【SS】境界性的な行為
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包丁を握って手首に刃を当てる。
そうするとどうなると思う?
痛いかしら?怪我をするのかしら?血が出ちゃうかしら?
ううん、どれも不正解。
正解は……
「ちょっと!なにやってんのよ!!」
『にこが心配してくれる』でした。
「そ、そんなもん早く下ろしなさい!」
「下ろす……?切り落とせって事?」
「そんなわけないでしょ!!元あった場所に戻せって言ってんのよ!」
「元あった場所……」
この包丁どこで買ったかしら?
レシートもないだろうし受け付けてくれないわよね。
刃先だって磨り減ってボロボロだし。
「バカな事考えてっ!」
「あっ……」
そんな事を考えてると、にこに包丁を奪われちゃった。
「……代わりに返品してくれるの?」
「はぁ?なに言ってんのよ!あんた!」 にこはいつも私の心配をしてくれる。
だから、私もにこを心配させるような事ばっかりするの。
なんでってそれは……
そうすると私が存在してていいんだって気持ちになれるからよ。
にこに心配されてたら、自分は生きてても良いんだなって思えるから。 「もうやめてって言ったでしょ」
「そうね」
「じゃあ、なんでするのよ」
「逆に……なんでしちゃダメなの?」
「はぁ?」
「別にいいじゃない……したって」
「いいわけないでしょ!」
「どうして?」
「私が心配するからよ!」
それが良いのに…… 「とにかく、またこんな事するならこれは2度と触らせないから」
私から取り上げた包丁を没収したみたいに高く振り上げて言う。
それはいじめっ子が小さい子の帽子とかを奪って「取れるもんなら取ってみろ」って言ってるような感じにもとれて、
でも、私の身長なら背伸びしなくても余裕で取れる高さだからおかしくて思わず笑っちゃう。
「なに笑ってんのよ!」 今、片手を挙げた状態のにこは体が隙だらけだから、私は子供みたいに抱きついてみた。
「ちょっと!なによ今度はっ!」
にこは包丁を持ってるから下手に抵抗できない。
だってにこは私を傷つけたくないから。
「ねぇ、にこ……」
甘えるような声を出す。
「私の事好き?」
「は、はぁ?」
にこが「なによいきなり」と続けそうな口を唇で塞いだ。
にことのキス何回目かしら。
すればするほど、にこの事が好きになって。
「んっ……ちょっ、と……えりぃ」
にこの事が大事になって。
「くるしっ……から……ちょっと」
にこが大切な存在になっていく…… 「ねぇ……」
「……?」
だから、にこを困らせたくなるの。
「いや?」
「……えっ?」
「私みたいなのに好かれるのは本当は嫌?」
「なによ……今度は急に」
「本当に嫌だったら終わらせて?」
「ちょっ……」
にこの手に握られた包丁を自分の首に当てる。 「にこに…して欲しいから……」
「や、やめなさいよっ……ちょっと!」
刃こぼれした包丁じゃ簡単に首なんて切れやしないのに、にこったらこんなに焦って。
そんなに私が大事なの?
もしそうなら嬉しいわ。
「ねぇ、にこがやって」
「やめなさいってば!」
「にこに殺して欲しい」
「バカな事言ってんじゃないわよ!」 包丁をもっと強く押し当てる。
「ちょっと!……絵里っ!」
刃が食い込めば食い込むほど、にこは焦りだして、落ち着きをなくしていく。
そんなに取り乱してくれるんだ、私のために。
もっとにこを困らせたくて手に力を入れる。 「やめなさいっ!!」
すると、にこが包丁の刃を左手で握り締めた。
「にこっ……!」
にこの手のひらからはどんどん血が出てきて、床にポタポタと赤い花びらを落とす。
「あっ……ごめんな…さい……にこ」
それを見てやっと冷静になる。
なんであんな事をしてたんだろ?
私はいつも大事な人を困らせる。
そして傷つけて、苦しめてしまうの、
一番大切な人なのに。 「ごめんなさい……にこ……」
「へーきよ、こんくらい」
「私……こんな……」
「へーきだって言ってるでしょ」
「嫌いにならないで……」
こんな事をしても出てくるのは自分勝手な言葉で、
でも、にこにすがるように、懇願するようにそんな言葉を繰り返した。 「お願い……見捨てないで……」
「なによ今度は」
「もうしないから……私を……」
「もう……!嫌いにも見捨てたりもしないわよ」
「にこがいなかったら私……」
「いなくならないってば」
怪我をしてない右手で私を抱き締める。
「いなくならないから、もうこんな事しないでよ?」
「…………にこ」
私が静かに頷くと、にこは私をあやすみたいに頭や背中を撫でてくれたの。 にこの左手に包帯を巻く。
傷口は塞がったみたいだけど安静にしてなきゃまた開きそうで、しばらく片手だけで生活しないといけないみたい。
「これじゃ料理作れないじゃないの」
にこがぼやくように言う。
私がやろうか?って言おうと思ったけど。
「出前でも取りましょうか?」
言うより先に出前のチラシを集めたファイルを出してきた。
どうやら私に作らせる気はないみたい。
まぁそうよね。
だって台所には危険な物がたくさんあるし。 「何が食べたい?」
「にこと同じ物……」
「あっそ、じゃあ適当に頼んじゃうわね」
そう言ってどこかに電話をかけ始める。
「あっ、もしもし出前をお願いしたいんですけど」
さっきまで私に使ってた声とは違う声で、顔も知らない相手と喋りだした。
私の目の前で……
「はい、お願いできますか?」
それに凄く疎外感を感じて、胸の中が冷たくなって寂しくて孤独感に苛まれる。
「にこ……」
耐えられなくなって、にこの体にまた抱きついた。
「ちょっとっ!……あっごめんなさい、なんでもありません」 片手は怪我してて、もう片方も塞がってる今の状況だと、
にこは私にされるがままで、空いた片方の耳をくすぐるみたいに唇ではんでみた。
「いっ……あっ、じゃ……注文しますね……?」
耳の溝をなぞるみたいに……
「は、はい……、言いますよっ!」
わざと小さな音をたてながら舐めてみる。
「ひゃっ……天丼二つでお願いっしますっ……!」
今日は丼ものなの?
あんまりそういう気分じゃなかったんだけど。
「はいっ!わ、わかりましたっ……はい……はーい!」
にこはいつも向こうが電話を切るまで待ってるのに今日は急いで切り上げるように自分の方から電話を切った。 そして電話を切るとすかさず怒鳴り声を上げる。
「ちょっと!どういうつもりよ!!」
至近距離で怒鳴られたからかしら、キーンという耳鳴りが鳴り出し始めた。
「うるさいわね……」
「誰のせいだとっ!」
うるさいから口づけをして黙らせた。
「んんっ!ちょっ……と……」
その中に潜り込ませるみたいに自分の舌を入れて。
「んっ……もぅっ……ばかぁ」
最初は私の胸の中でもがくけど、すぐに諦めてやがて受け入れたようにそっと腰に手を回してくる。
いつも強引気味にキスすると、にこはこうするの。
私ね、それがとっても好き。 あれから夢中で抱き合っていたら、あっという間に出前が届いて、
今はそれを二人で食べてる最中。
にこは片手しか使えないから私が食べさせてあげてたの。
「はい、あーん」
「……あーん」
それは少し恥ずかしそうで、
でも、にこはそうは思われたくないから仏頂面で口を開く。
「おいしい?」
「まぁね」
素っ気なくそう答えた口に、もう一口食べさせてあげた。 今のにこは私の補助がないと食べれない。
それがなんだか自分に存在価値を与えられたみたいで嬉しくなる。
人に頼られるってこんなにも幸せな事なのね。
昔の私はいろんな人達に慕われて頼られていたけど、思えばあの頃が一番幸せだったんだわ。
まぁ、今更気付いても何もかも遅いんだけどね。
「絵里」
にこはもう一口ちょうだいと言う代わりに私の名前を呼ぶ。
小さくて可愛い口を広げながら。
「はい、あーん」
「あーん」 なんだか雛に餌を与える親鳥の気分だわ。
今の私はとっても幸福で、
にこに尽くせて幸せだった。
あぁ、もっとにこに頼られたい。
もっと……頼られたいわ。
そうだ、もう片方の手も使えなくなったら、
にこはきっと、もっと私を頼るわよね?
ううん、何なら両足も使えなくしたら良いのよ。
そしたら私がいないと生きていけなくなるはず……
それって少し残酷だけど、でも凄く幸せな事じゃない?
起きてから寝るまで、にこはずっと私がいないと何も出来ない体になるんだから。
そうなったらどんなに幸せな事なんだろう。 ……なんて恐ろしい事がどんどん頭に浮かんでくる。
なぜ、こんな事思うのかって?
それはきっと不安で仕方ないからよ。
だって私はにこの事をこんなにも必要としてるけど、
にこは別に私を必要とはしてないじゃない。
だから私はいつだって見放される可能性がある。
ある日突然ね。
それが言い表せない程の不安を与えるのよ。
だから、にこにもっと必要とされたいの。
「絵里」
またねだるみたい私の名前を呼ぶ。
だから、手に持った箸でご飯を掴みそれをにこの顔に近付けた。 「あっ……」
でも、その時思っちゃったの。
ここで、この箸で……
にこの綺麗な両目をついたら、にこは私がいないと絶対に生きていけなくなるって。
そんな事しちゃダメだって思うけど、頭の中はやる理由ばかりを私に提示してくる。
すればもっと私を頼ってくれる。
私を必要としてくれる。
一生一緒にいられる。
なんでお箸って二つあるのかしら?
もしかしてこのため?
こうするために作られたの?
「絵里?」
にこが私の顔を覗くみたいに見上げてきた。
とても綺麗な、
私がさっきまで良からぬ事を思っていたその瞳で……
「どうしたのよ?」
私ったら本当にどうしたのかしら。
さっきから平然ととんでもない事を……
あんな酷いこと考えるなんて、私ったら異常よ。 「あっ……ダメ……」
「ちょっと絵里?大丈夫?」
にこの側にいちゃいけない人間なんだわ、私って。
でも、にこがいないと私は生きていけない。
「にこ……」
ならいっそ一緒に死んでくれないかしら。
そんな事を言ってみて「一人で死になさいよ」って答えてくれないかしら。
こんなに苦しいならもう見放して欲しい。
勝手に私がしがみついてるだけなのにそんな身勝手な事を思い出す。
やっぱりにこに終わらせて欲しい。
終わらせてくれないかしら私を……
またこんな迷惑な事を考えてる。
私はやっぱりにこに相応しくない。
離れたくないけど離れなきゃダメなのよ私は……
「ちょっと!どこいくのよ!」
嫌、にこの近くにいたくない。
どんどん自分が醜くなっていくから。 「待ちなさいって!絵里!!」
引き止めて欲しそうな私の腕を掴まないで、そんな事されたら私はもっと貴方に依存してしまう。
「絵里っ!!!」
貴方が差し出した手を振りほどいて駆けていく、
でも貴方は必死に私の腕を掴んでくるの。
「あっ……」
そうしたら私の腕に血が流れてく、
でもそれは当然私の血なんかじゃなくて、
私のために貴方がその手で掴んだから、
また私のせいで貴方が傷付いた……
「どこにも行かないで絵里」
なんでそんな優しい言葉をかけてくれるの?
私、今日までたくさんにこに嫌われるような事を、愛想尽かされるような事したのに…… 「行くんじゃないわよ勝手に」
「にこ……」
貴方が優しいから、また身勝手なお願いをしてしまう。
「じゃあ、死ぬまで側にいてくれる……?」
こんな事を言うのは貴方がなんて答えるかわかってるから。
「いてあげるわよ、にこで良いならね」
こんな言葉、そう答えてくれる人にしか使うわけないじゃない。
合い言葉みたいなやり取りを交わして、私はにこに抱き締めてもらえるように、そっと彼女の胸の中に身を寄せた。
「にこが良いの……」
そんなワガママを子供っぽく呟いて……
「私は……にこじゃなきゃダメなの」
子供のお願い事より身勝手で可愛くないワガママを呟きながら。
「そう」
優しく私を抱き締めてくれる人に、
私を全て受け入れてくれる人に、
そっと身を委ねた。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています