あの会話は3年生の卒業式の前だっただろうか、後だっただろうか、今となってはよく覚えていない。
ピアノの音が耳に飛び込んできた私は、もしかしてと思って導かれるように音楽室に向かい、そして扉を開けた。

「あ、曜ちゃん」

彼女はドアの音に気付いてこちらを向くと、微笑みを浮かべながらそう言った。

曜「いい音だったからさ、梨子ちゃんかなと思って」

梨子「嬉しいこと言ってくれるわね」

曜「嘘つくの下手だからさ、私」

素直に思ったことは素直に言う。
彼女の前では私は素になれる。
仮面を外した本当の渡辺曜をさらけ出せる。

そしてそれは、梨子ちゃんにも同じことが言えた。

梨子「ここのピアノ、あんまり弾いてて楽しくないのよね」

曜「楽しくない?いい音だったじゃん」

梨子「いい音なんてどんなに古いピアノでも出せるの。ピアノのせいにするなんて力量不足よ」

淡々と言ってのける。音楽室の壁に反響する。