものに飲み込まれるような感じがしたんだ」
果南「人が、違う自分になれるってことを知ったのは、多分…そのときからかもしれない」
梨子「……なんか、らしくないですね」
果南「あはは、そうだね私らしくない、でも何か言葉にしたくなっちゃったんだよね」
果南「この夕焼けが、懐かしかったからかな? きっと」
梨子「……続き、聞きますよ?」ギュッ
果南「ありがとう、じゃあ最後まで聞いてもらおうかな」 果南「どこまで話したっけ……ああそうだ、演劇を観たってところまでだよね」
果南「そのあと親と一緒に帰ったんだけど、そこから帰る途中私は」
果南「自分の足で歩いているのかどうなのか、ハッキリしない気分だったんだ」
果南「まだ、別の世界にいるような気がして…それはなんでかっていうと」
果南「ちょうど今見てるような、真っ赤に燃える綺麗な夕焼けが私の背中にあったから」 梨子「……」
果南「絵の具をそのまま塗りたくったような空の色が振り返るとあって、言ってしまえばただそれだけなんだけど」
果南「私の心を弾ませるには十分で」
果南「純粋に、誰かの夢の中に潜り込んでいるような…ふわりとした感覚」
果南「そんな気持ちのまま歩いているのが不思議で、楽しくて」
果南「だからよく分からなくても、ずっと続けばいいのに…なんて、思ってたりしてさ……伝わってるかな?」
梨子「はい、ちゃんと」
果南「そっか……うん、それでそう思ってたんだけど」
果南「でも…終わりっていうものは何にでもやってくるものなんだよね」 梨子「え?」
果南「ほら、ここまでの道って結構距離があるでしょ? だから家が見えてきたころには辺りも暗くなってきてさ」
果南「そこでやっと気が付いたんだ、ああ、私がいつも見ている景色だって」
果南「そう思って振り返ると、目の前にあったはずの夕焼けがとても遠くに見えて」
果南「それがすごく、もどかしかった」
果南「あれを遠ざけたのは、時間じゃなくて、私自身だったから」
果南「私がそういうものなんだって、決めつけたから」 果南「たまに見かけるでしょ、子供が見ている幻想に野暮なことを言う大人を」
果南「光り輝く宝石の山や、別の場所へと繋がっている摩訶不思議な穴を見て」
果南「捨てられたガラスやビー玉の集まり、ただの大きな水たまりだと言ってしまう」
果南「一気に現実に引き戻すような、正しいけれど、ロマンの欠片もない余計なひと言」
梨子「……」
果南「私はそれを、私自身にやったんだ」
果南「私が感じとった世界に、自分自身でケチをつけた」
果南「だから消えちゃったのかなってずっと思ってた、あれ以降…同じ場所でその夕陽を見ることはなかったから」
果南「私が消してしまったんだろうって……でも」
果南「今、同じものがある、目の前に」 果南「ねえ梨子ちゃん、私はさ、それがすごく嬉しいんだ」
梨子「どうして?」
果南「だって、今また見えたってことは私の世界に梨子ちゃんがいるってことでしょ?」
果南「梨子ちゃんの音楽で、梨子ちゃんの世界で、私の景色が変わったってことでしょ?」
果南「だから今、とても幸せなんだ」
果南「二人でこの景色を見られたことが、隣にいるのが梨子ちゃんなのが」
果南「堪らないくらいに…嬉しいんだよ」
梨子「……!」
果南「なんか、久しぶりに、暖かいんだ」 梨子「あ、あの! それって─「でもね」
果南「待ちぼうけてばかりでずっと答えを教えてもらうだけなのは、嫌だから」
果南「せめてその答えだけは、私の口から言いたい」
果南「大切なことだから」
梨子「……わかりました」
梨子「果南さんの気持ち、聞かせてください」
果南「……うん」
果南「あのね梨子ちゃん」
果南「私は梨子ちゃんのことが───」
……
… ─梨子の部屋
ガチャ
果南「ふぅ……今上がったよ」
梨子「服、合いましたか?」
果南「大丈夫だよ、ちょっと胸のあたりがきついけどそれ以外は特に」
梨子「そ、そうですか……」ヒクッ
果南「でも悪いね、いきなり泊まりに来たうえにお風呂や着替えまで使わせてもらっちゃって」
梨子「いいんです、気にしないでください」
梨子「私が誘ったことですから、果南さんが遠慮することないですよ」 果南「梨子ちゃんって意外とアグレッシブだよね」
梨子「そうですか?」
果南「うん、ちょっと驚いてる」
梨子「それはまあ、折角だから恋人っぽいことしてみたいかなって……」
果南「ああ成程ね、それでか」
梨子「あとは…果南さんの話を聞いて、今日だけはずっと一緒にいたいなと思って…その」
果南「…そうだね、うん、私も同じ気持ちかな」 果南「ねえ梨子ちゃん」
梨子「なんですか?」
果南「ありがとね、私を誘ってくれて」
梨子「どうしたんですか、また改まっちゃって」
果南「梨子ちゃんが誘ってくれないままだったら、一生気が付かなかったと思うからさ」
梨子「一生ですか」
果南「そこは幼馴染み二人のお墨付きをもらってるからね」 梨子「ならちゃんと伝えて正解でしたね」
果南「そうだね、私も伝えられてよかったし」
梨子「はい、嬉しかったです。 果南さんの告白」
果南「そ、そう? ならよかったけど」
梨子「でも今思い出すと……フフッ」 果南「なに?」
梨子「いや、だって……あのときの果南さん」
梨子「すごく真っ直ぐに伝えてくれたのに、それまでの過程が回りくどかったんですもん」クスクス
果南「え? そうかなあ…そんなつもりなかったんだけど」
梨子「ありましたよ、ねえ果南さんって不器用でしょ」
果南「あー、それはよく言われる」 梨子「ほらやっぱり」フフッ
果南「ちょっと、さっきから笑いすぎじゃない?///」
梨子「ごめんなさい、つい……私も嬉しかったから」
果南「……クスッ、ならしょうがないね」
梨子「はい、仕方ないんです」 果南「あははっ……でもまあ、確かに今回のことで」
果南「言葉にすることの大切さっていうのかな、それが身に染みて伝わったよ」
果南「気がついてほしいことはちゃんと伝えるべきだって」
果南「分かってたはずなんだけどね、私は」
梨子「……」
果南「……ああごめん、辛気臭くなっちゃった、そんなつもりなかったんだけど」 梨子「…果南さん」
果南「ん?」
梨子「今から少し弾くので、聴いてもらえますか?」
果南「え、どうしたの急に、いや私は全然いいけど」
果南「でももう夜中でしょ?」
梨子「大丈夫です、少しの間だけですから…ね?」 果南「じゃあ、お言葉に甘えて」
果南「でも無理したら駄目だよ、梨子ちゃん疲れてるんだから」
梨子「分かってますよ」スッ
〜♪
果南「やっぱり綺麗だなあ…」
梨子「ありがとうございます」フフッ
果南(でもこの曲、なんか聞き覚えがあるような……) ===♪ =====♪
果南「……あっ、このメロディ…」
梨子「気付きました?」
果南「今日の演奏会で梨子ちゃんが弾いていた曲だ」
梨子「はい、正解です」
梨子「……今日聴いたものでも、一回だけじゃあまり気付かないでしょう」
果南「!」
梨子「そういうものなんですよ、何にしても」 梨子「私だって、一度聴いただけでその全部を理解なんて出来ません」
梨子「だから繰り返し聴いて、繰り返し弾いて、必死に覚えようとするんです」
梨子「失敗したって何度でも……だってそれが、私の好きなものだから」
果南「……」
梨子「果南さん、誰だって後悔の一つや二つ、あると思います…私もそうだったから」
梨子「だけど、そこから立ち上がらせてくれる人がいたら…また頑張ってみようって思えるんですよ」 ーーー♪ −−♪
梨子「そして、そうやって私に前を向かせてくれたのは千歌ちゃんやAqoursのみんな…ここ内浦っていう暖かい場所」
梨子「その内浦の良さを私に教えてくれたのは、果南さんです」
果南「あ……」
梨子「一人で抱えなくてもいいんだって、貴女が私に教えてくれたから」
梨子「だから今度は私が貴女の力になりたい、もし果南さんがまた忘れてしまっても」
梨子「私が音にして伝えます、何度でも」 果南「……はは…やっぱり凄いな、梨子ちゃんは」
果南「そうか……そうだよね…一回程度じゃ、何も分からない」
果南「まだ、始まったばかりなんだ…」
果南「……ねえ梨子ちゃん」
梨子「なんですか?」
果南「もう一回、弾いてもらえないかな」
梨子「……いいですよ」ニコ
─貴女のためなら何度だって。 ─翌日
千歌「ええー!? 果南ちゃん昨日梨子ちゃんの家に泊まってたの!?」
果南「まあね、ちょっとお世話になった」
千歌「そんなあ、だったら私も呼んで欲しかったよ……果南ちゃんが来るなんて珍しいのに」
果南「あー、それは駄目かな」
千歌「なんで?」
果南「私が梨子ちゃんと一緒にいたいから」
千歌「え?」
果南「…っといけない、梨子ちゃんを待たせているんだった」
果南「まあそういうことだから、またね千歌」タッ 千歌「あっ、うんバイバイ」
タタタッ
曜「千歌ちゃん、おはヨーソロー! …ってどうしたの?」
千歌「ううん、なんか…初めて見る顔だなーって」
曜「なにが?」
千歌「果南ちゃんがね、凄く楽しそうだったんだ」
曜「果南ちゃんが?」
千歌「うん、なんか─」フフッ
千歌「輝いてるって感じ」 梨子「……」
果南「ごめん、待った?」
梨子「いいえ全然」
果南「待ったんだね」
梨子「…まあ少しは」
果南「じゃあお詫びに何かしなきゃね、何がいい?」
梨子「それなら、手を握って欲しいです」スッ
果南「はいはい」ギュッ 果南「今日はどこに行くんだっけ?」
梨子「沼津のほうにあるお店です、果南さんに似合う服を探すの」
果南「…あー、可愛い系のやつだっけ…私そういうのあまり着ないんだけど」
梨子「だからじゃないですか」
果南「あははっ……そうだね、確かに」
梨子「行きましょうか」ニコ
果南「うん」ニコッ ………………
ある日から、私は傘に入り始めた。 少し雨が強くなりはじめたから。
多分強くなったのは隣にあの子がいて、吐き出すことが多くなったから。
ぽつりぽつりと繰り返し零した言葉は、いつの間にか大きな水たまりになっていて
もやが晴れたその後に…覗きこんだそこからは、反射して映り込む私とあの子の笑顔。
ポタリと一粒、また傘から雫が流れ落ちて、波打つ鏡。
静まった後にはきっとまた、違う顔が映っているんだろう。
そうして繰り返しながら、私たちは歩いていく……ううん
歩いていきたいって───そう思ったんだ。
貴女の隣でいつまでも。 ======
果南「雨音演奏曲≪リフレイン≫」
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