花丸「物語の外へ」
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体験入部後、スクールアイドル部に入らなかった花丸ちゃんのお話 1人、図書室で本を読んで過ごす。
この学校の人は、あまり本を読まない。
だからいつも、図書室はマルの独占状態。
本の世界はとても素晴らしいの。
いつもマルを素敵な世界へと導いてくれる。
マルはその世界が大好きで、それさえあれば1人でも平気。 でもね、少し寂しさもある。
以前は一緒に居てくれる友達がいた。
黒澤ルビィ。マルの大切な友達。
でもその子との関係は、マルが自ら手放した。
背中を押してあげた結果、ルビィちゃんはアイドルの世界へ飛び込んでいった。
それまで2人の居場所だった図書室にルビィちゃんが顔を出すことはほとんどなくなった。 窓を開けて、屋上の外を眺める。
曜「ルビィちゃん、その調子だよ!」
ルビィ「はい!」
聴こえてくる楽しそうな声。
屋上で練習中のAqoursのみんな。
この前に出したPVが好評で、今度東京の大会に呼ばれるとルビィちゃんが嬉しそうに話してた。
マルも一応、入部を誘われた。
でも断った。マルには向いてないもの。 まったく興味がなかったといえば嘘になる。
でも体験入部で自分の適性のなさは分かっていたので、その程度のモチベーションでは足を引っ張るのが容易に想像できた。
そんな人間が入って、みんなの、ルビィちゃんの邪魔をするわけにはいかないから。
それにルビィちゃんは今でもマルと一緒に居てくれる。
でもやっぱり、スクールアイドル部の活動が優先されるけど。
そうするとどうしても出てくる、マルの知らないルビィちゃん。
中学の時はずっと一緒だった。だから知らない事なんて、何にもなかったのに。
「寂しいな……」 ポロリと漏れるひとりごと。
1人きりでいることが多いからかな。
自分の選択に後悔はない。
ルビィちゃんの胸の扉を開いてあげたことで、彼女はキラキラと輝いている。
でもちょっとだけ、考えちゃう。
もし2人で、ずっと一緒に図書室に居られたら、なんて。
1人の高校生で、人間だもの。
そのぐらいの感情は、きっと当たり前。
だから表に出さなければ、問題ないはずだよね。 ※
朝、教室へ行くと見えるルビィちゃんの姿。
ルビィ「マルちゃん、おはよう!」
花丸「おはよう、ルビィちゃん」
マルは登校する時も1人。
以前はルビィちゃんと一緒だったけど、Aqoursの朝練がある彼女は普通より早い時間に家を出ている。
マルもそれに合わせればいいんだけど、起きるのは辛いから、たまにしか合わせられない。 花丸「朝から元気だねぇ」
ルビィ「さっきまで身体を動かしてたからね!」
Aqoursに入ってからのルビィちゃんは、以前より明るく、元気になった。
花丸「凄いねぇ、マルには無理だよぉ」
ルビィ「えへへ。でも今朝は千歌ちゃんが悲鳴をあげちゃって――」
元々体力がある方でもないのに、いつも楽しそうに練習について語っている。
本当に好きな事の為だから苦労を感じたりしないのかな。 『キーンコーンカーンコーン』
担任「おーい、席つけ〜」
鳴り響く予鈴と、入ってくる担任の先生。
ルビィ「ありゃりゃ、時間来ちゃった。また後でね」
ルビィちゃんは席に戻っていく。
担任「よーし、出席を取るぞ〜」
少ない生徒数、点呼などすぐに終わる。
お互いに距離が近いので、先生も適当に名前を読み上げ、生徒側の返事も適当だ。 でも1人、名前を呼ばれることのない子がいる。
教室の隅に1つ、ずっと空いている席。
善子ちゃん。入学式と幼稚園の時以外会っていないけど、幼馴染。
自己紹介でやらかしてしまって以来、一度も学校へ来ていない。
最初はみんな心配していた。
でも時間が経つにつれて、みんな彼女の存在を忘れていき、今は誰も関心を示さない。
そんな善子ちゃんに、ちょっぴり同族意識を感じちゃう。
マルもひとりぼっちの仲間だから。 でもマルが同じ立場になったら、もっと早くみんなから忘れられちゃうんだろうな。
今このクラスで、マルの事をちゃんと知っている人は、ルビィちゃん以外居るのかな。
きっといない。
ああ、やっぱりマルはひとりなんだね。
ひとりぼっちの世界。
マルだけの世界。
慣れているはずなのに、考えると心が痛む。 担任「国木田―、おーい」
花丸「ずらっ」
頭を軽く叩かれる。
担任「呼ばれたら一応返事ぐらいはしてくれ」
花丸「す、すみません」
全然気づかなかった。
周囲から洩れる笑い声、恥ずかしい。
耐え切れなくなって、そのまま顔を伏せる。 ルビィ「ぅ、マルちゃん……」
そんな中で聴こえる、小さな声。
ちらりと覗くと、ルビィちゃんが心配そうにマルのことを見ている。
それだけで、少し沈んだ心が浮き上がってくる。
そうだよ、知らない部分があっても、距離が離れてしまっても、ルビィちゃんは大切な友達。
マルは1人なんかじゃないんだ。
もう大丈夫、心が軽くなった。
でももう少しだけ、顔を伏せていようかな。
そうすれば、ルビィちゃんがマルのことを見てくれるから。 ―――――
ルビィ「ま、マルちゃん、大丈夫?」
お昼休みになると、ルビィちゃんがすぐに駆け寄ってきてくれた。
花丸「うん、ちょっと夜更かししちゃって」
ルビィ「そっかぁ、また遅くまで本を読んでたの?」
花丸「うん、ちょうど好きな作家さんの新作が出てね」
ルビィ「もぅ駄目だよ、夢中になり過ぎちゃ」 花丸「えへへ、反省ずら」
ルビィ「うんうん、反省できて偉いよマルちゃん」
頭を撫でられる。
きっとルビィちゃんからしたらちょっとしたおふざけも込みのスキンシップ。
でもそれだけのふれあいでも、マルの心はぽかぽかと温まる。
やっぱりルビィちゃんは素敵だな。
一緒に居るだけで、簡単に幸せな気持ちになれるもの。 花丸「そういえば、今日はどこでお昼食べる?」
今日は気候も良いし、外で食べたら気持ちいいかな。
デザートに大学芋を持ってきてるから、ルビィちゃんにあげたら喜ぶかも。
ルビィ「ご、ごめん。ルビィ今日はスクールアイドル部の方に行かなきゃで……」
温まった心が、その一言でまた冷える。
花丸「そ、そっか。なら仕方ないね」
花丸「じゃあ今日の放課後に遊びに行かない? また新しい本が――」
ルビィ「ご、ごめんね、今日は放課後も練習があって……」 花丸「そ、そっか」
ルビィ「うゅ……」
花丸「気にしないで、大変な時期だもんね」
ルビィ「うん……」
分かりやすく落ち込んでいるルビィちゃん。
彼女は悪くない。悪いのは誘ったマルの方。
マルの態度のせいで、落ち込ませちゃ駄目だ。 花丸「ほらほら、早く行かないと遅れちゃうよ」
ルビィ「で、でも」
花丸「大丈夫だよ、マルも他に食べる人探すから」
ルビィ「……うん、行ってくる!」
教室を駆け出していくルビィちゃん。
マルもすぐに、ひっそりと教室を出る。
一緒に食べる相手なんて、もちろんいない。
どうしようかな、図書室の準備室に行けばいいかな。
さっとご飯を済ませて、また本を読もう。
大丈夫、本の世界へ行けば、物語の中に入れば、マルは大丈夫。 ―――――
放課後、1人は沼津まで行くバスに乗る。
理由は簡単、先生に善子ちゃんへプリントを届けるのを頼まれたから。
ボーっとしていた罰と言われたけど、交通費も出してもらえたし、ちょっと得した気分。
せっかくだし、沼津で本を買おうかな。
連絡したら練習終わりのルビィちゃんも合流できたりしないかな。
少しだけでも一緒にお茶して、お喋りして―― うん、想像すると楽しくなってきた。
でも善子ちゃんは元気かなぁ。
前にプリントを届けに行った時から、結構な時間が経っている。
あの時は会話もまともにできなかったけど、今日はちょっとお話しようかな。
ぼっち仲間同士、案外話が合うかもしれないし。
でも本人が会うのを拒否しちゃうかな。
実際嫌だよね、引きこもっているのにクラスメイトと会うなんて。
いくら顔見知りといっても、物心つく前の幼稚園の時。
その後は入学式でちょこっと顔を合わせただけだし。
まあいっか、ダメ元で聞いてみれば。 ―――――
善子「久しぶりね」
花丸「うん、そうだね」
善子ちゃんとは案外あっさり会うことができた。
お母さんに聞いてみたら歓迎されたし、本人も特に嫌がったりせず、私を受け入れてくれた。
花丸「元気そうだね、意外と」
善子「まあそれなりにね」 花丸「もっと悲惨な状態を想像してたよ」
善子ちゃんは引きこもりとは思えないぐらい血色よく、身だしなみも整っている。
相変わらず心配になるぐらい細いし、髪も綺麗。
比べてしまうと、マルの方が引きこもりっぽく見えるかもしれない。
善子「学校へ行かなくても外には出るし、毎日儀式があるからね」
花丸「儀式?」
善子「な、なんでもないわよ」
気になる。でも追究したら可哀想かな。 花丸「これプリントね」
善子「悪いわね、わざわざ」
花丸「気にしないで。交通費は貰ってるし、マルはどうせ暇だから」
善子「あら、部活とかやってないの?」
花丸「一応図書委員だけどね」
善子「でも友達と遊んだりするでしょ」
花丸「うん、まぁ」
思わず言葉を濁してしまう。
ここ最近、ルビィちゃんとはほとんど遊びに行けていない。 善子「そういえば、前に一緒に来た子はどうしたの?」
花丸「あっ、ルビィちゃん?」
善子「そうそう、たぶん合ってる」
花丸「ルビィちゃんはスクールアイドル部に入ったから、忙しいんだよ」
善子「何で一緒に入らなかったの?」
花丸「いや、マルには向いてないし……」
善子「ふーん、そんなものなのね」
そこまで関心がないのか、すぐに興味を無くしたみたい。 花丸「ねえ善子ちゃん、学校に来る気はないの?」
善子「……もしかして誰かに説得を頼まれた?」
ジト目で見られる。
しまった、変な誤解をされちゃったかな。
花丸「ううん、ただ気になって聞いてみたかっただけだよ」
善子「……まあ嘘は言ってなさそうね」
すぐに疑いは解けて、ちょっと安心。 善子「まあ、今のところ行く気はないわ」
花丸「どうして?」
善子「きちんと勉強さえしてればお母さんもうるさく言わないし、こうやって1人の方が私には合ってるみたいだし」
花丸「でもそれだと、色々と困らない?」
善子「確かに問題は出てくるでしょうけど、将来ちょっと苦労する程度でしょ」
花丸「善子ちゃんは、それでいいの?」
善子「いいのよ。私は自分のやりたいようにやるの」 花丸「……凄いなぁ、マルには絶対に出来ない考え方だよ」
善子「それ皮肉かしら」
花丸「ううん、褒めてるよ」
善子「そ、そうなの」
花丸「う、うん」
よしまる「「……」」
お互いに言葉に詰まり、沈黙。
この辺はやっぱり、人付き合いが苦手な者同士な感じ。 善子「ねえ、何か悩みごとでもあるの?」
花丸「ずらっ」
そんな沈黙から飛び出した、善子ちゃんの、心を見透かしたような言葉。
善子「たぶんあれでしょ、例のルビィちゃんとの事」
花丸「な、なんで分かったの?」
善子「あんたの様子を見てれば何となくね。普段から占いとかやってるし」
花丸「占い? 外で占い師の真似事でもしてるの?」
善子「しないわよ、ネットに決まってるでしょ」
花丸「ネット?」 >>30
どこにも投稿したことはないのでたぶん気のせいです 善子「……まあ便利なものがあるってことよ」
花丸「そうなんだ」
話に聞いたことはある、例のインターネットってやつかな。
善子ちゃん、そういうのに詳しそうだし。
善子「それはともかく、ちょっと話してみなさいよ、悩みについて」
花丸「え、でもそれは流石に悪い気が」
善子「わざわざ来てくれたお礼よ。人に話すと少しは楽になるかもしれないわよ」
花丸「う、うん。じゃあ―― ―――――
善子「ふーん、なるほどねぇ」
マルはルビィちゃんとのことを全部話した。
出会った時の事、中学時代からの関係。
そしてスクールアイドル部に体験入部してからの出来事まで。
善子「とりあえず、私には理解しかねる内容ね」
花丸「そうかな」 善子「だっておかしいじゃない。一緒に居たいのに、わざわざバラバラになるような選択をして」
花丸「でもルビィちゃんの為には、大事な事だったから」
善子「はぁ、あんた人間出来過ぎよ」
花丸「そ、そんなことないよ。今だってこんな愚痴みたいなこと言ってるし」
善子「そのぐらい普通よ。みんな心の中では思ってるわよ」
花丸「そうかもしれないけど……」
善子「自己犠牲の精神も、程々にしないと疲れるわよ」
花丸「……」
反論はできない。
マルの行動は、傍から見れば馬鹿らしい自己犠牲そのものかもしれないから。 善子「確かに、私は周囲のことを気にしなさ過ぎなのかもしれない」
善子「でも貴女は、もっと自分の気持ちに我儘になってもいいんじゃないの」
花丸「そうなのかな」
善子「ええ、少なくとも私はそう思うわ」
自分の気持ちに、我儘になっても、か。
花丸「……ありがとう善子ちゃん。おかげで楽になったよ」
善子「そう、力になれたなら良かったわ」 花丸「じゃあ、あんまり遅くなるわけにもいかないし、マルはそろそろ帰るね」
善子「話したくなったらまた来なさい」
花丸「それだったら、善子ちゃんが学校においでよ。マルは待ってるから」
善子「……検討はするわ」
この言い方だと来ないかな。
でもそれはそれで、善子ちゃんらしくていいのかな。
花丸「じゃあね、善子ちゃん」
善子「ええ」 落とし主装い拾得物の28万円を詐取 24歳男性巡査を逮捕 警視庁 - 産経ニュース
http://www.sankei.com/affairs/news/180301/afr1803010001-n1.html
落とし主を装って拾得物の現金28万円を不正に受け取ったとして、警視庁町田署は28日、詐欺の疑いで、高井戸署地域課巡査、柳橋(やなぎばし)純容疑者(24)=相模原市中央区淵野辺=を逮捕した。
容疑を認めている。
同庁によると、2月中旬、東京都町田市内で28万円が拾得され、町田署が保管。柳橋容疑者は26日、同署を訪れ、落とし主を装って現金を受け取った。
柳橋容疑者はこの日非番で、受け取る際は身分を隠していた。28日、神奈川県の男性が紛失を届け出たことを受け、柳橋容疑者に確認したところ警察官と判明。犯行を認めたため逮捕した。
柳橋容疑者は「拾得物情報の管理端末で現金のことを知った」などと話しているといい、同署が詳しい動機や経緯を調べている。
逮捕容疑は26日、同署が拾得物として保管中の現金28万円を、所有者を装ってだまし取ったとしている。 ※
翌日、マルは早起きをしてルビィちゃんが朝練の時に使うバスに乗った。
ルビィ「あれぇ、マルちゃん」
花丸「おはよう、ルビィちゃん」
ルビィ「おはよー」
自然と隣の席に座るルビィちゃん。 ルビィ「今日は早いんだねぇ」
花丸「うん、ルビィちゃんと一緒に学校行きたかったから」
ルビィ「昨日はごめんね。沼津行けなくて」
花丸「ううん、気にしないで。急に誘ったマルが悪かったんだよ」
善子ちゃんと別れた後、予定通り沼津へルビィちゃんを誘ったけど、返事はNO。
黒澤家の門限の厳しさを考えれば、当たり前なんだけど。
一緒に居たい気持ちばかりが先行して、断られるまでそんなこと頭から飛んでいて。
ルビィ「代わりに今度休みの時に遊びに行こうね」
花丸「いいの?」 ルビィ「今は忙しいから、東京へ行った後かな。マルちゃんどこに行きたい?」
花丸「うーん――ルビィちゃんと一緒ならどこでもいいよ」
ルビィ「えへへ、ルビィも同じ」
ルビィちゃんの笑顔。
あぁ、引き込まれる。
離れたくない、いつも横にいて欲しい。
頭によぎる、善子ちゃんの言葉。
『我儘になってもいいんじゃないの』 ルビィ「そういえば、こんど千歌ちゃんと――」
花丸「ねえ、ルビィちゃん」
ルビィ「なぁに?」
花丸「マルの事、好き?」
ルビィ「うん!」
そうだよね、ルビィちゃんはマルの事が好きなんだよね。
だからきっと、我儘ぐらい―― 花丸「一つお願いがあるんだけど、聞いてくれる」
ルビィ「うゅ?」
花丸「Aqoursを――」
『辞めて』
花丸「っ」
口から出そうになったとんでもない言葉を慌てて引っ込める。
ルビィ「マルちゃん?」 駄目だよ、それだけは絶対に言っては駄目。
我儘の範疇を超えている。
花丸「いや、Aqoursのライブね、今度マルも行ってもいいかな?」
ルビィ「もちろん大歓迎だけど、今度は東京だよ?」
花丸「ルビィちゃんの為なら東京へぐらい駆けつけるよ!」
ルビィ「本当!? じゃあ千歌ちゃんたちに聞いてみるから、一緒に行こう!」
花丸「うん!」 ルビィ「楽しみだなぁ、一緒に観光もできるかなぁ」
花丸「マルは神保町に行ってみたいな」
ルビィ「いいね! 本もアイドルグッズも売ってるもんね!」
危なかった、ちょっと理性が利かなくなっている。
気をつけないと、ルビィちゃんを傷つけることになっちゃう。
『我儘になっても――』
頑張ってその邪なものを頭から追い出そうとする。
でも隅に引っかかって、消えてくれない。
善子ちゃんに言われた、その言葉は。 アイドルをやらない方がキャラ崩壊しないという悲しみ むやみにずらが付かないところとか、柔らかい言い回しが多用されてるところとかに初期丸らしさを感じる
がんばれ ※
今日も1人、図書室に籠って本を読む。
東京のイベントが近づくと、ますますルビィちゃんと顔を合わせる機会が減った。
マルの1人の時間は、ずっと続いたまま。
何度か善子ちゃんに会いに行こうかとも思ったけど止めておいた。
用事もなく押しかけても、周囲から変に思われて、逆に迷惑かけちゃいそうだし。
電話番号ぐらい、聞いておけばよかったかな。 1人の時間が長くなると、ますます本にのめり込む。
物語の世界に居る時間の方が長くなって、どっちが現実か分からなくなるぐらい。
最近は読む本の好みも少し変わってきた。
主人公の独白が続く、陰鬱とした物をよく読むようになった。
愛の果てに心中する話を、素敵だと思うようになった。
以前から、その手の話を読まなかったわけじゃない。
でも特別に好んで読んだりはしなかったのに。
少し、病んできちゃったのかな。 本の世界に入っても、1人でいることに耐えられない。
一度ね、思い切ってクラスメイトの子に話しかけてみたの。
前に本を読んでいるのを見たことがある、気が合うかもしれない子。
でもその子から返ってきた反応は、とても迷惑そうなもので。
マルはすぐに謝って、逃げ出してしまった。
花丸「っ」
思い出したら涙が出てくる。
拭っても、それは止まってくれない。 話しかけなければよかった。
ルビィちゃんがいないとずっと一人だったマルが、上手くやれるわけがないのに。
これでますます、周囲との距離も広がるんだろうな。
変に関心を持たれて、白い目で見られるようになって。
ルビィちゃんもじきにマルに興味を無くしていくのかな。
仲良くなるのはAqoursの人だけじゃない。
あんなに輝いているんだ、他のクラスメイトと話しているところもよく見かける。
段々、他の子と仲良くなって、その子たちから好かれていないマルとも疎遠になって――
マルは本当に、ひとりぼっちになる。 そんなの嫌だ、僅かでもルビィちゃんと居られることが、マルの心の拠り所なのに。
心が堕ちていく、涙も止まらない。
本が涙で濡れる。
マルの世界が沈んでいく。
辛いよ、苦しいよ。
助けて、ルビィちゃん――
ルビィ「マルちゃん!?」 聴こえる声。幻聴?
ルビィ「ど、どうしたの? 何かあったの!?」
肩に触れる感触、可愛らしい顔と赤い髪。
本物、本物のルビィちゃんだ。
花丸「な、なんでも、なんでもないよ」
本当に来てくれた、望んだら、本当に。
ルビィ「でも、でも……」
混乱して、涙目になってるルビィちゃん。
でも手はしっかりとマルのことを握り締めてくれていて。 花丸「本を読んでたらね、ちょっと悲しいことを思い出しただけだから」
ルビィ「本当に?」
花丸「うん、ルビィちゃんが来てくれたからもう元気いっぱいだよ」
ちょっと無理して、笑顔を作る。
ルビィちゃんのおかげで涙は止まっていたから、上手くできたと思う。
ルビィ「そっかぁ、良かったよぉ」
そんなマルの様子に、自分のことでもないのに、嬉しそうな笑顔を見せるルビィちゃん。 花丸「ルビィちゃんは、どうしてここに?」
ルビィ「えっとね、ちょっと練習が休憩になったから来てみたの」
花丸「もしかして、マルの為に?」
ルビィ「うん、マルちゃんと最近あんまりお話できてないし、元気なさそうだったから、気になって」
花丸「ルビィちゃん……」
ルビィ「ちょうどマルちゃんの助けになれたなら、ルビィは嬉しいなぁ」
ああ、駄目だよ。
今やさしくされたら、マルは―― ルビィ「じゃあルビィは練習に戻ろうかな。千歌ちゃんたちを――」
花丸「待って!」
考える前に、出てきた言葉。
ルビィ「ど、どうしたの?」
ビックリしたように、でも心配そうにマルを見つめるルビィちゃん。
花丸「ねえルビィちゃん」
ルビィ「う、うん」 自分が口にしようとする言葉は、すぐに理解できた。
止めなきゃいけない。
でも、頭が、心が、感情が、理性を侵食していく。
その言葉を抑えつけていた部分が、消え去っていく。
ごめんね、ルビィちゃん――
花丸「Aqoursを、辞めて」 あぁ、言ってしまった。
ルビィ「えっ」
花丸「マルね、寂しいの」
花丸「ルビィちゃんがAqoursに入ってから、ずっと1人で図書室に居た」
花丸「昔はそれでも平気だったから、大丈夫だったと思ってたの」
花丸「でも今はね、1人で居ることが辛くなってた」
花丸「中学の時にルビィちゃんと2人の、幸せな時間を経験してしまったから」
花丸「もう1人の世界じゃ耐えられなくなってたの」 止められない、溜め込んでいた気持ちが溢れだす。
ルビィ「花丸ちゃん……」
マルが背中を押して、ルビィちゃんはスクールアイドルを始めたのに。
聴いた人のほとんどが、マルを責めるような最低の言葉たち。
なんて矛盾しているんだろう。酷いな、我ながら。
だけどマルはもう、限界だったから。
それに、大丈夫―― ルビィ「いいよ、辞めても」
花丸「ルビィちゃん……」
ルビィ「マルちゃんのお願いだったら、ルビィはスクールアイドル、辞める」
花丸「……いいの?」
ルビィ「うん、それがマルちゃんの為になるなら」
ルビィちゃんはとても思いやりのある、友達想いのやさしい子だから
※ 翌日、ルビィちゃんはスクールアイドル部に退部届を出した。
花丸「……」
ルビィ「……」
帰ってきた、ルビィちゃんと2人、図書室で過ごす素敵な時間。
でも、望んでいたはずなのに心から楽しめない。
だって、ルビィちゃんに元気がないから
当たり前だ、大切なものをマルに奪われたのだから。 今も横に座って、ぼんやりとマルが読んでいる本を眺めているだけ。
そんな姿を目の当たりにすると、チクリと心が痛む。
それでも、ひとりぼっちの時よりはずっとマシだった。
横にルビィちゃんが居る、それだけで世界は一気に明るくなる。
きっとルビィちゃんも、じきに元気を取り戻す。
だって3年間、ずっと2人でいたんだよ。
マルはルビィちゃんが、ルビィちゃんはマルがいれば幸せだったんだよ。
それが普通、当たり前。
すぐに中学の時みたいに、笑いあえるはず。 だから大丈夫だよね。
花丸「ルビィちゃん」
ルビィ「……どうしたの?」
花丸「ありがとね」
ルビィ「うん」
花丸「大好きだよ」
ルビィ「うん……」
これで、良かったんだよね。 ※
善子「へぇ、それじゃあ上手くいったのね」
花丸「うん」
先生から善子ちゃんにプリントを届けるよう頼まれたので、ルビィちゃんとの事を報告。
善子「それなら一緒に来ればよかったのに」
花丸「ルビィちゃん、お家の用事があるって言ってたから」
善子「……それ、避けられてるんじゃないの」 花丸「そ、そんなことないよ」
ないよね、そんなこと。
善子「まあそうでしょうね。避けられてるとしても私の方でしょ」
花丸「……ねえ、善子ちゃん」
善子「なによ」
花丸「本当にこれで、いいのかな」
善子「いいじゃないの、貴女が今、以前より幸せなら」
花丸「そうだけど、そうなんだけど……」 善子「今さら悩んでも仕方ないでしょう。時は巻き戻せないんだから」
花丸「善子ちゃんにしては、ずいぶん現実的だね」
善子「それだけは絶対にできないことを、私は知ってるから」
花丸「……善子ちゃん」
もし善子ちゃんがあの自己紹介をやり直せたら、今ごろどうなっていたのかな。
自己紹介だけじゃない。
もっと早く、マルが声をかけてあげられたら。
入学式の後、再会した時にちゃんとお話できていたら。
ルビィちゃんを含めて3人で友達になって、楽しい学校生活を送る。
そんな未来もあったかもしれない。 善子「まあ余計なことを考えずに、素直にルビィちゃんとの時間を楽しみなさい」
善子「きっとそれが、一番賢い選択よ」
花丸「うん、そうだね」
ルビィちゃんは、マルの為に夢を諦めてくれたんだ。
それなのにマルが落ち込んでちゃ駄目だよね。
花丸「ありがとう、話を聞いてくれて」
善子「今度来ることがあったら、ルビィちゃんも連れてきなさいよ」
花丸「うん、きっと来てくれるよ」 善子「どんな子なのかしら、楽しみね」
花丸「素敵な子だから、善子ちゃんすぐに虜になっちゃうよ」
善子「あら、それだと惚れ込んで、独占したくなっちゃいそうね」
花丸「もう、それは駄目だよ」
善子「ふふっ、冗談よ」
でも心配だなぁ。
2人が意気投合して、マルが置いてきぼりになっちゃうかも。 そうしたらルビィちゃんのおかげで善子ちゃんが学校へ来るようになって。
気づけばまた、ひとりぼっちに――
花丸「……」
善子「ねえ、大丈夫?」
花丸「っ、へ、平気」
善子「……無理はしないようにね」
花丸「……うん」 ※
また少し、時間が経った。
ルビィちゃんは回復するどころか、日に日に元気を無くしている。
口数が極端に少なくなった。
ぼんやりしていることが増え、感情も薄くなっている。
いつも沈んだ顔をしていて、それでもマルが話しかけると無理に笑顔を作ってくれて。
でもその笑顔が、痛々しいの。 Aqoursは東京のイベントで良いパフォーマンスを披露できなかったらしい。
入賞どころか、全体の最下位。
投票で順位を決定する方法で、入った票はゼロ。
その事実がさらに、ルビィちゃんを追い詰める。
毎日楽しそうにしていた活動していた後輩が突然、理由も告げずに退部。
ただでさえ人数が少なく、関係性が密接な部だもの。
与えた影響は大きかったと思う。
ルビィちゃんはやさしい子だから、自分を責めた。
悪いのは全部、マルのはずなのに。 花丸「ルビィちゃん」
ルビィ「……」
今日も一緒に、2人で図書室に。
でもルビィちゃんは抜け殻みたいに、大好きだったはずのアイドル雑誌を読むこともなく、ぼんやりと座っているだけ。
いつでも一緒に居られる。
気が向いた時に遊ぶこともできる。
花丸「ねえ、ルビィちゃん」
ルビィ「……」 でも、ルビィちゃんは全く楽しそうじゃない。
いつも悲しそうで、苦しそうで。
こんなの、マルは望んでいなかった。
花丸「ルビィちゃんっ」
ルビィ「……」
ルビィちゃんの身体を強く揺する。それでも返事はない。
花丸「返事してよ……」
ルビィ「……ごめんね、マルちゃん」
ルビィちゃんは影の差した笑顔のまま、マルの頭を撫でてくれる。 もう駄目、もう耐えきれない。
これ以上、彼女を自分の我儘で縛り付けてしまっていることに。
マルが全部正直に話して、謝ればまだ間に合う。
きっと千歌さんたちなら、望めばルビィちゃんを受け入れてくれる。
でもそうするとマルはまた1人になる。
嫌だ、ひとりぼっちは嫌だ。
だけどこのままだと、ルビィちゃんはどんどん追い込まれてしまう。
ルビィちゃんと一緒にいたい、でもこれ以上苦しめたくない。 花丸「ねえ、マルはどうしたらいいの?」
ルビィ「……」
花丸「助けて、ルビィちゃん」
床に座っているルビィちゃんに、すがるように抱き着く。
酷いな。
マルは最低だよ。
自分の行動のせいで勝手に苦しんで、喚いて。 ルビィ「……マルちゃん」
花丸「っ〜」
でもやっぱり、ルビィちゃんは受け入れてくれるの。
マルのことを抱きしめてくれるの。
ルビィちゃんなら、どんな自分でも許してくれる。
もう話してしまおうか、考えていたこと、全部。
そうすれば、少しは楽になれる。素直になれば、解放される。 花丸「……ルビィちゃん」
ルビィ「なぁに」
花丸「マルの話を聞いてくれる?」
正直に話せば、友達でいられなくなるかもしれない。
ルビィ「……うん、いいよ」
でももう、他に良い方法が思いつかなかった。
花丸「あのね――」 ―――――
ルビィ「そっかぁ」
全てを正直にさらけ出した。
ルビィちゃんにとっては、聞きたくもなかったような気持ちも、全部。
ルビィ「ルビィもね、最近の自分が変なことは分かってたの」
花丸「ごめんね、マルのせいで」
ルビィ「ううん、マルちゃんが謝ることじゃないよ」 花丸「でも――」
ルビィ「マルちゃんに気を使わせた、ルビィにも責任はあるよ。これは譲れない」
花丸「ルビィちゃん……」
やさしいなぁ、本当に。
善子ちゃんが自己犠牲の精神云々言っていたけど、マルよりルビィちゃんの方がよっぽど当てはまる。
花丸「ルビィちゃんは、スクールアイドルをやりたいんだよね」
ルビィ「うん」
花丸「やらないと、変になっちゃうんだよね」
ルビィ「そうだね。もう経験する前みたいに、我慢はできないかも」 そう、結局はマルの我儘なんだ。
花丸「それならルビィちゃん、スクールアイドル部に戻ろう」
ルビィ「……」
花丸「マルがみんなに謝るから、Aqoursにもう一回入ろう」
マルがもっと頑張って我慢すれば、全部解決することなんだ。
花丸「みんな良い人たちだから、ルビィちゃんを歓迎してくれるよ」
花丸「マルのことはもういいから、ルビィちゃんは――」
ルビィ「一緒にやろう、マルちゃんも」 花丸「えっ」
一緒に?
ルビィ「マルちゃんも一緒に、スクールアイドルをやればいいんだよ」
花丸「でもマルは、スクールアイドルをやりたいわけでもないのに……」
適性がなく、強い関心もない。
ルビィ「いいんだよ、始める動機なんて」
花丸「学校の部活なんだよ」
みんな青春を賭けて、真剣に向き合っているのに
ルビィ「友達と一緒の部に入りたいなんて、普通の動機」 花丸「でも、みんなの迷惑に――」
ルビィ「μ’sの凛ちゃんもね、最初は友達の花陽ちゃんのついでみたいな形で入ったんだよ」
花丸「凛ちゃんが?」
あんなに輝いてみえた、あの凛ちゃんが?
ルビィ「でもね、そこからあんな風に、キラキラ輝くアイドルになったの」
花丸「……」
ルビィ「始まりなんて人それぞれ、なんでもいいんだよ」 花丸「でも、でも……」
マルには才能がない、きっと凛ちゃんにあったそれが、致命的に足りない。
正直、入部したい。
そうすればルビィちゃんと一緒に居られる。
でも、ただでさえ迷惑をかけているのに、これ以上千歌さんたちの足を引っ張りたくない。
ルビィ「ねえ、マルちゃん」
でもルビィちゃんは、そんなマルの迷いを見透かしたように――
ルビィ「ルビィね、スクールアイドルがやりたいの、花丸ちゃんと」
ルビィ「もし一緒にやってくれないなら、もうお別れ、絶交だよ」
マルの背中を押してくれた。 花丸「……仕方ないなぁ、大切な友達とはお別れしたくないもんね」
ルビィ「うん、仕方ないよっ」
花丸「本当にいいのかな、ルビィちゃん」
ルビィ「もちろんだよ」
花丸「千歌さんたち、嫌がらないかな」
ルビィ「もし断られたら、2人でスクールアイドルを始めちゃえばいいんだよ」
花丸「……ふふっ、それも素敵だね」 ルビィ「起きられる?」
花丸「うん」
立ち上がり、お互いに笑い合い、手を繋ぐ。
ルビィ「じゃあ、行こうか」
花丸「うん」
そのまま2人で図書室を出て、外の世界へ。
花丸「……ありがとう」
彼女の名前は黒澤ルビィ。
マルの、大切な友達。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています