鞠莉「図書室の妖精さん」 花丸「違うずら」
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私が自分のことを「マル」とは言わなくなった高校3年生の6月のこと、
私は所属する聖歌隊がなぜだか受けた―理由は分かってる―ご依頼のためにチャペルへと来ていた
花丸「はぁ……」
今日に至って何度目かも分からないため息をつきながら
すでに頭の中にある聖歌の歌詞を見る讃美歌312番……結婚式で使われる歌
なにが慈しみ深いのか。何が祈りに答えてくれるのか
もしも応えてくれるのなら私はこんな場所に来ているはずがない。呼ばれているはずがない
キリスト教徒ではないから、私はこんな場所に呼ばれてしまったのだろうか……きっとそう
そんなことを考えていると、お呼びがかかった
「国木田さん、ちょっと」
花丸「?」
「花嫁さんが国木田さんに会いたいって」 花丸「ああ……」
別に忙しいと嘯いても良かったけど、それでは何も解決しないだろうと思って頷く
本心を言えばここから逃げ出したい。でも、
ここに来た時点でそんなことは許されないだろうことは分かっていたし
やっぱりそれで何かが解決するわけでも無い
かつてどこかの詩人が言ったそうだ。前進しないものは後退していく。と
そんな小学生でもわかるようなことをいまさら改めて考えることはないけれど
それほど当然なことだからこそ私は逃げずに進もうと思う
花丸「……呼ばれました。国木田です」
「どうぞ」
扉を叩いてすぐに声が飛んできた
まだそんなに季節が廻った覚えはないけれど
環境の違いか空気の違いか、扉の奥から聞こえてきた妙に整った声色を受けて控室の中に入る
まず目に入ったのは純白で豪華なウエディングドレス。
装飾はすべてきらびやかな宝石の数々で
当然、ヘッドドレスから靴の何から何までがたとえ欠片一つとて私には到底手の出せない豪華極まりない一品
それに包まれてなお美しさに溶け込みながら存在感を保つブロンドヘアはゆっくりと靡いて、金色の瞳が私を捉えた 鞠莉「久しぶりの再会デースよ? なにか言うことない?」
私がここに来た結婚式の主役の一人は、鞠莉ちゃんだった
一般的な結婚で考えると年齢的に少し早いような気もするけれど
21歳ともなれば、結婚する人はいるし早くないような気もしなくもない
鞠莉ちゃんのような家柄の人なら……尚更
花丸「綺麗だね」
鞠莉「……ノット」
花丸「おめでとう」
鞠莉「ノット」
花丸「そのまま行くと、私が言うことじゃなく鞠莉ちゃんが言わせたい事になるよ」
鞠莉「そうね……そう……」
鞠莉ちゃんは花嫁に似つかわしくない悲しそうな表情で呟いて、俯く 鞠莉「もう、マルとか、オラとか……ずらとか言わないのね」
花丸「3年生だし、沼津だから」
鞠莉「卒業してから2年……ショートなようでベリーロング。けして少なくない変化があったのね」
花丸「鞠莉ちゃんにとっては、3年だよね」
卒業した時は、18歳、今ここでの再会は21歳
時期を考えれば2年半と言うのが正しいかもしれない
そう考える自分がいることに気づいて、ため息一つ。逃げてどうする
花丸「なんで、沼津に来たの? なんで、私達の聖歌隊に依頼したの? こんなちっぽけな式場、鞠莉ちゃんの家柄にはふさわしくないよね」
鞠莉「…………」
鞠莉ちゃんは悲しそうな顔をする
悲しそうな顔をしながら、あの時見せた、笑顔を見せてくるけれど
私を見ていない瞳はどこかを見たまま暗く沈む
くすんだ金色は美しさを損ない誰の目にも止まらない。磨けば美しいと知る人以外の目には。 鞠莉「一応、マイベストプレース……だから」
花丸「でも、私達を指名する必要はなかったよね」
鞠莉「マル!」
花丸「……ごめん」
今にも泣きそうな鞠莉ちゃんをさらに追い込んでいっているのは自分だと……そう分かっていながら止まらなかった言葉
悲痛な叫びを聞いて謝罪の句を述べてももう意味はないしすでに遅い……そう、遅い
そのまま背を向けて部屋を出る直前叫ばれた「待って!」という声は
扉が塞いで閉じ込めてしまう。あの時のように。
花丸「……どうしたら良いのか、私には分らないよ」 ◇◇◇◇
鞠莉ちゃんが結婚するという話は、1年前から私にだけは知らされていた
ううん、厳密に言えば私ではない私に、その話は伝わってきた
他でもない、鞠莉ちゃんの口から。
そんな事が起きてしまったのは、
統廃合によって人のいなくなった浦の星女学院の取り壊しが確実のものとなり、
ほんの気まぐれで私が校舎へと入っていってしまったからだった
懐かしい1年生のクラス
時には楽しく、時には悲しく色々な経験をした部室
練習を頑張って、倒れたり、寝転がったりした屋上
懐かしく思い出深い場所を巡り巡って、最後に図書室に入ると、
持ち出し切れず、置いて行かれた本が処分される日を待って括られているのが、目に入った
取り壊さないなら、せめてこの場所を憩いの場に。
出来るはずもない望みを勝手に口ずさんだ1年前の自分の我儘でほこりをかぶった本の一冊を手に取って
机も椅子も持ち出されてしまった図書室の中、読める場所を探して、本棚に背中を預けた時だった
「……埃っぽい」
私以外の誰かの足音、誰かの声が図書室に入ってきた 「……妖精さん、妖精さん。いる?」
花丸「!」
窺うような声。最後に聞いた時よりも大人びた声
でも、それが鞠莉ちゃんであることはすぐに分かった
見なくても声で分かってしまうのは、きっと
1年間以上の付き合いがあるからだと思う
鞠莉「やっぱり、もう……」
花丸「……どうかしたの?」
鞠莉「えっ?」
花丸「どうかしたの?」
本で口元を覆い隠して作ったくぐもった声
どう考えても妖精の声ではないけれど、それが私だけが知る鞠莉ちゃんとの関係を保つ声
初めは市の図書館で鞠莉ちゃんが高校生の時、私がまだ中学生の時
留学の件を誰にも零せない鞠莉ちゃんの一言に、私が本棚の裏から声をかけたのが始まり
それが今も続いている嬉しさを感じる間もなく、鞠莉ちゃんの悲しそうな声は続く
鞠莉「……やっぱり、フェアリー。こんな廃れた場所でも、いるなんて」
花丸「それももうすぐ終わりさ。見ての通りだからね。だから、安心して言うと良いよ」
鞠莉「……私、結婚することになったの。良いところの会社の社長の息子で、政略結婚。というやつね」 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています