ことほのうみの地獄
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
おかあさん「ことりちゃん、そろそろ戻ろうね」
ことり「はーい」
ベリー摘みにすっかり飽きてお花の冠が出来た頃、“おかあさん”の声が聞こえた。
いつの間にか辺りはすっかりオレンジ色に染まっていて、少しひんやりとした風が吹いていた。
ことり「今日は何が捕れたの?」
おかあさん「鴨が二匹捕れたよ」
ことり「マガモさんだね」
緑色の頭の鳥が二匹、無造作に紐で結ばれておかあさんの肩からぶら下がっている。
私はその反対側の腕にしがみついて、おかあさんに冠を見せた。 おかあさん「ことりちゃんは日に日に器用になっていくねえ。そろそろこれの使い方も練習しましょうね」
ことり「ライフルは怖いからきらい」
おかあさん「仕方ないなあ」
苦笑して優しく頭を撫でてくれた。
そして夕陽の反対側に続く家路を眺めて、おかあさんは黙りこんだ。
眼前には、雲の上まで続くあまりにも大きな木がそびえ立っている。
牛が乗ってもびくともしないような蔦が何重にも絡んでいて、お布団よりも大きな葉っぱが生い茂っている。
その大木の上の方にはいつも雲がかかっていた。 目指す家はそのふもと、オレンジ色のオイルランプの火がぼんやりと灯っていた。
ことり「ただいま〜」
ドアを開けるとお夕飯の匂い。
そして、
穂乃果ちゃん「お帰りなさい、ことりちゃん」
大好きな“穂乃果ちゃん”が待っていた。
穂乃果ちゃん「今日はなにが採れたのかな?」
ことり「これ!」
穂乃果ちゃん「ほうほうセリオラ、ソラベコ、コバートに…ブラックベリーがいっぱいだね!えらいえらい」
私はおかあさんと穂乃果ちゃんと三人でずっとここで暮らしていた。
お友達は一人もいないけれどここでの穏やかな生活が気に入っていた。 でも、穂乃果ちゃんは時々「きっとここは地獄なんだ」と、そう呟いた。
だとすると地獄ってそんなに悪いところじゃなかったのかな。
それなら天国はあの木のてっぺんにあるのかな?
あの雲の上がどうなっているのか、知りたくて知りたくて仕方なかった。
そしてそれを眠る前に想像しては夢に見た。
おかあさんは時々怖い顔をして…穂乃果ちゃんは悲しそうな顔をして大木を見つめていた。 そんなある日のことだった…
ことり「お母さん見て!木からなにか降りてくるよ!」
雲の少し下、巨木な蔦を這うようにして何かがゆっくりと動いている。
おかあさんは手でひさしを作ってそれをじっと見つめる。
おかあさん「あれは…人だね…」
ことり「それじゃあ雲の上に住んでる人ってこと?」
お母さん「…やっぱり来たんだ」
穂乃果ちゃん「…」
その人はゆっくりゆっくりと降りてきて、地面(ここ)に着いたのはそれから1ヶ月を過ぎた頃だった。 ことり「へえ」
その人は青みがかった黒髪をしていて、キリッとした眼つきが印象的だった。
そしてなんとも言えない顔をして、私をじっと見ていた。
??「…こんにちは」
おかあさん「…!」
おかあさんは無言でその人にライフルを突き付けて、引き金に指をかけた。
穂乃果ちゃん「やめて!」
二人の間に穂乃果ちゃんが割って入る。
そして小声で何かを二人に話しかける、おかあさんは唇を噛んでライフルを降ろした。
それから、その人とおかあさんと穂乃果ちゃんは家に入ったきり出てこなかった。 …しばらくして扉が開くと、穂乃果ちゃんはよそ行きの一番きれいな服を着てたくさんの荷物を背負っていた。
そしてその人と一緒に大木を登り始めた。
ことり「穂乃果ちゃん!行かないで!」
穂乃果ちゃん「…」
穂乃果ちゃんは悲しそうな顔で一度だけ私とおかあさんを見て、そして目をそらした。
ことり「おかあさんなんとかして!穂乃果ちゃんが行っちゃうよ!」
おかあさん「うう…!」
おかあさんは私の手を痛いぐらいに握りしめて震えていた。 上りは時間がかかるようで、一か月を過ぎてもまだ二人は大木の中ほどにいた。
それを私は毎日太陽が沈むまで見ていることしかできなかった。
おかあさんはお家に閉じこもることが多かった、けれどある日…
おかあさん「くそっ!」
突然家から出てくると、空に向かってライフルを何度も撃った。
ことり「っ!?」
残響がうわんうわんと響いて、遠くで黒髪の人が身を屈めるのが見えた。
ことり「当たっちゃった!?」
もう一人の人影──穂乃果ちゃんが駆け寄る、黒髪の人は体勢を立て直してまたノロノロと動き始めた。
おかあさんはそれに、なぜだか安心したような顔して深いため息をついた。
それから二か月ほどが過ぎ、穂乃果ちゃんたちはついに雲の中に消えてしまった。 おかあさん「穂乃果ちゃんはね、もともと向こうの人だったんだ」
ことり「えっ」
お夕飯を済ませてお茶を飲んでいると、おかあさんがぽつりと呟いた。
おかあさん「昔、私が雲の向こうから連れてきたの」
おかあさん「…あなたも、大きくなって体力がついてきたら行ってきなさい。そしてあなたのお嫁さんを連れてくるの」
そんなおかあさんもいつしか姿を消してしまった。 それから10年の歳月が流れた。
すっかり大人になった私は、今ではおかあさんにも負けないぐらいライフルを撃つのが上手になった。
そして私はある朝に、大木を登り始めた。
ことり「はあはあ…」
日に日に地上が遠ざかっていく。
ある日は強い風に身を伏せて、ある日は雨に打たれながら、ひたすら天を目指して登り続ける。
そして三ヶ月を数える頃、私はついに雲の向こうへとたどり着こうとしていた。
ことり「ここまで来たんだ…!!」
雲を抜けると… …雲を抜けると、私は大木を下っていた。
闇夜の底にオレンジ色のオイルランプの灯りが見える。
夜風がびゅうびゅうと髪をかき乱した。 「お母さま見てください!木からなにか降りてきます!」
一月ほどかけて地上へとたどり着く、
私に気付いたのか三人の人間が駆け寄ってきた。
あのときの…黒髪の人だ…。
あれからふた回りほど老けていて、右目には大きな傷を負っていた。
その腰にはそっくりの小さな子供がしがみついていて、私のことを怯えた目でじっと見つめていた。
そして隣には……穂乃果ちゃん…!
けれどその姿は若いままだ、私が子供の頃と何も変わっていない。
子供を外に残して家に入ると、穂乃果ちゃんは何も言わずに身支度をして、一番綺麗な服を着た。
私はもう、なにをすればいいか分かっていた。 子供「おかあさまなんとかして下さい!穂乃果が行ってしまいます!」
子供の悲鳴に思わず振り返ると、黒髪の人がその手を握り締めてただ震えていた。
やがて木の中腹まで登ったときのことだった。
遠くで銃声が響いたかと思うと、一瞬遅れて散弾が私の全身を切り裂いた。
穂乃果「ことりちゃん!」
ことり「うぅ…!」
右目が見えない…肩が、腕が焼けるように熱い…きっとあの人に撃たれたんだ…!
止血するそばからどくどくと血が溢れてシャツを汚していく。
穂乃果「…いつもと同じだよ。もう何百回繰り返したんだろう」
穂乃果「きっと前世でひどい罪を犯したんだ。ここはきっと永遠に続く私とことりちゃんと海未ちゃんの地獄なんだよ」
私の手当てをしながら、穂乃果ちゃんがそう呟いた。
そんな言葉をずいぶん昔に聞いたような気がする…。 三か月後…私と穂乃果ちゃんはようやく私達の家に辿り着いた。
しばらくして子供が産まれた。
その子に私は“ことり”と名付けた。 私「ことりちゃん、そろそろ戻ろうね」
ことり「はーい」
ライフルと鴨をぶらさげて戻る、
可愛い娘は草に寝っころがって花の冠を作っていた。
いつの間にか辺りはすっかりオレンジ色に染まっていて、少しひんやりとした風が吹いていた。
ことり「今日は何が捕れたの?」
私「鴨が二匹捕れたよ」
ことり「マガモさんだね」
ことりは私の腕にしがみつくと自慢げに花の冠を見せてきた。
私「ことりちゃんは日に日に器用になっていくねえ。そろそろこれの使い方も練習しましょうね」
ことり「ライフルは怖いからきらい」
私「仕方ないなあ」
頭を撫でてやるとことりは気持ちさそうに目を細めた。
夕陽の反対側に続く家路を眺めると、なぜだか胸がいっぱいになって言葉が出てこなかった。 穂乃果ちゃんはここを地獄だと言う。
けれど私はそうは思わない。
大好きな穂乃果ちゃんとかわいい子供、立派な家と畑だって持ってる。
いつかまた、雲の向こうから海未ちゃんがやってきて、穂乃果ちゃんを連れ去ってしまうだろう。
そのとき私は狙い撃ってやろうと思っている。
もしかしたらその銃弾は海未ちゃんを撃ち落とすかもしれない。
そうすれば私は…
…たぶんそうはならない。
なにしろ私は穂乃果ちゃんが連れ添った何百人の私の一人に過ぎないからだ。
それでも私は構わないと思う。
その日がくるまで私はここの生活を楽しむつもりなのだから。 おわり
少し前にどこかのスレで見た「理事長=ことりの成長した姿」というネタで、岡崎二郎のアフター0という漫画を思い出しました、丸パクリです
星新一のような短編オムニバスもので個人的にものすごくおすすめしてます
興味のある人はぜひ読んでください おつ
ことりも海未も本当は本気で狙撃してないのではと思える狂気 短いので2回読んでしまった
穂乃果を巡って永遠に繰り返される話なのね
じゃあ木を切ればいいのに 不思議な雰囲気で中々引き込まれた
元ネタも読んでみるよ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています